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  • 湖畔の人々(工事中)

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湖畔の人々(工事中)

最終更新:2020年01月21日 01:34

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湖畔の人々
山本周五郎


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)外村重太夫《とのむらしげだゆう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)坂|蔵屋敷《くらやしき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定]
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]


[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

こお
氷る朝
その一
すいせのかみけ
さいきひょうご
なっ
しなの
」
いでゆまち
ならぬ堪忍
諏訪伊勢守家の江戸屋敷年寄役を勤める斉木兵庫は、妻の那津と家士両名、下僕と下婢三名をつれて信濃ノ国高島(今の諏訪)へ帰国した。しかし保養という名目なので、城下にあるおのれの屋敷にははいらず、そのまま湖畔の温泉街へ乗物を着け、ぼたん屋という宿に旅装を解いた。
座敷へ通ると、兵庫は直ぐに宿の隠居を呼んだ、隠居茂兵衛は急いでやって来たが、客の顔を見るなり、あっと云って、廊下へ白髪頭をすりつけながら平伏した。「ほう、まだ生きていたか」
兵庫は笑いながら、「多分もう墓の下であろうと思って来たが、まだ業が尽きぬとみえるな」「十年ぶりのお眼通りに、いきなりお毒口でございますか」長兵等にお笑いをしながらそうて、兵重夫に丁重に書くこ。
しらがあたま)
ごう
めどお
いちって
つようしゆうちやく
つかまつ
かしこま」
湖畔の人々
「したが、いつ御帰国あそにしましたが、少しもなじませんので御装技にまかりませず、まことに不調法を仕りました」「いや、いま此処へ着いたばかりだ」、「此処へいまお着きで……」「こんどは保養の帰国でな、この通り女房づれの全くの忍びだ、当地の役人共にも知らせてはないし、当分はのんびりと手足を伸ばしたい、だから儂が当家
ら農が当家に居ることは内密にして置いて呉れぬといかん」「畏りました、左様なれば一同に固く申付けて置きまする」
兵庫は頷きながら、金包と思えるものを無雑作に投げゃった。「土産代りだ、取って置け。晩には久方ぶりで伊那節でも聞こうかの」の部そして特徴のある、息を吸うような笑い方でくくと笑った。灯の入る頃から十人ほどの芸妓が来て、広間で賑かな酒宴が始った。……兵庫は上座に寛いで、若い妓の一人に酌をさせながら、彦四や式部が妓たちと遊ぶのをいた。派手な遊びが好きで、常に賑かな座敷を設けながら、自分はその雰囲気とは別に、独りで酒を楽しむのが兵庫の癖だった。そして、それが彼の性格を最もよく表わしていた。
うなず
にぎや
ころ
いぎ」
くつろ
おんな
しゃく
335?________________

ちゆうすう
もちろん
ならぬ堪忍
兵庫は諏訪家の国老の子として此土地に生れ、十九歳で亡父の名跡を継いでから、間もなく国家老の職に就き、高島城代としてめざましく働いた。そして四十八歳のとき江戸表へ転じて長老の席に居り、一藩の重しとして、六十三歳の今日までがっしりと藩政の中枢を押して来たのである。
四十余年にわたる彼の活躍は、高島藩に大きな功績を残した。彼でなければ為し得ない多くの仕事が実を結んだ、その点ではたしかに「名家老」だったに違いない、然しその半面には不評の種もかなりあった。……それは兵庫の性格が自己中心で、他の意見を受け容れようとせず、とかく圧制的に事を行うところに原因がある。勿論それだからこそ思うような仕事も出来たのだが、同時にそれが大きな弱点となることも免れなかった。-兵庫は若年の頃から、人間は子を持つと美田を遺したくなるものだ、自分は藩のために一身を捧げて
しようがい働くつもりである、だから生涯子は持たぬ。
そういう老成した考をもっていた。それで湖畔の花街では派手に遊ぶが、縁談には一切耳を藉さなかった。……然し四十一歳になったとき、母の磯女の強硬な主張で、現在の妻を娶ったのである。
まぬが
のこ
ささ」
いそじょ-
湖畔の人々
那津は同意の老職ので、いちど内田助左衛門という物頭の家へ嫁したが、良人に死なれて実家へ戻っていた、つまり俗にいう出戻りであった。けれど磯女は那津に和歌を教えたことがあり、その気質を高く買っていたので、周囲の反対を押し切って兵庫の妻に選んだのであった。……-那津は二十一歳の秋、斉木家へ嫁いで来た。予想された通り彼女はよき妻であった。ずばぬけた政治的手腕で、「名家老」と呼ばれる一方、諸事思切って派手好きな兵庫の生活は、絶えず家計を窮迫せしめていたが、那津はその苦しい家計の切り盛りに身をうちこんだ、それは困難な、終ることのない仕事であった。
かっしど然も、夫婦とは名ばかりで、嫁して以来、兵庫とは曾て臥所を共にしたことがなかったのである。|
これらのことはみな、兵庫の自己中心の気質から来ているものだった。政治を行うにも自分の意志をずばずば実行する、誰にも容隊することを許さない、……妻と飲所を共にしないのも、妻を嫌っていたのではなく、「生涯子は持たぬ」という自分の意見を固持する表われである。……ちょうどその酒の飲みぶりと同じように、毎も多くの人々に取囲まれていながら、常に自分の孤独を守り通していたのである。……こん
にもと別ど妻を同伴して来たのも、実は或る重要な目的をもった帰国なので、それを国許の役
ようかい
YOK?________________

