自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

147 第110話 「鍵」捜索(後編)

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第110話 「鍵」捜索(後編)

1484年(1944年)1月15日午後4時 北ウェンステル領ラモロヘノヴァ

その日、フェイレはラグレガミアから東に1ゼルド離れた村、ラモロヘノヴァの宿屋で体を休めていた。
時刻が午後4時を回った時、フェイレはベッドに仰向けに寝転がって、考え事をしていた。

「これからどうしようかな・・・・」

季節はまだ冬である。例年であれば、この地方では一時期の小康状態が終わり、2月まで雪の降る真冬に逆戻りとなる。
フェイレは、脳裏に北ウェンステルの地図を描いた。
(噂によると、南部では連合軍がそろそろ上陸してくるみたい。それに比例して、ウェンステルに駐留している
シホールアンル軍は日々増強されつつある。敵が、なりふり構わぬ手段で探し出して来たら、勝ち目が無い。ならば・・・・)
フェイレは、前々から考えていた事を、無意識に呟いた。

「南部に、逃げるしかない。そして、連合軍にあたしの存在を伝え、保護してもらう。」

その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「誰?」
「宿屋の者です。」

ドアの向こう側の相手はそう言った。
フェイレはベッドから起き上がると、部屋のドアを開けた。そこには、宿屋の主人が立っていた。

「どうしましたか?」
「実は、今夜7時頃から、下でささやかなライブを開くのですが、お客様も今夜は下で食事をされてはいかがです?」

フェイレが泊まっている宿屋は、この地区では珍しく3階建てのやや大きめのものであり、1階は飲み屋を兼ねた飲食店となっている。
このように、設備の整った宿屋であるから宿泊代は高く付きそうだが、宿泊費は意外と安いため、近隣住民のみならず、
遠出をする冒険者や行商人達からも人気の宿屋となっている。
フェイレは最初、断ろうかと思ったが、少しばかり思考したあと、

「わかりました。今日は下で食べさせてもらいます。」
「どうもありがとうございます。楽しみにしておいて下さい。宮廷料理に負けぬぐらい豪華な料理を出しますよ。」

主人は、自慢気な口調で言った。

「では、失礼しました。」

主人は、ドアを閉めた。フェイレはそのまま、外の音を聞き取ろうと、ドアの方向に耳を傾ける。隣の部屋のドアをノックする音が聞こえる。
その後は、フェイレに言った内容を、そのまま宿泊客に伝えている。

「1つ1つ回ってるのね。」

フェイレは、主人の地道な頑張りに感心を覚えた。

午後5時 ラグレガミア

「はぁ・・・・またここに来たか。」

ヴィクターは、目の前に聳え立つ家を目にして、ため息を吐いた。

「ヴィクターさん、別にそう気を落とす事無いじゃないですか。早くも情報が入ったんですから。」

エリラは、萎えるヴィクターにそう言った。

「ま、そうだな。」

エリラの言葉に気を取り直したヴィクターは、気合いを入れてその家のドアを叩いた。
ドアを2、3度叩くと、中から男が出て来た。
アルブの同志、ヴァルトボスである。

「やあ、皆さん。ささ、どうぞ入ってください。」

ヴィクターは一瞬怯んだ気持ちになったが、体は自然と家の中に足を踏み入れていた。

「すいませんね。まだ散らかっていて。」
「いえ、気にしないでいいですよ。」

ヴィクターは返事したが、内心ではげんなりしていた。
今回、ヴィクターはエリラとロウクだけを連れて来た。残りのメンバーには宿屋にて待機を命じてある。
ヴァルトボスは、3人が入ったのを確認すると、すぐにドアを閉めた。

「早速、情報が入ったようですな。」

ヴィクターは早くも本題に入った。

「ええ。これを見てください。」

ヴァルトボスは地図を広げたあと、ラグレガミアから東にある部落を指差した。

「ここです。このラモロヘヴァという部落に潜伏している同志から魔法通信が送られてきました。」

ヴァルトボスは、やや上付いた口調でヴィクターに言った。

「この部落にある宿屋で、あなた方探していた女性と、ほぼ同一人物と思しき女性を見つけたと、今しがた報告があったのです。」
「その部落まで距離は?」
「1ゼルドです。かなり近いですよ。」
「なんか、とんとん拍子に進んでいますね。」

