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181 第140話 上空2万フィートの死闘

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第140話 上空2万フィートの死闘

1484年(1944年)6月12日 午前7時 スィンク諸島タドナ島

第10航空軍司令官であるジミー・ドーリットル少将は、司令部の窓から誘導路を進んでいくB-17の隊列に見入っていた。

「B-29もいいが、やはりB-17も捨てがたいな。」

彼は、顔に笑みを滲ませながら呟いた。
アメリカ陸軍航空隊で初めて、計器のみで飛行作業を果たしたドーリットルは、年齢を重ねても操縦桿を握り続けてきた。
去年10月まで、彼は第3航空軍の一航空群司令として航空戦の指揮を取り続けたが、彼自身がB-17の操縦桿を握って戦地に赴くこともあった。
ドーリットルは、今年の1月に第10航空軍司令官に任ぜられた。
いち少将として6個の作戦航空師団、2個の輸送航空団を一度に指揮出来ることは名誉であると思ったが、その代わり、
彼は前線に出られなくなった。
10AF(航空軍)の航空機約1000機を指揮する司令官に任ぜられて早半年が経ったが、ドーリットルは内心では
司令官としての立場を理解しつつも、いつかは自ら操縦桿を握り、戦地に赴きたいと今でも思っている。

「司令官。」

唐突に、基地司令から声を掛けられた。

「やあウェンリー。そろそろ出発かね?」

ドーリットルはすっかり馴染みとなった基地司令に、気軽な口調で尋ねた。

「はい。予定通り、重爆隊が出発を開始します。」
「わかった。では、いつもの通り特等席に移るとするか。」

ドーリットルの気の利いたジョークに、基地司令の他に、司令官室に居た数人の参謀や副官が笑い声を上げた。
第10航空軍の司令部は、飛行場の基地施設に隣接する形で建築されており、100メートル右側には管制塔がある。
司令部は3階建てになっており、屋上に上れば、滑走路を離着陸する航空機を眺めることが出来、ドーリットルは、いつも
ここに上がって攻撃隊を見送っていた。
今日もまた、戦地に赴く将兵を見送るべく、屋上に上がっていく。
目の前には、3000メートル程の長さを持つ2本の滑走路が前後に伸びていた。
この滑走路は、第2次スィンク沖海戦から1週間後に、未開の森林地帯と化していたこの島に上陸した海軍工兵大隊と
陸軍工兵隊が造り上げた物だ。
飛行場はここ以外にも、西側に同規模の物が1つある。
飛行場は5月18日に完成し、その翌日には早くもB-17爆撃隊の一部が滑走路に降り立った。
5月27日にはタドナ島からB-17爆撃機36機、A-26軽爆撃機48機、P-38、P-47、P-51戦闘機
60機以上が出撃し、ヘルベスタン領北西部沿岸地区に駐留するマオンド軍を爆撃し、痛打を与えた。
10AFは、5月27日から6月8日まで攻撃隊を送り続け、ヘルベスタン領北西部沿岸や反乱側を攻撃する敵部隊の
存在する山岳地帯に向けて、延べ1500機以上を送り込んだ。
6月9日からは、本国から新部隊と補充の受け取り、そして休養のため航空作戦は行われなかった。
それから3日が経った6月12日。10AFは、8AFと共に、5月27日以来の大空襲を行おうとしていた。
飛行場内は、第672爆撃航空群、第673爆撃航空群から出撃する72機のB-17が発するエンジン音に包まれていた。
合計288基のライトR1820-1200馬力エンジンの発する轟音は、主役の座を奪ったB-29に対して俺もまだまだ
活躍はできると、自慢しているかのようだ。
そのB-29は、10AFにも配備されている。
このタドナ島にはいないが、北スィンク島の飛行場には第576爆撃航空師団の96機のB-29が配備されており、今頃は、
ここにいるB-17部隊と同じように誘導路や滑走路の端で、よりパワフルなエンジン音を響かせているであろう。
管制塔から信号弾が打ち上げられた。ドーリットルも操縦席で何度も見た、発進せよの合図である。
滑走路の端っこに乗っていた1番機が、4機のエンジン音を盛大に響かせながら滑走を開始した。
最初は酷くゆっくりした速度で走り始めたB-17であるが、徐々に速度が付き始めていく。
滑走路を600メートルほど進んだ頃には尾部が浮き上がり、1700メートルを過ぎた頃には機体がフワリと浮き上がった。
機首の横に猫の耳を生やした少女を描いたそのB-17は、そのまま4基のエンジンを唸らせながら朝焼けの残る空へ向けて
舞い上がっていった。

1番機が発進を終えるや、2番機が間を置かずに滑走を始める。
1機、また1機と、B-17のいかついながらも、均整の取れた巨体が浮き上がり、島中にR-1820-97エンジンの
咆哮が響き渡る。
64機のB-17が全て発進した時には、時計の針は午前7時45分を回ろうとしていた。
最後の1機が東の空へ消えていった後、飛行場の喧噪はしばし鳴り止んだ。

「全機が無事に飛び立てましたな。」

基地司令は、やや安堵した表情でドーリットルに言った。基地司令もまた、太平洋戦線で色々な事を体験している。
その中で、出撃時に離陸に失敗して全損事故を起こす機体を見たときは、いささか不快な気持ちになる物だ。
滑走路に事故機が落ちれば、必然的に滑走路は塞がれて後続機の発進は遅れるし、最悪の場合は航空機の出撃がそれで終わりとなる。
それ以前に、これから任務に励もうとしている爆撃機や戦闘機のパイロットに対して縁起が悪いと思わせてしまう。
前線基地であるから、時たま事故は起きる物だが、それでも無いに越したことはない。
基地司令としては、まずは爆撃隊の発進が無事に終わったことが嬉しかった。

「そうだな。これで、全機が無事に戻ってくれば万々歳なんだが・・・・」

ドーリットルは苦笑しながら言った。

「私としては、格納庫に残っているB-17に乗って後を追い掛けたい気分だね。司令官になれたのは嬉しいが、私はやはり空が好きだよ。」
「司令官は本当に、空が好きなんですな。」
「勿論だとも。」

