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少年少女たちの流儀(前編)

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Second Battle/少年少女たちの流儀(前編)◆WAWBD2hzCI



「…………」

支倉曜子だった存在は花畑の一部に身を隠しながら、状況をゆっくりと吟味した。
茶髪の髪の青年―――戦闘続行可能。
その青年と共にいた少女―――戦闘不能。
新たに現れた黒髪の侍の姿をした怪人と、その隣にいるリボンの少女―――戦闘続行可能。

優先順位を人間離れした合理的な思考の元に定める。
最下層にトルタ。いつでも彼女は殺せる、よって無視。次点に侍の隣にいる少女。戦闘力は皆無と判断。
一番撃破したい相手は、やはり自分と同じ領域にいる怪人か。

「…………」

だが、無理に襲撃するのは得策ではなく。
幸いにも標的たちはいがみ合い、殺し合おうとしている。
ならば怪人がすぐに行動を仕掛ける必要性も見当たらない。

彼らが殺し合うのを眺め続けることを選択。
狙うのは漁夫の利、利用する策は二虎共食の計といったところか。
青年と侍が戦い始める。
どうにかして青年は逃げ出したいようだが、どうやら途中で逃亡を諦めた様子だ。

(…………都合が、いい)

よって、恭介たちとティトゥスによる殺陣の唯一の観客となりて、ゆっくりと銃だけを構えて待機する。
確実に、一切の容赦なく、感慨もなく。
ただ一人の大切な人のために。怪人は黒須太一以外の……己も含めた全ての存在を道具にして、殺戮の宴を謳歌する。
それが支倉曜子だった存在の流儀だった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


闘争とは殺し合いのことである。
互角の相手、互角の技量、互角の経験、互角の得物、互角の戦力。
その是非は問わない。
ただどれかひとつでも互角か、相手を上回る要素があれば、それはきっと闘争に相応しい戦いになるだろう。

「ふっ……はっ、あ……!」

棗恭介は二度目の横転を、つまりは絶好の隙を強敵相手に見せてしまう。
一度目は距離を詰められた直後、振るわれた凶器を避けるため後先なく横へスライディングしたとき。
二度目はティトゥスの追撃に耐えられず、鋭い蹴りをガードした際に衝撃で吹っ飛ばされた。

互角ではない。
ティトゥスと渡り合う技量も。
殺し合い、鬩ぎ合う経験も。
洗練された、というほど使い慣れていない得物も。
棗恭介とティトゥスの戦力差は、真正面から戦っても勝率などない。それほどまでに絶望的だ。

(くっ……そッ!)

烏月の不在、それが大きな意味を為している。
ティトゥスの刀を使った接近戦が主要だ。それを抑えておけるほどの剣の技量を持った味方がいない。
剣もなければ、ティトゥスと斬り合える実力もない。
巨大組織の大幹部たる化け物を相手にするには、一介の学園生徒に過ぎない恭介には荷が重すぎたのだ。

「……どうした、棗恭介よ。貴様は拙者が強者と認めた存在なのだぞ、あまり失望させるな」

恭介、トルタ、烏月の本名はティトゥスも名簿を確認して把握している。
屠るべき強者の名前は憶えておきたい、と思ったティトゥス。その彼は恭介の歯ごたえのなさに首をかしげる。
実際、まだ恭介が生きていられるのはティトゥスの気まぐれが大きいのだ。
彼自身が見えない刺客の気配を警戒している、という意味もあるが……それは恭介も同じである。

(くそっ……前門の虎と後門の狼ってのはこう言うんだろうな)

勝つ確立は1%ですらおこがましい。
それでも、恭介は立ち続ける。引き金を引き、己を貫き続けた。
恭介は思考する。甘ったるい自分を心底馬鹿らしいと思う。

――――見捨ててしまえばいいのに。

背後で足を撃ち抜かれたトルタに視線を向ける余裕はない。
もう十分だ、義理は果たした。
トルタ自身も、自分を置いて逃げろと言ってくれた。
そしてまだ、恭介自身にも生き続けなければならない理由がある。大切な二人を護らなければならない。

