自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

010 第9話 迫り来る脅威

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第9話 迫り来る脅威

1481年11月23日 午後3時 カリフォルニア州サンディエゴ

第8任務部隊司令官のウィリアム・ハルゼー中将は、桟橋で補給作業を受ける空母エンタープライズを眺めていた。

「マイルズ、物資の詰め込みはどのぐらいまで進んだ?」

彼は後ろにいるマイルズ・ブローニング大佐に問いかける。

「8割方は既に積め込みを終えています。後は燃料の補給ぐらいです。」
「寝ぼすけ小僧はどうした?」

ハルゼーは肝心な物を思い出して言った。

「司令官、いくらなんでも、特使にそのような事を言うのは、どうかと。」
「いくらなんでも?」

ハルゼーは訝しげな表情で聞き返した。

「大事な会議の最中にも欠伸をしまくっていたあの若造は、寝ぼすけ小僧の名で充分だろう?」
「ラウス、ラウス・クルーゲルっすよ。」

いきなり背後から声が聞こえた。
ぎょっとなった2人は背後を向く。
いつの間にか、特使の1人であるラウス・クルーゲル魔道師が後ろに立っていた。

「まあ、いつも言われている事なんで慣れてますけど。」

そう言って、彼は大欠伸をかいた。
そのラウスを見たハルゼーは、彼に聞こえないように声を潜め、ブローニングに言った。

「あれを見てどう思う?俺と同じような気持ちにならんか?」
「ま、まあ。司令官の気持ちは分かりますけど。」
「あの若造のツラ見たか?いかにも1分前に起きて来ましたって顔だ。あんな顔でよくワシントンの会議に出席できたもんだ。」

ハルゼーはやや憤りを表した口調で言った。

「度胸があるのか、ただの年中スイープボーイなのか判断が付かんよ。」
「た、確かに。」
「あの~。どうかしたんですか?」

2人のひそひそ話しにラウスが首をかしげる。

「いや、何でもないが。」

ハルゼーは何食わぬ顔で問い返した。

「とりあえず、事前の打ち合わせ通り君には、あのエンタープライズに乗ってもらう。
今回は俺達の他に、他の艦隊も南大陸に向かう事になっている。そのためにも、バルランドという国とは
連絡を密に取りたい。ラウス、君はバルランドでも指折りの魔法使いようだな。バルランドとの連絡役、
よろしく頼むぞ。」

彼は微笑みながら、ラウスと握手を交わした。

「お仲間は皆残る事になり、今は1人で寂しいだろうが、大船に乗ったつもりでのんびりしてくれ。」
「はい、分かりました。それにしても、めん・・・じゃなくて、ちょっとばかり大変な役回りですが、微力を尽くしますよ。」

ラウスも弱い笑みを浮かべてハルゼーに答えた。
「さて、君には個室を用意してある。このブローニング大佐が君を部屋まで案内する。
荷物は一緒にやってくる兵に持たせよう。まあ、短い間だが、よろしく頼むぞ。」

そう言って、ハルゼーはラウスの肩を叩いた。
この時、太平洋艦隊司令長官のキンメル大将が桟橋に向かって歩いて来た。

「参謀長、後は頼んだぞ。」
「アイアイサー。」

ブローニングはハルゼーに敬礼して、ハルゼーも答礼した後、キンメルの元に駆け寄った。

「やあビル。荷物は届いたようだな。」
「全く、とんだ荷物だよ。」

2人は儀礼的に敬礼をし合うと、会話を交わし始めた。
「あの小僧、いつもながら今にも寝かせてくださいって顔をしてる。さっきも何か言いかけて、言葉を変えやがった。」
「あれでベテランの魔法使いで、頭は切れるようだからな。」
「信じられんものさ。どうも、俺の艦に乗せるのは、ちょっと気が引ける。」
「そう言うなよ。残りの連中はワシントンに缶詰だし、彼だってもっと話したい事や、聞きたい事があっただろう。
それを抑えて参加してくれたんだ。一度乗った船に乗せた方が、緊張の度合いも変わるさ。」

