「だ・か・ら・・・・・・フフフッッ・・・風紀委員なんてモンが・・・・・・この世から消えて無くなったらいいんだよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
「くっ!!!」

レベル4の出力を誇る『風力切断』暴走状態が生み出した風の刃が、咄嗟の身動きが取れない破輩に襲い掛かる。
『疾風旋風』で風を束ねるには、数秒のタイムラグがどうしても発生する。今の破輩は無防備状態に等しいと言っていい。
錯乱している鏡子が、目の前の風紀委員を叩き斬ろうと風の刃を生み出している両手を振り下ろそうとする。



ピカッ!!!



「キャッ!!?」
「ッッ!!?」

だが、突如発生した光球の眩い閃光に鏡子は怯んでしまう。一方、光球を発生させた者が誰なのかを瞬時に看破した破輩は左太腿の怪我をおして湖后腹を抱きかかえる。

「ま、待てえええぇぇっ!!!」

怯みから立ち直った鏡子は、再び風の刃を破輩達へ振り下ろそうとする。しかし、その数秒のタイムロスが『疾風旋風』を行使するのに必要な時間を与えることとなった。



ブオォッ!!!



瞬間的に強風を発生させた破輩は、その風圧で鏡子の刃をかわす。虚空を切った風の刃は、破輩の後方・・・屋上に張り巡らされていた金網を叩き斬る。

「ハアアアアァァァッッ!!!」

激痛に苛まれながらも、破輩は『疾風旋風』で制御した小型竜巻を自らに浴びせるように発動し、『風力切断』による切断で脆くなった金網に体当たりする。



ズサッ!!!



「グッ!!!」

体当たりにより鉄網が背中を強く引っ掻くのを無視し、破輩(+湖后腹)は屋上から落下する。落下することで発生する新たな“風”を『疾風旋風』で束ね、背中に渦巻かせる。
合計5つの竜巻を背中に形成した破輩は不安定ながらも飛翔を実現し、その場からの離脱を図る。だが・・・

「逃がすかあああああぁぁぁっっ!!!」
「!!!??」

屋上から鏡子が飛び降りて来た。そのままでは地面に墜落してしまうが、指先から『風力切断』を形成する噴射点5つから全力で空気を噴射することで何とか着地を果たす。

「今の状態だと・・・逃げ切れないか・・・!!!」
「風紀委員は・・・この手で叩き斬る!!!」

湖后腹を抱えながら、しかも万全の『疾風旋風』を行使できない破輩は鏡子から逃げ切ることの困難さを認識させられる。
方向的には界刺達の居る場所から遠ざかる方角に離脱して行く風紀委員に、元風紀委員は追い縋る。

「・・・・・・これは、私に何とかしろというメッセージか・・・界刺?」

破輩は、先程発生した光球―界刺の『光学装飾』―に込められたメッセージを読む。『シンボル』の目的は風路鏡子の救出。その彼女が破輩を追い縋っている。
これは、逆に言えばチャンスでもある。周囲には『ブラックウィザード』の手の者は見受けられない。
彼女は現在暴走状態にある。つまり、彼女自身から『ブラックウィザード』へ連絡を取ったりする可能性は100%じゃ無い。今なら・・・。
また、光球で自分達を助けた以上今の界刺はたとえ『本気』でも風紀委員会の人間を殺そうとしていないと『確実に』判断できる。あれ程の咆哮を挙げた直後にこの冷静さ。
その自制心の頑強さに破輩は呆れを通り越して笑ってしまい・・・少しだけ羨んだ。あれこそ、風輪の騒動でリーダー足る自分が為さなければならなかった心のコントロール。

「・・・不動の言う通りだな。本当に・・・人遣いが荒い!!」

それにしても、『シンボル』の目的である鏡子の救出を新“手駒達”の救出に向かっていた自分へ押し付けて来る辺り、同じリーダーでも自分以上の人遣いの荒さだ。一厘の苦労もわかる。
破輩の人遣いの荒さにブー垂れていた鉄枷当りがあの男の下に付いたら、3日も立たない内に自分の下へ戻って来そうだ。『破輩先輩!!偉そうなこと言ってすみませんでした!!』と言いながら。
愚痴を零しながらも、“風嵐烈女”は気丈な笑みを浮かべる。これ―風路鏡子の境遇―は風紀委員として見過ごせないモノである。本来であれば、彼女の救出は自分達の役目なのだ。

「・・・いいだろう!!『初めて』託されたお前の本気の想い・・・この私が必ず果たしてみせよう!!!絶対に・・・絶対に後悔しないために!!!」

そして、元風紀委員風路鏡子の救出を現役風紀委員・・・そしてリーダーである破輩妃里嶺に“託した”界刺(リーダー)の想いに応えるべく、少女は宙の道を翔け抜けて行く。






「(危ねぇ・・・『本気』で殺す所だった。冷静に冷静に・・・)」

顕現した【閃苛絢爛の鏡界】内で、界刺はついさっきの行動について人知れず冷や汗を掻いていた。

「(“講習”の時も片鱗があったけど、『本気』になったら歯止めが利かなくなる瞬間が出て来やがる。事前のイメージトレーニングが功を奏したか。
だが、新“手駒達”に有効な手を打てるあの2人を戦線離脱させちまったのはマズかったな。クソッタレ・・・だから『本気』の俺の邪魔をするなって言ったんだっつーの)」

破輩と湖后腹へ放った【雪華紋様】は鏡子への対応を念頭に置いたモノでは無く、殺人鬼の魔の手から逃れさせるためでも無く、
瞬間的に沸騰した怒りそのままに2人を殺すつもりで放とうとした一撃だった。それを発射寸前で減衰・軌道をずらすことができたのは、事前のイメージトレーニングの成果。
『殺そうとする一瞬手前でずらす』イメトレを繰り返していたことと、1年以上かけて磨いて来た自制心(ペテン)により何とか殺さずに済んだ。
如何に腹立たしかったとは言え、怒髪天を衝く程の怒りを抑え切れなかった己を界刺は心の中で叱咤する。

「(冷静にならねぇと、あの野郎と殺し合いなんてできねぇぞ!?・・・とりあえず、破輩達は鏡子との接触でこの場には来られなくなった。
破輩なら鏡子への対処を任せられる。じきに風路と形製も・・・。あの光球でさっきの一撃をチャラにでき・・・いや、2人には後でキッチリ謝っとくか。
まぁ、結果的にウェインとの戦闘で取り返しの付かない事態に発展する可能性は排除できた。破輩・・・悪ぃが鏡子を頼む。さて・・・問題はこいつ等か)」

界刺は本当にウンザリしながらも、現状を何とか打破するために『送受棒』による“察知”を鑑みて行動を開始することを決断する。ここで1つ確認しておこう。
もし、界刺が躊躇無く『本気』で風紀委員を殺すつもりであったならば、159支部も176支部もとっくに全滅している。その片鱗が破輩達への攻撃だ。
ならば、どうして『本気』状態の界刺は邪魔をする彼等を殺さないのか?答えは自制心。これは、『本気』の界刺が『本気』の“自分自身(本能)”とも戦っている証拠である。
彼の本能は怒り狂っている。自業自得・自業自得で無いあらゆることが今の彼に圧し掛かっているために。背負うモノの重さは確実に界刺の本能を蝕み、暴走に走らせようとする。
だが、しかし、だからこそ今まで培って来た理性の力で本能を捻じ伏せる。己が意志で歩む轍を否定しないために。それができるからこそ・・・界刺得世は界刺得世足り得るのだ。

「“変人”!!こりゃあテメェの仕業だろ!!?さっさと解きやがれ!!!」
「・・・・・・ハァ。どうだ、この【月譁紋様】は?綺麗だろ?」
「うるせぇ!!早く解け!!!」

神谷の戸惑いと怒りが篭った大声が【鏡界】内に木霊する。今の彼は、完全に平衡感覚を狂わされている状態だ。何せ、瞳に映るのは銀河・銀河・銀河である。
それ以外は自分の体さえ映らなくなった。精神と身体が切り離されたような錯覚に陥る神谷は、このままでは碌に戦闘をこなせないことを自覚しているのだ。

「斑!!何処よ!!?」
「私はここだ!!くそっ・・・これでは動けない!!」
「これが・・・『光学装飾』!!!」

それは、他の176支部メンバーも同じ。鏡星と斑は、文字通りの地に足が着かない感覚に陥ったために見えない地面に手を置き蹲っている。
他方、レーザー『しか』発生させることができない姫空は同じ光学系能力である『光学装飾』が描く星々が移ろう世界に甚大な衝撃を受ける。

「隊長!!光学センサーが!!」
「電波センサーに頼る他あるまい!!だが、新“手駒達”の中に居る電気系能力者の影響か、レーダーが上手く働かん!!センサーに用いる電波は、逐一別波長に切り替えるように!!」
「「「はっ!!!」」」

西部侵攻部隊は【鏡界】内では光学センサーに正常な働きが見込めないことを察し、不完全な電波センサーによる感知に頼らざるを得ないことを自覚する。

「・・・界刺得世よ。“何をした”?」

そして、機先を制されたと“悟った”ウェインは『小休止』も兼ねて強烈な殺気を自分では無い『誰か』に放った界刺へ敢えて問いを発する。

「別に~。あぁ。唯よぉ、『デケェ灯り』の下で破輩達が風路鏡子っていう元風紀委員の襲撃を受けたことは確認できたけどな」
「風路!!?」
「そうだぜ、神谷。鏡子の奴が暴走して錯乱状態に陥ってんのはテメェ等も知ってるだろ?その余波が破輩達を襲ったってこった。だから、あいつ等はここには来れねぇ」
「風路鏡子・・・・・・。ほぅ、あの男の妹か。確か、『ブラックウィザード』の魔の手に堕ちた元風紀委員だったか。ククッ・・・偶然とは時として非情な出会いを齎すな」
「そうだ。その元風紀委員が現役風紀委員を襲ってんだ。結構な皮肉だわな。まぁ、そういうわけだからよ・・・ウェイン。テメェが連中に手を下す必要は無くなったわけだ」
「(コイツ・・・破輩先輩達や風路を殺人鬼の標的から外そうとしてやがんのか!?野郎が叫んだ時に感じた殺気は・・・先輩達を狙おうとした殺人鬼へ向けてのモノだったのか!?)」

神谷は、界刺と殺人鬼のやり取り―ある事実が伏せられている―から“変人”が破輩・湖后腹・風路への危害を防ぐためにギリギリの交渉を行っていることを察する。
自分達のように、武力をもって問答無用で殺し屋を排除しようとしているのでは無い。武力『と』他の術を用いて発生するかもしれない被害を少しでも減らそうと努力しているのだ。

「・・・・・・そうだな。折角世界の理が齎した出会いだ。その皮肉に俺が殊更首を突っ込むのは野暮というもの。それに、貴様の『言動』は理解しているつもりだしな」
「・・・・・・おぅ」
「(・・・『本気』だったら、見境無く敵を殺そうとするんじゃ無かったのかよ?・・・そうだ。野郎から“話し掛けられた”時点でおかしかった筈なんだよ。
本当に敵を見境無く殺すってんなら、鎮圧に動いた俺達をその時も今この時も生かしておく必要なんて無ぇ筈なのに。保身のためか?・・・本当にそれだけか?)」

