第134話 ビッグE 大西洋へ
1484年(1944年)5月7日 カリフォルニア州サンディエゴ 午前2時
その日、リンゲ・レイノルズ中尉は、サンディエゴ海軍基地の官舎でエリラ・ファルマント曹長と一緒に過ごしていた。
リンゲは、傍らに眠っているエリラの髪を撫でながら、天井に顔を向けていた。
「久しぶりの出撃かぁ・・・・・今度の戦いはどのような物になるんだろうか。」
彼は、小さい声音で呟いた。
彼が乗り組んでいる空母エンタープライズは、1月15日夜半のシホールアンル側の空襲によって大破させられた。
作戦継続が不可能になったエンタープライズは、本格的な修理を受けるためサンディエゴに戻った。
エンタープライズの修理は4月10日まで掛かったが、その間、リンゲらエンタープライズ・エアグループの古参パイロット達は、
新鋭空母ボクサー航空隊の教育に参加していた。
実戦経験豊富なエンタープライズのパイロット達によってしごきにしごかれたボクサー・エアグループの搭乗員達は、最初と
比べれば、かなりマシなレベルになっている。
出撃が決まったのは6日であり、その日の夜は、サンディエゴの町のバーで、ボクサー・エアグループのパイロット達も連れて派手に出撃祝いを開いた。
「出撃は11日。今度の相手は、シホールアンルじゃなくてマオンドだ。ボクサーの連中は上手くやれるかなぁ。」
「なぁにぶつくさ言ってるのよ。」
彼の左側で、背を向けて寝ていたエリラが、気怠げな口ぶりでリンゲに言う。
「いや、ちょっとな。」
「ちょっと・・・ねえ。」
エリラは姿勢を変えて、リンゲに体を向けた。
「大分疲れてそうだが、大丈夫かい?」
「疲れさせたのはあんたでしょぅ?全く、リンゲのやり方は荒っぽいよ。」
「はは、まあこれまでの恨み辛みが溜まっていたからなぁ。」
「恨み辛みって、あれぐらい別にいいじゃない。」
「良くないぜ。」
エリラの言葉に、リンゲはいささかげんなりしながら否定する。
「いくら仕事とはいえ、女にさせられるし、あまつさえどこぞのカメラ小僧に写真撮られちまうし、挙げ句の果てには
女のままお前と・・・・・ああ、思い出したくない。」
彼は頭を抱えながら、身の毛のよだつ思い出を振り払った。
「カメラに撮られたときは変装していたし、情事の時は、あんたは記憶が飛んでいたから問題ないと思うよ。それに、
あんたも結構楽しそうだったよ。」
「やめろ!」
エリラの何気ない一言に、リンゲは泣きそうな表情になって言う。
「この事を皆にバラされたら、男として終わっちまう・・・・いや、半ば終わりかけているか。」
リンゲはそう言い終わると、本当に泣き出してしまった。
「あ・・・・そんな積もりで言った訳じゃ無かったんだけど・・・・・ごめんね。」
「・・・・まぁ、終ったことだからいいよ。」
リンゲは、涙を拭きながらエリラに言った。
「話・・・・変えようか?」
「うん。是非。」
リンゲは、エリラの提案に素直に応じた。
「実を言うとね。あたしも1週間後に、南大陸に戻る事になったの。」
「南大陸か。どうしてだ?」
「最近、あたし達の国にも、あなた達の国の兵器で武装した部隊が出来たのは分かるよね?」
「確か、第1機械化騎兵旅団と言ったな。」
「うん。その部隊に、あたしも配属される事になったわ。」
「そうなのか。しかし、どうして君が?」
「あたしにもよく分からないんだけど、話によれば、うちのお騒がせ姫様が、アメリカ通のあたしも第1機械化騎兵旅団に入れたら?
