ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

Little Busters!”M@STER VERSION” (突破) 1

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Little Busters!”M@STER VERSION” (突破) 1 ◆Live4Uyua6



死と死と死を以って盤は転じ、死と死と死を以ってまた盤は転じる。死でしか話は進まない。死でしか物語は終わらない。

唐突にそれは始まる。十八の存在は九と九に別たれ、その急に彼達は屈し、その苦に彼女達は窮する。
突然の舞台に戸惑う者。即興で対応する者。予め準備を進めていた者。誰も彼もが抵抗もできず勝負の波に飲まれた。
然して彼らは等しく白装束に身を包み、引かれた白線を踏み辿り、ただ宙を渡る白球を追い続ける。

不条理と一緒に順は進み、理不尽なまでに事態は転じ、劣悪な悪夢に彼等の目は回り、奇々怪々にそれは明らかとなるだろう。
彼等は今一度それと向き合わなくてはいけない。彼女達は今一度それを理解しなくてはならない。
死と死と死が満ち溢れていることを。死と死と死がすぐ傍にあることを。死と死と死は決して遠くはないことを。

決して拾九番には成りえぬ欠番の死途。最早何者とも言えないそれの課す密やかな重苦の中、死闘は始まってしまう。




     - ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第五番 「Little Busters!”M@STER VERSION” (突破)」 -




リトルバスターズとは何か? リトルバスターズが持つ言葉の意味を我々は今一度理解しなおさなければいけない。
リトルバスターズ――物語はあの時のように、唐突に、その場面より始まる――……


 ・◆・◆・◆・


 ようやく、どことも知れぬ回廊まで辿り着いた。

 ジジジ……ジジジ……と音を鳴らす蛍光灯が、点いては消え、点いては消え、延々と明滅を繰り返す。
 壁面には時期の外れたカレンダーや青年団の勧誘ポスターが貼られ、相合傘の落書きなども刻まれている。
 周囲に漂う陰鬱な空気が、遠回しな人避けのようにも思えて、しかし機能はしていない。

 ほこりやちりに塗れた薄暗い通路は、靴で踏みしめるたびに跡を残し、訪問者の人数を知らしめる。
 足跡の数は八つ。男が二人、女が六人いた。誰もが口を噤み、ただ黙々と通路を進んでいる。

「ここだ」

 古ぼけた通路の最奥では、ただ壁だけが立ち塞がっていた。
 勇気ある行軍の果てが行き止まりと受け取って、羽藤桂高槻やよいの体は弛緩する。
 逆に、羽藤柚明やトーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナに気の緩みはなかった。
 気持ちだけではなく、全身に緊張感を纏って、来るべき事態に備える。その点は吾妻玲二や那岐も同様だ。

「行き止まりじゃないか。本当にここであってるのか?」

 玖我なつきはストレートに、言葉での即時説明をアル・アジフに求める。
 一同の先頭に立ち、薄気味悪い通路を進むことを決定していたのは、他でもないアルなのだった。

「焦るでない。生き残ったのは妾ら八人……多くの犠牲を伴ったが、な」

 アルは、質問を呈するなつきではなく、壁面を睨みつけながらそう答えた。
 魔力の流れに敏感なアルだからこそ気づけた、魔力ではありえない異質な空気の正体。
 それは不可視のものゆえ、なつきには見えずとも、しかしアル・アジフには見えているのだ。
 おそらくは柚明と那岐、やよいの右手に嵌められたプッチャンも認知できているものだろう。

「これで終局だ。すべての黒幕が姿を現す」

 アルが言い、そして異変は起こった。
 壁が、歪み、撓んで、変幻し、象を形作る。
 気配などという曖昧なものではない、ヒトとしての形を。

「そうか。まさか、汝であったとはな」

 ぼうっとした印象のそれに、質感があるのかどうかはわからない。
 触って確かめてみるか、とも思ったがすぐに断念する。
 これはアル・アジフの知識にある顕現とは、一線を画すもの。
 持ちうる常識は通用せず、だとすれば結果も容易に想像がついた。