理樹と鈴、自分の命よりも大切な親友と妹。
まだ情報の欠片すらも手に入らない状態で、この瞬間にも恐ろしい目にあっているのではと思うと気が気でなくなる。
だからこそ、こんなところで命を張って戦っている暇はない。

そもそも恭介のミッションとは、こういった手合いを同士討ちさせることにあったはずだ。
それなのにどうしてこうも、自分が命を張らなければならない状態に陥ってしまうのか。
運が悪い、とティトゥスの刀を紙一重で避けながら呟いた。
苦虫を噛み潰したかのような顔は、真実、今の自分の心理状態に対して不平を漏らしている。

(なんで、俺はこんなところで踏ん張ってんだろうな……)

お互い、恨みっこなしという約束をしたはずだ。
事前にそういう約束を交わしたのは何のためだと思っているのか。
もう、トルティニタ・フィーネに価値はない。
一緒に戦えない足手まといなど捨てて、そんな無価値な女など捨ててしまえと冷静な自分が言っている。

言っているのに。
莫迦な自分はこうして、手を広げて孤高の剣士と戦い続けている。

「はっ……」

乾いた笑みは歓喜か、それとも諦観の笑みか。
要するにこういうことだったのだ。悩むまでもない、考えるまでもない。
棗恭介は仲間を見捨てられない甘ったれだった。
合理的に考えることも、非情になれることも出来るはずだった一人の青年は――――とっくの昔に莫迦だったんだ。

ああ、大いに結構だ。

それが自分の選択、己の流儀。
それが棗恭介の限界だと言うのなら、自分自身はそれを大いに祝福しよう。


―――――良かった。俺はまだ、仲間を大切に思うことができたのか。


それさえ心に留めておければ、まだ自分は戦える。
正しいと信じた道を貫くために、こうして身体を張ることができる。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「恭、介……」

トルタは恭介とティトゥスの戦いを、若干離れたところから座り込んだまま見続けていた。
彼女の足はもう動かない。凄まじい激痛が絶え間なく襲い掛かってきて、意識を保つにも一苦労だ。
それでも、トルタは唇を血が滲むほどに噛み締めて前を見る。
目の前で仲間が戦っている光景を、絶対に一瞬たりとも見逃すものかという瞳で。

「莫迦、だよ、恭……介……」

見捨ててしまえばいいのに。
こんな情けない自分など見捨てて、大切な人たちの下に走ればいいのに。
どうしてこんな無価値な女を捨ててくれないのだろう。
思えば、まったく役に立たない仲間だった、とトルタは独白する。恭介ばかりを当てにして、何もしていない。

せめて彼のために何かしたい。だがそれすらも許されない。
もう十分なんだ。自分はここで切り捨てられるべきなのだ。
それで恭介がこの窮地を脱出できるなら、この命を捧げても構わないとすら思ったのだ。

「逃げて、よ……見捨ててよ、恭介ぇ……」

死んで欲しくない。
自分などを護るために死んで欲しくなんてない。
こんな役立たずなど捨ててしまってくれていい、と思うのに。

どうして、彼はこんなにも満ち足りたような顔のまま、最強の侍へと向かっていくのだろう。

それがますます、死に逝く者の最後の煌きのようにも見えて。
トルタの頬を涙が伝った。悔しさと悲しさと……そして、少しの嬉しさを混ぜた雫がこぼれた。
見捨てないでくれてありがとう、と――――少女として、人間としての喜びがあった。
恭介にとって、役立たずな自分にもそれほどの価値がある、と言ってくれているような気がして。

「ごめん……ごめ、ん……恭介……きょう、すけ……」

感謝してはいけないのに。
謝罪してはいけないのに。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、と……いつまでも涙は零れ落ちた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(つまらん……)

そう、心中で独白するのはティトゥスだ。
彼にとってはある意味で予想外すぎる展開である。何しろ、あの心躍る戦いとは色々と違うところがある。
千羽烏月の不在。自分ともそれなりに斬り合える強者がいないだけでも、戦いに価値がなかった。
恭介の勇気は認めよう。だが、ただ一人でこうして殺し合いをしていても、意味がなかった。

