覚醒(前編) ◆LuuKRM2PEg



「シンケンゴールドもくたばりやがったか……この俺に大口を叩いておきながら、やはりこの程度だったか」

 三度目の放送が終わった後、血祭ドウコクは静かに呟く。
 空中に現れた奇妙な奴が、あの梅盛源太の名前を呼んだ。それはつまり、逃げ出したはいいがその後に死んでしまったということになる。あのアインハルトという小娘やダグバも例外ではない。
 他にも知らない名前がいくつも呼ばれたが、ドウコクは何も思わなかった。同族たる外道衆が死んでも微塵の悲しみが芽生えなかったのだから、憎むべき人間が死んだ所で何の感情も生まれない。喜ぶことも、この胸に溜まった苛立ちが晴れることもなかった。
 ただ、志葉屋敷のある村に向かえばいい。途中、他の相手を見つけたら下僕にすればいいし、従わないのならこの手で捻り潰すだけだ。

「あのゴハットとかいう野郎……俺のことを見くびってやがった。ケッ、随分と上から目線な物だな!」

 今回の放送で現れたゴハットという怪物は、これまでと違ってやけに上機嫌だった。
 外道衆にもたまにあのような態度の輩はいる。悲鳴をあげる人間の姿を嘲り、そして己の血肉とする。だが、あのゴハットはそういう連中とは少し違う気がするが……それは別にどうでもいい。
 ただ、あまりにも耳障りで気分が悪くなった。単独行動を続ければ制限とやらが解除される情報が与えられるらしい。だけど、ドウコクにとっては重要ではなのは、気にいらない連中をどうやって潰すかだった。

「人間どもが……早く出て来やがれ」

 血祭ドウコクは静かに呟くが、それは森の中に流れるそよ風に掻き消される。
 それを気にすることのないまま、広大なる森の中を進み続けていた。途中、川も見えたが軽々と飛び越えて、向こう側の地面に着地する。
 村に向かうつもりだが、そこまでにどのルートを歩むのかは考えていない。禁止エリアだけは把握しているが、そこを通らなければ後はどこでもよかった。




 また、死人の名前が呼ばれ続けた。
 助けられたはずの誰かがここではないどこかで死んでしまう。そんなのは気分が悪くなるし、幸せだったはずの日常がなくなったと考えるとやるせなくなった。
 一文字隼人。村雨良。大道克己。泉京水。相羽タカヤ。バラゴ。溝呂木眞也。彼らの名前を呼ばれたことが、キュアブロッサムに変身した花咲つぼみは悲しかった。

「バラゴだけじゃなく、溝呂木の野郎まで呼ばれたのか……くそっ」

 そして、響良牙も同じように表情を顰めていた。
 例え敵だった相手が呼ばれたとしても、死んでしまったことを喜ぶことなどできないのだろう。普通ならざまあみろ、などと悪態を吐いてもおかしくないが、彼はそれをしない。そしてマッハキャリバーにも、怒りをぶつけただけで破壊しなかったのだから、やはり良牙はいい人だ。
 むしろ、人の死を侮辱するような態度を取ったゴハットに対する怒りを燃やしているかもしれなかった。

「良牙さん……」
「あの野郎どもをぶんなぐってやりたかった。溝呂木はさやかやスバルを利用して、五代が死ぬきっかけを作った。バラゴは京水を殺した……きっと、タカヤって奴も殺したはずだ」

 良牙の声からは確かな怒りが感じられる。
 その感情はキュアブロッサムにも理解ができた。彼らには彼らなりの事情があったかもしれないが、それは悪行を正当化する理由にはならない。そんなことがまかり通っては、世の中が成り立たなくなってしまう。

「俺はあいつらに同情はしない。そんなことをしたら、あいつらのせいで死んだ五代や京水達が浮かばれないからな……きっと、鋼牙だって同じのはずだ」

 暗くなっていく空を見上げながら語る良牙の顔は、今度は寂しげだった。
 タカヤを助ける為にバラゴと戦った冴島鋼牙の名前は呼ばれていない。つまり、彼が生きていることは確定しているが、キュアブロッサムは喜べなかった。
 もしかしたら、バラゴとの戦いで傷を負っているかもしれないし、また別の敵に襲われている可能性もある。この島にいる限り、安全な場所などどこにもないのだから。
 出来るなら鋼牙を捜したいけれど、彼がどこにいるのかはわからないので、今は良の元に急ぐ必要があった。