事前に聞かされていた情報との相違に神谷は混乱する。界刺としても、当初は神谷の想像通り武力を用いて問答無用でウェインを殺そうとした。
しかし、ウェインの実力が想像以上―<ダークナイト>が無ければ殺されている―だったこと、拉致された人間―襲撃して来る新“手駒達”―が想像を大幅に超えていたこともあって、
途中から得意の話術を交えながら死闘を繰り広げている。神谷や他の人間がどう思っていようが、界刺はこれでも必死なのである。必死―死に物狂い―で戦っているのだ。

「・・・神谷よぉ」
「・・・何だ?」
「言っとくけど、この【月譁紋様】が無かったら俺は今頃あの世行きだぜ?」
「ッッッ!!!」

そんな混乱の最中に居た“剣神”に“英雄”が語るのは、真実という名の断言である。

「あの野郎の視覚を封じられてっから、俺は野郎の『本気』と何とか渡り合えてる。それなのに、テメェ等の都合で解除なんかできるかよ」
「・・・だったら、俺達だけでも何とかしろよ!!アンタだったらできるだろ!!?」
「できなくは無いけど、それってどれだけ俺の負担が増すかわかってる?動き回るテメェ等の目に入る可視光線を逐一操作しなきゃなんねぇんだぜ?
しかも、“あの”殺し屋と戦っている最中だぜ?ざけんじゃねぇよ。俺が、どうして広範囲に渡って光を塗り替えてると思ってんだ?その方が俺の負担が軽減されるからだぜ?
あの野郎と戦える余力を少しでも捻出するためなんだぜ?だから、俺は自由に戦える『単独』って戦法を採ってんだぜ?」

神谷に語り掛けている内容は、水楯の参戦を拒んだ理由でもある。【鏡界】内で自分以外の他者の瞳に入る可視光を逐一操作して戦闘に参加させるのは、界刺にとっても重い負担なのだ。
今回の場合は、自分より強い殺人鬼相手である。尚更負担の掛かるような真似はできないし、そもそも【鏡界】は外部―例えば新“手駒達”―からの攻勢を鈍化させる役割もある。

「ぐっ・・・!!」
「・・・まぁ、1人くらいならやり様によっちゃあ野郎と殺し合っている中でもできないことは無いかもだけど?どうするよ、176支部の諸君?」
「「「「ッッッ!!!」」」」

界刺は告げる。『1人』だけならこの【鏡界】内で戦う権利を与えられる事実を。そして知る。殺人鬼がいい加減痺れを切らしている事実を。

「つっても、もう決まってんだけどな。“剣神”神谷稜。どうしても残るってんならテメェだけが残れ。
他の連中は、さっさと新“手駒達”の救助に向かえ。俺は、わかり切った『自殺』なんざ見たか無ぇんでな」
「なっ!?貴様!!さっきから聞いていれば、私を差し置いて勝手なことば・・・」
「オラアアアアァァァッッ!!!」



ブン!!!



「・・・!!!」
「テメェには『聞こえて』んだろ?俺がテメェの首元に突き付けたモンが何かってことくらいよぉ?にしても相手が俺でよかったな、斑?
これがあの殺人鬼なら、テメェはとっくに死んでるぜ?能力柄仕方無ぇのはわかるが、もう少し反射神経や格闘能力も磨いた方がいいぜ?ハハッ!」
「斑!!?」

故に、即断即決で戦う『意気』を潰す。『樹脂爪』の先端(鉤爪)だけを<ダークナイト>の先から出し、
そこへ高性能PMTによる光発電で生み出した高圧電流を蹲りながら抗議の声を挙げた斑の首元に突き付ける。
ちなみに、界指が大声を挙げながら攻撃をしているのは電撃の音を隠すための小細工である。

「心配すんな。物分りの悪いエリートもどきに説教してるだけだ。テメェはどうだよ、イケメン食い?この際、俺がテストしてやってもいいぜ?」
「な、舐めんじゃ無いわよ!!!何を偉そうに・・・!!ハン!!テストできるモンなら・・・やってみなさい!!!」
「ッッ!!」

界刺の冷酷な声が鏡星に向けられる。己に迫る危機感から、鏡星は『砂塵操作』によりクレーターのような穴が幾つもある地面から引き出した砂を界刺に巻き付けようとする。
目視が利かなくとも声で界刺本人の居場所は大体予測ができる。また、『砂塵操作』で空中に浮かばせたいた微量の砂で、周囲に居る人間や駆動鎧の居場所をある程度は察知できていた。
但し、それが誰なのかはわからない。そのために、【鏡界】が顕現した瞬間に不覚にも転んでしまった斑の位置を呼び掛けで確認したのだ。
気絶させる目的なら致命傷を与える攻撃は来ないと予測して、大量の砂を操作する鏡星。しかし、界刺の対処―光速―は砂の速度をはるかに越えている。

「【千花紋様】・・・もどき」
「熱ッッ!!?」

界刺は、自身から鏡星に向けて赤外線加熱炉・・・もどきを顕現する。最高で1300度を誇る【千花紋様】だが、無論そんな“異常”な殺人光線を少女に浴びせはしない。
成瀬台グラウンドや常盤台学生寮でも示したように、『光学装飾』の制御範囲内なら“通常”の赤外線加熱は何処でも行使可能である。
今回は熱量的に熱湯程度、時間的には数秒と言った所。但し、鏡星の露出部分―皮膚―全てに突き刺さる断続的光線が操作する砂を含めた少女の挙動を封じ込める。

「ちゃんと威嚇程度に調節してやってから安心しな。んで、そっちが受諾したんだからお互い様って感じか。
しかしまぁ、こんな体たらくであの殺人鬼と戦うつもりだったのかよ?ハハッ!命知らずにも程があらぁ」
「くうぅぅっ・・・!!」
「んで・・・最後はテメェだ、中二病!!」
「ッッッ!!!」

斑と鏡星の挙動を封じ込めている界刺の声が掛かった最後の1人・・・姫空に対し、界刺は何を思ってか彼女の視界に入る可視光を操作し、界刺自身の姿が見えるようにした。
姫空自身装着しているゴーグルの機能の1つである暗視装置を作動していたが、可視光・赤外線が歪められていたり塗り替えられていたりしていたために使い物になっていなかった。

「どうした。俺の強さにビビっちまったか?こんな時のために、一撃必殺の『光子照射』があるんじゃねぇのかよ?」
「くっ!!!」
「ビビってんじゃねぇよ。テメェはレーザーぶっ放すことだけが取り得なんだろ?視界は確保してやった。
ほら、撃ってみろよ?もっとも、テメェのレーザーなんざ俺にもあの殺人鬼にも全く通じねぇけどな。ハハッ!」
「ッッ!!!」

界刺の挑発が姫空の胸に突き刺さる。自分がここに居る存在価値―レーザー照射―を根底から揺さ振られる。
風紀委員として新“手駒達”を救助し、『ブラックウィザード』を叩き潰す。そのためには、あの殺人鬼が相手でも退かない。そんな少女の想いを碧髪の男が妨害する。

「・・・たら」
「うん?」
「だったら、今ここで証明してやる!!私がここに居る存在価値を!!!」

事ここに至って、姫空は『光子照射』を界刺に向けて放つことを決断する。理由など、斑や鏡星への行為だけで十分だ・・・そう判断した。
後方に下がることで発射までに必要な1秒のインターバル―発生させた光を収束してレーザーとして放つ以上、光を収束する時間(インターバル)が必ず発生する―を確保し・・・遂に放った。






グイッ!!





「えっ・・・?」

しかし、それは界刺へ直撃することは無かった。何故なら照射直前に『光学装飾』による干渉を受け、放ったレーザーを『屈折』させられたからだ。
光学操作の『基本』を極めている“英雄”だからこそ可能なレーザーの『屈折』。直進性を極めているレーザー系能力者の放つレーザーでも、
1、2回程度の『屈折』なら実現可能なのだ。能力の細かな制御が利かない『光子照射』なら、尚更可能である。
界刺がわざわざ姫空に姿を見せたのは、彼女の『光子照射』が細やかな制御不可+“眼前”からしか放たれないという情報を葉原から得ていたこと、
自分という明確な標的に向けて発射させることで周囲を巻き込む『的外れなレーザー照射』を防ぐこと、この2点が主な理由である。

「まっ、こんなトコか。やっぱ、大したこと無ぇな。ハハッ!」
「そ、そんな・・・そん・・・キャッ!?」
「というわけで、このゴーグルは没収~。力不足ちゃん達は、さっさとこの【鏡界】から出て行け出て行け~ってな」

『光子照射』を捻じ曲げられたショックで茫然自失に陥っている姫空に近付いた界刺は、レーザー照射に重要な役割を持つゴーグルを奪う。
その後、西部侵攻部隊の部隊長の駆動鎧へ176支部員の姿を“見せる”。新“手駒達”確保のために重要な役割を持つ者達へ3人を『託す』ために。

「おい、警備員!!さっさと、神谷以外の風紀委員共を連れてけ!!こんな奴等でも、新“手駒達”確保には役に立つだろ!!」
「貴様・・・彼等に何を・・・!!!」

電波センサーを新“手駒達”に乱されている影響もあって176支部の面々に起きた状況を声でしか把握できなかった部隊長は、
光学センサーに映る気絶した176支部員らしき反応を見て碧髪の男が彼等に危害を加えた可能性から手に持つショットガンを“英雄”に向ける。



ビュン!!!
ドゴォォン!!



