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驕れる千鶴

最終更新:2019年12月15日 21:17

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驕れる千鶴
山本周五郎


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)梅香《うめか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)主|阿部豊前守正固《あべぶぜんおかみまさかた》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]


[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

「御覧あそばせ、孔雀夫人が尾羽根をいっぱいにひろげてお通りですわ」
「まあ本当、大層な御威勢ですこと」
 針をふくんだ声音である。
「孔雀夫人って、それ誰のこと?」
「いま向うの橋を渡っているお方、あなた御存じないの? 梅香《うめか》さま」
「あら、あれは千鶴《ちづる》さまではありませんか」
 備後国福山城の奥庭にある古稀園は、いま菖蒲の花盛りである。――毎年五月二日には、藩主|阿部豊前守正固《あべぶぜんおかみまさかた》が泉殿で宴を催し、また目見得《めみえ》以上の家臣たちには、奥と表との差別を除いて見物を許すのが例であった。
 日頃きびしく隔絶されている城中の男女が、この日だけは公然と相見ることができるので、その賑いは極めて華かなものであった。着飾った女中たちは菖蒲の花と妍《けん》を競いながら、風情なまめかしく逍遙し、若侍たちもまた心ときめくさまに、その群を縫って右往左往する。――聞けがしの嬌笑や、羞《はじら》いの眸や、思わせぶりな囁きや、それとなき秋波《ながしめ》が、行交う若人たちのあいだに陽炎の如くゆれあがるかに見える。
 泉池の中の島に三人、もういずれも二十四五と思われる女中のひと組がいて、いま向うの八橋を渡ってゆく美しい婦人を妬ましげに見やりながら蔭口をしていた。
「千鶴さまだなんて、――」
 唇の薄い、少し眼の吊上った一人が皮肉な調子で云った。
「そんなに気安く云っては失礼ですよ、以前は朋輩でも今は御家老の御内室さまでございますからね」
「まあ、ではあの噂は本当でしたの?」
「本当ですとも、あなたがお宿下りのあいだに虫明三右衛門《むしあきさんえもん》さまへお輿入れをしてからもう半月になりますわ」
「わたくしには分りませんわ、千鶴さまともある方が、あんな御老人と……」
「御老人でもお禄高は二千石、筆頭家老という御身分ですもの、竹の柱に茅の屋根、手鍋さげてもなどという心意気は昔流ですって」
「当節は身分とお金さえあれば、お年寄でも蹇《あしなえ》でもお構いなしですって」
「まあ呆れた、千鶴さまってそんな方でしたの」
 噂の主は橋を渡りきった。
 肌の色の冴えた、肉付の緊った痩形の体つきである、少し険はあるが表情の多い眼許だ、話をするとき唇をきゅっと左へひき緊める癖が、あざやかな魅力でもあり、またどうかすると驕慢な印象を与える、……恐らく向うの女中たちの蔭口を耳にしているのであろうが、澄んだ眸子《ひとみ》を正しくあげ、小扇を額にかざして寛やかに歩を運ぶ姿は、どこかに驕れる孔雀という感をもっていた。
 橋を渡りきったところで、四五人づれの若侍たちに会った。
「棘のある花はなんとか云ったな」
 またしても誹謗の声である。
「緋牡丹の値を高く売る無風流」
「黄白に富んだ翁の花いじり――か」
「外面如菩薩、内心二千石」
 明らさまな嘲笑のなかを、千鶴はやはり悠々と臆した様子もなく通過ぎてゆく。
 驕れる孔雀。
 人々のこの憎しみはなにゆえであろう。
 千鶴は孤児である。家は阿部家譜代の年寄格であったが、千鶴が十二歳のとき父|鹿島太郎左衛門《かしまたろうざえもん》が死し、養子を定めぬうちに母も亡くなったので自然と家名は絶えてしまった。それ以来ずっと、先君|伊予守正右《いよのかみまさすけ》の側室だった恵光院《えこういん》の侍女として育ってきたのである。
 すぐれた美貌と、利発できかぬ気の千鶴は恵光院の寵を一身に集めていた。
 ――いまに良き婿を選んで、鹿島の家名を再興してやろうぞ。
 折にふれてはそう云われていたし、事実また年頃になると、恵光院はひそかに婿選びをしていたのである。
 そのあいだにも千鶴の才色は福山城きっての評判となり、しかるべき家柄の求婚者も三五にとどまらず、なかには僅な機会をねらって付文をしたり、うちつけに言寄ったりする者もあったが、彼女はどれにも相手にならず、超然として二十四歳という年を迎えてしまった。
 ――お綺麗だから望みが高いのね。
