この想いを…(前編) ◆LuuKRM2PEg
屈強な鎧を纏った大男(声のトーンや喋り方から考えて)が振るう長槍を、佐倉杏子は両足を屈めることで避ける。そこから前に踏み出して、男の懐へ潜り込むと同時に杏子は槍で突きを放つが、装甲から金属音と共に火花が飛び散るだけでダメージになっているとは思えない。
それならばと思いながら、同じ部分に三段突きを繰り出すものの結果は同じで、呻き声すら洩らさなかった。
それでも杏子に諦めの文字はないので、力の限り槍を振り回し続けている。しかし相手も棒立ちで攻撃を受けているままではなく、二メートルは超えるかもしれない槍を頭上に掲げてきた。
大気が薙がれる音を耳にしたのと同時に、杏子は反射的に飛び退って回避に成功する。槍の先端がコンクリートを軽々と破壊した直後、男は再度それを横薙ぎに振るってくるが、杏子は跳躍することで空振りに終わらせた。
そこから数メートル程の高さまで跳躍した後、彼女は全身の体重を乗せて急降下をしながら槍の矛先を男に向けて、冷たい空気が全身に突き刺さる感覚を感じながら一気に叩き付ける。すると、重力によって増した威力の影響のおかげか堅牢に見える鎧からは火花が噴き出して、中にいる男は呻き声を漏らしながらようやく微かに後退した。
「ぐっ……!」
「まだまだぁ!」
度重なる攻撃によって、亀裂が刻まれている部分に杏子は槍を突き刺す。
相手がかつての師匠である巴マミの敵であるせいなのか、得物が振るわれる度に両腕の力が増していった。そして、男の姿がフェイトとユーノを殺したであろう怪物と重なって見えて、彼女の怒りが更に燃え上がっていく。
もしかしたら、そこには数時間の自分に対する憂さ晴らしも混ざっているのかもしれないと、激昂しながらも杏子は考えるがすぐに振り払った。そんなことをここで考えても意味などないし、今はこの男を倒すことに神経を集中させるべき。
杏子がその手に持つ槍を斜め右に振り下ろして装甲を斬り裂こうとするが、その一撃は相手の槍によって弾かれてしまい、けたたましい衝突音が鳴り響くと同時に杏子は体勢を崩した。
この一瞬の隙を好機と見たのか、男はその槍で突きを繰り出そうとしてくるのを杏子は見る。長い間、数多くの魔女やその使い魔を倒してきた彼女は、経験により培われた勘でまずいと思うが、身体が言うことを聞かない。姿勢を正すにも回避行動を取るにも、男の方が早かった。
「たああああぁぁぁぁぁっ!」
だが数秒後の未来を予測した直後、それは彼女にとっていい意味で裏切られることになる。
キュアパッションに変身している東せつながロングタイツに包まれたしなやかな足で、杏子を串刺しにしようと企む男の巨体を一気に蹴りつけて仰け反らせたのだ。
その細い足の何処にそんな力があるのかと杏子は思ったが、考えてみたら魔法少女も常人を遥かに超えた力を持っている。だから、プリキュアと言う戦士も馬鹿力があってもそこまでおかしくないかもしれない。
キュアパッションのおかげでダメージを負うことはなくなった杏子は、すぐに体勢を立て直す。そんな彼女の隣に、命の恩人とも呼べるキュアパッションが立った。
「大丈夫、杏子!?」
「ああ、あたしなら問題ない! それよりも……」
「ええ」
目を合わせたがそれはほんの一瞬で、彼女達は同時に前を振り向く。
視界の先では、キュアパッションの蹴りによって吹き飛ばされた男が、まるで何事もなかったかのように歩いている姿があった。
「フッ、温い……温すぎる」
「何だよ、余裕のつもりか……!」
「やはり貴様らもあの小娘どものように、ただの蛆虫に過ぎないようだな!」
嘲りに満ちた叫びと同時に、男はその身に放つ殺意を爆発させながら勢いよく突貫しながら、その手に持つ得物で突き刺そうと迫る。それを見た杏子はキュアパッションと同時に飛び上がりながら、自らの槍を一気に分離させて多節棍の形状への変えていき、眼下を通り過ぎた男の槍に絡めさせた。
