風紀委員176支部。映倫中と小川原付属両校を管轄範囲に置いている特殊な支部である。それゆえに支部員も多い。
風紀委員はその学校内の治安維持が主なため、該当校の支部員が多いのだが出向先も志願制なため他校から出向している者もいる。
そのうちの1人が現在176支部管轄内を巡回をしている、紺色の髪の毛のロン毛で細目の優しそうな風貌をしている少年・鳥羽帝釈である。
このあたりではあまり見かけない柵川中学の制服を着て、風紀委員にはおなじみの緑色の腕章を右腕に付けていた。
いつものように鳥羽が1人で巡回をしていると、とある女性の姿が目に留まった。

「………ちょっと買い過ぎたかしら………」

その女性は顔の半分以上を包帯で覆ってメイド服を着た何とも変わった風貌で、重そうな買い物袋をいくつも持って歩いていた。
彼女の名は鋼加忍。第7学区のこじんまりとしているが人気の喫茶店『恵みの大地(デーメテール)』の住み込み従業員だ。
今日は小川原付属付近のスーパーで安売りが行われているため、はるばる買い出しにきていたのだ。
しかし重そうな荷物を持っているにも関わらず、その風貌のせいか周囲の人たちもなかなか彼女に声をかけられずにいた。
そんな中、鳥羽帝釈は全く迷うことなく声をかけた。

「その荷物重そうですね。俺も手伝いましょうか?」
「……ありがとう風紀委員さん……でも『恵みの大地』までいくわよ……」
「そうですか。管轄外になりますが構いませんよ。困っている人たちを助けるのが俺たちの仕事ですから」
「………そう?……じゃあ、お願いしましょうか………」

そう言うと顔の半分以上が包帯で覆われているためわかりにくいが、鋼加は微笑んだ。
さっそく鳥羽は鋼加が持っていた買い物袋の半分以上を持ち、第7学区の喫茶店『恵みの大地』を目指して歩き出した。
管轄外の場所ではあるが、鳥羽や他の176支部員たちもよく立ち寄る人気の喫茶店でもあることから、道のりで迷うことはなかった。
そんな鳥羽をチラッと見て、鋼加が彼に質問をする。

「それ………柵川の制服よね?」
「ええ。俺は柵川中学の2年生ですが176支部で働いています」
「………さしつかえなければ、その話……聞かせてもらえるかしら………」
「わかりました。少し長くなりますが、歩きながら話しましょう」
「ええ」

何故彼が映倫中学や小川原付属と比べて、176支部からは比較的遠い柵川中学から出向してきているか、それには少し訳があった。


――――――――――――――――


現在の176支部に入る前に鳥羽帝釈は、新人風紀委員がどこの所属するかを決める面接を受けていた。
白い壁に囲まれた一室で導かれるままにパイプ椅子に座る鳥羽。それに対し鳥羽の第1希望である178支部からは
浮草宙雄固地債鬼が、第2希望の177支部からは策本操司、第3希望の176支部からは加賀美雅
面接官として来ていた。ちなみに第2第3希望は自らが通う柵川中学からの距離から決めていた。
既にいくつかの簡単な質問が終わった後で、いよいよ風紀委員に入った理由という核心をついた質問が資料を見ていた策本から鳥羽に投げかけられた。

「んー、鳥羽君。君は何故風紀委員になろうと思ったんだい?資料によると無能力者のようだけど」
「はい。それはおれ…いえ私のような無能力者でも何か学園都市の人々のためにできることがあると思って………」
「無能力者の自分でも何かできることがある?誰かを助けたい?…………………ハーハハハハッ!」
「ひいっ!」
「固地君?」

質問をした策本ではなく、横にいた固地が突然高笑いをし出した。つい驚いた声をあげてしまった鳥羽はもちろん、
策本ら他の面接官も驚いた表情で固地の方を見る。そんな様子を気にすることもなく机を乱暴に叩きながら「風紀委員の悪鬼」は言葉を続けた。

