ピノキオの物語 ◆gry038wOvE



 仮面ライダーダブルは、この山にひと時だけ来た「昼」をすぐ下で目にしていた。
 エレクトリックをはるかに凌ぐ電気の光。夜の山に光を齎すほどのエネルギー。
 それが今、おそらくガドルの手によって放たれているのを、ダブルは確かに感じていた。

「くそっ……!」

 ダークプリキュアが屈するだけはある。
 殺し合いの覇者を目指す戦士が新たなる力を得て、山の天候さえ答えている。
 キュアブロッサムは。仮面ライダーエターナルは。──彼らは生きているのか。
 いや、ダブルは、たった三人。そこにいる人を救えればいい。
 ガドルを倒す事はできないかもしれない。しかし、そこにいる人々が困っているなら、助ける。それがダブルの行動原理だ。
 問題なのは、その行動の果てに、全員が生きて帰れるか──という一点。

「エクストリームもねえのに……! これだと行動も制限されて──」

 ファングやエクストリームといった力さえあればまだしも、今のダブルで勝利するのは難しい。それはこれまでも感じていた力の差だ。
 あれらの姿へ変身する事ができれば、もう少し有利に戦えただろうが、今翔太郎の手にそれがないのは変えようのない事実だ。

「制限……?」

 ダブルは、エクストリームの不在で己の強さが“制限”されてしまっている事に気づく。
 そうだ、もしかするとゴハットに言われた制限という奴は、その事かもしれない。
 そうおとなしくフィリップを解放するわけがないとも思うが──人質だと思っていたフィリップは、実は「制限」なのだとしたら。

「チッ……まあいい。どっちにしろ行くしかねえ」

 それでも、どう頑張ってもエクストリームは今すぐには手元に来ない。それよりも、ダブルは今の姿でどう戦うのかを考えなければならないだろう。
 山の真上を見上げる。そこには人影があった。

「……オイ! あれは……」

 その時、前から駆け出す二人の姿にダブルが気づいた。
 そう、それはまさに赤いプリキュアとエターナル。ダークプリキュアから聞いていた二人だ。やはり、彼女は、嘘は言っていなかったらしい。
 しかし、死んだと言われた二人は生きて逃げ出す事ができたようだ。

「おい、お前ら!! おい!!」

 ダブルはそこにいる二人に手を振って声をかける。
 キュアブロッサムとエターナルはすぐにダブルに気づいて走り出す。
 いったい、今戦況はどうなっているのか。そして、一緒に行動しているはずのもう一人はいないのか。

「……あなたは?」
「俺は仮面ライダーダブル。お前たちの事は知ってる。キュアブロッサム、花咲つぼみに仮面ライダーエターナル、あー……」
「この人は響良牙さんです」

 エターナルの代わりにブロッサムが答える。
 響良牙。一応、警察署で貰った情報の中にはその名前もあった。全く不明なのは数名だけである。良牙は、確か信用していい人間に分類されていた気がする。

「良牙……か。あんたが。……まあ良い。いまお前らがガドルと戦ってるのはわかってる。だが、一体どうなってんだ? あとの一人は?」
「一条だ。いま、そいつが、そのガドルって奴と戦ってる。……たった一人で」
「一人!? 無茶言うんじゃねえ、あいつは一人で倒せるような相手じゃ……」

 そう聞いた瞬間、ダブルの体は勝手に動いた。
 ガドルの強さをよく知っているから、助けになろうとしたのだ。
 しかし、それをエターナルが止める。エターナルがそうしてダブルの腕を止めるのが、とても新鮮な体験だった。
 戦争屋の仮面ライダーだった彼が今、こうしてダブルを止めている。

「待て、ダブル。一条は勝つ。あいつも仮面ライダー──仮面ライダークウガなんだ。今の電撃を起こしたのはきっと、ガドルじゃない。クウガなんだ!」

 良牙が分け与えたウェザーによる電撃がクウガにも届いているはずだ。それがきっと、ガドルの打倒を果たしていると、良牙は信じる。
 いや、もっと消極的な言い方かもしれないが──信じたい。
 一条を知らぬこの男にわかるはずがないと、そう思いながら良牙は、まるで自分自身に言い聞かせるように言った。
 どこか激昂しているようにさえ聞こえた。

「……」

 ダブルは、少し悩みつつも、いや、やはり……心の中に在る不安を拭う事にした。その一条という男は、ガドルと交戦し、果たして勝つのか。それはわからない。しかし、クウガという男が仮面ライダーなら、信じるしかない。
 自分が同じ状況に陥ったとしたら、ダブルもまた、一条と同じように二人を逃がしてガドルと戦うのではないかと──そう、思わざるを得なかった。

