自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

145 第108話 魔法防御を突き破れ

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第108話 魔法防御を突き破れ

1484年(1944年)午後8時 マルヒナス西港北30マイル地点

陸上装甲艦レドルムンガは、僚艦であるバログドガ、アソルケバと共に夜の砂漠地帯を最大速度で南下していた。

「後続の突入部隊はしっかり付いて来ているか?」

第311特殊機動旅団司令官である、ルドバ・イルズド准将は、魔道参謀に聞いた。

「はい。後続部隊は2ゼルドの間隔を開けて進んでいます。アメリカ軍の橋頭堡も、あと少しで壊滅できますな。」
「ああ。なんと言っても、この最強の陸上装甲艦が、3隻もあるのだからな。」

(3隻しかない、貴重な兵器だけどな)
イルズド准将は、最後の部分は口にしなかった。
レドルムンガ級陸上装甲艦は、ルベンゲーブで作られた特殊な魔法石を動力にして動いている。
ルベンゲーブが健在であれば、今頃は3隻のみならず、6隻の陸上装甲艦が、大地を疾駆していたはずであった。
だが、ルベンゲーブの魔法石精錬工場は去年6月末と、つい先日の爆撃によって壊滅してしまった。
これによって、陸上装甲艦は3隻までしか作られず、以降の建造は中止となっている。
しかし、それとは別にイルズド准将はある事を心配していた。
それは、防御用魔法石に残された魔力の事である。
イルズド准将は、昼頃に進撃してきたアメリカ軍機甲師団を砲撃で蹴散らした後、そのまま南下して橋頭堡を襲おうとした。
だが、アメリカ軍は執拗に飛空挺の大編隊を繰り出しては、彼の率いる3隻の陸上装甲艦を潰そうとした。
敵の執拗な空襲は3時間近くにもわたって行われ、少なく見積もっても600機は下らぬ飛空挺が、この陸上装甲艦攻撃に動員されたようだ。
アメリカ軍機には、ワイバーン隊が迎撃に当たってくれたが、それでも多数のアメリカ軍機がワイバーンの妨害を突破し、
3隻の陸上装甲艦に迫った。
5波にも及んだ敵の空襲に、レドルムンガは62発、バログドガは56発、アソルケバは55発の爆弾を受けた。
本来なら、とっくに屑鉄にされてもおかしくない被弾数だが、この3隻に施された防御魔法は、爆弾のエネルギーを見事に打ち消してくれた。
このため、3隻の艦には戦死者はおろか、負傷者すら居なかった。

ワイバーン隊は80騎を撃墜されるという損害を負ったが、このワイバーン隊もよく働いてくれた。
問題は、この空襲でどれぐらいの魔力が消耗したか、であった。
魔力残量はレドルムンガが82.3、バログドガが84.7、アソルケバが86.1となっている。
あれだけの空襲で、早くも魔力残量が9割を切っている。
アメリカ軍側は、途中で威力の大きい航空爆弾を使用してきたようだ。
橋頭堡のアメリカ軍は、こちらの存在を知ったからには襲撃に備えているであろう。
橋頭堡に突入すれば、敵は激しい抵抗を行うに違いない。

「だが、この艦の魔法防御なら、最後まで耐える事が出来る。それに、アメリカ軍の砲兵隊は移動目標の射撃に慣れていない
ようだから、命中する砲弾も意外と少なくなるだろう。流石に、連続で弾を当てられたらうざったいが。」
「司令官、どのような敵が来ようと、このレドルムンガの前には鎧袖一触です。あと1時間もすれば、アメリカ軍は地獄を
味わう事になるでしょうな。」

主任参謀が調子の良い口調でイルズド准将に言って来た。

「うむ。今日は、良い狩ができそうだ。」

彼は自信に満ちた表情でそう言った。


その頃、レドルムンガの深部にある魔力制御室では、5人の魔道士が真剣な表情で話し合っていた。

「司令官の命令で、防御用魔法石の強度を上げたのだが、早くも不具合が生じかけている。」

魔道士の中で、指揮官と思しき男がそう言った。

「不具合・・・ですと?」

「そうだ。この魔法石は、確かに素晴らしい物だが、無理に強度を上げるとある不具合が起きるらしいんだ。その不具合というの
がな、砲弾が連続して命中する事による魔力消費の増大だ。要するに、相次ぐ命中によって防御箇所の魔力の巡りが悪くなるんだ。
そうなると、必然的に魔力を多く出そうとするから、魔力消費量は大きくなる。本来ならば、このような事にはならないんだが、
無理に強度を上げた事でそういう不具合が起き易くなっている。」
「しかし、アメリカ軍の砲兵隊は、移動目標に慣れていないようでしたよ。昼間の戦闘だって、落ちて来る砲弾は大量にあったけど、
命中したのはほんの一握りだったみたいですし。」
「まあ、確かにそうだろう。砲兵隊というものは、大体が動かない目標を狙って撃っているからな。だが、移動目標を撃つのが
得意な奴もいるぞ。」
「敵の砲兵隊にですか?」
「砲兵隊、敵の陸軍には居ないだろう。いるとすれば海軍だな。移動目標の射撃に慣れた重砲級の主砲を持つ軍艦がいる。」
「あ、もしかしてブルックリン級の事ですか?」
「当たりだ。俺は以前、巡洋艦に乗っていたんだが、アメリカと戦うきっかけとなったあの海戦にも参加していた。その時、
乗っていた艦がブルックリン級の猛射にずたずたにされてしまってな。最初は信じられない気持ちだったよ。そのブルックリン級か、
改良型のクリーブランド級が、1、2隻は橋頭堡の近くに居るかも知れん。」
「ブルックリン級やクリーブランド級巡洋艦って、マルヒナス沖海戦で海軍の艦艇にぼろ負けした奴じゃないですか。
たいした事無いですよ。」

部下は嘲るような口調で言う。

「馬鹿にするな。」
しかし、指揮官は静かな、それでいて凄みのある口調で部下に言った。
「奴らは6秒おきに重砲級の砲弾を10発以上もぶち込んでくるんだぞ。おまけに、奴らは海軍所属だ。海軍の艦艇という物は、
移動目標の射撃に慣れている。そんな奴らが相手になったら・・・・ましてや、2、3隻のブルックリン級を、レドルムンガ級1隻で
当たる事になったら、この不具合のある魔法防御では心許ない、と思うぞ。」
「はぁ・・・・・・」

魔力制御室に、しばし沈黙が流れた。

「もし、ブルックリン級か、クリーブランド級が現れたらどうなります?」

「それは、俺にもわからんよ。司令官はイケイケドンドンな性格だからな。奴さんが現れたら、真っ先に目標を変更するかも知れん。
その時は、魔法防御が破られないうちに、砲術科が敵を仕留める事を祈るだけさ。」

指揮官は、苦笑交じりにそう呟いた。
3隻の陸上装甲艦は、大きな期待と、少しばかりの不安を乗せたまま南下続けていた。


1484年(1944年)1月12日 午後8時20分 マルヒナス西港沖3マイル地点

第61任務部隊第3任務群の軽巡洋艦4隻は、第4艦隊から派遣されて来た重巡洋艦のサンフランシスコ、ヴィンセンスと合流した。
TG61.3司令官であるアーロン・メリル少将は、隊列に加わるサンフランシスコに目を向けた。

「2隻か・・・・残りは弾薬の補給がまだ終わっていないようだな。」
「重巡部隊は今朝の戦闘で激しく撃ちまくりましたからなあ。サンフランシスコとヴィンセンスは、他艦よりも早く
補給作業を終えられたので、隊列に加わる事が出来たようです。」

