さぁ、穏やかに鳴く羊よ、
これからはアナタの傍に横たわり、アナタの名で呼ばれる方のことを思い、アナタを見守り涙を流そう。
我が鬣(いきざま)は生命で出来た流れで洗い清められた永遠の黄金のように光り輝く。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――アナタを守り続ける限り。
ウィリアム=ブレイク、無垢と経験のうた、『夜』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『
世界樹を焼き払う者』の事件から、2年後。
20歳となった
ゴドリック=ブレイクは信じられないくらいの速さで
必要悪の教会の魔術師になっていた。元々あったフリーランスとしての経験が功を奏したのだろう。
『必要悪の教会の魔術師』として初任務もこなし、無事初陣は完了してきた。
そうして、自身の居場所(にちじょう)に帰ってきてから、結婚式を挙げた。
ゴドリックは必要悪の教会の魔術師として任務を終えた後、式を挙げると約束していたのだ。余談だがこの行為は極東の島国では死亡フラグというものになるらしい。
その中にはヤールやニーナ、高校時代の友人であるベンやボニーまで祝ってくれた。
その後は、アパートで二人きりの
パーティを開いて。ジュリアが酒を開け、ゴドリックは酔いどれ……
朝。窓から差し込む光がとても爽やかな晴れた空が目に入る。
そんなゴドリックはあたまを襲う鈍痛に悩みながらムクリとおきる。二日酔いの痛みと、寝過ぎたが故の痛みだった
床を見てみると、服が散らばっていた。こげ茶の上下のスーツと、赤色のワンピース。更になんか下着まで散乱していた。
まさかと思い、布団を捲ってみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・OH。」
はいてなかった。ついでに隣を見てみる。
蜂蜜色の髪の毛、左頬に刻まれた傷痕。そんな疵すらかすむ快活さ。
自分の隣には27歳となった
ジュリア=ローウェルがスヤスヤと穏やかそうな顔で眠っていた。
ゆっくりと布団を元の位置に戻し、昨日何があったか思い出してみる。
「(確か、昨日は二人で初任務成功のパーティーを開いて、何故か夕食と酒のつまみを僕が作って、ジュリアが酒を呑んで呑ませて、その後、僕は…………。)」
ようやく思い出した。昨日の夜、ナニがあったか。
そして、同時に赤面する。
「(酒って怖えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
……って待て!!これがまだ学生とかならアウトだけど、もう稼いでるし!!食い扶持あるし!!お祖父さんお祖母さん公認だし!!
ってか、ハジメテが酒に酔って、ってどうなんだ!!?)」
ゴドリック、心の叫び。
すっかり混乱してしまっている。
あくまで心の中で叫んでいるのでジュリアには聞こえないから目覚ましにもならない。
「ウ、ン。頭痛い……呑み過ぎた。」
だのにジュリアは起き上がった。
驚いて、ぎょっとしているゴドリックだが、ジュリアは寝ぼけているのか、ゴドリックには気づいておらず、ポーっとしたまま布団から上半身を晒す。
まず、ジュリアは床に散らばった服に気付いた。その中にある自分の下着も発見する。
次に、自分の格好を振り返ってみた。
それから、となりのゴドリックに気付く。
「っ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!!????」
「ぶっは!!」
そして、混乱の末にビンタ。
慌てて自分の体を布団で覆った。
「な、な、なあ、あばっばばばばばばばばばっばばばっばばばっばばばっばばばばばばばばばばばばばばば……!!!」