基地司令の言葉に、ドーリットルは空を見上げながら答えた。

「私から飛行機を取ったら、そこら中にいる普通のおじさんにしかならんからね。まっ、それは陸軍を退役してからの話だが。」

ドーリットルは視線を東に移した。爆撃隊のエンジン音は今も聞こえているが、音はだんだんと小さくなっていく。
やがて、爆撃隊の発するエンジン音は聞こえなくなったが、代わりにP-51が発するエンジン音が飛行場内に木霊し始めた。

午前10時50分 タドナ島南東430マイル沖

「目標まであと420マイルです。」

航法士の声が、耳のスピーカー越しに聞こえた。
機長のヘルマン・ガーフィー中尉は、航法士に了解と返した。
操縦席の目の前には、右前方を行く2番機が引く真っ白なコントレイル(飛行機雲)が見える。
ガーフィー中尉のB-17は、10AFに配属されている第302爆撃航空師団第40爆撃航空団の第672爆撃航空群に
配備されている。
第40爆撃航空団は第672爆撃航空群の他に、もう1つの航空群である第673爆撃航空群で編成されており、
今日は672、673BG(爆撃航空群)から各36機ずつが出撃している。
ガーフィー中尉は672BGの第2編隊である第192飛行隊の4番機の位置におり、高度8000メートルの上空を
320キロの巡航速度で飛行していた。
視線を左上に向ければ、第1編隊である183飛行隊のB-17群が見える。
この12機のB-17群もまた、4条ずつのコントレイルを引いている。
太平洋戦線から転戦し、この大西洋戦線でも幾度か見てきた光景だが、青空に引くコントレイルはいつ見ても素晴らしいと、
ガーフィーは内心そう思った。
真っ直ぐに引いているコントレイルの上に、いくつもの小さなコントレイルが現れる。
その雲は右に左に曲がりくねっては、B-17群の歩調に合わせている。
胴体右側方機銃座の射手を務めるロシア系アメリカ人のオロフ・ヒョードル軍曹は、上空を通過していくリトルフレンズを見るや、
同僚であるヨーツン軍曹の肩を叩いた。

「見ろよ、リトルフレンズだ。」
「ああ、こっちでも見えてるぜ。」
「こっちが出撃して2時間経ってから合流とは、連中は居眠りでもしてたのかねぇ。」
「そんな事俺が知るもんか。オロフ、お前があっちに行って聞いて来いよ。」
「やなこった。そんな面倒くさい事できるかい。」

オロフは苦笑し、酸素マスクの中に隠れた口元を歪める。

「まっ、大方恋人の事でも思ってたんだろうよ。」
「女ねぇ・・・・・女といえば思い出した。」

唐突に、ヨーツン軍曹が口調を変えた。

「思い出した?何をだい?」
「弟から聞いた話だよ。弟は2週間前に、太平洋戦線から帰ってきてたんだ。その時はたまたま俺も居合わせたから、
久しぶりに話をしたんだ。その話の中で、弟はとある偵察分隊で起きた事を話してくれた。」
「それって、北大陸戦の頃の話か?」
「いや、ちょっと古いな。」

ヨーツン軍曹は首を横に振りながら言う。

「弟の話では、43年10月頃のカレアント戦線だな。とある日、弟は友人が配属されている分隊が貸し出された
戦車と共に森の偵察に行くところ見送ったそうだ。その分隊は1ヶ月近く前に、チェルネントという森に潜んでいた
シホールアンル軍を追い散らした事で有名だった。弟は今回もまた、無事に友人の分隊が戻ってくるだろうと思っていた。
その2日後、分隊は戻ってきた。」
「なんだ、それだけか?つまらんな。」

ヒョードル軍曹はつまらなさそうに言ったが、

「おいおい、まだ話は終わってないぜ。」

ヨーツン軍曹はおどけた口調で言った。どうやら、まだ続きがあるらしい。

「一応、分隊は戻ってきたんだが、弟はそいつらを見て仰天したそうだ。弟曰く、まるで幽霊の集団が歩いていたようだ、と。」
「幽霊?まさか、そいつらは森の変な妖精に騙されて魂を抜かれちまったのか?」

ヒョードル軍曹は驚いたような口調で言った。

この世界の森は、元の世界の森と違って不思議な物が多い。
特にカレアントやミスリアルの森林地帯には、よく妖精と言われる類の精霊が存在する事がある。
このような生き物達の存在は、しばしばアメリカ軍や連合軍航空部隊の作戦に影響を来しており、カレアント戦線では敵がそこを
利用してB-17や軽爆隊の爆撃から逃れるという事が何度も起きている。
陸軍航空隊のパイロット達の中では、森に墜落したら精霊達のきまぐれで何か悪いことをされるのでは?と思う者が多数居たが、
そのような事はほぼ皆無であった。
逆に、森の精霊達や妖精は、不運にも森の中に墜落した機のパイロット達を助けたりした。
特にカレアント東部のチェルネントの森では、そのような傾向が多かったため、パイロット達の勝手な考えは次第に鳴りを潜めていった。
しかし、誰も彼もが完全に悪印象を捨てた訳ではなく、ヒョードルのように少しばかりの偏見を持つ者は、どこの隊にも1人や2人ほどは居る。

「当たらずも遠からず、といった所だな。」

ヒョードル軍曹の質問に対し、ヨーツン軍曹は片目をウィンクさせながら答えた。

「その分隊の奴らは、森の主さんと出会ったそうだ。相手はかなりの美人さんで、チェルネントの主さんの知り合いだったようだが、
奴さんがいささかまずい奴だったせいで、分隊の連中はみーんな精を抜かれちまったそうだ。」
「おい、それ本当か!?」
「ああ。ちなみに、呪術的な物じゃなくて、俺やお前がマイワイフと夜を楽しむような方法で、あれこれやられたらしい。
弟の友人は、美しいけどもう腹いっぱいだ、と抜かしていたようだ。」
「ハッハッハッ!弟さんの友人も災難だったなぁ!!全く、俺からしたら、やられた分隊の連中は羨ましいと思うねぇ。」

ヒョードルは思わず、大声で笑ってしまった。そこに航法士が会話に割り込んできた。

「おい!てめえら!大声でいらん事喋るんじゃねえ!」
「ちょ・・・・、ワレンスキー少尉。そんなに怒らないで下さいよ。ただの雑談ですよ、雑談。」
「アホたれ!雑談をするにしても、もうちょっと声を低くしろ!こっちは地図やコンパスと睨めっこしながら航路を計算してんだ。
今度はもうちっと音を下げて笑えよ。」

