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I have created over athousand blades

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I have created over athousand blades ◆WAWBD2hzCI



身体は剣で出来ていた。
決して折れることのないように誓った。
正義の味方という理想も、倫理も、概念も、何もかもを捨てたのだ。
決して折れてはならないと言い聞かせて、必死に。戦い続けてきた。唯一の希望を持って。

その希望はあっさりと打ち砕かれて。
絶望やら、諦観やらといった感情を起こす気もなかった。
衛宮士郎に残されたのは虚無。ただひたすらに虚しくて、今まで迷わず進んできた道が分からなくなった。

桜が死んだ。
知らずに戦い続けてきた。
もっと早くに知っていれば、少なくとも浅間サクヤという女性だけは助かっていたはずだった。
例えようもなく愚かで、例えようもなく無様だった。

「……未熟者。自分の意思で人を殺してきた俺が、なにを」

もしも、の話など考えてはいけない。
それは殺してきた者への暴言だ。衛宮士郎は殺意を持って彼女を殺した。
否定することは許されない。愚直であるが故に、受け止めることに苦しんでいた。

いっそ殺してくれれば、どれほど楽だろうか。
黒須太一は言った。『お前、なんで生きてるの?』――――その答えすら、士郎には出せない。
今すぐ首に刀を押し当て、桜の下に行ければどんなにいいだろう。
それでも死ねないのは何故か。護るべき存在を失ったサクラノミカタはどうして、希望を捨てられない?

―――――主催者は人を蘇生させることができる。

その言葉が泥のように、心の中に侵食していく。
桜を蘇らせれば良い。どうせ不可能であったとしても、サクラノミカタは一縷の望みを賭けなければならない。
そうしなければ、もう道なんて見えない。だから、それを迷うことすらおかしな話なのだ。

(――――――だけど、それが正しいとは、思えない……)

ざり、と足音が彼の耳に届く。
太一か、それともなごみという少女か。士郎には分からなかったが、ほとんど興味も無かった。
足音の主は、跪いて俯く士郎に近寄ってくる。

「……ひとつ、聞いてもいいかいな?」

流暢で優雅な京都弁の少女の声だった。
僅かに顔を上げると、大和撫子のような美人が士郎を見下ろしていた。
少女、藤乃静留は問いかける。
この地獄に送り込まれてから、何度でも尋ね続けた最愛の人の行方について。

玖我なつき、って子、知りまへんか?」
「……悪いけど、知らない……」
「そう、どすか……」

静留は僅かに溜息。
何人にも聞き続けているのだが、未だ情報が集まろうとはしない。
もっとも、情報を手に入れてもなつきには逢えない。
血に汚れた手でなつきを抱きしめるなど、できない。それでも無事を確認したかった。

彼女は意気消沈している赤毛の少年へと視線を向ける。
生気のない土気色の表情。左腕に巻いた赤い色の布には禍々しさを感じた。
何故だろう、彼のその姿が自分に重なった。
まるで、なつきを失ったときの自分を見ているようで、彼女は思わず問いかけていた。

「……大切な人が、亡くなったんやか?」
「………………」

僅かに士郎の首が首肯する。
その様子はあまりにも儚げで、あまりにも脆弱で、とても殺し合いに参加しているとは思えなかった。
それが静留から警戒心を奪ったと言っていい。
士郎は僅かに口を動かして、語る。

「大切な後輩だった。俺の前でしか笑わなくて、知らないところで泣いていたんだ。
 俺はそれに気づけなくて、気づいたときには手遅れの状態で。
 未来のない身体で泣き続けて、静かに自分を軽蔑するような奴で……俺は、そいつだけの味方になると誓った」

その無念を静留が理解することは不可能だ。
奪われたこともない者が、理不尽に奪われた者を慰めることなど許されない。
それが新たな誓いの表明だと、静留は気づかない。
士郎が語りかけているのは静留ではない。彼はただ、己に向けて語りかけていることに彼女は気づけない。

「どんなに我武者羅でもいいから、桜を日常に返したかった。
 たとえ自分は死んでも、他の誰が死んでも……桜には笑っていて欲しかった。
 それが自己満足を押し付けることになったとしても、桜には幸せになって欲しかった。
 俺以外の前でも笑って欲しかった。今まで酷い目にあっていた分の幸せを手に入れなきゃ、それは嘘だって思った」

