ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

見上げた虚空に堕ちていく

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見上げた虚空に堕ちていく ◆WAWBD2hzCI


「……愛佳ちゃん」

娼館、扉の向こう側は真っ黒だった。
入り口で客を迎えるロビーに人はいなかった。ただ一人、出迎えるのは死体だけ。
誰かが倒れている。女の子の制服を着た少女が、生きるために必要なはずだった頭を吹っ飛ばされてそこに倒れていた。
脳髄が床に飛び散っている。散らばった肉片、目玉と思しき液体、燃えてしまった髪の毛が少女の死を伝えている。

「愛佳、ちゃん……」

知っている、菊地真は横たわった少女が誰か知っている。
つい数時間前まで一緒だった。仲良く喋っていたし、自己紹介もした。
それほど親しいかどうかを問われると困るが、少なくとも写真を見せられたらすぐに名前が出てくるぐらいには知っていた。
そして、それ以上に。

「見捨てて、ごめん……」

そっと、背後の男性が自分を抱きしめてくれた。
それに縋るように身を持たせつつ、真は必死に謝った。償えないだろう罪を見据えながら。
凄惨な光景だ。どうして首輪が爆発したのかはわからない。だけど、確実に言えることがある。
見捨てたのだ。見殺しにしたのだ。あまつさえ顔を蹴って、恐怖のままに傷つけた。その末に彼女は死んだ。

「ごめんね、愛佳ちゃん……今更だけど、もう意味なんてないかもだけど……」

身体が恐怖と嫌悪で震える。胃液が口の中に広がりそうだったが、無理やり飲み込んだ。
誰を見て吐こうとしている、それはついさっきまで笑顔で話していた女性なのだ、と。
だから耐えろ、眼に刻み込め、自身の罪を見つめ続けろ。
そして脳裏に刻め。確かに彼女はここにいた。ここで生きていた。それを決して忘れるな、と。

「……誠さん、ありがとう」

そうしている間もずっと、伊藤誠は彼女を抱きしめ続けてくれた。その気持ちが嬉しかった。本当に、嬉しかった。
慰めてくれているのだ。こんな自分にも味方がいる、それを実感できた。
ああ、支えてくれる人がいるということは素晴らしいことだ。きっと彼がいなければ懺悔もできないままだったに違いない。
感謝している。本当にそれは感謝している。

「……でも、ドサクサ紛れに胸は揉まないでほしいかも」
「…………はっ!」

彼自身は溢れんばかりの欲求を抑えられないみたいだが。
抱きしめた真の身体は女の子特有の柔らかさを感じさせる。胸元には小振りながら確かな膨らみ。
このロビーは鉄分の強い匂いが充満しているが、真の身体からは仄かな香りともどかしい息遣いが誠の興味をそそらせる。
あの柔らかさをもっと堪能したい。
そんな考えが確かに誠の中に息づいている。だが、あくまでこれは慰める行為だ、疚しい気持ちなどないはず。

「………………」

抱きしめられた真は文句を言いつつも抵抗しない。
ならば、もしかしたら、という考えがちらついて離れない。据え膳を食わぬは男の内にあらず、と古来から言われている。
気づけば両腕は柔らかさを求めて動いていた。
感じるのは熱。耳に届くのは息遣い。それが自分のものか、それとも彼女のものか。

呪われし血脈の下に生を受けた彼には、それすらも分からなくなっていた。

「あっ……ちょっと、誠さん、なにやって……」
「………………」

この柔らかい身体を自分の物にしたい。
古来から人間に定められた欲求、原始の時代から存在する本能が彼の理性を支配する。
まずは胸か、腹か、首か。背中でも腕でも足でもいい。
男としての征服欲、少女を自分の物にしたいという独占欲が膨れあがる。はあ、はあ……息遣いが、荒い。

「うあっ!?」

真の身体が跳ね上がる。そんな反応が妙に嬉しい。
だが、この状況は狂っている。おかしい、おかしい、おかしい背徳感が背中をゾクゾクさせる。
目の前に死体があるのに、自分たちは何をやっているのだろう。
真はこの少女に懺悔していたというのに、それを遮らせて自分は何をやっているのだろう。そんな理性と本能の狭間が興奮をもたらす。