「なっ!!!??」
「ヒィッ!!・・・こ、断っておくけど、今のは故意じゃ無いからな?な、何せ引き金に指を掛けた状態で人間なんか一瞬で殺せる馬鹿デカイ銃を急に向けられたんだ。
さ、さすがの俺もビビっちまって思わず反応しちまって能力を使っちまった。す、すまねぇな警備員のオッサン!!さ、さっきオッサンを殺人鬼から助けた分でチャラにしてくれよな!?」
「(シ、ショットガンが・・・!!こいつ・・・やはりレーザーを放てるのか!!?・・・成程。あの殺し屋の能力を打破する超高温度のレーザー・・・。
ショットガン等の類では決定打にならない所か防がれる可能性が高い相手に対する相性面の強みもあるが、この男・・・殺人鬼と単独で戦えるだけの実力をやはり備えているのか。
今の一撃も、自分にそれだけの戦闘力があることを示すためのモノ。しかし・・・何というわざとらしさだ!!“詐欺師”という評判は本当のようだな!!)」

“英雄”の凄まじい程のわざとらしい物言いと共にウェインの攻撃によって銃身の半身が破壊され、
その後に付近に落ちていた仲間のショットガンが焼き貫かれたことを駆動鎧自体のセンサーが部隊長へ告げる。
碧髪の男の態度に呆れている部隊長は、同時に身に起きた現実から『光学装飾』はレーザーを放つことができる能力であると確と判断する。

「にしても、よく動かなかったなぁ・・・神谷?」
「・・・アンタが考え無しでやったわけじゃ無いのがわかっていたからな。殺気も全然感じなかったし。
それでも、一応理由を聞かせてくれるか?アンタの判断と行動を風紀委員(おれ)が説明するためにも」

返答の無い部隊長の心情を察して、界刺は近くに佇んでいる神谷に声を掛ける。対する神谷の声は、威嚇範囲ギリギリとは言え色んな意味で仲間を傷付けられた今も平静を保っていた。
今の神谷は、界刺が自分達の身を考慮して―殺気を感じた瞬間に動くつもりではいた―動いたことに一定の理解を示していた。
殺人鬼の『本気』と直に渡り合って来たからこそ界刺は非情な判断を下し、冷徹な行動を起こした。彼は、斑達では殺人鬼の『本気』に対抗できないと判断したのだ。
その重みを彼と接する中で“剣神”は理解した。これが、リーダーから託された仲間を守る手段の1つであると―全部には納得できていないとしても―心の底から思った。

「3人共、能力そのものが『本気』のあいつには通じねぇんだよ(ボソッ)」
「・・・姫空の『光子照射』もかよ?(ボソッ)」
「姫空のレーザーは温度的に約2200度が今の限界なんだろ?細かな制御が利かないし、弾き出せる最高温度の顕現は完全にランダムとは言え、中1にしちゃあ破格な出力だよな。
中1の頃の俺なんか、ビー玉サイズの光球でさえ1つも浮かべられない無能力者だったし。将来的な伸び代にも期待できるかもしんねぇな。まぁ、可能性でしかないけどさ。
んで、その温度じゃ今のあいつの鎧を貫けねぇ。それに、これまた3人共に近距離戦じゃ野郎に大きく劣ってる。
駆動鎧のような頑丈な装甲も無いし、一撃でも喰らったらヤバイ。俺の【月譁紋様】との兼ね合いもあったから、悪いけど3人にはここから退場して貰うしか無いんだよ(ボソッ)」
「そうか・・・。姫空はアンタの『光学装飾』を羨ましがっていたぜ?“この事件が終わったら後で伝えておくよ”。『伸び代に期待が持てるって言っていた』ってな。・・・必ず(ボソッ)」
「・・・伝えるなら『可能性でしかないから鵜呑みにすんな』も追加で(ボソッ)」
「あぁ。それじゃあ・・・俺を残すのは何でだ?(ボソッ)」
「テメェの戦闘能力の高さ・・・そして、温度的に姫空の『光子照射』を越える『閃光真剣』の最大出力があの野郎に通じるからだ。もちろん、俺の『本気』があってこそだけど(ボソッ)」
「・・・・・・『あいつ』か?(ボソッ)」
「・・・・・・そうだ(ボソッ)」

界刺の言葉から、そして今まで見聞きしていた後輩の態度―“英雄”への依存―から、神谷は『あいつ』―葉原―が界刺に対して風紀委員のデータを横流ししていることに気付く。
“詐欺師”の顔も持つこの男なら、葉原に対して交換条件を持ち出さなかった方が不自然だ。おそらく、こうなることを『わかった』上で葉原に横流しを命じたのだろう。

「(狙いは・・・きっと2つ。1つは、『俺達と衝突する時に事を有利に運ぶため』。そして・・・もう1つは『全力の殺人鬼と俺達との実力差を正確に量るため』。
実際に殺人鬼の『本気』と相対した野郎だからわかる本当の実力差。それを見量ることで、俺達の中から犠牲者を発生させないように斑達を追い詰めた・・・んだろう)」

そう・・・『わかった』上で葉原に横流しを命じ、実際に殺される可能性が相当高いと判断した斑達3名を実力行使によって気絶―『意気』を絶やさせるという意―に追い込んだ。
これは、決して深読みなんかじゃ無い。短い付き合いでしか無いが、それでも自分が知る界刺得世なら絶対にそこまで考えて行動を起こしている筈だ。

「・・・・・・」
「本当なら、邪魔するテメェ等を完璧に潰すために聞き出したんだけどな。まぁ、容赦無く潰したけど」
「『容赦無く潰した』って・・・思いっ切り手加減してんじゃねーか」
「でも、戦う『意気』を潰したことには変わりないじゃん?その過程でテメェの仲間を傷付けたことには変わりないじゃん?容赦するってんなら、力尽くでなんて方法は採らねぇよ。
テメェ、後で加賀美にドヤされるぜ?『何界刺さんの空気に呑まれてんのよ!?』ってな具合で。ハハハ」
「『本気』の野郎と戦ったアンタの見立てを無視して戦う方が、よっぽど加賀美先輩にドヤされるぜ。俺個人の意志としても、あいつ等をみすみす死なせるわけにはいかねぇしな」
「(最初は俺の意見なんざ無視する気満々だった癖に・・・『俺は、俺の物差しで測る。テメェの物差しに、俺が付き合う義理は無ぇな』って俺の部屋で宣言した癖に・・・。
『テメェだけ残っていい』って言ったらこれかよ。良く言えば、ようやく俺の意思を理解できるようになったってことだが・・・果たしてそれだけか?・・・さては、完全に懲りてねぇな?
俺の苦戦ぶりを見て仲間を死なせたくない気持ちが昂ぶった結果、俺の力を借りられる『絶好』の流れに乗じて自分1人で何とかする気満々だな?
葉原の言う通り、大した頑固っぷりだ。涙簾ちゃんや斑達をここから遠ざけようとする今の俺も、実は神谷のことをとやかく言えないかもしれねぇけど、
自覚してやっている分まだマシだな。いや、タチが悪いとも言えるか?でも、神谷は見て見ぬフリをしているっぽいからなぁ。・・・ハハッ。随分冷静さが戻ったな、『本気』の俺?)」
「そもそも・・・アンタ、『本気』なら見境が無くなるんじゃ無かったのかよ?敵なら誰でも殺すんじゃ無かったのかよ?結局デマカセかよ?」
「昔の俺だったら殺ってるだろうな?神谷。テメェだって、もうあの世へ旅立ってるぜ?」
「・・・・・・何で殺さない?保身のためか?」
「それもあるし他にもあるけど・・・・・・一番デカイのは、ここに新“閃光の英雄(ヒーロー)”として来たってことだな。
ほらっ、“ヒーロー”ってのは『自分の意志』で色んなモンを背負うし。自分が選択した方法で、できるだけ“一般人”を守るし。
限界はあるしどうしようも無いこともあるけど・・・その先にあるモンを見極めたくて俺はここに立ってる」
「(やっぱり・・・最初から俺達や新“手駒達”を殺すつもりは無かったんだ。背負って・・・守って・・・失って。何だよ・・・結局譲れないモノは一緒だったのかよ・・・!!
いや・・・結構割り切っているよな。斑達みたいに、殺さない以外の手段なら新“手駒達”相手でも躊躇せずに使いそうだ。切り捨てる可能性も0じゃ無い。
だけど・・・それが最悪の事態を防ぐ選択肢の1つ・・・か。そこまで背負わしちまってんのか・・・俺達は)」

昔の“閃光の英雄”と今の“閃光の英雄”の違いを見極めたい。一夜限りの“ヒーロー”を貫き通した先にある“何か”を確かめたい。
“ヒーロー”を目指す少年少女の意志に触れ、過去において偽者だった“ヒーロー”の言動で裏切ってしまった少女に謝罪し、様々なモノを『自分の意志』で背負ってここに居る。
『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として、界刺得世は“一般人”の最大の脅威足り得る“怪物”に挑んでいる。
そんな“ヒーロー”に対して、神谷は当初碧髪の男に抱いていた対抗心や敵愾心が霧散して行く感覚を覚える。
界刺は、“ヒーロー”として風紀委員会や新“手駒達”をも背負っている。確実に。『シンボル』が・・・界刺得世が風紀委員会に齎した数々の利、
そして目の当たりにした“ヒーロー”の決死の覚悟から、神谷稜は“一般人”として界刺得世(ヒーロー)を助けたいと思った。心の底から。

「・・・・・・“ヒーロー”に守って貰いっぱなしってのも癪だな」
「だから、“剣神”だけが残ってもいいって言ったんだ。生き残る確率が一番高い風紀委員がテメェだから。
これでも妥協してんだぜ?加賀美に任されたモンの一部をテメェが貫けるように・・・な。ほらよっ!」
「!!」

神谷の視界が界刺を捉えたと同時に、彼から姫空が装着していたゴーグルを受け取る。

「そいつは暗視装置も付いているらしい。【月譁紋様】下では、赤外線による視覚を確保しなきゃなんねぇ。
それでも、塗り替えたり歪めたりしているからアテにならねぇ。まぁ、そこは俺が何とかカバーしてやるよ。さっさと装着しろ。これ以上は野郎も待っちゃくれねぇぞ?」
「あ、あぁ」

界刺に言われるままにゴーグルを装着し、暗視モードを発動する神谷。白黒の世界に似た光景ではあるが、界刺の補助もあって殺人鬼の姿等がハッキリ見て取れた。
同時に、殺人鬼が放つ戦慄する程の殺気が増したことも感覚として感じ取った。ここからは“明確な”死と隣り合わせの世界。

「そういうこった、ウェイン!!このじゃじゃ馬が言うことを聞かねぇから、メンドクセェけど混ぜてやることにした!!手加減はいらねぇぜ!?」
「・・・・・・貴様は弱者の手を借りるのか?」
「弱者かどうかは知らねぇけど、“一般人”には“一般人”の譲れねぇモンがあるんだろうよ。
俺は使えるモンは何でも使うタチだ。もちろん、警備員への牽制としても単なる囮としても使わせて貰うがな!!」
「・・・言ってくれるな!!ったく“法螺”も大概にしろってんだ!!」

少し苛立ち気なウェインと界刺が会話を行っている間に、神谷は加賀美に与えられた使命と信頼に神谷なりに応えるために、界刺に文句1つ呟いた後に西部侵攻部隊隊長へ声を放つ。

「オッサン!!斑達をここから退避させてくれ!!たとえ、殺人鬼相手がやばくても新“手駒達”への対処なら十分力を発揮する筈だ!!」
「「神谷・・・!!」」
「神谷先輩・・・!!」
「神谷稜!!貴様・・・!!」
「それと、176支部リーダー加賀美先輩に伝えてくれ!!『俺は与えられた使命を果たすために、“閃光の英雄”と共に戦うことを決断しました』って!!
この“法螺”ばっかり吹く“ヒーロー”に俺達と明確に敵対する意思は無い!!この俺が敵対させない!!だから・・・頼むぜ、警備員!!!」