航法士は一方的にそう言ってから再び黙り込んだ。

「いやはや、ワレンスキー少尉に怒られちまった。」
「今日はあまり刺激しないほうがいいぞ。少尉は昨日遅くまで飲んで、二日酔いで苛立っているからな。」
「うわ、こりゃ雑談のネタにも気をつけんといかんな。」

ヒョードルとヨーツンはひそひそと小声で話し合った。

「なぁ、他にいいネタは無いか?」

ヒョードルは体をさすりながら言う。

「マイナス20度の地獄の中では、話すことが一番だ。」
「おあいにくさま、さっきのでもうネタ切れだよ。」
「畜生、つまらんぜ。」

ヒョードルは心底つまらなさそうに言った。

「ああ、こうなると、B-29の連中が羨ましく感じるぜ。あっちは予圧装備だからなぁ。」

B-17やB-24といった重爆撃機には、B-29のような与圧室は装備されていない。
搭乗員達は、マイナス20度から30度の極寒の中で任務に当たらなければならない。
クルーはそれぞれ、電熱器を仕込んだ飛行服を身につけているのだが、寒さを完全に凌ぐにはいささか心許ない。
また、爆撃機のクルー、特に機銃員は、戦地に辿り着くまでは暇な時間を過ごさねばならない。
その退屈感を少しでも紛らわせるために、同様達は他愛のない話をする。
しかし、どんな話し上手でもいいネタを無限に持っているわけではなく、話のネタが尽きればこうして、黙って外の様子を見るしかない。

「くそ、早く目的地に辿り着かないかなぁ。」

ヒョードル軍曹は、欠伸をかみ殺しながらぼやいた。
眼前には、味方の爆撃隊が引くコントレイルが見えていたが、彼にとっては既に見慣れた光景であった。

目的地レネスコまでは、まだまだ道のりは長過ぎた。

午後0時30分 ヘルベスタン領レネスコ

ヘルベスタン領の中心都市であるレネスコの空中騎士軍司令部に報告が入ったのは、時計の針が午後0時30分を
回った直後であった。

「軍司令官!沿岸基地より緊急の魔法通信です!」

いきなり、執務室に入ってきた魔導参謀は、執務室に集まっていた幕僚達を尻目に机に座っている軍司令官、
ロトウド・ネラージ大将の側に走り寄った。

「アメリカ軍か?」

ネラージ大将は、落ち着いた口調で魔導参謀に聞いた。

「はい。報告によりますと、スクドネウ岬西方70ゼルド沖を航行していた警戒船が午前0時28分頃に、
敵戦爆連合の大編隊を発見せり、敵はフライングフォートレス、リベレーターを中心とする爆撃機編隊で、
多数の戦闘飛空挺を伴う、とあります。」
「エルケンラードの第12、第13空中騎士軍に迎撃ワイバーンの発進を命じよう。」

もはや、アメリカ軍機の来襲には慣れていた。
最初こそ、マオンド軍のワイバーン部隊は混乱を来した物だが、ここ最近は耐性が付いてきたため、今では落ち着いて
敵の空襲に対処が出来るようになり、アメリカ軍機の撃墜数も上がりつつある。
6月8日まで続いた激戦は、9日以来鳴りを潜めていたが、この3日間の間にマオンド軍は各地から集めたワイバーン隊を
配置する事ができ、万全の迎撃態勢を整えていた。

「今回はレンベルリカ方面やルークアンド方面から来た部隊も居るから、いつもよりも多くアメリカ軍機を撃墜できるだろう。」
「敵は今日も、反乱軍討伐部隊や後方基地を狙ってくるかも知れません。一応、対空砲を増やしてあるとは言え、不安は尽きませんな。」

とある幕僚がいささか不安そうな口調で言う。
ヘルベスタン西方軍は、5月下旬から始まったアメリカ軍の徹底した爆撃によって少なからぬ損害を受けているが、特に後方の
物資集積所や補給部隊の被害が大きい。
アメリカ側の爆撃機は、前線部隊は勿論だが、物資集積所や補給部隊に対しても大編隊で空襲を仕掛けており、前線部隊では早くも、
補給不足を訴える隊が出始めている。
マオンド軍は、補給部隊の数を増やすことで穴を埋めようとしているが、現状では埋まるどころか、穴はますます広がるばかりだ。

「これ以上、アメリカ人共の好き放題にはさせたくない物だ。今日こそ、敵を痛い目に合わせねばならんな。」


マオンド軍第5空中騎士団は、午後0時40分に敵を迎撃せよとの命を受けた。
第5空中騎士団は、レンベルリカ方面から転戦してきた部隊で、ワイバーン105騎で編成されている。
このうち、発進したワイバーンは60騎で、残りは基地で待機している。
第2中隊長を務めるレスドル・ウーラントヌ少佐は、指揮下のワイバーン12騎を引き連れながら、レネスコより20ゼルド西の会合地点に向かった。
会合地点に到達すると、そこには100騎以上のワイバーンが編隊を組みながら旋回し、来るであろうアメリカ軍機を待ち受けていた。

「こいつは凄い大編隊だ。実戦でこんなに大量の味方騎を見るのは初めてだ。」

ウーラントヌ少佐は、初めて目の当たりにする味方騎の大編隊を見て、胸が熱くなった。
レンベルリカ戦線では、多くても30騎程度で編隊を組んで、敵と戦っていたが、今回のように100騎以上で敵に立ち向かうことは無かった。
敵はすぐには来なかった。ウーラントヌ少佐の第5空中騎士団は、そのまま現在位置で旋回を続ける。
時間が刻々と過ぎていく中、別方面から次々に報告が入ってくる。

「敵の先頭集団はフォルサ軍港に到達。第2空中騎士軍のワイバーン隊が交戦を開始した模様。」
「敵編隊はライトニング、リベレーターの混成部隊。数は200機以上。敵爆撃機の迎撃は熾烈。」
「エルケンラード上空で第9空中騎士軍のワイバーン隊、敵と交戦を開始。敵は新型軽爆撃機、並びにサンダーボルトの混成編隊。」
「エルケンラード港の輸送船3隻被弾、沈没。敵新型機1機、サンダーボルト3機撃墜。」

