第三回放送X ◆gry038wOvE




 夕方。時刻は午後六時。
 太陽も沈み、それと同時に夜の始まりを告げる。空は薄らと暗くなり始め、星はもう、少しずつ見え始めている。
 この殺し合いの参加者を迎えた星空が、再びその姿を現すのを、この中のうちの何人が目にする事になるのだろうか。 
 既に残る参加者は二十一名。これは、当初の参加者の三分の一を下回る。
 四十五名の命は、既にこの世になく、強さと運に助けられた三分の一だけが奇跡的にも、この綺麗な夕焼けと夜の始まりを見る事ができる。
 次は……誰が、一日の経過を体験する事ができるのだろう。

 また、放送が響く。これで三度目。
 飽きさせないためか、放送担当者はローテーションを採用している。
 今度の放送担当者は──

「参加者のみんなー、こんばんはー!! …………うーん? 声が小さいぞー! こんばんはー!!」

 上空に現れたホログラフィには、長髪に丸眼鏡の、おたく風の青年。だんだんと放送担当者のビジュアルが汚くなっているのは気のせいだろうか。
 まるで、ヒーローショーの司会のお姉さんのような挨拶の文句で、放送を切り出したこの男は、主催陣営の中でも屈指の変わり者である。

「……返事をくれないのか、寂しいなぁ。今回の放送担当者はこのボクッ! ダークザイドの闇生物ゴハットだよ! ……シャンゼリオ~ン!! 仮面ライダー!! ウルトラマーン!! 魔戒騎士~!! それにプリキュア~!! こっちを見てるか~い!? ……っと、このシャンゼリオンはボクを知らないんだっけ……」

 彼は闇生物ゴハット。ヒーローが大好きなオタクの闇生物であった。
 もし、シャンゼリオンこと涼村暁があの世界に留まり続けたなら、出会っていたであろう怪人。しかし、暁はここに連れてこられてしまった以上、彼と再会する事はなかった。
 それからしばらく、ゴハットの映像がその時のポーズのまま止まる。






 ……そして、また映像が動き出す。放送事故だろうか? 一部の参加者は気にしたかもしれないが、放送は続く。

「………………あー、ちょっと本部から苦情が来たので、今度は気を取り直していくよ。ゴハット・チェンジ!!」

 どうやら、主催側の都合に反する内容だったらしいので、今リアルタイムで注意を受けていた模様である。
 ともかく、おたくは、仰々しい掛け声とともに、人間の姿から闇生物の姿にチェンジする。青くグロテスクな十字の怪物で、腕の先は触手になっている。この触手を鞭にして戦うのだ。

「フフフフフフフ……ワッハッハッハッハッハ!! このゲームに招かれている参加者の諸君よ、気分はどうかね?」

 そして、変身した時、彼の様子が変わった。彼は二重人格というわけではないのだが、気分を盛り上げるための喋り方に替えたのである。実際のところ、ヒーロー好きなダークザイドの精神に違いはない。

「ここまで生き残った参加者の諸君には、もうこの放送について説明する事もなかろう……。では、まずは恒例の死亡者の名前から読み上げさせていただこうか……フッフッフ」

 悪の幹部になりきりながら、ゴハットが死亡者を読み上げ始める。

「相羽タカヤ、アインハルト・ストラトス、泉京水、一文字隼人、梅盛源太、西条凪、大道克己、バラゴ、溝呂木眞也、村雨良、モロトフ、ン・ダグバ・ゼバ。
以上12名。お勤めご苦労であった……」

 ゴハットは、そう言って、お辞儀をした。これも誰かのマネだろう。
 まあ、実際にこの中には、ゴハットが大好きなヒーローもいる。死亡者に対しては敬意を忘れていないのは事実だ。
 それでも、彼はそこから立ち上がる熱きヒーローの姿を、全てを背負い戦う戦士たちの姿を目に焼き付けるため、涙を呑んでヒーローたちの姿を見守っているのである。
 ちなみに、今回の死亡者の中に彼の期待を裏切る者はいなかった。ヒーローはヒーローらしく、悪役は悪役らしく、時に悲劇的な死に様を見せたのだ。

「では、次に禁止エリアの発表をしよう。フッハッハッハッハッハッハ!! ……あの、ホントにこんな事で死なないでね?
 ……あー、気を取り直して、さあ、発表するぞ!
 19時に【G-9エリア】、21時に【B-6エリア】、23時に【E-4エリア】。以上の3つだ!」