「落ち着け、ジュリア!!よく昨日を思い出せ!!」
布団かたつむりとなったジュリアにゴドリックは必死に言い聞かせた。
昨日ナニがあったかを。
数分後。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そこにはベットの上でイギリス人なのに正座している二人がいた。
ゴドリックは照れ臭そうに、申し訳なさそうに頬を掻き、ジュリアは頭を抱えながら反省していた。
ちなみに残念ながら服は着用済みだ。
「お酒のせいって事にしとこう。」
ジュリアの第一声に、ズルッとゴドリックがずっこける。それこそ、まるで日本のお笑い芸人の様に。
「それでいいのかよ!!」
ずっこけた勢いでベットから落ちたゴドリックは思わずツッコんだ。
「いいのよ。細かいこと気にしたって仕方ないし。私達の関係普通で、やましい事なんてないし。……お酒に酔っちゃって、ってのはちょっとアレだけど。」
ジュリアは身体を伸ばしながら、ベットから出て支度を始める。
そのとき、左薬指にはめた指輪が目に入った。
「さて、今日も一日頑張ろうじゃないの。ゴドリックも早く支度しなさいよ?」
そう言って、ジュリアは寝室から出る。おそらくシャワーを浴びに行ったのだろう
「…………好きになってよかったな。」
ポツリ、と思わず口にして、ゴドリックもまた準備を始めた。
しかし、ゴドリックはまだ知らなかった。
己のやらかした所業の結果を。
驚愕の事実が発覚することを。
それからしばらくして。
任務を終えたゴドリックは、ティル=ナ=ノーグへと近づいていた。
ゴドリックが店に入ると、そこには黒いローブを纏っている妙齢の女性魔術師が座っていた。
女性魔術師が振り返る。紫色のフレームの眼鏡をかけているその女性に見覚えがあった。
「あれ、もしかしてニーナ?」
2年の年月が経過しても変わらず……いやイギリス清教に所属する魔術師たちと同盟を組んでちょっと支援の抗議(わがまま)を言った結果僅かながらにも豪華になっているカフェ、ティル・ナ・ノーグ。
そこには懐かしい顔がいた。
「あれ、まさかゴドリックさんですか?」
今度はニーナがゴドリックに聞き返す。
ゴドリックの予測通り、この女性こそニーナだった。
「そうだ。随分と久しぶりだね。」
今のニーナは必要悪の教会の所属ではない。
例の事件の後、彼女自身でも信じられない程にメキメキと頭角を伸ばしていき、『立派な魔女に成る為に修行する』という名目を果たせた。
いまやニーナの母親、ヒルデグントに比類する実力だと噂も立っている。
そんな彼女は世界を渡り歩くためにイギリス清教を脱退したが、交流自体をやめた訳では無く、技術や知識を提供している。
「お帰りなさいゴドリック。今ニーナちゃんが……ってなんだもう会っているのね。」
ジュリアが右手にポット。左手にティーカップを持ってやってきた。
なぜかは解らないが妙にうれしそうな顔をしている。
「それは?」
「ニーナちゃんが造ったハーブティーよ。ティル・ナ・ノーグの新メニューに、って頼んでいたの。私はもうもらったから今度はゴドリックが飲んでいいわよ。」
カップに注がれたソレは普通の紅茶の様な色ではなく、どちらかと言うと日本の緑茶のような色だった。口にしてみるとおいしい。それどころか、身体の奥底から元気が湧き上がるような感覚までする。
「これ、美味いの一言で片づけられるレベルじゃないぞ。疲労がみるみるうちに取れていく。」
「選りすぐりの滋養強壮の効果があるハーブで造ってますから。」
そう言って自慢するニーナには昔の自信無さげな面影は見られない。彼女は魔女としての気品で溢れていた。
「近頃、ゴドリックたらやつれ気味だものね。私よりも7つも若いくせに。」
「仕事で疲れてね。こういったモノを出してくれて助かるよ。」
