自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

175 第136話 ウエストポイントからやって来た男

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第136話 ウエストポイントからやって来た男

1484年(1944年)5月20日 午前9時 ユークニア島

「今日も、清々しい天気だなぁ。」

元マオンド軍第51歩兵師団に所属していたアトガ・ラウット軍曹は、収容所の宿舎の中から空を見上げていた。
一昨日まで続いていた大雨は、昨日を境にパッと降り止み、今では雲一つ無い青空が広がっている。
初夏であるためか、太陽の日差しは思いのほか強く、立っているだけでも汗が出て来る。
だが、降り続く雨のせいで、宿舎の中で湿っぽく待っているよりはまだマシであった。

「軍曹、おはようございます。」

彼は、ベッドから起き上がった部下に声を掛けられた。

「おはよう,、ねぼすけさん。体の具合はどうだい?」
「ねぼすけさんはないでしょう。こちとら、病気で苦しんでいたと言うのに。」

ラウット軍曹の言葉を聞き咎めた部下は、顔を膨らませて言い返した。

「まぁ、熱はすっかり引きました。体は少しだるいですけど、普通にメシは食えますよ。」

部下はそう言った後、何故か急に肩を落した。

「アメリカ人の医者が、僕に注射してくれた薬・・・・ペニシリンって言う奴なんですが、あれを打ったお陰で、自分は
こうしてピンピンしていられます。」

「何だ。妙に暗いじゃねえか。まだ体調がすぐれないのか?」
「い、いや。体調はもう大丈夫です。ただ」

部下は険しい表情を浮かべながら、言葉を続けようとした。だが、彼は急に黙りこくった。

「・・・・・?」

部下は何かを聞いたのか、急に反対側の窓に振り向いた。

「どうした。」
「軍曹、飛空挺の音が聞こえますよ。」
「飛空挺?いつもの大型飛空挺じゃないのか?あのリベレーターとか言う奴。」

軍曹は、何気ない口調で部下に言った。
アメリカ軍は、1週間前に収容所から2ゼルド(6キロ)離れた所に巨大な飛行場を完成させている。
収容所の上空付近は、アメリカ軍機がちょうど着陸態勢に入る際の飛行進路になっている。
そのため、アメリカ軍機が着陸態勢に入る時には、機体のすぐ真横が見える。
6日前から、アメリカ軍飛行場には多数の戦闘機、爆撃機が飛行場に着陸しており、3日前からは周辺海域で飛行訓練を行っている。
昔から吟遊詩人を目指していたという部下は、軍曹の分隊の中で最も耳がよい。
囚われの身となった彼らには、もはや何もする事がない。
部下は、せめてもの暇つぶしのために、飛空挺のエンジン音だけで戦闘機か爆撃機か、そして、その戦闘機はP-63か、
P-51かを聞き分けようとした。
アメリカ軍機は頻繁に離着陸を繰り返すため、部下はすぐに飛空挺の発するエンジン音の違いを聞き分けることが出来た。
そして、今日も遠くから飛空挺の爆音が響いてきた。

「今はちょっと分りづらいですが・・・・どうやら西の遠くからやって来たようですね。」
「西。と言うことは、アメリカさんの本土から飛んできた大型飛空挺だな。」

ラウット軍曹は、部下の言葉を聞くなりそう確信した。
彼の耳にも、微かに爆音が響いてきた。この時は、彼は増援のリベレーターか、別部隊のフライングフォートレスがこの島に
配備されるのかと思っていた。
だが・・・・

「だいぶ、音が大きくなってきたな。」
「軍曹・・・・この音は、初めて聞きますよ。」

部下が、どこか不安を感じさせる口調でラウット軍曹に言う。

「今までに聞いた物と比べ・・・・何て言うか、酷く圧迫感を感じます。」
「圧迫感だと?」

ラウット軍曹は一瞬、部下の言葉が理解できず、首を捻った。
だが、彼はその言葉の意味をすぐに理解できた。
段々と音が大きくなってくる。
どういう訳か、今までに聞いてきた飛空挺の音より重々しく感じる。建物が、次第に大きくなる爆音にビリビリと震え始めた。

「い、一体何だぁ?」

ラウット軍曹は狼狽しつつも、急いで宿舎の外に出る。
じりじりとした暑さが体にまとわりつくが、彼には気にならなかった。
彼が音の聞こえる方角・・・・やや北よりの西の方角に目を向けたとき、それはいた。