と言ったみたい。」
「カンレアク国王直々に君を指名したのか。いい事じゃないか。」
リンゲは、微笑みを浮かべながらそう言うが、エリラはやや複雑な表情を浮かべている。
「この国で、車の動かし方はなんとか習得したけど、装甲車の運転なんて全く自信がないよ。ていうか、あのお騒がせ姫がどんな心情で
あたしを指名したのかが気になるわ。」
彼女は、苦笑を交えながらリンゲに言った。
お騒がせ姫とは、カレアント国王ミレナ・カンレアクの事である。
ミレナ女王は、その破天荒な性格と、行く先々でよく何かをやらかす事で有名である。
つい2ヶ月前にも、エリラが所属する事になった第1機械化騎兵旅団に配備されるM-3グレイハウンドに勝手に試乗してヴィルフレイングの
町中を猛速で突っ走り、危うく老人を跳ね飛ばしそうになっている。
ミレナ女王が、その後、付き添いのカラマンボ元帥にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。
だが、破天荒であると同時に親しみやすい女王でもあり、それ故、国民に慕われているのも事実である。
「なぁエリラ、君の口ぶりからして俺は思ったんだが、もしかしてミレナ女王とは結構な知り合いなのか?」
リンゲにそう言われたエリラは、唐突に押し黙った。
「ええと・・・・何と言ったらいいかなぁ。」
エリラは気まずそうに言いながら、左頬をぽりぽりと掻く。
「10歳の頃にね、あたしが故郷にいるとき、1人の女の子と知り合ったのよ。あたしの故郷は海沿いの港町だったから、よく浜辺で遊んでいたわ。
その日も、あたしは友達と別れて、1人で砂浜を歩いていたの。すると、目の前からほぼ同じ年頃の女の子が泣きながら歩いてきた。あたしは気に
なって、その子にどうしたの?と尋ねたの。そうしたら、何て帰ってきたと思う?」
エリラは引きつった苦笑を浮かべながらリンゲに言う。
「あっちへ行ってくれと言われたかい?」
リンゲはわざと、茶化した答えを返した。
「そう言われた方が何倍マシだったか。」
エリラはそう言ってため息を吐く。
「あの時、こう言われたよ。とっとと消え失せろ、ブス女ってね。」
「え。ええ!?それ本当か!?」
唐突に出てきた口汚い言葉に、リンゲは思わず仰天した。
「うん。それも睨み付けながら。どういう訳か平手打ちまでされたよ。そこからあたしも殴り返して大喧嘩。気が付けばあたしとその女の子は
泣きながら歩いていたわ。」
「・・・・もしや、その女の子が。」
「そう。あのお騒がせ姫よ。」
エリラはしたり顔で、リンゲに言った。
「皇族の子供とケンカするなんて、信じられんな。」
「今思うと、あたしもそう思うわ。下手したら、不敬罪でぶち込まれているとこよ。でも、それが縁になったのか、ミレナとはよく遊んだわ。」
「国の首脳を呼び捨てとは、君も恐れ知らずだなぁ。」
「ていうか、気が付いた頃には互いに下の名前で呼び合う仲だったの。今ではすっかり身分が離れたけど、あたしとミレナは昔と変わらぬ友達ね。」
「いやはや、君って意外に凄いんだなぁ。」
彼女の意外な一面に、リンゲはすっかり驚いていた。
「今回の転勤も、ひょっとしたらあの女王様のきまぐれ・・・・いや、イタズラかもしれないな。いい意味での。」
「いい意味での・・・・ね。まぁ、悪い気持ちにならないのなら、別に良いんじゃないか?」
「そうかもね。」
エリラはそう言って、ニコリと笑った。
彼女はリンゲに腕に肌を合わせる。情事の後であるから、2人ともシーツの下は裸である。
「お、おい。どうしたんだいきなり?」
リンゲはやや顔をあからめながら言う。彼の左腕にエリラの胸が当たったため、一瞬鼓動が早くなった。
「いや・・・・なんとなく。」
彼女は微笑んだままリンゲに言う。ひくひくと動く獣耳がとても可愛らしいなと彼は思った。
「ねぇ、最後に・・・どう?」
エリラは、曖昧な言葉を口から発したが、リンゲはその意味が理解できた。
「疲れたんだろ?休んだ方が良いよ。」
「ふふん、獣人を舐めちゃだめだよ。」
彼女は不敵な笑みを浮かべながら言う。それにリンゲの心は動かされた。
「じゃあ、今度は滑らかに行こうか。」
リンゲはそう言って、エリラの要望に応じることにした。
夜中の楽しみの中でも、リンゲは常に、次の出撃の事を考えていた。
大西洋戦線に出向くとなると、当然マオンド側のワイバーンと戦うことになる。
リンゲの愛機であるF6F-5は、そのワイバーンとも十分に渡り合えるが、敵も心を据えて掛かってくるであろうから、当然、油断は出来ない。
(ならば、こっちも気を引き締めてかからないとな。シホールアンルはシホールアンル、マオンドはマオンドと、区別をつけよう)