人たちに感付かれないための手段に過ぎなかったのだ。
その二
じつとくえりまき、そうしようずきん
かつこうつえ。
ほとんひる。
ならぬ堪忍
  • 酒宴が終ったのは十時過ぎだった。『旅の疲れと、快い酒の酔とで、熟睡した兵庫は、その明る朝早く、まだほの暗い時刻に起きた。そして十徳に衿巻、宗匠頭巾という妙な恰好で、杖を手にふらっと宿を独りで出て行った。
何処へなにをしに行ったのか、戻ったのは殆ど午ちかい時である。……そして夜になるとまた、妓たちを呼んで酒宴だった。
三日めも、四日めも、未明に出て、午ちかく帰るのと、夜の派手な遊びとは同じように繰返された。……そのあいだ妻の那津も、従者たちも、そのことにはまるで無関心な態度で黙っていた。……それから二日ほど雪が降ったので、朝の外出は中止されたが、雪があがると待兼ねたように、それも例よりもよほど早く起きて出掛けた。
和蘭陀羅紗の衿巻を、深く鼻のあたりまで巻きつけ、杖を片手に、温泉街の裏を東へ向った兵庫は、風のない未明の道を、凍てた雪を踏みながら、少し前嶋みになって、し大段のたしかな足どりで歩いて行った。
オランダらしや
まえかが
おおまた
かけす
そば
まな
ちの一
まござえも
湖畔の人々
「普門寺の村へかかると、野づらに質を架けて、寒天の夜干しをしているのがちらほらと見えはじめた。……その作業場へ来るたびに、兵庫は架簀の側へ近寄って、干しあがった寒天の出来具合を見て廻った。……簀の間で働いている人々のなかには、兵庫の姿を見るとにこにこ笑いながら挨拶をする者もあった。「お早うございます江戸の御隠居さん」「ああお早う、精が出るな」(兵庫も機嫌よく答えながら、更に次ぎ次ぎと見て行った。
茅野へかかる少し手前まで行くと、川の流に沿った段丘の上に、新しい寒天干し場が広く幾段にも架簀を列ねていた、……そこは塚原の豪農坂本孫左衛門の作業場であった。
他では大抵まだ農家の副業で、片手間にやっているものが多かったが、孫左衛門は高島藩の勘定奉行所と連絡をとり、本腰を入れて寒天製造の大きな作業場を造ったのである。……原料の石花菜や藻花菜を貯える倉、洗い場、搗き場、釜場などの建物に、働く者たちの長屋の物置、厩などまで新しく建てた。そして二条の堀には、遠く山か
じゅんたくら引いて来る清冽な水が、溢れるような勢で絶えず潤沢に流れていた、この水こそ、作業のためには欠くべからざるものだったのである。人生
ら一
かまば
てんぐさひらくさたくわ
うまや-
ふたすじほり
せいれつ
339?________________

cm
ほほえみ
なじみ
%
7
ならぬ堪忍
兵庫が干し場へ入って行ったとき、架寶の間から一人の美しい娘が、「お早うございます」
と元気な声で呼びかけた。兵庫が微笑で答えながら近寄ると、娘のうしろから、この作業場の持主である孫左衛門も出て来た。……娘は孫左衛門の子でお雪という、兵庫はこの親娘とも五六日来の馴染だった。「どうじゃな、出来具合は」「相変らずでございます」「是はもうあがったのかな」の
の-兵庫は簀の上から寒天を一つ手に取った。……薄透明に少し濁った拍子木型の寒天は、表面に朝の色を映して雲母のような光を放っていた。「やはり色がうまくないのう」「それでございますよ」
孫左衛門もその一つを取りあげた、、、「もうひとつというところで、どうしても澄んだあがりが出来ないのです。ずいぶん苦心してこれまでにしたのですがな」
米
軍「なにか工夫をしている人がいるそうだが」
きらら
はぎわら
湖畔の人々
ひいき
「左様です、御家中の或る高い御身分のお方で、非常に御熱心に色々と工夫をなすって下さる方がいまして、……いまもあれ、向うの作業場においでになっているのですが、……どうも思わしくないようでございます」「でも萩原さまはきっと御成功なさいますわ」娘が側から確信ありげに云った、
の「あんなに御熱心なのですもの、見ていてもお気の毒になるほど御苦心をあそばしているのですもの、もう直ぐきっと立派なものをお作りになると思いますわ」です「ほう、そんなに萩原という方は御熱心なのかな」「いや娘は萩原さまのこととなると、理非にかかわらずもう御贔負ですから」「まあ、お父さま」なごやかな笑いが、静かな朝の空気を震わせて行った。「したが」「孫左衛門はふと眼をあげて、「江戸のお客さまもこの御商売でございますか」
「いやそうではないが」cm「毎朝のように斯うしてお見廻りにおいでなさるので、実は買い付けにでもおいでに?________________