そのまま地面に着地した杏子は男の槍を奪い取ろうと渾身の力で引っ張るが、やはりビクともしない。一応、相手の動きを止めることはできたがいつ力負けをして、逆に吹き飛ばされてもおかしくない。
だが、それは彼女も予想していた。
「今だ!」
「わかったわ!」
そのまま杏子は隣にいるキュアパッションに振り向くことなく、大声で叫ぶ。
彼女の真の目的を察したのか、キュアパッションは韋駄天の如く男に向かって疾走し、勢いよく拳を叩き付けた。彼女の攻撃は一度だけに終わらず連続で巨躯を揺らして、その度に大気が振動する轟音が鳴り響き、威力が如何に高いかを物語っている。
キュアパッションの叫びが鼓膜を刺激する中、男から伝わる力が弱くなっていくのを感じた杏子は両腕を振り回して、槍を奪い取った。そのまま頭上で一回転させた後、男の巨大な槍を少し離れた道路に放り投げる。
遠投した相手の武器に目もくれず、キュアパッションが放った正拳突きによって男が後退するのを見て、杏子は走った。
いくら男が馬鹿力を持っていたとしても、武器を無くしてはその戦力は減少する。無論、あんな大きな拳で殴られては痛いで済まされないかもしれないが、それでもチャンスが出来たのなら活かさない手はない。
男は狼狽したような声を仮面から漏らしながら案の定、キュアパッションに殴りかかる。だが彼女は素早く跳躍したことで軽々と避けながら一回転をした後、胸部に蹴りを叩き込んだ。
その反動で再び飛んで地面に着地したキュアパッションと入れ替わるように、杏子は力強く槍を振るう。幾度にも渡る攻撃の甲斐があってか、胸部の傷は確実に深くなっていたがそれでも崩壊する気配は感じられなかった。
だが、それなら無理に壊すつもりはない。いつ打ち破れるのかわからないのに、同じことを続けていても無意味なだけ。
(上手く行くかどうかはわからねえけど……やってみるか!)
そう心の中で告げながら槍を振るった後、杏子は背後に飛んで男と距離を取る。
数メートル離れた直後に、男は激昂しながら突っ込んできた。だが杏子に取ってそれは予想通りで、次の瞬間には男の足元に赤い鎖を出現させて、巨体を微かに躓かせる。
それを好機と見た彼女は、男の勢いを止める為に次々と鎖を出して、頑丈そうな装甲を縛りつけた。たった一人で行う拘束はそれなりに効果があるようだが、やはりフェイトとユーノを殺した怪人のように、長時間止めるのは不可能かもしれない。
もしも一人で戦っているのなら一時しのぎにもならないだろうが、今は隣に協力してくれる奴がいる。
「歌え、幸せのラプソディ! パッションハープ!」
振り向くと同時に、キュアパッションは活力に満ちた声を発しながら、いつの間にか手にしたハート型の赤いハーブを奏でていた。
聞く者全ての心を和ませそうな優しい音色が響くが、杏子は穏やかになれずそれどころか怒りすら湧き上がっていく。
「てめえ、こんな時に何をやって――!」
「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」
しかし杏子の叫びが完全に紡がれる直前、キュアパッションの言葉に合わせるように、凄まじい輝きがパッションハープという楽器から発せられた。その眩しさに思わず半目になってしまった杏子は、光の中心でキュアパッションがその身を大きく回転させるのを見る。
すると、パッションハーブから発せられた光輝は分離していき、純白の羽や小さなハートへと姿を変えていって、槍に拘束されて動けなくなった男を勢いよく飲み込んだ。
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」
そのままキュアパッションはパッションハーブを持つ手を真っ直ぐに伸ばして、円を描くように動かすと光はより激しくなって、一瞬の内に爆発した。
その眩さを前に、杏子は勝ったと確信する。魔女を軽く吹き飛ばしてしまいそうな光の竜巻を受けては、どんな奴だろうと負けるに違いない。