「……わかった」

 その男が、翔太郎と同じなら、翔太郎は一条の策を無駄にしたくはない。
 折角、ガドルと戦おうという状況だったが、撤退しかない。……という事であった。

「……そうだ、キュアブロッサム。それからお前も。この下にプリキュアの仲間がいる。今、そいつはダークプリキュアと戦っているところだ」
「ダークプリキュアが!?」

 キュアブロッサムが反応する。ダークプリキュアは、先ほどの戦いの途中で消えてどこかへ行った。やはり、撤退したのか。殆どあの場で会ったばかりだから仕方がないとも思う。
 仲間のプリキュアというのがキュアピーチかキュアベリーかキュアサンシャインなのかはわからないが、どうやらダークプリキュアがいるらしいという事はキュアブロッサムについても、食いつかずにはいられない事実だ。

「……ダークプリキュア」

 キュアブロッサムは、憂いを込めた瞳でそう言った。
 先ほど、ダークプリキュアは本当に戦う気がなかったのだろうか。とてもそうは思えなかった。






「プリキュア・ダークパワー・フォルテッシモ!」

 ダークプリキュアが描いたfがキュアサンシャインに向けて全力で放たれる。
 この一撃の火力はなかなかに大きい。しかし、キュアサンシャインは即座にヒマワリ型のシールドを展開する。サンフラワー・イージスである。
 ダークパワー・フォルテッシモはダークタクトから送られてくる闇の力に呼応し、更に勢いを増す。
 闇。──そう、ダークプリキュアの力の根源は闇の力である。
 根本的に、プリキュアとは相容れない力で戦っているのだ。その力を持つダークプリキュアが、光に足を踏み入れる事などできるはずもない。

「はあああああああっ!!」

 ダークタクトから送り出される全力のエネルギーを注ぎ、障壁を壊そうとする。
 サンフラワー・イージスも限界に近いようであった。
 かつてならばもっとあっさりと障壁を打ち壊せたはずだった。しかし、サンフラワー・イージスはまだ持ちこたえている。
 それはキュアサンシャインの成長であり、ダークプリキュアの闇の力の減退でもあるようだった。

「くっ……!」

 それでも、やはりダークプリキュアの力は強大であった。
 サンフラワー・イージスに罅が入る。裂け目ができた瞬間は、そこからエネルギーが逃げ出そうとするため、非常に危険だ。このままいけば、すぐにダークパワー・フォルテシモに負ける。

 そして──

 すぐに、サンフラワー・イージスが弾ける。
 ダークパワー・フォルテシモがキュアサンシャインのいた場所に殺到する。
 キュアサンシャインは、その崩壊の瞬間をいち早く察知して、後方に逃げた。
 地面を強く蹴り、数メートル飛び上がる。
 ダークパワー・フォルテシモは不発だ。その隙にダークプリキュアのもとへ、キュアサンシャインがアーチを描くように飛んだ。まるで、落ちる位置さえ彼女にはわかっているようだった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 掛け声が響くと、空中から降り注ぐ太陽は、地の闇に向けて拳を差し向けた。
 空を落ちる太陽の一撃は、ダークタクトが防ぐ。しかし、そこから体制を立て直すように地面に足をついたキュアサンシャインは、次に回し蹴りをダークプリキュアの脇腹に命中させた。

「ぐふっ!」

 ダークプリキュアがバランスを崩す。
 左に向けて少しよれたが、次のキュアサンシャインの突きは腕でガードした。
 その次のキュアサンシャインの一撃は、ダークプリキュアも手を伸ばしながら、真横でガードした。
 そこから、自然と連撃が始まる。
 キュアサンシャインもダークプリキュアも素早い「攻」に転じたのである。相手の体の一発でもパンチを当てようと、まるで拳がいくつもに増えて見えるほどの戦いぶりが始まる。

「はああああああああああああああああああああっっ!!」
「はああああああああああああああああああああっっ!!」

 全て相手に到達するが、お互いに急所への一撃を全て回避する。
 お互い、光と闇の力でパワーを強めあい、物理ダメージも最小限に抑えているので、急所以外の攻撃は受けても大きな問題はない。岩さえ砕くようなパンチが致命傷となる事はないほどだ。