 ――とてもお偉いんだわ。
 ――福山の赫夜姫《かぐやひめ》、というおつもりよ。
 そういう女中たちの噂は嫉妬であったろう。
 ――心驕っているのだ。
 ――人を人とも思わぬ眼だ。
 ――才色に慢じているのだ。
 そういう若侍たちの言葉は手の届かぬ花を憎む心である。……人々は千鶴が、高慢と共白髪で終るつもりだろうと噂した。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 しかしその予想は裏切られた。
 その年の春のはじめ、恵光院がふと問糺《といただ》すようにして、本当に独身《ひとりみ》を通す気なのかと訊いたとき、千鶴は初めて心を決めた如く、
 ――実は嫁に参りとうございます。
 と答えた、嫁ぎたい相手は国家老虫明三右衛門であるという。
 三右衛門は早く妻に死なれ、子供もない鰥夫《やもめ》でもう五十七歳の老人であった。……一城の才色と謳われた千鶴が、自ら望んで嫁したいというには余りに意外な相手である、恵光院はなにか訳があるのかと繰返して訊いたが、千鶴は静かに微笑して、
「――筆頭のお国家老ではあり、家柄にも申分がなければ、良人《おっと》として恥かしくないように存じますので」
 と云うばかりだった。
 恵光院のお声懸りで談《はなし》は障りなく纒った。そして四月中旬の吉日を選んで千鶴は虫明家へ嫁いだのである、――女中たちは元より、かつて求婚した者、また想を通わせていた若者たちは、この結果を知って唖然とした。
 ――そうだったのか、あの娘には恋も情も必要ではなかったのだ、二千石の食禄と筆頭家老の栄職、つまりあの娘の欲しかったのはそれだったのだ、栄耀栄華だったのだ。
 人々は初めて千鶴の本心を見たと思った。
 驕れる孔雀。
 悪評が如何に根強くひろがっているかは、前章に記した通りである。
 無遠慮な嘲笑のなかを、千鶴は眼も動かさず通っていく、――八橋を渡ると間もなく径は小松林の丘を登る。その丘の彼方に泉殿があるのだ、主君正固の宴には恵光院も臨席しているので、彼女はそこへ挨拶に出ようとしているのだった。
 径が小松林の中ほどへさしかかった時、
「――千鶴どの、しばらく」
 と声をかけながら、右手の松林のなかから一人の若侍が出てきた。
 松の木蔭伝いに、そこまで跟《つ》けてきたのであろう。色白の神経質な顔が、思い詰めた心のうちを語るかのように痙攣《ひきつ》っている、――振向いた千鶴は、それが小姓組の中村真之助《なかむらしんのすけ》という若者であるのを認めた。
 かつて、最も熱心に恋心を通わせた青年たちの一人である。
「お驚きにならなくともよろしい、決して無躾なことはいたしませんから」
「別に驚きはいたしません」
 千鶴は冷やかに笑った。
「なにか御用でございますか」
「お輿入れのお祝いを申上げようと思ったのです、国家老の御内室になられてさぞ御満足なことでしょう。貴女がそういう人だということも知らず、心のありたけを燃した拙者などは実に馬鹿げた道化者でした、貴女にもさぞ笑止なことだったでしょうな」
「わたくしそれほど貴方を存じあげておりませんでしたけれど」
「結構です、まるで見も知らぬと仰有《おっしゃ》らないのがせめてもの御好意だと思いましょう、貴女に想を通わせる者は数えきれぬほどあった、いや――この福山城の若者で貴女に想を懸けぬものはなかったと云うべきだ、けれどそんなことは貴女にとってなんの意味をもなさない、貴女に必要なのは富と名だった、恋も誠もない相手に、貴女はそのたぐいまれな才色を売ったのだ、二千石という富、筆頭家老の妻という名の代償として、貴女は自分を売ったのだ」
「それが祝いのお言葉ですか?」
 千鶴はきゅっと唇を左へひきしめながら遮って云った。――真之助は刺すように笑って、
「拙者は、貴女がおのれに恥ずべきだと申上げたかったのです」
「……御親切に――」
「貴女は富と名とを得られた、結構です、改めてお祝いを申上げさせてください、しかし――その富と名が、いつまで貴女の手にあるかどうかは自ら別だ」
 真之助の眼は憑《つ》かれたような、険しく歪んだ光を湛えて千鶴の眸をひたと覓《みつ》めた。
「千鶴どの、拙者の名は中村真之助と云います、もしお忘れになっていたらどうかよく覚えていてください」
「その必要がございましたら……」
「ありますとも、大いに必要があります、それも決して遠い先のことではないでしょう、――お引留めして失礼しました、お仕合せを切に祈ります」
 真之助は踵《きびす》をかえして逃げるように去っていった。
 ――千鶴は見返りもせず、泉殿の方へ静かに歩いていった。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 虫明三右衛門は若き妻千鶴の部屋で酒を飲んでいた。