 ともかく、禁止エリアの発表を終え、ゴハットは触手のようになった腕を身体の腰に乗せ、偉そうなポーズを取っている。
 実は、先ほどから結構アクションが激しい。

「さて、それでは最後にお楽しみの毎回変わるボーナスタイムだ!! ……今回は、一部制限の解除やこちらからの情報伝達!! ……あの、ボクもちょっとクイズを考えようと思ったんだけど、間に合わなかったんだぁ~……ゴメン。
 ゴホン……あー、あー。では、放送が終わり次第、会場の設定でいじっていた一部設定を解除しに行く!! 制限がかかっていた対象者、また特別な連絡がある参加者の元には、我々が直々に制限解除の旨を伝えよう!!
 その時に余計な事は考えるなよ……? 我々はあくまでゲームマスター。ゲームの参加者に肉体的干渉ができる状態では現れない。つまりは、今と同じく、ホログラフで現れるからな!!」

 今のゴハットはあくまで完全なホログラムである。
 それと同じように、生存中の参加者にホログラムとして制限解放を伝えに行くという話だ。そのため、参加者にとっては主催にはむかう好機とは行かないだろう。
 次にその制限解除の条件を高らかに告げる事になった。

「……ただし! 今回もまた条件がある! その条件とは……ジャジャーン! 【今日の9時以降に、30分以上、参加者の誰にも見られず聞かれずに単独行動をする事】だ!
 ……参加者が誰も見てない&聞いてない状態で、一対一で会話という状況が必要だからな! とにかく、誰にも邪魔をされない状況である事をこちらが確認次第、こちらから使者を派遣し、かけられていた制限について説明する。
ちなみに、制限は一部の参加者にしかかけられていないぞ。一人になっても使者が現れない場合は、制限そのものが無い場合、または気づいていないだけで自分が他の参加者に監視・盗聴されている場合だ! まあ、常に一人で行動し続けるといいかもしれないな。
さて、今回の放送はこれにて終了だ。さらば、変身ヒーロー諸君! また会おう!! ワーッハッハッハッハッハッハ!! ワーッハッハッハッハハハハ…………フハハハハハハハハ……」

 ゴハットの姿が暗転する。
 第三回放送終了。






「あー! 楽しかった~!!」

 ゴハットが主催者の待機する場所に帰ってくる。
 彼はスキップしている。変身は解いて、おたくの姿で、かなり嬉しそうだ。
 それを、他の主催陣は白い目で見つめる。
 加頭順は、殆ど面の色を変えずにゴハットのもとに顔を出した。

「……あの、ゴハットさん」

「はあい?」

 ゴハットは、加頭に話しかけられても、全く意に介さずに、惚けた表情で動きを止めた。
 加頭は、いくら感情を失いつつあるNEVERといえど、あからさまな機嫌の悪さを顔に出している。……いや、もしかすると、機械的に物事をこなしている彼だから、そう思ったのかもしれない。
 当のゴハットは、無神経なのか何なのかはわからないが、一向に気にする様子がなかった。加頭は咳払いをして続ける。

「特定の参加者に声をかけるような真似は困るのですが」

「……だって! ホラ見た? あのシャンゼリオンが、ボクの知らないところであんなに立派にヒーローをやっていたなんて、ボクは全然知らなかったんだよ!! 他のみんなもカッコいいな~。今の彼らに声をかけられるなんて幸せじゃないか!! 全員の姿をナマで見られたおたくが羨ましいよ~!!」

「あの。彼らは私たちの敵です。私たちを殺しに来るかもしれませんよ?」

 加頭は表情を変えずに言った。しかし、ゴハットはそんな加頭の肩に手を置く。
 そして、チッチッチと舌で音を立てた後、彼は眉を寄せて言った。

「……もう。わかってないなぁ。……ボクは、彼らに 倒 さ れ た い んだよ! だからおたくらに協力しているんだ。いいかい!? 彼らは正義のヒーローだよ! 力を合わせて戦えば絶対に負けない! そして、死んだ戦士の魂を背負い、己の正義を貫く……カッコいいじゃないか! そんなヒーローたちに比べれば、ボクたちワルモノはちっぽけだ。いずれ倒される運命だよ? ほら、シャンゼリオンも……ヒロイン・暁美ほむらの死を乗り越えて成長してたじゃないか! 見たかい? あのシャンゼリオンがだよ!」