「ここは、久しぶりと言っておくべきか?」

 だから、放るのはそんな言葉だ。
 目的は知れない。しかし素性は知れた。
 縁は浅いが、知らぬ仲というわけでもない。
 歯車を狂わされたのだから、この問いも正当だ。


“これ”には、いや、


「のう――――棗、恭介」


“彼”には、答える義務がある。


 ・◆・◆・◆・


「そうだ、野球をしよう。チーム名は……リトルバスターズだ!」


 それは、就職活動に難儀していたある少年が、日常の中で暮らす仲間たちに送った言葉。
 仲間を集め、情熱を燃やし、青春の汗を流す。幼少時代から築き上げてきたものの、集大成となるはずだった舞台。
 再来か、偶然か。まったく同じ語調で、十八人の中の一人が高らかにそれを宣言したのだった。


 ……………………星詠みの舞五日目、最終決戦前日、全員が集う朝食会の場で。


 高級カジノホテル”Dearly Stars”の一階に位置するテラス付きのレストランが、今朝の会合の舞台だった。
 三、四人に分かれてテーブルにつき、それぞれがパンとスープとサラダのセットといった洋食系、
 ごはんと焼き海苔と味噌汁といった和食系、または故郷の味など、好みのスタイルで朝食を取っている。
 中には朝からカレーをかっ食らっている者や、低血圧なのかフルーツで済ませている者もいたが、欠席者はひとりとしていない。
 食事中の十七人、誰もが口を動かすのをやめ、突拍子もない言を飛ばすその女性へと視線を注いだ。

 発言者は、杉浦碧(じゅうななさい)だった。
 彼女はひとり席から立ち上がり、握りこぶしを掲げながら溌剌とした表情を浮かべている。
 周囲の反応といえば、シン、とした静寂が十七人分。当然と言えば当然の反応だった。

 唐突という他ない発言のタイミング、その内容、それに伴う場の空気、どれを取っても理解できない――と、吾妻玲二は目を細める。

 普段なら無視して話題を流す場面だが、これだけの大人数、全員が言葉なくして意思疎通を図れるわけでもない。
 持ちうる常識や年齢にも幅があり、好奇心旺盛な者やら妙な気遣いをしなくては気が済まない者まで、様々な人間がいる。
 そういった面で考えて、玲二とは違う捉え方をしている人間がひとり、手を上げて質問する。

「あの……ヤキュウってなに?」

 発言者は、ピオーヴァという町に住む音楽家志望の学生、クリス・ヴェルティンだった。
 用いる言語こそ誰もが理解できているものだが、顔立ちや瞳の色からして、まず日本や米国の者ではありえない。
 ピオーヴァという町に聞き覚えはないし、どこの国にあるのかも詳しく聞いたことはなかったが、
 なんとなく西洋のほうではないかと玲二は推測する。ならば、この質問も特におかしくはない。

「なんと、野球を知らないとな!? まあそうくるだろうと思いまして、解説本は既にゲット済みなのだよ」
「野球とは、アメリカを発祥として東アジアの広い地域で行われている球技スポーツのことです」
「二チームに分かれてやるものなんだが、クリスは野球を知らないのか。ファルはどうだ?」
「聞いたこともないわね。私やクリスさんの故郷では、球技自体あまり盛んではなかったし」

 クリスの質問に対し不適に笑む碧。
 答えになっていない答えに深優・グリーアが補足し、玖我なつきとファルシータ・フォーセットがその会話に加わる。
 と同時に、皆も止めていた箸やらスプーンやらを再び動かし始める。が、碧だけはいまだ着席せず、

「ってなわけで……野球しようぜ!」

 今一度皆の注目を浴びんと、椅子の上に乗って拳を天高く突き出した。
 同じテーブルについていたトーニャが、「お下品ですよ」と味噌汁を啜りながら言う。
 朝から異様にテンションの高い彼女に、周囲の人間は無理についていこうとはしなかった。

