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Happy-go-lucky (幸運) Ⅵ

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Happy-go-lucky (幸運) Ⅵ ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


吾妻玲二は一人地下駐車場に居た。
夜も更け人気の無いその場所に、ある意味最も相応しい存在、『亡霊』の名を持つ男。

彼は何処からか調達した大きめのシートの上に何丁もの銃を並べて、それを1つ1つ分解していた。
金属部品の目に見える劣化や、微細な粉塵の浸食など、銃の機能に致命的な欠損を齎す要素を1つ1つ確認していく。
そうやって問題が無いと確認した後は、慣れた手つきでそれを元の形に組みなおし、既に検査を終えた銃の側に並べる。
そうして、また次のを手に取り同じように分解、検査、整備していく。

元々殺し合わせる為に用意されたこれらの武器が、壊れている可能性は低いが、それでもゼロということは無い。
あるいは、中には最初からトラップとして用意された物があるかもしれない。
また、人為的な仕掛けは施されていなくても、偶発的に欠陥が存在している可能性もある。
そういう不確定要素の一つ一つを排除していくのが、職業殺人者のやり方。
安全の確認、などではない、自分の使用する武器の整備を自分で行なうのは、当然の義務だ。
それを怠って死ぬのなら、それは完全に自業自得というものである。

……とはいえ、それを彼の生徒達に期待するのは間違いではあろう。
少なくない時間を掛けて、分解整備の方法を教えたところで、用いる機会があるとも思えない。
というより、用いなければならない事態に陥っているとしたら、それは既に敗北に等しい状況だろう。
ならば、残り少ない時間は、少しでも戦闘能力、いや、生存能力の向上に当てた方がいい。
どうせこの殺し合いから生還したなら、彼女達は二度と銃を握る事も無いのだから。 

……まあ玲二自身と言う前例があるので絶対とは言えないが、そのような特殊な事態は想定するだけ無駄である。

そういう訳で、玲二は一人、こうして銃のメンテナンスを行なっているのだ。
数はかなり多いが、他の人間の手を借りる、という発想は無い。
元々、彼としては一人の方が気楽であるし、何より他の人間に来られても困る。
そもそも、彼の居る場所に積極的に来る人間など、

「玲二、夜食を持ってきました」
「…………そうか」

そういえば一人、居た。


「別に気を使って貰わなくても良かったんだがな」

隣に座り、銃のメンテナンスの手伝いをしている深優に、告げる。
深優の用意した食事に対して、そこに置いておいてくれ、
とそっけなく告げた玲二であったが、玲二の前にあった銃を目にした深優が手伝いを申し出、
玲二としても特に断る理由が無いので、こうして二人で整備をしている。

「いえ、玲二は大事な戦力ですし、食事はしっかり取って貰わないと困ります」
「腹が減れば適当に食事はするし、それにさっきお前が用意してくれたのがまだ……」

と、言いながらベンチの方を見た玲二であったが、そこにあるはずの、玲二が地下に来た時には確実に存在した筈のバスケットが、何故だか消失していた。

「…………」
「…………何ですか?」
「いや、何でも無い」
「そうですか、それでは手早く終わらせてしまいましょう」

思わず深優の顔を見てしまった玲二であったが、その表情に揺らぎが無いので質問を諦めた。
因みに深優はその無表情の下で、(覚えてくれていた……)と弁当の事を玲二が記憶して事に喜びを感じていたりした。


それはさておき、二人は黙々と作業を続ける。
言葉も少なく、交流らしい交流も無い。
だが、それは裏を返せば、ある種の信頼を含んでいる。

深優は、玲二の能力を疑っていないし、
玲二も、深優の能力は認めている。
故に、そこに多くの言葉は必要ない。

玲二は多くを語らないし、
深優も己からそれほど語る事は無い。
そして、二人とも、そんな状態を好ましいとも感じている。

最も、その理由は異なるのだが。

玲二は、不必要な交流を求めないからこそ、
深優は、己の内にある感情に迷い戸惑うからこそ、

お互いの望みは、殆ど正反対の方向に向かい、それ故に噛みあっている。

仲間が居た方が強い人間もいれば、弱くなる人間も居る。
ここにいる他の人間は典型的な前者ばかりで、玲二は言うまでもなく後者である。
もっとも、玲二も真の意味で後者、という訳ではない。
元々前者に属していながら、最も守りたいものを守れなかったからこその、後者なのだから。