「あっ……!」

 先に急所に一撃受けたのは、キュアサンシャインの方であった。みぞおちに一撃、ダークプリキュアのカウンターが入った。
 そこで出来た隙が、次のダークプリキュアの一撃に繋がる。
 両手の指先を絡ませ合い、二つの拳を繋げる。そこに全身の力を込める。二つの拳を、ハンマーのように、キュアサンシャインの頭上に振り下ろす。

「ああっ……!!」

 キュアサンシャインは上半身を地面に打ち付け、ダークプリキュアは空へと飛び上がった。キュアサンシャインが地面に叩き付けられた衝撃で、地面にはキュアサンシャインよりも一回り大きいクレーターが生まれたのである。そこに巻き込まれぬために、ダークプリキュアは飛び上がったのだ。
 キュアサンシャインはその中心で倒れ伏す。

 それでも、両腕を地に立てて、キュアサンシャインは立ち上がった。
 全身に受けたダメージに打ちひしがれながら、それでも立ち上がった。

「はああああああああああああああっ!!」

 跳躍。ダークプリキュアのいる空まで、サンシャインは飛ぶ。さながら、羽を傷つけた小鳥のような力のなさもあったが、声にだけは覇気があった。
 その時は、その跳躍に全身の体力を使ったような気がしたが、次の瞬間にはもう腕が前に出ていた。
 その腕はダークプリキュアを捉える。
 空に輝く太陽と月が激突する。

「ダークプリキュア……ッ!!」

 拳がダークプリキュアの胸に届く。
 ダークプリキュアの真っ赤なブローチに、キュアサンシャインの拳骨が触れる。

「……どこから、そんな力が……っ!!」

 跳躍時の様子から、その拳が届かないと思い、避ける事さえしなかったダークプリキュアは、己の胸元のブローチに到達したキュアサンシャインの拳に驚愕する。
 キュアサンシャインへの攻撃には常に全力を尽くした。

 サンフラワー・イージスのないキュアサンシャインのどこにそんな力があるのかと思いながら、ダークプリキュアはただ吃驚した様子で攻撃を受ける。

「……大好きな人達のためなら、頑張れる!! それが、私たち……プリキュアだから!!」

 衝撃がバランスを崩す。
 外的要因か、内的要因か。キュアサンシャインの拳が空中でダークプリキュアのバランスを崩させたのか、それともこの言葉がダークプリキュアの心の均衡を崩したのか、それはわからない。
 しかし、ダークプリキュアはそのまま、まっさかさまに落ちていく──それは確かな事実。

「アインハルトも、源太さんも、えりかも、ゆりさんも……大好きだった!!」

 ダークプリキュアが地面に到達する前に、太陽の光が見えた。

「……ブロッサムも、あなたも……大好きだから!!」

 ダークプリキュアは、辛うじて地面に両足で折りたち、手をついた。
 そのまま立ち上がる。

「大好き……? それならば、お前は何故、戦って死んだ人間を勝ち取ろうとしない!!」

 ダークタクトを握りしめて、ダークプリキュアは中空のキュアサンシャインを睨んだ。

「死んだ人間は……蘇らない!!」

 ダークプリキュアのもとに、無数の小型光弾が放たれる。
 サンシャイン・フラッシュである。サンシャイン・フラッシュは一瞬でダークプリキュアを取り囲んだ。
 何発もの光弾が、一瞬前までダークプリキュアがいた地面を次々とえぐっていく。ダークプリキュアは、縦横無尽にそれを回避していた。

「蘇るさ、NEVERの技術を使えば……」

「……NEVERになったら、それは私の大好きなゆりさんじゃなくなる……あなたの大好きなゆりさんでもなくなるよ!!」

 翔太郎から、NEVERについては聞いている。
 感情を失くしていく死者の兵士。大道克己や泉京水といった参加者がそうらしい。
 生前の人格とは殆ど別人になり、殺人に対する躊躇さえなくなってしまう。
 それは、ゆりじゃない。

「ならば、時代を超えて……生きている時のゆりを連れてくればいい!」
「そんなの……! あなたが好きなゆりさんじゃないよ……!? それでいいのっ……!?」
「くっ……」

 ダークプリキュアは、図星をつかれたようによろめき、サンシャイン・フラッシュの一つを腕で受けた。その一撃は回避ができなかったのだ。

「君の命も、僕の命も……有限なんだ!! だから僕だって怖いんだ!! いつ死ぬかわからないこんな状況で……それでも、大好きな人がいるから、僕は戦ってるんだ!!」

 そして──。
 キュアサンシャインとしての言葉ではなく、明堂院いつきとしての言葉が爆発する。
 友達がたくさん死んだのに、自分だけ大丈夫なんて思えない。
 いつきはまだやりたい事がたくさんある。帰りたい家があるし、学校がある。
 死ぬのが怖くないはずがない。
 命が何度でも蘇るならそれが良い。でも、本当にそうだったら、怖くなんかならないはずだ。