エリラが怪訝な表情で言ってきた。彼女としては、鍵捜索にはもっと手間がかかる物と思っていた。
だが、最初に味わった苦労以外は、驚くほど順調に進んでいる。
気が付けば、あっという間に目標の居所を知る所まで来ている。

「・・・・疑っているのですか?」

唐突に、ヴァルトボスが口調を変えた。

「言っておきますが、私達はウェンステル人です。ウェンステル人の願いは、早く祖国が解放される事です。私は、その願いを
1日でも早く叶えるために、こうしてあなた方に協力しています。それなのに、あなたは疑うのですか?」
「い、いえ。そうではありません!」

エリラは慌てた口調で言った。

「ただ、難しいはずの任務が、こんなにもとんとん拍子で進むとは思っていなかったもので。」
「エリラ、裏方仕事はそういうもんだ。お前だって経験しているだろう?難しいと思った任務が、何かの弾みで簡単に行く事も
あれば、逆に、簡単と思っていた任務が、実はとんでもなく難しい任務で、完遂まで相当な苦労をした、と言う事もある。」
「ええ、分かっています。ただ、余りにもとんとん拍子に話が進んでいく物ですから・・・・」
「まあそれはともかく、今はヴァルトボスさんの話を聞きましょう。」

ロウクが口を挟んだ。

「ちなみに、あなたの同志はその宿屋で宿泊しているのですか?」

ヴィクターはヴァルトボスに聞いた。

「宿泊客ではありません。同志はその宿屋の経営者です。」
「そうですか。分かりました、情報提供感謝いたします。」

ヴィクターはそう言うと、早速行動に移ろうとした。

「今から向われるのですか?」

ヴァルトボスが聞いてくる。ヴィクターは振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「当然です。善は急げって奴ですよ。今から馬車を手配してきます。」


午後7時 ラモロヘノヴァ

エリラは、宿屋の1階にある飲食店で、ささやかなライブを観賞していた。
小さめの舞台には、きらびやかな衣装を身に纏った女性が、美しい歌を観客達に聞かせている。
エリラは、4人は座れるテーブルに陣取ってから、目の前に少量の料理を置いてから、のんびりとした気持ちでライブショーに見入っていた。

「こうして、席に座ってのんびり歌を聴くのは、本当に久しぶりだ。」

彼女は、どこか懐かしそうな口調で呟いた。
ジェグルが父親代わりになって、フェイレを育てていた時、1度だけライブショーに連れて行ってもらった。
その時は、男の歌手が歌を観客に披露していたが、その美声にフェイレは心を打たれた。

それから8年近くが経っている。

「思えば、随分遠くまで来たなぁ。」

フェイレはしみじみとした口調で呟いた。
140ほどあった観客席は、半分以上が埋まっている。客層は、行商人から家族連れと、様々だ。
観客達の表情は、見た限りではどれも明るい。
ウェンステルは今、戦火に巻き込まれつつある。
目線を南や北に転じれば、空襲で被弾炎上する建物や、凄惨な地上戦がそこかしこで見受けられるだろう。
しかし、この場に限っては、戦争など、どこ吹く風といった雰囲気が流れている。
(解放を待つ者達・・・・か)
フェイレは内心、このウェンステル人達が羨ましくなった。
ふと、後ろから足音が近付いてくる。人数からして6、7人といった所か。

「いい宿屋ですね。」
「下が飲食店、上の残り2階部分が宿屋となっているようです。」
「わお、歌っている人の声綺麗だなぁ。」

その6,7人の集団は、小声で会話しながら入ってきた。

「ちょっとすいません。」

いきなり、横合いから声をかけられた。

「ん?何か用?」
「隣空いていますか?」

若い女性が声をかけてきた。髪は肩の所まで伸びていて、どこか少年のような人懐っこさのある女性だ。

「隣って・・・ここ?」

フェイレはそう言いながら、自分の左斜めにある椅子を指差した。

「はい、そうです。」
「まあ、一応空いてるけど。」
「ヴィクターさん、こっち空いていますよ!」

女は誰かの名を呼びかけた。

「おおそうか。」

女に名を呼ばれた本人なのであろう、面長でいかつい顔をした男がその椅子に座った。

「すいませんね、いきなり押し掛けるような形で座ってしまって。」
「いえ、気にしてないから大丈夫よ。」
「お、ヴィクターさんナンパですかい?相変わらず、女には目が無いですねえ。」

