ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

これより先怪人領域(前編)

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これより先怪人領域(前編) ◆LxH6hCs9JU



『手負蛇(ウーンデッドスネイク)』、と呼称される爆弾がある。

 如月双七――いや武部涼一がかつて収容されていた、織咲病院を退院する際の決まりごとみたいなものだ。
 織咲病院を退院する患者――即ち人妖は、首、右肘、左肘、右膝、左膝、計五箇所に爆弾を埋め込むことになる。
 これが、ウーンデッドスネイク……手負いの蛇、と呼ばれる爆弾だ。

 爆弾は一旦起動すると、織咲病院などの第参種人妖収容施設でしか解除することはできない。
 そしてこの爆弾を装着された者は、人妖追跡機関によって常時監視されることになる。
 この『手負蛇』は、言ってしまえば世間という枠に入り込むには危険極まりない亜種……人妖の行動を縛り付ける枷のようなのもの。

 涼一が収容されていた織咲病院に限って言えば、『手負蛇』は単なる不良患者への懲罰の手段として使用されたりもした。
 行動を覗き、監視する。行動を縛りつけ、いざとなったら爆弾を起爆して殺す。しかも体の内側から。
 爆弾を人体に埋め込むという時点で人権問題など度外視した代物だが、双七はふと、この『手負蛇』を思い出してしまった。

 ……違う。思い出さざるを得なかった。
 派手に弾け飛び、血肉に変わり果てて、土に帰り、焼け焦げた残り香さえも雲散霧消してしまった、ボタンのことを思えば。

『……さて、諸君。ご機嫌はいかがかね』

 主催陣営による最初の定時放送が流れても、双七はボタンが爆散した現場から動くことができなかった。
 頬にこびりついたボタンの肉片や体毛を洗い流すまいと、無意識に運動を拒否していたのかもしれない。
 体全身、そして涙腺すらも活動を停止。訪れた虚無に精神を委ね、長い長い放送を聞く。

 死亡者は九人。九鬼含め、双七の知人計四名の名は呼ばれなかった。
 発表された禁止エリアも頭にインプットした地図と照らし合わすが、今動かなくても特に支障はない位置だった。

 二つの業務報告が終了した後、放送担当である神父が延々と喋るのは、本人の趣味を交えた四方山話。
 なにやら心の琴線に触れるようなことを語っているが、深く考えることはできない。
 左の耳から入り込んできた言霊の数々も、すぐに右の耳から抜け落ちてしまう。
 双七が聞きたいのは、言峰綺礼の与太話などではなかった。
 ただ一つの結果を、告げてほしかっただけだった。
 なのに……放送は終わってしまった。

「あ……」

 その瞬間、双七の肢体はガラガラと崩れ落ちた。
 千以上のピースが組み合わさってできたジグソーパズルが、地に落ちて派手に弾け飛ぶような絶望感。
 ダムの役割を果たしていた自我は悲しみに打ちのめされ、途端、双七の瞳から洪水のような涙が溢れ出した。

 洗浄される。
 頬に張りついていたボタンの名残が、失意の濁流によって洗い流されていく。
 ボタンの頑張りが、ボタンとの繋がりが消えていく……そんな風にも思えて、双七の涙は水勢を強めた。

 ――もう、君は本当に泣き虫さんだねぇ

 織咲病院で過ごした幼少の十数年間。双七はことあるごとに泣きじゃくり、よくその様を森の狐に見られていた。
 森の狐は今は如月すずと名を変え、双七にとって掛け替えのない存在になったが……
 長いつき合いが齎す不幸か、昔から見られていた泣き虫をからかわれることが、今でもしばしばある。

 だが、その指摘はずばりだ。双七は自分がとても涙脆い性質であると、自覚している。
 生き物の死に悲しみを覚え、他者の嘆きに共感し、悪事に憤怒を滾らせることができると、自身を正しく把握していた。
 だからこそ、ボタンの死を前に涙を流さぬなど……不可能だと、そう悟った。
 男の子として我慢しなくてはならない局面だったとしても、双七は己の感情に背くことができなかったのだ。
 しかも、

「ぐっ、う……なんで、なんで呼んでくれないんだよ……!」

 死者の名を告げるはずの放送。その中で呼ばれたのは名簿に記載された九名の参加者たちのみ。
 双七の目の前で確かに死んだボタンの名は、言峰の口からは一切触れられなかった。