「まぁ、約束はちゃんと守ってくれているようだけど…………、」
ジュリアは微笑んで、ハーブティーに舌鼓を打っているゴドリックに最大級の地雷(サプライズ)を仕掛けにかかった。
「貴方にはもっと頑張ってもらわないとね、“お腹の中にいる子”のためにも。」
「ブッ……ホ!?ガホゲホォッ!!!」
こうかはばつぐんだ。
ゴドリックは驚愕のあまりハーブティーが気管に入り、むせてしまった。
「え、まさか二人とも遂に……?ゴドリックさん!!?」
ニーナも顔を赤らめて、ゴドリックに問い詰める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
当の本人は不意に豆鉄砲……いや、貫通の槍(ブリューナク)でも喰らったかのような顔で沈黙してしまった。
「あれ、ゴドリックさん?」
「ゴドリック?聞いてるの?貴方と私の子よ!!こないだのがHITしたのよ!!」
ジュリアがゴドリックを掴み、ガクガクと揺らしている。
「僕と、ジュリアの子供……?本当に?」
「ええ、嘘なんてついてない。本当に子供が出来た。本当に貴方の子よ。」
そういってジュリアはゴドリックの手を掴む。
対するゴドリックはと言うと。
「そうか。……そっかぁ。僕と、君の子か。」
喜んでいた。
感情は一瞬にして驚愕から歓喜へと変わった。
ゴドリックは目に涙を溜めながら、ジュリアの手を握り返す。
「頼みがあるんだ、ジュリア。産んで欲しい!!僕ももっと頑張って君を支えるから。」
「勿論に決まっているじゃない。」
頼んだゴドリックと、頼まれたジュリア。
どちらもいい笑顔をしていた。
そう、断言できた。
それから女の子が生まれた。
エラ=ブレイクと名づけられたその子はゴドリックとジュリアの子としてこの世に生を成した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
7年後。
27歳となったゴドリック=ブレイクは、必死に教会の中を走っていた。
「そんな…………どうか、どうか無事で………………………………………!!!」
彼の表情には余裕がなく、焦りが浮き彫りになっていた。
そんな彼は足を更に速め、遂に目的地の前まで駆けつける。
慌てて制止する人間をはねのけ、部屋に入った。
部屋の中には一人の魔術師が佇んでいた。
奥の方のベッドにはエラが寄り添っており、中ではジュリアが寝ていた。
もう34歳になる彼女は、11年前と何一つ変わらない容姿だ。
そんな彼女はただただ眠るだけだった。
傍らに置かれている霊装から伸びる管は、彼女の左腕に繋がれていた。それが、ゴドリックにとって最悪の予感を連想させた。
「ジュ、リア?
………おい、どういう事だ?何があったんだ!?」
直ぐそこにいた魔術師に食い掛かり、胸倉を掴む。
話によると、ゴドリックとジュリアに恨みを持つ魔術師がエラを人質にとったらしい。『イギリス清教に助けを乞えば娘の命は無いと思え』という脅迫状もおまけだった。
ゴドリックはその頃任務でフィンランドにいて、イギリスにはいなかった。ジュリア一人でエラを取り戻すしかなかったのだ。
ジュリアは魔術師と交戦して、倒したものの重傷を負った。
エラが助けを求めて、たまたま声をかけたのがイギリス清教に所属していた魔術師だったという。
「ジュリアは、ジュリアは……どうなる?」
「後、一回目覚めるかどうか……。そこの生命維持の霊装から音が鳴れば、彼女が死んだということだ。
―――――――――――――――――――――――――――――もう、今まで通りに生きる事は出来ないだろう。」
その瞬間、今までにない、絶望感が一気に押し寄せてきた。
…なんで、僕は駆けつけられなかった?
……誰のせいで、ジュリアが傷ついた?