―――――ああ、どうでもいいのかも知れない。

ここは娼館、だからこんな気分になるのだ。
決して自分の責任ではない。責任はないのだから身を任せてしまえ。
ああ、そういえばここにはファルも来ているかも知れないんだよな。見られたらどうしよう……まあ、いいか。
思考が渦に飲まれていく。呑み込まれていく。抗いがたき血の宿命のままに。

誠の腕が太ももへ、そして胸へと伸びていく。
それは淫蕩な雰囲気に残った僅かな理性が消えていく。二人の『マコト』が堕ちていこうとする。

「はっ。ガキが盛ってんじゃねえよ、こら」


直後、二人を威嚇するように壁が大爆発を起こした。

「っ……!?」
「ひっ」

ようやく二人が身体を離し、爆発を起こした壁を見る。
まるで爆弾でも仕掛けられていたのか、と思うほどの損壊だ。炎の奔流は娼館の壁を破壊しつくしている。
仕掛け人は入り口に立っていた。金色の髪に碧眼、真っ赤なジャケットを着用した女がいた。
右手には紅色の銃身を持つ拳銃。アメリカの巨大マフィア組織が誇る殺し屋が、気に入らないとばかりに男女を睨み付けている。

「おいおい、ここが殺し合いの舞台だって理解してんのか? それとも昨今のガキはみんなこうなのか?」

炎の奔流を生み出す兵器、クトゥグア。
恐らく直撃すれば首輪の爆発も待たずに、バラバラになるほどの銃弾を放つ赤い銃身をドライは構える。
ドライの狙いは二人の命と情報。それだけを聞ければ、遠慮なく二人分の死体を消し炭にしてやる。

「まあ、どうでもいいけどな。質問に答えろ……ツヴァイとアインって名前に心当たりはねえか?」

それが彼女の最終問答。
誠たちにゆっくりと狙いを定めて、人殺しを肯定した化け物が笑った。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「…………ふう」

娼館、それなりに広さにベッドがひとつという簡素な部屋。
ファルシータ・フォーセット古河渚はそこに待機していた。誰かの帰りを待っているわけではない。
渚はファルに連れられてここに来ただけだ。
もっとも『女二人でここから出るのは危険だから』というのが彼女の弁だ。確かにその通りだと渚は思った。

ボイスレコーダーに記録された『まことくん』……その男の子が殺人犯だと言うことを考える。
人を殺している人が近くにいる、という恐怖が渚の思考を絡めとっていた。
だが、ファルの思考は違う。彼女は『まことくん』を恐れてはいない。考えはもっと別のこと、即ち渚を篭絡することだ。
ここは娼館、何でもある。不可能ではないはずだ。

(一応、部屋までは来たのだけれど……ね)

だが彼女を篭絡し、あの不可思議な力を手に入れるには問題がひとつある。
伊藤誠、彼のことだ。もしも殺し合いに乗っていたとして、隙だらけな自分たちを放っておくだろうか。
多少なり性欲旺盛なところはある。別に自分たちが盛り上がっているところに登場して混ざると言うなら、手駒も増えるし問題ない。
だが、彼が冷徹な殺人鬼であったなら? 自分すらも騙してみせたあの演技の裏側で、殺す機会を窺っていたなら?

危険な真似はできない。
彼に対して隙を見せることはしない。騙し返すつもりだし、その上を行くつもりではある。
だが、自身の生存を最優先とするからには失敗は許されない。

「あの、ファルさん……これから、どうしましょう?」
「そうね、今は待ちましょう。私たちじゃ何もできないわ」

渚の力を手に入れれば、強力な武器になってくれるのに、と内心で毒づく。
だが、今の時点ではどうしようもない。誰かが娼館に訪れるか、それとも二人きりになれる場所へと避難するべきか。
そんな考えはやがて、来賓の存在で打ち消される。

