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al fine (後後) 3

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al fine (後後) 3 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


 教会が立っていた地区より鉄橋を渡って東へ。
 メンバーの数名が来訪経験のあるその場所は、すぐに見つかった。
 現代風の街並みに際立つモダンな建物。門前にガードマンを立たせずとも、看板の趣でどんな施設かは想像がつく。
 一同が訪れたのは、B-5エリアに建つ博物館だ。
 これから南下するにあたって、重要性の高い寄り道をしておかねばならなかった。

「――うむ。九条らは既に大聖堂にまで差し掛かったようだ。我らもうかうかしてはいられんぞ」

 暢気に物見遊山を続けていては遅刻してしまう、と携帯電話を片手にアル・アジフが言った。
 常時来訪歓迎の博物館、その正面玄関口で、アルはまず別働班の筆頭である九条むつみに連絡を入れた。
 最終目的地に到達するまでまだ先は長く、また不測の事態に悩まされぬよう、定時報告を怠ってはならない。

「時間は20分を目処とする。それまでの間、各人『土産』を物色、再びここに集合すること。
 まさか迷子になるような虚け者はおらぬだろうが、ゆめゆめ緊張感を欠くでないぞ。特に……」

 遠足に引率する先生の気分で、アルは一同に介している仲間たちの顔を眺めやる。
 と、一番に注意を傾けなければならない問題児が、さっそく見当たらなくなっていることに気づいた。
 アルは頭を抱え、無駄とは知りつつも、他の仲間に心当たりがないかを尋ねてみる。

「あー……誰か、ドクター・ウェストがどこに行ったか知らぬか?」

 もちろん、返答はない。
 あの、ただでさえ目立ちたがりな性分、格好も奇抜なら髪色も奇抜な男は、早くも行方不明になっていた。

「まったく、誰が彼奴の手綱を引けるというのだ……適任を探すならば妾と九郎を置いて他にないだろうが……。
 そもそも、どうして九郎はあちらの班に組み分けられておるのか……この妾がこちらにいるというのに……ぶつぶつぶつ」

 アルは露骨に不機嫌な表情を作り、なにやら小言を呟いていたが、静粛にしていた一同の耳には丸聞こえだった。
 パートナーの不在に癇癪を起こしかねないアルを桂が諌めると、代わってトーニャが、皆に号令を促す。

「まあわざわざ騒ぎ立てるまでもなく、あの困ったちゃんは先に中に踏み込んでいることでしょう。
 頭を悩ませるだけ損ですよ。私はいい加減、付き合うと疲れるだけというのを学習しましたから」

 トーニャは慣れた風格を漂わせ、すたすたと博物館の中に入っていった。
 他の者たちも、それはそうだ、と納得し後に続いた。

 時刻は、昼に差し掛かる少し前。
 博物館に到達した者らによる、『土産選び』が始まった。


 ・◆・◆・◆・


【君は、この場所にあるものを、どれか一つ選んで持っていって構わない。
 あくまで『一つ』欲張ってはいけない、チャンスは『一度』選びなおしも出来ない。
 役に立つか立たないかは君しだいだ。 さあ、好きなものを手に取りたまえ】

 博物館に入って、種類ごとに分けられた展示場の端々に、このような注意書きのプレートを見た。
 これこそが来館者にのみ施される『土産』という名の恵みであり、一同がここに立ち寄った最大の理由でもある。

 今後の活動を円滑に進めるにあたって、有用な物資をここで調達していく。
 ロケット制作のための素材または道具、もしくは武器防具、思わぬ珍品が展示されている可能性も。
 一人一個まで、という破ると怖い程度の制約が設けられているとはいえ、物資調達にこれほど最適な場はない。

 メンバーの中では、高槻やよい深優・グリーア、吾妻玲二が既にその権利を使い、土産を手にしていた。
 那岐を解放する要因ともなったルールブレイカーもまた、今は亡き葛木宗一郎がここより持ち出した一品だ。
 なにに目を奪われ、なにに興味を抱き、なにを土産として持って帰るかは、基本的には各々の自由。
 初の来館となる桂、柚明、アル、トーニャ、ウェスト、那岐の六名は、自由に館内を歩いて周り、選別を図る。

「この機関車はまだ健在のようですね。しかし……何度見ても、理解がしがたい」
「だが改めて見れば、なかなか考えられた造りをしている。おそらく、この機械に銃は効かない」