「二人とも、そろそろ着くだろう……あんな放送が行われたばかりだが、今はどうか冷静になってくれ」

 仮面ライダークウガに変身した一条薫の言葉に頷く。
 彼も本当はゴハットに対して怒りを爆発させたいはずだが、そろそろ良の死地に着く。彼の前では憎しみを発散してはいけない……そう考えているのだろう。それはキュアブロッサムも同じだった。
 ゴハットはサラマンダー男爵ニードルと違って、まるでこの殺し合いがお祭りのように騒いでいる。良や克己達の死を冒涜されているように思ってしまった。
 だけど、今はその感情を抑えなければならない。

「……わかっているよ、一条。良の前では、嫌な顔をするつもりはない」
「すまない」

 薫に返事した良牙も同じ気持ちのようだった。
 不意に辺りを見渡すと、周りの植物が焼け焦げていて、地面も不自然な穴があるのが見える。ここは、仮面ライダーエターナルと戦ったあの場所であると、キュアブロッサムは察した。
 既にクウガはビートチェイサー2000から降りているし、キュアブロッサムも良牙を下している。彼が眠っている所まで、そう遠くなかったからだ。

『村雨良と一文字隼人……本郷猛と同じ、仮面ライダーの名前が二人も呼ばれるとは』

 そんな中、良牙の手元にあるマッハキャリバーが呟く。
 音声のトーンは変わらなかったが、驚いていることは感じられた。マッハキャリバーは仮面ライダーが強い戦士であることを知っているのだから、信じられなかったのだろう。
 それはキュアブロッサムも同じだった。一文字隼人がもう死んだなんて、簡単に受け入れられない。
 村での別れが最後の別れになってしまった。こんなことになるなら、別行動を取らなければよかったという考えが芽生えてしまうが、どうにもならない。
 それに、いつまでも落ち込んでいたら怒られてしまう。だから、キュアブロッサムは泣かなかった。
 一文字の力強い笑顔を思い出している中、マッハキャリバーの言葉は続く。

『それにあのダグバまで……』
「ダグバ……確か、未確認生命体の一人だったな。未確認を倒すほどの戦士が、この場にいると言うことなのか……」
『どうやら、ダグバは未確認の中でも特に強大な力を持つらしいです。ガドルはダグバより劣りますが、それでも強いことに変わりません』
「なるほど。ならば、ガドルの警戒を忘れてはならないな……奴はまだ、どこかにいるのだから」

 クウガは頷いた。
 ン・ダグバ・ゼバ。放送で呼ばれたその参加者も未確認生命体のようで、比類なき力を持つらしい。そんなダグバが倒されたなら脅威が減ったことになる。だけど、もしも倒したのが殺し合いに乗った人物なら、いつか戦う時が来るかもしれない。
 ダグバを倒したのは殺し合いに反対している人であることを祈るしかなかった。

「……ガドルのことも忘れてはいけないが、今は村雨君のことが先だ。もう、到着するだろう」

 クウガの案内の元、キュアブロッサムと良牙は森の中を進んでいくと……すぐに見つけた。未だに笑顔を浮かべたまま、永遠の眠りについた仮面ライダーゼクロス……いや、村雨良の姿を。

「村雨さん……」
「良……!」

 キュアブロッサムと良牙は辛そうな表情を浮かべながら呼びかけるが、やはり良は答えない。
 傷だらけの身体と失われた片腕が、彼がもう死んだ人間であることを物語っている。キュアブロッサムだって、良の最期をきちんと見届けたのだから事実を受け入れるべきだと理解している。
 だけど、信じたかったのだ。良の安らかな笑顔と、力強いサムズアップは……生命の力強さに溢れているように見えるのだから。もしかしたら、奇跡が起こってくれるかもしれないと、キュアブロッサムは期待してしまう。

「響君、メモリキューブを……彼のベルトに収めてやってくれないか」

 そんな淡い夢から引き戻すかのように、クウガの悲しげな声が聞こえる。
 赤い仮面の下で、きっと薫も沈んだ表情を浮かべているかもしれなかった。彼だって、本当は良が生き返ることを期待しているのかもしれない。それは良牙も同じかもしれなかった。
 あの世から大切な人が帰ってきて欲しいのは、遺された立場の人間なら誰だって思うだろう。だけど、死があるからこそ全ての生物は生きている……あの戦いで克己が言ったように、死と言うのは誰にだって避けられない運命だ。それが無くなってしまえば、残ったのは永遠という名前の地獄だけ。
 そうなっては、人は痛みを忘れてしまい、いつか優しさも失ってしまう。それは人間ではなく、ただの魔物だ。
 良も克己もそんな悲しい運命からようやく解き放たれたのだから、生き返って欲しいと願うのは彼らへの冒涜だろう。二人は、最期にそんなことを望まなかったはずだから。

