第131話 第2次スィンク沖海戦(後編)
1484年(1944年)4月16日午後3時50分 ユークニア島南西沖170マイル地点
第72任務部隊第2任務群司令官であるジョン・リーブス少将は、旗艦ワスプの艦橋から、飛行甲板の後部に
集められつつある第2次攻撃隊の艦載機に見入っていた。
「アベンジャー8機は、全て準備が整ったな。あとは、10機のヘルダイバーと10機のヘルキャットを、この飛行甲板に乗せるだけか。」
リーブス少将は、後ろに立っていた航空参謀に話しかけた。
「はい。第2次攻撃隊に参加できる機数は、これだけです。」
「うーむ・・・・思ったよりも、使用可能機が減ったのが痛手だったな。」
リーブス少将は、腕組みしつつ、唸るような声音言う。
ワスプは、先の第1次攻撃の際にF6F20機、SB2C8機、TBF12機を発艦させている。
ワスプ攻撃隊は、敵竜母1隻に爆弾、魚雷2発ずつを食らわせて大破させているが、敵ワイバーンの妨害と、対空砲火によってF6F2機、
SB2C2機、TBF3機を失っている。
帰還の際、F6F1機が着艦事故で失われており、ワスプ航空隊は実に8機を失った事になる。
更に、整備班から修理不能と判断された機体は4機に及び、うち1機がヘルダイバー、2機がアベンジャーとなっている。
ワスプ艦長アーサー・ギラード大佐は、残存機を使用して第2次攻撃に参加する事を決めたが、対艦攻撃に使える艦載機は、
飛行甲板後部に並んでいる8機のアベンジャーと、格納甲板で準備中の10機のヘルダイバーのみである。
「ゲティスバーグでは、F6F18機とSB2C14機、TBF12機を出すようです。他の軽空母は、それぞれF6F6機、SB2C6機、
TBF4機ずつが出撃準備を行っています。」
「合計で104機。これが、TG72.2が繰り出せる第2次攻撃隊の総数か。TG72.1と合わせれば、なんとか敵機動部隊を撃
滅できるかもしれないな。」
TG72.1のほうでも、攻撃隊の編成を急いでいるが、TG72.1は、ベニントンが損傷し、後退したため、有力な空母は
イラストリアスしかいない。
残りの2隻は、搭載機数の少ない軽空母であるため、多数の攻撃機は出せないであろう。
それでも、5、60機程度の攻撃隊は出すようであるから、TF72は160機ほどの攻撃隊を編成できる。
この数ならば、第3波攻撃隊が発見した新たな敵機動部隊に、痛打を与える事が出来るだろう。
「発艦準備完了までは、あと30分ほどです。恐らく、攻撃は薄暮か、夜間になるかもしれません。」
「薄暮か夜間・・・・か。そうなったら、いささかまずいな。」
リーブス少将は、航空参謀の言葉を聞くなり、顔をしかめた。
「ワスプ以外の母艦航空隊は、夜間着艦の訓練を余り行っておらんぞ。今はどの空母にも着艦誘導灯が付いているから、
夜間でもやりやすくなったが、それはベテランに限っての話だ。飛行時間が余り長くない若手搭乗員にとって、着艦は昼間、夜間問わず
一番難しい物だ。彼らが、数少ない夜間着艦の経験を完全に生かせればいいのだが。」
「しかし、ここで敵機動部隊を撃滅せねば、ユークニアへの補給は寸断されたままです。ここは、後顧の憂いを絶つためにも、使える物は
全て使うべきです。」
航空参謀は、強い口調でリーブスに言った。
「そこの所は私も分かっているよ。サマービル司令官も、フィッチ長官も同じ考えだろう。俺達がここで負けたら、合衆国国民のみならず、
レーフェイルで戦っている勇士達にも影響を与えるからね。俺としてはいささか不安があるが、やると決めたからには最後まで突っ走るまでさ。」
彼は、最後は威勢の良い口ぶりで航空参謀に言う。
リーブスは、おもむろに太陽を見てみる。
日は、既に傾き始めているが、まだ低くは無い。
(確か、昨日は7時から8時の間に日が落ちたな。攻撃隊が発艦して、敵機動部隊に接敵するのが5時後半から6時中頃。帰還する時には既に夜・・・か。
若い搭乗員は、帰り道はかなりしんどそうだな)
リーブスは、若い搭乗員のたちの事を思うと不安でならなかったが、それでも、攻撃隊は出せねばならない。
「若い連中には、この海戦で経験を豊富にしてもらうしか、方法はあるまいな。」
彼は、航空参謀に向かって苦笑しながら言った。
午後4時10分を回った。
ワスプは相変わらず、他の僚艦と共に25ノットの速力で南南東に向かいつつあった。
飛行甲板上には、先ほどまで並んでいた8機のアベンジャーの前方に、6機のヘルダイバーが駐機している。
10人ほどの甲板要員が、たった今上げられた第2エレベーターに乗っている翼を折り畳まれたヘルダイバーに群がり、少しばかりの
間を置いて、掛け声と共に後ろへ押していく。
飛行甲板の前部側エレベーターからは、1機のヘルキャットが上げられている。
リーブス少将は、ワスプの飛行甲板には眼を向けておらず、代わりに、上空を旋回しているF6Fに視線を向けていた。
「司令。」
ぼんやりと上空を眺めていたリーブスは、後ろから聞こえた声に対して、一瞬だけ反応が遅かった。
「・・・お、おお。どうした?」
リーブスは、後ろに立っていた情報参謀へ顔を振り向かせた。
「コンスティチューションから連絡が入りました。」
「コンスティチューションから?」
リーブスは、怪訝な表情を浮かべながら、ワスプの左舷側斜め前方を航行する1隻のアラスカ級巡洋戦艦に目をやった。
「コンスティチューションの通信員が、北北東の方角から発せられたと思しき魔法通信を捉えたという報告が、このワスプに
届けられたようです。」
情報参謀は説明しながら、紙をリーブスに渡した。
「・・・・数度の不審な魔法通信を記録。これは、マオンド側が保有するベグゲギュスから発せられた物ではないか?」
「はっ。コンスティチューションの通信員もその可能性が高いと言っているようです。しかし、通信員のうち1人は、
この度重なる魔法通信は、本当にベグゲギュスのみが発した物なのか?と疑っているようです。」
「ん?どういう事だそれは?」
「要するに、ベグゲギュス以外の物が、この魔法通信を味方部隊宛に送信した可能性が高い、と言う事です。」
情報参謀の言葉に、リーブスは面食らった表情を浮かべた。
「しかしだな。マオンド側の艦隊は、我々が今戦っている敵機動部隊以外に、出撃してきた部隊はいないぞ?」
リーブスは、頭から情報参謀の言った事を否定しようとした。
が・・・・・そこでリーブスの思考は停止した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくの間、リーブスは唖然とした表情のままだった。
15秒ほど黙った後、彼はハッとなった。
それから、彼はまず、とある場所に目を向けた。
飛行甲板には、第2次攻撃隊の艦爆、艦攻が敷き並べられている。
甲板要員達は、様子見に上がってきたパイロットと談話を交わしたり、機体のあちこちを見回ったりしている。
その次に目を向けたのが、上空を飛行する12機のF6Fである。
この12機のF6Fは、3時間前から軽空母のシアトルとロング・アイランドを発艦して以来、艦隊上空を飛び続けている。
あと10分もすれば、燃料補給のために母艦へ降りるであろう。
「いや、しかし。」
リーブスは、いやいやをするように首をしきりに振る。
「偽竜母は搭載ワイバーンを」
最後まで言葉は言えなかった。
「コンスティチューションより緊急連絡!我、未確認飛行物体を発見!数は40以上!艦隊の北東より1000メートルの高度を
時速260マイルで飛行しながら急速接近中!距離は40マイル!」
CICより告げられた言葉は、リーブスに対して、現状が如何に深刻な事態に陥っているかを思い知らせた。
「・・・・・くそったれめが!」
リーブスは、悔しさの余り叫んでしまった。
「敵にしてやられた!マイリーは待っていたんだ、この瞬間を!空母と言う軍艦が、最も脆弱になる時を!」
彼は、一息にそうまくしたてた。
上空直掩機は、もうすぐで燃料切れ。
各空母の飛行甲板には、第2次攻撃隊のために用意した艦載機が、燃料、弾薬を満載して敷き並べられている。
こんな時に、敵ワイバーンは思わぬ方向から湧き出てきた。
迎撃機を出すとしても、現状では10機ほど出せれば良いほうだ。その迎撃機も、敵が近くに迫っている今、満足に敵を迎え撃つ事は出来ない。
ここで頼りに出来るのは、艦隊の対空砲火だ。
レーダー管制射撃や、VT信管を多用した対空射撃の威力は、TG72.1上空で行われた防空戦闘で実証済みであるが、敵を完全に阻止できるか?と言われれば・・・・・
否、である。
必ず、輪形陣内部に突入して来るワイバーンが出て来る。
そのワイバーンが叩き付ける目標は、甲板上に燃料、弾薬を満載した艦載機を載せた空母である。
強欲なマオンド軍からして、TG72.2の4空母全てを襲って来るに違いない。
(万事・・・・・休す!)
リーブスは、奈落の底に突き落とされたような気持ちになった。
「敵ワイバーン編隊、戦闘機隊の防衛ラインを突破!」
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの艦橋内で、第7艦隊司令長官のオーブリー・フィッチ大将は、輪形陣左側に迫りつつある黒い粒の
群れを双眼鏡越しに見つめていた。
「数は35・・・・いや、32騎か。戦闘機隊はワイバーン48機が進撃中と報告していたから、16騎を撃墜するか、追い返したな。」
フィッチは、迫りつつある敵ワイバーンが減っているのを見て、少しだけ安堵した。
F6Fは、最終的に20機が発艦し、輪形陣から20マイルという近距離で敵ワイバーン編隊に襲い掛かった。
ワイバーン編隊の中には、爆弾を捨てて戦闘ワイバーンに早変わりする物もいたが、ヘルキャットの攻撃によって7騎が撃墜され、9騎が追い返されるか、
対艦攻撃が不可能となった。
これで、敵部隊は約4割近い戦力を失った事になり、TG72.2に対する攻撃もさほど激しい物にはならないであろう。
敵ワイバーンが二手に別れてから、輪形陣に進入し始めた。
ワイバーン群は、暖降下爆撃の要領で攻撃を行うのであろう、1000メートル前後の高さで飛行を続けている。
外輪部の駆逐艦部隊が敵を射程内に捉えたのだろう、高角砲を撃ち始めた。
ワイバーン群の周囲に砲弾が炸裂する。
敵ワイバーン群の指揮官は、通常のサンドイッチ戦法ではなく、一方向からの集中突破を企図したのであろう。
敵編隊は輪形陣の左側から遮二無二突っ込んで来た。
これに、レーダー管制を受けた機動部隊の護衛艦が猛然と高角砲や40ミリ機銃を撃ち、敵編隊の前面に濃密な弾幕を張り巡らせる。
早くも3騎のワイバーンが連続して叩き落された。
敵ワイバーンは、駆逐艦には目もくれずに、ひたすら輪形陣中央を進む空母に向かって突っ込んでいくが、被撃墜騎は相次ぐ。
1騎のワイバーンは、竜騎士がやっと駆逐艦の上空を通り抜けたか、と思った時に、眼前でVT信管付きの5インチ砲弾が炸裂し、
竜騎士とワイバーンは瞬時に即死した。
別のワイバーンは、このままでは無為に落とされるだけだと、巡洋艦に向かって突進し始めた。
だが、突進を開始してから僅か4秒後に、40ミリ弾の連続射撃を受けてあえなく撃墜された。
32騎いたワイバーン編隊は、駆逐艦部隊の上空を通り抜けるまでに23騎に撃ち減らされていた。
その23騎ですら、次々と炸裂する高角砲弾や、護衛艦から撃ち出される40ミリ、20ミリ機銃弾によって1騎、また1騎と落ちていく。
フィッチ大将は、その凄まじい光景を目の当たりにし、内心、敵に同情しかけた。
(第1次バゼット海海戦の時も、なかなか激しい対空砲火だなと思ったが・・・・あれから僅か2年近くで、それ以上に激しい対空戦闘を
繰り広げられるとは。こりゃ、敵さんが可哀相に見えるな)
先ほどまでは、敵にウラをかかれた事で半ば悲壮な気分で戦闘を見守っていたフィッチだが、味方の猛烈な反撃で次々と撃墜されるワイバーンを見ると、悲壮な気分も徐々に薄らぎ始めた。
ばたばたと叩き落されていく敵ワイバーン隊だが、もとより死は覚悟していたのか。
敵ワイバーン隊はいくら仲間が叩き落されようが、諦めずに輪形陣中央に近付こうとしている。
いや、もう近付きつつあった。
敵ワイバーン群は、時速540キロの高速で、空母目掛けて突入しつつあった。
ワイバーンは、巡洋艦の防衛ラインを抜ける時には19騎いた。
この19騎のうち、10騎はワスプへ、9騎はその後ろを行くシアトルに向かっていた。
ワスプの左舷側斜めには、巡洋戦艦のコンスティチューションがいる。
そのコンスティチューションから、他艦の物とは比べ物にならぬほどの弾量がはじき出され、ワイバーンの未来位置を多数の機銃弾によって覆い込んでいく。
唐突に1騎のワイバーンが体中を蜂の巣にされた。
一息に殺害されたワイバーンと竜騎士は、悲鳴を上げる事すらかなわず、海面に落下した。
9騎から8騎へ。8騎から7騎へ。
まるで、火にくべた氷の如く、ワイバーン群は数を減らしていく。
だが、敵ワイバーンが6騎に減った所で、コンスティチューションの努力は終わった。
残り6騎の敵ワイバーンは、ワスプから距離400メートルの左舷側上方に接近してから爆弾を投下した。
投下と同時に、新たに2騎がワスプ自身が放つ対空砲火によって撃墜されたが、6発の爆弾はワスプ目掛けて接近した。
最初の爆弾は、ワスプを通り過ぎて右舷側に着弾し、高々と水柱を吹き上げた。
その次の爆弾は、竜騎士がタイミングを見誤ったのか、ワスプの艦尾から80メートル離れた位置に落下する。
3発目の爆弾が、ワスプにとって久方の命中弾となった。
この爆弾は、飛行甲板前部に命中するや、最上甲板を突き破って格納甲板に達し、そこで爆発した。
その瞬間、ワスプの飛行甲板前部から爆炎が噴き上り、その直後に黒煙と、夥しい破片がドッと立ち上って、海面や後部甲板に撒き散らされた。
