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一領一筋

最終更新:2019年11月12日 20:44

harukaze_lab

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一領一筋
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鴨部《かもべ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七|葉《よう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 鴨部《かもべ》五郎左衛門が癇癪《かんしゃく》の強い人だということは顔を見ればわかる。いつも眉をしかめて、唇をへの字なりにして、なにもかも気にいらないと云いたそうな眼であたりを見まわす。また一日じゅう喉《のど》でうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]というような妙な音をさせる。咳《せき》をするのでもなし啖《たん》がからむのでもない一種奇妙な喉頭運動であるが、これがはげしくなると、癇癪が起る証拠なので、若い者たちはなるべく側へ寄らない工夫をした。そういう性質の者の特徴で老人はひじょうに我が強い、自分でよしと信じたことはなかなか後へひかない。そしてよく考えて誤っていたことがわかると、こちらからでかけていって恐ろしくひらき直って謝《あや》まる、それには目上も目下も差別はなかった、いちどなぞは足軽長屋へいって謝まったことさえあった。人によると「あれは老人の虚栄心だ」と悪口を云うが、当人としてはそうせずにいられないので、他人の批判などはあたまから問題にしていないのである。
 老人とはいっても五郎左衛門はまだ五十二歳にすぎなかった。讃岐《さぬき》のくに高松藩の年寄役で、藩政の実務にすぐれた才腕があり、癇癪があろうと我が強かろうと、無くてはならぬ人物のひとりに数えられていた。残念なことには男子がなく、八重《やえ》というむすめ一人しかなかったが負け嫌いな老人は残念だというような顔は決してみせず、
「ばかでも愚かでもおのれの子となれば跡継ぎにしなければならぬが、婿をとるとすれば思うような人物が選り取りにできる、結局このほうが道理に合っているではないか」
 そういう強弁《ごうべん》を弄《ろう》していた。たしかにそれは強弁だったに違いない。けれども老人は事実そのとおり選抜きの婿を手にいれて、家中の人たちをたいへん口惜しがらせたのであった。
 おなじ家中で番頭《ばんがしら》をつとめる内田覚右衛門の三男に圭之助という若者がいた。三男の暴れ者というが、幼ない頃のかれは、正《まさ》におっとりして平凡な、殆《ほとん》どいるかいないかわからないような子供だった。しかし八歳のとき児小姓《こごしょう》としてお側へあがると、藩主の松平頼重が眼をつけ「うまく育つとこれは役に立つ人間になる」と云ってひじょうに寵愛《ちょうあい》された。そしてじっさい十三四の年頃からしだいに才能をあらわし始めたので、頼重はかれを江戸へつれてゆき、小野次郎右衛門の道場で刀法を、また昌平黌《しょういへいこう》へいれて学問をまなばせた。
 小野は二代の忠常であったが、父の二郎右衛門忠明の跡を継いで小野流を確立した人物であるし、昌平黌は道春《どうしゅん》の三男である林春斎を学頭として、まさに第一期の隆盛を迎えている時だった。圭之助はここでも数年のあいだは嚢中《のうちゅう》の針であった。
 まわりの者は妙な田舎者がいるなと思うだけで、べつに注意もしなかったのであるが、二十歳前後になるといつかしら儕輩《さいはい》を押える存在になっていた。それは水が地中へ浸み弘がるような感じだった。それまでは単にそんな人間がいるくらいにしかみていなかったのに、或るとき気がついてみるとぬきさしならぬ人物になっていた。昌平黌では春斎の高弟である樋口栄清《ひぐちせいえい》秘蔵弟子だったし、小野道場で三剣の一に数えられるようになった。