「……そうだな。ちょっと待ってくれよ」

 クウガの言葉に頷いた良牙はポケットに手を入れて、その中からメモリーキューブを取り出した。
 本当ならデイバッグに入れることもできたが、サイコロのように小さい物を入れたら取り出しにくくなる上に、下手をしたら移動の振動で潰れてしまう恐れもある。それを避ける為に、良牙はデイバッグとは違う場所に入れたのだ。

「良……無くなっていたお前の記憶、俺達が見つけたぞ。できるなら、もっと早くお前に渡したかった……」

 良牙はそう言いながら、ゼクロスのベルトに存在する小さなくぼみにメモリーキューブを嵌める。カチリ、という音が鳴った瞬間、何かが起こるのかと期待したが……やはり何も起こらない。
 もしも村雨良が生きていたまま、メモリーキューブを取り戻したらBADANへの怒りを燃やすはずだった。そして、ニードルを含む主催者達を倒す為に仮面ライダーとなっただろう。
 だが、もしかしたらBADANを憎むあまりに仲間達と対立したかもしれない。そして、殺し合いの中で芽生えた絆が壊れてしまう恐れもあった。
 しかし、それは『もしも』生きていたらの話だ。メモリーキューブを取り戻したが、ここにいる良は既に死んでいるので、何かを果たすことはない。
 ただ、キュアブロッサム達は記憶を取り戻した良のことを見届けていた。きっと、争いのない世界で笑っていると信じていた。

「村雨君。私は君が元の世界で何をして、どんな毎日を過ごしていたのかは知らない。だけど、私達は君のことを信じている……記憶が戻ったとしても、きっとみんなを守る為の戦士であることに変わりはないことを」

 クウガの言葉にキュアブロッサムは同意する。
 良は仮面ライダーのことを憎んでいたが、最後の戦いでは自らを『仮面ライダーゼクロス』と名乗った。それは一切の嘘が感じられない心からの言葉だった。

「村雨さん。どうか、向こうで五代さんやさやか、えりかやゆりさん達と一緒に笑ってください……みんなとても優しいから、村雨さんとすぐに仲良くなれると思うので……」

 キュアブロッサムも良に語りかける。
 プリキュアと魔法少女や、五代雄介がいる平和な世界に旅立った。そこで、誰も争わないで笑い合っているかもしれない。生前、あれだけ頑張ったのだから、死後の世界では平和でいて欲しかった。
 それは溝呂木やバラゴのような悪人だって例外ではない。あの世できちんと罪を償って、今度は善人として生まれることを願う。きっと、二人にも自らの行いを悔い改める機会があるはずだから。

「みんな、そろそろ行こうか……冴島君もきっと、市街地に向かって進んでいるはずだから」

 クウガの言葉に頷いて、良の元から去った。
 本当なら離れたくないし、良の遺体をこんな所に放置したくなかったけど、どうにもならない。良の身体を抱えて移動する余裕などないし、そんなことをしたら危険なだけだ。

「ああ、そうだな……急ぐとするか。つぼみ、悪いけどよ……また、よろしく頼む……」
「わかっていますよ、良牙さん」

 照れ臭そうに頬を掻く良牙に、キュアブロッサムは笑顔で答える。
 これから市街地に向かう為、また良牙の身体を抱えなければならない。それは良牙からすれば、みっともないと思ってしまうだろう。そんな彼の為にできることは、一秒でも早く街に辿り着けるようにすることだ。
 キュアブロッサムとしても、良牙に負い目を背負わせてしまうのは望んでいない。それに一文字の後輩である沖一也という男もそこにいるかもしれないのだから、急ぐ必要があるだろう。
 10メートル程進んだ後、ビートチェイサー2000を見つけた。ここからまた、クウガの案内で進むのだとキュアブロッサムが思った、その時だった。

「ほう……こんな所で人間どもに出会えるとは」

 何処からともなく、地の底から響くような不気味な声が聞こえてくる。
 身の毛もよだつような冷たさに震えながら、キュアブロッサムは反射的に振り向く。すると、ここから少し離れた場所に赤い怪物が立っているのが見えた。その巨体を包む骨格はまるで鎧の様で、落武者と言うイメージを感じさせてしまう。
 ドーパントに見える怪物からは凄まじい殺気が放たれていて、額から汗が滲み出てきた。