無造作に刀を振るう。
恭介は全力でそれを回避するのが精一杯で、余禄程度に繰り出す打撃で吹っ飛ばされる。
ティトゥスにしてみれば、これは遊びだ。
恭介が全力を持って戦ってくれることを期待して、ギリギリのところで追い詰めているだけに過ぎない。

(つまらんぞ……)

それも限界だ。
そろそろ恭介の道化ぶりにも飽きてきた。
何度目かの銃撃を刀で切り裂き、距離を詰めた。今までとは比べ物にならないほどの速度。
反応すら許さない、とばかりに接近され、恭介の表情が凍りついた。

「つまらん、つまらん、つまらんッ! 失望したぞ、棗恭介ッ!!」
「ぐあっ……!?」

刀の錆にすることすら、勿体無いほどの歯ごたえの無さ。
そんな彼の不甲斐無さにティトゥスは大いに落胆した。いかに強者だったとは言え、策を弄する者の限界か。
思い切り繰り出した脚撃は恭介を十メートル近くも吹っ飛ばした。
まさか、蹴られただけで空が飛べるとは思いもよらなかった恭介は、受身こそ取ったものの苦痛で顔を歪める。

「ここまで歯ごたえがないとは。期待していただけに無念よ」

溜息がひとつ。
もう遊びに使う時間すらも惜しいと思ったのか。
ティトゥスは螺旋に捻じ曲がった刀を、ゆっくりと恭介の心臓を貫くように掲げた。
この一撃で勝負をつけてしまおう、と。
そうした意思が誰にでも理解できるほどの殺意が膨れ上がるなか、一人の少女はゆっくりと黒き侍に問いかけた。

「あなたは、それでいいの?」

なに、とティトゥスの体が膠着した。

若干の驚きと苛立ち、構えた刀は恭介の心臓を狙いすませたまま、背後の少女へと視線を向ける。
そこにいたのは特筆するべきところもない少女だ。
戦いという快楽において、何の役にも立たない清浦刹那が、まるで子猫のように首をかしげながら、問う。

「満足に戦えない人と戦うことに、意味があるの?」

それは、ティトゥスの思いを根元から揺るがす問いかけだ。
それは、ともすれば震え上がったまま動けなくなりそうな清浦刹那の問いかけだ。
それは、恭介とトルタに休息を与えるには十分な時間を稼ぐ問いかけだった。

「つまらないなら……殺す必要はない、と思うし」
「…………」
「満足のいく戦いがしたいなら、万全のほうがいいと思う。例えば、この殺し合いが終わった後、とか」

万全な体勢ならば、満足に殺しあえるだろう。
刹那は言葉をひとつひとつ、選んでティトゥスに相対する。言葉は剣よりも強い、と言わんばかりに。

「あなただって、疑問を感じているはず。誰かに首輪をつけられ、従属を迫られた上での殺し合い」
「………………」
ウィンフィールドさん、言ってた。身体に制限が掛かってるって。それはあなたも、同じはず」

そんな身体で殺し合いなどして、満足な戦いができるはずがない。
ティトゥス自身とて薄々感じていることだった。
そこを突けば、この戦いは回避できるものかも知れないと刹那は考えたのだ。
黒き侍は無言を貫いている。

現時点で戦っても面白くない。それはたった今、証明されたはず。
こんな首輪を付けられて生殺与奪の権利を相手に握られたまま戦い続けることは、本意でもないと思う。
なら、ここは皆で協力して脱出して、それから改めて。今度は傷もない万全な状態で戦えばいい。
そうすれば、きっと満足のいく戦いができるはずだ。

「なら、まずは手を組んであの二人組を倒して、その後で……」

その行為に、ティトゥスが自分の話に耳を傾けてくれているものと思っていた。
少なくとも勝算は刹那の中ではあったのだ。
彼の性格は把握してるつもりだったし、うまく軌道修正しながら自分の意見を伝えていけば賛同してもらえると思っていた。
多少の願望こそあれど、自分の行動にブレはないと信じていた。