 ……鴨部五郎左衛門はこの青年に眼をつけたのである。直接に識っていたわけではないが、帰国のおりなど頼重が話すのを聞いてこれだと思い、さっそく縁組のはなしを始めた。けれどもその頃は内田でも知己のあいだから幾つも縁談がもちこまれていたので、「いずれとも本人の意志にまかせたいから」という挨拶で即答を断った。他からすでにはなしがあるとわかって老人がどんなにやきもきしたか、どんなに例のうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]を連発したかは想像に余りあることだろう、そしてやがて圭之助が高松へ帰藩して来た。
 かれは二十五歳になっていた。相変らずおっとりした物腰だし、起ち居も言葉つきもむかしと少しも変らない。親たちも二人の兄も、それからどんなすばらしい人物に成ったかと待ちかねていた旧友知己の人々も、あんまり変らなすぎるかれを見て拍子ぬけがしたくらいだった。帰ってから半月ほどして、
「……じつは婿のはなしが来ているのだが」
 と覚右衛門が幾つか縁談のあることを話しだした。
 かれはすぐ
「……兄上がいらっしゃるのにわたくしが縁組をするというのは困ります」と答えた。しかし長兄《あに》にはもう嫁がきまっていたし、次兄は母方の親類で廃家になっている家を再興することになっていた。
「ではそのはなしを伺いましょう」
 かれは納得した。
「……しかし相手はいったい誰々なのですか」
「少し数が多いので書いて置いた、これだけある」
 覚右衛門はちょっと苦笑しながらそこへ巻紙を被げてみせた。縁談をもちこんで来た相手の名書《なが》きである、数えてみると十二家あった。
「……こう並べて書くと一列一隊で、甲乙がなくみえてなかなか妙案でございますな」
 かれはそう云いながら名書きを見ていった。そして終りまで見とおすと紙を巻き納めながら、
「もし父上に御異存がなかったら鴨部へまいりたいと思います」と云った。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 圭之助が自から望んだと聞いた老人の得意さはたいそうなものだった。――圭之助は八重を知る筈がない、身分でもずっと高い家から望まれていた。それにも拘わらず鴨部へというのはこの五郎左衛門をみこんだに異論はないだろう。つまるところ互いに人物をみこみ、みこまれたわけだ。ふだん若い者たちにけむたがられているだけに、そう思うことは老人にとって一種の酔い心地でさえあった。
 覚右衛門が承諾を告げに来たあくる日の朝のことだった。初秋には少し肌寒いほどの風があって、庭の松林がしきりに蕭々《しょうしょう》と枝を鳴らし、花期の終った芙蓉《ふよう》の黄ばんだ葉が、いかにも哀れにかさかさと地を転げていた。五郎左衛門は落葉を踏み踏み、自慢の七|葉《よう》松《まつ》のていれをしていたが来客だという知らせを聞いて庭からあがった。
「……内田さまです」
 家士がそう伝えた。
 こんなに早くなにごとかと思い、玄関へ出てみると覚右衛門と圭之助が立っていた。そのうえ圭之助は鎧櫃《よろいびつ》を背負い槍を持っていたし、二人のうしろには下僕《しもべ》が挾箱《はさみばこ》を担いでいた。まるで戦場へでも駈けつけそうな恰好である。
「さあどうぞ……」五郎左衛門は不審に想いながらそう会釈すると覚右衛門は手をあげて遮《さえぎ》った。
「いや拙者はこれで失礼つかまつる」
「なぜ……」
「圭之助を伴《つ》れてまいったので、おわたし申せばもはや役目は済みましたから」
「と云うとつまり……」
「つまり婿入りでござる」
 覚右衛門はにこりともしないで云った。
「たしかに圭之助はおわたし申しましたぞ、ようござるな」
「…………」