 線路がなくても走れる機関車、というなんの意図で飾ってあるのかもわからない展示品の前で、深優と玲二が真面目に語る。
 土産の持ち帰りに数量以外の規制はない。この機関車のような特大の代物とて、選別の対象にはなるのだ。

「わぁ~……人形とは思えないくらい、きれい。まるで本物の人間が眠っているみたい……」
「深優さんのような……アンドロイド、というものとは少し違うのかしら」

 桂と柚明は、精巧な蝋人形……ではなく、HMXシリーズと銘打たれたメイドロボなる展示品の前で感嘆の息を零す。
 自分たちと年頃もそう代わらないだろう容姿端麗な女の子のロボットが安らかに眠り、ショーケースに飾れていた。

「アルさん。もしや、これがあなたの言っていた鬼械神(デウス・マキナ)とやらではありませんか?」
「断じて否だ。いくら妾でも、桃色のデモンベインなど望まぬぞ……」

 白を貴重としたモデルに、胸元だけがワンポイントでピンクに染まった、二メートルほどの隕石除去人型重機。
 プロメテウス1-インベルという名称のロボットを前に、トーニャとアルはこれが縮小大でありまた複製品であることを確認した。

「なーなー那岐よぉ」
「ん~、なにかな?」

 主に自然科学関連の展示が成されているブースで、やよいの手に嵌ったプッチャンが、傍らの那岐に問いかける。

「初めてここに来たときには思いもしなかったんだがよ。放送で名前が呼ばれたってことは、土産の権利は俺にもあるんだよな?」
「だと思うよ。主催側から寝返った僕自身、お持ち帰りする気満々だし。どこかの館主さんも、文句は言わないでしょ」

 仏の視線など気にもせず、参加者というカテゴリーからは多少外れる二人は、揃って土産選びに参加していた。
 ゲームの初日で既に選択を済ませてしまっているやよいは、羨ましそうな視線でプッチャンと同じ光景を眺めている。
 プッチャン、やよい、那岐が見つめるのは一つの図。会場となっているこの島、中央部の山が切り開かれている図解だった。

「山の中には、超巨大大砲が眠っている……ね。正直、僕はこんなの知らないんですけど。どーなの?」

 今度は那岐が問いかけ、そしてプッチャンが答える。

「こりゃあ俺が住んでた宮神島にあった設備さ。あいにく確かめに行く時間はねぇが……どうせなら俺はこれを選ぶぜ!」

 勢いよくプッチャンが掴み取ったのは、山の図解が展示されているそのすぐ真下、
 何行にも渡る説明がびっしり書かれたパネルの隅に置かれる、手の平大の機械だった。

「えーっと……でもこれ、使う機会なんてあるんでしょうか?」

 やよいは説明書きと図解を見比べながら、プッチャンが選んだ土産の有用性を考える。

 展示物のタイトルは、『青春砲』。
 この島の山中に隠されている超巨大大砲で、その一撃は原子力艦を海の藻屑にするという。
 これは本来、極上生徒会会長の神宮司奏に危機が訪れたときにのみ発動を許される兵器で、宮神島の山奥に設置されているものだ。
 何者かがこの会場に移送、もしくは同じものを製造したと考えられ、
 またその何者かの正体は考えるまでもなく、ナイアだと見て取れた。
 プッチャンが手にした機械は、その青春砲を展開、標的に向け発射させることのできるボタンだった。
 本来の発動条件は『神宮司奏に危機が迫ったとき』だが、ここが宮神島でない以上、そのルールには縛られない。

「決戦になるんだろう? 切り札になりそうなものは確保しておくが吉だぜ。こいつの威力は本物だしな」
「けど、本当に動いてくれるんでしょうか? 主催の人たちに邪魔されちゃうんじゃ……」
「さて、どうだろうね。ゲームを牛耳っている人は、そんなつまらない真似は許さないだろうけど」

 プッチャンは手に持ったボタンを見つめ、不適に口元だけで笑んだ。

「よっしゃ! それじゃあ心配性なやよいのために、試しに押してみるか!」
「えぇー!? だ、だめですよぉ!」
「だめか。だめなら仕様がないな……ポチっとな」
「ぎゃー!」
「ハハハーッ、口で言ってみただけさっ!」
「っ!? も、もぉ~! 本気で怒りますよ!」
「…………」