もし、命中弾がこの前部甲板のみに留まっていれば、本国に戻って3週間ほどドック入りする程度で収まったであろう。
だが、次の命中弾がワスプに致命的な被害をもたらした。
この時、ワスプの中央部甲板や後部甲板には、第2次攻撃隊に参加する予定であった艦載機が敷き並べられていた。
その数は、およそ18機。内訳はF6F6機、SB2C7機、TBF5機である。
実を言うと、敵が来襲する前には、ワスプの艦上には26機の艦載機が並んでいた。
だが、艦長が被弾時の場合を考えて、待機中の艦載機を海に捨てさせたのである。
この時まで、8機が海上に投棄されていたが、ワスプ乗員達の奮闘もそこまでであった。
ヘルダイバーの群れの中に突っ込んだ爆弾は、1機のヘルダイバーの胴体を叩き折ってから飛行甲板に突き刺さり、格納甲板に達した。
格納甲板の防御鋼板に当たった爆弾は、2度ほど跳ね回った後に炸裂した。
その瞬間、飛行甲板が盛り上がり、被弾箇所の真上で駐機していたヘルダイバー3機がひっくり返った。
爆発から3秒後、最後の爆弾がワスプの左舷中央部側の海面に落下し、水柱を跳ね上げた。
吹き上がった海水が、轟々と音を立てながらワスプの飛行甲板に降り注ぐ。
普通の火災なら、この敵の置き土産とも言うべき至近弾によって、被弾箇所の初期消火に役立つ事もあるのだが、今回ばかりはそれも望めなかった。
海水が落下して2秒後。突然、ワスプの甲板上でひっくり返っていたヘルダイバーが大爆発を起こした。
それから連鎖反応的に、次々と艦載機が誘爆し始めた。
ヘルダイバーが弾け、紅蓮の炎と、夥しい破片がワスプの飛行甲板を焼き、そして引き裂いて行く。
不運な水兵が、破片によって右目をやられ、絶叫しながら物陰に隠れようとする。
幸運にも、手が何かに当たり、水兵はほっとしながらその何かの影に隠れた。
その次の瞬間、別のヘルダイバーが、火災の延焼によって搭載していた1000ポンド爆弾を誘爆させた。
ヘルダイバーの特徴ある機体が瞬時に消し飛び、周囲に破片や火の付いたガソリンを撒き散らす。
いきなり、ガガァン!という強い衝撃が、物陰に伝わった。
「ひ、ひぃ!!」
水兵は驚きの余り、情けない声を出してしまった。しかし、物陰が破片を食い止めてくれたのか、水兵はそれ以上傷を負う事はなかった。
「は・・・・はぁ・・・。助かった。」
水兵は一安心したが、周りが居様に熱い事に気が付いた。
(いけない。誘爆した機体の燃料が、すぐ近くまで流れてきているんだ。もしかしたら、この物陰の側にも流れて来ているかもしれない)
身の危険を感じた彼は、助けを呼びながら、まだ生きている左目で周囲を見ながら歩こうとした。
ふと、彼はその物陰が何だったのか気付いた。
「俺は、アベンジャーに隠れていたのか。」
水兵が震えた口調でそう呟いた時、アベンジャーの左主翼から炎が吹き上がった。
フィッチ大将は、後部甲板から一際大きな爆発を起こすワスプに対して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見入っていた。
「長官。シアトルも酷い有様のようです。」
参謀長のフランク・バイター少将は、緊張と興奮で顔を青くさせながらも、比較的冷静な口調でフィッチに言った。
ワスプの後方を行く軽空母のシアトルにも、敵ワイバーンは爆弾を叩きつけて来た。
シアトルは、3発の爆弾を浴びせられた。
このうち、2発は飛行甲板と格納甲板のみならず、更にその下の第3甲板にまで達した。
シアトルは、中央部から後部にかけて、ヘルキャット3機とアベンジャー4機、ヘルダイバー6機。
格納甲板には、燃料、弾薬を満載した6機のヘルキャットがいた。
そこに爆弾が命中したため、シアトルはワスプ同様、艦載機の誘爆が次々と起こった。
インディペンデンス級軽空母の13番艦として就役したシアトルは、他の姉妹艦と同様に防御が薄かった。
そのため、シアトルは誘爆よって缶室にも損傷が及び、速力が大幅に低下していた。
艦長のレイク・ホスター大佐からは、火災は急激に延焼しつつあり、燃料庫、弾薬庫に火災が及ぶのも時間の問題であると伝えられている。
手っ取り早く言えば、総員退艦の一歩手前といった所だ。
「シアトルの状況は悲惨の一語に尽きるが、目の前のワスプはどうなっているんだ?」
フィッチは、不安そうな口調で目の前のワスプを案じた。
彼はまだ知らなかったが、ワスプは、艦載機の誘爆の際に、破片が通信アンテナ等の電子機器を損傷させていたため、
他艦との連絡手段が全く無い状況であった。
本来ならば、艦橋に信号員を置いて、状況を伝えるべきなのだが、その信号員すら、いつまで経っても上がってくる様子が無い。
それ以前に、艦橋の側面は吹き込んだ破片にやられたのであろう、スリットガラスが一枚残らず割れており、生々しい傷跡が付いている。
ワスプは、24ノットの速力で航行しているが、飛行甲板並びに、格納甲板で発生した火災はかなり規模が大きく、飛行甲板の中央部から後部にかけては
オレンジ色の炎がめらめらと燃え、その後方はには、火山の噴煙と思わせるような濛々たる黒煙が吹き上がっている。
まるで、雲と見紛わんばかりだ。
「ん?」
フィッチは、ワスプに起こった異変に気が付いた。
「ワスプの速力が、落ちている・・・・」
今まで、24ノットの速力で落ちていたワスプが、徐々にスピードを落とし始めていた。
それに、心持ち左舷に傾斜しているようにも思える。
「ワスプが・・・・遠くなっていく・・・・」
フィッチは、遠ざかりつつあるワスプが、急に頼りなさそうに見えた。まるで、ワスプ自身が、艦としての生命を終えようとしているかのように。
午後4時40分。
TG72.2は、残った2隻の空母、ゲティスバーグとロング・アイランドから第2次攻撃隊を発艦させた。
ゲティスバーグからはF6F16機、SB2C14機、TBF12機、ロング・アイランドからはF6F4機、SB2C6機、TBF3機が発艦し、
TG72.1の攻撃隊と合流後、敵機動部隊に向かっていった。
4月16日 午後6時40分 ユークニア島南東沖550マイル地点
空母イラストリアスから発艦した6機のアベンジャーは、第2次攻撃隊に参加した他の航空隊と共に敵機動部隊へ向かいつつあった。
午後6時になると、敵竜母から発艦したと思しきワイバーンが、進撃中の攻撃隊に襲い掛かってきた。
ワイバーンは、アベンジャーやヘルダイバーを狙ってきたが、護衛役のF6Fに阻まれて全く取り付けなかった。
6時40分頃になると、攻撃隊は敵機動部隊を視界に捉えた。
海は、既に夕方の情景に移っており、昼間はあれほど青かった海が、今ではオレンジ色に染まっていた。
「機長、居ました!敵の主力部隊です!」
イラストリアス艦攻隊指揮官のジーン・マーチス少佐は、操縦席のジェイク・スコックス少尉が、上ずった声で報告して来るのを聞いた。
「輪形陣の真ん中にでかい竜母が2隻、小さい奴が1隻います。朝方襲った奴らとは明らかに違います。」
「ついに見つけたな。ここで会ったが100年目だ。」
マーチス少佐は、唸るような声で呟いた。
「しかし、この少なくなった攻撃隊で、敵を仕留められますかな?」
後部座席のスワング兵曹が、不安げな口ぶりで言ってきた。
「さあな。出来れば、3隻全てを叩き沈めてやりたい所だが・・・・・」
第2次攻撃隊は、TG72.1、72.2の計119機で編成されている。
うち、艦爆、艦攻は65機である。
第1次攻撃隊に加わった艦爆、艦攻はこれの2倍以上は居たのだが、相次ぐ戦闘や、敵機動部隊からの攻撃、偽竜母部隊からの不意打ちが重なって
2次攻撃隊に参加できる機体が悲しくなるほど少なくなった。
特に、TG72.2のワスプ、シアトルの被爆は大打撃であり、一時は第2次攻撃すら中止が考えられたほどだ。
だが、ここで敵を逃がせば、いつ、どこで味方に害を成すのか分からない。
攻撃できるチャンスがあれば、それを逃さずにやるべきであるという意見が、反対意見を上回り、ようやく、
今日最後の攻撃隊がTF72から飛び立ったのである。
だが、マーチス少佐からしてみれば、この65機の艦攻、艦爆で竜母を3隻も沈めるのは厳しい相談だと思っている。
(この痩せ細った攻撃隊で3隻を沈めようとするのは、無理があるな。見た所、敵機動部隊には戦艦4隻に巡洋艦が4、5隻、
駆逐艦は20隻近くいる。マイリーの奴らは、壊滅した第2群から護衛艦を呼び寄せて、対空火力を向上させている。
そんな中に、僅か65機の攻撃隊が突入しても、3隻を沈めるのはかなり厳しい)
彼はそう思ってから、いきなり苦笑した。
(いや、攻撃隊の編成が少ないのは、俺達だけではないか)
脳裏に、進撃中に起きた出来事が蘇る。
第2次攻撃隊は、往路の半分を過ぎた所で、敵機動部隊から発艦したと思しき敵編隊とすれ違っていた。
敵編隊は、20騎ずつの編隊が3つに、10騎前後の編隊が1つ、計70騎以上がTF72に向かっていた。
そのワイバーン編隊と、第2次攻撃隊は、互いに一触即発の空気を孕みながらすれ違っていった。
敵のワイバーン編隊も、対艦攻撃専門は多くて40騎程度であろう。
その40騎で、敵側はTG72.1か72.2、どちらかに痛打を与えなければならない。
数こそ違えど、第2次攻撃隊と、すれ違って行ったマオンド側のワイバーン編隊は似た物同士と言えた。
「こちらは攻撃隊指揮官機。」
マーチス少佐は、張りのある声音で、右手にかざしたマイクに向かって言う。
第2次攻撃隊の指揮官は、イラストリアス隊の艦攻隊長であるマーチス少佐に任ぜられており、彼の指示に従って、65機の艦爆、艦攻、
12機の戦闘機が動く事になっている。
「これより攻撃に移る。」
マーチス少佐はそう言ってから、機首の向こう側に移る敵機動部隊をしばし睨みつける。
3隻の竜母が、多数の護衛艦に守られながら航行している。
そのうち、前方の2隻が大型竜母だ。
(3隻を狙うより、重要目標である2隻の大型竜母を狙ったほうがいいな。それでも、攻撃隊は分散されるが、20機前後で敵竜母1隻に当たる
より、30機前後で敵竜母1隻を集中攻撃したほうがいいだろう。)
彼は、心の中でそう決意すると、各航空隊に指示を下した。
「コルセア隊は、輪形陣の左右から敵の駆逐艦を攻撃しろ。イラストリアス隊、ノーフォーク隊、ハーミズ隊は左側の正規竜母。
ゲティスバーグ隊、ロング・アイランド隊は右側の正規竜母を攻撃しろ。小型竜母は雑魚だ、無視しろ!」
彼が指示を伝えてから5秒後に、各母艦航空隊の指揮官機から了解の返事が、マーチス機に届けられた。
「ようし、全機突撃せよ!」
号令一下、65機の艦爆、艦攻と、12機の戦闘機が一斉に動き出した。
真っ先に突っ込んで行くのは、イラストリアス戦闘機隊に属する12機のF4Uコルセアである。
12機のコルセアは、6機ずつに別れると、猛速で輪形陣に突っ込んで行く。
6機のコルセアは、更に3機に別れて、それぞれが1隻の駆逐艦目掛けて突進した。
駆逐艦ドナグは、600キロ以上で接近して来るコルセアに向かって、両用砲と魔道銃を撃ちまくった。
3機のコルセアは、かなりすばしっこい。
コルセアの周囲には高射砲弾が炸裂し、何条もの光弾が注がれているのだが、コルセアは軽業師のごとく、ひらりひらりとかわしていく。
魔道銃の兵員が、まるで馬鹿にしたかのような機動を見せるコルセアに顔を真っ赤にして怒鳴りながら、魔道銃を一層激しく撃ちまくった。
だが、コルセアには1発の弾も命中せぬまま、ドナグは攻撃を受けた。
艦長は、艦橋上でコルセアの両翼から白煙が吹き上がるのを見た。
「おお、撃墜したか!」
艦長は、両翼から吹き上がった白煙を見るなり、光弾が主翼に命中したのかと思った。
それは間違いであった。
確かに、コルセアの両翼からは白煙が上がったが、その白煙は、翼の下の突起物から吹き上がっていた。
その突起物は、コルセアの主翼から離れるや、猛烈なスピードでドナグに突っ込んで来た。
コルセア1機につき、放たれた細長い煙を噴く棒のような物は4本。それを放ったコルセアは3機であるから、計12本がドナグに接近した。
1本の棒がドナグより左舷側30メートルの海面に突き刺さるや、突然爆発を起こして水柱を吹き上げた。
ドナグを飛び抜けた別の棒が、いきなり空中で爆発を起こす。
突然、ドナグに2本の棒が突き刺さった。棒はドナグの中央部と後部に命中するや、爆発した。
爆発箇所の至近にあった艦上構造物や魔道銃、そして、水兵達が一瞬にして吹き飛ばされた。
後部に命中した棒は、爆雷の投下機を破壊して、役立たずの鉄屑に変える。
その2秒後に、別の棒が3発ほど、ドナグに命中した。3発中、2発は後部に突き刺さった。
火を噴く棒が命中した箇所は、先の命中弾とほぼ同じ場所であり、そこには10発の爆雷が設置されていた。
そこに火を噴く棒・・・・もとい、5インチロケット弾は命中し、瞬発信管を起動させた。
ドナグは、瞬間的に10発分の爆雷を誘爆させ、後部部分はその大爆発によって粉砕された。ドナグの乗員のうち、3分の1が一瞬にして即死した。
あっという間に艦体後部が粉砕されたドナグは、僅か10秒後に停止した。
5インチロケット弾の洗礼を受けたのはドナグだけではなかった。
ドナグの後方に位置していた別の駆逐艦も、同じように5インチロケット弾の斉射を食らい、前部と後部に命中弾を受けていた。
輪形陣右側の外輪部でも同じような事が起こっており、やはり2隻の駆逐艦が黒煙を吐き出していた。
マーチス少佐は、コルセア隊のロケット弾攻撃によって、やや乱れた輪形陣外輪部を見つめていた。
「輪形陣崩しは、何も貴様らだけの持ち技ではないぞ。」
彼は獰猛な笑みを浮かべながら、視線を横に移す。
ハーミズ、ノーフォーク所属のアベンジャー隊が、敵竜母の右舷側に回り込むべく、輪形陣の前方に向かいつつある。
