自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

271 第201話 征途 第7艦隊

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第201話 征途 第7艦隊

1484年(1944年)11月23日午前7時 トハスタ領リィクスタ

第7艦隊情報参謀を務めるウォルトン・ハンター中佐は、午前5時に第7艦隊旗艦オレゴンシティからトハスタに上陸し、
航空参謀のマクラスキー中佐と合流した後、陸軍から回されたハーフトラックに乗り組み、一路リィクスタへ向かっていた。
ハーフトラックは時速40キロの速度で、荒れているのか否かという、中途半端な出来の道を疾走している。
そのため、2人の参謀は、時折起こる激しい揺れを受け流しながら、リィクスタへの到着を待っていた。

「すいません、参謀殿。本当なら、フォードを借りて来てお二方を乗せるつもりだったのですが、腕の悪いどこぞのトラック野郎が、
フォードをぶつけて潰しちまった物で、このような車両しか用意できませんでしたが。」
「なに、そんな事は気にしとらんよ。中尉。」

マクラスキーは快活の良さそうな声音で中尉に返す。

「艦爆の急降下に比べれば、これぐらい屁でもないぜ。」
「私も同感だな。」

ハンター中佐も不敵な笑みを浮かべる。

「故郷のテキサスに居た頃は、こんな道よりも酷い獣道を、トラックでよくかっ飛ばしたもんだ。多少の揺れは慣れているから、
さほど気にならんよ。」
「はっ、そうでありますか。」

中尉は、いらん心配をしてしまったかと思った。

「長い間船の上にいたからね。たまには、こんな、ワイルドなドライブを楽しむのも良い。」
「そうだな。」

マクラスキーとハンターはそう言ってから、互いに微笑する。

「しかし、報告を受け取った時は驚いたな。」

ハンターは、神妙な顔つきを浮かべながら、マクラスキーに喋る。

「まさか、敵のゾンビ薬製造工場の場所を知る奴が生き残っていたとはね。」
「俺も最初は驚いたさ。日本のことわざで言う、棚からぼた餅っていうのは、まさにこの事かもしれんな。」
「だろうね。」

ハンターはうんうんと頷く。

「陸軍の連中は、ゾンビ化対策のために隔離した奴さんから、幾度か情報を聞き出しているようだが、その情報は、本当に信用できるのか?」
「陸さんの話では、話の筋は通っているそうだ。それに、例の女性は、今まで世話になって来たナルファトス教団を酷く憎んでいるようだ。」
「憎んでいる?」

ハンターは怪訝な表情でマクラスキーに問う。

「程度はあるだろうが、彼女だってナルファトス教団の一員だっただろう。今は心変わりしたとはいえ、多少は思い入れがあるだろうに。」
「いや、それがね、奴さんはナルファトス教団を裏切者と呼んで憚らないらしい。詳しい事は分からんが、恐らくは、ナルファトス教団の
連中に何か酷い事をされたのかも知れん。」
「ふむ……酷い事ねぇ。」

ハンターはそう呟きながら、心中では、渦中の女性と話をするのが楽しみになっていた。

「まっ、後は会ってからの楽しみだな。おい、地図は持ってきているな?」
「ああ。こっちに入っているよ。」

ハンターは、持参した鞄をポンポンと叩きながら、マクラスキーに答えた。

「中尉。あと何分ぐらいで着きそうだ?」

マクラスキーは、隣に座っていた陸軍中尉に声を掛けた。
中尉は運転席の兵と短いやりとりを交わしてから、マクラスキーに言葉を返す。

「あと20分ほどです。あの森が見えますね?あそこを抜ければ、リィクスタはすぐそこですよ。」

中尉の言葉を聞きながら、マクラスキーは眼前に現れた森に目を向ける。

「こりゃ、手酷くやられてるなぁ。」

ハンター中佐の声が耳に響く。

「あの晩、戦艦部隊がトハスタ-リィクスタ間に弾切れになるまで砲弾をぶち込んだからな。元々、あそこは森で覆われていた
ようだが、今では、その姿が損なわれている。」

18日の夜半に行われた艦砲射撃で、トハスタ-リィクスタの間にあった森林地帯は、所々が発生した火災や、砲弾の弾着によって
木々が消え失せている。
陸上から見れば、森の所々に開けた土地が見えるぐらいだが、上空から見ると、森林地帯は、あちこちが茶色く変色しており、まるで、
虫食い穴が開きまくった洋服を思い起こさせる。
それほど、TG72.4と、TG73.5の砲撃は凄まじかったのである。