このような報告は、時間が経つにつれて増えていく。1つ1つの報告は、どれもが淡々としている物だが、竜騎士達には状況が理解できた。
午後1時20分を過ぎた時には、ウーラントヌ少佐らを含む待機部隊が最も気になる情報が伝わった。

「新たな敵戦爆連合編隊200機、レネスコ方面に向かう。敵編隊の位置はドラガンスより東10ゼルド。高度3000グレルにて東進中。」

ウーラントヌ少佐は、この新たな魔法通信を聞いてやや愁眉を開いた。
彼は周囲を見渡した。
4000グレルから3500グレル付近には、所々雲がかかっており、高々度からの爆撃にはやや向いていない天候となっている。
敵編隊はレネスコ方面に向かいつつあるから、恐らくレネスコの旧市街地にある物資集積所や軍の魔法石生産施設を爆撃する腹であろう。

「迎撃部隊指揮官より、待機部隊全騎に告ぐ!これより高度3500グレルまで上昇し、接近しつつある敵爆撃機編隊に備える!直ちに高度を上げろ!」

指揮官騎から魔法通信が流れてきた。指揮官の命令を受け取ったワイバーン隊は、一斉に高度を上げていく。
ウーラントヌ少佐も後に続き、相棒に高度3500グレルまで上るように指示を下した。
午後1時40分になると、西の空から何かが見え始めた。

「敵編隊視認!これより攻撃に移る!」

指揮官騎から新たな魔法通信が入るや、先頭集団を形成していた第6空中騎士団のワイバーン群が、遠くの粒々目掛けて増速していった。
突進していく第6空中騎士団に対して、第5空中騎士団のワイバーン群は、それを追わずに時速250リンル速度で前進を続ける。

「頑張って戦闘機を引き付けてくれよ。」

ウーラントヌ少佐は、敢然と向かっていくワイバーン隊に、小声で声援を送る。
第5空中騎士団は、今日の迎撃で爆撃機を優先して攻撃するように命じられている。
数が多い第6空中騎士団はその間、敵の戦闘機相手に存分に空戦を行う。
敵が第6空中騎士団相手に戦っている間、第5空中騎士団は爆撃機の迎撃に専念できる。

このように、150騎のワイバーン隊はそれぞれ役割分担を行って、敵編隊を迎撃しようと考えていた。
この方法は彼らのみならず、今、アメリカ軍機と戦っているマオンド側のワイバーン全てが行っている。
向かってくるワイバーン隊を見つけた護衛機が、主翼からドロップタンクを落して増速し、戦闘態勢に入った。


ヘルマン・ガーフィー中尉は、護衛のP-51が爆撃機を追い越して、接近してくるワイバーンに立ち向かっていく光景をじっと見つめていた。

「リトルフレンズが離れていきます。」

胴体上方機銃座の射手がガーフィー中尉に伝える。

「ああ、こっちでも見えているよ。頑張って撃墜マークを増やして来いよ。」

ガーフィーは、マスタングの後ろ姿を眺めながら呟いた。
現在、高度は2万フィート(6000メートル)だ。決して低くない高度だが、同時に高くない高度でもある。
高度6000メートルでは、敵ワイバーン隊の攻撃を受けやすい。
それを防ぐために戦闘機隊が随伴しているのだが、今まで敵ワイバーンを完全阻止出来た試しは無い。
マスタング隊が敵ワイバーンと戦闘に入ってから早5分ほどで、5、60機ほどのワイバーンが、7000メートルの高度から
爆撃隊を覆うように近付いてきた。

「11時上方にマイリー!数は60騎近く!」

胴体上方の機銃手が、上ずった声音で報告してくる。
まだ周りに付いていたP-51が爆撃機から離れ、猛スピードで立ち向かっていくが、数は12機ほどしか居ない。
これでは、敵編隊の突進を防ぐことは不可能である。
早くも、敵ワイバーン隊の一部が急降下を開始した。

「敵ワイバーン、183飛行隊に向かいます!」

そのワイバーン中隊は、P-51の正面攻撃を受けて2騎が撃墜されたが、残りは迎撃を振り切って猛速でB-17群めがけて突っ込んでいく。
183飛行隊のB-17群が、ワイバーンに向けて12.7ミリ機銃を撃ち始めた。
まず1番騎が、多量の火箭をまともに浴びて、瞬時に叩き落とされる。その次の瞬間に、2番騎が光弾を連射する。
光弾は、183飛行隊の一番左側を飛んでいたB-17の胴体に命中したが、機体自体にはかすり傷しか付かなかった。
次いで、3番騎、4番騎が機銃弾の弾幕を必死にかいくぐって、距離200まで接近してから光弾を撃ち放った。
3番騎の光弾は胴体の右側に逸れたが、4番騎の光弾は左主翼に命中した。
だが、これも外板の表面をささくれさせただけで、致命的な損害を与えるには至らない。
5番騎以降は、別のB-17に襲い掛るのだが、逆に返り討ちに会うか、光弾を発射しても弾が当たらず、当たってもB-17は
応えた様子を見せない。
ウーラントヌ少佐は、第1中隊のワイバーン全ての攻撃を受けても、落ちるどころか煙すら吐かないB-17を見て驚いてしまった。

「噂には聞いていたが、これほどまでに硬いとは・・・・・!」

驚く時間は余り無かった。

「次は俺達だな。」

第1中隊が一旦降下していった今、次はウーラントヌが率いる中隊の番である。

「ええい、負けてなるものか!」

彼は気合いを入れるように叫んだ後、敵フライングフォートレスの群れに向けて急降下を始める。
相棒が彼の指示に従い、体を左側にくるりと横転させるや、まっしぐらに敵機群に向かい始める。
距離が300グレルになった所で敵機群が機銃を撃ってきた。
無数の曳航弾が彼目掛けて注がれる。その余りにもすさまじい防御射撃の前に、ウーラントヌの肝はすっかり冷えてしまった。
彼は、今日初めてアメリカ軍機を見た。そして、戦うのも今日が初めてだ。
今まではルークアンド北方やレンベルリカ方面で任務に当たっており、今までに体験した戦闘も、殆どは一方的な虐殺に等しい物であった。