「…………誰か、来たわね」
「……っ!」

立ち上がろうとする渚を押し留めて、ファルはドアのほうへと耳をそばだてる。
足音はふたつ。まだ遠い。こっちには気づかない。
ファル自身こういったスパイの真似事などできないが、それでも情報は武器になる。だからこそ、全神経を集中させた。
やがて聞こえてきた単語は『まこと』という名前。

(帰ってきたのね、誠さん……話し声がするということは、あの男の子も一緒かしら)

いかにも役立たずな印象の黒髪の男の子。
既に渚という爆弾を抱えていることを考えれば、これ以上の役立たずは必要ない。
まずは合流して、機を見て殺してしまうべきか―――――そんな思考を働かせている間に、状況は変わった。

爆弾が破裂したような轟音が響いた。

「―――――っ! ふ、ファルさん、今の……!」
「しっ、黙って」

扉を少しだけ開ける。ロビーの様子を窺うためではない、音をもっと取り込むためだ。
渚にまで聞こえるような暴力的な音。それは女の声と、そして誠たちの叫びと困惑、そして銃声だ。
即座に状況把握に努める。
何を切り捨てるべきか、どんな行動が自分にとって最善か、遂行するためには何をすればいいのか。

「っ……渚さん、ここから逃げるわよ」
「えっ……?」

問答無用で渚の手を引いた。
娼館には窓がない。そこから逃げることは不可能だ、ならば裏手にある従業員専用の勝手口しかない。
この部屋から出て廊下を走る。逃げ切れるかどうかは、向こうがこちらに気づくかどうか次第だ。
そして何より、自分たちが早く走れるかどうか。

「いい? 『まことくん』って人がここに来たわ。ここにいたら殺されるかも知れない。だから、死にたくなければ全力で走りなさい」
「あっ……はいっ」
「後ろは振り向かないで。真っ直ぐ私についてきて。遅れても助けないわ。いいわね?」

もう一度、肯定。これでいい。
最優先は自分の命。次に優先するのは人形にする予定の渚。
そして切り捨てるのは伊藤誠。せいぜい、襲い掛かってきたらしい女を足止めでも、殺しでもしていてくれればいい。
たとえ彼が自分を騙そうとしていても、そうでなくても……いずれは切り捨てる男だったのだから。

逃げる場所の当てはない。
とにかく今は退却しよう。今は殺人鬼と戦えるほど用意ができていないのだから。


     ◇     ◇     ◇     ◇


ドライがこの娼館に訪れた理由はふたつ。
ひとつは長距離移動用のクドリャフカの使い方が分からなかったからだ。説明書は同封されている。
使わない手はない。よって説明書を暗記したいのだが、安全に読み物に集中するためには建物の中が望ましい。
そういうわけで選ばれたのが、この娼館だった。理由はただ近かっただけだ。

「聞くけどよ、ツヴァイとアインって名前に心当たりはねえか?」

そこで出逢った一組のアベック。
とりあえず情報を聞き出してから殺そう、と銃口を向けていた。

「…………えっと」
「それ、は……」

彼らは答えに窮していた。答えれば殺されるし、答えなくても殺されると理解しているからだろう。
この反応を考えるに知らないな、とドライは思った。指に力を込める、まずは男のほうから―――と、そこで。

「―――――っ!」

廊下の奥、部屋から誰かが出てきた。
少し距離が遠い、誰かも分からない。だが、もしかしたらアインかツヴァイではないだろうか。
そんな一瞬の気の迷いは数秒。
目の前の二人が無手であったことが、彼女の油断に繋がった。

「…………なっ!?」

放り投げられたのは、黒いボール大の塊。
それが何なのかをドライは正確に理解した。身体がすぐに動いたのは、彼女の才能と鍛錬による実績だろう。

「逃げるぞ、真!」
「あっ……うんっ!」

最後に聞こえたのは二人の男女の声。
それ以降は轟音がドライの耳を穿つことになる。黒いボール……手榴弾は娼館のロビーに衝撃を与える。
誠は真の手を掴むと、とにかくロビーから退却する。多少ミリタリーに興味を持つ彼は、手榴弾がどれほどの威力かを理解していた。
このまま走るだけでは間に合わないことは知っていた。


ドォンッ!!