 自分の右手と微笑ましいやり取りを交わすやよいを見て、那岐は身を引いた。
 権利を有する一人として、己はなにを選択するべきか、と一人他のブースに歩を巡らせていく。

「おや?」

 そんな中で、ふと違和感を覚える光景に遭遇した。
 そこは主に、重機などの大型の展示物が飾られている場所で、ドラム缶のような機械の前に棒立ちになっている男の姿がある。
 黙り込み、物静かに、一人で、そう在ることが極めて異質と覚える――天才科学者、ドクター・ウェストその人であった。

「やあドクター。難しい顔しちゃって、いったいなにを見ているんだい? さっきアルちゃんがカンカンに怒って……」

 声をかけつつ、那岐はウェストが視線を注いでいる展示物へと、自らも注意を向ける。
 ドラム缶のような円筒形のフォルムに、取りつけられているのは二本のアーム。その先端にはドリル。
 人間と比して、大型重機と同等の大きさを成しているこの展示物は、『破壊ロボ』と銘打たれていた。

「ドクターの作品じゃないか。自らが生み出した半身を前に、今感動の再会……ってところかな?」
「違う。これじゃないロボ」

 洒落た言動を放る那岐に、しかし対してウェストの反応は鈍い。
 常ならば歓喜に震えていただろう表情は固く、真剣な眼差しで展示物を眺め、どころか睨みつけていた。
 その、本人の性格を思えば奇異と言うほかない顔を、那岐は横から覗き込む。

「たしかに、造形は我輩の『スーパーウェスト無敵ロボ28号虎改ドリル・エディション~男の夢よ永久に~』と瓜二つなのである」

 と、ウェストが物静かに言葉を返す。
 破天荒さを抑えた口ぶりがなにを語るのか、と那岐が身構えていると、

「しぃ~っかぁ~しッ! 我輩の破壊ロボは本来、大地を砕き天蓋をぶち砕く巨大さとダイナミックさ!
 アーカムシティの衆愚共を恐怖のどん底に叩き落してやまない、宿敵見つけて即ショータイッなのである!
 そぉ~れがなんであるかこれは!? 我輩の破壊ロボは……こんなミニマムではぬぅわぁぁ~~~い!
 おそらく、と付け加えずともレプリカ。天才の才能を妬んだどこぞの凡才が、模造してみせたのだと予想。
 ええい、著作権侵害により時報女からの強制削除を申し立てるのであ~る! パクリ、カッコワルイ!!」

 設計者は途端に調子を戻し、誰ともわからぬ制作者に抗議を訴えた。
 至近距離からの騒音に那岐は耳を塞ぎ、相槌も返せずウェストの動向を見やる。
 憤懣やるかたないといった様相のウェストは口をへの字に曲げ、

「いやっほおおぉぅ~っ! 博・物・館! 博・物・館! と楽しみにしていれば、とんだガッカリ感!
 ここに我輩を満足させる展示物はないのか!? 所詮は凡愚による凡愚のためのTHE☆凡愚機関でしかないのか!?
 だとすれば、わざわざ我輩が足を運んでやった意味も薄れるというもの。薄れる? いや無にも等しい!
 おおぉ~、(こんな博物館に建っている価値なんてあるのか!?)と括弧つきで発言したい心境。
 こぉ~なったならば! 我輩この館の本気を隅々まで調べ回し、天才を満足に至らせるかどうか推し量る次第!!
 でもそれって根本的な解決になってませんよね? ウルサイ! レェェェェッツ、プゥゥゥレェェェェェェイッ!!」

 博物館の奥地へと、這うように走り去っていってしまった。
 そのままドクター・ウェストは博物館に巣くうゴ○ブリとして、平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
 などと完結するわけにもいかず、那岐はやれやれと肩を竦め、しかし追いかける気は微塵もなかった。
 なるほど、たしかに真面目に付き合っても疲れるだけだ、とトーニャの忠言を至言と捉え、その場を後にした。


 ・◆・◆・◆・


「さて、時間です。各自、チョイスしたお土産を発表……の前に、一人足りないようですが、知っている人は挙手」

 し~ん……という静寂の空気が、博物館の正面玄関口に浸透する。
 約束の時間が過ぎた。そろそろ次の目的地に向かうため、各々が選択した土産の確認を行わなければならないのだが、
 集った八人と一体、トーニャ、玲二、深優、桂、柚明、アル、やよい、プッチャン、那岐の輪に、喧しさの象徴たる人物が欠けていた。
 誰が言葉で確認するでもなく、ドクター・ウェストの不在に失笑を零し、またある者は頭を抱えていた。