「ここでゾンビ化し、散って行ったトハスタの住民達と、これから起こるかもしれない悲劇を阻止するためにも、奴さんからは
いい情報を聞き出さなければならんな。」

それから20分ほど経ってから、2人を乗せたハーフトラックはリィクスタに到達した。

「参謀殿。ここがリィクスタであります。」

同乗していた中尉が、前方に手をかざしながらマクラスキーとハンターに言う。

「損壊している建物があちこちにあるな。」

「ええ。マオンド軍……じゃなくて、トハスタ軍は、事変発生の時に、襲い来るゾンビ軍団相手に果敢に抵抗したそうです。
半壊したり、燃え落ちている建物があるのは、その名残です。」
「ゾンビの掃討は、予想よりも早く終わったようだが、ゾンビは艦砲射撃で全滅したというのは本当だったのかね?」
「はい。このリィクスタに関しては、隊列からはぐれたゾンビが5体ほど徘徊している程でした。コルザミ地方では、偶然にも生き残っていた
数百体のゾンビが、生き残りのネクロマンサーとやらに率いられてコルザミにある古城に逃げ込んだ住民を襲っていたようですが、現地民の
協力のお陰で、犠牲者を出さずに殲滅出来ました。」
「数百体も生き残っていただと?アイオワ級を始めとする戦艦群が猛烈に艦砲射撃を行ったのに、良く生き残れた物だな。」
「いや、ゾンビの出所はそこからではないようです。死にかけていたネクロマンサーを尋問した所、あのゾンビは、ネクロマンサーの独断で
町に残していたようなのです。恐らく、そのネクロマンサーは上司の命令に敢えて背き、上司が失敗した後は、代わりに自分が大役を果たそうと
したのでしょう。」

中尉はそこまで言ってから、肩を竦めた。

「結果は、現地民と、うちの機甲師団の反撃で無残な物になりましたがね。」
「そのゾンビ集団を操っていたネクロマンサーはどうなったのかね?」
「3人ほどが、ゾンビの生き残りを率いていたと言われています。その3人は全員死亡しました。我々が情報聞き出した奴も、その中の1人です。」
「なるほど……まっ、当然の報いだな。」

ハンターはしたり顔でそう言い放った。
ハーフトラックはリィクスタ市街地の中道を疾走して行く。
街中には、領境へ向かう予定である、第15軍の歩兵師団が休憩を取っている。
街道沿いには、歩兵部隊を乗せているハーフトラックやジープが停車しており、周囲は米兵の姿多く見受けられた。

「しかし、数日前には恐ろしい光景が繰り広げられたというのに……今では後方支援基地と化しているな。」
「リィクスタは、後方支援基地には向いていますからね。それに、元々はここに軍の補給基地を置く予定でしたから、こうなる事は事前に
計画されていましたよ。」
「住民達が帰ってきたら、仰天するぞ。あそこの百貨店もどきの店なんか、早くもアイスクリーム製造機が置かれて、兵隊たちが群がっているぞ。」

ハンターは苦笑しながらそう言った。

「このリィクスタは、まだ街自体が残っていますから復興には手間が掛からないでしょう。ですが、ジクスでは、B-29が焼夷弾攻撃で、
ゾンビを町丸ごと掃討していますから、復興には相当な時間が必要と判断されています。」
「ふむ……住む家が残っている分、リィクスタの住民はまだマシ、と言った所か。」

マクラスキーは、呟くような声音で言う。
それから5分ほど経ち、ハーフトラックはリィクスタの東門を出た所にある、テントのすぐ側で停車した。
ハンターは、テントの周囲を見るなり、思わず眉をひそめた。

「……護衛にしては、なんか物々しいな。」

テントの周囲には、完全武装の兵員が1個小隊ほど貼り付いており、そこからやや離れた場所には、M-8グレイハウンド装甲車や、
M4シャーマン戦車が4両ずつ張り付いている。
それに加えて、テントからやや離れた前方と後方には、M55-12.7ミリ4連装機銃が1基ずつ配備されていた。

「敵の襲撃に備える為でもありますが、対象が万が一、ゾンビ化した場合にも対処できるように、やや過剰ですが、これぐらいの
戦力を貼り付かせています。」
「女の子1人に戦車1個小隊、歩兵1個小隊とは、随分な物だな……まっ、俺達海軍もアイオワ級戦艦を使ってゾンビを吹き飛ばしとる
から、その点ではお互い様と言う事かな。」

