自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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匿名ユーザー

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日本は、奇跡的に平穏を保っていた。
元より諸国の中でもとりわけ高い治安を誇る国である。
国民は何か事があろうとも、基本的には政府を信頼している。
加えて転移直後に政府が積極的に周囲の状況を把握しようと努め、
極めて早期に大陸諸国と国交を結んだことが幸いした。
『我々は孤立していない。海一つ隔てた向こうには人がいる』
日々テレビやラジオ、インターネットを通して行われる政府の宣伝に、
国民はパニックに陥る前に落ち着きを取り戻した。
こうして、多少の例外を別にすれば、このような異常事態を経たにもかかわらず、日本は平穏だった。



「さて、会議を始めようか」

日本国内閣総理大臣、吉田一郎は細長い机に居並ぶ閣僚たちを前に不機嫌そうな顔で宣言した。
奇しくも大陸を代表する国家の長であるルクツァが同じ台詞で会議を始めたことを彼は当然知らない。
彼の前に居並ぶのは各省庁の長たち。この日本を動かす頭脳たちだ。
だが彼らは一人の例外もなく青ざめた顔をしていた。

「食料の生産状況はどうなんだ」

指名を受けた農林水産大臣が起立して報告する。

「絶望です」

閣僚たちの間にざわめきが広がりかけるのを、吉田は視線一つで制した。

「従来から生産している農産物はほぼ壊滅です。
季節のリズムが大きく狂ったのも最悪です。
転移する前は初夏だったのが、こちらでは我々の世界の冬に相当する秋。
これから冬になると思えば、背筋が凍る思いです。
品種改良を進めていますが、従来の作物は以後、
ビニールハウスなどでの少量生産に止まる覚悟をしたほうがいいと思われます」

「備蓄は?」

「もって、三ヶ月かと……このような事態、完全に想定外です」

想定できる人間などおるまい。神ならざる人であれば。だが。

「予測していなかったで済まされないのが政治家ってものだ。大陸諸国との輸入を更に進めろ」

吉田は政治家の家系に生まれた、正に政治家のエリートである。
であればこそ、彼は国民に対して一切の言い訳はしない。
全ての餓死者、全ての暴動の責任は明確に自分にあると思えばこそ、
このような事態にも冷静に対処できるのだ。

「次、警察庁長官。国内状況は?」

「表面的には平穏無事です。連日の報道が功を奏しています」

閣僚たちが胸を撫で下ろす。暴動こそは命取りだ。

「ですが、内心は不安を押し隠していると思われます。
やはり食料についての不安は消え去らないようで、
各所の商店から食料が消えています」

「念のために聞くが略奪か?」

「いえ、正当な売買によるものです」

とはいえ、空になった棚は人心を不安にする。
いつ食べ物が買えるかわからない、と思えば誰しも不安になろう。

「食料備蓄はまだ十分だ。買う側から山ほど陳列すれば、いずれ国民も安心する。
警察はこの機に乗じて略奪や暴動を起そうとする動きを絶対に許すな。法の健在を示せ」

はっ、と応えて長官が着席する。
実のところこの一月で犯罪件数が激増していた。元が少ないゆえに大きな騒ぎにはならず、
日ごとに減少の傾向にあるものの、何か火種があればすぐに表面化しよう。彼の責任は重い。

「外務大臣、各国首脳との交渉は?」

「今のところは順調です。おぼろげながら大陸の国際関係も見えてきました」

よろしければ、と前置きして外務大臣は地図を指す。吉田は軽く頷いた。外務大臣はそれを受け、
テーブルに地図を広げる。大陸の地図ということはすぐにわかった。だがかなり簡略化された印象を受ける。

「測量技術の未発達と軍事的な機密のために詳細な地図を調達することはできませんでした。
現段階においてはこの地図が最も詳細な大陸の地図です。無論彼らから提供されたものです」

詳細な地図を手渡せば軍事侵攻の材料となる。当然の警戒だった。

「このファルデア大陸には大きく分けて3つの国が存在します。
まず、大陸の最西端に存在し、最大の版図と歴史を誇る
ユグドラ帝国。次にその隣に位置するリディア王国。最後に最も東に位置するラウジッツ連合王国。
我々と最初に接触したのはユグドラ帝国で、その名の通り皇帝を頂点とする帝政国家です」

地図に赤線で国境線を書き込みつつ、外務大臣が説明を続ける。

「ただしユグドラ帝国は我々の歴史における神聖ローマ帝国に相当する国で、
内実は中央の皇帝領と、ユグドラ四天王と呼ばれる東西南北の4貴族領に分かれています。
同国内とはいえ小競り合いは頻発しており、事実上5つの国がこの地域の中に
存在していると見ていいと思われます」

「他の二国は?」

「リディアは強固な絶対王政を保っている模様です。総体としての国力はユグドラに及びませんが、
ユグドラが統制の取れない諸権力の集合体であることも思えば、実力はこちらが上でしょう。
ラウジッツは逆です。百とも二百とも言われる群小貴族が内部で絶えず争いあい、
外部からの脅威にのみ対応する状態です。
我々の出現にも我関せずといった態度で内部抗争に明け暮れており、使節も出してきません」

「上出来だ、ありがとう外務大臣」

貴族ばかりだな、この世界は、と吉田は思った。
このような世界では民主主義は危険思想にも程がある。
彼らが貿易や国民の出入国に枷を嵌めたがるのも当然だ。
元の世界のどこぞの国なら民主主義の輸出を始めるのだろうが、吉田にはそんな積もりはない。
互いに必要最低限な部分だけを補い合い、後は無視する。
そんな関係が互いにとって上等だろうと吉田は考えていた。

(それに、交渉をする上では相手が貴族のほうが便利だ)

伝統によって聖別された王侯達は強い批判や、引き摺り下ろそうとする動きに晒されることがないため、
場合によっては暴走し、戦争と恐怖を撒き散らすが、
一度方針を決めれば、長期にわたってその方針が堅持される。またその視野もまた遥かに長期的である。
個人の好悪に左右されるという欠点もあるが、懐に入れば交渉はしやすい。

「最後に、防衛大臣」

立ち上がる防衛大臣に、吉田は一息置いて質問した。

「国防について見解を聞かせてくれ」

「それに関しては自身を持って可能とお答えすることができます。
ですが、この先エネルギーの供給が細ることを思うと、
時を経るごとに防衛戦力は減少すると思われます。
また劣化した武器弾薬の更新も、資源の調達が望めない現状では厳しいといわざるをえません」

つまり日本の戦力は彼らが思うほどに絶対的ではない、ということか。吉田は頭痛がした。
現状、彼らが交渉に応じてくれているのは自衛隊の圧倒的な戦力があればこそだ。
そうでなければこちらの言い分などまともに取り上げまい。
ところが自衛隊の攻撃力は今すぐ発揮したとしても一過性の台風のようなもので、
更に日毎に減少するのだ。ハイテク兵器は補給を絶たれると弱い。

「もっとも、更に1年2年が、いえ、10年が経過したとしても国防そのものには自信が持てます」

「では、例えば」

吉田は少し躊躇したが、吐き出すように言った。

「今すぐ打って出たとして、彼らを支配下に置くことは、可能か?」

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