ヴィクターと呼ばれた男の背後から、野太い声が聞こえた。左のテーブルに座っている体つきの良い男が微笑んでいる。

「馬鹿野朗、ただ普通に話ししているだけだ。」

ヴィクターと呼ばれた男はむっとした表情になって、体つきの良い男に言い返す。
いつの間にか、フェイレのテーブルには3人の見知らぬ男が2人に女が1人、隣のテーブルには女1人と男3人が座っている。
計7人の男女は、他愛の無い会話を繰り返している。
フェイレは、その7人が怪しいと確信していた。身のこなしは、ウェンステル人のそれと同じだが、どうも怪しい。
その7人の姿は、傍目ではウェンステル人だが、その外見は、まるで“かぶっている”かのようだ。

(もしかして・・・・こいつら)
フェイレは、この7人を疑い始めていた。彼らに気付かれぬうちに、体を緊張させていく。
もし襲われたならば、最初にこの3人を殺って残り4人を混乱させる。その次に、人気の無い場所に誘い込み、そこから1人ずつ、

「しかし、あの女の人。いい声をしているな。ニューヨークのブロードウェイミュージカルでも充分に通用するぜ。」

男が小声で呟く。普通の人ならば、到底聞き取れにくいほど小さな声音だ。
それに加えて、舞台から流れる歌声や楽器の音も重なれば、全くといっていいほど聞こえない。
フェイレがその声を聞き取れたのは、訓練施設時代で鍛えに鍛えられた聴覚のお陰だ。
(呑気な物ね。シホールアンル人とやらは)
フェイレは、目の前の敵に内心でそう思った。ふと、ある言葉が彼女の心に引っ掛かった。
(ニューヨーク・・・・?ブロードウェイミュージカル・・・・?)
シホールアンル帝国に、そのような劇場はあっただろうか?
フェイレはふと、魔法研究所で無理矢理叩き込まれた、シホールアンル帝国に関する知識を思い起こす。
知識の中に、ニューヨークという地名は無い。それに、ブロードウェイミュージカルという変てこな名前も無い。
(こいつら・・・・一体?)

「そういえば、ここ最近はこの北ウェンステルもきな臭くなってきたな。」
「そうですねぇ。今日だって、上空を変な飛空挺が飛んでいましたし。あ、そうそう。お姉さんはどう思います?」

唐突に、人懐っこそうな女性から話を振られた。

「・・・・え?」

フェイレは束の間、言葉を失った。いきなり質問が来た物だから、何を話していいか分からなかった。

「この北ウェンステルで起こりつつある状況について、どう思うか、と聞いているんですけど。」

「あ、ああ。その事ね。」

フェイレはようやく、質問の内容が理解できた。

「シホールアンルも、連合軍に苦戦しているみたいね。あたしは、去年の6月にルベンゲーブで、連合軍の大空襲を見たわ。」
「へぇ~、あのルベンゲーブ空襲を直に見たんですか?」
「そうよ。もう凄かったわね。あたしも、飛空挺の墜落に危うく巻き込まれそうになったわ。」
「うわ、危ないですね。」
「本当に、九死に一生を得たわ。しかし、連合軍にも、骨のある奴はいる物ね。あんな狭い峡谷を潜り抜けてくるとは、あたしのみならず、
現地の司令官でさえ思わなかった筈よ。」
「ああ、実際その通りみたいだったな。お陰で、ルベンゲーブの魔法石精錬工場は壊滅。連合軍の飛空挺部隊はその威力を発揮できたわけだ。」

面長の男がうんうん頷きながら言う。

「その強力な連合軍は、いよいよこの北大陸にやって来るらしい。」

そこまで言ってから、男はフェイレに顔を近付け、小声で言葉を続けた。

「いや、既にやって来ている。その一部は、既に・・・・」

男はフェイレの耳元でそう言ってから、顔を引いた。はっとなったフェイレは、目を見開いた。
面長の男は、ニヤリと笑みを浮かべている。

「ルベンゲーブを襲ったのは、第5航空軍のB-24リベーレーターと護衛機、沖合いの空母部隊から艦載機、総勢400機以上だ。
その一大作戦には、ストレートショック作戦という名前が付けられていた。」