ハンターは苦笑しながら、中尉に返した。

「マクラスキー中佐とハンター中佐でありますね?」

ハーフトラックの後ろに回った将校が、マクラスキーとハンターに声を掛ける。
2人が頷くと、将校は警備兵に目配せしてから、顔を頷かせた。

「どうぞ、こちらへ。」

ハンターとマクラスキーは、ハーフトラックの荷台から降り、やや早歩きでテントに向かった。
天幕の両側に立っていた警備兵のうち、1人が出入り口を開けてくれた。

「ありがとう。」

先頭を行くマクラスキーが礼を言いながら、テント内に入って行く。
テントの中には、1台の簡易ベッドが置かれていた。そのベッドには、陸軍から支給されたと思しきカーキ色の服を着た、
赤毛の女性が横たわっていた。
女性は2人を見ると、ゆっくりと姿勢を起こした。

「休んでいる所、お邪魔して申し訳ない。私はウェイド・マクラスキー中佐。こちらはウォルトン・ハンター中佐だ。」
「ハンターだ。よろしく。」

2人は、自分の名前を女性に紹介する。
女性は少し間を開けてから、自らの名を口にした。

「フィリネ…フィリネ・ヘミトラエヌと申します。貴方達が来る事は、既に知らされていました。」

フィリネは言葉を発しながら、俯きがちだった顔を上げる。

「貴方達が知りたいのは……あの、不死の薬を運んで来た施設の場所……ですよね?」
「当たりだ。」

マクラスキーが即答する。

「この戦争を速やかに終わらせるには、例のゾンビ薬を作れなくするしか無い。だが、その為には、薬を作っている施設の場所
を突き止める必要がある。私達がここに来たのは、君がその施設の場所を知っている、唯一の存在で、その施設の所在地を聞く
必要があるからだ。まだ傷は完全に癒えてないだろうから辛いと思うが、何とか、私達のその場所を教えてくれないだろうか?」
「ええ。勿論お教えします。」

フィリネはそう言うなり、目付きが厳しい物に変わる。

「あたしを騙した、ナルファトスに報いを受けさせるためにも……」

彼女はそう言ってから、あの日の出来事を、克明に証言し始めた


11月2日 午後4時 マオンド共和国クナリカ領ネロニカ

フィリネにとって、教団の極秘施設に向かう道は、まさに驚きの連続であった。
ネロニカは、クナリカ領の中ではさほど発展していない地域ではあるが、自然に恵まれており、2年程前にはネロニカ川を渡る橋が完成
しており、幅300グレルの大河を渡る時は深く感動した物だが、施設まであと30分という場所にある巨大な貯水壁にも度肝を抜かされた。
18歳にもなって、子供のように胸を躍らせるとは、自分もまだまだだなと思いつつも、フィリネは小隊が目指している施設の到着を待った。
橋を渡り、ネロニカ河の東側を沿うように1時間ほど走った後、彼女は山に隠れるようにして建設された、大きな施設を目の当たりにした。
馬車隊は、フリーパスで施設の中に入り、護衛役でもある彼女は、他の護衛役と共に待機所に連れて行かれた。
施設は、マオンド軍と教団戦闘部隊が共同で管理しており、内部には軍の警備兵と教団の戦闘員が、要所で配置についていた。
施設の上空には、魔力を帯びた巨大な膜が張られており、幕には無数の穴が開いていた。
フィリネは即座に、この幕が対空偽装用に使われていると確信した。
待機所に入ってから10分ほど経った後、どこからともなく、施設の守備隊の将校が待機所に入って来た。

「やあ、任務ご苦労さん。」

親しげな口調で入って来た将校は、ヘヴリウルを始めとするネクロマンサー達はあと1時間後に戻って来ると告げた後、

「折角だから、暇な君達に、この要塞施設を案内しろと君らの上司に言われてね。まあ、暇潰しに見ていくといいよ。」

と将校に言われた。
そのまま待ち続けても仕方ないと思ったフィリネ達は、将校の勧めに応じる事にし、施設を守る要塞の見学に興じた。
フィリネは、要塞の見学中に幾つか質問をした。
まず、この施設では、主に何をしているのか?であった。
将校は、その質問を受けてしばらく考えた後、こう答えた。

「主に、前線部隊に配備される兵士の薬を作ったり、捕えた亜人種達を調べたりしている。去年の12月には、連行されて来た
ハーピィ達が暴動を起こして騒ぎが起きたけど、それ以外は特に騒ぎも無く、ここは平穏そのものだよ。」

将校の回答に、フィリネは特に何も感じる事無く、後は他愛の無い質問を繰り返した。
施設を守る要塞は、主に施設がある河の東側に重点配置されており、西側沿岸にはあまり重砲等は配備されていない。
だが、最近は敵の空襲を警戒して、西側沿岸にも重砲等の火器の設置を始めているという。
何よりも驚いたのは、要塞砲には10ネルリ相当の大口径砲が幾つもあった事だ。
この大口径砲は海に近い場所にしか設置されていなかったが、それでも、近くから見た巨砲は圧倒的な威容を誇っていた。