「三人か……少ねえが、この際だから我慢してやるか。俺の下僕には丁度いい」
「おい、いきなりなんだよ……」

 怪物の一方的な言葉に表情を顰めたのは良牙だった。
 当然だろう。どこからどう見ても怪物にしか思えない相手がいきなり現れただけでも驚くのに、更には高圧的な態度で『下僕』などと言われてしまう。普通なら、それで気分が良くなるなんてあり得ない。
 ましてや、良牙は曲がったことが大嫌いな性格で、筋の通らない相手には絶対に従わない。だからこそ、筋殻アクマロや克己のような相手とも戦えた。
 そんな良牙の性格を知らない怪物は、全身から放つオーラをそのまま保ちながら言葉を続ける。

「そこにいるテメエら……ここで会ったのも何かの縁だ。死にたくねえなら、俺の下僕になれ……そうすれば、テメエらの命を約束してやる」

 まるで当たり前のことを言うかのような態度だったが、それを素直に受け取ることはキュアブロッサムにはできない。
 良牙やクウガも同じだろう。現に良牙の表情は更に歪んでいき、クウガも警戒しているように拳を握りしめている。今の発言から、この怪物が危険だと判断したのかもしれない。

「はぁ? そんな風に言われて『ハイそうですか』と、従うとでも思ったのか?」
「テメエらの都合なんか関係ねえ。質問をしているのはこの俺だってわからねえのか? 俺の下僕になるのかならねえのか……それだけを聞いているんだ」
「何だと……!?」
「待つんだ、響君!」

 赤い怪物の言葉に憤りを覚えて飛び出そうとした良牙を、クウガは制止する。
 そして、そのまま怪物の方に向かって一歩だけ前に進んだ。

「すまない。突然のことなので、我々も驚いてしまった……何しろ、状況が状況だから、警戒してしまった。どうか、君の方も落ちついて欲しい」
「ほう? どうやら、テメエはその人間よりは話ができるようだな……馬鹿じゃなくて助かるぜ」
「……それも、私の仕事だからだ」

 嘲るような怪物の言葉にクウガは答える。その声は、ほんの少しだが怒りで震えているようだった。
 何も知らないのに、良牙のことを侮辱されたことに怒っているのだろう。ゴハットの放送を聞かされたのもあったせいで、彼の怒りは爆発寸前かもしれない。
 本当なら今すぐにでも感情を発散させたいはずだったが、それをしていない。長年、刑事を務めてきたからこそ、対話の重要性を知っているからだろうか。
 これまで戦ってきた相手は問答無用で襲いかかってきたのに対して、今回は態度はともかくとして真っ向から現れたから、話をしようとしたのだろう。
 そんな考えを余所に、話は続いていく。

「君はいきなり私達を襲おうとせずに、交渉を持ち込んだ……もしかしたら、君はこの殺し合いに乗っていないのか?」
「……まあ、あんなふざけた連中に従う気なんか、最初からねえな。あんな奴が何と言おうとも、俺はやりたいようにやるだけだ」
「ならば……!」
「だが、俺に逆らう奴は皆殺しだ。こんな意味のわからねえ首輪を付けた奴も殺す。役に立たねえ奴も殺す。つまらねえ奴も殺す。下僕にならねえ奴も……殺すに決まっている。この血祭ドウコクの思い通りにならねえなら、生きていても仕方ねえからな」

 ようやく芽生えたはずの小さな希望を打ち砕くかのように、怪物は宣言する。
 やはり、この血祭ドウコクと言う怪物は危険な相手だった。『殺す』なんて言葉を何の躊躇いも無く、しかも何度も口にしたのがその証拠だ。
 主催者に従うつもりはないという言葉は真実だろう。だけど、ドウコクの場合は他の誰かを守ることではなく、自らの意思で誰かの命を奪うという意味だ。
 もしかしたら、この島に連れて来られる前からも人の命を奪っているかもしれない。そう思った瞬間、キュアブロッサムの中で怒りが湧きあがっていた。

「さあ、もう一度だけ聞こう……テメエらは俺に従うのかどうか、はっきりしやがれ」
「……私や、ここにいる二人は他の命を無駄に奪うことを望まない。だが、それと同時にお前のような奴の言いなりになる気もない。残念だが」

 クウガの口調が刺々しくなっている。
 良牙はその言葉を肯定するかのように構えて、鋭い視線でドウコクを睨んだ。それを見たキュアブロッサムもまた、静かに姿勢を整える。