「……気にせず進行しましょう。では、まずは羽藤桂さん。あなたが選んだお土産を皆に提示してみてください」
「あ、うん。私が選んだのは……」

 トーニャからの指名を受け、桂が一番に土産を披露する。
 取り出したるは手の平に納まるほどの箱型の機械で、中央にはボタンが一つだけ付いていた。
 その外見はプッチャンが手にした青春砲発射ボタンと瓜二つで、見分けがつかない。

「ここをこうやって押すと……」

 桂が躊躇もなくボタンを押そうとし、周囲から「あっ」と声が漏れるが、



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 桂の握る機械から聞き慣れぬ男の声が響き渡り、一同は静まり返った。

「……桂さん。これは?」
「え? 岡崎最高ボタンだけど……」
「桂よ。岡崎最高とはいったいなんなのだ?」
「え? 岡崎最高は岡崎最高だと思うけど……」
「あの~、これって声が響くだけなんですか?」
「え? 声が響くだけだと……思う、よ?」
「……混戦時の撹乱にでも使う気か?」
「え? ううん、ただ楽しいかも……って」
「公共の機関でこの音量は、些か迷惑かと考えます」
「え? あ、ああ~、そうだよね! 迂闊だったよ……」
「…………」

 質問攻めにあいながら、桂は悪びれた素振りもなく応答を返していく。
 邪気のない横顔が、激昂の抑制となって周囲の対処を困難にさせた。
 一通りの反応の後、誰もが言葉に詰まっていると、



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「もうよいわ!」
「ああ~!」

 アルがついにツッコミを入れ、桂の手から岡崎最高ボタンを奪い去った。

「……この場合、返品は効くんでしょうか? 那岐さん、そこのところどうなんですか?」
「えーっと……どうなんだろうね。ま、まあ、楽しければそれでいいんじゃない?」

 今回の博物館見学は、ロケット制作と決戦に向けての物資の調達にある。
 選ぶならばやはり有用性の高いものが好ましく、桂の選択はそういう面で見れば、まったく価値のないものと言えた。

「だ、だって! こんなにいっぱいいろんなものがあるっていうのに、どれを選べばいいかなんてわからないよ!」
「そこは桂ちゃんの言うとおりだと思うな。一通り眺めてみただけじゃ、どれが役に立つかなんて……」
「柚明よ。そういう汝は、いったいなにを選んだのだ?」

 ただ一人桂の弁護につく柚明、彼女が胸に抱いているものを見て、アルが重く問いただす。
 柚明はアルの睨みつけるような視線から目を背け、胸元にあるまんまるなそれを、ぎゅっと抱きしめた。

「もう一度訊くぞ。柚明よ、汝の持っているそれはなんだ?」
「……だんご大家族です」


   (||) ← だんご大家族


 饅頭のようなふわふわに、黒い棒線の刺繍が二つ、色は淡いクリーム色。
 それはそれはおいしそうな、お団子のキャラクターを模したクッション。
 然るべき場所に置いておけば、女の子の人気を獲得すること容易い一品。

「……で、そのだんご大家族を持ってきた理由は?」
「そ、その……桂ちゃんと一緒に見ていたら、かわいいなって……」
「妾はだんご大家族に対する評を聞きたいわけではない。それが今後役立つと思った、理由をだな……」
「……ひぅ」

 静かだが怒りを含んだアルの言葉に、柚明はたまらず竦み上がる。
 桂と並んでしょぼんと肩を落とす様に、アルは説教の一時間でもくれてやろうかと思いったが、あいにくと時間がない。
 とりあえずは保留とし、別の者の確認に移ろうとしたところで、

「ヘーイ! はぅどぅゆーどぅ、ご機嫌麗しゅう、凡骨凡才凡人の諸君!
 我輩は世紀の大天才! 最も神に近き頭脳、ドクター・ウェストであーる!」

 大遅刻の身分にある男が、意気揚々と玄関口に駆け込んできた。
 一同のじとっとした視線が注がれる、その白衣の身。
 悪気など纏おうはずもない、常の調子のドクター・ウェストがそこにいた。