「いや! いやいやいや! そこは乗っかっておこうよみんな! 私がこんなに自己主張してるってのにさぁ!」
「ならば聞くがな、碧。汝とて、明日がなにを為すべき日なのかは知っていよう。だというのに、なぜ、今、野球なのだ?」

 問うたのは、会食の場において最も小柄な身形を晒す妖精のような少女、アル・アジフだった。
 十八人から成るチームの中でも、随一の頭脳であると言ってしまえる彼女の疑問は、明日の予定を考慮しているからこそなのだろう。

 この殺し合いのゲームが開始してから既に102時間以上もの時が経ち、放送の回数もつい先ほど、17を越えた。
 新しくD-6とA-4のエリアが指定され、二つずつ埋まってゆく禁止エリアの数はこれで通算34箇所。
 活動が許される残りのエリア数は半分を下回り、もう30箇所しかない。
 禁止エリアは今日のうちにあと四つ埋まり、明日のこの時間にもなればさらに四つ。
 その時点で、禁止エリアの総数は42箇所、行動可能範囲数は22箇所――ルートを取捨選択したとしても、頃合だ。

 神崎黎人ら“主催者”陣営への突入、つまり決戦開始は明日、ゲーム六日目の午前九時を予定する。

 これは昨日の時点で決定していたことで、今日はその調整のため、自由時間を設けるはずであった。
 休息にあてる者、さらなる鍛錬を積む者、一番地打倒後を見通してメダルを稼ぐ者、各々考えはあったことだろう。
 その話し合いを兼ねた朝食会でもあったのだが、碧はいち早く先陣を切り、全員を自分の予定に巻き込もうとしている。
 しかも、それは休息でも鍛錬でもなく遊びときた。玲二ですら頭を抱えるというのに、アルの気苦労となればその倍はあるだろう。

 アルの至極真っ当な質問に対し、碧はふふんと鼻を鳴らす。

「そこなんだよね~。いやはや、よくぞ聞いてくれました、とでも言いたい気分なのだよアルちん」
「もったいぶるでない。まあ汝のことだからろくな理由ではないと思うが……」

 アルはため息混じりに言う。

「だねー。碧ちゃんだし……」
「うん。碧ちゃんだし……」
「碧ちゃんですものねぇ……」

 続いて、碧に同席していた羽藤桂、羽藤柚明、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナもあきれ気味に言った。
 いつもなら皆の素っ気ない反応にぶーぶーと文句を垂れる碧だが、今日の彼女は一味違った。

「ままま、聞きなさいよ皆の衆。今のメンバーが集ってから約三日が経ちましたが、どうにも碧ちゃんは気がかりなことがありましてね」

 ぞんざいな扱われ方などもう慣れた、と言わんばかりに話題を継続。意気揚々と語り続ける。

「敵勢力の分析や作戦の立案、特訓や武器の調達、そりゃあもう、いろいろ済ませましたさっ。
 けどねぇ、それだけじゃ駄目だと思うんだよ。私たちには、決定的に欠けているものがある。
 さて、それはなんでしょうか。碧ちゃんがたまには先生らしく質問するよ、回答者はやよいちゃん!」

 大多数が――彼女の授業を受けたことがあるなつきや深優でさえ――忘れていただろう碧の教師としての肩書きが、ここで生きる。
 指名を受けた高槻やよいは動転しつつも、うーんと、えーっと、と十分に間を置いてから発言を試みた。

「わ、私たちに足りないもの……えとえと、歌唱力と表現力と」
「落ち着けやよい。そりゃアイドルにとって必要なもんだ」

 やよいの右手に装着された不細工面のパペット人形、プッチャンから即座の指摘が入る。
 語調は違うが声色はまったく同じという、一人にして二人の会話は、端から見れば上等な腹話術に映るだろう。
 実際はやよいに腹話術の心得などないのだが、この程度の超常現象など、今さら気に留める者もいない。