斑達の離脱を警備員に依頼した神谷は、耐熱仕様の手袋を身に付けた後に殺人鬼に対抗できると言われた『閃光真剣』の最大出力を引き出す。
普段人間相手に行使している低温プラズマでは無く、鋼鉄等を叩き斬る時に行使する高温プラズマ。その中でも最大の出力。常時使っている鉄製の針では無く、
タングステンとコバルトを混合した超硬合金製の針―幼馴染である火川麻美からの贈り物―を用いた『閃光真剣』最大出力時におけるプラズマブレードの温度は・・・3000度に達する。
通常(例:鋼鉄を叩き斬る)はプラズマブレードの根元、つまり手に持つ鉄製の針にプラズマ熱の影響が来ないように根元付近のプラズマは低温プラズマ状態とし、
以降のプラズマを高温プラズマ状態としている。しかし、最大出力を出す場合はそういった器用な真似(=演算)ができないので耐熱仕様の手袋と、
プラズマ熱に耐えられる材質でできた細い棒が必要となる。前者は自身で用意した。後者は幼馴染が用意してくれた。
『閃光真剣』は常から細くて比較的短い棒状の物体を能力発現の指標としている(発現だけなら己の体表から可能)ために、複雑な演算も合わせて高出力以上を発揮する場合は必ず該当する物体を必要とする。
加えて、最大出力時に取れる『閃光真剣』の形態は“剣”or“マット”状の何れかに限られるという制限がある。
故に、右手に『閃光真剣』最大出力を、左手に高出力の『閃光真剣』を携える。そんな“剣神”の姿を横目に“英雄”は加賀美と同じリーダーを務める者として離脱する者達に檄を放つ。

「斑!!鏡星!!姫空!!」
「「「!!?」」」
「テメェ等は一体ここへ何しに来たんだ!!?俺や殺人鬼と戦いに来たのか!!?違ぇだろ!!?新“手駒達”の救出だろうが!!
野郎の殺気に中てられてんじゃ無ぇよ!!自分が何をすべきなのか見失ってんじゃ無ぇよ!!加賀美に託されたモンって奴を自分(テメェ)から無為にしてんじゃ無ぇよ!!」

声を掛けられた3人は知る。自分達を見下すような態度を取っていた先程とは違い、何処までも真剣に真剣を重ねた態度と声を“英雄”が放っていることに。
それは、以前にもあったこと。『マリンウォール』にて加賀美のために怒った時と同じモノが込められた言の葉が再び斑達に突き刺さる。

「最優先を違えるな!!加賀美(リーダー)から託されたモンを履き違えるな!!テメェ等の今の実力でできる最大限のことを最適の機会に最善を尽くして成し遂げる!!
テメェ等の戦場は“ここ”じゃ無ぇ!!テメェ等にしかできねぇこともあんだろ!!本当にリーダーの意志を継いでんなら、“ここ”は俺と神谷に任せてさっさと行け!!
行って、リーダーの意志を部下のテメェ等の手で実現させてこい!!・・・きっと、それを加賀美も望んでる筈だぜ?」
「「「・・・!!!」」」

リーダー足る加賀美に託されたモノ。譲れないモノ。貫き通さなければならないモノ。それは、“英雄”や“怪物”と戦うこと・・・などでは無い。
逸っていた・・・気が。中てられていた・・・“怪物”の殺気に。呑まれていた・・・今の危機的状況に。だから、最優先である新“手駒達”救出を最優先に“していなかった”。
本当に自分達の実力を量っているのであれば、真正面から殺人鬼と戦う選択肢を採る筈も無い。それができていない時点で自分を見失っていたも同然である。
図らずも上司と同じ身分に居る“英雄”に指摘されたこと、同僚でエース足る神谷の言葉もあってようやく3人は自分達の為すべき『本当のこと』を見出す。
同時に、神谷を除く176支部員達は各々で決断を下す。リーダーの意志を受け取った176支部最強のエースと同じリーダーを務める“英雄”の言葉の重さを心に刻みながら。

「(・・・フッ。これ程のリーダーシップを見せ付けられるとはな。まぁ、そうでなければ我等風紀委員会と渡り合うことなどできはせんか。
これが『シンボル』のリーダー・・・界刺得世か。神谷稜や他の176支部風紀委員達も目の色が変わった。・・・・・・止むを得んか)」

同時に、眼前の子供達に秘められた覚悟や闘志を部隊長は確かに感じ取り・・・“剣神”の実力も十分知っている上で・・・決断を下す。

「・・・斑狐月!鏡星麗!姫空香染!どうする!!?」
「・・・わかりました!!私達は新“手駒達”への対処に当たります!!」
「斑に同じく!!」
「・・・・・・私も」
「わかった!!では、新“手駒達”への対処に共に当たって貰う!!その途上で貴様等の声で176支部リーダー加賀美雅に神谷稜の言葉を伝えるがいい!!」
「「「了解!!」」」

斑・鏡星・姫空は殺人鬼との戦闘から離脱する。部隊長の指示を受け、部下が不完全な電波センサーを頼りに斑達を抱え【鏡界】から去って行った。
たとえ、彼等の実力が殺人鬼に及ばないとしても新“手駒達”相手なら話は別だ。同じ風紀委員会の一員として、共に戦場に立つ仲間として、彼等の想い全てを無下にはできない。
子供を守るのが大人なら、子供の意志を尊重するのも大人の役目だ。

「西部侵攻部隊隊長へ伝達!!南部侵攻部隊の戦線を突破した新“手駒達”21名がドームへ接近しています!!
尚、電気系能力者は複数居る模様です!!光学センサーで捉えた位置を転送します!!」
「くっ・・・」
「・・・また来たか。オッサン!!さっさと新“手駒達”を何とかしろ!!【鏡界】に入って来たら、命の保障はできねぇぜ!?
俺なら心配いらねぇよ!!何せ、176支部最強の“剣神”様が助っ人してくれるってんだからさ!!これなら、俺も野郎を“殺さずに済みそうだぜ”!!」
「いけしゃーしゃーと・・・!!」
「早く行け!!それが、きっと誰にとっても最良に近い結果に繋がる筈だ!!この“『シンボル』の詐欺師”が明言してやるぜ!?」
「・・・くそっ!!全機に告ぐ!!これより、転送されたデータに基づき新“手駒達”の無力化及び確保に動く!!
もし、新“手駒達”がこのドームに侵入した場合は命に代えても彼等を守り通せ!!我等の行動を妨げるモノは、全て排除しろ!!」
「「「了解!!!」」」
「神谷稜!!界刺得世は任せるぞ!!」
「あぁ!!」
「界刺得世!!一般人に問答無用の鎮圧を仕掛けたこちらにも非はある!!先程の『助け』から、貴様に我等へ明確に敵対する意思が無いこと自体はわかった!!
だが、貴様の“法螺”に付き合うのも限度に近い!!いざという時は躊躇無く行動を起こす!!貴様が殺人鬼を殺せば身柄を拘束する!!わかったか!!?」
「へいへ~い」

切迫した状況や外部の情報取得に難がある【鏡界】内に居る現状を総合的に判断して、部隊長は苦渋の決断を下す。
【鏡界】を一旦脱出し、想像以上の強さを発揮しながら死地へ接近する新“手駒達”を取り押さえることを。
南部侵攻部隊と西部侵攻部隊の半数でも、新“手駒達”の猛攻を抑え切れない。ならば、ここに居る部隊を回すしか無い。最優先するべきは新“手駒達”の確保である。
無論、譲れない部分は譲らない。【鏡界】に新“手駒達”が侵入した時は界刺や殺人鬼を敵に回しても、この命に懸けて新“手駒達”を守り抜いてみせる。
本当であれば、この場で界刺を確保したい。だが、現状では抵抗する界刺を相手取る余裕は正直言って全く無い。殺人鬼に対しても同じく。
故に、今は傍に居ることを許された神谷に界刺の護衛を任せ、一般人である界刺と共に殺人鬼への対処を託す。界刺が、進んで新“手駒達”に危害を加えないと判断したが故の妥協。
センサーに対する妨害で、警備員として176支部員への界刺の行為を『見る』ことができなかった―その状況下で風紀委員に明らかな傷を加えなかった―ことも大きい。
これは、界刺の手を汚させたく無い気持ちを一時的に『切り捨てた』上の決断。しかし、新“手駒達”の無力化・確保が進めば、自分達もここへ戻って来る。そして殺人鬼を討伐する。
その決意の重さに部下は応え、猛スピードで【鏡界】を脱出して行く(殺人鬼によって軽く無い傷を負った者達は、治療のために別方向に向けて脱出して行く)。

「・・・・・・ククッ。見事な手際だな、界刺得世。話術と行動でもって物事を動かす。仕事を円滑に進めるためにも、少しは俺も見習わないといけないか?
にしても・・・貴様の話術を見ているとある男を思い出す。あの男も貴様と同じく強者足る者の1人だから・・・かもな。ククッ」

現在【鏡界】に残っているのは界刺、神谷、ウェインの3名のみ。その1人であるウェインは、死闘を邪魔する者達を一時的にとは言えキッチリ排除した界刺の手腕に賞賛の声を贈る。

「まぁ、これで多少は気兼ね無く殺し合いができるというモノだ。・・・その風紀委員は貴様と同じく殺しても構わんのだろう?」
「俺はいいけど・・・どうよ、神谷?俺は、いざって時はテメェを切り捨てるぜ?ここに居たいなら、テメェの責任が発生する。結果がどうなろうが自業自得だ。どうだ?」
「上等だ。殺される前に・・・俺が野郎を討つ!!」
「「!!!」」

同じ強者である“英雄”を立てていた“怪物”に、“剣神”が己の想いを吠える。

「界刺得世!!アンタの手を汚させるわけにはいかねぇ!!アンタは野郎を殺すな!!殺すなら・・・風紀委員(おれ)が殺る!!!」
「ほぅ・・・大きく出たな。ククッ、ならば示してみろ。貴様が弱者では無いという証明を。さて・・・『小休止』も終わりだ。
正真正銘俺の『本気』で相手をしてやろう。この俺が『本気』を出す以上・・・俺が気紛れを起こすか偶然が味方しない限り俺の牙から弱者は逃れられんぞ?ククッ」

治安組織の一員として、殺害という行為を“ヒーロー”に行わせるわけにはいかない。こんな当たり前のことを、今の今まで口に出せなかったことを“怪物”の声を耳にする神谷は悔やむ。
心の何処かで“怪物”に対する恐れを感じていた。心の何処かで“英雄”に対する気後れを覚えていた。だから言えなかった。認めよう。認めて、それを前へ進む足掛かりとする。
確かに実力では2人に劣っているのだろう。しかし、それが何だというのだ。それが、“ヒーロー”にその手を汚させる決定的な理由にはならない。否、ならせない。
それだけで勝敗は決まらない。否、決まらせない。それを証明する。己が信じ、己を信じてくれるリーダーの意志と共に。埋まらない差は、文字通りこの命でもって埋めてみせる。
『職に殉じる』という言葉を、今程理解できた瞬間は無い。風紀委員として・・・神谷稜として・・・“閃光の英雄”界刺得世を自身が考える最善の行動でもって守り抜いてみせる。
そのためになら、己が手を血で汚すことも覚悟する。否、まともに喰らえば即死の『閃光真剣』最大出力を引き出した時点でもう覚悟は決まっていた。

