自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

018 第15話 太平洋艦隊、北進

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第15話 太平洋艦隊、北進

1482年 2月12日 バルランド王国ヴィルフレイング 午前7時

暗闇が、次第にオレンジ色の光に照らされ、港の周囲が、光の下に次々と曝け出されてくる。
オレンジ色の光は、やがてヴィルフレイングの港全てを照らし出し、そこにたむろする艨艟達を、眠りから覚ました。

「出港用意!」

泊地から、凛とした声音が響き、それが合図だったかのように各艦の煙突から一層多くの排煙が噴出し、艦深部のエンジンが唸りを増す。
ヴィルフレイングの住人達は、突然の慌しい物音に起き上がり、港に視線を送る。
各艦の艦首から錨がけたたましい音を立てて艦内に吸い込まれて行き、やがて止まった。
騒音に代わって、今度は喨々たるラッパの音色が泊地内に響き渡り、出入り口に近い艦から出港を開始し始めた。
この世界の住人には理解しがたい音色だが、この音こそ、アメリカ海軍軍人にとっては聞きなれた軍歌、「錨を上げて」である。

「第14任務部隊、出港を開始しました!」

第1任務部隊旗艦、戦艦コロラド艦上で、見張り員の報告が艦橋内に届く。
第1任務部隊司令官である、ウィリアム・パイ中将は、出港していく空母レキシントン以下の第14任務部隊に視線を送る。
まずは駆逐艦から外海に出始め、次に巡洋艦、その次に空母という順番で、ゆっくりと出港していく。
第14任務部隊が出港を終える間際、第1任務部隊所属の駆逐艦も出港を開始した。

「駆逐艦ショー、出港します!」
「ポートランド、出港を開始します!」

時間が経つにつれて、第1任務部隊の所属艦も次々と出港を開始していく。

寮艦が出港していく中、ついにコロラドの出番がやって来た。

「前進微速。」
「前進微速、アイアイサー。」

艦長が機関科に支持を送り、機関科員が指示通りに動いてボイラーの圧力を高めていく。
やがて、コロラドの艦体がゆっくりと動き始めた。

「いつ見ても、大艦隊が出撃する光景は、胸躍るものだ。」

パイ中将がやや上機嫌な面持ちで言う。

「これが、本来の目的での出撃なら、もっと胸躍るものなのですが。」

参謀長のリーガン大佐がいささか不満気な表情で言ってきた。

「作戦に、本来も不本来もあるまい。成功するためならどんな事もいとわぬさ。」
「これだけの規模の艦隊が出港するのですから、敵のスパイからは隠しようがありません。」

情報参謀のパール中佐は、リーガン大佐とは対照的にやや楽しげな表情で言う。

「それは当然だろう。戦艦、空母を主力とする艦隊が、堂々と出港していくのだからな。
まあ、我々としては、敵さんのスパイに報告してもらったほうがありがたいではある。」

パイ中将は自信ありげな表情だ。むしろ彼は、敵に報告される事を大いに望んでいた。

「そうすれば、ガルクレルフの敵主力出てくるだろう。舞台の準備はしっかりやらないとな。我々と、敵とで。」

彼の言葉を聞いて、艦橋の幕僚達は一斉に笑い声を上げた。
第1任務部隊が港外に出ると、“第2任務部隊”主力の戦艦ネヴァダ、重巡ポートランド、ソルトレイクシティ、
護衛空母ロングアイランドを始めとする艦隊が出港を開始し、その後、第16任務部隊の空母ヨークタウン、
戦艦ノースカロライナを始めとする艦群が、ゆっくりと出港を開始した。

ヴィルフレイングの入江より北1マイルの高地で、アメリカ艦隊の出港を見守っていた乞食は、その全体の戦力をやっと理解でき、
それをすぐに魔法通信で送ろうとした。

「大変だ・・・・・・アメリカ人共は、早速主力を出してきやがった。」

乞食は震える手で望遠鏡を引っ込めると、一目がないことを再度確認し、濃い林に隠れた。
そして、頭の中で情報を整理し、魔法の構成式を展開、送る文案を考えた。

「本日8時、アメリカ太平洋艦隊、ヴィルフレイングより出港せり。敵艦隊は4個艦隊であり、
第1群は空母1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦10隻以上、第2群は戦艦4隻、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻以上、
第3群は戦艦3隻、空母1隻、駆逐艦10隻、第4群は戦艦1隻、空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦8隻なり、
針路は北、時速9リンルで向かいつつあり、警戒されたし」

1482年2月12日 午前9時 ガルクレルフ

「何ぃ!?アメリカ太平洋艦隊が出港しただと!?」

シホールアンル南大陸東艦隊司令長官である、ジョットル・ネーデンク大将は報告を聞いた瞬間、思わず叫んでしまった。

「それは本当か?」
「は、はい。」

魔道参謀のヘイ・イーリ大佐はどもりながらも答える。

「敵の戦力は?」
「スパイ情報によりますと、敵は4個艦隊に分かれており、総合で戦艦8隻、空母3隻、巡洋艦、駆逐艦30隻以上と推定されています。」

作戦室には、幕僚や職員、合わせて20人ほどがいたが、突然の報告に、誰もが凍りついたような表情になった。

「戦艦8隻・・・・・空母3隻・・・・・・敵は本気で攻めてきたぞ。」
「敵艦隊の針路からして、恐らくカレアント公国の沿岸、もしくは内陸の地上軍や、港湾施設を狙うと思われます。」
「なんという事だ!地上軍はやっと、補給が満足に行きかけて、大攻勢を準備しつつあるのに。
それに、港湾施設だって、やっと簡易の建物ができたばかりだと言うのに!」