「しからばこれでおいとまつかまつる」
 そしてさっさと帰り去ってしまった。老人はうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]と喉を鳴らし、顔を硬《こわ》ばらして玄関へ棒立になっていた。……これが圭之助の婿入りであった。五郎左衛門は少々ばかり派手に披露をして、家中《かちゅう》ずい一の婿取りを誇るつもりだった。そのためには仲人を誰だれ、支度はかくかくと胸算用をたてていたのである。ところが前夜、はなしが決った今朝、鎧《よろい》一|領《りょう》槍一筋《やりひとすじ》、夏冬の着替を持つだけで当の婿がのりこんでしまったのだ、そしてこれは圭之助がどんな人間であるかを示す第一の警告だったのである。……寝鳥の立つような盃が交わされた。
「御用が繁多《おおい》ですから盃が済んだらすぐに登城いたします」圭之助がそう云うので、八重は髪を結い直すいとまもなく祝言《しゅうげん》の席に坐った、そして終るとそのまま圭之助は登城してしまった。
 事実そのとき圭之助は多忙だった。それは高松城下に小野流の道場を建てることになり、かれがその宰領《さいりょう》を命ぜられたのである。高松にはすでに上原茂兵衛、長沼四郎左衛門、力丸《りきまる》半右衛門という三師範がいて刀法を教授していたから、新たに小野流を加えるに就てはこの三者と折衝すべき事があり道場や門人についても他とのふりあいに考慮を要するものが多かった。圭之助は持ちまえのおっとりした急がない性質でじりじりと事をはこんだ。
 やがてすべてを順調におさめることができ、二番町に敷地が選ばれて、冬のかかりには道場の建築を始めるところまでこぎつけた。……このあいだの五郎左衛門のおちつかぬようすは気の毒なくらいだった。せっかく家中羨望の婿をとったのに、披露をするいとまがないばかりかゆっくり話をする隙さえもない。朝夕の挨拶とたまたま夕餉《ゆうげ》のときに顔が合うだけで、なにか問いかけてもはかばかしくは相手にもならないで立ってしまう。或とき首尾よく庭へつれだすことができたので、老人は、自慢の七|葉《よう》松《まつ》から話の緒口《いとぐち》をひきだそうとした。それは高さ三尺あまりで樹齢三百年といわれ、佶屈《きっくつ》たる幹と枝の張りざまのみごとさだけでも珍重すべきものだった。
「……どうだこれは、三葉松とか五葉松などはさして稀ではない、けれども七葉の松というのは別に千葉のから松といって珍中の珍とされている、これまで育てるには随分と苦心をしたものだ、いずれ世話の仕方を教えるから大切に子孫へ伝えて貰いたい」
「……はあ」圭之助はつと手を伸ばし、むぞうさに枝をひき寄せて葉を数えた。老人はびっくりして押止めた。
「そう乱暴をしてはいかん、枝が折れてしまうではないか」
「なるほど……」
 圭之助は頷《うなず》いて云った。
「たしかに七葉でございますな、つまりそうするとこの枝ぜんぶがきちんと七葉あるのですか」
「だから七葉松というのだ」
「それはまた律義《りちぎ》なことだ……」
 独《ひと》り言《ごと》のように呟《つぶや》くと、さしたることもないという顔つきで立去ってしまった。
 また或とき夕餉のあとで、老人はかれを巧みに自分の部屋へ誘った。そして雪村《せっそん》の花鳥の大幅と、古薩摩の茶碗をとりだして来て見せた。雪村のほうは名作ではないが、好んで用いたという那須紙に藍雁《あしかり》の着彩《ちゃくさい》で、なかなか贅沢《ぜいたく》な仕立てであるし、茶碗には光悦《こうえつ》の「渋柿」という銘が付いていた。二つとも秘蔵の品で、七葉松とともに老人が「鴨部家の三|絶《ぜつ》」と称しているものである。しかし圭之助はさっぱり感心したようすもみせないので五郎左衛門はたいそう苛々《いらいら》した。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 圭之助は昌平黌でも秀才の名をとったと聞いている。だから雪村の絵や光悦の銘のある茶碗などには、さぞかし興味もあり理解も持つだろうと思ったのに、ただ「はあはあ」と頷くだけでなんのこたえもない。そこで老人はやっきとなり、光悦の銘が正真疑いないものだということや、雪村の筆法の特徴などまで語りだして汗をかいた。けれども圭之助の無感興な眼や、どっちでもたいしたことはないと云いたげな顔つきを見ると、それ以上なにを説明してもむだだと知って匙《さじ》を投げた。