「主役は遅れてやって来るもの。今、必殺の、ドクタァァァァ・ブレェェェェイクッ!
 我輩の登場を今か今かと待ち望んでいたのであろう? そうなのであろう? 素直になるのである。
 ほらほら顔に出ているぞ。やっだ~ん、凡才共ったら思ってることが顔に出やすいんだから~ん。
 とあま~いリップサービスを添えつつ、我輩はここに帰還の約束を果たしたのである。もっと褒めるべき。
 おや、どうしたのであるか深優・グリーア? そんな無表情で近寄られると、我輩ドキドキ……っで!?
 いぃぃぃぃぃでででええ!? そ、そっちの間接はあっちの方向には曲がらなばばばばばばばばば!?」

 苦言を浴びせるよりも先に、深優が強硬手段でもってウェストに制裁を加える。
 戦闘用アンドロイドだからこその馬力で関節技をかけ、喧しい戯言は喧しい悲鳴に変わった。
 しばらくして(嫌な音が鳴って)、ウェストが大人しくなる。

「ナイスジョブですよ、深優さん」
「いえ、毎度トーニャさんの手を煩わせるのも悪いかと思いましたので」
「深優に任せると手加減がなくてよいな。今後、こういう役は深優に一任してはどうだ?」

 さすがに死ぬぞ、と玲二が冷静に指摘をし、やよいと桂と柚明は苦笑いを浮かべた。
 ウェストが騒いで誰かに制裁を受ける、というパターンももう見慣れてきた。
 那岐は本人の自業自得と捉えつつも、一応の役目として、ウェストの身を重んじる。

「大丈夫かい、ドクター?」
「おお、我輩に優しく声をかけてくれる天使のようなお声は誰? 我が愛しのオー・マイ・エルザ?
 ハッ、そうだったのである。我輩はエルザを取り戻すため、こんなところで死んでいるわけにはいかないのであった。
 ぬぐぐぐぐ……聞け~い、皆の衆! 我輩は博物館の奥地にて、計画成功の明暗を左右する超重要展示物を発見した!」

 那岐の一声で復活を為し、ウェストは再び一同の視線を集めんとする。
 うるさいという理由だけでたびたび暴行を加えるほど、トーニャもアルも深優も愚かではない。
 このキ○ガイは喧しくはあるが、科学者としての腕は確かに天才、時には真面目一辺倒となることもある。
 ならばその言動にも確かな信憑性はある、と断定しさらなる説明を求める。

「なんですか、その超重要展示物というのは?」
「ふふん、知りたいか? 知りたいというなら付いてくるがよい。我輩が案内してやろうではないか」

 深優に与えられたダメージなどどこへやら、ウェストは得意げに鼻を鳴らし、博物館の中へと歩を進めていく。
 他の者たちもそれに続き、誰もがスキップで先を行くウェストの頭を心配した。


 ・◆・◆・◆・


 ドクター・ウェストが案内したのは、他とは一風変わった、モデルルームの展示ブースだった。
 大広間の一角一角に、有名な土地や施設を再現した空間が形成されている。
 弥生時代の住居に始まり、『極上生徒会会議室』、『オハラシサマのご神木』、『八咫烏邸』等々……。
 歴史的資料としては珍しくもない展示物は、しかしある一角だけが異彩を放っていた。

 薄暗い証明。
 培養液満ちる謎のカプセル。
 血とオイルの香り漂う診察台。
 用途不明の端末。
 机に散りばめられた機械工具。
 プロ仕様のギターセット。

 廃材置き場かとも思われたが、真相はそうではない。
 そこはれっきとした展示物の一種で、看板には『ドクター・ウェストの研究室』と書かれていた。

「これぞ! 我輩が悪の秘密結社ブラックロッジにて日夜研究に勤しんでいた環境美であーる!
 ああ、この再現度、この空気、この懐かしさ! 我輩、一日千秋の想いでありました。オヨヨノヨー」

 ドクター・ウェストが言うには、この展示物は彼が根城としていた研究室をそのまま再現したものらしい。
 しかも置かれている資材は模造品もあれど、ほとんどのものは本物であるというのだ。
 然るべき場所に移し、配電等の環境設備を整えれば、前のように使用することが可能である、とも。
 つまり実験、分析、開発、改造、修理などといった『博士』としての務めを果たすための設備が、ここには一式揃っているだった。

「いわば大工にとっての金槌、パン屋にとっての竈、特撮ヒーローにとっての変身ベルトのようなもの!
 これさえあればロケットの製作だろうが首輪の解体だろうがお茶の子さいさいなのである。
 そう、今までの我輩の持ち味が活かせなかったのは、十分な環境が用意されていなかっただけのこと。
 決して働きたくないである! 絶対に働きたくないである! などと心中で叫んでいたわけではないと脱ニート宣言。
 さあ、そうと決まれば早速これらの機材を持ち出すであるぞドクター・ウェストと愉快な仲間たちよ! あーゆーおーけい?」