「俺も同じだ……てめえみたいな奴の言いなりになるくらいだったら、死んだ方がマシだ!」
「そうか。やはり、テメエらも馬鹿の集まりだったか……残念だが、仕方ねぇな」

 良牙が啖呵を切った後、やや呆れたような様子でドウコクは溜息を吐いた。そして、その瞳から不気味な輝きが放たれた。
 目線にとてつもない程の怒りと殺意が込められているのを感じて、キュアブロッサムは思わず身震いしてしまう。これまで様々な敵と戦ってきたが、ここまで圧倒的なプレッシャーが突き刺さってきたことは滅多にない。深海の闇ボトムや、ドラゴンになったサラマンダー男爵を前にした時くらいだ。
 しかし、キュアブロッサムの戦意は微塵も衰えていない。何故なら、信頼できる仲間が二人もいるだけで、勇気と力が溢れてくるのだから。

「血祭ドウコク……あなたの傍若無人な態度! そして、人を人とも思わない悪行……私、堪忍袋の緒が切れました!」

 キュアブロッサムは自らの気持ちを包み隠さずぶつけるように、ドウコクに向かって大声で叫ぶ。
 その瞬間、三人は同じタイミングで血祭ドウコクに向かって飛びかかって、戦いが始まった。




「ウオオオオオオオッ!」

 仮面ライダークウガ マイティフォームに変身した一条薫は怒涛の勢いで突進しながら、血祭ドウコクの巨体に拳を叩きつける。3トンもの威力を誇る一撃は命中したが、鈍い音が響くだけに終わる。
 それだけではダメージにならないと察して、連続で拳を振るった。鎧のような皮膚に微かな傷が生じるが、とても致命傷には思えない。
 微塵も後退しなかったのが、その証拠だ。

「くらえ!」
「やあああああああっ!」

 クウガの後押しをするかのように、キュアブロッサムと良牙はドウコクの背後に向かって飛びかかり、同時に拳を振るった。ドウコクの背中にクリーンヒットするが、やはり揺らがない。
 そんな二人に反撃するようにドウコクは振り向きながら小さな刀を振るう。だが、キュアブロッサムと良牙は瞬時に後退したおかげで空振りに終わった。
 リーチが短いのが災いしたのだろう。当たらなければ、どれだけ切れ味が凄まじくても意味がない。

「フンッ!」

 ドウコクが後ろを向いた隙をついて、クウガは再び攻撃をする。
 卑怯などとは言わせない。ドウコクの戦闘能力は未知数なのだから、手段を選んでは勝てない。何より、人の命を平然と奪うような相手に躊躇をしていたら、今度はこちらが殺されてしまう。
 例え殺されないとしても、待っているのはドウコクに命を握られると言う状況だけ。いつ殺されるのかわからないような不利に追い込まれる訳にはいかなかった。

「ダアッ!」

 一秒でも早く勝利を目指して、クウガは力強く拳を振うがやはり通用しない。
 しかしそれに構わずクウガは反対の拳を叩き込み、矢継ぎ早に蹴りを繰り出す。時折、ドウコクはあっさりと避けるが、それでも攻撃した。
 それが癪に障ったのか、ドウコクは反撃と言わんばかりに刀で突きを放つ。しかし、クウガは背後に跳ぶことで回避した。
 僅かに距離が開いたのを見て、クウガは構えを取る。両腕を広げて、全身に力を込めながら腰を深く落とした。それによって、アマダムから大量のエネルギーが右足に流れていく。

「ハアアアアアアァァァァァァッ……!」

 バリバリと音が流れるのを耳にしたクウガは、勢いよく走りだした。
 消耗した状態で長期戦に持ち込んでは確実に負けてしまう。ここは確実にダメージを与えられるように、必殺技を叩き込む必要があった。
 そう思いながらクウガは跳躍して、マイティキックをドウコクに向かって放った。

「オリャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 これまで、五代雄介が変身した仮面ライダークウガが数多くの未確認を倒す際に使われたキック。それが今、ドウコクを倒す為に使われようとしていた。
 このまま行けば、ドウコクにダメージを与えられるはず。クウガはそう思っていた。
 だが……

「耳障りだ!」

 これまで蓄積された鬱憤を晴らすかのように、ドウコクは大声で叫ぶ。
 その声量は凄まじく、それでいて圧力すらも伴っており、まるで暴風のようだった。
 それを前にクウガは回避行動を取ることはできず、呆気なく吹き飛ばされてしまう。当然ながら、マイティキックも当たる訳がない。
 ただ、無抵抗のまま地面に叩きつけられるしかなかった。

(な、なんて威力だ……!)