予定では、出せる限りの重巡を加えると第4艦隊は言っていたのだが、その他諸々の事情で、この2隻のみがTG61.3に加えられた。
サンフランシスコとヴィンセンスは、共にニューオーリンズ級巡洋艦として生を受けている。
2艦は、普通の条約型巡洋艦とは違い、ブルックリン級と似たような背の低い箱型艦橋を採用しており、防御力もペンサコラ級、
ノーザンプトン級と比べて上がっている。
だが、ニューオーリンズ級も少し進んだ条約型巡洋艦でしかなく、防御力に関して難がある事には変わりない。
しかし、その頑丈そうな外見は、見るからに逞しく感じる。
この2隻の重巡を含めた6隻の巡洋艦で、橋頭堡を襲うであろう敵陸上装甲艦を迎撃する。
迎撃の際には水上偵察機を飛ばし、内陸部を照明弾で照らしてから敵を確認し、砲撃を行う予定だ。

「これで役者は揃った。後は、敵がいつ出て来るかだな。」

メリル少将はそう呟いた。
そのまま、1時間ほど時間が流れた。

午後9時20分 メリルの率いるTG61.3が待っていた物は、ついに姿を現した。
突如として、橋頭堡の上空に赤紫色の光が煌いた。

「司令官!陸軍から連絡です!敵陸上艦3隻が橋頭堡へ向け接近中との事です!」

通信士官が慌てて艦橋に飛び込んで来た。
メリル少将は落ち着いた表情で頷いた。

「水偵を飛ばせ!弾着観測を行う!」

彼はそう命じた。予め準備していたのだろう、僅か5分の間に各艦からOS2Uキングフィッシャー水偵が発艦した。
橋頭堡には、早くも敵陸上艦から放たれた砲弾が落下している。積み上げられた物資の間に砲弾が落下し、爆発が起きている。

「運河に入ろう。」
メリル少将は命じた。TG61.3の6隻の巡洋艦は、互いに300メートルの間隔を開けながら、18ノットの速力で運河に入っていく。
6隻全てが、幅の広い海峡と言っても遜色の無い運河に入った時、ふと、内陸のほうで照明弾が光るのが見えた。
1分後、水偵から報告が入った。

「敵陸上艦3隻発見。位置、橋頭堡より北7000メートル。方位0度方向。敵は橋頭堡に集中砲撃を行いつつあり。」
「橋頭堡より北7000・・・こちらから言えば、距離は8000メートルか。いい距離だ。」

メリル少将は不敵な笑みを浮かべた。射程距離の長い艦砲なら、8000メートルの距離は充分射程内だ。

「敵を驚かしてやろう。左砲戦、目標、内陸部の敵陸上艦。敵を釣るため、最初の3、4回だけは斉射で行うぞ。」
「アイアイサー。」

ブルックリンの主砲が、駆動音と共に左に向いていく。砲身1つ1つが生き物のように動き、目標に向けられる。
観測機の報告をもとに、照準が定められ、各主砲には6インチ、重巡には8インチの砲弾が装填される。

「主砲発射準備良し!」

メリル少将は、艦長から報告を受け取った。視線の傍らに、攻撃を受ける橋頭堡が見える。
橋頭堡は、敵陸上艦の攻撃に備えて、防御体制が整えられている。
陸軍の砲兵隊は、死に物狂いで反撃を行っているが、敵陸上艦の砲火はなかなかに激しく、橋頭堡内では損害が続出している。
(待ってろよ。俺達があの厄介な敵を引き付けてやるからな)
彼はそう思った。そして、命令を発した。

「撃ち方始めぇ!」


陸上装甲艦レドルムンガ艦橋では、司令官のイルズド准将がやや迷惑そうな表情を浮かべていた。

「あのハエ共は一体なんだ?こっちの目潰しにでも来たのか?」
「恐らく、弾着観測用の飛空挺ですな。先ほど投下したのは、観測を容易にするための照明弾でしょう。」

レドルムンガの艦長は、丁寧な口調でイルズド准将に言った。

「弾着観測か・・・・ま、夜間は視界が限定されて、遠くへの砲撃はやりにくくなるからな。」

イルズド准将はフンと鼻で笑うように言った。彼は、今砲撃している橋頭堡から、上の観測機が飛んで来ているのかと思っていた。
(どんどんあがけ。お前達の試みなんぞ、全て無駄だって事を教えてやるよ)
彼は、必死の応戦を続けるアメリカ軍に対して、内心サディスティックな気持ちでそう呟いた。
彼がおもむろに、望遠鏡で橋頭堡を眺める。
橋頭堡からは、必死に反撃の砲火が放たれる。彼は、アメリカ側も必死だなと思ったが、その時、橋頭堡の後方から発砲炎と思しき物が光った。
その発砲炎は、不思議にも一列に並んでいた。

「なっ!?」
「どうかされましたか?」

驚きの声を上げたイルズド准将に、艦長が声をかけた。
いきなり、飛翔音が響いて来たと思いきや、3隻の陸上装甲艦と橋頭堡の間を遮るようにして、砲弾が落下した。

「今のは橋頭堡からの砲撃か。敵さん、いよいよ本腰を上げて来たぞ。」

艦長は、今の弾着が橋頭堡から放たれた物だと思い込んでいた。

「艦長、橋頭堡の後方に何かいるぞ!」
「後方・・・ですか?あそこには運河しかありませんぞ?水の上に大砲は据えられ・・・・・」

艦長は最後まで言葉を言いかけてから、はっとなった。
彼は慌てて、橋頭堡の後方に視線を集中させる。すると、やはり運河と思しき所から大砲の発砲炎が見えた。

「いました・・・・・新たな敵です!」

艦長が叫んだ。

「敵は、運河に軍艦を乗り込ませ、援護射撃を行わせています!」
「照明弾を打ち上げて、敵の艦種を調べろ!」

イルズド准将はすかさず命じた。舷側にある4ネルリ砲に照明弾が装填され、発射される。
戦闘に途中参加してきた敵軍艦の真上に、照明弾が光った。その光に、敵の姿が闇夜から曝け出される。
艦長は、敵艦の特徴をすぐに見分けた。

「司令官、敵は巡洋艦を繰り出して来ました!」
「巡洋艦だと?」
「はい。先頭の巡洋艦はニューオーリンズ級、2番艦がブルックリン級、3番艦はやはりニューオーリンズ級、
残りは全てブルックリン級です。」
「ニューオーリンズ級とブルックリン級か・・・・・こいつはいい獲物だ。」

イルズド准将は凄みのある笑みを浮かべた。

「ニューオーリンズ級ならまだしも、ブルックリン級ならたいした事無い。先のマルヒナス沖海戦で、さほど脅威にならん
と照明されているからな。目標を変更する!まずはあの小うるさい巡洋艦を叩く!」

彼はそう言うと、目標を橋頭堡から運河に乗り込んできた巡洋艦に変更した。
砂漠を20リンルの速度で疾走する3隻の陸上装甲艦は、同航戦の形で6隻の米巡洋艦と並走し始めた。


サンフランシスコの右舷に、10本以上の水柱が吹き上がった。
と見るや、ブルックリンの右舷にも同じように水柱が立ち上がる。

「司令!敵は食ついて来ました!」

艦長の言葉に、メリル少将は頷いた。

「ようし、ここからが本番だ。目標を割り当てる!」

彼は、凛とした口調で命令を発した。

「サンフランシスコ、ブルックリン、目標敵1番艦。ヴィンセンス、フィラデルフィア、目標2番艦。
フェニックス、ビロクシー、目標3番艦!撃ち方はじめ!」

ブルックリンの主砲が、陸地を疾走する敵1番艦に向けられる。
命令が発せられてから2分後に、ブルックリンは第1射を放った。
やや遅れて、サンフランシスコも第1射を放つ。5発の6インチ砲弾と3発の8インチ砲弾が敵1番艦の右舷側に落下する。
弾着を確認した後、第2射が放たれる。
今度は敵1番艦を飛び越した位置に砲弾が落下した。やや遅れて飛来したサンフランシスコの射弾が、やはり1番艦を飛び越す。