そう言って、キンメルは苦笑した。

「仕事はキッチリこなしてくれるといいがね。あの寝ぼすけ小僧、一日中寝てそうで心配だ。
下手したら、飛行甲板上で寝っ転がるかも知れんぞ。」
「なあに、そんな事はしないだろう。でも、与えられた役目を全くこなしていなかったら、
その時は艦から放り出していい。」
「OK!そん時は、たっぷり海水浴を楽しませてやるよ。」

その言葉に、キンメルは思わず吹き出した。

「楽しませるのはいいが、ほどほどにしておけ。」
「所で、ワシントンのお偉方の話によると、すぐに攻勢出ないというのは本当なのか?」
「ああ、本当だ。」

キンメルの表情が固くなった。

「俺もワシントンの会議に参加したんだが、上層部の判断では、我が合衆国軍は、南大陸連合軍の支援を行う事にしたが、
しばらくは出てきた敵を叩き、こっちはなるべく出ない程度に収めるそうだ。」
「そうなのか。俺はてっきり、太平洋艦隊の全艦艇を送り出して、シホット共を叩き潰すと思っていたんだが。」

ハルゼーはやや残念そうな表情になった。

「攻勢に移るのは早すぎるだろう。いくら相手がいきなり喧嘩を吹っ掛けたとは言え、相手がどのような戦法で、
どのような攻撃をしてくるか、まだ満足に分からない。相手の出方があまり分からない時に戦いを挑めば、思わぬ損害を受けるかもしれない。」
「こっちにはシホットの奴らが持っていない工業力がある。例え、空母や戦艦がある程度やられても、補充は利くぞ。」
「ハルゼー、戦争というものはミスが少ないほうが勝つのだぞ?シホールアンル帝国は、初戦こそ俺達を見くびり、喧嘩を売ってきたが、
開戦のきっかけとなったあの事件や、ボストン沖海戦で敵も俺たちが侮れない奴らだと思い知ったはずだ。
国の上層部自体は馬鹿しかいないようだが、北大陸を収め、南大陸をも乗っ取ろうとしている国だ。
軍隊にはなかなかできる奴がいるだろう。それも大勢だ。」

「ちょっと、敵を過大評価していないか?」
「過大評価といわれれば、そうだろうな。だが、さっきも言ったとおり戦争とはミスが少ないほう。
要するに慎重なほうが勝ちやすい。作戦によっては奇襲攻撃等の投機的作戦も必要だろう。
だが、それでも慎重に、そして堅実にやったほうがいい。」
「慎重に、堅実にか。スプルーアンス辺りなら好きそうだな。」
「君には会わんかな?」
「う~ん・・・・・俺にとってはちょっとやりにくいね。だが、そのような作戦を多くやっていけば、次第に慣れるだろうが。」

そう言って、ハルゼーは頭を掻いた。

「基本方針としては、新鋭艦や陸軍の兵員が揃うまでは防御の体制で行く。
新しい戦力が揃い始めたら、敵の弱い所に限定的に攻勢をかける。そして、戦力が揃いきったら一気に攻勢に移る。」
「防御、防御攻勢、攻勢、と言う訳か。これじゃあ、戦争は1年以上続かんか?」
「敵次第だな。敵の地上軍のみならず、海軍や航空兵力も中世並みであったら、半年でシホールアンルの首都で
パレードでも出来たろうが、海軍や航空兵力が我々と同等に近いからな。」

そう言って、キンメルは唸った。

「最初、シホールアンルとやらの海軍は木造船ばかりのボロ船艦隊だと思っていたが、どうしてどうして、
奴ら物持ちがいい。特使からの報告では、艦艇はほとんど鋼鉄製で、砲戦力で侮れぬのはTF23事件で証明済みだし、
同盟国に渡したお下がり艦には対潜ソナーを積んだ駆逐艦。そして極め付きには航空兵力が多数搭載可能の軍艦、
空母まで持ってやがる。空母に関しては、我が海軍は存在を確かめていないから、はっきりとは分からないが。」
「そして、未確認情報では戦艦や空母までも新たに作っているらしい・・・・・
張り合いのある相手ではあるが、下手したらこっち側も戦艦や空母の1、2隻はやられるかも知れんなあ。
こりゃあ、難しい仕事を押し付けられたものだ。」
「全く、とんだ帝国様だ。」