だから、と士郎は立ち上がる。
語られる言葉に不穏なものを感じ取ったのだろう。ようやく静留は距離を取って赤毛の少年を警戒した。
それでいい、と僅かな良心が頷いた。
これからの自分は更なる外道へと堕ちていく。残った良心は切り捨てる儀式には十分だ。


少年は選択した。
歩み続ける道は修羅の道、選んだ選択肢は羅刹への道程。

「俺は、桜を蘇らせる。それが……桜の味方を誓った、俺の唯一の道だ」

全員を殺して優勝し、主催者と直接交渉する。
それが愚かな男が選んだ道化の道。
椰子なごみの思惑に乗り、言峰綺礼の思惑に乗る。
それがどんなに愚かで、どんなに莫迦な行動かというのも全て承知した上で、衛宮士郎はこの道を選んだ。

「……無意味や。毎度毎度、皆しておんなじようなことばっかりしゃべるなぁ」

ようやく、静留は口を開いた。
続ける言葉は罵倒、そんな結論しか出せない愚か者を弾劾するように厳しい口調で。
かつての藤林杏を思い出しながら、無駄と知りつつも語りかける。

「失った気持ちは分かるけど、桜はんはそれを望むか? アンタに人殺しさせてかて、生きとったいと思うんか?」
「…………」

望まないに決まってる。
これは自分の自己満足の押し付けに過ぎない。
それでも、もはや衛宮士郎にはこの道しか残っていないのだ。

選択肢はいくらでもあった。
桜の後を追って自殺すれば、きっとこれ以上の苦痛も悲哀もなく逝けただろう。
黒須太一の言うとおり、正義の味方に返り咲くという選択肢も確かに提示された。
その結果として無残な死を遂げたとしても、それは因果応報だっただろう。きっと、どんな死に際でも満足だった。

「それはできない。桜が生きて帰れる可能性があるなら、桜の味方はそこに賭けなきゃいけない」
「何を莫迦なことを……主催者が人を生き返らせる力があるって、なんで分かるん? 誰が保障してくれるんどすか?」

そうだ、その大前提が狂えば士郎の決意に意味はない。
死者蘇生、人類の医療や科学の全てを結集しても不可能な桃源の夢。
いかにこのような殺し合いを催した主催者たちといえど、世界の摂理を曲げることなど出来うるはずがない。
静留の静かな糾弾に、士郎は応じるように答えた。

「聖杯だ」

静留の瞳が大きく見開かれた。
彼の一言の意味は彼女には分からない。だが、そこに込められた自信は伝わった。
士郎は語る。その意味と、自分の思惑を。

「聖杯戦争って争いがあった。七人のマスターと七人のサーヴァントが殺し合う戦争が。
 俺はそのマスターの一人で、そして言峰綺礼はその戦いの監督役だった。
 最後の一人になるまで殺し合い、そして残った一人には聖杯が与えられる。持ち主の望みの全てを叶える聖杯を」

遠い日々、一週間程度の戦いを思い出す。
輝く理想のような美しく、強い従者と共に戦い……そして、何もかもを失ったあの頃を。
あの頃は理想を胸に秘めていた。日常を演出してくれる桜が、知らないところで泣いていたことも気づかずに。

正義の味方ではなく、桜の味方になると誓った雨の夜の公園。
あのときに感じた想いだけは、間違いじゃないと信じている。

「俺は、この殺し合いが聖杯戦争を延長戦じゃないか、って思ってる。
 参加者の中にはサーヴァントの名前もあった。そして、そのサーヴァントですら撃破できるぐらい強い奴もいる。
 なら、可能性は十分にある。優勝者に聖杯を通じて、望みを叶えることは不可能じゃない」

もちろん、可能性も決して高いわけではない。
それでも僅かでも可能性があるのなら賭けるしかない。

「……聖杯ってのがどれほどか知りまへんけど、死者を生き返らせるやなんて」
「できる。死者蘇生は可能性じゃなく、純然たる事実なんだから」

サーヴァントとは仮初の命を与えられて現世に召喚した歴史上の英雄だ。
それそのものでも死者蘇生。聖杯にはそれだけの力がある。
出来ないはずがない。
それで一度は失った人が戻ってくるのなら、彼女の笑顔を取り戻せるなら、それはどんなに良いことだろう。