 ――御用が多忙で気持がおちつかないのだろう、それにこういうものを味わうにはまだ年が若すぎるのかも知れぬ。そう思って自ら慰めたのであった。
 道場の建築がはじまると、圭之助にもようやく身《からだ》のいとまができた。五郎左衛門は待ちかねていたように、
「道場が出来ると初代の師範はおまえか」と訊《たず》ねた。
 これは寧ろ家中の呼びごえでもあったのだ。
「いやわたくし如きには及びもつきません」
 圭之助はとんでもないという風に首を振った。
「……師範は江戸から迎えることになるでしょう」
「それはおかしな話ではないか、小野道場の三剣に数えられたおまえがいるのに、なんでまたわざわざ江戸から人を呼ぶのだ」
「わたくしが小野家で三剣と呼ばれたなどというのは誤伝でございましょう、決してそんな事実はございません」
「しかし家中で知らぬ者はないぞ」
「虚説は弘まり易いものでございます、いずれ事実は、おわかりになるでしょうが……」
 まるで他人のことのようにそう云った。そしてかれの云ったとおり、年が明けると江戸から半沢助太夫《はんざわすけだゆう》という者が師範としてやって来た。ああ云ってもいざとなれば圭之助が師範を命ぜられるのではないか、五郎左衛門にはまだそういう未練があったので、いよいよ助太夫を師範に道場びらきが行なわれると、失望のあまり家人と口をきかなかったくらいであった。その不機嫌のまだおさまらずにいる或朝のこと、珍しく圭之助のほうから五郎左衛門の居室を訪れて来た。ひどくきまじめに坐って手をつくので、なにごとかと思っていると、
「まことに粗忽《そそう》を致しまして申しわけがございません」
 と低頭した。
「なんだ、どうしたんだ」
「御栽培の松を折ってしまいました」
「なに……」
「あの七葉松を踏み折ってしまいました」
 五郎左衛門はとびあがり、顔色を変えて庭へ出ていった。いかにも自慢の七葉松が根元から折れていた。それも、ちっとやそっとの折れ方ではない、ようやく皮一と重《え》で繋《つな》がっているほどさっぱりと折れているのだ。
「……誰か庭方の半蔵を呼んでまいれ」
 五郎左衛門は、喉いっぱいに叫びながら、そうすれば松が助かるとでも信じるように折れたところを合せて両手でけんめいに握り緊めていた。
 御庭方の者を呼んで相談したがどうにもならなかった。
 しかし五郎左衛門にはながくそれを口惜しがっている暇はなかった、というのは間もなく圭之助について心外な噂が耳にはいったからである、
「……鴨部の婿は評判だおれではないか、小野門中の三剣などと聞いたが、実際にみると二番町の道場でさえ精々が中軸どこだ、あのはなしはなにかの間違いだろう」
 老人はぎょっとした。いつか当人も三剣などというのは誤伝だと云ったが、むろんそれは謙遜《けんそん》だと信じていたのだ、――そんなばかなことがあるか、五郎左衛門はわきあがる不安を強《し》いて抑えつけ、それとなく二番町の道場へ稽古のようすを見にいった。
