アルテア・迷い込んだ森で/ネアハーレイ・夜明けの食卓/エーヴァルト・最後だからこそ/ゼベル・君のまでの日々
本日の更新はお休みです。
迷い込んだ森で
夜明けの食卓
(
ネアハーレイのSSには、ほんのりですが最近完結したお話の隠し文字があります)
 
エーヴァルト
最後だからこそ
君のまでの日々
本日の更新は、ここまでになります。
お付き合いいただき、有難うございました。
画像中の文章
    
    
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「ったく、よく眠れるな」
 
 
深い森の中を歩きながら、トナカイの背に揺られている。
 
 
先程までこの氷雪の系譜のトナカイの青い毛皮にはしゃいでいたネアは、今は貸してやった毛皮のコートに包まれて幸せそうに眠っていた。
 
 
森の木々は、見上げても空が見えない程に高い。
 
 
腕にその重さと体温を感じ、無防備な頬にふと、口付けを落とした。
 
 
そうして触れた温度に、ざわりと揺れる感情がある。
 
もう少し深くと、心の何処かで小さな声が揺れた。
 
 
もう少しだけ、と。
 
 
その時、体勢を変えて体を傾けたからか、胸元に寄りかからせていたネアの体が僅かに滑った。
 
 
「…ぐるる」
 
「やれやれだ、寝言の情緒もなしか」
 
 
まだまだ森の出口は見えないようだ。
 
どこに迷い込んだものか、長い一日なるかもしれない。
 
 
 
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一人きりで使う広いテーブルに、母のお気に入りだった白磁の皿を置いた。
 
 
数枚のハムと一切れのパン。
 
もう薄くしか出なくなった紅茶に、こればかりは大盤振る舞いのお砂糖。
 
 
まだ残る霧に木漏れ日が滲む、青く青く美しい朝だ。
 
 
その静謐さで澄み渡る胸を覗き込めば、この家に一人きりになった日の慟哭が、今もまだひび割れて残っている。
 
 
もうどこにも行けないけれど、どこか遠くへ旅が出来たらいいのに。
 
 
そこはきっと美しく、優しいばかりの土地ではなくても心は弾むだろう。
 
見知らぬ土地で名前もない誰かになれたならば、今度こそはどうにかしてこの人間を幸せにしてやれるだろうか。
 
 
目を閉じて、静かな雨音に揺蕩う。
 
 
この終幕の向こう側で、もう一度誰かにおはようと言える優しい朝が来るのなら、その時は奮発して美味しい朝ご飯を作ろう。
 
 
 
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エーヴァルト
最後だからこそ
    
    
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目を閉じて君を見る。
 
 
その美しい真紅の翼を広げ、あの宝石のような瞳でこちらを見たその時に、ああこの竜は私のものだと思ったんだ。
 
 
瞼の裏側の、気を抜けば転げ落ちてゆきそうな暗闇の向こうで、この魂にはどんな証跡が刻まれるのだろう。
 
 
いつかまた、君に出会えるだろうか。
 
そうしたら、今度こそは二人で旅にゆけるだろうか。
 
 
王宮は火に包まれ、愛する家族達が次々と殺されてゆく。
 
 
こんな滅びの夜の最後の場所で、ゆっくりと温度をなくしてゆく体を動かして、唇の端を少しだけ持ち上げた。
 
 
君と私は、思うように共に過ごす事も出来ず、これだけくっきりと運命に記された絆があるのに、とうとうそれを告げる事は出来なかった。
 
 
けれど、最後に最愛の竜に会えるのだ。
 
 
そのほんの僅かな時間の為だけに、この悲劇の夜にだって、私は幸いだったと笑うだろう。
 
 
 
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愛するものはいつも、こちらを見てはくれない。
 
 
焦がれて焦がれてそちらを見つめ、なけなしの給金で買った山ほどの林檎飴を袋から出すと、美しい狼達がこちらに駆けてくる。
 
 
ふかふかの毛並みをそっと撫で、すぐに唸られてしまい眉を下げる。
 
 
多分、どこかがおかしくて、沢山のものが普通とされる道を通らない。
 
愛するものは沢山あるのに、その中のたった一つの心すら得る事が出来ない。
 
 
けれど、願い事の一つも叶わないまま生きていても、それなりに人生は豊かだ。
 
 
「ああ、」
 
 
袋に入っていた金貨のような林檎飴がなくなると、狼達はこちらを振り返りもせずに、銀色の毛並みを揺らして走って行ってしまった。
 
 
「でも僕は、それで良かったんだ。だって今は、大好きな奥さんがいるからね」
 
「キュン!」
 
 
夜狼は極上の毛皮の持ち主だ。
 
ふわふわの毛並みに顔を埋めて、幸せな夜に感謝した。
 
 
 
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最終更新:2022年05月07日 11:52