第209話 シェリキナ連峰上空の死闘
1484年(1944年)12月23日 午後1時 レスタン領シェリキナ連峰
シェリキナ連峰は、レスタン領南西部に位置する山岳地帯である。
山の1つ1つが、2000~3000メートル級の高さを誇るため、山々の天辺には常に、白い雪で覆われている。
季節が冬に変わった今では、山の1つ1つは真っ白な雪に彩られ、時折低くたれ込む白い雲が、連峰の雪と相俟って、
シェリキナ連峰は、美しい銀世界に変わる。
この自然の美に包まれたシェリキナ連峰上空は、現地に駐屯するシホールアンル帝国軍にとって、国境線上に近い重要な空域で
あり、シホールアンル軍はこの空域を絶対防空圏に定め、国境から侵入して来るアメリカを始めとする連合軍航空部隊相手に、
10月初旬から日夜、激しい空中戦を繰り広げていた。
この日、3週間ぶりに青い空に覆われたシェリキナ連峰上空には、敵機接近の知らせを受けて飛び立った、シホールアンル軍の
ワイバーン部隊約60騎が、巡航速度で飛行しつつあった。
シホールアンル陸軍第84空中騎士隊の指揮官であるレネーリ・ウェイグ少佐は、シェリキナ連峰に設けられた監視小屋から
魔法通信を受け取りながら、レスタン領に侵入してきた敵編隊を捕捉しようとしていた。
「こちら第84空中騎士隊。目標は今どこを飛んでいる?」
ウェイグ少佐は、監視小屋に魔法通信で、改めて敵情を確認する。
「現在、敵編隊は君達より10ゼルド南東の方向を進んでいる。今、敵編隊の詳細が判明した。敵は双発飛空挺50機に戦闘飛空挺
80機を引き連れている。アメリカ軍だ。」
「アメリカ軍か……全く、奴らも懲りない物ね。」
ウェイグ少佐は、呆れた口調でそう呟いた。
シェリキナ連峰は、シホールアンル帝国が絶対防空圏に定めているとあって、同地の付近に展開しているワイバーン部隊は、
ウェイグ少佐が率いる第84空中騎士隊を含めて、実に8個空中騎士隊もいる。
この8個空中騎士隊は、レスタン西部航空軍として纏められており、そこから更に2個の空中騎士軍に分けられている。
10月から始まったシェリキナ連峰上空の戦いでは、シホールアンル軍は、連合国軍相手に互角以上の戦いを繰り広げており、
10月から12月初めまで、連合国軍は執拗に制空戦闘を挑んで来たが、最終的にシホールアンル側は4個空中騎士隊が壊滅状態に
陥りながらも、米軍機を含む580機ものワイバーンや航空機を撃墜し、ただの1度も、制空権を明け渡す事は無かった。
限定攻勢作戦であるクリストロルズ作戦期間中は、ワイバーン隊の航空基地が、本国で開発された簡易型戦闘飛空挺「ドシュダム」の
発進基地としても使われたため、米軍機の空襲が頻繁に行われたが、ウェイグ少佐を含む歴戦の竜騎士は勿論、速成教育にもかかわらず、
ドシュダム搭乗員達の奇跡的な奮闘もあり、航空基地は機能を完全に喪失する事無く、陸軍の作戦を支援する事が出来た。
攻勢作戦が終了した11月下旬には、ジャスオ北部に陣取る連合軍航空部隊に対して、作戦終了に貢献したドシュダムをも交えた、
大規模な航空殲滅戦を開始しようとしたが、その作戦は、後方で起きたトラブルのため急遽中止され、ドシュダムを装備する戦闘飛空挺隊は、
約半数が後方に下げられ、残り半数はワイバーン部隊の後詰めとして残された。
12月2日以降は急な寒波の来襲と、それに続く天候不良のため、連合軍航空部隊は米海軍航空隊を除く全航空隊が、偵察以外の航空作戦を
何ら行なわなかったため、その間、シホールアンル軍は休養と、僅かな天候回復の隙をついて送られた増援によって戦力を回復出来、
今では10月初めと同じく、8個空中騎士隊と、それにドシュダムを装備する3個戦闘飛行隊にまで戦力が回復した。
10月初めから12月初めにかけて行われた航空消耗戦は、その苛烈さから銀色の墓場と呼ばれ、特に多くのエース部隊を配備した
シホールアンル軍航空部隊は、総じて銀色の狩人と呼ばれ、恐れられるようになった。
とはいえ、この消耗戦の勝者であるシホールアンル軍は、連合軍の航空攻勢終了時には、8個空中騎士隊が4個空中騎士隊に激減しており、
そのまま攻勢が続けば、いずれは防空圏を突破されていた。
しかし、急な天候不良がシホールアンル軍を救う事になり、敵が動けない間、シホールアンル側は戦力回復に集中する事が出来た。
ウェイグ少佐は、この大幅な戦力増を嬉しく思う反面、大損害を被った連合軍航空部隊が、もう銀色の墓場に来る事は無いだろうと考えていた。
だが、敵は天候が回復したと見るや、再び、シェリキナにやって来たのである。
「まっ、あたしとしてはそれでもいい。増援を得たのは、奴らだけでは無いからね。」
彼女は、のこのことやって来た敵編隊を嘲笑する。
本国から送られてきた増援部隊には、後方で戦力を回復して来たエース部隊も少なからず混じっており、中には、58機の敵機を撃墜した
空中騎士隊の中隊長や、個人の撃墜数は少ない物の、合理的な判断と、大胆な行動で多くの敵機を撃ち落としてきた空中騎士隊も居る。
ウェイグ少佐も、開戦以来順調に撃墜数を重ねたお陰で、今では個人戦果、共同戦果合わせて78機を撃墜し、シホールアンル軍では
第3位のエースとなっている。
彼女が率いる第84空中騎士隊も、半数はベテランで占められており、残りも経験未熟とはいえ、既に幾度も空中戦を経験している兵ばかりである。
今回は久方ぶりの空中戦になるが、彼女は決して、負ける気はしないと確信していた。
「第79空中騎士隊、目標より北東10ゼルド付近を飛行中。間もなく戦闘態勢に入る模様。続いて、第62空中騎士隊も敵編隊より
北13ゼルド付近を飛行中。」
「……いつも通り、包囲陣が出来つつあるね。」
ウェイグ少佐は、頭に地図を浮かべながらそう独語する。
シホールアンル軍航空部隊は、このシェリキナ連峰航空戦で、大量のワイバーン部隊による包囲作戦を用いる事により、多くの敵機を葬って来た。
作戦は単純明快であり、60~70騎で編成された戦闘ワイバーンの編隊を3個用意し、前進して来る敵大編隊を、前方並びに、左右側面から襲撃し、
大打撃を与える、という物だ。
この戦法は、開始された当初は大編隊でもって、敵大編隊を一気に叩くため、当たれば戦果は大きいが、同時に外れやすい戦法でもあり、
それに加えて、一方の編隊が敵戦闘機に襲われた場合は作戦自体が瓦解するため、今では空中騎士隊ごとに、戦闘飛空挺引き付け役と
爆撃機迎撃役に役割を分けて敵機攻撃に当たっている。
「敵編隊視認まで、あと10分程度といった所か……しかし、こんな寒い日にまで出掛けて来るとは、本当、憎たらしい物ね。」
ウェイグ少佐は忌々しげな口調で呟く。
「隊長!また苛ついているんですか!?」
不意に、彼女の脳裏に声が響く。
「あら、ビーステルァ。」
彼女は、右隣を飛んでいる2番騎の竜騎士に顔を向ける。
「察しがいいわね。」
「へへ、隊長とは開戦以来の中ですからね。そんなに怒ってばかりだと、その綺麗な顔に皺が増えますよ。」
「ええ、その忠告は、しっかりと聞いておくわ。」
彼女は薄ら笑いを浮かべる。
「では、あとであたしの部屋に来なさい。たっぷりとお礼をしてあげるからね。」
彼女は爽やかな……しかし、限り無い威圧感を滲ませた笑みを、2番騎の竜騎士に向けて送った。
「へ……へへ、どもっす……」
2番騎の竜騎士は、彼女とは対照的な、引き攣った笑みを浮かべながら、顔を背ける。
「そ、そう言えば隊長。自分らが出撃する時に、ドシュタム隊の指揮官が空中騎士軍司令官と揉めていたのを見ましたか?」
「ああ……そう言えば、うすらハゲのデブ大佐がなんか喚いてたわね。何があったのかしら。」
「自分、出撃直前に地上勤務の奴から聞いたんですが、何でも、今日の迎撃戦闘にドシュタム隊も参加させてくれと頼み込んだそうですよ。」
「はぁ?ちょっと、それは本当なの?」
「ええ、本当らしいですよ。」
「……呆れた。」
ウェイグ少佐は、左手で思わず額を抑えてしまった。
シホールアンル軍が、短期速成の搭乗員でも使えるように設計された簡易型戦闘飛空挺ドシュタムは、クリストロルズ作戦では地上部隊の
支援に大活躍した機体だが、アメリカ軍が保有するP-51マスタングやP-47サンダーボルト等には、これまでの戦闘で不利であると
判断されている。
今回、米軍攻撃隊には、確実にマスタングかサンダーボルトが護衛が付いている筈であり、性能の低いドシュタムでは、迎撃は不可能と
判断され、出撃は見送られたが、これに異を唱えたのが第12戦闘飛行団の指揮官であるウィブト・ピルッスグ大佐である。
ピルッスグ大佐は、
「ドシュタムは確かに、性能面ではマスタングやサンダーボルトに劣るが、決して勝てぬ相手では無い!どうか、ここは我らがドシュタム隊にも
参加の機会を与えて下さい!」
と、空中騎士軍指揮官に直訴した。
だが、彼の言葉は退けられ、精鋭のワイバーン部隊のみが迎撃戦闘に参加する事になった。
「ドシュタムじゃ、マスタングやサンダーボルトに敵わないって分かってる筈なのに……」
「それ以前に、あの司令は自分の飛行隊の稼働率を理解していなかったんじゃないですか?」
ビーステルァも呆れた口調で言う。
「ドシュタムの稼働率は、部品不足のせいで通常の7割程度に落ちていましたよ。そんな戦力不足の部隊に頼る筈は無いのに……」
「まぁ、アメリカ機動部隊が後方で暴れ回っているたからねぇ……あれがなきゃ、ドシュタム隊の稼働率も上がったでしょうね。」
……去る12月21日。ウェイグ少佐らがシェリキナで休養と部隊の再編に当たっている間、後方のヒーレリ領内中西部では、悪天候を突いて
出現したアメリカ機動部隊が派手に暴れ回った。
9月のサウスラ島沖とレビリンイクル沖で行われた海戦で、戦力を消耗したアメリカ機動部隊は、ここ数カ月で戦力を回復し、再び戦場に戻って来た。
シェリキナ航空戦が一段落を見せた11月22日には、ヒーレリ領南部沿岸にあった物資集積所が米機動部隊の艦載機によって壊滅状態に遭った。
この物資集積所には、ドシュタム隊が使う大量の爆弾と予備機が集積されていたが、米艦載機の波状攻撃によって予備機と爆弾を一緒くたに粉砕されてしまった。
それに加えて、消耗したワイバーン部隊にも送る筈であった大量の爆弾や装備品も残らず焼き討ちにされている。
この影響で、計画されていた航空攻勢は止む無く中止され、シホールアンル側は否応無しに防御戦闘を続ける羽目になった。
アメリカ機動部隊は11月下旬以来、再び姿を消したが、最近になってまたヒーレリ近海に姿を現し、ヒーレリ領南部から中西部にある港湾施設を
片っ端から襲いまくった。
このため、レスタン領に配置されているシホールアンル軍は、早くも物資の供給不足に陥る部隊が出始め、ドシュタム隊もまた、手配されていた
整備部品が空襲で倉庫共々灰にされたため、稼働機が激減する事態になっている。
陸軍総司令部は、海軍に対して竜母機動部隊で持って決戦を挑むべきであると主張したが、海軍は機動部隊は今、新造艦や、新造竜母
に派遣する航空隊の練成中であり、ヒーレリ中南部沿岸を遊弋する米第58機動部隊を相手にするには、戦力面や錬度の問題からして
現状では不可能であると主張し、陸軍側の主張を切り捨てた。
普通ならば、この時点で部隊の出撃を考えたりせず、戦力の再編を行う事に考えが行く筈なのだが……ピルッスグ大佐には、そのような事は思考するに
値しないのであろう。
「あんな馬鹿軍人を上司に据えられてしまったドシュタム隊の連中は、本当に可哀相ですねぇ。」
「まあねぇ……」
彼女は生返事をしながら、ビーステルァに同感だと、心中で告げた。
それから5分後、第84空中騎士隊は敵編隊を視認できる位置まで接近していた。
「敵編隊視認……直衛の戦闘飛空挺並びに、爆撃飛空挺を確認。爆撃機はミッチェルと思われる。」
「84空中騎士隊へ、各隊とも攻撃位置に付いたようだ。いつでも攻撃していいぞ。」
地上からそう伝えられると、ウェイグ少佐は頭の中のスイッチを切り替えた。
「こちら84空中騎士隊、了解した。これより狩りを行う。」
彼女は事務的な返答をした後、1000メートル下方に位置する米軍の戦爆連合編隊に向けて、部隊の突撃を開始させた。
ハンス・マルセイユ大尉は、上空から突入を開始しようとしているワイバーンの群れを見つめながら、部下達に指示を飛ばしていた。
「こちら隊長機!左上方のワイバーンが突撃を開始したら、そいつらに正面攻撃を仕掛ける!後は各自、ペアを組んで敵を出来るだけ拘束しろ!」
彼はそう言い放ちながら、内心ではこの編成で上手くやれるのか、という不安があった。
今回の任務では、マルセイユの率いる第194飛行隊は133戦闘航空群の一員として、229戦闘航空群と共に50機のB-25の護衛を
行う事になっている。
マルセイユは、一緒に護衛役として付いて来た229戦闘航空群に不安を感じている。
133戦闘航空群は、前線への従軍期間も長く、マルセイユを始めとして多くのベテランパイロットを輩出しているため、実戦でも頼りになる。
だが、229戦闘航空群は、2週間前に本国からやって来たばかりの新参の部隊で、パイロットも半数以上は新兵であり、残りも経験が
浅い兵ばかりである。
一応、技量としては頷ける範囲に入ってはおり、機体もマルセイユらと同様、P-51で固められてはいるが、この空域に展開している
ワイバーン隊はかなり強力であり、229FG(戦闘航空群)の飛行隊が果たして、その役割を果たせるか否かが問題になる。
(あれこれ考えても仕方が無い。戦闘はもう始まろうとしているんだ、今は、敵を叩くしかない!)