ネーデンク大将は、その丸顔を真っ赤に染めた。

「すぐに出航の準備だ!」

ネーデンク大将はすぐに決断を下した。
これ以上、アメリカ艦隊に好き勝手させるわけにはいかなかった。
「やつらはおいたが過ぎた。ちょうど良い、この機会に痛い目に合わしてやろう。
幸いにも、この西海岸にはやつらと渡り合える程度の数の船を揃えている。
それに、今からワイバーン部隊の増援も行える。」
「では司令長官、隷下部隊に出撃準備を整えさせましょう。」
「急いでやれと伝えろ!」

その言葉が響いた後、幕僚達は慌しく動き始めた。
予想外の出撃準備に、司令部のみならず、隷下部隊の艦隊は困惑したが、今まで散々煮え湯を飲まされてきた
憎きアメリカ艦隊と決戦を行うと聞かされると、準備に拍車が掛かった。
元々、弾薬や消耗品はある程度積み込みを終えており、足りぬ物資等を積み込むだけで準備は着々と進んだ。
出撃は翌13日の午後2時に決定。
アメリカ艦隊の来襲予想地であるカレアント公国南部のジェング岬沖に出港する予定となった。



とある1個艦隊を除いては。



2月13日 午後11時50分 ガルクレルフ

「こんな事なら、砲身交換をもっと早めにやっておくのだったな。」

第3艦隊司令官であるイル・ベックネ少将は苛立っていた。
ガルクレルフを埋め尽くしていた味方艦隊は、大半が既に南下しており、今ガルクレルフにいるのは、
第3艦隊の戦艦レンベラード、マルヒナスと巡洋艦5隻、駆逐艦12隻、その他に本国から送られてきた増援部隊の巡洋艦1隻、駆逐艦4隻。
その他は掃海艇や小型の哨戒艇、輸送用の帆船しかいない。
ガルクレルフには艦隊の他に、2つのワイバーン発着基地があったが、2つの基地、合計で240騎いたワイバーン部隊は、今や116騎と半分以下に減っていた。
このワイバーン部隊も、アメリカ機動部隊の艦載機に備えるため、戦力を南部に転出されている。

「出港時間は、未明の3時になりそうです。」
「3時か・・・・・・・畜生め!」

ベックネ少将はそう吐き捨てた。

「こっちは西海岸で2ヶ月近く任務に当たっていたのだ。
このような事態になるのならば、主砲の砲身交換をもっと早めにやっておけばよかった・・・・・
早く出港せねば、艦隊決戦に間に合わなくなる。」
「会戦予定日は16日のようですな。」
「ああ、そうだ。だが、ここでモタモタしていたら、私たちは16日の決戦に間に合わなくなる。
クソ!なんて間の悪い時期に敵は出てきたのだ!」

出撃命令が下って以来、ベックネ少将はずっとこの調子である。
第3艦隊は、南大陸侵攻作戦が始まって以来、ずっと陸軍の支援やミスリアルの艦砲射撃を行ってきた。
12月の後半には一度、北大陸の西海岸で洋上補給を受けたが、それ以来補給を受けずに陸地の艦砲射撃や対空戦闘を行ったため、
弾薬や食糧の備蓄が残り少なくなっており、更には船の整備も行う必要があった。
ガルクレルフに移動した際、ベックネ少将は艦の整備を優先的に行わせ、次に消耗品の補給、その仕上げに主砲の砲身交換を行っていた。
その矢先に、アメリカ太平洋艦隊北進の情報が入ったのだ。
既に装備品の積み込みを終えていた他の艦隊はスムーズに準備を整えることが出来、第3艦隊が慌しく砲身交換や準備作業に追われている傍ら、
主力部隊は次々と出港して行った。

「しかし司令官、出撃は3時ですが、これでも早まったほうです。本来なら5時頃にずれ込む予定でしたが、
乗組員の努力のお陰で3時に短縮できたのです。」
「そうか。まあ、出撃が予定時刻より縮まったと言う事は賞賛に値する。流石は熟練の第3艦隊だ。
とりあえず、休める者は休めておけ。出撃後は忙しくなるぞ。」
「司令官、心配には及びません。各乗員とも、定期的に休憩は取っておりましたので、体力の消耗はある程度抑えられております。」

主任参謀は自信ありげに言った。他の幕僚達も、艦隊の準備状況を伝えてくる。
報告からして、出港準備はあと一息のところで終わるようだった。

「まあ、とにかく。今は3時頃までに出港し、主力部隊と合流する事を考えねばな。
私達に早くも屈辱を味合わせた、アメリカ艦隊にたっぷりとツケを払ってもらおう。」

ベックネ少将はようやく、焦燥に覆われた表情をやや緩ませた。

午前3時20分、第3艦隊は、新たに加わった巡洋艦1隻、駆逐艦4隻を配下に加えてガルクレルフを出港。
一路南に向かった。

2月14日 午前7時 ガルクレルフ沖南東80マイル沖

ガルクレルフに駐留する、第47空中騎士隊と、第49空中騎士隊は、いつもの通り2騎ずつの偵察ワイバーンを洋上に飛ばした。
偵察ワイバーンは、普段使う地上攻撃用ワイバーンを偵察用に仕立てたものである。
攻撃用ワイバーンは、最高速度が210レリンク(420キロ)、航続距離は500ゼルドである。
体系はやや大型のワイバーンであり、色は濃い青色である。
この日、第47空中騎士隊に所属する2番騎は、ガルクレルフ沖南東方向を偵察飛行していた。
120レリンクの巡航速度で、240ゼルド先に進めばガルクレルフに戻ると言う単純な任務である。
2番騎の竜騎士であるカイゲ・オェンス軍曹は、欠伸をかみ殺しながら海上を見回していた。