艦攻隊が、輪形陣の外側で攻撃隊形を組んでいる最中、艦爆隊が先に敵の輪形陣に侵入し始めた。
輪形陣外輪部の駆逐艦群が、速力を落とした損傷艦との衝突を避けようと回避運動を行ったため、輪形陣外輪部上空の対空砲弾幕は思いのほか薄い。
だが、輪形陣の内部に進むにしたがって、弾幕の密度は次第に濃くなっていく。
艦爆であるSB2Cヘルダイバーは、イラストリアスから8機、ゲティスバーグとロング・アイランドから18機が発艦している。
このうち、ロング・アインランド隊はイラストリアス隊に加わって、左側の正規竜母を攻撃しようとしていた。
イラストリアス隊の前方を行くロング・アイランド隊に、早くも被撃墜機が出る。
戦艦4隻、巡洋艦5隻が放つ対空砲火は、レーダー管制やVT信管を持たぬマオンド軍の射撃といえどもかなり激しい。
高度4000を飛行するヘルダイバー隊は、ひっきりなしに炸裂する高射砲弾にあちこちから小突かれ、乗員達はまるで、荒地を猛速で突っ切る
トラックドライバーの如く、しきりに揺さぶられていた。
イラストリアス隊にも被撃墜機が出る。
最後尾を飛んでいた8番機が、高角砲弾によって胴体尾部をすっぱりと切断される。
尾翼類を丸ごと失ったヘルダイバーは、錐揉みになって落ちて行った。
ロング・アイランド隊の別の1機が、砲弾の断片によって右の主翼に穴を開けられる。
そこからすぅーっと白い燃料が噴出し、5秒後に引火した。
炎はあっという間に右主翼の付け根に達し、ヘルダイバーは紅蓮の炎と黒煙を吐き出す。
だが、パイロットは諦めないのか、速度が低下し、高度が徐々に下がっても、必死に編隊に追随しようと努力する。
置いて行かないでくれ。一緒に連れて行ってくれ。
ヘルダイバーのパイロットは、先行していく仲間達に対し、真にそう願ったであろう。
だが、左主翼の至近で炸裂した高射砲弾が、その儚い願いを完膚なきまでに打ち砕いた。
炸裂した砲弾の破片は、左主翼を貫いた。その瞬間、左主翼から爆発が起こり、翼が中ほどから千切れ飛んだ。
ヘルダイバーは、炎と黒煙を噴きながら墜落していった。
ロング・アイランド隊は、さらに1機を失った所で急降下を開始した。
翼を翻しながら、急角度で突っ込むヘルダイバーは、両翼のダイブブレーキを起き上がらせて、敵艦隊の上空に死神の鳴き声にも似た音を撒き散らし始めた。
「左舷後部上方より敵機!急降下ぁ!!」
竜母ヴェルンシアの艦橋見張り員であるヒイネ・アレスタド1等水兵は、甲高い轟音を上げながら急角度で突っ込んで来る米艦爆を見ていた。
彼女は、伝声管に向かって艦橋に逐一報告を送っている。
舷側の魔道銃が、後部上方より迫りつつあるアメリカ軍機に向けて猛然と撃ちまくる。
アメリカ軍機は、張り巡らされた弾幕をあっさりと突き破って、高度を下げつつある。
「他の護衛艦も迎撃しているのに、なかなか落ちないもんね。」
アレスタド1等水兵は、一向に落ちる様子の無いアメリカ軍機を見て、そう呟いた。
いきなり、ヴェルンシアが左に回頭を始めた。アメリカ機の投弾コースを外そうとしているのだろう。
ヴェルンシアの動きに、左側に位置していた護衛艦が自らも舵を取って合わせていく。
心臓を抉るような甲高い音が頂点に達した、と思った瞬間、アメリカ機は胴体から爆弾を落とした。
アレスタド1等水兵は、落ちてくる爆弾に視線を移した。
最初、ほぼ円形だった爆弾が、細長い形となってヴェルンシアの右舷側に落ちていく。
爆弾が海面に落下するや、轟音と共に水柱が跳ね上がった。
2発目、3発目と、敵機から放たれた爆弾が次々と振って来る。爆弾が艦の右舷側や、左舷側に落下する度に、水柱が吹き上がり、その頂は夕焼け色に染まった。
アメリカ機の投弾がひとまず終わり、ヴェルンシアは回頭をやめて再び直進に移る。
ほっと一息を付く暇も無く、今度は左舷中央上方から7機のアメリカ機が、同じように急降下して来た。
「新たな敵機、左舷側上方より接近!高度2000グレル!!」
彼女は、伝声管を使って、新たな敵機の接近を知らせる。
その新たな敵機に向かって、ヴェルンシアや他の戦艦、巡洋艦、駆逐艦が対空火器の照準を合わせ、迎撃する。
アメリカ軍機は、先ほどと同様、猛烈な対空弾幕を突っ切って距離を詰めてくる。
護衛艦が狂ったよう撃ちまくるのだが、アメリカ機は全く落ちる様子が無い。
「どうして当たらないの!?今日の当番兵は下手糞ばかりが集まっているの!?」
アレスタド1等水兵は、いつまで経っても結果を出せぬ味方をののしった。
一介の水兵に過ぎず彼女が言えば、当の兵達に聞き咎められて色々と酷い目に遭いそうだが、彼女が口にした言葉は、艦隊の誰もが思っている事であった。
この喧騒の中で、彼女は舷側の魔道銃員達が上官に罵倒されまくっている事を知る由も無い。
敵の先頭が高度400グレルを切った時、ヴェルンシアが回頭を始めた。
またもや、艦首が左に振られ始めた。
艦長は、再び取り舵一杯を命じたのであろう。
ここに来て、ようやく1機のヘルダイバーが、高射砲弾の直撃を受けて弾け飛んだ。
その報復は、直ぐに叩き返された。
先頭機が、これまでに見た事無いほどの低高度まで降下するや、胴体から爆弾を落とした。
アレスタド1等水兵は、その爆弾がほぼ円状になっているのを見て愕然とした。
「やばい、当たる!」
彼女は身の危険を感じて、防盾の影に隠れた。
その瞬間、ダーン!という耳を劈くような轟音が鳴り、ヴェルンシアの艦体が激しく揺れた。
爆弾は次々と落下しては、ヴェルンシアの飛行甲板に命中し、運の良い物は外れ弾となってヴェルンシアの左右に大量の海水を跳ね上げる。
防盾の影にうずくまる彼女の体に、至近弾によって吹き上がった海水が降りかかり、全身ずぶぬれとなった。
気が付くと、甲高い轟音は既に鳴り止んでいた。
「・・・・・終わった・・・・・?」
アレスタド1等水兵は、恐怖に表情を歪めながら呟いた。
恐る恐る、防盾から顔を覗かせてみる。艦橋下の飛行甲板を見るなり、彼女は唖然となった。
爆弾は、4発が命中した。
最初の命中弾は前部飛行甲板に命中して格納甲板で炸裂した。
爆発エネルギーは、格納庫内のワイバーン居住施設を次々と叩き壊し、その余波は爆弾穴に向かって、穴を更に押し広げた。
2発目、3発目は中央部に命中し、ここで火災を発生させた。
最後の爆弾は格納甲板までも貫通し、第3甲板の魔道士官室に達してから炸裂した。
4発の命中弾によって、飛行甲板は叩き壊された。特に中央部に至っては、飛行甲板が爆圧によって盛り上がるほどであった。
相次ぐ命中弾に、甲板から濛々たる黒煙を吐き出しながら海上をのた打ち回るヴェルンシアに、ヘルダイバーとは別の刺客が迫りつつあった。
ヴェルンシアの艦橋上で対空戦闘を見守っていたホウル・トルーフラ中将が、艦長が大声で、右舷から迫りつつある雷撃機の接近を知らせた。
右舷側からは、10機ほどのアベンジャーが、低空飛行で飛びながら、横一列に展開してヴェルンシアに向かいつつある。
そのアベンジャーにヴェルンシアは右舷側の高射砲や魔道銃を放つ。
早くも、1機のアベンジャーが高角砲弾に右主翼を持って行かれた。片翼を失ったアベンジャーは、バランスを崩して海面に落下する。
「ミリニシア被弾!」
見張りの悲痛そうな声が艦橋に流れてきた。トルーフラは、視線を迫り来るアベンジャーから、右舷側を航行するミリニシアに向けた。
ミリニシアは、米艦爆からの直撃弾を受けたのであろう、甲板から黒煙を噴出している。
黒煙の量はさほど多くは無いが、煙が噴出している箇所が前部と中央部にあるため、少なくとも、2発程度は食らったようだ。
「畜生、マオンド自慢の竜母部隊が、一日でボロボロされちまった・・・・!」
トルーフラ中将は、悔しさに顔を歪めてながら小さく呟いた。
右舷側のアベンジャーは、距離500グレルの所まで迫っている。
更に1機のアベンジャーが叩き落されたが、残りの8機は怯む事無く、ヴェルンシアに向かっ突進して来る。
心持ち、ヴェルンシアは右に回頭しつつあった。
回頭と言っても、真っ直ぐ航行しているのと余り変わらないが、艦尾から引く航跡は、やや右に曲がっている。
ヴぇルンシア艦長サオガ・オーグル大佐はタイミングを見計らっていた。
今、ヴェルンシアは右に少しだけ舵を切った状態で航行している。
15リンル以上の速力で航行している際は、ヴェルンシアのような大型艦は舵が利き始めるまでに時間がかかる。
そのため、オーグル大佐は敵が魚雷を投下する前後に舵を切るのではなく、敵が近付いてからやや舵を切り始め、敵が魚雷を投下した直後に
思い切って回頭し、魚雷を避けてしまおうと考えた。
「左舷方向からも雷撃機!数は6!距離1500グレル!」
見張りの声が聞こえる。オーグル大佐は、それに了解と返しただけで、そのまま8機の雷撃機を睨み続ける。
アベンジャーの機影が近付くにつれ、心臓の鼓動が早くなる。もし、回頭のタイミングを見誤れば、ヴェルンシアは右舷に魚雷を食らってしまう。
そうなれば、ただでさえ爆弾を食らっているヴェルンシアは、より酷い手傷を負う事になる。
魚雷が1本命中しただけでも、速力は低下し、左舷側からやって来る雷撃機にトドメをさされるであろう。
(まだまだ、タイミングが早い。あと400グレルか、350グレルまで迫ってからだ)
オーグル大佐は、はやる気持ちを抑えながら、アベンジャーとの決死の睨みあいを続ける。
8機のアベンジャーが距離350グレルまで接近した時、
「面舵一杯!」
オーグル大佐は大音声で命じた。
ヴェルンシアの艦首が、意外と早いスピードで右に振られていく。それと同時に、8機のアベンジャーが一斉に魚雷を投下した。
艦首正面がアベンジャーに向き合った時、ヴェルンシアは回頭を止めた。
8機のアベンジャーが、ヴェルンシアに向かって機銃掃射しながら、艦尾方向へ飛びぬけていく。
目の前の海面から、8本の魚雷が航跡を引きながら向かって来るが、どの魚雷も扇状に散開しつつある。
ヴェルンシアは、5本目と6本目の航跡の間に立ち、魚雷はあっという間にヴェルンシアの艦尾方向に流れて行った。
「ようし、魚雷を回避したぞ!」
オーグル大佐の勝利宣言とも取れる言葉に、艦橋内では歓声が爆発した。
だが、戦いはまだ終わっていない。
「艦尾方向の雷撃機、本艦の左舷に回りこみまぁす!」
先ほど、左舷側から迫りつつあった6機のアベンジャーは、ヴェルンシアの急回頭によって艦尾側に位置していたが、アベンジャー隊の指揮官は、対向面積の低い艦尾側から雷撃しても、先の僚機のようになると確信したのであろう。
6機のアベンジャーはヴェルンシアの左舷側に回り込んだ。
唐突に、1機のアベンジャーが対空砲火に撃墜される。残り5機となったアベンジャーは、味方の死に怯む事無く突き進んでくる。
「アベンジャー5機、左舷方向より接近します!距離600グレル!」
見張りが、刻々とアベンジャーとの距離を知らせて来る。
この5機のアベンジャーは、先のアベンジャーと比べても明らかに低い高度で飛行している。先ほどのアベンジャー隊も低かったが、この5機のアベンジャーは、腹を海に擦り付けんばかりだ。
「なんて高度を飛んでやがる。」
オーグル艦長はその5機のアベンジャーを見て、思わず舌を巻いた。
「あの5機のアベンジャーには相当な手錬が乗っているな。そうともなれば、さっきのやり方も通用しないかもしれん。」
彼は、やや不安げな口調で呟く。
アベンジャー5機は、徐々にヴぇンルシアへ接近して来る。濃密な対空砲火も、海面スレスレを敵機に対してなかなか命中弾を与えられない。
「取り舵!」
オーグル艦長は命じた。先ほどと同様、艦首を敵機群に向けて魚雷との対向面積を減らす。
先はそれで、魚雷を全て回避した。
(今度もかわしきって見せる!)
オーグル艦長は、心中で決意した。
ヴェルンシアは、やや左よりに走り始める。先ほどと同じように、操舵員が舵を少し切った状態で待機しているのだ。
アベンジャーとの距離が400グレルを切ったとき、右側のアベンジャー2機が胴体から魚雷を投下した。
「今だ!」
オーグル艦長は、一瞬小さく呟いたあと、大音声で命じた。
「取り舵一杯!急げぇ!!」
ヴェルンシアが左に急回頭し始めたとき、アベンジャー隊では異変が起こっていた。
通常なら、アベンジャー全機が敵艦目掛けて魚雷を放つのだが、魚雷を投下したアベンジャーは2機だけだ。
真ん中と、左側2機のアベンジャーは魚雷を投下していなかった。
それに気付く筈も無く、オーグル艦長はヴェルンシアの艦首を、魚雷がやって来る方向に向けた。
その時、残り3機のアベンジャーが魚雷を投下した。
オーグル艦長は、2本の魚雷の航跡が、ヴェルンシアの右舷を通り過ぎていくのが見えた。
「2本だけ?」
彼は、雷跡が少ない事に気が付いたが、残りの魚雷はすぐに現れた。
アベンジャーが、やかましい音を立てながらヴェルンシアの上空を飛び去っていく。
オーグル艦長の意識は、飛び去っていくアベンジャーには向かず、真一文字に突っ込んで来る魚雷に集中されていた。
「謀られた!!」
オーグル艦長は、自分の考えが浅はかであったと思い知らされた。
あのアベンジャー隊は、ヴェルンシアの動きを良く見ていた。先に魚雷を投下したアベンジャーは、いうなれば囮役であった。
その囮役のアベンジャーの攻撃に、オーグル艦長は艦首を魚雷に向ける形で対向面積を減らし、魚雷が命中するのを防いだ。
ところが、敵の指揮官機はそれを待っていた。
ヴェルンシアの艦首が、魚雷が向かいつつある先に向いた時、真正面よりは多少当てやすい斜め前にアベンジャーを占位させ、魚雷を放ったのである。
「魚雷2!急速接近!!」
見張りの絶叫が聞こえてきた。魚雷3本のうち、1本は艦尾側に外れていったが、2本は確実に衝突コースに乗っていた。
オーグル艦長は、艦橋の窓から、白い航跡が艦の斜め前から突っ込んで行くのが見えた。
(敵のほうが、一枚上手だったか・・・・!)