 いつにも増して表情豊かなウェストの口上を聞きつつ、一同は再現研究室をしげしげと眺め回した。
 マッド・サイエンティストの私室というには雰囲気のありすぎるその空間は、疑いの余地を招きもしない。
 有用性も頷ける……とはいえ、それとは別の部分で疑問点も浮上してくる。

「お土産は一人一個までというルールのはずでしたが、この場合はどうなるんでしょうか?」
「この研究室が展示物単体だとするなら、一人の権利でここにあるもの全部持っていっても、お咎めはないはずだよ」

 トーニャが憂いを口にし、那岐が妥当な解答を下す。

「でもよぉ、これだけの資材をどうやって運ぶってんだ? いくら魔法の鞄があるからって……」
「一つ一つ収納するという方法も、不可能ではありません。力仕事なら私が引き受けますが」

 プッチャンが真っ当な心配事を言い、深優が解決案を練る。

「けど、全部詰め込んでたら合流の時間に遅れちゃいますよ?」
「みんなでがんばれば……でも、碧ちゃんたちはもう大聖堂の辺りまで来てるんだよね」

 やよいが遅刻の可能性を考え、桂が別行動班の進行具合を確かめる。

「あとでまた回収に来るというのはどうかしら。九条さんたちの班が、乗り物を回収したというし」
「だが禁止エリアで道を封鎖される可能性もなくはない。最低限のものだけでも持ち出したいところだが……」

 柚明が保留にするという案を提示をし、アルがその場合の不安要素を述べる。

「……当の本人は、まだ喋り足りないようだが」
「そんのとお~り! 我々に細かいことを討論している暇はなく、考えるべきことはもっと他にあろう!」

 玲二が気づき、ウェストは自分で持ち出すぞと言っておきながら問題の挿げ替えを図る。

「問題はこれらの機材を獲得しなにを成すか、という部分である。さ~てみんなで考えてみよ~☆
 吾妻玲二を戦闘員に改造する? 変なポーズを取らせつつイー!などと奇声を上げさせたくなる恨みがいっぱい。
 プッチャンの口にミサイルを搭載? 口からミサイルはやはり定番中の定番。オリジナリティが求められる。
 羽藤桂と羽藤柚明のペアルックコスチューム? ぴっちりレオタードは女性ロボット乗りのスタンダート。
 深優・グリーアに変形機構を備え付け、さらに高槻やよいが腕時計でチェェェェンジ・グリーア! と叫べばOK?
 アル・アジフやマッスル☆トーニャからぬりかべ属性をなくせとな!? はっはっは、いくら天才でもそれ無理。
 数々の可能性を鑑みて、我輩が目をつけたのはこの博物館に展示されていた――レプリカ破壊ロボ!
 無敵の名を返上し、もはや戦車レベルにまで成り下がった類似品であるが、兵器として動かすくらいはできそう。
 ともなれば我輩が腕を振るい、天下無敵のスーパーロボットへと改造するしかあるまい! これが最適解か!?」

 言いながら聞きながら、ウェストと一同は破壊ロボが展示されていたブースへと移動する。
 アルが破壊ロボのコクピット内を見回し、確かに動かすことが可能だと確認した。

「破壊ロボを改造、ともなれば、必要となってくるのは素材である。この博物館に我輩のお眼鏡にかなう素材があるか?
 と考えてみたところで、候補は二つ見つかった。曰く、けろぴーだかとみーだか俗称があったようななかったような。
 そんな格好の重機と車両を、我輩は発見したのである。こちらがそのパワーショベルカーと暴走機関車。ご覧あれ」

 破壊ロボが展示されているブースからまた少し移動し、機関車とショベルカーの前へと足を運ぶ。
 どちらも博物館に並ぶには不似合いな代物で、そのわりには他より目立つよう展示されている。
 機関車のほうなどレールがなくとも走行が可能と説明が書かれ、さらに一流の殺し屋である玲二が、