 五十七歳にはなっていたが、三右衛門はまだ髪も艶々と黒く、皮膚のひき緊った、骨太の逞しい体つきをしている。殊に一文字の濃い眉と、力の籠った双の眼光には、福山十二万石の国老として、主君正固にも一目置かせるだけの威力を充分にもっていた。――また、青年の頃から剣を執っては家中屈指の腕があり、今でも起床百振りの木剣は欠かしたことがない。
「――もう一杯やらぬか」
「いいえもう、そんなに頂いては酔ってしまいますわ」
「恵光院様はお強いそうではないか、そのお相手をしていたのだから儂《わし》などでは歯痒《はがゆ》いくらいであろう」
「お強いのは旦那さまでございますわ」
 千鶴はやさしく睨みながら、
「まだ少しもお色に出ませぬもの」
「儂は昔から酔わぬ方だ。そう……酒を口にしはじめたのはずいぶん古いことだ、まだ前髪の時分であったろう、口にしはじめるとから今日までほとんど盃を手から離したことがないと云ってもよいほどだが、それでもかつて美味いと思ったことがないし、また酔ったということも覚えぬ」
「召上っておいしくございませんの?」
「苦いな、――世間の如く苦い」
 三右衛門の眼は笑うと子供のように邪気のない光を帯びてくる。
「だが、今宵の酒は美味いようだ」
「ようだ[#「ようだ」に傍点]でございますか?」
「――この部屋へも」
 三右衛門は千鶴の笑顔から眼を外らして部屋の内を見廻した。
「十なん年ぶりかで坐る、……索漠たる生活だった、二十九歳で国老職になって以来、儂の生活はまるで荷車を曳く牛のようなものであった、家居の温かさも覚えず、人情に溺れることも知らず、――苦い酒を無理に呑んで一時の疲れを紛らすだけが、張詰めた心をゆるめる唯一つの法でしかなかった。むろん……それが残念だとは思っていない、これからも荷車が曳けるあいだは牛になって通すつもりだ。しかしいま儂にはひとつの感慨がある」
「――――」
「それは、老職の家でなく平武士の家に生れてきていたらという気持だ」
 千鶴は黙って三右衛門の横顔を見ている。
「これまで一日も盃を離したことのない酒が苦く、いまこうして口にしながら初めて、酒が美味いとはこのようなものかと思う、――色彩《いろどり》美しい衣装と、香料の温く匂う妻の部屋に坐って、筋骨の凝のほぐれるのを恍惚と味う、……これは儂が五十七年のいまになって初めてめぐりあうことのできた仕合せだ」
「でも、平武士にお生れなさいましたら、必ずそれができていたでございましょうか」
「すくなくとも」
 三右衛門の眼は寂しげな光を湛えた。
「これだけ好きな酒を、美味く呑めたことだけはたしかであろう。美味いと思ったら、ようだ[#「ようだ」に傍点]などと云わずに美味いと云い切る自由はあったと思う、もうひとつ重ねて云えば、――おまえが嫁いできてくれた気持にも、幾らかの愛情があったのではないかと考えることができるだろう。ははははは」
「――――」
 千鶴は唇をきゅっと左へひきしめ、静かに三右衛門の盃へ酌をしながら、
「それでは、もし旦那さまが平武士であったら、千鶴は嫁いで参らなかったであろうと仰有いますのね」
「恐らく、しかしそうであったら儂はおまえの眼にさえ触れることなしに終ったであろうからな。むろんその方がよいというのではないで、――索漠たる儂の生涯の道を、おまえは美しい花苑へ導いてくれた、これは全く予期しない仕合せだ、そして儂の身分がこの仕合せの手引をしていることも、今の儂にとっては有難いことなのだ」
「ではもし……」
 千鶴は妖しいと思えるほど冷やかな眼をして云った。
「わたくしが心からお慕い申してきましたと申上げましたら、旦那さまはそれをお信じくださいますかしら?」
「五十七年も生きてくると、嘘と真のけじめだけははっきりと分る。……おまえは儂のために花苑を与えてくれた、儂はそれに対して儂にできるだけのことで酬いたいと思う」
「ほほほほほ」
 千鶴は静かに笑って、
「ではわたくしうんと我儘をしてよろしゅうございますのね」
「世間では驕れる孔雀と云っておる」
「この次にはなんと云いますかしら」
 千鶴は昂然と眼をあげて云った、「なんとでも云うがよいのですわ、千鶴は虫明三右衛門の妻ですもの、筆頭国家老の妻であってこそ驕れる孔雀という名もふさわしくはございません?」
「美しい眼が怒っているな」
 三右衛門は微笑しながら云った。
「その眼を見る者があったら、こんどは怒れる孔雀と云うであろう」
「――申上げます」
 襖《ふすま》の外で家扶の声がした。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

「なんだ」
「江戸より源吾《げんご》が帰着仕りました」
「そうか、――すぐ会おう」
 家扶の去る気配といっしょに、三右衛門は盃を措《お》いて立った。
「馳走であった、今宵は少し遅くなるから構わず寝てくれるがよい」
「――はい」
 三右衛門は妻の部屋を出た。