マルセイユは、心中でそう叫んだ後、愛機の機首を上げ、機首のエンジンを全開にして敵に向かって行く。
マルセイユに習って、194飛行隊の全機が上昇に転じる。
194飛行隊のみならず、133航空群を構成する他の3個飛行隊も、一斉に上昇に移っていく。
マルセイユは、照準器越しに猛速で下降して来るワイバーンへ狙いを付ける。
互いに高速で接近しているため、ワイバーンの姿はぐんぐん大きくなって来る。
彼我の距離が約600メートルを切った時、マルセイユは機銃の発射ボタンを押し掛けたが、その瞬間、相手側が光弾を放って来た。
(先手を取られたか……!)
ワイバーンは心中で呟きながら、発射ボタンを押す。
両翼に付けられている6丁の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、曳光弾で染め上げられた6本の線が敵ワイバーンに殺到して行く。
その直後、ワイバーンの光弾がマルセイユ機に襲い掛かる、光弾はマルセイユのP-51を捉えられなかった。
光弾が機体に突き刺さらなかった事に安堵する暇も無く、マルセイユは自機の射弾がワイバーンを捉えられず、右に逸れていく
光景を目の当たりにする。
(チッ、お互い様と言う事か!)
彼は心中で毒づきながら、次の獲物を探す。
マルセイユは、すれ違う寸前に、後方に居た4番騎に狙いを付け、瞬時に機銃を発射する。
僅か1秒ほどしか射撃ができなかったが、今度は敵4番騎に射弾が注ぎ込まれた。
(手応えあり!)
マルセイユはそう確信するが、敵騎がどの程度損害を被ったのか分からぬまま、その4番騎と猛速ですれ違った。
互いにすれ違った後は、いつものように彼我入り乱れての乱戦になる。
マルセイユは、今日初めてペアを組むチャック・イエーガー少尉のP-51と共に、下降に移っていくワイバーンを猛追した。
「あのワイバーンのペアをやる。ついて来い!」
「了解です!」
2番機のイエーガー少尉は、快活の良い声音でマルセイユに返して来た。
マルセイユは、愛機の速度を一気に上げる。
上昇から下降に転じた2機のP-51は、時速600キロ以上の猛速でワイバーン目掛けて突っ込んでいく。
眼前の2機のワイバーンは、敵騎の横合いから殴りかかろうとしているP-51を狙っている。
距離は余り無い。
「間に会ってくれよぉ……」
マルセイユは降下のGに耐えながら、自分達の一撃がワイバーに届く事を願う。
距離が800……700……600と、みるみるうちに縮まって来る。
400メートル……300メートルと、順調に距離を縮めるが、200メートルを切った所で、後ろのワイバーンの竜騎士が顔を振り向いた。
「気付かれたか!」
マルセイユは舌打ちしながら、機銃の発射ボタンを押す。両翼から12.7ミリ機銃弾が吐き出され、曳光弾がサーッと流れていく。
だが、狙ったワイバーンは瞬時に右旋回し、マルセイユ機の射弾を交わしてしまった。
逃がした!彼が心中でそう叫んだ瞬間、旋回したワイバーンに新たな射弾が注ぎ込まれた。
その機銃弾は、ワイバーンの未来位置に向けて放たれており、敵騎は自ら、12.7ミリ弾の弾幕に突っ込んでしまった。
既に魔法防御が無くなっていたのか、12.7ミリ弾はワイバーンの背面に容赦なく突き刺さり、その頑丈そうな巨体から血煙が噴き出す。
急所を撃ち抜かれたワイバーンは、一瞬にして飛行能力を失い、地上に延々と続く白銀の世界に吸い込まれていくような形で、墜落して行った。
「やりました!撃墜です!」
レシーバーに、イエーガー少尉の声が響く。
その声は、興奮のためか少し上ずっていた。
「ナイスだ!その調子で次も頼むぞ!」
マルセイユは、祝福と戒めを交えた返事を送りつつ、もう1騎のワイバーンに視線を移す。
前方を飛んでいたワイバーンは、マルセイユ達が襲い掛かって来たのに気付き、咄嗟に急降下に移ったため、既に遠くへ離れてしまった。
「先輩!12時方向より敵騎!」
イエーガー少尉が、敵撃墜の余韻に浸る暇も無く、新たな敵騎発見を知らせて来た。
マルセイユは前方上方に顔を向ける。
「チッ、こっちを狙ってるぞ!」
彼は、今発見した2騎のワイバーンが、真っ直ぐ自分達に向かっている事に気が付いた。
「このままじゃ食われる!回避するぞ!」
彼はそう言った直後、右のフットバー押し込むと同時に操縦桿を倒す。
マルセイユのP-51Dは右に大きく傾き、旋回しながら下降し始める。
マルセイユに習って、イエーガー少尉も後に続く。
高度5000メートルから急降下に入ったP-51は、猛速でワイバーンを振り切ろうとするが、ここは2000~3000メートル級の
山が連なる山岳地帯であるため、思うように降下が出来ない。
高度計が4000を回った所で、マルセイユは下降を止め、愛機を大きく左旋回させる。
「先輩!敵ワイバーン2機、付いてきます!」
「しぶとい奴だな!」
イエーガーの報告を聞いたマルセイユは、忌々しげに呟く。
そのまま、イエーガーとマルセイユは、2騎のワイバーンと空中戦に入った。
ワイバーンは、巧みな機動でマルセイユ機とイエーガー機の攻撃をかわし、背後に回ろうとする。
ワイバーンはバックを取った瞬間、好機とばかりに光弾を放つが、2機のP-51は常に猛速で飛び回るため、光弾は全くと言っていいほど
P-51を捉えられない。
機銃弾の攻撃をかわし、背後に回っては反撃といういたちごっこが実に10分以上も続く。
敵の攻撃を何度かわし、何発の機銃弾を撃ち込んだかは判然としないが、マルセイユはようやく、1騎のワイバーンに直上攻撃で機銃弾を
撃ち込み、撃墜した。
「ようし!これで90騎目だ!」
マルセイユは、横目で墜落して行くワイバーンを見ながら、小さく叫んだ。
「隊長!こっちも1騎撃墜しました!」
「そっちも落としたか。いいぞ。流石はワンデイ・エースだ!」
彼は、イエーガー少尉にそう返した。
チャック・イエーガー少尉は、これまでに12機のワイバーンや飛空挺を撃墜しているエースだが、今から3カ月前、彼は1度の出撃で
ワイバーン3騎、飛空挺2機を撃墜するという離れ業をやってのけた。
イエーガー少尉はそれ以来、1度の出撃でエースの称号を得たパイロットとして陸軍航空隊で名が知られ、いつしか、ワンデイ・エースという
渾名が付けられた。
「ようし、そろそろ爆撃隊の近くに戻らにゃいかんな。」
マルセイユは、自分達に与えられた任務を忘れてはならぬと、自分に言い聞かせるように呟きつつ、周囲を確認した後、機首を軽爆隊の方へ向けた。
その瞬間、マルセイユは表情を曇らせた。
この日、出撃に参加した爆撃隊は、第26爆撃航空師団第12爆撃航空団に所属する第24爆撃航空群の50機のB-25である。
空戦開始当初、ベテラン揃いの133FGは、敵より戦力が少ないにも関わらず、多数のワイバーンと渡り合っていた。
だが、別の方角から新手のワイバーン編隊が現れ、それが229FGと空戦を開始した時、ミッチェル隊の苦難が始まった。
133FGに比べて、新米搭乗員の比率が高い229FGはワイバーン隊に翻弄され、空戦開始から僅か10分足らずで、13騎
ものワイバーンがミッチェル隊に襲い掛かって来た。
ミッチェル隊は胴体上方や、機尾機銃、または機首の機銃を用いて反撃を行った。
50機のB-25の内、半数は対地、対艦攻撃力が強化されたB-25Hであり、正面から向かって来るワイバーンに対しては
戦闘機並みの火力を叩き付ける事が出来た。
だが、機動が鈍重な上に、低速な爆撃機では、速力、機動共に卓越したワイバーンの攻撃を逃れる術は無い。
ワイバーンは、数騎が機銃の反撃によって撃ち落とされたが、最初の第一撃で2機のB-25に火を噴かせ、7機に損傷を与えた。
戦闘機の妨害を突破して来たワイバーンは更に増え続け、B-25群を四方八方から光弾で、またはブレスによって攻撃して行く。
ミッチェル隊がワイバーンとの空戦に入ってから10分が経過した。
第24爆撃航空群に所属する第892飛行隊は、敵のワイバーン相手に苦戦を強いられていた。
「機長!6時上方より敵騎です!」
892飛行隊指揮官であるフランク・ファルバーク大尉は、この日、幾度目かになる敵騎接近の報せに、苛立ちを更に募らせた。
「シホットの畜生共め!あちこちから来やがる!連中はこの2ヶ月間で600騎以上を落とされて、戦闘能力を失った筈じゃないのか!?」
「後方から戦力を引っ張って来たんでしょう!それか撃墜数が過大だっかのどちらかです!でなきゃ、シホット共がこうも元気一杯に
飛び回る訳はありませんぜ!」
左隣に座るチャイナ系アメリカ人のコ・パイであるマオ・リージェン少尉が、血走った眼を周囲に巡らせながら、機長である
ファルバーク大尉に返す。
胴体上部に取り付けられている12.7ミリ連装機銃が激しく撃ちまくるが、敵ワイバーンはひらりとかわしながら距離を詰め、
至近距離で光弾を撃ち込んで来た。
機体の胴体に被弾音が鳴り響き、B-25の機体が衝撃に揺れる。
「くそ!どこに食らった!?」
「こちらビクター!胴体上部に食らいました!機体に穴が開いたようですが、エンジンには傷付いていません!」
「胴体を貫通したか……爆弾が爆発していなって事は、致命傷は免れたと言う事だな。」
ファルバーク大尉は、安堵の表情を見せるが、それも束の間であった。
「機長!9時方向より2騎来ます!」
新たな報告が入ると同時に、機銃が再び火を噴く。
10秒ほど断続的に連射音が鳴り響いた後、またもや機体に衝撃が走った。
「くそ!また食らったか!」
ファルバークが歯噛みした時、唐突に凶報が舞い込んで来た。
「機長!ウィリー曹長が負傷しました!!」
「何!?ウィリーが負傷しただと!?」
ファルバーグは驚きの余り声を上げてしまった。
ウィリー曹長は、ファルバーグ機の航法士兼爆撃手である。
ウィリー曹長が負傷したとなると、ファルバーグ機はこの作戦で正確な爆撃を行える事が出来ず、帰りは僚機に頼りながら、
基地に戻るしか無く、はぐれた場合は高確率で未帰還機の仲間入りとなってしまう。
「ウィリーは生きているか!?」
「はい!意識はありますが……大腿部の出血が酷い。今すぐ止血します!」
「あっ!指揮官機被弾!!」
唐突に、リージェン少尉の叫び声が耳に響く。
ファルバーグはハッとなって、前方右斜めを飛んでいた飛行隊長機に視線を向ける。
航空群の4個飛行隊を統括指揮していた、第890飛行隊の指揮官機が、左主翼から火炎を吹き出しながら墜落して行く。
悲報は更に続く。
「7番機被弾!墜落して行きます!」
機尾機銃手の叫び声が、レシーバー越しに響いて来る。
(なんてこった!出撃前のブリーフィングでは、敵の迎撃は少なく、ワイバーン基地の攻撃は成功するはずだったのに!!)
