第202話 大西洋の嵐(前篇)
1484年(1944年)11月30日 午前4時 ゴホルドナ沖東200マイル地点
潜水艦アイレックス艦長、ウェルキン・ボイド中佐は、艦が潜望鏡深度に達したのを見計らってから、すかさず指示を下した。
「潜望鏡上げ。」
彼の口から言葉が発せられ、それが部下に復唱される。
そう間を置かずに、眼の前の潜望鏡が駆動音と共に上がって行く。
しばし間を置いてから、潜望鏡が上昇を止めた。
ボイド艦長は、制帽を真後ろにかぶり直し、潜望鏡に取り付く。
「周囲には……敵影ナシ、か。」
彼は、ひとしきり潜望鏡で周囲を確認した後、レーダー員に声をかけた。
「レーダー員。反応は無いか?」
「ハッ。対空レーダー、対水上レーダー、共に反応はありません。」
レーダー員からの言葉を聞いたボイド中佐は、頷いてから次の指示を下した。
「浮上!」
彼の命令を聞いたクルーが、艦を更に浮上させていく。
やがて、アイレックスの艦体は、未だ暗い夜の大海原に浮きあがった。
バッテリー駆動からディーゼル駆動に切り替えられたため、アイレックスの艦体は、ディーゼルエンジンのリズミカルな音を立てながら
海上を航行して行く。
程なくして、艦橋に見張り員が上がり、ハッチから出て所定の配置に付く。
同時に、見張り員の後から出て来た整備兵が、艦橋の前に設置されている丸型の格納筒の前に走り寄り、格納筒の中に入った兵員と共に
扉の開閉を手伝う。
ボイド艦長は、伸びた無精髭を撫でながら、艦橋に上がって来た。
「ふぅ~。やはり、久しぶりに外の空気を吸うと、生き返った気分になるねぇ。」
彼は、満足気な口調で、既に艦橋に上がっている当直将校に話しかけた。
「同感ですな。」
当直将校も、微笑みながら彼に言葉を返した。
「船がでかくなったとはいえ、潜水艦は潜水艦のままですからね。」
ボイドの指揮する潜水艦アイレックスは、今年の9月に竣工したばかりの最新鋭の潜水艦である。
全長は117メートル、幅は11メートルあり、基準排水量は3120トンと、前級のバラオ級潜水艦を凌ぐ大きさを持っている。
武装は21インチ魚雷発射管を前部に3基、後部に2基保有しており、対艦、対空用として、40ミリ連装機銃1基と20ミリ単装機銃1丁、
3インチ単装砲1門を後部甲板に接している。
エンジンは、ゼネラル・モータス社製ディーゼルエンジンを4基積んでおり、馬力は6400馬力。
速力は水上で18ノット、水中で9ノットが出せる。
これだけを見るならば、アイレックス級潜水艦は、前級のバラオ級潜水艦よりも魚雷発射管が少なく、エンジン出力は高いものの、速力は
劣っている方であり、性能ではバラオ級よりも下回っている印象がある。
だが、それは、アイレックスに与えられた機能を考えてみれば、代償と言っても致し方ない物であった。
アイレックスは、アメリカ海軍では初めて、水上機を搭載できる潜水艦として開発されており、艦橋と一体化している格納筒には、水上機1機が
搭載可能となっている。
また、格納筒の前には、水上機発進用のカタパルトが設置されており、作戦の際には、ここから水上機が射出される手筈になっている。
それ故に艦体は大きく、基準排水量は一昔前の軽巡並みのサイズにまでなっている。
また、艦のデザインも、これまでの潜水艦と異なっており、従来の潜水艦の艦橋が中央、または中央からやや艦首寄りになっているのに対して、
アイレックスは、中央からやや艦尾寄りになっている。
また、艦全体の大きさが増した事で、搭載する燃料も増え、航続距離はバラオ級潜水艦が巡航10ノットで12500マイルに対し、アイレックスは
巡航14ノットで38000マイルと、飛躍的に増大しており、長距離哨戒能力は米海軍潜水艦部隊の中でも突出している。
しかし、艦体が大型化した事で、艦の機動性は幾らか鈍っており、もし、マオンド海軍やシホールアンル海軍の駆逐艦に探知されれば、従来の艦よりも
撃沈される危険が高いと指摘されている。
とはいえ、長距離哨戒能力に優れた上に、水上機を搭載できる事は、敵地に対する偵察活動を容易に実行出来る事を意味しており、その点では、
アイレックスは画期的な潜水艦と言えるであろう。
アメリカ海軍は、来年の春までには、更に10隻の同型艦を就役させる予定で、今年だけでも大西洋戦線に2隻、太平洋戦線に2隻が回航される予定だ。
格納筒が音立てて開かれていく。
中からは、翼が折り畳まれた状態の水上機が姿を現し、格納筒内部に繋がっているカタパルト上に押し出されていく。
機体の中には2名の搭乗員が乗り組んでいる。パイロットがスイッチを押したのか、折り畳まれた翼が自動的に展開されていく。
「主役のお出ましたな。」
ボイド艦長は、やや掠れた声音で呟く。
カタパルトに引き出された水上機は、小振りながらも、そのほっそりとした機体が俊敏そうな印象を如実に醸し出している。
この水上機は、アイレックス級潜水艦に搭載するために、ブリュースター社が新たに開発した新鋭機である。
SO3Aシーラビットは、全長10.8メートル、全幅12.3メートルと、水上機としてはやや大柄であり、開発当初はアイレックス級の
格納筒に入りきらないではないか?という指摘があったが、その問題は、グラマン社の艦載機と、ほぼ同じ折り畳み機構を取り入れる事で
解決している。
武装は両翼に12.7ミリ機銃を2丁搭載し、爆弾を500ポンド、または対潜爆雷2発を搭載できる。
エンジンは、新たに水上艦に配備されたばかりのSC-1シーガルと同じライトR-1820-62空冷9気筒の1350馬力エンジンを
搭載している。
速力は、機体がもともと、S1Aハイライダーの設計を基に作られているため、機体には徹底した空気抵抗の減少が図られており、水上機
としては異例の522キロという高速力を発揮でき、フロートを取り外した場合は570キロまで上がる。
また、自動空戦フラップを搭載しているお陰で空戦能力も低くなく、万が一の場合は、高水準の空戦能力と、ハイライダーから譲り受けた
高速力を持って窮地を脱する事も出来る。
それに加え、航続距離も1800キロと、米海軍の水偵の中ではダントツの能力を持っており、現時点では米海軍一の水上偵察機と言えた。
シーラビットがカタパルト上に引き出されてから20分後、艦橋に飛行長のライリー・ゴードン大尉が上がって来た。
「艦長。発艦準備完了です。」
「よし、発艦だ!」
ボイド艦長は頷くなり、素早く命令を発した。
ゴードン飛行長が、カタパルトの側に立っている甲板要員に合図し、甲板要員が片手を上げる。
カタパルト上のSO3Aは暖気運転を終え、いつでも発艦出来る状態にある。
甲板要員が手を振りおろした。その直後、カタパルトが射出され、SO3Aの機体が猛速で引っ張られた。
瞬時に艦首を越えたシーラビットは、そのまま上昇に移って行った。
「上手く飛び上がったな。」
「ええ。後は、シーラビットから情報が送られて来るのを待つだけですな。」
「だな。それまでは、しばらく身を隠す事にしよう。」
ボイド艦長はそう返すと、発令所に潜航用意の命令を下した。
アイレックス搭載機の機長を務める、ティム・トランチ中尉は、威勢の良い声で後部座席の相棒に話しかけた。
「フリンツ!そっちの調子はどうだ!?」
「バッチリです!機上レーダー、通信機、共に異常なしです!」
後部座席に座るドイツ系アメリカ人のフリンツ・アイヒル兵曹長は大声で答える。
2人は元々、太平洋方面でPBYカタリナ飛行艇に乗り組んでおり、トランチ中尉はパイロット、アイヒル兵曹長は無線手として
同じ機に乗り組んでいた。
新鋭機であるSO3Aシーラビットの搭乗員に任命されたのは、今年の6月からであり、それ以来、2人はこの水上機の慣熟訓練を行って来た。
アイレックスには、10月の初めから乗り組みとなり、それ以降は艦上からの発艦や着水など、入念に訓練を積んで来た。
そんな彼らは、SO3Aに乗って以来、初めて、実戦任務に就く事になった。
「しかし、初めて与えられた任務が、ゴホルドナの航空偵察になるとはね。」
「現地には確か、敵の有力艦。竜母が居たようですね。」
「ああ。そう聞いている。その竜母の有無を確認するのが、俺達の仕事だ。」
「竜母の有無ですか……確か、マイリー共は2隻の竜母を有していると聞いた事があります。」
「俺達のお仲間が、2ヵ月前からちょくちょく見つけているようだな。」
トランチ中尉は、出撃前に飛行長から聞かされた話を思い出しながら、アイヒル兵曹長に答える。
コルザミ沖に、マオンド軍の竜母が確認されたのは、今から2か月前の事である。
当時、アメリカ大西洋艦隊司令部は、マオンド海軍の機動部隊は既に壊滅状態にあり、今後は脅威に成り得ないだろうと判断していた。
だが、潜水艦部隊は、幾度となく、正規竜母と思しき大型艦が、モンメロ沖海戦の生き残りである小型竜母と一緒に訓練を行っている姿を見つけていた。
大西洋艦隊は、10月頃にレンベルリカ連邦共和国の北部に潜水艦基地を設営してからは、哨戒潜水艦の数を増やし、10月中旬には、総計で
30隻の潜水艦が大陸の東海岸一帯に配備された。
その頃から、潜水艦部隊竜母部隊の捜索に躍起になったが、2隻の竜母を守る護衛艦はかなり手強く、竜母の近くに接近しようものならば、たちまち
猛攻撃を受けて撃沈されるか、撃退される艦が相次いだ。
大西洋艦隊司令部は、寡兵とはいえ、一応戦力を残しているマオンド機動部隊の存在に神経を尖らせた。
機動部隊と言う物は、保有する母艦の数が少なければ少ないほど、自由に行動が出来、上手く行けば神出鬼没の活躍を見せる事もある。
この敵機動部隊が、第7艦隊の動きを察知し、奇襲攻撃を企図しながらどこかの洋上で待ち伏せている事は考えられぬ事では無い。
特に、地上の航空部隊と連携を取られた場合は、非常に厄介な存在になる。
第7艦隊司令部は、万が一の事を避けるため、竜母部隊の母港とされているコルザミに偵察を行う事を決定し、命令はすぐさま、アイレックスに届けられた。
「しかし、陸軍のF-13が何度も偵察したのに、竜母の姿は無かったというのはどういう事なんでしょうかねぇ。」
アイヒル兵曹長の言葉を聞いたトランチ中尉は、思わず首を捻った。
「さあな。最も、陸さんの連中は、常に高度1万メートル上空から航空偵察を行っている。もしかしたら、それが竜母を見つけられない理由じゃねえか?と思うんだが。」
トランチ中尉はそう言ってから、ため息を吐いた。
「それはともかく。俺達はコルザミに行って、その竜母とやらを見つけるだけさ。」
「ですね。今の内に、心の中で祈っておきますか。」
「ああ、そりゃ名案だ。」
トランチ中尉は、そう返してからクスリと笑った。
11月30日 午前6時 グラーズレット沖南南西260マイル地点
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティ艦内にある作戦室で、第7艦隊司令長官であるオーブリー・フィッチ大将は、
情報参謀のウォルトン・ハンター中佐から報告を聞いていた。
「長官。潜水艦アイレックスから通信です。我が艦より発進せる偵察機は、コルザミ軍港に停泊する2隻の竜母を発見せる、との事です。」
「敵機動部隊の主役である竜母が、2隻共々軍港に居たか……となると、我々は敵に、横合いから突っ突かれる心配はしないで良いようだな。」
「はっ。そのように判断してよろしいかと。」
作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が相槌を打つ。
「側面の脅威が無くなった以上、我々はグラーズレットを思う存分叩く事が出来ます。」
「既に、第1次攻撃隊の発艦準備は整いつつあります。」
航空参謀のウェイド。マクラスキー中佐が発言する。
「第1次攻撃隊は、3個任務群に残されている艦爆、艦攻の約半数を投入し、第2次攻撃で残り半数を投入します。戦闘の推移によっては、
第3次、第4次攻撃隊の投入も行います。」
「グラーズレットへの攻撃は、昼間の航空攻撃で済ませるとして……問題はネロニカへの攻撃だな。」
フィッチは、今まで気に懸かっていた事を口にする。
「ネロニカの秘密施設の周辺には、要塞砲を始めとする敵の砲兵隊が布陣していると聞く。夜間に砲撃部隊が突入するが、敵が戦艦部隊が遡上して
くると知れば、全力で反撃して来るだろう。航空参謀、夜間攻撃隊の編成を幾らか増やす事はできんかね?」
フィッチは、マクラスキーに問う。
「長官。確かに、要塞陣地を弱体化させるには、攻撃隊の編成を増やす必要がありますが…現時点では、まともに夜間攻撃を行える航空隊を有している母艦は、
イラストリアスとワスプだけです。勿論、他の母艦航空隊も夜間飛行が出来る技量は有しておりますが、夜間攻撃は、大規模に行うと空中衝突や誤爆の危険性が
高まります。それ以前に、通常編成の航空隊を有している母艦は、正規空母でイラストリアス、ワスプ、レンジャーⅡ、軽空母でハーミズのみ。残りは全て、
戦闘機主体の航空団を乗せています。」
「ふむ。要するに、揃えようとしても頭数が足りん、と言う事だな。」
「はい。」
マクラスキーは頷く。
「それに加えて、グラーズレット空襲の際に艦爆、艦攻にも損耗が出ますから、実際に出せる数は少なくなるかと思われます。その穴埋めとして、
攻撃隊にはロケット弾装備……または、爆装した戦闘機を多数随行させます。」
フィッチはマクラスキーの説明を聞きながら、第1次、第2次攻撃隊の編成を思い出した。
今から発艦する第1次攻撃隊は、TG72.1からF6F36機、F4U54機、SB2C20機、TBF16機。
TG72.2からF6F24機、F4U36機、SB2C16機、TBF12機。
TG72.3からF4U52機、SB2C18機、TBF14機、計298機が発艦する。
第2次攻撃隊はTG72.1からF6F28機、F4U36機、SB2C8機、TBF8機。
TG72.2からF6F18機、F4U28機、SB2C10機、TBF12機。
TG72.3からF4U36機、SB2C9機、TBF10機、計203機が発艦する予定になっている。
出撃前、TF73は護衛空母から艦載機の補充を受けている。
その際、艦爆、艦攻を以前よりも若干多く積んでいるため、機動部隊全体で153機の攻撃機を有している。
だが、その153機という数は、決して多くは無い。
弱体化した攻撃力を補填するために、第1次攻撃隊はF4U24機、F6F18機がロケット弾装備、または500ポンド爆弾を装備し、
第2次攻撃隊ではF4U18機とF6F12機が、第1次攻撃隊と同じ装備で敵地攻撃に当たる。
昼間のグラーズレット空襲は、この編成で何とか行う算段である。
だが、夜間攻撃隊に使用する攻撃機は、戦闘機を使う事は不可能であるため、この少ない153機の中から抽出するしかない。
その少数の攻撃隊しかない今、ネロニカ河に布陣する要塞陣地を攻撃するには、戦力が足りない。
「昼間は何とかなるでしょうが、夜間攻撃隊は、戦力の薄さから見て、せいぜいダムの破壊が精一杯となるでしょう。」
「ふむ……では、要塞の破壊は砲撃部隊に任せるしかない、と言う訳か。」
「攻撃目標をグラーズレットから、ネロニカに変更すれば、要塞陣地も叩き潰す事は可能でありますが、そうしますと、敵に我々が、極秘施設の
破壊が狙いであると判断され、極秘施設を破壊される前に、敵が重要機密を持ち逃げする可能性があります。それに加え、ネロニカ周辺には、
100騎単位のワイバーン隊が収容されているワイバーン基地が2つもあります。このワイバーン部隊が全て防御に回れば、航空攻撃も満足に行かず、
敵に時間を稼がせる結果になりかねません。」
「航空参謀の言う通りです。」
作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐も言う。
「そうならぬように、我々は昼間、グラーズレットを徹底的に叩き、そして、敵の戦力をこちらに向けさせるのです。」
「うむ。確かに、それが妥当だな。」
フィッチは納得したように頷いた。
「諸君の考えは良く分かった。とりあえず、ここは当初の案通りに動くとしよう。航空参謀、攻撃隊の準備はどうなっている?」
「はっ。もうそろそろ発艦準備は終わる頃合いかと思われます。」
マクラスキーがそう返事した直後、作戦室に通信将校が入室し、ハンター情報参謀に紙を渡した。
ハンター中佐は紙面に書かれた内容を一読した後、フィッチにそれを伝えた。
「長官。TF72司令部より通信です。これより、第1次攻撃隊を発艦させり。」
ハンターの言葉を聞いた後、フィッチは、オレゴンシティの艦体が右に回頭していくのがわかった。
「よし。いよいよ、作戦開始だな。」
フィッチの何気無い声音が、作戦室内に響き渡った。
11月30日 午前8時 グラーズレット
港町グラーズレットの中心部にある防空司令部に第一報が入った時、時刻は午前8時丁度を指していた。
「司令!洋上の哨戒艇より魔法通信です!グラーズレット南方40ゼルド付近で敵大編隊見ゆ!数は約200以上、グラーズレットに向かう!」
「何?それは誠か!?」
洗面台の前で、髭を剃っていた司令官は、仰天したように叫んだ。
「はっ!確かな情報です!」
「何という事だ……すぐに迎撃の準備に当たらせろ!それから、偵察ワイバーンからは情報は入っていないか!?」
「いえ、偵察ワイバーンからは何の連絡もありません!」
司令官は返事を聞くなり、無意識に舌打ちをした。
「あと何騎か偵察ワイバーンを飛ばせ!敵編隊が現れた位置からして、敵の機動部隊が近海をうろついているかも知れん。すぐにかかれ!」
司令官は、過去にもグラーズレットが、米機動部隊の空襲で痛い目に遭っている事を知っているため、判断が素早かった。
司令官はすぐに髭剃りを止め、慌てて服を着てから司令部に戻った。
10分後、新たな情報が入った。
「洋上監視艇より報告!敵戦爆連合編隊は現在、グラーズレットの南南西30ゼルド付近まで接近せり!敵の数は約300機!」
「300機か……アメリカ人共め、またぞろぞろとやって来たな。」
司令官はそう呟きながら、グラーズレット周辺に配備されているワイバーン部隊の編成図を脳裏に思い浮かべる。
グラーズレットの郊外には、3つのワイバーン基地がある。
グラーズレット市西には、第30空中騎士団、北には第31空中騎士団、東には第35空中騎士団がいる。
3個空中騎士団が、グラーズレット市を取り囲むように配置され、敵の攻撃が差し迫った時は、この3個空中騎士団のワイバーンが迎撃し、
敵が来れば攻撃ワイバーンを送って撃滅させる手筈になっている。
だが、その数は多いとはいえなかった。
3個空中騎士団の戦力は、それぞれワイバーン40騎から、50騎前後程であり、全体を合わせても150騎程である。
それ以前に、早朝の偵察に7騎のワイバーンを飛ばしているため、戦力は150を割っている。
元々、この3個空中騎士団にはもっと多くのワイバーンが居たのだが、3日前に本国西部の戦線に補充として、各空中騎士団から40、
又は50騎程が抽出されており、各空中騎士団の戦力は5割程度か、それ以下しか残っていなかった。
「敵が300機に対し、こっちは150騎足らず。ネロニカには200騎ほどが残っているが、こっちには指揮権は無い。とすると、
私はこの150騎足らずのワイバーンで頑張るしかないな。」
司令官は、悲壮な気持ちになりつつも、義務は果たすと心中で決意した。
アメリカ軍攻撃隊は、午前8時30分に姿を現した。
司令官の命令によって飛び立った迎撃のワイバーン隊は、米編隊の姿を見るや勇敢に立ち向かって行った。
だが、米攻撃隊はワイバーン群の迎撃を撥ね退けながら、グラーズレットに到達。
午前8時40分、最初の爆弾が、グラーズレット港で炸裂した後、米攻撃隊は好き放題に暴れ始めた。
アメリカ軍の第1次攻撃隊は、攻撃目標をグラーズレット港並びに、グラーズレット西にあるワイバーン基地に定めていた。
マオンド側は、対空砲火を盛大に撃ち上げて必死に応戦したが、米攻撃隊の猛攻は食い止められず、逆に、アメリカ軍機によって返り討ちに
遭う対空陣地が続出した。
午前9時10分には、アメリカ軍機は潮が引くように去って行ったが、それと入れ替わりに、新たな米攻撃隊がグラーズレットに殺到した。
午前9時40分 グラーズレット港南10ゼルド付近
「来たぞ、アメリカ軍機だ!」
第31空中騎士団第2中隊の指揮官であるキルフェグ・イスラウク少佐は、部下に魔法通信を送った。
眼前には、夥しい数のアメリカ軍機が、緊密な編隊を組みながら、グラーズレットに進みつつある。
その数、ざっと見ても200は下らないように思える。
「くそ、あんなに居やがるとは……こっちは100騎足らずしか居ないっていうのに!」
イスラウク少佐は、歯噛みしながら呟く。
先の戦闘で、142騎居たワイバーンは、被撃墜騎や、損傷騎が続出した結果、今では97騎にまで減っている。
イスラウク少佐も、先の戦闘では自騎も含めて12騎で中隊を編成していたが、今は自分の他に、7騎を率いているのみだ。
それに対して、眼前のアメリカ軍機は、控えめに見積もってもこちらの倍近くは居る。
迎撃する物と迎撃される物……どちらが不利であるかは明白であった。
「こちら指揮官騎!全騎に告ぐ。これより敵編隊を迎撃する。1機たりとも逃がすな!」
指揮官の甲高い声音が、魔法通信によって頭の中に流れて来る。
その威勢の良い言葉を聞いたイスラウク少佐は、返事の魔法通信で応と答えつつも、内心では無茶だと確信していた。
(1機たりとも逃がすなと言うが……不利なのはこっちの方だ。下手したら、こっちが1騎残らず叩かれる、という事もあり得るぞ)
イスラウク少佐は内心で不安になりつつも、部下に指示を下し、指定高度の3000グレルまで上がって行く。
相棒のワイバーンは、先の戦闘の疲れを感じぬとばかりに、力強く左右の翼を振らせながら、体を指定高度まで上げていく。
(無茶をさせて済まんな、相棒)
イスラウク少佐は、内心で相棒を労わった。
先の空襲が終わった後、イスラウク少佐はワイバーン基地に戻ったが、休憩は15分ほどしか取っておらず、敵編隊接近の急報と共に、
再び上空に上がっている。
十分に休養を取っていないため、ワイバーンも、竜騎士も疲れていたが、彼らはそれを承知で米攻撃隊に挑もうとしていた。
指定高度に到達した迎撃隊は、それから5分と経たぬ内に、米軍機と交戦を開始した。
先に仕掛けて来たのはアメリカ軍機であった。
敵の先頭は、翼の付け根が極端に降り曲がった飛空挺が務めており、それが轟音をがなり立てながら急上昇し、下降しつつあったワイバーンに
突っかかって来た。
「敵の先頭はコルセアか……こりゃ厄介だな。」
イスラウク少佐は、その敵機の名前を口にする。
ヴォートF4Uコルセアは、敵機動部隊の艦載機として、今年の10月頃から急速に数を増やしつつある。
コルセアは、ヘルキャットと同様に、ワイバーンと比べれば繊細な動きが出来ず、格闘戦に引き込めば、その鈍い動作が仇となって容易に
落とせる事が出来るが、アメリカ軍もそれは承知しており、敵は常に、2機1組となってワイバーンに襲い掛かって来る。
これがかなり厄介であり、ベテランの竜騎士も、この連携プレイには頭を悩ませている。