「おそらく、この機械に銃は効かない」

 と装甲の面でも高い評価を言い渡した。

「我輩の研究機材とミニ破壊ロボ、そしてこれらの素材を掛け合わせれば、絶対無敵の真破壊ロボが出来上がるであろう。
 それこそ、一番地やシアーズ財団の連中など一網打尽にしてしまえること間違いなし。我輩は操縦も天才的だから無問題。
 持ち出すべき展示物は全部で四つ。我輩、那岐、アル・アジフ、マッスル☆トーニャの権利を使えばピッタリなのである。
 さあ! わかったならば愚民共よ、ちゃっちゃっと作業に移るがよかろう。ちんたらしてるとメシ抜きであ~るぞ?」

 ――『ドクター・ウェストの研究室』、『破壊ロボ』、『ショベルカー』、『機関車』。
 持ち帰るべき土産の選択も済み、早々に荷物に詰めなければならなかったが、誰一人動こうとする者はおらず。
 そもそもこのような大質量のものをどうやってデイパックに詰めるのか、というのが大多数の疑問でもある。

「……確かに、有用性という面で見ればこれ以上のものはないでしょう。あなたにもそろそろ仕事をしてもらいたいですし。
 ですが、今ここで時間を取られるわけにはいきません。今回は下見に留め、回収は次の機会に回してみてはどうでしょう?」

 手元の時計を照らし合わせ、トーニャがそう提案を述べる。
 機材や重機を運ぶならば、それ相応の時間と手間がかかる。
 効率の良い作業方法を考えるならば、より適当なメンバーを選び、また出直すのが良案と説いた。

「その際、まだ権利を残している方を同行させれば、改めてお土産が貰えますし。
 会場内は基本的には不可侵領域、誰に横取りされるという心配も皆無です。
 今は他の方々との合流を優先させ、先を急ぎましょう。どうですか皆さん?」

 トーニャの呼びかけに、桂が異議なしと答える。
 他の面々も相次いでトーニャの意見に同調、ウェストが最後に残り、選択を迫られた。

「まさかあなた一人、ここで地団駄を踏むなどということはないでしょうね?」
「ぐ、ぬぅ……し、しかし我輩は一刻も早くエルザを取り戻したく……」
「私たちは既に、一蓮托生です。あなた一人先走ったとしても、成果は得られませんよ」

 天才は我々凡才への助力を為してこそでしょう、とトーニャが薄ら笑いを浮かべた。
 ウェストはしばしの間熟考。考え込む形相が女性陣の不評を買っていたが、本人は気にせず、妥協案を下す。

「……これもエルザのため。さすれば、我輩とて聡明であるからして、それなりの譲歩はしようというもの」
「素直じゃないですねぇ。はいの一言で済むというのに。では、後回しということで。出発しましょうか」
「待て待て待てぇ~い! 我輩はまだ結論を口に出していないのである! そう判断を急ぐことも――おい!」

 皆トーニャに習っているだけなのか、それとも自分で学習し始めたのか。
 誰もがウェストの言葉に耳を貸そうとせず、博物館の外へと足を向けていた。


 ・◆・◆・◆・


 ――物資調達の目的で企画された博物館見学が終了し、次なる目的地を目指す。
 そこで得られた成果は、『岡崎最高ボタン』、『だんご大家族』、『青春砲発射ボタン』の三つ。
 その他、『ドクター・ウェストの研究室』、『破壊ロボ』、『ショベルカー』、『機関車』の四品を後で回収に来る予定。
 その際、可能ならば別働班の人員を回収組に回し、再度の物資調達を図る。

 行脚の寄り道としては、上出来すぎる結果だった。賽の目が意地悪を働かない限りは、この計画にも死角はない。
 博物館を背に回し、進路を南へと切り返す。先頭を行くのは、気持ち悪いほど軽快なスキップを刻むドクター・ウェストだった。
 その後ろに柚明、桂、やよいとプッチャン、那岐、玲二、深優が続き、警戒不要のしんがりをトーニャとアルが務める。

「ところでトーニャよ、汝はどのような土産を選んだのだ?」

 ふと、アルがトーニャに尋ねる。
 今回博物館での権利を行使したのは、桂と柚明とプッチャンの三人のみ。
 次に訪れた際の土産物は既に選別したが、持ち出さない限りは選び直しも可能である。
 二十分という限られた時間の中で、グループきってのリアリストたるトーニャが選んだものとは、いったいなんなのか。

「ああ、私ですか。これです」

 アルの興味本位による質問を、トーニャはさらりと現物で返す。
 デイパックからちらりと覗かせたそれは、茶色がかった透明の瓶。
 コルク栓が施されており、ラベルには『蜂蜜酒』という文字が刻まれていた。
 これはなんだ、と口に出すまでもない。アルはトーニャの選択に、唖然とした。

「ストレスの捌け口は大切ですよ、ええ」

 そんなアルを見ても、トーニャはしれっとした態度を保っている。

「……汝、まさかその選択を正当化するために結論を急いだのでは……」
「はてさて、いったいなんのことでしょうか。筋肉の妖精と称されるところのトーちんにはわかりませんねぇ」

 ――この女、狐……いや、狸か!