「見ていたんだろう……? 見えてたんだろう……なのに、どうして無視するんだ……!!」

 双七の首に装着された輪、ボタンの足に嵌められていた輪、どちらも意味合いは同じはずだ。
 行動を縛りつけ、監視し、起爆する。人妖に施す『手負蛇』とまったく変わらない。
 ならば主催者たちは当然、双七ら参加者の生き様と死に様、そして同じく枷を強いられていた、ボタンの最後も知っているはずなのだ。
 なのに……死を尊ぶべき存在であるはずの神父は、ボタンの名を呼んではくれなかった。
 双七にはただ、それが悔しくてならない。

「…………ごめん。ごめんよ、ボタン」

 悔恨に駆られながらも、双七は既に一つの結論を出していた。
 言峰にとって、いやここにいるすべての参加者にとって。
 ボタンは結局、単なるモノ――支給品に過ぎなかったのだ。
 命の有無は問題ではない。ボタンは単に、『自立行動する爆弾つきの食料』程度の意味しか与えられなったのだ。
 だからこそ、放送で取り上げるほどのものでもない。そういうことなのだろう。
 なんて悲しい結論なのだろう。双七は断腸の思いを味わい、また泣いた。

 ――涙を拭い、また泣き、また涙を拭い……そうやって歩いている内に、双七は林を抜け街へと足を踏み入れた。
 人生の大半を病院と森しかない孤島で過ごし、街らしい街など神沢市くらいしか知らなかった双七にとって、駅近郊のその街がどれほど栄えていたかは判断が難しい。
 ただ、建物のみを見た街並みのほどはともかくとして、人気という観点において言えば……廃れている、と断定せざるを得ない。


(結構、時間を棒に振るっちゃったからな……九鬼先生はどこだろう?)

 師を捜し、街を徘徊する双七。脱力したその姿は、くたびれたサラリーマンのようだった。
 独り言を呟きながら歩く趣味もなく、靴底が舗装道を叩く音だけが響き渡る。

(話し相手がいたら、ちょっとは違ったんだろうな……)

 思う。思っても仕方がないことを思う。寂寥感を拒むように、騒音を欲する。
 双七は元々、寂しがりやだ。孤独を嫌悪し、仲間を好く。昔からそうだった。
 学園生活への憧れやすずへの依存心もまた、双七の少年らしい弱さ、もしくは甘えから来ていたのだろう。
 たった数時間の絆とはいえ、ボタンの死をこんなにも重く引きずっているのもまた、双七の持つ優しさにも似た弱さだ。

(……あ、そういえば)

 ふと、思い出す。デイパックから飛び出したボタンと、思いもよらぬ足輪の仕掛けに驚かされていた数時間前。
 あの騒動のおかげですっかり忘却してしまっていたが、支給品の確認はまだ完了していない。
 ルール説明によれば、参加者には一人三つまでの物資が支給されているはずだ。双七が確認したのは、まだボタンだけだった。

(へこたれてる場合じゃ……ない、よな。気持ちを切り替えていこう。うん)

 双七は足を止め、同時に涙も止める。
 デイパックを漁っているとボタンとの短いふれあいを思い出しそうになるが、それでももう、感傷には浸っていられない。

 決意も新たに、デイパックに収められていた物品の数々を外に出していく。
 食料、水、サバイバルグッズ、諸々の共通支給品が乱雑に散らばる中、双七の手は一振りの銅剣を抜き出した。

 美術館にでも飾っていそうな年代物の剣。武器……というよりは、骨董品というイメージを受ける。
 付属されていた説明書を読むと、どうやらこの銅剣の銘は『クサナギ』というらしい。

(うーん、俺には無用の長物、かなぁ?)

 世界で二人しか扱う者がいない異端の拳法、九鬼流を戦いの主とする双七にとっては、刀剣の支給もあまり意味がない。
 接近戦ならば刃で斬るより拳で殴ったほうが有効なダメージが与えられるだろうし、慣れない武器は足枷にも成り得る。
 これが遠距離でも対応できる銃器だったならまた話は別だろうが、剣は双七にとってありがたみの薄い代物だった。

(と、これが二つ目とすると残りは……わ!?)

 三つ目の支給品を求めて、デイパックの中を探る。すると、なにやらモシャっとした感触を掴み取った。
 驚いた双七が一気に手を引くと、妙な感触の正体はずるずるとデイパックの口から姿を露出させていく。
 手はモシャモシャの実態が鬣だと気づき、次いで視線が銀のように白い毛並みを捉え、さらに肩がその巨体と重量を知らせる。

 それは、デイパックの中に収納されるには明らかに異質な体積。
 物理法則云々をごっそり丸ごと地球の裏側へと蹴っ飛ばし、押し込められていた第三の支給品。

 白銀、あるいは新雪にも似た荘厳なる白の体躯。
 四つの脚部が支えるたくましくも流麗な曲線、そして長い首。
 王者の風格を漂わせる艶のいい鬣は、存在の象徴として見惚れるほどの魅力を放つ。