 五日ほど覗《のぞ》きに通ったが噂《うわさ》は事実だった。圭之助は下城の途で僅《わず》かな時間ほんの四五人と立合うのだが、見ていてもはがゆいほどぱっとしない、――ああやるな、という瞬間がたびたびみえるのに、きまって後手《ごて》をひいては敗退する、では全然だめかというにそうでもない。いかにも噂どおり中軸どころの、きわめて平凡な、可も不可もないという程度である、――いったいこれはどうしたわけだ。五郎左衛門は茫然《ぼうぜん》と歎息した。まるで誰かに騙《だま》されたような感じである。家中ずい一の人物とみこんだ婿であり、多くの望み手を尻目にまんまと自分のものにして、いわば鼻高々というところをぴしりと叩かれたのだ。――だが見ていてやろう、半分は自分に挑みかかるような気持で、辛《から》くも癇癪を抑へつけた、――人間の値うちはそう易々《やすやす》とわかるものではない、例え刀法がそれほどでないにしても、学問では秀才の名があるんだ、まあまあ見ていてやろう、こんなことには辛抱が肝心だ辛抱がと思っているところへ追いかけて、圭之助がまた失策を仕でかした。
「ごめん下さい」
 或夜そう云って婿がやって来た。かれが自分から老人の居間へやって来るのはこれが二度めである。あの松のとき以来だから老人は思わずどきりとした、そして座へ通ると果して圭之助はそこへ手をついた。
「まことに申しわけない粗忽を致しました」
「…………」
「御秘蔵の茶碗を割りました」
「と云うと、その……」
「はあ、あの古薩摩の茶碗です、渋柿とかいう銘のあるあの茶碗をつい割ってしまいました」
 そのとき五郎左衛門の頭に、ふと「泣面に蜂」という言葉が思いうかんだのである。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 後で考えると泣面に蜂という言葉が思いうかんだのはいかにも当って可笑《おか》しかったが、そのときはむろん可笑しいどころではない、すぐ立って見にいって、そして五つばかりの破片になっている残骸《ざんがい》を見ると、子供がべそをかいたような顔つきになり、両手をぶらりと下げたまま暫くはものも云わずに立辣《たちすく》んでいた。そのようすを見かねたのであろう、圭之助がそばからたいそう同情したように、
「……あの松は焚《た》き物になりましたが」
 と低いこえで云った。
「どうも茶碗の毀《こわ》れたのは使いようがありませんな」
「構わないで呉れ」
 五郎左衛門はひしゃげたような声で云った。
「構わないで呉れ、おれをそっとして置いて貰いたい、でないと……」
 圭之助はおとなしく其処から出ていった。
 五郎左衛門はだんだんとうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]をやらなくなった。始終なにかしら不安でおちつかない。家にいると物音が聞えるたびにどきりとする、またなにか毀したのではないか、なにかとり返しのつかぬ事をやりはせぬかその心配がいつも頭から離れない。城中とか人の集るところへ出ると話し声が気になる。低いこえで耳こすりなどしているのを見ると、すぐに自分の蔭口ではないかと疑わしくなる、――また圭之助の噂に違いない、そしておれがとんだ者を背負《しょ》いこんだといって嗤《わら》っているのだ、彼等にはさぞ痛快だろうから。……つまり僻《ひが》みである、自分でもっとも卑しめていた僻みが出てきたのだ。我の強い者にとって、蔭で人に嗤われていると思うくらい堪らないものはない。五郎左衛門は内と外との両方から神経を痛めつけられ、「待てよ」と考えるゆとりを失って自ら狭い穴の中へと嵌《はま》りこんでいった。
 高松に春がめぐって来て、藩侯の別墅《べっしょ》である栗林荘《くりばやしそう》に観桜の宴の催しがあった。
 その宴のなかばのことだったが、御しゅくん頼重の側近でふと儒学《じゅがく》のはなしが始まり、陽明と朱子との優劣について議論が活溌にとり交わされた。しまいには頼重も意見を云いだすほどで、少しでも学問に志のある者は老若の別なく進んで論諍《ろんそう》に加わった。――まあ精々やるがいい、五郎左衛門はひそかにほくそ笑んでいた、――
 いまに圭之助がその結論を与えるだろう、学問でなら必ず真価をあらわすに相違ない、そう信じて見ていた。