「暇で仕方ないな。こんな敵のいない海を見張るぐらいなら、戦場に出たほうがマシだぜ。」

彼は内心、この偵察任務が嫌だった。
偵察任務は、常に退屈との戦いになる。
オェンス軍曹は別に退屈に慣れていないわけではないが、空中戦や地上支援任務と比べると、物足りないにも程があった。

「せめて、目の前に敵の艦隊でも現れないかねぇ。最も、アメリカ艦隊に限らず、南大陸の弱小艦隊でも構わないが。」

半ば本気で、彼は会敵したいと思っていた。
そうすれば、このような退屈な気分も、一気に解消するであろう。

「それにしても、今日は雲が多いな。」

オェンス軍曹はやや姿勢を屈めながら雲の下を覗き込むが、それだけで見えるはずが無い。
太陽はまだ上がり切っておらず、洋上にはオレンジ色のグラデーションが現れ、それが徐々に鮮やかになりつつある。

「偵察任務でも、こういう光景が拝めるからまだ我慢できるよな。」

彼は大自然の光景にしばし見とれていた。
それからしばらく立って、彼は周囲に視線を巡らせた。
辺りにはやけに多い断雲と、その隙間から見える海が見えるのみ。
耳に入ってくる音は、風を切る音と、相棒が羽ばたく音ぐらいだ。

「50分が経過か。今は120レリンクで飛んでいるから、60ゼルド飛んだ事になるな。まだまだ先は長いねぇ。」

彼は相棒に語りかける。相棒は何も反応せず、ただひたすら飛行を続けているのみだ。

「宝物でもそこらに漂流していないかな。」

彼はもう一度、洋上を眺めた。
まず、右側を眺めて確認。比較的、雲量は少ない。めぼしいものは何も無い。

「右は以上なし、と。」

次に左側を見る。右側と比べて、雲量は多いものの、洋上は見渡せ、その洋上に黒いものが大小幾つか・・・・・・・
幾つか・・・・・・・・・・・

「あれは何だ!?」

思わず叫んでしまった。

雲の端から、突然黒い船の影のようなものが幾つも見えた。
その幾つもの船らしき陰は、陣形を組んでいた。形はややはっきりしている。
距離はこちらから5ゼルドあるかないかだ。

「もしかして・・・・・・もしかして・・・・・・」

彼は震える手を抑えながら、腰のポーチから小型の双眼鏡を引っ張り出した。
一見、おもちゃのような小さな双眼鏡だが、中には特殊な魔法石が入っており、
普通の望遠鏡並みの倍率で、遠くのものを見ることが出来る。
双眼鏡の向こう側に見えたモノ。
まず、小型艦らしき船が一番外周に居座り、次いで巡洋艦らしい船がいる。
その更に奥には、真っ平の甲板で、その中央部に纏められた、異様に大きな艦上構造物。
煙突と艦橋が少しだけ離れている。
彼は、1週間前に送られてきた船のイラスト書かれていた名前欄の言葉を思い出した。

「レキシントン級空母だ!」

その独特の艦容は、紛れも無く、レキシントン級正規空母そのものであった。

「なんてこった!本当に敵が来やがるとは・・・・・・それも、一番タチの悪い奴らが!!!」

彼はすぐに魔法通信を送ろうとした。
まず、頭の中で魔道式を展開。次に送る文案を考え、それを魔道式に結合させる。

「よし、まずはガルクレルフに送る」

言葉が最後まで言えなかった。突然、グオオオーン!というものものしい音が聞こえた。それは1秒経つごとに唸りを増しつつあった。
ぎょっとなって、音のする正面を見てみる。
突然、断雲を破って4機の見慣れぬ飛空挺が、彼の前に現れた。

「逃げるぞ!」

彼は相棒に指示を送り、向きを変えさせる。
ワイバーンが鮮やかな動作で反転し、速度を上げてガルクレルフに向かっていく。
すぐに210レリンクのスピードに上がり、ワイバーンは猛スピードで現場空域を離れつつある。
だが、後方の4機の飛空挺は追って来た。
差は広まるどころか、すぐに縮まりつつあった。
(緊急!ガルクレルフ沖60ゼルドの海域で、敵レキシントン級空母を発見せ)
刹那、後方から連続した発射音が聞こえた。
振り返ると、オレンジ色の小さな光弾が無数に向かって来た。
オェンス軍曹の意識はその直後に消えた。


「ガルクレルフのワイバーン部隊は、合計で110騎ほどにまで減少していると、スパイからの情報で判明しています。」

空母エンタープライズの作戦室で、ラウスの妙に間延びした声が響いた。

「その内、戦闘ワイバーンは4割、又は5割程度を占めると思われます。」
「5割だとして、50~60騎か。第1次攻撃隊なら対等に戦えるはずです。」

航空参謀のタナトス中佐が自信ありげに言って来た。それにハルゼーも納得したように頷く。

「さて、航空参謀の案通りにして見たが、後の結果は神のみぞ知るだな。
後は第1、第2次攻撃隊がシホット共のワイバーンを封じ込めれば、戦いは楽になる。」

ハルゼーは広げられた地図を眺めながらそう言った。

「キッド部隊はちゃんと続行しているか?」
「はい。艦隊の後方10マイルを21ノットで航行しています。」
「よし。作戦の第1段階に入ろう。」

そう言うと、ハルゼーらは艦橋に上がった。艦橋に上がった時、

「敵味方不明機接近!」

の声が艦内を巡った。
そして10分後、

「TF15上空にワイバーンが出現しました。」
「何だと!?」
ハルゼー中将はやや驚いた表情で叫んだ。
「現在、直衛機が追跡しているようです。」
「・・・・・ラウス君。TF15の上空にワイバーンが現れたようだが、ワイバーンに乗っているパイロットは魔法通信が使えたな?」
「使えます。」
「使える・・・・・か。これは、ガルクレルフの敵に報告されたかもしれないな。」