 双七は驚きのあまり瞠目し、唖然と口を開けた。
 驚嘆のために唾を飲み、声を溜める。
 なにせ、デイパックの中から飛び出したのは――

「う、う、う……馬ぁ~っ!?」

 眼前に置くのも見事な、一頭の美しい白馬だったのだから。

「待て。落ち着こう。確かにちょっと寂しいな、とは思った。けど、ボタンがあんなことになった途端に……こんな」

 頭を抱えて苦悶――という名の混乱――する双七。
 先刻のボタンとの出会いを思い出し、すぐ総身に怖気が走った。

 まさか……ボタンだけではなく、この馬にも例の爆弾が取りつけられているのではないか。

 最悪の予感に思い至った双七は右往左往、凛と構える白馬の周りを駆け回る。
 前から、横から、後ろから舐めるように眺め回し、戒めの輪が装着されていないかどうか探った。
 結果として、首にも足にも胴体にも、それらしきものは見当たらない。

 胴体には衝撃保護のための腹帯、その上からブリティッシュの鞍が備え付けられ、
 そこからプラスチック製の鐙(騎乗時に足をかける馬具の一種)が垂れ下がっていたが、
 これはこの白馬が乗用馬であることを裏づける証拠だろう。

 双七は安堵し、ホッと息をつく。そして、改めて目の前の白馬と相対した。
 白馬は尊貴に満ちた風格で、取り乱すこともなく双七の姿を真摯に見つめている。
 口にはボタンと同じく取り扱い説明書が咥えられており、双七は若干引け腰でそれを掴み取った。

スターブライト……それがおまえの名前か。なんていうか……格好いいな」

 双七の賛辞を受けてか否か、スターブライトが軽く会釈をする。
 双七は和やかに笑い、ボタンのときほどはふざけていない文面の説明書を読み進めた。

 スターブライト――聖スピカ女学院乗馬部に所属する白馬。
 聖スピカ五年生、鳳天音の愛馬として周囲に認知され、その穏やかな物腰は彼女の貴賓溢れる姿を引き立てる。
 誰もが認める名馬でもあり、人間への反骨精神も薄いが、礼儀を知らぬ粗忽者には蹄という名の制裁が下されることだろう。

「……その、すごい馬なんだな、おまえ」

 双七の戸惑い混じりの称賛に、スターブライトは軽く鳴き、また会釈する。
 女学生の乗馬に借り出される名馬ともなれば、人の心もある程度は理解できるのかもしれない。
 双七はボタンのときとはまた違った種の感動を覚え、さてこの馬どうしよう……と途方に暮れた。

 そんなときである――そう遠くはない地点より、乾いた銃声が届いてきたのは。

「――!?」

 双七がギョッと後ろを振り向き、スターブライトが身震いする。
 キョロキョロと周囲を見渡せど、そこに特筆すべき変化は見当たらない。
 とはいえ、先ほどの発砲音は幻聴などではないだろう。

「……誰かが、近くで戦ってるのか……?」

 そう、双七は結論付けた。
 銃声の音量から推測して、おそらくはこの街のどこか。
 聞こえてきた銃声が一発という点を鑑みれば、戦いではなく一方的な攻撃とも推測できる。

(なんにせよ、放っておくことなんてできやしない! もう、誰かが死ぬのはごめんだ)

 ボタンの死による苦い苦しみは、もう味わいたくもないし、誰かに味わってほしくもない。
 結局のところ、悲しみに捉われてばかりの双七には『殺す覚悟』などまだできてはいなかったが……それでも。

(俺は――なっ)

 逸る気持ちに急かされ、駆け出そうとした双七だったが、その正面に白馬が躍り出る。
 銃声に我を取り乱すこともなく、悠然と佇むその目は、双七になにかを訴えかけているようでもあった。

「……落ち着け。そう言いたいのか、スターブライト」

 馬であるスターブライトは答えない。ただ態度だけは変えず、双七の前に障壁として立ち塞がる。
 生まれの良さを物語る尊大な貫禄。見ていると吸い込まれそうになるほどの円らな瞳。
 本来の主の下を離れ、こんな舞台に放逐された白馬でさえこれなのだ――と、双七は我を見つめなおす。

「……うん。そうだな。そのとおりだよ、スターブライト。ごめん、ありがとう」

 双七は己の頬をピシャンと叩き、渇を入れた。
 気を急いてはいけない。精神を乱してはいけない。

 ――手は綺麗に。
 ――心は熱く。
 ――頭は冷静に。

 九鬼流の教えを胸中で反芻し、深呼吸。
 師がどこで待っているかもわからない。が、ここで銃声を無視することはできない、と改めて自身に言い聞かせる。
 焦りはしない。驕りもしない。
 だが急ぐ。急いで駆けつける。
 だから、どうか――!