 しかし圭之助はなかなか口を明かなかった。席の一隅で独りしずかに盃をあげながら、ちょうど、八分どおり咲いている桜の枝を見あげたり、高い空のかなたに舞っている鳶《とび》を眺めたりしている。なにもかも満足だ、なにも不足はないとでも云いたげなようすである、いつまで待ってもそのままなので、五郎左衛門はついに痺《しび》れを切らした。ここで名誉を恢復《かいふく》しなければと思うと矢《や》も楯《たて》も堪らず、
「これ圭之助……」
 とわれを忘れて呼びかけた、
「そのほうにはなにか意見がないのか」
 その声はかなり高かったので、論じ合っていた者もこちらへふり向いた。そして頼重が笑いながら、
「ああ圭之助には構うな、あれは学問のことなど知りはせぬぞ」
 と云い、すぐにまた議論へかえってしまった。
 ……五郎左衛門はあっけにとられて、暫くのあいだ御しゅくんと圭之助とを見|較《くら》べていた。頼重の言葉がなんとも解せなかったのである。けれどもやがて忿懣《ふんまん》が胸へつきあげてきた、もう我慢ができぬと思った。――それではいったい圭之助はなに者なんだ、小野道場で三剣の一というのが誤伝であり、昌平黌の秀才だと信じていたら学問のことなど知りはせぬという、七葉松はへし折るし秘蔵の茶碗はぶち割るし、これではなんのために婿をとったのかわからない、ぜんたいどうした間違いなんだ、この責任は誰にあるのか。
 五郎左衛門はそっと頼重を見やった、……そうだ責任は御しゅくんにある、江戸から帰国されるたびに圭之助の噂をお聞かせなすった。三剣も秀才も御しゅくんのお口から出たことだ、自分はそのお言葉を信じたまでである。
 そうつき詰めると五郎左衛門の肚《はら》はきまった。それで退下《たいげ》のとき夜桜を拝見したいからと願い、頼重に侍して栗林荘に残った。
 その夜は月が冴《さ》えていた、秋のように冴えかえった月で、少し気温も低く桜の枝もどことなくしん[#「しん」に傍点]と息をひそめている感じだった。……晩餐《ばんさん》のあとで、頼重が庭へ出るのを待ちかねていた五郎左衛門は、御意《ぎょい》を得たい事があるからといって侍臣を遠ざけて貰い、唯一人|苑《えん》の奥へと扈従《こじゅう》していった。
「……はなしたいというのはなんだ」
「恐れながら私事でございます」
「圭之助のことか」
 頼重にそう云われて五郎左衛門はあっ[#「あっ」に傍点]と息を詰めた。
「……不平が出るじぶんだと思うていた、圭之助のことであろう」
「いかにも御意のとおりでございます」
「聞こう。……なにが気にいらんのだ」
 五郎左衛門は先手を打たれて戸惑いをした、急には言葉が継げなかった、そして久しぶりにうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]と喉頭《のど》運動をやってから、ようやく面をあげて云いだした。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 五郎左衛門の云うことを聞き終ってから、頼重はながいこと黙って、月光を浴びた花枝に眺めいっていた。それから殆ど忘れたかと思う頃に、
「……今から七年まえの冬だった」としずかな声で話しだした、江戸城の大手さきにある、某侯《ぼうこう》の屋敷が貰い火で焼けたことがある、某侯というだけで名は云えない。そのとき家臣の幾人かが、すでに燃えている蔵の中へとびこんで家宝の品々を救い出した、二人は火傷をし、一人は足を折り、そして一人は焼落ちの土蔵の中で死んだ。
「……あとで検《あらた》めてみると腹を切って、その腹中へ家宝の一軸を抱きこんでいた、不動明王《ふどうみょうおう》を描《か》いた軸だそうで血まみれになっていたが焼けずに済んだのだ」
「…………」