「あいつは・・・・・!」

ラウット軍曹は、思わず絶句した。
その瞬間、聞いただけで地面に押し込まれそうな轟音を上げながら、銀色の巨大な飛空挺は、収容所のやや北側の上空を、低空飛行で通り過ぎていった。
彼ははっきりと見ていた。
網目状の機首、突起物の余りない棒状の胴体に、左右にこれでもかとばかりに伸びた大きな主翼。
機体の後ろに高々と聳え立つ、何かの文字が記された大きな尾翼。そして、今まで見たアメリカ軍機よりも、一回りも二回りも大きい。
その洗練された機体は、鏡のような銀一色に覆われており、それまで無骨なイメージのあったリベレーターや、荒々しくも格好が良く、
いかにもアメリカ人らしいといったフライングフォートレスにもない、ある種の美しさを醸し出していた。

「なんて・・・・デカイ飛空挺なんだ・・・・」

ラウット軍曹は、すっかり度肝を抜かれていた。
白銀の巨大飛空挺は、次から次へとやって来る。
その未知の大型飛空挺が上空を行くたびに、轟音が大地を圧し、引っかき回された大気が下界に吹きすさぶ。
ラウット軍曹は、いつの間にか側に居た部下に気が付く。部下もまた、呆気にとられていた。

「軍曹、もう50機以上は飛んでいきましたね。」
「ああ。それでも、後ろからうじゃうじゃ付いてくる様だぜ。」
「僕は数日前に、アメリカ人兵士の会話を盗み聞きしたんですよ。この島に、もうすぐで新型爆撃機、スーパーフォートレスが配備されるって。」
「じゃあ・・・・今、この上を我が物顔で飛んでいる白銀の飛空挺が。」

会話が、大型飛空挺。B-29スーパーフォートレスが発する轟音によって途切れてしまう。
B-29が飛行場付近に飛び去ってから、軍曹は言葉を紡いだ。

「噂のスーパーフォートレスっていう奴なんだな。」
「はい。」

部下は淡々と語った。

「ペニシリンといい・・・・スーパーフォートレスといい・・・・アメリカは何て、贅沢な国なんだ。」

ラウット軍曹は、愕然とした口調で呟くと、とぼとぼと宿舎に戻っていった。
収容所のマオンド兵達は、誰もが軍曹と似たような事を思い、そして気を落していた。
マオンドよりも強いシホールアンルでさえ、未だに1機も撃墜出来ていない未知の怪物飛空挺、B-29スーパーフォートレス。
あのシホールアンルにかつてない苦痛を味合わせ続けている怪鳥が、ついにユークニア島にやって来た。
遅かれ早かれ、B-29の群れはレーフェイル大陸に向かって飛んでいくだろう。
捕虜のマオンド兵達は、アメリカ軍の侵攻準備がすぐそこまで迫っている事を、この日確信していた。

国力の差、技術の差を改めて見せ付けられた彼らは、B-29の到着に遅れてやって来た1機のC-47の爆音を何ら気に留めることなく、
いつも以上に暇な1日を過す事になった。

レーフェイル大陸派遣軍総司令官が、ユークニア島第2飛行場に到着したのは午前11時30分を過ぎてからであった。
第15軍司令官ヴァルター・モーデル中将は、ハンカチで額の汗を拭きながら停止したC-47を見つめていた。

「どうも、予定の時間よりちと遅すぎましたな。」

モーデル中将の右隣に立っていたサイモン・バックナー少将が、いささか困ったような口調で言う。

「ちと遅すぎた、か。」

モーデル中将は苦笑しつつ、モノクルを取ってハンカチで拭きつつ、言葉を続ける。

「40分がちと遅すぎたになるとは、総司令官閣下は相当にルーズな方だぞ。」
「ルーズかつ、なかなかに気難しい方です。アイゼンハワー閣下も昔、かなり大変な目に会いましたからな。」
「まっ、私のいたドイツ陸軍にも、負けず劣らずの変わり者は居たから、あまり文句は言えんがね。」