本来であれば、今回の爆撃作戦は成功裏の内に終わる筈であった。
アメリカ第3航空軍司令部は、シェリキナ連峰付近に居座るシホールアンル軍ワイバーン部隊に長らく悩まされて来た。
米陸軍航空隊では、B-29の他に、B-17やB-24を使ってレスタン領駐屯のシホールアンル軍部隊に爆撃を行って来たが、
爆撃隊は必ずと言っていいほど、シェリキナ連峰周辺の航空基地から発進したワイバーンや飛空挺の襲撃に会った。
シェリキナ連峰周辺の敵航空戦力を掃討しなければ、今後の作戦に支障が出ると判断した第3航空軍司令部は、レスタン領の戦略爆撃は
B-29のみで行う事にし、軽爆隊と戦闘機隊でもって敵航空戦力、並びに航空基地の撃滅に集中した。
この作戦には、バルランド軍のワイバーン隊やカレアント軍の戦闘機、並びにワイバーン隊も参加し、10月以降、連日航空攻勢を行った。
だが、2か月に渡る航空戦で第3航空軍と同盟国航空部隊は、シホールアンル側の頑強な抵抗に遭い、第3航空軍だけで戦闘機189機、
爆撃機109機を失うと言う大損害を被った。
12月初めに冬の寒波が来襲した後は、第3航空軍は戦力の回復に努め、この日の天候回復を予測していた3AF司令部は再度、戦闘機隊と
軽爆隊によって敵航空基地の攻撃を計画し、実行に移った。
作戦としては、まず戦闘機隊に護衛された爆撃隊を、シェリキナ連峰上空で思い切って切り離し、戦闘機隊が敵ワイバーンを引き付けている間に、
軽爆隊が超低空で山沿いに低空侵入して敵航空基地に奇襲をかけるとい物であった。
だが、米軍は、まさか過酷な環境下にあるシェリキナ連峰に見張りを置いているとは気付かず、分離地点に到達する前に、情報を受けて
飛び立った敵ワイバーンの大編隊に襲撃されたのである。
「229FGの戦力、急激に低下中!現在、戦力は8割を切りつつあるようです!」
味方戦闘機隊のパイロットが放つ悲鳴交じりの声を聞いていたリージェン少尉が、ファルバートにそう伝える。
「くそったれめ!新米連中は連れて来るべきじゃなかったんだ!全く、何がシホット共をばたばた落としてやる、だ!バタバタ落とされて
いるのはてめえらの方じゃねえか!!」
ファルバートは、出撃前に自信満々にそう告げて来た、若い中尉の顔を思い出しながら悪態をつく。
「こっちの航空群も大分落とされているぞ……畜生!ミスリアルの星も居るっていうのに、俺達はこのまま引き返すしかないのかよ!?」
ファルバートは、任務失敗という危機に直面した事実を、半ば受け入れ難い気持ちになっていた。
だが、このまま進撃を続けても、ミッチェル隊は文字通り、全滅しかねない。
戦闘機隊は奮闘している物の、数に勝るワイバーンを抑え切れておらず、逆にワイバーンに追い回されるP-51が増えつつあった。
「この空域に居るのは俺達だけ……こうなれば……」
逃げるしかない。
ファルバートは、その言葉を口から吐き出そうとしていた。
午後1時30分 シェリキナ連峰上空
アメリカ第5艦隊に属する第58任務部隊から発艦した第1次攻撃隊132機は、途中で思いがけない光景を目の当たりにする事になった。
「オイオイ……一体、なんだいありゃあ?」
第1次攻撃隊の指揮官を務める事になった、空母エセックス戦闘機隊隊長のデイビット・マッキャンベル中佐は、攻撃隊の右前方で
繰り広げられている空戦を見て、思わず唖然としてしまった。
眼前には、陸軍航空隊と思しき戦闘機と爆撃機が、ワイバーンと戦っている。
互いにばらばらになりながら空戦を行っているその後ろで、緊密な編隊を組んだ爆撃隊が、ワイバーンの猛攻を受けている。
遠いながらも、どちらが不利なのかは一目瞭然であった。
その証拠に、無線機からはひっきりなしに、悲鳴のような声が流れて来ている。
「24BGは既に戦力の30%超を喪失!このままでは全滅する!」
「くそ、シホット共に被られた!誰かカバーしてくれ!」
「なんてこった!敵はかなりのやり手だぞ!!」
「うわぁ!?被弾したぁ!!畜生!」
「列機がやられた!くそ、こっちにも来やがる!もう駄目だ!」
無線機越しに、これらの声を聞いていたマッキャンベル中佐は、すぐに決断を下した。
「こちら指揮官機だ。どうやら、陸軍のカウボーイ達が苦戦しているらしい。俺達は、連中の援護に当たる、続け!」
マッキャンベルはそう命じると、自らが先頭になって、空戦域に向かって行く。
第1次攻撃隊は、第58任務部隊所属の第1任務群並びに、第2任務群から発艦した戦闘機隊で占められている。
TG58.1からはエセックスがF6F24機、イントレピッドがF6F24機、ボノム・リシャールがF4U18機。
TG58.2からはヨークタウンがF4U24機、エンタープライズがF6F18機、ホーネットがF6F24機を発艦させている。
計132機の戦闘機は、誘導役のS1Aハイライダー1機を伴いながらシェリキナ連峰上空に到達した。
第1次攻撃隊はファイターズスイープとして編成され、攻撃隊は戦闘機でほぼ固められている。
彼らはこれから、シホールアンル側のワイバーン隊をおびき寄せ、敵の迎撃戦力を減殺しようとしていたのだが、敵ワイバーン隊は
いつの間にか出撃していた陸軍の戦爆連合編隊に釣られていたため、マッキャンベルらは敵を探す手間が省けた。
高度6000メートルにまで上昇した第1次攻撃隊は、途中で任務群ごとに大きく分かれ、TG58.1隊は戦闘機隊の空戦域に向かった。
「こちらエセックス戦闘機隊指揮官機。陸軍戦闘機隊の指揮官機へ、聞こえるか!?」
「なっ……まさか、あんたらは海軍か!?」
「ああ、そうだ。そのまさかの海軍だ。ちょいとばかり掩護させて貰うぜ!」
マッキャンベルはそう言ってから、各機に攻撃開始を命じた。
ずんぐりとした体系のF6Fが、その姿に似合わぬ俊敏な動きで次々に降下に入って行く。
P-51との戦闘に集中していた敵ワイバーン隊にとって、米艦載機集団の乱入は、寝耳に水の出来事であった。
午後2時 シュヴィウィルグ
レスタン領上空に侵入した米艦載機は、マッキャンベル率いる第1次攻撃隊のみではなかった。
シェリキナ連峰の来た10ゼルドにあるシュヴィウィルグ基地に新たな緊急信が入ったのは、時計の針が午後2時を過ぎてからの事である。
「軍司令官閣下、新たな敵編隊接近の報が入りました!」
第21空中騎士軍の司令官であるウラゴス・ルーベルク中将は、戦況地図に向けていた目を更に細める。
「その敵編隊は今、どの辺りを飛んでいる?」
「は!敵編隊は現在、シュヴィウィルグの南西40ゼルド付近を北東方面に向かって進撃中。敵編隊の数は約300近く、敵の進撃方向から
推測して、洋上の敵機動部隊から発艦した事はほぼ間違いありません。」
「ふむ……本格的な波状攻撃だな。」
ルーベルク中将は、務めて平静な声音で答える。
「すぐに迎撃隊を出せねば。待機中のワイバーン隊を発進させよう。それから、ドシュダム隊を空中に待避させよう。彼らが居ては足手まといだ。」
「わかりました。」
主席参謀は頷き、命令を伝達させようとした。
だが、その瞬間、思いがけない事が起きた。
ドシュダム隊が居ると思しき場所から、いきなり発動機の音が聞こえ始めたのだ。
「おっ。早速発動機を回し始めたか。やはり、あの大佐殿も、精鋭ぞろいの艦載機集団には敵わんと見て逃げようと考えたか。」
ルーベルク中将は、最初そう思った。だが、彼の考えは即座に覆されてしまった。
「閣下!ドシュタム隊が迎撃戦闘に参加するため、出撃準備に入ったようです!」
「な、何!?」
彼は仰天し、次に顔を赤く染め上げた。
「誰が出撃命令を出した!?」
「どうやら、ピルッスグ大佐が独断で命令を下したようです!」
「ぬ……あの、馬鹿貴族めが!!!!」
ルーベルク中将は怒鳴り声を上げた。
ドシュダム飛行隊の指揮官であるピルッスグ大佐は、階級こそルーベルクより下であるが、ピルッスグはシホールアンルの名門貴族出身の
軍人であり、平民出身のルーベルクを明らかに見下していた。
ルーベルクは、ピルッスグを何度も解任するように上層部に働きかけていたが、上層部はそれに応じる事は無かった。
(エルグマドに知られていれば、即座に解任された筈であったが、それに至るまでに、幾人もの幹部がピルッスグ家の息の根が掛かっているため、
正しい事実は報告されていなかった)
「止めろ!なんとしても止めるのだ!」
ルーベルクは主席参謀に命じた。
「あんな機体でグラマンやシコルスキー(コルセアの別称)など相手に出来ん!向かったら、敵機の胴体に描かれている撃墜マークを
増やすだけだ!」
ルーベルクは大慌てで指揮所を飛び出し、身を呈してでもドシュダム隊の発進を止めようとした。
だが、彼が滑走路に向かおうとした時には、既に2機のドシュダムが勇ましく空に舞い上がる所であった。
第58任務部隊から発艦した第2次攻撃隊は、目標であるルシェヴリキ基地まであと60マイルに迫った所で敵の迎撃隊と接触した。
「敵編隊発見!数、約90!」
空母エンタープライズ戦闘機隊の一員として、第2小隊を率いるリンゲ・レイノルズ中尉は、エンタープライズ戦闘機隊指揮官を務める
ウィリアム・キラー・ケイン中佐の声を耳元のレシーバーで聞きながら、高度5000メートル上空を飛行している敵編隊を視認していた。
「あの敵……もしや、ウワサの新型飛空挺とやらか?」
リンゲは、シホールアンル軍が、旧世界のソ連が保有していたポリカルポフI16と外見が似たような新型飛空挺を開発し、それが
11月の敵の限定攻勢で大規模に投入された事を知っている。
撃墜された敵の搭乗員を尋問した結果、その新型飛空挺はドシュダムと呼ばれており、小型で簡略化されている物の、中高度や低高度での
空戦性能は侮れない物があると聞かされている。
このドシュダムは、性能的には陸軍のP-40Nとほぼ互角であり、P-51やP-47には劣るものの、条件が悪ければマスタングや
サンダーボルトでも不覚を取る事があったと言う。
その侮れない新型飛空挺と、海軍航空隊の航空機が刃を交えるのは、今回が初めてとなる。
「ヘルキャットやコルセアが、あいつに対してどれだけ戦えるか……今日、明らかになるな。」
リンゲは小声で呟きながら、戦闘開始の時を待つ。
第2次攻撃隊は、TG58.1、TG58.2、TG58.3から発艦した機で占められている。
攻撃隊の編成は、まずTG58.1のエセックスからF6F12機、SB2C18機、TBF12機。
ボノム・リシャールがF4U24機、TBF12機。
TG58.2のヨークタウンからF4U18機、SB2C18機、TBF12機。
エンタープライズからF6F12機、SB2C18機、TBF14機、ホーネットからF6F18機、SB2C16機。
TG58.3のランドルフからF4U26機、SB2C18機、TBF14機。
フランクリンからF4U20機、SB2C20機、TBF10機、ボクサーからF6F18機、SB2C16機となっている。
総計で318機の大編隊が、シェリキナ連峰周辺に居座るシホールアンル軍航空基地を一掃するため、進撃を続けている。
攻撃はこれだけに留まらず、TG58.3と、在来空母であるレキシントンと、それに加えて編入されたシャングリラとアンティータムの
最新鋭空母で編成されたTG58.4の攻撃隊で編成された第3次攻撃隊も発艦準備中であり、第58任務部隊は、陸軍航空隊の悩みの種
であったシェリキナ連峰周辺の航空戦力減殺に全力を尽くすつもりであった。
「エセックス隊、ボノム・リシャール隊、ヨークタウン隊、エンタープライズ隊、ホーネット隊は敵新型飛空挺を迎撃する。残りは攻撃隊の
護衛に当たれ!」
戦闘機隊指揮官であるケイン中佐は、的確な指示を各隊に向けて飛ばして行く。
指示を受けた84機のF6F、F4Uは編隊から離れ、ドシュダムと呼ばれる敵新型飛空挺に向かって行く。
米戦闘機隊の高度は4800メートル。一方で、ドシュダム隊は5200メートルにまで上昇していた。
先に仕掛けたのはドシュダムの方であった。
敵機が増速しながら、降下に入ろうとする。
それを戦闘開始の合図と受け取った84機のヘルキャット、コルセアは、胴体下部に取り付けていたドロップタンクを切り離し、機首に
取り付けた大馬力エンジンを唸らせながら上昇に転じる。
先に発砲したのは、米戦闘機隊であった。
彼我の飛行隊が急速に接近する中、先陣を切ったエンタープライズ隊のヘルキャットが12.7ミリ機銃の嵐を見舞う。
それに負けじと、ドシュダム隊も魔道銃を撃ちまくる。
正面攻撃は始まるのも早いが、終わるのも早い。
互いの攻撃はほんの一瞬で終わり、虻かハエと見紛わんばかりのずんぐりとした飛空挺が急降下して行き、更にずんぐりとしたヘルキャットや、
湾曲した翼を持つコルセアが、エンジンを猛々しく唸らせながら上昇して行く。
最初の儀式とも呼べる正面攻撃が終わった後、彼我の飛行隊で致命傷を負った機が墜落し、あるいは脱落して行く。
この時点で12機のドシュダムが撃墜され、5機のヘルキャットやコルセアが墜落するか、あるいは機体から煙を引いて戦場を離脱し始めた。
リンゲの第2小隊は、正面攻撃を終えた後、2機ずつのペアに散開し、下降して行く敵機を負って行く。
リンゲと同じ考えのパイロットが他にもいるのであろう。
8機ほどのコルセアが、ヘルキャット以上の降下速度で、下降して行くドシュダムに追い縋って行く。
リンゲは、旋回降下を行っている2機のドシュダムに狙いを付けた。
「ガラハー!行くぜ!」
「了解!」
リンゲとペアを組むフォレスト・ガラハー少尉がレシーバー越しに答えて来る。
リンゲの駆る愛機は、40度の降下角度で目標であるドシュダムに接近する。
通常ならば、敵の搭乗員はこの時に接近する米戦闘機を見つけ、回避機動に移るのだが、どういう訳か、ドシュダムの動きは妙に鈍い。
敵がやっと回避を始めた頃には、2機のヘルキャットは、敵機の背面上方から襲い掛かり、機銃を放っていた。
機銃の発射ボタンが押され、両翼の6丁のブローニング機銃が弾丸を弾き飛ばす。
曳光弾は過たず敵機の胴体を捉え、弾着がミシンがけのごとく、胴体後方から右主翼に移り、しまいには機首部分からも破片が飛び散る。
その次の瞬間、機首部分からオレンジ色の濃い煙が噴き出した。
そこまで見た所で、敵機は視界から消え、リンゲのF6Fは目標の下方に飛び抜ける。
「よし!手応えあったぞ!」
無線機越しにガラハー少尉の叫び声が聞こえる。
リンゲは顔を上げて、自分が撃った敵機の様子を見る。
左主翼が大きく欠けながら、錐揉み状態で墜落して行くドシュダムと、機首から濛々と煙を噴きながら、急激に高度を下げていくドシュダム
の姿が見える。
リンゲ機は、後者の方が自分が攻撃したドシュダムであると確信した。
「見事だ、ガラハー!おまえが撃った奴は左主翼が千切れていたぞ。」
「小隊長が撃った奴も、煙を吐きながら墜落して行きますぜ!」
彼らは互いに戦果を確認しあった後、次の目標を探し始める。
「小隊長!3時上方より敵機!向かって来ます!」
唐突にガラハー少尉の報告が伝わる。視線を3時上方に巡らせたリンゲは、3機のドシュダムが自分達に向かっている事を確認し、咄嗟に
操縦桿を倒しながら、左のフットバーを押し込んだ。
左旋回降下に移ったリンゲ機にドシュダムから放たれた光弾が殺到するが、それは全て外れた。
敵の攻撃を上手く避けたリンゲであったが、ペアのガラハー機とは離れてしまった。
「畜生!分断されたか!」
その時、1機のコルセアが3機のドシュダムの内、最後尾のドシュダムに横合いから突っかかり、機銃弾を浴びせた。
不意打ちを食らわされたドシュダムは夥しい破片を撒き散らしながら、そのまま墜落し始める。
だが、残り2機のドシュダムは、1機ずつに別れ、ガラハー機とリンゲ機を追い回した。
(後ろに付いて来たか……このまま最大速度で振り切ろうとしても、光弾を食らっちまう。ならば!)