 書院には貝原源吾《かいばらげんご》が、旅装のまま端坐していた。よほど道を急いできたらしく、若い顔面に著しい疲労が見える。
 三右衛門は坐りながら、
「遠路大儀であった、挨拶は措いてまず要件を聞こう、なにか火急の事でも出来したか」
「は、矢作彦兵衛《やはぎひこべえ》が割腹仕りました」
 彦兵衛は江戸邸勘定方の俊才である、――三右衛門の大きな眼がきらりと光った。
「……なにゆえの切腹だ」
「浜殿御造築を阻止することができなかった申訳のためでございます」
「なに、浜殿御造築とな?」
「御存じではございませんのか、殿より江戸表へ御墨付が参りました」
「いつのことだ」
「去月二十日にございます」
 三右衛門は脇にあった小机を引寄せ、硯の蓋をはね料紙をひろげながら、
「仔細を申せ」
 と云って筆を取った。
 阿部家の江戸邸は芝田村町にある。寛永年中に賜わったもので、地割が狭く極めて不便なものだ、そのうえ根岸にある下屋敷も同様なので、かねてから替地を願っていたところ、三年まえに芝新銭座の浜へ千二百余坪の土地を賜わった。――阿部家は内福の家であるし、殊に当代の正固はまだ若く、華美贅沢を好んでいた人であったから、この土地へ「浜殿」と称して豪奢な別墅《べっしょ》を造営しようとした。
 この地続きに松平肥後《まつだいらひご》、松平陸奥《まつだいらむつ》、脇坂淡路《わきさかあわじ》などという大藩の屋敷があったが、水を隔てて御浜御殿に相対しているため、いずれも建物などは華美にわたらぬよう遠慮してある。それにもかかわらず、正固は「浜殿」と唱え、建物も三層楼を備えた壮大な設計であった。
 時は明和三年。
 武家、町人とも、富の偏在が著しくなった時代で、世間には多くの浪人者や窮民の群が飢餓に追われているし、特殊なものを除いた社会の一般はひどい不況に悩まされていた。
「幕府では田沼意次《たぬまおきつぐ》が側用人になって積極的に政治の改革を始めつつあった。
 民間では山県大弐《やまがただいに》が幕政を論難して王政復古を公然と唱導しはじめていた。
 こういう時期に、幾万金を投じて「浜殿」を造築するなどは、求めて幕府の譴責を買うようなものである。国許、江戸表ともに心ある老臣はこの計画に反対し、正固に迫ってついに取止めとさせた。――若き藩主がこれを快しとしなかったのは云うまでもない、それ以来は硬骨の老臣たちから遠のき、阿諛侫弁《あゆねいべん》の徒を近づけて藩政を怠ることが多くなった。
 侫臣は江戸にも国許にもいた。
 当然の結果として、硬骨の臣と阿諛の徒《ともがら》とは両立相対峙する状態となった。――現在、国許に於ては、御側頭の麻倉藤十郎《あさくらとうじゅうろう》が中心となって国老一派の勢力を抑え、藩政を壟断《ろうだん》しようと暗躍を続けているのだった。
 いちど取止めとなった「浜殿」造築を、今になって再燃させたのは、むろん正固の意をむかえんとする麻倉一味の企てに違いない。
「お墨付には、明年御出府までに落成するようとの御厳命でございます」
「中津《なかつ》、海野《うんの》ら老職はどうしておる」
「お墨付の到着にて、御老職がたにももはやどうすることもできず、御出頭一味(侫臣の徒)は早くも工事請負として武蔵屋八郎兵衛《むさしやはちろべえ》を呼出し、二万金お下げ渡しと決定仕りました」
「そうか。要件はそれだけだな」
 三右衛門は筆を置いた。
「海野様のお申付にて、取敢えず以上だけ御注進のため下りました」
「――彦兵衛を殺したのは残念だ」
「御意にございます、しかし」
 源吾は眼をおとしながら、
「そのため、武蔵屋へのお下げ金は一時延期に及びました」
「延期ではない取止めだ」
 三右衛門は静かに云った。
「殊に依れば非常手段にも及ばねばならぬ」

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

「お人払いを願います」
「それには及ばぬ」
「お人払いを願います!」
 三右衛門の声は静かであったが、金屏風がふるえるほどの底強い力をもっていた。
 正固は酔っていた。
 酒宴の席から来たのである。
 三右衛門は巳《み》の上刻に登城して目通りを願ったが、許されなかったので待っていた、午食《ひる》をつかい、夕食《ゆう》をつかい、すでに戍《いぬ》の上刻である。――ようやく現われた正固の左右には、麻倉藤十郎と腹心の者が侍していた。
「……三右衛門」
 正固は酔に蒼ざめた顔に、皮肉な冷笑をうかべながら云った。
「人払いをしなければ云えぬことなら聞くに及ばぬぞ。政治は其方《そち》どもの切盛に任せてある、横着があろうと専断があろうと予の知ったことではない……よいか、その代り予のことも構うてくれるな」
「恐れながらその儀は相成りません」
 三右衛門は押迫るように云った。