モーデルは、バックナーに対して自嘲気味に言ったとき、停止したスカイトレインから1人の男が降りてきた。
地面に降り立ったその男は、意外にも身長が高かった。頭に被っている制帽は、普通の制帽と比べると、どこかデザインが違う。
目には黒いサングラスを掛け、口にはやや丈長のコーンパイプを加えている。
カーキ色のシャツの上は開かれており、身だしなみが完璧とは言い難い。
全体的に、ふてくされた気難しめの男といった感が強いが、モーデルやバックナーは、その男に対して敬礼をした。

「うむ、出迎えご苦労。」

飛行機から降りてきた男は、尊大さを含めた口調で、出迎えている将官や士官達に言った。
彼こそ、レーフェイル大陸派遣部隊総司令官である、ダグラス・マッカーサー大将その人であった。
マッカーサー大将は気軽げな動作で答礼をすると、幕僚達と共にモーデルらの前を通り過ぎていった。

「ふむ、確かに気難しそうなお人だ。」

モーデルは、車に乗り込むマッカーサーの後ろ姿を見ながら、バックナーに言った。

「この後、総司令官も交えた会議があるようですが・・・・恐らく、今日で上陸作戦の大まかな決行日を決めるかもしれません。」
「そうだろうな。陸、海、空の準備兵力も大分集まってきたし、そろそろ動き出しても良い頃合いだ。」


ダグラス・マッカーサーは、1880年1月に、父であるアーサー・マッカーサーの任地であった
アーカンソー州リトルロックの基地内で生まれた。

マッカーサーは、1899年にウエストポイント陸軍士官学校へ入学して以来、陸軍軍人として人生の大半を過ごしてきた。
第1次世界大戦では、第42歩兵師団、通称レインボー師団の指揮官として西部戦線に赴き、勇敢に戦った。
マッカーサー自身2度も負傷するほど、数々の激戦を戦い抜き、西部戦線の勝利に大きく貢献している。
戦後はアメリカ陸軍最年少の少将に昇進。その後准将に降格となったが、母校である陸軍士官学校の校長に任命されている。
1935年に軍を退役したマッカーサーは、少尉任官以来、幾度も世話になっていたフィリピンに移り住んだ。
移住後、しばらくはのん気に過ごしていたが、独立後のフィリピン大統領に予定されていたマヌエル・ケソンに国軍の軍事顧問に
なってはどうかと提案され、彼はそれを受け入れた。
モーデルが気になった、マッカーサーのデザインの違う制帽は、このフィリピン生活時代に、マッカーサーがフィリピン軍元帥用
として作らせた特注品である。
1941年9月。マッカーサーは何を思ったのか、家族を連れてアメリカ本土の観光旅行へ向かった。
アメリカ旅行は、2週間足らずで終るはずであった。だが、旅行開始から1週間が経った10月2日、彼は不運に見舞われた。
それは、彼が故郷となったアーカンソー州の田舎町を家族と共に歩いていたとき、突如突っ込んできた暴走車に彼は跳ね飛ばされてしまった。
マッカーサーは一瞬、自分の死に場所はここなのだなと確信したが、運命の女神は彼を見捨てては居なかった。
派手に跳ね飛ばされたはずのマッカーサーは、肋骨2本と右腕、左足の骨折、右足のねんざという重傷を負ったものの、
奇跡的に命に別状はなかった。
彼はリトルロックの病院に担ぎ込まれ、全治5ヶ月を診断された時にはかなり悔しがったが、妻と子の姿を見ると、奇跡的に生き延びられた事を神に感謝した。
運命の10月19日。マッカーサーは病室のベッドで、アメリカが未知の世界に飛ばされたという信じられぬ報告を聞き、しばらくは呆然としていた。
それから口にした苦笑混じりの言葉は、実に彼らしいものであった。

「私は、第1の故郷に留め置かれてしまったか。」

マッカーサーは冷静に状況を見極めつつ、退院まで待った。
1942年2月になり、マッカーサーは予想よりも早く全快して退院出来た。
彼はリトルロックの郊外に一軒家を買うと、そこで家族と共に済むことになったが、その彼にアメリカ政府から陸軍に復帰してはどうか?
という提案を持ち掛けられた。
散々悩んだ末に、マッカーサーは提案を受け入れる事にし、3月7日に陸軍中将として現役に復帰した。