なったのかと思っていましたが」
萩原作之進
その一
ならぬ堪忍
わずか
「いや商売ではないがな」兵庫はちょっと眼を外らした。
画「御当地で寒天作りを始めてから、僅な年数のあいだに、たいそう大坂方面へ出廻るという話を聞いたものだから、……保養に来たついでに見せて貰っている訳ですよ」「数だけはずいぶんあがるのですがね」
に孫左衛門は手をあげて、「御覧の通り見える限りの干し場ですから、積出す数は年々殖える一方ですが、なにしろ大坂には本場の丹後物が根を張っているので、あがりの悪い此方の品はどうしても二番物三番物にされてしまいます」「この色さえ、もうひといったうのう
こちら
いなばのかみちゅうせい
湖畔の人々
「そうなったら高島の天下でこざいますよ」おのおのの手に持った寒天を置きながら、期せずして二人は同時に太息をもらした。高島藩の寒天製造は、藩主因幡守忠誠が西遊の折、丹後地方からその製法を伝えて来たもので、当時は創業してまだ間がなかったにもかかわらず、季候や風土が適していたのと、藩の熱心な指導と、そして農民たちの撓まぬ努力とが一致して、非常な熱で発展し、すでに大坂の市場へ多額な出荷をみるようになっていた。……然し技術的にまだ不足な点があって、その製品の仕上りがうまくゆかず、丹波、丹後地方で製するものに比べて、かなり品の格が落ちるため、出荷数の多い割に利益は思うほどでなかった。
幕府政体の末期的な現象の一として、一般諸藩と同じように、高島藩も当時は財政困難に直面していた。殊にその地勢の関係で、古くから食糧物資の移入国であるため、領内の産業開発は欠くべからざる問題であった。……だからいま、寒天製造が成功するかしないかは、それに従事している農民たちよりも、寧ろ高島藩にとって重大な懸案だったのである。「やれやれ、たいそう邪魔をしました」そう云って兵庫が立去ろうとした時である、?________________

344
めのこ
たんこ
cm「あれお父さま」
と娘が振返って叫んだ、「萩原さまが馳けていらっしゃいますわ」「おお、ひどくまたお急ぎのようだな」
綿入れ布子に短袴、丸腰の若い武士が一人、両手に干しあげた寒天を持って走って来た。「坂本どの、出来ました出来ました」「ええ?出来たとは」
「御覧なさいみごとなあがりだ、それ、この通り氷のように澄んでいる、是も、是も、なみんな同じようにあがっているでしょう」
「おおほんに、是はまあすばらしい出来だ」「わたくしにもお見せ下さいまし」
お雪も父の手から寒天の一つを取ったが、あくまで澄んだすばらしい出来を見ると、ぱっと讃仰の色に眼を輝かせながら男を見上げた。「まあ……萩原さま」「立派でしょうお雪さん、これで苦心の甲斐がありましたよ」
ならぬ堪忍
さんぎよう
たくま
くちもと一
みずさら
湖畔の人々
若い武士もまた喜びに溢れる眼で、眠と嬢の顔を見下ろした。
――これがいま話に出た人物だな。(兵庫はそう思いながら、気付かれぬように若者の容子を見やっていた。……年はまだ若い、骨太のみごとな体で、顔も浅黒く逞しいが、清純な眼と唇許になんとも云えぬ温かみが溢れていた。「それでは新しい御工夫がついたのでございますか」「負った子を捜していたようなものだ、工夫というのも恥しい、ただ搗いた後の水晒しをこれまでの三倍にすればいいのです」。「水晒しを多くするだけでございますか」「丹後製法では一刻半ということだが、それを三倍延ばし、晒せば澄んでみる。実地にやってみせましょう、どうか直ぐ、みんなに触れを廻して集めて下さい」「承知しました。お雪、おまえ行って嘉右衛門を呼んでおいで」「はい」
お雪は走って行こうとして、「あら、あの江戸のお客さまは」と振返った。……兵庫はそのとき、すでに干し場の段丘を下って去りつつあった。
いつときはん
かえもん?________________

346
「……誰です、あの老人は」。
萩原は兵庫の後姿へ眼を光らせた。「誰ですかよくは存じませぬが、この五六日ずっと毎朝のように寒天作りの模様を見に来るのです」「なんのために、……」
「自分では隠していますが、私の考えでは江戸から買い付けに来た商人ではないかと忍思います」「……江戸から来た?」若者の眼はいつまでも、去って行く兵庫の後姿に吸い着いていた。
ならぬ堪忍
その二」
121102224
にぎや
その宵のことであった。例に依って芸者を呼び、賑かな酒宴が開かれていたとき、宿の隠居茂兵衛があわただしく入って来た。そして兵庫の側へすり寄って、「御前、お城からお客来でござります」とだるさるった。
なるしま
かりや
「
こ
」
おんな
湖畔の人々
このまま
兵庫の眼はもう酔っていた。「固く申付けて置いたに、もらしたな」「否え滅相もない、実は夕刻まえにお目附役がおみえなさいまして、色々と」「云い訳はよせ、みつかったものなら仕様がないから会う、誰がまいった」「成島さま、苅屋さまにございます」「よしよし、此処へ通してやれ」「はい。此処で宜しゅうござりましょうか、妓どもは帰しまして……」「いや此儘でよい」
茂兵衛は走るように去ったが、間もなく二人の武士を案内して来た。……成島仁太夫、苅屋角八、いずれも老職格の者だった。「いや此方へ此方へ」
兵庫は自分の側へ二人の座を明けてやった。「このたびは久々の御帰国、御健勝にてなにより祝着に存じ上げまする。御帰国のおもむき些かも知らず、御挨拶にも出ませいで失態仕りました」洲「お手を上げ、お手を上げ」
かくはち一
しゆうちゃく
つかまって
ごあいさつ|
いささ
ECOM?________________