「…………」

今更、憤りも沸いてこない。
自分自身の愚かさなど、呪いすぎた。
ただ、それでも一瞬、玲二の手が止まる。
それは、未だに悔恨を残しているということ、それを、喜ぶべき事か悲しむべきことか。

深優は、前者に属する人間だ。
最も守りたいものを、守れなかったからこその、前者。
守れなかった自分を悔やみ、それ故に守りたいものを守れるだけの力を欲した。
守れなかった自分を悔やんで、全てを捨て去った玲二とは、ある意味では真逆かもしれない。

「…………」

だからこそ、深優は思い悩む。
守れなかったことと引き換えに手にした力に、心によるものだから。



安らぐ、時間。

かつてのアリッサ様と共にいた時とは違う、安らぎ。
あるいは、この感情は憧れに近いものかもしれない。
それでいて、それとは明確に異なる感情。

(恋愛……)

私は、玲二に恋愛感情を抱いているのでしょうか……?

「恋愛」……「恋」および「愛」を総合した定義。
「恋」……「(男女の間で)好きで、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」
「愛」……「①損得ぬきで 相手につくそうとする気持ち」「②(男女の間で)好きで、たいせつに想う気持ち」

想う、事。
私は、確かに玲二を想っている、それは恐らくは疑いようのないこと。
けど、それが恋愛によるものなのか……それは、わかりません。

例えば、玖珂なつき。
例えば、クリス・ヴェルティン
例えば、アル・アジフ
例えば、大十字九郎

皆が皆、同じ文字で表されながら、異なる方法でそれを示す。
そして、そのどれもが、恋と、愛と称される。
そういう風に呼ばれる感情で、相手を想っている。
そう、想っている。

例えば、杉浦碧
例えば、羽藤桂
例えば、羽藤柚明。
例えば、九条むつみ

例えば、吾妻玲二。

「…………っ」

そう、皆が皆、譲れない想いを抱えている。

深優・グリーアが、アリッサ・シアーズの為の深優・グリーアであるように。
吾妻玲二が吾妻玲二であるという根幹。


決して、失ってはならないもの。
失うことのない、想い。
今も、そして、これからも。
吾妻玲二が、その胸の内に抱き続けるもの。

そう、そして、

だからこそ、吾妻玲二は決して、深優・グリーアの想いに応える事は無い。

「…………」

……けど、ならそれでもいい。

私は、多分そんな玲二の姿に引かれているのだから。

かつて、私と玲二は同類だと言った。
その言葉に、間違いは無い。
私は、玲二と同類。
似た部分を持つ玲二だからこそ、私は惹かれている。
だからこそ、玲二が、私に応えてくれることは無い。
それは、私がアリッサ様の事を忘れるのと同じ事なのだから。
事実として認識できているのだから。
そこに、異論の挟む余地などない。

(だから、それでいい)

今は、こうして側にいるだけで、いい。
叶わなくても、想い続けるのは自由だと、碧は言った。
決して叶わぬ想いとして、告げることなく、しまっておこう。
そうすれば、何一つ問題などなく、同じように接する事ができるのだから。

(そう、それで…………)


それで、いい


それで、


それで、


(それでいい、筈なのに……)

それで、割り切れるほど、簡単ではない。

それで納得できるのなら、そもそもこのような想いすら抱かない。

この胸に感じる小さな痛みは、誤魔化せるものでないのだから。

『叶わなくても、想う』

碧は、そう言った。
その想いは大切だと想えるから……想ってるのだと。
届かないと判っていて、それでも想い続けるのも、1つの形だと。

なんて、残酷な言葉なのだろう、とも思う。
なんて、強い心だとも、そうも思う。

叶うことなんてない。
届くことこともない。
それは、最初から判っていた事、それなのに。

けれど、もし叶うのならと、
そう、縋ってしまう事も、赦されないのだろうか。

……あるいは、口にしてしまえれば簡単なのかもしれない。
玲二が決して応えてくれない事は理解できている。
だから、悲しくても、苦しくても、そこで終わりにできるのだから。
決して叶わぬ想いと、痛みとともに己の内に納める事が出来そうだから。
けれど、

(嫌、です……)