リンゲは操縦桿を手前に引く。リンゲ機は宙返りに移り、敵機の背後に回ろうとする。
だが、敵機の搭乗員も負けじとばかりに宙返りに入り、背後を取らせまいとする。
(なかなかやるな……ならば、根比べだ!!)
リンゲは、宙返りのGによって視界を狭めながらも、更に続ける。敵機もリンゲ機を撃ち取るべく、垂直旋回を続ける。
彼我の機体が2度、3度と垂直旋回を続けていく。
4度目の旋回で、敵機の搭乗員は宙返り合戦に乗った事を後悔し始めた。
驚くべき事に、ドシュダムよりも大きい筈のヘルキャットが、徐々に旋回半径を縮めて来たのだ。
5度目の旋回でヘルキャットは差を縮め、6度目の旋回で、その差は決定的な物となった。
敵機の搭乗員が宙返りを諦め、水平飛行に移ろうとした時、その前面にリンゲ機から放たれた12.7ミリ弾が壁の如く立ちはだかった。
リンゲは、敵機が垂直旋回を行う未来位置に向けて、12.7ミリ機銃を放っていた。
機銃弾は見事に、敵機に命中した。
12.7ミリ弾は、ドシュダムの機首から操縦席、胴体から機尾に、まんべんなく命中する。
リンゲは一瞬だけ、操縦席の敵搭乗員がのけ反るのが見えたが、その敵機は、すぐに視界の外へ消えていく。
リンゲ機が水平飛行に入り、彼は自分が撃った敵機の行方を見守る。
敵機は白煙を噴きながら、低空に低くたれ込めた雲の中に消えて行った。
「ふぅ、なかなかしぶとい奴だったな。」
リンゲはため息を吐きながら呟いた。
「小隊長。大丈夫ですか?」
レシーバーにガラハー少尉の声が響き、リンゲ機の右横にガラハー機が現れる。
「ああ。なんとか落としたよ。そっちはどうだ?」
「手傷は負わせたんですが、低空に逃げられちまいました。」
「逃げる敵は放っておけ。次に行くぞ!」
リンゲはそう言ってから、再び獲物を追い求めるべく、機首を乱戦状態にある空域に向ける。
ドシュダム隊とF6F、F4Uの戦いは、最初こそいい勝負を見せた物の、次第に機体性能の差が明らかになり始めた。
ドシュダムは、経験の浅い兵でも操縦できるように作られたため、機体の強度に問題があり、急激な急降下や、急な速度向上は過度に行えなかった。
それに対して、F6FやF4Uは機体の強度が頑丈であるに加えて、共に2000馬力級のエンジンを有しており、縦横に空を駆け巡る事が出てきた。
このため、最初は互角に見えた筈の戦いも、次第にF6F、F4Uがドシュダムを押し始めていく。
1機のF4Uに、2機のドシュダムが背後から食らい付き、光弾を浴びせる。
光弾の連射を浴びたコルセアが機体から破片を飛び散らせる。
速度の落ちたコルセアを追い抜き、敵機撃墜の喜びに搭乗員は浸っていたが、撃墜した筈のコルセアは、実は致命傷を受けておらず、
不用意に背後を見せたドシュダムの1機に機銃弾を浴びせ、あっという間に撃墜してしまう。
別のヘルキャットは、2機で1機のドシュダムを追い回す。
そのドシュダムは、上手い具合に2機のヘルキャットが繰り出す攻撃をかわし続けていたが、ついに進退窮まったと判断した搭乗員は、
止む無く急降下に入り、一旦は戦場を離脱しようと考えた。
ドシュダムは急角度で降下に入る。
この時、敵搭乗員は、ドシュダムが急降下性能に不備があると言う事を完全に忘れていた。
そのため、ドシュダムは、速度計が680キロを超えた所で空中分解を起こし、2機のヘルキャットは、1発の機銃弾を当てる事も無いまま、
共同撃墜1の戦果をあげた。
ドシュダムの中には、上手い具合に敵を撃ち落とす物もいる。
あるドシュダムは、コルセアが腹を見せた所ですかさず光弾を浴びせかける。
一瞬の隙を突かれたコルセアのパイロットは、自らの失態を悟ったが、その時には無数の光弾によって胴体下部や左主翼を抉られ、
最終的には左主翼のエルロンと水平尾翼の片方を吹き飛ばされ、そのまま操縦不能に陥り、墜落して行く。
また、別のドシュダムは、続けざまに2機のヘルキャットを正面攻撃で討ち取り、性能の劣る飛空挺でも米艦載機に敵う事を証明して見せた。
そんな中で、変わった方法で敵を落とした機も居る。
空母ボノム・リシャール戦闘機隊の一員である、日系人パイロットのトニー・ナカムラ1等兵曹は、乱戦時にドシュダムと衝突しそうになった。
ナカムラ1等兵曹は咄嗟に右に避けようとしたが、右主翼はドシュタムの機体と完全に重なっていた。
(ぶつかる!!)
ナカムラ1等兵曹は死を悟った。
その次の瞬間、激しい衝撃が彼のコルセアを揺さぶり、機体は一時制御不能に陥った。
体は自然に反応し、必死に機体を立て直すべく、あらゆる努力を行う。その甲斐あって、なんとか機体の制御を取り戻す事が出来た。
その時になって、彼はどうして、自機が飛んでいられるのか不思議に思った。
「あの時、右主翼は敵の機体と完全にぶつかっていた筈……なのに、何故?」
彼は不審に思い、右主翼を見てみた。
右主翼は、先端部分が欠けていたが、主翼の大部分は傷付きながらもしっかりと残っており、普通に飛ぶのならば、何ら問題は無かった。
彼は後に、同僚から教えられるのだが、この時、彼のコルセアは、咄嗟に機体を右に避けたお陰で、接触部分を極限する事が出来た。
そのため、彼のコルセアは、偶然にも敵機の左主翼の先端にぶつかっただけで済んだのである。
しかし、通常ならば、それだけでも互いの主翼は致命的な損傷を負う筈である。
だが、ナカムラ1等兵曹のコルセアは生き残り、ドシュダムは墜落して行った。
戦後、ドシュダムは強度不足が改善されぬまま前線に出されていたことが明らかになり、ナカムラ1等兵曹と空中衝突したドシュダムは、
ナカムラ機が右主翼の先端が欠けただけなのに対して、左主翼が最初、先端だけ千切れ、その後は中ほどの接合部分が剥がれて、主翼の
ほぼ片方を失い、墜落に至った。
偶然とはいえ、コルセアは文字通り、敵機を“叩き落とした”のである。
この話は、戦後、ドシュダムがいかに欠陥機であったかを語る上で、頻繁に出される事になるが、それはまだ、先の話である。
ドシュダム隊と米戦闘機隊の戦闘は、最終的に米戦闘機隊の有利な内に終わった。
米戦闘機隊は21機を失ったが、逆に68機のドシュダムを撃墜するか、戦闘不能にして離脱させ、潰走に陥らせた。
この時になって、ようやく基地のワイバーン隊が駆け付けたが、勢いに乗る米攻撃隊を食い止める事は、遂に出来なかった。
12月23日 午後5時 シュヴィウィルグ
今日3度目の防空戦闘から帰還したウェイグは、米艦載機によって散々に叩かれた基地の惨状を見るなり、自分達の努力が無為に返した事に愕然となった。
「なんて……こと……」
適当な空き地に相棒を降ろし、地上をふらふらと歩いていた彼女は、急に足の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「……やっぱり、アメリカ人達は、戦い方が上手いなぁ……」
ウェイグは顔を俯かせ、掠れた声音で呟いた後、何故か笑ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
誰かに肩を叩かれた。顔を上げると、そこには、軍司令官であるルーベルク中将が立っていた。
「軍司令官閣下……」
「今日は、本当にご苦労だった。君達は良く頑張ってくれた。」
「………」
ルーベルクは労いの言葉を掛けるが、彼女は無言のまま答えない。
「今日の所は、本当に不運だったとしか言いようがない。まさか……敵機動部隊がここを狙っていたとはね……完全にしてやられたよ。」
彼は、言葉の最期の部分を震わせながら、彼女に言った。
アメリカ軍戦爆連合編隊の来襲で再開された、シェリキナ連峰上空の航空戦は、最初はシホールアンル側が優位に進めていた。
だが、突然、横合いから現れたアメリカ機動部隊によって、それまでの優位はあっという間に崩れ去った。
米機動部隊は、実に5波に渡って攻撃隊を送り込み、精鋭部隊が集うシェリキナ周辺の航空基地や、航空部隊に戦いを挑んで来た。
この戦闘では、待機していたドシュダム隊も(独断専行であったが)迎撃戦に参加し、初めて米艦載機と戦火を交えた。
だが、ドシュダム隊は、精鋭航空隊で占められる米艦載機群に惨敗。
最後には110機あった稼働機が23機にまで激減し、地上に置かれていた50機のドシュダムも、全てが基地ごと爆砕されてしまった。
最初に来襲した陸軍の戦爆連合編隊と、米艦載機の執拗な攻撃の前に、シェリキナ連峰周辺の主だった航空基地は片っ端から爆撃を受け、
特に規模の大きかったシュヴィウィルグ、ルシェヴリキ、ヴェリルダタリの3基地は軒並み壊滅的な打撃を被った。
ワイバーン隊の損害も甚大であり、この日の迎撃戦闘で、8個空中騎士隊あったワイバーンは、今の時点で使える戦力が5個空中騎士隊程度に
まで激減しており、竜騎士の損耗も無視できぬ物があった。
未帰還となった竜騎士の中には、多くの撃墜記録を持つ者や、優秀なワイバーン隊の指揮官も少なからず含まれている。
レスタン領西部方面航空軍は、たった1日で、前回の連続する防空戦の被害に匹敵しかねない程の大損害を被ったのである。
「先程、洋上に出した偵察ワイバーンから報告が入った。」
ルーベルクは言葉を続ける。
「エグゼリド岬沖南西30ゼルド付近に、敵機動部隊を発見したようだ。敵は空母4ないし5隻ずつを主力に据えた陣形を4つ組み上げ、
そこから攻撃隊を送り出していたらしい。」
「……空母4隻か、5隻程度を主力にした艦隊が4つ……ですか。とすると、あたし達は、敵の大機動部隊を相手に戦っていた訳ですね。」
「ああ。レビリンイクル沖で壊滅した筈の、あの敵機動部隊とね。」
ルーベルクは深いため息を吐いた。
「連続する防空戦に勝利したまでは良かったが……その結果、俺達はとんでもない化け物も呼び寄せてしまったようだな。」
「敵機動部隊からの攻撃は……今後も来るんでしょうか?」
「それは何とも言えん。」
ルーベルクは頭を振った。
「だが……敵が今後も、反復攻撃を掛けて来る可能性は、極めて高いと言えるな。」
ウェイグはその言葉を聞いた瞬間、憂鬱になった。
前回の防空戦でも、敵の執拗な爆撃には苦労したが、これまでに、1日で来襲した敵機の数は500機であり、それも1回だけであった。
だが、アメリカ機動部隊は今日だけで実に5波、約1000機以上もの艦載機を放って来た。
今日の戦闘で、シホールアンル側も敵に相当の損害を与えたようであるから、明日もそれ以上の敵機は来ないと思うが、それでも、敵機動部隊は、
前回の防空戦で経験した、敵機の来襲数を軽く超える数を送り出して来るだろう。
「俺達は、復活した敵機動部隊の試し切りにされたのかもしれんな。」
ルーベルクの自嘲めいた言葉に、ウェイグは知らず知らずのうちに頷いていた。
基地の兵士達は、黙々と残骸の後片付けを行っていたが、その表情はどれも暗い。
誰もが口にしなかったが、将兵達は皆、このシェリキナに定められた、絶対防空圏内という枠組みが、脆くも崩れ去った事を、痛いほどに
実感していた。
1484年(1944年)12月23日 午後1時 レスタン領シェリキナ連峰
シェリキナ連峰は、レスタン領南西部に位置する山岳地帯である。
山の1つ1つが、2000~3000メートル級の高さを誇るため、山々の天辺には常に、白い雪で覆われている。
季節が冬に変わった今では、山の1つ1つは真っ白な雪に彩られ、時折低くたれ込む白い雲が、連峰の雪と相俟って、
シェリキナ連峰は、美しい銀世界に変わる。
この自然の美に包まれたシェリキナ連峰上空は、現地に駐屯するシホールアンル帝国軍にとって、国境線上に近い重要な空域で
あり、シホールアンル軍はこの空域を絶対防空圏に定め、国境から侵入して来るアメリカを始めとする連合軍航空部隊相手に、
10月初旬から日夜、激しい空中戦を繰り広げていた。
この日、3週間ぶりに青い空に覆われたシェリキナ連峰上空には、敵機接近の知らせを受けて飛び立った、シホールアンル軍の
ワイバーン部隊約60騎が、巡航速度で飛行しつつあった。
シホールアンル陸軍第84空中騎士隊の指揮官であるレネーリ・ウェイグ少佐は、シェリキナ連峰に設けられた監視小屋から
魔法通信を受け取りながら、レスタン領に侵入してきた敵編隊を捕捉しようとしていた。
「こちら第84空中騎士隊。目標は今どこを飛んでいる?」