「よし……いくぞ!」

 双七は決心を固め、再び走り出そうと舗装道を強く蹴る。
 しかしその行く手を、スターブライトの巨躯がまたもや塞いだ。

「ええー!? な、なんでさぁ……え? あ、ひょっとしておまえ……俺に乗れ、って言ってるのか?」

 双七の問いかけに、スターブライトは首肯する。
 見ず知らずの他人に対しても怯えることなく、このように意思疎通も図ろうとする。
 なんて利口なお馬さんなのだろう、と双七は本気で感心した。

「うっ……重ね重ね、ありがとう!」

 感激もほどほどにし、双七は鐙に足をかける。
 馬術の心得はもちろん、乗馬の経験など皆無の双七だったが、このスターブライトとなら上手くやっていける。
 そう思っていた……スターブライトの気性の穏やかさだけを根拠に。

 鞍に跨り、鐙を履き、手綱を持つ。
 アクセルもペダルもない乗り物に対し、双七はちぐはぐな知識だけで乗用を試みた。
 気分はウエスタンカウボーイだ。両手に握った手綱を大きく振り上げ、音が鳴るほどの勢いで振り下ろす。

「ハイヨー! スターブ……と、とと、とおっ!?」

 結果、スターブライトの前身部がウィリーのように持ち上がり、双七が大きくバランスを崩す。
 不意の揺れ。満足に体重移動を行うこともできず、双七は自身の未熟さを呪いながら、滑稽に落馬した。

「い~~っ、て、ててぇ……ちょ、調子に乗るな、ってこと?」

 ぶるるっ、とスターブライトが尊大に鼻を鳴らす。双七は弁解の仕様がなく、ははっ、と失笑。
 この堆くも友好的な白馬は、双七が思っていたよりもずっと頭がいいようだ。
 人間とコミュニケーションを図り、自己のプライドは崩さない……ふと、馬の妖怪っていたっけかな、などと思う。

「うん。反省する。もう一度乗ってもいいかな? ……ありがとう」

 気を引き締め、双七は恐る恐るスターブライトに乗馬し直す。
 相手も自分と同じ生き物なのだと、命なのだと再確認し、だからこその礼節を持って、丁寧に接する。

「行こう、スターブライト!」

 白馬に乗った如月双七が、現地へと向かった――


【G-4 駅近郊/1日目 朝】

【如月双七@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:スターブライト@Strawberry Panic!
【所持品】:支給品一式、クサナギ@舞-HiME 運命の系統樹
【状態】:後悔、肉体疲労(小)、精神疲労(中)、右膝と右肩に貫通射創
【思考・行動】
基本方針:仲間の確保と保護
1:スターブライトを駆り、銃声の下へ。
2:九鬼先生と合流する。
3:向かってくる敵は迎撃。殺す覚悟はまだ――
【備考】
※双七の能力の制限は不明。少なくとも金属を集める事ならば出来ます。
※首輪装着者の行動は主催者に監視されていると思っています。


 ◇ ◇ ◇


 芳しい香りが食欲をくすぐる、平凡な街々にあっても嗅覚が異端だと告げる、一件の平屋。
 無人の都市において唯一、生活味を内包していたその民家には、今は四名の住人がいる。

 棗恭介トルティニタ・フィーネ源千華留、そして蘭堂りの
 着く席はリビングという名の食卓。テーブルに並べられているのはミネストローネとリゾットが四人前。
 だが、このときばかりは皆スプーンを止め、ごそごそと荷物を漁り出す。
 取り出したのは名簿と地図、そしてメモ用紙とペンだった。

 四人を包む空気が明らかに重くなる刹那、途方もないどこかから、壮年と思しき男性の声が響いてきた。
 各々の脳内に、癖毛の印象的な神父の姿が思い浮かぶ。同時に、序幕の際の演説も。

 訪れたのは――『第一回定時放送』。
 現生存者に必要不可欠な情報を提示し、さらなるゲームの進捗を図る、主催者にとっての必須業務だ。
 静聴者たる四人は食事も会話も中断し、告げられるであろう禁止エリア、そして死者の記載作業に移る。