「敵2番艦に1弾命中!」

見張りの声が艦橋に聞こえてきた。
敵2番艦を相手取っているヴィンセンス、フィラデルフィアのペアは、早くも命中弾を得たようだ。

「後ろの奴が命中弾を出したぞ!俺達も負けるな!」

艦長が砲術科にそう言って、ハッパをかける。
ブルックリンの第3射が放たれた。5発の6インチ砲弾が大気を切り裂き、敵陸上艦に降り注ぐ。
今度は右舷側に3本、左舷側に2本の“砂柱”が立ち上がった。
これに遅れる事5秒、サンフランシスコも敵1番艦に対して夾叉弾を得た。

「夾叉を得たか。あと1射か、2射で命中弾が出るな。」

メリルはそう呟いた。その直後、ブルックリンの左舷側海面に敵の射弾が落下する。
敵艦は軽巡クラスの主砲と、駆逐艦クラスの主砲を同時に撃っているのだろう、水柱の数が20本近くはある。
その水柱に、しばしの間視界が遮られる。水柱が崩れ落ちた直後にブルックリンが第4射を放った。
やや間を置いてから、敵1番艦の前部付近に赤紫色の光がともる。

「敵1番艦に命中弾!」
「よし、一斉撃ち方に移行する!」

艦長は、見張りの報告を受けて、すかさず次の射撃ステップに進めた。しかし、覇気のある口調とは裏腹に、表情は険しい。
(無理も無い。たった今、自分達が放った砲弾が、敵にあっさり弾かれたからな)
メリルは、内心で艦長の心境を察した。
敵1番艦の射弾が、再び左舷側に落下する。
落下位置は、左舷100メートルほどの所だ。敵陸上艦の射撃は、先ほどまで精度が荒かったが、今では射撃が正確になりつつある。
(敵の砲弾を浴びる前に、1発でも多く敵艦に当てて、あの忌々しい魔法バリアを破らねば!)
メリルの内心に、焦りが生まれ始めた。

その思いを吹き飛ばすかのように、ブルックリンは斉射を開始した。
15門の6インチ砲の一斉射撃は、交互撃ち方の時と比べて衝撃が大きい。
その侮れぬ衝撃と同じものが、きっかり6秒後に訪れ、9700トンの艦体を絶え間なく揺さぶる。
連続衝撃の余韻が完全に抜けぬうちに、またもや6秒後に15門の6インチ砲が斉射を行う。
シホールアンル海軍に恐れられたブルックリン・ジャブが、本領を発揮し始めた瞬間だ。
サンフランシスコも、ようやく第1斉射を行った。
ブルックリンの放った第1斉射は、早くも4発が敵1番艦に命中した。
第2斉射は2発、第3斉射弾は3発が、敵1番艦に命中する。並みの巡洋艦なら、この時点で大きく傷付いている。
だが、頑丈な魔法防御で覆われたレドルムンガは、ブルックリンから放たれるジャブの猛攻をいとも簡単に防いでいる。
6秒おきにブルックリンが斉射をする。そして、敵1番艦も6秒おきに赤紫色の光を発して、6インチ砲弾の突入を阻止する。
その2秒後にサンフランシスコから放たれた8インチ砲弾が命中するが、これまた魔法防御によって阻止される。

「ヴィンセンス、フィラデルフィア、斉射開始!フェニックス、ビロクシーも斉射開始しました!」

砲戦開始から5分ほどで、6隻の重巡、軽巡がようやく本気を出し始めた。
ブルックリンは僚艦に負けじと、6秒おきの斉射を繰り返す。
第5斉射、第6斉射、第7斉射と、15発の砲弾が一定の間隔で敵1番艦に向かっていく。
サンフランシスコも、9門の8インチ砲を一斉に発砲し、6インチ砲よりも一際頼もしい砲声を辺りに響かせた。
敵1番艦のみならず、2番艦、3番艦にも赤紫色の光が明滅している。
6隻の重巡、軽巡の砲弾は、確実に命中していた。
だが、3隻の陸上装甲艦はいくら砲弾を命中させても全く応える様子が無い。

「くそ、なんて忌々しい魔法防御だ。」

メリルは、半ば苛立ったような口調で呟いた。
その時、左舷側に水柱が立ち上がった、と思いきや、背後の右舷側でも水が吹き上がる音が聞こえた。

「きょ、夾叉されました!」
「ついにか。」

艦長は苦い表情を浮かべた。
3隻の陸上装甲艦は、1番艦がサンフランシスコ、2番艦がこのブルックリン、3番艦がヴィンセンスを砲撃している。
サンフランシスコを砲撃している敵1番艦は、砲手が下手糞なのか、夾叉弾すら与えていないが、2番艦がブルックリンに夾叉弾を与えた。
砲弾が夾叉した事は、敵2番艦の照準がブルックリンを正確に捉えた事を表している。
ブルックリンが第12斉射を放った直後、敵2番艦も斉射を放つ。
そして、ブルックリンの周囲にドカドカと砲弾が落下した。
突然、ガァーン!という轟音がなり、ブルックリンの艦体が揺さぶられた。

「やられたか・・・・!」

メリルは呻くような口調で呟いた。一度命中弾が出れば、後は敵の砲弾が次々と命中する。
敵の魔法防御を打ち破るまで、果たして艦が持ってくれるだろうか・・・・・

「左舷中央部に命中弾!損傷軽微!」

命中弾は、どうやら1発のみで済んだようだ。おまけに損傷も軽微だという事から、恐らく駆逐艦クラスの砲弾が命中したのだろう。
その一方で、敵1番艦に対して放った第12斉射弾は、5発が命中した。
それと同時にサンフランシスコの斉射弾も4発が命中する。
敵1番艦は、これまでに、60発以上の6インチ、8インチ砲弾を受けている。
並みの艦船ならば、今頃は艦上構造物を残らず破壊され、浮かぶ鉄屑の塊と化しているほどの命中弾数だ。
戦艦ですら、これほどの弾数を受けてはただでは済まないであろう。
しかし、敵1番艦は相変わらず無傷の姿で居続けている。
その1番艦は、サンフランシスコ、ブルックリンの努力を嘲笑うかのように斉射を行う。
敵の斉射弾がサンフランシスコ目掛けて殺到し、落下する。

「サンフランシスコ被弾!」

いきなり、見張りが悲痛そうな声を上げた。
メリル少将は、目の前を航行する重巡に目を向ける。サンフランシスコは、後部甲板からうっすらと煙を噴き上げていた。

敵弾は、後部甲板に命中したようだ。しかし、これだけではサンフランシスコは参らない。
逆に敵に対して、舐めるなと言わんばかりに8インチ砲の斉射を見舞う。

「あれだけならまだ大丈夫だ。」

メリルはそう言って、胸を撫で下ろした。
サンフランシスコが1斉射する間、ブルックリンは3度斉射弾を放つ。
斉射のたびに、敵1番艦は艦体を赤紫色に煌かせる。
突然、ガガァン!という衝撃がブルックリンを揺さぶる。