「話は終わりか、小娘」


莫迦だった。
軌道修正するなら、直接今ここで真正面から説得するべきではなかった。
刹那の言葉は何一つ、怪物の心に響いてはいなかった。

「えっ……?」
「誰が再戦を確約してくれるのだ?」

静かに、楽しみを『邪魔』された怪物が問いかける。
恭介に向けられていた凶器は、ゆっくりと少女の胸元へと狙いを変える。

「このような催し物でもない限り、誰が好き好んで殺し合いなどしよう。誰が、再戦を約束するというのだ」

刹那は焦ってしまったのだ。
他人の命を懸けた説得だった。刹那は、目の前で人が殺されることを黙って見ていられなかった。
それが早急な説得に繋がり、そして現在に至ってしまう。
焦った彼女の判断は鈍り、結果として彼女の寿命を縮めてしまうこととなった。

「闘争にも鮮度がある。小娘よ、清浦刹那よ。貴様はまだ見ぬ強者との戦いを前にして、拙者に闘争を耐え忍べ、というのか?」
「それは……」
「拙者は、言ったぞ」

ひとつ、清浦刹那の考えには重大な欠陥があった。
巨大勢力、ブラットロッジの大幹部であるティトゥス。その手綱を、一般人である刹那が引くなど、無理があったのだ。
子供が幻想種の手綱を握っているようなものだ。
それは、どうしようもなく、不可能な願いだった。それほどまでに、この怪物は『怪物』足りえる存在として君臨しているのだから。。

「無駄口を叩くな、小娘」

邪魔をすればどうなるか、既に警告はされていた。
ティトゥスは彼女を殺すことに躊躇しなかった。既にウィンフィールドとの合流の仕方は分かっている。
少女を生かしていたのは気まぐれに過ぎず、そしてもはや用済みなのだ。
刹那はその一撃に反応すらできないだろう。

恭介には止められない、トルタにも目の前の殺人は止められない。
花畑に潜む怪人は止める意思すらなく、そうして一秒もない時間の間に……刹那の身体は切り裂かれる。

「待てッ!!」

切り裂かれるはずだった。


「――――――!? 何奴ッ!?」


ティトゥスの意識の矛先が明後日の方向へと向けられた。
恭介の方角ではないし、トルタでもない。もちろん、曜子の気配を感じ取ったわけでもなかった。
孤高の侍が感じたのは接近してくる足音。
獰猛なまでの大きな足音は、人のものではない。
彼自身もさっきまで感じ取れなかった戦意に、魂が歓喜の悲鳴を上げた。

現れた存在は、刹那にとって白馬の王子様にも見えた。

比喩でもなく、本当に白くて気高そうな馬に乗った少年。
ツンツンの髪は王子のイメージとしてはいまいちではあるし、豪華な服を着ているわけでもない。
それでも、その瞳は本当に頼りになりそうなほどの光を放っていて。

(…………ッ!!)

少女が侍に襲われている。
その事実さえ理解できれば、もはや難しいことを考える必要はない。
ならば全身全霊を持って救わねばならない。
そうすることが、救えなかった命に対する謝罪にもなると信じて、少年は怒号の雄たけびを上げた。


「うおぉぉォォォォォォォォォォオオオオオッ!!!!」
「ぬうっ……!?」


彼は刀を突きつけられる刹那を見て、自分の身を省みることなく突っ込んできてくれた。
白い馬の背中から跳躍し、その手には剣を構えてそのままティトゥスに振り下ろす。
ガキン、と鋼が響く音。
勢いの元に振り下ろされた一撃を殺しきれず、ティトゥスはたたらを踏んで後退した。

「ぐっ……シッ―――――!」
「うあっ……!?」

だが、相手は化け物だった。
返す刀は神速で、恭介を相手にするようなものではなく……真に命を狙った一撃。
現れた少年の剣、クサナギは彼の手から零れて宙を舞う。

だが、それでも少年を止める理由にはならない。
元々は剣士ではないのだから。牽制のために使用した武具の動向に、気を払ってはいられない。
こっそりと、剣に心の中で謝りながらも少年は接近する。
相手の胸に目掛けて、少年―――――如月双七は、円を描く軌道の下に、掌を捻った。