彼はそう決意しつつ、エリラとの戯れに励んでいった。
1484年5月11日 午前7時 カリフォルニア州サンディエゴ
「両舷前進微速!」
空母エンタープライズの艦橋に、艦長の凛とした言葉が響く。
艦長の言葉を復唱した航海科員が、その指示を更に操舵室や機関室に伝えていく。
エンタープライズの艦尾に取り付けられている4基のスクリューが回転を始め、艦をゆっくり前進させていく。
リンゲ・レイノルズ中尉は、左舷後部の機銃座から、ゆっくりと遠ざかっていくサンディエゴの町並みを見つめていた。
「小隊長、いよいよ内地ともおさらばですな。」
いきなり、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには2番機に乗っているフォレスト・ガラハー少尉が居た。
「よう司令官。元気しとったか?」
リンゲは、その黒人将校に鷹揚な口調で尋ねた。
「ええ。久しぶりにオレゴンの実家に帰ってきました。うちの親父もおふくろも、相変わらず元気そうだったのでほっとしましたよ。」
ガラハー少尉は笑顔でそう言いながら、鼻の下に伸びたカイゼル髭撫でた。
リンゲは、昨年の12月から中尉に昇進し、1個戦闘機小隊の指揮官となった。
彼には3人の部下が与えられ、このガラハー大尉はその内の1人である。
リンゲ小隊のパイロット達は、個性が強い面々が揃っているが(本人からしてそうである)、特にガラハー少尉は目立つ。
その原因は、彼が自慢気に伸ばしているカイゼル髭である。彼は今年で21歳になるのだが、年の割には落ち着いており、妙に年寄り臭い。
それを特に際立たせて居るのがこのカイゼル髭だ。上官侮辱髭とも言われるカイゼル髭を、彼は海軍航空隊に入隊した時から伸ばし始め、今では、
傍目から見たらガラハー少尉が上官と思われるほど、立派な髭を生やしている。
そのガラハー少尉は見かけ倒しであると思われがちになるが、そうでもない。
彼は、12月に実戦デビューを経てから、エンタープライズが戦線離脱する間に3騎のワイバーンを撃墜した他、リンゲの危地を何度も助けるなど、
2番機としての役割を十二分に果たしており、実戦経験は少ないながらも優秀な戦闘機乗りとしてVF6内では広く知られている。
そんな彼は、仲間内から司令官というあだ名を頂戴している。
「実家は確か、昔の借金がまだ残っていると聞いていたが、今はどうなっているんだ?」
「いやぁ、まだ全額返せていないようです。でも、以前と比べて借金の残額は大分減りました。うちの両親は、俺が仕送りしてくれたお陰で
助かったと言っていますが、親父とおふくろの頑張りに比べると、微々たるものです。でも、家族の負担を減らすのに自分も役立てたと思うと、
嬉しいと思いますね。」
家族思いのガラハー少尉は、そのいかめしい顔つきには不似合いそうな、穏やかな声音で言った。
「お父さんやお母さんも、お前のような良い息子を持って幸せだろうな。これからも良くしてやれよ。」
「もちろんですよ。」
エンタープライズが出港を始めてから10分が過ぎたとき、今度は空母のボクサーが出港を開始した。
エセックス級正規空母の12番艦として就役したボクサーは、エンタープライズ航空隊のパイロット達に鍛えられた。
そのため、最初は頼り気ない雰囲気が漂っていたパイロット達は、今ではしっかり自信を付けている。
とは言え、ボクサーはこれが初めての実戦である。
「小隊長、後輩達も出港を開始しましたよ。」
「ボクサーだな。」
リンゲは、エンタープライズの後方300メートルの位置から付き添ってくるボクサーに顔を向ける。
基準排水量27000トンの新鋭空母は、エンタープライズよりも一回り大きいが、その真新しい艦体は嫌でも目立つ。
「まるで、会社に入りたての新人が、つたない足取りで先輩に付いていくみたいだな。」
リンゲは微笑を浮かべながら、後続のボクサーに対してそのような印象を抱いた。
「小隊長!おはようございます!」
ふと、新たな声がリンゲにかけられた。
「おはよう、カリオス兵曹。今日も元気一杯だな。」
リンゲは、にこやかな笑みを浮かべながら、部下であるカリオス2等兵曹に挨拶する。
アラン・カリオス2等兵曹は、リンゲ小隊の3番機に乗る戦闘機パイロットである。
年は19歳でまだ若く、リンゲ小隊の中ではムードメーカー的存在である。
「ええ、今日はちょっと良い物を見つけたんで。」
「いい物?何だいそれは?」
「コレっすよ。」
カリオス2等兵曹はヘラヘラと笑いながら、ポケットから何かを取り出した。
それを見ないうちに、リンゲは呆れたように言う。
「何だ、また女のグラビア写真か。貴様は本当に女好きだなぁ。」