「私には大好きなんて人いない……。大好き……その感情がそんなに愚かな……自分さえ捨てるほど愚かな物なら、私は……」

 ダークタクトが、両手に闇のエネルギーを集めて、赤い光弾を作り出す。

「感情などいらない!! 私は心のない人形だ!!」

 赤い光弾が上空のキュアサンシャインを狙う。
 しかし、それが命中する直前にキュアサンシャインがサンフラワー・イージスを展開した。
 光弾は弾かれ、逆にダークプリキュアの方へと反射して襲ってくる。

「──!?」

 咄嗟に避けるが、地面を狙ったそれから、吹き荒ぶ砂埃に視界を奪われる。

「集まれ、花のパワー!」

 その隙に、キュアサンシャインは花のパワーを両腕に集中させる。

「シャイニータンバリン!」

 キュアサンシャインの手にシャイニータンバリンが作られる。

「はぁっ!!」

 シャイニータンバリンの淵を回転させて、キュアサンシャインは手、手、尻、手と四回シャイニータンバリンを叩いた。

「花よ、舞い踊れ! プリキュア・ゴールドフォルテ・バースト!」

 無数のヒマワリのエネルギー体が発現する。自らの光弾を避けたダークプリキュアの元へと殺到した。

「……これは、かつての!」

 ダークプリキュアをかつて襲った攻撃であった。
 そして、それはまたダークプリキュアの体へと集中し、全身の動きを封じる。

「なっ……くあっ……!」

 無数のエネルギー弾はそのまま炸裂し、ダークプリキュアを全身から苦しめる。

「ああああああああああああっ!!」

 かつてよりも威力を高めたプリキュア・ゴールドフォルテ・バーストを前に、ダークプリキュアは、力を失う。
 硝煙のような砂埃が、倒れていくダークプリキュアの姿を包んでいる。
 キュアサンシャインは一撃、当てた。ダークプリキュアがもう動き出す事はないだろう。

「……やっ、た……」

 キュアサンシャインは勝利の喜びに身を委ねていた。
 しかし、その喜びにはもう力が残っていなかった。ひきつった頬で笑うと、空中に立っていられるほどのエネルギーさえなくなり、キュアサンシャインは力を失って落下した。






 ……そして、いつきが目を覚ますと、そこはキュアブロッサムの顔があった。
 自分は、一体……。
 いつきは、そう思いながら、周囲を見た。自分がいるのは、キュアブロッサムの腕の中だ。
 あの戦いから、そう時間は経っていないらしい。……いや、まだ少しも時間は経っていないのだ。意識を失ったのは、ほんの数分。
 長い間眠っていたような気さえするが、キュアブロッサムは空中から落ちていくいつきをキャッチし、つい先ほど着地したばかりだった。
 いつきは、変身する途中のあの白い下着のような姿になっていた。

「……サンシャイン」

 ブロッサムが、心配そうな顔で言った。
 いつきは力なく微笑む。ブロッサムの顔がそこにある事に安心する。

「良かった……無事だったんだね、ブロッサム」

 ブロッサムがガドルという敵との戦いで生存している事を、まずサンシャインは喜んだ。彼女の事も心配だったが、生きていたのだ。
 あの戦いの後で、随分と疲れたが、とにかくサンシャインは勝った。
 思い返せば、これはかなり、楽しい武道だった──と、いつきは思った。お互いの全力を尽くして戦い、そして勝った。
 ダークプリキュアに勝ったのだ。

「……翔太郎さん」

 ダブルと、もう一人、知らない人がいつきの前にいた。この知らない仮面ライダーも、たぶん仲間だろう。ダークプリキュアはエターナルと、呼んでいたはずである。

「……ブロッサム。下ろして」

 ブロッサムを促して、いつきは地面に立つ。だいぶよろけてはいるが、とにかくダークプリキュアに勝ったのは確からしい。
 見れば、ダークプリキュアが、地面から倒れ、起き上がろうとしている。いつきは、ダークプリキュアのもとへと歩き出そうとしていた。
 ダブルが肩を貸してくれようとしたが、いつきは拒否した。それほど消耗しているわけじゃないし、自分の足で歩いて行きたい。
 ふらふらになりながらも、ダークプリキュアのもとへ行こうと、いつきは歩き出した。