 放送担当者の思わせぶりな口ぶりと、なかなか突入しない本題。
 四人は一抹の不安を覚えつつ、ただペンを握りながら待った。
 そして――


 ――それを聞いたトルタの口が、えっ、と開き。

蒼井渚砂――』

 ――それを聞いた千華留の筆が、ピタリと制止し。

宮沢謙吾――』

 ――それを聞いた恭介の眉根が、僅かに釣り上がる。

 唯一――りのだけは平穏無事に心を保ち。

 言峰綺礼による最悪の放送は、終わりを迎えた――


 ◇ ◇ ◇


「さて……これであらかたの情報は提供し終わったかな」

 放送後――りの、千華留、恭介、トルタの四人は、感傷に浸る間もなく、予定どおり情報交換を終えた。
 事務的に進められた会話に談合の要素は乏しく、聞く側はただ、語る側の話を粛々と聞いていただけ。

 しかしその中でも一人――放送の影響か――上の空だった人間がいたことは、りのの目から見ても明らかだ。

「……千華留? おい、ちゃんと聞いてたのか千華留?」
「……え、ええ。問題なくてよ。お二人の友達……棗鈴さん、直枝理樹さん、来ヶ谷唯湖さん、
 宮沢謙吾さん、井ノ原真人さん、クリス・ヴェルティンさん、ファルシータ・フォーセットさんは未知数で、
 それからここで出会った千羽烏月さんというのが……羽藤桂さんを捜しつつ、各地を周旋してるのよね?」

 千華留が確認のため問うと、恭介は若干の顰め面で、重い口を開いた。

「……謙吾はさっきの放送で呼ばれちまったよ。残念ながらな」
「あっ……ご、ごめんなさい」

 お辞儀と共に謝罪を述べる千華留。その視線は、恭介の目を捉えてはいなかった。

「いや、いい。そっちは……神宮寺奏と浅間サクヤ、だったか?」
「あ、プッチャンもです」
「おっと、そうだったな。喋るパペット人形ね……本当にいるのか? そんなの」
「います! 絶対いますよ~!」

 ほんのりと、場を和ませるつもりで明るく喋ってみるりの。
 しかし『当人』の顔は暗く、見ているこっちが滅入ってしまいそうなほど、深く沈んでいた。
 この空気が……たまらなく、辛い。

「とにかく、烏月は信頼できる奴だ。きっと助けになってくれると思うぜ」
「その人もサクヤさんと同じで、羽藤桂さんっていう人を捜してるんですよね? だったら心強いかも~」
「知り合いの知り合いの知り合いはまた知り合い……ってな。そうやって交友の輪は広まっていくのさ」

 友達が死んだ――その事実を受けてなお明るく振舞える恭介を、りのは純粋に『強い』と思った。
 だが、『彼女』が被っている仮面は……強さとはまた別種のものだ。

(きっと、私だったらへこたれちゃう。奏会長やプッチャンの名前が呼ばれたら……)

 一挙に押し寄せてきた悪い想像を振り払うように、りのは首をぶんぶんと振った。
 そして気づく。そういえば、さっきから恭介としか満足に言葉を交わしていない。
 恭介とあれほどイチャイチャしていたトルタは、今はなりを潜めるように口を閉ざしていた。
 りのの視線がトルタのほうに向いているのを見るや、恭介は密かに溜め息をついた。

「……と、悪い。まだ話したいことは山ほどあるんだが、ちょっと席を外させてもらう」
「え、どこへ行くんですか?」
「すまん、察してくれ。なるべく早く戻ってくるから、二人はここで待っていてほしい。行くぞ、トルタ」
「ふぇ? あ、ちょ、恭介っ」

 そう言うと恭介はおもむろに立ち上がり、隣に座っていたトルタの手を引く。
 やや強引にも思えるその行為は、きっと恭介なりのやさしさなんだろう、とりのは推測する。
 放送で呼ばれたリセルシア・チェザリーニ……トルタもまた、知人の死に少なからずショックを受けていた。
 あれだけアツアツなところを見せられては察するしかない。
 恭介はボーイフレンドとして、落ち込むトルタを放っておけないのだろう。

 うんうん、と自己完結するりのが勝手口へ向かう二人に目をやっていると、
 不意に、ガシャン、という大きな音が鳴り響いた。

「おほほ……ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ」

 三人が目をやると、そこには優雅に笑う千華留の姿があった。
 彼女の足元には、ミネストローネの赤色がこびりついたプラスチック製皿が一枚。
 どうやら、なにかの拍子に床に落としてしまったらしい。
 大事ではないと把握した三人はホッと胸を撫で下ろし、恭介たちは再び勝手口へと歩を進める。