ウェイグ少佐は、監視小屋に魔法通信で、改めて敵情を確認する。
「現在、敵編隊は君達より10ゼルド南東の方向を進んでいる。今、敵編隊の詳細が判明した。敵は双発飛空挺50機に戦闘飛空挺
80機を引き連れている。アメリカ軍だ。」
「アメリカ軍か……全く、奴らも懲りない物ね。」
ウェイグ少佐は、呆れた口調でそう呟いた。
シェリキナ連峰は、シホールアンル帝国が絶対防空圏に定めているとあって、同地の付近に展開しているワイバーン部隊は、
ウェイグ少佐が率いる第84空中騎士隊を含めて、実に8個空中騎士隊もいる。
この8個空中騎士隊は、レスタン西部航空軍として纏められており、そこから更に2個の空中騎士軍に分けられている。
10月から始まったシェリキナ連峰上空の戦いでは、シホールアンル軍は、連合国軍相手に互角以上の戦いを繰り広げており、
10月から12月初めまで、連合国軍は執拗に制空戦闘を挑んで来たが、最終的にシホールアンル側は4個空中騎士隊が壊滅状態に
陥りながらも、米軍機を含む580機ものワイバーンや航空機を撃墜し、ただの1度も、制空権を明け渡す事は無かった。
限定攻勢作戦であるクリストロルズ作戦期間中は、ワイバーン隊の航空基地が、本国で開発された簡易型戦闘飛空挺「ドシュダム」の
発進基地としても使われたため、米軍機の空襲が頻繁に行われたが、ウェイグ少佐を含む歴戦の竜騎士は勿論、速成教育にもかかわらず、
ドシュダム搭乗員達の奇跡的な奮闘もあり、航空基地は機能を完全に喪失する事無く、陸軍の作戦を支援する事が出来た。
攻勢作戦が終了した11月下旬には、ジャスオ北部に陣取る連合軍航空部隊に対して、作戦終了に貢献したドシュダムをも交えた、
大規模な航空殲滅戦を開始しようとしたが、その作戦は、後方で起きたトラブルのため急遽中止され、ドシュダムを装備する戦闘飛空挺隊は、
約半数が後方に下げられ、残り半数はワイバーン部隊の後詰めとして残された。
12月2日以降は急な寒波の来襲と、それに続く天候不良のため、連合軍航空部隊は米海軍航空隊を除く全航空隊が、偵察以外の航空作戦を
何ら行なわなかったため、その間、シホールアンル軍は休養と、僅かな天候回復の隙をついて送られた増援によって戦力を回復出来、
今では10月初めと同じく、8個空中騎士隊と、それにドシュダムを装備する3個戦闘飛行隊にまで戦力が回復した。
10月初めから12月初めにかけて行われた航空消耗戦は、その苛烈さから銀色の墓場と呼ばれ、特に多くのエース部隊を配備した
シホールアンル軍航空部隊は、総じて銀色の狩人と呼ばれ、恐れられるようになった。
とはいえ、この消耗戦の勝者であるシホールアンル軍は、連合軍の航空攻勢終了時には、8個空中騎士隊が4個空中騎士隊に激減しており、
そのまま攻勢が続けば、いずれは防空圏を突破されていた。
しかし、急な天候不良がシホールアンル軍を救う事になり、敵が動けない間、シホールアンル側は戦力回復に集中する事が出来た。
ウェイグ少佐は、この大幅な戦力増を嬉しく思う反面、大損害を被った連合軍航空部隊が、もう銀色の墓場に来る事は無いだろうと考えていた。
だが、敵は天候が回復したと見るや、再び、シェリキナにやって来たのである。
「まっ、あたしとしてはそれでもいい。増援を得たのは、奴らだけでは無いからね。」
彼女は、のこのことやって来た敵編隊を嘲笑する。
本国から送られてきた増援部隊には、後方で戦力を回復して来たエース部隊も少なからず混じっており、中には、58機の敵機を撃墜した
空中騎士隊の中隊長や、個人の撃墜数は少ない物の、合理的な判断と、大胆な行動で多くの敵機を撃ち落としてきた空中騎士隊も居る。
ウェイグ少佐も、開戦以来順調に撃墜数を重ねたお陰で、今では個人戦果、共同戦果合わせて78機を撃墜し、シホールアンル軍では
第3位のエースとなっている。
彼女が率いる第84空中騎士隊も、半数はベテランで占められており、残りも経験未熟とはいえ、既に幾度も空中戦を経験している兵ばかりである。
今回は久方ぶりの空中戦になるが、彼女は決して、負ける気はしないと確信していた。
「第79空中騎士隊、目標より北東10ゼルド付近を飛行中。間もなく戦闘態勢に入る模様。続いて、第62空中騎士隊も敵編隊より
北13ゼルド付近を飛行中。」
「……いつも通り、包囲陣が出来つつあるね。」
ウェイグ少佐は、頭に地図を浮かべながらそう独語する。
シホールアンル軍航空部隊は、このシェリキナ連峰航空戦で、大量のワイバーン部隊による包囲作戦を用いる事により、多くの敵機を葬って来た。
作戦は単純明快であり、60~70騎で編成された戦闘ワイバーンの編隊を3個用意し、前進して来る敵大編隊を、前方並びに、左右側面から襲撃し、
大打撃を与える、という物だ。
この戦法は、開始された当初は大編隊でもって、敵大編隊を一気に叩くため、当たれば戦果は大きいが、同時に外れやすい戦法でもあり、
それに加えて、一方の編隊が敵戦闘機に襲われた場合は作戦自体が瓦解するため、今では空中騎士隊ごとに、戦闘飛空挺引き付け役と
爆撃機迎撃役に役割を分けて敵機攻撃に当たっている。
「敵編隊視認まで、あと10分程度といった所か……しかし、こんな寒い日にまで出掛けて来るとは、本当、憎たらしい物ね。」
ウェイグ少佐は忌々しげな口調で呟く。
「隊長!また苛ついているんですか!?」
不意に、彼女の脳裏に声が響く。
「あら、ビーステルァ。」
彼女は、右隣を飛んでいる2番騎の竜騎士に顔を向ける。
「察しがいいわね。」
「へへ、隊長とは開戦以来の中ですからね。そんなに怒ってばかりだと、その綺麗な顔に皺が増えますよ。」
「ええ、その忠告は、しっかりと聞いておくわ。」
彼女は薄ら笑いを浮かべる。
「では、あとであたしの部屋に来なさい。たっぷりとお礼をしてあげるからね。」
彼女は爽やかな……しかし、限り無い威圧感を滲ませた笑みを、2番騎の竜騎士に向けて送った。
「へ……へへ、どもっす……」
2番騎の竜騎士は、彼女とは対照的な、引き攣った笑みを浮かべながら、顔を背ける。
「そ、そう言えば隊長。自分らが出撃する時に、ドシュタム隊の指揮官が空中騎士軍司令官と揉めていたのを見ましたか?」
「ああ……そう言えば、うすらハゲのデブ大佐がなんか喚いてたわね。何があったのかしら。」
「自分、出撃直前に地上勤務の奴から聞いたんですが、何でも、今日の迎撃戦闘にドシュタム隊も参加させてくれと頼み込んだそうですよ。」
「はぁ?ちょっと、それは本当なの?」
「ええ、本当らしいですよ。」
「……呆れた。」
ウェイグ少佐は、左手で思わず額を抑えてしまった。
シホールアンル軍が、短期速成の搭乗員でも使えるように設計された簡易型戦闘飛空挺ドシュタムは、クリストロルズ作戦では地上部隊の
支援に大活躍した機体だが、アメリカ軍が保有するP-51マスタングやP-47サンダーボルト等には、これまでの戦闘で不利であると
判断されている。
今回、米軍攻撃隊には、確実にマスタングかサンダーボルトが護衛が付いている筈であり、性能の低いドシュタムでは、迎撃は不可能と
判断され、出撃は見送られたが、これに異を唱えたのが第12戦闘飛行団の指揮官であるウィブト・ピルッスグ大佐である。
ピルッスグ大佐は、
「ドシュタムは確かに、性能面ではマスタングやサンダーボルトに劣るが、決して勝てぬ相手では無い!どうか、ここは我らがドシュタム隊にも
参加の機会を与えて下さい!」
と、空中騎士軍指揮官に直訴した。
だが、彼の言葉は退けられ、精鋭のワイバーン部隊のみが迎撃戦闘に参加する事になった。
「ドシュタムじゃ、マスタングやサンダーボルトに敵わないって分かってる筈なのに……」
「それ以前に、あの司令は自分の飛行隊の稼働率を理解していなかったんじゃないですか?」
ビーステルァも呆れた口調で言う。
「ドシュタムの稼働率は、部品不足のせいで通常の7割程度に落ちていましたよ。そんな戦力不足の部隊に頼る筈は無いのに……」
「まぁ、アメリカ機動部隊が後方で暴れ回っているたからねぇ……あれがなきゃ、ドシュタム隊の稼働率も上がったでしょうね。」
……去る12月21日。ウェイグ少佐らがシェリキナで休養と部隊の再編に当たっている間、後方のヒーレリ領内中西部では、悪天候を突いて
出現したアメリカ機動部隊が派手に暴れ回った。
9月のサウスラ島沖とレビリンイクル沖で行われた海戦で、戦力を消耗したアメリカ機動部隊は、ここ数カ月で戦力を回復し、再び戦場に戻って来た。
シェリキナ航空戦が一段落を見せた11月22日には、ヒーレリ領南部沿岸にあった物資集積所が米機動部隊の艦載機によって壊滅状態に遭った。
この物資集積所には、ドシュタム隊が使う大量の爆弾と予備機が集積されていたが、米艦載機の波状攻撃によって予備機と爆弾を一緒くたに粉砕されてしまった。
それに加えて、消耗したワイバーン部隊にも送る筈であった大量の爆弾や装備品も残らず焼き討ちにされている。
この影響で、計画されていた航空攻勢は止む無く中止され、シホールアンル側は否応無しに防御戦闘を続ける羽目になった。
アメリカ機動部隊は11月下旬以来、再び姿を消したが、最近になってまたヒーレリ近海に姿を現し、ヒーレリ領南部から中西部にある港湾施設を
片っ端から襲いまくった。
このため、レスタン領に配置されているシホールアンル軍は、早くも物資の供給不足に陥る部隊が出始め、ドシュタム隊もまた、手配されていた
整備部品が空襲で倉庫共々灰にされたため、稼働機が激減する事態になっている。
陸軍総司令部は、海軍に対して竜母機動部隊で持って決戦を挑むべきであると主張したが、海軍は機動部隊は今、新造艦や、新造竜母
に派遣する航空隊の練成中であり、ヒーレリ中南部沿岸を遊弋する米第58機動部隊を相手にするには、戦力面や錬度の問題からして
現状では不可能であると主張し、陸軍側の主張を切り捨てた。
普通ならば、この時点で部隊の出撃を考えたりせず、戦力の再編を行う事に考えが行く筈なのだが……ピルッスグ大佐には、そのような事は思考するに
値しないのであろう。
「あんな馬鹿軍人を上司に据えられてしまったドシュタム隊の連中は、本当に可哀相ですねぇ。」
「まあねぇ……」
彼女は生返事をしながら、ビーステルァに同感だと、心中で告げた。
それから5分後、第84空中騎士隊は敵編隊を視認できる位置まで接近していた。
「敵編隊視認……直衛の戦闘飛空挺並びに、爆撃飛空挺を確認。爆撃機はミッチェルと思われる。」
「84空中騎士隊へ、各隊とも攻撃位置に付いたようだ。いつでも攻撃していいぞ。」
地上からそう伝えられると、ウェイグ少佐は頭の中のスイッチを切り替えた。
「こちら84空中騎士隊、了解した。これより狩りを行う。」
彼女は事務的な返答をした後、1000メートル下方に位置する米軍の戦爆連合編隊に向けて、部隊の突撃を開始させた。
ハンス・マルセイユ大尉は、上空から突入を開始しようとしているワイバーンの群れを見つめながら、部下達に指示を飛ばしていた。
「こちら隊長機!左上方のワイバーンが突撃を開始したら、そいつらに正面攻撃を仕掛ける!後は各自、ペアを組んで敵を出来るだけ拘束しろ!」
彼はそう言い放ちながら、内心ではこの編成で上手くやれるのか、という不安があった。
今回の任務では、マルセイユの率いる第194飛行隊は133戦闘航空群の一員として、229戦闘航空群と共に50機のB-25の護衛を
行う事になっている。
マルセイユは、一緒に護衛役として付いて来た229戦闘航空群に不安を感じている。
133戦闘航空群は、前線への従軍期間も長く、マルセイユを始めとして多くのベテランパイロットを輩出しているため、実戦でも頼りになる。
だが、229戦闘航空群は、2週間前に本国からやって来たばかりの新参の部隊で、パイロットも半数以上は新兵であり、残りも経験が
浅い兵ばかりである。
一応、技量としては頷ける範囲に入ってはおり、機体もマルセイユらと同様、P-51で固められてはいるが、この空域に展開している
ワイバーン隊はかなり強力であり、229FG(戦闘航空群)の飛行隊が果たして、その役割を果たせるか否かが問題になる。
(あれこれ考えても仕方が無い。戦闘はもう始まろうとしているんだ、今は、敵を叩くしかない!)