暴れまわるエネルギーの余波に両足で耐える杏子の中に、新たなる希望が生まれていた。
「やった……のか?」
真っ赤な光が収まり、風が落ち着いてきた頃に杏子は思わずそう呟きながら、キュアパッションの方に振り向く。
見ると、彼女は息を切らせながらも膝を崩すが、それでも落ちないように耐えているようだった。やはり、いくら強靭な肉体でもあれだけの相手では、かなり消耗するのかもしれない。
だから倒れる前に急いで駆け寄って、キュアパッションの身体を支えた。
「おい、大丈夫か!?」
「え、ええ……ありがとう。私なら、大丈夫だから」
「たく、見てられねえな……あたしがいなかったら、今頃あんたは死んでたぞ」
「あはは……ごめんね。でも、それは杏子も同じじゃない?」
「……そうかもな」
微笑みを向けるキュアパッションは、杏子の身体を支えにしてゆっくりと立ち上がる。
減らず口を叩くその姿に、思わず杏子は安心感を抱いていた。それと同時に、最後まで強がっていたフェイトとユーノの事も思い出してしまい、針で刺されたような痛みを胸に感じる。
もしも、せつなともっと早く出会えていたら二人が死ぬことはなかったのかもしれないが、IFの可能性を考えていても仕方がない。
何よりもまだ、終わっていないのだから。
「あんた、まだ立てるよな?」
「大丈夫だって……それに、まだ終わってないのだから」
「そうだよな」
もくもくと立ち昇る煙の中からは、未だに衰えない殺意が感じられる。それが意味するのは、大男が生きていること。
頑丈なのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。だがそれなら、マミやせつなの仲間であるキュアピーチという奴の分まで叩きのめせばいいだけ。
そう思いながら槍を握りしめたが、その瞬間に粉塵から光が放たれるのを杏子は見てしまった。
「なっ……!? おい、飛ぶぞっ!」
キュアパッションからの返事を待たず、杏子は全神経を回避に集中させて跳躍する。その直後についさっきまで立っていた地面が、凄まじい轟音と共に爆発した。
足元から伝わってくる衝撃によって杏子の身体は吹き飛び、視界が大きく揺れていく。そんな中でも彼女はキュアパッションの姿を探すが、目の前が眩い光に飲み込まれてまともに見えることがなかった。
視覚と同じように彼女の悲鳴も無慈悲な爆発に飲み込まれていくが、それに気づく者は誰もいない。
ただ、爆発が続くだけだった。
◆
煙の中から飛び出した閃光の嵐に飲み込まれたキュアパッションは、灼熱によって焼け焦げた全身を駆け巡る痛みに耐えながらも、ゆっくりと身体を起こして佐倉杏子を探す。
しかし周りに見えるのは瓦礫の山と、大量の煤煙だけで他には何も見えない。風が吹いてくれれば視界も安定するだろうが、それまでの時間すら彼女には惜しかった。
「っ……杏子、大丈夫!? 杏子っ!」
何とか立ち上がりながらも杏子の名前を呼ぶが、返事はない。
まさか、彼女はやられてしまったのか。巴マミという人を始めとしたたくさんの人と同じように、彼女を助けられなかったのかという暗い感情が、キュアパッションの中で生まれていく。
ナケワメーケ達とはまた違う正体不明の敵はキュアピーチと戦い、マミの命を奪ったと言っていた。マミの命を奪って杏子を悲しませたことに憤りを覚えるが、今はそれどころではない。
キュアパッションは、慎重に目を配っていた。この煙に紛れて、不意打ちを仕掛けてくるかもしれないから下手に動くのは危険。しかし、このまま敵の動きだけに集中していたら杏子も危ない。だから、いつまでもこうしているわけにはいかず、次第に焦燥感が強くなっていた。
一体、どこから敵が現れるのか……そう思った瞬間、瓦礫が崩れる乾いた音がして、キュアパッションは反射的に振り向こうとする。
しかしその直後、煙の中を切り裂くように、巨大な拳が勢いよく飛び出した。
「ッ!?」