「後片付けは私とりのちゃんがやっておくから。お二人はどうぞ気兼ねなく」
「茶化すなよっ。ん……じゃあな」

 失笑の後、恭介は呟くように一時の別れを告げ、トルタと共に外へと出て行った。
 残されたりのと千華留はしばしその後姿を見つめ、やがて千華留が動き出す。

「さぁて、お片づけをしましょうねぇ~」

 鼻歌など交えつつ、千華留はテーブルの上の皿やスプーンを集めていく。
 寂寞とした民家内に、カチャカチャと食器を片付ける音が奏でられる。
 ふんふんふーん、という拙いリズムは、無言で空気を悪くしないようにとの配慮だったのだろう。
 千華留はりのに話しかけようとはせず、ただ黙々と後片付けに没頭……しているように見せていた。

「……どうしてですか?」

 ボソッ、とりのが呟いた。
 千華留は気づかない。あるいは気づいているのかもしれないが、気づいた素振りは見せない。

「どうして、そんなに無理をするんですか?」

 食器と食器が重なる音に負けないようにと、りのは声量を上げて言った。
 千華留からの反応はない。あくまでも後片付けに夢中、という風に見せようとしている。

「聞いてください……! どうして……千華留さん、今とっても辛いはずなのに!」

 千華留は逃げている。途方もない悲しみから、源千華留という自己を安全な場所に逃がしている。
 一目瞭然だった。お茶を啜る仕草も、スプーンを口に運ぶ手つきも、あの瞬間から一変していた。

 あの瞬間――放送で、蒼井渚砂の名前が呼ばれてから。

 聖ミアトル女学園四年生、蒼井渚砂。
 千華留にとっては、姉妹校に所属する下級生程度の関係であるはず……と、りのは認識していた。
 が、今となっては、言葉以上に渚砂の存在は千華留にとって大きいものだったのだと、理解せざるを得ない。

「……あのね、りのちゃん」

 食器を流し台に移しながら、千華留は顔を向けず声を発する。

「自分で言うのもなんだけれど……私ね、これでも面倒見のいい生徒会長をやれてたと思うのよ」

 すずろに語り出す千華留。
 その内面は窺い知れず、しかしりのの心のざわめきは治まらなかった。

「ル・リムのみんなは、私のことを千華留お姉さまなんて言って慕ってくれた。
 影じゃあ、『ル・リムの聖母』なんていう大げさなあだ名までつけられていてね。
 ふふふっ、けど……うん。嫌じゃなかったわ。むしろ逆。嬉しかった。
 みんなが私に好意を抱いてくれているのだと……誇りにも思ってしまったの」

 千華留が蛇口を捻る。
 勢いよく流れる水の音が、千華留の常時よりか細い声を、さらに潜める。

「そう……私は、みんなの聖母様でいなくちゃいけないのよ。
 私が挫けてしまったら、大勢の妹たちが道を見失ってしまう」

 蛇口から零れる濁流が、食器についた臭いの残滓を削ぎ落とす。
 千華留は水には手を振れず、ただ眺めているだけだった。

「先駆者は道を照らさなくてはいけない。そうしなければ、みんなが先に進めなくなってしまうから。
 ……損な役回りだと思う? いいえ。これは私の存在証明みたいなものだもの。言ってしまえば趣味。
 みんなの心を明るく照らす聖母様でいたい。そしてみんなの微笑みに照らされたい。
 それが私の望み。それが私の願い。私は私を、源千華留という人間をそう捉えている」

 千華留の心と、蛇口から流れる水の勢いが、重なって見えた。
 水は映し鏡のようなものだ。清純な煌きは、容赦なく前に立つ者を映し出す。

 ――りのは思った。この人は、やせ我慢をしているんだ。
 プライドとは別種の、気高い自尊心を保とうするがあまり、感情を殺している。
 しぶとく起き上がってくる感情を、武装した理性で叩きのめして、まだ殺しきれてない。
 そんなんだから、私なんかに気づかれる……思ったりのは、席から身を離した。

「だから、今はちょっぴり我慢。天国の渚砂ちゃんにも、笑われてしまうから――」

 取り繕うのに時間がかかったのだろう。千華留は精一杯の笑顔を作り、りのに振り撒こうと首を捻った。
 そうすればりのが安心する。千華留の優しさは、そう愚かにも分析して、行動を促した。
 りのはそれが許せない。振り向いた千華留の笑顔を破壊せんと、右手のドリルを突き上げた。

 ぷにゅっ、とさほど鋭利でもないドリルの先端が、千華留の鼻先をつつく。
 りのの予想外の行動に虚を突かれた千華留は、ふえっ、と柄にもない間抜けな声を漏らした。
 ドリルを突き刺すりのの顔は俯いている。が、すぐに持ち上げて、千華留の顔を睨むように見た。
 その、潤んだ瞳で。