 ゴハットは、自分の立場を理解したうえで、こんな事が吐けるのだから、逆に神経が太いというレベルである。参加者として彼がいたら、一体どんなスタンスをとるだろう。
 直接、変身ヒーローの姿を見て歓喜するんじゃないだろうか。
 加頭は、呆れながらも、怒る事なく対処した。

「……わかりました。あなたは後で好きに倒されてください。……私たちを巻き込まずに」

「はーい! ……いやぁ……早く来ないかなぁ、楽しみだなぁ……。何て言って倒されようか……。フフ~ンフフフ~フン勇気を~フフフ~フフ~フフ~ち~りばめ~♪」

 ゴハットは、そのまま、鼻歌を歌いながら闇に消えていく事になった。幸いにも、彼がこの場で悪の主催者に殺される事はなかったらしい。

「……いいの? あれで」

 近くにいた吉良沢優が、茫然としながらも、加頭に言う。
 放送の原稿を書いている彼は、先ほど放送の脱線を注意した張本人だ。だから、放送をする場所から比較的近い所にいた。

「言うだけならタダです。それに、あの人は一応、変身者という分野について、あらゆる観点から分析をしているプロですから。監修役としては一番役に立っています。案外、腕も立つようですし」

「……ああ、そう……」

 吉良沢の姿も、納得してはいないだろうが、あまり興味もなかったので、すぐに闇に消えていった。
 加頭順だけが、この場所に取り残される。彼は、相変わらず表情を変えずに呟いた。

「まさか、ニードルさん以上に楽しげな放送をする方がいるなんて思いませんでした」






【サラマンダー男爵の場合】

「……さて」

 これはまた、加頭らのいた場所とは別である。椅子に座って、ため息をついたように言うのはサラマンダー男爵であった。
 サラマンダー男爵は、いま放送の終わりを知った。エクストリームメモリの管理は相変わらず続いているが、それが終わるときも終わるかもしれない。

「……フィリップ。お別れの時は近いかもな」

 サラマンダー男爵はエクストリームメモリに語り掛ける。

 そう、【左翔太郎】の制限は、このフィリップがいない事である。
 フィリップが主導となる「ファングジョーカー」、それからエクストリームメモリが必要になる「サイクロンジョーカーエクストリーム」への変身が不可能な現状では、左翔太郎──仮面ライダーダブルは万全ではない。
 それが原因で、ここまでの戦いでも、血祭ドウコクやン・ダグバ・ゼバを相手に最大限の力を発揮できなかった。主催側がこうしてフィリップを軟禁している事でバランスが制限されてしまっている事は言うまでもない。
 ここからは、フィリップ、ファングメモリ、エクストリームメモリが解放され、翔太郎はより強い力で戦うことができるようになるはずだ。


(タイミングは、左翔太郎──あるいはダブルドライバーの所持者が、他の参加者と別行動を取り、一人になった時か)

 鳥篭の中を蠢いているエクストリームメモリとの別れ。別に惜しくもなかった。
 左翔太郎が一人で行動した時、サラマンダーは、彼のもとに使者として現れる。
 とはいえ、今のところ翔太郎は複数名で行動をしている。少なくとも、二十分以上の単独行動とは正反対の状況にある。
 自らそれを作る事もできるが、それは自らを危険な状況にする事でもあり、周りを危険に晒す事でもある。他の参加者も同じだが、集団行動をしている者はどんな裁量で行動するのかが見物でもある。
 主催側は、その判断に応じて制限解除をするのみだ。






【グロンギ族の場合】

「ダグバがやられたか」

 ラ・ドルド・グは、意外そうに呟く。グロンギの王、ダグバが死ぬ時は、全てのグロンギが滅んだ後だと思っていたが、そうはならなかった。
 ドルドも、ラ・バルバ・デ(バラのタトゥの女)も、ガドルも生きている状況で、まさかダグバが死ぬとは思わなかったのだろう。

「ガドルにも、どうやら、伝える時が来たようだな」

 バルバが呟いた。

「奴の事だ。知れば、必ずガミオを復活させるだろう」

 実は、ンのグロンギは、まだ会場からいなくなったわけではない。
 ン・ガミオ・ゼダ。遺跡に封印されていたグロンギの名前である。オオカミのグロンギであり、現状ではまだ封印が解かれていない。
 第一段階では、棺が開けられる事が条件となる。これは既にバラゴの手によって解放されている。
 第二段階では、ゴオマ、ガドル、ダグバが合計して九名の参加者を殺害した時に封印が解かれるという事だ。このゲゲルは、甘い設定ではないかと思ったが、案外他の変身者たちは彼らに立ち向かう力を持っていた。考えてみれば、グロンギを何体も葬ったクウガと並ぶ者たちがいるのだから当然だ。その結果、現状、犠牲者は七名のみとなっている。しかも、残るグロンギはガドルただ一人という追い込まれようである。