カリオス2等兵曹は無類の女好きである。エンタープライズがどこかの繁華街に寄港すると、その町ごとに馴染みの女性を作っている。
そのため、カリオスはいつか女にやられるぞと悪評が立つ有様だ。
リンゲが注意してからは、その女癖も良くはなっていたが、女好きは相変わらずである。
「まあまあ、見てくださいよ。今まで見た女の中では一番の美人でしたよ。」
カリオスは早口でまくしたてながら、白黒写真をリンゲに見せた。
「こ、こいつは・・・・・!!!」
リンゲは、3秒ほどその写真を見てから内心、飛び上がらんばかりに驚いた。
「小隊長も思いますか!そうですよね、この娘、本当に可愛いんですよ!」
カリオスが、やや興奮しながらリンゲに言う。そのリンゲは、冷静な顔つきでしきりに首を頷かせた。
「うむ、お前の言うとおりだな。」
「でしょう?特に、眼鏡がこんなに似合う女の子なんて、この写真の子以外にいないですぜ!眼鏡の奥の目つきが、どこか儚げでいいもんです。」
写真の女性は、野球帽をかぶり、眼鏡を身に付けている。服装はTシャツに短めのジーンズという出で立ちである。
野球帽の下からは髪がはみ出ていおり、肩まで掛かっている。
「それに、この突き出た胸に、シャツとズボンの間に見えるヘソと腹筋!いやぁ、意外と筋肉質なのが自分にとってツボですよ!小隊長、この娘、
なんとサンディエゴの町に居た所を撮られたそうです。ここに説明書きがありますよ。」
「全く、そんな事だから貴様は恋人が出来んのだ。しつこく女、女と騒ぎ立てるんなら海に放り込んでやるぞ!」
リンゲは、しつこく説明するカリオスにきつい口調で言い放った。
「いやぁ、すいません。つい興奮してしまって。」
それに怖じ気付いたのか、カリオスは謝った。
「でも、いいもんですねぇ。まぁ、自分としてはこの写真を見るだけでも大丈夫ですがね。既に昨日試しましたが・・・・・・はぁ、いいもんです。」
一瞬、リンゲの中でピキリと、何かが弾けた。
「おい、その写真は他にもあるのか?」
「いえ、無いですよ。何しろ、その雑誌自体、発行部数が少なくて、予備のも変えなかったんです。切り取って入手出来たのはそれだけっす。」
「俺もちょっとだけ見せてくれ。うちのワイフと比べてみる。」
「いいですよ。」
カリオスは快く写真を貸してくれた。
「なるほど。お前が惚れるだけはあるね。」
「小隊長の彼女と比べても遜色無いですよ。ていうか・・・・その写真の女の子、顔が誰かに似ているような。」
カリオスがそう言った時、艦体が一際大きく揺れた。
その瞬間、リンゲの目が光った。
「あ、ああ!?」
リンゲが悲鳴じみた声を上げた。彼は迂闊にも、写真から手を離してしまったのだ。
「ちょ、小隊長!」
カリオスが叫びながら、写真を掴もうとするが、時既に遅く。
お気に入りの写真は、ひらひらと海に舞い落ち、エンタープライズの引く航跡の中に消えていった。
「・・・・ああ、酷いですよ!」
「す、すまんな。」
リンゲは、カリオスに謝ったが、当の本人はお気に入りの写真が海の藻屑と化したせいか、酷く落ち込んでしまった。
「まぁ・・・・いいや。」
カリオスは、憂鬱そうな口ぶりで呟くと、フラフラとした足取りで格納甲板に降りていった。
「あらら、俺、罪な事をしてしまったな。」
「いや、大丈夫ですよ。」
自分のしでかした事に反省するリンゲだが、ガラハー少尉は暢気な口調でリンゲを諫める。
「しばらくすれば、元通りになりますよ。その点は心配無いでしょう。」
「フフ、それもそうだな。」
「自分は下に行ってきます。それでは。」
ガラハーはそう言うと、自慢のカイゼル髭を撫でながらリンゲの側を離れていった。
1人、その場に佇んだリンゲは、がくりと肩を落とした。
「あれって・・・・俺じゃないか。」
リンゲは鬱になりながら、写真に写っていた自分の姿を思い出していた。
彼が鬱状態でブツブツ呟いてから、早1時間が経った。
急に、エンタープライズが回頭し始めた。
「ん?どうしたんだいきなり。」
彼は怪訝な表情になりながら呟くが、彼と同じ疑問を、エンタープライズの乗員達は、一部を除いて内心に抱いていた。
西に向けられていた艦首は、南に向いたところで止まり、エンタープライズは南に向けて進み始めた。
「東海岸に行く際は、北海岸沖を航行するはずなのに・・・・どうして南へ?」
1484年5月11日 午前11時 スィンク諸島ユークニア島沖10マイル地点
第7艦隊司令長官オーブリー・フィッチ大将は、旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの艦橋から、外に視線を向けていた。
「今日で、3日目の雨模様か。」