「こいつが居れば、どんな敵が来たってあっという間にイチコロだよ。こいつと張り合うには、戦艦でも持って来ないといけないな。」

将校は、余裕ありげに自慢していた。
(こんな、多くの野砲や、重砲に守られているとなると、あの大きな施設はナルファトス教団と、マオンド共和国にとって、
とても大事な物なのね)
要塞の見学を終えたフィリネは、心中でそう感じていた。
また、将校は、この魔法研究施設の説明でもこのような事を言っていた。

「この施設は、標高520グレル級(1000メートルほどである)の峻嶮な山岳地帯に囲まれるようになっている。ここら辺一帯は、
年中風が強く、航空部隊が爆弾を落としても、爆弾は風のせいで狙い通りに落ちにくくなっている。もし、アメリカ人共がここを察知して、
爆撃を行ったとしても、そう簡単には破壊できないだろう。」

将校の言う通り、施設は、河口面を除いては周囲を峻嶮な山岳地帯という天然の要害に守られており、上空も絶えず、雲に覆われていた。
また、晴れの日でも頂上付近は風が吹いており、登山するにも相当苦労すると、将校は言っていた。
フィリネ達は、要塞内の見学を終え、待機所で10分ほど休憩してからヘヴリウルに呼び付けられ、馬車に極秘扱いの薬が入った箱を
積め込んだ後、この施設を去って行った。
フィリネは、去り際に、馬車から川沿いに佇む巨大な施設を見つめた。
しばしの間、施設を見てから、彼女は口を開く。

「これほど、良い場所に重要施設を造るとは。ここに施設を作ろうと考えた人は今頃、いい具合に出世しているんだろうなぁ。」

フィリネは、どこか恨めしげな口調で呟いてから、荷台の奥に引っ込み、これから始まる護衛任務を無事完遂する事を考えていた。

「……天然の要害……か。」

フィリネが話し終わり、しばらくしてから、マクラスキーが噛み締めるように言う。

「ちなみに、その施設とやらだが」

側で話を聞いていたハンターが、鞄から地図を取り出した。

「どこの辺りにあるかわかるかい?」

ハンターは、広げた地図を、フィリネに手渡した。
フィリネはしばらくの間、地図を見続ける。

「……この辺りかと思います。」

フィリネは、地図の一点を指差した。
その場所は、クナリカ領の南西側…グラーズレット領のほぼ近くにあった。

「ネロニカ河の沿岸部にあると言っていたな。確か、ネロニカ河はかなり大きな川として有名だったな。」
「ああ。陸軍航空隊の偵察機も、この河の一帯を航空偵察していたな。となると……これは大きな収穫だぞ。」

マクラスキーは、湧き上がる興奮を抑えつつ、ハンターに答える。

「それだけ聞ければ十分だ。この情報さえあれば、この施設を破壊する方法を考える事が出来る。」

ハンターはそう言う。内心、彼は満足していた。
彼はそれまで、第7艦隊司令部が、例のゾンビ薬の再使用を非常に恐れていた事を知っている。
だが同時に、ゾンビ薬をこの世から抹消したという気持ちも、強く感じていた。
彼自身、このような恐ろしい薬はさっさとこの世から消し去りたいと考えている。
それだけに、フィリネから情報を得た事は、百万の味方を得たにも等しい成果であった。

「ありがとう、ヘミトラエヌさん。」

ハンターは、柔和な笑みを浮かべつつ、握手を交わそうと右手を上げかける。
その時、彼は、もう1つ聞きたい要件がある事を思い出し、さっと笑みを消した。

「貴重な情報を提供してくれた事に深く感謝する。あと、もう1つ聞きたい事があるのだが……」

ハンターは、フィリネの目をまっすぐ見つめた。

「君は確か、自分に刃物を突き刺して、自決を図ったと聞いている。だが、どういう訳か生き延び、今、こうして俺達と話している。
傷は、確実に致命傷だったと聞いているが……どうして、君は生き延びる事が出来たのだ?」
「………」