壮絶な音が響く。
双七の放った拳の一撃は、ティトゥスの第四の腕によって受け止められていた。

「戦士よ、お主の名は?」
「っ……九鬼流、如月双七」

両者が距離を取り、様子を見る。
未だに刹那はティトゥスの背後にいたままで、双七は内心で舌打ちした。
このまま背後を振り向くと同時に切り捨てられては、こうして戦いに赴いた意味がないのだ。
もう、誰も死んでほしくない、と双七は思う。

(相手は人妖……いや、これは妖か? とにかく、実力が違う……俺一人じゃ敵わない)

素直に双七はそんな判断をつけた。
手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に――――かつての師の教えのままに、双七はティトゥスと相対する。
そうだ、一人で敵わないなら二人で戦えばいい。
それは卑怯なことではない。誰かに頼るのは間違いではないのだから。

故に、双七の隣に立つ青年を味方と双七は断言した。

「……棗、恭介だ。そっちの自己紹介はいらないぜ」
「よろしく。仲間と……思って、いいんだよな?」
「ああ、頼む。俺一人じゃ、仲間を守れない。だから……力を貸してくれ」

弾かれた双七の支給品、クサナギを恭介は拾って構えた。
背後には泣きそうな顔の……実際には、もう泣いてしまっている少女がいる。彼女を守りたいと恭介は思う。
ティトゥスの背後にも、不安そうに事の次第を見守る少女がいる。彼女を救いたいと双七は思う。

目的が一致したのなら。
彼らは守りたいという理念の下に、こうして強敵を前に手を組める。

「如月、でいいな。こっちに作戦があるんだ、乗らないか?」
「……?」

双七が首をかしげると同時に、恭介はティトゥスの前に一歩出る。
それが甘美なる殺し合いの前兆か、と黒き侍が構える。
そんな彼に向けて、恭介は告げる。
あまりにも不敵で、あまりにも大胆で、あまりにも愚直な挑発と共に棗恭介が告げる。


「作戦会議の時間をくれ。報酬はお前の敗北でどうだ?」


とんでもない言葉を言ってのけた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「………………」

私、清浦刹那は命の危機に晒されている。
首に突きつけられた刀の切っ先は、残酷なほどに冷たかった。
私の命を担保として、五分の猶予が彼ら三人に与えられている。
黒き侍、ティトゥスは私などを気に留めることもない。ただ、敗北を用意しようという彼らを楽しみに待っている。

助けてくれるだろうか。
そのまま逃げる算段を立ててはいないだろうか。
そんな思いがぐるぐると回ってはしまうが、それでも彼らは決して逃げないだろう、と勝手に思うことにした。

だって、そうじゃなきゃ、助けになんて来ないと思うから。

こんな地獄のような場所で、一番優先しなければいけないのは自分の命なのに。
殺されそうになった私を助けようとしてくれた。
赤の他人のはずの私を助けに来てくれた、お人よしの男の人なんだから。

信じて待ち続けることにした。
怖いと思う心を飲み込んで、私は助けを待ち続ける。

「……楽しみだな」
「…………余裕?」
「いや、戯れよ。このままではつまらん、と思っていたのだからな」

それを余裕と人は言うのだが、それ以上は言わないことにした。
ティトゥスと彼らの実力差は詳しくは分からない。
そもそも四本腕だと知ったのもついさっきで、その時は心臓が飛び出るほど驚いたのだから。
私はこんな化け物を操ろうとしていたのか、と今更ながらに後悔するぐらいに。

私だって生きたい。
でも目の前で人が死ぬことを見捨てることができなかった。
優しくない考えだと自分でも思う。自分は大切なのに、他の人にも一応死んでほしくないと思ってる。
甘い考えだと聞く人が聞けば笑うかもしれない。

(………………だけど)

我が身可愛さに人の死を許容してしまうほどの人間にはなりたくなかった。
世界に逢いたいし、伊藤にも逢いたい。桂さんにも逢いたい。
だけど私が見逃すことが巡り巡って、彼らの迷惑になってしまうかも知れないと思うと、焦ってしまった。

その結果がこの様だから、情けなく思う。

だから待ち続けよう。
私の役割がきっとあるはずだ、と……そう信じて彼らが救ってくれることを待ち続けていよう。
本当は怖いけど。すごく、身体が震えるほど怖いけど。

女にはやらなければいけない時が、あるのだから。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(あんなのが通るとは、思わなかったんだけど……)
(私も……)
(静かに、時間がないんだ。下手なことをすれば、清浦の首が飛んじまうからな)