ハルゼーは首を振りながらそう呟いた。

「ところで、積み込みの状況はどうだ?いつ頃出港できる?」
「積み込みは8割方が終わってる。明日にでも出港できるだろう。」

そう聞いて、キンメルは安堵したように微笑む。

「そうか。これなら、フィッチ隊、ニュートン隊と共に、肩を並べて出撃できるな。」
「搭載機も100機編成になった。準備は万端だよ。」

ハルゼーは自信ありげに言い放った。

「ビル、シホールアンルはなかなか厄介な相手かも知れんが、最初の敵地上部隊の空襲では大いに暴れてくれ。」
「ああ。弱い物いじめばかりしてるシホット共を綺麗さっぱり吹き飛ばしてやるさ。」
「頼もしい限りだな。低速戦艦群も、なるべく早く出撃態勢が整うようにする。
増援が現地に向かうまでは、君の活躍に期待しているよ。」

キンメルの言葉に、ハルゼーは満足気にに頷いた。

1481年11月24日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「・・・・・・・・いくらなんでも・・・・・・・」

オールフェスは、いつもの彼にしては珍しく重々しい口調で呟く。

「やられすぎって。やられるにも限度があるぜ?」
「敵の探知能力が素早かったようです。」

海軍総司令官が口を開いた。

「マオンド側の報告によると、敵の竜母・・・・もとい、空母から発進した飛空挺に遭遇するまで、未知の海中艦に
船団を発見されていたようです。生き残りの駆逐艦が持ち帰った、沈めた海中艦の遺品からして、紛れも無くアメリカ海軍
の物です。最も、本格的な調査は遺品が無事、わが国に運ばれてからの事ですが」
「それにしても、80隻もやられるとはなぁ。
負けるかなとは思ってたが、俺としてはアメリカ大陸に取り付いてから、追い出されると予想してたんだ。」

オールフェスは置いた紙をもう一度見て、思わず目を背けたくなった。

「それが、アメリカ本土の遥か手前で門前払いって・・・・・・何か怖くなってきたな。」
「敵側の空母が2隻いた事が、大きな敗因でしょう。」
「お下がりの竜母を、1隻サービスしてやれば良かったな。だが、過ぎた事をゴチャゴチャ言っても仕方ないか。
フレル、マオンドの首脳はどんな感じだ?」
「昨日送られてきた、長距離魔法通信によりますと、今後の侵攻作戦の予定は未だに立たず、場合によっては再度の侵攻は不可能、
と言う事です。それと、国王が先日、ショックで倒れられたようです。」
「そりゃあ、誰でも倒れるよ。で、国王の様子はどうだ?」
「今の所、落ち着かれて政務についているようです。」
「なるほどね。」

そう言って、フレルは深いため息をついた。

「南大陸の状況はなんとかいいのに、アメリカとの状況が悪いとなると、ちょっと厄介だな。」
「しかし、悪い事ばかりではありませんぞ。」

海軍総司令官が言ってきた。

「敵の空母は全て、アメリカ本土の東側にあります。今から2隻の空母を派遣するとしても、
派遣までにはかなりの時間が掛かるでしょう。それに、マオンド側の侵攻失敗も、別の意味では
いい結果をもたらします。」
「要するに、アメリカさんは、マオンドの次の侵攻に備えなければならない、と言う事だな?」
「そうです。主力を西側に回せば、マオンドの残存部隊が総力を上げて侵攻を再開する可能性もあります。
それを防ぐには常に抑止力・・・・つまり空母や戦艦主力の艦隊を常に置かねばなりません。」
マオンドは侵攻作戦には失敗したが、それがきっかけで、敵の主力を東海岸に拘束できるのである。
「そうなると、アメリカは東から不用意に艦隊を動かせなくなるな。つまり、しばらくは南大陸の戦争に、
アメリカが横からしゃしゃり出てきやがる、と言う事は無いんだな?」
「その通りです。よしんば出てきたとしても、せいぜい戦艦が2、3隻の艦隊を回すぐらいでしょう。」