「嫌だね」

しかし、“英雄”はにべもなく神谷の申し出を断る。その表情に僅かな笑みを混ぜながら。

「なっ!!?」
「妥協した俺が言うのも何だが、俺のカバーありきで何偉そうなことをほざいてんだ、神谷?幾らテメェが殺す気でも、1人じゃウェインに殺されるぜ?わかってんだろ?
俺の見立てを無視してんのはテメェも一緒だろうが。斑達のことをとやかくは言えねぇな。・・・テメェの決意と行動は、結局は蛮勇って批判を免れるようなモンじゃ無ぇぞ?」
「・・・!!」
「まぁ、テメェなりに色んなことをキチっと考えた上での決意ってことは認めてやる。だが、人間そう簡単に変わりゃしねぇ。どうしても染み付いた“地”ってヤツは出て来る。
テメェの場合は、無謀な面がひょっこり出て来るな。だからもう一度言ってやる。俺の補助があったとしてもテメェだけじゃ殺されるし、無かったら1分も持たねぇ。
テメェの心意気は正直大したモンだとは思うけど、現実はそう甘くねぇ。テメェ1人じゃウェインを殺せねぇ。そして、俺の場合は殺すつもりでいかないと野郎には届かねぇ現実がある。
だから・・・殺そうとする。殺しに掛かろうとする。死に物狂いってのはそういうことだ。必死ってのはそういうことだ。まっ、テメェ“等”の気遣いは有難く受け取っておくよ。
テメェと言い破輩と言い加賀美と言い椎倉先輩と言い俺の周囲に居る人間と言い、クソムカつくくらい意地やお人好しが過ぎらぁ。・・・だが、悪くねぇ。こうでなくっちゃいけねぇ。
昔の“英雄”時代には感じることができなかった対等な意志の連なりってヤツをビンビン感じちまうぜ!!ヤベェ・・・ゾクゾク感が増して来やがった!!
このムカつき加減こそが、本能と理性のぶつかり合いこそが俺が変わったかどうかを試す絶好の物差しだろうがよ!!キレてんじゃ無ぇよ、俺!!むしろ、望む所だろうがよ!!!」
「お、俺はお人好しなんかじゃ無いぜ!!・・・ヤケになってねぇか、アンタ?大丈夫か?」
「そりゃ、少しくらいはヤケになってるだろうがこんなモン許容範囲内だっての。完全にヤケになっていたら、それこそ血飛沫の嵐だっての。
理性でコントロールするにしても、時々はガス抜きをしねぇとな。言っちゃなんだが、俺の自制心を舐めちゃいけねぇぜ?お人好しの神谷君?」
「ッッッ!!!そ、それよりアンタ!!さっきの『殺さずに済みそうだ』って言葉はどうしたんだ!!?」
「あんなモン、嘘に決まってんだろう?まぁ、時と場合によっちゃあトドメの一撃はテメェに譲ってやるくらいの妥協はするかもな。
テメェ等の想いは確かに受け取ったぜ?状況的に100%反映するつもりは無ぇが、0%にするのは俺の手を汚させないために動いてくれているテメェ等に失礼だろう?」
「・・・!!」
「だから、テメェをここに残したんだ。どうしても俺に殺させたくなかったら、俺の補助の中でテメェの言葉を俺より先に実践するんだな。
テメェの手で俺より先に野郎を討つことができれば、その瞬間から蛮勇は勇気になる。無謀は深謀になる。俺の見立ても覆せるぜ?
結果を出せば、その瞬間から見えるモンは変わる。良くも悪くもな。さぁ・・・どうする、神谷稜!!?」

界刺は神谷に告げる。俺の手を汚させたくなければ、先に殺人鬼を殺せと。神谷稜がその手で殺せと。その覚悟が本当にあるのか・・・問い掛ける碧髪の男の眼光は何処までも鋭い。
喉が不自然に震える。口内がカラッカラに乾いている。取るべき手段を、心に誓った決意を実際に言葉に出すだけでここまで緊張したのは今回が初めてだった。

「・・・・・・・・・わかった。そうするぜ」

その頑固っぷりに、界刺は内心で苦笑を漏らす。加賀美の苦労もわかる。そして決意する。でき得る限り、この男をウェインに殺させるわけにはいかない・・・ということを。
事の成り行きで“剣神”というパートナーを得た“英雄”は、『閃光大剣』を構えながら・・・そして嗤いながら“怪物”へ吠える。

「・・・やれやれ。『重てぇ』な~、ハハッ!ウェイン!!下らねぇ邪魔が入る前に、さっさとケリを着けようぜ!!?」






「形製さん・・・!!」
「・・・あの光球があった付近に鏡子が居るんだ!!」

施設内西部を捜索していた形製と風路は、『赤外子機』から聞こえて来た界刺の言葉と先程まで浮かんでいた光球―『デケェ灯り』―から鏡子の居る場所を知らされる。

「まさか、界刺と殺人鬼が戦っている付近に居たなんてね!!」
「形製さん!!その、破輩っていう風紀委員は大丈夫なのかよ!!?」
「破輩さんは159支部のリーダーだよ!!レベル4の実力者だし!!きっと、鏡子のことも考えて動いてくれる筈!!・・・双方共、無傷のままで居られるかはわからないけど」
「クッ・・・!!」

形製の分析に風路は複雑な感情になる。薬のせいで暴走状態にある鏡子を無傷で止めるのは難しい。レベル4という力はそれだけ大きいのだ。
破輩も今の鏡子と同じレベル4の力を持つ能力者だが、そんな2人がぶつかればどちらも無傷とはいかない可能性大だ。

「風路!!今は走ることだけに集中しよう!!足を動かさないと!!」
「・・・あぁ!!」

2人は、鏡子達が居るであろう南西部へ向かう。最悪の事態になる前に止める。兄として妹の暴走を止める。この命に懸けて。






「おい!中円さんは何処へ行ったんだ!?さっきから姿が見えねぇが!!」
「確か、警備員の包囲網を突破するためのハッキング機器を取りに行くって・・・」
「そ、そうか!あの人ならその手の専用機器を自前で持っててもおかしくねぇモンな!!」
「以前居たスキルアウトでも情報の取り扱いの優秀さでそれなりの地位に着いていたらしいし、伊利乃さんも信頼を置く程だからきっととっておきの機器を持って来るだろうよ!!」

『ブラックウィザード』の構成員達が、突如姿が消えた中円について激しく議論を交わす。東雲に包囲網突破における情報収集を命じられた網枷と中円。
この内網枷は『内側』における収集を、中円は『外側』における収集を担当することとなっていた。
普段は情報関連の一切を取り仕切るのは蜘蛛井である。だが、今の彼は“手駒達”及び新“手駒達”の制御や初瀬達への対処に全力を注いでいる。
このため、両者の働きは『ブラックウィザード』の生き残りにかかる生命線となっていた。

「ハァ・・・ハァ・・・」

その両者の片割れ、中円真昼は唯1人北北西方面へひたすら走っていた。手に持つ専用のハッキング機器を用いて警備員の通信を傍受しながら走り続けていた。

「(くそっ!こんなことなら、さっさと見限って雲隠れするんだった!!)」

今の中円に東雲の命令に従う意思も、『ブラックウィザード』を守る意思ももはや存在していなかった。彼女は、別に『ブラックウィザード』に忠誠を誓っている人間では無い。
あくまで寄生場所の1つであり、自身が危うくなれば何時でも抜け出す意志はあった。そんな彼女も、今までは裏切りによる報復を恐れて実行には移していなかった。
しかし、事態は一変した。このままでは、残虐非道を繰り返す『ブラックウィザード』の一員として自分の身にも危険が及ぶ。
中円自身、他の人間のように他人を殺したことも重傷を負わせたことも無い。ずっと、後方に控えて情報を収集・精査するだけ。ある意味では一番楽な立ち位置に居た少女。
だが、このままでは自分も他の人間のように“人殺し”の汚名を背負わされる危険性が極めて高い。

「(状況は間違い無く『ブラックウィザード』に不利!!一か八かの作戦に『加担』したら、それこそ自分の首を自分で絞めることになる!!)」

故に、中円は事ここに至って『ブラックウィザード』を裏切る決断を下した。このまま逃れられるなら良し、逃れられない場合は自首をすることで身の安全を警備員に保障させる。
風紀委員会にとって有益な情報を齎せば、その分罪も軽くなるかもしれない。打算的思考が少女の頭を駆け巡る。

「(いざって時はハッキング機器も放り捨てて投降する!!“人殺し”なんて汚名を着せられて堪るモンか!!)」

歪な笑みを乾燥した唇が形作る。酷く乾いていることに切羽詰っている中円は全く気付かない。それだけ追い詰められているのだ。

「(ハッ!!こ、この持たされた拳銃もか!!もし、誰かがあたしの行動に気付いたら・・・その時は・・・撃つしかない・・・!!)」

ズボンのポケットに入っている護身用の拳銃―いざという時はハッキング機器と共に捨てる―を握りながら、中円は走り続ける。安全圏への脱出を果たすために。生き残るために。



ガタン!!



「だ、誰!!?」



そんな彼女を・・・そんな打算的な少女の行動を・・・何の責任も負わないままのうのうと安全圏へ逃げようとする中円真昼(ひきょうもの)を・・・世界は認めない。



「『撃つしかない』・・・か。君も・・・『ブラックウィザード』の一員かい?」
「武佐君!あの娘・・・きっと拳銃を持っているでやんすよ!!気を付けるでやんす!!」



中円の近くにある物陰から姿を現したのは、金髪スポーツ刈りの小柄な男と茶髪ドレッドヘアのマスク男。
彼等はある漢の舎弟達。敬愛する兄貴を支援しつつ、事態を打開するために何か有益な情報がないかと『思考回廊』で探査していた“一般人”。



「(なっ!!?あたしの思考を・・・能力者か!!?しかも・・・こいつ等風紀委員会じゃ無い!!)」
「女の子には手を挙げない主義だけど・・・事情によってはそうもいっていられないよ?」
「荒我君の邪魔をするでやんすなら、オイラも鬼になるでやんす!!」



各々の名は梯利壱・・・そして武佐紫郎。熱き漢の魂を受け継ぐ舎弟達が、戦場という世界の一角にて卑怯者を容赦無く断罪する。


梯利壱&武佐紫郎VS中円真昼  Ready?