「ではやよいさんに代わりまして、不肖このミキミキがお答えしたく思います」

 と、妙に畏まった態度でやよいにフォローを入れたのは、隣の席に座る山辺美希だった。

「ほほう。ではミキミキ、この碧ちゃんの真意が読めるかな?」
「我々に欠けているもの、それが野球に繋がるという条件を踏まえるならば……ずばり、答えはひとつ!」

 美希はしたり顔で人差し指を立てる。碧と同じく、大いにもったいぶった上にその先を告げようとして、

「ふむ。天才であるところの我輩が推察するに、団結力であるな」

 ドクター・ウェストに肝心なところを奪われた。
 口元をナプキンで優雅に拭いつつ、ウェストはナイフとフォークを置いて続ける。

「みんなで仲良く~、などとは我輩のキャラではないが、明日はここに集う全員が共通の作戦に沿って動くのである。
 個人プレーは些かマイナスであると考えられ、先日のように自己を高めようとも、作戦通りに動けなければ意味はない。
 ともなれば、必要となってくるのは団結力……つまりはチームワーク。ベースボールにも通じる重要な概念なのである」

 ウェストにしては、やけに小奇麗さっぱりした論述だった。
 彼の手元を見てみると、どうやらテーブルマナーもなっているようで、余計な汚れや食べ残しが見当たらない。
 普段はキチ○イと言うほかないやかましさだが、食事時くらいは大人しくなるのだろうか。

「う~ん、当たってるんだけど、そっちのミキミキがなんだか残念そうに……」
「ううう~、美希のセリフを掻っ攫わないで欲しいッス」
「ええい、だまらっしゃいなのであぁぁぁる!」

 とも思ったのだが、やはり騒ぐときは騒ぐらしい。
 食堂全体に響き渡るくらいの大声で美希に激を飛ばし、ウェストは続ける。

「たとえば、我輩とこの山辺美希などは、宿を共にするようになってからろくにおしゃべりもしておらんのである。
 人間関係とは波乱万丈であるからして、そうそう容易に命を預け合う仲になどなれようはずもない。
 杉浦碧はつまり、作戦前に我々の団結力を補いたいと、そう言いたいのであろう。その手段が野球とな!
 ベェ~スボォ~ルで我輩に挑もうなどとは笑止千万! 鍛え抜かれた筋肉が思わず唸りを上げてしまうのである!
 なにせ我輩は昔、『夏だ!目指せ甲子園!ブラックロッジ大野球大会』でアンチ・クロスの面々を抑えてのMVPに――」

 いつもの調子に戻ったウェストの戯言は適当に聞き逃し、しかし彼の考えは的を射ていると、玲二は分析する。
 明日の作戦は、組織同志の抗争――いや、戦争にも等しい大舞台となるであろう。
 勝利の鍵を握るのは、各々の戦闘能力よりも作戦の質、そして実行にあたる者たちの連携だ。
 玲二などはこの朝食会の場においても桂から露骨な嫌悪感を注がれているし、それが本番であだとなるのは笑えない。
 たしかに、鍛えられるなら鍛えておきたい部分ではある。が、かといって野球でどうこうできるものとも思えなかった。

「まあ、ドクターの野球にかける情熱は置いておくとして、効果があるかはちょっと疑問だよね。
 チームワークを養うんだったら、スポーツは最適と言えるだろうけど……ああ、僕は楽しいからアリだと思うよ」

 碧の提案に肯定的な意見を出したのは、那岐だった。
 けらけらと笑いながら賛成する彼の様子を見ていると、どこまでが本気なのか読めない。
 何度か釘は刺してきただけに、そのあたりの懸念を無策で放っておくことはないと思うが、玲二としてはどうにも不安が拭えなかった。

「うんうん。さすがは那岐くん、風華学園の教えは根付いているのだねぇ。で、他のみんなはどう?」

 那岐の意見に気を良くし、他の皆にも同調を求めるが、反応は芳しくない。
 誰もが、うーん、と唸ったり渋い顔を浮かべたりするばかりで、碧としてもおもしろい眺めではなかっただろう。
 そんな彼女だったが、仕方がない、とひとつぼやき、諦めることなく最終手段を口にする。