フィッチは、スリッドガラスに当たる雨水を見つめながら言った。
「南方から北上してきた前線は、思いのほか規模が大きいようです。」
参謀長のフランク・バイター少将が単調な口ぶりで言う。
「天候が回復するまで、あと2日は掛かると思われます。」
「まぁ、仕方なかろう。ところで、増援部隊は順調に向かっているかな。」
「はっ。各艦とも、順調に会合地点へ向かいつつあるようです。」
バイター少将の言葉を聞いたフィッチは、深く頷いてから窓際から離れ、司令官席に腰を下ろした。
「TG72.3と、エンタープライズ、ボクサーが加われば、第7艦隊は正規空母6隻、軽空母3隻を保有できるな。これで、当面は不自由しない。」
「しかし、長官。サマービル司令官も思い切った提案をしてきますなぁ。」
「あれには、私も驚いたよ。だが、敵が有頂天になっている今、反乱勢力を手助けするためにもサマービル中将の考えた作戦は、やらねばならん。」
フィッチは、艦橋の正面側。ちょうど、レーフェイル大陸がある方向に顔を向けた。
「でないと、マオンド国民は、永遠に夢の中を彷徨ことになる。そうならんためにも、私達は是が非でも、特大の目覚まし時計を、あちらさんに
プレゼントしなければいかんな。」
1484年(1944年)5月7日 カリフォルニア州サンディエゴ 午前2時
その日、リンゲ・レイノルズ中尉は、サンディエゴ海軍基地の官舎でエリラ・ファルマント曹長と一緒に過ごしていた。
リンゲは、傍らに眠っているエリラの髪を撫でながら、天井に顔を向けていた。
「久しぶりの出撃かぁ・・・・・今度の戦いはどのような物になるんだろうか。」
彼は、小さい声音で呟いた。
彼が乗り組んでいる空母エンタープライズは、1月15日夜半のシホールアンル側の空襲によって大破させられた。
作戦継続が不可能になったエンタープライズは、本格的な修理を受けるためサンディエゴに戻った。
エンタープライズの修理は4月10日まで掛かったが、その間、リンゲらエンタープライズ・エアグループの古参パイロット達は、
新鋭空母ボクサー航空隊の教育に参加していた。
実戦経験豊富なエンタープライズのパイロット達によってしごきにしごかれたボクサー・エアグループの搭乗員達は、最初と
比べれば、かなりマシなレベルになっている。
出撃が決まったのは6日であり、その日の夜は、サンディエゴの町のバーで、ボクサー・エアグループのパイロット達も連れて派手に出撃祝いを開いた。
「出撃は11日。今度の相手は、シホールアンルじゃなくてマオンドだ。ボクサーの連中は上手くやれるかなぁ。」
「なぁにぶつくさ言ってるのよ。」
彼の左側で、背を向けて寝ていたエリラが、気怠げな口ぶりでリンゲに言う。
「いや、ちょっとな。」
「ちょっと・・・ねえ。」
エリラは姿勢を変えて、リンゲに体を向けた。
「大分疲れてそうだが、大丈夫かい?」
「疲れさせたのはあんたでしょぅ?全く、リンゲのやり方は荒っぽいよ。」
「はは、まあこれまでの恨み辛みが溜まっていたからなぁ。」
「恨み辛みって、あれぐらい別にいいじゃない。」
「良くないぜ。」
エリラの言葉に、リンゲはいささかげんなりしながら否定する。
「いくら仕事とはいえ、女にさせられるし、あまつさえどこぞのカメラ小僧に写真撮られちまうし、挙げ句の果てには
女のままお前と・・・・・ああ、思い出したくない。」
彼は頭を抱えながら、身の毛のよだつ思い出を振り払った。
「カメラに撮られたときは変装していたし、情事の時は、あんたは記憶が飛んでいたから問題ないと思うよ。それに、
あんたも結構楽しそうだったよ。」
「やめろ!」
エリラの何気ない一言に、リンゲは泣きそうな表情になって言う。
「この事を皆にバラされたら、男として終わっちまう・・・・いや、半ば終わりかけているか。」
リンゲはそう言い終わると、本当に泣き出してしまった。
「あ・・・・そんな積もりで言った訳じゃ無かったんだけど・・・・・ごめんね。」
「・・・・まぁ、終ったことだからいいよ。」
リンゲは、涙を拭きながらエリラに言った。
「話・・・・変えようか?」
「うん。是非。」
リンゲは、エリラの提案に素直に応じた。
「実を言うとね。あたしも1週間後に、南大陸に戻る事になったの。」
「南大陸か。どうしてだ?」
「最近、あたし達の国にも、あなた達の国の兵器で武装した部隊が出来たのは分かるよね?」
「確か、第1機械化騎兵旅団と言ったな。」
「うん。その部隊に、あたしも配属される事になったわ。」
「そうなのか。しかし、どうして君が?」
「あたしにもよく分からないんだけど、話によれば、うちのお騒がせ姫様が、アメリカ通のあたしも第1機械化騎兵旅団に入れたら?