「お上は阿部家十二万石の御領主でござります、御先祖|正勝《まさかつ》公以来の御家名はもとより、幾百千の家臣領民共の運命は、かかってお上の御存念にあるのでござります、御一身の我儘は許されませぬ」
「おのれ、許さぬとは過言ぞ!」
「――お鎮り遊ばせ」
 三右衛門はぐっと膝を進めた。
「今日お目通り願いましたのは、一遍の御諫言を申上げるためではございませぬ、三右衛門めは臣下ながら、茜閤院《ゆうこういん》様(先代正右)より後見職を仰付けられ、その旨は幕府へも申達してござります、もしお上に於てこのうえとも自儘放埒を遊ばすなれば御家の大事、三右衛門自殺して茜閤院様へ申訳を仕らねばなりませぬ。……後見職の自害する場合、幕府がどのような御沙汰に出るか、お上にも御存じでござりましょう!」
「ぶ、――無礼者、予を若年と侮って……退れ! 聞く耳もたぬ!」
「浜殿御造築は何卒お取止めくださいますよう」
「――――」
「御日常に就てもお改め願わねばならぬ数々の事がござります、些細なものと存じて今日まで相控えておりましたが、いったんお取止めとなった御造築の事を、老職共へはお沙汰もなく直々お墨付を以てお命じ遊ばす――かようなことに立到るようではお側の者共にもきっと申付けなければなりませぬ!」
 正固は二男である。
 長子|正表《まさよし》は幼くして死し、二男の彼が家を継いだ。そしてその下に三男|正倫《まさとも》があり聰明英智の評判よく、現に江戸表で家臣の人気を集めている。――二男は向《むこ》う不見《みず》だと云われる通り、正固は短慮でこらえ性がなかった。
「――不快だ!」
 と云うとそのまま座を蹴って奥へ去った。
 三右衛門はそれを見送りながら、顔色を変えていた麻倉の様子を認めてにっと微笑した。
 正固は苦労を知らぬ青年である、侫臣共の追従に負けるのも、酒色に溺れるのも、苦労知らずで抑える者のない我儘からくる、三右衛門はよくそれを知っていた。しかし今日まで敢えて苦言を呈さなかったのは、いま正固に向って云った通り、そんなことは取るに足らぬ些事だとしていたからである、多くの家臣のなかには硬骨漢もあり軟弱漢もある、阿諛侫弁の徒だからといって必ずしも御家のために悪いとは定らないし、硬骨一徹の士にも厭うべき人間はある、――清冽の水にのみ魚の育たぬ如く、善悪併せ近づけて以てその利すべきところを識るにいたらなくては一国の主人たる資格とは云えない。
 その意味から三右衛門は、今日まで大抵のことは黙過してきたのだ。
 そしていま家臣としては出過るところまで辛辣に直諫した。正固がどれほど不快に思おうとも、三右衛門の自殺するという決死の言葉に偽りのないことは分った筈だ、今日まで後見職として寛大であっただけ、それだけ強く、正固の心の真唯中を射止めた筈である。――くどくどした千万言よりも、いまの正固に必要なのはこの決死の一言であったのだ。
 ――藤十郎めも震えたであろう。
 三右衛門はそう思った。そして近習番の者を呼んで、
「江戸詰勘定方の矢作彦兵衛、お墨付と老臣共評議のあいだに立ち、役目の義理に責められて、割腹仕ったと、御前へ申上げてくれ」
 そう云って退座した。
 下城したのはもう十時《よつ》を少し廻っている頃だった、雨催いのやや蒸暑い夜で、そよとの風もない闇が提灯《ちょうちん》の火ひとつを押包んだ。――供は石浜伝一郎《いしはまでんいちろう》と下郎だった。
 馬場脇へさしかかった時、三右衛門はふと立止ったと思うと、
「六助《ろくすけ》、灯を消せ」
 と命じた。
 この闇に灯を消してどうするか。
 下郎が不審《いぶか》り顔に振仰ぐ。
 刹那! 三右衛門は肩衣をはねて、
「伝一郎、曲者だ」
 叫びながらぎらりと大剣を抜いた。――伝一郎は咄嗟《とっさ》に三右衛門の前へ踏出していた。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 玄関へ出迎えた千鶴は、三右衛門の衣服が夥《おびただ》しい血で汚れているのを見てさすがに色を変えた。
「――まあ、旦那さま」
「騒ぐには及ばぬ、返り血だ」
 三右衛門は平然と笑って、
「あとで呼ぶから、それまでに身廻りの物を片付けておくがよい、すぐにもここを立退かねばならぬだろう。見苦しからぬように注意してくれ」
「――はい」
「なにも案ずるには及ばぬぞ」
 そう云って奥へ入った。。
 千鶴の膝はがくがくと戦《おのの》いた、そうしても抑えることができなかった。――返り血と聞いたとたんに刺客を思い、刺客という言葉はすぐに中村真之助を連想させた。
 菖蒲の日に彼は、
 ――遠くないうちに自分の名を思出すことがあるだろう。
 と云った。
 千鶴は侍女と共に部屋へ戻って、手早く身辺の整理にかかったが、眼先には中村真之助のひき歪んだ、神経質な顔がちらついて仕方がなかった。
 ――本当に真之助であろうか。
 ――恋の遺恨で闇討をしたのであろうか。
 ――いやそうではあるまい。