だが、今日の戦闘は、これまでに体験した戦闘と比べて激烈かつ、恐ろしい物であった。
彼は顔を真っ青に染めながらも、巧みに愛機を操って、機銃弾を交わし続ける。
時折機銃弾が防御結界に当たり、嫌な音が発せられるが、ウーラントヌはそれを気にする余裕が無くなっていた。
気が付けば、敵の爆撃機は100グレルも無い位置に居た。
彼は相棒に光弾を発射させる。5秒間ほど、ワイバーンの口から熱を帯びた光弾が発射され、それが敵大型機の左主翼や、2つの発動機に
命中して破片が飛び散るのを確認した。
そこまで見えた瞬間、彼は敵爆撃機の下方に飛び抜けていた。
一瞬、後ろでボン!という何かが破裂するような音が聞こえたが、ウーラントヌが分ったのはそれだけで、後は愛騎を敵の機銃の
射程外まで飛ばすのに意識を集中させた。
183飛行隊のクルー達は、一番左側に居た僚機が敵ワイバーンによって左主翼を火達磨にされ、急速に高度を落していくのを目の当たりにしていた。
敵第2編隊の1番騎は余程の手練れなのであろう、12.7ミリ機銃の弾幕射撃を巧みにかわしながら、距離150メートルほどで光弾を叩き込んだ。
その次の瞬間、左主翼の内側のエンジン部分から火が噴き出した。この時は、自動消火装置が作動して火災が収まりつつあり、大事に至らずに済むと
思われたのだが、2番騎と3番騎の追い打ちがこのB-17に致命的な損害をもたらした。
数発の光弾は、火を消し止めようとしていた自動消火装置を吹き飛ばした。これによって、消えかけていた火災は再び拡大し、エンジンを止めねば
燃料に引火して爆発する危険が高かった。
だが、3番騎の光弾はもう一つのエンジンを直撃した。
光弾は3枚のプロペラを一息の元に吹き飛ばし、次いで数発がエンジン内部に飛び込んで、シリンダーや送油パイプを吹き飛ばした。
エンジンからは火が吹き上がり、この時に限って作動するはずの自動消火装置はうんともすんとも言わなかった。
10秒ほどで火災は広がり、B-17のクルー達が恐怖に顔を歪めたとき、左主翼の燃料タンクは爆発を起こした。
左主翼を失ったB-17は、バランスを崩して急速に高度を落し、緑の広がる大地に突っ込んでいった。
敵ワイバーン群は、執拗に183飛行隊を狙い続ける。
183飛行隊の弾幕射撃は、1機が欠けたにもかかわらず熾烈であった。
熾烈どころか、前よりも激しいとすら感じられる。
不運なワイバーンは、編隊の内側に突っ込もうとして、予定されたコースよりもやや内側に入ってしまう。
そこをB-17の十字砲火を受け、竜騎士、ワイバーン共々高速弾によって四肢を千切り飛ばされ、胴体を無残に切断された。

「機長!2時上方より敵編隊!」

胴体上方機銃手の声を聞いたオロフ・ヒョードル軍曹は、機銃の筒先を言われた方角に向ける。

「ほう・・・いやがったぜ。」

彼は、雲の切れ間に居る10騎前後のワイバーンを見つけた。機銃の照準器を、見え隠れするワイバーン群に合わせ続ける。
敵ワイバーンがまたもや雲に隠れた、と思った直後、その雲から1騎のワイバーンが出てきた。

「敵ワイバーンが降下開始、向かってくる!」

ヒョードルはそう言いながら、銃把を強く握りしめた。彼は目測で、敵ワイバーンとの距離を測る。
(距離700まで近付いたら射撃開始だ。)
彼は内心で呟きつつ、敵ワイバーンを睨み続けた。
開け放たれた窓からは、ひんやりとした空気が流れてくるのだが、分厚い飛行服に防弾ベストを身に付けているため、体に籠もる熱は徐々に上がっていく。
気温が氷点下になっているにも関わらず、ヒョードルの額は汗で塗れていた。

「さあ来い!マイリー!」

ヒョードルはそう叫びながら、先頭のワイバーンが距離700に近付いたのを見計らって機銃を撃った。
ドダダダダダ!というやや重々しい発射音がなり、薬室から熱せられた薬莢が勢いよく弾き出される。
曳航弾が敵ワイバーンに向かっていくが、弾は左側に逸れていた。
代わりに、横合いから向かってきた曳航弾が敵ワイバーンに突き刺さった。
敵ワイバーンは魔法防御を施しているのだろう、周りに貼ってある球状の結界が明滅する。
その明滅する光に向かって、ヒョードルは追い撃ちをかけた。
ワイバーンに機銃を撃っているのはヒョードルだけではない。
胴体上方機銃座のスタック軍曹も、2丁の機銃を激しく撃ちまくっていた。
ワイバーンの1番騎は、やがて防御結界を破られて高速弾を受ける。右の翼に被弾が集中し、次の瞬間、翼が千切れた。
敵騎は光弾を吐く事すらかなわず、そのまま錐揉み状態になって墜落して行った。

2番騎が200メートルまで迫ると、光弾を放ってきた。
ヒョードルは、その光弾が自分に向かっていると気付き、咄嗟に機銃から手を離して床に伏せた。
ガンガンガン!という音が鳴り、機体が軽く振動する。光弾はヒョードルが居た所から僅か1メートル手前に着弾し、外板が弾け飛んだ。
光弾は装甲板を貫通できなかったため、彼の後ろに居たヨーツンが貫通した光弾によって串刺しにされる事はなかった。
むくっと起き上がったヒョードルは、下方に消えた2番騎の代わりに、今しも迫ろうとしていた3番騎に機銃弾を撃ち込んだ。
だが、3番騎は右に左にと、ワイバーンらしい機動で機銃弾を避けるや、距離100メートルで光弾を撃ってきた。
機体にまたもや被弾の音が鳴るが、操縦席やエンジンといった重要箇所には光弾は当たっておらず、機体は依然として、快調に飛行を続けていた。