「……ダークプリキュア」

 ダークプリキュアの前で、いつきは、彼女の偽りの名前を呼んだ。
 これで最後のつもりだ。キュアサンシャインは、明堂院いつきは勝った。今、呼びかけるのは勝負した相手の名だ。
 ダークプリキュアはダークプリキュアとして戦ったのである。
 だから、この場で呼ぶのはその名前だ。

「……立てる?」

 手を、差し伸べる。
 ダークプリキュアは茫然としているようだった。
 いつきが手を差し伸べる事に驚いたのではない。彼女がそういう人間だというのは、もうわかりきったことだ。

「私は……負けたのか……?」

 ……自分が負けた事に、彼女は驚いていた。
 全力だった。全力で戦った。それなのに負けた。キュアサンシャインに。
 全力の自分に打ち勝てるようなプリキュアが、キュアムーンライト以外にいるとは思っていなかったのだ。
 力の差は、本来、歴然であるはずだった。
 しかし、その差を、キュアサンシャインは埋めて戦った。……大好きな気持ち。それをエネルギーとして。

 同じような決闘を、ダークプリキュアは思い出す。
 海辺でのシンケンゴールドとの戦いだ。

「かつて、シンケンゴールドは私にこう言って戦いを挑んだ……。自分が勝ったら、殺し合いをやめろと」
「……源太さん。そんな事を」
「結果、奴は敗北し、死んだ。……私はその時、そんな奴が愚かだと思っていた。奴はあの状況下で私を信じようとしたのだ」

 ダークプリキュアは、いつきの手を握ろうとはしない。
 しかし、いつきはそれでも手をかざし続けた。

「……だが、奴はもしかしたら敗北などしていなかったのかもしれない……」

 源太やアインハルトの死を乗り越えたキュアサンシャインに、ダークプリキュアは敗れた。ダークプリキュアは、とうの昔に彼らに負けていたのかもしれない。
 それが今、キュアサンシャインに敗北するという形で、確かな物となったのだとしたら。

「……君はさっき、感情なんていらないって、う言ったけど、今の君はとても輝いて見える」

 そう……目の前にいるダークプリキュアからは、彼女の闇を象徴するかのような羽が消えていた。闇の力を集めるダークタクトももうその手にはなかった。
 ダークプリキュア自身は、今それに気づいたようで、その手が、キュアサンシャインの手を掴めるという事を、今更知ったらしい。

「そうか……」
「心のない人形なんて、嘘だよ。君は、きっと人間になれたんだ」


 “人形”は“人間”に“変身”した──。心の闇を吐き出して、人形の殻を脱ぎ捨てたのである。
 いつきは、それを確信していた。

 いつきは、ダークプリキュアに微笑みかけたが、すぐに……そこからいつきは少し表情を険しくした。

「でも、もう殺し合いをするのだけは……やめてほしい。いや、やめるんだ。君がどんなにゆりさんを望んだって、君の知ってるゆりさんは蘇らない。……それは、凄く残酷な話だけど。……それに、君は勘違いしていたようだけど、ゆりさんは多分……それじゃあ喜ばない」
「……そうか」

 憂いを帯びた瞳で、ダークプリキュアは空を見た。
 それは、もうダークプリキュアが「家族」を得る事ができないという事だった。 

「……所詮、叶わぬ夢だったか……」

 普通の人間のように生きる事は。
 諦めるのは辛かったが、心のどこかは既に諦めていたのかもしれない。

「私に勝ったお前が言うなら、そうなんだろうな……」

 ゆりの気持ちは、ダークプリキュアよりもキュアサンシャインの方が詳しいのだろう。……いや、おそらく彼女は確信している。
 ゆりの気持ちがわからず、エターナルが見せる“色”に全てを委ねたダークプリキュアなどよりも、ずっと確かにわかっていたのだろう。

「もう殺し合いをする意味なんて、どこにもない。……私がこれからすべき事も、もうないだろう。私に必要なものは……もう手に入らないなら、私に生きる意味なんてない」

 ダークプリキュアが望み続けたのは、キュアムーンライトの決着だった。それももうできない。
 ダークプリキュアが求め続けたのは、家族だった。それももう手に入らない。
 もう、何もない──びっくりするほど、何もなくなった自分に、もう生きる意味などないとさえ、ダークプリキュアは感じた。
 しかしながら、心が洗われたようで、不思議だった。

「そんな事ありません!」

 激昂するような声が、もうひとつ、いつきの後ろから聞こえた。
 キュアブロッサムであった。

「あなたの家族は、もういないかもしれません。でも、私たちは、もう戦い合う敵じゃない。友達になれるんです。……あなたは知らないだけで、友達だって、とても大切なものなんですよ」