男の声は、少し離れたところでは全く聞こえなかった。
だが、フェイレの耳には、その声がちゃんと聞こえていた。男は、フェイレの耳が良い事を知っている。

「ストレートショック作戦・・・・まさか、あなたは。」
「俺達は、シホットではない。アメリカ軍だ。」

その瞬間、フェイレの体に電撃が走るような感触が伝わった。

「アメリカ・・・・軍?嘘・・・・・嘘よ。」
「嘘ではない。」

ヴィクターは即答した。

「俺は、シホット共の知らない情報を知っている。例えば、昼間に見た、空高くに浮かんでいる幾つ物白い筋・・・・あれは、
俺達アメリカが開発した最新鋭長距離戦略爆撃機、B-29スーパーフォートレスという名前の飛空挺だ。これまでの飛空挺と違って、
高度5000グレル以上を悠々と飛べる。それに、連合軍は北ウェンステル領に橋頭堡を築いている。遠からぬうちに内陸への侵攻を
開始するだろう。どうだ、これでも俺達がシホットであると疑うかね?」

ヴィクターは、どうだ?と言ってフェイレの顔をまじまじと見つめる。

「その、シホットという言葉は何?」
「ああ、シホットね。俺達は馬鹿な敵の国名を呼ぶ時は、必ず略して呼ぶんだ。シホールアンル帝国と、わざわざ長ったらしく
言わないで、シホットと呼んだほうが無駄は無いだろう?ま、そのままシホールアンルって言う奴も多いがね。」

ヴィクターは、砕けた口調でフェイレに言った。何故か、フェイレは吹き出してしまった。

「フフ、アメリカ人って意外と面白いのね。」
「おっ、ようやく信じてくれたか。」
「ええ、勿論よ。」

フェイレはさも当然と言わんばかりの表情で言う。

「第一、シホールアンル人はどんな時でも、我が帝国は、あるいはシホールアンルはって言うわ。常に誇り高い彼らが、
あなた達みたいに、シホット、シホットって言う筈無いわね。」
「そりゃそうさ。だまし討ちをした奴らの正式名称はシホットで充分だからな。」

ヴィクターは、やや憤りを含んだ口調でそう言い放った。

「ねえ、ここでは突っ込んだ話は出来ないから、場所を変えない?」
「ああ、いいよ。」

ヴィクターはフェイレの提案を快く承諾した。

「話し場所って、ここなのかい?」
ヴィクターは、部屋に入るなり、頓狂な口調で彼女に言った。
その場所は、フェイレが宿泊している宿屋の一室であった。

「ええ。ここなら話しやすいわ。」
「しかし、一部屋に7人も押し掛けると、狭く感じるな。それに、ここじゃあ話の内容が隣に聞かれないか?」
「ご心配なく。」

フェイレは自信ありげに答えると、部屋の出入り口の前まで歩み寄った。

「・・・何をするんだ?」

ヴィクターらは、ドアに掌を当てるフェイレを見て首を傾げる。その中で、エリラはフェイレが何をしているかわかった。
いきなり、部屋全体にブンッという、羽虫が耳のすぐ側を通るような音が鳴った。