「んじゃあ、こういうのはどうかな……『負けたチームの人は、勝ったチームの人の言うことをなんでも聞かなければならない』」

 碧のふとした発言が、

「乗ったわ」
「乗るしかありませんね」
「妙案という他なかろう」
「ぜひやりましょう」
「やるべきだな」
「右に同じく、であ~る」

 複数名の人間にスイッチを入れることとなった。
 立て続けに賛成の意を示したのは、順にファル、トーニャ、アル、美希、なつき、ウェストの六人である。
 全員が全員、なにやら黒い笑みを纏っているような気がしてならなかったが、あえて口は挟まないでおく。
 このような典型的な口約束はかえってグループの調和を乱しかねないのだが、玲二ひとりでこの六人に対抗するのは骨が折れるというものだ。

「七名が賛成。杉浦先生と、そして私を入れれば九名が野球をすることに異議なしと。では、今日の予定は決まりね」
「って、九条さんも野球に賛成なんスか?」

 人数を数えて話を進行させようとする九条むつみに、大十字九郎が驚きつつも尋ねた。
 九条むつみといえば――アルや那岐のような規格外の存在を除けば――十八人の中でも最も良識的な年長者である。
 その九条が碧の突拍子もない案に同調するというのは、九郎だけでなく、玲二としても少し意外だった。

「もちろんです。なにも一日中野球に費やすというわけではないし、士気を高めるにもちょうどいいイベントだと思うわ」
「そーそー。これからみんなででっかいことやろうってんだからさ、今のうちから意志の統一をですね」

 強力な味方を得たことでさらに気を良くした碧は、そのまま他の九人も丸め込もうとする。
 九郎などはそれでも微妙な表情を浮かべていたが、強く反論しようとはしない。
 賛成派に躍り出たアルが、さらに話を進めようとして口を開く。

「野球をするのは構わぬが、場所はどうするつもりだ? それなりの広さが必要だと思うが」
「あっ、野球場なら私、行ったことありますよ。たしか教会の近くでした」
「あそこならうってつけだけどよ、こっから移動するとなるとさすがに厳しいんじゃねぇか?」

 記憶の中の地図を検索し、そういえば北西のエリアにそれらしき施設があったな、と玲二は思い出す。
 やよいとプッチャンは実際にそこを訪れたらしいが、今となっては気軽に移動できる距離でもなく、また禁止区域の問題もある。
 どこか別の場所をあたったほうが懸命だろうと誰もが捉える中で、碧がふふんと鼻を鳴らした。

「それなんだがねぇ、実は既に見つけているのだよ。このホテルのすぐ近く、地図でいうと隣のエリアだったかな?」

 用意がいいことに、履いていたジーンズのポケットから会場の地図を取り出す碧。
 指し示した地区はG-7。玲二たちが滞在するホテルが建っているのはG-6なので、碧の言うとおりすぐ隣のエリアになる。

「ここに屋内スタジアムがあったんだよ。野球だけでなく、サッカーやらテニスやらなんにでも使えそうなだだっ広いやつ。
 まあ設備は本場の野球場には劣るかもしんないけど、別にプロのチームが試合するってわけでもないし、十分でしょ」

 場所の問題が解決したところで、今度は桂が質問する。

「野球道具は? これだけの大人数だけど、ちゃんと全員分揃ってるのかな?」
「ああ、それなら昨日のうちにカジノで仕入れといた。ユニフォームから応援メガホンまで、メダル1000枚のお買い得品でしたよ」

 本当に抜かりない性格だ、と玲二は軽く感嘆した。

「では、今日の予定は杉浦先生要望の野球大会ということで。朝食が済み次第、支度をして出かけましょうか」

 質問も打ち止めになったところで、食後のコーヒーを飲み終えた九条が閉める。
 見れば、他の面々もほとんど食事を終えているようだった。
 あとはこのまま、後片付けの流れに移行するだけだろう。

(野球か……)