それは、できない。

それを、したくない。

そんな風にして、終わりに出来る勇気は、私には無い。

僅かにすらない、存在しない希望であっても、そこに縋りたくなる。

その先に、私の絶望しか待っていないとしても。

諦めて、終わりにしたいなどと、どうして思えよう。

そんな風にするのなら、苦しみ続けたいと、そうとすら想える。

待ち続けても、この苦しみはどうにもならないのに。

痛みは、時とともにその傷跡を広げていくものなのに。

それでも、この痛みを捨て去りたいとは思えない。

痛みを知りながら、痛む事をやめられない。


(恋とは、心とは……苦しいものなのですね)


密やかに、天を仰ぐ。

なぜ、こんなに痛みを覚えなければならないのか、と。

どうして、このような痛みを齎す心を持たねばんらないのかと。

でも

心があるからこそ、私は私

深優・グリーアとして、ここにいる。

アリッサ様に出会えた。

今、こうして、玲二に惹かれている。

それは全て私のもの。

この迷いも、苦しみも、痛みも、

全て、私がアリッサ様に頂いた、心の産物なのだから。

だから、今は迷い続けよう。

それが、言い訳に過ぎないとしても、迷い続けよう。


……迷いは容易く人を殺すという。

Himeの力のおいて、心はどんなものよりも大事。

だから、今最も大事なのは、私の心に結論を付けること。

でも、そんな事は出来ない。

自分の気持を偽ってまで、結論なんて、出したくない。

だから、この気持ちを持ち続けよう。

それが例え、皆に対する裏切りであるとしても。

アリッサ様に対する、侮辱になろうとも。

それでも、捨て去りたくないのだから。

捨て去ってしもうことなんて、出来ないものだから。

それで捨て去れる程度のものなら、こんな事を考えもしないのだから。

だから、今はこのまま、この身を刺す安らぎに、身を任せていよう。


 ・◆・◆・◆・


 星詠みの舞、四日目。来るべき決戦に備えての特訓と、物資調達のためのギャンブルは一通り完了した。
 とはいえ、一日でできることなどたかが知れている。
 戦力の増強を狙った訓練はそのほとんどが付け焼刃に終わり、目に見えた成果があったかどうかは定かではない。
 カジノで獲得できたメダルの枚数も、最終目標であるロケットの額には遠く及ばないだろう。
 しかし、無意味ではない。地道ではあるが、堅実で確実な一歩が、今日という日に意味を齎す。

「どぅわーっはっはっはっは! ドォクタァァ――――ッ! ウェェェストッッ!!」

 夜も更け、多くの人間がホテルの自室へと体を休めに戻った頃。
 地下のカジノは未だに照明が点ったままで、さらには、その場で呵呵大笑する男の姿もあった。
 ギュィィィン、ギュギュギュイィ――――ン、とギターを掻き鳴らすのは、天才科学者ドクター・ウェストである。
 彼は今、他よりもスペースが大きく取られた景品交換機の前で、一人喧しく演奏会など開いていた。

「う~んむ。この懐かしくも手に馴染む感触。ギー太に首ったけとはまさにこのこと!
 おお、これこそは――六弦式生命電気発生機『がんばれオルゴン』であ~~る!」

 掻き鳴らす音色はまさしく、しかしその実態はギターの形を取っているだけであって、正体は楽器ではない。
 ウェストが持つそれに、ギターの共鳴装置となる中空の胴体は存在しない。
 板状のボディからは電気コードが伸びており、箱状の増幅器に繋がっている。
 これは、ギター型の生命電気発生器。
 かつて人造人間エルザに命を吹き込んだ際に用いた発明品が、彼の手元に戻っていた。

「生命の真髄! それはすべて、律動(リズム)と脈動(パルス)で説明できるのであ~る。
 生命エネルギーを電気化学的に創出することなど、我輩が四千年前に通過した道に他ならない!
 目覚めよ悪の戦闘員! 鼓動(ビート)を刻んで魂(ソウル)を燃やせ! さあ、レッツ・プレイ!」

 ギュイ――――ン、ギュワァ――――ン、ギュイギュギュッ、ギュギュグィィ――――ン!
 ロックに生きる天才科学者、ドクター・ウェストの演奏は、そのままライブハウスに繰り出しても通用するほどの音だった。
 しかし悲しいがな、彼は観客のために演奏したりなどしない。演奏は彼なりの美学であるものの、奉仕行為にはなりえないのだ。