「笑わせるな!無能力者な上に格闘術ができるわけでもなし、パソコンの扱いがうまいわけでもない、そんな奴に何ができる?
風紀委員はお遊びじゃないんだぞ!俺の支部には無能力者など必要ない!」
(固地の野郎、何が『俺の支部』だよ。一応俺がリーダーなんだけどな)
「ん、んー、ちょっと固地君。割り込みは困るなぁ」
(相変らず債鬼君は容赦ないんだから………)

固地は突然、辛辣で容赦のない言葉を鳥羽に浴びせた。その横で彼に対して怪訝な目線を送る浮草。
横から会話に割り込まれた策本の抗議や、右手で頭を抑える加賀美も気にせず、固地は鳥羽を鋭い目つきで睨みつけながら言葉を続ける。

「だいたい無能力者の分際で風紀委員を目指そうなどと考えている奴の気が知れんな!もう一度言うが風紀委員はお遊びじゃないんだぞ!」
「固地!いい加減にしろ!!」

固地の胸ぐらをつかむ浮草。それを急いでとめる策本と加賀美。

「何をする浮草。俺は事実を言っているまでだ。風紀委員は常に危険と隣り合わせで、時には命がかかることもある仕事だ。そんな中で無能力者という
のは致命傷にも等しい!俺はそれを警告してやっているんだ!」
「だったら最初からそう言えよ馬鹿野郎!お前の発言は無能力者差別ととられてもおかしくないぞ!」
「だったらどうした!無能力者ごときに何ができる!まあ浮草のような中途半端なレベル1よりはマシかもしれんがな!ハーハハハッ!」
「固地ィ、お前調子に乗るなよ!」
「2人とも落ち着け!」
「浮草先輩!債鬼君!喧嘩はダメよ!」

実際この固地債鬼という男は自らが178支部の頂点に君臨してからは、無能力者の風紀委員は一切取らなかったし興味もなかった。
むしろ彼に言わせれば、無能力者が風紀委員を目指すなど全く理解できないものだった。
ましてや格闘術やパソコンができるわけでもない、能力以外のスキルがあるわけでもない無能力者が風紀委員を目指すことなど。
浮草と固地は、策本と加賀美がいなければすぐにでも取っ組み合いの喧嘩をはじめそうなくらい険悪な雰囲気をかもし出していた。
そんな中、策本が呆然としていた鳥羽に声をかける。

「んー、これじゃ収集がつかないね。鳥羽君すまない。どこの支部に所属するか等の連絡はまた後日改めて行うよ。今回はいったん帰ってくれないか?」
「わ、わかりました」

浮草と固地を抑える他の面接官たち。部屋の外にいた案内役に導かれるがままに、鳥羽は逃げるように部屋を後にした。
鳥羽が去ったのを見て、まだ落ち着かない浮草と固地に対して加賀美は能力を行使した。

バシャアッ!

浮草と固地の頭上に人の頭ほどの体積の水が注がれる。

「2人とも!頭を冷やしなさい!」
「……ムグッ!」
「………ゴボッ!……チッ!!」
「んー、手荒だねぇ」

すぐに固地は自らの能力で浴びせられた水を水蒸気に変えた。加賀美も固地が自らの能力でそうすることを予期しての能力行使だった。
それにより、水を浴びせられた2人も床もすっかり元通りになっていた。そして頭を冷やしたためか、落ち着いた口調でもう一度浮草は
固地に対して、先ほど彼が鳥羽に浴びせた『悪鬼の洗礼』のことを咎める。

「おい固地、新人にいきなり『悪鬼の洗礼』はキツ過ぎるだろう」
「フン。俺は新人が下手に無駄に張り切りすぎないように、本当に風紀委員としてやっていく覚悟があるのか最初にくぎを刺してやっているだけだ。
俺は無能力者など取る気はないし、奴らに何ができるかなどわからんがな」

そう。これこそが固地の本音であった。固地の辛辣な発言に巧妙に隠されていた新人には厳しすぎる洗礼。
それゆえに内外に敵を作りやすく、その本心を理解できる者は現役の風紀委員でもごくわずかだった。
いや、むしろ弱みを見せたくない、自らを知られたくない、本当は他人に自分を知られるのが怖い故の態度なのかもしれない。
………それは彼のみぞ知ることだ。
実際この『悪鬼の洗礼』により178支部への加入をやめた者、あるいは風紀委員そのもの道を諦めた者………
中には心を壊された者もいたかもしれない。