「魔法を使いましたね?」

エリラはフェイレに聞いた。

「ええ。音が外に漏れないようにしたの。これで存分に話し合いが出来るわ。」

フェイレはニコリと笑った。エリラには、その笑いに陰が含まれているように思えた。

「あたしから聞きたい事がある。なぜ、アメリカ軍の部隊であるあなた達が、あたしの前に現れたの?」
「戦争を早く終わらせるためだ。」

フェイレの問いに対し、ヴィクターは淀みの無い口調で答えた。

「戦争を早く終わらせる・・・・では、あたしを殺すの?」
「助けるんだ。そして、全世界に真実を知ってもらう。」
「真実・・・・ねぇ。」

フェイレの脳裏に、これまでの記憶が蘇る。

「シホールアンルは、今、どのような状況になっているの?」

ヴィクターは、その問いに答えた。
ヴィクターがいたアメリカが、南大陸で行われた召喚儀式でこの世界に呼び出された事。
アメリカに対して、いきなり服従を要求してきたシホールアンルが、交渉の末に国外に叩き出されたものの、味方艦隊が
シホールアンル艦の騙し討ちを受け大損害を出した事。
そして、それがきっかけで、反戦一色であったアメリカ国民が激怒し、大統領の演説の後に戦争に突入した事。
アメリカがシホールアンルに宣戦布告して早2年2ヶ月。
ヴィクターは、この2年2ヶ月に起こった事全てを、フェイレに話した。
最初は、まだ半信半疑で聞いていたフェイレも、話が進むにつれて、シホールアンルがどのような状況に追い込まれているか理解できた。

「要するに、シホットの馬鹿皇帝は、あなた達アメリカと言う強大な怪物に喧嘩売ってしまった、と言う訳ね。」

フェイレはそう言うなり、いきなり声を上げて笑った。

「しかし、アメリカの国力には恐れ入ったわ。空母という軍艦を1年で30隻近くも完成させた上に、南大陸に派遣している大軍。
それに加えて、レーフェイルにまで軍を進めるなんて・・・・まさに、アメリカは神様の国ね。」
「ああ。俺でも驚いているほどだ。だが、これが俺達アメリカの戦い方だ。敵がどんなに小さかろうと、戦う時は全力を持って叩き潰す。
相手が降伏しない限り、俺達は敵に容赦はしない。」

ヴィクターは、真剣な眼差しでフェイレを見つめた。

「だが、今の状況では、戦争を終わらせるためには、空母や戦艦を30隻、40隻投入しても、B-29を1万機作っても、まだ足りない。」
「足りない?」

フェイレは首をかしげた。

「それだけあれば、充分じゃない。」
「いや、充分ではないね。」
「どうして?」
「簡単だ。それは、君という存在を手に入れていないからだ。」

ヴィクターは断言した。

「君は、シホット共に様々な事をされた。君も、自分がどのような体になっているか分かっているはずだ。」
「・・・・・・・」

ヴィクターの言葉に、フェイレは思わず押し黙った。

「君は、シホットが作った、大威力の攻勢魔法兵器だ。シホット共は、君を捕縛した後は、君と同じような存在を大量に作り続ける。
そして、その大量破壊兵器が実用化されれば、戦争の様相は大きく左右される。」
「・・・・・あたしがいて迷惑になるんだったら、殺せばいいじゃない。」

フェイレは、搾り出すような声音でヴィクターに言った。
それから彼女は、自分の過去の事を、ヴィクターらに打ち明けた。


かつて、フェイレは両親と暮らしていた。
あまり良くなかった両親だったが、それでも育ててくれた。
その両親は、フェイレを見知らぬ男に差し出した後、遮られた視界の向こうに消えた。

かつて、訓練生時代に、フェイレはやった。
人を殺す訓練を。
時間が経つと、訓練方法は変わった。人を殺す訓練から、人の殺し方を競う訓練に。
そして、共に苦楽を分かち合った仲間を、殺した。飽くほど殺しまくった。

かつて、魔法研究施設で、地獄を味わった。
様々な薬を投与され、その度にのた打ち回る体。
実験が終わる度に襲ってくる恐怖。
彼女はそこで、大量破壊兵器に作り変えられた。

かつて、フェイレを救った男が居た。
その男は、フェイレを実の娘のように、いや、実の娘そのものとして育ててくれた。
喫茶店という物が好きになったのも、“父”のお陰だった。
初めての恋という物も、“父”と一緒に過ごしていた時だった。
辛い時、楽しい時。どんな時にも、“父”の姿はあった。
その“父親”を、フェイレは殺した。勝手に動き回った自分が、村人をも殺した。
それも、全員・・・・・

お前は、必ず人を不幸にする化け物。
(違う)
必ず不幸にする
(違う!)
不幸にする化け物!
(違う、絶対に違う!!)
フコウニスルバケモノ!!
(違う!違う!違う!違う!)