「……ゴ・ガドル・バ。いや……今はン・ガドル・ゼバと呼ぶべきか。夜に行く」

 【ゴ・ガドル・バ】には、特別な制限はない。
 ただ、彼にはこのゲゲルの事を伝える必要があった。言うなれば、これが今回の制限解放だ。
 バルバがそれを伝え、残る一人と戦うためのゲゲルリングをベルトに受けた瞬間から……彼は、【ン・ガドル・ゼバ】と名を改める。
 そして、もう一人の王──ン・ガミオ・ゼダに立ち向かう権利を得られるのである。
 ガドルは現状、単独行動を基本としている。もともと、他人と群れる性格ではない。






【死者たちの場合】

 この一室には、主に二日目以降が出番となる制限の解放者がいた。
 その対象者は、死者──いや、厳密には、現状ではその特殊能力を活かしきれず、「死亡者となっている者」である。
 そう、参加者の中には、一部に「制限」によって死亡“後”を制限されている者が何人かいた。……それはソウルジェムの濁りとともに魔女となる魔法少女であり、死とともに二の目を発動する外道衆だ。
 既に死亡カウントがなされている彼らに生還の権利はない。彼らが生還したとしても、ゲーム終了と同時に、自動的に死亡する手筈だ。あくまで、その最後の悪あがきとして、彼らに機会を与えるだけである。せいぜい、地獄に他人を道連れにする相手を探すのみという事だ。
 殺し合いに影響を与えたとしても、魔女化した魔法少女が願いを告げられるはずもないし、最後の悪あがきで生き延びた外道衆に生きる機会を与える気もない。
 しかし、二の目も魔女化も立派な彼らのアイデンティティである。それを封じて戦わせるわけにはいかないが、巨大な敵というのは少しばかり平等性を損なう。涙を呑んでその命を、「一度目の死」で終わりにさせたが、二日目以降、マーダーが減った場合の「お邪魔虫」として覚醒させる事は問題ない。

「……ドウコク殿はまだ生き残っているか。まあ、順当でござるな」

 脂目マンプクは、巨大モニターに映る血祭ドウコクの姿を見て呟いていた。
 ここまで、目立ったバトルには参加せず、基本的には戦いを避けた行動が目立つ。しかし、それが幸いか、あるいは災いか。彼は、他の参加者と大した交流もないまま生き残った。
 このまま行けば、おそらく、21時30分にはドウコクに「二日目以降に二の目が解放される」と告げに行けるだろう。……まあ、ドウコクとしても、二の目などという悪あがきに頼る気はないだろうが。
 誰にとっても問題となるのは、筋殻アクマロだ。
 アクマロは、既に死亡カウントされているが、二の目は発動していない。つまり、彼の命はまだ「尽きていない」のである。二日目以降に復活が確定している。
 これについても、ドウコクには教えておくべきだろう。

「シンケンジャーは全滅。拙者の手間も随分と省かれたものだ」

 この場に招かれたシンケンジャーは、シンケンレッド、シンケンブルー、シンケンゴールド。その全員が死亡している。あとは、はぐれ外道の十臓も死亡したので、残るはドウコクのみだ。
 マンプクとしても、なかなか都合の良い状況だった。

「……魔法少女も、残るは佐倉杏子のみ。……とはいえ、魔女はまだいるわ」

 そう呟いたのは、ある時間軸で魔法少女の虐殺を行っていた少女・美国織莉子。彼女もまた、このマンプクという怪物とともにモニターを見ていた。
 サラマンダー男爵や吉良沢優もそうだが、特別乗り気ではないものの、手段のためにこの「主催者」という立場を利用している者もいる。織莉子もまた、同じだった。彼女は、見滝原を救うべく、この殺し合いの運営に協力する者だ。
 隣の怪物にさえ、もう慣れを感じ始めていた。少なくとも、お互いに裏切るような行動をしない限りは、敵対はしない。既に反抗して殺された老人がいるとも聞いている。
 それが見せしめとなって、より一層、主催陣営の連帯感は強まっている。