それぐらいの戦力なら容易に撃滅できる。海軍総司令官はそう確信していた。

「西海岸の状況がちょっと分かんないが、南大陸の状況に関しては、しばらくは安心と言う事か。」
「そうであります。」

そう聞いて、オールフェスはやや安堵する。

「だが、遠からずはアメリカの艦隊や、地上軍ともやりあう時期も来るだろうな。
その前に、南大陸をある程度押さえとかないと、厄介な事になるな。海軍総司令官。」
「はっ!」
「なるべく、水中探知装置の搭載を推し進めてくれ。こっちが持っていない海中艦に
こっち側の船をボコスカやられたんじゃたまらん。難しいかもしれないけど、頑張ってくれ。」
「ご期待に沿えるよう、努力いたします。」

そう言って、海軍総司令官はうやうやしく頭を下げる。オールフェスは別の人物に目を向けた。

「国内相、例の件はどうなっている?」

彼は国内相、ギーレン・ジェルクラに声をかけた。ギーレンの陰険そうな表情がオールフェスに向かれた。
ギーレン・ジェルクラは今年で36歳になる。
オールフェスの初めての組閣以来、ずっと国内相を勤めている。
国内省は主に、国内の治安や政治を担当する部署だが、この国内省には裏の顔がある。
普段は治安を担当するが、裏では政治犯の投獄や処刑、それに敵勢人物や団体の摘発、そして、鍵の捜索も担当している。

「南大陸からの報告では、依然として鍵発見の報告は届いていません。
そもそも、鍵は南大陸に逃げ込んだのは確かですが、今の所南大陸のどこの国も居所を掴みかねている状態です。
スパイに囚われるのを恐れて、寝所を転々としているようです。」
「南大陸にスパイを作りまくったとは言え、早々に見つけ出すのは難しいかぁ。
まっ、こんな事は予想済みだし、色々面倒だろうが、捜索を続けてくれ。必要な物があれば優先的に、そっちによこす。」
「分かりました。」

そう言って、ギーレンは会話を終えた。

会議は10時に終わった。
オールフェスは自分の使っている個室で、改めて先の海戦の報告書を読んでみた。
報告書は2つあり、1つはアメリカ軍の空母を奇襲で撃沈した時のもの。
もうひとつはマオンド軍が撃退された時のもの。
前者のほうはお互い、初顔合わせと言うことだから、これだけでは敵が総合的に強い、弱いの判断を下せない。
しかし、空母1隻と駆逐艦2隻を撃沈したのに対して、こちら側も巡洋艦2隻と駆逐艦2隻を失っている。
実質被害から言えば、空母を失った米側の方が大きいであろうが、撃沈された船の数ではこちらが多い。
敵が劣勢だったのにもかかわらず、だ。
そして、後者の方は、まるでアメリカが先の海戦での怒りをぶつけまくったような者だ。
勝負具合から見れば、開戦のきっかけとなった海戦のほうが、まだ“いい勝負”だ。

だが、後者のほうは勝負と言うものを超えている。
虐殺と同じような結果だ。

「油断のならない国だな。早めにアメリカ用の対策を考えねえと、えらい事になる。」
オールフェスは、初めてアメリカという国と戦争したらどうなるか、その片鱗を垣間見たような気がした。