「千華留さんの……わからず屋! 自分勝手! わがままさん! え、えと、えと……あほんだら~!」

 拙い口調で、思いついたかぎりの罵りを口にする。言われた千華留は、呆然としていて満足に反応も返せない。
 間隙を縫い、りのが捲くし立てる。

「あ、あの、えっと、そのぉ……う、上手く言葉にできないけど、今の千華留さん、なんか間違ってます!」

 捲くし立てる……ほどの言葉は出ず、りのは継ぎ接ぎの表現で千華留を否定した。
 必死さだけは伝わる姿を見て、呆気に取られていた千華留は僅かに苦笑する。

「あ……クスッ。間違ってなんかいないわよ。りのちゃん、私は……」
「間違ってるったら間違ってるの! だって、千華留さん今すっごく悲しいはずなのに……すっごく我慢してる!」

 気取ったセリフは思いつかないし、言葉もつっかえる。けれども、言いたいことは頭の中にたくさん溜まってる。
 りのは饒舌な内面を外に発散させるため、訥々と口を開き続けた。

「だって、その、渚砂さんが……あう、そうじゃなくて。本当は、泣きたいくらい悲しいはずなのに。
 私も奏会長の名前が呼ばれたら、それにプッチャンも! あ、そうでもなくてですね、んと、千華留さんは変!
 ああ、ごめんさない! 変じゃないけど、そういう変じゃなくて、ああうううう~」

 満足に言いたいことも言えない自分に、りのは軽く自己嫌悪した。
 こんなとき、プッチャンがいてくれたら……口下手なりのの代弁者になってくれたに違いない。
 的確な言葉で、千華留の間違いを指摘し、諭してくれたと思う。だからこそ。
 イメージするのはプッチャンの語りだ。それを頭に浮かべれば、自然と口は軽くなった。

「……我慢する必要なんてない。おまえは今、泣いていい。と……ドッチャンもそう言ってます……」

 キザっぽいセリフを吐いてしまったことに羞恥を覚えたりのは、苦し紛れに右手のドリルを翳す。
 今のはドリルのドッチャンが言ったんです、と誤魔化すことで、まだまだ千華留の正面に立つことができた。

「…………あ」

 ポロッ、と。
 千華留の目元を覆う蝶々型のアイマスクから、なにかが零れた。

「あ、あら?」

 それは、真珠のような輝きを放つ一粒の小さな雫。

「あら、あれ、あ」

 アイマスクの両端から流れ落ちる、悲しみの軌跡。

「え、あ、あらら?」

 頬を伝わる違和感を、千華留が指でサッと取り除く。

「う、あ……あう」

 しかし、雫は次々に、滝のように流れ落ちてくる。

「ちょっと、ちょっと待ってね。あ、あれ?」

 たまらずアイマスクを取り外し、手の平で拭う。
 頬の湿り気はそれだけでは除去できず、目元は真っ赤。
 壊れた水道のように、止まることを知らない水の雫。
 千華留はこれを知っている。
 これが、悲しみから来る涙だと知っている。

「あ、うう……こんな、はずじゃ、ない、の。だから、ね、う、あ……」

 りのが見ている。不安そうな顔で千華留の泣き顔を見つめている。
 ああ、駄目だ。すぐに泣き止まないと。泣き止んで、りのを安心させてあげないと。

 懸命に涙を押し殺そうとする姿を見て、りのは千華留の気持ちを察した。そして、また悲しくなった。
 この人はなんて……なんて我慢強い人なんだろう。なんでこんなに悲しいことを、我慢できるのだろう。
 もし私だったら、と仮定して、悲しみが増す。千華留の悲痛な想いが、りのの胸中に伝心される。

「ちが、う、の。これ、は、そのね、あれ、だから、ひぐっ、すぐに、ね。あぅ、す、ぐに」

 千華留は、泣きながら微笑んでいる。目に一杯の涙を溜めて、頬に河川を引いて、口元だけで笑っていた。
 全部、りのを思いやっての行動だ。本心は悲しみに打ちのめされて、今すぐにでも泣き崩れてしまいたいはずなのに。

「ごめん、ね。ごめん、なさい、ね。りの、ぢゃ、ん」

 しっちゃかめっちゃかだった。
 笑おうとする涙腺、泣こうとする頬、元気づけようとする心、悲しみに暮れる本能、対立し合い、混ざり合う。
 母の手から離れ、迷子になってしまった子供のように……いや、子供のほうがまだ悲しみに没頭できる。
 千華留は自身が母親の気質を備えていると自覚しているからこそ、子供のように泣きじゃくることができなかった。