イスラウク少佐の中隊も、第1中隊に続いて降下を始めた。
下界には、緊密な編隊を組みながら、飛行しているアメリカ軍機がいる。そこから、何機ものアメリカ軍機が迫ってくる。
先頭の第1中隊が米軍機と正面で撃ちあった後、第2中隊に撃ち合いを終えたばかりのアメリカ軍機が迫って来た。
イスラウクは、1機のコルセアに狙いを付け、距離が300グレルに迫った所で光弾を放てと命じた。
ワイバーンの口から光弾が放たれる。同時に、部下のワイバーンも一斉に光弾を放つ。
申し合わせたかのように、コルセアが両翼から発砲炎を噴き出す。
敵機から、6本もの火箭がイスラウク騎に向かって来る。
敵の機銃弾が、音立てて周囲を飛び去って行く様子は、何度体験しても心地よい物ではない。
敵の機銃弾がイスラウク騎が貼った魔法の防御結界に当たり、パシンという音を立てて弾かれる。
10機ほどのコルセアが、機銃弾を乱射しながらイスラウクの第2中隊とすれ違って行く。
そのまま、コルセアの第2編隊、第3編隊と正面から撃ち合ったが、幸いにも、彼の中隊からは被撃墜騎は出なかった。
中隊は高度2000グレルまで降下してから、上昇に転じた。
「よし、何とか敵編隊の下に回り込む事が出来た。」
イスラウク少佐は、やや安堵する。
先の迎撃では、敵攻撃隊に近付くことすらままならなかったが、今回は敵攻撃隊に近付くチャンスを掴む事が出来た。
「このまま敵編隊に突っ込む!目標は爆弾を抱いたアベンジャーとヘルダイバー、それに敵の戦闘機だ!思う存分にやれ!」
「了解!」
イスラウク少佐の言葉に、中隊の全員が張りのある声音で応じた。
中隊は2騎1組に散開し、思い思いの目標を定め、それに突っ込んでいく。
イスラウク少佐は、アベンジャーの隣を飛行しているコルセアに目を付けた。
「居たぞ。推進型炸裂弾を積んだコルセアだ。あいつを狙う!」
彼は、随行してくる2番機に指示を下すと、狙ったコルセアに向けて突進した。
コルセアも気が付いたのか、4機が翼を翻して向かって来る。
その動きは、どこか鈍いように感じられる。
(推進型炸裂弾を積んでいる分、動きが更に鈍くなっているな)
彼は、心中でそう呟きつつ、狙ったコルセアとの距離が縮まるのを待つ。
距離が400グレルに迫った所で、先にコルセアが発砲して来る。
だが、パイロットは狙いを外してしまったのか、6本の火箭は見当外れの場所に流れていく。
(射撃のタイミングが早過ぎるし、動きも良いとはいえない。コルセアの搭乗員は恐らく新人だな)
イスラウク少佐は内心そう思いながら、距離が200グレルに迫った所を見計らって、コルセアに光弾を浴びせかけた。
イスラウク騎と2番騎は、共に1機のコルセアに光弾を放った。
光弾は、コルセアを包み込み、その直後に被弾と思しき火花が、機首や胴体で散るのが見えた。
コルセアが発動機部分と、胴体から白煙を引いたのを確認した所で、イスラウク騎と2番騎はその4機編隊とすれ違った。
イスラウク少佐は、すぐさまアベンジャーに狙いを付ける。
彼のワイバーンと2番騎は、アベンジャーの右側下方から肉薄し、先程と同じく、200グレルから光弾を連射した。
狙われたアベンジャーとは別のアベンジャーが、胴体下部に付いている機銃を乱射して来るが、全く当たらない。
アベンジャーは、胴体下部や翼に光弾を叩きつけられた。
光弾を撃ち込んだアベンジャーが煙を引いたのを確認したイスラウクと2番騎は、すぐに旋回降下を行い、敵編隊から離れていく。
(よし、まずはアベンジャー1機と、コルセア1機撃破、という所だな)
イスラウク少佐は、まずまずの成果に内心で頷きながら、次の行動をどうするか、頭の中で考える。
その時、2番騎から魔法通信が飛び込んで来た。
「少佐!後方上空よりヘルキャットです!」
返事をする暇も無く、イスラウクは咄嗟に相棒に指示を下す。
ワイバーンの体が急激に動き、くるりと右にロールを行いながら、背面方向に向きを変える。
2番騎もイスラウク騎にならい、同様に動く。
唐突に機銃弾が飛び去る音が後方で成り、その直後に、2機のヘルキャットが発動機の轟音をがなり立てながら、背後を通り過ぎて行った。
「後ろから来たか!」
イスラウクは小さく叫んだ後、相棒に指示を下してあのヘルキャットを攻撃しようとする。
だが、2機のヘルキャットは、そのまま急降下したまま戻って来なかった。
まるで、2騎のワイバーンには興味を無くしたと言わんばかりである。
「クソ!あっさりと逃げやがった!」
イスラウク少佐は、汚い口調で叫んだ。
彼は気持ちを入れ替えると、敵攻撃隊への攻撃を続行すべく、2番騎と共に敵編隊へ向かい始めた。
「おお、味方のワイバーンも、何機か敵編隊へ攻撃出来ているな。」
イスラウクは、敵編隊の周囲で繰り広げられる死闘を見て、幾らか安堵した。
敵編隊は護衛戦闘機が少ないのか、7、8機のワイバーンがアベンジャーやヘルダイバーに攻撃を仕掛ける事に成功していた。
「おっ、アメリカ軍機が落ちて行くぞ。」
イスラウクは、真っ赤な炎を吹き上げながら、墜落して行く米軍機を見つけた。
その米軍機は、錐揉み状態になりながら海に向かって行く。形からしてヘルダイバーのようだ。
それに気を良くしたのか、ワイバーンの攻撃が更に激化する。
新たに、もう1機の米軍機が編隊から離れていく。今度はアベンジャーだ。
このアベンジャーも、右主翼から炎を吹きつつ、機首を下にしながら海面に向かって行く。
「よし!今回は調子が良さそうだな!」
イスラウクは、第1次空襲と違う状況に、今度こそは敵を阻止できるかもしれないと思った。
だが、それも糠よろこびに終わった。
ワイバーンが敵の攻撃機に取り付けた時間はごく短かった。
新たにヘルキャットやコルセアが現れ、攻撃隊を襲っているワイバーンに挑むと、たちまちの内にワイバーンは敵編隊の周囲から駆逐された。
「少佐!4時方向から敵です!」
2番騎の竜騎士から、新たな敵接近の知らせが入る。
「畜生!また来やがったか!」
4時上方から、4機のコルセアが猛速で接近しつつある。このまま敵編隊に向かい続ければ、避ける暇も無く蜂の巣にされるだろう。
(クッ……これじゃ、第1次空襲の時と何ら変わらんじゃないか!!)
イスラウクは、胸の内で叫んだが、体は自然に反応し、相棒のワイバーンは彼の指示を受け取るや、米軍機の射点を外すため、急機動で体の向きを変えた。
「おのれ。敵は食い止める事は、やはり無理だったか!」
グラーズレット市北にある第31空中騎士団のワイバーン基地で、5番銃座を指揮しているキルジ・シゴングザ曹長は、基地の上空に近付きつつある
米軍機の編隊を見るなり、悔しげに叫んだ。
基地内では、慌てて配置に付く者や、伝令役の兵があちこち駆けずり回っている。
アメリカ軍機の編隊は、ざっと見ても50機以上はいる。
その中の一部が編隊から離れ、急速に距離を詰めて来た。
「コルセアが攻撃隊の尖兵か。とすると、噂に聞く推進型炸裂弾を積んでやがるな!」
シゴングザ曹長は、先の第1次空襲で、米軍機が戦闘飛空挺に推進型炸裂弾……5インチロケット弾、並びに、爆弾を搭載して対空陣地の掃討や
施設の爆撃を行ったという話を聞いている。
アメリカ軍機が、第1次空襲と同じ方法で、このワイバーン基地を攻撃しようとしている事は容易に想像が付いた。
基地の周辺に配置されている高射砲が一斉に応戦する。
高度を下げ、猛速で突っ込みつつあるコルセアの周囲に高射砲弾が炸裂する。
高射砲は、砲員が汗みずくとなって必死に撃ちまくるのだが、断片を食らってよろめいたり、直撃を受けて爆散するコルセアは1機も見当たらない。
逆に、それがどうしたとばかりに発動機音を唸らせ、高速で基地に接近して来る。
やがて、魔道銃の射撃が始まった。
コルセアは、基地の南側から接近してきた。コルセアを迎え撃つ魔道銃は12丁で、シゴングザ曹長の5番銃座もその中に含まれていた。
それぞれの魔道銃は、光弾の弾幕をコルセアに叩きつけようとする。
1機のコルセアが機首に光弾の連射を食らった。
真正面から襲い掛かって来た光弾は、コルセアのエンジンに命中し、幾つかのシリンダーが破壊された。
エンジン部分から白煙を噴き出したコルセアは、急速に速度を落とす。
そこへ追い討ちだとばかりに光弾の射撃が集中し、コルセアはバランスを崩して地面に激突した。
更に、別のコルセアが被弾する。このコルセアは、コクピットに光弾を浴びせられた。
パイロットは、コクピット内に暴れ込んだ光弾に体を切り裂かれ、何が起きたのか分からぬまま絶命した。
コクピットのガラスが吹き飛んだだけのコルセアは、急に機首を下げた後、猛速で地面に突っ込み、大爆発を起こした。
高射砲座や、銃座の将兵が喜ぶ。だが、それも束の間。
接近した18機のコルセアのうち、先発していた2機が1基の高射砲座に向けて、両翼の5インチロケット弾を放った。
ロケット弾は、あっという間に高射砲座の周囲に突き刺さり、弾頭の瞬発信管が作動する。
計16発のロケット弾が炸裂し、高射砲座に配備されていた8名の砲員は、全員が死傷した。
ロケット弾を放ったコルセアは、そのまま避退する事無く、両翼の12.7ミリ機銃を乱射しながらワイバーン基地の上空を突っ切って行く。
ロケット弾を搭載したコルセアが、次々とロケット弾を放つたびに、基地の高射砲や銃座は、1基ずつ、確実に粉砕されていく。
とあるコルセアは、負傷したワイバーンが収容されているワイバーン宿舎を見つけるや、躊躇い無くロケット弾の斉射を浴びせた。
ワイバーン宿舎の中には、先の戦闘によって負傷した5騎のワイバーンが残されていたが、8発のロケット弾は、5騎中2騎を宿舎もろとも吹き飛ばした。
コルセアの先制攻撃に続いて、8機のヘルキャットが基地に現れるや、胴体に抱えていた爆弾を次々と落とす。
シゴングザ曹長の銃座は、1機のヘルキャットに狙われた。
彼は、ヘルキャットの胴体から爆弾が離れる瞬間を見るや、銃座の部下達に向かって叫んだ。
「爆弾だ!全員伏せろぉ!!」
彼の絶叫めいた指示を聞いた部下達は、大慌てで銃座の防盾の影や、土嚢の影に隠れた。
その直後、強烈な爆発音が鳴り、銃座は激しく揺さぶられた。
シゴングザ曹長は、耳を塞ぐ寸前に強烈な爆発音を聞いたため、一時的に聴力が麻痺してしまった。
(ぐぁ……耳が……!)
キーンという耳鳴りが頭の中で鳴り続け、同時に頭痛も感じた。
彼は、耳が聞こえないにも関わらず、口で部下達に大丈夫かと叫んでいた。
自分が何を言っているのか聞こえなかったが、伏せていた部下達には聞こえていたのだろう、2、3人が恐る恐る顔を上げ、シゴングザ曹長を
見てから2、2度頷いた。
程なくして、聴力が戻った彼は、部下達の安否を確認した。
彼の素早い指示が幸いしてか、銃座に居た5人の部下達は、全員が無事であった。
「今の所、5番銃座は健在か。しかし、他の所は酷い事になっているな。」
シゴングザ曹長は、他の銃座や高射砲座を見回しながら独語する。
コルセアのロケット弾攻撃や、ヘルキャットの爆撃で、基地の南側の銃座は12箇所から5箇所に減り、高射砲陣地に至っては、6箇所あった砲座が
文字通り全滅していた。
基地の対空砲火が大幅に弱体化したのを見計らったかのように、米攻撃隊の本隊が突撃を開始した。
最初に突っ込んで来たのは、18機のヘルダイバーである。
ヘルダイバーは、3つの編隊に別れたあと、それぞれの目標に向かって急降下を開始した。
「撃て!あいつらを叩き落とせ!」
シゴングザ曹長は、指示棒を振りかざして銃座の部下達に命じる。
連装式の魔道銃から七色の光弾が放たれる。
基地の周辺に残存している魔道銃や高射砲が必死に迎撃するが、大幅に弱体化した対空部隊は、1機のヘルダイバーも落とす事が出来なかった。
ヘルダイバーの群れは、薄いながらも、必死の思いで放たれた対空砲火をあっさりと突き抜ける。
まるで、瑣末な抵抗なぞ無駄と言わんばかりに、展開された両翼のダイブブレーキが轟音を発し、それが地上を圧して行く。
耳を押さえたくなるような甲高い金属の哄笑に負けじと、銃座や砲座の将兵達は迎撃するが、それも、ヘルダイバーの憎らしいほど、見事な投弾
によって無為に返した。
ヘルダイバーから投下された最初の爆弾は、基地の司令部がある1回建ての木造施設に命中した。
既に、司令部の中に居た騎士隊司令や基地の要員は、全員が防空壕に避難していたため無人となっていたが、ヘルダイバーの爆弾はその無人の
司令部を粉砕した。
横長の立派な木造施設が、2発の爆弾によって一気に半分が吹き飛んだ。
施設の左右に1000ポンド爆弾が落下し、大量の土砂が宙に吹き上げられる。
残りの1000ポンド爆弾が落下し、残っていた施設の半分が爆砕され、大量の破片が派手に舞い上がった。
ヘルダイバーの爆弾は、司令部施設、兵舎、食堂に降り注ぎ、これらを跡形も無く吹き飛ばした。
ヘルダイバーの攻撃が終了した後、高度3000メートルより基地の上空へ進入しつつあった12機のアベンジャーが、最後の仕上げとばかりに
水平爆撃を行う。
アベンジャーは、それぞれが2発の500ポンド爆弾を搭載しており、計24発の爆弾がワイバーン基地に投下された。
爆弾は、最初の1弾が、草原に開かれた短い滑走路脇に着弾した後、基地の横斜めを通り過ぎるようにして爆発が起こった。
最後の2弾は、滑走路の東側に位置している、半壊したワイバーン宿舎に命中した。
この爆撃で、生き残った3頭のワイバーンが2発の500ポンド爆弾によって爆砕され、ワイバーン宿舎は全壊してしまった。
地震のような爆弾の連続爆発が収まると、米軍機は海側の方角に向けて避退していった。
「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」
興奮して魔道銃を撃ちまくっていた部下を制してからは、基地に元の静寂が戻った。
シゴングザ曹長は、被っていた鉄帽(今年の7月から支給された防空用の物である)を外してから、周囲を眺めてみた。
「……これは、酷いもんだ……」
彼は、手荒く破壊された基地を見るなり、顔をしかめた。
先程まで健在であった、基地の主要な施設……空中騎士団司令部や兵員宿舎、食堂、ワイバーン施設は、残らず破壊されている。
全壊した建物からは、濛々と黒煙が上がっている。
「先の第1次空襲では、第30空中騎士団の基地と軍港が叩かれている。そして今、俺達はこの基地も手荒く叩かれた。もはや、
グンリーラの航空戦力は、壊滅したも同然だな。」
彼は、単調な声音でそう呟くと、深いため息を吐いたのであった。
午前10時 グンリーラ沖南南西210マイル地点
「長官。第2次攻撃隊より入電です。我、グンリーラ市北方のワイバーン基地、並びに軍港施設を爆撃、効果甚大。ワイバーン基地並びに、
軍港施設は、今次攻撃で壊滅した模様。」
ハンター情報参謀から報告を聞いたフィッチは、硬い表情を崩さぬまま、ゆっくりと頷いた。
「まずはワイバーン基地2つと、軍港施設を潰したか。」
「グンリーラ空襲は、今の所成功しつつあるようです。あとは、攻撃隊の被害がどれ程まで抑えられるか、ですな。」
マクラスキー中佐が言う。
「それに加えて、敵の航空攻撃も警戒せねばなりません。」
ウェリントン作戦参謀がフィッチに話しかけた。
「現在、TF72は軍港とワイバーン基地2つを叩きましたが、グラーズレットにはまだ、ワイバーン基地が1つ残っています。そして、
ネロニカには、手付かずの航空隊が残されています。マオンド側が航空反撃を決意した場合、我が機動部隊は、一時に200から300以上の
敵航空隊を相手に戦う事もあり得ます。長官、ひとまず、敵の航空戦力はある程度削ぎました。ここは、敵の航空反撃を撃退してから、
第3次攻撃隊を発艦させた方が良いかと思われます。」
「うむ。私も作戦参謀と同じ事を考えていた。以降の作戦は、それで良いだろう。」
フィッチは、頷きながらウェリントンに言う。
「情報参謀。ウィスコンシン、ミズーリの敵信班からは何か目立った情報は入って来ていないか?」
「ネロニカ付近の魔法通信からは、我が方に対する対策や、物資搬送を行う、といった類の情報は、未だに入って来ておりません。」
ハンター中佐の言葉を聞いたフィッチは、無言で頷いた。
「となると、敵さんは未だに、私達がグラーズレットの壊滅が目的だと思い込んでいるようだな。とはいえ、まだ安心は出来ない。
くどい様だが、敵信班には、どんな些細な事があっても必ず伝えよと命じてくれ。」
彼は、ハンター中佐に念を押した。
「ゾンビが再び、大地を埋め尽くすという、悪夢の事態は、是が非でも避けねばならんからな。」
11月30日 午前10時15分 ネロニカ地方ソドルゲルグ
ソドルゲルグ魔法研究所の所長であるギニレ・ダングヴァ所長は、研究所を護衛している陸軍第9要塞旅団の指揮官、ムイス・ヒウケル准将から、
グラーズレットが空襲されたとの報告を聞かされた。
「グラーズレットが空襲された、だと?」
「ええ。グラーズレットは、敵の2波に渡る航空攻撃で甚大な損害を被っているようです。」
「敵はどこからやって来たかわかるかね?」
「はっ。グラーズレットの司令部からは、飛来して来た敵機は空母艦載機のようです。」
「空母艦載機……と言う事は、アメリカの空母機動部隊がグラーズレットの近海におるのだな!?」
ダングヴァ所長は、いきなり声を荒げた。
「恐らくは……所長、どうかされましたか?」
「フン。」
彼は、忌々しげに鼻を鳴らす。
「ヒウケル将軍。貴官は、トハスタで実行された作戦が失敗した事は、当然知っているな?」
「はい。勿論知っております。作戦失敗の報を受けた国王陛下が、半狂乱になった挙句、2日間自室に引き籠った事も。」
「将軍。その原因を作ったのが、あのアメリカ機動部隊だ!」
ダングヴァ所長は、見る見るうちに顔を怒りで赤く染めていく。
「海軍のベグゲギュスが、不死者作戦が失敗したその日に、アイオワ級戦艦を始めとする米艦隊が、トハスタに急行しているという情報を掴んでいる。
恐らく、あの図体だけがでかい鉄屑共が、我らナルファトス教の偉大なる執行活動を妨害しおったのだ!!」
ダングヴァは怒りの余り、ヒウケル准将に向けて叫んでしまった。
「その憎きアメリカ艦隊が、この神聖なるマオンドの内海を我が物顔にうろついておるのだ!このような状況で、どうにかならぬのが不思議なぐらいだ!!!」
彼は、早口で言葉をまくしたてた。
「将軍!軍部隊は、あの邪教徒共の艦隊に反撃は加えないのかね!?」
「……第49空中騎士団と、第48空中騎士団は航空部隊による攻撃を検討中との知らせが入っています。」
「検討中?敵がすぐ近くに居るのに、なぜ早く出さんのだ!!」
「いや、出したくても出せないのかもしれません。」
ヒウケル准将は、諭すような口調でダングヴァに説明する。
「アメリカ機動部隊の防空能力はかなり優秀です。第48空中騎士団と49空中騎士団は、総計で200騎以上のワイバーンを有しております。
これに、北方の空中騎士団も加わるでしょうから、動員できるワイバーンは300騎前後になるでしょう。ですが、敵機動部隊の防空能力の前には、
これでは足りぬかと思われます。」
「300騎というと、相当な戦力ではないか!普通にやれば、小さな街ぐらいは一掃できるぞ!それでも足りぬのか!?」
「シホールアンル軍は、1800もの航空部隊でもってアメリカ機動部隊を壊滅させ、追い返す事に成功していますが、その時、シホールアンル軍は、
全戦力の3割以上を越える損耗を出しております。数字に表せば、シホールアンル軍は、600ものワイバーンや飛空挺を失っているのです。航空部隊
の大兵力をたちまちの内に消耗させてしまうアメリカ機動部隊の前に、300騎前後のワイバーンで攻撃を仕掛け、敵空母撃破等の戦果を収める事は、
奇跡が起きる事を願わない限り、ほぼ不可能と言えるでしょう。」
「……将軍、つまり、君は、我が国のワイバーン隊が無能だと言いたいのかね!?」
ダングヴァは苛立ちを露わにしながら、尚もヒウケル准将に噛み付いた。
「いえ、無能などとは言っていません。勿論、出撃をさせれば、戦果は上げると思いますが……しかし、航空攻撃は相手を反復して叩き、
部隊を壊滅させねば、意味がありません。敵空母の撃沈、撃破を狙うにしても、たった300騎前後の攻撃隊では、たちどころに消耗し尽くすのは、
戦う前から見えています。だからこそ、空中騎士団の指揮官たちは攻撃隊を出すべきか否か、今も悩んでいるのです。所長、アメリカ機動部隊の
防空能力は、航空攻撃を躊躇わせてしまうほど、優れているのです。」
ヒウケル准将の言葉の前に、ダングヴァも不承不承ながら、頷く他無かった。
「戦力が少ない……か。そうなれば、致し方ないな……」
ダングヴァは、ワイバーン隊の指揮官達に同情するように呟く。
「……将軍、つまり、航空攻撃を成功させるには、まずは戦力が必要、と言う事だな?」
「はい。1にも2にも、戦力が必要です。でなければ、米機動部隊に損害を与える事は不可能でしょう。」
ダングヴァは、将軍の言葉に我が意を得たりとばかりに頬を緩ませた。
「将軍。大兵力……とまではいかぬが、私達にも戦力があるぞ!」
「戦力…?この研究所には今、ワイバーンはおらぬ筈ですが。」
「いや、私はワイバーンを差し向けたいとは言っておらん!」
ダングヴァ所長は、手を振りながらヒウケルの言葉を否定し、席から立ち上がった。
彼は、窓の側にまで歩み寄る。
窓からは、研究所内にある建物が見渡せる。ソドルゲルグ魔法研究所は、外周を高い塀で囲い、その中に大きな施設が2つと、実験棟のある
施設が8棟設置されている。
ダングヴァは、所長室から見渡せるとある施設を指差しながら、ヒウケルに自らの考えを打ち明けた。
「………所長。確かに空を飛びはしますが……幾ら何でも無謀ではありませんか?」
「少しでも多くの戦力が必要だと言ったのは、将軍、君だぞ。それに、悪い話ではあるまい。あ奴らは、見かけは貧弱そうだが、これまでの
実験で速力だけは250グレル程度は出せるように作っておる。最も、それをする前に、連れて来た80頭のうち、30頭が死んでしまったがな。」
ダングヴァは、ヒウケルに振り返る。
「残りの50頭も、薬漬けにされたお陰で精神が壊れた状態にあるが、攻撃目標を教えて突っ込ませば大丈夫だ。体に仕込んだ魔法薬のお陰で、
あ奴らは空飛ぶ魔法の槍と化しておる。ここで薬を仕込んでから命令を下せば、後はワイバーン隊と共同でアメリカ機動部隊の攻撃を行える。」
ダングヴァは、酷薄な笑みを浮かべた。
「ハーピィを50頭ほどぶち込めば、沈みにくいと言われるエセックス級とやらも、1隻ぐらいは沈められるだろう。そして、我らがナルファトスの
執行活動と言う物がどんな物か、敵機動部隊に見せ付けてやるのだ。」
「………」
ヒウケル将軍は、無表情のまま頷く事しか出来なかった。
「将軍。私は教会の上層部に、この考えを提案してみる。それから、君は軍に、我らとの共同作戦があるかもしれないと報告を送ってくれないだろうか。」
ダングヴァは、複雑な表情を浮かべるヒウケル将軍に構わず、言葉を続けた。
収容所の監視員に新たな薬を打たれた後、いつの間にか、私は空を飛んでいた。
空を飛んでいる。どうしてだろうか?