 織莉子は、杏子が単独行動した際に、魔女に関する説明を一からしなければならない。彼女はまだ、魔女化については知らなかったはずだ。面倒だが、ともかく、「ソウルジェムの濁り」を死因として死亡扱いになった参加者二名──美樹さやかと巴マミが魔女として覚醒する事についても教えなければならないだろう。
 暁美ほむらのように、あらかじめソウルジェムを割った者はともかく、巴マミや美樹さやかは濁りによってソウルジェムを割った。魔女化という運命は一日だけ封じられていたに過ぎない。

「私たちの世界の参加者も、残すところ一人」

 そう、暗いトーンで呟いたのはアリシア・テスタロッサ。その瞳は虚ろで、まるで感情を失くした人形のようだった。本来は優しい少女であるはずのアリシアも、今はそんな面影を持たない。
 冷淡に、ただ一人残ったヴィヴィオを見つめている。しかし、ヴィヴィオには特に大きな制限はない。ともかく、現状で唯一の同一世界の生存者という事で、強い興味を持っていただけである。
 すぐにアリシアは、ヴィヴィオに対する興味を失った。

「あとは、あの機械がどれだけ働いてくれるのか」

 彼女の興味が向いたのは、レイジングハート・エクセリオンの方であった。
 レイジングハート・エクセリオンは、娘溺泉の水を被っている。
 意思のある機械であるレイジングハート・エクセリオンには、呪泉郷の水によって変身する可能性がある。……いや、それを既にこちらで調整していたのだから、おそらく高い確率でレイジングハート・エクセリオンは若い娘の形になるだろう。
 何かの泉の水を被った鯖も同様かもしれない。
 とにかく、泉の水を浴びた者たちにかけられていた制限も、二日目以降はすべて解除されてしまう。
 おそらく、このままレイジングハート・エクセリオンはあの場に放置され続けるだろうから、アリシアは彼女のもとに向かい、全て説明する事になるだろう。まあ、彼女は参加者ではないのだが、突然人間にするわけにもいかない。

「……アリシア、酵素を注入する時間よ」

 誰かがまた、深淵から現れた。

「ママ……」

 マンプクも織莉子もアリシアも、そこにやってきた一人の女性の姿を凝視した。
 彼女はアリシアの母──プレシア・テスタロッサである。その瞳には、どこか喜びや幸せが込められているようだった。かつては見られなかった笑顔がある。長年待ちわびたこの少女との再会を実感しているからだろうか。
 しかし、どこかやつれているようにも見えて、長い髪は顔に影を落としている。むしろ、その姿はかつてのプレシア以上に、廃れた体躯にも見える。

 アリシアの腕に、細胞維持酵素が注入される。これはアリシアが人ではなくなった証だ。

 酵素。
 この言葉からわかるように、アリシア・テスタロッサは、NEVERとして蘇っている。
 加頭や財団Xの援助があれば、魔術の力を使わずとも、人体蘇生を行う事ができたのだ。
 管理外世界に存在した予想外の技術に驚きつつも、プレシアはアリシアの体にそれを利用する事を許可した。もともと、このNEVERの技術を作り出した大道マリアの境遇はプレシアと酷似している。プレシアがこの技術に飛びつくのは当然であった。
 加頭をはじめとする数名の来訪者たちからの技術提供により、夢のアリシア生還を果たしたプレシアは、こうして再び“幸せ”な家庭を築いているのである。
 しかし、それがまた、プレシアの魔術に関する研究の日々をあっさりと覆す物だった事が、彼女の研究者としてのプライドを崩したのだろうか。何せ、NEVERの技術は魔術もないような世界が科学で生み出した代物なのだ。
 かつてに比べてどこか冷淡なアリシアへの違和感を、何とか飲み込もうとしていて、更に精神に負担がかかっている事もある。
 それが、プレシアをかつて以上に生気のない女性にしていた。

 アリシアが、このまま母への愛さえ失っていく事を、プレシアは本当に知っているのだろうか。
 織莉子は、そんな母子の様子を訝しげに見つめていた。

(……傍から見れば、親子というものはこんなにも愚かなものなのかしら)