衝撃が娼館を直撃した。
ドライは咄嗟にロビーの応接室へと避難して爆発をやり過ごす。
無理やりの回避に左足首を捻ってしまったが、命があるのは御の字だろう。

「くっ……くくくっ、やってくれたじゃあねえか」

応接室の扉を蹴り破る。
ドライの瞳は怒りに燃えていた。こんなことなら、とっとと黒こげにしてやればよかった。
いや、今すぐにでもそれは出来るだろう。何しろ手榴弾から逃げるために、彼らはどこかに隠れなければならない。
まだ逃げていない、この娼館にいるのだから。

「おもしれぇ……殺してやるよ」

にやり、とインフェルノの殺し屋が壮絶に笑った。



【C-2 娼館、ロビー 早朝】

【ドライ@Phantom -PHANTOM OF INFERNO-】
【装備】クトゥグァ(6/10)@機神咆哮デモンベイン
【所持品】支給品一式×2、マガジン×2、懐中時計(オルゴール機能付き)@Phantom、噴射型離着陸単機クドリャフカ@あやかしびと
【状態: 健康、左足首捻挫】
【思考・行動】
基本:殺し合いを楽しむ。
0:あの二人(誠と真)を見つけて殺す。
1:アインと玲二を見つけ出して殺す。
2:見つけた人間を片っ端から襲う。

※クトゥグァ、イタクァは魔術師でなくとも扱えるように何らかの改造が施されています。

【噴射型離着陸単機クドリャフカ@あやかしびと】

すずルートで、双七がヘリを追いかけるために使用したもの。
本来、トーニャの所属するロシアの諜報機関の保有物。ちなみにロシア製品は世界有数の品質を誇る(トーニャ談)。
噴射型のロケットエンジンを背負うことで空中を移動することが可能になる。
操作については、本編中で双七が30分ほどで会得できた程度。なので要領次第で前後すると思われます。
速度は輸送ヘリに30分のハンデがありながら追いついているのでかなり速いです。ただ、ロワ内では不明。
熱を持つので、背負った状態での長時間の使用は危険かもしれません。
なお、断じて意思持ち支給品ではありません。



     ◇     ◇     ◇     ◇


「はあ……はあっ……」
「はっ、は、は……」

ドライの読みどおり、二人は娼館から脱出できていなかった。
この建物には窓がない。よって部屋に隠れるしか手榴弾から自分たちの身を守る方法がなかったのだ。
ここから脱出するには入り口か裏口のどちらかしかない。
思わぬ状況で誠たちは殺人鬼の舌なめずりする檻の中に閉じ込められたことになる。

「ま、誠さん、これからどうしよう……」
「はあ、そうだな……とにかくここから逃げよう。手榴弾はあと4つしかないし、無駄には使えない」
「でも、入り口にはあの女の人がまだいるよ」

承知している。誠だって手榴弾のピンを無我夢中で抜いて投げたのだ。
あれで死んでくれたのなら、ととんでもないことを思う。
だが、扉が蹴破られた音から考えても彼女はまだ生きている。自分たちを殺そうとしている。
そして自分たちが逃げるためには、彼女を倒さなければならない。

「……やるしかない、ってことかよ……くそっ」

もうすぐ、放送が始まるだろう。
さすがの相手も放送のときは動きが止まるはず。その隙をついて立ち向かうしかない。
支給品を全て活用して、逃げるために前進しなければ。
かつての九州の戦国武将のように。逃げるために敢えて突っ込み、生を得なければならない。