 自身も飲みかけだった朝の一杯を啜り、遠い過去の記憶を掘り起こす。
 サイス=マスターやアインに出会う以前、吾妻玲二としての記憶を失うよりも前には、日本人として平和な日々を過ごす己がいた。
 テレビで日本球団の野球中継を見たことがあれば、お遊び程度で実際にプレーしたことだってある。
 興味はなくとも、日本人であるならそれなりに馴染みの深いスポーツだ。ルールくらいなら、今さら学ぶ必要もない。

(そんな日本人じみた真似をするのは、随分と久しぶりだがな)

 野球でなくとも、そもそもスポーツが縁遠い代物となっていた。
 ファントムとしての暮らしには、『殺し』しかなかったのだから。


 ・◆・◆・◆・


 食後の後片付けを済ませ、一同はG-7エリアに位置する屋内スタジアムへと移動した。
 外観は学校の体育館を思わせるもので、実際に中に入ってみると、野球場はもちろんとして、
 バスケットコートや競泳用プール、一汗かいた後のためのシャワー室まで揃っているという充実ぶりだった。
 屋内スタジアムというよりは規模の大きいレジャー施設といった様子で、その分野球場自体のスペースは手狭に感じられる。

「これくらいの広さだったら、伝説のバントホームランも不可能ではないかもしれませんねぇ」

 人工芝のグラウンドにスニーカーで足を踏み入れたのは、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナだった。
 碧がカジノの景品として手に入れた『野球対決フルセット&応援グッズ一式』にはスパイクシューズも含まれていたが、
 怪我をしたら危ないという理由で、全員が普通の運動靴を履くことを義務付けられた。
 身に纏うのは野球用のユニフォームで、背番号やチームのロゴはなく無地、デザイン性に乏しい、着ていても楽しくはない服だった。

 それが、プッチャンとダンセイニを除いて計十六人分。
 野球は二チームに分かれてやるものなのだから、せめて区別が出来るようなものを着るべきではないかとトーニャは思った。

「野球といえば青春の汗と泥臭さが似合うスポーツではありますし、そのあたりを気にしても仕方ありませんが」

 グラウンドには着替えを終えた全員が集合しており、皆トーニャと同じ白のユニフォームを身につけていた。
 クリスやファルは九郎から野球のルールを教わっている最中で、美希ややよいはさっそくバットで素振りをしている。
 九条やなつきはベンチ裏で碧主導のもと話し合いをしており、桂と柚明は微笑ましくもキャッチボールに励んでいた。
 那岐はひとり柔軟体操を始め、アルや玲二、ウェストの姿はまだ見えない。
 なんだかんだで、みんなやる気満々のようだった。

「まあ、ゲッコーステイトだって決戦前にサッカーしてましたしね」
「なにか言いましたか、トーニャさん?」
「いえいえ、ほんの戯言ですよ」

 いつの間にかそばにいた深優からグラブを受け取り、トーニャは「ああ本当に野球するんだな」と乾いた笑みを顔に宿した。

(とはいえ)

 グラブに納まるボールが軟球ではなくしっかり硬球なのを確認し、トーニャはベンチのほうを見やる。
 視線の先には、やたらとハイテンションな碧がいた。

(明日が明日、ではあるのですが……どうにも、浮かれすぎではありませんかねぇ。ええ、少し不自然なくらいに)

 硬球を深優のほうへ放り、投げ返されたボールをグラブでキャッチする。
 チラリ、とまたベンチ側を見ると、今度はなつきの肩を抱きながら小躍りする碧の姿が映った。

 現実を見失わないように再確認するが、明日は決戦の日なのである。
 考えたくはないが、ここで浮かれている誰かが命を落とすことになったとしても不思議ではない。
 それだけ重大な日を前にしての、碧のあの様子。なにかを内に秘めているような、危なっかしさがある。
 団結力の強化という名目で行われることとなった野球大会は、なぜ、野球でなければならなかったのだろうか。

(我ながら、しょーもない不安だとは思いますが。それも白球を追いかけ汗を流しているうちに見えてきますかね?)