 クウガは立ち上がろうとするも、激痛が動きを阻害していた。
 その間にドウコクはキュアブロッサムと良牙に振り向いて、その刀を横に一閃する。生まれた衝撃波は二人の足元に衝突して、凄まじい大爆発を起こした。
 二人の悲鳴は爆音によって掻き消されてしまい、新たに生まれた灼熱が森を容赦なく焼いていく。それによって闇は照らされるが、決して安心することはできなかった。
 キュアブロッサムと良牙は地面に倒れている。気を失っておらず、その眼に宿る闘志は微塵も衰えているようには見えなかったが、ダメージは小さくないはずだった。

「ハッ……大口を叩いておきながら、この程度か?」

 威風堂々と嘲りの言葉を投げかけてくるドウコクに何も言うことができない。
 それでもクウガは立ち上がるが、その途端にドガン! という大気が弾けるような衝撃音が響いて、ドウコクの姿が霧のように消える。常人よりも遥かに発達した視覚を誇るクウガですらも、捉えることのできないスピードだった。
 何が起こったのかも把握できないまま、次の瞬間には胸部に衝撃が走る。刃物で斬られたのだと察した頃には、十字を刻むように二度目の斬撃が襲いかかった。
 クウガは声にならない悲鳴をあげるが、だからといって攻撃が止むことはない。むしろその逆で、赤い身体に次々と抉られていった。何度目になるのかわからない斬撃の後、クウガの胸に強い一撃が襲いかかり、成す術もなく吹っ飛んでいく。
 そのまま再び地面に叩きつけられた瞬間、クウガの変身が解除されてしまった。

「あ……あ、あ……ぐっ……あ、っ……」

 弱々しい呻き声を漏らす薫の口から、ゆっくりと血が流れ出てきている。
 嵐のようなドウコクの攻撃によって、薫は甚大なダメージを受けてしまったのだ。その上、彼はまだ仮面ライダーエターナルや暗黒騎士キバとの連戦による疲れが完全に回復していない。
 どれだけ頑丈な肉体を誇っていようとも限界がある。これでは、満足な戦いなど出来るわけがなかった。

「……お前、人間にしてはやるようだな」

 痛みに悶絶する中、ドウコクの声が聞こえてくる。
 それ反応して顔を上げた瞬間、薫の目前に刃が突き付けられた。

「最後にもう一度だけ言う。俺の下僕となれ……そうすれば、命だけは助けてやる」

 その手に持つ刃に負けないくらい、ドウコクの声は鋭かった。
 この期に及んで、自分達を下僕にすることをまだ諦めていないらしい。そうすることで、主催者に反抗する為の力を得て、自分の生存率を上げようとするのだろう。この状況で生き残るならば、確かに正しい手段かもしれない。
 だが、薫は頷くことなどできなかった。

「言ったはずだ……私はお前の言いなりになどならないと」

 蚊の鳴くような声だが、揺るぎない意志を確かに宣言する。
 これでドウコクは自分のことを諦めて、殺そうとするだろう。だが、例えそうだとしても信念ばかりは曲げることなど出来なかった。仮にドウコクに従って助かったとしても、ドウコクが別の人間を殺さないという証明にはならない。
 それに、クウガの力をドウコクの為に使うことなどできなかった。この力は人を笑顔にする為にあるのであって、命を奪う為ではない。それは五代に対する冒涜だ。五代ならば同じ状況に陥ったとしても、絶対にドウコクの言いなりにはならないはずだった。
 ドウコクの手が握り締められていくのを見て、薫は自分の最期を確信する。後悔はたくさんある。ドウコクの思い通りになり、また誰かの笑顔が奪われていくのだと思うと悔しくなってしまう。五代との約束を果たせなくなるのが、何よりも悔しかった。
 無念の思いが膨れ上がっていく中、ドウコクの刀が振り上げられる。その時だった。

「……獅子、咆哮弾ッ!」
「何ぃ!?」

 その叫びと共に、大砲のような爆撃音が周囲を揺らす。どこからともなく発射された気の塊がドウコクの巨体を飲み込んで、そのまま遠くに吹き飛ばした。完全な不意打ちだったせいで、対応できなかったのだろう。
 バキバキと音を立てながら木々が折れていき、最後には土煙が舞い上がっていく。この技を、薫は知っていた。振り向いた先では、良牙が両腕を掲げている姿が見えた。