彼は一瞬、表情を曇らせるが、すぐに元の平静な表情に戻り、タナトス中佐に顔を向けた。

「航空参謀。第1次攻撃隊の発艦準備は整っているな?」
「はい。5分前に準備を完了しています。TF15も先ほど、発艦準備を完了した模様です。」

その時、艦橋に別の通信士官が飛び込んできた。

「報告、直衛隊は敵機撃墜に成功しました。」
「うむ。だが、これで敵のワイバーン部隊が来る可能性があるな。早めに第1次攻撃隊を発進させよう。」

午前8時 ガルクレルフ

「敵です!敵が来ました!」

第47空中騎士隊隊長であるナルバ・ロッポ大佐は、やや安堵したような表情を浮かべる。

「どうやら間に合ったようだな。」

ロッポ大佐は、双眼鏡で二つの飛行編隊を見る。
1つ目の編隊は、海側から聞きなれぬ音を発しながら迫りつつある。
視線を変えて、ガルクレルフ港上空の編隊をみてみる。
こちらは普段見慣れた戦闘ワイバーンである。
速度は245レリンクを出せ、信頼性もある赤いワイバーン達は合計で52騎いる。
本来なら、ワイバーンは戦闘用、攻撃用会わせて116騎はいたが、ガルクレルフ上空を飛行している52騎以外に、
今朝方、味方の偵察ワイバーンが発見したレキシントン級空母を中核とする米機動部隊攻撃に42騎の戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーンを割いている。
「敵編隊は約40~50機か。そのうち、あの忌々しいグラマン機が3分の1、良くて半分か。敵機部隊の指揮官はさぞかし驚いているだろうな。」
もし、グラマンが半数の20機以上だとしても、こちらが迎撃に用意したワイバーンは52騎。
いくらこちら側のワイバーンにあれほど煮え湯を飲ませたグラマンとはいえ、流石に押さえ切れぬだろう。

半数はグラマンとの戦いに拘束されるだろうが、残りは心置きなくドーントレスやデヴァステーターに取り付ける。

「フッフッフッフッ。あの忌々しいグラマンや攻撃機群の命も、もはや尽きたな。特に攻撃機は1機も生き残れまい。」

彼の脳裏に、片っ端から光弾を叩き込まれ、ブレスに焼かれて墜落していく米軍機の姿がよぎった。
この攻撃さえ抑えれば、後は有利に事を運ぶ事が出来る。
それに、アメリカ艦隊攻撃に向かった攻撃隊が敵の空母叩きのめせば、第47、49空中騎士隊の名声は世に知れ渡る事になる!

「シホールアンルの力を、とくとご覧に入れようぞ。」

彼は獰猛な笑みを浮かべながら、ワイバーン隊が米艦載機隊と交戦に入るのを待った。
ほどなくして、ワイバーン隊が増速して高度を上げ始めた。
空中戦で有利なポジションを取るために必要な行動であり、戦闘ワイバーンの竜騎士達にとって、いつもやり慣れた動作に過ぎなかった。
双眼鏡を米軍機に向けなおす。芥子粒ほどの米編隊は、先頭の機がやはり高度を上げ始めた。
先頭は攻撃隊の援護に付くグラマンであろう。

「さて、どんな戦いぶりを見せてくれるかな?」

彼は双方の激突を今か今かと待ち構えていた。
先頭の機が上昇を始めると、後続機、その後続機も次々と上昇を始める。
先頭の10機ほどの梯団が上昇し始め、次にその後続の小編隊も上昇を始める。
そして、後方、またその後方の小編隊も先頭隊に続いて上昇を始め、なぜか最後尾部隊までもが上昇を開始した。

「?????」

ロッポ大佐は戸惑った。

なぜか、敵攻撃隊の全機が上昇を始めたのだ。
そしてその動きは早かった。中空を悠々と飛行しているはずの攻撃機は1機もいない。

「まさか!」

ロッポ大佐は驚愕の表情を浮かべた。
なんと、敵攻撃隊は、全機があのグラマン戦闘機なのだ!
双方が上昇を終え、その先頭が接触した途端、空中戦が始まった。
上空にグラマンのエンジン音が響き渡り、機銃の発射音が微かながら聞こえてくる。
この時、アメリカ軍の第1次攻撃隊は、54機全てがF4Fであった。
攻撃隊の内訳は、エンタープライズ隊が28機、サラトガ隊が26機である。
1機のF4Fのバックに、ワイバーンが迫り、光弾を叩きつけてきた。
光弾のうち何発かがコクピットを直撃してパイロットの体をギタギタに引き裂いた。
操縦者を殺されたF4Fが機首を下にして墜落していく。
F4Fを撃ち落したそのワイバーンの横合いから別のF4Fが突進し、12.7ミリ機銃をぶち込んで、撃ち落とされた味方機の後を追わせた。
別のワイバーンは、グラマン機の真正面からブレスを吹き付けたが、グラマンは上手く避けて逆に4丁の12.7ミリ機銃弾をしこたま振るわせた。
赤いワイバーンの胴体や翼に高速弾が数十発単位で殺到し、魔法障壁を難無く突き破って胴体や翼を引きちぎった。
痛みに悶えるワイバーンが、悲痛の叫びを上げながら墜落していく様は、悲惨の一語に尽きる。
急降下で突進してきたグラマンに気付かず、前方のグラマンを追い回していたワイバーンに機銃弾のシャワーが降り注ぎ、
グラマンが下に飛び抜ける頃にはワイバーンも射手も射殺され、グラリと傾いて下界に真っ逆さまに墜落していった。