「ええい、我輩がこれだけ情熱を注いでいるというに、その箱から這い出ることもできないとは、嘆かわしいッ!
 と、些か不満ではあるが、ここはルールに則り、正攻法でおまえたちを目覚めさせてやるのである。ほれ、ちゃりん」

 ひとしきりギターを掻き鳴らした後、ウェストは景品交換機にこれまで稼いだメダルを投入していった。
 景品交換の手順はいたってシンプルだ。目的の景品のパネルをタッチし、それに応じたメダルを投入するだけ。
 そのような原始的な方法を取ってなるものか――と訳のわからない意地を張ったウェストは、
 先に獲得しておいたギターを使って中の『住人』たちを呼び起こそうとしたのだが、失敗に終わった。

「さぁ、おいでませ。これまた懐かしきは、ブラックロッジ戦闘員のみなっすわぁ――――ん!」

 なので、こうやってメダルを投入し、一体ずつ出てきたそれらをギターで起動し、計三体を直立不動の姿勢で並べる。
 漆黒のスーツを纏い、つばの広い帽子を被った、怪しげな覆面男たち。覆面の色はそれぞれ赤、黄、紫で分けられていた。
 彼らこそが、天才科学者ドクター・ウェストが生み出したる人造人間にして、ブラックロッジの下級戦闘員。
 深夜にアーカムシティの裏路地でもぶらつこうものなら、即座にマシンガンを照射してくる悪の破壊衝動。
 その名も――『ブラックロッジ戦闘員A』、『ブラックロッジ戦闘員B』、『ブラックロッジ戦闘員C』である。

「なに、ネーミングに個性がなく、どれがどれだか曖昧模糊でたまらないとな? これはこれは貴重なご意見。
 普段なら凡愚の戯言と一蹴してのける我輩であるが、今日は気分がよい。ので、視聴者のみんなからお便り募集!
 はがきに住所氏名年齢郵便番号、戦闘員さんのステキネーミングを書いて、ご覧のあて先に送ってほしいのであ~る」

 あて先はこの辺にテロップとして出るはず~、と自分の胸の前あたりを指差すウェスト。
 三体の戦闘員たちは、黙して主の奇行を眺め続ける。
 生命としては極めて下級な彼らに、エルザほどの人間性は備わっていなかった。

「ふっふっふ。我輩の功績もあり、だいぶ戦力が潤ってきたであるな。しかし足りない、まだ足りないのであるッ!
 当カジノにはまだまだ魅力的な素材が残っているからして、それらをメダルが許す限りネコソギ搾取虎の巻であ~る。
 我輩の天才的センサーによるところ、次に獲得すべきは破壊ロボのためのパーツと見る。この乖離剣なる品など――」

 時計の針が指し示す数字など、まるで意に関さない。天才科学者とは、昼夜問わず活動する生物なのだ。
 そして、夜のカジノにはそんな天才科学者の馬鹿騒ぎを窺う視線が、三つだけ残されている。
 九郎、アル、ダンセイニ。ドクター・ウェストという人間を、よく知って『しまっている』、腐れ縁の関係者だ。

「なぁ、アル。あいつ、あんなガンガンにメダル使ってるが……いいのか?」
「必要なものは既に確保しておるからな、問題ない」
「てけり・り」

 高密度の一日を過ごした九郎はどこか脱力気味で、アルもウェストのほうを見やりながら、ため息をついていた。

「……どうせ事が終われば、ロケットを獲得するためにまた一からメダルを稼がねばなるまいしな」

 と、アルが心底気疲れした様子で付け加える。
 ロケットでの会場脱出。
 計画を実現させるための必須物資は、遥か天上の位置に据えられているのだ。

 必要メダル枚数999999999枚――景品目録No.120 超光速探査船『るーの宇宙船』。

 その膨大な設定額には誰もが言葉を失い、実際に一日を費やしても、メダルの合計枚数は九桁には届かなかった。
 理想どおりに一番地やシアーズを打倒した後、この会場から脱出するのであれば、この宇宙船が必要不可欠となる。
 長期戦は免れないだろう。目下の敵を滅ぼして得た猶予を使い、改めてメダルを増やすことを想定しなければならなかった。
 捉えようによっては神崎よりも厄介な相手が、アルの頭を悩ませる。