反射的に両腕を交差させてガードの体制に入るが、それだけで防げるような一撃ではなく、めきりと両腕の骨が軋むような音を鳴らしながら、彼女は軽々と吹き飛ばされてしまった。
キュアパッションは悲鳴をあげるが、それだけで終わらない。宙を漂う彼女に追い打ちをかけるかのように、辺りの建物を破壊した光が再び発射された。
受け身を取る暇も、アカルンを発動させる時間的余裕もない。レーザーはキュアパッションの身体を容赦なく焼いて、凄まじい激痛を生んでいく。通り過ぎていくまでの数秒間、彼女の悲痛な叫び声が発せられるが、呆気なく掻き消されてしまった。
それからすぐに、全ての光はキュアパッションを通り過ぎて、新たに建物をいくつも破壊していく。だが、それに気を止める余裕など彼女にはなく、ただ力なく地面に倒れるしかなかった。
「これだけで終わると思うな」
それからすぐに、あの男の声が耳に響いてキュアパッションの意識が急激に覚醒する。
そのまま顔を上げようとした直後、片手で首を掴まれてしまい、勢いよく持ち上げられてしまった。
同時に甲冑を纏った男の姿を捉える。キュアパッションは拘束から逃れるために蹴りを叩き込むが、力がまるで入らずに弱々しい音が響くだけに終わった。しかも、パッションハーブも手元から零れ落ちているので、必殺技を放つこともできない。
だが、そんな彼女の事情など関係ないとでも言うように男は唐突に跳躍して、それに伴ってキュアパッションの身体も空に引き上げられていく。
まずいと思ったキュアパッションは必死に足掻くも、男の握力は凄まじくて振り解けない。
「落ちろ、小娘!」
そして男は50メートルを超える高さから、キュアパッションを乱暴に投げ飛ばした。すると彼女は成す術もなく、空中で錐揉み回転をしながら一瞬で大地に叩きつけられてしまい、コンクリートが砕かれる鈍い音が辺りに響く。
普通の人間ならば、落下によって身体は原形を留めずに崩壊していたかもしれない。しかし、強靭な肉体を持つキュアパッションは生きていた。
だが、凄まじいダメージが全身を蹂躙していて、動こうとしても激痛がそれを邪魔をしている。それでもキュアパッションは立ち上がるため、表情を顰めながらも力を込めようとした瞬間、上空から降ってきた槍が右腕に突き刺さった。
「うっ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
耳にするのも苦痛になるような悲鳴と共に鮮血が溢れ出して、コスチュームを彩る赤が更に濃さを増していく。その喉から発せられた叫びが自分自身のだと理解した直後、まるで隕石でも落下したような衝撃がキュアパッションの背中に襲いかかる。
それが急降下をした男による攻撃だと察する暇もなく、地面もろとも突き刺さっていた槍が無理矢理引き抜かれて、血液が噴水の如く噴出し始めた。
自分の中から水分と熱が流れ出ていくような苦痛が全身に広がりつつあるが、それでもキュアパッションは男を睨みつけようと顔を上げる。だがその視界が相手の姿を捉える直前、肉が磨り潰されるような音が耳に響いた。
そして、左脇腹から伝わる痛みによって仰け反ったキュアパッションは両目を見開き、その口から夥しい量の血を吐き出してしまう。そして、地面に散らばっている生臭い液体を見て、彼女は刺されたことを察した。
「あっ……あ、あ、あ……」
度重なるダメージと失血によって声も小さくなっているが、それでもキュアパッションは何とか痛みを堪えて意識を保っている。
「哀れだ、実に哀れだな……テッカマンである私に出会わなければ、まだ命が伸びていただろうに」
今にも命が燃え尽きてもおかしくなかった彼女の耳に、嘲笑の声が届いた。
そして、その中に含まれていたテッカマンという単語を聞いて、キュアパッションは何とか顔を上げる。
「テッカ、マン……? まさか、あなたはタカヤさんと同じテッカマン……なの?」