「――――――――いい加減に、しぃや?」

冷たい言葉が返ってきた。
苛立つ少女は怒りを抑えながら、衛宮士郎を見据えている。
どいつもこいつも、同じような結論に達して自己陶酔に浸る。それが許せないと言わんばかりに。

「うちが聞いてんのはな、それが正しいことって思ってるかてことや。
 いつまで甘い夢、見てんの? もう、桜って子は死んでしもたんよ……? なんでそれを受け入れられへんの。
 言ったる。アンタの大切な人は帰ってこん。アンタのしてることは、無意味で無価値なんよ」

藤林杏にも投げかけた言葉だ。
大切な人を生き返らせたい、その気持ちは十分に理解できる。
もしかしたら、何処かの平行世界でもあるのなら……同じ道を歩いた藤乃静留が存在していたかも知れない。
だからこそ、その道を選ばなかった藤乃静留は譲らない。

さあ、どういう反応を見せるだろうか。
杏のように怒り狂って否定してくるか。それとも絶望に再び倒れ伏すか。
答えは一秒後、静留にとっては想定外の返事が返ってくる。


「――――分かってる」


えっ、と静留は思わず聞き返した。
衛宮士郎の瞳は揺らいでいる。二律背反に苛まれる苦しみに心を痛めている。
ボロボロになって、それでもなお倒れない。
千切れた心をツギハギに繋げていって、それが正しいと信じられなくて……それでも、前に進むしかなかった。

「死者は蘇らない、起きたことは戻せない。正義の味方は、そんなおかしな望みなんて持てない……」

苦しんでいるのだ、と静留は思った。
生きる上でのただひとつの方針を失って、藁にも縋るような気持ちで決意していた。
楽になればいいのに絶対にやめようとしない。
愚直なまでの一途さ、貫いてきた生き様を二転三転できるほど器用な青年ではなかった。

「そんなら……」
「だけど、俺はもう正義の味方じゃない」

迷っているなら、まだ説得のしようがあっただろう。
だが、どうしようもなく彼は覚悟を決めていた。瞳が揺らいだのは一瞬のことだった。
血と肉と泥と骨と脂肪と内臓に彩られた非日常の地獄を、自身の身体も同じ色に染めて歩くと誓っていた。


「俺は、桜の味方だ。誰に認めてもらわなくてもいい。理解される必要もない」


ただ、幾たびの戦場を乗り越えて己の望みを叶えるのみ。
全て無敗で、全ての殺し合いに勝利する。
その道に他人の理解が介入する余地などない。そんなものは必要ない。

自分の都合で他人の大切な人を殺してきた自分が、満足な死を遂げるなど許されない。
この身は正義の味方ではなく、魔術師。
己の欲するものを手に入れるために、自分と他人を殺し続ける存在だ。

今更、正義の味方に戻れるはずがない。
廃屋でリセを殺した瞬間から、正義の味方は死んだ。完膚なきまでに自分の手で破壊したのだ。
もう、正義の味方は死んだ。
ならば衛宮士郎は正義の味方であってはならない。今までどおり、桜のために戦い続ける修羅になる。

「―――――身体は剣で出来ている」

静留は静かに息を吐いた。もう、彼は止まらないことを理解した。
このまま崩壊するまで自滅の道を走り続けると、愚直な瞳が告げていた。

「……無駄な時間、使わせたなぁ」

その言葉は殺し合いの合図だった。
士郎はゆっくりと弓を構える。番うのは刀だが、矢として使われたのならそれは矢なのだろう。
静留もエレメントを使用、突然現れた鞭に士郎は僅かに驚いた。
それに構うことなく、藤乃静留は宣告する。これより先の未来に救いはない、と告げるように。


「なら、うちはアンタを殺すわ。大切ななつきを護るために」


その宣言を受け入れたのか。
直後に轟音。静留の背後に大木が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
士郎は弓を構えている。
威嚇なしの射撃、一撃で葬らんとした。話すことなど、もうひとつもないと瞳が告げていた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


響く轟音を、来々谷唯湖は確かに感じ取った。
太一と別れてしばらくは、青い空を眺めていた。雨の様子もない、よく晴れた天気だった。
この景色を、最期にクリスは見ることはできただろうか。
無防備だった彼女はそれを合図に、ようやく現実に帰ることができた。

(……近いな。誰か、襲われているのか?)