………僕は、何も出来なかったじゃないか。
「パパ。」
絶望に明け暮れているゴドリックに、まだ幼い娘が見上げてくる。
「ごめんなさい。私が、攫われたりしなかったら……。ごめんなさい。」
そうやって謝ってくるエラは、ゴドリックを絶望感に浸るのを踏み止まらせた。
「エラ。一旦家に帰ろう。お爺ちゃんとお祖母ちゃんの所にいるんだ。パパはママの事を見ておくから。」
今は、自分に出来る事をしよう。
そう、ゴドリックは決意した。生き残った我が子を目の前にして。
そうして、数週間後。
ゴドリックはジュリアの部屋で、椅子に座り眠ったままのジュリアを看ていた。
時間帯は真夜中。しかしゴドリックに睡魔は訪れない。あるのは悔しさだった。
今この瞬間にも目覚めるかもしれないし、二度と目覚めることのないまま、霊装が死の宣告をするかもしれない。
僕は何が出来たんだろう。僕は何をするべきだろう。
そんな思いが、ゴドリックの中に渦巻いていた。
「……ゴドリック?」
声が響く。
彼女の声が部屋に響く。
「ジュ、リア?……ジュリア!!目が覚めたのか!!」
ゴドリックは思わず立ち上がる。
「済まないジュリア。それとありがとう、エラはお蔭で無事だ。そうだ、早く皆に伝えないと……。」
謝罪。礼。驚愕。歓喜。
様々な行動と感情がゴドリックのなかに渦巻き、混乱を招く。
「エラは、無事なの?」
そう、ジュリアは不安そうな目で確認する。
まるで、何かを懇願しているかのようにも見えた。
「あぁ、無事だ。待っててくれ今エラとお義祖父さんにお義祖母さんをよんで………!!」
「ゴドリック。その必要は、ないわ。」
「…………え?」
ジュリアの一言が、湧き上がったゴドリックの全てを一気に鎮静させる。
「もうね、私、限界みたいなの。
……目覚められたのはきっと奇跡。エラやおじいちゃん、おばあちゃんがいないのは残念だけど……貴方がいてよかった。」
「ジュリア、そんな……何言ってるんだよ?」
ジュリアは達観の笑みを浮かべる。
ゴドリックは、そんな彼女の台詞が信じられなかった。
「おじいちゃんと、おばあちゃんに、“先立つ不孝をお許し下さい”って伝えて。」
「そんな冗談言うなよ……。面白くないぞ。君が、死ぬわけない。」
信じたくなかった。
自身に最期の思いを託そうとする愛する人の姿を、ゴドリックは信じたくなかった。
「それから、エラには“元気で真っ直ぐ、生きていって”って。私の分まで、あの子の事をよろしく頼みたいの。」
「そんなの、自分で言えよ。僕が伝える事じゃない。君が直接あの子に会って言う事だ。」
実感がわかなかった。
余りにも現実味がなさ過ぎて、涙を流していることさえ認めたくなかった。
「それからね、ゴドリック。」
「ジュリア。キスなら…………後でイヤと、言うほどするから。まだ死ぬとか言わないでくれよ。」
「ありがとう。私は幸せよ。」
「ッ…………――――――――――――――――――――――!!」
遂に耐えきれなくなったのか、ゴドリックはジュリアの両手を掴む。
目は、彼女を見据える。
涙は止める。今だけは、流せない。
もし、此処で泣けば視界が霞んでジュリアの姿が見えなくなる。
「ああ、僕も君といて幸せだ!愛している!!」
「ありがとう。それと、頼みがあるの。」
「頼、み……?」
「忘れないで。私が死んでも、まだ希望があるの。だから、生きて。私が死んでも貴方ならきっと大丈夫。
……それと、ありがとう。私を愛してくれて。私は向こうで見守っているから。」
「ジュリア、礼を言うのはこっちだ。君がいなきゃ、君と約束を交わしてなかったら、僕は死んでいた。僕は、君を愛している。」
ゴドリックの言葉を聞き届けたジュリアは微笑んだ。
もう言葉は無い。必要ないと言わんばかりの満足な笑み。
そして、ジュリアは瞼を閉じる。
ピ―――――――――――。という、病院にある機械に似たような空虚な音が鳴り響いた。
「ジュリア……。お休み。むこうでも、元気でいてくれ。
――――――――――――――――――ア、アア、アアアアアアア…………ッ!!」
そうして、声にならない慟哭が部屋に響き渡る。
今までの全てを思い、吼えて、涙を流して、慟哭した。
慟哭が終わったのは、明け方だった。
「……パパ?」
朝。遺された娘が、病室に入ってくる。
そして、言葉を思い出す。
“私が死んでも、まだ希望があるの。”と。
希望は今、彼の目の前にいた。
「パパ?ママは、どうなったの……?起きるの?」
「ママは……もう起きない。天国に行ったんだ。」
何も知らない子供に真実を告げなければならない。
それも、残酷は真実を。
でも、受け入れなければならない。
かつて自分が兄を喪った時と同じように。
「ママはね、“ 元気で真っ直ぐ、生きていって”って言ってた。ママはこれからも僕たちの心の中で生きていく。