「あっ!183飛行隊でまた1機が・・・・!」

戦闘中に、僚機が味方機の被弾を伝えてくる。183飛行隊の所属機がまた1機被弾したのだ。
しかし、183飛行隊の様子を気に掛けている暇はない。今は自分たち自身も危ないのだ。
だから、ガーフィー中尉を始めとするクルーは、報せを聞いたときに一瞬ばかり顔をしかめただけであった。
そのまま激しい戦闘が続いていく。
下方に飛び抜けていったワイバーンは、反転してB-17群の下方から襲い掛ろうとする。
それを察知したB-17群は、向けられるだけの機銃を指向して撃ちまくる。
10機以上のB-17が放つ弾幕射撃はなかなかに恐ろしい。
B-29のような弾幕射撃望めないが、それでも20丁以上の12.7ミリ機銃が放つ防御射撃は、それなりに威圧感を与えた。
運の悪い1騎のワイバーンが、顔面に機銃弾を叩き込まれて、ただの1発で撃墜される。
上方から飛び抜けたワイバーンは、すぐ下方にいた別のB-17群の真上に出る形となり、たちまちのうちに蜂の巣される。
マオンド側も負けてはいない。
とあるワイバーンは、B-17の真正面から突っかかってきた。
B-17Gは、正面なら胴体上方と、機手下部の4丁の機銃を指向できる。
4丁の機銃は、真正面から向かってくるこの勇気あるワイバーンを猛射した。
ワイバーンは、4条の火箭をなんとかかわそうとするが、時折機銃弾が至近を掠め、何発かはワイバーンの翼に命中してワイバーンが苦痛に呻く。
だが、ワイバーンは致命弾を受けることなくB-17に接近し、距離70メートルという近距離で、なんとブレスを吐き出した。
B-17のパイロット達は、突然現れた火の玉を見て驚愕の表情を浮かべたが、その1秒後には紅蓮の炎が操縦席や爆撃手席を席巻し、
まずは不運なこの3名のクルーが焼き殺された。

機首から火災を起したB-17は、黒煙を吐きながら墜落していく。
別のB-17は、真下から3騎のワイバーンに襲われた。
胴体下方機銃が狂ったように撃ちまくり、ワイバーン1騎がずたずたに引き裂かれたが、2騎が胴体下部・・・・爆弾倉の辺りに光弾を
たらふく叩き込んだ。
合計で5、60発の光弾を叩き込んだワイバーンは、すぐにB-17から離れていった。
その5秒後、突如としてB-17は大爆発を起こした。
光弾は、一部が爆弾倉内に到達し、爆弾に命中していた。
光弾が命中した爆弾は、不思議なことにすぐには爆発せず、しばらくは夥しい煙を発していただけであったが、やがては炸裂した。
この炸裂によって、胴体内にあった10発以上の500ポンド爆弾が誘爆し、全長20メートル、全翼30メートル以上の巨体は、
自ら積んできた爆弾の炸裂によって木っ端微塵に砕け散った。

「くそ!今日のマイリー共は、一段と激しい攻撃を加えてくるな!」

ガーフィー中尉は忌々しそうに叫んだ。
これまでの出撃でも、僚機が撃墜されることはあったが、このマオンド戦線に限っては、撃墜される機は多くても5機ほどで、これは1日の
作戦で生じた被害である。
だが、今日は、爆弾を落す前に既に4機が撃墜されている。損傷した機体は撃墜された機よりも更に多いであろう。
B-17群は、必死に機銃を乱射してワイバーン群を撃っているのだが、敵ワイバーンも強かであり、容易に捉えることが出来ない。
凄惨な戦闘が永遠に続くのかと、B-17のクルー達が思い始めたとき、

「見えたぞ。レネスコだ。」

ガーフィーは、地上に都市らしき物を見つけていた。その都市こそ、672、673BGの目標となるレネスコであった。
それまで、B-17群の周りにまとわりついていたワイバーン群が、ささっと離れていく。

「飛びトカゲ共が去っていったぜ。」

ヒョードルは、編隊から離れていくワイバーンの群れを見ながら呟いた。

ドン、という音がしたかと思うと、機体にカン、カンという何かが当たる音と振動が伝わってくる。

「敵の高射砲だな。」

ヨーツン軍曹が無機的な口調で言う。気が付けば、B-17隊の周囲には無数の高射砲弾が炸裂していた。
とある砲弾が、やや近めの位置で炸裂する。爆風の煽りを受けた機体が横にふらつき、ガーフィーは慌てて操縦桿を握って、姿勢を保つ。

「指揮官機より各機へ、これより爆撃行程に入る。目標はレネスコ西北部にあるマオンド軍物資集積所、並びに隣接する魔法関連施設及び軍事施設。
672BGは物資集積所。673BGは魔法関連施設及び物資集積所を狙え。」

自分たちに割り当てられた目標を聞いたガーフィーは、すこしばかり安堵した。

「物資集積所なら、的はでかいな。」
「しかし、673BGは難儀しますね。」

副操縦士が心配そうな口ぶりで言う。

「673BGの目標は、一応都市の郊外になりますが、東に700メートル離れた場所は民家が立ち並んでいます。一歩間違えれば、
自分らはこの国の人達から恨みを買いますよ。」
「だが、レネスコはマオンドが外地に作った魔法石関連施設の中ではかなり大きい部類に入る。ここを潰せば、少なくともヘルベスタン領
西岸の敵部隊は魔法石の供給が満足に出来なくなる。獲物が目の前にある以上、後は、あちら側の教導機の爆撃手がうまくやるのを祈るだけさ。」

ガーフィーは、他人事のようにそう言う。
やがて、672BGと673BGのB-17が二手に別れた。
32機に減った672BGのB-17群は、編隊先頭にいる指揮官機兼教導機の後ろに付きながら、目標へと近付いていく。
高度は先と変わらぬ6000メートル。マオンド側の高射砲は、依然として砲撃を続けている。