軋む身体に鞭打って立ち上がり、そのまま音のほうへと駆け出した。
少しだけ落ち着いたことで冷静な判断は下せた。
逃げなければ、と思う心はなかった。ただ、誰かが襲われているのなら助けに入るべきだ。
クリスがいるなら、恐らくは助けるために行動しただろうから。

(まったく……随分と私もセンチメンタルになっているものだな)

武装の確認、大型拳銃デザートイーグル。
誰が襲われているのかは分からない。それでも、ただひとつだけ決めたことがある。
殺し合いに乗った人間は許さない。
自分がクリスを失ったときの悲しみ、クリスを莫迦にされたときの怒りは……他の誰かに押し付けてはいけないと思った。

再び轟音、そして木の倒れる音。
ふとした不安に囚われる。この手に持った銃で果たして勝てる相手なのだろうか。
撃てば人が死ぬ、それほどの凶器をこの手に収めて……それでも安心を得られない。

「…………なんだ? どんな戦いをすれば、こんな……」

断続的に響く木々の悲鳴。
バキバキバキ、と音を立てて倒れる大木の音。
例えば銃撃戦であったとしても、これほどの戦闘音になるはずがない。
ならば自分が向かっている戦場は、これ以上ないほどの死地ではないだろうか、と。

答えはすぐそこにある。
ドガン、と壮絶な音。彼女は反応できなかった。
殺人者、衛宮士郎の手から飛来する刀は来々谷の横をすり抜けて、一本の木を葬り去った。

「なっ……!?」

外れたのは偶然か否か、来々谷には判断がつかない。
それが流れ弾に過ぎないと気づくまでにも時間がかかった。数秒後、ようやく彼女は現実を認識する。
幸か不幸か、怪物という存在と戦ったことはなかった。
銃に頼り、剣に頼り、もしくは徒手空拳に頼り……一応、一般人の域を出ない敵ばかりが相手だったのだ。

前方に広がる光景は圧倒的だった。
殺し合いの渦を生み出すのは二人。一人は知らない赤毛の少年、一人はつい先ほど別れた藤乃静留だ。

「ぐっ……はあ、はあっ……」

戦いもまた、一方的だった。
静留の武装は鞭と銃、これまでと変わりはない。
その戦闘力は来々谷自身も認めるところだが、その静留を赤毛の少年は圧倒している。

飛来する漆黒の刀をかろうじて避けるが、その直後に爆発。
吹っ飛ばされ、小枝のように宙を舞う少女。
だが、受身を取ったらしく、地面に叩きつけられてもすぐに体勢を立て直す。
いや、立て直さなければ次の矢が静留の身体を貫くのだ。

「くっ……静留君、大丈夫か!?」
「…………っ、唯湖はんか。何やら縁があるねえ、アンタにも」

静留の全身は痛々しい擦り傷が刻まれており、泥にまみれてしまっていた。
太股の傷も泥で埋まっていて痛々しい。このままでは傷口が化膿しかねない。
来々谷は眼前の敵を睨む。
そこには弓を構えた赤毛の少年。左腕を赤い布に包んだ彼は、新たな参入者を迎えても怯まない。

彼が何者なのかは知らない。
もしかしたら静留に襲われ、そして返り討ちにしただけなのかも知れない。
そうだったら良かったが、来々谷は気づいてしまった。彼が自分諸共に静留を殺そうとしていることに。

「逃げるぞ、静留くんっ……! とにかく今は治療が先だ!」
「…………あかんよ、逃げられんわ。足、痛めてしもたもん……」
「いいから、逃げるんだ……!」

唇を噛み締める静留の手を取って、来々谷は走る。
静留とて大切な人のために修羅の道を選んだ者だが、それでも見捨てるわけには行かなかった。
彼女が激痛に顔をしかめるが、そんなことに構ってはやれない。
南に行けば橋がある。そこを渡っていけば助けを求めることができると信じて。

「………………っ」

一瞬だけ、士郎の表情が曇った。
良心の呵責があった。それでも迷ってはならないと言い聞かせた。
助ける少女と助けられる少女、その二人を葬らなければならない。それが桜の味方なのだから。
狙いは正確に。一撃で彼女たちを蹂躙しなければならない。

弓を引き絞った。
これまでと同じ漆黒の刀を矢に変えて。
指を離す。絶望的なまでの速度で二人の少女に矢が追いすがる。

「くっ……!」

来々谷が振り向いた。
視界は真っ白な光に包まれる。
耳を劈く轟音と、我が身を蹂躙する衝撃波。
来々谷は静留を抱えると、そのまま地面に臥せた。
衝撃波は容易く彼女たちを宙に舞い上げると、そのまま吹き飛ばされていった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


死んでいる人間に心はあるのでしょうか?
喜びを感じられれば、怒りを覚えられれば、悲しみに涙すれば、楽しさに笑えるのなら。
それが心の底から手に入れた感情だとすれば、心はあるのでしょうか?