と言ったみたい。」
「カンレアク国王直々に君を指名したのか。いい事じゃないか。」
リンゲは、微笑みを浮かべながらそう言うが、エリラはやや複雑な表情を浮かべている。
「この国で、車の動かし方はなんとか習得したけど、装甲車の運転なんて全く自信がないよ。ていうか、あのお騒がせ姫がどんな心情で
あたしを指名したのかが気になるわ。」
彼女は、苦笑を交えながらリンゲに言った。
お騒がせ姫とは、カレアント国王ミレナ・カンレアクの事である。
ミレナ女王は、その破天荒な性格と、行く先々でよく何かをやらかす事で有名である。
つい2ヶ月前にも、エリラが所属する事になった第1機械化騎兵旅団に配備されるM-3グレイハウンドに勝手に試乗してヴィルフレイングの
町中を猛速で突っ走り、危うく老人を跳ね飛ばしそうになっている。
ミレナ女王が、その後、付き添いのカラマンボ元帥にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。
だが、破天荒であると同時に親しみやすい女王でもあり、それ故、国民に慕われているのも事実である。
「なぁエリラ、君の口ぶりからして俺は思ったんだが、もしかしてミレナ女王とは結構な知り合いなのか?」
リンゲにそう言われたエリラは、唐突に押し黙った。
「ええと・・・・何と言ったらいいかなぁ。」
エリラは気まずそうに言いながら、左頬をぽりぽりと掻く。
「10歳の頃にね、あたしが故郷にいるとき、1人の女の子と知り合ったのよ。あたしの故郷は海沿いの港町だったから、よく浜辺で遊んでいたわ。
その日も、あたしは友達と別れて、1人で砂浜を歩いていたの。すると、目の前からほぼ同じ年頃の女の子が泣きながら歩いてきた。あたしは気に
なって、その子にどうしたの?と尋ねたの。そうしたら、何て帰ってきたと思う?」
エリラは引きつった苦笑を浮かべながらリンゲに言う。
「あっちへ行ってくれと言われたかい?」
リンゲはわざと、茶化した答えを返した。
「そう言われた方が何倍マシだったか。」
エリラはそう言ってため息を吐く。
「あの時、こう言われたよ。とっとと消え失せろ、ブス女ってね。」
「え。ええ!?それ本当か!?」
唐突に出てきた口汚い言葉に、リンゲは思わず仰天した。
「うん。それも睨み付けながら。どういう訳か平手打ちまでされたよ。そこからあたしも殴り返して大喧嘩。気が付けばあたしとその女の子は
泣きながら歩いていたわ。」
「・・・・もしや、その女の子が。」
「そう。あのお騒がせ姫よ。」
エリラはしたり顔で、リンゲに言った。
「皇族の子供とケンカするなんて、信じられんな。」
「今思うと、あたしもそう思うわ。下手したら、不敬罪でぶち込まれているとこよ。でも、それが縁になったのか、ミレナとはよく遊んだわ。」
「国の首脳を呼び捨てとは、君も恐れ知らずだなぁ。」
「ていうか、気が付いた頃には互いに下の名前で呼び合う仲だったの。今ではすっかり身分が離れたけど、あたしとミレナは昔と変わらぬ友達ね。」
「いやはや、君って意外に凄いんだなぁ。」
彼女の意外な一面に、リンゲはすっかり驚いていた。
「今回の転勤も、ひょっとしたらあの女王様のきまぐれ・・・・いや、イタズラかもしれないな。いい意味での。」
「いい意味での・・・・ね。まぁ、悪い気持ちにならないのなら、別に良いんじゃないか?」
「そうかもね。」
エリラはそう言って、ニコリと笑った。
彼女はリンゲに腕に肌を合わせる。情事の後であるから、2人ともシーツの下は裸である。
「お、おい。どうしたんだいきなり?」
リンゲはやや顔をあからめながら言う。彼の左腕にエリラの胸が当たったため、一瞬鼓動が早くなった。
「いや・・・・なんとなく。」
彼女は微笑んだままリンゲに言う。ひくひくと動く獣耳がとても可愛らしいなと彼は思った。
「ねぇ、最後に・・・どう?」
エリラは、曖昧な言葉を口から発したが、リンゲはその意味が理解できた。
「疲れたんだろ?休んだ方が良いよ。」
「ふふん、獣人を舐めちゃだめだよ。」
彼女は不敵な笑みを浮かべながら言う。それにリンゲの心は動かされた。
「じゃあ、今度は滑らかに行こうか。」
リンゲはそう言って、エリラの要望に応じることにした。
夜中の楽しみの中でも、リンゲは常に、次の出撃の事を考えていた。
大西洋戦線に出向くとなると、当然マオンド側のワイバーンと戦うことになる。
リンゲの愛機であるF6F-5は、そのワイバーンとも十分に渡り合えるが、敵も心を据えて掛かってくるであろうから、当然、油断は出来ない。
(ならば、こっちも気を引き締めてかからないとな。シホールアンルはシホールアンル、マオンドはマオンドと、区別をつけよう)
彼はそう決意しつつ、エリラとの戯れに励んでいった。
1484年5月11日 午前7時 カリフォルニア州サンディエゴ
「両舷前進微速!」
空母エンタープライズの艦橋に、艦長の凛とした言葉が響く。
艦長の言葉を復唱した航海科員が、その指示を更に操舵室や機関室に伝えていく。
エンタープライズの艦尾に取り付けられている4基のスクリューが回転を始め、艦をゆっくり前進させていく。