「なんて事だ・・・・・・・な・・・・なんて事だ・・・・・」

ロッポ大佐は目の前の光景が信じられなかった。
つい2週間前まで、南大陸軍相手に大いに暴れ回った歴戦のワイバーン部隊が、同数程度の敵相手に良くて互角か、悪くて苦戦を強いられている。
墜落していくグラマンも5機ほど数えたが、その間に味方のワイバーンは実に10騎以上が叩き落された。

双方一歩も引かぬ激しい空中戦だが、格闘戦に全く乗らぬグラマンは、常に一撃離脱の戦法に徹している。
それに対し、何が何でも格闘戦に引きずり込もうとするワイバーンだが、相手はいっこうに乗って来ないため、
空しく旋回を続けるワイバーンが何騎もいる。
そのワイバーンに優位な高度から急降下して、攻撃を仕掛けるグラマンも1機や2機と言うちゃちい数ではない。
そして空中戦開始から20分が経った時、味方のワイバーンは6割程度にまで撃ち減らされていた。
敵グラマンも明らかに数は減っているが、味方よりはまだまだ数が多い。

「俺の・・・・・俺のワイバーン部隊が!」

目の前に現れた、残酷な事実に、ロッポ大佐は思わずへたり込んだ。
彼は気付かなかったが、この時、南東の洋上から新たな編隊が姿を現しつつあった。
それこそ、本命の打撃部隊である第2次攻撃隊であった。


9時30分 ガルクレルフ沖南東60マイル地点

「レーダーに反応!北西針路320度方向より接近する敵編隊あり。距離30マイル」

第15任務部隊の空母サラトガのレーダーが、接近しつつある第47、第49空中騎士隊の攻撃隊を捉えた。

「直衛戦闘機をすぐに向かわせろ!」

CICの中は、たちまち出入りする兵や士官で慌しくなった。
現在、上空警戒に残されたF4Fは18機で、それらはサラトガ、エンタープライズの指示を受け取るや、
すぐさま会敵点へと向かった。

10分後、

「直衛戦闘機隊より受信、敵編隊のうち、20騎がTF15へ向かうとの事です。」

第15任務部隊指揮官であるジョン・ニュートン少将は舌打ちした。

「よりにもよって、我が艦隊に向かってくるとはな。F4Fはどうした?」
「敵ワイバーンとの戦闘に拘束されています。敵編隊、我が艦隊まであと10マイルです。」

ニュートン少将は、敵が来ると思われる北西の方角に双眼鏡を向けた。
雲はちょうど少なく、遠くまで見渡せる事が出来た。
ニュートン少将は、程無くして、両翼が上下運動を繰り返す飛行物体を発見した。

「敵ワイバーン部隊視認!」

すると、敵ワイバーン部隊はいきなり二手に分かれてきた。
敵ワイバーンは21騎いたが、一方は9騎、一方は11騎に別れ、11騎のほうは艦隊の前方を大きく迂回し、
やがて右舷側から低空、高空の二手に分かれて向かって来た。
それと同時に、対空砲火の射程外にいたワイバーン9騎も首を輪形陣に向けてきた。
敵ワイバーン部隊は、TF15の左右両側から挟み撃ちを仕掛けるようだ。
やがて、輪形陣外輪部の駆逐艦が両用砲を放った。
ワイバーン編隊の周辺に高角砲弾が炸裂し、辺りに小さな黒い花が咲く。
敵ワイバーン隊は400キロ近いスピードで輪形陣に迫って来た。
第49空中騎士隊に属する攻撃ワイバーン11騎は、初めて経験するアメリカ艦隊の対空砲火に度肝を抜かれた。

「こりゃあ、想像以上に難物だぞ!」

指揮官は、辺りで炸裂する高角砲弾に怯えながら前進を続けた。
米駆逐艦が打ち上げる高射砲の弾幕はなかなか激しく、編隊の前面には、黒い小さな煙が無数に湧き上がって、
それが壁を形成しているように見えた。
ドン!ドン!と砲弾が炸裂するたびに、火薬のきな臭い匂いが鼻を突き、魔法障壁に破片が当たってけたたましい音が耳の奥を掻き毟った。
駆逐艦まで距離600グレルまで達すると、無数の光弾が飛び上がってきた。
指揮官はアメリカ艦隊の輪形陣を見てみた。
外周部には小型艦が占位し、陣形の少し内側には巡洋艦、そして真ん中に空母がいる。
左舷側の中型艦の艦も、姿ははっきり見えないが恐らく巡洋艦だろう。
こちら側が見える巡洋艦は、空母の前を行くものと、空母の右前斜めを行くのがブルックリン級だ。
そこまではすぐに分かった。
だが、空母の右後ろ斜めを行く艦は判別がつかなかった。
一見すると、駆逐艦の艦体を伸ばしたような形だが、その見た事も無い船が一番激しい対空砲火を放ってきている。

「なんて量の対空砲火だ!」

指揮官はあまりの濃密な弾幕になぜか呆れてしまった。

「後続騎!ついてきているか!」
「2番騎と7、8番騎が落とされました!」

そんなに!?
指揮官は仰天した。
今までは、多くて、1週間に2騎ほどの損害が常であった。
だが、戦闘開始からわずか10分足らずの短時間に、対空砲火のみで3騎も落とされたのは初めてだった。
駆逐艦の上空を飛びぬけると、今度は巡洋艦の防御ラインにぶち当たった。
高角砲弾のみを放っていた巡洋艦が、堪えきれぬ怒りを爆発させたかのように大量の機銃弾を放って来た。

それまで高度3000メートルで急降下爆撃を行おうとしていた4騎のワイバーンも、この瞬間に2騎が連続して叩き落された。

「敵のワイバーンはかなり勇敢だぞ!」

ニュートン少将は、サラトガの艦橋上でワイバーンの戦いぶりを見ていたが、凄まじい対空砲火を受けても引く事無く、
向かいつつあるワイバーンの闘志に頭が下がる思いだった。