マルセイユは、心中でそう叫んだ後、愛機の機首を上げ、機首のエンジンを全開にして敵に向かって行く。
マルセイユに習って、194飛行隊の全機が上昇に転じる。
194飛行隊のみならず、133航空群を構成する他の3個飛行隊も、一斉に上昇に移っていく。
マルセイユは、照準器越しに猛速で下降して来るワイバーンへ狙いを付ける。
互いに高速で接近しているため、ワイバーンの姿はぐんぐん大きくなって来る。
彼我の距離が約600メートルを切った時、マルセイユは機銃の発射ボタンを押し掛けたが、その瞬間、相手側が光弾を放って来た。
(先手を取られたか……!)
ワイバーンは心中で呟きながら、発射ボタンを押す。
両翼に付けられている6丁の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、曳光弾で染め上げられた6本の線が敵ワイバーンに殺到して行く。
その直後、ワイバーンの光弾がマルセイユ機に襲い掛かる、光弾はマルセイユのP-51を捉えられなかった。
光弾が機体に突き刺さらなかった事に安堵する暇も無く、マルセイユは自機の射弾がワイバーンを捉えられず、右に逸れていく
光景を目の当たりにする。
(チッ、お互い様と言う事か!)
彼は心中で毒づきながら、次の獲物を探す。
マルセイユは、すれ違う寸前に、後方に居た4番騎に狙いを付け、瞬時に機銃を発射する。
僅か1秒ほどしか射撃ができなかったが、今度は敵4番騎に射弾が注ぎ込まれた。
(手応えあり!)
マルセイユはそう確信するが、敵騎がどの程度損害を被ったのか分からぬまま、その4番騎と猛速ですれ違った。
互いにすれ違った後は、いつものように彼我入り乱れての乱戦になる。
マルセイユは、今日初めてペアを組むチャック・イエーガー少尉のP-51と共に、下降に移っていくワイバーンを猛追した。
「あのワイバーンのペアをやる。ついて来い!」
「了解です!」
2番機のイエーガー少尉は、快活の良い声音でマルセイユに返して来た。
マルセイユは、愛機の速度を一気に上げる。
上昇から下降に転じた2機のP-51は、時速600キロ以上の猛速でワイバーン目掛けて突っ込んでいく。
眼前の2機のワイバーンは、敵騎の横合いから殴りかかろうとしているP-51を狙っている。
距離は余り無い。
「間に会ってくれよぉ……」
マルセイユは降下のGに耐えながら、自分達の一撃がワイバーに届く事を願う。
距離が800……700……600と、みるみるうちに縮まって来る。
400メートル……300メートルと、順調に距離を縮めるが、200メートルを切った所で、後ろのワイバーンの竜騎士が顔を振り向いた。
「気付かれたか!」
マルセイユは舌打ちしながら、機銃の発射ボタンを押す。両翼から12.7ミリ機銃弾が吐き出され、曳光弾がサーッと流れていく。
だが、狙ったワイバーンは瞬時に右旋回し、マルセイユ機の射弾を交わしてしまった。
逃がした!彼が心中でそう叫んだ瞬間、旋回したワイバーンに新たな射弾が注ぎ込まれた。
その機銃弾は、ワイバーンの未来位置に向けて放たれており、敵騎は自ら、12.7ミリ弾の弾幕に突っ込んでしまった。
既に魔法防御が無くなっていたのか、12.7ミリ弾はワイバーンの背面に容赦なく突き刺さり、その頑丈そうな巨体から血煙が噴き出す。
急所を撃ち抜かれたワイバーンは、一瞬にして飛行能力を失い、地上に延々と続く白銀の世界に吸い込まれていくような形で、墜落して行った。
「やりました!撃墜です!」
レシーバーに、イエーガー少尉の声が響く。
その声は、興奮のためか少し上ずっていた。
「ナイスだ!その調子で次も頼むぞ!」
マルセイユは、祝福と戒めを交えた返事を送りつつ、もう1騎のワイバーンに視線を移す。
前方を飛んでいたワイバーンは、マルセイユ達が襲い掛かって来たのに気付き、咄嗟に急降下に移ったため、既に遠くへ離れてしまった。
「先輩!12時方向より敵騎!」
イエーガー少尉が、敵撃墜の余韻に浸る暇も無く、新たな敵騎発見を知らせて来た。
マルセイユは前方上方に顔を向ける。
「チッ、こっちを狙ってるぞ!」
彼は、今発見した2騎のワイバーンが、真っ直ぐ自分達に向かっている事に気が付いた。
「このままじゃ食われる!回避するぞ!」
彼はそう言った直後、右のフットバー押し込むと同時に操縦桿を倒す。
マルセイユのP-51Dは右に大きく傾き、旋回しながら下降し始める。
マルセイユに習って、イエーガー少尉も後に続く。
高度5000メートルから急降下に入ったP-51は、猛速でワイバーンを振り切ろうとするが、ここは2000~3000メートル級の
山が連なる山岳地帯であるため、思うように降下が出来ない。
高度計が4000を回った所で、マルセイユは下降を止め、愛機を大きく左旋回させる。
「先輩!敵ワイバーン2機、付いてきます!」
「しぶとい奴だな!」
イエーガーの報告を聞いたマルセイユは、忌々しげに呟く。
そのまま、イエーガーとマルセイユは、2騎のワイバーンと空中戦に入った。
ワイバーンは、巧みな機動でマルセイユ機とイエーガー機の攻撃をかわし、背後に回ろうとする。
ワイバーンはバックを取った瞬間、好機とばかりに光弾を放つが、2機のP-51は常に猛速で飛び回るため、光弾は全くと言っていいほど
P-51を捉えられない。
機銃弾の攻撃をかわし、背後に回っては反撃といういたちごっこが実に10分以上も続く。
敵の攻撃を何度かわし、何発の機銃弾を撃ち込んだかは判然としないが、マルセイユはようやく、1騎のワイバーンに直上攻撃で機銃弾を
撃ち込み、撃墜した。
「ようし!これで90騎目だ!」
マルセイユは、横目で墜落して行くワイバーンを見ながら、小さく叫んだ。
「隊長!こっちも1騎撃墜しました!」
「そっちも落としたか。いいぞ。流石はワンデイ・エースだ!」
彼は、イエーガー少尉にそう返した。
チャック・イエーガー少尉は、これまでに12機のワイバーンや飛空挺を撃墜しているエースだが、今から3カ月前、彼は1度の出撃で
ワイバーン3騎、飛空挺2機を撃墜するという離れ業をやってのけた。
イエーガー少尉はそれ以来、1度の出撃でエースの称号を得たパイロットとして陸軍航空隊で名が知られ、いつしか、ワンデイ・エースという
渾名が付けられた。
「ようし、そろそろ爆撃隊の近くに戻らにゃいかんな。」
マルセイユは、自分達に与えられた任務を忘れてはならぬと、自分に言い聞かせるように呟きつつ、周囲を確認した後、機首を軽爆隊の方へ向けた。
その瞬間、マルセイユは表情を曇らせた。
この日、出撃に参加した爆撃隊は、第26爆撃航空師団第12爆撃航空団に所属する第24爆撃航空群の50機のB-25である。
空戦開始当初、ベテラン揃いの133FGは、敵より戦力が少ないにも関わらず、多数のワイバーンと渡り合っていた。
だが、別の方角から新手のワイバーン編隊が現れ、それが229FGと空戦を開始した時、ミッチェル隊の苦難が始まった。
133FGに比べて、新米搭乗員の比率が高い229FGはワイバーン隊に翻弄され、空戦開始から僅か10分足らずで、13騎
ものワイバーンがミッチェル隊に襲い掛かって来た。
ミッチェル隊は胴体上方や、機尾機銃、または機首の機銃を用いて反撃を行った。
50機のB-25の内、半数は対地、対艦攻撃力が強化されたB-25Hであり、正面から向かって来るワイバーンに対しては
戦闘機並みの火力を叩き付ける事が出来た。
だが、機動が鈍重な上に、低速な爆撃機では、速力、機動共に卓越したワイバーンの攻撃を逃れる術は無い。
ワイバーンは、数騎が機銃の反撃によって撃ち落とされたが、最初の第一撃で2機のB-25に火を噴かせ、7機に損傷を与えた。
戦闘機の妨害を突破して来たワイバーンは更に増え続け、B-25群を四方八方から光弾で、またはブレスによって攻撃して行く。
ミッチェル隊がワイバーンとの空戦に入ってから10分が経過した。
第24爆撃航空群に所属する第892飛行隊は、敵のワイバーン相手に苦戦を強いられていた。
「機長!6時上方より敵騎です!」
892飛行隊指揮官であるフランク・ファルバーク大尉は、この日、幾度目かになる敵騎接近の報せに、苛立ちを更に募らせた。
「シホットの畜生共め!あちこちから来やがる!連中はこの2ヶ月間で600騎以上を落とされて、戦闘能力を失った筈じゃないのか!?」
「後方から戦力を引っ張って来たんでしょう!それか撃墜数が過大だっかのどちらかです!でなきゃ、シホット共がこうも元気一杯に
飛び回る訳はありませんぜ!」
左隣に座るチャイナ系アメリカ人のコ・パイであるマオ・リージェン少尉が、血走った眼を周囲に巡らせながら、機長である
ファルバーク大尉に返す。
胴体上部に取り付けられている12.7ミリ連装機銃が激しく撃ちまくるが、敵ワイバーンはひらりとかわしながら距離を詰め、
至近距離で光弾を撃ち込んで来た。
機体の胴体に被弾音が鳴り響き、B-25の機体が衝撃に揺れる。
「くそ!どこに食らった!?」
「こちらビクター!胴体上部に食らいました!機体に穴が開いたようですが、エンジンには傷付いていません!」
「胴体を貫通したか……爆弾が爆発していなって事は、致命傷は免れたと言う事だな。」
ファルバーク大尉は、安堵の表情を見せるが、それも束の間であった。
「機長!9時方向より2騎来ます!」
新たな報告が入ると同時に、機銃が再び火を噴く。
10秒ほど断続的に連射音が鳴り響いた後、またもや機体に衝撃が走った。
「くそ!また食らったか!」
ファルバークが歯噛みした時、唐突に凶報が舞い込んで来た。
「機長!ウィリー曹長が負傷しました!!」
「何!?ウィリーが負傷しただと!?」
ファルバーグは驚きの余り声を上げてしまった。
ウィリー曹長は、ファルバーグ機の航法士兼爆撃手である。
ウィリー曹長が負傷したとなると、ファルバーグ機はこの作戦で正確な爆撃を行える事が出来ず、帰りは僚機に頼りながら、
基地に戻るしか無く、はぐれた場合は高確率で未帰還機の仲間入りとなってしまう。
「ウィリーは生きているか!?」
「はい!意識はありますが……大腿部の出血が酷い。今すぐ止血します!」
「あっ!指揮官機被弾!!」
唐突に、リージェン少尉の叫び声が耳に響く。
ファルバーグはハッとなって、前方右斜めを飛んでいた飛行隊長機に視線を向ける。
航空群の4個飛行隊を統括指揮していた、第890飛行隊の指揮官機が、左主翼から火炎を吹き出しながら墜落して行く。
悲報は更に続く。
「7番機被弾!墜落して行きます!」
機尾機銃手の叫び声が、レシーバー越しに響いて来る。
(なんてこった!出撃前のブリーフィングでは、敵の迎撃は少なく、ワイバーン基地の攻撃は成功するはずだったのに!!)