「すべてが終わったら……か。もうすぐ、なんだよな」
「うむ。禁止区域の数も着々と増えている現状、リミットは翌々日といったところであろうな」
「てけり・り」

 経過した時は九十六時間。指定された禁止区域の数は三十二。安全圏の数も残り三十二。
 参加者たちの首には未だ爆弾が嵌められたままであり、禁止区域には一歩も踏み込めない。
 なにもせずとも、八日目を迎えれば破滅が訪れる。安穏は、永遠には続かないのだ。

 主催本拠地への突入ルート、封鎖された区域、残り時間、諸々を計算した結果――決戦は六日目。
 もうすぐ日付が変わろうとしている、今日が四日目。つまり、決戦の準備期間は残り一日となる。

「明日のスケジュールはどうなるんだ? また特訓か?」
「それなんだが……いや、その前に」

 質問を投げる九郎を制し、アルが体を反転させる。
 そのまま歩をカジノの出口へと向け、進み出した。

「語らいならば、あやつのいない静かな場所こそが望ましいであろうよ」

 疲れ気味に、アルは追って来る九郎とダンセイニに言った。
 彼女らの背後では、ドクター・ウェストが景品交換機を相手に延々と独り言を轟かせている。
 傍らには、メダルと交換したのだろう怪しげな物品が散乱していた。


 ・◆・◆・◆・


 階段を上がり、正面玄関を潜って、ホテルの外へと出る。
 月下。昨日と同じく満天の星空が、アルと九郎の身を照らす。
 この眺めを味わう機会も、あと一日限りとなるかもしれない。
 そんな柄にもない憂いが、二人の胸中に蟠っていた。

「明日の予定だがな、各自の自由だ。さらに研鑽を重ねるでもよし、カジノで物資を再調達するでもよし、
 翌日の決戦に備え体を休めるもよし……現世に悔いを残さぬよう、清算の時間にあてるもよし、だ」

 アルの纏う空気は、重い。パートナーを務める九郎が、思わず息を呑んでしまうほどに。

「遺書でも用意しておけ、ってか? なんだからしくねぇな、アル」
「らしくない、ということはなかろう。妾は幾千年の時を生きた魔導書ぞ? そう楽観的にはなれぬさ」
「てけり・り……」

 マスターを変え、時代を巡り、アル・アジフは長い人生の中、ありとあらゆる『戦』に携わってきた。
 それらの経験を手にとって見ても、今回の戦は異質。どのような結末を迎えるかは、予想だにできない。
 年の功というわけではないが、年長者として行く末を憂うのは当然というもの。そのときが近づくにつれ、不安は増す。

「カジノの景品にデモンベインでもあればよかったのだがな。形式的な武装と作戦で、未知の敵にどれほど太刀打ちできるものか……」

 アルの呟きは暗く、拾うのが苦になるほどに淀んでいた。
 隣の九郎といえば、それほど深刻な表情は浮かべていない。
 アルの憂いになどまるで共感できていないのか、頭をぼりぼりと掻き毟る始末だった。

「……あー、でも、ま」

 その九郎が、ふと頭にやっていた手を、自身の胸元と同じくらいの高さにある、少女の頭部へとやる。

「心配したって、しゃーねーじゃん!」

 と快活に言って、九郎はアルの頭は思い切り撫で回した。
 いや、撫で回したというよりは、掻き回したというほうが適切だろう。
 あまりの豪快さにアルの紫色の髪が乱れ、本人も猫のような呻きを上げる。

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにをするかーっ!」

 当然のごとく、顔を真っ赤にして怒りをぶつけるアルだったが、

「あはははは。俺に言わせりゃ、やっぱアルはそっちのほうがらしいぜ?」

 受け手の九郎は笑って流し、乱れた髪を整えるように、アルの頭の上にまた手を置いた。

「なるようになれ、さ。言っとくが、こいつは楽観じゃねぇぜ。信じろってことだ。
 俺とおまえならやれる。〝俺たち〟と〝みんな〟ならやってやれねぇこともねぇ」

 そう言って、今度は優しく丁寧に、頭の中の心配事を拭き取るようにして撫でる。
 アルはその行為を、怒鳴らなかった。怒りはスッと消え、表情にも余裕が戻り始めた。
 頭を撫でられる。ただそれだけのことなのに、胸の奥底で安心感が根付くような、そんな気がした。