フィリネは、すぐには答えなかった。
しばらく押し黙った後、彼女は、横のテーブルに置いてある、布に包まれた棒状の物体を手に取った。

「それは…?」
「……これは、故郷を離れる時、父が渡してくれたナイフです。」

フィリネは、ハンターに言いながら包みを解く。
包みの中から、質素な形の剣が現れる。剣は、縁が緑に彩られた鞘に収められている。

「私は、元々、ナルギリの山岳地帯に住んでいて、ヘミトゥリク族と呼ばれる部族の出身でした。私の父は、へミトゥリク族の長で、
私は部族長の娘として育ってきました。この剣は、ヘミトゥリク族が、太古の昔から守って来た秘宝の1つと言われています。」

フィリネは、顔を逸らし、故郷のあるナルギリの方角に向ける。

「父は、私が部族を出る時に、この剣を餞別代りに渡してくれたのです。」
「つまり、それは故郷に居た時の形見といった所か。」

マクラスキーの言葉に、フィリネは頷いて答える。

「はい。」

フィリネは、顔を2人に向け直す。

「私は、父からこの剣にまつわる話を聞かされてきました。父の話によると、この剣は、太古の昔から精霊を守る為に作られ、
いつまでも精霊と共にあった。そして、この剣の持ち主が役目を終え、この世から姿を消した時、持ち主に守られて来た精霊達は、
今度はこの剣と、新しい持ち主を、ただ1度だけ救うために、剣に使用者を守る魔法を施した、と。」

彼女は、右手で胸元に触れる。

「ただ1度だけと言っているが、どうして、たったの1回しか持ち主を救えないのかな?」
「父の話では、精霊達は魔力に限界があったため、限られた魔力しか使えなかったといわれています。ただ1度しか持ち主を救えない
のは、その為だと。最も、父はその話を信じていませんでした。恥ずかしながら……私もでしたが……」
「なるほど。1回きりのラストチャンス、と言う訳か……」

ハンターは、顎を撫でながら呟く。

「貴方達が聞けば、実に馬鹿馬鹿しいと思うでしょう。でも、私はこうして助かっています。私は、剣にこう言われたのではないか
と思うのです。」

フィリネは、視線を膝元に置いた剣に向けた。

「死して矜持を取るのではなく、生きて務めを果たせ……と。」

彼女はマクラスキーとハンターを交互に見つめた。

「あの惨劇を呼び起こした、罰当たりな薬を滅するために、私は、精霊達に救われたのだと思います。私は、見たんです。」

「見た?」
「はい。」

フィリネは頷いた。

「一度は死に、魂となった私は、貴方達が送り込んだ艦隊によって、殲滅されていく不死者達を見ました。あの、破壊神のごとく
大砲を撃っていた、アイオワ級という船も。私は、精霊達が、私自身に希望を見せたいがために、魂と化した私にあの光景を
見せたのだと思います。」

彼女は、きっぱりとした声音で2人に言った。

「……精霊だのなんだの……オカルト方面は全くわからんが…こうして、実際に聞かされると、何とも言えなくなる物だ。」
「だがなマクラスキー。ここは、俺達から見れば、完全にファンタジー世界と呼ばれる粋に達している世界だ。神話級の魔人や
怪物が太古の昔に争ったという、“正しい歴史”があるほどだ。俺達が抱いていた常識が通用する筈がないさ。」

ハンターは、納得したような顔つきでマクラスキーに言う。

「だが、ここではっきりとした事がある。俺達は、彼女が言う精霊達の加護のお陰で、貴重な情報を得る事が出来た。
ネロニカ河沿岸にある、天然の要害に隠れた極秘施設。これまでの情報を見る限り、例の薬が作られていた場所は
1つしかない。その1つが、彼女が話した施設だとすると、俺達は図らずして、敵の最重要施設を破壊できる好機を
得た事になる。」

ハンターは、フィリネの顔を見つめる。

「剣に魔法をかけた精霊は、君に歴史を変えろと願ったのだろう。そうでなければ、君はこうして、元気でいられる筈が無かった。」

彼は、微笑みを浮かべると、おもむろに彼女の肩を叩いた。

「ここからは、俺達の出番になる。精霊の願い……そして、君を裏切った物達への罰は、俺達が引き受けた。フィリネ、
君はひとまず、役目を終えた。これからは、普通の人としての人生を生きるんだ。そして、後世に、この事を伝えてほしい。」

ハンターは、右手を差し出す。

「それが、これからの君の役目だ。第7艦隊司令部を代表して、貴重な情報提供に感謝する。」
「……あ、ありがとうございます。」

フィリネは、たどたどしい口調で答えながらも、ゆっくりと、ハンターの手を握った。


11月23日 午前11時 第7艦隊旗艦オレゴンシティ

第7艦隊司令長官を務めるオーブリー・フィッチ大将は、戻って来たハンター中佐とマクラスキー中佐の説明を聞き終えた後、
1分ほど黙考してから、口を開いた。

「話は分かった。」

フィッチは軽くうなずく。

「そのフィリネ女史が言うには、目標の施設は天然の要害に囲まれており、航空攻撃がやり難い、とのようだが……航空参謀、
君はどう思うね?」
「はっ。私としては、彼女の言う通りであれば、航空攻撃は難しいと考えます。」