ていちよう
さえぎ」
むね
二人の丁重な挨拶を兵庫は気軽に遮って、「女房伴れの保養でな、宿へもその旨を申し、家中へ知れざるよう隠れて居ったのじゃ。したがって見らるる通りの座敷、固苦しいことは抜きにして、さ……一盞まいろ
いつさん
ずいぎ一
おおー
ひざ
ながうた
ならぬ堪忍
さかずき
「は、然し今宵は御挨拶を申上げるために」
かみしもつけ「無用無用、芸妓どもの居る前でそう裃を着ては笑草じゃ、さ、まいろう苅屋どの」「では仰せに甘えまして」、「成島さんも膝をお崩しなされ、久方ぶりで江戸仕込みの長唄でもお聴かせしようから。……妓どもも固くなることはないぞ、騒げ騒げ」。盃が廻り、再び三味線が鳴りだした。……すると間もなく、また三名の客がやって来た、貝塚久兵衛、栗田、本野。これも上席老職の人々である、……これらの人々が、続々とこんな場所へまで挨拶に来るほど、兵庫の権威は圧倒的だったのである。俄に客が殖えて、座敷は花が咲いたように賑かになった。それから更に半刻あまり経って一人の若い武士が、案内もなくすっと座敷へ入って来た。……然し賑かに酔の発している一座はそれに気付く者もなく、彼は隅の方に坐って、高三でに、たまま、合や、会長と兵事項をこうていた、って、
きゅうべえ
にわか
すみ
すわ
いつせい
とお
「育木会場に有意を得ます」と声を張上げて呼びかけた。よく徹る声だった。三味線も、唄もぴたりとやみ、談笑していた人々も一斉に振返った。……兵庫は酔眼を向けながら、
い「誰じゃ、其処では分らぬ、此方へまいれ」「……御免」
若者は会釈をすると、座のまん中を進んで兵庫の前に端座した。……そして作法通り、切口上で帰国の祝着を述べた。「ああ沢山沢山、固苦しい挨拶はもう沢山じゃ」
兵庫は盃を取って差出しながら、、、「見る通りみんな袴を脱いだ気楽な席、老職も平侍もない無礼講じゃ、一盞まいろ
えしゃく
湖畔の人々
はかま)
「いや頂きませぬ」「そう肩を張るなと申すに」「酒は不調法です」にべもない言葉だった。……兵庫は思わず眼を瞠いて相手を見たが、その半白の眉
まゆ
みひら
郷?________________

しばら
蜘が急にぴくりと波を打った。
|茅野で見た男ではないか。その通りだった。茅野の孫左衛門の作業場で、新しい工夫に成功したと云って喜んでいた、あの萩原という若者であった。「そうか、酒は……飲まぬか」「それよりも御老職に申上げたいことがございます、妓どもを暫くお遠ざけ下さい」「なんの用か知らぬが、いまこの通り酒宴なかばじゃ、また改めて」「相成りません」
若者は冷やかに遮った、な「是非とも今宵、申上げなければならぬことでございます。……妓ども、退って居れ」-声を励まして叫んだ。
妓たちは吃驚して、直ぐに立って座敷から出て行った。……若者はそれを見澄して、吃と容を正しながら、「勘定奉行、萩原作之進お伺い申します」と、てきぱきした調子で言った。
ならぬ堪忍
さが
びっくり
うたた
いかが
こうべ
湖畔の人々
「御老職このたびの街帰国は、かねてお沙法のありました年貢割り増しに最て、その御吟味のためと存じまするが如何でございますか」「それは違う、それは違うぞ」
兵庫は頭を振って、「儂はほんの身保養のために帰ったのじゃ、女房連れの気楽な帰国じゃ、左様なことは夢にも知らんぞ」「……いずれにもせよ」。
と作之進は強く肉薄した。「先般来再三お沙汰のありました、年貢割り増しの件に就きまして、御帰国を幸い、是非とも国許の事情をお耳に入れたいと存じます。明日にも御登城のうえお寄合せを願います」-「それは、国許役人合議の申分か」「役向一統よりのお願いでございます、確とお耳に入れます」作之進は返辞を待とうともせず、別辞を述べ、列席の老職たちに会釈して立った。
やくむき
しか
351?________________