 恋の遺恨だけではない筈だ、真之助はあのとき千鶴に向って、……その富と名とが、いつまで貴女の手にあるかどうかは自ら別だと云った。
 千鶴は恵光院に侍していたから、正固をめぐって家中に二派の勢力があることを知っている、そして一方の勢力が最も怖れる中心人物として虫明三右衛門を目標にしていることも、同時に三右衛門がそれらの勢力を傾倒しても動《ゆる》がぬ確固たる存在であることも、よく知っていた。
 ――その動がぬ存在に変化が起った。
 ――真之助はあの日、すでに今日の事あるのを知っていたのだ。
 千鶴の考えはようやく落着いた。
 ――これは自分から起った事ではない。
 このあいだにも、次々と客が詰掛けてきた。
 老臣格のうち三右衛門と腹心の者ばかり八名、書院に集って密談を交わしていたが、四半刻足らずでいずれも早々に帰去った。
 次いで家来たちが呼寄せられた。
 千鶴の呼ばれたのは最後であった。――三右衛門は白の単衣《ひとえ》に白の袴を着けていた。そして入ってきた千鶴が、それを見て不吉な予感に額を蒼白くするのを眼敏く認めて、
「はははは心配するな、死装束ではない」
 と明るく笑った。
「暑いのでこんな恰好をしているのだ、尤も不意討を喰った時の用心でもあるが、――さて手短かに片付けよう、坐ってくれ」
「…………」
「面倒なことは抜きにする、一言にして云えば儂は窮地に追詰められた、御家の患《わざわい》を剔抉《てきはつ》しようとして先手を打たれたのだ。――下城の途中闇討を仕掛けられ、よんどころなく四人を斬ってしまったが、これはどっちにしても三右衛門を仕置にかける罠なのだ、そこで儂はひとまず立退くことにした」
「お立退き遊ばした後は……」
「後の事は方策を立てておいた、江戸表へも使者をやったし、当地のことは今宵集った者共でどうにもするだろう、――それから、おまえの身上だが」
 三右衛門は手筐《てばこ》を引寄せながら、
「家老の妻として、誇ある一生を送らせようと思ったのに、かような事に立到ってそれも空《あだ》となった、おまえにはなんとも気の毒でならぬが、これも武家の義理と思って諦めてくれ」
「はい、……」
「ここに金子が五百両ある、軽少だがこれを持って当地を立退いてくれ、嘉右衛門《かえもん》が案内するであろうから、万事は彼に任せて、儂の身の落着くまでしばらく辛棒していてもらいたい」
「はい、……」
「このままおまえを朽ちさせるようなことはせぬ、必ず身の立つように計うぞ」
「有難う存じます」
「これで用談は済んだ」
 三右衛門はほっと肩を揺上げながら、
「別れに美味い酒を一盞馳走してもらおうか、肴はなにもいらぬ、おまえの酌で初めて美味いと思った酒を、もういちど味わって別れたいのだ」
「お支度をいたします」
 千鶴は静かに立っていった。――如何にも静かである。三右衛門はなにか物足らぬ、忙しい気持でその後姿を見送った。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 備中国浅口郡鴨方の城下から二里、高倉山のふところへ段上りに深い松林が続いている、その松林の奥で、いちばん近い村里からも十丁余り離れた丘の上に松谿寺という黄檗宗の寺がある、――福山を立退いた虫明三右衛門は、老僕|平五郎《へいごろう》と共にこの寺内の庵室へ隠れた。
 鴨方藩池田家の老職で鎌田次郎左衛門《かまたじろうざえもん》というのが三右衛門の友で、松谿寺は鎌田家の菩提寺であり、住職|無徹《むてつ》とは三右衛門も知音の間柄であったから、ここを当分の隠れ家としたのである。
 庵室は寺のうしろの丘にあった。
 前庭は明るい砂地で広く、松の梢越しに遠く瀬戸の海が見える。背戸はまた一段高くなっていて、松のあいだを厨口《くりやぐち》まで、筧《かけい》が清冽な水を余るほどひいてくる。
 前も後も松だ。
 右も左も、見るかぎりの松である。
「これは仙境だ」
 三右衛門は初めての日、むやみにひろがっている松林を見て、頭の蕊へしみいるような松籟を聞いて、五十七年の俗塵をいっぺんに洗落としたような気持がした。
 こんなところに住んでいたら、人間は良くなるだろうと思った。
 利欲を知らず、権勢を知らず、名聞を思わず、起居寝食をおのれの好むままに、詩書でも読み畑でも作って自在に暮したら、人間本然の相《すがた》にかえってさぞ楽しい一生を送れるだろうと思った。
 けれどもそう思ったのは四五日のことで、三右衛門はすぐに退屈してきた。
 十二万石の家老として、藩政の切盛に没頭してきた彼には、こうした閑寂な生活にひたれる素地が養われていなかったのである。――松林のさびた色もいいが、こうむやみに松ばかり多いと鼻についてくる、松籟も耳をとめて聴くほどだとよかろうが、こう庵室をひっくるんで縦横無尽に音も絶やさず聞えると迷惑である。
 十日ほどたったある夜、厨口で妙な音がした。