「後部甲板に被弾!火災発生!」
「中央部に被弾!損害軽微!」
「ダメージコントロール班は、すぐに火災を消せ!」

次々と入る被害報告に、艦長は的確に指示を出していく。

「ヴィンセンスに敵弾命中!しかし、被害は軽微の模様!」

後部艦橋にいる見張り員がそう伝えてくる。

「これで、先頭の3隻はまず被弾した訳か・・・・」

メリルはそう呟きながら、背中にひやりとする物を感じた。
敵艦は、あれだけの砲弾に叩かれながら、一向に参る様子が無い。
それもそうだ。何しろ、敵艦は強力な魔法防御のお陰で、艦自体には傷すら負っていないのだから。
それに対して、メリルの率いる部隊は、早くも3隻が損傷した。
損傷のレベルは、今のところかすり傷を負っただけに過ぎない。
だが、この状況が10分、20分と続いていけば、かすり傷はより広まっていく。
ブルックリンが更に2度斉射弾を放った所で、敵2番艦の射弾がみたびブルックリンを捉えた。

「後部カタパルトに被弾!火災発生!」
「前部甲板に命中弾!されど損害軽微!」

その報告がもたらされた直後に、今度はサンフランシスコ被弾の報告が入る。
(このままじゃ、被害が積み重なるばかりだ。火災が拡大すれば、そのうち弾薬庫誘爆の可能性もあるし、艦橋トップの測距儀に
被弾すれば、射撃そのものがおぼつかなくなる。そうなる前に、敵の魔法防御を打ち破らねば・・・・どうすればいいか・・・・)
メリルは、内心でどうすればいいのか思っていた。
航空支援でも呼ぼうか・・・・・いや、航空支援を呼んだとしても、視界の悪い夜間では敵に爆弾を当てる事は難しいだろう。
敵艦は、夜間のために対空射撃が出来にくくなるだろうが、条件が悪いのはこちらも同じ・・・
その時、メリルはある事を思いついた。

「艦長!この艦の両用砲はまだ健在だな?」

メリルの問いに、ブルックリンの艦長は頷いた。

「両用砲で何をするんですか?」
「敵艦を撃て!」

メリルは即答した。

「5インチ砲を撃ちまくって、敵の魔法防御を早く消耗させるんだ!」


レドルムンガの斉射弾が、先頭を走るニューオーリンズ級に命中する。
頑丈そうな艦体の中央部と、前部に命中の閃光が灯った。
その後、中央部からちろちろと踊る火らしきものが見えた。

「ようし、いいぞ艦長!その調子だ!」

司令官席で観戦するイルズド准将は、艦長を褒めた。

「ありがとうございます。あと20分以内に、あの1番艦を仕留めて見せましょう。」

艦長は自信ありげな口調でイルズド准将に答えた。

「なあに、20分以内じゃなくて、もっとゆっくりでも構わんぞ。」

イルズドもまた、自信に満ちた表情で言った。

「何しろ、この艦には強靭な魔法防御が張られているからな。」

彼がそう言った時、艦橋の真上が赤紫色に光った。

「そうですな。ですが、あまりゆっくりやっては敵に無用の痛みを味合わせる事になります。せめてもの情けとして、敵を早めに仕留めましょう。」
「ふむ、それも良いかもしれんな。」

彼はそう言いながら、望遠鏡で1番艦やその後続艦を見る。
2番艦のブルックリン級と思しき艦は、1番艦よりも発射速度が速い。6秒から7秒おきに発射炎を煌かせている。
レドルムンガが相手している1番艦と2番艦からの命中弾は、この2番艦を務めるブルックリン級からのが圧倒的に多い。
主計科兵によると、既に130発は命中していると言う。

「魔力の残量は?」
「はあ、意外にも結構消費しているようです。残量は8割を切るようです。」
「ふむ、まだまだ行けるな。」

イルズドは余裕の表情を浮かべた。
その時、敵艦の発砲炎が急に増した。それまで、艦の前後部のみであった発砲炎が、舷側からも確認された。
敵が副砲も活用し始めた事で、敵艦は噴火しているかのように、盛んに発砲炎を煌かせる。
落下して来る砲弾は、先と比べて格段に増えている。

「旅団長、どうやら敵は副砲も使い始めたようです。」

艦長がそう言ったとき、レドルムンガも8門の5.3ネルリ砲、9門の4ネルリ砲を発射する。

「副砲もか・・・・どうやら、敵はヤケを起こし始めたな。」

イルズド准将がそう言ったとき、レドルムンガの魔法防御が、これまでに無いほどの煌きを発した。
その3秒後には、またもや強い光を発する。

「艦長、敵1番艦の砲弾7発と、敵2番艦からの砲弾10発を受けました。」
「僅か数秒間で17発もの命中弾か・・・・並みの駆逐艦なら瞬時に廃艦・・・・いや、沈没だな。」

艦長は、なぜか冷や汗を浮かべながらそう答えた。

その頃、艦深部にある魔力制御室では、防御用魔法石の残量を監視していた魔道士が、いきなり怪訝な表情を浮かべた。

「先輩、どうかしたんですか?」

若い魔道士が、変な表情を浮かべる魔道士に聞いた。

「いや、何でもない。」

やや年季の入った魔道士は、気のせいだろうと思って椅子に腰掛けた。
今、目盛りの魔力残量は79.7という位置を指している。
戦闘開始前は82以上あったが、流石に100発以上もの砲弾をぶち込まれては、魔力計の下降もやや急になっていた。
しかし、この程度の下がり具合ならまだ大丈夫であろうと魔道士は思っていた。
砲弾を喰らったのか、目盛りがまた下がった。今度は79.6と79.5の間で止まっている。

「あの魔法石は、本当に凄いよなあ。容赦無い砲撃を加えて来るブルックリン級の砲撃を、たったこれだけに抑えちまうんだから。」

先輩は、魔法石に感謝していた。
先輩の兄は、海軍の巡洋艦に乗っていたが、去年10月始めのマルヒナス海戦でブルックリン級と対決し、急死に一生を得たという。
兄曰く、ブルックリン級の猛射には今のシホールアンル艦では逆立ちしても真似できない、と。
そのブルックリン級の猛射が、この魔法石にとっては蚊が刺すに等しい。いや、蚊が刺したほうがマシと思えるような影響しか与えていない。

「精度を上げて正解だったかもしれんな。これなら、魔法石は最後まで持つだろう。」

先輩は、どこか嬉しげな表情でそう呟いていた。
その嬉しげな表情は、次の瞬間凍りついた。
1秒前まで、魔力残量は79.6と79.5の間を指していた。そして、1秒が過ぎると、残量は一気に78まで下がっていた。

「ん?今のは・・・・・?」

彼は、先ほども似たような光景を目の当たりにしていた。
2分前、彼は魔力残量が80.7から一気に79.7まで下がる様子を見ていた。
しかし、残量の下降が通常時とほぼ同じであったので、彼は異常は無いなと思った。
だが、たった今、魔力残量は1.5も下がった。

「どうしたんですか先輩?」
「・・・・・・」

彼は後輩の呼び掛けも無視して、そのまま残量の推移を見続けた。
再び残量が下がる。驚くべき事に、残量計は76を差していた。

「俺は隊長を呼んで来る。」

いきなり、先輩は部屋を飛び出して行った。

「・・・・・・」

後輩は、3秒ほど、ポカンと口を開けて、先輩の出て行った出入り口を見ていた。

「どうしたのやら・・・・」

後輩はのんびりとした口調で残量計を見つめる。残量計は、一気に76から73まで下降していた。

「・・・・・これって、何かおかしくね?」

後輩も、ようやく事態の重大さに気付き始めた。

「どうした?騒々しい。」

出入り口から、指揮官が先輩に引き連れられて制御室に入ってきた。

「まずはこれを見てください!」
「これを見ろだと?」

指揮官は、眉をひそめながら魔力残量計を見つめた。この時、再び残量が下がった。
針は73から、70まで、いや、70の目盛りを超した位置で下降していた。

「もしや・・・・・!」

顔色を変えた指揮官は、慌てた動作で伝声管に取り付いた。

「こちら魔力制御室!甲板の様子はどうなっている!?」

指揮官は、怒鳴るような声で上に聞いた。

「こちら甲板。アメリカさんは派手に大砲をぶっ放してきていますよ。敵さん、主砲のみならず、副砲まで盛んに撃ってますよ。」

「副砲だと?」
「ええ。これまた発射速度が速いんですよ。最短でも4秒おきにぶっ放してきていますよ。敵さん、照準だけは上手いもんですから、
弾がバシバシ当たりますよ。」