彼は、悔しさのあまり歯を思い切り噛み締めた。
ズドォーン!という腹に応えるような音と共に、下から突き上げるような衝撃が、ヴェルンシアの艦体をこれまで以上に揺さぶった。
右舷中央部から水柱が高々と吹き上がる。その大きさたるや、優に100グレル近くはあるだろう。
その衝撃から5秒後、今度は前部付近からも似たような衝撃が伝わり、ヴェルンシアの巨体が大地震に見舞われたかのように揺さぶられた。
「う、うおおぉ!?」
魚雷命中による激しい振動に、トルーフラ中将を始めとする第1機動艦隊の司令部幕僚や艦橋要員は、ほとんどが床に転がされてしまった。
「被害状況知らせ!」
真っ先に起き上がったオーグル艦長は、伝声管に向かって喚いた。
「こちら右舷第4甲板第2書庫室です。通路に海水が流れ出ています。魚雷は防水区画内で炸裂して第5倉庫室周辺を破壊し、海水があふれ出ています。
至急応急班を寄越してください!」
「ちょっと待て、第5倉庫室はバルジで守られている区画だぞ。敵の魚雷が命中しても、被害は及ばないはずだ!」
「ところが、現に魚雷は貫通して、艦内に被害を及ぼしています。それはともかく、直ちに応急班を寄越して下さい!」
「ああ、分かった!」
艦長は、そう言って会話を終えた。
イラストリアス艦攻隊の放った魚雷は、ヴェルンシアの右舷前部と中央部に命中した。
前部に命中した魚雷は、浅く突き刺さった所で爆発したため、思ったよりも損害を与えられなかった。
だが、艦腹には直径3メートルの穴が開き、そこから大量の海水が流れ出してきた。
一番大きな被害を与えたのは、右舷中央部に命中した魚雷であり、この魚雷は浅い角度で命中したにも拘らず、ヴェルンシアと反航していた事もあって
あっさりと分厚いバルジを貫通した。
ボクシングのカウンターパンチと同じような要領で突き刺さった魚雷は、防水区画の壁に激突してそこも突き破り、第5倉庫室の真ん前で炸裂した。
炸裂の瞬間、爆発エネルギーは第5倉庫室のみならず、他の部屋も滅茶苦茶に叩き壊し、爆風は閉じられていたハッチを吹き飛ばし、後部にまで吹き抜けて行った。
「あ、ミリニシア被雷!」
見張りが、新たな凶報を伝えて来た。トルーフラ中将は、ハッとなってミリニシアに目を向けた。
ミリニシアは、左舷中央部から高々と水柱を吹き上げていた。水柱の根元には、爆炎が躍り上がっている。
命中した魚雷はこの1本のみであったが、ミリニシアは左舷側から白煙を引きながら、次第に速度を落とし始めた。
「なんと言うことだ。第1機動艦隊はこれで使い物にならなくなったぞ!」
トルーフラ中将は、半ばヒステリックな口調でそう喚きたてた。
それから20分後。
第1機動艦隊旗艦であるヴェルンシアでは、被害状況の暫定報告と、攻撃隊の戦果報告が行われていた。
「我が第1機動艦隊は、先の攻撃で駆逐艦1隻を喪失し、竜母ヴェルンシアと駆逐艦2隻が大破。竜母ミリニシア並びに駆逐艦1隻を中破させられ、ワイバーンの喪失数は21騎に上ります。これで、我が機動部隊に残された使用可能竜母は、イルカンルのみとなりました。」
「戦果のほうはどうなっている?」
トルーフラ中将はすかさず参謀長に聞き返した。
「はっ。攻撃隊は、敵機動部隊に対して猛攻を仕掛け、空母2隻に損害を与え、発着不能に追い込んだ他、巡洋艦1隻にも損害を与えています。
尚、攻撃隊の被害は・・・・相当な規模に上るそうです。」
トルーフラは、思わず身を震わせた。
これに先立つ事、6時間前。第1機動艦隊は、220騎の大編隊を押し立てて、アメリカ機動部隊を猛襲し、空母2隻を大破させた。
(実際には、ベニントン中破、イラストリアス小破である)
だが、アメリカ側の猛烈な反撃によって戦闘ワイバーン27騎、攻撃ワイバーン57騎を失うと言う大損害を被った。
第2次攻撃隊は、第1次から戻って来たワイバーンも加えて、78騎の陣容で出撃させたが、この第2次攻撃隊もかなりの打撃を被っているかもしれない。
(アメリカ機動部隊の対空砲火は、我がシホールアンル海軍のそれを遥かに上回っています。だから、アメリカ機動部隊と雌雄を決する時は、大編隊でもって、
一気に敵空母を全滅させる気概で戦わねばなりません。それに失敗すれば、もう後はありません)
脳裏に、とあるシホールアンル海軍将校が言った言葉が反芻される。
「ベックネ提督。攻撃に成功しても、ワイバーン部隊の数が減らされれば、結果は似たような物だよ。」
トルーフラ中将は、そう呟いてから、深くため息を吐いた。
「稼動竜母は、小型竜母のイルカンルのみ。残りは沈められるか、傷物にされた。だが、相手にも相当の被害を与えている。
特に、特務隊の活躍は素晴らしい物があったな。」
特務隊・・・・それは、偽竜母を中心とした艦隊の名称である。
この艦隊は、第1次スィンク沖海戦において、見事囮役の任を果たしている。
だが、この偽竜母は、ただの偽者ではなかった。
イルカンル級とヴェルンシア級の中間に位置するような外見を持つこの偽竜母は、8騎ずつのワイバーンを甲板に積む事が出来た。
偽竜母は6隻であるから、計48騎のワイバーンを敵に向かわす事が出来る。
この急造の竜母部隊は、アメリカ機動部隊が第1機動艦隊に注意をひきつけられている間、その後方にひっそりと忍び込んでいた。
そして、タイミングを見計らった特務隊は一斉に攻撃隊を発艦させ、見事に敵の虚を衝く事が出来た。
ワイバーン隊は、敵の反撃によって大多数が撃墜されたものの、敵正規空母1隻及び、小型空母1隻に撃沈確実の損害を与えた。
もし、特務隊のワイバーンが敵の空母を攻撃していなければ、今頃、第1群の2隻の竜母は撃沈されていたであろう。
「もはや、我々に戦闘を継続できる力は残されていない。かといって、敵には少数の空母が残っている。敵を存分に痛めつけたとはいえ、
敵はまだ100から200近い航空戦力を有しているだろう。こうなれば・・・・・」
トルーフラの脳裏に、夜戦という二文字が浮かび上がったが、彼の内心では、それとは正反対の思いが沸き起こっていた。
午後8時30分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
最後のアベンジャーが、着艦誘導灯を目印にしながらイラストリアスの飛行甲板に下りてきた。
被弾でやや凹んだ甲板が、アベンジャーの機体を揺らすが、着艦には支障なかった。
「攻撃隊の収容は、これで終わったな。」
TG72.1の司令官であるジョン・マッケーン少将は、航空参謀に語りかけた。
「はい。これで全てです。」
「しかし、思いのほか損害が出てしまったなぁ。」
マッケーン少将は、苦い表情を浮かべながら言った。
第2次攻撃隊に参加した119機のうち、喪失と判断されたものは36機。
うち、艦爆、艦攻はその半数以上の24機を数える。
全機が、敵機動部隊の上空で撃墜された訳ではない。現地で撃墜されたのは、戦闘機も含めてせいぜい15、6機ほどである。
しかし、敵の防御放火は思いのほか凄まじく、艦爆、艦攻の全てが被弾していた。被弾機の中には、スクラップ寸前になってまで飛行を続けていた物もあるほどだ。
残りの喪失機は、帰還中に燃料切れで脱落した物や、艦隊で不時着水した物、あるいは着艦事故による物である。
残りはなんとか帰還できたが、収容直後に修理不能と判断された艦載機は少なからずおり、マッケーンがこうして話している間にも、修理不能機は増え続けている。
「喪失機の数は、まあいいとして。被弾機の数が多すぎる。」
「敵も必死でしたからなぁ。敵が送り出してきた第2次攻撃隊のせいで、ハーミズが使い物にならなくなるほどです。」
TG72.1は、第2次攻撃隊発艦と入れ替わりに、マオンド側の第2次攻撃隊に襲われていた。
TG72.1は戦闘機と、対空砲火の迎撃によって50騎近くを撃墜したが、敵はイラストリアスに3発、ハーミズに4発の爆弾を叩きつけた。
イラストリアスは、飛行甲板の装甲板によってなんとか被害を抑えられたが、飛び散った破片が艦橋トップのレーダー類を滅茶苦茶に引き裂いて、
イラストリアスの各種レーダーは軒並み全滅した。
ハーミズは、4発の300リギル爆弾を食らってしまったが、格納庫がほぼ空に近い状態であったのと、乗員の適切なダメージコントロールのお陰で
大事には至らず、速力は23ノットに低下した物の、航海には差し支えないようだ。
だが、ハーミズが使えなくなった今、TF72の稼動空母は、TG72.1のイラストリアスとノーフォーク、TG72.2のゲティスバーグと
ロング・アイランドⅡの4隻のみとなる。
TF72は、僅か1日で空母戦力を半壊させられたのである。
「僅か4隻の空母が残るのみとなりましたが、運用できる艦載機の数は、それ以上に少ないでしょうな。」
「うむ。修理不能機が多すぎるからな。実質的には200機使えれば御の字だろうな。」
「200・・・・戦闘前には500機あったのに。」
航空参謀は、愕然とした表情で呟いた。
「ワスプとシアトルが被爆しなければ、もっと使えたんだがなぁ・・・・全く、偽竜母からワイバーン隊を飛ばすとは。敵もなかなかやりおるわい。」
マッケーンは、マオンド軍に対して少しばかり感心した。
そこに、通信士官が艦橋に入って来た。
「司令、TG72.2のゲティスバーグから旗艦プリンス・オブ・ウェールズに送られた通信を傍受しました。」
通信士官は、やや安堵したような口ぶりでマッケーンに言った。
午後8時35分 第72任務部隊第2任務群旗艦 空母ワスプ
TG72.2司令官のジョン・リーブス少将は、煙で煤けた顔をハンカチで拭きながら、艦橋から飛行甲板を見下ろしていた。
(まるで、あの時のようだな)
彼は、2年半前に起きたある海戦の事を思い出していた。
アメリカと、シホールアンルが争うきっかけとなった1941年11月12日の海戦で、ワスプはシホールアンル巡洋艦、駆逐艦から砲撃され、
命中弾多数を受けた。
あの時、リーブスはこのワスプの艦長であった。
ワスプは、地獄がそのまま引っ越したと思えるような様相を呈していた。
飛行甲板は穴だらけにされ、格納甲板には砲弾炸裂と、航空機の燃料、弾薬の誘爆や延焼によって炎が荒れ狂っている。
だが、リーブスは負傷した事を気にも留めず、艦を救うべく必死に努力した。
その結果、ワスプは生き延び、改装によって頑丈な艦に生まれ変わった。
そのワスプが、今日再び、沈没の危機に追いやられた。
飛行甲板に並んでいた攻撃隊の艦載機の群れに敵弾が落下したところから地獄は始まった。
飛行甲板は次々と爆裂するヘルダイバーやアベンジャーによって炎の海と化し、甲板は所々大きく断ち割られた。
火災は格納甲板にまで及び、待機中の艦載機にも延焼した。
ワスプの悲運は更に続き、艦載機の誘爆によって飛び散った破片が艦橋に飛び込んで、艦長を始めとする多数の艦橋要員を死傷させてしまった。
艦長が医務室に運び込まれていった後、副長が艦の指揮を執った。
副長は、リーブスが艦長時代に航海長を務めており、11月12日の海戦でもワスプの危機を救うために一役買っている。
ワスプは、火災の延焼を防ぐためにまず、速力を18ノットまでに落とし、それから消火活動を始めた。
前回とは違って、ワスプは被害箇所が格納甲板から上のみに留まっていたため、艦の心臓部たる機関室等の重要区画は無事であった。
しかし、火災が燃料庫や弾薬庫に及べば、いくら頑丈になったワスプといえど爆沈は免れない。
そのため、最初の消火活動は延焼の防止から行われた。ワスプのダメージコントロール班員は、大半が11月12日の海戦を経験しており、的確な動きで消火活動に当たれた。
消火活動開始から20分ほどは、延焼は広まるばかりで、副長はリーブスに対し、いざとなれば艦の放棄も考えていると漏らした。
しかし、消火活動開始から30分後には、延焼はなんとか食い止められ、火災は鎮火に向かった。
そして午後8時30分、ワスプの火災は完全に鎮火し、沈没の危機は去った。
ワスプの飛行甲板は、中央部から後部部分が完全に焼けていて、後部に至っては後ろから20メートルほどが完全に無くなり、格納甲板が眺める事が出来る。
「こりゃ、しばらくはドックから出られんな」
リーブスは、苦笑しながら首を振った。
「司令。」
通信参謀が、表情を強張らせながらリーブスに歩み寄ってきた。
「たった今、シアトルが沈みました。シアトルの乗員は、駆逐艦カペルとイングリッシュ、巡洋艦セント・ルイスに収容されました。」
「そうか・・・・わかった。」
リーブスはただ一言だけ、そう返事した。
(シアトルが沈んだか)
彼は、内心呟きながら、脳裏に洋上迷彩を施した、シアトルの勇姿を思い浮かべる。
インディペンデンス級軽空母の13番艦として、昨年の11月に竣工したシアトルは、今年の2月に大西洋艦隊に配属され、TG72.2の
主要メンバーとしてワスプやゲティスバーグ、ロング・アイランドと一緒に苦楽を共にしてきた。
そのシアトルは、完成から僅か半年足らずで沈没の憂き目に遭った。
空母として、ようやく脂が乗り始めたその矢先に、シアトルは水面の底に召されたのだ。
戦争中とはいえ、あまりにも短い生涯であった。
「敵竜母2隻撃沈、3隻大破。我々は空母1隻沈没、2隻大破、1隻中破か。収支としては悪くないが、こっちも半壊状態だな。」
リーブスは、味方の実情を思い出して、やや憂鬱な気分になった。
3時間後。マオンド軍第1機動艦隊は、これ以上の戦闘続行は不可能と判断して反転、帰途に付いた。
第7艦隊が、マオンド機動部隊の反転を知るのは、それから更に10時間以上が経過してからの事である。
ユークニア島への補給作業は、この海戦終結から2日後に始まり、ユークニア島を始めとするスィンク諸島には、
来るべき上陸作戦に備えて、各主要施設の建設が急ピッチで進んで行った。