352
若き人々
その一
つぶや
ならぬ堪忍
「じんもん)
「……萩原作之進」兵庫はその名を幾度か呟いてみては、
い合す。――若輩者が。大、
中と眉をひそめた。六十歳を越す今日まで、そのような態度で自分に当面した者はなかった。兵庫の盃を拒み、許しも得ず妓を遠ざけ、帰国の目的までずばずば訊問する。……若年の頃から高島一藩を押えて来た兵庫にとっては、曾て経験したことのない屈辱的な応対であった。
尤も兵庫が屈辱を感じたのは、作之進が彼の帰国の目的を看破したところに、その原因があったのだ。年責割り増し。
もつと一
ばくだい。
わずか
そろ
それは去年からの懸案で、その条文は兵庫の手に成ったものであるが、国許ではなかなか承服しないのである、二度、三度、国許と江戸屋敷とのあいだに折衝があった。然し案外に国許の意見が強硬で、そのまま捨て置いては増税は否決されるかに見えた。
何者がそんな横車を押すか。兵庫は苛々して来た。
――寒天製造もよほど発展し、大坂への積出しも莫大にのぼっているのに、僅ばかりの割り増しが出来ぬとは腰抜け揃いな。パイ
そう思うと我慢ならず、保養の暇を取って帰国したのである。……問題は寒天だっ
た。城下へ着いて以来、彼は身分を隠して諸方の作業場を見て廻った。考えていたよ湖りも製品の質は良くなかった。それで少しがっかりしたが、然し孫左衛門の作業場で、
いよいよ最上の品が作れるという事実を惨めることが出来、帰国した甲斐があったと喜んでいたのである。「まだおやすみあそばしませぬか」
隣室から妻の声がした。「うん、うとうとして居る」
学ぶ。始「おにばなでもお淹れ申しましょうか」
湖畔の人々
まわ
たしか?________________

354
vrouts
ならぬ堪忍
脚「それには及ばぬ」
兵庫はそう云いながらふと、夜中そうやって隣室から妻の声を聞くのは、結婚して以来はじめてのことではなかったかと考えた。……すると有明行灯の仄暗い光のなかに、ひっそりと寝ている妻の姿が見えるように思えた。「おまえも眠れないのか」
「はい、……わたくしはもう、これが昔からの癖でございますから」忍「…そうか」-兵庫は眼を閉じた。隣室もそのまま元のように森閑となった、遠い浴室で湯の溢れ
微かな囁きが聞えている。その音のために、却って滅入るような深夜の静けさのななかに、ときおり、湖水の方から、張詰めた氷のしみ割れる響が伝わって来た。
翌朝、もう出掛ける必要のなくなった兵庫は例になく起床が遅かった。昨夜の出来事がまだ頭に残っているのであろう。顔色も冴えず、朝食を済ませると直ぐ手紙を認め、国家老清水逸之右衛門の許へ持たせてやった。……年貢割り増しの件に就いて寄合せをするから、係り役人に支度をさせて置けという意味の書面だった。「兵庫が登城したのは十時だった。国老はじめ係り役人たちはすでに小書院で待っていた。兵軍はそう人々の中に、荻原之進のしい姿をみつけた。
ささや
かえ
めい
したた
しみずいつの、えもん
ごと
くにもと、
おぼしめ
おい
辞儀の応酬が終ると直ぐ
たっちし「先般お沙汰書を以て達のあった年貢割り増しに就て、江戸表の事情を先ず簡単にお耳に入れる」
と兵庫はよく徹る声で始めた。「かねて条文にある如く、近年お物入り続きにて江戸表お台所向きは御窮乏にあらせ
られるが、国許領民の困難を思召されて、出来る限りお手許を切詰め、御政治表も節々倹第一として今日までまいった。然るに、……このたび上屋敷?御本殿の改築、中屋
敷御修造、お上に於て老中お役付きのための御入費、これら差迫っての御用にて、歇むなく割り増しの儀を仰せ出された次第でござる」湖「江戸表役人中に於ても」
兵庫は流れるような調子で続ける。「国許の様子はつくづく見合せて居るが、近年は格別年貢増しのお沙汰もなく、一面には寒天製造の業も大いに進み、この程度の割り増しくらいは仔細なくお受け出来るものと存ぜられる。また、たとえ多少の困難はありとも、このたびの御入用は差迫っ
てぬきさしならぬ儀なれば、国許に於てもその旨をよくよく相含み、取急いで御達の納如く決定されるべきだと存ぜられる」。
湖畔の人々
しさい
おたっ
355?________________