そのマッカーサーに与えられた任務は、再度、ウエストポイント士官学校の校長に就任する事であった。
1942年4月から、マッカーサーは再び母校の校長として舞い戻った。
そんな彼がレーフェイル大陸派遣部隊の総司令官に任命されたのは、1943年11月の上旬であった。
それからという物の、マッカーサーは大将に昇進し、レーフェイル大陸派遣軍の早期派兵を各方面に唱え続けた。
予定では、レーフェイル派遣軍の編成は、モーデル将軍の指揮する第15軍の他に2個軍しか予定されていなかったが、マッカーサーの努力の
お陰で15軍を含む計5個軍を用意できた。
この5個軍並びに、後方支援部隊や主力艦隊、護衛艦隊の将兵を加えたレーフェイル派遣軍の総数は、実に63万人にも及んだ。
レーフェイル侵攻の準備段階が終りつつある中、マッカーサーはついに、司令部をユークニア島に移すことに決めたのである。

マッカーサーを出迎えてから1時間後の午前10時30分。
前々から建築されたレーフェイル派遣軍総司令部は、2階建ての白い質素なコンクリート造りの建物であった。
その建物の2階にある1室に、モーデルは椅子に座っていた。
モーデルが居る部屋は、この総司令部の会議室であり、部屋の、真ん中には会議用の長テーブルが置かれ、その両脇にはモーデルの他に、
第14軍、第17軍、第22軍、第25軍、陸軍第8、第10航空軍の各司令官や参謀長が座っている。

「さて、これより会議を始めるとしよう。」

長テーブルの左側に座っていたマッカーサー大将は、余裕ありげな口調で皆に向かって言う。
出迎えの際に付けていたサングラスは外され、彼の素顔が見えた。
顔つきは、どこか気弱そうな感が強いが、目付きはそこそこ鋭く、口に加えた特徴のあるコーンパイプのせいでさほど弱く感じられない。

「諸君らも知っていると思うが、今日、この島にB-29が配備された。そう、シホールアンルとの戦いで活躍している新鋭重爆撃機が多数、
この島にやって来たのだ。これで、マオンド本土は我々の攻撃範囲内に捉えられたことになる。それに加え、スィンク諸島の島々には、
上陸部隊を乗せた輸送船が続々と到着しつつある。もはや、マオンドの支配するレーフェイルに、我々が足を踏み入れるのも時間の問題となってきた。」

マッカーサーは、淡々とした口調で説明をした。

彼の言うことは全て事実である。
スィンク諸島に各島に建設された施設は、補給路が確保された甲斐もあって急ピッチで工事が進み、受け入れ施設が完成した島は、
ユークニアをのぞいて、南スィンク、タドナ、チョルンスの4つであり、残る北スィンク島も1週間後には基地化が終る見込みだ。
航空基地は既に、全島で完成しており、陸軍第8、第10航空軍の各飛行隊は、それぞれ割り当てられた島に配備されつつある。
また、レーフェイル派遣軍の指揮下にある5個軍のうち、第14、15、17軍は既に全部隊集結を終えており、残りの2個軍も5割、
または6割の部隊がスィンク諸島へ集結しており、6月の初旬までには集結を終える予定だ。
そして、レーフェイル大陸の空爆作戦では主役を務めることになるB-29が、ついにユークニア島へやって来た。
誰の目から見ても、レーフェイル侵攻が近い事はすぐに理解できる。
問題は、その本番がいつになるか?である。

「総司令官閣下。」

モーデルがすかさず手を上げた。

「出撃はいつになるのでしょうか?」
「今からそれを言うところだ。」

マッカーサーは苦笑しながら、そう急くなと呟いた。

「私はこれまでに、統合参謀本部のマーシャル将軍やリーヒ提督、それにキング、ニュートン提督や大統領閣下と何度も話し合ったが、
私は現地のスパイ情報も吟味した結果、6月13日をXデイにする事を決めた。」

彼は、先と変わらぬ淡々とした口調で言ったが、最後の言葉を聞いた各軍司令官、参謀長達からは驚きともとれるどよめきが起こった。
マッカーサーはそのどよめきを背に受けながら、壁に掲げられている地図の前に移動する。