「某侯はいうまでない、聞き伝えた者はみんなその侍の忠死に頭を下げた、そしてその侍の遺族に篤《あつ》い加増の沙汰《さた》があったとき、余は圭之助が某侯を批判して不明の人だということを耳にした、常々そんなことを口にする圭之助ではない、わけがあろうと思って問詰めるとかれはこう申した、――宝物を救おうとするのは家臣として当然のことである、しかしいかなる家宝と雖《いえど》も、家臣の命に代えてよいものはない筈だ、いざという時に備え、常づね身体《からだ》を捧げて奉公する侍を、僅か一軸のために焼死させるのは主君の道ではない、かの侍を褒賞《ほうしょう》するのは、同じことを繰り返させる危険があり、某侯がその点に気づかぬのは藩主として不明である、……圭之助はそう申した」
「…………」
「それから一年ほど経ってからだ」
 頼重はちょっと息をついて続けた、「或とき昌平黌から樋口栄清《ひぐちせいえい》が来て、圭之助を聖堂へ迎えて教官にしたいという、たっての懇望なので呼んで訊《き》いてみた、すると圭之助はひじょうに心外なようすで、――わたくしは学者になるために学問をしたのではございません、そういうのだ、剣法も学問も、いちにんまえの御奉公のできる武士になるための修業で、人に教えるとか、それで身を立てるなどという望みは些《いささ》かもないさような話はごめんを蒙《こうむ》ります、まるでにべもなく断るのだ、……そのほうこの言葉をどう思う」
 五郎左衛門はなにも云えなかった。しかしなにかが見えてくるような、明るく力強い感動がわきあがるのを覚えた。
「世が泰平になると武士の生き方がなまぬるくなる」
 と頼重は云い継いだ、「戦国の世ならば、あたら武士ひとりを焼死させるほど、掛物一軸を大切にする大名もあるまい、また肝心の奉公をよそにして、おのれの学問武芸に気を奪われる侍もないだろう、武士が武士らしく生きるには、泰平ほどむずかしく困難なのだ、圭之助はそう申した、学問や武術もいちにんまえの奉公のできる侍になるための修業にすぎない、備えて持つべきものは鎧一領《よろいいちりょう》槍一筋《やりひとすじ》、そのほか無用の品は一物も身辺《みぢか》に置かぬのが侍の嗜みであると」
 頼重はそこで言葉をきった。まだ云いたいことがあるようだが、それを抑えてじっと胸のなかで味わっているという風にみえた。
 それからもう五郎左衛門のいることも忘れたように、しずかに御殿のほうへ歩み去った。
 老人は踏折られた松を思い渋柿の茶碗を思った。身辺に無用の品を置かないことが武士の嗜みであることはよく知っている。少しでもそういう物に心をとらわれてはひとすじの御奉公はできない。それは倫理としてはよく知っていたのに、じっさいには手にある稀覯《きこう》の品が離せなかった。鎧一領槍一筋を持って婿に来た圭之助には、どんなにそれがみれんなものに見えたことだろう、――うむ、五郎左衛門はなにか胸へつきあげるように呻《うめ》いた、――うむ。
 明くる夜、家で夕餉を済ませたあと、五郎左衛門は婿を居間へ呼んだ。そして雪村《せっそん》の大幅《おおふく》をとりだして来て、これを始末したいがどうしたらよいかと訊ねた。圭之助は眼をしばしばさせて舅《しゅうと》の顔を見あげた。
「さようでございますな、わたくしならお上へ捧げるところではございますが、しかしまた、どうして手放すお考えになったのですか」
 五郎左衛門はうるるるけふん[#「うるるるけふん」に傍点]と云い、いかにもしてやったりというように笑った。
「なに、おまえに引き破られるよりいいと思ってな……」



底本:「修道小説集」実業之日本社
   1972(昭和47)年10月15日 初版発行
   1979(昭和54)年2月15日 新装第七刷発行(通算11版)
底本の親本:「菊月夜」都祥閣
   1946(昭和21)年9月
初出:「菊月夜」都祥閣
   1946(昭和21)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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山本周五郎
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