 むき出しになりつつある感情はミキサーで攪拌されたように、ぐるぐるになってなにがなんだかわけがわからない。
 笑えばいいのか、泣けばいいのか、徐々に判然としなくなって、千華留の心は一旦立ち止まる。
 迷い子を導くように、りのは潤んだ瞳を投げかける。ほんの少しの優しさを添えて。

「……私、千華留さんが我慢してたら安心できないです。だから、今はいっぱい泣いてください。
 我慢しないで、いっぱい。いっぱい。いっぱい。気の済むまで泣いてください。……っ、わたし、も」

 道を模索する千華留を、りのの小さな体が包み込む。
 昔、お母さんが自分にそうしてくれたのを思い出して。
 戸惑っていた自分にそうしてくれた千華留を思い出しながら……りのも、泣いた。

「……あ、あぁああぁあぁあぁぁ~……っ、りの、りのっ、ちゃん……! なぎさっ、ちゃんが……!」
「えっ、えうっ……ふぁ、あぁ、ふぁぅ……っ、が、っぐ、ひぐっ……う、うん。うん。……はいっ」

 二人は少女としての体面をかなぐり捨てた。
 恥ずかしい声を漏らすことも、みっともなく垂涎することも、化粧が剥がれることも構わず、泣いた。

「どっ……ん、どう、ひてっ、なぎさぁ……なぎさぢゃ、なぎさちゃん……がっ、えぐっ、あ、ふぇ、ぐ」
「……ふぇ、ぶっ、ふぇえぇぇぇあぁ……っ、ぐっ、ん、ふぁはぁぁ……ああぁあぁあ、あぁああぁあ」

 涙に濡れた体を温め合うように、互いを抱擁し合うりのと千華留。
 肌から肌に伝わる仄かな温もりが、冷え切った心を支えとなる。

 悲しかった――ただひたすらに。
 この世に、直視し難い現実はあるんだと、思い知らされた。
 りのと千華留の二人はまだ少女だからこそ、現実に耐え切れない。

 でも、いい。
 今はこてんぱんに打ちのめされよう。
 それがきっと、明日に繋がるから。

 泣く。いっぱい泣く。悲しいから泣く。辛いから泣く。女の子だから泣く。恥ずかしいくらい泣く。
 苦しいけど泣く。思い出して泣く。喉が枯れるほど泣く。目が痛くなるくらい泣く。二人一緒に泣く。

 ……泣いて、泣き止んだ頃には、きっと、うん。
 雨は、上がってるはずだから――――

「うわ、あぁ――」

 しかし、悲しみすらも唐突に奪われた――泣き声とは対局的な、乾いた銃声――紛れもない、現実の魔手によって。



【G-4 平屋/1日目 朝】

【源千華留@Strawberry Panic!】
【装備】:能美クドリャフカの帽子とマント@リトルバスターズ!、スプリングフィールドXD(9mm×19-残弾16/16)
【所持品】:支給品一式、エクスカリバーの鞘@Fate/stay night[Realta Nua]、怪盗のアイマスク@THE IDOLM@STER
【状態】:健康、深い悲しみ
【思考・行動】
 基本:殺し合いはしない。りのちゃんを守る。
 0:じゅう……せい?
 1:りのちゃんと一緒に行動。
 2:奏会長、プッチャン、桂ちゃん、クリス、リトルバスターズメンバーを探す。
【備考】
 ※浅間サクヤと情報を交換しました。
 ※第二回放送の頃に、【F-7】の駅に戻ってくる予定。
 ※恭介からの誤情報で、千羽烏月を信用に足る人物だと誤解しています。

【蘭堂りの@極上生徒会】
【装備】:メルヘンメイド(やよいカラー)@THE IDOLM@STER、ドリルアーム@THE IDOLM@STER
【所持品】:支給品一式、ギルガメッシュ叙事詩
【状態】:健康
【思考・行動】
 基本:殺し合いはしない。ダメ、絶対。
 0:え……?
 1:千華留さんと一緒に行動。
 2:奏会長、プッチャン、桂ちゃん、クリス、リトルバスターズメンバーを探す。
【備考】
 ※浅間サクヤと情報を交換しました。
 ※第二回放送の頃に、【F-7】の駅に戻ってくる予定。
 ※恭介からの誤情報で、千羽烏月を信用に足る人物だと誤解しています。



092:doll(後編) 投下順 093:これより先怪人領域(後編)
090:悪鬼の泣く朝焼けに(後編) 時系列順
064:ときめきシンパシー 棗恭介
トルティニタ=フィーネ
源千華留 105:源千華留は大いに語り大いに推理を披露する
蘭堂りの
065:End Of All Hope 如月双七 113:Second Battle/少年少女たちの流儀(前編)

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