 アルは思い、しかし口に出すことなくトーニャの後ろに回った。


 ・◆・◆・◆・


(――まったく、相変わらず騒がしいキ○ガイだロボ)

 束の間の平穏な旅行脚、それを神の視点から見つめる者たちがいる。
 紛い物のHiMEたちの行動を縛る側にある、一番地及びシアーズ財団連合……言うなれば主催者の座。
 その一席に、思い出の改竄を為された哀れな人造人間、エルザはいた。

(あんなのを頼りにしなければいけないという時点で、この勝負は決したも同然だロボ)

 このゲームにおける彼女の役割は、神崎と、彼の妹であり最後のカードでもある命のボディガードだ。
 然るべき段階に到達するまでは、主に使いパシリ、そのほとんどは命の暇つぶしの相手。
 立場的にはナイア紹介のゲストであるため、その行動は制限されておらず、気晴らしに出歩くことも多々ある。
 そんなエルザは今、盤上で足掻く参加者たちの動向を、モニターでしげしげ眺めていた。

(それにしても……あの喧しさと鬱陶しさが、妙に懐かしい気がするのは気のせいかロボ?)

 任務としての『監視』――ではなく、興味先行での『観察』に近い行動。
 なぜ己がこのような行動を取っているのか、という当然の疑問すら湧いてこない。
 神崎黎人という仮初のマスターに命じられ、初めて行動に意義を持つエルザという固体が、自分の意思で『観察』を選んだ。

(……気の迷いに違いないロボ。それもこれも、マスターが構ってくれないからだロボ)

 言峰綺礼との会話を思い出す――彼はエルザが、現状に不満を抱いていると説いていた。
 エルザと現マスター、神崎黎人の関係の深さははたしてどれほどのものなのか。
 考えたところで無為、ホモ神父の戯言、己を過去を振り返らない女、マスターは絶対――と思い込む。

(神父の言葉を鵜呑みにするわけじゃないロボ。けど、あの『博士』が気になるのはたぶん……)

 モニター内を忙しく動き回る白衣に、視線がいつの間にか釘付けになっていることには気づかず。
 エルザは『神崎黎人』と『ドクター・ウェスト』という二人の男を想いながら、乙女心を悩ませていた。

「ねぇ」
「ロボ?」

 エルザがモニターの前で切ない表情を浮かべていると、背後から冷たい声が飛んできた。
 気が逸れていたせいか、すぐ後ろにまで迫っていたその存在にようやく気づき、エルザは声を返す。

「なにか用ロボか?」

 その名前を気安く呼ぶことは、トラブルを招くことに繋がる。そう学習していたからこそ、余計な口は挟まない。
 背後に立つ金髪のワイシャツ姿――大切な人に貰った唯一の衣服で人化の身を包む妖狐の名前は、すず。
 人間を毛嫌いし、敵意を超越した殺意を常に放ち続けている少女もまた、エルザと立場を同じくする者だった。

「……暇になったから。私にもそれ見せて」

 言ってすずは、エルザの前のモニターを指差す。席を空けろ、と言いたいらしい。
 どういう風の吹き回しロボか、という言を寸前で飲み込み、エルザは黙って席を立つ。
 いい機会かもしれない。あの緑髪の博士について、静かなところで今一度考えてみるとしよう。
 現マスターとの絆を確かめる、あるいはまた言峰に会いに行ってみるのも……などと思い描きながら、エルザはすずと交代した。

(けど、本当にどういう風の吹き回しロボ? あんなにつんけんした態度を取っていたのに……)

 部屋を立ち去る間際、挨拶の一つも交わさないまま席に着いたすずを見て、エルザは首を傾げた。

(マスターとの過去といい、あの博士のことといい、なんだか釈然としない気持ちでいっぱいだロボ……ああ)

 廊下に出ると、味わう空気が少し変わる。
 そこでエルザは、一つの解を得るのだった。

(ひょっとしてこれは、思春期というやつかもしれないロボ)


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