一歩ずつ、歩く。
身体中が痛い。頭がふらふらする。
それでも私は彼女を肩で担いだまま、一歩一歩と歩いていく。
一歩進むために激痛に苛まれた。苦痛はもはや日常茶飯事で、意識もほとんど残っていない。

まるで電池切れになりかけのブリキの玩具。
とある童話のブリキの兵隊は心を欲した。同じようにとある死人の私もまた心を欲した。
心が欲しいと思っている時点で、心などないと知っていた。
そんな私の胸を打つように、一人の少年は死ぬ間際に訴えた。心はある、と。私は心を持っている、と。

ぐらり、ぐらりと揺れる視界。
肩の少女が重い。足取りが重い。少年から投げかけられた言葉が重い。
手の感触が覚えていた。この手で掴めなかった仲間の命、助けられなかった命の感触が残っている。
もう嫌だ、あんな想いはしたくない。失うことはこんなにも怖い。

とくん、とブリキの心が動き出した気がした。
だけどそれも一瞬のことで、すぐに消えてなくなってしまう。
己の行動方針も定まらないまま、私は歩き続けた。ただ失うのが嫌で、だけどこの感情が何か分からなかった。

私は何がしたいのだろう。
クリス君に逢いたい。でも、もうクリス君はこの世にいない。
死んでしまいたいほど、胸が痛い。それが何の痛みなのか、私には分からなかった。
クリス君、教えてほしい。この感情は何なんだ? どうしてこんなにも胸が苦しいんだ?

森を抜けた。追っ手の姿はない。
橋を渡った。向こう側に助けを求められる相手もいなかった。
平地を真っ直ぐに進んだ。そろそろ、自分の体力の限界が近づいてくるのが分かった。
山小屋を見つけた。どうにか片手でドアを開けて中に入る。眠りたいという欲求が全力で私を潰しにかかる。
彼女を部屋に寝かせてから入り口へ。そこでついに私は倒れた。もう、疲労は限界だった。

なあ、クリス君。
君に逢いたい。この目で見るまで君の死を信じられない。
過ごした日々は有意義だった。本当に楽しかった。
けれど私にはそれが喜びで、そして楽しさだったのかは分からない。圧倒的な虚無が私を押し流してしまうんだ。

すまない、少し疲れてしまった。少しだけ休ませてもらうことにするよ。
大丈夫、まだ君のところに逝くつもりはない。ほんの少し、沈むように眠るだけ。

それではおやすみ。
少し疲れた。本当に、本当に疲れたんだ。
なあ、クリス君。この痛みの理由を教えてくれ。
夢の中でもいいから教えてくれ。君の雨は止んだのかな。私の心にも雨が降っている。

これが、君の見ている世界だとするのなら。
それは凄く悲しくて、寂しくて、侘しくて。とても、とても寒いんだな。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「あっ……くっ、う……」

静留が意識を取り戻したのは、それから数分後のことだった。
まず感じたのは身体中が痛いということだった。擦り傷に加えて打ち身している。
女の柔肌を何だと思っているのか、と文句を言ってみたいところだが、命があるだけマシだろう。

次に周囲を見渡した。
森の中、ではない。どうやら建物の中らしい。
小屋らしかったが、詳細は分からない。途中で頭を打って気絶していたのだ。
つまり、自分の意思でここまで辿り着いたわけではない。異なる第三者がここまで運んでくれたに違いなかった。

そして、異なる第三者といえばただ一人しかいない。
気を失った彼女を支え、ここまで避難してくれた人物への心当たりはただ一人しかない。

「唯湖はん……?」

呼びかけるが返事がない。
まだ眩暈のする頭を振って周囲を見渡してみる。
来々谷唯湖は倒れていた。
彼女は山小屋の入り口付近、ドアのところに背中を預けて意識を失っていた。