 織莉子は、このプレシアが騙されている事にとうに気づいている。
 主催者の技術力ならば、こんな中途半端な蘇生を行うわけがないのだ。元の世界では死亡したはずの園咲霧彦やノーザが参戦している事を見れば明らかだろう。感情など失くさないまま、ありのままのアリシアを取り戻す事ができるに違いない。
 しかし、それを知らないプレシアは、「アリシアを蘇らせる」以上の欲を持たず、親として子を助けるための安易な方法を選んだ。他の手段を探る事もなく、即決でこの方法を選んだ。そして、それから先、もっと優良な方法の存在を知らないままアリシアを愛している。アリシアの狂いに気づいているのだろうが、それを心が押し殺し、自分でも知らないままにアリシアに盲目的な愛を注いでいるのだ。それは、さながら大道マリアの生き写しのようであった。
 何にせよ、善意でアリシアを蘇らせるならば、NEVERとしての生など与えるはずがない。

 きっと、彼女たち親子は、その愛を主催陣営に利用されているのだ。
 NEVERとなった事による身体能力向上などが加頭たちにとって都合が良いのだろう。彼女のもとには、ガイアメモリも支給されているらしい。大道克己や泉京水、加頭順といったNEVERたちの様子を見ていると、この親子の身に降りかかっている状況を何ともいえない。

 ……まあ、織莉子も人の事を言えないだろう。それは自覚している。
 安易な奇跡や魔法に手を伸ばし、彼女たちと同じように殺し合いに加担している事には違いない。
 目の前の怪物がただの気まぐれで手を貸しているのを見ると、また随分と違う状況なのである。

「わからないものだな、人間というのは……」

 主催者によって手渡されたはぐれ外道・修羅の体を取り込んで「水切れ」を克服したクサレ外道衆の脂目マンプク。彼もまた、この親子たちを理解できずにそう呟いた。






【加頭とニードルの場合】

「……西条凪、死亡か」

 加頭は呟いた。凪に特別興味はない。おそらく、吉良沢が多少興味を持っていた対象ではあるだろうが、彼が特に凪に肩を入れる事はなかったので、吉良沢はまだ、比較的淡々としている。
 加頭にとって、その出来事が特別なのは、ダークザギの予知能力から外れる出来事だったからである。要するに、予知能力の制限がちゃんと効いているらしいという証明であった。

 ……が。

(能力解放……これで、もうダークザギもより強い力で戦えるだろう……)

 21時からの制限解除の時。そこで石堀が単独行動をすればいい。そうすれば、予知能力制限を解除され、光還元の要である忘却の海レーテもまた、マップに解放されるだろう。
 この対象エリアはF-5の山頂部だ。これと、「強い憎しみを帯びた光」を得れば、石堀はダークザギとして復活する事ができる。

 この説明を聞けば、流石に石堀もスタンスを変えてくるだろう。
 デュナミストの憎しみを拡大させ、光を奪うために画策するに違いない。その果てに、ダークザギは復活する。
 殺し合いに乗る者は随分と減ったが、ダークザギが全力で戦えば相手にもならない存在が大半だ。その復活を以て、対主催陣営はほとんど手詰まりとなるだろう。
 まあ、優勝したらそれはそれで厄介ではあるのだが……。

(仮に優勝した場合の対策も充分。問題はないな……)

 無論、マルチバースを移動する能力はダークザギにも制限はかかるし、万一勝利して主催に反抗した場合の措置も加頭たちには残っている。
 それについて考えていた時、背後から男が声をかける。

「加頭さん、どうやら結城丈二という男、薄々ながら勘付いているようですね」

 加頭は気づかなかったが、どうやらこの場にニードルがいたらしい。
 結城丈二に対しては彼も随分と関心を示している。加頭が振り向くと、ニードルは、ニヤニヤと笑っていた。

「ええ」

 加頭順は、釣られて笑いはしないが、特別腹を立てる事もなかった。

「あまり察しが良すぎるのも困り物です」

 ニードルがそう言うが、やはり困っているようには見えない。

「我々が厳密には“主催者”ではない──まさか、そんな事に気づかれてしまうとは」

 加頭は少し俯いた。表情は変わらない。

 ……そう、実は、加頭たちは厳密にいえば、“主催者”ではないのだ。
 そう見せかけたフェイク──真の主催者の余興のための一員に過ぎない。あえて言うならば、ここにいる彼らは「真の主催者」を楽しませるための「影武者」である。この場にいる主催陣営は、全員、殺し合いの参加者たちと同じ「主催者を楽しませるための駒」なのだ。
 結城の仮説と同じく、加頭たちは、最後まで殺し合いを楽しませるために、「真の主催者」によって、「表向きの主催者」という役割を持たされた「参加者」たちなのである。