……今はパパの胸の中で一杯泣いていいから、その後、元気で見送ってあげよう?」
そうして、ゴドリックはエラを、愛娘を抱きしめる。
腕の中では、泣き声が聞こえた。
ゴドリックはその声を聞き届ける。
「(ジュリア……後は任せてくれ。この子を絶対に幸せにする。)」
そう決意して、顔を見上げる。
窓からの光が、目に染みた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
11年後。
イギリス清教の教会内にある墓地。
今日のロンドンの天気は墓場の雰囲気に合わせているかの様に陰鬱な曇り空。そこに飛ぶ鴉がまた陰鬱な雰囲気を引き立てている。
そんな墓場でゴドリック=ブレイクがゆっくりと歩いていた。
現在のゴドリックは20年前とは違った。
38歳になった彼のあごには無精ひげを生えており、もう青年の面影は残っていない。
彼は黒いブリティッシュスタイルのスーツを着こなしており、その上に羽織っている臙脂色のトレンチコートはどこか寒気すら感じる墓場の中で蝋燭の様な温かみを感じる。
何処か達観しているような雰囲気がありながらも何かきっかけがあれば太陽の様に燃え盛る、そんな予感がする男になった。
そんな男は一つの墓の前で立ち止まる。
“ジュリア=ブレイク”
その墓の前に座り込み、持っていた花束を置いた。
「ジュリア。済まない。最近任務が忙しくてなかなか来れなかったんだ。」
そう墓前で呟くと持っていたワインを開け、一気に飲む。
「……もう38になっているんだから、君に付き合えるくらいには酒に強くなったよ。エラは君の酒豪ぶりは受け継がなかったみたいだ。」
「あら、悪かったわね。私は飲んだくれの父親は嫌いよ?」
そう、後ろから若い女性の声が聞こえた。
エラ=ブレイク。
ボブカットに整えられた、母から受け継いだ蜂蜜色の髪の毛に、父から受け継いだ碧眼。
18歳という年齢ながらどこか幼さが残る顔の彼女は、その顔に似合わず鋭い穂先を持ったロングボウ型の霊装を持っていた。
エラは魔術師になった。それも必要悪の教会の魔術師だ。
「絶対に認めない」と、ゴドリックは言ったにも関わらず、彼女はその意志を曲げなかった。夜が明けるまで口喧嘩を繰り広げた。
その頑固さはどうやら父親に似たらしい。
そんなゴドリックは、かつて自分がジュリアに誓ったのと同じ様に『絶対に、何があっても生きて帰ってくる』という約束をさせた。
親になって初めてジュリアの気持ちがわかった自分はまだまだ未熟者だな、ともその時感じた。
「エラ。来たのか。」
「母親の墓参りに来ちゃ悪いの?ま、今日はそれ以外にも用事があってきたんだけど。」
「彼氏の紹介か?それなら容赦なく撃ち抜いてやるから。」
「違うよ物騒な事言わないの!!任務よ。」
そう聞いたゴドリックは纏う雰囲気を一辺させる。緊張感でその身体を引き締めた。
「そうか、解った。行こう、エラ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ガッ、フッ…………!!」
イギリス奥地の森の入り口にて、ゴドリックは負傷していた。
任務内容は、魔術結社に攫われた一般人の救出。攫われたのは、幼い少年ただ一人だけ。それだけなら魔術師にとっては何気ないだろうが、ゴドリックにとってはただの救出ではなかった。
少年には年齢の離れた姉がいて、その姉が少年唯一の肉親なのだ。
昔の自分と状況が似ていたのだ。
どうしても、その任務を笑顔で済ましたかったのだ。
その任務をゴドリックとエラが引き受ける事となった。
運よく見つからずに一般人を救出し、逃げ果せている最中に見つかってしまった。
ゴドリック一人が殿を引き受けた。全ては無辜の人々を、娘を護る為に必死になって戦った。
しかし一瞬の隙を突かれたのか、負傷してしまい現在に至る。
「(チッ……声が聞こえる。別の奴らが着たか。この魔術結社の総員は60人。雑魚共20人はッ、二人で潰したから後40人全員が来るのか………!!)」
森の入り口で霊装を杖代わりに立ちながら状況判断をしていく。まさか40人一気には来ないだろうと現実逃避を始めるが、この森と魔術結社の本拠地は1本道。十分にあり得るだろう。
「(ここで、もし倒れれば、奴らは一気に押し寄せてくる。
エラの今の実力じゃ、大勢の人間を護りながら戦い抜くのは、難しい。エラの命も、危ないだろう。
だとすれば……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――、あぁ、打開策は一つしかないじゃないか。」
限られた状況。限られた現状。
その中で、ゴドリックは最善の策を見出す。
「いたぞ!!」
遂に見つかった。
黒いローブを着ている典型的な魔術師と言える切り込み隊長がゴドリックに襲い掛かる。
手にした西洋剣が、ゴドリックの脳天をかち割る。
轟!!