「唯湖はんっ……!?」

慌てて駆け寄る。立ちくらみがしたが、関係ない。
脈はあった。身体の至るところに浅い出血があったが、どうやら生きているらしい。
思わず脱力してしまう。このまま死なれては謝ることも出来なかった。
先に意識を失った自分を抱えて、あの狙撃主からここまで逃げ延びてくれたのだろう。

無茶のしすぎだ。
そのおかげで助かった、なつきを悲しませないで済んだ。

「借りが、できてしもた……な」

軽く身体を揺するが、起きる様子はない。
仕方がない、と静留は思う。いつ殺されるか分からない恐怖に晒されながら、彼女は歩き続けた。
決して自分を見捨てることなく、彼女はここまで歩いて見せた。

これを借りと言わずして何というだろう。
なつきのために殺し合いに乗ると決めた。彼女とて例外ではないはずだ。
それでも借りは返さないと気持ち悪い。
とにかく意識を取り戻すまでは一緒にいて、そして改めて敵として別れよう。次に逢ったときは敵同士として。

「……つめたっ」

静留はまず自分の太股の応急処置をしながら、しばし休息を取ることにする。
飲料水を傷口にかけて泥を落とす。
鈍い痛みに涙目になるが、それで生きていると実感できた。今はそれで十分だった。



【E-5 山小屋/一日目 午後】

【藤乃静留@舞-HiME 運命の系統樹】
【装備:殉逢(じゅんあい)、。コルト・ローマン(1/6)】
【所持品:支給品一式、虎竹刀@Fate/stay night[Realta Nua]、木彫りのヒトデ1/64@CLANNAD】
 玖我なつきの下着コレクション@舞-HiME 運命の系統樹、
【状態】疲労(大)、左の太股から出血(布で押さえていますが、血は出続けているが少量に)、
 左手首に銃創(応急処置済み)、 全身に打ち身
【思考・行動】
 基本:なつきを探す なつきの為に殺し合いに乗る。
 0:来々谷を護りつつ、しばし休息
 1:なつきの為に殺し合いに乗る。
 2:殺し合いに乗る事に迷い
 3:太股の傷を治療する為の道具を探す。
 4:なつきに関する情報を集める。
 5:来々谷の意識が戻ったら、改めて敵同士として別れる。
 6:衛宮士郎を警戒。
【備考】
 ※下着コレクションは使用可能です。
 ※理樹を女だと勘違いしてます。
 ※詳しい登場時系列は後続の書き手さんにお任せします。
 ※死者蘇生に関して否定。
 ※士郎より聖杯についての情報を得ました。


来ヶ谷唯湖@リトルバスターズ!】
【装備】:デザートイーグル50AE(6/7)@Phantom -PHANTOM OF INFERNO-
【所持品】:支給品一式、デザートイーグル50AEの予備マガジン×4
【状態】:気絶中、脇腹に浅い傷(処置済み) 、全身に打ち身
【思考・行動】
 基本:殺し合いに乗る気は皆無。
 0:気絶中
【備考】
 ※クリスはなにか精神錯覚、幻覚をみてると判断。今の所危険性はないと見てます
 ※千羽烏月岡崎朋也、椰子なごみの外見的特長のみを認識しています
 ※静留と情報交換済み
 ※来ヶ谷は精神世界からの参戦です
 ※美希に僅かに違和感(決定的な疑念はありません)
 ※太一と第三回放送頃に温泉旅館で落ち合う約束をしています


     ◇     ◇     ◇     ◇


「……………………」

衛宮士郎は納得のいかない憮然とした表情で歩いていた。
森の中の攻防を思い出す。
京都弁を喋る女性を魔導書と弓を応用した戦いで圧倒、優位に立っていた。
彼女を救うためにもう一人現れたが、関係ない。確実に撃ち貫けるはずだったのだ。

その直後、酷使した魔導書のリバウンド(代償)さえさければ。
忘れてはならなかった。乱用していた魔導書はついさっきまで、自分が使うのを危ぶんでいたほどの代物なのだ。
脳の血管が焼ききれるような痛み。数秒間の激痛に気を取られて、二人の姿を見失った。

だから追撃は出来ず、標的の生死を確認することは出来なかった。
死体はなかったことから、恐らく逃がしたものと思う。
自分の未熟さに歯噛みした。誓ったなら有限実行、見敵必殺しなければならないというのに。