千切れ千切れの記憶の奥底で、私は同じ部族の仲間と共に、不思議な奴らの要塞に連れ込まれ、訳の分からない実験を繰り返し施され、実験が終われば、他のキメラと無理矢理交配させられ続けられた事しか覚えていない。
精神が壊れたのはいつだったろうか……
覚えていない。
体が、前とは違うようになったのはいつだったろうか……
覚えていない。
ここから這い出し、故郷に戻る事を諦めたのはいつだったろうか……
覚えていない。
大事な筈の記憶は、殆ど消えている。
しかし、新しい記憶だけは、しっかりと頭に残っている。
収容所を出る前に、監視員が見せた絵。
船と思しき姿を持っていたが、その船らしき物は、甲板がまっ平らで、構造物が中央に纏まった不思議な船だった。
監視員は、確かくうぼ、といっていた。そして、その”くうぼ“とやらに、あたし達はただ、全速でぶつかるだけでいい……と。
あたし達に与えられた役割は、簡単すぎると言っていい物かもしれない。
何も考えずに、ただ、そのくうぼとやらの船に当たればいいのだから。
どういう訳か、今日は体が妙に熱い。不思議な物だ。
11月30日 午後1時30分 第72任務部隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズ
第72任務部隊司令官である、ジェイムス・サマービル中将は、艦橋内で僚艦ベニントンの甲板作業を双眼鏡で眺め見ていたが、そこに参謀長の
シャンク・リーガン少将が報告を伝えてきた。
「司令官!ピケット艦のシェアより緊急信です!我、敵ワイバーンの大編隊をレーダーで探知せり!位置は北北東160マイル、方位23度。
速力は180マイル。敵編隊の規模は約100騎前後なり。」
駆逐艦シェアは、モンメロ沖海戦後に喪失艦の補充としてTG72.1に編入されたアレン・M・サムナー級駆逐艦の1隻である。
TG72.1は、モンメロ沖海戦後から段階的に駆逐艦の数を増やしており、今はで24隻の駆逐艦を有するまでになっている。
補充された駆逐艦は、4隻がフレッチャー級で、5隻がアレン・M・サムナー級である。
24隻中6隻は、レーダーピケット艦として、艦隊の周囲60マイル沖に展開している。
駆逐艦シェアは、ピケット艦として艦隊から北東の方角に配置されていた。
「来たか。敵の反撃だな。」
サマービルは、冷静な声でリーガン少将に返した。
「すぐに迎撃しろ。敵の攻撃隊が機動部隊に近付くまで、出来るだけ数を減らすのだ。」
「わかりました。」
リーガンは頷くと、サマービルから聞いた指示を航空参謀に伝える。
その命令は、航空参謀から各空母の艦長に伝わり、そして、飛行長へ伝わって行った。
この時まで、彼らは、普通の迎撃戦闘が始まる、としか思っていなかった。
「こちらフェノリス。ビーバー1聞こえるか?」
空母ベニントンから発艦した直掩隊のうちの1隊であるビーバー小隊は、ピケット艦のシェアのレーダー員に無線で話し掛けられていた。
「こちらビーバー1。感度良好だ。」
4機のF4Uを率いているケディック・ネルソン中尉は、シェアのレーダー員に無線越しで答える。
「ビーバー1。どうやらお客さんが現れたようだ。君達から北東、方位23度方向からワイバーンの大編隊が接近しつつある。距離は100マイル、
数は100騎前後だ。既にゲティスバーグとライトの警戒隊が敵に向かっている。」
「100騎前後か。」
ネルソン中尉は単調な声音で答える。
「他に敵編隊は居ないか?」
「いや、今の所、レーダーには現れていない。先行している低空警戒隊のハイライダーからも連絡はなしだ。」
TF72は、レビリンイクル沖海戦の戦訓として、機動部隊の周囲にピケット艦のみならず、低空警戒用にハイライダーを飛ばして、
敵の低空突破に備えている。
本来なら、ハイライダーの他にアベンジャーも、この低空警戒隊に混じって警戒を行う筈なのだが、肝心のアベンジャーは第1次、
第2次攻撃隊に全て注ぎ込まれているため、現在は8機のハイライダーが機動部隊の周囲100マイルに展開している。
たった8機のハイライダーのみでは、心細い限りではあるが、無いよりはまだましである。
「警戒隊からも連絡はなし……か。てことは、敵さんは定石通り、大編隊を組んで向かいつつあるという事か。」
「そう言う事だ、ビーバー1。ひとまず、君達も敵編隊に向かってくれ。今、他の小隊も現場に向かっている。」
「了解。今すぐ敵編隊に向かう。」
ネルソン中尉は、シェアのレーダー員との会話を終えると、小隊の各機に無線をつなげた。
「こちらビーバーリーダー。聞いた通りだ。俺達はこれより、敵編隊の迎撃に向かう。全機俺のケツについて来い。」
「「了解!」」
部下達が快活の良い声で返事する。その声を聞いたネルソン中尉は、少しだけ微笑する。
(2か月前に配属された時は、ヒヨッコ揃いだったが、数度の航空戦を経験したせいか、自然と生きの良い声がでるようになったな)
彼は、部下達の成長を内心で嬉しく思いながら、機首を指示された方角に向ける。
4機のコルセアは、途中で他の母艦に所属しているCAPと合流しながら、敵編隊に向かって行った。
それからしばらく経ち、ネルソン中尉の小隊は、敵編隊の至近に迫っていた。
「こちらイーグルリーダーから管制室へ。」
先発していたゲティスバーグ隊の小隊長機と、管制室との通信が入る。
「敵は約100騎程度の攻撃隊だ。管制室、増援の航空隊はどうなっている?」
「ベニントンからは20機が発艦した。ロングアイランドからも10機が発艦している。他の任務群も、順次戦闘機を発艦させている。
ベニントンとロングアイランドの増援は15分後に、君達の所へ到着する予定だ。」
「15分か……この数で100騎を相手するのは、ちとしんどいぞ。」
ネルソン中尉は、不安げな気持ちで独語する。
現在、敵編隊に接近しつつある戦闘機は、ネルソン隊も含めて52機である。
一方、マオンド軍は100騎前後のワイバーンを繰り出して来ている。
今までの経験からして、マオンド軍は、攻撃隊の半数を戦闘ワイバーンで固め、残りは攻撃ワイバーンのみというケースが多いが、ここ最近は、
攻撃隊を送る前に、戦闘ワイバーンのみで固めた編隊を送り込んで、ファイターズスィープを仕掛けて来る事が増えている。
もし、眼前の敵編隊が戦闘機の掃討を目的とした攻撃隊であるならば、ネルソン隊を含む52機の戦闘機隊は、実に2倍の敵と戦う事になる。
「15分か。その間、俺達はどうすればいい?突っ込んで敵をひっ掻き回すか?」
「ちょっと待て。相手がファイターズスィープを狙った攻撃隊の先鋒という事もあり得る。イーグルリーダー。せめてあと5分ほどは、
そちらから仕掛けるな。ただし、敵が突っかかって来たら即座に反撃しろ。」
「敵に先手を打たすって言うのか?それは気に入らないが。まぁ、待っている間は高度を稼いで置く事にする。」
「それが1番だ。現在、敵編隊は高度4000メートルを飛行中だ。君達は高度5000を飛行中だから、6000まで上げた方がいいかも知れん。」
「OK。こっちと敵編隊とはまだ距離がある。近付くまで高度を上げて置くよ。」
イーグルリーダーと管制室との会話はそこで途切れた。
「こちらイーグルリーダーだ。今から俺が指揮を執る。無線で聞いた通り、今はまだ敵編隊には突撃しない。あと5分ほど待ってから攻撃を開始する。
その間、俺達は高度6000まで上昇する。全機、俺に続け!」
イーグルリーダーからの指示が届くと、先頭を飛行していたF6Fの編隊が上昇を開始して行く。
他の小隊も次々と上昇を開始し、ネルソン隊もその後に続いた。
5分後、52機の戦闘機は、高度6000まで上昇し、敵編隊の左側斜め上に占位していた。
「こちらイーグルリーダーより管制室へ。現在高度6000メートルにて待機中。これより迎撃に移る。」
「こちら管制室。交戦を許可する。機動部隊からもあと60機ほどがそちらに向かっている。後の心配はせずに存分にやれ!」
「了解!こちらイーグルリーダーより各機に告ぐ!これより攻撃に移る!相手はマイリーのヒヨッコ共だ、空戦のやり方を教えてやれ!」
イーグルリーダーより猛々しい声音が流れた後、先頭を飛んでいたF6Fが胴体に吊っていたドロップタンクを落とした。
ネルソン中尉もそれに習い、胴体下に搭載しているドロップタンク切り離しのボタンを押す。
コルセアの細い胴体に、コバンザメの如く張り付いていたドロップタンクが胴体から離れ、燃料供給口から航空ガソリンの飛沫を噴きつつ、
風にゆられながら落ちていく。
戦闘前の儀式ともいえる、ドロップタンクの切り離しが終わると、待ってましたとばかりに、F6F、F4Uが翼を翻して、急降下で敵編隊に
突っ込んでいく。
「よし、俺達も斬り込むぞ!」
ネルソン中尉は、部下にそう言った後、機体を翻してワイバーンの編隊に向かう。
前方の視界がぐるりと回り、眼下にワイバーンの編隊が見え始める。
ワイバーンは3つの挺団に別れており、先に行ったF6F、F4Uは先頭の挺団を集中して攻撃している。
(ここは、第2挺団も叩いて、引っ掻き回した方が良さそうだな。)
ネルソンは心中でそう決意した後、機首を第2挺団に向けた。彼に習って、同じ小隊の後続機も第2挺団に向かう。
ネルソンと同じ考えの者が他にもいたのだろう。4機のF6Fと、4機のF4Uがネルソン隊よりも先に、第2挺団に向かって突っ込んでいく。
迫り来る戦闘機に気付いたのか、何騎かのワイバーンが上昇に移り、先発したF6FとF4Uを迎え撃つ。
先発した2個小隊が、正面からワイバーンと撃ち合い、すれ違うが、双方に被撃墜機は出なかった。
そのすれ違ったワイバーンは、そのままネルソン隊に迫って来る。
ネルソン中尉は、先頭のワイバーンに狙いを付けた。
距離が200メートルに縮まった所で、彼は無言で機銃を発射した。
両翼の12.7ミリ機銃が火を噴き、6本の火箭がワイバーンを包み込んでいく。
ネルソンは、確かに命中したと思ったが、その直後、ワイバーンの周囲に薄い赤紫色の光が放たれる。
(やはり、最初はああなるか。)
ネルソンは心中で呟く。最初に発射した機銃弾が、敵の魔法防御によって弾かれる事は、経験上予想できるため、驚く事は無い。
ネルソン隊の僚機も、ネルソン中尉が撃ったワイバーン目掛けて機銃弾を放つが、運が悪い事に、敵の魔法防御を打ち破れるまで
機銃弾を叩き込む事は出来なかった。
その一方で、ワイバーンも光弾を放って来る。
正面から光弾の嵐が吹きすさび、機体の左右や上下を飛び去って行く。
1度だけ、異音と共に機体に振動が伝わるが、ネルソン機は特に異常が生じる事も無く、敵騎との正面対決を終えた。
ネルソン隊は、そのまま敵の編隊に切り込んでいく。
この時、ネルソン中尉は、敵編隊が戦爆合同の攻撃隊である事が分かった。
マオンド側のワイバーンは、向かって来るF6F、F4Uを見つければ、すぐに挑んで来るが、その一方で、ずっと緊密な編隊を
組みながら飛行を続けるワイバーンも確認できる。
ネルソンは、自分の小隊を率いながら、一旦は高速で急降下を続け、高度3000メートルまで降下した所で降下を止め、しばしの間第2挺団の様子を見た。
第2挺団は、幾らか編隊が乱れているが、それでも14、5騎ほどのワイバーンは緊密な編隊を組んでいる。
「ふむ。敵は戦闘ワイバーンが多い物の、対艦攻撃用の攻撃ワイバーンも交えているか。第1挺団は戦闘ワイバーン中心だったが、第2挺団は
そうではなかった。第3挺団も、第2挺団と同様とすると、この敵編隊は、戦闘ワイバーンの比率を高めただけの攻撃隊だな。」
ネルソンはそう確信した。
彼の言う通り、このワイバーン編隊は、戦闘ワイバーン70騎、攻撃ワイバーン30騎で編成された攻撃隊である。
この攻撃隊は、第1次、第2次攻撃隊で甚大な損害を負った第30、第31、第32空中騎士団の生き残りを掻き集めた上、後方に居た予備のワイバーン隊を
加えた急造の攻撃隊である。
先頭の第1挺団は、第30、31、32空中騎士団のワイバーンで編成されているため、実戦を経験しているが、第2、第3挺団は編成されて
間もない新兵部隊が中心であるため、米軍の迎撃に耐えられるか不安であった。
グラーズレット防空軍団司令官は、この技量未熟な部隊を交えて航空攻撃を行う事は反対であったが、最終的には中央からのごり押しによって、
止む無く攻撃隊を発進させた。
アメリカ軍機は、第1挺団に36機、第2挺団に16機が襲い掛かり、それから15分後には、ベニントンとロングアイランドから、増援の戦闘機隊30機が
来援し、そして10分後には、TG72.3所属のハンコックとノーフォークから発艦した38機の戦闘機が現場に到着し、敵攻撃隊と激しい空中戦を繰り広げた。
敵編隊と交戦を開始してから30分が経過した。
「こちらイーグルリーダー。現在、敵編隊は艦隊まで60マイルまで接近している。数はだいぶ減らしたが、まだ60騎ほどが頑張っている。」
「こちらは管制室だ。敵もそろそろ疲れて来ている筈だ。そのままの調子で敵を減らし続けろ……ん?イーグルリーダー、また新しい敵が現れたようだが……おい、
このハイライダーからの報告は本当なのか?」
様子見のため、高度2000で2番機と共に待機していたネルソン中尉は、管制官の声音が変わった事に気が付き、周囲を見張りながら、レシーバーに聞き耳を立てた。
「イーグルリーダー。ハイライダーが、交戦区域から20マイル北西を飛行中の飛行物体の集団を確認したと伝えている。」
「飛行物体の集団だと?ワイバーンじゃねえのか?」
「いや……それがな、どうも不思議なんだ。どういう訳か、ハイライダーのパイロットは、鳥人間らしき物が集団で飛んでいる、と報告を送って来ている。」
「鳥人間だと?それはまた……不思議だな。」
「ひとまず、そちらに戦闘機を送って確認したい……ハイライダーの位置から一番近くに居る機に、その謎の飛行物体を確認させてくれ。」
「OK。レーダーにはどの機が写っている?」
「……ビーバー1のようだな。こちらは管制室、ビーバー1聞こえるか?」
俺に来たか、と思いつつ、ネルソンは返事をする。
「こちらビーバー1。聞こえます。」
「君達の北西20マイルに、不審な飛行集団が高度1000メートル付近を飛行していると、ハイライダーから連絡があった。君達は急いで、
その飛行集団を確認してほしい。」
「レーダーには映らなかったのですか?」
「……レーダーもその反応を捉えているが、さっきから映ったり映らなかったりしている。どういう訳かハイライダーもその飛行集団を見失っているから、
君達でその姿を確認してくれ。」
「了解。すぐに確認に向かいます。」
ネルソンはそう返答し、残りの2機と合流した後に、ハイライダーが発見した謎の飛行集団の捜索に向かった。
それから10分後。
高度2000メートル付近から捜索を行っていたネルソン隊は、遂に謎の飛行集団を発見した。
彼らがそれを見つけた時、目標との距離は1500メートルほどしか離れていなかった。
「俺は、夢でも見ているのだろうか?」
ネルソンは、その飛行集団を見た時、そう呟いてしまった。
だが、その飛行集団は、現に目の前を飛んでおり、機動部隊に接近しつつある。
「こちらビーバー1より管制室へ、目標を発見しました!」
「こちら管制室。目標の正体はわかるか?」
「ええ、わかります。目標は鳥人間……噂では、ハーピィと呼ばれる人種です!」
「ハーピィだと?それは本当なのか?」
管制官は、ネルソンの言葉を信じ切れなかったのか、もう1度質問して来る。
「間違いありません!以前、軍の広報にあった、レーフェイル大陸の亜人種一覧に出てきた、ハーピィと言われる物と全く同じです!