周りに小さな黒煙が次々に沸き起こり、B-17群は砲弾の破片を機体のどこかに必ず受ける。
爆弾投下地点まであと3マイルに達したとき、指揮官機が爆弾倉を開いた。これに習って、他の機も爆弾倉を開く。
今回搭載している爆弾は、183飛行隊は500ポンド爆弾11発。
ガーフィーの所属する192飛行隊が同じく500ポンド爆弾11発。
最後の198飛行隊は前の2飛行隊と違って、500ポンド集束焼夷弾を11発搭載している。
作戦としては、183、192飛行隊が破壊力のある500ポンド爆弾で敵の物資をあらかた破砕し、とどめに198飛行隊の500ポンド
集束焼夷弾で既に使えなくなった物資や、ゴミに紛れて未だに使える物資、まだ健在な物資や兵員を一緒くたに焼き払う。
これが、672BGが考えた作戦であり、彼らはこの案の通りに敵の物資集積所を叩こうとしていた。

「爆弾投下まで、あと1マイル。」

爆撃手が目標までの距離を知らせてくる。ガーフィーらは、教導機の通りに動けば良いだけだ。
爆撃の下準備は教導機がやってくれるため、後続機の爆撃手は、教導機の爆撃手と比べていささか楽である。
183飛行隊の先頭に立つ教導機が、爆弾倉から黒い物を吐き出した。これに習って、残り9機のB-17が爆弾を落としていく。
爆撃目標は、眼下に広がる物資集積所だが、集積所と言うには民家らしき物がかなりある。
町の西半分は、数年前に起きたマオンド軍の侵攻時の戦禍で復興できていないのか、瓦礫らしき物が多数見えるが、その所々に整然と
並べられた木箱が見える。
東半分は建物が並んでいるが、人が居る気配は全くない。

「人が居たら俺達が困るな。」

ノルデン照準器を覗いていた爆撃手のペック少尉が、冷や汗を流しながら呟く。

「スパイの情報では、この旧市街には人は居ないと言っていた。それに偵察機からの裏付け調査も行っている。だからは安心して、
俺達は敵の補給基地と化したこの旧市街に爆弾を落とせるわけだが。」

ペック少尉は、もしもの場合を考えかけたが、彼はそれ以上考えずに、照準器の向こうの目標を見続けた。

192飛行隊の指揮官機が爆弾を落とした。それに習って、ガーフィー機も開かれた爆弾倉から500ポンド爆弾を投下する。
その直後、後方から何か閃光が走った、と思った直後に、耳を聾するような大音響が響いた。

「7番機被弾!直撃です!!」

尾部機銃手が、泣かんばかりの声音で報告してきた。

「何ぃ!7番機だと!?」

ガーフィーは、先とは打って変わった口調で聞き返した。

「はい!7番機です!レディ・リリエラが爆弾倉に・・・・・!」

尾部機銃手はそう答えてきたが、ガーフィーは信じられない気持ちに包まれていた。
レディ・リリエラ号の機長は、ガーフィー中尉の先輩であり、常に尊敬していた人でもあった。
4ヶ月前に、ミスリアルでダークエルフの女性と結婚式を挙げた際、ガーフィーは飛行隊の機長やクルー達総出で出席し、大いに祝った物だ。
搭乗機の名前であるレディ・リリエラは、その女性から取った物で、機首には弓を構える凛々しいダークエルフの女性が描かれており、
ノーズアートのすぐ上には42回の出撃数を現すマークが記されていた。
そのベテランの乗るB-17が、高射砲弾によって撃墜された。
尾部機銃手からの報告が真実だとするなら、機長を始めとする11名のクルー達は、何が起こったのかも分らぬまま、機体と共に散華したであろう。

「爆弾投下終わりました。」

爆弾倉に居たクルーからの報告で、ガーフィーは我に返った。

「よし、爆弾倉を閉じる。」

彼は、いつもと変わらぬ冷静な口調でそう答えた。

B-17群から投下された爆弾は、補給基地と化したレネスコの旧市街に過たず落下した。
ある500ポンド爆弾は、脆い石造りの屋根をあっさりと突き破り、内部で炸裂する。
内部に入っていた剣や盾を梱包した木箱が瞬時に爆砕され、その小振りな石造りの建物はものの見事に吹き飛んだ。
別の爆弾は、野積みになっている木箱の群れのど真ん中に着弾し、盛大に爆炎を吹き上げる。
無防備な木箱の群れは、至近にあった物は炎に焼かれ、次いで爆風によって瞬時に打ち砕かれた。
離れた場所にあった木箱や予備の荷台は、爆風によって飛んできた夥しい破片が突き刺さり、遅れてやって来た爆風に吹き飛ばされて、
勢いよく地面に叩き付けられる。
けたたましい音を上げて地面に叩き付けられた大量の木箱の中身は、大多数が役立たずのゴミと化していた。
183飛行隊、192飛行隊によって旧市街の半分が爆炎と黒煙に包まれる。
この時点で、集積所の物資は、2割ほどが完全に破壊され、3割が何らかの損傷を受けてしまった。
止めとばかりにやって来た198飛行隊が500ポンド集束焼夷弾を投下する。
この500ポンド焼夷弾は、中に小型焼夷弾が128発詰まっており、これらは高度1000メートルまで落下してから本体が開き、
多数の焼夷弾が広範囲にばらまかれた。
黒煙の向こうに焼夷弾が次々と消えていく。その数秒後には、煙の向こうで紅蓮の炎が吹き上がった。
高熱の炎は、健在な木箱や物資、破壊されてゴミと化した補給品、半壊した建物などを分け隔て無く炙った。
31機に減った672BGが旧市街の上空を通過した後、旧市街は各所で大火災を引き起こしており、その火災がまだ破壊されていない
木箱に引火してより大きな火災に成長しようとしていた。

午後2時20分 レネスコ市街上空

ウーラントヌ少佐の率いる第2中隊は、長い空中戦を終えてようやく基地に帰ろうとしていた。
B-17群が物資集積所や魔法石関連施設を爆撃した後、一旦は離れていたワイバーンは帰り際に攻撃を仕掛けた。
この攻撃で、新たに4機のB-17を撃墜したが、第5空中騎士団の損害も多く、今日だけで60騎中24騎も失ってしまった。
半数近くも失っておきながら、目標の防衛は果たせなかった。

「畜生・・・・」

ウーラントヌ少佐は、黒煙に包まれる旧市街や、魔法石関連施設を見つめた。
多数の爆弾を食らったこの2つの拠点は、今や業火に包まれている。
あの炎の中に、多くの補給物資や、魔法石等が炙られ、朽ち果てていくのだろう。