「昨日は俺のほうが元気付けられちまったからな。パートナー同士、持ちつ持たれつってやつさ」
「てけり・り」

 わざとらしいくらいに歯を輝かせて、九郎が右手の親指を立てる。
 足下では、ダンセイニが己の存在を主張せんとばかりに軟体を広げていた。

「ふ、ふん! ようやっと自覚が出てきたようだな! それでこそ妾のマスターよ!」

 なにか喋らなければ、と考え自然と出た言葉が、それだった。
 発言の後、顔が赤面したかのような感覚を覚えたが、鏡がないので確かめるすべはない、

 普段どおり。今はまだ、普段どおりの『まま』でいい。
 信頼とは積み重ねだ。アルと九郎の関係で言えば、それはもう十分なほどに蓄積されている。
 なればこそ、遠慮はいらない。不安もいらない。安心はあたりまえのもの。顔がにやけてしまったって、構いやしない。

「おーおー。それでこそ、最強の魔導書アル・アジフ様でごぜーますことで。俺としても一安心だよ」
「汝のような若輩者が、妾を気遣おうなど千年早いわ! ええい、そろそろ部屋に戻るぞ!」
「へいへい。かしこまりましたですよ、相棒」

 位置取りは隣同士に、歩幅は大きいほうが小さいほうに合わせて。
 裏路地で出会ったあの頃から変わらず、運命の行き着く先まで、二人で。
 付かず離れずの距離感を保ちながら、貧乏探偵と魔導書は、お互いというものを再認識するのだった。

「てけり・り♪」


 ――そして。


 九郎が、アルが、ダンセイニが、月下を離れホテルへと帰っていく。
 カジノで馬鹿騒ぎを続けているドクター・ウェストも、いずれは床につく。
 既に自室に戻っている者たちもまた、休息を得るための眠りへと誘われるだろう。


 そうして、夜が訪れる。


 長い、長い、夜が――しかし、


 ・◆・◆・◆・


「――なんだかんだで、彼女もやっぱり乙女だよねぇ。初々しくて可愛らしいったらないや」

アルと九郎。それとダンセイニが星を見上げていたすぐ傍ら。風除けの木の上から那岐はそう一人ごち、寝所に帰る彼らを見送った。
そして頭上に被る枝葉の隙間から同じように星空を見上げ、ひとつ納得するとふわりと地面の上へと飛び降りる。
戻った彼らは追わず、夜風に当たりながらホテルの外周をぐるりと回り、次の場所へと歩いてゆく。


「君の想いはとてもわかりやすい。君が銃口から放つ弾丸のように愚かでいて、正確で、獰猛だ」

地下駐車場へと降りてきた那岐は壁に描かれたマンターゲットと、そこに正確に撃ち込まれた弾丸を見て彼への評価を述べる。
冷たい壁に並べられた人の形を模したもの。そのどれもの脳天と心臓に亡霊の放った死の息吹が突き刺さっていた。
ファントムである吾妻玲二は、歴代の中でも最も冷酷で容赦のないHiMEになるかもしれないと、那岐は死者の列を見てそう思う。


「そして、君は一体僕に何を見せてくれるのかな?」

振り返り、那岐は真っ黒に漕げたコンクリートの地面を見て、ここにはいない守護天使を使役するHiMEに問いかけた。
人知の結晶として現代に生み出された人ならざるHiME。未だ不完全な存在ではあるが、すでに最強の片鱗はここにそれを窺わせている。
HiMEの力の源が想いだとするならば、最も純真な存在である彼女こそがその体現になるのではと、那岐の期待は大きい。


「おやおや、随分と楽しい時を過ごしたみたいだね。彼女達は」

駐車場を離れ、カジノに繋がる通路の上で那岐は二人中睦まじく歩く桂と柚明の姿を見つけた。
今の今までカジノに入り浸っていたのだろうか、柚明も桂も抱えたかごをぬいぐるみでいっぱいにして満面の笑みを浮かべている。
その顔に以前の様な影はもう射していない。罪過は失われないが、彼女達はそれを受け入れ、前に進む道を見出したのだ。


「ハイホー、ハイホー、仕事が好き――っと、相変わらず必要以上に精が出るねドクターは」

那岐は階段を上がり、今やこの世の混沌の極みを目指さんとすることろになった元ロビーであるところのドクター・ウェストの研究室を横切る。
そこでは、博士の掻き鳴らすエレキギターの音色に従う三体の戦闘員が、労働基準法などなんのそのといった感じで重労働へと従事していた。
何をしているのか、何を考えているのかなんてわかりっこないが、まぁ彼だけはいつでも大丈夫だろうと那岐はそこを通り過ぎてゆく。