後年、クリーブラン級軽巡やボルチモア級重巡、それにアラスカ級巡洋戦艦やアイオワ級等の優秀な護衛艦艇を加えたアメリカ機動部隊は、
シホールアンル側の航空攻撃に対して鉄壁とも言える対空砲火で多数のワイバーン、飛空挺を撃墜している。
その時の対空戦闘に比べれば、この最初の対空戦闘は可愛い気のあるものだったといわれている。
だが、それを知らぬ当時の者達は、この時の対空砲火も、いつもに増して濃密に張り巡らされていると思っていたが、
ワイバーン群は犠牲もいとわずに、ひたすらサラトガに接近して来た。

最初にサラトガの至近にやって来たのは右舷側のワイバーンだった。
海面を這うような低空でやって来た2騎のワイバーンは、サラトガ自身の対空砲火も受ける。
サンディエゴを出港する直前に換装された艦橋前、後部前に設置された5インチ連装両用砲に、28ミリ4連装機銃2基、
20ミリ機銃16丁が雨あられと高角砲弾、機銃弾を注ぎ込む。
距離800メートルで先頭のワイバーンがズタズタに引き裂かれ、バラバラになりながら海面に叩きつけられ、血混じりの水柱を吹き上げる。
2番目のワイバーンは距離600メートルで、腹から爆弾を投下した直後、高角砲弾が右の翼を叩き切り、もんどり打って海面に叩き落された。

「爆弾が来まーす!」

見張りの絶叫が響いた。
2番目のワイバーンが放った爆弾が、テンテンと海面を飛び跳ねながら向かって来たのだ。
ニュートンが右舷側に目を向けたとき、爆弾は艦橋後部の5インチ連装両用砲座下に舷側に命中した。

ズガァーン!というけたたましい爆発音が鳴り、衝撃にサラトガの艦体が僅かに震えた。
爆弾は舷側に突き刺さると、その場で炸裂した。
75リンル(140キロ)爆弾が炸裂し、無数の破片が四方八方に飛び散らされた。

「上空より敵機急降下!」

残る2騎のみとなったワイバーンが、見事な体勢でサラトガめがけて突っ込んで来た。

「取り舵一杯!」

艦長のオーウェン大佐が緊急回頭を命じる。
上空のワイバーン2騎は、操舵員が必死の形相で舵をぶん回し、早く曲がれと祈る間にも確実に高度を下げつつあった。
サラトガの艦首がようやく曲がり始める。その次の瞬間、艦首右舷側の海面に水柱が吹き上がった。
次に艦橋右舷側海面に爆弾が落下し、高々と水柱を吹き上げた。
2騎のワイバーンの攻撃をかわしたまでは良かった。だが、別の脅威がサラトガに迫りつつあった。

「左舷側低空よりワイバーン4騎接近!」

左舷側より進入して来たワイバーン4騎が巡洋艦の防御ラインを突破し、サラトガの左舷側に迫って来たのだ。
左舷側の20ミリ機銃16丁に28ミリ4連装機銃2基、それに5インチ単装両用砲が狂ったように撃ちまくる。
他の護衛艦からも援護の対空砲火が4騎のワイバーンに伸びてくる。
4騎中、2騎が叩き落されたが、残る2騎が距離500メートルで75リンル爆弾を投下した。
爆弾のうち1発はサラトガの至近で爆発して空しく飛沫を跳び散らすが、残る1発が左舷側中央部の舷側に命中する。
命中の瞬間、ドーン!という爆発音が鳴り響き、サラトガの艦体が再び揺れた。
爆発の瞬間、爆風の影響をもろに受けた28ミリ4連装機銃座は、真下から無数の破片に機銃座をズタズタに引き裂かれ、
操作要員、給弾要員が全員戦死してしまった。

また20ミリ機銃2丁が銃身を破片にすっぱり切断されたり、ひしゃげられて使用不能に陥った。

「舷側より火災発生です!」
「ダメージコントロールチームは急いで損傷箇所の消火に当たれ!」
「右舷側の火災は小規模、負傷者多数、至急救護班をよこして下さい!」

艦橋内にひっきりなしに報告が届き、オーウェン艦長がそれにひとつひとつ、指示を下していく。
サラトガは両舷からうっすらと黒煙を噴き出しており、傍目から見れば無視しえぬ損害を負ったように思える。
しかし、実際の被害は思ったより少ない。
それに、空母の命とも言える飛行甲板は無事であり、機関にも損傷は無かった。

「司令、第1、第2次攻撃隊より入電です。我、ガルクレルフワイバーン基地の攻撃に成功!敵の基地機能を完全破壊せり!」

一瞬、騒がしかった艦橋内が静かになり、やや間を置いて誰もが安堵したような表情を滲ませる。

「まずは第1段階成功、と言う事だな。」

ニュートン少将は無表情のままそう呟いた。

「だが、僅かながらの敵が、このサラトガに手傷を負わせた。あのワイバーン隊の連携は見事だった。
この事からして、シホールアンルは侮れない敵であると、今一度認識せねばならない。」

午前11時50分 ガルクレルフ

ガルクレルフにあった、2つのワイバーン発着基地は、濛々たる黒煙を吹き上げていた。

アメリカ軍の艦載機は、第1次攻撃隊を戦闘機のみで固めて、こちら側の迎撃部隊を蹴散らすと、第2次攻撃隊が2つの発着基地に殺到し、
次々に爆弾を叩き付けて行った。
指揮所、野ざらしの弾薬集積所、備品倉庫は真っ先にドーントレス群の急降下爆撃を受けてことごとく叩き潰され、
200メートルの短い滑走路は水平爆撃隊によって穴だらけにされていた。