リンゲ・レイノルズ中尉は、左舷後部の機銃座から、ゆっくりと遠ざかっていくサンディエゴの町並みを見つめていた。
「小隊長、いよいよ内地ともおさらばですな。」
いきなり、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには2番機に乗っているフォレスト・ガラハー少尉が居た。
「よう司令官。元気しとったか?」
リンゲは、その黒人将校に鷹揚な口調で尋ねた。
「ええ。久しぶりにオレゴンの実家に帰ってきました。うちの親父もおふくろも、相変わらず元気そうだったのでほっとしましたよ。」
ガラハー少尉は笑顔でそう言いながら、鼻の下に伸びたカイゼル髭撫でた。
リンゲは、昨年の12月から中尉に昇進し、1個戦闘機小隊の指揮官となった。
彼には3人の部下が与えられ、このガラハー大尉はその内の1人である。
リンゲ小隊のパイロット達は、個性が強い面々が揃っているが(本人からしてそうである)、特にガラハー少尉は目立つ。
その原因は、彼が自慢気に伸ばしているカイゼル髭である。彼は今年で21歳になるのだが、年の割には落ち着いており、妙に年寄り臭い。
それを特に際立たせて居るのがこのカイゼル髭だ。上官侮辱髭とも言われるカイゼル髭を、彼は海軍航空隊に入隊した時から伸ばし始め、今では、
傍目から見たらガラハー少尉が上官と思われるほど、立派な髭を生やしている。
そのガラハー少尉は見かけ倒しであると思われがちになるが、そうでもない。
彼は、12月に実戦デビューを経てから、エンタープライズが戦線離脱する間に3騎のワイバーンを撃墜した他、リンゲの危地を何度も助けるなど、
2番機としての役割を十二分に果たしており、実戦経験は少ないながらも優秀な戦闘機乗りとしてVF6内では広く知られている。
そんな彼は、仲間内から司令官というあだ名を頂戴している。
「実家は確か、昔の借金がまだ残っていると聞いていたが、今はどうなっているんだ?」
「いやぁ、まだ全額返せていないようです。でも、以前と比べて借金の残額は大分減りました。うちの両親は、俺が仕送りしてくれたお陰で
助かったと言っていますが、親父とおふくろの頑張りに比べると、微々たるものです。でも、家族の負担を減らすのに自分も役立てたと思うと、
嬉しいと思いますね。」
家族思いのガラハー少尉は、そのいかめしい顔つきには不似合いそうな、穏やかな声音で言った。
「お父さんやお母さんも、お前のような良い息子を持って幸せだろうな。これからも良くしてやれよ。」
「もちろんですよ。」
エンタープライズが出港を始めてから10分が過ぎたとき、今度は空母のボクサーが出港を開始した。
エセックス級正規空母の12番艦として就役したボクサーは、エンタープライズ航空隊のパイロット達に鍛えられた。
そのため、最初は頼り気ない雰囲気が漂っていたパイロット達は、今ではしっかり自信を付けている。
とは言え、ボクサーはこれが初めての実戦である。
「小隊長、後輩達も出港を開始しましたよ。」
「ボクサーだな。」
リンゲは、エンタープライズの後方300メートルの位置から付き添ってくるボクサーに顔を向ける。
基準排水量27000トンの新鋭空母は、エンタープライズよりも一回り大きいが、その真新しい艦体は嫌でも目立つ。
「まるで、会社に入りたての新人が、つたない足取りで先輩に付いていくみたいだな。」
リンゲは微笑を浮かべながら、後続のボクサーに対してそのような印象を抱いた。
「小隊長!おはようございます!」
ふと、新たな声がリンゲにかけられた。
「おはよう、カリオス兵曹。今日も元気一杯だな。」
リンゲは、にこやかな笑みを浮かべながら、部下であるカリオス2等兵曹に挨拶する。
アラン・カリオス2等兵曹は、リンゲ小隊の3番機に乗る戦闘機パイロットである。
年は19歳でまだ若く、リンゲ小隊の中ではムードメーカー的存在である。
「ええ、今日はちょっと良い物を見つけたんで。」
「いい物?何だいそれは?」
「コレっすよ。」
カリオス2等兵曹はヘラヘラと笑いながら、ポケットから何かを取り出した。
それを見ないうちに、リンゲは呆れたように言う。
「何だ、また女のグラビア写真か。貴様は本当に女好きだなぁ。」
カリオス2等兵曹は無類の女好きである。エンタープライズがどこかの繁華街に寄港すると、その町ごとに馴染みの女性を作っている。
そのため、カリオスはいつか女にやられるぞと悪評が立つ有様だ。
リンゲが注意してからは、その女癖も良くはなっていたが、女好きは相変わらずである。
「まあまあ、見てくださいよ。今まで見た女の中では一番の美人でしたよ。」
カリオスは早口でまくしたてながら、白黒写真をリンゲに見せた。
「こ、こいつは・・・・・!!!」
リンゲは、3秒ほどその写真を見てから内心、飛び上がらんばかりに驚いた。
「小隊長も思いますか!そうですよね、この娘、本当に可愛いんですよ!」
カリオスが、やや興奮しながらリンゲに言う。そのリンゲは、冷静な顔つきでしきりに首を頷かせた。
「うむ、お前の言うとおりだな。」