「・・・・・・」

逃走用の車両があった倉庫にて、『ブラックウィザード』の誇る“辣腕士”網枷は携帯機器を片手に冷静に事態を分析していた。
東雲の狙い通り、北部方面の駆動鎧部隊が西部及び南部方面へ増援を向けたために包囲網が手薄となった。
東部方面も今尚一進一退の攻防を続けている。施設内北部に配置した監視カメラが何者かの手によって殆ど壊滅させられているのはやはり気掛かりだったが、
理由が特定できない現状―初瀬の『阻害情報』で施設機器はまず使用不可―では必要以上に思考を割く余裕は無い。今は速やかな戦場からの離脱が最優先である。

「後は中円さえ戻ってくれば・・・か。遅い・・・な」

包囲網を潜り抜け、その後の安全ルートを導き出すためにも『外部』を担当する中円の存在は必要不可欠である。
蜘蛛井に次ぐハッキング能力を持つ彼女の力は、こういう時に活きるのだ。だがしかし、その彼女がハッキング機器を取りに行ったまままだ帰って来ないのだ。

「“手駒達”を傍に置かずに行くとは・・・やはり彼女も焦っているか。事態が事態だしな」

この緊急事態に動揺しているのは網枷も同じ―故に、『裏切り』という可能性を思い付かない―である。
いや・・・おそらく『ブラックウィザード』に所属する人間の殆どが少なからず動揺している筈である。・・・ある1名を除いては。


『風紀委員?警備員?そんなモノに頼るな。依存するな。この世で唯一頼れるのは「力」のみ。俺は「黒き力」・・・「ブラックウィザード」の頂点に居る男だ』
『あの方こそが、この腐った世界を変えてくれる唯一の存在だ。俺は・・・私は、あの方に・・・あの人の隣に在りたい!!』


「フッ・・・。さすがは、東雲さんといった所か。・・・東雲さん。私はあなたを生かすためなら、喜んでこの命を捧げますよ」

“弧皇”の揺らがぬ姿を脳裏に思い浮かべる“辣腕士”は、微かな笑みを浮かべながら自身の誓いをもう一度認識する。


『お前は、己の「力」をこの世界に証明したいんだろう?何が目的であれ、どんな形であれ。俺もそうだ。俺の目的で、俺はこの世界に負けない程の「力」を俺なりの形で示したい。
お前の期待通りに行くと思うなよ?俺は俺を害する者を全て排除する。網枷。お前もお前の「力」を証明するためにも幻想に容赦するつもりは無いんだろう?
これでも、俺はお前の覚悟は理解しているつもりだ。だからこそ言おう!思う通りにやれ!全力で幻想をねじ伏せろ!その先に、お前が望む答えの1つがある筈だ!!』
『答え・・・。フッ、その種類がどのようなモノなのかはその時にならないとわかりません・・・か。
果たして期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなのか・・・。どちらにしろ、今回の件でようやく私も心の整理ができそうです』


それは、数日前に“弧皇”との問答で浮き彫りになった“辣腕士”が心の奥底で望んでいたモノ。『答え』。
網枷は直感的に想う。おそらく、この戦場で無意識に己が求めていた『答え』の一端を垣間見ることができるのではないかと。

「『答え』・・・か。期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなの・・・」
「<網枷さん!!>」
「!!?」

自問自答していた網枷の鼓膜に、携帯機器から聞こえる構成員の焦り声が突き刺さる。我に返った“辣腕士”は部下の声色から顔を険しくさせる。

「どうした!?」
「<178支部及び成瀬台支部に駆動鎧・・・そして『協力者』達が遂に攻め入って来ました!!事前のプラン通り、永観さんを中心に新“手駒達”も動員して事に当たります!!>」
「来たか・・・!!」

遂に攻勢がここまで来た。予測していた事態ではあるものの、いざ現実のモノになるとやはり背筋が僅か以上に震えて来る。
生き残り。これは、『ブラックウィザード』の生き残りを懸けた死闘である。その意味を十二分に知る網枷は傍に立て掛けていた銃を手に持った。
普段は前線に立つ機会は無い参謀自らも戦闘行為を行わなければならない可能性が高い。まさに死に物狂いである。

「<幸い、蜘蛛井さんが居る場所とは離れていることもあって現時点では“手駒達”の運用に支障は・・・(プツン!!)>」
「むっ!!?どうした!?応答しろ!!」

現状報告を続けていた部下の通信が突然途絶えた。途絶音的に、ジャミングによるモノでは無く通信機そのものを破壊された可能性が高い。

「・・・フゥ。『俺』も覚悟を決めるか。この先にある『答え』を垣間見るためにも!!」

網枷は、ある特殊な溝が刻まれている銃弾を内包した弾倉を銃に装填する。試作段階も試作段階であるこの銃弾を敢えて用いるのは、その利点の大きさに尽きるからだ。
今の網枷の周囲には“手駒達”も新“手駒達”も居ない。伊利乃の反対を押し切って、自分に回される予定だった人形達は全て東雲の傍に置いた。
全ては東雲をこの場から必ず離脱させるために。そのためなら、己が命を投げ打つ。それだけの覚悟はとうの昔から決めていた。
つまりは、網枷は自身を殿としているのだ。『太陽の園』での失態の責任を取る、最新の情報は既に東雲へ送っている、いざという時は蜘蛛井が主導する、中円も健在であるという事実や予測等の下に。



ドォン!!!



「!!!」

大きな爆発音と共に倉庫の壁が破壊される。手榴弾でも用いたのであろうその爆発に驚きながらも、網枷は『偏光塗装』にて銃に光学偽装を施す。
この爆発からして相手は警備員が操る駆動鎧か・・・それとも特別に手榴弾程度の爆発物の所持を許可された風紀委員か。
いずれにしろ、“表”の治安組織と戦うことで『答え』の一端を垣間見える。そう認識した網枷の思考は・・・



「あ、危なかったねぇ・・・。間一髪で弾き返せてよかったよ」



半分アタリで・・・



「ま、まさか最後のあがきで手榴弾をブン投げて来やがるとは思わなかったぜ。ナイス、先輩!」



半分ハズレだった。



「お、お前は・・・!!」



予想外にも予想外過ぎる闖入者の登場に、網枷は動揺を隠し切れない。彼の瞳に映るのは成瀬台支部所属風紀委員である速見翔。そして・・・



「おっ!?・・・・・・ほぅほぅ。あのツラは、確か緋花を騙した網枷ってヤツだな。・・・ギリッ、ギリリッッ・・・!!!」



黒髪リーゼントでキメた“不良”。如何なる困難も己が拳で打破する熱き魂を持った漢。名は・・・荒我拳
かつて、自身が所属していたスキルアウトを潰された漢。そして、今また己に告白した少女を誑かされ、貶められた漢。
その元凶足る1人を眼前に置く“不良”は、猛る怒りそのままに拳を胸の前に置きながら吠える。

「だったら、話は早ぇ。網枷双真!!“俺の”オンナに手ぇ出した落とし前・・・ここでキッチリ着けさせて貰うぜ!!!」


荒我拳&速見翔VS網枷双真  Ready?






「永観さん!!どうしますか!!?」
「急ぎ状況の把握を!!新“手駒達”が集中して狙われている以上、このままでは防衛線が持たない!!万全を期して、“手駒達”を伴って行くんだ」
「わかりました!!」

部下の焦った問いに声を荒げながら指示を出す永観。彼は、東雲の命令によって中円や網枷達の警護及び北部方面から攻め込んで来る風紀委員会との戦闘指揮を執っていた。
銃器を有する構成員に能力者で固められた“手駒達”及び新“手駒達”の力を結集すれば、短時間であれば十分に防衛線を築き続けられると推測した永観の考えは・・・外れた。

「永観さん・・・これって・・・」
「あぁ。推測でしか無いが、どうやら風紀委員会か『協力者』の中に遠方から精密狙撃を可能とする能力者が居るようだ。
もしかしたら、空間移動系能力者の仕業かもしれないな。この暗い施設では座標計算も難しい筈なんだが」
「やっぱり・・・」

傍に控える智暁の心配げな質問に、内心では苛立ちながら努めて冷静に振舞いながら返答する永観の手には応答相手の居ない通信機が握られていた。
指揮を執る永観の通信機に入って来た別の部下の焦った声が、今尚永観や智暁の耳から離れない。


『<周囲に居る新“手駒達”のアンテナが次々に破壊されています!!人影や狙撃音のようなモノはありません!!まるで、突然アンテナが破壊され・・・(プツン!!)>』


人質あるいは戦力としても使える新“手駒達”に装着されているチップ型アンテナが突如破壊されたという報告の途中で通信は途絶えた。
おそらく通信機が破壊されたのだろう。唯でさえ、北部方面の監視カメラの類は破壊され尽くされていたために状況の把握が困難である。
下手をすれば、気絶している新“手駒達”を容易に回収されてしまう。なので、永観は早急に新“手駒達”を無力化している能力者の探索指示を出したのだ。

「永観さん。一旦、新“手駒達”をここへ集めてみればいいんじゃないでしょうか?」
「いや。そんなことをすれば防衛線がまず持たなくなる。少数とは言え、風紀委員会は駆動鎧もここへ投入している!
“手駒達”も減少している今、新“手駒達”を防衛線から退けば連中が一気に雪崩れ込んで来るぞ!!」
「ひっ!ご、ごめんなさい・・・」
「・・・いや。僕の方こそ声を荒げて済まなかった」

永観の怒声に案を出した智暁は身を竦ませる。普段からそこまで頭を働かせない少女にとって、永観や網枷以上の策など思い付く筈も無い。
それを承知の上で意見したのは、それだけ彼女が精神的に追い詰められている証拠である。もっとも、それは永観にとっても同じことではあるが。

「(こ、こんなことになるくらいだったら、さっさと『ブラックウィザード』から抜け出して穏健派の『軍隊蟻』に鞍替えするんだった!!私のバカバカバカ!!)」
「(こんな所で僕は躓けない!!何としてでもこの戦場から無事に脱出する!!そのためなら・・・いっそのこと東雲を囮に・・・くそっ!!
こんな時に蜘蛛井が東雲の口車に乗せられるとは!!奴が動けなければ、“手駒達”の同士討ちになってしまう!!)」

智暁は自身の優柔不断さを嘆く。裏切りや報復を恐れて『ブラックウィザード』を抜け出す決断を下せなかった少女は、己が過去の判断を悔やみに悔やむ。
永観は“同胞”が“弧皇”の口車に乗せられた現状に歯噛みする。東雲の予測通り、永観には来たるべき時には“手駒達”の力で東雲を始末する腹積もりがあった。
そのために重要な鍵を握る蜘蛛井が、よりにもよって“弧皇”の挑発に乗って身動きが取れなくなっている。
現状で事を起こせば、“手駒達”の同士討ちという本末転倒な事態となってしまう。今でさえ、戦力は下降の一途を辿っている。
東雲を討って『ブラックウィザード』の新たなトップに立とうとしている永観にとって、“手駒達”の同士討ちだけは絶対に避けなければならないのだ。

「フゥ。・・・智暁」
「・・・はい」
「・・・とりあえず、朱花だけは死守しないといけない。東雲さんが言った通り、人質に数の多い少ないは関係無い。
連中にとって、新“手駒達”の確保は死守命令にも等しい作戦の筈だ。朱花は、僕達にとって切り札となる。ここに居るのは僕と君と朱花の3人だけだ。
他は、全て防衛線に出張っている。あの“巨人”を抑えるために阿晴達も増援で来る。だから、朱花を守るのは僕達2人の役目だ。いいね?」
「・・・はい!」