「ここに、レーフェイル大陸と、ヘルベスタン王国を拡大した地図がある。我々が居るのは、ここだ。」

彼は、指示棒をスィンク諸島にコンコンと当てる。

「一方、レーフェイル大陸はここ。直線距離にして約800マイルだ。我々は来月の中旬、最初の上陸部隊12万の将兵と共に、
このヘルベスタン領に上陸する。」

マッカーサーは、地図上を指示棒ですぅっと撫で、ヘルベスタン領の先端に合わせる。

「司令官、質問をよろしいでしょうか?」

またもやモーデルが手を上げた。

「何だね?」
「ヘルベスタン領では、現在反マオンド派がマオンド軍と戦闘を行っています。マオンド軍部隊は、反マオンド派が支配するヘルベスタン領
北西部の山岳地帯に布陣し、包囲状態にあります。その一方、マオンド軍は我々の上陸を警戒して、エルケンラードや西海岸一帯に、総計で
20万以上の兵を展開させております。この警戒部隊と、反マオンド派鎮圧に当たっている部隊を合わせると、敵は50万の大軍を貼り付けて
いることになります。これから事前爆撃も行うため、敵の兵力は多少減るとは思いますが、爆撃で敵の兵力が思ったより減らぬ事は、太平洋戦線で
証明されています。そうなると、我々の上陸地点は、反マオンド派が確保しているルサンド地区周辺以外にないと思われますが、反マオンド派が
常に危うい状況にあることはもはや明確です。総司令官。」

モーデルは、険しい声音でマッカーサーに言った。

「もし、反マオンド派が壊滅するような事があれば、上陸地点に最適なルサンド地区は敵の手中に渡り、装備優秀な我が軍とは言え多大な損害が
出ることを覚悟せねばなりませんが・・・・そうなった場合、総司令官閣下は代案を考えておられますか?」
「勿論だ。」

マッカーサーは即答した。

「上陸地点を別の場所に変更すればよい。それも、敵が聞いただけで身の毛のよだつような地域にな。」

彼はニヤリと笑みを浮かべながら、ヘルベスタン領を拡大した地図のとある一点を、指示棒で叩いた。

「正面玄関がふさがれているのならば、裏口から行く。」

マッカーサーが叩いたその一点は、エルケンラードより東に120(192キロ)マイル離れたモンメロという地域であった。

「総司令官、モンメロ周辺の海岸はまだ、未開の土地の筈です。」

第17軍司令官が、狼狽したような口調でマッカーサーに言う。

「ヘルベスタン領は、南半分は草原地帯ですが、モンメロは森林地帯が広がっています。開けた土地は沿岸部のみで、
そこに森林地帯が行く手を塞ぐような形で広がっています。そこを、数万以上の軍がどうやって進撃出来るのでしょうか?」
「出来ない作戦だ、と言いたいのかね?」

マッカーサーは第17軍司令官に対して、やや不満げな口調で言う。

「当然です!歩兵は行動できても、車両部隊はほぼ身動きがとれません。そんな時に、敵部隊の襲撃を受けたら・・・・」

第17軍司令官が一方的に反対を唱えている中、モーデルは何故か、昔の事を思い出していた。

「アルデンヌの森を抜けるだと?」

それは、西方戦役が始まる1週間前の日。第3装甲師団の師団長であったモーデルは、部下の幕僚から意外な事を聞いた。
「はい。上の意向では、敵がマジノ線に留まっている間に装甲部隊でもって防備の薄いアルデンヌに突っ込み、敵の背後を
突いてはどうか?という意見が盛んに繰り返されています。」
「森林地帯に戦車部隊を突っ込ますのか。戦車にはブルドーザーのような器具はついとらんのだぞ」

モーデルは呆れたように言ったが、しばし考えてから上の意向も分るような気がした。
ドイツとフランスは、第1次大戦時、全期間を通じて血みどろの消耗戦を戦ってきた。
フランス軍がマジノ線を構築し、強大な兵力を布陣した今、正面から戦ってはあの悲劇の繰り返しとなる。
それを繰り返さぬ為に考案されつつあった作戦案の中に、アルデンヌ突破という意外な案が生まれた。
その作戦案は、数個軍団相当の戦車部隊、並びに機械化歩兵部隊を防備の薄いアルデンヌの森に突入させ、突破をはかる。
そして、正面に目を向いている敵の背後を突いて、一気に勝負を付けるという、いわばバクチのような作戦である。
最初はただの案でしかなかったアルデンヌ突破という方策が、いつの間にか、数ある採用予定意見の候補に上がっているのである。