1484年(1944年)4月16日午後3時50分 ユークニア島南西沖170マイル地点
第72任務部隊第2任務群司令官であるジョン・リーブス少将は、旗艦ワスプの艦橋から、飛行甲板の後部に
集められつつある第2次攻撃隊の艦載機に見入っていた。
「アベンジャー8機は、全て準備が整ったな。あとは、10機のヘルダイバーと10機のヘルキャットを、この飛行甲板に乗せるだけか。」
リーブス少将は、後ろに立っていた航空参謀に話しかけた。
「はい。第2次攻撃隊に参加できる機数は、これだけです。」
「うーむ・・・・思ったよりも、使用可能機が減ったのが痛手だったな。」
リーブス少将は、腕組みしつつ、唸るような声音言う。
ワスプは、先の第1次攻撃の際にF6F20機、SB2C8機、TBF12機を発艦させている。
ワスプ攻撃隊は、敵竜母1隻に爆弾、魚雷2発ずつを食らわせて大破させているが、敵ワイバーンの妨害と、対空砲火によってF6F2機、
SB2C2機、TBF3機を失っている。
帰還の際、F6F1機が着艦事故で失われており、ワスプ航空隊は実に8機を失った事になる。
更に、整備班から修理不能と判断された機体は4機に及び、うち1機がヘルダイバー、2機がアベンジャーとなっている。
ワスプ艦長アーサー・ギラード大佐は、残存機を使用して第2次攻撃に参加する事を決めたが、対艦攻撃に使える艦載機は、
飛行甲板後部に並んでいる8機のアベンジャーと、格納甲板で準備中の10機のヘルダイバーのみである。
「ゲティスバーグでは、F6F18機とSB2C14機、TBF12機を出すようです。他の軽空母は、それぞれF6F6機、SB2C6機、
TBF4機ずつが出撃準備を行っています。」
「合計で104機。これが、TG72.2が繰り出せる第2次攻撃隊の総数か。TG72.1と合わせれば、なんとか敵機動部隊を撃
滅できるかもしれないな。」
TG72.1のほうでも、攻撃隊の編成を急いでいるが、TG72.1は、ベニントンが損傷し、後退したため、有力な空母は
イラストリアスしかいない。
残りの2隻は、搭載機数の少ない軽空母であるため、多数の攻撃機は出せないであろう。
それでも、5、60機程度の攻撃隊は出すようであるから、TF72は160機ほどの攻撃隊を編成できる。
この数ならば、第3波攻撃隊が発見した新たな敵機動部隊に、痛打を与える事が出来るだろう。
「発艦準備完了までは、あと30分ほどです。恐らく、攻撃は薄暮か、夜間になるかもしれません。」
「薄暮か夜間・・・・か。そうなったら、いささかまずいな。」
リーブス少将は、航空参謀の言葉を聞くなり、顔をしかめた。
「ワスプ以外の母艦航空隊は、夜間着艦の訓練を余り行っておらんぞ。今はどの空母にも着艦誘導灯が付いているから、
夜間でもやりやすくなったが、それはベテランに限っての話だ。飛行時間が余り長くない若手搭乗員にとって、着艦は昼間、夜間問わず
一番難しい物だ。彼らが、数少ない夜間着艦の経験を完全に生かせればいいのだが。」
「しかし、ここで敵機動部隊を撃滅せねば、ユークニアへの補給は寸断されたままです。ここは、後顧の憂いを絶つためにも、使える物は
全て使うべきです。」
航空参謀は、強い口調でリーブスに言った。
「そこの所は私も分かっているよ。サマービル司令官も、フィッチ長官も同じ考えだろう。俺達がここで負けたら、合衆国国民のみならず、
レーフェイルで戦っている勇士達にも影響を与えるからね。俺としてはいささか不安があるが、やると決めたからには最後まで突っ走るまでさ。」
彼は、最後は威勢の良い口ぶりで航空参謀に言う。
リーブスは、おもむろに太陽を見てみる。
日は、既に傾き始めているが、まだ低くは無い。
(確か、昨日は7時から8時の間に日が落ちたな。攻撃隊が発艦して、敵機動部隊に接敵するのが5時後半から6時中頃。帰還する時には既に夜・・・か。
若い搭乗員は、帰り道はかなりしんどそうだな)
リーブスは、若い搭乗員のたちの事を思うと不安でならなかったが、それでも、攻撃隊は出せねばならない。
「若い連中には、この海戦で経験を豊富にしてもらうしか、方法はあるまいな。」
彼は、航空参謀に向かって苦笑しながら言った。
午後4時10分を回った。
ワスプは相変わらず、他の僚艦と共に25ノットの速力で南南東に向かいつつあった。
飛行甲板上には、先ほどまで並んでいた8機のアベンジャーの前方に、6機のヘルダイバーが駐機している。
10人ほどの甲板要員が、たった今上げられた第2エレベーターに乗っている翼を折り畳まれたヘルダイバーに群がり、少しばかりの
間を置いて、掛け声と共に後ろへ押していく。
飛行甲板の前部側エレベーターからは、1機のヘルキャットが上げられている。
リーブス少将は、ワスプの飛行甲板には眼を向けておらず、代わりに、上空を旋回しているF6Fに視線を向けていた。
「司令。」
ぼんやりと上空を眺めていたリーブスは、後ろから聞こえた声に対して、一瞬だけ反応が遅かった。
「・・・お、おお。どうした?」
リーブスは、後ろに立っていた情報参謀へ顔を振り向かせた。
「コンスティチューションから連絡が入りました。」
「コンスティチューションから?」
リーブスは、怪訝な表情を浮かべながら、ワスプの左舷側斜め前方を航行する1隻のアラスカ級巡洋戦艦に目をやった。
「コンスティチューションの通信員が、北北東の方角から発せられたと思しき魔法通信を捉えたという報告が、このワスプに
届けられたようです。」
情報参謀は説明しながら、紙をリーブスに渡した。
「・・・・数度の不審な魔法通信を記録。これは、マオンド側が保有するベグゲギュスから発せられた物ではないか?」
「はっ。コンスティチューションの通信員もその可能性が高いと言っているようです。しかし、通信員のうち1人は、
この度重なる魔法通信は、本当にベグゲギュスのみが発した物なのか?と疑っているようです。」
「ん?どういう事だそれは?」
「要するに、ベグゲギュス以外の物が、この魔法通信を味方部隊宛に送信した可能性が高い、と言う事です。」
情報参謀の言葉に、リーブスは面食らった表情を浮かべた。
「しかしだな。マオンド側の艦隊は、我々が今戦っている敵機動部隊以外に、出撃してきた部隊はいないぞ?」
リーブスは、頭から情報参謀の言った事を否定しようとした。
が・・・・・そこでリーブスの思考は停止した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくの間、リーブスは唖然とした表情のままだった。
15秒ほど黙った後、彼はハッとなった。
それから、彼はまず、とある場所に目を向けた。
飛行甲板には、第2次攻撃隊の艦爆、艦攻が敷き並べられている。
甲板要員達は、様子見に上がってきたパイロットと談話を交わしたり、機体のあちこちを見回ったりしている。
その次に目を向けたのが、上空を飛行する12機のF6Fである。
この12機のF6Fは、3時間前から軽空母のシアトルとロング・アイランドを発艦して以来、艦隊上空を飛び続けている。
あと10分もすれば、燃料補給のために母艦へ降りるであろう。
「いや、しかし。」
リーブスは、いやいやをするように首をしきりに振る。
「偽竜母は搭載ワイバーンを」
最後まで言葉は言えなかった。
「コンスティチューションより緊急連絡!我、未確認飛行物体を発見!数は40以上!艦隊の北東より1000メートルの高度を
時速260マイルで飛行しながら急速接近中!距離は40マイル!」
CICより告げられた言葉は、リーブスに対して、現状が如何に深刻な事態に陥っているかを思い知らせた。
「・・・・・くそったれめが!」
リーブスは、悔しさの余り叫んでしまった。
「敵にしてやられた!マイリーは待っていたんだ、この瞬間を!空母と言う軍艦が、最も脆弱になる時を!」
彼は、一息にそうまくしたてた。
上空直掩機は、もうすぐで燃料切れ。
各空母の飛行甲板には、第2次攻撃隊のために用意した艦載機が、燃料、弾薬を満載して敷き並べられている。
こんな時に、敵ワイバーンは思わぬ方向から湧き出てきた。
迎撃機を出すとしても、現状では10機ほど出せれば良いほうだ。その迎撃機も、敵が近くに迫っている今、満足に敵を迎え撃つ事は出来ない。
ここで頼りに出来るのは、艦隊の対空砲火だ。
レーダー管制射撃や、VT信管を多用した対空射撃の威力は、TG72.1上空で行われた防空戦闘で実証済みであるが、敵を完全に阻止できるか?と言われれば・・・・・
否、である。
必ず、輪形陣内部に突入して来るワイバーンが出て来る。
そのワイバーンが叩き付ける目標は、甲板上に燃料、弾薬を満載した艦載機を載せた空母である。
強欲なマオンド軍からして、TG72.2の4空母全てを襲って来るに違いない。
(万事・・・・・休す!)
リーブスは、奈落の底に突き落とされたような気持ちになった。
「敵ワイバーン編隊、戦闘機隊の防衛ラインを突破!」
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの艦橋内で、第7艦隊司令長官のオーブリー・フィッチ大将は、輪形陣左側に迫りつつある黒い粒の
群れを双眼鏡越しに見つめていた。
「数は35・・・・いや、32騎か。戦闘機隊はワイバーン48機が進撃中と報告していたから、16騎を撃墜するか、追い返したな。」
フィッチは、迫りつつある敵ワイバーンが減っているのを見て、少しだけ安堵した。
F6Fは、最終的に20機が発艦し、輪形陣から20マイルという近距離で敵ワイバーン編隊に襲い掛かった。
ワイバーン編隊の中には、爆弾を捨てて戦闘ワイバーンに早変わりする物もいたが、ヘルキャットの攻撃によって7騎が撃墜され、9騎が追い返されるか、
対艦攻撃が不可能となった。
これで、敵部隊は約4割近い戦力を失った事になり、TG72.2に対する攻撃もさほど激しい物にはならないであろう。
敵ワイバーンが二手に別れてから、輪形陣に進入し始めた。
ワイバーン群は、暖降下爆撃の要領で攻撃を行うのであろう、1000メートル前後の高さで飛行を続けている。
外輪部の駆逐艦部隊が敵を射程内に捉えたのだろう、高角砲を撃ち始めた。
ワイバーン群の周囲に砲弾が炸裂する。
敵ワイバーン群の指揮官は、通常のサンドイッチ戦法ではなく、一方向からの集中突破を企図したのであろう。
敵編隊は輪形陣の左側から遮二無二突っ込んで来た。
これに、レーダー管制を受けた機動部隊の護衛艦が猛然と高角砲や40ミリ機銃を撃ち、敵編隊の前面に濃密な弾幕を張り巡らせる。
早くも3騎のワイバーンが連続して叩き落された。
敵ワイバーンは、駆逐艦には目もくれずに、ひたすら輪形陣中央を進む空母に向かって突っ込んでいくが、被撃墜騎は相次ぐ。
1騎のワイバーンは、竜騎士がやっと駆逐艦の上空を通り抜けたか、と思った時に、眼前でVT信管付きの5インチ砲弾が炸裂し、
竜騎士とワイバーンは瞬時に即死した。
別のワイバーンは、このままでは無為に落とされるだけだと、巡洋艦に向かって突進し始めた。
だが、突進を開始してから僅か4秒後に、40ミリ弾の連続射撃を受けてあえなく撃墜された。
32騎いたワイバーン編隊は、駆逐艦部隊の上空を通り抜けるまでに23騎に撃ち減らされていた。
その23騎ですら、次々と炸裂する高角砲弾や、護衛艦から撃ち出される40ミリ、20ミリ機銃弾によって1騎、また1騎と落ちていく。
フィッチ大将は、その凄まじい光景を目の当たりにし、内心、敵に同情しかけた。
(第1次バゼット海海戦の時も、なかなか激しい対空砲火だなと思ったが・・・・あれから僅か2年近くで、それ以上に激しい対空戦闘を
繰り広げられるとは。こりゃ、敵さんが可哀相に見えるな)
先ほどまでは、敵にウラをかかれた事で半ば悲壮な気分で戦闘を見守っていたフィッチだが、味方の猛烈な反撃で次々と撃墜されるワイバーンを見ると、悲壮な気分も徐々に薄らぎ始めた。
ばたばたと叩き落されていく敵ワイバーン隊だが、もとより死は覚悟していたのか。
敵ワイバーン隊はいくら仲間が叩き落されようが、諦めずに輪形陣中央に近付こうとしている。
いや、もう近付きつつあった。
敵ワイバーン群は、時速540キロの高速で、空母目掛けて突入しつつあった。
ワイバーンは、巡洋艦の防衛ラインを抜ける時には19騎いた。
この19騎のうち、10騎はワスプへ、9騎はその後ろを行くシアトルに向かっていた。
ワスプの左舷側斜めには、巡洋戦艦のコンスティチューションがいる。
そのコンスティチューションから、他艦の物とは比べ物にならぬほどの弾量がはじき出され、ワイバーンの未来位置を多数の機銃弾によって覆い込んでいく。
唐突に1騎のワイバーンが体中を蜂の巣にされた。
一息に殺害されたワイバーンと竜騎士は、悲鳴を上げる事すらかなわず、海面に落下した。
9騎から8騎へ。8騎から7騎へ。
まるで、火にくべた氷の如く、ワイバーン群は数を減らしていく。
だが、敵ワイバーンが6騎に減った所で、コンスティチューションの努力は終わった。
残り6騎の敵ワイバーンは、ワスプから距離400メートルの左舷側上方に接近してから爆弾を投下した。
投下と同時に、新たに2騎がワスプ自身が放つ対空砲火によって撃墜されたが、6発の爆弾はワスプ目掛けて接近した。
最初の爆弾は、ワスプを通り過ぎて右舷側に着弾し、高々と水柱を吹き上げた。
その次の爆弾は、竜騎士がタイミングを見誤ったのか、ワスプの艦尾から80メートル離れた位置に落下する。
3発目の爆弾が、ワスプにとって久方の命中弾となった。
この爆弾は、飛行甲板前部に命中するや、最上甲板を突き破って格納甲板に達し、そこで爆発した。
その瞬間、ワスプの飛行甲板前部から爆炎が噴き上り、その直後に黒煙と、夥しい破片がドッと立ち上って、海面や後部甲板に撒き散らされた。