目標は、機動部隊に向かいつつあります!距離は艦隊より北西、約50マイル!」
「こちら管制室。たった今、艦隊司令部より緊急信が入った。戦艦ウィスコンシンの敵信班が、ナルファトス教団側が陸軍ワイバーン隊と
共同で航空攻撃を行いたいと要請している。恐らくは、そのハーピィの集団が、ナルファトス教団側が送った攻撃隊かもしれん。」
「え!?このハーピィが!?」
ネルソンは、思わずショックを受けた。
ハーピィは、空は飛べる物の、ワイバーンのように思い爆弾を抱いて飛ぶ事は不可能と言われている。
今、目の前で飛んでいるハーピィの集団も、遠目で見辛いではあるが、武器らしい装備は全く付けていないと思われる。
「敵は、こんな丸腰のハーピィを送りつけて来たのですか!?」
「恐らくは、そうかもしれん。いや、もしかして、何らかの魔法を仕込まれた後、機動部隊の攻撃を命じられて、ここに送り込まれたのかも知れん。
いずれにせよ、そのハーピィの集団が、何らかの意図を持って、機動部隊に近付いているという事は確かだ。君達は、そのハーピィ達が艦隊に近付く
前に、撃退してほしい。」
管制官の口から放たれた言葉を聞き、ネルソンは、自身の体が緊張で固くなるのが分かった。
(撃退……つまり、あいつらを撃てって事なのか。)
ネルソンは、眼前を悠々と飛行するハーピィの群れを見つめながら、そう思う。
ハーピィの数は50ほどになるだろう。それを、たった4機で対応するには、荷が重すぎる。
(必ず落とさなくてもいいかもしれんが、それにしたって、4機のコルセアでやるには)
彼の心中を見透かしたかのように、管制官から新たな指示が飛ぶ。
「君達の増援として、新たに12機を向かわせてある。君達は、この12機と合流した後に、そのハーピィ達を追い払ってくれ。そのハーピィ達は
敵側だが、洗脳されているだけと言う事もあり得るから、最初は慎重にやっても構わん。だが、もし抵抗してくるのなら、その時は撃墜してもいい。」
「わかりました。自分達は増援が来次第、阻止行動に移ります。」
ネルソンは、素っ気ない口調で返事してから、無線機を切った。
それから10分程で、増援がやって来た。
「よし、阻止行動に入るぞ。」
ネルソンは、12機のF6FとF4Uが合流したのを確認したあと、自らが率いる小隊でハーピィの群れの前方を猛速で通り過ぎた。
群れの前面をフライパスした後、2機と2機に別れ、ネルソンはハーピィ編隊の右側に沿って並行しようとする。
異変は、その時に起きた。
ネルソン隊が並行して飛行を始めるや、いきなり、3頭ずつのハーピィが、ネルソン隊に襲い掛かって来た。
「いかん!離脱しろ!」
一部のハーピィが起こした突然の行動に危険を感じたネルソンは、すかさず部下に指示しながら、操縦桿を倒して愛機をハーピィの群れから遠ざけた。
「畜生!あいつら、手の先から雷みたいな物を放っているぞ!」
3番機のパイロットが、罵声を交えながら報告を伝えてきた。
群れから離れた6頭のハーピィは、2機ずつに別れたネルソン隊に攻撃を続けたが、幸いにも、ネルソン隊に被弾する機は出なかった。
「こちらビーバー1!目標から攻撃を受けた!これより、敵編隊に対して攻撃を開始する!」
ネルソンは、叩き付けるような口調でそう報告した後、機体を旋回上昇させ、機首を目標に向ける。
敵編隊には、既に12機の戦闘機が突っかかり、12.7ミリ弾の雨嵐を叩き込んでいた。
私達の周囲が、次第に騒がしくなって来た。
唐突に表れた、翼が折れ曲がった鉄の鳥と、ごつい形をした鉄の鳥が、急降下と急上昇を繰り返して、私達に突っかかって来る。
うっとうしい。
私はそう思った。
だけど、鉄の鳥達は、私の思いを嘲るかのように、私達にちょっかいを出し続ける。
1人、また1人と、仲間が落ちていく。
私のすぐ右横を飛んでいた仲間が、降り注いで来た光の束に胴体を断ち割られ、悲鳴を上げる事も無く落ちていく。
あのハーピィは確か…隣山の
物思いに耽る事すら許さないとばかりに、鉄の鳥は、耳障りな音を立てながら、すぐ近くを通り過ぎていく。
自分達が脅威に晒されている事はわかっている。
だけど……怖いと思う事は無い。
しばらくして、あたし達の眼前に、船らしき物が見えてきた。
船は、かなりの数が居たが、その中には、出発前に、目標として教えられていたくうぼも居た。
それを今、自分の目で確認した。
体の熱が、自然と高まって来る。
目標を確認した後は、それに向かって、ひたすら飛び続けるだけ。
あとは、くうぼに辿り着くまでに、自分の体が消えない事を願うだけだった。
午後2時30分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
TG72.1司令官であるジョン・マッケーン少将は、群司令部付きの通信参謀から報告を聞いた。
「司令!敵のハーピィ集団は撃滅ゾーンを突破!間もなく、輪形陣外輪部に到達します!」
報告を聞いたマッケーン少将は、無言で頷いた。
敵のワイバーン編隊は、TG72.1に向かわず、TG72.2に突進し、今も交戦中である。
TG72.1の将兵は、敵の矛先がTG72.2に向かった事で、幾らか安堵した。
しかし、それも束の間であり、敵の新手はTG72.1に突進して来たのである。
「ピケット艦より通信。我、艦隊の北東150マイル付近を飛行中の敵大編隊を探知。敵は2群、数はそれぞれ100前後。
高度4000メートルで飛行中との事です。」
艦橋に通信士官が現れ、持っていた紙に書かれた内容を、機械的な口調で説明してから通信参謀に渡す。通信士官はそそくさと艦橋から去って行った。
「新たな敵編隊が現れたようだな。」
マッケーンは、通信参謀にそう言った。
725 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:33:35 ID:5x/ol6rU0
「はい。それも2群です。それも、間の悪い時に現れましたな。」
「ああ、全くだ。」
通信参謀の言葉を聞いたマッケーンは、肩を竦めながら答えた。
TF72は、正午前に第2次攻撃隊を収容してから、大急ぎで第3次攻撃隊の編成を行っていたのだが、この時、TF72は、すぐに出せる
戦闘機が思いの外少なかった。
原因は、第1次、第2次攻撃隊で戦闘機専用空母からも、攻撃隊として戦闘機を発艦させた事にあった。
このため、使える戦闘機が一時的に少なくなり、TF72が満足に戦闘機隊を防空に回せる状態が整うまでは、あと1時間必要だった。
だが、マオンド側はこれを見透かしたかのように航空攻撃を仕掛けて来た。
しかも、敵編隊はTG72.1とTG72.2に襲い掛かっている。
「せめて、敵の攻撃がTG72.1か、TG72.2のどちらかに集中していれば、今現れた、新手に差し向ける戦闘機も増えたかもしれん。」
「いずれにしろ、今は敵の攻撃を撃退する事を考えましょう。話はそれからです。」
通信参謀がそう言った直後、輪形陣の左側で対空戦闘が始まった。
「左側輪形陣外輪部で戦闘が始まりました!」
艦橋に、見張り員の声が届く。
イラストリアスの艦橋で、見張りに付いているジュード・バントラー2等兵曹は、双眼鏡を握りしめながら、輪形陣の左側で行われている
対空戦闘に見入っていた。
輪形陣外輪部の守備に付いている駆逐艦群が、猛烈に高角砲弾を撃ちまくっている。
陣形の左側には、9隻の駆逐艦が配備され、その少し内側には軽巡洋艦のケニアとナイジェリアが布陣し、そのまた内側には巡洋戦艦のレナウンが
配置されている。
9隻の駆逐艦と、軽巡ケニア、ナイジェリア、巡戦レナウンに左舷側を守られているのは、エセックス級空母のベニントンとインディペンデンス級
軽空母のロング・アイランドⅡである。
イラストリアスは、ベニントンの右舷側800メートルを、時速28ノットで航行している。
位置的に、敵の狙いはベニントンかロング・アイランドに向けられるかも知れないので、イラストリアスは攻撃を免れるだろう、とバントラー2等兵曹は心中で思った。
彼は、目に双眼鏡をあてて、対空砲火の迎撃を受ける敵編隊を見る。
「……あれが敵編隊か……なんか、思ったよりも小さいな。」
726 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:34:16 ID:5x/ol6rU0
敵の正体がハーピィであると告げられていないバントラーは、敵がいつものワイバーンとは違う事にやや戸惑った。
敵の姿が、ワイバーンと違ってかなり小さいため、双眼鏡越しでも、まるで虫のようにしか見えなかった。
そのせいか、敵が対空砲火によって撃ち落とされているのか否かを確認するのにかなり手間取った。
「あっ、1騎落ちた…ような気がする……しかし、何か分かり辛いな。」
バントラーは、敵情の確認に四苦八苦するが、彼の苦闘をよそに、状況は次の段階に進んでいく。
眼前のベニントンが高角砲弾を撃ち始めた。
艦橋の前・後部に設置されている4基の5インチ連装砲が咆哮し、発砲煙が後方に流れていく。
この時、バントラーは、幾つかの小さな黒い点が、猛速でベニントンに向かっている事に気が付いた。
目標のくうぼを見つけたあとは、ただひたすら、それに向かって飛ぶだけだ。
自然と、体が加速されていく。
周りに何かが音を立てて弾けていく。ふと、すぐ側にいた仲間の気配が、弾けた音と共に消えた。
目標の周りを取り囲んでいる、小さな船から大砲らしき物が放たれている。
仲間が、その大砲から放たれ、弾ける砲弾によって次々とやられていくが、あたしには関係の無い事。
くうぼの姿が大きくなっていく。
(あと、20秒ほどか……)
心の中でそう思った後、陣形の一番外側に居る小さな船から、大砲とは違う何かが放たれる。
落ちていく仲間達が、さらに増える。いきなり、後ろで大きな爆発音が轟くが、あたしには関係の無い事だ。
小さな船の真上を通り過ぎた時、いきなり、左足の感覚が無くなった。
でも、感情を失ったあたしには関係の無い事。あたしはただ、目標にぶつかる事だけを考えればいい。
さっきの小さい船より、ちょっと大きな船が目の前に現れる。その船は、小さい船よりも激しく何かを打ち上げている。
体に衝撃が走る。口から、何か熱い物が噴き出る。
でも、痛みも感じなくなったあたしには、関係の無い事だ。
727 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:34:50 ID:5x/ol6rU0
その船の真上も通り過ぎ、今度はその船よりも大きな船が目の前に現れる。この船は、小さい船と、それよりも大きな船の顔役なのか、かなり激しく打ち上げて来ている。
その船の真上を通り過ぎた時、右足の感覚が無くなった。そのついでに、少し飛び辛くなった。
巨大な船の真上を通り過ぎ、目の前にくうぼが現れる。
すらりと伸びた、平らな甲板。その真ん中にある船橋。感情が消えていた筈なのに、私は何故か、その船が格好良いと思ってしまった。
でも、それだけ。あたしは、そのくうぼのど真ん中に向かって行く。
あっという間に、くうぼの近くに来た。あと5秒でそのど真ん中に辿り着くと思った時、右の翼が千切れ飛び、視界が急にぐるぐると回り始めた。
距離から見て、くうぼには何とか辿り着ける。目的は達成できるかもしれない。
でも、どういう訳か、あたしにはどうでも良いと感じていた。
到達まであと2秒。視界が失われ、聴覚だけがおぼろげながらも生き残る。
耳には、けたたましい轟音と、何かの声らしき物が聞こえる。
あたしは知らず知らずのうちに、口を開けていた……
「これでやっと、……あたしも、解放される」
バントラーは、その小さい飛行物体が、ベニントンの至近に来るまで、次々と消し去るか、自爆して爆散する光景に見入っていた。
「あれって……まさか、ハーピィという奴じゃないか!?」
バントラーは、自分が目の当たりにした敵の姿を見て、信じられないと言わんばかりに叫んだ。
「いや……でも、あの姿は確かにハーピィだ……あっ!」
バントラーはその時、声を失ってしまった。
ベニントンは、左舷側の40ミリ機銃、20ミリ機銃でもって、残るハーピィ3頭に猛烈な弾幕射撃を加え、寸手のところで2頭を叩き落とした。
そして、最後の1頭も、右の翼を40ミリ弾に弾き飛ばされ、急回転しながら墜落し始めた。
だが、最後の1頭は既に、ベニントンを射程内に捕えていた。ハーピィは惰性でベニントンの飛行甲板に突入した後、大爆発を起こした。
1000ポンド爆弾が炸裂したかのような爆発が、ベニントンの飛行甲板で起こり、飛行甲板の真ん中から爆炎が噴き上がる。
「ベニントン被弾!火災発生の模様!!」
彼はすかさず、僚艦の被害状況を艦橋に知らせる。
「クソ!あいつ、自分から突っ込んでいきやがったぞ!?」
バントラーは、声を震わせながらそう言い放つ。
胸の内に、言いようのない不快感が溜まって行く。
(クソ!クソ!クソ!マイリーの奴ら、自爆攻撃隊を送り込んで来やがった!なんてクレイジーな奴らなんだ!!)
バントラーは、その言葉を、あらん限りの声で吐き出そうとしたが、プロの軍人としてのプライドが、彼にそのような醜態を晒す事を回避させた。
午後3時10分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
「敵編隊接近!対空戦闘用意!」
イラストリアス艦長、ファルク・スレッド艦長の指示が、イラストリアスの艦内に響き渡る。
艦内が喧騒に包まれる中、艦橋に詰めているマッケーンは、頭の中で、先程の対空戦闘の様子を思い返していた。
TG72.1に現れた敵攻撃隊は、ワイバーンではなく、ハーピィである事が既に判明している。
ハーピィは、CAPの妨害を受けつつも、最終的には30頭程の数で艦隊に突入して来た。
機動部隊の各艦は、突入して来たハーピィに対して、不本意ながらも、問答無用で射撃を開始した。
目標が、ワイバーンよりも小さいハーピィであるためか、VT信管付きの高角砲弾は、通常よりもずれた位置で炸裂し続け、思うようにハーピィを落とせなかった。
だが、レーダー管制で統制された弾幕射撃は、次第に防御力が貧弱なハーピィに牙を向き、ハーピィは母艦群に到達するまでに、ばたばたと叩き落とされ、
ある者は突然自爆した。
だが、ハーピィは500キロ以上の速力で突進して来たため、全てを叩き落とす事は出来なかった。
最終的に、空母ベニントンとロング・アイランドが、それぞれハーピィ1頭ずつの突入を受けてしまった。
ベニントンは飛行甲板のど真ん中に、撃墜したハーピィが体当たりした。
ハーピィは甲板に激突した直後に、1000ポンド爆弾相当の爆発を起こし、飛行甲板に大穴を開けてしまった。
一方、ロング・アイランドは飛行甲板後部にハーピィの体当たりを受け、後部甲板が爆発で吹き飛んだ。
ベニントンとロング・アイランドは、共に火災を起こしたが、ダメージコントロールのお陰で、被弾から20分後には、延焼を食い止める事に成功している。
このまま、一気に鎮火にこぎ着けたい所ではあったが、マオンド軍はその暇を与えずに、再びTG72.1に攻撃隊が迫りつつあった。
「まさか、マオンド軍の奴らが、自爆攻撃をやってくるとは……そこまでして、戦争に勝ちたいのか。マオンド……!」
マッケーンは、いつしか、ハーピィまでも自爆攻撃に使って来るマオンドに、激しい憤りを感じていた。
「司令、まもなく左側外輪部の駆逐艦が、敵ワイバーン編隊と戦闘に入ります。それから、輪形陣の右側にも、30程のワイバーンが接近しつつあります。」
「敵は定石通り、こちらを挟み撃ちにするつもりのようだな。よろしい、受けて立ってやれ。そして、卑怯な手を使ってまで攻撃を企てて来る敵を、
完膚なきまでに叩き潰すのだ。」
「ハッ。司令、皆も同じ気持ちです。」
スレッド艦長は、慇懃な口調でマッケーンに言った。
新たに表れた200騎の敵編隊は、先発隊同様、CAPの手荒い歓迎を受けたが、米側が用意出来たCAPは、既に100機を割っており、
いくら優秀なレーダー管制があるとは言え、敵に数の優位を抑えられては、状況を覆す事は出来なかった。
敵編隊は、CAPの妨害を跳ねのけた後、TG72.1とTG72.2に押し寄せて来た。
TG72.2には68騎のワイバーンが迫り、うち、30騎が陣形の左側、38騎が陣形の右側から迫りつつあった。
輪形陣左側の駆逐艦と巡洋艦が高角砲弾を撃ち始める。
ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂し、弾片がワイバーンに襲い掛かる。
大半のワイバーンは、魔法防御で辛くも、弾辺を弾き飛ばすが、1騎のワイバーンが致命的な打撃を食らって早くも墜落して行く。
さほど間を置かぬ内に、輪形陣右側でも対空戦闘が始まった。
空母イラストリアスの右舷側艦首部にある、40ミリ4連装機銃の給弾員を務めるエイル・フリートルン1等水兵は、40ミリ弾のクリップを持ったまま、
射撃開始の合図を待っていた。
「そろそろだぞ。準備はいいか?」
通信マイクが取り付けられた、やや大きめのヘルメットを被っている機銃長のフィリップ・ヨーク1等兵曹が、4連装機銃に取り付いている兵員を
眺め回しながら尋ねて来る。
フリートルン1等水兵を始めとする機銃員達は、彼の言葉に対して、一様に頷いた。
輪形陣右側の対空戦闘は、次第に激しさを増して行く。
敵ワイバーン編隊は、猛烈な対空砲火を気にせずに、陣形の内側へと突き進んでいくが、先のハーピィとの戦闘とは違って、VT信管付きの高角砲弾は、早くも
本来の威力を発揮し、弾片はワイバーンや竜騎士をずたずたに引き裂いて行く。
銃座からは、左右の翼を上下させながら飛行するワイバーンが、まるで、櫛の歯が欠けるかのごとく、ばたばたと撃ち落とされていくのが良く見えた。
対空砲火を撃ち上げているのは、駆逐艦のみならず、巡洋艦や戦艦にまで及んでいる。
特に、アトランタ級防空巡洋艦に属するフレモントと、TF72旗艦のプリンス・オブ・ウェールズの対空射撃は際立っている。
フレモントは、アトランタ級防空巡洋艦の後期型にあたり、搭載している5インチ砲は、復元性の問題から前期型の16門から、12門に減らされているが、
それでも、5インチ連装砲6基が、断続的に砲弾を発射する様は、まさに活火山さながらと言える。
それと同時に、向けられるだけの40ミリ機銃、20ミリ機銃が猛然と放たれる。
プリンス・オブ・ウェールズも、右舷側に指向できる4基の5インチ連装両用砲と40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
このため、イラストリアスの右舷側上空は、無数の高角砲弾炸裂の黒煙で覆われていた。
(いつもながら、凄い対空弾幕だ。この調子なら、マイリー共がイラストリアスに辿り着く前に、片っ端から対空砲火に叩き落とされる、
と思うんだが……)
フリートルン1等水兵は、漠然とした思いでそう呟く。
その時、ヨーク1等兵曹が命令を発した。
「目標、右舷上方の敵ワイバーン!撃ち方始め!!」
フリートルン1等水兵は、やはりかと思いながらも、40ミリ弾のクリップをしっかりと握りしめた。
イラストリアスの右舷側に指向されている対空火器が、一斉に放たれた。
4門の5インチ単装両用砲が咆哮したのを皮切りに、40ミリ機銃、20ミリ機銃が猛り狂ったかのように、銃口から弾丸を弾き飛ばす。
フリートルンは、機銃の薬室に込められているクリップが空になったのを見計らって、4発の40ミリ弾を素早く装填する。
それからすぐに後ろを振り返って、銃座からやや低い位置にいる同僚から4発の40ミリ機銃弾を受け取る。
給弾員は、この単純と思える作業を繰り返し行うのだが、40ミリ弾はなかなかに重く、長時間続けると体にかなりの負担が掛かる。
フリートルンは一心不乱に、手渡し-装填を繰り返して行く。
上空に絶えず、弾幕を張る必要がある為、装填作業は切れ目なく行われていく。
そのため、彼は上空の戦闘を眺め見る事は出来なかった。
33回目の装填を行った時、不意に、左舷側から爆発音が聞こえたような気がした。
フリートルンは一瞬、その音の正体を確かめたい衝動に駆られたが、それを抑えつつ、彼は装填作業を続ける。
4発入りのクリップを、ボフォース機銃の薬室に入れ込んだ後、彼はちらりと、左舷側に視線を向けた。
彼の所からは幾らか見辛かったが、ベニントンが居る方角から、爆発煙と思しき煙が上がっているのが分かった。
(畜生、またベニントンがやられたか!)
フリートルンは、下の同僚から40ミリ弾を受け取りながら、心中で僚艦の被弾を悔しげに思った。
対空戦闘の喧騒の中、唐突にヨーク軍曹が甲高い声を張り上げた。
「右舷上方にワイバーン!突っ込んで来る!!」
その声がした瞬間、フリートルンはハッとなり、上空に顔を上げた。
見ると、イラストリアスの右舷側艦首上方から、7騎のワイバーンが急降下で迫りつつあった。
(こんなにも、対空砲を撃ちまくっているのに。まだ突破して来る敵がいるのか!)
彼は、敵の諦めの悪さに舌を巻きながらも、体は自然と、機銃に弾を込めていた。
いつの間にか、彼が弾を装填した40ミリ機銃も仰角を上げて、急降下して来るワイバーンを撃ちまくっている。
「馬鹿野郎!ボサッとしとらんでさっさと動かんか!!」
彼のすぐ側で、機銃弾の装填を行っていた同僚が、下に向かって叫んでいる。
弾運び役が、ワイバーンに気を取られて、手を止めてしまったのだろうか。
更に4回ほど、装填-手渡しを繰り返した所で、ヨーク軍曹がいきなり大声を張り上げた。
「来るぞ!爆弾だ!!」
その声を聞いた瞬間、彼は持っていた40ミリ弾のクリップを抱えたまま、銃座の床に伏せた。
その直後、ドーンという音と共に水が吹き上げられる轟音が鳴り響いた。
2秒後に、またもや爆発音が鳴り響く。今度の着弾はかなり近く、イラストリアスの艦体が第1弾目よりも大きく揺れる。
天を衝かんばかりに立ちあがった水柱は、機銃座に降り注いで来た。
フリートルンが配備されている機銃座は、その水柱をもろに被り、全員が水柱の落下の水圧に耐え抜こうとする。
硝薬を含んだ、臭い海水を掛けられた事を不快に思う暇も無く、新たな衝撃がイラストリアスを襲う。
至近弾炸裂とは違う爆発音が木霊し、イラストリアスの艦体が大きく揺れた。
(食らったか!!)