手に入れた時間は五分。
一秒でも過ぎれば、刹那の首を跳ねるということを条件にティトゥスは作戦会議の時間を受け入れた。
逃げる素振りを見せるだけでも、刹那は殺される。
恭介自身には様々な思惑があるが、それでも刹那を置いて逃げるという選択肢はなかった。

(この作戦はトルタ、お前に掛かっている)
(私……?)
(ああ、まずお前は――――)

残り、三分。
それぞれの役割を決め、それぞれを仲間として認め、信じなければ勝利はない。
互いの支給品も、互いの能力も、その限界も、ほぼ全てを曝け出して最強の怪物と死闘を演じるのだ。

(よし、人妖の力ってのがどれほどかは分からないが……期待してるぜ、如月)
(そちらも。出来れば、全員揃って無事に終わらせよう)
(……ああ。そうだな)

残り、一分。
それぞれ支給品の分担も済んだ。
恭介は己の銃に弾丸を装填し、ほぼ残りの支給品をトルタに預けて対峙する。
その手にはクサナギ。前線に立つためには、刀剣類がなければどうしようもないのだから。

双七は無手のまま、ここまで一緒に来てくれたスターブライトを背後に待機させる。
ボタンが死んだ今、彼まで犠牲になってほしくないという意思だった。

「……拙者を敗北させる相談、とやらは付いたか?」

恭介はその言葉に無言で肯定する。
ティトゥスの口元の端がクッ、と哂った。それは敵に対する嘲りか、それとも殺し合いに対する歓喜か。
首元に刃を突きつけられたまま、人質となっていた刹那を解放する。
彼女を殺す必要はない。要するに、ティトゥスは目の前の二人の戦士を闘争の果てに殺害することに全力を使えばいい。

「さあ、掛かってくるが良い、戦士たちよ」
「ミッション・スタート!」


恭介とティトゥスによる殺し合い開始の合図。
それと同時に恭介と双七は迷うことなく、一直線にティトゥスへと突撃していった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(ほう……?)

驚きよりも感心のほうが強かった。
策というからどれほどと思いつつも、結果は剣士と拳士による突撃だ。
ティトゥスは口元を歪めた。分かりやすいその行動こそが、ティトゥスの闘争心に火をつけた。

(ならば、存分に楽しもうではない――――か……!?)

同じく駆け出そうとした侍の動きが止まった。
その上空、昼の空、青い青い広大な空間から……接近してくる物体がある。
黒い四角い箱、飛翔するのはラジコンヘリだ。
本来ならデジタルカメラと組み合わせ、偵察に使用するつもりだったそれが、万歳突撃の如くティトゥスへと突っ込んでくる。

ティトゥスの目は、迫り来る恭介や双七ではなく……その向こう側、足を撃ち抜かれた少女へと。
トルタの手にあるのはリモコンだ。動けないトルタが利用した、牽制にもならない手段。

「……愚かな。そのような小細工で拙者を打ち倒そうなどと考えるとは!」

双身螺旋刀を構える。
この刀は幾重にも刀を曲げられて無理やり作られた、異質な大業物。
斬るよりも、貫くこと。そして螺旋を描いて抉り取ることを主な使用方法とする。
彼らの狙いはラジコンヘリに気を取られると同時に、一気に攻撃を仕掛けることなのだろう。

それは、甘い。甘すぎる。
その程度で破られるほど、ブラックロッジは安くない。

「はあッ!!」

一閃、一秒ですら遠い刹那の出来事。
恭介や双七が攻撃を仕掛けるよりも圧倒的に早い斬撃は、狙い外れることなくラジコンヘリを真っ二つに破壊した。
砕けた残骸が彼らの足元に散らばるが、ティトゥスは意にも返さない。
完全に攻撃のタイミングを狂わされた恭介たちに壮絶な笑みを向け、ティトゥスは斬りつけるための一歩を踏み出した。