もし、命中弾がこの前部甲板のみに留まっていれば、本国に戻って3週間ほどドック入りする程度で収まったであろう。
だが、次の命中弾がワスプに致命的な被害をもたらした。
この時、ワスプの中央部甲板や後部甲板には、第2次攻撃隊に参加する予定であった艦載機が敷き並べられていた。
その数は、およそ18機。内訳はF6F6機、SB2C7機、TBF5機である。
実を言うと、敵が来襲する前には、ワスプの艦上には26機の艦載機が並んでいた。
だが、艦長が被弾時の場合を考えて、待機中の艦載機を海に捨てさせたのである。
この時まで、8機が海上に投棄されていたが、ワスプ乗員達の奮闘もそこまでであった。
ヘルダイバーの群れの中に突っ込んだ爆弾は、1機のヘルダイバーの胴体を叩き折ってから飛行甲板に突き刺さり、格納甲板に達した。
格納甲板の防御鋼板に当たった爆弾は、2度ほど跳ね回った後に炸裂した。
その瞬間、飛行甲板が盛り上がり、被弾箇所の真上で駐機していたヘルダイバー3機がひっくり返った。
爆発から3秒後、最後の爆弾がワスプの左舷中央部側の海面に落下し、水柱を跳ね上げた。
吹き上がった海水が、轟々と音を立てながらワスプの飛行甲板に降り注ぐ。
普通の火災なら、この敵の置き土産とも言うべき至近弾によって、被弾箇所の初期消火に役立つ事もあるのだが、今回ばかりはそれも望めなかった。
海水が落下して2秒後。突然、ワスプの甲板上でひっくり返っていたヘルダイバーが大爆発を起こした。
それから連鎖反応的に、次々と艦載機が誘爆し始めた。
ヘルダイバーが弾け、紅蓮の炎と、夥しい破片がワスプの飛行甲板を焼き、そして引き裂いて行く。
不運な水兵が、破片によって右目をやられ、絶叫しながら物陰に隠れようとする。
幸運にも、手が何かに当たり、水兵はほっとしながらその何かの影に隠れた。
その次の瞬間、別のヘルダイバーが、火災の延焼によって搭載していた1000ポンド爆弾を誘爆させた。
ヘルダイバーの特徴ある機体が瞬時に消し飛び、周囲に破片や火の付いたガソリンを撒き散らす。
いきなり、ガガァン!という強い衝撃が、物陰に伝わった。
「ひ、ひぃ!!」
水兵は驚きの余り、情けない声を出してしまった。しかし、物陰が破片を食い止めてくれたのか、水兵はそれ以上傷を負う事はなかった。
「は・・・・はぁ・・・。助かった。」
水兵は一安心したが、周りが居様に熱い事に気が付いた。
(いけない。誘爆した機体の燃料が、すぐ近くまで流れてきているんだ。もしかしたら、この物陰の側にも流れて来ているかもしれない)
身の危険を感じた彼は、助けを呼びながら、まだ生きている左目で周囲を見ながら歩こうとした。
ふと、彼はその物陰が何だったのか気付いた。
「俺は、アベンジャーに隠れていたのか。」
水兵が震えた口調でそう呟いた時、アベンジャーの左主翼から炎が吹き上がった。
フィッチ大将は、後部甲板から一際大きな爆発を起こすワスプに対して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて見入っていた。
「長官。シアトルも酷い有様のようです。」
参謀長のフランク・バイター少将は、緊張と興奮で顔を青くさせながらも、比較的冷静な口調でフィッチに言った。
ワスプの後方を行く軽空母のシアトルにも、敵ワイバーンは爆弾を叩きつけて来た。
シアトルは、3発の爆弾を浴びせられた。
このうち、2発は飛行甲板と格納甲板のみならず、更にその下の第3甲板にまで達した。
シアトルは、中央部から後部にかけて、ヘルキャット3機とアベンジャー4機、ヘルダイバー6機。
格納甲板には、燃料、弾薬を満載した6機のヘルキャットがいた。
そこに爆弾が命中したため、シアトルはワスプ同様、艦載機の誘爆が次々と起こった。
インディペンデンス級軽空母の13番艦として就役したシアトルは、他の姉妹艦と同様に防御が薄かった。
そのため、シアトルは誘爆よって缶室にも損傷が及び、速力が大幅に低下していた。
艦長のレイク・ホスター大佐からは、火災は急激に延焼しつつあり、燃料庫、弾薬庫に火災が及ぶのも時間の問題であると伝えられている。
手っ取り早く言えば、総員退艦の一歩手前といった所だ。
「シアトルの状況は悲惨の一語に尽きるが、目の前のワスプはどうなっているんだ?」
フィッチは、不安そうな口調で目の前のワスプを案じた。
彼はまだ知らなかったが、ワスプは、艦載機の誘爆の際に、破片が通信アンテナ等の電子機器を損傷させていたため、
他艦との連絡手段が全く無い状況であった。
本来ならば、艦橋に信号員を置いて、状況を伝えるべきなのだが、その信号員すら、いつまで経っても上がってくる様子が無い。
それ以前に、艦橋の側面は吹き込んだ破片にやられたのであろう、スリットガラスが一枚残らず割れており、生々しい傷跡が付いている。
ワスプは、24ノットの速力で航行しているが、飛行甲板並びに、格納甲板で発生した火災はかなり規模が大きく、飛行甲板の中央部から後部にかけては
オレンジ色の炎がめらめらと燃え、その後方はには、火山の噴煙と思わせるような濛々たる黒煙が吹き上がっている。
まるで、雲と見紛わんばかりだ。
「ん?」
フィッチは、ワスプに起こった異変に気が付いた。
「ワスプの速力が、落ちている・・・・」
今まで、24ノットの速力で落ちていたワスプが、徐々にスピードを落とし始めていた。
それに、心持ち左舷に傾斜しているようにも思える。
「ワスプが・・・・遠くなっていく・・・・」
フィッチは、遠ざかりつつあるワスプが、急に頼りなさそうに見えた。まるで、ワスプ自身が、艦としての生命を終えようとしているかのように。
午後4時40分。
TG72.2は、残った2隻の空母、ゲティスバーグとロング・アイランドから第2次攻撃隊を発艦させた。
ゲティスバーグからはF6F16機、SB2C14機、TBF12機、ロング・アイランドからはF6F4機、SB2C6機、TBF3機が発艦し、
TG72.1の攻撃隊と合流後、敵機動部隊に向かっていった。
4月16日 午後6時40分 ユークニア島南東沖550マイル地点
空母イラストリアスから発艦した6機のアベンジャーは、第2次攻撃隊に参加した他の航空隊と共に敵機動部隊へ向かいつつあった。
午後6時になると、敵竜母から発艦したと思しきワイバーンが、進撃中の攻撃隊に襲い掛かってきた。
ワイバーンは、アベンジャーやヘルダイバーを狙ってきたが、護衛役のF6Fに阻まれて全く取り付けなかった。
6時40分頃になると、攻撃隊は敵機動部隊を視界に捉えた。
海は、既に夕方の情景に移っており、昼間はあれほど青かった海が、今ではオレンジ色に染まっていた。
「機長、居ました!敵の主力部隊です!」
イラストリアス艦攻隊指揮官のジーン・マーチス少佐は、操縦席のジェイク・スコックス少尉が、上ずった声で報告して来るのを聞いた。
「輪形陣の真ん中にでかい竜母が2隻、小さい奴が1隻います。朝方襲った奴らとは明らかに違います。」
「ついに見つけたな。ここで会ったが100年目だ。」
マーチス少佐は、唸るような声で呟いた。
「しかし、この少なくなった攻撃隊で、敵を仕留められますかな?」
後部座席のスワング兵曹が、不安げな口ぶりで言ってきた。
「さあな。出来れば、3隻全てを叩き沈めてやりたい所だが・・・・・」
第2次攻撃隊は、TG72.1、72.2の計119機で編成されている。
うち、艦爆、艦攻は65機である。
第1次攻撃隊に加わった艦爆、艦攻はこれの2倍以上は居たのだが、相次ぐ戦闘や、敵機動部隊からの攻撃、偽竜母部隊からの不意打ちが重なって
2次攻撃隊に参加できる機体が悲しくなるほど少なくなった。
特に、TG72.2のワスプ、シアトルの被爆は大打撃であり、一時は第2次攻撃すら中止が考えられたほどだ。
だが、ここで敵を逃がせば、いつ、どこで味方に害を成すのか分からない。
攻撃できるチャンスがあれば、それを逃さずにやるべきであるという意見が、反対意見を上回り、ようやく、
今日最後の攻撃隊がTF72から飛び立ったのである。
だが、マーチス少佐からしてみれば、この65機の艦攻、艦爆で竜母を3隻も沈めるのは厳しい相談だと思っている。
(この痩せ細った攻撃隊で3隻を沈めようとするのは、無理があるな。見た所、敵機動部隊には戦艦4隻に巡洋艦が4、5隻、
駆逐艦は20隻近くいる。マイリーの奴らは、壊滅した第2群から護衛艦を呼び寄せて、対空火力を向上させている。
そんな中に、僅か65機の攻撃隊が突入しても、3隻を沈めるのはかなり厳しい)
彼はそう思ってから、いきなり苦笑した。
(いや、攻撃隊の編成が少ないのは、俺達だけではないか)
脳裏に、進撃中に起きた出来事が蘇る。
第2次攻撃隊は、往路の半分を過ぎた所で、敵機動部隊から発艦したと思しき敵編隊とすれ違っていた。
敵編隊は、20騎ずつの編隊が3つに、10騎前後の編隊が1つ、計70騎以上がTF72に向かっていた。
そのワイバーン編隊と、第2次攻撃隊は、互いに一触即発の空気を孕みながらすれ違っていった。
敵のワイバーン編隊も、対艦攻撃専門は多くて40騎程度であろう。
その40騎で、敵側はTG72.1か72.2、どちらかに痛打を与えなければならない。
数こそ違えど、第2次攻撃隊と、すれ違って行ったマオンド側のワイバーン編隊は似た物同士と言えた。
「こちらは攻撃隊指揮官機。」
マーチス少佐は、張りのある声音で、右手にかざしたマイクに向かって言う。
第2次攻撃隊の指揮官は、イラストリアス隊の艦攻隊長であるマーチス少佐に任ぜられており、彼の指示に従って、65機の艦爆、艦攻、
12機の戦闘機が動く事になっている。
「これより攻撃に移る。」
マーチス少佐はそう言ってから、機首の向こう側に移る敵機動部隊をしばし睨みつける。
3隻の竜母が、多数の護衛艦に守られながら航行している。
そのうち、前方の2隻が大型竜母だ。
(3隻を狙うより、重要目標である2隻の大型竜母を狙ったほうがいいな。それでも、攻撃隊は分散されるが、20機前後で敵竜母1隻に当たる
より、30機前後で敵竜母1隻を集中攻撃したほうがいいだろう。)
彼は、心の中でそう決意すると、各航空隊に指示を下した。
「コルセア隊は、輪形陣の左右から敵の駆逐艦を攻撃しろ。イラストリアス隊、ノーフォーク隊、ハーミズ隊は左側の正規竜母。
ゲティスバーグ隊、ロング・アイランド隊は右側の正規竜母を攻撃しろ。小型竜母は雑魚だ、無視しろ!」
彼が指示を伝えてから5秒後に、各母艦航空隊の指揮官機から了解の返事が、マーチス機に届けられた。
「ようし、全機突撃せよ!」
号令一下、65機の艦爆、艦攻と、12機の戦闘機が一斉に動き出した。
真っ先に突っ込んで行くのは、イラストリアス戦闘機隊に属する12機のF4Uコルセアである。
12機のコルセアは、6機ずつに別れると、猛速で輪形陣に突っ込んで行く。
6機のコルセアは、更に3機に別れて、それぞれが1隻の駆逐艦目掛けて突進した。
駆逐艦ドナグは、600キロ以上で接近して来るコルセアに向かって、両用砲と魔道銃を撃ちまくった。
3機のコルセアは、かなりすばしっこい。
コルセアの周囲には高射砲弾が炸裂し、何条もの光弾が注がれているのだが、コルセアは軽業師のごとく、ひらりひらりとかわしていく。
魔道銃の兵員が、まるで馬鹿にしたかのような機動を見せるコルセアに顔を真っ赤にして怒鳴りながら、魔道銃を一層激しく撃ちまくった。
だが、コルセアには1発の弾も命中せぬまま、ドナグは攻撃を受けた。
艦長は、艦橋上でコルセアの両翼から白煙が吹き上がるのを見た。
「おお、撃墜したか!」
艦長は、両翼から吹き上がった白煙を見るなり、光弾が主翼に命中したのかと思った。
それは間違いであった。
確かに、コルセアの両翼からは白煙が上がったが、その白煙は、翼の下の突起物から吹き上がっていた。
その突起物は、コルセアの主翼から離れるや、猛烈なスピードでドナグに突っ込んで来た。
コルセア1機につき、放たれた細長い煙を噴く棒のような物は4本。それを放ったコルセアは3機であるから、計12本がドナグに接近した。
1本の棒がドナグより左舷側30メートルの海面に突き刺さるや、突然爆発を起こして水柱を吹き上げた。
ドナグを飛び抜けた別の棒が、いきなり空中で爆発を起こす。
突然、ドナグに2本の棒が突き刺さった。棒はドナグの中央部と後部に命中するや、爆発した。
爆発箇所の至近にあった艦上構造物や魔道銃、そして、水兵達が一瞬にして吹き飛ばされた。
後部に命中した棒は、爆雷の投下機を破壊して、役立たずの鉄屑に変える。
その2秒後に、別の棒が3発ほど、ドナグに命中した。3発中、2発は後部に突き刺さった。
火を噴く棒が命中した箇所は、先の命中弾とほぼ同じ場所であり、そこには10発の爆雷が設置されていた。
そこに火を噴く棒・・・・もとい、5インチロケット弾は命中し、瞬発信管を起動させた。
ドナグは、瞬間的に10発分の爆雷を誘爆させ、後部部分はその大爆発によって粉砕された。ドナグの乗員のうち、3分の1が一瞬にして即死した。
あっという間に艦体後部が粉砕されたドナグは、僅か10秒後に停止した。
5インチロケット弾の洗礼を受けたのはドナグだけではなかった。
ドナグの後方に位置していた別の駆逐艦も、同じように5インチロケット弾の斉射を食らい、前部と後部に命中弾を受けていた。
輪形陣右側の外輪部でも同じような事が起こっており、やはり2隻の駆逐艦が黒煙を吐き出していた。
マーチス少佐は、コルセア隊のロケット弾攻撃によって、やや乱れた輪形陣外輪部を見つめていた。
「輪形陣崩しは、何も貴様らだけの持ち技ではないぞ。」
彼は獰猛な笑みを浮かべながら、視線を横に移す。
ハーミズ、ノーフォーク所属のアベンジャー隊が、敵竜母の右舷側に回り込むべく、輪形陣の前方に向かいつつある。
艦攻隊が、輪形陣の外側で攻撃隊形を組んでいる最中、艦爆隊が先に敵の輪形陣に侵入し始めた。