その時、ドアがノックされる音が聞こえた。

「何だ?」

オールフェスは抑揚のない声で答えた。

「モルクンレル様がおいでになられています。」
「ああ、分かった。」

オールフェスは言うと、椅子から立ち上がって、部屋から出て行った。


首都が見渡せるバルコニーに、待ち人はいた。

「やあ、リリスティ姉さん。」

オールフェスは張りのある声で、待ち人の名を呼んだ。

「皇帝陛下。お久しぶりでございます。」
青色の、儀礼用の軍服を着たその女性は、うやうやしくオールフェスに頭を下げた。
それをオールフェスが慌てて止めようとする。

「おいおい、今は誰もいないんだから、普通に、いつもの通り行こうぜ?」
「普通ねぇ・・・」

顔を上げたリリスティは人の悪い笑みを浮かべる。

「てっきり尊大な態度で、「「苦しゅうない」」とか言うと思ったわ。」
「そんな事言わないよ。」

そう言って、オールフェスは苦笑した。
彼女、リリスティ・モルクンレルは、帝国でも屈指の貴族、モルンクレル家の出でありながら、シホールアンル海軍の軍人である。
年は30歳と若いが、階級は中将である。
彼女は現在、シホールアンル海軍の洋上航空打撃兵力である、第24竜母機動艦隊を指揮している。
普通なら、この年で将官など、ほとんどあり得ないのだが、彼女は元々ワイバーン畑出身であり、これまでの戦功や
指揮ぶりもを変われて、一艦隊の司令官に抜擢された。
女の身でありながら、今や竜母使いのエキスパートとなっている。
それに、若いながらも、竜母建造の立役者の1人でもある。
アメリカで彼女と同じような空母部隊指揮官を探せば、ハルゼー辺りが妥当であろう。
顔立ちは流麗で髪は紫色の長髪、目つきはどことなく鋭いが、美人そのものだ。
肌は浅黒く、体つきはがっしりとしているが、同時にスタイルも整っており、傍目から見れば体を動かす事が好きな女性と言う感じだ。

「いつ戻ってきたんだ?」
「昨日かな。ていうか、あんた海軍総司令官からの報告聞いたんじゃないの?」
「あ~・・・・どうでもいい事はちょっと聞き流してるからね。」
「呆れた。」

リリスティは目を細めた。

「あなたは皇帝なんだから、そんなんじゃ革命起こされて潰されちゃうよ?」
「うえ、それは御免だね。」

オールフェスはおどけたような表情になる。

「それにしても、リリスティ姉さんとのこういうやり取りは久しぶりだな。
覚えてるかい?俺たちがガキの頃。色々馬鹿しまくってたな。」
「覚えてるわよ。全く、あんたって本当に暴れ回ってたんだから。あの時の恨みも、忘れちゃいないよ?」

少し怖い薄ら笑いを浮かべて、彼女はオールフェスを見た。

「しつこいよ。あの時って、もう15年以上も前じゃないか!」
「まだ15年よ。皇帝陛下?」

嫌みったらしい口調でリリスティ言い返した。

「今思えば、宝箱壊した事なんて大した事無い、と思ってるでしょうけど、人それぞれ。
恨みの長さも、人それぞれよ。」
「うへえ、女の恨みって厄介なものだねぇ。」

オールフェスはげんなりとした。

「でも、リリスティ姉だって、俺と変わらないほどわんぱくだったじゃん。リリスティ姉に比べれば、
俺なんてまだ可愛いほうだぜ?」
「ところで」
「話し変えんなよ。」

いきなり話を変えようとするリリスティをオールフェスが止めようとする。

「だ、だって・・・・・子供の頃の思い出は、今となっては恥ずかしい事ばっかりだし・・・・」

僅かに顔を赤らめながら、彼女はオールフェスに背を向ける。

「まっ、話したくなければ別にいいけどな。それよりも、クァーラルド級の様子はどんな感じだ?」
「クァーラルド級ね。あの竜母はなかなか気に入っている。」

リリスティはやや自信ありげな口調で言う。

「搭載ワイバーンも76騎に増えたし、対空用の高射砲も魔道銃も、最初の竜母に比べてかなり良くなっている。
防御に関しては、次のホロウレイグ級に期待かな。これまでの竜母よりは、格段にいいけど、私としては今ひとつね。」
クァーラルド級は、昨年竣工した、シホールアンル海軍の最新鋭竜母である。
基準排水量は17000ラッグ(24000トン)、全長は122グレル(244メートル)
速力は16リンル(32ノット)と、一番最初の竜母チョルモール級の13リンルを格段に凌いでいる。
他にも、ワイバーン96騎搭載のホロウレイグ級や、臨時に生産の決まった小型竜母も1、2年後には合計で8隻が続々と竣工する。
それだけ、シホールアンルの艦船建造能力は向上しているという事だ。