甲板に居る連絡員は、呑気な口調で指揮官に返事した。

「敵さんが副砲も撃ち始めて3分ぐらい経ちますが、軽く50発以上は命中していますよ。主計兵の奴が、これじゃあ、当たる数が
多過ぎて計測が追い付かんと言ってました。全く、射的の的もいい所ですよ。」

指揮官は顔を真っ赤に染めてから伝声管の蓋を「ガン!」と音が鳴るぐらい、乱暴に閉めた。

「・・・・上の様子は、どうでしたか?」
「呑気なもんだよ!魔法防御は絶対に破れんと信じ込んでいるようだな。畜生!あれほど無理矢理精度を上げるなと言ったのに!!」

指揮官は腹立たしそうに喚いた。

「敵は副砲も発射して来ている。この3分間で50発以上の敵弾が命中しているようだ。」
「40発以上・・・・・!」

先輩と後輩の2人は息を呑んだ。

「ああ。40発以上だ。敵さんの副砲は、主砲以上に発射速度が速いらしい。それで、この艦には間断無く敵弾が命中している。」

指揮官は、そう言いながら、魔力の残量を見てみた。針は今も下降を続けている。
残量は既に66を切っている。
指揮官の危惧した事態は、敵艦の砲力強化によって現実の物となった。
魔法石の精度強化による不具合は、レドルムンガのみならず、後続の2隻でも起きていた。

それから3分後。

「サンフランシスコに新たな命中弾!」

見張りが艦橋に報告するが、その声も、ブルックリンに命中した敵弾の爆発音に掻き消される。

「左舷中央部に敵弾命中!火災発生!」
「右舷後部に火災発生!」

各所から被害報告が艦橋に舞い込んで来る。
艦長はそれら1つ1つに指示を飛ばしていくが、艦長の表情は苦り切っている。
ブルックリンは、既に8発の敵弾を受けている。
左舷側の機銃座は、半数が破壊されている。
後部甲板の火災は、相次いで飛来する敵弾によって消火が満足に出来ず、徐々に拡大しつつある。
ダメコン班は懸命に消火を行おうとするのだが、至近弾や命中弾によって班員が吹き飛ばされてしまう。
サンフランシスコもまた、中央部と前部から火災を発生しており、特に前部の火災が大きくなっている。
ヴィンセンスも同様で、こちらは左舷側の両用砲2門が敵弾に叩き潰されている。
被害が積み重なっていく味方艦隊に対して、3隻の敵陸上艦は、火災はおろか、傷付く事も無く、無傷の姿のまま砲撃を続ける。
ブルックリンが何十度目かになる斉射を放つ。それと同時に4門の5インチ両用砲も火を噴く。
この射弾は、7発が命中するが、敵艦はただ赤紫色の光を放つだけで、艦自体は傷付かない。
(畜生!あれじゃ、姿だけで形の無い幽霊じゃないか!)
メリルは、内心苛立っていた。
既に、ブルックリンの6インチ主砲は、弾薬庫の3割以上の砲弾をあの1番艦に向けて放っている。
サンフランシスコは発射速度が少ない分、ブルックリンよりは消費量が少ないが、それでも100発以上の砲弾を叩きつけている。
ちっぽけな小島の1つは、隙間無く穴だらけになりそうなほどの弾量だ。
それほどの砲弾を叩き込んで、得られるのは、毎回敵が見せる“赤紫色のイルミネーション”だけだ。
メリルが敵艦を幽霊と思うのも無理は無かった。
敵艦が相変わらず無傷を保つ一方、砲撃を受けるサンフランシスコ、ブルックリン、ヴィンセンスの被害は徐々に積み重なる。
砲弾が飛来するたびに、どこかの箇所が必ず壊れる。

機銃座が、一度も使用されぬまま敵弾に直撃され、爆風によってばらばらに引き千切られた。
とある1弾が、サンフランシスコの第1主砲塔に命中する。敵弾は砲塔の装甲を貫通するほど威力が無く、その場で爆発した。
主砲塔にはかすり傷すら付かなかったが、サンフランシスコ乗員には、敵の陸上艦から放たれた嘲笑とも取れた。
サンフランシスコが怒り狂ったかのように9門の8インチ主砲を轟然と唸らせ、その2秒後に5インチ砲で追い撃ちをかける。
9発の8インチ砲弾のうち5発が、そして、4発の5インチ砲弾のうち2発が敵1番艦に命中する。
その数秒後には、ブルックリンの斉射弾が命中する。
僅か10秒間の間に、20発以上の命中弾を与えられたが、その圧倒的な数の命中弾ですら、敵を傷付ける事は叶わなかった。
逆に、敵1番艦が斉射弾を叩きつける。
5.3ネルリ弾2発が中央部に、4ネルリ砲弾3発が後部と前部に命中した。
2発の5.3ネルリ弾は、2基の5インチ砲を吹き飛ばし、ついでに40ミリ連装機銃座1基を吹き飛ばして、単なる鉄屑に変換させる。
サンフランシスコが次なる斉射を放つ前に、再び敵弾がサンフランシスコを捉えた。
中央部に、敵弾2発がまとまって落下する。その3秒後、サンフランシスコは左舷側から真っ赤な火炎が吹き上がった。
この時、1発の5.3ネルリ弾が破壊された5インチ砲座に命中した。
その爆発エネルギーの余波は、繰り返し叩かれ、弱くなった甲板をぶち抜き、両用砲弾庫にまで到達した。
その瞬間、両方弾庫に収められていた砲弾、装薬が誘爆を起こしてしまった。

「サンフランシスコ大火災!」

メリルは、見張りの報告を聞くまでも無く、目の前で火炎を吹き上げるサンフランシスコを凝視していた。

「なんてこった・・・・・・!」

メリルは、顔を悲痛に歪ませた。しかし、サンフランシスコはこれで参らなかった。
左舷中央部を火炎に染めながらも、9門の8インチ砲弾を敵1番艦に叩きつける。
しかし、そのサンフランシスコの頑張りも、3分後に受けた艦尾の命中弾によって費えた。

「サンフランシスコから通信!我、操舵不能!」
「・・・・・・・」

突然の報告に、メリルは絶句した。
サンフランシスコは、艦尾に受けた命中弾によって、舵が取舵20度の方向で固定されてしまった。
舵故障の影響で、サンフランシスコは徐々に運河の左側に寄り始めた。

「サンフランシスコから追加電です。我にかまわず、任務を遂行されたし。」
「サンフランシスコに返信、了解。」
メリルは、ごくそっけない一言をサンフランシスコに返した。
隊列から落伍していくサンフランシスコの艦橋から、艦長を始めとする艦橋職員が、ブルックリンに向けて敬礼を送るのが見えた。
サンフランシスコがブルックリンの後方に流れた後、再び斉射を開始した。
戦闘開始から既に20分近くが経過した。
ブルックリンは、今や敵弾18発を受けていた。後部甲板の火災はまだ衰えていない。
中央部の機銃座は既に全滅状態にある。
敵弾がまたもや落下してきた。
ガーン!という衝撃が、ブルックリンの艦体を揺らした。

「左舷2番両用砲損傷!射撃不能!」

たった今まで、4秒か5秒おきに射撃を繰り返していた両用砲の1基が、息の根を止められた。
ブルックリンの斉射弾が得た物は、またもや赤紫色のイルミネーションだけ・・・・・