(………風紀委員って、そんなに人を傷つけないといけないものなのかな………)
「何か言ったか加賀美?」
「……何でもないよ。債鬼君」
「んー、確かに固地君の洗礼はキツいねぇ」
「策本よ。中立を気取っているようだが、お前は他が取らなければ取るというくらいの消極的な姿勢だっただろう」
「んー、固地君にはバレてたか。正直ウチも人員はいっぱいなんだよね。でも他の支部さんが取らないなら取るよ」
「フン、相変らず無駄に青田買い好きな男だ」
(んー、本当は常盤台の白井さんだけで手一杯だなんて、とても言えないなぁ………)

そう言いながらお茶が入った自らのペットボトルを口にする策本から目線をそらす固地。そしてそんな彼への注意を続ける浮草。

「固地!毎度のことだがお前はやりすぎだ!お前の『悪鬼の洗礼』で何人風紀委員の道を諦めた奴がいると思う!」
「諦めた奴のことなど知らん。全くヤワな奴が多いことだ。ハーハハハッ!」

高笑いをする固地に対し、苦々しい顔で彼を見る浮草。

「お前のその無駄に敵を作る癖、いい加減に直したほうがいいと思うぞ。でないとまたあの時のように……」
「黙れ浮草っ!!そのことは………チッ、関係ないな。俺が信じるのは俺だけだ」
(やはり俺も固地も……天魏も……あのころにはもう戻れないのか……)
(んー、何やら彼らには根が深い事情でもありそうだね)

浮草が放ったその一言に固地の表情が一変し、感情的な叫びをあげる彼らしくない行動の後、
浮草から目線をそらし眉間にしわを寄せ灰色のシルクハットを深くかぶりなおした。
一方、浮草の脳裏には先ほどの少年・鳥羽帝釈も風紀委員の道を諦めてしまうのではという懸念が頭をよぎった。
そして固地がこのような発言をしなかったころにいた、自分の元部下を思い出していた。
そんな様子をさっきから黙って見ていた、もう1人の面接官が突然口を開く。

「あの子ウチに来てもらうわ!」
「加賀美、お前あの無能力者を慰めに行く気ではあるまいな。だからお前は甘……」
「違うわよ!私にあの子が必要なだけよ!だから債鬼君は友達いないのよ!」
「グハッ!」
「加賀美!?固地!?」
「んー、加賀美さんけっこう大胆だねぇー。ま、いいんじゃないかな」

加賀美の思わぬ発言に驚き、吐血(?)する固地に、目を丸くする浮草。反対にそれを予想していたかのような反応を見せる策本。
すかさず加賀美は勢いよく席を立ちあがり面接室を急いで後にした。

「フッ、今回はお前の負けのようだな。友達のいない固地くん」
「…………………チッ」
(んー、友達のいない固地君がシルクハット深くかぶりすぎて変になってることは言ってもいいんだろうか……)

気を取り直した後、軽く笑いながら固地を茶化す浮草。
対する固地はきまりが悪そうにシルクハットをさらに深くかぶりなおす。
そしてシルクハットを深くかぶりすぎて、不恰好になっていた固地の様子に策本は苦笑いをしていた。


一方、鳥羽帝釈は『悪鬼の洗礼』を受けてトボトボと歩いていた。
彼の頭の中は固地に浴びせられた辛辣な言葉が、いつまでもこびり付き渦巻いていた。
無能力者であっても誰かの役に立ちたい、何かできることがある。そう思い鳥羽帝釈は風紀委員の門を叩いた。
正式に風紀委員になるには、9枚の契約書にサインして13種の適正試験と4ヶ月に及ぶ研修を突破しなければならない。
それを乗り越えるのは容易ではなかった。それでも鳥羽帝釈は『無能力者でも誰かの力になりたい、いやなって見せる』と誓っていた。
だからこそ厳しい試験も乗り越えられた。自分の頑張りによって同じ無能力者を勇気づけることができる。そう思っていた。
しかしそれも、先ほどの『悪鬼の洗礼』で打ち砕かれようとしていた。