「やってやる……こうなれば自棄だ」

まずは息を潜めろ。戦力を確認し、勝率を上げるのだ。
突撃の機会はもうすぐ訪れる。彼らは互いに頷きを返し、黒いバッグに願いを託すことになった。


【C-2 娼館、個室 早朝】
【伊藤誠@School days L×H】
【装備:スペツナズナイフの柄、手榴弾4つ】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品0~1】
【状態:健康、肉体疲労(小)、性欲鎮静】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない
0:放送を待ち、その間に支給品を確認する
1:ドライに突撃し、娼館から脱出する
2:自分の知り合い(桂言葉西園寺世界清浦刹那)やファルの知り合い(クリス、トルタ)を探す
3:真と娼館に。それまでに、もっと真と仲を深めたい。
4:信頼出来る仲間を集める
5:主催者達を倒す方法や、この島から脱出する方法を探る
6:このみを心配。ついでに仲良くなりたい。
7:巨漢の男に気をつける。

【備考】
※どの時間軸から登場かは、後続の書き手氏任せ

【菊地真@THE IDOLM@STER】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、未確認アイテム1~3】
【状態:健康、肉体疲労(小)、罪を見つめる決意】
【思考・行動】
基本:誠と共に行動する
0:放送を待ち、支給品を確認する
1:誠さんと一緒に娼館から逃げる
2:誠さんは優しいなぁ……すごくスケベだけど
3:巨漢の男に気をつける

【備考】
※誠も真も、襲ってきた相手が大柄な男性であることしか覚えていません。
※愛佳の死を見つめなおし、乗り越えました。


     ◇     ◇     ◇     ◇


教会、神の家とでも言うべきだろうか。
重苦しい雰囲気が辺りを支配する神の空間、そこまでファルと渚は走ってきた。
ここまでくれば、と思う反面でここに誰かが潜んでいる可能性を考慮して周囲を散策。
ようやく安全を確保し、こうして二人して落ち着くことができていた。

「はあ……はあ……」
「……ふう」

ファルも疲れたが、渚はさらに疲労の色が濃い。運動は苦手なのだろう。
胸に手を当て、深呼吸をする渚を横目に見ながらファルは考える。機会を考えれば、今が好機なのだろう、と。
伊藤誠は捨て駒に利用した、少なくとも今は彼に邪魔されることはない。
娼館のほうが道具は揃っていたが、贅沢は言わない。いや、むしろ面白い。神の家と呼ばれし教会で彼女を人形にするのだ。

「……渚さん、少し横になって休みなさいな。今のままじゃ行動もできないでしょう?」
「は、はい……ふう」
「ええ、せっかく眠れるぐらいの長椅子があるのだから、ね……ふふ」

ファルの気遣いで、渚はゆっくりと赤い長椅子に身を倒す。
こんな場所で寝転がるのははしたないと思うのだが、休憩を取らないとファルの迷惑になる可能性がある。
まして、先ほどは命を狙われていたに等しいのだ。
誰かに悪意を向けられること。それが渚の体力と精神力を必要以上に削ぐ結果となっていた。

「…………ふふふ」
「えっ? ファル、さん……?」

寝転がる彼女に、影が降りる。
見上げた先は闇。真っ暗の中からファルの妖艶な表情が見えた。
倒れた渚に圧し掛かるように、ファルは渚を押し倒していた。その瞳は爛々と、獲物を前にした蛇のよう。

「あの……休憩するなら、他の椅子に寝転がったほうがいいと思います」
「渚さん……」

渚の言葉を無視し、ファルは艶やかに微笑んでみせる。
何か聞きたいことがあるのだろうか。
渚には彼女の思惑は理解できない。だからこそ危機感が足りなかった。蛇を前にして、蛙のように震えることすら出来なかった。

「ねえ、どうして渚さんは人殺しがいけないことだと思うの?」

それは、おかしな疑問だった。
どうしてそんなことを聞くのか、渚には分からない。
だから首をかしげたまま、ファルの顔を見上げて渚は答える。当たり前の答えを、常識の回答を。

「いけないことは、いけないことだからです。皆、悲しむだけです。そんなこと、しちゃいけません」

そう、いけないことだからだ。
誰かがやって悲しむと分かっていることは、やってはいけない。これは原則、規則、鉄則のようなもの。
人という種が法律という決まりに従って理性的に行動するための原理である。
それは限りなく正しい。それは限りなく正解の回答のはずだ。