ああ・・・・また発作が・・・・・

いきなり、左頬に何かが当たった。

「・・・・・え?」

きがつくと、フェイレは頭を抱えてうずくまっていた。左頬が妙に熱い。
視線が、とある男を向いていた。それは、先ほどまで話していたアメリカ人だった。
左頬が熱いのは、恐らく、彼女の意識を覚まさせようとして、男が平手打ちをしたのだろう。

「・・・・また・・・・発作が・・・・はは、はははは」
「よっぽど、辛い思いをしてきたんだな・・・・・」

突如、どこかで聞いた事のあるような言葉が聞こえた。その口調は、包み込むような柔らかさがあった。

「仕返ししたくないか?」
「・・・・仕返し?」
「そうだ。」

ヴィクターは深く頷いた。

「俺達の任務は、君をシホット共の手に渡る前にこのウェンステルから脱出させる事だ。君が死んだら、この任務は失敗だ。
要するに、君にはこれからも生きていく権利がある、と言う事だ。」
「・・・・・・」
「シホット共に色々言われたのだろう?」
「・・・・どうせ、わたしは・・・・・」

フェイレは、既に多くの命を奪っている。それなのに、今更のうのうと生きていけるのであろうか?
どうせ生きるのならば、苦行とも思えるような事をしながら生きていたい。

「シホット共の言った事なんざ、全てくそくらえだ!!」

突然、ヴィクターは爆発したような怒声でそう言った。

「どうせわたしは、じゃない!既に、君は多くの命を奪ってきたのかも知れん。シホット共に、貴様は人を不幸にする化け物と
言われまくったのかも知れん。だがな、それが何だ!?多くの命を奪っただ?貴様は人を不幸にする、だ?そんなものは全てくそくらえだ!!」

ヴィクターは叩きつけるように言いながら、床を掌でバァン!と、音が鳴るほど思いっきり叩いた。

「君は全く悪くない!責任は、君をこんなにしてしまった糞みてえな畜生供にある!全て、シホットの畜生共が悪いんだ!!」

ヴィクターの言葉は、乱暴ではあったが、1つ1つがフェイレの心に、深く刻み込まれていく。

「生きたいだろう?仇を取りたいだろう?自分をこのような体にした奴らに、仕返ししたいだろう?ならば、生きるんだ。君は、シホット供が
犯した戦争犯罪の、立派な生き証人だ。君は、事実を南大陸、そして、アメリカ合衆国に伝えてくれ。戦争が終われば、戦争犯罪人を裁く裁判が
始まる。その裁判に、君をこうまでにした奴、君にだけ罪を着せ、自分だけはのうのうと生きようとしている奴が、必ず出て来るはずだ。
そいつを裁くためには、是非とも君の協力が要る。それに、」

ヴィクターは、ぱっと明るい表情になった。

「アメリカという国はどういう物か、知りたいだろう?」

彼は、おもむろに右手を差し出した。

「死ぬ事は簡単だ。自分を責める事も簡単だ。昔に思いを馳せるのも良い。だが、人には未来がある。生きる事は、確かに難しい事だが、
君のような人間なら、まだまだ大丈夫だ。約束してくれ。必ず、行き残る・・・・と。」
「・・・・・・・」

フェイレは、しばらく無反応であった。
人を不幸にする化け物・・・・・
(違う。あたしは、人を不幸にする化け物なんかじゃない・・・・確かに、あたしは悪い事をした。いや、させられた!)
今まで、自分をこうまでにした研究者達の顔が、次々と思い浮かぶ。
自分を、ただの実験動物として扱ってきた、魔道士、いや、畜生共が・・・・・!
この時、フェイレは決心した。

ヴィクターの右手を、フェイレは力強く握った。

「ヴィクターさん。私は、あなたと約束します。そして、今までに逝った人達の無念を、晴らします。」
「そうか、よく言ってくれた。」

ヴィクターは、フェイレの手を握り返した。フェイレの手は、普通の人間と同じく、心地良いほどに暖かかい。
(何が兵器だ。彼女は、立派な人間じゃないか)
ヴィクターは、心中でそう断言した。

「大分遅れてしまったが、ここで自己紹介といかないかい?」
「ええ、いいですよ。」

ヴィクターのすすめを、フェイレは快く承諾した。

「あたしの名前は、フェイレと言います。よろしく。」
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