施設内の機材が使えない以上、必然的に永観達は施設の外に居る。それでも、永観や智暁達が居るのは戦闘の前線では無く比較的安全な後方である。
そんな2人と共に居るのは新“手駒達”の一員である焔火朱花。相も変わらず虚ろな瞳を浮かべている彼女の“価値”は、永観と智暁を安堵させる大きな要素となっていた。
ちなみに、“手駒達”を含めた他の構成員達を全て最前線に出張らせたのはそうしないと防衛線が持たないという単純明快な理由―そして、死活問題でもある―からである。



「・・・来た。数は2人」
「「!!!」」



傍受の危険性から電波レーダーでは無く砂鉄を地面に敷いてレーダー代わりとしていた朱花が、ここへ近付く敵を察知した。
防衛線を潜り抜けて来た敵を迎え撃つように智暁は右手に持つセラミック製警棒の先に『熱素流動』による熱エネルギーを集中させる。



「2人・・・か。誰だろうね、智暁?」
「・・・・・・」



緊張の色を濃くする永観の言葉に、智暁は自分の手元から逃げた愛玩奴隷の顔を思い浮かべる。姉である朱花を取り返すということであれば、候補に挙がる1番目は彼女しか居ない。



「・・・まともに動けるんですかね?」
「・・・まともに動けるとしたら、薬を中和できる解毒剤のようなモノを投与されたと考えるべきかな。こちらにとっては予想外の『速度』だけど」
「・・・なら、もう1人は誰だと思います?」
「・・・僕達2人の能力を考えるなら、相性的にあの男が第一候補に挙がるね」



永観の『発火能力』も智暁の『熱素流動』も、主に熱を武器にする能力である。この2つに対抗するならば、『熱を抑える』能力者が第一候補に挙がる。
そして、北部方面から攻め入った風紀委員の中で『熱を抑える』ことに長ける能力者はあの男しか居ない。



「まぁ、あの男は相性的に『電撃使い』である朱花とは相性が悪い。・・・朱花。2人が姿を見せた瞬間に、タイミングを合わせて電撃の槍をぶつけろ!」
「・・・・・・」



永観はここに向かって来る敵の弱点を確と把握し、その迎撃のため朱花に攻撃を命じる。
砂鉄を踏み締める足を正確に把握する朱花は、いよいよ近付いて来た敵を迎撃するために電撃の溜めに入る。



「・・・っと待て!!」
「・・・せんよ!!」
「「ん??」」



それは、永観達が迎撃準備に勤しんでいた中で聞こえて来た怒声の応酬。わざわざ、こちらに急襲をバラすような行動を起こしている2つの声に疑問付を浮かべる永観と智暁。



「・・・た方が、気合いが入るってモンです!!機先を制するという意味でも!!どうせ、お姉ちゃんの能力で私達の接近はバレているでしょうし!!」
「・・・でも、わざわざ大声を張り上げながら正面突破する馬鹿が何処に居る!!」
「ここに2人!!」
「俺を勘定に入れるな!!」



近付くにつれ声が鮮明になる。声は女と男の2つ。その内、片方は永観や智暁にも聞き覚えがある少女の声であった。
どうやら、2人はどんな策略があるのか馬鹿正直に正面から乗り込んで来るようだ。しかも、大声を挙げながら。



「先輩!!女も男も度胸です!!どうせ、今の私にはこの度胸くらいしかお姉ちゃんに張り合えるモノは無いですしね!!」
「いや!!度胸の他にもあると思うぞ!!というか、姉以上のモノが・・・ハッ!!何を言っているんだ俺は!!?」
「えっ!?それって・・・背丈のことですか!?確かに、私って結構前から背丈でお姉ちゃんを超えていますけど・・・うん?」
「(緋花・・・!!!)」
「(何だ!?これも“『悪鬼』”の策略の1つか!?)」



聞く者にとっては何ともマヌケな会話を行っているようにしか聞こえない男女の会話に智暁は苛立ち、永観は敵である“『悪鬼』”の策略かと訝しむ。
そうとでも考えなければ、今の状況に論理的な説明を付けられない。ましてや、あの“『悪鬼』”が考えも無しにこんな茶番染みた真似をする筈が無い。



「そ、そうだ!お前は身体的な面で姉を上回っているんだと言いたかったんだ!!」
「・・・本当ですか?何か怪しいんですけど?最近の私って疑心暗鬼が染み付いちゃってて、先輩のような態度を鵜呑みにできないんですけど?」
「ほ、本当だとも!!『身体的な面で姉を上回っている』!!この言葉に嘘は無い!!」
「・・・あぁ。そういうことか。確かに嘘じゃ無いですよねぇ・・・(ジ~)」
「ぬっ!?」
「いやぁ。先輩って本当にデリカシーに欠ける上に女心に疎いですねってことを再確認しただけです。真面のことを馬鹿にできないんじゃないですか?」
「グッ!!」



一方、場違いにも程がある会話を繰り広げている2人は迷うこと無く自分達が立とうとする戦場へ疾走する。
朱花が砂鉄をレーダーとしたように、こちらは水蒸気をレーダーとしている。“巨人”の出現で構成員達が出払った今がチャンスと判断し、結果として今に至るのだ。



「まぁ、いいや。後で真面達にチクろうっと。『先輩が私とお姉ちゃんの体を思い浮かべて卑猥な想像をしていた』って!!」
「お、おい!!」
「・・・クスッ。冗談ですよ。これも、敵を欺く私なりに考えた手の1つです。にしてもムンムンしますねぇ~」
「(お前の冗談は心臓に悪い)」
「・・・固地先輩。お願いします。私にお姉ちゃんを・・・焔火緋花に焔火朱花を助ける『力』を下さい」
「・・・“あの技”の使い所は絶対に見誤るなよ?“あれ”は、おそらく『今』のお前にしか使えない技だ。『今』のお前の状態でしか・・・な。
無論、お前にとっては恥辱にも恥辱な出来事だっただろう。だから・・・“逆に良かったじゃないか”などとは言わん。
精々敵の失着を『姉を助けるため』に思う存分“利用してやれ”。他の誰でも無い『お前自身のため』に。
フッ・・・この“風紀委員の『悪鬼』”を扱き使うんだ。俺の前で無様を晒すなよ・・・風紀委員焔火緋花?」
「ッッ!!・・・・・・はい!!」



1人の風紀委員として認められた証をもう一度言葉として贈ってくれた少年に少女は確かな『力』を貰う。
何時か・・・何時か自分も彼のように仲間に『力』を贈れる存在になりたい。真面達は今の自分でもちゃんと『力』を贈れていると言ってくれる。
でも、自分としては自覚が無いせいかよくわからない。仮に、自分なりの『力』を他者に贈れているとしてもきっとそれは今自分が貰った『力』とは別種なのだろう。
焔火緋花は切に望む。今自分が受け取った『力』を自分の意志で他者に贈れるような人間になりたい。だから・・・学ぶ。学ぶために彼に師事を仰いだ。



「ここまで来たら仕方無い!!いけ、焔火!!お前の意志を敵に見せ付けてやれ!!!」
「はい、固地先輩!!!」



師事を贈る少年・・・固地債鬼の何処か呆れが入った命令が師事を仰ぐ少女・・・焔火緋花に伝わる。
命令が伝わった少女は少年の前に出た後に右手へ集中する。演算の構成を基礎から掘り起こすように。この先には、きっと朱花が迎撃として電撃を見舞って来る可能性が高い。
そう予期しているからこそ集中する。薬によってレベル4相当の出力を有しているとも予測される姉の電撃に対抗するために。



バチッ!!!



妹の予測と違わずに、“ソレ”は来た。姉が放った強力な高圧電流が妹へ正確に飛来する。だがしかし、迫る脅威に対する焔火が採った行動は至極単純であった。
すなわち・・・身体強化を為した後に臆すること無く飛来する電撃の槍に同じく電流を纏った己が右拳を叩き付ける。その右拳の先に『電気の網』を展開しながら。



「おりゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」



バチィッッ!!!



「「なっ!!?」」



朱花が放った高圧電流が逸らされたことに永観と智暁は目を瞠る。幾ら同じ『電撃使い』とは言え、
薬物強化を含めた力の差は存在している筈だ。姉の一撃を妹がまともに喰らう展開とて普通に存在していい筈なのに。



「ハァ・・・ハァ・・・・・・ヒグッ!!」
「・・・『いける』か、焔火?」
「・・・はい!」



雄叫びを挙げながら電撃の槍を逸らした焔火は、荒い息を吐きながら『今』の自分の状態に確かな“有用性”を感じていた。
この状態は、きっと時間が経つごとに薄れて行く。そのために、余り時間は掛けていられない。反動もある。短時間での決着が『今』の自分には求められている。
後方から掛けられた固地の言葉の真意もきちんと理解している。彼に師事を仰いだ意味も・・・この戦場で必ず証明してみせる。



「・・・・・・」



焔火と固地を新“手駒達”である朱花は何の感情も表に出さずに眺めている。そんな少女の後ろには臨戦態勢に入った永観と智暁が居る。
ここからが本番。ここからが本当の勝負。故に、焔火は自身に活を入れるために“あの”言葉を少しアレンジして放つ。
『他者を最優先に考える“ヒーロー”』になるために。『本物』の風紀委員になるために。
自分を助けるために命の危険を冒してまでこの戦場に来てくれた“彼”の前へ立つために。
176支部風紀委員焔火緋花は腕に身に付けた風紀委員の腕章に手を添え、凛とした言の葉を眼前に立つ者達へ宣戦布告として叩き付ける。



「この・・・この焔火緋花と固地債鬼が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!覚悟しなさい、『ブラックウィザード』!!!」


焔火緋花&固地債鬼VS永観策夜&仰羽智暁&焔火朱花  Ready?