マクラスキーはそう断言した。

「彼女の話では、目標施設の上空は、巨大な天幕で覆われており、それは周囲の風景に上手く偽装されていると考えられます。
先程、陸軍から頂いたこの偵察写真を見る限り、目標上空の偽装は成功していると思います。」

マクラスキーは、陸軍航空隊から貰った、数枚の写真を見ながら、フィッチに説明する。
この写真は、先月の半ばに、長距離偵察に派遣された、陸軍のF-13が撮影した物である。
写真は高度1万メートルから取られており、その時の天候は晴れであった。
写真には、フィリネの話に出て来た川をまたぐ橋や、ダムらしき物が写っている。

だが、写っているのはそれだけであり、工場と思しき物は全く写っていなかった。

「目標が見え辛いとなれば、水平爆撃は勿論の事、精度の高い急降下爆撃ですら実行は困難になります。」
「陸上から特殊部隊が上陸して、工場に張られた偽装天幕を破壊を行えば、空襲も可能でしょう。ですが、時間的にはそのような余裕は
無いと思われます。」
「余裕が無い……か。情報参謀、確か、クリンジェから傍受した魔法通信の中に、ナルファトス教団向けに送られた物で興味深い
物があったな。」
「はい。不死の薬の新品はいつ出来るのか、ですな。」
「ああ、そうだ。」

フィッチは頷く。

「教団側からの回答は、現在確認中といった物だったが……現在確認中という事は、裏を返せば、いつ新品の薬が出来てもおかしくない、
という事になるな。」
「はい。回答が遅いことから考えて、薬が1日2日で出来る状況にはないと推測されますが、長官のおっしゃる通り、すぐに新品が
出来上がる、と言う可能性もあります。」
「となると……我々はすぐにでも、この工場を破壊しなければなりませんな。」

参謀長のフランク・バイター少将が、やや焦りを感じさせる口調で発言する。

「航空攻撃が駄目となると……残された手段は、ただ1つしかありません。」

それまで黙って話を聞いていた作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が口を開いた。
彼は、地図の一点を指差す。
そこには、ネロニカ河と描かれた文字があった。

「戦艦部隊を始めとする砲撃部隊を編成した後、ネロニカ河を遡上し、砲撃で持って、この極秘施設を撃滅する以外に、方法は無いと
考えます。」
「戦艦……か。」

フィッチは、そこまで呟いてから舌打ちする。
昨日、第7艦隊では突発したトラブルに見舞われていた。
第7艦隊の戦艦群の中で、その主力を担う2隻のアイオワ級戦艦、ミズーリとウィスコンシンと、アラスカ級巡洋戦艦のコンスティチューション、
トライデントは、18日夜半の艦砲射撃で弾薬庫の主砲弾を全て撃ち尽くしており、後は弾薬運搬艦から補給を待つだけとなっていた。
補給は、常に対地攻撃の任を担っているTG73.5が優先され、あまり主砲弾を使う機会が無いTG72.4の戦艦群は後回しにされた。
TG72.4は、22日の昼頃から主砲弾の補給が開始される、筈であった。

だが、ここでとんでもないトラブルが起きた。
主砲弾の補給が開始される2時間前になって、突如、主砲弾を積んでいた弾薬運搬艦が、いつの間にか侵入して来たベグゲギュスの攻撃を
受けて撃沈されてしまったのだ。
弾薬運搬艦を撃沈した下手人は、即座に護衛駆逐艦によって袋叩きにされたが、これでTG72.4の戦艦群は、主砲弾の補給を受けられなくなった。
運の悪い事に、この近くで戦艦の主砲弾を運んでいる弾薬運搬艦は、先に撃沈されたその1隻しかいなかった。
無論、弾薬運搬艦が、撃沈されたその1隻のみという事は無いが、TG72.4から最も近くにいる弾薬運搬艦は、遥か1000キロ以上離れた
スィンク諸島におり、全速で駆け付けても、最低で3日は掛かると言われている。
いや、直線コースならば2日で行けるのだが、海中にはベグゲギュスという潜水艦並みに厄介な敵がいる為、船団は常に、ジグザグ運動をしながら
航行を行わなければならない。
油断した瞬間、どうなるかは、目の前で既に見せ付けられており、弾薬運搬艦が予定より早く来られる可能性は、0%に等しかった。