「やばいなこれは・・・・」

メリルは、内心で負けを覚悟し始めていた。
20分に渡る砲撃戦で、サンフランシスコが大破、落伍。ブルックリンとヴィンセンスが被弾多数で中破状態だ。
救いとしては、残り3隻の軽巡が全く無傷である事だが、いつまでも全力射撃が出来るわけではない。
弾には限りがある。この調子では遅かれ早かれ、弾は尽きてしまう。
こちらが粘って、魔法防御を打ち破っても、その際に弾切れになれば敵艦に嬲り者にされるだけだ。
ブルックリンが斉射を放ったと同時に、敵2番艦の射弾が降って来る。
新たに2発がブルックリンに突き刺さり、9700トンの艦体が苦痛に悶え苦しむかのようぬ揺れる。

それから3秒後に、別の射弾が降って来た。この射弾は、ブルックリンの周囲に水柱を跳ね上げたのみだった。
だが、メリルは愕然とした表情になった。

「1番艦までもがこのブルックリンを標的にしたか・・・・・!」

そう、この射弾は敵1番艦から放たれた物だった。
ブルックリンも負けてなるかとばかりに、斉射弾を放つ。だが、その斉射弾も、敵1番艦を赤紫色に光らせたのみに留まる。
既に、300発、いや、5インチ砲も含めれば400発以上は命中させたであろう。
それだけの砲弾を受けてまだ無傷なのだ。
敵2番艦の射弾がブルックリンに降り注ぐ。今度は3発が命中した。そのうち1発は、唯一残っていた左舷側の5インチ連装砲を粉砕した。

「左舷5インチ砲被弾!射撃不能の模様!」

その報告に、メリル少将は顔を歪める。
(今回こそは、TG61.3の汚名を晴らそうと思ったのに・・・・)
彼の内心は、既に悔しさで一杯だった。
ブルックリンの斉射弾がまたもや撃ち放たれる。この斉射弾は、7発が命中したが、その7発も、魔法防御によって阻止される。
敵1番艦の艦体に、もはや見慣れた赤紫色の光が輝く。この時は、その光が一際まぶしく輝いた。

「い、一体何だ?」

一瞬、艦橋職員の誰もがその光に目を奪われる。
その光は、1秒ほどで消えた。
敵1番艦は、相変わらず無傷であった。

「・・・・・ハハハ、俺達、シホット共にとことん馬鹿にされているな。」

艦長は、力の無い声で笑っていた。彼だけじゃない、ブルックリンの乗員全員が、これまでにない徒労感を感じていた。
だから、この3秒後に、敵1番艦の艦上に浮かんだ命中弾の閃光に、最初は誰もが無反応だった。

敵1番艦には、この時、3発の6インチ砲弾が命中していた。
1発は後部、2発は中央部であった。
そのうち、中央部の命中弾は、その台形状の艦体に火災を発生させていた。

「・・・・・司令官。」
「ああ・・・何か燃えているな。」

艦長とメリルは、呆けたような、力の無い口調で言った。
心中に、ある気持ちが沸き始める。これは、もしかして夢か?
俺達は今、敵弾にやられて倒れている。今見ている光景は、体から出て来た魂が見る、ある種の夢ではないのか?
彼のみならず、全ての艦橋要員や見張り員達がそう思っていた。
だが、そうではなかった。いつの間にか放たれていた新たな斉射弾が、敵1番艦の周囲に落下した。
落下の瞬間、周囲に盛大な砂柱が立つ。その中に、明らかに命中と思しき閃光。
それも、赤紫色ではない。真っ白な閃光だ。そして、その後に見えたオレンジ色の炎。


明らかに、6インチ砲弾命中によるダメージだ!


「敵1番艦に4弾命中!火災発生!!!」

見張り員からの声が入るや否や、艦橋内で歓声が爆発した。

突然、巨大な金槌で殴られたような衝撃を感じた。

「うぉ・・・・!」

イルズド准将は、突然の衝撃に驚き、司令官席から跳ね飛ばされないように踏ん張った。

「て、て、て、敵弾命中―!!」

見張り員が、驚きの余り声をどもらせている。

「敵弾命中・・・・・魔法石の不具合は、そこまで深刻だったのか・・・・・」

イルズド准将は、小さい声音でそう呟いた。
さきほど、魔法制御室の魔道士が、魔法石に不具合が起きていると報告して来た。
そして、制御室の指揮官はこういって来た。

「直ちに戦闘を中止し、戦場から離脱すべきです!」

しかし、彼はこの進言を受け入れなかった。
この進言が成された時は、敵の先頭艦が大爆発を起こして隊列から落伍し、敵2、3番艦は火災を吹き上げて満身創痍の状態
(少なくとも、レドルムンガの艦橋からはそう見えた)だった。
その時に、先の進言がなされたのだが、イルズド准将はこのまま行けば勝てると言い、進言を一蹴した。
その結果がこれである。

「いや、勝てる!」

イルズド准将は叫んだ。その声に、艦長や幕僚が振り向いた。

「戦闘は依然、こちら側の有利だ!敵を沈めなくても、戦闘不能にさえすれば後は大丈夫だ!各艦に連絡!そのまま戦闘を続けよ!」

彼は、魔道士を睨みつけながら命令を発した。
魔道参謀は、それに気圧されて、言われるがままに魔法通信を送る。
その時、後方の艦からも眩しい赤紫色の光が放たれた。レドルムンガの魔法石が魔力切れを起こした物と、同じ現象であった。

「旅団長!このままでは、戦闘は不可能です!」

首席参謀が、いきなり胸倉を掴まんばかりの勢いでイルズド准将に詰め寄った。
その時、ブルックリン級から放たれた斉射弾が、レドルムンガを捉えた。

「右舷3番、5番両用砲損傷!」
「後部第4砲塔損傷!旋回不能!」

ブルックリン級の斉射弾は、早くもレドルムンガの砲力を奪い始めている。レドルムンガも負けじとブルックリン級に撃ち返す。

「このまま戦闘を続ければ、我が帝国にとって貴重な陸上装甲艦をあたらに失う事になります!ここは、まず引いて態勢を立て直しましょう!」
「何を言う!我々は今有利だ!」
「不利です!」

首席参謀は叩き付けるように言った。

「魔法石の不具合がレドルムンガのみならまだしも、他の2隻も同様とあっては、もはや作戦は続行できません!
戦争は、まだまだ続きます。我が帝国の勝利のためにも、ここは・・・我慢しましょう。」

首席参謀の言葉に、イルズド准将はがくりと肩を落とした。
そのまま、6秒ほどの時間が流れた。またもやブルックリン級の砲弾がレドルムンガの艦体を削り取る。
(ぼやぼやしていられない。早く新しい命令を出さねば。)
イルズド准将は短い思考の後に決断した。

「わかった。魔法防御が無くなった今、今日の戦闘に勝ったとしても前線に復帰する日は遠くなるだろう。そうなれば、
いざと言う時に我々は働けなくなる。首席参謀、君の言うとおりだ。部隊を撤退させよう。」

彼の言葉に、首席参謀は申し訳なさそうな表情になった。

「すまないな。私は、思い上がっていた様だ。」

イルズド准将もまた、すまなさそうな表情で首席参謀に言った。ふと、彼の視線の端に、白熱する球体が写っていた。
(・・・・あれは?)
イルズド准将は、その球体の正体を確かめようと、視線を向けた時・・・・・