フリートルンは、爆発音の大きさと、艦の動揺でイラストリアスが被弾したと確信した。
爆発音はそれだけに留まらず、2度目、3度目と続く。
4度目の爆発音が鳴ったが、その音は幾らか小さく、イラストリアスの艦体もあまり大きくは揺れなかった。
「起きろ!敵は去ったぞ!」
フリートルンは、ヨーク兵曹の声で我に返り、床から這い起きた。
「おい、ジェイクはどうした?姿が見えないぞ。」
銃座の下から、弾運び役の水兵達が、興奮した口調で話すのが聞こえて来る。
「ヨーク兵曹!ジェイクの姿が見当たりません!」
「何?ジェイクがいないだと?」
「はい!ここの手摺にしがみ付いていたんですが……」
弾運び役の水兵達は、次第に不安な口調になりながら、ヨーク兵曹との会話を続けるが、ヨーク兵曹はジェイクの捜索を後回しにし、
対空戦闘を続けろと命じた。
(ジェイクが居なくなった原因は、さっきの水柱にあるかもしれんな。)
フリートルンは、なぜ、後輩の水兵が居なくなったのかわかっていた。
舷側の機銃員は、対空戦闘の際には最も被害を受けやすい。
舷側で至近弾が炸裂すれば、その水柱と、爆弾の破片が、真っ先に機銃員達を襲って来る。
フリートルンは、転移前からこのイラストリアスに機銃員として乗り組んで来ているが、これまでにも何人もの水兵が、弾片に胴を穿たれ、
あるいは四肢をもがれて戦死したり、水柱に引っさらわれていく光景を目の当たりにしている。
弾運び役の水兵も、恐らくは、その運の悪い機銃員の1人となったのであろう。
彼は、視線を飛行甲板に向ける。
飛行甲板は、被弾個所が薄い煙で覆われている物の、甲板上には何人もの甲板要員が駆け回り、火災煙らしき物も全く見えない。
詳細は定かでは無いが、少なくとも、イラストリアスの装甲甲板は、今度も敵弾の貫通を許さなかったようだ。
対空戦闘は、イラストリアスの被弾を最後に、幕を閉じた。
戦闘が終了したのは、イラストリアス被弾から僅か5分後の事であった。
1484年(1944年)11月30日 午前4時 ゴホルドナ沖東200マイル地点
潜水艦アイレックス艦長、ウェルキン・ボイド中佐は、艦が潜望鏡深度に達したのを見計らってから、すかさず指示を下した。
「潜望鏡上げ。」
彼の口から言葉が発せられ、それが部下に復唱される。
そう間を置かずに、眼の前の潜望鏡が駆動音と共に上がって行く。
しばし間を置いてから、潜望鏡が上昇を止めた。
ボイド艦長は、制帽を真後ろにかぶり直し、潜望鏡に取り付く。
「周囲には……敵影ナシ、か。」
彼は、ひとしきり潜望鏡で周囲を確認した後、レーダー員に声をかけた。
「レーダー員。反応は無いか?」
「ハッ。対空レーダー、対水上レーダー、共に反応はありません。」
レーダー員からの言葉を聞いたボイド中佐は、頷いてから次の指示を下した。
「浮上!」
彼の命令を聞いたクルーが、艦を更に浮上させていく。
やがて、アイレックスの艦体は、未だ暗い夜の大海原に浮きあがった。
バッテリー駆動からディーゼル駆動に切り替えられたため、アイレックスの艦体は、ディーゼルエンジンのリズミカルな音を立てながら
海上を航行して行く。
程なくして、艦橋に見張り員が上がり、ハッチから出て所定の配置に付く。
同時に、見張り員の後から出て来た整備兵が、艦橋の前に設置されている丸型の格納筒の前に走り寄り、格納筒の中に入った兵員と共に
扉の開閉を手伝う。
ボイド艦長は、伸びた無精髭を撫でながら、艦橋に上がって来た。
「ふぅ~。やはり、久しぶりに外の空気を吸うと、生き返った気分になるねぇ。」
彼は、満足気な口調で、既に艦橋に上がっている当直将校に話しかけた。
「同感ですな。」
当直将校も、微笑みながら彼に言葉を返した。
「船がでかくなったとはいえ、潜水艦は潜水艦のままですからね。」
ボイドの指揮する潜水艦アイレックスは、今年の9月に竣工したばかりの最新鋭の潜水艦である。
全長は117メートル、幅は11メートルあり、基準排水量は3120トンと、前級のバラオ級潜水艦を凌ぐ大きさを持っている。
武装は21インチ魚雷発射管を前部に3基、後部に2基保有しており、対艦、対空用として、40ミリ連装機銃1基と20ミリ単装機銃1丁、
3インチ単装砲1門を後部甲板に接している。
エンジンは、ゼネラル・モータス社製ディーゼルエンジンを4基積んでおり、馬力は6400馬力。
速力は水上で18ノット、水中で9ノットが出せる。
これだけを見るならば、アイレックス級潜水艦は、前級のバラオ級潜水艦よりも魚雷発射管が少なく、エンジン出力は高いものの、速力は
劣っている方であり、性能ではバラオ級よりも下回っている印象がある。
だが、それは、アイレックスに与えられた機能を考えてみれば、代償と言っても致し方ない物であった。
アイレックスは、アメリカ海軍では初めて、水上機を搭載できる潜水艦として開発されており、艦橋と一体化している格納筒には、水上機1機が
搭載可能となっている。
また、格納筒の前には、水上機発進用のカタパルトが設置されており、作戦の際には、ここから水上機が射出される手筈になっている。
それ故に艦体は大きく、基準排水量は一昔前の軽巡並みのサイズにまでなっている。
また、艦のデザインも、これまでの潜水艦と異なっており、従来の潜水艦の艦橋が中央、または中央からやや艦首寄りになっているのに対して、
アイレックスは、中央からやや艦尾寄りになっている。
また、艦全体の大きさが増した事で、搭載する燃料も増え、航続距離はバラオ級潜水艦が巡航10ノットで12500マイルに対し、アイレックスは
巡航14ノットで38000マイルと、飛躍的に増大しており、長距離哨戒能力は米海軍潜水艦部隊の中でも突出している。
しかし、艦体が大型化した事で、艦の機動性は幾らか鈍っており、もし、マオンド海軍やシホールアンル海軍の駆逐艦に探知されれば、従来の艦よりも
撃沈される危険が高いと指摘されている。
とはいえ、長距離哨戒能力に優れた上に、水上機を搭載できる事は、敵地に対する偵察活動を容易に実行出来る事を意味しており、その点では、
アイレックスは画期的な潜水艦と言えるであろう。
アメリカ海軍は、来年の春までには、更に10隻の同型艦を就役させる予定で、今年だけでも大西洋戦線に2隻、太平洋戦線に2隻が回航される予定だ。
格納筒が音立てて開かれていく。
中からは、翼が折り畳まれた状態の水上機が姿を現し、格納筒内部に繋がっているカタパルト上に押し出されていく。
機体の中には2名の搭乗員が乗り組んでいる。パイロットがスイッチを押したのか、折り畳まれた翼が自動的に展開されていく。
「主役のお出ましたな。」
ボイド艦長は、やや掠れた声音で呟く。
カタパルトに引き出された水上機は、小振りながらも、そのほっそりとした機体が俊敏そうな印象を如実に醸し出している。
この水上機は、アイレックス級潜水艦に搭載するために、ブリュースター社が新たに開発した新鋭機である。
SO3Aシーラビットは、全長10.8メートル、全幅12.3メートルと、水上機としてはやや大柄であり、開発当初はアイレックス級の
格納筒に入りきらないではないか?という指摘があったが、その問題は、グラマン社の艦載機と、ほぼ同じ折り畳み機構を取り入れる事で
解決している。
武装は両翼に12.7ミリ機銃を2丁搭載し、爆弾を500ポンド、または対潜爆雷2発を搭載できる。
エンジンは、新たに水上艦に配備されたばかりのSC-1シーガルと同じライトR-1820-62空冷9気筒の1350馬力エンジンを
搭載している。
速力は、機体がもともと、S1Aハイライダーの設計を基に作られているため、機体には徹底した空気抵抗の減少が図られており、水上機
としては異例の522キロという高速力を発揮でき、フロートを取り外した場合は570キロまで上がる。
また、自動空戦フラップを搭載しているお陰で空戦能力も低くなく、万が一の場合は、高水準の空戦能力と、ハイライダーから譲り受けた
高速力を持って窮地を脱する事も出来る。
それに加え、航続距離も1800キロと、米海軍の水偵の中ではダントツの能力を持っており、現時点では米海軍一の水上偵察機と言えた。
シーラビットがカタパルト上に引き出されてから20分後、艦橋に飛行長のライリー・ゴードン大尉が上がって来た。
「艦長。発艦準備完了です。」
「よし、発艦だ!」
ボイド艦長は頷くなり、素早く命令を発した。
ゴードン飛行長が、カタパルトの側に立っている甲板要員に合図し、甲板要員が片手を上げる。
カタパルト上のSO3Aは暖気運転を終え、いつでも発艦出来る状態にある。
甲板要員が手を振りおろした。その直後、カタパルトが射出され、SO3Aの機体が猛速で引っ張られた。
瞬時に艦首を越えたシーラビットは、そのまま上昇に移って行った。
「上手く飛び上がったな。」
「ええ。後は、シーラビットから情報が送られて来るのを待つだけですな。」
「だな。それまでは、しばらく身を隠す事にしよう。」
ボイド艦長はそう返すと、発令所に潜航用意の命令を下した。
アイレックス搭載機の機長を務める、ティム・トランチ中尉は、威勢の良い声で後部座席の相棒に話しかけた。
「フリンツ!そっちの調子はどうだ!?」
「バッチリです!機上レーダー、通信機、共に異常なしです!」
後部座席に座るドイツ系アメリカ人のフリンツ・アイヒル兵曹長は大声で答える。
2人は元々、太平洋方面でPBYカタリナ飛行艇に乗り組んでおり、トランチ中尉はパイロット、アイヒル兵曹長は無線手として
同じ機に乗り組んでいた。
新鋭機であるSO3Aシーラビットの搭乗員に任命されたのは、今年の6月からであり、それ以来、2人はこの水上機の慣熟訓練を行って来た。
アイレックスには、10月の初めから乗り組みとなり、それ以降は艦上からの発艦や着水など、入念に訓練を積んで来た。
そんな彼らは、SO3Aに乗って以来、初めて、実戦任務に就く事になった。
「しかし、初めて与えられた任務が、ゴホルドナの航空偵察になるとはね。」
「現地には確か、敵の有力艦。竜母が居たようですね。」
「ああ。そう聞いている。その竜母の有無を確認するのが、俺達の仕事だ。」
「竜母の有無ですか……確か、マイリー共は2隻の竜母を有していると聞いた事があります。」
「俺達のお仲間が、2ヵ月前からちょくちょく見つけているようだな。」
トランチ中尉は、出撃前に飛行長から聞かされた話を思い出しながら、アイヒル兵曹長に答える。
コルザミ沖に、マオンド軍の竜母が確認されたのは、今から2か月前の事である。
当時、アメリカ大西洋艦隊司令部は、マオンド海軍の機動部隊は既に壊滅状態にあり、今後は脅威に成り得ないだろうと判断していた。
だが、潜水艦部隊は、幾度となく、正規竜母と思しき大型艦が、モンメロ沖海戦の生き残りである小型竜母と一緒に訓練を行っている姿を見つけていた。
大西洋艦隊は、10月頃にレンベルリカ連邦共和国の北部に潜水艦基地を設営してからは、哨戒潜水艦の数を増やし、10月中旬には、総計で
30隻の潜水艦が大陸の東海岸一帯に配備された。
その頃から、潜水艦部隊竜母部隊の捜索に躍起になったが、2隻の竜母を守る護衛艦はかなり手強く、竜母の近くに接近しようものならば、たちまち
猛攻撃を受けて撃沈されるか、撃退される艦が相次いだ。
大西洋艦隊司令部は、寡兵とはいえ、一応戦力を残しているマオンド機動部隊の存在に神経を尖らせた。
機動部隊と言う物は、保有する母艦の数が少なければ少ないほど、自由に行動が出来、上手く行けば神出鬼没の活躍を見せる事もある。
この敵機動部隊が、第7艦隊の動きを察知し、奇襲攻撃を企図しながらどこかの洋上で待ち伏せている事は考えられぬ事では無い。
特に、地上の航空部隊と連携を取られた場合は、非常に厄介な存在になる。
第7艦隊司令部は、万が一の事を避けるため、竜母部隊の母港とされているコルザミに偵察を行う事を決定し、命令はすぐさま、アイレックスに届けられた。
「しかし、陸軍のF-13が何度も偵察したのに、竜母の姿は無かったというのはどういう事なんでしょうかねぇ。」
アイヒル兵曹長の言葉を聞いたトランチ中尉は、思わず首を捻った。
「さあな。最も、陸さんの連中は、常に高度1万メートル上空から航空偵察を行っている。もしかしたら、それが竜母を見つけられない理由じゃねえか?と思うんだが。」
トランチ中尉はそう言ってから、ため息を吐いた。
「それはともかく。俺達はコルザミに行って、その竜母とやらを見つけるだけさ。」
「ですね。今の内に、心の中で祈っておきますか。」
「ああ、そりゃ名案だ。」
トランチ中尉は、そう返してからクスリと笑った。
11月30日 午前6時 グラーズレット沖南南西260マイル地点
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティ艦内にある作戦室で、第7艦隊司令長官であるオーブリー・フィッチ大将は、
情報参謀のウォルトン・ハンター中佐から報告を聞いていた。
「長官。潜水艦アイレックスから通信です。我が艦より発進せる偵察機は、コルザミ軍港に停泊する2隻の竜母を発見せる、との事です。」
「敵機動部隊の主役である竜母が、2隻共々軍港に居たか……となると、我々は敵に、横合いから突っ突かれる心配はしないで良いようだな。」
「はっ。そのように判断してよろしいかと。」
作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が相槌を打つ。
「側面の脅威が無くなった以上、我々はグラーズレットを思う存分叩く事が出来ます。」
「既に、第1次攻撃隊の発艦準備は整いつつあります。」
航空参謀のウェイド。マクラスキー中佐が発言する。
「第1次攻撃隊は、3個任務群に残されている艦爆、艦攻の約半数を投入し、第2次攻撃で残り半数を投入します。戦闘の推移によっては、
第3次、第4次攻撃隊の投入も行います。」
「グラーズレットへの攻撃は、昼間の航空攻撃で済ませるとして……問題はネロニカへの攻撃だな。」
フィッチは、今まで気に懸かっていた事を口にする。
「ネロニカの秘密施設の周辺には、要塞砲を始めとする敵の砲兵隊が布陣していると聞く。夜間に砲撃部隊が突入するが、敵が戦艦部隊が遡上して
くると知れば、全力で反撃して来るだろう。航空参謀、夜間攻撃隊の編成を幾らか増やす事はできんかね?」
フィッチは、マクラスキーに問う。
「長官。確かに、要塞陣地を弱体化させるには、攻撃隊の編成を増やす必要がありますが…現時点では、まともに夜間攻撃を行える航空隊を有している母艦は、
イラストリアスとワスプだけです。勿論、他の母艦航空隊も夜間飛行が出来る技量は有しておりますが、夜間攻撃は、大規模に行うと空中衝突や誤爆の危険性が
高まります。それ以前に、通常編成の航空隊を有している母艦は、正規空母でイラストリアス、ワスプ、レンジャーⅡ、軽空母でハーミズのみ。残りは全て、
戦闘機主体の航空団を乗せています。」
「ふむ。要するに、揃えようとしても頭数が足りん、と言う事だな。」
「はい。」
マクラスキーは頷く。
「それに加えて、グラーズレット空襲の際に艦爆、艦攻にも損耗が出ますから、実際に出せる数は少なくなるかと思われます。その穴埋めとして、
攻撃隊にはロケット弾装備……または、爆装した戦闘機を多数随行させます。」
フィッチはマクラスキーの説明を聞きながら、第1次、第2次攻撃隊の編成を思い出した。
今から発艦する第1次攻撃隊は、TG72.1からF6F36機、F4U54機、SB2C20機、TBF16機。
TG72.2からF6F24機、F4U36機、SB2C16機、TBF12機。
TG72.3からF4U52機、SB2C18機、TBF14機、計298機が発艦する。
第2次攻撃隊はTG72.1からF6F28機、F4U36機、SB2C8機、TBF8機。
TG72.2からF6F18機、F4U28機、SB2C10機、TBF12機。
TG72.3からF4U36機、SB2C9機、TBF10機、計203機が発艦する予定になっている。
出撃前、TF73は護衛空母から艦載機の補充を受けている。
その際、艦爆、艦攻を以前よりも若干多く積んでいるため、機動部隊全体で153機の攻撃機を有している。
だが、その153機という数は、決して多くは無い。
弱体化した攻撃力を補填するために、第1次攻撃隊はF4U24機、F6F18機がロケット弾装備、または500ポンド爆弾を装備し、
第2次攻撃隊ではF4U18機とF6F12機が、第1次攻撃隊と同じ装備で敵地攻撃に当たる。
昼間のグラーズレット空襲は、この編成で何とか行う算段である。
だが、夜間攻撃隊に使用する攻撃機は、戦闘機を使う事は不可能であるため、この少ない153機の中から抽出するしかない。
その少数の攻撃隊しかない今、ネロニカ河に布陣する要塞陣地を攻撃するには、戦力が足りない。
「昼間は何とかなるでしょうが、夜間攻撃隊は、戦力の薄さから見て、せいぜいダムの破壊が精一杯となるでしょう。」
「ふむ……では、要塞の破壊は砲撃部隊に任せるしかない、と言う訳か。」
「攻撃目標をグラーズレットから、ネロニカに変更すれば、要塞陣地も叩き潰す事は可能でありますが、そうしますと、敵に我々が、極秘施設の
破壊が狙いであると判断され、極秘施設を破壊される前に、敵が重要機密を持ち逃げする可能性があります。それに加え、ネロニカ周辺には、
100騎単位のワイバーン隊が収容されているワイバーン基地が2つもあります。このワイバーン部隊が全て防御に回れば、航空攻撃も満足に行かず、
敵に時間を稼がせる結果になりかねません。」
「航空参謀の言う通りです。」
作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐も言う。
「そうならぬように、我々は昼間、グラーズレットを徹底的に叩き、そして、敵の戦力をこちらに向けさせるのです。」
「うむ。確かに、それが妥当だな。」
フィッチは納得したように頷いた。
「諸君の考えは良く分かった。とりあえず、ここは当初の案通りに動くとしよう。航空参謀、攻撃隊の準備はどうなっている?」
「はっ。もうそろそろ発艦準備は終わる頃合いかと思われます。」
マクラスキーがそう返事した直後、作戦室に通信将校が入室し、ハンター情報参謀に紙を渡した。
ハンター中佐は紙面に書かれた内容を一読した後、フィッチにそれを伝えた。
「長官。TF72司令部より通信です。これより、第1次攻撃隊を発艦させり。」
ハンターの言葉を聞いた後、フィッチは、オレゴンシティの艦体が右に回頭していくのがわかった。
「よし。いよいよ、作戦開始だな。」
フィッチの何気無い声音が、作戦室内に響き渡った。
11月30日 午前8時 グラーズレット
港町グラーズレットの中心部にある防空司令部に第一報が入った時、時刻は午前8時丁度を指していた。
「司令!洋上の哨戒艇より魔法通信です!グラーズレット南方40ゼルド付近で敵大編隊見ゆ!数は約200以上、グラーズレットに向かう!」
「何?それは誠か!?」
洗面台の前で、髭を剃っていた司令官は、仰天したように叫んだ。
「はっ!確かな情報です!」
「何という事だ……すぐに迎撃の準備に当たらせろ!それから、偵察ワイバーンからは情報は入っていないか!?」
「いえ、偵察ワイバーンからは何の連絡もありません!」
司令官は返事を聞くなり、無意識に舌打ちをした。
「あと何騎か偵察ワイバーンを飛ばせ!敵編隊が現れた位置からして、敵の機動部隊が近海をうろついているかも知れん。すぐにかかれ!」
司令官は、過去にもグラーズレットが、米機動部隊の空襲で痛い目に遭っている事を知っているため、判断が素早かった。
司令官はすぐに髭剃りを止め、慌てて服を着てから司令部に戻った。
10分後、新たな情報が入った。
「洋上監視艇より報告!敵戦爆連合編隊は現在、グラーズレットの南南西30ゼルド付近まで接近せり!敵の数は約300機!」
「300機か……アメリカ人共め、またぞろぞろとやって来たな。」
司令官はそう呟きながら、グラーズレット周辺に配備されているワイバーン部隊の編成図を脳裏に思い浮かべる。
グラーズレットの郊外には、3つのワイバーン基地がある。
グラーズレット市西には、第30空中騎士団、北には第31空中騎士団、東には第35空中騎士団がいる。
3個空中騎士団が、グラーズレット市を取り囲むように配置され、敵の攻撃が差し迫った時は、この3個空中騎士団のワイバーンが迎撃し、
敵が来れば攻撃ワイバーンを送って撃滅させる手筈になっている。
だが、その数は多いとはいえなかった。
3個空中騎士団の戦力は、それぞれワイバーン40騎から、50騎前後程であり、全体を合わせても150騎程である。
それ以前に、早朝の偵察に7騎のワイバーンを飛ばしているため、戦力は150を割っている。
元々、この3個空中騎士団にはもっと多くのワイバーンが居たのだが、3日前に本国西部の戦線に補充として、各空中騎士団から40、
又は50騎程が抽出されており、各空中騎士団の戦力は5割程度か、それ以下しか残っていなかった。
「敵が300機に対し、こっちは150騎足らず。ネロニカには200騎ほどが残っているが、こっちには指揮権は無い。とすると、
私はこの150騎足らずのワイバーンで頑張るしかないな。」
司令官は、悲壮な気持ちになりつつも、義務は果たすと心中で決意した。
アメリカ軍攻撃隊は、午前8時30分に姿を現した。
司令官の命令によって飛び立った迎撃のワイバーン隊は、米編隊の姿を見るや勇敢に立ち向かって行った。
だが、米攻撃隊はワイバーン群の迎撃を撥ね退けながら、グラーズレットに到達。
午前8時40分、最初の爆弾が、グラーズレット港で炸裂した後、米攻撃隊は好き放題に暴れ始めた。
アメリカ軍の第1次攻撃隊は、攻撃目標をグラーズレット港並びに、グラーズレット西にあるワイバーン基地に定めていた。
マオンド側は、対空砲火を盛大に撃ち上げて必死に応戦したが、米攻撃隊の猛攻は食い止められず、逆に、アメリカ軍機によって返り討ちに
遭う対空陣地が続出した。
午前9時10分には、アメリカ軍機は潮が引くように去って行ったが、それと入れ替わりに、新たな米攻撃隊がグラーズレットに殺到した。
午前9時40分 グラーズレット港南10ゼルド付近
「来たぞ、アメリカ軍機だ!」
第31空中騎士団第2中隊の指揮官であるキルフェグ・イスラウク少佐は、部下に魔法通信を送った。
眼前には、夥しい数のアメリカ軍機が、緊密な編隊を組みながら、グラーズレットに進みつつある。
その数、ざっと見ても200は下らないように思える。
「くそ、あんなに居やがるとは……こっちは100騎足らずしか居ないっていうのに!」
イスラウク少佐は、歯噛みしながら呟く。
先の戦闘で、142騎居たワイバーンは、被撃墜騎や、損傷騎が続出した結果、今では97騎にまで減っている。
イスラウク少佐も、先の戦闘では自騎も含めて12騎で中隊を編成していたが、今は自分の他に、7騎を率いているのみだ。
それに対して、眼前のアメリカ軍機は、控えめに見積もってもこちらの倍近くは居る。
迎撃する物と迎撃される物……どちらが不利であるかは明白であった。
「こちら指揮官騎!全騎に告ぐ。これより敵編隊を迎撃する。1機たりとも逃がすな!」
指揮官の甲高い声音が、魔法通信によって頭の中に流れて来る。
その威勢の良い言葉を聞いたイスラウク少佐は、返事の魔法通信で応と答えつつも、内心では無茶だと確信していた。
(1機たりとも逃がすなと言うが……不利なのはこっちの方だ。下手したら、こっちが1騎残らず叩かれる、という事もあり得るぞ)
イスラウク少佐は内心で不安になりつつも、部下に指示を下し、指定高度の3000グレルまで上がって行く。
相棒のワイバーンは、先の戦闘の疲れを感じぬとばかりに、力強く左右の翼を振らせながら、体を指定高度まで上げていく。
(無茶をさせて済まんな、相棒)
イスラウク少佐は、内心で相棒を労わった。
先の空襲が終わった後、イスラウク少佐はワイバーン基地に戻ったが、休憩は15分ほどしか取っておらず、敵編隊接近の急報と共に、
再び上空に上がっている。