 ダークプリキュアがこうしていつきと友達になった事を祝福するように、ブロッサムは笑顔でそう言った。

 友達。
 ……それはダークプリキュアには、存在しない言葉。
 友なんていなかった。
 彼女が求め続けたのは家族。友達などという単語は脳をかすめた事もなかった。
 しかし……彼女は、いま少しだけ、それが欲しいと思った。

「……だが、どうすれば友達とやらになれるんだ……? 私には、何も、わからない……私は、そんなもの……習っていない……」

 友達という物の大切さなど、わかるはずはないが、それを掴む事で何かを得られるのならば、それでいいのかもしれない。
 ダークプリキュアは、いつきに向けて手を伸ばした。しかし、その手が届く前に、いつきは一つ気づいたように言った。

「……友達になる方法。それは簡単だよ」

 いつきは、笑うように言った。
 簡単な事なんだ。なのはは、それを教えてくれた。
 なぜ、名前で呼ぶ事が大事なのか──。

「……名前を呼んで? ちゃんと僕の目を見て、はっきり僕の名前を呼ぶんだ」

 なのはが、名前を呼ぼうとした意味を、いつきは考えた。
 きっと、はじめはそれだけでいいんだろう。難しい事はいらない。

「キュア、サンシャイン……?」

 ダークプリキュアが、そう呼んでから、いつきは首を横に振った。いや、違う。その名前じゃない。ずっとダークプリキュアが呼び続けた名前じゃない。戦う時の名前じゃなく、友達の名前が必要なんだ。

「ううん……。僕の名前は、いつき。明堂院いつき」
「いつき」
「そう、いつき。君の名前は……?」

 そこで、ダークプリキュアは少し戸惑った。
 名前。それは与えられる物だと思っていた。自分で考えていいのだろうか。
 自分で少し考えたが、やはり、やめた。思いつかない。

「……悪いが、それを最初に呼ぶべき者は────もう、この世にいない。だから、本当の名前じゃない。……仮の名前でもいいのか……?」
「……うん。わかった」
「……それなら、それはお前が決めてくれ。きっと、私にはゆりが決めた名前があるはずだ。名前は自分でつける物じゃない……誰かがくれた名前が欲しい」

 ダークプリキュアは悩んだ。
 自分の名を自分で名づけるのは、普通じゃない。
 名前は本来、与えられるものなのだから。

「……そっか。じゃあ、僕に大切な事を教えてくれた……とても大切な友達の名前を……もう、いないけど、君に贈るよ」

 いつきもまた、少し考えて、その名前に決めた。
 ゆりもきっと、彼女の名前を考えていただろう。彼女が考えた名前が「本当の名前」。しかし、いつきが考えるなら──

「なのは」

 ダークプリキュアの名前を呼ぶ事を、いつきに教えてくれたあの子の名前を。

「月影なのは」

 菜の花の花言葉は──、「小さな幸せ」。

『That’s a nice name.』






 ダブルは、ダークプリキュアの様子を黙って見つめていたが、翔太郎はフィリップの一言聞いた。

「……なあ、フィリップ。あいつも罪を償えると思うか?」
『やっぱり、翔太郎はハーフボイルドだね。君は罪を償えると思っている。甘いよ。……でも、彼女の方がもっと甘いね。“ノットボイルド”ってところかな』
「焼いてすらいねえ! 生卵じゃねえか!」

 自分の仲間の命を奪った敵さえ、自分を裏切った相手さえ許す。
 それがプリキュアだ。

『……ただ、そうだね。ダークプリキュア、……彼女には家族と、それから名前がなかったのか。名前もなく、自分自身の決断もなく、ただ命令だけをこなしていた……そういう事か』

 フィリップが呟く。その言葉には、遠い昔を懐かしむような語調が込められていた。

『わかるよ、僕にも。彼女の気持ちが。……決して人を殺めていい理由にはならないけど、僕も彼女と同じだった時期がある。彼女もまた、最高の相棒……いや、仲間たちと出会えたみたいだ。……彼女はきっとやり直す事ができる。どれだけ時間をかけてでも……彼女は自分の罪を数えるだろう』
「フィリップ……」

 フィリップは鳴海壮吉に名前を与えられるまで、「名前」がなかった。小説の中の探偵フィリップ・マーロウの名を借りて、フィリップと呼ばれるまで、彼には名前も何もない。
 そして、翔太郎と出会うまで、「家族」がなかった。園咲来人でも、フィリップでもない時期というのが確かにかつて、彼の中には存在していたのである。