本来であれば、今回の爆撃作戦は成功裏の内に終わる筈であった。
アメリカ第3航空軍司令部は、シェリキナ連峰付近に居座るシホールアンル軍ワイバーン部隊に長らく悩まされて来た。
米陸軍航空隊では、B-29の他に、B-17やB-24を使ってレスタン領駐屯のシホールアンル軍部隊に爆撃を行って来たが、
爆撃隊は必ずと言っていいほど、シェリキナ連峰周辺の航空基地から発進したワイバーンや飛空挺の襲撃に会った。
シェリキナ連峰周辺の敵航空戦力を掃討しなければ、今後の作戦に支障が出ると判断した第3航空軍司令部は、レスタン領の戦略爆撃は
B-29のみで行う事にし、軽爆隊と戦闘機隊でもって敵航空戦力、並びに航空基地の撃滅に集中した。
この作戦には、バルランド軍のワイバーン隊やカレアント軍の戦闘機、並びにワイバーン隊も参加し、10月以降、連日航空攻勢を行った。
だが、2か月に渡る航空戦で第3航空軍と同盟国航空部隊は、シホールアンル側の頑強な抵抗に遭い、第3航空軍だけで戦闘機189機、
爆撃機109機を失うと言う大損害を被った。
12月初めに冬の寒波が来襲した後は、第3航空軍は戦力の回復に努め、この日の天候回復を予測していた3AF司令部は再度、戦闘機隊と
軽爆隊によって敵航空基地の攻撃を計画し、実行に移った。
作戦としては、まず戦闘機隊に護衛された爆撃隊を、シェリキナ連峰上空で思い切って切り離し、戦闘機隊が敵ワイバーンを引き付けている間に、
軽爆隊が超低空で山沿いに低空侵入して敵航空基地に奇襲をかけるとい物であった。
だが、米軍は、まさか過酷な環境下にあるシェリキナ連峰に見張りを置いているとは気付かず、分離地点に到達する前に、情報を受けて
飛び立った敵ワイバーンの大編隊に襲撃されたのである。
「229FGの戦力、急激に低下中!現在、戦力は8割を切りつつあるようです!」
味方戦闘機隊のパイロットが放つ悲鳴交じりの声を聞いていたリージェン少尉が、ファルバートにそう伝える。
「くそったれめ!新米連中は連れて来るべきじゃなかったんだ!全く、何がシホット共をばたばた落としてやる、だ!バタバタ落とされて
いるのはてめえらの方じゃねえか!!」
ファルバートは、出撃前に自信満々にそう告げて来た、若い中尉の顔を思い出しながら悪態をつく。
「こっちの航空群も大分落とされているぞ……畜生!ミスリアルの星も居るっていうのに、俺達はこのまま引き返すしかないのかよ!?」
ファルバートは、任務失敗という危機に直面した事実を、半ば受け入れ難い気持ちになっていた。
だが、このまま進撃を続けても、ミッチェル隊は文字通り、全滅しかねない。
戦闘機隊は奮闘している物の、数に勝るワイバーンを抑え切れておらず、逆にワイバーンに追い回されるP-51が増えつつあった。
「この空域に居るのは俺達だけ……こうなれば……」
逃げるしかない。
ファルバートは、その言葉を口から吐き出そうとしていた。
午後1時30分 シェリキナ連峰上空
アメリカ第5艦隊に属する第58任務部隊から発艦した第1次攻撃隊132機は、途中で思いがけない光景を目の当たりにする事になった。
「オイオイ……一体、なんだいありゃあ?」
第1次攻撃隊の指揮官を務める事になった、空母エセックス戦闘機隊隊長のデイビット・マッキャンベル中佐は、攻撃隊の右前方で
繰り広げられている空戦を見て、思わず唖然としてしまった。
眼前には、陸軍航空隊と思しき戦闘機と爆撃機が、ワイバーンと戦っている。
互いにばらばらになりながら空戦を行っているその後ろで、緊密な編隊を組んだ爆撃隊が、ワイバーンの猛攻を受けている。
遠いながらも、どちらが不利なのかは一目瞭然であった。
その証拠に、無線機からはひっきりなしに、悲鳴のような声が流れて来ている。
「24BGは既に戦力の30%超を喪失!このままでは全滅する!」
「くそ、シホット共に被られた!誰かカバーしてくれ!」
「なんてこった!敵はかなりのやり手だぞ!!」
「うわぁ!?被弾したぁ!!畜生!」
「列機がやられた!くそ、こっちにも来やがる!もう駄目だ!」
無線機越しに、これらの声を聞いていたマッキャンベル中佐は、すぐに決断を下した。
「こちら指揮官機だ。どうやら、陸軍のカウボーイ達が苦戦しているらしい。俺達は、連中の援護に当たる、続け!」
マッキャンベルはそう命じると、自らが先頭になって、空戦域に向かって行く。
第1次攻撃隊は、第58任務部隊所属の第1任務群並びに、第2任務群から発艦した戦闘機隊で占められている。
TG58.1からはエセックスがF6F24機、イントレピッドがF6F24機、ボノム・リシャールがF4U18機。
TG58.2からはヨークタウンがF4U24機、エンタープライズがF6F18機、ホーネットがF6F24機を発艦させている。
計132機の戦闘機は、誘導役のS1Aハイライダー1機を伴いながらシェリキナ連峰上空に到達した。
第1次攻撃隊はファイターズスイープとして編成され、攻撃隊は戦闘機でほぼ固められている。
彼らはこれから、シホールアンル側のワイバーン隊をおびき寄せ、敵の迎撃戦力を減殺しようとしていたのだが、敵ワイバーン隊は
いつの間にか出撃していた陸軍の戦爆連合編隊に釣られていたため、マッキャンベルらは敵を探す手間が省けた。
高度6000メートルにまで上昇した第1次攻撃隊は、途中で任務群ごとに大きく分かれ、TG58.1隊は戦闘機隊の空戦域に向かった。
「こちらエセックス戦闘機隊指揮官機。陸軍戦闘機隊の指揮官機へ、聞こえるか!?」
「なっ……まさか、あんたらは海軍か!?」
「ああ、そうだ。そのまさかの海軍だ。ちょいとばかり掩護させて貰うぜ!」
マッキャンベルはそう言ってから、各機に攻撃開始を命じた。
ずんぐりとした体系のF6Fが、その姿に似合わぬ俊敏な動きで次々に降下に入って行く。
P-51との戦闘に集中していた敵ワイバーン隊にとって、米艦載機集団の乱入は、寝耳に水の出来事であった。
午後2時 シュヴィウィルグ
レスタン領上空に侵入した米艦載機は、マッキャンベル率いる第1次攻撃隊のみではなかった。
シェリキナ連峰の来た10ゼルドにあるシュヴィウィルグ基地に新たな緊急信が入ったのは、時計の針が午後2時を過ぎてからの事である。
「軍司令官閣下、新たな敵編隊接近の報が入りました!」
第21空中騎士軍の司令官であるウラゴス・ルーベルク中将は、戦況地図に向けていた目を更に細める。
「その敵編隊は今、どの辺りを飛んでいる?」
「は!敵編隊は現在、シュヴィウィルグの南西40ゼルド付近を北東方面に向かって進撃中。敵編隊の数は約300近く、敵の進撃方向から
推測して、洋上の敵機動部隊から発艦した事はほぼ間違いありません。」
「ふむ……本格的な波状攻撃だな。」
ルーベルク中将は、務めて平静な声音で答える。
「すぐに迎撃隊を出せねば。待機中のワイバーン隊を発進させよう。それから、ドシュダム隊を空中に待避させよう。彼らが居ては足手まといだ。」
「わかりました。」
主席参謀は頷き、命令を伝達させようとした。
だが、その瞬間、思いがけない事が起きた。
ドシュダム隊が居ると思しき場所から、いきなり発動機の音が聞こえ始めたのだ。
「おっ。早速発動機を回し始めたか。やはり、あの大佐殿も、精鋭ぞろいの艦載機集団には敵わんと見て逃げようと考えたか。」
ルーベルク中将は、最初そう思った。だが、彼の考えは即座に覆されてしまった。
「閣下!ドシュタム隊が迎撃戦闘に参加するため、出撃準備に入ったようです!」
「な、何!?」
彼は仰天し、次に顔を赤く染め上げた。
「誰が出撃命令を出した!?」
「どうやら、ピルッスグ大佐が独断で命令を下したようです!」
「ぬ……あの、馬鹿貴族めが!!!!」
ルーベルク中将は怒鳴り声を上げた。
ドシュダム飛行隊の指揮官であるピルッスグ大佐は、階級こそルーベルクより下であるが、ピルッスグはシホールアンルの名門貴族出身の
軍人であり、平民出身のルーベルクを明らかに見下していた。
ルーベルクは、ピルッスグを何度も解任するように上層部に働きかけていたが、上層部はそれに応じる事は無かった。
(エルグマドに知られていれば、即座に解任された筈であったが、それに至るまでに、幾人もの幹部がピルッスグ家の息の根が掛かっているため、
正しい事実は報告されていなかった)
「止めろ!なんとしても止めるのだ!」
ルーベルクは主席参謀に命じた。
「あんな機体でグラマンやシコルスキー(コルセアの別称)など相手に出来ん!向かったら、敵機の胴体に描かれている撃墜マークを
増やすだけだ!」
ルーベルクは大慌てで指揮所を飛び出し、身を呈してでもドシュダム隊の発進を止めようとした。
だが、彼が滑走路に向かおうとした時には、既に2機のドシュダムが勇ましく空に舞い上がる所であった。
第58任務部隊から発艦した第2次攻撃隊は、目標であるルシェヴリキ基地まであと60マイルに迫った所で敵の迎撃隊と接触した。
「敵編隊発見!数、約90!」
空母エンタープライズ戦闘機隊の一員として、第2小隊を率いるリンゲ・レイノルズ中尉は、エンタープライズ戦闘機隊指揮官を務める
ウィリアム・キラー・ケイン中佐の声を耳元のレシーバーで聞きながら、高度5000メートル上空を飛行している敵編隊を視認していた。
「あの敵……もしや、ウワサの新型飛空挺とやらか?」
リンゲは、シホールアンル軍が、旧世界のソ連が保有していたポリカルポフI16と外見が似たような新型飛空挺を開発し、それが
11月の敵の限定攻勢で大規模に投入された事を知っている。
撃墜された敵の搭乗員を尋問した結果、その新型飛空挺はドシュダムと呼ばれており、小型で簡略化されている物の、中高度や低高度での
空戦性能は侮れない物があると聞かされている。
このドシュダムは、性能的には陸軍のP-40Nとほぼ互角であり、P-51やP-47には劣るものの、条件が悪ければマスタングや
サンダーボルトでも不覚を取る事があったと言う。
その侮れない新型飛空挺と、海軍航空隊の航空機が刃を交えるのは、今回が初めてとなる。
「ヘルキャットやコルセアが、あいつに対してどれだけ戦えるか……今日、明らかになるな。」
リンゲは小声で呟きながら、戦闘開始の時を待つ。
第2次攻撃隊は、TG58.1、TG58.2、TG58.3から発艦した機で占められている。
攻撃隊の編成は、まずTG58.1のエセックスからF6F12機、SB2C18機、TBF12機。
ボノム・リシャールがF4U24機、TBF12機。
TG58.2のヨークタウンからF4U18機、SB2C18機、TBF12機。
エンタープライズからF6F12機、SB2C18機、TBF14機、ホーネットからF6F18機、SB2C16機。
TG58.3のランドルフからF4U26機、SB2C18機、TBF14機。
フランクリンからF4U20機、SB2C20機、TBF10機、ボクサーからF6F18機、SB2C16機となっている。
総計で318機の大編隊が、シェリキナ連峰周辺に居座るシホールアンル軍航空基地を一掃するため、進撃を続けている。
攻撃はこれだけに留まらず、TG58.3と、在来空母であるレキシントンと、それに加えて編入されたシャングリラとアンティータムの
最新鋭空母で編成されたTG58.4の攻撃隊で編成された第3次攻撃隊も発艦準備中であり、第58任務部隊は、陸軍航空隊の悩みの種
であったシェリキナ連峰周辺の航空戦力減殺に全力を尽くすつもりであった。
「エセックス隊、ボノム・リシャール隊、ヨークタウン隊、エンタープライズ隊、ホーネット隊は敵新型飛空挺を迎撃する。残りは攻撃隊の
護衛に当たれ!」
戦闘機隊指揮官であるケイン中佐は、的確な指示を各隊に向けて飛ばして行く。
指示を受けた84機のF6F、F4Uは編隊から離れ、ドシュダムと呼ばれる敵新型飛空挺に向かって行く。
米戦闘機隊の高度は4800メートル。一方で、ドシュダム隊は5200メートルにまで上昇していた。
先に仕掛けたのはドシュダムの方であった。
敵機が増速しながら、降下に入ろうとする。
それを戦闘開始の合図と受け取った84機のヘルキャット、コルセアは、胴体下部に取り付けていたドロップタンクを切り離し、機首に
取り付けた大馬力エンジンを唸らせながら上昇に転じる。
先に発砲したのは、米戦闘機隊であった。
彼我の飛行隊が急速に接近する中、先陣を切ったエンタープライズ隊のヘルキャットが12.7ミリ機銃の嵐を見舞う。
それに負けじと、ドシュダム隊も魔道銃を撃ちまくる。
正面攻撃は始まるのも早いが、終わるのも早い。
互いの攻撃はほんの一瞬で終わり、虻かハエと見紛わんばかりのずんぐりとした飛空挺が急降下して行き、更にずんぐりとしたヘルキャットや、
湾曲した翼を持つコルセアが、エンジンを猛々しく唸らせながら上昇して行く。
最初の儀式とも呼べる正面攻撃が終わった後、彼我の飛行隊で致命傷を負った機が墜落し、あるいは脱落して行く。
この時点で12機のドシュダムが撃墜され、5機のヘルキャットやコルセアが墜落するか、あるいは機体から煙を引いて戦場を離脱し始めた。
リンゲの第2小隊は、正面攻撃を終えた後、2機ずつのペアに散開し、下降して行く敵機を負って行く。
リンゲと同じ考えのパイロットが他にもいるのであろう。
8機ほどのコルセアが、ヘルキャット以上の降下速度で、下降して行くドシュダムに追い縋って行く。
リンゲは、旋回降下を行っている2機のドシュダムに狙いを付けた。
「ガラハー!行くぜ!」
「了解!」
リンゲとペアを組むフォレスト・ガラハー少尉がレシーバー越しに答えて来る。
リンゲの駆る愛機は、40度の降下角度で目標であるドシュダムに接近する。
通常ならば、敵の搭乗員はこの時に接近する米戦闘機を見つけ、回避機動に移るのだが、どういう訳か、ドシュダムの動きは妙に鈍い。
敵がやっと回避を始めた頃には、2機のヘルキャットは、敵機の背面上方から襲い掛かり、機銃を放っていた。
機銃の発射ボタンが押され、両翼の6丁のブローニング機銃が弾丸を弾き飛ばす。
曳光弾は過たず敵機の胴体を捉え、弾着がミシンがけのごとく、胴体後方から右主翼に移り、しまいには機首部分からも破片が飛び散る。
その次の瞬間、機首部分からオレンジ色の濃い煙が噴き出した。
そこまで見た所で、敵機は視界から消え、リンゲのF6Fは目標の下方に飛び抜ける。
「よし!手応えあったぞ!」
無線機越しにガラハー少尉の叫び声が聞こえる。
リンゲは顔を上げて、自分が撃った敵機の様子を見る。
左主翼が大きく欠けながら、錐揉み状態で墜落して行くドシュダムと、機首から濛々と煙を噴きながら、急激に高度を下げていくドシュダム
の姿が見える。
リンゲ機は、後者の方が自分が攻撃したドシュダムであると確信した。
「見事だ、ガラハー!おまえが撃った奴は左主翼が千切れていたぞ。」
「小隊長が撃った奴も、煙を吐きながら墜落して行きますぜ!」
彼らは互いに戦果を確認しあった後、次の目標を探し始める。
「小隊長!3時上方より敵機!向かって来ます!」
唐突にガラハー少尉の報告が伝わる。視線を3時上方に巡らせたリンゲは、3機のドシュダムが自分達に向かっている事を確認し、咄嗟に
操縦桿を倒しながら、左のフットバーを押し込んだ。
左旋回降下に移ったリンゲ機にドシュダムから放たれた光弾が殺到するが、それは全て外れた。
敵の攻撃を上手く避けたリンゲであったが、ペアのガラハー機とは離れてしまった。
「畜生!分断されたか!」
その時、1機のコルセアが3機のドシュダムの内、最後尾のドシュダムに横合いから突っかかり、機銃弾を浴びせた。
不意打ちを食らわされたドシュダムは夥しい破片を撒き散らしながら、そのまま墜落し始める。
だが、残り2機のドシュダムは、1機ずつに別れ、ガラハー機とリンゲ機を追い回した。
(後ろに付いて来たか……このまま最大速度で振り切ろうとしても、光弾を食らっちまう。ならば!)