十分に休養を取っていないため、ワイバーンも、竜騎士も疲れていたが、彼らはそれを承知で米攻撃隊に挑もうとしていた。
指定高度に到達した迎撃隊は、それから5分と経たぬ内に、米軍機と交戦を開始した。
先に仕掛けて来たのはアメリカ軍機であった。
敵の先頭は、翼の付け根が極端に降り曲がった飛空挺が務めており、それが轟音をがなり立てながら急上昇し、下降しつつあったワイバーンに
突っかかって来た。
「敵の先頭はコルセアか……こりゃ厄介だな。」
イスラウク少佐は、その敵機の名前を口にする。
ヴォートF4Uコルセアは、敵機動部隊の艦載機として、今年の10月頃から急速に数を増やしつつある。
コルセアは、ヘルキャットと同様に、ワイバーンと比べれば繊細な動きが出来ず、格闘戦に引き込めば、その鈍い動作が仇となって容易に
落とせる事が出来るが、アメリカ軍もそれは承知しており、敵は常に、2機1組となってワイバーンに襲い掛かって来る。
これがかなり厄介であり、ベテランの竜騎士も、この連携プレイには頭を悩ませている。
イスラウク少佐の中隊も、第1中隊に続いて降下を始めた。
下界には、緊密な編隊を組みながら、飛行しているアメリカ軍機がいる。そこから、何機ものアメリカ軍機が迫ってくる。
先頭の第1中隊が米軍機と正面で撃ちあった後、第2中隊に撃ち合いを終えたばかりのアメリカ軍機が迫って来た。
イスラウクは、1機のコルセアに狙いを付け、距離が300グレルに迫った所で光弾を放てと命じた。
ワイバーンの口から光弾が放たれる。同時に、部下のワイバーンも一斉に光弾を放つ。
申し合わせたかのように、コルセアが両翼から発砲炎を噴き出す。
敵機から、6本もの火箭がイスラウク騎に向かって来る。
敵の機銃弾が、音立てて周囲を飛び去って行く様子は、何度体験しても心地よい物ではない。
敵の機銃弾がイスラウク騎が貼った魔法の防御結界に当たり、パシンという音を立てて弾かれる。
10機ほどのコルセアが、機銃弾を乱射しながらイスラウクの第2中隊とすれ違って行く。
そのまま、コルセアの第2編隊、第3編隊と正面から撃ち合ったが、幸いにも、彼の中隊からは被撃墜騎は出なかった。
中隊は高度2000グレルまで降下してから、上昇に転じた。
「よし、何とか敵編隊の下に回り込む事が出来た。」
イスラウク少佐は、やや安堵する。
先の迎撃では、敵攻撃隊に近付くことすらままならなかったが、今回は敵攻撃隊に近付くチャンスを掴む事が出来た。
「このまま敵編隊に突っ込む!目標は爆弾を抱いたアベンジャーとヘルダイバー、それに敵の戦闘機だ!思う存分にやれ!」
「了解!」
イスラウク少佐の言葉に、中隊の全員が張りのある声音で応じた。
中隊は2騎1組に散開し、思い思いの目標を定め、それに突っ込んでいく。
イスラウク少佐は、アベンジャーの隣を飛行しているコルセアに目を付けた。
「居たぞ。推進型炸裂弾を積んだコルセアだ。あいつを狙う!」
彼は、随行してくる2番機に指示を下すと、狙ったコルセアに向けて突進した。
コルセアも気が付いたのか、4機が翼を翻して向かって来る。
その動きは、どこか鈍いように感じられる。
(推進型炸裂弾を積んでいる分、動きが更に鈍くなっているな)
彼は、心中でそう呟きつつ、狙ったコルセアとの距離が縮まるのを待つ。
距離が400グレルに迫った所で、先にコルセアが発砲して来る。
だが、パイロットは狙いを外してしまったのか、6本の火箭は見当外れの場所に流れていく。
(射撃のタイミングが早過ぎるし、動きも良いとはいえない。コルセアの搭乗員は恐らく新人だな)
イスラウク少佐は内心そう思いながら、距離が200グレルに迫った所を見計らって、コルセアに光弾を浴びせかけた。
イスラウク騎と2番騎は、共に1機のコルセアに光弾を放った。
光弾は、コルセアを包み込み、その直後に被弾と思しき火花が、機首や胴体で散るのが見えた。
コルセアが発動機部分と、胴体から白煙を引いたのを確認した所で、イスラウク騎と2番騎はその4機編隊とすれ違った。
イスラウク少佐は、すぐさまアベンジャーに狙いを付ける。
彼のワイバーンと2番騎は、アベンジャーの右側下方から肉薄し、先程と同じく、200グレルから光弾を連射した。
狙われたアベンジャーとは別のアベンジャーが、胴体下部に付いている機銃を乱射して来るが、全く当たらない。
アベンジャーは、胴体下部や翼に光弾を叩きつけられた。
光弾を撃ち込んだアベンジャーが煙を引いたのを確認したイスラウクと2番騎は、すぐに旋回降下を行い、敵編隊から離れていく。
(よし、まずはアベンジャー1機と、コルセア1機撃破、という所だな)
イスラウク少佐は、まずまずの成果に内心で頷きながら、次の行動をどうするか、頭の中で考える。
その時、2番騎から魔法通信が飛び込んで来た。
「少佐!後方上空よりヘルキャットです!」
返事をする暇も無く、イスラウクは咄嗟に相棒に指示を下す。
ワイバーンの体が急激に動き、くるりと右にロールを行いながら、背面方向に向きを変える。
2番騎もイスラウク騎にならい、同様に動く。
唐突に機銃弾が飛び去る音が後方で成り、その直後に、2機のヘルキャットが発動機の轟音をがなり立てながら、背後を通り過ぎて行った。
「後ろから来たか!」
イスラウクは小さく叫んだ後、相棒に指示を下してあのヘルキャットを攻撃しようとする。
だが、2機のヘルキャットは、そのまま急降下したまま戻って来なかった。
まるで、2騎のワイバーンには興味を無くしたと言わんばかりである。
「クソ!あっさりと逃げやがった!」
イスラウク少佐は、汚い口調で叫んだ。
彼は気持ちを入れ替えると、敵攻撃隊への攻撃を続行すべく、2番騎と共に敵編隊へ向かい始めた。
「おお、味方のワイバーンも、何機か敵編隊へ攻撃出来ているな。」
イスラウクは、敵編隊の周囲で繰り広げられる死闘を見て、幾らか安堵した。
敵編隊は護衛戦闘機が少ないのか、7、8機のワイバーンがアベンジャーやヘルダイバーに攻撃を仕掛ける事に成功していた。
「おっ、アメリカ軍機が落ちて行くぞ。」
イスラウクは、真っ赤な炎を吹き上げながら、墜落して行く米軍機を見つけた。
その米軍機は、錐揉み状態になりながら海に向かって行く。形からしてヘルダイバーのようだ。
それに気を良くしたのか、ワイバーンの攻撃が更に激化する。
新たに、もう1機の米軍機が編隊から離れていく。今度はアベンジャーだ。
このアベンジャーも、右主翼から炎を吹きつつ、機首を下にしながら海面に向かって行く。
「よし!今回は調子が良さそうだな!」
イスラウクは、第1次空襲と違う状況に、今度こそは敵を阻止できるかもしれないと思った。
だが、それも糠よろこびに終わった。
ワイバーンが敵の攻撃機に取り付けた時間はごく短かった。
新たにヘルキャットやコルセアが現れ、攻撃隊を襲っているワイバーンに挑むと、たちまちの内にワイバーンは敵編隊の周囲から駆逐された。
「少佐!4時方向から敵です!」
2番騎の竜騎士から、新たな敵接近の知らせが入る。
「畜生!また来やがったか!」
4時上方から、4機のコルセアが猛速で接近しつつある。このまま敵編隊に向かい続ければ、避ける暇も無く蜂の巣にされるだろう。
(クッ……これじゃ、第1次空襲の時と何ら変わらんじゃないか!!)
イスラウクは、胸の内で叫んだが、体は自然に反応し、相棒のワイバーンは彼の指示を受け取るや、米軍機の射点を外すため、急機動で体の向きを変えた。
「おのれ。敵は食い止める事は、やはり無理だったか!」
グラーズレット市北にある第31空中騎士団のワイバーン基地で、5番銃座を指揮しているキルジ・シゴングザ曹長は、基地の上空に近付きつつある
米軍機の編隊を見るなり、悔しげに叫んだ。
基地内では、慌てて配置に付く者や、伝令役の兵があちこち駆けずり回っている。
アメリカ軍機の編隊は、ざっと見ても50機以上はいる。
その中の一部が編隊から離れ、急速に距離を詰めて来た。
「コルセアが攻撃隊の尖兵か。とすると、噂に聞く推進型炸裂弾を積んでやがるな!」
シゴングザ曹長は、先の第1次空襲で、米軍機が戦闘飛空挺に推進型炸裂弾……5インチロケット弾、並びに、爆弾を搭載して対空陣地の掃討や
施設の爆撃を行ったという話を聞いている。
アメリカ軍機が、第1次空襲と同じ方法で、このワイバーン基地を攻撃しようとしている事は容易に想像が付いた。
基地の周辺に配置されている高射砲が一斉に応戦する。
高度を下げ、猛速で突っ込みつつあるコルセアの周囲に高射砲弾が炸裂する。
高射砲は、砲員が汗みずくとなって必死に撃ちまくるのだが、断片を食らってよろめいたり、直撃を受けて爆散するコルセアは1機も見当たらない。
逆に、それがどうしたとばかりに発動機音を唸らせ、高速で基地に接近して来る。
やがて、魔道銃の射撃が始まった。
コルセアは、基地の南側から接近してきた。コルセアを迎え撃つ魔道銃は12丁で、シゴングザ曹長の5番銃座もその中に含まれていた。
それぞれの魔道銃は、光弾の弾幕をコルセアに叩きつけようとする。
1機のコルセアが機首に光弾の連射を食らった。
真正面から襲い掛かって来た光弾は、コルセアのエンジンに命中し、幾つかのシリンダーが破壊された。
エンジン部分から白煙を噴き出したコルセアは、急速に速度を落とす。
そこへ追い討ちだとばかりに光弾の射撃が集中し、コルセアはバランスを崩して地面に激突した。
更に、別のコルセアが被弾する。このコルセアは、コクピットに光弾を浴びせられた。
パイロットは、コクピット内に暴れ込んだ光弾に体を切り裂かれ、何が起きたのか分からぬまま絶命した。
コクピットのガラスが吹き飛んだだけのコルセアは、急に機首を下げた後、猛速で地面に突っ込み、大爆発を起こした。
高射砲座や、銃座の将兵が喜ぶ。だが、それも束の間。
接近した18機のコルセアのうち、先発していた2機が1基の高射砲座に向けて、両翼の5インチロケット弾を放った。
ロケット弾は、あっという間に高射砲座の周囲に突き刺さり、弾頭の瞬発信管が作動する。
計16発のロケット弾が炸裂し、高射砲座に配備されていた8名の砲員は、全員が死傷した。
ロケット弾を放ったコルセアは、そのまま避退する事無く、両翼の12.7ミリ機銃を乱射しながらワイバーン基地の上空を突っ切って行く。
ロケット弾を搭載したコルセアが、次々とロケット弾を放つたびに、基地の高射砲や銃座は、1基ずつ、確実に粉砕されていく。
とあるコルセアは、負傷したワイバーンが収容されているワイバーン宿舎を見つけるや、躊躇い無くロケット弾の斉射を浴びせた。
ワイバーン宿舎の中には、先の戦闘によって負傷した5騎のワイバーンが残されていたが、8発のロケット弾は、5騎中2騎を宿舎もろとも吹き飛ばした。
コルセアの先制攻撃に続いて、8機のヘルキャットが基地に現れるや、胴体に抱えていた爆弾を次々と落とす。
シゴングザ曹長の銃座は、1機のヘルキャットに狙われた。
彼は、ヘルキャットの胴体から爆弾が離れる瞬間を見るや、銃座の部下達に向かって叫んだ。
「爆弾だ!全員伏せろぉ!!」
彼の絶叫めいた指示を聞いた部下達は、大慌てで銃座の防盾の影や、土嚢の影に隠れた。
その直後、強烈な爆発音が鳴り、銃座は激しく揺さぶられた。
シゴングザ曹長は、耳を塞ぐ寸前に強烈な爆発音を聞いたため、一時的に聴力が麻痺してしまった。
(ぐぁ……耳が……!)
キーンという耳鳴りが頭の中で鳴り続け、同時に頭痛も感じた。
彼は、耳が聞こえないにも関わらず、口で部下達に大丈夫かと叫んでいた。
自分が何を言っているのか聞こえなかったが、伏せていた部下達には聞こえていたのだろう、2、3人が恐る恐る顔を上げ、シゴングザ曹長を
見てから2、2度頷いた。
程なくして、聴力が戻った彼は、部下達の安否を確認した。
彼の素早い指示が幸いしてか、銃座に居た5人の部下達は、全員が無事であった。
「今の所、5番銃座は健在か。しかし、他の所は酷い事になっているな。」
シゴングザ曹長は、他の銃座や高射砲座を見回しながら独語する。
コルセアのロケット弾攻撃や、ヘルキャットの爆撃で、基地の南側の銃座は12箇所から5箇所に減り、高射砲陣地に至っては、6箇所あった砲座が
文字通り全滅していた。
基地の対空砲火が大幅に弱体化したのを見計らったかのように、米攻撃隊の本隊が突撃を開始した。
最初に突っ込んで来たのは、18機のヘルダイバーである。
ヘルダイバーは、3つの編隊に別れたあと、それぞれの目標に向かって急降下を開始した。
「撃て!あいつらを叩き落とせ!」
シゴングザ曹長は、指示棒を振りかざして銃座の部下達に命じる。
連装式の魔道銃から七色の光弾が放たれる。
基地の周辺に残存している魔道銃や高射砲が必死に迎撃するが、大幅に弱体化した対空部隊は、1機のヘルダイバーも落とす事が出来なかった。
ヘルダイバーの群れは、薄いながらも、必死の思いで放たれた対空砲火をあっさりと突き抜ける。
まるで、瑣末な抵抗なぞ無駄と言わんばかりに、展開された両翼のダイブブレーキが轟音を発し、それが地上を圧して行く。
耳を押さえたくなるような甲高い金属の哄笑に負けじと、銃座や砲座の将兵達は迎撃するが、それも、ヘルダイバーの憎らしいほど、見事な投弾
によって無為に返した。
ヘルダイバーから投下された最初の爆弾は、基地の司令部がある1回建ての木造施設に命中した。
既に、司令部の中に居た騎士隊司令や基地の要員は、全員が防空壕に避難していたため無人となっていたが、ヘルダイバーの爆弾はその無人の
司令部を粉砕した。
横長の立派な木造施設が、2発の爆弾によって一気に半分が吹き飛んだ。
施設の左右に1000ポンド爆弾が落下し、大量の土砂が宙に吹き上げられる。
残りの1000ポンド爆弾が落下し、残っていた施設の半分が爆砕され、大量の破片が派手に舞い上がった。
ヘルダイバーの爆弾は、司令部施設、兵舎、食堂に降り注ぎ、これらを跡形も無く吹き飛ばした。
ヘルダイバーの攻撃が終了した後、高度3000メートルより基地の上空へ進入しつつあった12機のアベンジャーが、最後の仕上げとばかりに
水平爆撃を行う。
アベンジャーは、それぞれが2発の500ポンド爆弾を搭載しており、計24発の爆弾がワイバーン基地に投下された。
爆弾は、最初の1弾が、草原に開かれた短い滑走路脇に着弾した後、基地の横斜めを通り過ぎるようにして爆発が起こった。
最後の2弾は、滑走路の東側に位置している、半壊したワイバーン宿舎に命中した。
この爆撃で、生き残った3頭のワイバーンが2発の500ポンド爆弾によって爆砕され、ワイバーン宿舎は全壊してしまった。
地震のような爆弾の連続爆発が収まると、米軍機は海側の方角に向けて避退していった。
「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」
興奮して魔道銃を撃ちまくっていた部下を制してからは、基地に元の静寂が戻った。
シゴングザ曹長は、被っていた鉄帽(今年の7月から支給された防空用の物である)を外してから、周囲を眺めてみた。
「……これは、酷いもんだ……」
彼は、手荒く破壊された基地を見るなり、顔をしかめた。
先程まで健在であった、基地の主要な施設……空中騎士団司令部や兵員宿舎、食堂、ワイバーン施設は、残らず破壊されている。
全壊した建物からは、濛々と黒煙が上がっている。
「先の第1次空襲では、第30空中騎士団の基地と軍港が叩かれている。そして今、俺達はこの基地も手荒く叩かれた。もはや、
グンリーラの航空戦力は、壊滅したも同然だな。」
彼は、単調な声音でそう呟くと、深いため息を吐いたのであった。
午前10時 グンリーラ沖南南西210マイル地点
「長官。第2次攻撃隊より入電です。我、グンリーラ市北方のワイバーン基地、並びに軍港施設を爆撃、効果甚大。ワイバーン基地並びに、
軍港施設は、今次攻撃で壊滅した模様。」
ハンター情報参謀から報告を聞いたフィッチは、硬い表情を崩さぬまま、ゆっくりと頷いた。
「まずはワイバーン基地2つと、軍港施設を潰したか。」
「グンリーラ空襲は、今の所成功しつつあるようです。あとは、攻撃隊の被害がどれ程まで抑えられるか、ですな。」
マクラスキー中佐が言う。
「それに加えて、敵の航空攻撃も警戒せねばなりません。」
ウェリントン作戦参謀がフィッチに話しかけた。
「現在、TF72は軍港とワイバーン基地2つを叩きましたが、グラーズレットにはまだ、ワイバーン基地が1つ残っています。そして、
ネロニカには、手付かずの航空隊が残されています。マオンド側が航空反撃を決意した場合、我が機動部隊は、一時に200から300以上の
敵航空隊を相手に戦う事もあり得ます。長官、ひとまず、敵の航空戦力はある程度削ぎました。ここは、敵の航空反撃を撃退してから、
第3次攻撃隊を発艦させた方が良いかと思われます。」
「うむ。私も作戦参謀と同じ事を考えていた。以降の作戦は、それで良いだろう。」
フィッチは、頷きながらウェリントンに言う。
「情報参謀。ウィスコンシン、ミズーリの敵信班からは何か目立った情報は入って来ていないか?」
「ネロニカ付近の魔法通信からは、我が方に対する対策や、物資搬送を行う、といった類の情報は、未だに入って来ておりません。」
ハンター中佐の言葉を聞いたフィッチは、無言で頷いた。
「となると、敵さんは未だに、私達がグラーズレットの壊滅が目的だと思い込んでいるようだな。とはいえ、まだ安心は出来ない。
くどい様だが、敵信班には、どんな些細な事があっても必ず伝えよと命じてくれ。」
彼は、ハンター中佐に念を押した。
「ゾンビが再び、大地を埋め尽くすという、悪夢の事態は、是が非でも避けねばならんからな。」
11月30日 午前10時15分 ネロニカ地方ソドルゲルグ
ソドルゲルグ魔法研究所の所長であるギニレ・ダングヴァ所長は、研究所を護衛している陸軍第9要塞旅団の指揮官、ムイス・ヒウケル准将から、
グラーズレットが空襲されたとの報告を聞かされた。
「グラーズレットが空襲された、だと?」
「ええ。グラーズレットは、敵の2波に渡る航空攻撃で甚大な損害を被っているようです。」
「敵はどこからやって来たかわかるかね?」
「はっ。グラーズレットの司令部からは、飛来して来た敵機は空母艦載機のようです。」
「空母艦載機……と言う事は、アメリカの空母機動部隊がグラーズレットの近海におるのだな!?」
ダングヴァ所長は、いきなり声を荒げた。
「恐らくは……所長、どうかされましたか?」
「フン。」
彼は、忌々しげに鼻を鳴らす。
「ヒウケル将軍。貴官は、トハスタで実行された作戦が失敗した事は、当然知っているな?」
「はい。勿論知っております。作戦失敗の報を受けた国王陛下が、半狂乱になった挙句、2日間自室に引き籠った事も。」
「将軍。その原因を作ったのが、あのアメリカ機動部隊だ!」
ダングヴァ所長は、見る見るうちに顔を怒りで赤く染めていく。
「海軍のベグゲギュスが、不死者作戦が失敗したその日に、アイオワ級戦艦を始めとする米艦隊が、トハスタに急行しているという情報を掴んでいる。
恐らく、あの図体だけがでかい鉄屑共が、我らナルファトス教の偉大なる執行活動を妨害しおったのだ!!」
ダングヴァは怒りの余り、ヒウケル准将に向けて叫んでしまった。
「その憎きアメリカ艦隊が、この神聖なるマオンドの内海を我が物顔にうろついておるのだ!このような状況で、どうにかならぬのが不思議なぐらいだ!!!」
彼は、早口で言葉をまくしたてた。
「将軍!軍部隊は、あの邪教徒共の艦隊に反撃は加えないのかね!?」
「……第49空中騎士団と、第48空中騎士団は航空部隊による攻撃を検討中との知らせが入っています。」
「検討中?敵がすぐ近くに居るのに、なぜ早く出さんのだ!!」
「いや、出したくても出せないのかもしれません。」
ヒウケル准将は、諭すような口調でダングヴァに説明する。
「アメリカ機動部隊の防空能力はかなり優秀です。第48空中騎士団と49空中騎士団は、総計で200騎以上のワイバーンを有しております。
これに、北方の空中騎士団も加わるでしょうから、動員できるワイバーンは300騎前後になるでしょう。ですが、敵機動部隊の防空能力の前には、
これでは足りぬかと思われます。」
「300騎というと、相当な戦力ではないか!普通にやれば、小さな街ぐらいは一掃できるぞ!それでも足りぬのか!?」
「シホールアンル軍は、1800もの航空部隊でもってアメリカ機動部隊を壊滅させ、追い返す事に成功していますが、その時、シホールアンル軍は、
全戦力の3割以上を越える損耗を出しております。数字に表せば、シホールアンル軍は、600ものワイバーンや飛空挺を失っているのです。航空部隊
の大兵力をたちまちの内に消耗させてしまうアメリカ機動部隊の前に、300騎前後のワイバーンで攻撃を仕掛け、敵空母撃破等の戦果を収める事は、
奇跡が起きる事を願わない限り、ほぼ不可能と言えるでしょう。」
「……将軍、つまり、君は、我が国のワイバーン隊が無能だと言いたいのかね!?」
ダングヴァは苛立ちを露わにしながら、尚もヒウケル准将に噛み付いた。
「いえ、無能などとは言っていません。勿論、出撃をさせれば、戦果は上げると思いますが……しかし、航空攻撃は相手を反復して叩き、
部隊を壊滅させねば、意味がありません。敵空母の撃沈、撃破を狙うにしても、たった300騎前後の攻撃隊では、たちどころに消耗し尽くすのは、
戦う前から見えています。だからこそ、空中騎士団の指揮官たちは攻撃隊を出すべきか否か、今も悩んでいるのです。所長、アメリカ機動部隊の
防空能力は、航空攻撃を躊躇わせてしまうほど、優れているのです。」
ヒウケル准将の言葉の前に、ダングヴァも不承不承ながら、頷く他無かった。
「戦力が少ない……か。そうなれば、致し方ないな……」
ダングヴァは、ワイバーン隊の指揮官達に同情するように呟く。
「……将軍、つまり、航空攻撃を成功させるには、まずは戦力が必要、と言う事だな?」
「はい。1にも2にも、戦力が必要です。でなければ、米機動部隊に損害を与える事は不可能でしょう。」
ダングヴァは、将軍の言葉に我が意を得たりとばかりに頬を緩ませた。
「将軍。大兵力……とまではいかぬが、私達にも戦力があるぞ!」
「戦力…?この研究所には今、ワイバーンはおらぬ筈ですが。」
「いや、私はワイバーンを差し向けたいとは言っておらん!」
ダングヴァ所長は、手を振りながらヒウケルの言葉を否定し、席から立ち上がった。
彼は、窓の側にまで歩み寄る。
窓からは、研究所内にある建物が見渡せる。ソドルゲルグ魔法研究所は、外周を高い塀で囲い、その中に大きな施設が2つと、実験棟のある
施設が8棟設置されている。
ダングヴァは、所長室から見渡せるとある施設を指差しながら、ヒウケルに自らの考えを打ち明けた。
「………所長。確かに空を飛びはしますが……幾ら何でも無謀ではありませんか?」
「少しでも多くの戦力が必要だと言ったのは、将軍、君だぞ。それに、悪い話ではあるまい。あ奴らは、見かけは貧弱そうだが、これまでの
実験で速力だけは250グレル程度は出せるように作っておる。最も、それをする前に、連れて来た80頭のうち、30頭が死んでしまったがな。」
ダングヴァは、ヒウケルに振り返る。
「残りの50頭も、薬漬けにされたお陰で精神が壊れた状態にあるが、攻撃目標を教えて突っ込ませば大丈夫だ。体に仕込んだ魔法薬のお陰で、
あ奴らは空飛ぶ魔法の槍と化しておる。ここで薬を仕込んでから命令を下せば、後はワイバーン隊と共同でアメリカ機動部隊の攻撃を行える。」
ダングヴァは、酷薄な笑みを浮かべた。
「ハーピィを50頭ほどぶち込めば、沈みにくいと言われるエセックス級とやらも、1隻ぐらいは沈められるだろう。そして、我らがナルファトスの
執行活動と言う物がどんな物か、敵機動部隊に見せ付けてやるのだ。」
「………」
ヒウケル将軍は、無表情のまま頷く事しか出来なかった。
「将軍。私は教会の上層部に、この考えを提案してみる。それから、君は軍に、我らとの共同作戦があるかもしれないと報告を送ってくれないだろうか。」
ダングヴァは、複雑な表情を浮かべるヒウケル将軍に構わず、言葉を続けた。
収容所の監視員に新たな薬を打たれた後、いつの間にか、私は空を飛んでいた。
空を飛んでいる。どうしてだろうか?