「……くっ……無能力者では……風紀委員何て無理なのか………」

『悪鬼の洗礼』が胸に突き刺さり、歯ぎしりが止まらず、目が潤み涙が出そうになっている鳥羽。
無能力者ではあるが学校も生活態度も真面目な彼は、あのようにこき下ろされる経験がまるでなかった。
それゆえにそうでもない者よりも尚更、固地の辛辣な言葉が堪えていた。
無能力者は風紀委員になってはいけないのか、無能力者は役に立たないのか、無能力者は価値がないのか、無能力者は生きてちゃいけないのか………



ムノウリョクシャハ、ソンザイシチャ、イケナイノカ……………



下手をすればスキルアウトに堕ちる者たちと同じような、そんな思いが鳥羽の頭に渦巻く。
そんな彼の後ろから爽やかな女性の声が聞こえてきた。

「おーい!」

緋色のストレートヘアーの少女が鳥羽に声をかけてきた。先ほどの面接官の1人だった少女・加賀美雅だ。

「!?……あなたは……」
「私は加賀美雅。風紀委員176支部のリーダーをやらせてもらっているわ……っつても他と比べると新米だけどねっ!」
「さっきの面接官の人ですよね?」
「その通りっ!ありゃりゃ、キミうかない顔してるね。人間笑顔が一番だよっ!」

そう言いながら両手で鳥羽の頬を軽く上に突き上げ、笑顔のような表情を作ってすぐに手を離す加賀美。
彼女は明るい性格で176支部を引っ張るリーダーだが………ちょっとKYなところが欠点でもある。
鳥羽は最初何が起こったかわからず、戸惑いを隠せなかったが慌てて加賀美の手を振りほどく。

「何するんですか!あんなことを言われた後じゃ、笑顔になんてなれませんよ!」
「それもそうか、ゴメンゴメン。でもアイツは本当は君が風紀委員になることの覚悟を確かめたかったんだよ」
「覚悟……ですか」
「そう。何が何でも風紀委員をやる覚悟があるかどうかをね。確かに風紀委員は時には命に関わる危険な仕事もある。無能力者だと大変かもしれない。
鳥羽君はそれでも風紀委員になる覚悟がある?そして君の夢は何かな?」

はっきりとした口調で問いかけてくる加賀美。その鳥羽の目を真っ直ぐ見つめる瞳は真剣そのものだった。
とてもさっきまで、ふざけているようなやりとりをしていた人物とは思えない。
そんな加賀美の言葉が鳥羽の消えかかっていた情熱に再び火をつけた。

「はい!俺は風紀委員になって無能力者でも誰かの力になれることを示したい!そして自分と同じ人たちを勇気づけたいんです!!」

背筋を伸ばし力強く自分の信念を吐き出した鳥羽。周囲の人たちも突然大声をあげた鳥羽の方に注目する。

パチパチパチ……

それを聞き拍手をし鳥羽の両肩に手を置き、満面の笑顔で話しかける加賀美。

「合格!OK!鳥羽君、ウチの支部に来なさい!」
「でもさっきの先輩は俺みたいな無能力者なんか必要ないって………」
「……………とりあえずあの債鬼(バカ)は後で『アレ』の刑ね」

――――――――――――――――

「………………ゾクッ」
「どうした?固地?」
「………何でもない」(何だ今の寒気は……?)

――――――――――――――――

(『アレ』?『アレ』って何!?)
「おっと、今のは忘れてね!柵川からだと少し遠いけど、君さえよければ歓迎するわ」
「は、はぁ……」(そう言われると余計に気になる………)

………ちなみに加賀美が言っていたこの『アレ』とは何か鳥羽はいまだ知らない。
今になって聞いてみても、他の支部員も皆知らないという。世の中には知らないほうがいいこともあるのだ。
例えば『恵みの大地』の女店主の実年齢とか……………いや、なんでもない。
いくら考えても答えが出そうにない上に話が激しく逸れそうな話題はさておき、
本当に自分なんかが入ってもいいのかと再び加賀美に確認する鳥羽。