輪形陣外輪部の駆逐艦群が、速力を落とした損傷艦との衝突を避けようと回避運動を行ったため、輪形陣外輪部上空の対空砲弾幕は思いのほか薄い。
だが、輪形陣の内部に進むにしたがって、弾幕の密度は次第に濃くなっていく。
艦爆であるSB2Cヘルダイバーは、イラストリアスから8機、ゲティスバーグとロング・アイランドから18機が発艦している。
このうち、ロング・アインランド隊はイラストリアス隊に加わって、左側の正規竜母を攻撃しようとしていた。
イラストリアス隊の前方を行くロング・アイランド隊に、早くも被撃墜機が出る。
戦艦4隻、巡洋艦5隻が放つ対空砲火は、レーダー管制やVT信管を持たぬマオンド軍の射撃といえどもかなり激しい。
高度4000を飛行するヘルダイバー隊は、ひっきりなしに炸裂する高射砲弾にあちこちから小突かれ、乗員達はまるで、荒地を猛速で突っ切る
トラックドライバーの如く、しきりに揺さぶられていた。
イラストリアス隊にも被撃墜機が出る。
最後尾を飛んでいた8番機が、高角砲弾によって胴体尾部をすっぱりと切断される。
尾翼類を丸ごと失ったヘルダイバーは、錐揉みになって落ちて行った。
ロング・アイランド隊の別の1機が、砲弾の断片によって右の主翼に穴を開けられる。
そこからすぅーっと白い燃料が噴出し、5秒後に引火した。
炎はあっという間に右主翼の付け根に達し、ヘルダイバーは紅蓮の炎と黒煙を吐き出す。
だが、パイロットは諦めないのか、速度が低下し、高度が徐々に下がっても、必死に編隊に追随しようと努力する。
置いて行かないでくれ。一緒に連れて行ってくれ。
ヘルダイバーのパイロットは、先行していく仲間達に対し、真にそう願ったであろう。
だが、左主翼の至近で炸裂した高射砲弾が、その儚い願いを完膚なきまでに打ち砕いた。
炸裂した砲弾の破片は、左主翼を貫いた。その瞬間、左主翼から爆発が起こり、翼が中ほどから千切れ飛んだ。
ヘルダイバーは、炎と黒煙を噴きながら墜落していった。
ロング・アイランド隊は、さらに1機を失った所で急降下を開始した。
翼を翻しながら、急角度で突っ込むヘルダイバーは、両翼のダイブブレーキを起き上がらせて、敵艦隊の上空に死神の鳴き声にも似た音を撒き散らし始めた。
「左舷後部上方より敵機!急降下ぁ!!」
竜母ヴェルンシアの艦橋見張り員であるヒイネ・アレスタド1等水兵は、甲高い轟音を上げながら急角度で突っ込んで来る米艦爆を見ていた。
彼女は、伝声管に向かって艦橋に逐一報告を送っている。
舷側の魔道銃が、後部上方より迫りつつあるアメリカ軍機に向けて猛然と撃ちまくる。
アメリカ軍機は、張り巡らされた弾幕をあっさりと突き破って、高度を下げつつある。
「他の護衛艦も迎撃しているのに、なかなか落ちないもんね。」
アレスタド1等水兵は、一向に落ちる様子の無いアメリカ軍機を見て、そう呟いた。
いきなり、ヴェルンシアが左に回頭を始めた。アメリカ機の投弾コースを外そうとしているのだろう。
ヴェルンシアの動きに、左側に位置していた護衛艦が自らも舵を取って合わせていく。
心臓を抉るような甲高い音が頂点に達した、と思った瞬間、アメリカ機は胴体から爆弾を落とした。
アレスタド1等水兵は、落ちてくる爆弾に視線を移した。
最初、ほぼ円形だった爆弾が、細長い形となってヴェルンシアの右舷側に落ちていく。
爆弾が海面に落下するや、轟音と共に水柱が跳ね上がった。
2発目、3発目と、敵機から放たれた爆弾が次々と振って来る。爆弾が艦の右舷側や、左舷側に落下する度に、水柱が吹き上がり、その頂は夕焼け色に染まった。
アメリカ機の投弾がひとまず終わり、ヴェルンシアは回頭をやめて再び直進に移る。
ほっと一息を付く暇も無く、今度は左舷中央上方から7機のアメリカ機が、同じように急降下して来た。
「新たな敵機、左舷側上方より接近!高度2000グレル!!」
彼女は、伝声管を使って、新たな敵機の接近を知らせる。
その新たな敵機に向かって、ヴェルンシアや他の戦艦、巡洋艦、駆逐艦が対空火器の照準を合わせ、迎撃する。
アメリカ軍機は、先ほどと同様、猛烈な対空弾幕を突っ切って距離を詰めてくる。
護衛艦が狂ったよう撃ちまくるのだが、アメリカ機は全く落ちる様子が無い。
「どうして当たらないの!?今日の当番兵は下手糞ばかりが集まっているの!?」
アレスタド1等水兵は、いつまで経っても結果を出せぬ味方をののしった。
一介の水兵に過ぎず彼女が言えば、当の兵達に聞き咎められて色々と酷い目に遭いそうだが、彼女が口にした言葉は、艦隊の誰もが思っている事であった。
この喧騒の中で、彼女は舷側の魔道銃員達が上官に罵倒されまくっている事を知る由も無い。
敵の先頭が高度400グレルを切った時、ヴェルンシアが回頭を始めた。
またもや、艦首が左に振られ始めた。
艦長は、再び取り舵一杯を命じたのであろう。
ここに来て、ようやく1機のヘルダイバーが、高射砲弾の直撃を受けて弾け飛んだ。
その報復は、直ぐに叩き返された。
先頭機が、これまでに見た事無いほどの低高度まで降下するや、胴体から爆弾を落とした。
アレスタド1等水兵は、その爆弾がほぼ円状になっているのを見て愕然とした。
「やばい、当たる!」
彼女は身の危険を感じて、防盾の影に隠れた。
その瞬間、ダーン!という耳を劈くような轟音が鳴り、ヴェルンシアの艦体が激しく揺れた。
爆弾は次々と落下しては、ヴェルンシアの飛行甲板に命中し、運の良い物は外れ弾となってヴェルンシアの左右に大量の海水を跳ね上げる。
防盾の影にうずくまる彼女の体に、至近弾によって吹き上がった海水が降りかかり、全身ずぶぬれとなった。
気が付くと、甲高い轟音は既に鳴り止んでいた。
「・・・・・終わった・・・・・?」
アレスタド1等水兵は、恐怖に表情を歪めながら呟いた。
恐る恐る、防盾から顔を覗かせてみる。艦橋下の飛行甲板を見るなり、彼女は唖然となった。
爆弾は、4発が命中した。
最初の命中弾は前部飛行甲板に命中して格納甲板で炸裂した。
爆発エネルギーは、格納庫内のワイバーン居住施設を次々と叩き壊し、その余波は爆弾穴に向かって、穴を更に押し広げた。
2発目、3発目は中央部に命中し、ここで火災を発生させた。
最後の爆弾は格納甲板までも貫通し、第3甲板の魔道士官室に達してから炸裂した。
4発の命中弾によって、飛行甲板は叩き壊された。特に中央部に至っては、飛行甲板が爆圧によって盛り上がるほどであった。
相次ぐ命中弾に、甲板から濛々たる黒煙を吐き出しながら海上をのた打ち回るヴェルンシアに、ヘルダイバーとは別の刺客が迫りつつあった。
ヴェルンシアの艦橋上で対空戦闘を見守っていたホウル・トルーフラ中将が、艦長が大声で、右舷から迫りつつある雷撃機の接近を知らせた。
右舷側からは、10機ほどのアベンジャーが、低空飛行で飛びながら、横一列に展開してヴェルンシアに向かいつつある。
そのアベンジャーにヴェルンシアは右舷側の高射砲や魔道銃を放つ。
早くも、1機のアベンジャーが高角砲弾に右主翼を持って行かれた。片翼を失ったアベンジャーは、バランスを崩して海面に落下する。
「ミリニシア被弾!」
見張りの悲痛そうな声が艦橋に流れてきた。トルーフラは、視線を迫り来るアベンジャーから、右舷側を航行するミリニシアに向けた。
ミリニシアは、米艦爆からの直撃弾を受けたのであろう、甲板から黒煙を噴出している。
黒煙の量はさほど多くは無いが、煙が噴出している箇所が前部と中央部にあるため、少なくとも、2発程度は食らったようだ。
「畜生、マオンド自慢の竜母部隊が、一日でボロボロされちまった・・・・!」
トルーフラ中将は、悔しさに顔を歪めてながら小さく呟いた。
右舷側のアベンジャーは、距離500グレルの所まで迫っている。
更に1機のアベンジャーが叩き落されたが、残りの8機は怯む事無く、ヴェルンシアに向かっ突進して来る。
心持ち、ヴェルンシアは右に回頭しつつあった。
回頭と言っても、真っ直ぐ航行しているのと余り変わらないが、艦尾から引く航跡は、やや右に曲がっている。
ヴぇルンシア艦長サオガ・オーグル大佐はタイミングを見計らっていた。
今、ヴェルンシアは右に少しだけ舵を切った状態で航行している。
15リンル以上の速力で航行している際は、ヴェルンシアのような大型艦は舵が利き始めるまでに時間がかかる。
そのため、オーグル大佐は敵が魚雷を投下する前後に舵を切るのではなく、敵が近付いてからやや舵を切り始め、敵が魚雷を投下した直後に
思い切って回頭し、魚雷を避けてしまおうと考えた。
「左舷方向からも雷撃機!数は6!距離1500グレル!」
見張りの声が聞こえる。オーグル大佐は、それに了解と返しただけで、そのまま8機の雷撃機を睨み続ける。
アベンジャーの機影が近付くにつれ、心臓の鼓動が早くなる。もし、回頭のタイミングを見誤れば、ヴェルンシアは右舷に魚雷を食らってしまう。
そうなれば、ただでさえ爆弾を食らっているヴェルンシアは、より酷い手傷を負う事になる。
魚雷が1本命中しただけでも、速力は低下し、左舷側からやって来る雷撃機にトドメをさされるであろう。
(まだまだ、タイミングが早い。あと400グレルか、350グレルまで迫ってからだ)
オーグル大佐は、はやる気持ちを抑えながら、アベンジャーとの決死の睨みあいを続ける。
8機のアベンジャーが距離350グレルまで接近した時、
「面舵一杯!」
オーグル大佐は大音声で命じた。
ヴェルンシアの艦首が、意外と早いスピードで右に振られていく。それと同時に、8機のアベンジャーが一斉に魚雷を投下した。
艦首正面がアベンジャーに向き合った時、ヴェルンシアは回頭を止めた。
8機のアベンジャーが、ヴェルンシアに向かって機銃掃射しながら、艦尾方向へ飛びぬけていく。
目の前の海面から、8本の魚雷が航跡を引きながら向かって来るが、どの魚雷も扇状に散開しつつある。
ヴェルンシアは、5本目と6本目の航跡の間に立ち、魚雷はあっという間にヴェルンシアの艦尾方向に流れて行った。
「ようし、魚雷を回避したぞ!」
オーグル大佐の勝利宣言とも取れる言葉に、艦橋内では歓声が爆発した。
だが、戦いはまだ終わっていない。
「艦尾方向の雷撃機、本艦の左舷に回りこみまぁす!」
先ほど、左舷側から迫りつつあった6機のアベンジャーは、ヴェルンシアの急回頭によって艦尾側に位置していたが、アベンジャー隊の指揮官は、対向面積の低い艦尾側から雷撃しても、先の僚機のようになると確信したのであろう。
6機のアベンジャーはヴェルンシアの左舷側に回り込んだ。
唐突に、1機のアベンジャーが対空砲火に撃墜される。残り5機となったアベンジャーは、味方の死に怯む事無く突き進んでくる。
「アベンジャー5機、左舷方向より接近します!距離600グレル!」
見張りが、刻々とアベンジャーとの距離を知らせて来る。
この5機のアベンジャーは、先のアベンジャーと比べても明らかに低い高度で飛行している。先ほどのアベンジャー隊も低かったが、この5機のアベンジャーは、腹を海に擦り付けんばかりだ。
「なんて高度を飛んでやがる。」
オーグル艦長はその5機のアベンジャーを見て、思わず舌を巻いた。
「あの5機のアベンジャーには相当な手錬が乗っているな。そうともなれば、さっきのやり方も通用しないかもしれん。」
彼は、やや不安げな口調で呟く。
アベンジャー5機は、徐々にヴぇンルシアへ接近して来る。濃密な対空砲火も、海面スレスレを敵機に対してなかなか命中弾を与えられない。
「取り舵!」
オーグル艦長は命じた。先ほどと同様、艦首を敵機群に向けて魚雷との対向面積を減らす。
先はそれで、魚雷を全て回避した。
(今度もかわしきって見せる!)
オーグル艦長は、心中で決意した。
ヴェルンシアは、やや左よりに走り始める。先ほどと同じように、操舵員が舵を少し切った状態で待機しているのだ。
アベンジャーとの距離が400グレルを切ったとき、右側のアベンジャー2機が胴体から魚雷を投下した。
「今だ!」
オーグル艦長は、一瞬小さく呟いたあと、大音声で命じた。
「取り舵一杯!急げぇ!!」
ヴェルンシアが左に急回頭し始めたとき、アベンジャー隊では異変が起こっていた。
通常なら、アベンジャー全機が敵艦目掛けて魚雷を放つのだが、魚雷を投下したアベンジャーは2機だけだ。
真ん中と、左側2機のアベンジャーは魚雷を投下していなかった。
それに気付く筈も無く、オーグル艦長はヴェルンシアの艦首を、魚雷がやって来る方向に向けた。
その時、残り3機のアベンジャーが魚雷を投下した。
オーグル艦長は、2本の魚雷の航跡が、ヴェルンシアの右舷を通り過ぎていくのが見えた。
「2本だけ?」
彼は、雷跡が少ない事に気が付いたが、残りの魚雷はすぐに現れた。
アベンジャーが、やかましい音を立てながらヴェルンシアの上空を飛び去っていく。
オーグル艦長の意識は、飛び去っていくアベンジャーには向かず、真一文字に突っ込んで来る魚雷に集中されていた。
「謀られた!!」
オーグル艦長は、自分の考えが浅はかであったと思い知らされた。
あのアベンジャー隊は、ヴェルンシアの動きを良く見ていた。先に魚雷を投下したアベンジャーは、いうなれば囮役であった。
その囮役のアベンジャーの攻撃に、オーグル艦長は艦首を魚雷に向ける形で対向面積を減らし、魚雷が命中するのを防いだ。
ところが、敵の指揮官機はそれを待っていた。
ヴェルンシアの艦首が、魚雷が向かいつつある先に向いた時、真正面よりは多少当てやすい斜め前にアベンジャーを占位させ、魚雷を放ったのである。
「魚雷2!急速接近!!」
見張りの絶叫が聞こえてきた。魚雷3本のうち、1本は艦尾側に外れていったが、2本は確実に衝突コースに乗っていた。
オーグル艦長は、艦橋の窓から、白い航跡が艦の斜め前から突っ込んで行くのが見えた。
(敵のほうが、一枚上手だったか・・・・!)