リンゲは操縦桿を手前に引く。リンゲ機は宙返りに移り、敵機の背後に回ろうとする。
だが、敵機の搭乗員も負けじとばかりに宙返りに入り、背後を取らせまいとする。
(なかなかやるな……ならば、根比べだ!!)
リンゲは、宙返りのGによって視界を狭めながらも、更に続ける。敵機もリンゲ機を撃ち取るべく、垂直旋回を続ける。
彼我の機体が2度、3度と垂直旋回を続けていく。
4度目の旋回で、敵機の搭乗員は宙返り合戦に乗った事を後悔し始めた。
驚くべき事に、ドシュダムよりも大きい筈のヘルキャットが、徐々に旋回半径を縮めて来たのだ。
5度目の旋回でヘルキャットは差を縮め、6度目の旋回で、その差は決定的な物となった。
敵機の搭乗員が宙返りを諦め、水平飛行に移ろうとした時、その前面にリンゲ機から放たれた12.7ミリ弾が壁の如く立ちはだかった。
リンゲは、敵機が垂直旋回を行う未来位置に向けて、12.7ミリ機銃を放っていた。
機銃弾は見事に、敵機に命中した。
12.7ミリ弾は、ドシュダムの機首から操縦席、胴体から機尾に、まんべんなく命中する。
リンゲは一瞬だけ、操縦席の敵搭乗員がのけ反るのが見えたが、その敵機は、すぐに視界の外へ消えていく。
リンゲ機が水平飛行に入り、彼は自分が撃った敵機の行方を見守る。
敵機は白煙を噴きながら、低空に低くたれ込めた雲の中に消えて行った。
「ふぅ、なかなかしぶとい奴だったな。」
リンゲはため息を吐きながら呟いた。
「小隊長。大丈夫ですか?」
レシーバーにガラハー少尉の声が響き、リンゲ機の右横にガラハー機が現れる。
「ああ。なんとか落としたよ。そっちはどうだ?」
「手傷は負わせたんですが、低空に逃げられちまいました。」
「逃げる敵は放っておけ。次に行くぞ!」
リンゲはそう言ってから、再び獲物を追い求めるべく、機首を乱戦状態にある空域に向ける。
ドシュダム隊とF6F、F4Uの戦いは、最初こそいい勝負を見せた物の、次第に機体性能の差が明らかになり始めた。
ドシュダムは、経験の浅い兵でも操縦できるように作られたため、機体の強度に問題があり、急激な急降下や、急な速度向上は過度に行えなかった。
それに対して、F6FやF4Uは機体の強度が頑丈であるに加えて、共に2000馬力級のエンジンを有しており、縦横に空を駆け巡る事が出てきた。
このため、最初は互角に見えた筈の戦いも、次第にF6F、F4Uがドシュダムを押し始めていく。
1機のF4Uに、2機のドシュダムが背後から食らい付き、光弾を浴びせる。
光弾の連射を浴びたコルセアが機体から破片を飛び散らせる。
速度の落ちたコルセアを追い抜き、敵機撃墜の喜びに搭乗員は浸っていたが、撃墜した筈のコルセアは、実は致命傷を受けておらず、
不用意に背後を見せたドシュダムの1機に機銃弾を浴びせ、あっという間に撃墜してしまう。
別のヘルキャットは、2機で1機のドシュダムを追い回す。
そのドシュダムは、上手い具合に2機のヘルキャットが繰り出す攻撃をかわし続けていたが、ついに進退窮まったと判断した搭乗員は、
止む無く急降下に入り、一旦は戦場を離脱しようと考えた。
ドシュダムは急角度で降下に入る。
この時、敵搭乗員は、ドシュダムが急降下性能に不備があると言う事を完全に忘れていた。
そのため、ドシュダムは、速度計が680キロを超えた所で空中分解を起こし、2機のヘルキャットは、1発の機銃弾を当てる事も無いまま、
共同撃墜1の戦果をあげた。
ドシュダムの中には、上手い具合に敵を撃ち落とす物もいる。
あるドシュダムは、コルセアが腹を見せた所ですかさず光弾を浴びせかける。
一瞬の隙を突かれたコルセアのパイロットは、自らの失態を悟ったが、その時には無数の光弾によって胴体下部や左主翼を抉られ、
最終的には左主翼のエルロンと水平尾翼の片方を吹き飛ばされ、そのまま操縦不能に陥り、墜落して行く。
また、別のドシュダムは、続けざまに2機のヘルキャットを正面攻撃で討ち取り、性能の劣る飛空挺でも米艦載機に敵う事を証明して見せた。
そんな中で、変わった方法で敵を落とした機も居る。
空母ボノム・リシャール戦闘機隊の一員である、日系人パイロットのトニー・ナカムラ1等兵曹は、乱戦時にドシュダムと衝突しそうになった。
ナカムラ1等兵曹は咄嗟に右に避けようとしたが、右主翼はドシュタムの機体と完全に重なっていた。
(ぶつかる!!)
ナカムラ1等兵曹は死を悟った。
その次の瞬間、激しい衝撃が彼のコルセアを揺さぶり、機体は一時制御不能に陥った。
体は自然に反応し、必死に機体を立て直すべく、あらゆる努力を行う。その甲斐あって、なんとか機体の制御を取り戻す事が出来た。
その時になって、彼はどうして、自機が飛んでいられるのか不思議に思った。
「あの時、右主翼は敵の機体と完全にぶつかっていた筈……なのに、何故?」
彼は不審に思い、右主翼を見てみた。
右主翼は、先端部分が欠けていたが、主翼の大部分は傷付きながらもしっかりと残っており、普通に飛ぶのならば、何ら問題は無かった。
彼は後に、同僚から教えられるのだが、この時、彼のコルセアは、咄嗟に機体を右に避けたお陰で、接触部分を極限する事が出来た。
そのため、彼のコルセアは、偶然にも敵機の左主翼の先端にぶつかっただけで済んだのである。
しかし、通常ならば、それだけでも互いの主翼は致命的な損傷を負う筈である。
だが、ナカムラ1等兵曹のコルセアは生き残り、ドシュダムは墜落して行った。
戦後、ドシュダムは強度不足が改善されぬまま前線に出されていたことが明らかになり、ナカムラ1等兵曹と空中衝突したドシュダムは、
ナカムラ機が右主翼の先端が欠けただけなのに対して、左主翼が最初、先端だけ千切れ、その後は中ほどの接合部分が剥がれて、主翼の
ほぼ片方を失い、墜落に至った。
偶然とはいえ、コルセアは文字通り、敵機を“叩き落とした”のである。
この話は、戦後、ドシュダムがいかに欠陥機であったかを語る上で、頻繁に出される事になるが、それはまだ、先の話である。
ドシュダム隊と米戦闘機隊の戦闘は、最終的に米戦闘機隊の有利な内に終わった。
米戦闘機隊は21機を失ったが、逆に68機のドシュダムを撃墜するか、戦闘不能にして離脱させ、潰走に陥らせた。
この時になって、ようやく基地のワイバーン隊が駆け付けたが、勢いに乗る米攻撃隊を食い止める事は、遂に出来なかった。
12月23日 午後5時 シュヴィウィルグ
今日3度目の防空戦闘から帰還したウェイグは、米艦載機によって散々に叩かれた基地の惨状を見るなり、自分達の努力が無為に返した事に愕然となった。
「なんて……こと……」
適当な空き地に相棒を降ろし、地上をふらふらと歩いていた彼女は、急に足の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「……やっぱり、アメリカ人達は、戦い方が上手いなぁ……」
ウェイグは顔を俯かせ、掠れた声音で呟いた後、何故か笑ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
誰かに肩を叩かれた。顔を上げると、そこには、軍司令官であるルーベルク中将が立っていた。
「軍司令官閣下……」
「今日は、本当にご苦労だった。君達は良く頑張ってくれた。」
「………」
ルーベルクは労いの言葉を掛けるが、彼女は無言のまま答えない。
「今日の所は、本当に不運だったとしか言いようがない。まさか……敵機動部隊がここを狙っていたとはね……完全にしてやられたよ。」
彼は、言葉の最期の部分を震わせながら、彼女に言った。
アメリカ軍戦爆連合編隊の来襲で再開された、シェリキナ連峰上空の航空戦は、最初はシホールアンル側が優位に進めていた。
だが、突然、横合いから現れたアメリカ機動部隊によって、それまでの優位はあっという間に崩れ去った。
米機動部隊は、実に5波に渡って攻撃隊を送り込み、精鋭部隊が集うシェリキナ周辺の航空基地や、航空部隊に戦いを挑んで来た。
この戦闘では、待機していたドシュダム隊も(独断専行であったが)迎撃戦に参加し、初めて米艦載機と戦火を交えた。
だが、ドシュダム隊は、精鋭航空隊で占められる米艦載機群に惨敗。
最後には110機あった稼働機が23機にまで激減し、地上に置かれていた50機のドシュダムも、全てが基地ごと爆砕されてしまった。
最初に来襲した陸軍の戦爆連合編隊と、米艦載機の執拗な攻撃の前に、シェリキナ連峰周辺の主だった航空基地は片っ端から爆撃を受け、
特に規模の大きかったシュヴィウィルグ、ルシェヴリキ、ヴェリルダタリの3基地は軒並み壊滅的な打撃を被った。
ワイバーン隊の損害も甚大であり、この日の迎撃戦闘で、8個空中騎士隊あったワイバーンは、今の時点で使える戦力が5個空中騎士隊程度に
まで激減しており、竜騎士の損耗も無視できぬ物があった。
未帰還となった竜騎士の中には、多くの撃墜記録を持つ者や、優秀なワイバーン隊の指揮官も少なからず含まれている。
レスタン領西部方面航空軍は、たった1日で、前回の連続する防空戦の被害に匹敵しかねない程の大損害を被ったのである。
「先程、洋上に出した偵察ワイバーンから報告が入った。」
ルーベルクは言葉を続ける。
「エグゼリド岬沖南西30ゼルド付近に、敵機動部隊を発見したようだ。敵は空母4ないし5隻ずつを主力に据えた陣形を4つ組み上げ、
そこから攻撃隊を送り出していたらしい。」
「……空母4隻か、5隻程度を主力にした艦隊が4つ……ですか。とすると、あたし達は、敵の大機動部隊を相手に戦っていた訳ですね。」
「ああ。レビリンイクル沖で壊滅した筈の、あの敵機動部隊とね。」
ルーベルクは深いため息を吐いた。
「連続する防空戦に勝利したまでは良かったが……その結果、俺達はとんでもない化け物も呼び寄せてしまったようだな。」
「敵機動部隊からの攻撃は……今後も来るんでしょうか?」
「それは何とも言えん。」
ルーベルクは頭を振った。
「だが……敵が今後も、反復攻撃を掛けて来る可能性は、極めて高いと言えるな。」
ウェイグはその言葉を聞いた瞬間、憂鬱になった。
前回の防空戦でも、敵の執拗な爆撃には苦労したが、これまでに、1日で来襲した敵機の数は500機であり、それも1回だけであった。
だが、アメリカ機動部隊は今日だけで実に5波、約1000機以上もの艦載機を放って来た。
今日の戦闘で、シホールアンル側も敵に相当の損害を与えたようであるから、明日もそれ以上の敵機は来ないと思うが、それでも、敵機動部隊は、
前回の防空戦で経験した、敵機の来襲数を軽く超える数を送り出して来るだろう。
「俺達は、復活した敵機動部隊の試し切りにされたのかもしれんな。」
ルーベルクの自嘲めいた言葉に、ウェイグは知らず知らずのうちに頷いていた。
基地の兵士達は、黙々と残骸の後片付けを行っていたが、その表情はどれも暗い。
誰もが口にしなかったが、将兵達は皆、このシェリキナに定められた、絶対防空圏内という枠組みが、脆くも崩れ去った事を、痛いほどに
実感していた。