「でも、俺なんかで本当にいいんですか?」
「『無能力者の自分でも何かできることがある』?それでいいじゃない!」
「ええっ?」

鳥羽から手を離し、今度は表情も普段の軽い感じのない真剣な顔になり再び語り始める加賀美。
しかし今度はどこか悲しそうな表情でもあった。

「さっきの『悪鬼の洗礼』よりキツい話かもしれないけど、風紀委員の中には『能力を行使しても捕まらないから』とか
『合法的にスキルアウトを取り締まれる』とかいう風に、風紀委員のあり方を間違ってとらえている人たちもいるわ。
中には普段は傲岸不遜な態度でみんなを困らせていても有事の結果さえ残せばいい、それで周囲を黙らせればいいと思い込んでいる奴もいる。
私はそんな人たちが『本物の風紀委員』だとは思わない。それで彼らは一般人と風紀委員の溝を深めている。
あれが『本物の風紀委員』だと誰も……風紀委員を信じなくなる。必要としなくなる」
(最後だけすごく具体的だ……まさかさっきの人の………)

鳥羽の脳裏に先ほど自分に辛辣な言葉を浴びせた面接官の顔が浮かんだ。そんな中、加賀美は言葉を続ける。

「……あっ、ゴメンゴメン!私自身が暗くなっちゃってたわ。それじゃ、気を取り直して……」
(………感情表現が忙しい人だなぁ………)
鳥羽君は『無能力者だけど何かできることがある』と思っている。それだけでも彼らよりずっと立派だと思うわ。それは長く険しい道だと思うし、
正直私も力になれるかどうか怪しい。私自身まだ手探り状態なリーダーだしね。それでも私には君の力を必要とする叶えたい夢があるのよ」
「どういう夢です?」
「鳥羽君のような志を持った風紀委員を増やしていきたい、育てて行きたい、そしてみんなが笑顔でいられる場所を作りたいって夢よ。
私はリーダーとしては新米だし、話が大胆すぎるから他の支部のリーダーや、身内からも『夢見すぎだ』とかよく言われるけどねっ!」
「で、でもどうしてそんな大胆な夢を………」
「私は風紀委員だろうが何だろうがやるからには明るく・仲良く・楽しく・やりたいの。もちろん風紀委員がどんな仕事をしているか、自分がどんな
きれいごとを言っているのかもわかってる!甘い考えでは務まらないのも……それでも私は…私は……その想いは譲れない!」

いつの間にか感情的になり、右手に握り拳を作って力説していた加賀美。
その想いに感心して聞き入る鳥羽。

「その上でみんなが笑顔になれるなら最高じゃない!夢の実現は遠いし私もまだまだ力不足だから絶賛迷惑かけまくり中だけどね!」

真剣な顔から突然照れくさそうにウインクをしながら舌を出す加賀美。それを見て鳥羽の口元も思わず緩んだ。

「………フフッ、壮大な夢を語ったと思ったら、緩急をつける…………面白い人ですね」
「おっ、やっと笑ってくれたねー。やっぱり人間笑顔が一番だよっ!」
(もしやこの人はさっきの『悪鬼』にも、それを思い出してもらいたいのだろうか………)

鳥羽は特に意識はしていなかったものの、加賀美の真意に触れていた。だがそれは今はお互いに気づかない。
加賀美雅という人間は普段は明るいが軽い感じで、ときどき仕事中にゲームするような真面目とは言い難い人物だ。
前リーダー時代も現在も、そのことで後輩達にもよく注意されている。(現在は主に葉原ゆかりから)
しかし、それでも176支部という彼女以外は全員中学生という若き支部をまとめるリーダーでもある。
他支部と比べて年齢もキャリアも若い。鳥羽や他の支部員たちの前では明るくに振る舞ってはいるもののプレッシャーは相当なものだろう。
そんな人物が無能力者の自分を必要としてくれている。それだけでも鳥羽は嬉しかった。
この人の力になりたいと心から思った。