 トーニャは釈然としない気持ちに襲われたたまま、深優の投げるボールを受け続けた。
 そして、

「ぜんいんしゅーごー!」

 ベンチから碧が、メガホンを使って散らばっていた皆を招集する。姿の見えなかったアル、玲二やウェストも、既に傍らにいた。
 トーニャと深優も練習を打ち切り、碧のもとへ駆け寄る。ベンチに全員が集まったところで、碧がこほん、と宣言を開始した。

「これよりチーム分けを発表します! ゲームは五回まで、コールドなんて野暮ったいものは気にするな!
 ボールとバットとグラブで勝利をもぎ取るのだぁーっ! ってなわけで、これがオーダーね。みんな確認して」

 オーバーアクションを添えつつ、九条らと決めていたのだろう、チーム分けの内容が記された紙を、皆の前に提示する。
 紙面にはこうあった。


____Aチーム____  VS  ____Bチーム____
九条むつみ クリス・ヴェルティン
トーニャ 深優・グリーア
羽藤柚明 吾妻玲二
羽藤桂 杉浦碧
山辺美希 玖我なつき
ファルシータ・フォーセット 大十字九郎
高槻やよい アル・アジフ
ドクター・ウェスト 那岐


 所属チームとポジション、そして打順を、各々が確認し終える。
 ふむふむ、とトーニャは自分が所属する《Aチーム》の面々を眺めながら、碧に問う。

「センターは抜きなんですね」
「さすがにプッチャンやダンセイニを守備要員にはできないからねー。八人でやるなら減らすのは外野でしょ。
 あ、ちなみにプッチャンは《Aチーム》で、ダンセイニは《Bチーム》に参加ね。応援するなり援護するなりも自由よ」
「ほほう……いいのかなぁ、そんなこと言っちまって?」
「てけり・り」

 パペット人形のプッチャン、軟体スライムのダンセイニが、それぞれ含みありげに了解する。

「で、《Aチーム》の人はこっちの赤いゼッケンを。《Bチーム》の人はこっちの黒いゼッケンを上から着て」

 言って碧は、各人に一番から八番までの番号が入ったゼッケンを配る。
 学校の体育の授業などでよく用いられる、体操着の上から着られる色分けされたユニフォームだった。
 よくもまあいろいろ調達しているものだ、トーニャは深く感心した。

「鬼道は使ってもいーの?」
「チャイルドはどうなんだ?」
「ありよありよ。でも、故意に相手を傷つけるような真似はレッドカード即退場だかんね」

 どう考えても反則だろう二つの異能すら認めてしまう碧だった。訊く那岐となつきもどうかとは思うが。
 鬼道やチャイルドがありなら人妖能力も当然ありだろう、とトーニャは口にはしないもののそう解釈する。

「守備位置の交代はどうなんですか?」
「そっちも自由よ。初回から変えてもらってもいいし。ただし、ピッチャーについては一個注意ね。
 投手を交代できるのは、一回の守りにつき一度きり。一度投手を経験した人は、また投手に戻ることはできない。オーケイ?」

 初心者込みのメンバーでやるならまあ妥当なルールか、とトーニャはこれに納得する。
 となると、この初回のオーダーにもなかしら意図があるのかもしれないが……それは実際にプレーしてみなければわからないだろう。
 なにせここにいる人間たちの運動神経や戦闘能力はともかくとして、野球経験など知りはしないのだから。

「んじゃ、チーム分けとルールの確認も済んだところで、ぼちぼち始めよっか。あと、黎人くんの放送が始まったらお昼休憩ね」
「主催者サマの放送も安くなったものですねぇ……ま、十七回も聞いてりゃ無理もないですが」

 時刻はお昼前である。
 軽く運動して、おなかを空かせて、ランチを美味しくいただきますか、とトーニャは郷に入っては郷に従うのだった。

「ではでは、スポーツマンシップに則りましてぇ……いざ尋常に、プレイボール!!」

 言いだしっぺである碧から、大音声による開戦宣言が為された。


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