魔力制御室に、何度目かになる衝撃が伝わってきた。

「・・・・今の衝撃、だいぶ上から伝わって来たな。」

魔力制御室の隅で座っていた指揮官は、ぼそりと呟いた。

「隊長。魔法防御が無くなってから、この艦はだいぶ叩かれているようですね。」

年季の入った魔道士が、自嘲ぎみな口調で言って来た。

「そりゃそうさ。魔法防御が無くなれば、ただ陸を走るだけで普通の軍艦と変わらなくなるからな。」

指揮官はそう言いながら、魔力の残量計に視線を移す。
魔力の残量は、あと2を残した所で止まっていた。
魔法石は確かによく働き、これまで艦を無傷に保って来た。
しかし、無理に精度を上げた事により魔法石の不具合が生じてしまった。
魔法石は、最初こそは敵艦の砲撃にも微々たる反応しか示さなかったが、不具合が生じてからは、魔法石の消費量は増え始めた。
その原因は、アメリカ軍艦艇の圧倒的な投射弾量にあった。

アメリカ艦は、最初こそはあまり精度の良くない射撃を行っていたが、ひとたび照準を定めれば、猛烈な勢いで砲弾を撃ち込んできた。
移動目標の射撃に慣れた米巡洋艦にとって、レドルムンガほどの大きさの艦に弾を命中させる事ぐらい朝飯前であった。
もし、米巡洋艦の隻数が少なかったら・・・・
あるいは、多くても発射速度が速くなければ、レドルムンガの魔力消費量はある程度抑えられたかもしれない。
だが、アメリカ軍は陸上装甲艦1隻に対し、2隻で当たると言う物量戦を展開して来た。
そして、2隻分の巡洋艦が放つ投射弾量は、圧倒的であった。
10秒間の間に10発近くも命中する敵弾に、魔法石は適量の魔力を出して防ぎ続けたが、副砲でもある5インチ砲も
射撃に加わってからは、飛来する砲弾は倍に跳ね上がり、必然的に命中する弾の数も増えた。
その結果、瞬時に消費する魔力消費量は次第に増えていき、それに魔法石の不具合が加わってからは、消費量は爆発的に増えた。
魔法石の残量が30を割った時には、6インチ砲と5インチ砲弾の同時落下に、4以上も目盛りが下がるほどであり、最後に至っては
計測器が実情に追い付かぬと言う有様であった。
この様々な要因が重なった結果、魔法石は物量に負けてしまったのである。

「旅団長は撤退の指示を出さんのかな?」

指揮官は、ふとそう呟いた。
魔法石の防御が破られた以上、もはや長居は無用だ。
ここで最新鋭の陸上装甲艦を失えば、昼間の大戦果は帳消しどころか、マイナスになってしまう。
だが、いくら待っても艦の動きに変化が無い。

「ちょっと聞いてみる。」

指揮官は立ち上がって、伝声管に取り付いた。命中弾が、レドルムンガの艦体を震わせる。
レドルムンガも応戦しているようだが、このままでは致命的な損害を負いかねない。
なのに、上は何をやっているのだろうか?

「艦橋、聞こえるか?」
「・・・・・・・・・」
「こちら魔力制御室。艦橋聞こえるか?聞こえたら返事してくれ。」

「・・・・・・・・・」

全く応答が無い。それどころか、伝声管からは風を切る音が鳴るだけだ。
その時、甲板に上がっていた仲間の魔道士が、息を荒げながら中に入ってきた。

「死んだ・・・・みんな死んじまったぁ!!!」
「おい、落ち着け!落ち着かんか!!」

錯乱する部下を、指揮官は殴りつけた。

「・・・・・あ・・・・隊長。」
「艦橋はどうした?さっきから連絡しようとしても、誰も応答せん。」

指揮官の言葉を聞いた部下は、苦しそうな表情を浮かべた。

「艦橋は・・・・・火を噴いていました・・・・・」
「艦橋が火を噴いていた・・・・・本当か?」
「は・・・・はい。」

部下は素直に頷いた。指揮官は、このレドルムンガが頭脳を失った事をようやく知った。


新たなる被弾がブルックリンを襲う。26発目の被弾だ。

「第3砲塔に命中弾!砲塔旋回不能!」

その報告に、艦長は悔しげな表情を浮かべる。

「やるな、シホット!」

お返しだとばかりに、12門に減った6インチ砲が1番艦めがけて発砲を行う。
敵1番艦は、魔法防御が破られた後に放たれた7回の斉射で、ブルックリンの6インチ砲弾17発を受けていた。
そのため、艦の後部と中央部から火災を起こし、後部の主砲塔2基が破壊されている。
だが、敵も負けてなるかと叫ぶように、前部の主砲と、残り3門となった4ネルリ砲を撃つ。
1発が、ブルックリンの前部甲板に突き刺さった。

「前部甲板に命中弾!火災発生!」

その直後、敵2番艦の射弾が落下して来る。
2弾がブルックリンに命中した。1弾は後部艦橋に真上から降り注ぎ、Mk12射撃連動レーダーと後部予備測距儀を吹き飛ばした。
もう1発は第5砲塔の真上に命中したが、この砲弾は4ネルリ弾であったため、装甲を貫けず、あらぬ方向に弾き返された。
対して、敵1番艦には新たに3発が命中する。
1発が後部艦橋に命中し、2発が中央部付近に落下して、夥しい破片を吹き上げる。
その7秒後に新たな斉射弾が降り注ぎ、今度は前部に4発が纏まって命中する。
前部に満遍なく閃光が光る。
その5秒後に、前部から発砲炎が煌くが、その光は、はかない物であった。

「敵1番艦は、あまり戦力を残して無いな。」
「後一撃加えれば、敵は黙りますよ。」

先とは打って変わって、陽気な口調で艦長が言った。
敵1番艦の砲弾が落下するが、その砲弾はブルックリンを跳び越していた。
ブルックリンも敵1番艦に発砲する。
斉射弾を放った直後、敵2番艦からの射弾が降り注いできた。いきなり、艦橋前面がパッと光った。
その直後、ドォーン!という轟音が鳴り響いた。
閃光と轟音に目と耳が潰され、しばらくは何が起こったのか理解できなかった。
10秒ほどが経って、ようやく目と耳が機能し始めた。

「艦長!敵弾が第2砲塔を損傷させました!」

「本当か!?」
「はい、砲員は全員戦死です!」

その報告に、艦長はやや暗い表情を浮かべた。しかし、艦長はすぐに元の表情に戻って、新たな命令を発する。

「第2砲塔の弾薬庫に注水しろ。弾薬庫に火が回れば、この船は危ない。急げ!」
「わかりました!」

ダメコン班の班長が、急いで艦橋から飛び出していく。
第2砲塔は、黒煙を上げて炎上していたが、すぐに弾薬庫の注水を行ったため、被害は最小限に防げた。
ブルックリンは、9門に減った主砲で敵1番艦を撃ち続ける。
斉射のたびに、敵1番艦は確実に痛めつけられていくが、敵艦は相変わらず、残り2門のみとなった主砲と、残り1門の副砲を撃って来る。
突然、敵2番艦が大爆発を起こした。
敵2番艦は、ヴィンセンスとフィラデルフィアを相手取っていたが、魔法防御が破れてからは実に18発の8インチ弾、
20発の6インチ砲弾、23発の5インチ砲弾を受けていた。
一方、ヴィンセンスは敵3番艦から32発の命中弾を受け、中央部と前部から火災を起こし、対空火器は全滅。
後部第3砲塔が旋回不能となっていたが、機関部に損傷は無く、6門の8インチ砲弾を放っていた。
そして、ヴィンセンスの8インチ砲弾が敵2番艦の中央部に命中した時、敵陸上艦は大爆発を起こした。