「ど、どうだ……ざまあ、見やがれ……!」

 ゼエゼエと息を切らせている良牙の姿はボロボロだった。
 それは彼も甚大なダメージを受けていることを物語っている。本当なら、戦うのは厳しいはずだった。

「ひ、響君……その身体で……!」
「それはあんたも一緒だろう……俺はあの野郎に一泡吹かせたかっただけだ……!」

 良牙は強がっているように言う。
 薫はそれに反論しようとするが、その途端に身体が持ち上げられてしまう。一瞬の浮遊感を味わった後、良牙の隣にまで運ばれていた。
 何が起こったのかという疑問を感じながら顔を上げると、心配そうに見つめているキュアブロッサムの姿が見えた。

「一条さん、大丈夫ですか!?」
「は、花咲君……すまない、無様な姿を晒してしまって」
「何を言っているのですか! 一条さんは全然無様なんかじゃありません!」

 こちらを励ましてくれるようなキュアブロッサムの言葉は嬉しかったが、今は素直に喜べない。戦いはまだ終わっていないからだ。
 良牙が放つ獅子咆哮弾の威力は凄まじいだろうが、それだけであのドウコクを倒せるとも思えない。数の不利を呆気なく覆すことができる実力者なのだから、耐えてもおかしくなかった。
 その推測が正しいとでも言うかのように、土煙の中から人型のシルエットが浮かび上がる。一秒もかからずして、ドウコクが姿を現した。

「やってくれるじゃねえか……人間の分際で」

 煙の中から出てきたドウコクは、ドスの効いた声で呟く。
 その手には良牙のデイバッグに入っていたはずだった巨剣・昇竜抜山刀が握られていた。

「テメエ、そいつは……!」
「ああ? これは元々俺の物だ……まさか、テメエらが持っていやがったとは。こいつは人間には無用の長物なんだよ!」

 大小の刀を両手に握ったドウコクは、凄まじい咆哮を再び発する。大地を揺るがすほどの爆音と共に、三人の身体は紙のように吹き飛ばされてしまい、呆気なく叩きつけられてしまう。
 無論、被害はそれだけに収まらない。周囲の植物も竜巻にでも巻き込まれたかのように飛ばされてしまい、どこかに消え去ってしまう。もはや、ここまで来ると災害と呼んでもおかしくなかった。
 衝撃波はすぐに収まるが、無事でいられる訳ではない。ただでさえダメージが残っている中でこの強烈な一撃を受けてはたまらなかった。

「き、君達……大丈夫、か……!?」

 それでも一条は痛みに耐えながら、良牙とキュアブロッサムに問いかける。

「俺は何とか生きてる……だが、それよりもつぼみは……!?」
「わ、私も……大丈夫、です……!」

 二人は立ち上がろうとしながらも、互いを気遣うように返答する。
 その強い意志が衰えていないように見えるが、身体がそれについて来ていない。対するドウコクは、身体にいくつもの傷が見えるが未だに余裕がある。ここから皆殺しにすることなど容易いはずだ。
 このままではドウコクに殺されてしまう。
 力が欲しい。
 今以上の力が欲しい。
 やはり、出し惜しみをしてはドウコクに勝てない。周囲への被害が及ばないようにするのは確かに必要だが、そればかりに拘ったせいで殺されるなんて誰も望まないだろう。
 響君に対して中途半端はするなと言ったばかりなのに、肝心の俺が中途半端でどうする。五代だったら絶対に無様な真似はしないはずだ。
 そう思った一条は立ち上がり、再びアークルを顕在させる。そのまま、あの言葉を口にした。

「変、身……ッ!」

 一条薫の強い意志に答えるように、再び変身が始まる。
 すると、瞬時にクウガへの変身を果たした。その身体はマイティフォームの赤とは違い、黒と金に染まっている。
 かつて五代雄介がある未確認との戦いに敗北して、自ら電気ショックを受けたことで会得した形態だった。黒の金のクウガ……アメイジングマイティフォームへと仮面ライダークウガは変身したのだ。

「ほう? まだこの俺と戦う気か……やはり、テメエらはどうしようもない馬鹿だな」

 黒の金のクウガを見たドウコクは足を止める。
 この姿に何か思うことがあるのだろうか。あるいは、この姿になったことで戦闘能力が上昇したと察して警戒しているのか。少なくとも、畏怖しているようには思えない。
 だが、真相はどうでもいい。どんな答えがあろうとも、この戦いには関係ないのだから。