「――なんだ」
 寝そびれていた三右衛門は、平五郎がなにかしているのかと思って声をかけた。
 立っていってみると老僕は寝ているし、厨の物音はまだ忍びかに聞えていた、――三右衛門は引返して大剣を取り、抜足で厨へ下りると、外の気配を窺ってさっと雨戸をひきあけた。
 二十日ほどの月が空にあった。
 雨戸を明けると同時に、松の影がむらむらと砂上に斑をおとしている。その影を乱して、大きな獣が三疋、身を翻して逃去るのが見えた。
「――鹿だ!」
 月光を截って奔《はし》ったのは鹿であった。
 三右衛門は思わず苦笑した。大剣を持出した自分の心も苦々しいし、厨口へ鹿が餌をあさりにくるほど山家なのかということが、まざまざしい寂寥感を誘ったのである。
「どうもおれは腹からの俗人らしい」
 三右衛門は人の心と心が鎬をけずる、烈しい手応えのある世間を想いつつ寝た。
 その明くる日のことだった。
 後の丘を歩き廻って庵室へ戻ると、無徹和尚が縁先で煙草を吸っていた、――三右衛門よりは十歳も年長で、いつも白い無精髭生やしている肥えた老僧である。
「――これはようこそ」
「どうじゃ、少しは山居にもお馴れかな、ゆうべは鹿が見舞ったそうで」
「どうも少し驚かされました」
「せめて一頭でも仕止めてくだされば今日は美味い酒が呑めたものを、惜しいことをしたものじゃ、庫裡の方へ来たなれば一頭も生けては帰さぬところだが、ははははは、鹿めも承知とみえてなかなか庫裡へは参らぬじゃ」
 無徹は笑いながら立って、
「ときに、男手ばかりでは不自由と思ったでな、煮炊き濯ぎ物などをするように女子を一人つれて参った、使うてやらっしゃれ」
「これで別に不自由はござらぬが」
「そうでない、こんな山の中で松ばかり見てござると、いまに仙人にでもなってしまうか知れぬ、まあ少しは俗臭を側に置くも薬でござろう、――や、それではまたお邪魔に」
 飄々として坂を下りかかったが、
「ああ、酒が足らんじゃったら遠慮のうそう云っておこされ、寺であるお蔭に酒だけは不自由せんでな、ははははは生臭じゃ生臭じゃ」
「驚いた和尚だ」
 三右衛門も思わず笑ってしまった。
 縁へあがって、机の前へ坐って、茶を呼ぼうと思っていると、襖《ふすま》を明けて入ってきた者があった。……三右衛門が振返ると、若い女が茶器を手に微笑している。
 千鶴であった。
「――なんだ、……どうしてこんな処へ」
「洗濯婆でございます」
 呆れている三右衛門の前へ、千鶴は静かに茶を運んだ。
 髪は水髪に束ね、脂粉の装いもなく、木綿の衣服に木綿の帯、まるで村郷の女房というつつましい姿である、けれどそれがかえって美貌に冴えを与え、表情の濃い眸子を活々とうきだしている、黒ずんだ木綿の裾から覗く素足の白さは、緋羽二重からこぼれるよりも嬌《なま》めかしく阿娜《あだ》であった。
「御帰参まではお側を離れませぬ」
 千鶴はもういちど微笑しながら云った。
「お城へお戻り遊ばせば、また二千石御家老の妻になります、その日の来るまでは尾羽根のない孔雀、辛棒をいたします」

[#8字下げ]八[#「八」は中見出し]

 秋になった。
 遠く見える瀬戸の海が日毎に藍色を深め、松林のなかには燃えるような蔦紅葉が眼立ってきた。
 夜になると鹿の声が聞えた。
 空高く雁の渡るのも見た。
 松籟は朝から夜を徹して庵室をめぐり、筧をはしる水音は夜半の耳をおどろかした。……けれど三右衛門はいつかその自然のなかに住馴れて、ひと頃の寂しさはもう感じなくなってきた。
 千鶴はよく仕えた。
 驕れる孔雀と云われたあの誇らかな姿を思うと、まるで人が違ったようである。
 焚木折り、落葉掻き。
 象牙のような指を惜し気もなく、山水にひたして濯ぎ物をするし、美しい髪を灰にまぶして炊きもする、朝は夙《はや》く、また夜は更《ふ》けわたる風を聴きながら、暇があれば老僕の着物まで縫い繕いを惜まない。
 ――これが一城の才色と云われた女か。
 三右衛門はそう思うと辛かった。
「千鶴、おまえいつまでこんな山の中にいるつもりだ、儂への義理を想ってくれるなら無用なことだぞ、おまえの美しさを日毎に削るかと思うと儂はかえって迷惑だ」
「わたくし義理など考えたこともございませんわ」
 千鶴は笑って答える。
「ただお城へ帰る日を楽しみにこうしてお側にいるんですの、わたくしもういちど、筆頭家老の妻として御城内を歩いてみたいんですの、孔雀夫人と云われて大勢の眼の的になることは、そう誰にでも与えられる仕合せではございませんもの……だから辛棒いたしますの」
「しかしその日が再び来るかどうか」
「きっと参りますわ。来るまでは一生でも待つつもりですから」
「そのうちにはおまえも年をとる」
「そうしたら老いたる孔雀で我慢いたします」
 千鶴の笑顔は浮々としていた。
 ――そうかも知れぬ。