「そうかしら?」
「あ、ちょ……ファルさん……!」

だが、不正解だったのかも知れない。少なくともファルはその答えでは満足しない。
そっと、彼女の白い手が渚の身体を制服の上からなぞった。右手は肩から腕へゆっくりと、左腕は子供を宥めるように頭から頬へと。
抵抗しようとしたが、彼女の手は渚の身体を縦横無尽に駆け回る。
渚にできることは身体を震わせて耐えることと、耳に届くファルの言葉。ひとつひとつ、呪文のように脳裏へと綴っていく。

「殺さないと生きていけないのに? ねえ、渚さん……人は他人を傷つけるわ。自分のために誰かを傷つけるわ。
 初めは食べるために動物を虐げる。次は誰よりも高みを目指すために他人を蹴落とす。
 その過程にどんな犠牲があっても、人に罪悪感は沸かない。だって自分のためですもの……幸せになりたいから、そうするの」

くらり、と渚の頭が痙攣する。
いや、正確には渚の視界に映る世界全てが歪んでいるのかも知れない。
可憐な女性の手がゆっくりと、丁寧に侵略を開始する。身体を支配するのは白い魔手、心を支配するのは呪われし言霊だ。

「なら、今の私たちはなにかしら?
 殺し合いを強要させられた存在、利用される道具じゃないの?
 ねえ、渚さん。今の私たちは人ですらない。あの二人組に良いように利用された、人形でしかないの。
 集められた60人以上の人形……いえ、蟲くらいにはなるかしら。私たちはこの島で、その程度の存在でしか見られてないの」

蟲を潰すように殺された人々。
あの二人組からすればきっと自分たちは蟲に過ぎないのかも知れない。
ゆっくりとファルは問いかける。人殺しの強要。相手を人ではなく蟲と思っていい。ここでは法律はない。許されることなのだ。
だから決して悪いことではない、悪くない。引き金を引くことは悪くないのだ、と。

「…………でも、人殺しはダメです。いけないことなんです。それは、絶対です」

僅かにファルが眉をしかめる。
彼女の殺人に対する禁忌、理性の強さ、精神力は高いのだろう。
それについては多少予想外だったが、ファルは続ける。
少女を人形へ変えるために、殺人を忌諱しない奴隷へと仕立て上げるために。

「それは理想論。殺さなきゃ、殺されるの。
 例えば貴女が銃を持っているとする。目の前には殺そうとする敵と、殺されそうな私がいる。
 引き金を引かなければ私は死ぬ。そして次は貴女の番。
 それでも渚さんは言うの? 人殺しはいけないこと、って。そうしている間に私も貴女も殺されてしまうのに」

渚の耳元に口を添え、そっと耳打ちするように語る。
言葉は言霊、それは明確な悪意を善意へと変容させて渚の脳内へと刻みつける。
もちろん、彼女の身体を蹂躙する白い手を動かすことも忘れない。
ファルが刻み付けるのは畏怖と快楽。
渚に考えさせることを放棄させればいい。空っぽな心の人形を製作する。

「…………で、も」

ぼんやりとした頭が必死に思考しようとする。
だが、次第に何も浮かんでこなくなる。視界は明滅し、考えはバラバラに千切れていく。
分からない、分からない、分からない。
何が正しいのか、何を考えなければならないのか。

「渚さんも知っているよね?
 もう、人が死んでいる。あんな風になりたいの?
 彼女を殺した『まことくん』はすぐ近くにいる。私たちを殺そうとしているかも知れないの。
 貴女には力がある。私にはない力があって、使わないといけないときが来る。でも、きっと貴女には分からない」

フラッシュバックする首をなくした死体。
彼女の殺した男がすぐ近くにいる。そして、彼らを倒せる力は自分が持っている。

「…………あっ、う……」

何が許されるのか、何が許されないのか。
何が正しいのか、何が間違っているのか。
何を求めて良いのか、何を求めてはならないのか。
何をしなければならないのか、何をしてはならないのか。