「鳥羽君、君はこんなわがままな夢を持った、ヒヨッ子リーダーでもついてきてくれるかな?」
「はっ、はい!俺でよければ喜んで!」
「それじゃーコレ、ウチの支部の地図ね。さっそく今日からよろしくっ!」
「き、今日からですか!?」
「あ、ゴメン、間違えた。今日はもう遅いから明日からだわ。ハハハ」
「ハ……ハハハ……」

今度は引きつった笑い顔になる鳥羽であった。
こうして鳥羽帝釈は加賀美雅率いる176支部のメンバーとして迎え入れられたのであった。


――――――――――――――――


ようやく『恵みの大地(デーメテール)』にたどり着いた鳥羽帝釈と鋼加忍。
買ってきた品を店に届けて一息ついていた。荷物を運んでくれたお礼ということで、鋼加が手際よくアイスティーの準備をしていた。

「………ありがとう。助かったわ………」
「いえいえ。これも俺たち風紀委員の仕事ですから」
「………それにしても…鳥羽君も、いろいろあったのね………」
「ええ。でも正直俺、たまに思うんですよ。自分が本当に、この支部に必要なのかって………」

実は鳥羽が頼まれごととはいえ、わざわざ管轄外の第7学区まで足を運んだのには訳があった。
加賀美に励まされて176支部入りを果たした鳥羽だが、176支部は『共学の常盤台』と謳われる映倫中学と
『超進学校』として有名な小川原付属といった何かしら優秀な学校からの支部員が多い。彼を誘ってくれた加賀美も小川原生だ。
対して鳥羽帝釈は平凡な柵川中学のレベル0の少年。そのあたりを考えていなかったのは、加賀美の誤算であった。
そのため鳥羽は普段から他の支部員たちを避けるように1人で巡回を行うことが多いのだ。
そんな鳥羽のつぶやきに対して、氷が入ったコップに紅茶を注ぎながら鋼加が答える。

「………私は必要だと思うわ。犯罪者を倒すだけが……風紀委員の仕事ではないでしょう?」

紅茶を注ぎ終わった後、鳥羽の目をまっすぐ見ながら鋼加は言葉を続ける。

「ほとんどの人は私のこの容姿を見て、近づくことさえしなかった。恐がる人もいたかもしれない。でも鳥羽君はそんなことを全く気にせず、
私に声をかけ、管轄外の第7学区まで一緒に重い荷物を運んでくれた。………あなたは立派な風紀委員だと私は思う。その加賀美さんも
そういうあなたの優しさを評価しているんだと思うわ」

いつもは寡黙な鋼加が饒舌になる。鳥羽の自分では何気ないと思っていた親切が彼女の心を突き動かしたのかもしれない。
打算や嘘偽りのない、心からの行動だった故に。かつてそういう世界に身を投じていた鋼加だったが故になおさら心に響いたのだろう。

「それに私も……かつて捨てられ、店長…芽功美さんに拾われた人間……鳥羽君の気持ち……わかるわ」
「忍さん……」
「湿っぽい話になったわね……ごめんなさい……」
「いえ…もとは俺が切り出した話ですし。それに、そう言ってもらえて俺も励みになりました。ありがとうございます!」
「そう……それならよかった。……あと、この話………他の支部員さんたちには話したの?」
「いえ、まだです」
「それなら話した方が……いいかもしれないわね。……私もそうだったけど、話さないとわからないこともあるし」
「わかりました!俺、みんなにも話してみます!」

そう言いながら、鳥羽は勢いよく椅子から立ち上がった。

「………あ、紅茶……いらなかった?」
「あ、いえ。いただきます」

鋼加の言葉を受けて、照れくさそうに慌てて席に戻る鳥羽。鋼加が入れてくれた紅茶もおいしくいただいた。
そして、少し離れた席からそんな様子を見ていた店長・大地芽功美常盤台中学の制服を着た4人組がいた。
この4人こそ、ある筋では非常に有名な『常盤台バカルテット』こと金束晴天銀鈴希雨銅街世津鉄鞘月代である。

「アタシ、あんだけ喋ってる忍さん初めて見たわ」
「晴ちゃんも~?私もだよ~」
「しのぶさんも、そういう年頃なんじゃな!」
「せっちゃん、それは違うと思うです。それにしてもあの男の子の制服、この近くの柵川のものみたいです」
「………フフッ、忍も青春してるねぇ」