かちり、と。
侍の足が何かを踏みつける。
それが何かと怪物が疑問を抱く前に。


         ┏┓                ┏┓                           ┏┓     ┏┓
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 ┗┛           ┗┛       ┗━┛     ┗┛    ┗━┻┛┗━━━━┛┗┻┻┛

「なっ……ッ!?」

大音量による、知らない男の声が響き渡る。
焦燥、混乱が彼の頭を一瞬だけ白く染め上げた。必死に自分を取り戻すと、次に沸いてくるのは謎。
あの声は何だ、何処から聞こえてきた、繁みに隠れた者の声か、それとも。

脳が正常な判断を下させようとする、一瞬の停滞。
上空を見上げてラジコンヘリが撃墜する際に、ティトゥスの足元に放られた『岡崎最高ボタン』の効力は絶大だ。
もしもティトゥスが踏まなかったとしても、恭介の銃弾がボタンへと着弾していただろう。
結果として、怪物は大きな隙を露呈してしまう。

「うぉぉおおおおおおおッ!!!」
「ぬっ……あああッ!!」

恭介の突撃、クサナギが絶妙なタイミングで振り下ろされる。
常人ならあれだけの隙を突かれれば、確実に敗北するほどの鋭い一撃はしかし、ティトゥスの化け物染みた反応に敗れた。
振るったのは螺旋刀、宙を再び舞うのはクサナギだ。
こうして恭介は無手のまま、ティトゥスの一撃を甘んじるしかない。

だが、違和感がティトゥスを襲う。
もう一人、如月双七は恭介の背後に立ち止まっていた。
それと同時に、彼の手の中にある双身螺旋刀に強い圧迫感。まるで綱引きでもしているかのように、引き寄せられていく。

「ぐっ……」
「……うぐっ……」

人妖能力発動。
頭痛に歯を食いしばって、双七はティトゥスの刀を抑えこんだ。
奪えないのは、侍の尋常ではない腕力ゆえに。
並みの相手ならば既に刀を奪い、一気に勝負を決めることもできただろう。

――――悔しい。

――――魔人に良いように使われる我が身が悔しい。

――――我らは人を斬るためではなく、妖を斬るためになったものだというのに。

――――口惜しや。

――――口惜しや。

双七の赤い糸を通して伝わってくるのは、螺旋刀の無念だ。
抑え込むことしかできない双七は、胸の奥で彼らに謝罪をした。
そう、双七は彼の刀をこうして封じるのが関の山。

だが、それで十分。

「―――――ッ!!」

恭介がティトゥスに向けて構えたのはSIG SAUER P226―――距離にして、一メートル。
それでも足りない、と恭介は接近する。相手は常識外の化け物、慎重に慎重を期するのは当然。
かちゃり――――接近により、紡いだ銃口と標的の距離は0、押し付けられた鉄の感触に侍の顔が歪む。

「おのれ―――――!」

恨み言に近い悲鳴はしかし、恭介の引き金を引かせる呼び水となった。
連続射撃、引き金を引く続ける。
ガガガガガガガガッ! 同時に漏れるのは苦痛の悲鳴――――惜しむらくは、それで奪うことができたのは左腕のみというところか。
弾幕、十五の弾丸による連射はティトゥスの左腕を完全に破壊した。


だが、それで恭介の安全な策は全て終了した。


「貴、様ァァァアアアアアアアッ!!!」
「ぐっ……ぉぉおおおおおおおおおおッ!!!」

怒り狂ったティトゥスは右腕一本で螺旋刀を叩きつけてくる。
対して恭介も拾ったクサナギで対抗するが、片手のみによる斬撃だけで恭介はたたらを踏んでしまう。
強すぎる、と唇をかみ締めた。
前の戦いも含めて、二本の腕を奪うことができたが……それ以上を望むには、もう捨て身しかなかった。

破壊される。
破壊される。
破壊される。
ティトゥスの荒れ狂う斬撃は繰り返され、周囲はもちろん、受け止める恭介にも限界が近い。

このままでは、ダメだ。
余力を残してはダメなのだ。
たとえ周囲に狙撃能力を持った暗殺者のような奴がいたとしても。
そいつとの連戦のために戦力を温存などしてはいられなかった。

(トルタ……)