「こっ酷くやられてしまったなあ。」

第49空中騎士隊隊長であるジャーバン大佐は頭を抱えながらそう呟いた。
惨憺たる様相を呈した発着基地ではあるが、迎撃隊、攻撃隊の損害も目を覆わんばかりだった。
迎撃隊は11機のグラマンを撃墜したが、逆に27騎を撃ち落された。
攻撃隊にいたっては、護衛のワイバーン20騎、攻撃ワイバーン22騎で洋上の米機動部隊を攻撃したが、
護衛のワイバーン8騎、攻撃ワイバーン14騎を失って得た戦果は、レキシントン級空母1隻に爆弾2ないし4発命中、
敵機2機撃墜のみであった。
迎撃ワイバーンと攻撃隊は、南200ゼルドにあるレンバリアの基地に避難して行ったが、激烈な戦闘を終えたばかりであるから、
更に何騎かが途中で脱落した事は明らかである。

「あれから3時間が経った。もうそろそろ、敵の第3次攻撃隊が来てもおかしくない。」

ジャーバン大佐は、あの恐ろしい甲高い轟音をはっきりと聞き取っている。
攻撃機の中で、特にドーントレスの発する甲高い音は、まるで死神の呼び声にも似ているようで、思い出すだけでぞっとする。

「隊長―!」

魔道士官が息を荒げながら、彼の側に走り寄ってきた。

「どうした?」

「第3艦隊がガルクレルフに向けて反転を開始したそうです。」
「第3艦隊が来るのか・・・・・・第22竜母機動艦隊はどうなのだ?」

ジャーバン大佐は肝心な事を問いただす。

「アメリカ側が空母でここを叩こうとしている今では、こちらもワイバーンで敵に対抗せねばならない。
そのワイバーンを積んでいるであろう、第22竜母機動艦隊はどうなっている?」
「ヘルクレンス少将の艦隊は、正面の太平洋艦隊主力と決戦を行うべく、依然として艦隊主力に続行しままで。」
「畜生め!」

ジャーバン大佐の口から罵声が飛び出した。

「ここには前線部隊に欠かせぬ物資が大量にあるのだぞ!それを敵機動部隊の艦載機に吹き飛ばされれば、
前線の地上軍は満足に戦えなくなるのに!」

腹立ち紛れに、彼は被っていた帽子を地面に叩き付けた。

「レンバリアの基地に応援要請だ!至急、ワイバーンを上空によこせと伝えろ!」

彼はすぐに指示を下した。
魔道士官はその命令を受け取ると、すぐに魔法通信を送る準備に取り掛かった。
突然の空襲に、ガルクレルフのシホールアンル軍部隊は浮き足立っていた。
普通なら、アメリカ軍の機動部隊は全て、遠い南の海域で自軍の主力艦隊と行動を共にしている筈なのだ。
だが、比較的安全だったはずのガルクレルフに、アメリカ機動部隊はその刃を突き立てて来た。

「襲来してきた艦載機の数からして、空母の数は攻撃を加えたレキシントン級1隻のみではない。明らかにもう1隻いる!」

ジャーバン大佐は、今朝の戦闘を見てそう確信していた。誰もが、次の空襲を恐れていた。
そう遠からぬ時間に、港や平野に溜められた補給物資は、敵飛空挺の銃爆撃に晒される事は、誰から見ても明らかだった。
せめて、少しだけでも補給物資を内陸に運ぼうと、一部の馬車部隊が木箱を荷台に積み込み始めている。
必死に救助作業や、物資の搬送作業に励む中、水平線上にぽつんと、船の形が浮かび上がった。


第2任務部隊司令官のアイザック・キッド少将は、ガルクレルフの陸地を双眼鏡で眺めていた。

「あれがガルクレルフか。」
「現在、ガルクレルフまでは約5マイルあります。」
「5マイルか。もう少しだな。」

彼は抑揚の無い口調でそう呟いた。
既に射程内だが、キッド少将は未だに発砲命令を出さない。

「4マイルまで近付いて回頭し、南側から北側に航行して港とその少し内陸を砲撃する。
ニューオーリンズとアストリアは続航しているな?」
「はい。1000メートル間隔で続航しています。」

第2任務部隊は、護衛の軽巡、駆逐艦を左右に配置し、戦艦、重巡計4隻で1つの単縦陣を形成している。
5マイルから4マイルに縮むのにそう時間はかからなかった。

「4マイルです。」
「よし。全艦一斉回答、艦隊針路360度」
「全艦一斉回答、艦隊針路360度、アイ・サー。」

復唱のこえが響いて間もなく、第2任務部隊はガルクレルフ港の南側から一斉に北へと転舵した。

転舵を終えると、ガルクレルフ港の南側の防波堤が左舷側に見えた。

「左砲戦、砲撃用意。」

キッド少将は淡々とした口調で命令を下した。
アリゾナの3連装45口径14インチ砲計12門が、一斉に左舷側に向けられる。
砲塔が左舷側に向けられると、14インチ砲ひとつひとつが、陸地に狙いを定める。
戦艦部隊がまず狙うのは、南側に堂々と構えられている木造の倉庫群である。

「全艦、砲撃準備完了です。」

ヴァルケンバーグ艦長が報告して来た。キッド少将は頷き、早くも次のステップに取り掛かった。

「撃ち方始め!」

大音声で命令を下し、その数秒後にアリゾナの各砲塔の1番砲が火を噴いた。
ズドォーン!という重々しい発砲音が、ガルクレルフに響き渡った。
後続のペンシルヴァニア、重巡ニューオーリンズ、アストリアも適宜射撃を開始した。
上空には、弾着観測機がおり、それらが観測結果を報告する事になっている。
やがて、倉庫群の前面に数本の水柱が立ち上がった。その水柱の隙間から、弾着の閃光が垣間見えた。