ちなみにこの様子は『バカルテットは見た!番外編~鉄壁メイド忍さん、春の予感到来か!?~』として
『恵みの大地(デーメテール)』常連客の間で語り継がれることとなるのだが、それはまた別の話。


――――――――――――――――


そして鳥羽は176支部のメンバーに、鋼加に語った過去を話した。
「自分が本当にこの支部に必要かどうか」という質問を加えて。それを聞いた支部員たちからは様々な声が飛び交った。

「うん!鳥羽君はこの支部に必要だと思うよっ!」
「………鳥羽先輩は必要です………」
「俺もそう思うよ!」(評判のいい鳥羽君が一緒だと女の子に声かけやすいぜぇ~。もちろん普通に友達としても彼に好感は持てるけどね♪)

と素直(?)に答える焔火緋花姫空香染一色丞介

「………興味ない。お前がここで頑張りたいと思うなら、それでいいんじゃねえか?」
「くだらんな。そのようなことで悩む暇があったら『必要だ』と思われるように自らを磨け。それが私のようなエリートになる秘訣だ!」

という厳しいながらも指導を含んだ意見を述べる神谷稜斑狐月

「鳥羽がいなけりゃ、どこぞの残念イケメンどものせいでウチの支部の評判は地に堕ちてるわよ!」
「ウチの支部の評判の良さは鳥羽君のおかげです。それに住民の皆さんのために一生懸命な鳥羽君の姿勢は、私たちも見習うべきだと思います」
「おっ、今ゆかりっちがいいこと言った!」
「茶化さないでください!」
「ゴメン、ゴメン。でもホントいいことだよ。私もそう思うし」

という鏡星麗葉原ゆかりからの、むしろ必要不可欠だという意見もあった。
いろいろな意見があったが「必要ない」という意見は1つも見当たらなかった。どの意見も鳥羽に気を使っての意見でも、嘘偽りのある意見でもない。
そして……

「そこまで帝釈が思い詰めてたなんて知らなかったわ。ごめんなさい、私もリーダーとしてはまだまだね。だけどこれだけはわかって。
あなたが必要なのは今も、これからも、変わらない。他のみんなだってそう。あなたに大切なことを教えられたり、救われたりした人もいる。
必要のない人なんてない!OK?」

176支部のリーダーで鳥羽を誘った張本人・加賀美雅が皆の意見を締め、鳥羽の両肩に優しく手を置き、彼を真っ直ぐ見つめながら語りかける。
鳥羽を176支部に誘ったあの日と同じように。

「……加賀美先輩……みんな……俺は……俺は………本当に幸せ者です!だからこそ皆さんの力になりたいと思います!」

そしてあの時と変わらず自分を必要としてくれ、あの時と同じような笑顔を向けてくれたリーダーに鳥羽の目が潤んだ。
悪鬼にこき下ろされた時とは全く違う理由で。
皆に「自分が必要なのか」ということを打ち明けたこの日から、鳥羽帝釈は他の支部員を避けるように1人で巡回に行くことはなくなった。

鳥羽帝釈には神谷稜達のような戦闘向け能力も、葉原ゆかりのような優れたバックアップ力もない。
だがそんな自分を引き入れてくれた加賀美雅や、鳥羽に助けられた人々のように彼を必要としてくれる人がいる。
自分1人の力はわずかでも、力を合わせてくれる仲間がいる。それだけでも鳥羽帝釈は風紀委員として歩んでいける。
1人では無理なことでも力を合わせればできる。もちろん自分を磨く鍛錬も住民への気配りも忘れない。
全てはあのとき加賀美に誓った『無能力者でも誰かの力になれることを示したい。そして自分と同じ人たちを勇気づけたい』という夢のために。
それが鳥羽帝釈の「自分だけの現実」(パーソナルリアリティ)。自分の弱さを自覚しているからこその強さである。
だからこそ今日も鳥羽帝釈は風紀委員として自らを磨き、歩んでいけるのだ。

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最終更新:2013年03月07日 14:50