筈だった。
ゴドリックは殺されるどころか、逆に切り込み隊長とその後ろにいた部下4人を焼き貫いた。
20年の歳月で『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』は改良を加えた結果、「五矢」の状態、つまり最大威力で人体を貫き、消炭にする威力を得た。
「殺したければ殺すがいい。」
凶悪な魔改造を施された『灼輪の弩槍』は、35人の魔術師に向けられる。
「通りたければ通ればいい。」
追い打ちとばかりに、1.5mばかりの短槍が燃え上がり、宙に浮かぶ。かつてジュリアが使っていた『業焔の槍(ルイン)』を再現した『弐式・業焔の槍(ルイン=セカンド)』という霊装だった。
「出来るものなら、な…………!!『protege533(唯一つを護り通す為に)』!!!」
防衛戦。
これがすべてを護る為の最善の策だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうか、無事で………ッ!!」
エラは森の中を駆けていた。
救出した男の子は当に安全圏へと逃がした。イギリス清教管轄の教会だ。
殿を務めていた父親(ゴドリック)が戻ってこない。
自分たち二人で20人は倒した。
まさか彼一人で残り全てを相手にしているのかと思うと胸が締め付けられるかのような痛みに襲われる。
「あの馬鹿親父、死んだりなんかしたら許さないんだから……!!」
そう決意して更に足を速める。
彼女に『生きて帰れ』と約束させたのは他でもないゴドリックなのだから。
森を抜ける。
そこには焼死体が40体ほど。どれもこれも穿たれている上に黒焦げだった。
そんな中、一人の男が立ち尽くしていた。
臙脂色の後ろ姿。大地に刺さっている燃え盛る槍。右手に持った5つの刃がついたクロスボウ。
間違いなくゴドリック=ブレイクだった。
ゴドリックの姿を見たエラは思わず目を丸くし、驚きを隠せなくなる。大声で叫ぶ。
ゴドリックの身体は槍で貫かれており、臙脂色のトレンチコートは更に血で赤く染まりきっていた。
そんな中、ゴドリックの体は膝から崩れ落ちた。
「パパ!!」
ようやく、エラが足を動かし、ゴドリックの体を支える。
娘に支えられ膝を地面に着けたまま、腹を槍で貫かれたまま、ゴドリックは朦朧としながらも意識を保っていた。
「あぁ、その声。エラか。」
ゴドリックが発したその言葉。
娘が目の前にいるにも拘らず発したその台詞。
「もう、目が見えてないの……?」
そう、エラは察した。
もしそうでなければ、こんな時に悪すぎる冗談だ。
「ごめん、もう僕は此処で終わるみたいだ。僕はここで死ぬ。」
正しい循環が出来なくなった血液は口から流れだし、貫かれた槍から滴り落ちる。
心臓の鼓動がますます弱まっていく。
蝋燭の炎は消える直前にこそ、一番に燃え盛る。
そんな炎の様に、ゴドリックは最期の力を振り絞り、残りの魔術師を殲滅した。そして命の灯は掻き消えようとしていた。
「―――――――――――――――――――――――――――あの子は、無事か?」
だというのに、ゴドリックが聞いたのはそんな事だった。
「無事よ!!だからその目で確かめて!!生きて確かめてよ!!私に『生きて帰ってくる』って、約束させたじゃない!!なのに、こんな所で死ぬなんて……。」
「そうか、ならいい。……エラ。忘れるな。」
今にも泣き出してしまいそうなエラにゴドリックは伝える。
もう、最期になるであろう言葉を。