「ふーん、髪を下ろしていると別人みたいだねぇ。これから夜の散歩?」

エレベータホールまで進んだ那岐は、そこに丁度降りてきた碧とばったりと出くわした。
湯上りなのだろうか、いつもポニーテイルにしている髪を下ろしている姿は、これなら17歳も通じるかもと思うぐらいには新鮮な印象があった。
懐中電灯を持参となれば夜道に出るのだろうが、しかし彼女ならばエスコートの必要はなしと、少し言葉を交わしてエレベータに乗り込む。


「おっと、仕事熱心な人がここにもいたか」

会議室の前を通りかかり那岐はそこから声が漏れていることに気づく。声の主はどうやら九条とトーニャらしい。
来る決戦の日も間近、今日一日を通じて味方側の戦力が測れたこともあっておそらくは作戦の最終的な調整をしているのだろう。
九条は元より、トーニャも随分と裏側で働いていてくれる。褒めればまたツンデレるのだろうと、心の中だけで謝辞を送り那岐はその場を後にした。


「女の子が五人寄れば『女子極上(ぱやぱや)』なりやと……、けど彼女達ならば三人でも十分だよねぇ」

やよいとファルと美希。それとプッチャンが寝息を立てている部屋の前を過ぎ、那岐はいつかを思い出しゆるゆると首を振った。
彼女達三人。共通するところがあるとするならば、それは愛らしい魅力を持っていることと、それぞれにマイペースなところであろう。
先日より足が止まっていた子もいるが、しかし残りの二人に支えられ今はまた己のペースを取り戻している。
非力な彼女達ではあるが、きっと三人四脚+αでこの先の難関も乗り越えるだろうと、期待して、那岐は扉の前を離れた。


「今日は物静かだね。さすがに二人ともお疲れ様なのかな?」

廊下をそのまま進み、またひとつの扉の前で那岐は足を止める。
耳を澄ましても、クリスの弾くフォルテールの音も、なつきの放つ銃声も、また別のなにかしらの音も部屋の外へは漏れ聞こえてはこない。
随分と浮き足立っていた二人だが、ようやく落ち着いたかとまるで自分の子供のことかのように那岐はほっと息をついた。



『――これより、十六回目となる放送を行う。
 新しい禁止エリアは、2時より”G-3”。4時より”H-6”となる。以上だ――……』



「君は相変わらずだねぇ。君ほど生真面目に儀式と運命に立ち向かっていた者が今までいたかどうか……」

屋上へと上がった那岐は昨晩と同じく、しかし一人で日付を跨ぐと同時に流れる神埼の放送を聞いていた。
月の脇に妖しく輝く媛星を見つめ、顎を降ろし、夜の風景のその先の先。この島の中央に聳える山のその奥底へと視線を向ける。
その山は頂上に広い湖を湛える典型的なカルデラであるが、その地下のマグマが流れ去った空洞こそが彼ら主催者達の本拠地なのである。

神崎黎人。……”悪いこと”を考えているね。
 さすがだと、星詠みの舞を見守る者として黒曜の君たる君に僕は敬意を表せざるをえないや。」

今は那岐に率いられる急造のHiME達がこの数日で準備を整えてきたように、神崎率いる主催側の組織もそうであったと那岐は感じ取った。
彼らが先手を取れなかったのは九条の仕業であるが、しかしその後も手を打ってこなかったのは神崎自身の判断であるに違いない。
それは、彼らの待ち構える穴倉から微かに漏れる気配だけとっても理解することができる。神崎黎人は罠を張り、顎を広げ待ち構えているのだと。

「そして、アリッサちゃんかな。この不穏な気配は?
 媛星の力を侮るなかれ。やんちゃが過ぎればおいたが待っているよと言いたい所だけど、でも君は聞いちゃくれないんだろうなぁ」

敵は神崎黎人と一番地だけではない。偽者のアリッサを頂くシアーズ財団もまたHiME達が立ち向かわなくてはならない敵だ。
だが、敵の敵が味方だとか、敵の味方が味方だとは違い、彼女達は”何もかも”の敵だという忌まわしく嫌らしく油断ならない毒蛇の様な存在。
那岐はそこに一番地とは違う不穏な匂いを感じ取る。正しく言うならば、あれは敵ではなく害だ。決して巻き込まれまいと用心する必要があるだろう。