兵庫は云い終って列座の人々を見廻した。みんな固く膝に手を置いたまま、眼をあげる者もなかった。「御城代の御意見は如何じゃ」『威圧するように、兵庫が清水逸之右衛門へ眼をやったとき、
国「勘定奉行より申上げます」、と萩原作之進が面をあげた。
おもて
、その二
ならぬ堪忍、
ぬのこ
たんこ
かつこう
みなぎ
ただいま
いず
綿入れ布子に短袴を着けた恰好も逞しかったが、麻裃に威儀を正した姿は一層逞しく、また全身に烈々たる意気の漲っている感じだった。「唯今御説明のありました始終は、かねてお沙汰書を以てよく承わり、国許役人中にてしばしば合議のうえ、その都度、精しく江戸表までお答え申上げてございます……いま斉木御老職のお言葉に、国許の様子もつくづく見合せ、という仰せがございましたが、若しそれが事実であるなれば、毎々お答え申上げました通り、このたびの年貢割り増しの儀は、お取止めを願えるものと固信仕ります。改めて御覧に入れるま
きま
きり
湖畔の人々
作之進は一冊の帳簿を抜いて、ずっと座をすすめながら兵庫の前へ差出した。「これに弘化四年度よりの御蔵入り、出費の統計を書き上げてございます。お眼通しのうえ、この内より差繰り配分が出来るという思召しがありましたら格別、唯今のところ領内物成りからは一厘半毛の割り増しも不可能でございます」「だがこの御蔵入りには寒天仕切は入って居らぬ筈だな」
「仰せの如く、新産業御奨励のため、寒天仕切は別勘定になって居ります」々「それを繰入れたらよいであろう」
「まだ到底そこまでまいって居りません」「だが大坂への出廻りも莫大であるし、上質の製品も出来ると定った以上、限もなく別勘定で捨てて置くには及ぶまい」「上質の製品、……」と云いかけて、作之進は急に口を喋んだ。
モー――あっ、あの老人だ!彼は眼が覚めたように、茅野の作業場で見かけた老人の姿を、いま対座している兵庫のうえにみいだしたのである。……あのとき孫左衛門は、江戸から寒天を買付けにきた商人だと云ったが、それは兵庫だったのだ。?________________

358
ならぬ堪忍
「如何にも、……」
作之進はくっと眼をあげた。「領民共の苦心に依りまして、ようやく丹後物に劣らぬ上質品が出来るように相成りました。尤もそれは見込みが立ちましただけで、実際の収益は今年冬の期を待たねばなりませぬ。……然し、若し既にその収益があると致しましても、別勘定という点は
当分のあいだ動かすことは相成りません」忍「なぜだ、どうして動かすことが出来ぬ」
「寒天製造はまだ産業の緒についたばかりです。領分の季候風土はこの事業に最も適し、順調に発達しますれば領民の福祉となるは素より、藩家のためにも重要な財源の一となること確実です。なれど、……それには製造事業を充分に発達させなければなりません。設備もまだ不完全です、技術も未熟です。材料買上げの手も拡げなければなりません。つまらぬ譬えを申すようではございますが」
と作之進は声を改めて云った。「果樹を一本育てますにも、充分に樹の成長を待って、はじめてその果実を収穫いたします。若し若木のうちより実生りを急げば、その樹を弱らせ根を枯らしてしまいます。それと同藤こ、……寒天製造が重要な事業であればあるほど、当面なにを措いて
もと一
たと
も是を完全に育て、出来るだけ発達させることが大切です。年貢割当てなどはまだまだ先のこと、唯今はもっともっと資金と助力を与えてやらねばならぬ時期でございま
こも
湖畔の人々
「そのように一々理屈を申していたのでは限がない。別勘定の繰入れがならぬとすればどうせよと云うんだ」「年貢割り増しのお沙汰をお取止めに願いたいのです」作之進は屹と兵庫の眼を見上げ、静かではあるが力の籠った声で云った。「江戸上屋敷御本殿の御改築は御延期を願います。中屋敷の御修造も同様、またお上に於かせられましても、多額の御出費がなければ老中お役付きに相成らぬと致しますれば、これまたお役付き御遠慮に願います」。「黙れ作之進、老中お役付きはお上にとっての御出世、それを御遠慮に願うとは出過ぎた申条だぞ」「恐れながらお言葉を返します」
昂然として作之進は眉をあげた。「斉木御老職にも、当時天下の事情は御存じでござりましょう。内には倒幕を叫ぶ浪S士の動きあり、外には異国船の来り窺うこと繁く、江戸御公儀にとっては正に一歩も
こうぜん
きたうかがしげ?________________

おんため
ゆるがせならぬ重大な時でございます。かかる折には老中諸奉行とも、最も才能秀抜の人材を揃えて事に当るが公儀の御為、たとえ一役たりとも、金品縁故の力で私すべきではないと存じます」
当時はまだ諸侯たちが、賄賂を遣ったり縁故に縋ったりして、老中諸奉行の役に就こうと争ったものである、したがって幕府閣僚の多くは無為無能、ただ役名を持っているというだけで、いてもいなくても差支えのない人物が沢山あったのだ。敵
わいろ
老いたる花連
ならぬ堪忍
ひきつ
ごひぼう
兵庫の眉はぴくぴくと痙攣った。「なに、金品縁故の力で一役たりとも老中を私すべきでないと申すか。作之進、それはお上を御誹謗し申すことになるが承知か」「お上に対しては申上げませぬ、お上御側近の方々に申すのです、公儀に於てお上の御人物に曝さるるところあれば、多額の御出費を撤かずとも老中御任命のお沙汰があ
げいぎ」
よごと
はばか
湖畔の人々
る筈。藩政御窮乏をもかえりみず斯ることのあるは、お上の御意志ではなく、側近の方々の無分別から出たことだと思います」(
ま「過言、……過言だぞ作之進」「過言でございましょうか」作之進はびくともせず、ひたと兵庫を睨めあげたまま突込んだ。「例えば御老職、こなたさまのこのたびの御帰国に当り、城下お屋敷にはお入りあそばさず、多人数にて宿へ泊り、芸妓を集めて夜毎の御酒宴はなんのことでございます。こなたさまの金をこなたさまが遣う、誰に迷惑もかけぬと思召すかも知れませんが、
扶持は天から降りも地から湧きも致しませんぞ。……憚りながら無分別と申上げたは此処のことでございます。御殿の御改築も、お役付きの入費も、差迫ってぬきさしならぬものとは考えられません。領民はいま藩家百年のために粉骨砕身しているのです。勘定奉行の役目を以て申上げますが、年貢割り増しの儀は固くお取止めを願います」
火桶へかざしている兵庫の手が、眼に見えるほどぶるぶると震えていた。彼は作之進の言葉が終るや否や、如「…儂は退席する」
UF
こ
ひおけ?________________