彼は、悔しさのあまり歯を思い切り噛み締めた。
ズドォーン!という腹に応えるような音と共に、下から突き上げるような衝撃が、ヴェルンシアの艦体をこれまで以上に揺さぶった。
右舷中央部から水柱が高々と吹き上がる。その大きさたるや、優に100グレル近くはあるだろう。
その衝撃から5秒後、今度は前部付近からも似たような衝撃が伝わり、ヴェルンシアの巨体が大地震に見舞われたかのように揺さぶられた。
「う、うおおぉ!?」
魚雷命中による激しい振動に、トルーフラ中将を始めとする第1機動艦隊の司令部幕僚や艦橋要員は、ほとんどが床に転がされてしまった。
「被害状況知らせ!」
真っ先に起き上がったオーグル艦長は、伝声管に向かって喚いた。
「こちら右舷第4甲板第2書庫室です。通路に海水が流れ出ています。魚雷は防水区画内で炸裂して第5倉庫室周辺を破壊し、海水があふれ出ています。
至急応急班を寄越してください!」
「ちょっと待て、第5倉庫室はバルジで守られている区画だぞ。敵の魚雷が命中しても、被害は及ばないはずだ!」
「ところが、現に魚雷は貫通して、艦内に被害を及ぼしています。それはともかく、直ちに応急班を寄越して下さい!」
「ああ、分かった!」
艦長は、そう言って会話を終えた。
イラストリアス艦攻隊の放った魚雷は、ヴェルンシアの右舷前部と中央部に命中した。
前部に命中した魚雷は、浅く突き刺さった所で爆発したため、思ったよりも損害を与えられなかった。
だが、艦腹には直径3メートルの穴が開き、そこから大量の海水が流れ出してきた。
一番大きな被害を与えたのは、右舷中央部に命中した魚雷であり、この魚雷は浅い角度で命中したにも拘らず、ヴェルンシアと反航していた事もあって
あっさりと分厚いバルジを貫通した。
ボクシングのカウンターパンチと同じような要領で突き刺さった魚雷は、防水区画の壁に激突してそこも突き破り、第5倉庫室の真ん前で炸裂した。
炸裂の瞬間、爆発エネルギーは第5倉庫室のみならず、他の部屋も滅茶苦茶に叩き壊し、爆風は閉じられていたハッチを吹き飛ばし、後部にまで吹き抜けて行った。
「あ、ミリニシア被雷!」
見張りが、新たな凶報を伝えて来た。トルーフラ中将は、ハッとなってミリニシアに目を向けた。
ミリニシアは、左舷中央部から高々と水柱を吹き上げていた。水柱の根元には、爆炎が躍り上がっている。
命中した魚雷はこの1本のみであったが、ミリニシアは左舷側から白煙を引きながら、次第に速度を落とし始めた。
「なんと言うことだ。第1機動艦隊はこれで使い物にならなくなったぞ!」
トルーフラ中将は、半ばヒステリックな口調でそう喚きたてた。
それから20分後。
第1機動艦隊旗艦であるヴェルンシアでは、被害状況の暫定報告と、攻撃隊の戦果報告が行われていた。
「我が第1機動艦隊は、先の攻撃で駆逐艦1隻を喪失し、竜母ヴェルンシアと駆逐艦2隻が大破。竜母ミリニシア並びに駆逐艦1隻を中破させられ、ワイバーンの喪失数は21騎に上ります。これで、我が機動部隊に残された使用可能竜母は、イルカンルのみとなりました。」
「戦果のほうはどうなっている?」
トルーフラ中将はすかさず参謀長に聞き返した。
「はっ。攻撃隊は、敵機動部隊に対して猛攻を仕掛け、空母2隻に損害を与え、発着不能に追い込んだ他、巡洋艦1隻にも損害を与えています。
尚、攻撃隊の被害は・・・・相当な規模に上るそうです。」
トルーフラは、思わず身を震わせた。
これに先立つ事、6時間前。第1機動艦隊は、220騎の大編隊を押し立てて、アメリカ機動部隊を猛襲し、空母2隻を大破させた。
(実際には、ベニントン中破、イラストリアス小破である)
だが、アメリカ側の猛烈な反撃によって戦闘ワイバーン27騎、攻撃ワイバーン57騎を失うと言う大損害を被った。
第2次攻撃隊は、第1次から戻って来たワイバーンも加えて、78騎の陣容で出撃させたが、この第2次攻撃隊もかなりの打撃を被っているかもしれない。
(アメリカ機動部隊の対空砲火は、我がシホールアンル海軍のそれを遥かに上回っています。だから、アメリカ機動部隊と雌雄を決する時は、大編隊でもって、
一気に敵空母を全滅させる気概で戦わねばなりません。それに失敗すれば、もう後はありません)
脳裏に、とあるシホールアンル海軍将校が言った言葉が反芻される。
「ベックネ提督。攻撃に成功しても、ワイバーン部隊の数が減らされれば、結果は似たような物だよ。」
トルーフラ中将は、そう呟いてから、深くため息を吐いた。
「稼動竜母は、小型竜母のイルカンルのみ。残りは沈められるか、傷物にされた。だが、相手にも相当の被害を与えている。
特に、特務隊の活躍は素晴らしい物があったな。」
特務隊・・・・それは、偽竜母を中心とした艦隊の名称である。
この艦隊は、第1次スィンク沖海戦において、見事囮役の任を果たしている。
だが、この偽竜母は、ただの偽者ではなかった。
イルカンル級とヴェルンシア級の中間に位置するような外見を持つこの偽竜母は、8騎ずつのワイバーンを甲板に積む事が出来た。
偽竜母は6隻であるから、計48騎のワイバーンを敵に向かわす事が出来る。
この急造の竜母部隊は、アメリカ機動部隊が第1機動艦隊に注意をひきつけられている間、その後方にひっそりと忍び込んでいた。
そして、タイミングを見計らった特務隊は一斉に攻撃隊を発艦させ、見事に敵の虚を衝く事が出来た。
ワイバーン隊は、敵の反撃によって大多数が撃墜されたものの、敵正規空母1隻及び、小型空母1隻に撃沈確実の損害を与えた。
もし、特務隊のワイバーンが敵の空母を攻撃していなければ、今頃、第1群の2隻の竜母は撃沈されていたであろう。
「もはや、我々に戦闘を継続できる力は残されていない。かといって、敵には少数の空母が残っている。敵を存分に痛めつけたとはいえ、
敵はまだ100から200近い航空戦力を有しているだろう。こうなれば・・・・・」
トルーフラの脳裏に、夜戦という二文字が浮かび上がったが、彼の内心では、それとは正反対の思いが沸き起こっていた。
午後8時30分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
最後のアベンジャーが、着艦誘導灯を目印にしながらイラストリアスの飛行甲板に下りてきた。
被弾でやや凹んだ甲板が、アベンジャーの機体を揺らすが、着艦には支障なかった。
「攻撃隊の収容は、これで終わったな。」
TG72.1の司令官であるジョン・マッケーン少将は、航空参謀に語りかけた。
「はい。これで全てです。」
「しかし、思いのほか損害が出てしまったなぁ。」
マッケーン少将は、苦い表情を浮かべながら言った。
第2次攻撃隊に参加した119機のうち、喪失と判断されたものは36機。
うち、艦爆、艦攻はその半数以上の24機を数える。
全機が、敵機動部隊の上空で撃墜された訳ではない。現地で撃墜されたのは、戦闘機も含めてせいぜい15、6機ほどである。
しかし、敵の防御放火は思いのほか凄まじく、艦爆、艦攻の全てが被弾していた。被弾機の中には、スクラップ寸前になってまで飛行を続けていた物もあるほどだ。
残りの喪失機は、帰還中に燃料切れで脱落した物や、艦隊で不時着水した物、あるいは着艦事故による物である。
残りはなんとか帰還できたが、収容直後に修理不能と判断された艦載機は少なからずおり、マッケーンがこうして話している間にも、修理不能機は増え続けている。
「喪失機の数は、まあいいとして。被弾機の数が多すぎる。」
「敵も必死でしたからなぁ。敵が送り出してきた第2次攻撃隊のせいで、ハーミズが使い物にならなくなるほどです。」
TG72.1は、第2次攻撃隊発艦と入れ替わりに、マオンド側の第2次攻撃隊に襲われていた。
TG72.1は戦闘機と、対空砲火の迎撃によって50騎近くを撃墜したが、敵はイラストリアスに3発、ハーミズに4発の爆弾を叩きつけた。
イラストリアスは、飛行甲板の装甲板によってなんとか被害を抑えられたが、飛び散った破片が艦橋トップのレーダー類を滅茶苦茶に引き裂いて、
イラストリアスの各種レーダーは軒並み全滅した。
ハーミズは、4発の300リギル爆弾を食らってしまったが、格納庫がほぼ空に近い状態であったのと、乗員の適切なダメージコントロールのお陰で
大事には至らず、速力は23ノットに低下した物の、航海には差し支えないようだ。
だが、ハーミズが使えなくなった今、TF72の稼動空母は、TG72.1のイラストリアスとノーフォーク、TG72.2のゲティスバーグと
ロング・アイランドⅡの4隻のみとなる。
TF72は、僅か1日で空母戦力を半壊させられたのである。
「僅か4隻の空母が残るのみとなりましたが、運用できる艦載機の数は、それ以上に少ないでしょうな。」
「うむ。修理不能機が多すぎるからな。実質的には200機使えれば御の字だろうな。」
「200・・・・戦闘前には500機あったのに。」
航空参謀は、愕然とした表情で呟いた。
「ワスプとシアトルが被爆しなければ、もっと使えたんだがなぁ・・・・全く、偽竜母からワイバーン隊を飛ばすとは。敵もなかなかやりおるわい。」
マッケーンは、マオンド軍に対して少しばかり感心した。
そこに、通信士官が艦橋に入って来た。
「司令、TG72.2のゲティスバーグから旗艦プリンス・オブ・ウェールズに送られた通信を傍受しました。」
通信士官は、やや安堵したような口ぶりでマッケーンに言った。
午後8時35分 第72任務部隊第2任務群旗艦 空母ワスプ
TG72.2司令官のジョン・リーブス少将は、煙で煤けた顔をハンカチで拭きながら、艦橋から飛行甲板を見下ろしていた。
(まるで、あの時のようだな)
彼は、2年半前に起きたある海戦の事を思い出していた。
アメリカと、シホールアンルが争うきっかけとなった1941年11月12日の海戦で、ワスプはシホールアンル巡洋艦、駆逐艦から砲撃され、
命中弾多数を受けた。
あの時、リーブスはこのワスプの艦長であった。
ワスプは、地獄がそのまま引っ越したと思えるような様相を呈していた。
飛行甲板は穴だらけにされ、格納甲板には砲弾炸裂と、航空機の燃料、弾薬の誘爆や延焼によって炎が荒れ狂っている。
だが、リーブスは負傷した事を気にも留めず、艦を救うべく必死に努力した。
その結果、ワスプは生き延び、改装によって頑丈な艦に生まれ変わった。
そのワスプが、今日再び、沈没の危機に追いやられた。
飛行甲板に並んでいた攻撃隊の艦載機の群れに敵弾が落下したところから地獄は始まった。
飛行甲板は次々と爆裂するヘルダイバーやアベンジャーによって炎の海と化し、甲板は所々大きく断ち割られた。
火災は格納甲板にまで及び、待機中の艦載機にも延焼した。
ワスプの悲運は更に続き、艦載機の誘爆によって飛び散った破片が艦橋に飛び込んで、艦長を始めとする多数の艦橋要員を死傷させてしまった。
艦長が医務室に運び込まれていった後、副長が艦の指揮を執った。
副長は、リーブスが艦長時代に航海長を務めており、11月12日の海戦でもワスプの危機を救うために一役買っている。
ワスプは、火災の延焼を防ぐためにまず、速力を18ノットまでに落とし、それから消火活動を始めた。
前回とは違って、ワスプは被害箇所が格納甲板から上のみに留まっていたため、艦の心臓部たる機関室等の重要区画は無事であった。
しかし、火災が燃料庫や弾薬庫に及べば、いくら頑丈になったワスプといえど爆沈は免れない。
そのため、最初の消火活動は延焼の防止から行われた。ワスプのダメージコントロール班員は、大半が11月12日の海戦を経験しており、的確な動きで消火活動に当たれた。
消火活動開始から20分ほどは、延焼は広まるばかりで、副長はリーブスに対し、いざとなれば艦の放棄も考えていると漏らした。
しかし、消火活動開始から30分後には、延焼はなんとか食い止められ、火災は鎮火に向かった。
そして午後8時30分、ワスプの火災は完全に鎮火し、沈没の危機は去った。
ワスプの飛行甲板は、中央部から後部部分が完全に焼けていて、後部に至っては後ろから20メートルほどが完全に無くなり、格納甲板が眺める事が出来る。
「こりゃ、しばらくはドックから出られんな」
リーブスは、苦笑しながら首を振った。
「司令。」
通信参謀が、表情を強張らせながらリーブスに歩み寄ってきた。
「たった今、シアトルが沈みました。シアトルの乗員は、駆逐艦カペルとイングリッシュ、巡洋艦セント・ルイスに収容されました。」
「そうか・・・・わかった。」
リーブスはただ一言だけ、そう返事した。
(シアトルが沈んだか)
彼は、内心呟きながら、脳裏に洋上迷彩を施した、シアトルの勇姿を思い浮かべる。
インディペンデンス級軽空母の13番艦として、昨年の11月に竣工したシアトルは、今年の2月に大西洋艦隊に配属され、TG72.2の
主要メンバーとしてワスプやゲティスバーグ、ロング・アイランドと一緒に苦楽を共にしてきた。
そのシアトルは、完成から僅か半年足らずで沈没の憂き目に遭った。
空母として、ようやく脂が乗り始めたその矢先に、シアトルは水面の底に召されたのだ。
戦争中とはいえ、あまりにも短い生涯であった。
「敵竜母2隻撃沈、3隻大破。我々は空母1隻沈没、2隻大破、1隻中破か。収支としては悪くないが、こっちも半壊状態だな。」
リーブスは、味方の実情を思い出して、やや憂鬱な気分になった。
3時間後。マオンド軍第1機動艦隊は、これ以上の戦闘続行は不可能と判断して反転、帰途に付いた。
第7艦隊が、マオンド機動部隊の反転を知るのは、それから更に10時間以上が経過してからの事である。
ユークニア島への補給作業は、この海戦終結から2日後に始まり、ユークニア島を始めとするスィンク諸島には、
来るべき上陸作戦に備えて、各主要施設の建設が急ピッチで進んで行った。