全ての思考が、信念が、考え方が染められていく。
ひとつの方向性へと指定されていく。抗えない、抗えない何かがそこにある。

「頭がぼんやりする?何を考えればいいか分からない? そうでしょうね、どうしてだと思う?
 渚さんも殺し合いということを正常に理解し始めているからよ。理性を本能が上回ろうとしてる。
 ねえ、渚さん。いい加減に理解しなさい。この島はそういう場所なの。私も貴女も虫けら同然の命でしかないの。
 そう、引き金を引かなければ助からないものがある。傷つけないと傷つけられる、殺さないと殺される」

単純に現実だけを突きつけていく。
壊れかけた理性という名の砦を、言霊という暴力的な津波でもって一気に破壊し尽くすように。
古河渚の価値観の全てを染めつくす。
パレッドの色鮮やかな絵の具を黒で塗りつぶすように、彼女を自分好みに染め上げる。

「………………あぐっ」

一際強い快感に身体が跳ねた。
散り散りになった思考力が訴える。考えろ、と――――それが全く分からない。
分からない、何を考えればいいのだろう。誰か教えてほしい、何を考えなければならないのか。

「何も考えなくてもいいわ。貴女はただ、生きるために動けばいい。引き金を引く、それだけでいいの」

答えはあっさりと。
悪魔の口から零れ落ちた答えが、渚の耳から脳へと届いた。
それはとても魅力的な禁断の果実にも聞こえた。

「…………それ、だけ……?」

それだけでいいのだろうか。
考える必要もないのだろうか。
いや、何かあったような気がする。大切なことが、大切な何かがあったはずだ。
考えなければいけないことがあったはずなのに、頭が馬鹿になってしまって、大切なことが―――

「そう、それだけ。邪魔する理性なんていらないわ。死にたくないなら捨てなさい。
 本能に身を任せて。純粋な気持ちのままで。道筋が分からないなら、私が指し示してあげる。そのほうが―――」

――――きっと楽よ?

「……あっ……」
「まずは、眼を瞑りなさい。そう、ゆっくりと深呼吸して……快楽に身を任せてしまいなさい。今だけは難しく考えなくていいわ」
「…………」

言われたまま、眼を閉じる。
断続的に訪れるのは快楽。押し殺した声だけが神の家に響き渡る。
視界が歪む、世界がぐにゃりと歪みきってしまう。
壊れていくのは世界か、五感か、常識か、理性か、それとも―――――フルカワナギサという個そのものか。

「私が貴女を導いてあげるから。何も、考えなくていい。何にも……ね」

深い、深い闇の中へと誘われるように。
暗い、暗い深海へと引きずり込まれるように。
古河渚は瞳を閉じた。心も暗い闇に満たされた。混沌の背徳感に酔いしれながら、彼女は堕ちていこうとする。
堕ちていく、見上げた虚空へと堕ちていく。

――――渚っ!

声が聞こえた。
大切な声が届いた。
馬鹿になった頭の片隅に大事にとっていた言葉が弾けた。
虚ろになった脳が、記憶が、ナギサという個が憶えていた。忘れてはならないことがあった、思い出さなければならない、と。

――――渚ぁっ!

複数の声、声、声、叫びだ。
いつも自分を見守ってくれた両親が、自分の夢を叶えさせようとしてくれた少年が。
悪魔が哂う、堕ちた天使を抱きしめる。まるで大事な宝物のように。
背中を撫でられた。慈愛のこもったような感傷と共に。神の住まう教会で、ファルは嘲笑った。

「…………ああ」

憶えてた。彼女はまだ名前を覚えていた。
岡崎朋也古河秋生、古河早苗……その他、彼女を支えてくれた人たちがいた。
何をすればいいのか分からないなら、彼らのために出来ることを考えよう。
個を失った渚が頼ったのは家族だった。そうだ、彼らは望まない。考えることを放棄した自分など、望まない。

「……ファルさん。人を殺すなんて……いけない、ことです」

言った、伝えてみせた。
ぼんやりとした頭を無理やり動かして、ぐらぐらと揺れる思考を纏め上げて。
見上げたさき、瞳に映るのは魔女の姿。
自身を押し倒し、問答した相手に向かってそれだけを言った。答えなど関係ない、これは真理だと告げて見せた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「そう。そうなの」