「希杏。覚悟はできてるな?」
「えぇ。勿論。ここまで来たら、もうバタバタしないわ。何としてでもここから離脱する。その邪魔をするなら、誰であっても排除する。それだけよ」
「フッ・・・それでいい」

遂に北部方面から攻め入ってきた風紀委員会と戦闘に突入した『ブラックウィザード』の本隊、
そのトップである東雲と幹部である伊利乃はそれぞれ得物を手にしながら気を張り詰めていた。
永観が主導して敵に対処しているために、未だ東雲達の下に敵対勢力は現れていない。精神系“手駒達”を始めとした偽装組の“手駒達”は逃走に必要不可欠故にこの場から離れさせている。

「網枷君には悪いけど、彼が回してくれた新“手駒達”は“居なくなっちゃった”のよねぇ。ハァ・・・」
「おそらく、風紀委員会か『協力者』の中に空間移動系能力者が居るな。直接俺達を狙って来ない意図は理解できないが。
他の連中に付けてある“手駒達”や新“手駒達”は未だ健在な所からして、その中途半端さには益々理解に苦しむが」

“魔女”の溜息と“弧皇”の的確な分析が夜の空気に染み渡って行く。己が身の危険を冒してまで網枷が配慮した東雲警護用新“手駒達”は、突如として姿を消した。
故に、東雲達は新“手駒達”に起きた現象から敵対勢力の中に空間移動系能力者が存在していることを察知する。

「一応応援は呼んだけど、何処も戦闘状態に突入しているから望み薄よね」
「自分の身は自分で守る。基本中の基本だな」
「えぇ」

伊利乃は暗器である匕首とサブマシンガンを、東雲は右腕に装着している『武器形成』を刀状に、
加えて予備用の『武器形成』を左腕にも装着した上で遠距離攻撃用の釘を形成していた。他にも使える武器は全て動員する。必ず生き残るために。



「“孤独を往く皇帝”東雲真慈!!!」
「「!!!??」」



その障害足る敵対勢力の声が、“弧皇”と“魔女”の頭上から降り掛かる。その声は『太陽の園』で聞いた野太い男の声。



「貴殿は『力』を制し、生み出しているそうだな!!それが『ブラックウィザード』か!!?」
「・・・?」



だが、その声の主は妙な質問を投げ掛けて来た。治安組織の一員として罪状を突き付けて来るモノとばかり思っていた“弧皇”は少々不意を突かれた。
そのかわり、彼の傍で最大級の警戒をしている“魔女”が“弧皇”の心意を代弁するように声を張り上げる。



「えぇ、そうよ!!!それが何だって言うの!!?」
「やはり。・・・なっておらん。・・・つくづくなっておらん!!!」
「はっ!!?」
「あの者達の思考をどう思われる、緑川師範!!?」



雲に隠れていた月が顔を覗かせ、月光が頭上―建物の屋上―に立つ漢2人を妖しく照らす。そこにあったのは・・・輝かしき『力』の結晶。『力』の結晶足る『筋肉』。



「温い・・・全くもって温い!!!巨大な『力』を欲する余り、人間なら誰しもが備えている『力』に見向きもしない脆弱者!!それが奴等だ、寒村よ!!!」
「同感ですぞ、師範!!こうなれば、我輩達の手で初心を忘れ去っているあの者達に今一度思い出させてやりましょうぞ!!!『筋力』という名の素晴らしき『力』の結晶を!!!」



それは、ある観点からすれば当然の衝突であったのかもしれない。世界に対抗するための『力』に狂う“弧皇”に立ち塞がるのは、巨大な『力』を有する世界・・・とは限らない。
世界の一部足る存在に立ち塞がる可能性を有する者・・・すなわち同じ世界の一部足る存在。『筋力』という名の『力』を欲して止まない漢達の存在が居ることを“弧皇”は失念していた。
片や筋肉の神に愛された漢・・・寒村赤燈。片や、神の祝福や女神の愛撫を受けずとも己が粉骨砕身の努力にて王道を歩み続ける漢・・・“筋肉の覇王<マッスルエンペラー>”緑川強
“弧皇”と“魔女”に立ち塞がるは筋肉の探求者達。どちらの『力』に軍配は上がるのか・・・この死闘にて明らかになる。


寒村赤燈&緑川強VS東雲真慈&伊利乃希杏  Ready?






「俺に続け!東雲さんに逆らう馬鹿どもを醜く斬り刻んでやる!」
「「「おおおおおおぉぉぉ!!!」」」

構成員達に檄を飛ばしているのは『ブラックウィザード』が幹部の1人阿晴猛。腰には常のように数本の刀を提げており、その鞘から愛用の刀を手に取っていた。

「(人形が頼りにならねぇ今、東雲さんや伊利乃さんの殿を努められるのは俺くらいなモン・・・だ!!必ず、あの人達をここから脱出させてみせる!!)」

心中で決意を再確認する阿晴。当初は東雲直々に護衛任務を言い付けられた彼が前線に出張って来たのは、
風紀委員の能力と思われる“巨人”によって“手駒達”を含めた北部の防衛線が突破されかねない事態に陥ったからである。
現場の構成員からの連絡―その連絡も途中で途絶えた―によると、敵は新“手駒達”ごと構成員を攻撃していると言うのだ。まさに、なりふり構わない風紀委員会の攻勢。
このままでは、東雲達が戦場を脱出する前に防衛線が突破される。この事態に阿晴が前線参加を志願し、今に至るというわけである。

「(東雲さんが居るからこそ今の俺が居る!!あの人のためなら、俺は命すら惜しくねぇ!!)」

かつて、『ブラックウィザード』との抗争にて破れたスキルアウトのリーダーであった自分を受け入れた東雲に阿晴は心の底から忠誠を誓っていた。
だから、ソリが合わなくても・・・好き嫌いで言えば途轍も無く嫌っていても・・・しかし自分と同じく忠誠を誓っている―実質的に殿を務めている―網枷を心中では認めていた。
それだけ、彼の中で東雲という男は絶対的基準となっていた。故に、彼に危害を加える者はたとえ仲間であったとしても容赦無く斬る。それだけの覚悟を阿晴は持ち合わせていた。

「阿晴さん!!」
「あぁ!!あれが、噂の“巨人”ってヤツだな!!」

構成員の声を耳にしながら阿晴は前方に聳え立つ“巨人”を瞳に映していた。“巨人”の肩付近には複数の火球が浮かんでいる。
おそらくは、178支部に所属する風紀委員の能力。下方では、“手駒達”や構成員が応戦している轟音が聞こえる。

「俺達はあそこで戦っている連中の応援だ!!『ブラックウィザード』の底力を奴等に見せ付けてやれ!!」
「「「おおおぉぉっ!!!」」」

他のスキルアウトとの抗争では切り込み隊長を務める阿晴の豪快な声に、構成員達は気勢を挙げながら彼と共に戦場へ突入しようとする。
短気で能筋な彼を慕う構成員は、実は結構な数に上る。吸収合併された後も『ブラックウィザード』に居残る元部下も含めて。
この辺りは、さすがはリーダーを務めていたといった所。彼の性格は、こういう危難を乗り越える場面では大きな力を発揮するのである。



ブオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!



「「「なっ!!!??」」」



今まさに“巨人”が聳え立つ戦場へ先駆けとして突入しようとした構成員を、幾多の葉を伴った強烈な風が襲う。
毒も含まれる葉の嵐に構成員の足が止まる。地面にある砂さえ巻き込んだ砂の嵐が構成員の視界を奪う。



「師匠!!ここは拙者達に任せて、あの幹部らしき男をお頼み申します!!」
「俺達のことは心配すんな!!なんたってべっぴんの風紀委員が付いてくれてるんだからな!!」
「お、お姉さんをからかうんじゃないわよ!!ま、まぁ嫌な気はしないけど!!」



複数の聞き慣れない声が阿晴の耳に届く。風紀委員という単語から、そして先駆けの構成員達がその者達と戦っているであろう戦闘音から阿晴の血が騒ぎ出す。
最近の戦闘は“手駒達”が前面に出ており、切り込み隊長である自身が現場で思いのままに刀を振るう機会など殆ど無かった。
これは、東雲達を逃がす殿としての役目とは別の思考。阿晴猛の本能とも言い換えられるかもしれない。



「ハーハッハッハ!!!臆せずよく来たな!!『ブラックウィザード』の者共よ!!」



そんな阿晴の眼前に葉と砂の嵐の中から登場したのは、この暑苦しい熱帯夜に黒いコートで身を包むしかめっ面男。
自分と同じく腰から西洋剣と日本刀を提げている敵に、阿晴は直感的に好感を抱く。刀を振るう者としての直感は案外馬鹿にはできない・・・とは彼の弁である。



「テメェは俺達の敵か?」
「そうだ!!貴様等には、俺の大事な嬢を攫われたからな!!時間も惜しい。まずは、幹部らしき貴様を倒して彼女の居場所を吐かすとしよう!!」
「ケッ!!時間が無ぇのは俺も同じだ!!テメェ・・・その腰に提げている得物は、まさか飾りなんかじゃ無ぇよな?」
「勿論!!貴様の方こそ、手に持つ刀はまさか飾りではあるまいな!?以前戦った“剣神”のように俺を失望させるなよ!!?」
「“剣神”・・・!!あの神谷稜のことか!!?」



言葉の応酬の中に混じった“剣神”という単語に阿晴は反応する。阿晴とて、“剣神”の噂くらいは重々知っている。
網枷から齎された『書庫』のデータも見た。176支部最強のエース神谷稜の剣の腕前は図抜けている。
そんな“剣神”を単語として出した敵の言葉を吟味する阿晴。目の前の男からの口振りは、まるで・・・



「あぁ、そうだとも!!あの男は以前俺と雌雄を決しようとした際、あろうことか俺に叶わないことを自覚した瞬間恥をかきたくないがためにわざと負けるという愚行を犯したのだ!!」
「何・・・だ、と!!?あの“剣神”が!!?」
「今思い返してみても腹立たしい!!あの男もこの戦場を経験することで、少しは成長するといいのだがな」
「・・・へぇ。そりゃ、いいこと聞いたぜ」
「むっ?」



『マリンウォール』で行った“剣神”との一騎打ちについて未だ納得していない―未だ自身が壮大な勘違いをしていることにも気付いていない―啄の言葉に、
阿晴はニヤける顔を抑えられない。この男には、刀を振るう者として絶対に負けられない。あの“剣神”に勝ったというのであれば、相手にとって不足は無い。



「お前等!!この男は俺が相手する!!あの“剣神”に勝った程の男だ!!お前等じゃ分が悪ぃ!!ここは俺に任せて、お前等は“巨人”の方へ向かえ!!」
「は、はい!!」
「了解っす!!」
「阿晴さん・・・ご無事で!!」
「おぅ!!」



一方、切り込み隊長として冷静な判断―これも冷静沈着な参謀網枷の影響―から部下を“巨人”と応戦している仲間への応援に向ける。
そのためには、あの葉と砂の嵐を超えなければならないが阿晴は己が部下を信じる。このくらいのことを超えられなければ、殿としての役目すら務められない。
他方、啄は必ず助けると誓った朱花の居場所をこの幹部から何としてでも聞き出す腹積もりであった。178支部を前線で纏める風紀委員の『予測』は絶対では無い。
ならば、有益な情報を持つであろう幹部をこの手で打ち倒して彼女の居場所を吐かせるというの有効な手段である。
互いに退けぬ理由を持つ2人の男が、尋常なる一騎打ちにて雌雄を決する。片や手に鉄鋼の刀を、片や手に炭素鋼の西洋剣を携えた男達の瞳には一点の曇りも存在しない。



「俺は『ブラックウィザード』の幹部阿晴猛だ!!何者かは知らねぇが、俺の刀の錆び落としくらいは務めてくれよ!!!」
「自己紹介が遅れたな!!俺は啄鴉だ!!・・・しかし、こうやって風紀委員達と協力して事に当たるのは2回目か!!いずれも、まさしく『呉越同舟』というヤツだな!!
ハーハッハッハ!!!それもまた面白い!!阿晴猛よ!!弱者を救い、悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)をその瞳に焼き付けるがいい!!!」


啄鴉VS阿晴猛  Ready?

continue!!

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最終更新:2013年08月11日 22:06