362
おたにひこしろう
すさま
んが
忍
そうぼうふんぬ
むししゅくさつ
ならぬ堪忍
わめと喚くように云って立った。「私行の論まで持出すようでは、もはやなにを申すも無駄であろう。儂の意見は改めて申し伝える、今日は是まで」。-国老清水逸之右衛門が引留めるのを、振り払うようにして退座した。
廊下に雄谷彦四郎が待っていた。……兵庫はその彦四郎の顔が凄じくひき歪んでいるのをちらと見、廊下を蹴って下城した。兵庫の念は大きかった。
その念がどんなに烈しいものだったかは、かれの相貌が念怒の色でなく、寧ろ粛殺たる寂しさを湛えていたことで分るだろう。……実のところ彼自身にも、いま自分の心を去来する感情が、果して骨を噛む念怒なのか、また荒涼たる寂しさであるのか分らなかったのだ。
彼は宿へ帰り着くまでなにも云わなかった。然しその太い眉だけが、彼の心を表白するように、時々ぴくりと痙攣っていた。……そして宿へ帰ると直ぐ酒を命じ、珍しく妻に酌をさせながら飲みはじめた。「お顔色がすぐれませぬ、御城中でなにか御不快なことでもございましたか」「うん?……なに、別になにもない」
たた
まゆ
まぶ
おっと一
ふすま」
湖畔の人々
「では御気分でもお悪いのではございませぬか」「そのように見えるか」
振向いた良人の眼を、那津は押し包むような眼で受け止めた。……兵庫は直ぐ、しそうに眼を外らせた。「案ずるには及ばぬ、御用の件で少し気になることがあるのだ。……酒がぬるい」「それは相済みませぬ、お代え致しましょう」-那津が立つのを待っていたように、襖を明けて彦四郎が現われた。……彼は敷居越しに平伏しながら、「申上げます」
と決意の色の表われた顔で云った。「なんだ」「唯今限り、お暇を頂きとう存じます」「……暇を呉れと?」「はい」
兵庫はぎろりと彦四郎を見た。……彦四郎は押えつけたような声で、S「主、辱めらるるときは臣、死すと申します。まして御政道の邪魔となる勘定奉行、
いとま
はずかし?________________

にささ
ちゆうちょ
恐れながら彦四郎めに、……」
知識、そう云って喰いつくように見上げる眼と、兵庫の眼とがひたと結びついた。十秒あまり沈黙が続いた。
彦四郎の眼光は不動の決意に燃えていた。兵庫はそれを明白に読んだ。沈黙は些かの躊躇を語ったに過ぎない。「…
兵庫は頷いた。そして、立って、手文庫から金を取り出して包むと、「旅費じゃ」
とそれへ押しやった、「落着いたら便をよこせ」、「……はっ」彦四郎はにっと微笑しながら平伏した。
ならぬ堪忍
たより
「その二
「遅うなりまして」、那津が入って来た。……恐らく主従の話を耳にして、彦四郎の去るのを待っていた
しばら一
おのの
のであろう、静かに元の座へ坐ったが、その顔色には暗い不安の色が漲っていた。「唯今ちらと耳にいたしましたが、彦四郎に暇をお遣わしあそばしたのですか」「うん、暫く戻らぬかも知れぬ」「それはあの、……若しゃ、……」
那津は恐れていることを口にする者の戦きに、おろおろと吃りながら去った。「若しや、誰ぞを御成敗あそばすためではございませぬか」「左様なことに口出しはならぬぞ」「よう存じて居りますけれど、……彦四郎の口振りでは階に誰ぞ御成敗になる様子、若しもそれが、……それがあの、昨夜御酒宴の席を騒がしました萩原作之進でしたな
たしか
湖畔の人々
だんな」
こうむ
「どうした。若しそれが作之進であったとしたらどうした」「旦那さま!」
那津はさっと色を変え、総身を震わせながら声を絞って云った。「お願いでございます。那津が一生のお願いでございます。如何なる御不興を蒙りましたかは存じませぬが、御成敗だけは赦してやって下さいまし、どうぞそれだけは御納勘弁あそばして」、?________________