千切れ千切れの記憶の奥底で、私は同じ部族の仲間と共に、不思議な奴らの要塞に連れ込まれ、訳の分からない実験を繰り返し施され、実験が終われば、他のキメラと無理矢理交配させられ続けられた事しか覚えていない。
精神が壊れたのはいつだったろうか……
覚えていない。
体が、前とは違うようになったのはいつだったろうか……
覚えていない。
ここから這い出し、故郷に戻る事を諦めたのはいつだったろうか……
覚えていない。
大事な筈の記憶は、殆ど消えている。
しかし、新しい記憶だけは、しっかりと頭に残っている。
収容所を出る前に、監視員が見せた絵。
船と思しき姿を持っていたが、その船らしき物は、甲板がまっ平らで、構造物が中央に纏まった不思議な船だった。
監視員は、確かくうぼ、といっていた。そして、その”くうぼ“とやらに、あたし達はただ、全速でぶつかるだけでいい……と。
あたし達に与えられた役割は、簡単すぎると言っていい物かもしれない。
何も考えずに、ただ、そのくうぼとやらの船に当たればいいのだから。
どういう訳か、今日は体が妙に熱い。不思議な物だ。
11月30日 午後1時30分 第72任務部隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズ
第72任務部隊司令官である、ジェイムス・サマービル中将は、艦橋内で僚艦ベニントンの甲板作業を双眼鏡で眺め見ていたが、そこに参謀長の
シャンク・リーガン少将が報告を伝えてきた。
「司令官!ピケット艦のシェアより緊急信です!我、敵ワイバーンの大編隊をレーダーで探知せり!位置は北北東160マイル、方位23度。
速力は180マイル。敵編隊の規模は約100騎前後なり。」
駆逐艦シェアは、モンメロ沖海戦後に喪失艦の補充としてTG72.1に編入されたアレン・M・サムナー級駆逐艦の1隻である。
TG72.1は、モンメロ沖海戦後から段階的に駆逐艦の数を増やしており、今はで24隻の駆逐艦を有するまでになっている。
補充された駆逐艦は、4隻がフレッチャー級で、5隻がアレン・M・サムナー級である。
24隻中6隻は、レーダーピケット艦として、艦隊の周囲60マイル沖に展開している。
駆逐艦シェアは、ピケット艦として艦隊から北東の方角に配置されていた。
「来たか。敵の反撃だな。」
サマービルは、冷静な声でリーガン少将に返した。
「すぐに迎撃しろ。敵の攻撃隊が機動部隊に近付くまで、出来るだけ数を減らすのだ。」
「わかりました。」
リーガンは頷くと、サマービルから聞いた指示を航空参謀に伝える。
その命令は、航空参謀から各空母の艦長に伝わり、そして、飛行長へ伝わって行った。
この時まで、彼らは、普通の迎撃戦闘が始まる、としか思っていなかった。
「こちらフェノリス。ビーバー1聞こえるか?」
空母ベニントンから発艦した直掩隊のうちの1隊であるビーバー小隊は、ピケット艦のシェアのレーダー員に無線で話し掛けられていた。
「こちらビーバー1。感度良好だ。」
4機のF4Uを率いているケディック・ネルソン中尉は、シェアのレーダー員に無線越しで答える。
「ビーバー1。どうやらお客さんが現れたようだ。君達から北東、方位23度方向からワイバーンの大編隊が接近しつつある。距離は100マイル、
数は100騎前後だ。既にゲティスバーグとライトの警戒隊が敵に向かっている。」
「100騎前後か。」
ネルソン中尉は単調な声音で答える。
「他に敵編隊は居ないか?」
「いや、今の所、レーダーには現れていない。先行している低空警戒隊のハイライダーからも連絡はなしだ。」
TF72は、レビリンイクル沖海戦の戦訓として、機動部隊の周囲にピケット艦のみならず、低空警戒用にハイライダーを飛ばして、
敵の低空突破に備えている。
本来なら、ハイライダーの他にアベンジャーも、この低空警戒隊に混じって警戒を行う筈なのだが、肝心のアベンジャーは第1次、
第2次攻撃隊に全て注ぎ込まれているため、現在は8機のハイライダーが機動部隊の周囲100マイルに展開している。
たった8機のハイライダーのみでは、心細い限りではあるが、無いよりはまだましである。
「警戒隊からも連絡はなし……か。てことは、敵さんは定石通り、大編隊を組んで向かいつつあるという事か。」
「そう言う事だ、ビーバー1。ひとまず、君達も敵編隊に向かってくれ。今、他の小隊も現場に向かっている。」
「了解。今すぐ敵編隊に向かう。」
ネルソン中尉は、シェアのレーダー員との会話を終えると、小隊の各機に無線をつなげた。
「こちらビーバーリーダー。聞いた通りだ。俺達はこれより、敵編隊の迎撃に向かう。全機俺のケツについて来い。」
「「了解!」」
部下達が快活の良い声で返事する。その声を聞いたネルソン中尉は、少しだけ微笑する。
(2か月前に配属された時は、ヒヨッコ揃いだったが、数度の航空戦を経験したせいか、自然と生きの良い声がでるようになったな)
彼は、部下達の成長を内心で嬉しく思いながら、機首を指示された方角に向ける。
4機のコルセアは、途中で他の母艦に所属しているCAPと合流しながら、敵編隊に向かって行った。
それからしばらく経ち、ネルソン中尉の小隊は、敵編隊の至近に迫っていた。
「こちらイーグルリーダーから管制室へ。」
先発していたゲティスバーグ隊の小隊長機と、管制室との通信が入る。
「敵は約100騎程度の攻撃隊だ。管制室、増援の航空隊はどうなっている?」
「ベニントンからは20機が発艦した。ロングアイランドからも10機が発艦している。他の任務群も、順次戦闘機を発艦させている。
ベニントンとロングアイランドの増援は15分後に、君達の所へ到着する予定だ。」
「15分か……この数で100騎を相手するのは、ちとしんどいぞ。」
ネルソン中尉は、不安げな気持ちで独語する。
現在、敵編隊に接近しつつある戦闘機は、ネルソン隊も含めて52機である。
一方、マオンド軍は100騎前後のワイバーンを繰り出して来ている。
今までの経験からして、マオンド軍は、攻撃隊の半数を戦闘ワイバーンで固め、残りは攻撃ワイバーンのみというケースが多いが、ここ最近は、
攻撃隊を送る前に、戦闘ワイバーンのみで固めた編隊を送り込んで、ファイターズスィープを仕掛けて来る事が増えている。
もし、眼前の敵編隊が戦闘機の掃討を目的とした攻撃隊であるならば、ネルソン隊を含む52機の戦闘機隊は、実に2倍の敵と戦う事になる。
「15分か。その間、俺達はどうすればいい?突っ込んで敵をひっ掻き回すか?」
「ちょっと待て。相手がファイターズスィープを狙った攻撃隊の先鋒という事もあり得る。イーグルリーダー。せめてあと5分ほどは、
そちらから仕掛けるな。ただし、敵が突っかかって来たら即座に反撃しろ。」
「敵に先手を打たすって言うのか?それは気に入らないが。まぁ、待っている間は高度を稼いで置く事にする。」
「それが1番だ。現在、敵編隊は高度4000メートルを飛行中だ。君達は高度5000を飛行中だから、6000まで上げた方がいいかも知れん。」
「OK。こっちと敵編隊とはまだ距離がある。近付くまで高度を上げて置くよ。」
イーグルリーダーと管制室との会話はそこで途切れた。
「こちらイーグルリーダーだ。今から俺が指揮を執る。無線で聞いた通り、今はまだ敵編隊には突撃しない。あと5分ほど待ってから攻撃を開始する。
その間、俺達は高度6000まで上昇する。全機、俺に続け!」
イーグルリーダーからの指示が届くと、先頭を飛行していたF6Fの編隊が上昇を開始して行く。
他の小隊も次々と上昇を開始し、ネルソン隊もその後に続いた。
5分後、52機の戦闘機は、高度6000まで上昇し、敵編隊の左側斜め上に占位していた。
「こちらイーグルリーダーより管制室へ。現在高度6000メートルにて待機中。これより迎撃に移る。」
「こちら管制室。交戦を許可する。機動部隊からもあと60機ほどがそちらに向かっている。後の心配はせずに存分にやれ!」
「了解!こちらイーグルリーダーより各機に告ぐ!これより攻撃に移る!相手はマイリーのヒヨッコ共だ、空戦のやり方を教えてやれ!」
イーグルリーダーより猛々しい声音が流れた後、先頭を飛んでいたF6Fが胴体に吊っていたドロップタンクを落とした。
ネルソン中尉もそれに習い、胴体下に搭載しているドロップタンク切り離しのボタンを押す。
コルセアの細い胴体に、コバンザメの如く張り付いていたドロップタンクが胴体から離れ、燃料供給口から航空ガソリンの飛沫を噴きつつ、
風にゆられながら落ちていく。
戦闘前の儀式ともいえる、ドロップタンクの切り離しが終わると、待ってましたとばかりに、F6F、F4Uが翼を翻して、急降下で敵編隊に
突っ込んでいく。
「よし、俺達も斬り込むぞ!」
ネルソン中尉は、部下にそう言った後、機体を翻してワイバーンの編隊に向かう。
前方の視界がぐるりと回り、眼下にワイバーンの編隊が見え始める。
ワイバーンは3つの挺団に別れており、先に行ったF6F、F4Uは先頭の挺団を集中して攻撃している。
(ここは、第2挺団も叩いて、引っ掻き回した方が良さそうだな。)
ネルソンは心中でそう決意した後、機首を第2挺団に向けた。彼に習って、同じ小隊の後続機も第2挺団に向かう。
ネルソンと同じ考えの者が他にもいたのだろう。4機のF6Fと、4機のF4Uがネルソン隊よりも先に、第2挺団に向かって突っ込んでいく。
迫り来る戦闘機に気付いたのか、何騎かのワイバーンが上昇に移り、先発したF6FとF4Uを迎え撃つ。
先発した2個小隊が、正面からワイバーンと撃ち合い、すれ違うが、双方に被撃墜機は出なかった。
そのすれ違ったワイバーンは、そのままネルソン隊に迫って来る。
ネルソン中尉は、先頭のワイバーンに狙いを付けた。
距離が200メートルに縮まった所で、彼は無言で機銃を発射した。
両翼の12.7ミリ機銃が火を噴き、6本の火箭がワイバーンを包み込んでいく。
ネルソンは、確かに命中したと思ったが、その直後、ワイバーンの周囲に薄い赤紫色の光が放たれる。
(やはり、最初はああなるか。)
ネルソンは心中で呟く。最初に発射した機銃弾が、敵の魔法防御によって弾かれる事は、経験上予想できるため、驚く事は無い。
ネルソン隊の僚機も、ネルソン中尉が撃ったワイバーン目掛けて機銃弾を放つが、運が悪い事に、敵の魔法防御を打ち破れるまで
機銃弾を叩き込む事は出来なかった。
その一方で、ワイバーンも光弾を放って来る。
正面から光弾の嵐が吹きすさび、機体の左右や上下を飛び去って行く。
1度だけ、異音と共に機体に振動が伝わるが、ネルソン機は特に異常が生じる事も無く、敵騎との正面対決を終えた。
ネルソン隊は、そのまま敵の編隊に切り込んでいく。
この時、ネルソン中尉は、敵編隊が戦爆合同の攻撃隊である事が分かった。
マオンド側のワイバーンは、向かって来るF6F、F4Uを見つければ、すぐに挑んで来るが、その一方で、ずっと緊密な編隊を
組みながら飛行を続けるワイバーンも確認できる。
ネルソンは、自分の小隊を率いながら、一旦は高速で急降下を続け、高度3000メートルまで降下した所で降下を止め、しばしの間第2挺団の様子を見た。
第2挺団は、幾らか編隊が乱れているが、それでも14、5騎ほどのワイバーンは緊密な編隊を組んでいる。
「ふむ。敵は戦闘ワイバーンが多い物の、対艦攻撃用の攻撃ワイバーンも交えているか。第1挺団は戦闘ワイバーン中心だったが、第2挺団は
そうではなかった。第3挺団も、第2挺団と同様とすると、この敵編隊は、戦闘ワイバーンの比率を高めただけの攻撃隊だな。」
ネルソンはそう確信した。
彼の言う通り、このワイバーン編隊は、戦闘ワイバーン70騎、攻撃ワイバーン30騎で編成された攻撃隊である。
この攻撃隊は、第1次、第2次攻撃隊で甚大な損害を負った第30、第31、第32空中騎士団の生き残りを掻き集めた上、後方に居た予備のワイバーン隊を
加えた急造の攻撃隊である。
先頭の第1挺団は、第30、31、32空中騎士団のワイバーンで編成されているため、実戦を経験しているが、第2、第3挺団は編成されて
間もない新兵部隊が中心であるため、米軍の迎撃に耐えられるか不安であった。
グラーズレット防空軍団司令官は、この技量未熟な部隊を交えて航空攻撃を行う事は反対であったが、最終的には中央からのごり押しによって、
止む無く攻撃隊を発進させた。
アメリカ軍機は、第1挺団に36機、第2挺団に16機が襲い掛かり、それから15分後には、ベニントンとロングアイランドから、増援の戦闘機隊30機が
来援し、そして10分後には、TG72.3所属のハンコックとノーフォークから発艦した38機の戦闘機が現場に到着し、敵攻撃隊と激しい空中戦を繰り広げた。
敵編隊と交戦を開始してから30分が経過した。
「こちらイーグルリーダー。現在、敵編隊は艦隊まで60マイルまで接近している。数はだいぶ減らしたが、まだ60騎ほどが頑張っている。」
「こちらは管制室だ。敵もそろそろ疲れて来ている筈だ。そのままの調子で敵を減らし続けろ……ん?イーグルリーダー、また新しい敵が現れたようだが……おい、
このハイライダーからの報告は本当なのか?」
様子見のため、高度2000で2番機と共に待機していたネルソン中尉は、管制官の声音が変わった事に気が付き、周囲を見張りながら、レシーバーに聞き耳を立てた。
「イーグルリーダー。ハイライダーが、交戦区域から20マイル北西を飛行中の飛行物体の集団を確認したと伝えている。」
「飛行物体の集団だと?ワイバーンじゃねえのか?」
「いや……それがな、どうも不思議なんだ。どういう訳か、ハイライダーのパイロットは、鳥人間らしき物が集団で飛んでいる、と報告を送って来ている。」
「鳥人間だと?それはまた……不思議だな。」
「ひとまず、そちらに戦闘機を送って確認したい……ハイライダーの位置から一番近くに居る機に、その謎の飛行物体を確認させてくれ。」
「OK。レーダーにはどの機が写っている?」
「……ビーバー1のようだな。こちらは管制室、ビーバー1聞こえるか?」
俺に来たか、と思いつつ、ネルソンは返事をする。
「こちらビーバー1。聞こえます。」
「君達の北西20マイルに、不審な飛行集団が高度1000メートル付近を飛行していると、ハイライダーから連絡があった。君達は急いで、
その飛行集団を確認してほしい。」
「レーダーには映らなかったのですか?」
「……レーダーもその反応を捉えているが、さっきから映ったり映らなかったりしている。どういう訳かハイライダーもその飛行集団を見失っているから、
君達でその姿を確認してくれ。」
「了解。すぐに確認に向かいます。」
ネルソンはそう返答し、残りの2機と合流した後に、ハイライダーが発見した謎の飛行集団の捜索に向かった。
それから10分後。
高度2000メートル付近から捜索を行っていたネルソン隊は、遂に謎の飛行集団を発見した。
彼らがそれを見つけた時、目標との距離は1500メートルほどしか離れていなかった。
「俺は、夢でも見ているのだろうか?」
ネルソンは、その飛行集団を見た時、そう呟いてしまった。
だが、その飛行集団は、現に目の前を飛んでおり、機動部隊に接近しつつある。
「こちらビーバー1より管制室へ、目標を発見しました!」
「こちら管制室。目標の正体はわかるか?」
「ええ、わかります。目標は鳥人間……噂では、ハーピィと呼ばれる人種です!」
「ハーピィだと?それは本当なのか?」
管制官は、ネルソンの言葉を信じ切れなかったのか、もう1度質問して来る。
「間違いありません!以前、軍の広報にあった、レーフェイル大陸の亜人種一覧に出てきた、ハーピィと言われる物と全く同じです!