「敵2番艦が爆発を起こしました!凄い、中央部から真っ二つだ!」

メリルは、視線を敵2番艦にうつした。
敵2番艦は、中央部の弾火薬庫から誘爆を起こしたのだろう、艦体を真っ二つに叩き折られ、地面にのめるようにして停止していた。

「まさか、砂漠の上でジャックナイフが見られるとは・・・・いずれにしろ、敵もよく戦ったな。」

メリル少将はそう呟いた。

「馬鹿にしぶといな・・・・」

艦長の呟く声が聞こえる。
メリルは敵1番艦に目線を向ける。
敵1番艦は、既に38発の命中弾を受け、今や全艦火達磨といった様相を呈している。
いつ力尽きても不思議ではない。
不思議ではないはずなのだが、敵艦はそれでも航行を続け、相変わらず残り3門となった砲を撃ち続けている。
いきなり、砲弾の飛翔音が鳴った、と思いきや、ブルックリンの艦体に衝撃が走った。

「右舷中央部に命中弾!」
「この期に及んで、まだ命中弾を出すとは・・・・しぶとすぎる・・・・」

メリルは、敵1番艦の粘りに、むしろ感嘆を覚えていた。
ブルックリンの新たな斉射弾が放たれる。9発中、2発が後部に、2発が中央部、1発が前部に命中した。
命中の閃光が、順繰りに煌いた後、敵1番艦は徐々に速力を落とし始めた。
全艦火達磨となった敵1番艦は、ブルックリンに向けて1発の砲弾も撃たなかった。
やがて、敵1番艦は滑り込むように地面に接地し、そのまま巨体を300メートルほど滑走させた。

「艦長。敵1番艦、行動停止しました。」
「ああ、今見ている。」

艦長は、淡々とした口ぶりでそう応えた。

「司令官、これで一息つけますな。」

艦長は、後ろを振り向いた。
メリル少将は、行動を停止した敵陸上装甲艦に向かって敬礼を送っていた。

「ああ、やっとな。」

メリルはそう言ってから、手を下ろした。

午後11時40分
スコックス少佐の率いる第8戦車大隊は、燃え盛る敵陸上装甲艦の側で、捕虜の収容を行っていた。
午後9時40分、スコックス少佐は橋頭堡に襲い掛かって来た3隻の陸上装甲艦を見た時、この橋頭堡も終わりだなと確信した。
だが、運河に現れた6隻の巡洋艦が、あの悪魔のような陸上艦を引き付けてくれたお陰で、橋頭堡は何とか難を逃れた。
それから40分ほどが経って、巡洋艦部隊が敵陸上艦との戦闘に勝利したと言う報告が入った。
その報告に、第4軍の将兵は誰もが信じられないと思っていた。
スコックス少佐も半信半疑でその知らせを聞いていたが、その報告が正しかった事は、今証明された。
砂漠の上で、数十人ほどのシホールアンル兵が固まって座っている。既に到着した味方部隊が、その捕虜達をトラックに乗せていた。
トラックの側には、長剣を持った男が、万歳をするように倒れている。
その男は、せめて1人でも道連れにと、長剣を振りかざしてアメリカ兵を殺そうとしたのだが、逆に返り討ちにあった。
1人の味方の死は、ただでさえ意気消沈していた生き残りの将兵の士気を、どん底まで叩き落した。
その結果、諦め切ったシホールアンル兵は、アメリカ兵の成すがままに任されていた。

「こいつぁ・・・・どでかい焚き火だなあ・・・・」

操縦手が、思わずそう言った。

「おい、不用意な言葉を奴らの前で言うな!」

スコックス少佐は厳しい口調で注意した。

「せっかく、あいつらが大人しくなっているんだ。言葉1つで奴らに暴れられたら、余計な仕事が増える。」
「は・・・・すいません。」
「まぁ、そう言いたくなる気持ちは、俺も分かるがな。」

スコックス少佐とて、目の前のシホールアンル兵を憎んでいない訳ではない。
むしろ、憎みまくっているほどだ。
並んでいるシホールアンル兵は、今日の昼頃に、師団の戦車部隊をいとも簡単に蹴散らし、そして、多くの戦友を奪った仇である。
しかし、彼は自制心で、なるべく憎しみを表に出さぬようにしている。

(ここで好き放題やれば、奴らと同じになるからな。だが、俺達はそうはならないように努力する)
スコックス少佐は、内心でそう決めた。
(なにせ、俺達アメリカ軍は、敵より“進んだ軍隊”なのだから)

「敵の捕虜は、ざっと400人ほどですな。あんな火達磨になった艦から、よくぞこれだけ生き残ったものだ。」

ブルックリン艦長は、トラックに乗せられる敵艦の乗員を双眼鏡で見ながら、メリル少将に言った。

「意外と、ダメコン対策がしっかりしていたからだろうなぁ。そうでなきゃ、大半があの艦と共に火葬に付されていただろう。」

メリル少将は、苦笑しながら返事した。
彼の率いたTG61.3は、敵陸上装甲艦3隻との戦闘でサンフランシスコが大破、ブルックリン、ヴィンセンスが中破という損害を負った。
戦闘終了後、損傷艦のダメコン班からの報告によると、大破したサンフランシスコは3ヶ月。ブルックリンとヴィンセンスは長くて2ヶ月、
最低1ヶ月はドック入りしなければいけないと言われている。
その代わり、敵の砲撃を受けなかったフィラデルフィア、フェニックス、ビロクシーは砲身交換と弾薬の補充だけで済むようだ。
敵1番艦を撃破した後、残る敵は敵3番艦のみとなった。
敵3番艦は、魔法防御が打ち破られた後、フェニックス、ビロクシーから6インチ砲弾63発、5インチ砲弾45発、計108発という
とんでもない数の砲弾を叩き込まれ、最後には1番艦同様、全艦火達磨となって行動不能になった。
その後、健在な5隻の巡洋艦は、消火作業を来ないながら脱出する敵兵が逃げないように、主砲を向けて監視にあたった。
味方の地上部隊が到着してからはちょっとした騒ぎが起きたようだが、シホールアンル兵は意外なほど従順であり、アメリカ兵の指示にも素直に従った。
ちなみに、陸軍からの話によると、シホールアンル軍は陸上装甲艦の後ろに新型ゴーレムの集団を率いていたようだが、そのゴーレム集団は
陸上装甲艦が撃破されたという通信が受け取ったのか、橋頭堡の目の前で姿を表すなり、いきなり引き上げて行ったと言う・・・・

「しかし、一時は諦めかけたよ。」
「司令官もそうでしたか。」

メリルの言葉に、艦長は笑いながら言った。

「ああ。どんだけ撃ち込んでも、敵は一向に無傷のままだからな。まるで、形だけの幽霊と殴り合っているみたいだった。」
「でも、敵陸上艦の魔法防御が、思ったより脆かった事が幸いでしたね。」
「まぁ・・・・魔法防御はなんとか打ち砕けたが・・・・敵さんは最後まで立派だったな。あんな火達磨になっても、最後まで砲撃を
続ける敵のしぶとさに、俺は心を打たれたよ。」
「そうですか。」
「そうだよ。ちなみに、俺としては、今回は沈没艦を出さずに済んで良かったと思う。」

メリルは、自分に言い聞かせるようにそう断言した。

「それに、敵が魔法防御を施していたとは言え、最後まで見せたあの敢闘精神は、評価しても良い。もし、数が倍の6隻だったら、
負けていたのは俺達だったろうな・・・・・」

彼は、苦笑しながら艦長に言った。

「ええ。TG61.3の汚名も、これで幾らかは晴らせました。エインスウォースさんも喜びますよ。」
「そうだな。」

艦長の言葉に、メリルは微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
砂漠上に横たわる敵陸上装甲艦は、赤々と燃えていた。
その炎は、最後まで戦い抜いたシホールアンル兵の限り無い闘志を如実に表しているかのようだった。
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