「ふむ、確かに当たればデカイな。」

モーデルも次第に、アルデンヌ突破作戦という作戦案が面白いと思うようになった。
だが、名案とも思えたこの突破作戦が実行されることは永遠になかった。
何故なら、その1週間後に英、仏軍が国境を越えて大侵攻を開始したからである。

「・・・モー・・・ル将軍・・・・・モーデル将軍」

誰かの声に呼び止められ、モーデルはハッと我に返った。

「どうした、モーデル将軍?」
「いえ、何でもありません。」

心配そうに尋ねるマッカーサーに対して、モーデルは何事も無かったかのように答えた。

「ふむ、ならいい。ところで将軍。君は、モンメロ地区の上陸作戦に対してはどう思っているかな?」

マッカーサーの問いに、モーデルはしばし黙考してから答えた。

「やる価値はあると思います。」

モーデルの言葉に、他の軍司令官達は驚いたような顔を浮かべた。

「モンメロ地区の森林地帯は、確かに進撃の邪魔になりそうです。しかし、進撃がやりにくいだけで、決して前に進めぬ事は
無いだろうと思われます。それに、敵マオンド軍の大半は、狭い半島となっているヘルベスタン西方に布陣し、その後方は
ほぼがら空きの状態となっています。もし、モンメロ地区の上陸作戦が成功すれば、我々は敵軍の大部隊を狭い半島に封じ込める
ことが出来ます。」
「うむ。良い答えだ。」

モーデルの答えに、マッカーサーは満足したように頷いた。

「・・・・最初は言わなかったが、この上陸作戦は元々、モンメロ地区にて行われる予定であった。私が最初にこの事を代案として
話したのは、諸君らの意見を聞きたかったからだ。その意見如何では、第一案を取る予定だった。だが、私はモーデル将軍の意見を
聞いて、モンメロ上陸作戦も充分にやる価値があると確信した。考えてもみたまえ。」

マッカーサーはコーンパイプを口から外した。

「いくら我々より装備が劣っているとは言え、敵はれっきとした戦闘部隊だ。そんな戦闘部隊が50万以上も集まっている中を、
たかだか10万、20万の軍隊を率いて正面突破するには時間が掛かる。この間に、敵部隊が戦力を増強したり、ヘルベスタンや
他の地区で戦っている反マオンド派が殲滅されようものならば、このレーフェイル方面の戦いはかなり厳しい物になる。ここは、
一か八か賭に出て、ヘルベスタン領の敵戦闘部隊だけでも短時間でまとめて、殲滅する必要がある。それを可能にするのが、
このモンメロ上陸作戦だ。」

マッカーサーは、一旦地図に体を向け、それをじっくり眺める。
今頃は、ヘルベスタン南西や、レンベルリカ南部で、反マオンド派とマオンド軍の戦闘が続いているであろう。
ヘルベスタン領の狭い地域に押し込められた反マオンド派は、山岳地帯沿いに展開する30万のマオンド軍部隊の脅威にさらされている。
レンベルリカ南部の反マオンド派は、敵の数度の攻勢をはね除けながらも、その勢力圏を確保しているが、戦闘による消耗が激しく、
同じ規模の攻勢を再び繰り返されれば、長くは保たない。

「諸君、我々には時間が余り無いのだ。」

マッカーサーは振り返るなり、畏まった口調で言った。

「反マオンド派の有志達は、皆が必死になって戦っている。そんな彼らの負担を和らげるべく、我々は、この上陸作戦を成功させ
なければならない。そのためにも、我々は出来る限りのことをしよう。上陸後のみならず、上陸前であっても。」

マッカーサーはそこで一旦言葉を句切ると、コーンパイプを口に加えた。

「我々が、レーフェイルの大地に足を踏み入れたとき、万感の思いを込めてこう言ってやろう。我々は、やって来た、と。」

その後、作戦会議は順調に進んだ。その日の午後2時まで及んだ会議の結果、Xデイの期日は6月13日に決定した。
レーフェイル上陸作戦。
別名、大西洋の嵐作戦はようやく最終段階に入り、上陸部隊の兵達は、次の日から最終的な猛訓練を行い始めた。
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