「何とでも言え……それで誰かが守れるのなら、俺は馬鹿でいい」

 傍から見れば、今のクウガは狂人あるいは無謀なことをしている愚か者だろう。
 だけど、何と罵られようとも構わなかった。自分が馬鹿を見ることで誰かの笑顔を守れるのなら、いくらでも馬鹿になろう。自分が命を削ることで他の誰かが平和になれるのなら、無限にでも削ってやろう。
 クウガとドウコクは互いに睨み合う。クウガは腰を落として、ドウコクは双剣を構えた。
 それから睨み合った後、両者は同時に走り出した。

「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!」
「ウラアアアアアアアアアァァァァァァァァァッ!」

 二人の咆哮が荒れ果てたエリアに響き渡る。それから再び戦闘が始まるまで、一秒の時間すら必要なかった。
 ドウコクは大剣を振り下ろすが、クウガは横に跳んで回避しながら拳を握り締めて、巨体に叩き込む。先程よりも凄まじい衝突音が響くのを耳にしながら、反対側の拳を放つ。たった二発だが、ドウコクは呻き声を漏らしたので、確かなダメージになっているはずだった。
 そこから蹴りを繰り出すが、ドウコクもただ受けているだけではない。右足は軽々と避けられてしまい、そこから小太刀を振ってクウガの胸部を斬りつける。それによって怯んだ直後、今度は巨剣でクウガの身体が抉られてしまう。凄まじい火花が血のように飛び散るが、彼は耐えた。
 矢継ぎ早にドウコクは双剣を同時に振り下ろしてくるが、クウガはそれを受け止める。刃は掌に食い込むが、完全に切断される前に両足を振り上げて、ドウコクの胸部にキックを叩き込んだ。まるでトラックが激突したかのような破壊音を響かせながら、ドウコクの巨体が吹き飛ばされていく。
 数十メートルほど宙を舞った後に、ドウコクはすぐに立ち上がった。

「ぐっ……やりやがったな!」

 腹の底から叫ぶような怒号を発しながら、ドウコクは昇竜抜山刀と降竜蓋世刀を交互に振るって、連続で衝撃波を放つ。それはクウガの黒い身体を傷付けながら通り過ぎて、盛大な爆発を起こした。
 痛みはある。それでもクウガは倒れることも退くこともせず、再び走り出す。そんなクウガを切り裂く衝撃が止むことはないが、それでも走り続けていた。
 先程までの傷が癒えた訳ではないし、ドウコクの斬撃は黒い肉体に傷を刻んでいる。だが、黒の金のクウガを倒すには足りなかった。

「しゃらくせえ!」

 やがてドウコクは衝撃波を放つのを止めて、双剣を振りかぶりながら突進してくる。
 ドウコクは昇竜抜山刀を横に振るうが、クウガは地面を蹴って跳躍することで回避して、そこから飛び蹴りを放つ。ドウコクは降竜蓋世刀でその一撃を防ぐが、強化されたキックの前では無意味。ガキン! という金属同士が激突する耳障りな音を響かせながら、数歩だけ後退した。
 封印エネルギーを溜めた必殺技ではないので、これだけでドウコクを倒すことはできない。しかし、形勢がほんの少しだけこちらに傾いたような気がした。
 それを確信しながらもクウガは地面に着地して、ドウコクを睨む。その距離は十メートル程なので、遠距離攻撃を仕掛けられたら止められるのは難しい。そんなことをクウガが考えたその瞬間だった。

「獅子咆哮弾!」
「プリキュア! ピンクフォルテ・ウェイブ!」

 男と少女の叫び声が発せられると同時に、二つの巨大なエネルギーがドウコクに襲いかかる。不幸を原動力にする気の塊と、人の心を癒す為に放たれる癒しの光。それぞれ正反対の性質を持つ技だが、今だけはドウコクを倒す為に一つとなっていた。
 咄嗟にクウガは後ろを振り向いた瞬間、驚愕する。そこにはキュアブロッサムだけでなく、かつて戦った白い仮面ライダーが立っているからだ。
 瞳は黄色く輝かせながら、漆黒のローブが風によって揺れている。純白の肉体には、所々に炎を象った蒼い紋章が刻まれていた。
 その戦士をクウガは……いや、一条薫は知っている。この地で『悪』として利用されたガイアメモリによって生まれた戦士・仮面ライダーエターナルだった。



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最終更新:2014年03月20日 16:54