「主力を担っていたアイオワ級とアラスカ級は、主砲弾が弾切れだ。高角砲弾や対空機銃の弾薬はたっぷりあるが、対地攻撃にはあまり使えない。」
「ただ、使える戦艦が1隻も無い訳ではありません。」

バイター参謀長が言う。

「TF72には、まだプリンス・オブ・ウェールズとレナウンが残っています。両艦とも、主砲弾は1発も使用していないため、極秘施設撃滅に
使うには、最適かと思われますが。」

バイターの言葉を聞いたフィッチは、一瞬、自分がプリンス・オブ・ウェールズとレナウンの存在を忘れかけていた事に気が付いた。

「おお、そうだったな!確かに、まだ使える艦はある。全く、私とした事が……どうして2隻の存在を早く思い出さなかったのだろうか。」
「ひとまず、使える艦はこれで決まりですな。」

ウェリントン中佐が言う。

「プリンス・オブ・ウェールズも、レナウンも、主砲の威力こそ14インチですが、両艦は錬度が高く、敵の地上施設如きは容易に撃ち崩せるでしょう。」
「しかし作戦参謀。目標の近くには、グラーズレットの海軍基地がある。機動部隊がネロニカ河の河口に近付けば、当然、マオンド軍だって必死に
反撃して来るだろう。それに加えて、ネロニカ河の両岸には砲兵隊が布陣していると聞く。下手をすれば、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、
地上と空から袋叩きに会うのではないか?」
「確かにそうなるでしょう。」

ウェリントンはバイター参謀長に答える。

「ですが、そこの所は既に考えています。」

ウェリントンは、指揮棒を握ると、自らの考えを説明し始めた。

「私としましては、まず、目標を叩く前に、機動部隊の艦載機で持って、このグラーズレットを徹底的に叩き、敵にグラーズレット港の壊滅が
目的であると思わせながら、夜間にネロニカ河へ突入する事を提案いたします。」
「ふむ。考えたな。」

フィッチは、感心したようにウェリントンに言う。

「ただ、現場はマオンド海軍の庭でもあり、海中には監視用のベグゲギュスが居る可能性が高いと思われます。」
「ベグゲギュスに、施設砲撃部隊の接近を察知された場合、敵は重要機材を持ち出して逃走する事は考えられないかね?」

フィッチの質問に、ウェリントン中佐は冷静に答えた。

「勿論考えられるでしょう。薬が完成した場合は、製造方法等が書かれた書類諸共、敵に持ち逃げされるかもしれません。
そこで、私はこう考えました。」

ウェリントンは、1枚の写真を地図の上に置き、指示棒の先をダムの所に差した。

「マクラスキー中佐と、ハンター中佐の説明を聞いた他に、この写真を見て気が付いたのですが、施設への進入路は、この河口の
東側部分しかありません。もし、この進入路を塞いだとすると、敵は脱出が困難になると思いませんか?」
「ふむ、確かに脱出が出来なくなる。だが、どうやって塞ぐ?事前に爆撃するとしても、敵はそれを察知して、船を使って逃げようと
はしないか?」
「航空攻撃は仕掛けます。ですが、それは、この進入路に、ではありません。攻撃目標は……ここです。」

ウェリントン中佐は、写真の中のダムを、指示棒の先で2度叩いた。

「ダムを攻撃するのか?」
「はい。」

ウェリントンは即答した。

「攻撃は、砲撃部隊が河口に達する前に行います。TF72には、空母イラストリアスとワスプというベテラン艦を有しており、
両艦のパイロットは、夜間飛行を満足に行えます。特に、イラストリアスのVT-9には、前世界のタラント港空襲にも参加した
ベテランパイロットもおります。これらの空母から発艦した、雷撃機の夜間雷撃によってダムを破壊すれば、膨大な量の水と、
ダムの側壁などでこの道を塞ぐ事が出来ます。」
「なるほど……夜間雷撃でダムを決壊させ、唯一の道を塞ぐという訳か。かなり面白い案だな。」

フィッチは、ウェリントン中佐の考えに賛同する。

「よし。その案で行こう。」

彼はそう言うなり、矢継ぎ早に命令を下し始めた。

「参謀長。すぐにTF72司令官のサマービル提督を呼んでくれ。それから、大西洋艦隊司令部に一連の出来事を報告してくれ。」
「わかりました。」
「それからもう1つ。第7艦隊主隊……第72任務部隊は、本日中に全部隊を出港させる。攻撃目標は、グラーズレット港並びに、
クナリカ領ネロニカにある、敵の極秘施設だ。もう時間が無い。早速準備に取り掛かってくれ。」
「「はっ!」」