「陸地に4弾命中。倉庫群に目立った損害無し。」

20秒後に第2射が放たれた。土煙が上がっている陸地に14インチ砲弾が殺到し、着弾する。
またもや盛大な爆発が起こり、大量の土砂が上空に噴き上げられる。

「倉庫群に1弾命中。倉庫1棟を完全破壊。」

次に、修正を加えた第3射がぶっ放された。
三度陸地に爆発が起こり、今度は建物が木っ端微塵に吹き飛ぶ様子が艦上からも見て取れた。

「新たに倉庫5棟を破壊せり。」
「いいぞ、その調子だ。」

キッド少将は満足気に頷いた。
その直後に第4射が放たれ、14インチ砲弾が陸地に向かっていくアリゾナ、ペンシルヴァニアから放たれた砲弾が倉庫群に着弾し、
一気に7棟の木造倉庫が吹き飛ばされた。

「一斉撃ち方。」

弾着が良好になったと判断したヴァルケンバーグ艦長は、ついに一斉撃ち方へと切り替えた。


太平洋艦隊司令部が立てた、ガルクレルフ砲撃作戦は実に手の込んだものであった。
まず、10日の未明にTF2、TF15、TF16が、夜逃げをするようにこっそりとヴィルフレイングを出港した。
その2日後の12日、太平洋艦隊主力は堂々と、ヴィルフレイングを出港していった。
この時、監視に当たっていたスパイは、太平洋艦隊の陣容を伝えたが、報告の中には戦艦が8隻とあった。
だが、主力部隊は戦艦を6隻しか伴っていなかった。
本当ならば、6隻しかいないはずなのに、報告では8隻に増えたのだ。
この時、アメリカ側は、夜中に出港した真打の打撃部隊を、全く関係の無い艦隊と思わせるために、本体の出港時に
わざわざ偽装した第2任務部隊までも用意したのだ。
それに、キンメルはトリックを使った。それは、戦艦と重巡を混ぜて出港させた事である。

米重巡の初期型に属する、ソルトレイクシティ、ペンサコラ級、ノーザンプトン級、ポートランド級は、普段は戦艦の側を航行しているが、
今回は敢えて、一列に並ばせ、一緒に航行させた。
これらの重巡は、近場で見たら一目瞭然だが、遠目で見ると、その独特の三脚マストや艦上構造物が米戦艦の形に似ている。
スパイはキンメルのトリックにまんまと引っ掛かり、あたかも主力部隊が総力出撃したように見せかけたのだ。
そして、北進を続ける太平洋艦隊主力は、敵の主力部隊を南に引っ張り出す、“えさ”であった。
太平洋艦隊北進のニュースに引っ掛かったシホールアンル艦隊は、ほぼ全力を出港させ、南に向かってしまった。
そこに大回りで接近してきたTF2、15、16がガルクレルフを奇襲したのである。
米側の本当の目的が分かった頃には、もはや手遅れだった。


アリゾナ、ペンシルヴァニアが一斉撃ち方に入ると、ガルクレルフ港はこれまで以上に激しく破壊され始めた。
先の交互撃ち方で、既に半数近い数を叩き潰されていた倉庫群、合計24発の14インチ砲弾が降り注ぎ、たちまち10棟単位の倉庫が粉々に吹き飛ばされた。
倉庫には、兵士達が使う防具や剣、盾などが入っていたが、それらが一瞬にして叩き潰され、ただのゴミクズに変換されてしまう。
その無数のゴミクズの真上に第2斉射の14インチ砲弾が突き刺さり、大音響とミクロ単位の細切れになった。
第3斉射で倉庫群が1棟残らず全て吹き飛ばされた。
次の目標に主砲が向けられる。今度の目標は、港に野ざらしにされた、山積みの木箱の群れである。
その木箱の群れに14インチ砲弾計24発が殺到する。
着弾の瞬間、木箱の山は一瞬にして消え去り、または空高く舞い上がって、地上に勢いよく叩きつけられた。
第5斉射が放たれると、木箱の合った区画は一瞬にして砕け散り、人も物も全て無に還元された。
重巡2隻の8インチ砲弾も、戦艦よりは威力は無いものの、係留されていた哨戒艇や帆船を片っ端から砲撃し、次々と打ち沈める。
陸地に向けられれば、固いレンガ造りの倉庫と言えども、雨あられと降り注ぐ8インチ弾の前に2分と持たず、あえなく崩壊していった。
山積みになった木箱群は、戦艦の斉射を受けた後には1箱も無事なものは残っておらず、
比較的損傷の低い物でも、内容部が著しく損壊し、もはや2度と使い物にはならなかった。
軍港の中央側には、分解された投石器や大砲、弾薬が詰められたテント郡があったが、それもアリゾナ、ペンシルヴァニア14インチ砲弾の餌食となっていく。
1トン近い石を放り投げる事の出来る投石器が、鉄の砲弾に直撃され、基部が木っ端微塵に破壊される。

とある14インチ砲弾は、別のテント群に突き刺さって炸裂。
その瞬間、大音響と共に紅蓮の火柱が吹き上がり、シホールアンル側のみならず、砲撃を行っていた米側も思わず仰天してしまった。
南大陸最大の後方兵站基地と言われ、同時に将兵の急速の場所として知られていたガルクレルフが、
1回の斉射の度に醜く変貌し、対応のしようがない大損害を与えられていく。
14インチ砲弾が、保管されていたゴーレムも荷台も一緒くたに吹き飛ばし、
連続で放たれた8インチ砲弾が、木箱の中の服や、兵達の家族から送られた差し入れを一寸刻みに破壊していく。

北側も砲撃され、射撃目標が内陸部に及ぶ頃には、ガルクレルフの港は、砲撃前の光景とは全く違う光景。
まるで、地獄そのものをそっくり移転させたような光景に変わっていた。
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