ファルは静かに俯いた。そして自分の中でひとつの答えを出す。
彼女は人形にはならない。少なくとも今すぐには手に入らない。それだけは理解した。
今すぐにでも渚を人形にしてやりたいのに。自衛のための道具として使いたいのに。

(使えないわね)

もっともらしい答えも用意できない。ただ、良い子ぶって引き金も引けない甘ちゃんなのだ。
きっとぬくぬくと親に育てられたに違いない。
ファルシータ・フォーセットが手に入れられなかった、当たり前の幸せを当たり前に享受し、自分だけが綺麗なままでいる。
妬ましかった、そんな彼女が大嫌いだった。あのリセと同じ、甘ったるい人種だ。

(ならもう、いらないわ)

幸い、この教会に人はいない。
渚は自分を危険視してはいない。無防備だ、だから問題ない。そしてファルには、このみから奪った銃がある。
謝りはしない。感謝だってもちろんしない。ファルにとって渚は仲間ではなく、駒だった。
そう、人は利用し、利用される。それが人間なのだ。
そして利用価値のない者、渚のように殺し合いに誘導できない人間は―――――秘密裏に排除する。

(謝らないわ、渚さん。もうすぐ放送……それまでは生かしてあげるわ、せめてもの慈悲として)

自身の生存を最優先。
戦う必要はない。何故なら積極的に殺していく人間がいることを、ちゃんと確認した。
ならば自分から殺しあわずともに人は減っていく。自分は自衛だけを考えればいい。
誠も切り捨てるべき対象だ。ここで消えてくれるなら構わないし、再び仲間面して現れても一向に構わない。

(私は生きる。生きて帰って、歌を歌うの……幸せになりたいの。そのための努力は、惜しまない)

教会、そこは神が見ているとされる神聖な空間だ。
だが、彼女は神様には祈らない。絶対に頼み込んだりしない。干渉できない、利用すらできない神に用はない。
この手で掴み取って見せるのだ、ファルシータ・フォーセットの幸せを。


【B-1 教会 早朝(放送直前)】

【ファルシータ・フォーセット@シンフォニック=レイン】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式。イタクァ(5/6)、銃弾(イタクァ用)×12、銃の取り扱い説明書。鎮痛剤(白い粉が瓶に入っている)、ランダム支給品0~2】
【状態:健康、スカートが大きく縦に裂けている(ギリギリ下着が見えない程度)】
【思考・行動】
 基本:自身の保身を最優先、優勝狙い。出来る限り本性を隠したまま行動する
 1:放送を待ち、渚を始末する
 2:渚よりも強く扱いやすい人間が見付かれば、そちらを盾にする
 3:利用価値の薄い人間は、殺し合いを行うように誘導するか、秘密裏に排除する
 4:誠については死んでても生きてても問題なし
 5:クリスに危害を加える事に対してのみ、迷い

【備考】
※ファルの登場時期は、ファルエンド後からです。



【古河渚@CLANNAD】
【装備:ビームライフル残量90%@リトルバスターズ!】
【所持品:支給品一式、未確認アイテム0~2、ICレコーダー】
【状態:健康、膝下や服に血が付着】
【思考・行動】
基本:殺し合いなんて、ダメです
1:ファルさん、殺し合いはダメ、絶対にダメです。


059:参加する事に意義がある 投下順 061:D6温泉を覆う影
046:求めなさい、そうすれば与えられる 時系列順 067:ふたりはヤンデレ
045:まこまこクエスト~狸と筋肉とスライムと呪われし血脈 伊藤誠 088:業火、そして幻影(前編)
045:まこまこクエスト~狸と筋肉とスライムと呪われし血脈 菊地真 088:業火、そして幻影(前編)
034:True Love Story/堕落のススメ ファルシータ・フォーセット 083:少女のおちる朝に
034:True Love Story/堕落のススメ 古河渚 083:少女のおちる朝に
055:二人目のルースカヤ ドライ 088:業火、そして幻影(前編)


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