 彼女の高い気位としては、驕れる孔雀と云われながら三十日足らずで失踪したことは屈辱であったろう、もういちど城へ帰って、悪評を見返してやりたいと念うのは当然である。
 ――だがその日が来るであろうか。
 三右衛門は惘然《ぼうぜん》と歎息した。
 秋十月の七日。
 一騎の早馬が松谿寺の山門を驚かした。――福山城からの急使石浜伝一郎である、千鶴と共に裏山にいた三右衛門は、老僕の知らせで急いで庵室へ戻った。
「御会釈は御免蒙ります」
 伝一郎は息を喘《はず》ませながら云った。
「江戸表へ御出府あそばしたお上には、九月三十日を以てにわかに御隠居を仰出され、正倫君お世継と決定仕りました」
「おお、……」
 三右衛門は思わず感動の声をあげた。
「御隠居とまでは思いもよらなかった、……しかしようこそ御決心遊ばされた」
「精しくは御帰城のうえ申上げまするが、早速三右衛門を帰参させよとの御諚にござりますと、伝一郎め取敢えず急使に立ちました。老職御一同、即刻の御帰藩をお待ち申しまする」
「大儀であった、皆にも御家のため大慶と伝えてくれ」
「して御帰城は何日に相成りましょうか」
「この通りの身軽じゃ、明日は帰ろう」
「では立帰ってお迎えの用意を」
 と伝一郎はすすめられた茶をも辞して、そのまま馬を煽って帰去った。――考えていたよりは思い懸けなく、運は濶然と眼のまえにひらけた、三右衛門はにわかに体中へ力の盛上るのを感じながら、
「――千鶴」
 と呼びながら立った。
 返辞がないので、襖を明けると、千鶴は部屋の中に悄然《しょうぜん》と坐って、泣いていた。
「千鶴、聞いたであろう、城へ帰れるぞ、帰れるのだぞ福山へ、泣くやつがあるか」
「……おめでとう存じます」
 千鶴は静かに両手をおろした。
「どうした、嬉しくはないのか」
「旦那さまは――お帰り遊ばしますか」
 三右衛門は千鶴の表情が全く変っているのを知って驚いた、言葉の調子にも、眼の色にも、かつてこれまで見たことのない、ぎりぎりにつきつめたものが感じられる。
 三右衛門は膝を直した。
「千鶴、おまえなにか隠しているな」
「…………」
「城へ帰るのが厭なのか」
「――はい」
 千鶴は濡れた声で云った。
「わたくしはここにいとうございます」
「なぜだ」
「――お分りくださらないのでしょうか」
 千鶴の眼は怨むような色を帯びた。
「旦那さまは今でも、千鶴が二千石と家老の妻の名を欲しいために嫁いだと思召しますか、栄耀栄華がしたいために嫁いだとお思いでございますか、……半年のあいだお側に仕えていても、まだ千鶴の心がお分りにならないのでございますか」
「……千鶴、おまえ――」
「わたくしは旦那さまをお慕い申していたのです、十二万石の家中をしっかりと押え、お家のために御老年を忘れて活々とお勤めあそばす、男々しいお姿を拝見しましたのが十八の年でございました。それから六年のあいだ片時もお姿が忘れられず、心のありたけでお慕い申していたのでございます」
 堰を破った奔流のように、千鶴の言葉は情熱と怨みを籠めて三右衛門の胸をうった。
「恵光院さまにも、世間にも、わたくしの恋は分ってもらえぬものと、それは覚悟をしておりました。でも旦那さまにはいつか分って頂けると信じていました。……わたくしの口からは申上げられませぬもの、申上げてはかえって嘘になります、――現にいつぞやの夜も、そう申上げましたら御不快そうにお笑い遊ばしました。ついあふりに云えば笑われるのがあたりまえでございましょう、でも……悲しゅうございました」
 驕れる人は驕れる面を脱いだ。
 孔雀の羽根をとれば鶴の清楚な姿であった。
 今こそ三右衛門の眼には見える、――千鶴が一城の才色と謳われていたことと、自分が二千石の国家老であったことと、また親娘《おやこ》ほど年齢が違っていたことと、この三つのものが千鶴の恋を濃霧のなかに包んでいたのだ。
 いつかは分ってもらえるという仄かな望みのために、千鶴はおのれに似もつかぬ批判を甘んじて受けていたのだ。
 驕れる孔雀の名を。
 三右衛門はいま、千鶴の噎《むせ》びあげる声を聞きながら、この松林のどこへ家を建てようかと考えている。――あえて慰めらしき言葉をかけぬのは、初めて見る千鶴の泣きぬれたさまがみずみずと美しく、止めるにはあまりに惜しかったからである。
 裏山に鶫の声が明るく聞えていた。



底本:「婦道小説集」実業之日本社
   1977(昭和52)年9月25日 初版発行
   1978(昭和53)年11月10日 四版発行
底本の親本:「キング」
   1939(昭和14)年7月
初出:「キング」
   1939(昭和14)年7月
※表題は底本では、「驕《おご》れる千鶴」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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