「フライングフォートレスは、スーパーフォートレスよりも高い高度を飛べないから、撃墜は可能だと飛行隊長は言っていた。
確かに、落とせはしたな。だが・・・・」

ウーラントヌは、戦闘中に敵重爆が予想以上に撃たれ強い事に終始驚きっぱなしであった。
発動機に致命弾を与えたと思ったら、煙を噴くだけで依然として飛行を続けるし、胴体にたらふくぶち込んでも、敵重爆はよほど
強固な装甲を施してあるのか、あまり応えた様子を見せず、逆に機銃から激しく打ち返される。
無論、撃墜した機もあった。だが、何機撃墜しても、敵の数はかなり多く、防備も非常に厚かった。
第5空中騎士団が受けた損害は、殆どが敵重爆との戦闘で生じた物だ。
敵爆撃機9機撃墜。味方騎の損害24騎。どう見ても、第5空中騎士団の敗北は明らかである。

「アメリカ軍には勝てなかったか。」

ウーラントヌは、苦々しい敗北感に苛まれながらも、部下と共に基地に帰っていった。

陸軍スィンク諸島派遣航空隊(6月12日現在)
第8航空軍(ユークニア島、南スィンク島駐留)司令官:クレア・シェンノート少将

南スィンク島駐留隊
第78戦闘航空師団
第61戦闘航空団
 第200戦闘航空群(P-40ウォーホーク48機)   
 第201戦闘航空群(P-63キングコブラ36機)
 第203戦闘航空群(P-47サンダーボルト48機)
第51戦闘航空団 
 第501戦闘航空群(P-38ライトニング48機)
 第515戦闘航空群(P-51マスタング48機)
 第561戦闘航空群(P-38ライトニング38機)

第82爆撃航空師団
第217爆撃航空団
 第417爆撃航空群(A-26インベーダー48機)
 第419爆撃航空群(B-25ミッチェル32機)
 第420爆撃航空群(A-20ハボック32機)
第220爆撃航空団
 第302爆撃航空群(B-24リベレーター48機)
 第303爆撃航空群(B-24リベレーター48機)

ユークニア島駐留隊
第80戦闘航空師団
第71戦闘航空団
 第407戦闘航空群(P-40ウォーホーク32機)
 第503戦闘航空群(P-38ライトニング48機)
 第504夜間戦闘航空群(P-61ブラックウィドウ24機)
第76戦闘航空師団
第72戦闘航空団
 第591戦闘航空群(P-63キングコブラ48機)
 第592戦闘航空群(P-51マスタング32機)
 第593戦闘航空群(P-51マスタング32機)

第64爆撃航空師団
 第383爆撃航空群(B-29スーパーフォートレス48機)
 第386爆撃航空群(B-29スーパーフォートレス48機)
 第387爆撃航空群(B-29スーパーフォートレス32機)
第89爆撃航空団
 第557爆撃航空群(B-25ミッチェル32機)
 第558爆撃航空群(A-26インベーダー32機)
 第563爆撃航空群(B-24リベレーター36機)

第10航空軍(タドナ島、チョルンス島、北スィンク島駐留)司令官:ジミー・ドーリットル少将
タドナ島駐留隊
第77戦闘航空師団
第337戦闘航空団
 第109戦闘航空群(P-47サンダーボルト48機)
 第110戦闘航空群(P-51マスタング48機)
 第111戦闘航空群(P-51マスタング48機)
第338戦闘航空団
 第205戦闘航空群(P-40ウォーホーク32機)
 第206戦闘航空群(P-38ライトニング48機)
 第207戦闘航空群(P-63キングコブラ32機)

第302爆撃航空師団
第39爆撃航空団
 第702爆撃航空群(B-25ミッチェル48機)
 第714爆撃航空群(A-26インベーダー32機)
 第715爆撃航空群(A-26インベーダー32機)
第40爆撃航空団
 第672爆撃航空群(B-17フライングフォートレス36機)
 第673爆撃航空群(B-17フライングフォートレス36機)

チョルンス島駐留隊
第340戦闘航空師団
第97戦闘航空団
 第408戦闘航空群(P-51マスタング48機)
 第409戦闘航空群(P-51マスタング48機)
第98戦闘航空団
 第653戦闘航空群(P-47サンダーボルト32機)
 第654戦闘航空群(P-38ライトニング48機)

第41爆撃航空師団
第229爆撃航空団
 第803爆撃航空群(B-17フライングフォートレス36機)
 第804爆撃航空群(B-17フライングフォートレス36機)
第266爆撃航空団
 第760爆撃航空群(B-17フライングフォートレス48機)
 第761爆撃航空群(B-17フライングフォートレス36機)
 第399爆撃航空群(A-26インベーダー32機)

北スィンク島駐留隊
第30戦闘航空師団
第8戦闘航空団
 第92戦闘航空群(P-51マスタング48機)
 第96戦闘航空群(P-51マスタング32機)
第9戦闘航空団
 第10戦闘航空群(P-51マスタング48機)
 第16戦闘航空群(P-51マスタング48機)

第576爆撃航空師団
第901爆撃航空団
 第852爆撃航空群(B-29スーパーフォートレス36機)
 第853爆撃航空群(B-29スーパーフォートレス36機)
第902爆撃航空団
 第841爆撃航空群(B-25ミッチェル48機)
 第842爆撃航空群(B-25ミッチェル48機)
 第847爆撃航空群(A-26インベーダー32機)

海軍・海兵隊スィンク諸島派遣航空隊
第3海兵航空団・統合航空隊(北スィンク島、チョルンス島)司令官:ウェイリー・アンダーセン少将

チョルンス島駐留隊
第32海兵戦闘航空隊(VMF32:F4Uコルセア48機)
第21海兵爆撃航空隊(VMB21:SBDドーントレス32機)
PBYカタリナ飛行艇12機
PB4Yリベレーター24機

北スィンク島駐留隊
第45海兵戦闘航空隊(VMF45:F4Uコルセア48機)
第23海兵爆撃航空隊(VMB23:SBDドーントレス32機)
第19海兵攻撃航空隊(VMA19:TBFアベンジャー32機)
PBYカタリナ飛行艇18機
PB4Yリベレーター24機
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