目標は、機動部隊に向かいつつあります!距離は艦隊より北西、約50マイル!」
「こちら管制室。たった今、艦隊司令部より緊急信が入った。戦艦ウィスコンシンの敵信班が、ナルファトス教団側が陸軍ワイバーン隊と
共同で航空攻撃を行いたいと要請している。恐らくは、そのハーピィの集団が、ナルファトス教団側が送った攻撃隊かもしれん。」
「え!?このハーピィが!?」
ネルソンは、思わずショックを受けた。
ハーピィは、空は飛べる物の、ワイバーンのように思い爆弾を抱いて飛ぶ事は不可能と言われている。
今、目の前で飛んでいるハーピィの集団も、遠目で見辛いではあるが、武器らしい装備は全く付けていないと思われる。
「敵は、こんな丸腰のハーピィを送りつけて来たのですか!?」
「恐らくは、そうかもしれん。いや、もしかして、何らかの魔法を仕込まれた後、機動部隊の攻撃を命じられて、ここに送り込まれたのかも知れん。
いずれにせよ、そのハーピィの集団が、何らかの意図を持って、機動部隊に近付いているという事は確かだ。君達は、そのハーピィ達が艦隊に近付く
前に、撃退してほしい。」
管制官の口から放たれた言葉を聞き、ネルソンは、自身の体が緊張で固くなるのが分かった。
(撃退……つまり、あいつらを撃てって事なのか。)
ネルソンは、眼前を悠々と飛行するハーピィの群れを見つめながら、そう思う。
ハーピィの数は50ほどになるだろう。それを、たった4機で対応するには、荷が重すぎる。
(必ず落とさなくてもいいかもしれんが、それにしたって、4機のコルセアでやるには)
彼の心中を見透かしたかのように、管制官から新たな指示が飛ぶ。
「君達の増援として、新たに12機を向かわせてある。君達は、この12機と合流した後に、そのハーピィ達を追い払ってくれ。そのハーピィ達は
敵側だが、洗脳されているだけと言う事もあり得るから、最初は慎重にやっても構わん。だが、もし抵抗してくるのなら、その時は撃墜してもいい。」
「わかりました。自分達は増援が来次第、阻止行動に移ります。」
ネルソンは、素っ気ない口調で返事してから、無線機を切った。
それから10分程で、増援がやって来た。
「よし、阻止行動に入るぞ。」
ネルソンは、12機のF6FとF4Uが合流したのを確認したあと、自らが率いる小隊でハーピィの群れの前方を猛速で通り過ぎた。
群れの前面をフライパスした後、2機と2機に別れ、ネルソンはハーピィ編隊の右側に沿って並行しようとする。
異変は、その時に起きた。
ネルソン隊が並行して飛行を始めるや、いきなり、3頭ずつのハーピィが、ネルソン隊に襲い掛かって来た。
「いかん!離脱しろ!」
一部のハーピィが起こした突然の行動に危険を感じたネルソンは、すかさず部下に指示しながら、操縦桿を倒して愛機をハーピィの群れから遠ざけた。
「畜生!あいつら、手の先から雷みたいな物を放っているぞ!」
3番機のパイロットが、罵声を交えながら報告を伝えてきた。
群れから離れた6頭のハーピィは、2機ずつに別れたネルソン隊に攻撃を続けたが、幸いにも、ネルソン隊に被弾する機は出なかった。
「こちらビーバー1!目標から攻撃を受けた!これより、敵編隊に対して攻撃を開始する!」
ネルソンは、叩き付けるような口調でそう報告した後、機体を旋回上昇させ、機首を目標に向ける。
敵編隊には、既に12機の戦闘機が突っかかり、12.7ミリ弾の雨嵐を叩き込んでいた。
私達の周囲が、次第に騒がしくなって来た。
唐突に表れた、翼が折れ曲がった鉄の鳥と、ごつい形をした鉄の鳥が、急降下と急上昇を繰り返して、私達に突っかかって来る。
うっとうしい。
私はそう思った。
だけど、鉄の鳥達は、私の思いを嘲るかのように、私達にちょっかいを出し続ける。
1人、また1人と、仲間が落ちていく。
私のすぐ右横を飛んでいた仲間が、降り注いで来た光の束に胴体を断ち割られ、悲鳴を上げる事も無く落ちていく。
あのハーピィは確か…隣山の
物思いに耽る事すら許さないとばかりに、鉄の鳥は、耳障りな音を立てながら、すぐ近くを通り過ぎていく。
自分達が脅威に晒されている事はわかっている。
だけど……怖いと思う事は無い。
しばらくして、あたし達の眼前に、船らしき物が見えてきた。
船は、かなりの数が居たが、その中には、出発前に、目標として教えられていたくうぼも居た。
それを今、自分の目で確認した。
体の熱が、自然と高まって来る。
目標を確認した後は、それに向かって、ひたすら飛び続けるだけ。
あとは、くうぼに辿り着くまでに、自分の体が消えない事を願うだけだった。
午後2時30分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
TG72.1司令官であるジョン・マッケーン少将は、群司令部付きの通信参謀から報告を聞いた。
「司令!敵のハーピィ集団は撃滅ゾーンを突破!間もなく、輪形陣外輪部に到達します!」
報告を聞いたマッケーン少将は、無言で頷いた。
敵のワイバーン編隊は、TG72.1に向かわず、TG72.2に突進し、今も交戦中である。
TG72.1の将兵は、敵の矛先がTG72.2に向かった事で、幾らか安堵した。
しかし、それも束の間であり、敵の新手はTG72.1に突進して来たのである。
「ピケット艦より通信。我、艦隊の北東150マイル付近を飛行中の敵大編隊を探知。敵は2群、数はそれぞれ100前後。
高度4000メートルで飛行中との事です。」
艦橋に通信士官が現れ、持っていた紙に書かれた内容を、機械的な口調で説明してから通信参謀に渡す。通信士官はそそくさと艦橋から去って行った。
「新たな敵編隊が現れたようだな。」
マッケーンは、通信参謀にそう言った。
725 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:33:35 ID:5x/ol6rU0
「はい。それも2群です。それも、間の悪い時に現れましたな。」
「ああ、全くだ。」
通信参謀の言葉を聞いたマッケーンは、肩を竦めながら答えた。
TF72は、正午前に第2次攻撃隊を収容してから、大急ぎで第3次攻撃隊の編成を行っていたのだが、この時、TF72は、すぐに出せる
戦闘機が思いの外少なかった。
原因は、第1次、第2次攻撃隊で戦闘機専用空母からも、攻撃隊として戦闘機を発艦させた事にあった。
このため、使える戦闘機が一時的に少なくなり、TF72が満足に戦闘機隊を防空に回せる状態が整うまでは、あと1時間必要だった。
だが、マオンド側はこれを見透かしたかのように航空攻撃を仕掛けて来た。
しかも、敵編隊はTG72.1とTG72.2に襲い掛かっている。
「せめて、敵の攻撃がTG72.1か、TG72.2のどちらかに集中していれば、今現れた、新手に差し向ける戦闘機も増えたかもしれん。」
「いずれにしろ、今は敵の攻撃を撃退する事を考えましょう。話はそれからです。」
通信参謀がそう言った直後、輪形陣の左側で対空戦闘が始まった。
「左側輪形陣外輪部で戦闘が始まりました!」
艦橋に、見張り員の声が届く。
イラストリアスの艦橋で、見張りに付いているジュード・バントラー2等兵曹は、双眼鏡を握りしめながら、輪形陣の左側で行われている
対空戦闘に見入っていた。
輪形陣外輪部の守備に付いている駆逐艦群が、猛烈に高角砲弾を撃ちまくっている。
陣形の左側には、9隻の駆逐艦が配備され、その少し内側には軽巡洋艦のケニアとナイジェリアが布陣し、そのまた内側には巡洋戦艦のレナウンが
配置されている。
9隻の駆逐艦と、軽巡ケニア、ナイジェリア、巡戦レナウンに左舷側を守られているのは、エセックス級空母のベニントンとインディペンデンス級
軽空母のロング・アイランドⅡである。
イラストリアスは、ベニントンの右舷側800メートルを、時速28ノットで航行している。
位置的に、敵の狙いはベニントンかロング・アイランドに向けられるかも知れないので、イラストリアスは攻撃を免れるだろう、とバントラー2等兵曹は心中で思った。
彼は、目に双眼鏡をあてて、対空砲火の迎撃を受ける敵編隊を見る。
「……あれが敵編隊か……なんか、思ったよりも小さいな。」
726 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:34:16 ID:5x/ol6rU0
敵の正体がハーピィであると告げられていないバントラーは、敵がいつものワイバーンとは違う事にやや戸惑った。
敵の姿が、ワイバーンと違ってかなり小さいため、双眼鏡越しでも、まるで虫のようにしか見えなかった。
そのせいか、敵が対空砲火によって撃ち落とされているのか否かを確認するのにかなり手間取った。
「あっ、1騎落ちた…ような気がする……しかし、何か分かり辛いな。」
バントラーは、敵情の確認に四苦八苦するが、彼の苦闘をよそに、状況は次の段階に進んでいく。
眼前のベニントンが高角砲弾を撃ち始めた。
艦橋の前・後部に設置されている4基の5インチ連装砲が咆哮し、発砲煙が後方に流れていく。
この時、バントラーは、幾つかの小さな黒い点が、猛速でベニントンに向かっている事に気が付いた。
目標のくうぼを見つけたあとは、ただひたすら、それに向かって飛ぶだけだ。
自然と、体が加速されていく。
周りに何かが音を立てて弾けていく。ふと、すぐ側にいた仲間の気配が、弾けた音と共に消えた。
目標の周りを取り囲んでいる、小さな船から大砲らしき物が放たれている。
仲間が、その大砲から放たれ、弾ける砲弾によって次々とやられていくが、あたしには関係の無い事。
くうぼの姿が大きくなっていく。
(あと、20秒ほどか……)
心の中でそう思った後、陣形の一番外側に居る小さな船から、大砲とは違う何かが放たれる。
落ちていく仲間達が、さらに増える。いきなり、後ろで大きな爆発音が轟くが、あたしには関係の無い事だ。
小さな船の真上を通り過ぎた時、いきなり、左足の感覚が無くなった。
でも、感情を失ったあたしには関係の無い事。あたしはただ、目標にぶつかる事だけを考えればいい。
さっきの小さい船より、ちょっと大きな船が目の前に現れる。その船は、小さい船よりも激しく何かを打ち上げている。
体に衝撃が走る。口から、何か熱い物が噴き出る。
でも、痛みも感じなくなったあたしには、関係の無い事だ。
727 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2010/09/01(水) 08:34:50 ID:5x/ol6rU0
その船の真上も通り過ぎ、今度はその船よりも大きな船が目の前に現れる。この船は、小さい船と、それよりも大きな船の顔役なのか、かなり激しく打ち上げて来ている。
その船の真上を通り過ぎた時、右足の感覚が無くなった。そのついでに、少し飛び辛くなった。
巨大な船の真上を通り過ぎ、目の前にくうぼが現れる。
すらりと伸びた、平らな甲板。その真ん中にある船橋。感情が消えていた筈なのに、私は何故か、その船が格好良いと思ってしまった。
でも、それだけ。あたしは、そのくうぼのど真ん中に向かって行く。
あっという間に、くうぼの近くに来た。あと5秒でそのど真ん中に辿り着くと思った時、右の翼が千切れ飛び、視界が急にぐるぐると回り始めた。
距離から見て、くうぼには何とか辿り着ける。目的は達成できるかもしれない。
でも、どういう訳か、あたしにはどうでも良いと感じていた。
到達まであと2秒。視界が失われ、聴覚だけがおぼろげながらも生き残る。
耳には、けたたましい轟音と、何かの声らしき物が聞こえる。
あたしは知らず知らずのうちに、口を開けていた……
「これでやっと、……あたしも、解放される」
バントラーは、その小さい飛行物体が、ベニントンの至近に来るまで、次々と消し去るか、自爆して爆散する光景に見入っていた。
「あれって……まさか、ハーピィという奴じゃないか!?」
バントラーは、自分が目の当たりにした敵の姿を見て、信じられないと言わんばかりに叫んだ。
「いや……でも、あの姿は確かにハーピィだ……あっ!」
バントラーはその時、声を失ってしまった。
ベニントンは、左舷側の40ミリ機銃、20ミリ機銃でもって、残るハーピィ3頭に猛烈な弾幕射撃を加え、寸手のところで2頭を叩き落とした。
そして、最後の1頭も、右の翼を40ミリ弾に弾き飛ばされ、急回転しながら墜落し始めた。
だが、最後の1頭は既に、ベニントンを射程内に捕えていた。ハーピィは惰性でベニントンの飛行甲板に突入した後、大爆発を起こした。
1000ポンド爆弾が炸裂したかのような爆発が、ベニントンの飛行甲板で起こり、飛行甲板の真ん中から爆炎が噴き上がる。
「ベニントン被弾!火災発生の模様!!」
彼はすかさず、僚艦の被害状況を艦橋に知らせる。
「クソ!あいつ、自分から突っ込んでいきやがったぞ!?」
バントラーは、声を震わせながらそう言い放つ。
胸の内に、言いようのない不快感が溜まって行く。
(クソ!クソ!クソ!マイリーの奴ら、自爆攻撃隊を送り込んで来やがった!なんてクレイジーな奴らなんだ!!)
バントラーは、その言葉を、あらん限りの声で吐き出そうとしたが、プロの軍人としてのプライドが、彼にそのような醜態を晒す事を回避させた。
午後3時10分 第72任務部隊第1任務群旗艦 空母イラストリアス
「敵編隊接近!対空戦闘用意!」
イラストリアス艦長、ファルク・スレッド艦長の指示が、イラストリアスの艦内に響き渡る。
艦内が喧騒に包まれる中、艦橋に詰めているマッケーンは、頭の中で、先程の対空戦闘の様子を思い返していた。
TG72.1に現れた敵攻撃隊は、ワイバーンではなく、ハーピィである事が既に判明している。
ハーピィは、CAPの妨害を受けつつも、最終的には30頭程の数で艦隊に突入して来た。
機動部隊の各艦は、突入して来たハーピィに対して、不本意ながらも、問答無用で射撃を開始した。
目標が、ワイバーンよりも小さいハーピィであるためか、VT信管付きの高角砲弾は、通常よりもずれた位置で炸裂し続け、思うようにハーピィを落とせなかった。
だが、レーダー管制で統制された弾幕射撃は、次第に防御力が貧弱なハーピィに牙を向き、ハーピィは母艦群に到達するまでに、ばたばたと叩き落とされ、
ある者は突然自爆した。
だが、ハーピィは500キロ以上の速力で突進して来たため、全てを叩き落とす事は出来なかった。
最終的に、空母ベニントンとロング・アイランドが、それぞれハーピィ1頭ずつの突入を受けてしまった。
ベニントンは飛行甲板のど真ん中に、撃墜したハーピィが体当たりした。
ハーピィは甲板に激突した直後に、1000ポンド爆弾相当の爆発を起こし、飛行甲板に大穴を開けてしまった。
一方、ロング・アイランドは飛行甲板後部にハーピィの体当たりを受け、後部甲板が爆発で吹き飛んだ。
ベニントンとロング・アイランドは、共に火災を起こしたが、ダメージコントロールのお陰で、被弾から20分後には、延焼を食い止める事に成功している。
このまま、一気に鎮火にこぎ着けたい所ではあったが、マオンド軍はその暇を与えずに、再びTG72.1に攻撃隊が迫りつつあった。
「まさか、マオンド軍の奴らが、自爆攻撃をやってくるとは……そこまでして、戦争に勝ちたいのか。マオンド……!」
マッケーンは、いつしか、ハーピィまでも自爆攻撃に使って来るマオンドに、激しい憤りを感じていた。
「司令、まもなく左側外輪部の駆逐艦が、敵ワイバーン編隊と戦闘に入ります。それから、輪形陣の右側にも、30程のワイバーンが接近しつつあります。」
「敵は定石通り、こちらを挟み撃ちにするつもりのようだな。よろしい、受けて立ってやれ。そして、卑怯な手を使ってまで攻撃を企てて来る敵を、
完膚なきまでに叩き潰すのだ。」
「ハッ。司令、皆も同じ気持ちです。」
スレッド艦長は、慇懃な口調でマッケーンに言った。
新たに表れた200騎の敵編隊は、先発隊同様、CAPの手荒い歓迎を受けたが、米側が用意出来たCAPは、既に100機を割っており、
いくら優秀なレーダー管制があるとは言え、敵に数の優位を抑えられては、状況を覆す事は出来なかった。
敵編隊は、CAPの妨害を跳ねのけた後、TG72.1とTG72.2に押し寄せて来た。
TG72.2には68騎のワイバーンが迫り、うち、30騎が陣形の左側、38騎が陣形の右側から迫りつつあった。
輪形陣左側の駆逐艦と巡洋艦が高角砲弾を撃ち始める。
ワイバーンの周囲に高角砲弾が炸裂し、弾片がワイバーンに襲い掛かる。
大半のワイバーンは、魔法防御で辛くも、弾辺を弾き飛ばすが、1騎のワイバーンが致命的な打撃を食らって早くも墜落して行く。
さほど間を置かぬ内に、輪形陣右側でも対空戦闘が始まった。
空母イラストリアスの右舷側艦首部にある、40ミリ4連装機銃の給弾員を務めるエイル・フリートルン1等水兵は、40ミリ弾のクリップを持ったまま、
射撃開始の合図を待っていた。
「そろそろだぞ。準備はいいか?」
通信マイクが取り付けられた、やや大きめのヘルメットを被っている機銃長のフィリップ・ヨーク1等兵曹が、4連装機銃に取り付いている兵員を
眺め回しながら尋ねて来る。
フリートルン1等水兵を始めとする機銃員達は、彼の言葉に対して、一様に頷いた。
輪形陣右側の対空戦闘は、次第に激しさを増して行く。
敵ワイバーン編隊は、猛烈な対空砲火を気にせずに、陣形の内側へと突き進んでいくが、先のハーピィとの戦闘とは違って、VT信管付きの高角砲弾は、早くも
本来の威力を発揮し、弾片はワイバーンや竜騎士をずたずたに引き裂いて行く。
銃座からは、左右の翼を上下させながら飛行するワイバーンが、まるで、櫛の歯が欠けるかのごとく、ばたばたと撃ち落とされていくのが良く見えた。
対空砲火を撃ち上げているのは、駆逐艦のみならず、巡洋艦や戦艦にまで及んでいる。
特に、アトランタ級防空巡洋艦に属するフレモントと、TF72旗艦のプリンス・オブ・ウェールズの対空射撃は際立っている。
フレモントは、アトランタ級防空巡洋艦の後期型にあたり、搭載している5インチ砲は、復元性の問題から前期型の16門から、12門に減らされているが、
それでも、5インチ連装砲6基が、断続的に砲弾を発射する様は、まさに活火山さながらと言える。
それと同時に、向けられるだけの40ミリ機銃、20ミリ機銃が猛然と放たれる。
プリンス・オブ・ウェールズも、右舷側に指向できる4基の5インチ連装両用砲と40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃を猛然と撃ちまくる。
このため、イラストリアスの右舷側上空は、無数の高角砲弾炸裂の黒煙で覆われていた。
(いつもながら、凄い対空弾幕だ。この調子なら、マイリー共がイラストリアスに辿り着く前に、片っ端から対空砲火に叩き落とされる、
と思うんだが……)
フリートルン1等水兵は、漠然とした思いでそう呟く。
その時、ヨーク1等兵曹が命令を発した。
「目標、右舷上方の敵ワイバーン!撃ち方始め!!」
フリートルン1等水兵は、やはりかと思いながらも、40ミリ弾のクリップをしっかりと握りしめた。
イラストリアスの右舷側に指向されている対空火器が、一斉に放たれた。
4門の5インチ単装両用砲が咆哮したのを皮切りに、40ミリ機銃、20ミリ機銃が猛り狂ったかのように、銃口から弾丸を弾き飛ばす。
フリートルンは、機銃の薬室に込められているクリップが空になったのを見計らって、4発の40ミリ弾を素早く装填する。
それからすぐに後ろを振り返って、銃座からやや低い位置にいる同僚から4発の40ミリ機銃弾を受け取る。
給弾員は、この単純と思える作業を繰り返し行うのだが、40ミリ弾はなかなかに重く、長時間続けると体にかなりの負担が掛かる。
フリートルンは一心不乱に、手渡し-装填を繰り返して行く。
上空に絶えず、弾幕を張る必要がある為、装填作業は切れ目なく行われていく。
そのため、彼は上空の戦闘を眺め見る事は出来なかった。
33回目の装填を行った時、不意に、左舷側から爆発音が聞こえたような気がした。
フリートルンは一瞬、その音の正体を確かめたい衝動に駆られたが、それを抑えつつ、彼は装填作業を続ける。
4発入りのクリップを、ボフォース機銃の薬室に入れ込んだ後、彼はちらりと、左舷側に視線を向けた。
彼の所からは幾らか見辛かったが、ベニントンが居る方角から、爆発煙と思しき煙が上がっているのが分かった。
(畜生、またベニントンがやられたか!)
フリートルンは、下の同僚から40ミリ弾を受け取りながら、心中で僚艦の被弾を悔しげに思った。
対空戦闘の喧騒の中、唐突にヨーク軍曹が甲高い声を張り上げた。
「右舷上方にワイバーン!突っ込んで来る!!」
その声がした瞬間、フリートルンはハッとなり、上空に顔を上げた。
見ると、イラストリアスの右舷側艦首上方から、7騎のワイバーンが急降下で迫りつつあった。
(こんなにも、対空砲を撃ちまくっているのに。まだ突破して来る敵がいるのか!)
彼は、敵の諦めの悪さに舌を巻きながらも、体は自然と、機銃に弾を込めていた。
いつの間にか、彼が弾を装填した40ミリ機銃も仰角を上げて、急降下して来るワイバーンを撃ちまくっている。
「馬鹿野郎!ボサッとしとらんでさっさと動かんか!!」
彼のすぐ側で、機銃弾の装填を行っていた同僚が、下に向かって叫んでいる。
弾運び役が、ワイバーンに気を取られて、手を止めてしまったのだろうか。
更に4回ほど、装填-手渡しを繰り返した所で、ヨーク軍曹がいきなり大声を張り上げた。
「来るぞ!爆弾だ!!」
その声を聞いた瞬間、彼は持っていた40ミリ弾のクリップを抱えたまま、銃座の床に伏せた。
その直後、ドーンという音と共に水が吹き上げられる轟音が鳴り響いた。
2秒後に、またもや爆発音が鳴り響く。今度の着弾はかなり近く、イラストリアスの艦体が第1弾目よりも大きく揺れる。
天を衝かんばかりに立ちあがった水柱は、機銃座に降り注いで来た。
フリートルンが配備されている機銃座は、その水柱をもろに被り、全員が水柱の落下の水圧に耐え抜こうとする。
硝薬を含んだ、臭い海水を掛けられた事を不快に思う暇も無く、新たな衝撃がイラストリアスを襲う。
至近弾炸裂とは違う爆発音が木霊し、イラストリアスの艦体が大きく揺れた。
(食らったか!!)
フリートルンは、爆発音の大きさと、艦の動揺でイラストリアスが被弾したと確信した。
爆発音はそれだけに留まらず、2度目、3度目と続く。
4度目の爆発音が鳴ったが、その音は幾らか小さく、イラストリアスの艦体もあまり大きくは揺れなかった。
「起きろ!敵は去ったぞ!」
フリートルンは、ヨーク兵曹の声で我に返り、床から這い起きた。
「おい、ジェイクはどうした?姿が見えないぞ。」
銃座の下から、弾運び役の水兵達が、興奮した口調で話すのが聞こえて来る。
「ヨーク兵曹!ジェイクの姿が見当たりません!」
「何?ジェイクがいないだと?」
「はい!ここの手摺にしがみ付いていたんですが……」
弾運び役の水兵達は、次第に不安な口調になりながら、ヨーク兵曹との会話を続けるが、ヨーク兵曹はジェイクの捜索を後回しにし、
対空戦闘を続けろと命じた。
(ジェイクが居なくなった原因は、さっきの水柱にあるかもしれんな。)
フリートルンは、なぜ、後輩の水兵が居なくなったのかわかっていた。
舷側の機銃員は、対空戦闘の際には最も被害を受けやすい。
舷側で至近弾が炸裂すれば、その水柱と、爆弾の破片が、真っ先に機銃員達を襲って来る。
フリートルンは、転移前からこのイラストリアスに機銃員として乗り組んで来ているが、これまでにも何人もの水兵が、弾片に胴を穿たれ、
あるいは四肢をもがれて戦死したり、水柱に引っさらわれていく光景を目の当たりにしている。
弾運び役の水兵も、恐らくは、その運の悪い機銃員の1人となったのであろう。
彼は、視線を飛行甲板に向ける。
飛行甲板は、被弾個所が薄い煙で覆われている物の、甲板上には何人もの甲板要員が駆け回り、火災煙らしき物も全く見えない。
詳細は定かでは無いが、少なくとも、イラストリアスの装甲甲板は、今度も敵弾の貫通を許さなかったようだ。
対空戦闘は、イラストリアスの被弾を最後に、幕を閉じた。
戦闘が終了したのは、イラストリアス被弾から僅か5分後の事であった。