「敵は強大。
 けど。急ごしらえと言っても、こちらは未だかつてない愛しきHiMEの軍団。邪まな欲望に、想いの力は負けないってところを見せてみるさ」

夜闇の中に黒く浮かび上がる影を見つめる那岐の顔に恐れの表情はない。
相手側が十分な準備を整えているように、こちらもまたそれが完了しているという自信があるからだ。
それは武器や道具。訓練などがという意味ではなく、18人のそれぞれが戦いの時を前に自身の力によりHiMEの覚悟を見出したということ。

「僕の仕事は”HiMEを選び”、”HiMEを覚醒させる”こと。この戦いがHiMEによる星詠みの舞の延長上にあるとするならば――」



――勝利すべき運命を持つのはこちら側だと。那岐は幸運と幸福を象徴する塔の頂上で不敵な笑みを浮かべる。




 ・◆・◆・◆・



 ……

 …………

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 夜は更け、人は寝静まり、賭博場は静謐な空間へと雰囲気を変える。
 銀玉が釘に弾かれる音も、カードがシャッフルされる音も、ワゴンが床を滑る音も、なにもない。
 ただ、明かりだけが点っていた。しかしそれはカジノの天井に設置された照明ではなく、懐中電灯の明かりだった。
 人工的な光が照らすのは、並び立つ機械の中でも一際背の高い、五百個のパネルが羅列された景品交換機である。
 懐中電灯の持ち主は交換機の前に立ち、口元だけで笑んだ。獲物を前に舌なめずりするような、不気味な笑みだった。

「監視カメラはすべて潰し、建物には結界まで張って、スパイの対処も磐石……と、はたして本当にそうかな?」

 ――〝人影〟が、誰にでもなく呟く。

「この機械は、言わば『宝物庫』だ。戦争を勝ち抜くにしても、神を殺すにしても、人はこの箱の中の物に縋るしかない」

 聞き手不在の賭博場で、その人影は音吐朗々と語っていく。
 暗闇に溶け込み、光る瞳を宝物庫と称す機械に傾けながら。

「ああ、だが誰も知りはすまい。この私が、こんな夜更けに宝物庫の扉を開けようなどとは――」

 人影の行動を見張る者など、誰一人として存在しない。
 誰にも束縛されず、誰にも警戒されず、人影は己が目的を果たさんと手を伸ばす。
 交換機の投入口に、一個、また一個と……戦乙女の刻印が彫られた銀のメダルを入れていく。

 これが、宝物庫の鍵代わりだ。まだ日が出ていた頃に、ホテルの滞在者たちが稼いだ――その一部。
 セキュリティは完璧。盗難などありうるはずがない。そういった安心感を蹴っ飛ばし、豪放にこれを使う。
 明日の朝、はたして滞在者たちは、目減りしたメダルを見てなにを叫ぶだろうか。
 なに、大事の前の小事よ――と、人影はさらにメダルをつぎ込んでいった。

 投入したメダルの数が規定値に達したところで、交換機から景品が落ちてくる。
 人影はニヤリと口元を湾曲させ、それを手中に収めた。

「これだ。これこそが、我の欲したもの。ククク……明日、明日だ。明日に、これらの真価が試される!」

 何者に気取られることもなく目的のものを手に入れた人影が、笑う。
 人気のないカジノ全体に、歓喜からくる哄笑を撒き散らす。
 その馬鹿笑いを耳にする者は、やはりおらず――。

「フッフッフッ…………フハハハハハハハハハハハハハハァ~!」

 声は延々と響き続け、そしてやがて、夜が明ける。
 異変は既に始まっていた。就寝中の者は、それに気づけないでいる。
 起床した後、彼ら、彼女らが、人影の齎す異変に対応できるかは、知れない。


 決戦当日までの猶予も残りわずか、一日。貴重とも言えるその時間は、破天荒に見舞われる――……




【ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第五番 「Little Busters!”M@STER VERSION” (突破)」】 へと、つづく――……


Happy-go-lucky (幸運) Ⅴ <前 後> Little Busters!”M@STER VERSION” (突破) 1



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