フィッチがそう言うなり、幕僚達は弾かれたように動き始めた。


11月23日 午後6時 トハスタ湾口

第72任務部隊旗艦である、プリンス・オブ・ウェールズの艦橋から、司令官であるジェームズ・サマービル中将は、艦橋の外から
聞こえる見張り員の言葉に耳を傾けていた。

「第2任務群、出港しまぁーす!」

サマービルは、双眼鏡で第2任務群が出港して行く様子を見つめる。

「艦長。昨日、弾薬運搬艦が撃沈されたせいで、アイオワ級2隻とアラスカ級2隻は、共に主砲弾がゼロになっていると聞いている。」
「ええ、その話は私も聞いています。」

プリンス・オブ・ウェールズ艦長、ジョン・リーチ大佐が答える。

「私はてっきり、その4戦艦は補給が終わるまで、このトハスタ湾口に留めて置くのかと思いましたが……まさか、そのまま出撃させるとは
思いませんでした。」
「なんでも、高角砲や機銃弾の弾薬はたっぷり残っているから、そのまま対空火器のプラットフォーム艦として使用するつもりのようだ。」

サマービルは、前方を横切って行く、2隻のアイオワ級戦艦を見ながら、リーチ大佐に言う。
ミズーリとウィスコンシンは、18日の阻止砲撃で目覚ましい活躍を見せた物の、その結果、弾薬庫の主砲弾を全て撃ち尽くしてしまい、
その挙句には、補給する筈だった主砲弾を、弾薬運搬艦もろとも、敵に沈められているため、未だに主砲弾の数がゼロという異常事態に
陥っている。
第7艦隊司令部でも、主砲弾の尽きたアイオワ級戦艦とアラスカ級巡洋戦艦は、補給を終えるまで港に置くべきではないか?という意見が
出たが、

「4戦艦とも、まだ対空火器が使える。それに、攻撃目標の近くには、敵の拠点が置いてあるグラーズレットがあり、ここから大規模な
航空攻撃を受ける可能性もある。これに対応するために、TG72.1とTG72.2には、従来通り、戦艦を持って行かせる。」

という意見に押し切られ、急遽、4戦艦も出撃に加わる事になった。

「これは、通常ならば考えられない事だが、既にマオンド海軍の戦艦部隊は全滅しているし、航空部隊に対抗するのなら、主砲は要らない
からな。とにかく、使える物はなんでも使う。戦場の基本だよ。」

サマービルは、吹っ切れたような口ぶりで、リーチに言った。

「ただ、主砲弾が切れた戦艦も持って行くとなると……状況はやはり、思わしくないようですね。」
「ああ。例のゾンビ薬とやらが、まだ作られてはまずいから、早めにそれを作る施設を破壊しようと考えているのだろう。」
「はぁ、ヤンキーも荒っぽい事を考えますなぁ。」

リーチは、苦笑しながらサマービルに言う。

「最も、私としては感謝していますよ。」

彼は、自信ありげに言い放つ。顔に浮かんでいた苦笑は、たちまちのうちに、闘士浮かべつ不敵な笑みに変わる。

「この大西洋の戦いで、最も重要な作戦に、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンが主役となって戦うのですから。」
「ふむ。確かにそうだな。」

サマービルも、リーチの意図を理解してか、自らも顔に笑みを浮かべながら相槌を打つ。
話を交わしている間に、TG72.2の出港は終わった。

「さて、いよいよ我々の番ですな。」
「艦長、今度の戦いで、もう1度敵さんに、大英帝国海軍の戦い方と言う物を教えてやろうじゃないか。」
「はい。勿論ですとも。」

リーチ艦長は自信たっぷりに答えた。
プリンス・オブ・ウェールズは、味方の駆逐艦群、巡洋艦群が出港した後に行動を開始した。
第7艦隊の戦艦群の中では、幾らか小振りであるプリンス・オブ・ウェールズとレナウンであるが、その姿は、久方ぶりの主役に
選ばれた事に歓喜しているのかごとく、いつもに増して威風堂々とした物に見えた。

第72任務部隊は、午前7時30分までに全艦隊が出港を終えた。
機動部隊は迂回進路を取りつつ、一路、大陸南岸へと向かって行った。

大西洋の戦いは、ここにして最終局面を迎える事になった。
後に、大西洋の嵐とも呼ばれる短く、そして、激烈な戦いは、様々な形を経て後世に語り継がれる事になるが、
それはまだ、遠い未来の話である。
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