「…………ふっ!」

弓を射る。
矢は刀ではなく、強化された木製の矢だ。
一本、二本、三本と並んだ木々に目掛けて高速で射抜いていく。
標的を外したことは一度しかない。外そうと思って外した一度のみ、それ以外は例外なく真ん中を貫いた。

模擬戦を想定した狙撃。
人間の頭を、喉を、心臓を射抜くために弦を絞る。
そうしてしばらく弓と己の腕を確かめ、顔を曇らせながら結論を出す。

「―――――これが言峰の奴が言ってた、制限って奴か」

弓による狙撃が完璧ではない。
浅間サクヤを討ち取ったような正確さを連続して射ることが出来ない。
恐らくは制限だろう、と士郎は判断することにした。
それでも投影よりは手軽に戦えることは先刻承知済み。少なくとも京都弁の女を圧倒できるほどに。

そうだ、魔導書の毒が脳に当てられる前に一度、好機があった。
逃げる二人の背後で弓を引き絞っていた。
だが、投影による魔弾のときとは打って変わって照準は乱れ、結果として彼女たちを吹き飛ばすだけの結果に終わった。
直後に頭痛とは間の悪いことだが、いくつか学んだことがある。

魔導書の使いすぎも身体の毒。
優勝するのなら己の身を省みらなければならない。木製の矢を使う機会も増えるだろう。
衛宮士郎はこれから先の戦闘をシミュレーションしながら歩き続ける。
森を抜けると、線路が見えた。ちょうど黄金色の電車が走っているのが見えて、少しげんなりとする。

(電車、か……駅に行けば、次の敵に逢えるか……?)

今度は決して逃さない。
会話も成立させずに情け容赦なく、桜のために殺し尽くす覚悟で士郎は進む。
しかし、ここで問題がひとつ。
自分が見てるのは線路。もちろん右にも左にも駅があるだろう。

「……どっちに行こうか」

何処であろうと関係ないし、敵が誰であろうともはや関係ない。
良心の呵責が僅かにあったが、それはとっくに噛み殺した。既に良心を殺す儀式も済ませた。
ばちん、と両手で頬を叩く。
さあ、ここから先は今以上の地獄だ。血肉と内臓に彩られた戦場を渡り歩くことになる。

そして、その全ての戦いを制して見せる。
幾たびの戦場を越えて不敗、かつての己を象徴する八節の言霊のひとつを抱えて進む。
地獄のが口を開くような光景を幻視する。
士郎は一秒の躊躇いもなく、真っ直ぐに修羅への道を突き進んでいった。



【D-7 線路沿い(マップ中央)/一日目 午後】

【衛宮士郎@Fate/stay night[Realta Nua]】
【装備】:ティトゥスの刀@機神咆哮デモンベイン、木製の弓(魔術による強化済み)、赤い聖骸布
【所持品】:支給品一式×2、維斗@アカイイト、火炎瓶×6、木製の矢(魔術による強化済み)×17、
屍食教典儀@機神咆哮デモンベイン
【状態】:強い決意(サクラノミカタ)、肉体&精神疲労(中)。魔力消費小。身体の剣化が内部進行。脇腹に痛み。ずぶ濡れ。
【思考・行動】
 基本方針:サクラノミカタとして優勝し、桜を生き返らせる
 0:さて、右か左か……
 1:参加者を撃破する
 2:優勝して言峰と交渉、最終的には桜を生き返らせる
【備考】
 ※登場時期は、桜ルートの途中。アーチャーの腕を移植した時から、桜が影とイコールであると告げられる前までの間。
 ※左腕にアーチャーの腕移植。赤い聖骸布は外れています。
 ※士郎は投影を使用したため、命のカウントダウンが始まっています。
 ※士郎はアーチャーの持つ戦闘技術や経験を手に入れたため、実力が大幅にアップしています。
 ※維斗の刀身には罅が入っています
 ※現在までで、投影を計二度使用しています
 ※今回の殺し合いが聖杯戦争の延長のようなものだと考えています
 ※どちらの駅へ行くかは後続の書き手さんにお任せします



159:観測者の愉悦 投下順 160:世界の中心、直枝さん(前編)
時系列順 160:世界の中心、直枝さん(前編)
衛宮士郎 175:契約/果てを求めて
椰子なごみ
黒須太一 170:モノの価値は人それぞれ
藤乃静留 167:know
来ヶ谷唯湖


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