「結局、お前もハーフボイルドだな」
『失礼だな……翔太郎』

 そう言うフィリップの言葉も、どこか嬉しさを交えたようだった。






「さあ、手を……」

 いつきはダークプリキュアの手を取って起こそうとする。
 ダークプリキュアは、その手を掴んだ。

「手と手を繋いだら、もう、本当の友達です……私たちは」

 ブロッサムは、その姿に涙さえ浮かべていた。一人の敵が、いま和解しようとしている。
 ダークプリキュアは、長い間仇敵だった。確かに、彼女は敵だった。

「……ああ」

 ダークプリキュアが立ち上がり、キュアサンシャインの瞳を見る。
 そこにお互い、敵意という物が消えていた。

「キュアブロッサム……お前の名前も、教えてくれ」
「花咲つぼみです。よろしく……月影なのはさん!」
「……つぼみ」

 “なのは”はつぼみの名前を呼んだ。そして、彼女とも、手を繋いだ。
 一件落着、と言いたいところだった。しかし──

「なのは……その体……!」

 しかし、ふと……いつきが、“なのは”の異常に気付いた。

 そう、彼女の体が粒子のように消え始めていたのである。
 羽やダークタクトだけではない。スカートも消えかかり、腕さえ消えかかっている。
 このまま、体全体が消えてしまいそうなほど、粒子化が進んでいた。
 ダークプリキュアの表情が柔らかくなるにつれ、その速度は加速していた。

「……そうか」

 彼女は、いつきの一言で、己の体が消えかかっている事に気づいたようだ。
 そして、その理由にも、すぐに察する事ができた。

 ──そう、砂漠の使徒はその心が完全に浄化されると消滅する。彼女は闇に生まれ、闇に生きる戦士だった。その体もまた、闇の心が作り上げている。
 ここまで、よく保たれたと驚かれるほどだろう。それは、彼女自身が殺し合いに乗る事で「己」を保持していた事なのかもしれない。
 彼女が人になる事はできなかったのか──

「お別れの時だ、つぼみ、いつき……。私は、人間になれたようで、本当の人間にはなれないんだな……」

 所詮、ダークプリキュアは砂漠の使徒だったという事だ。ダークプリキュアは、自分の運命を嘲笑する。
 正しい心に生まれ、正しい心に生きる事など最初から不可能な生命体だったらしい。

「闇に生まれた私は、心が浄化された時、体ごと消える運命だったようだ……。しかし、生まれた事にも、後悔はしていない。私は少しの間だけでも、人間のような心でいられた……それでいいのかもしれない。私は、生まれてきて良かった……」

 ピノキオは人間になれて本当に幸せになったのだろうか──。
 そんな疑問を説いた人がいる。人間には醜さもある。時に争い合い、人さえ殺める。実際、“ダークプリキュア”は人を殺した。それが許されない罪となるのは、人になってからだ。それは人になってから、罪として圧し掛かっていく。
 しかし、ここにいるピノキオは、人間になれて幸せだったと、そう断言する事ができる。なぜなら、その罪を一緒に背負ってくれる人が、友達が──いたのだから。
 だから、心に何のわだかまりもなく消える事が許されると思った。それしかもう、償う方法はないのだろう、と。

 だが、それでも──プリキュアたちは納得しなかった。

「駄目です……あなただけは、消させません! 友達になった人が消えるのは、もう……もういやなんです!」

 えりかの名前が放送で呼ばれた時の事や、友達になったさやかが死んでしまった事、折角仮面ライダーになれるはずだった大道克己や村雨良が消えていった事を、つぼみは思い出す。──そう、あの時のような悲しみを何度も背負いたくはない。
 折角、彼女は人間になれる。折角、彼女と友達になれる。

「そうだよ、お願いだ……。消えないで……。一緒に色んな事をしようよ……。まだ君と友達になったばかりじゃないか……」

 いつきが握っている手が消えていく。
 ダークプリキュアの体は透過して、間もなくお別れが来る事を示しているようだった。
 つぼみは何度も、ここで出会ってきた人たちとのお別れを前にしてきた。

「いいんだ、……もう、いいんだ……、つぼみ、いつき……“ありがとう”」

 彼女の口から、そんな当たり前の挨拶が出たのは、初めてだった。
 だが、つぼみは決して、それで良いとは思わなかった。何度も何度も、こうして人がいなくなるのを見たくはない。何度も何度も、それを抗えない自分の無力を痛感したくはないし、友達が消えるのは──厭だ。

(──お願いです! みんな、力を貸して!)