「ほう、貴様はブレードの仲間だったか……そうだ。私の名はテッカマンランス……冥土の土産にこの名を聞けたことを、光栄に思うがいい」
テッカマンランス。相羽タカヤのかつての仲間であり、相羽シンヤと共に宇宙生命体ラダムに支配されたモロトフという男が変身するテッカマン。
つまり、ラダムの意思によって望まない戦いを強いられている人。ラブを襲った上にマミの命を奪ったのは許せないが、それでもこの手で助けなければいけなかった。
「モロ、トフさん……」
「何?」
「どうか、こんなことは……もう、やめてください……タカヤさんだって、本当は望んでません……どうか、昔のあなたに戻って……」
こんな説得が通じる相手とは思えないのはキュアパッションも理解しているが、それでも最後まで諦められない。
今のテッカマンランスは……いや、モロトフはタカヤや結城丈二の言うように話し合いで解決するような相手ではなく、ノーザと同じ倒さなければならない敵であるのはわかる。
だけど、やはりいがみ合ったまま終わらせるなんて嫌だった。
「何を言い出すかと思えば、命乞いですらない下らない言葉とは……キュアパッションと言ったか? やはり貴様も、あのキュアピーチとかいう小娘と同じ愚か者だったか……貴様如きが生きている価値などない、この私が引導を渡すことを感謝するがいい」
ランスの持つ槍が高く掲げられていくのを見るが、キュアパッションにはもうどうすることもできない。
背中が踏まれていて身動きが取れず、痛みのせいで身体に力は入らなかった。ここからアカルンを使ってワープをしたとしても、この傷ではすぐに死んでしまう。
みんなを助けるためにもここで倒れるわけにはいかないが、立ち上がるための方法が何も思い浮かばなかった。
(ラブ、美希、ブッキー……みんな、どうか生きて……それとお父さんにお母さん……ごめんなさい)
この残酷な世界に連れて来られた友達みんなと、こんな自分を娘と認めてくれた両親の顔が脳裏に浮かぶ。
もしも、私が死んでしまったらみんなは絶対に悲しむはずだった。人々を守る使命を持つプリキュアが誰かを悲しませるなんて、あってはいけないのに。
それでも、みんなの無事を祈るしかなかった。
(杏子は……無事かな? 生きていてくれたらいいなぁ……)
そしてキュアパッションは、一緒に戦ってくれた杏子のことも思い出す。
可能性が低いのはわかっているが、せめて彼女だけでも無事でいて欲しい。彼女ならいつか、ラブ達と一緒に魔法少女の力を正しく使ってみんなの幸せを取り戻してくれるはずだから。
「死ね……!」
「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
巨大な得物がギロチンの如くキュアパッションに振り下ろされようとした瞬間、ランスの動きは止まる。
それに疑問を抱く暇もなく、聞き覚えのある叫び声の方にキュアパッションが振り向いた先では、あの佐倉杏子がいた。
それも一人だけでなく、三人も。痛みのあまりに錯覚を見ているのかと思うのと同時に、現れた杏子達はランスに攻撃を仕掛けてきた。
「何っ!?」
三人の杏子が同時に槍を叩き付けたことによってランスは後退してしまい、キュアパッションはようやく解放される。
何故、いきなり杏子があんなに増えたのかという疑問が湧きあがっていくが、それを言葉する暇もなくキュアパッションの身体は再び持ち上げられた。
誰、なんて口にすることはない。意識は徐々に薄れていくものの、それでも姿だけははっきりと見えたのだから。
「杏子……」
キュアパッションを抱えながら走っているその少女は、無事を願っていた佐倉杏子その人だった。
◆
巴マミと同じ魔法少女である佐倉杏子がいきなり増えたのには流石のテッカマンランスも驚いたが、だからといって不利になるわけではない。
恐らく、分身の術に等しい技を使ったのだろうが、やはり戦闘力は元の杏子と同じ。そんな奴が三人増えたからとはいえ、ランスにとっては虫けらの数が増えた程度にしか思えなかった。