「でしょう?特に、眼鏡がこんなに似合う女の子なんて、この写真の子以外にいないですぜ!眼鏡の奥の目つきが、どこか儚げでいいもんです。」
写真の女性は、野球帽をかぶり、眼鏡を身に付けている。服装はTシャツに短めのジーンズという出で立ちである。
野球帽の下からは髪がはみ出ていおり、肩まで掛かっている。
「それに、この突き出た胸に、シャツとズボンの間に見えるヘソと腹筋!いやぁ、意外と筋肉質なのが自分にとってツボですよ!小隊長、この娘、
なんとサンディエゴの町に居た所を撮られたそうです。ここに説明書きがありますよ。」
「全く、そんな事だから貴様は恋人が出来んのだ。しつこく女、女と騒ぎ立てるんなら海に放り込んでやるぞ!」
リンゲは、しつこく説明するカリオスにきつい口調で言い放った。
「いやぁ、すいません。つい興奮してしまって。」
それに怖じ気付いたのか、カリオスは謝った。
「でも、いいもんですねぇ。まぁ、自分としてはこの写真を見るだけでも大丈夫ですがね。既に昨日試しましたが・・・・・・はぁ、いいもんです。」
一瞬、リンゲの中でピキリと、何かが弾けた。
「おい、その写真は他にもあるのか?」
「いえ、無いですよ。何しろ、その雑誌自体、発行部数が少なくて、予備のも変えなかったんです。切り取って入手出来たのはそれだけっす。」
「俺もちょっとだけ見せてくれ。うちのワイフと比べてみる。」
「いいですよ。」
カリオスは快く写真を貸してくれた。
「なるほど。お前が惚れるだけはあるね。」
「小隊長の彼女と比べても遜色無いですよ。ていうか・・・・その写真の女の子、顔が誰かに似ているような。」
カリオスがそう言った時、艦体が一際大きく揺れた。
その瞬間、リンゲの目が光った。
「あ、ああ!?」
リンゲが悲鳴じみた声を上げた。彼は迂闊にも、写真から手を離してしまったのだ。
「ちょ、小隊長!」
カリオスが叫びながら、写真を掴もうとするが、時既に遅く。
お気に入りの写真は、ひらひらと海に舞い落ち、エンタープライズの引く航跡の中に消えていった。
「・・・・ああ、酷いですよ!」
「す、すまんな。」
リンゲは、カリオスに謝ったが、当の本人はお気に入りの写真が海の藻屑と化したせいか、酷く落ち込んでしまった。
「まぁ・・・・いいや。」
カリオスは、憂鬱そうな口ぶりで呟くと、フラフラとした足取りで格納甲板に降りていった。
「あらら、俺、罪な事をしてしまったな。」
「いや、大丈夫ですよ。」
自分のしでかした事に反省するリンゲだが、ガラハー少尉は暢気な口調でリンゲを諫める。
「しばらくすれば、元通りになりますよ。その点は心配無いでしょう。」
「フフ、それもそうだな。」
「自分は下に行ってきます。それでは。」
ガラハーはそう言うと、自慢のカイゼル髭を撫でながらリンゲの側を離れていった。
1人、その場に佇んだリンゲは、がくりと肩を落とした。
「あれって・・・・俺じゃないか。」
リンゲは鬱になりながら、写真に写っていた自分の姿を思い出していた。
彼が鬱状態でブツブツ呟いてから、早1時間が経った。
急に、エンタープライズが回頭し始めた。
「ん?どうしたんだいきなり。」
彼は怪訝な表情になりながら呟くが、彼と同じ疑問を、エンタープライズの乗員達は、一部を除いて内心に抱いていた。
西に向けられていた艦首は、南に向いたところで止まり、エンタープライズは南に向けて進み始めた。
「東海岸に行く際は、北海岸沖を航行するはずなのに・・・・どうして南へ?」
1484年5月11日 午前11時 スィンク諸島ユークニア島沖10マイル地点
第7艦隊司令長官オーブリー・フィッチ大将は、旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの艦橋から、外に視線を向けていた。
「今日で、3日目の雨模様か。」
フィッチは、スリッドガラスに当たる雨水を見つめながら言った。
「南方から北上してきた前線は、思いのほか規模が大きいようです。」
参謀長のフランク・バイター少将が単調な口ぶりで言う。
「天候が回復するまで、あと2日は掛かると思われます。」
「まぁ、仕方なかろう。ところで、増援部隊は順調に向かっているかな。」
「はっ。各艦とも、順調に会合地点へ向かいつつあるようです。」
バイター少将の言葉を聞いたフィッチは、深く頷いてから窓際から離れ、司令官席に腰を下ろした。
「TG72.3と、エンタープライズ、ボクサーが加われば、第7艦隊は正規空母6隻、軽空母3隻を保有できるな。これで、当面は不自由しない。」
「しかし、長官。サマービル司令官も思い切った提案をしてきますなぁ。」
「あれには、私も驚いたよ。だが、敵が有頂天になっている今、反乱勢力を手助けするためにもサマービル中将の考えた作戦は、やらねばならん。」
フィッチは、艦橋の正面側。ちょうど、レーフェイル大陸がある方向に顔を向けた。
「でないと、マオンド国民は、永遠に夢の中を彷徨ことになる。そうならんためにも、私達は是が非でも、特大の目覚まし時計を、あちらさんに
プレゼントしなければいかんな。」