悪い、と心中で謝った。
もはや限界なんだ、と言い訳をひとつだけ。

(理樹、鈴……)

すまない、と。
頼りにならないリーダーで悪かった、と謝罪した。
他にも言い残したいことはあったが、もはや時間もないらしい。
ティトゥスの刀を持つ腕はひとつ。第四の腕を使えばいいのだろうが、保険のために残しているらしい。
ならば勝機はある。双七の人妖能力により、螺旋刀の動きは緩慢なのだから。

恭介は銃を捨てて、駆け出した。
後ろではなく前へと。まるで絡みつく軟体生物のように、ティトゥスの右腕を全身で制圧する。
これで誰も動けない。恭介は右腕を抑え込み、双七は刀を抑え込むことで精一杯なのだから。


―――――トルティニタ・フィーネを除いて。


「やれ」

トルタには何を言われているか、最初は予測できなかった。
だが、作戦会議のときに恭介は彼女を信頼して、確かに言っていた。
この作戦はお前に掛かっている、と―――――そして、合図をしたならすぐに銃を撃てるように待機しておけ、と。

それが合図だと気づくのに数秒。
中々行動に移さないトルタに痺れを切らした恭介が、力の限り叫び倒した。


「俺ごと、やれッ……トルタァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



     ◇     ◇     ◇     ◇


残酷な選択だった。
棗恭介は命の危険も省みず、確実に己が死ぬ作戦を立案した。
ティトゥスがあまりにも強かったから、この方法しか選べなかったのだろう。確実に、一人を犠牲にすることで得る勝利を。

「……あっ……」

構えた。
仲間を殺すために、敵を倒すためにトルタは銃を構えた。
それでいい、と恭介が頷く。
隣では双七が驚愕に目を見開いていることから、これは恭介の独断であることは理解できた。

「あっ……うっ……くっ……」

震える腕、用を為さない頭が考える。
このまま引き金を引き、連射されば恭介とティトゥスの両者を纏めて葬れるだろう。
それは絶対の真実であり、ティトゥスの焦燥に駆られた表情がそれを裏付けている。
なら、後はトルタが撃てば戦いは終わる。

クリスのために全てを切り捨てると誓った。
それは仲間であろうと例外ではなく。
知人であろうと例外ではなく。
己であろうと例外ではない。

なればこそ、銃を撃つことに躊躇いはないはずだ。

「…………だよ」

躊躇いはない、はずなのに。
そんな弱音など、言ってはいけないのに。

「無理、だよ……っ……恭介ぇ……!」

躊躇ってはいけなかったのに。
ぽろり。ぽろり、と軟弱な涙が零れてくる。

「私には、恭介を殺すなんて……できない……できるわけないじゃないッ!」

都合の良い話だった。
彼は彼女を見捨てなかった。
たとえ彼女が見捨ててくれと頼んでも、絶対に見捨てようとはしなかった。
それなのに、自分のときは見捨てろ、などとは都合が良すぎる。

「見捨ててくれなかったのに、見捨てろなんて言われても、できるわけないじゃないッ……!!」
「……っ……バカ、ヤロウ……っ!」

あまりにも脆弱で。
あまりにも軟弱で。
あまりにも優しすぎる、彼女の間違った選択だった。


「愚かな」


その心の迷いの隙をついて。
体勢を立て直したティトゥスは恭介を第四の腕で掴んで引き剥がすと、無造作に刀で薙ぎ払った。
鮮血が黒き侍と茶髪の青年の周囲に飛び散った。

(はは……莫迦だったな、俺は)

薄れ行く意識の中。
最後に感じたのは悔恨と自嘲。己の甘さが招いたこの事態を前にして。

(悪い、トルタ……お前だけでも、逃げ延びてくれると、助かる)

優しすぎた仲間のことを考え続けたまま、その意識は闇の中へと沈んでいった。




112:続く夜に負けないで 朝の光信じて 投下順 113:Second Battle/少年少女たちの流儀(後編)
110:希望の星 時系列順
102:どうする? 棗恭介
トルティニタ・フィーネ
ティトゥス
清浦刹那
支倉曜子
093:これより先怪人領域(前編) 如月双七

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