編「どうしたのだ那津、なにをそのように震えるのだ」
「あれを助けてやって頂きたいのです。作之進の命を助けて頂きたいのです。旦那さま、あれはわたくしの生んだ子でございます」「……兵庫は殴りつけられたように半身を起した。
「なに、あれがおまえの子だと?」忍「亡き姑上さまからお聞及びでございましょう。わたくし斉木家へまいります前、?
田助左衛門方へ嫁しました。半年足らずで良人に死別、いろいろな事情から離縁になって実家へ帰りましたが、間もなく生んだのが作之進でございます」
ははうえ
ならぬ堪忍
さと
「こなたさまへ嫁ぎましたのはそれから二年め、申訳のないことながら、それ以来あれのことは片時も忘れることが出来ませんでした。五つの年に実家から萩原へ養子にまいったことも、作之進と名乗って無事に成長し、去年の春には御勘定奉行に出世したということも、みんな存じて居りました……若しも」
那津は履びあげながら、「若しもわたくしが、こなたさまのお子をお生み申すことが出来ていましたら、こん
かせ
ぼうぜん
たぎ
ありあり
湖畔の人々
なに作之進のことを考えはしなかったでございましょう」そう云って崩れるように泣き伏した。情然として、妻の波うつ肩を見ているうちに、兵庫の胸には熱い湯のようなものが沸って来た。ふしぎな感情だった。彼は初めて、そこに泣き伏している妻に烈しい愛情を感じだしたのである。
――那津に子がある、那津は子を生んでいたのだ。
それは自分の子ではなかった。けれど兵庫には無関係なことだ。彼はただ、那津に,子があるということから、その子を生んだときの、那津の若い姿が歴々と見えるように思えた。
娶って以来いちども臥所を共にしなかったのは、兵庫の偏った考えから出たものだ。臥所を共にしなければ子の生れる訳もない、夫妻は名ばかりで年々と互いに老いて来た。誇張して云えば、もはや二人のあいだには性別さえも感じられなくなっていた。……それがいま、那津に子があったという一言で、妻のうえにあった若き姿がまざまざと眼に見えて来た。年老いた妻のなかに、はじめて匂高き「女性」をみいだしたのである。、、、兵庫の胸は温いものに溢れた。……六十余歳にしてはじめて、そんなにも身近に妻
めと
かたよ。
ふしど
におい?________________

16NO
ひゃくしようぐら。
を感ずることの歓びがあろうとは知らなかった。「……待って居れ、作之進は大丈夫だ」兵庫はそう云って立った。宿の者に馬を曳かせた。百姓鞍であったがそのまま騎って出た。侍屋敷への道はひと筋、枯れた葦のうえに午後の薄日がさしていた。湖水へ注ぐ川の手前で、兵庫は雄谷彦四郎に追いついた。
大「彦四郎、待て」
ならぬ堪忍
しさい
そなた
「もう行くには及ばぬ」
馬を彦四郎の側で停めながら云った。「仔細はあとで聞かす、其方はこのまま江戸へまいれ、分ったか」「このまま江戸へ」「そうだ、宿へも寄るには及ばんぞ」に
大事に。そう云うと共に、再び馬を駆って、侍屋敷の方へ疾駆して行った。、、、
乗りつけたのは国家老清水逸之右衛門の屋敷だった。主人の逸之右衛門は兵庫の来訪と聞いて、直ぐに支度を改めて客間へ出た。……城中であんな事のあった後である。
あるじ
ころ
わし
2013
湖畔の人々
どのような烈しい怒に触れるかと思ったが、兵庫は機嫌よく笑って会釈した。「なにごとの御入来でございます」「……隠居しようと思ってな」
意外な言葉に、之右衛門はちょっと返辞が出来なかった。……兵庫はさばさばと笑いながら、
「儂もずいぶん憎まれ役を勤めてきた、もう隠退すべき頃だと思う。時世も変ったし、々若い者のなかにもなかなか骨のあるやつが出て来た。今日のようにやられては優もか/たなしじゃ」
「あの元気には敵しません、なにしろ拙者どもの若い頃とはまるで考が違います」湖「あれでいいのだ、あの元気があれば任せてもよい、それで儂も隠居をする気になっ
た。どうか江戸表へ手続をとって頂きたい」「然し、……早急でございますな」
資「気の短いは老人の癖じゃ。そう決心したら一時も早く肩の荷を下ろしたくなって、百姓馬を飛ばしてやってまいったよ。やれやれ、これでどうやら身が軽くなった」
もう用はないというように、兵庫はすぐ立って玄関へ出たが、ふと思出して、始「それからあの勘定奉行だがな」?________________

そこもと
もら
と振返った。「あれはまだ独身か、それとも妻帯して居るのか」「まだ独身でござりますが」「では儂が嫁の世話をしてやる。斯う云っただけでは其許には分るまいが、実はいい嫁の心当りがあるのだ。……会ったらそう伝えて貰いたい、いずれ話にまいると」逸之右衛門は笑いながら頷いていた。
馬の足も軽く帰途についた兵庫は、茅野で知った孫左衛門の娘お雪の顔と、作之進理の逞しい姿とを並べて想像しながら、自然と湧いて来る微笑と共に呟いた。「……今年はゆっくり花が見られるな、妻を伴れて、何処の花をさぐろうか」
(『現代作家傑作文庫の」昭和十七年六月)、



底本:「ならぬ堪忍」新潮文庫、新潮社
   1996(平成8)年4月1日発行
   2005(平成17)年10月10日二十一刷改版
底本の親本:「現代作家傑作文庫2」
   1942(昭和17)年6月
初出:「現代作家傑作文庫2」
   1942(昭和17)年6月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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