 加頭たち、表の主催陣営は、あくまで「ゲーム」としての殺し合いを盛り上げる。その過程で、全滅なりただ一人の勝者が出るなり……という結末に終われば、彼らにとっても御の字だ。真の主催者もまあ、それで満足するだろう。
 しかし、万が一、この殺し合いの果てに「正義」の陣営が脱出する事があるかもしれない。実際、脱出のための穴自体は意図的に作られており、その道順をたどる確率も高く出ている。

 そして、脱出した段階で、おそらく彼らは加頭たちと戦う事になる。それを万が一にでも打ち破った場合は、「悪」たる主催者が裁かれ、死んでいくだろう。
 加頭も、サラマンダーも、ニードルも、バルバも、ドルドも、ゴハットも、織莉子も、マンプクも、アリシアも、プレシアも倒された時、彼らは悪の打破を喜ぶだろう。それでここにいる誰もが満足して終わる。
 ……大方の物語は、だいたいそこで終わってしまう。
 全てが終わった安堵感の中で、彼らは元の世界に帰っていく。ハッピーエンドだ。

 何も果たせていないのに、果たしたように錯覚して。
 諸悪は残っているのに、全て終わったのだと勘違いして。
 真の悪に気づかないまま、殺し合いを終えてしまう。

 そして、真の主催者は、誰にも知られず、姿を見せる事もなく、その様子を嗤い続ける。

 誰にも気づかれずに物語の外側ですべての登場人物を支配し、加頭たちの管理者。
 無限メモリー「インフィニティ」を手にして、加頭たち財団Xが存在したパラレルワールドを侵略し、管理した、諸悪の根源。
 その存在は、最後の最後まで加頭たちも絶対に秘匿し続けなければならない。

「……とはいえ、彼らはまだ、その仮説に確信を持っているわけではありません。問題はないでしょう」

 まあ、加頭もニードルも、まあ彼らが察し始めた事への危機感は持っていなかった。
 どうであれ、結城の説は仮説にすぎないし、それを知る二人が死ねばもう何も残らない。察したとしても、どうすれば良いのかなどわかるはずもない。
 首輪を外そうが、脱出しようが、そこから加頭たちが敗北する確率はごくごく少ないものだろうし、表向きの主催者である加頭たちの兵力も十分なので、今のところ敗北する事もなさそうである。
 加頭たち財団Xのバックアップは勿論、あらゆる世界からのスペシャリストの導入で、分は加頭たちの方にある。
 何名かの犠牲は出るだろうが、ゴールドメモリの所有者である加頭がそう簡単に負ける事もなさそうだ。脅威となるのはダークザギだが、彼への対策は加頭も練ってある。

「今はまだ、我々は主催者です。楽しむだけで良いじゃないですか……」

 ニードルがうっすらと笑みを浮かべながら言った。






【第三回放送ボーナス:制限解放】
21時以降に、「30分間誰にも見られず、誰にも聞かれない状態をキープする」事で、主催側から使者が派遣され、これまで架されていた制限とその説明、解除が行われます。
あくまでこれは一部の参加者のみが対象で、一定時間単独行動をしても発動しない場合があります(監視・盗聴されている場合も使者は現れません)。
また、解除される制限も一部に過ぎず、解除されたからといって全力全開で戦えるようになるわけではありません。

一部、明らかになっている内容は次の通りです。

【フィリップ、ファング、エクストリームの解放】
対象者は左翔太郎。使者はサラマンダー男爵。
フィリップ、ファングメモリ、エクストリームメモリを翔太郎のもとに解放されます。いずれも「支給品」という扱いではあるものの、フィリップには例外的に首輪が取り付けられます。
「星の本棚」の検索制限は健在であるものの、これは21時に別途で解放。その事については、今回伝えられません(左翔太郎、フィリップには伝えられないものの、結城丈二、涼邑零が知っています)。
また、21時までに左翔太郎が死亡した場合、ダブルドライバーを所有している人物に権限が移り、フィリップも譲渡されます。

【ゲゲルの情報公開】
対象者はゴ・ガドル・バ。使者はラ・バルバ・デ(バラのタトゥの女)。
それと同時に、「ゴオマ、ガドル、ダグバの合計殺害数が9名(残り2名)に達した時に、グロンギ遺跡からもう一人の王 ン・ガミオ・ゼダの復活が始まる」という情報が伝えられます。このゲゲルのカウントでは、ガドルの自殺・自滅はカウントに含まれません。
ガドルには、ダグバの死によって「ゴ」から「ン」へ昇格され、「ン・ガドル・ゼバ」への改名を認められる旨も伝えられます。
尚、ズ・ゴオマ・グ、ン・ダグバ・ゼバは対象者でしたが、死亡したため、適用資格が剥奪されました。