左右からそれぞれ迫る杏子達は同時に槍を振るうが、ランスはテックグレイブと自らの腕だけで軽く受け止める。普通の刃物より鋭いのは確かだが、テッカマンにとってはなまくらに等しい。
勢いを止めてから渾身の力を込めて弾き返し、そのままテックグレイブを横に一閃させて二人纏めて両断した。鮮血が吹き出すことはないが、その代わりに霧の如く杏子の姿は消えてしまう。
しかしそれに大した関心も寄せず、ランスは最後の一人に振り向いた。もう後がないと悟ったのか、無謀にも突っ込んでくる彼女は槍を掲げてくる。
だが振り下ろされる直前、テックグレイブで突きを繰り出してその華奢な体を貫き、跡形もなく消滅させた。
「フン、他愛もない……所詮、小娘は小娘に過ぎないということだ」
そう語りながら息を整えて辺りを見渡すが、誰もいない。
恐らくあの杏子と言う小娘は、分身を囮にしてキュアパッションと共に逃げたのだろう。だがあんな小物どもをわざわざ追いかけ回すのも、それはそれで馬鹿馬鹿しいだけ。あれだけ痛めつけたのだから、巴マミのように勝手に死ぬだろう。
やはり慢心さえしなければ、プリキュアと魔法少女は充分に圧倒できる相手だ。油断をしなかったからこそ、わざわざボルテッカを使うこともなく勝てている。
だが、終わったことをいつまでも悔やんだ所で仕方がない。それよりも今は、このエリアにいるブレードにメッセージを伝えるのが最優先だった。
小娘どもがブレード達と合流して、自身のことを話されてはたまったものではない。奴がブラスターテッカマンへの進化が可能となっているなら、また敗北してもおかしくなかった。
『どんな手を使おうとも、多人数で挑もうとも構わん!!
この俺……破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バに挑むがいい!!』
そして、三人の杏子が現れてから途切れ途切れに聞こえてきた大声が、ようやく止まる。
戦いによる咆哮や轟音でほとんどが掻き消されている上に、音源が遠かったせいでまともに聞こえなかったが、ランスの耳には確かに届いていた。
恐らくあのゴ・ガドル・バとかいう名の小物も、自分と同じように拡声器でも使って蟻どもを呼び出しているのだろう。
ならば、ブレードの後に始末してやればいい。相当な自信があるのだろうが、テッカマンには遠く及ばないことを教えてやろう。
そう、テッカマンランスは心の中で呟きながら、テッカマンブレードを探すために足を進めた。
【1日目/朝】
【H-8 市街地】
【モロトフ@宇宙の騎士テッカマンブレード】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、強い苛立ち、ランスに変身中
[装備]:テッククリスタル@宇宙の騎士テッカマンブレード
[道具]:支給品一式、拡声器、ランダム支給品0~2個(確認済)
[思考]
基本:参加者及び主催者全て倒す。
0:一刻も早くタワーにいるタカヤに会う。
1:市街地に移動して拡声器を使い、集った参加者達を排除。
2:ブレード(タカヤ)とはとりあえず戦わない。
3:プリキュアと魔法少女なる存在を皆殺しにする。
4:キュアピーチ(本名を知らない)と佐倉杏子の生死に関してはどうでもいい。ただし、生きてまた現れるなら今度こそ排除する。
5:ゴ・ガドル・バという小物もいずれ始末する。
[備考]
※参戦時期は死亡後(第39話)です。
※参加者の時間軸が異なる可能性に気付きました。
※ボルテッカの威力が通常より低いと感じ、加頭が何かを施したと推測しています。
※ガドルの呼びかけを聞きましたが戦いの音に巻き込まれたので、全てを聞けたわけではありません。
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最終更新:2013年03月15日 00:18