 ブロッサムは祈った。
 神に。仏に。花に。大地に。仲間に。世界に。






 ──この場所には、四つのプリキュアの力があった。
 キュアブロッサム──花咲つぼみが持つ、ココロパフューム。
 キュアマリン──来海えりかが持っていた、ココロパフューム。
 キュアサンシャイン──明堂院いつきが持つ、シャイニーパフューム。
 キュアムーンライト──月影ゆりが持つ、ココロポット。
 そして、それぞれが使うプリキュアの種。



『大地に咲く、一輪の花! キュアブロッサム!』

 ココロパフュームとプリキュアの種が光る──。

『海風に揺れる、一輪の花! キュアマリン!』

 ココロパフュームとプリキュアの種が光る──。

『陽の光浴びる、一輪の花! キュアサンシャイン!』

 シャイニーパフュームとプリキュアの種が光る──。

『月光に冴える、一輪の花! キュアムーンライト!』

 ココロポットとプリキュアの種が光る──。



『ハートキャッチプリキュア!!』



 四人のプリキュアは、いつも一緒だ──。
 友達が困っていたら、いつも助けてくれる──。






「……ココロパフューム!」

 それは奇跡と呼ぶべきものだろうか──“なのは”の身を、彼女たちの変身アイテムから来る四つの光が包んだ。
 赤、青、黄色、紫──それぞれ異なる色の花の力が、“なのは”に照射される。朽ち果てるはずの少女の元に、四つの光が降り注ぎ、消滅を食い止めていた。
 デイパックの中からそれらを取り出し、更に光を強める。

『つぼみ、いつき、私たち……ずっと一緒だよ──』
『不出来な妹だけど、お願いね……』

 光の中に、キュアマリンとキュアムーンライトが見えたような気がした。彼女たちの姿は、すぐに見えなくなったが、光とともに突き進んでいった。
 ダークプリキュアと呼ばれた少女に、光を与え、それでも尚、生き続けるだけの体を与える為に。

「えりか……」
「ゆりさん……」

 死んだはずのプリキュアたちも力を貸してくれている。
 闇の力の消滅で消えゆくダークプリキュアの体。そこに、花の力が新しい身体を与えようとする。

 つぼみが持つハートキャッチミラージュも光を照射する。
 いつきが持つスーパープリキュアの種も光を照射する。

 全てが、かつてダークプリキュアだった命を照らし、花の力で新しい身体を作り出す。
 彼女の中にある「命」と「心」がこの世に存在しているうちに、新しい身体を作り上げる為に──。

「花の力が……」
「私たち、みんなの想いが……」

「「……奇跡を、呼んだ……!」」

 キュアブロッサムも、明堂院いつきも、あらゆるプリキュアの力が見せているその姿に驚く。
 消えかかっていた彼女の体に、より鮮明な手が、足が作り出されていく。
 羽は消えたまま出てこないが、それがかえって人のシルエットを作り出している。
 光の中で、ダークプリキュアは消え、月影なのはの姿が作り出されていく。

「「おいおい、信じらんねえぜ……」」
『『Beautiful.(ゾクゾクするねえ……)』』

 仮面ライダーダブルも、仮面ライダーエターナルも、マッハキャリバーも──その姿に茫然とする。単調な言葉しか出てこないほどに。
 まばゆい花の光が、“ダークプリキュア”をあの邪悪な羽のない、ただの人間の形として、転生させる。プリキュア四人の力が結集し、彼女を生み出したのである。
 ゆりを生き返らせるための一つの手段としてすがろうとしていた「プリキュアの奇跡」。それは、皮肉というべきか──ダークプリキュア自身を滅ぼし、新しく生まれ変わらせる。
 彼女の生命はもう人造ではない。
 大地の恵みにより生まれた、自然の生命。



 そして、眩い光は輝きを増して、

「──私は、生まれ変わったの? また、戦うために……」

 かつて、ラビリンスの幹部──イースが、キュアパッションへと生まれ変わったように。
 ダークプリキュアは、今度こそ完全な、つぼみたちと同じ年代ほどの人間の体が形作られた。その心からも、邪悪さは消え、彼女は心優しき少女──“月影なのは”となったのである。

「……いいえ」

 彼女は、ようやく、美樹さやかや大道克己のように、わかりあえるはずの人間との死別を避ける事ができた。

「私たちと友達になるために生まれ変わったんです」

 それは、つぼみといつきの新しい友達であった。



【“ダークプリキュア” ────消滅】




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最終更新:2014年03月27日 17:57