「ママが昔パパに、今わの際に言った言葉だ。
“忘れないで。私が死んでも、まだ希望がある。だから、生きて。私が死んでも貴方ならきっと大丈夫。”
…………だから、生きろ。生きてさえいれば、希望があるんだ。“これまでの日々”は、きっと、“これからの未来”の糧になるから。」
「パパ…。」
跪くゴドリックと、そんな彼の体を支えるエラ。
そんな二人に、光が降り注ぐ。
曇り空の隙間から、煌々と輝く太陽の光が舞い降りる。
『天使の階段』。或いは『ヤコブの梯子』。或いは『レンブラント光線』。或いは『薄明光線』。
そう呼ばれるモノが、健闘を称賛するかのように二人を包み込んだ。
暗闇の中で輝く一筋の光は、それこそ希望を表しているかのようだった。
その光景に、エラは思わず呆気にとられてしまった。
しかしそんな場合ではない。急いでゴドリックを治療をしなければならない。当のゴドリックは今にも息を引き取りそうなのだ。
だというのに。
今際の際でも、彼はにこやかな顔で、穏やかな顔をしていた。
「あぁ、ジュリア。――――――――――――――エラは、大丈夫、だ。」
そう、口にした瞬間。
ズシリと、ゴドリックの体が重くなった。彼の体から生命の灯は消え去り、一気に冷たくなっていく。
ゴドリック=ブレイクはこの世界からいなくなった。
残ったのは、父の遺言を噛み締め、未来に生きようと決意し、涙した娘一人だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴドリックは、死ぬ前に淡い夢を見た。
気が付けば、ティル・ナ・ノーグの屋上にゴドリック=ブレイクは立っていた。
身体が濡れる感覚がしていた。服に水が浸み込み、髪からは水滴が滴っていた。空を見上げる灰色の雲が厳かに空を覆っていた。そこから降っているのは水。空を覆っているのは雨雲だ。
ふと、ゴドリックはある事実に気付く。
身体が軽い。まるで若返ったかのように軽かった。
いや、実際に若返っていた。服装は任務の時のままなのに、地面に溜まった水溜りに映っていた自分の姿は18歳の頃の自分だ。ふと見てみると、『着せられている』という感じがしてならなかった。
「ここは……ティル・ナ・ノーグ。僕は、どうしたんだろう?」
そう、疑問に思っていながら雨に濡れていた。
何をするべきかも解らず。何をしたいのかすら忘れそうな感覚が、降り注ぐ雨を通して伝わってきた。
「ゴドリック。」
長年聞いてない、懐かしい声が響き渡る。
思わず、ゴドリックは振り返る。
蜂蜜色の髪の毛。左ほほに刻まれた傷痕。その傷が思わず霞み切ってしまうかのような快活さ。
ゴドリックが愛し、ゴドリックを愛した女性が。
いつの間にか晴れ渡った空の下で、あの告白の時の姿で、自分の後ろに立っていた。
空はいつの間にか雨雲から明け切った青空に変わり、空には虹がかかっていた。
その愛おしい女性を見て、ゴドリックは全てを思い出す。
そして、伝える。
「あぁ、ジュリア。――――――――――――――エラは大丈夫だ。」
お疲れ様、ゴドリック。あの子を護ってくれてありがとう。
そう、ジュリアは応えた。
そして、駆け寄った二人の姿はまるで夜明けの告白の時の様に、若々しく歓喜で満ち溢れていた。
口づけをしたところで、淡い夢は終わった。
【スペシャルサンクス】
オリキャラの作者の皆様。
SSの読者様。
スレでコメント・応援をくださった皆様。
『とある魔術の禁書目録』の原作者、鎌池先生 。
最終更新:2014年02月16日 01:46