【二の目の解放】
対象者は血祭ドウコク。使者は脂目マンプク。
二日目(時刻不明)以降、二の目制限が解放され、筋殻アクマロが巨大化して復活する事について伝えられます。ドウコクもまた、一の目がなくなった時に、二日目以降に二の目が発動する事になります。
尚、アクマロは死亡カウントされているので、二の目の状態で生存する事はできず、生き残ったとしてもゲーム終了とともに死亡という形になります。首輪については不明。
死亡者である筋殻アクマロには一切この事が伝えられません。

【魔女化】
対象者は佐倉杏子。使者は美国織莉子。
二日目(時刻不明)以降、魔女化制限が解放され、美樹さやか、巴マミが魔女化して復活する事について伝えられます。杏子もまた、ソウルジェムの濁りによって死亡した時に、二日目以降に魔女化が発動する事になります。
佐倉杏子は時間軸の都合上、魔女化についての知識を持たないため、それについても教えられます。
尚、さやかとマミは死亡カウントされているので、魔女の状態で生存する事はできず、生き残ったとしてもゲーム終了とともに死亡という形になります。

【呪泉郷】
対象者はレイジングハート・エクセリオン。使者はアリシア・テスタロッサ。
二日目(時刻不明)以降、呪泉郷制限が解放され、意思持ち支給品の呪泉郷制限が解除される事が伝えられます。鯖については詳細不明。
双生児溺泉のように泉そのものが枯れている泉の制限を解放するかも不明です。
レイジングハートは完全な支給品であるため、首輪は取り付けられません。

【忘却の海レーテの解放と予知能力に関する説明】
対象者は石堀光彦。使者は加頭順。
説明を聞いた時点でF-5山頂に忘却の海レーテが解放されます。説明内容もレーテについてです。
また、ダークザギとしての予知能力はフィリップと同様、1日目の21時に強制解除され、記憶制限も解除される事になります。

【その他の制限解放】
あくまで、上記は一例です。他にも一部の参加者にかけられている制限が解除される場合があります。
使者として現れる主催側の人間は、その参加者の関係者である可能性が高めです。ただし、吉良沢優のように存在を秘匿したがっている場合は関係者が姿を現さない場合があります。
複数の制限が同時に架されている可能性も否めませんが、今回はその制限に関する説明が行われ、制限は解除されます。
また、これ以降、対象者不在の制限が解除される場合があります。

【主催陣営について】
※【ゴハット@超光戦士シャンゼリオン】、【脂目マンプク@侍戦隊シンケンジャー(侍戦隊シンケンジャー 銀幕版 天下分け目の戦)】、【美国織莉子@魔法少女まどか☆マギカ(魔法少女おりこ☆マギカ)】、【アリシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】、【プレシア・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】が所属しています。
※アリシアはNEVERとして再生しているため、感情の希薄化と身体強化が始まっています。また、吉良沢のように非変身者に支給されるガイアメモリも所持しているようです。プレシアも同様かもしれません(描写されていないので、ガイアメモリ以外の物という可能性もあります)。
※加頭順をはじめとする主催者は、主に影武者の役割を担っており、本当の主催者は別にいます。加頭やニードルなどの一部の参加者はその事を自覚していますが、自覚しておらず、別の目的で参加させられている者もいます(吉良沢優、八宝斎など)。


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ゴハット Next:黒岩、死す!勝利のいちご牛乳(前編)
脂目マンプク Next:双大将再会
美国織莉子 Next:壊れゆく常識
プレシア・テスタロッサ Next:「Wish」
アリシア・テスタロッサ Next:「Wish」
Back:第二回放送 加頭順 Next:黒岩、死す!勝利のいちご牛乳(前編)
Back:第二回放送 吉良沢優 Next:「Wish」
Back:第二回放送(裏) サラマンダー男爵 Next:X、解放の刻/楽園からの追放者
Back:第二回放送(裏) ラ・バルバ・デ Next:挑戦
Back:第二回放送(裏) ラ・ドルド・グ Next:さようなら、ロンリー仮面ライダー(前編)
Back:第二回放送 ニードル Next:壊れゆく常識



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最終更新:2014年06月06日 23:39