「もし、アメリカ海軍の空母部隊と戦うとなれば、君たちの部隊は勝てるかい?」
「さあ。実際戦ってみないとね。相手側の飛空挺が、こっちのワイバーンより性能が上か下か、そんな情報も無いから判断はつかない。」
「とりあえず、1隻は沈めたから、残り2隻だ。あっちも新造艦を作ってくるだろうが、こっちよりは少ないだろう。
生産能力で俺のシホールアンル以外に優れている所なんて、見た事ないし。」

ふと、リリスティは怪訝な表情を浮かべた。

「オールフェス、もし、アメリカと言う国が自分達よりも生産能力に優れた国だったら、その時はどうする?」

「う~ん、ちょっと想像がつかないな。まあ、負けることは無いだろう。」
「・・・・・・相変わらず、楽天家ね。」
「それが、俺の取り柄さ。」

そう言うと、オールフェスは微笑んだ。2人はその後、2時間ほど話して久しぶりの対面を楽しんだ。

11月30日 午後6時 サンディエゴ西南800マイル沖

ウィリアム・ハルゼー中将の率いる第8任務部隊は、時速18ノットのスピードで南大陸に向かっていた。
南大陸に向かっているのは、ハルゼーの第8任務部隊だけではない。
フィッチ少将の第10任務部隊と、ニュートン少将の第12任務部隊も、第8任務部隊の後方20マイル沖を続航している。
3個空母部隊が出撃する1日前には、ロックウッド少将が指揮する第19任務部隊の潜水艦も、敵情偵察と情報収集のため出撃している。
この日、TF8の旗艦である空母エンタープライズの作戦室で、ハルゼーは幕僚達と共に作りたての即興の地図を睨んでいた。

「クルーゲル魔道師が言うには、現在シホールアンル帝国軍の先鋒はここ、ホリウングという地域に侵攻しているようだ。
ホリウングには南大陸連合軍の防衛戦が敷かれているらしい。そうだな?」
ハルゼーはラウスに問うた。
「そうです。ホリウングは、南大陸連合を編成する、カレアント公国の地域です。
カレアント公国は昨日の時点で国土の60%を占領されています。」
「南大陸に侵攻して、あまり日が経たないのに、シホールアンルは国境沿いの国を2つも落としたのか。
流石と言うべきだな。」

ハルゼーは思わずそう呟いた。
南大陸は上から順番にレンク公国、ヴェリンス共和国、カレアント皇国、ミスリアル王国、バルランド王国、
グレンキア王国となっており、それらが南大陸連合軍を編成している。
だが、兵器、質、量が優れるシホールアンル帝国の前に、軍はじりじりと後退を続けている。
南大陸に侵攻して2ヶ月足らずのうちに、北端のレンク皇国とヴェリンス共和国がシホールアンルの手に落ちた。

現在、シホールアンルはカレアント公国の制圧に全力を注いでいる。

「まず、我が機動部隊は、このホリウングに侵攻しているシホールアンル地上軍を叩きます。
最初の第1次攻撃は、エンタープライズと、TF10のレキシントン、TF12のサラトガ共同で行います。」

事前の打ち合わせでは、3個空母群とも半数近くの艦載機を発艦させて、ホリウングのシホールアンル地上部隊を攻撃する事になっている。
ちなみに、各空母の搭載機定数はフル編成である。
エンタープライズはF4F36機、SBD38機、TBD26機。
レキシントンはF4F36機、SBD34機、TBD20機。
サラトガはF4F34機、SBD34機、TBD22機となっている。
総計で280機の航空兵力が揃えられた。
この内、対艦、対地攻撃用のドーントレス、デヴァステーターは176機まで揃えられている。
これらの内、第1次攻撃隊にはエンタープライズからF4F12機、SBD18機、TBD12機。
レキシントンからF4F16機、SBD16機、TBD10機。
サラトガからF4F16機、SBD12機、TBD12機が用意される予定だ。
合計124機の攻撃隊が、シホールアンル地上軍に対して引導を渡すのだ。

「この第1次攻撃隊の戦果次第では、敵の進撃能力を著しく削ぐ事が出来るだろう。」
「少しばかり意見を言ってよろしいでしょうか?」

航空参謀のグインズ・タナトス中佐がおもむろに口を開いた。

「何だね?言ってみろ。」

ハルゼーはタナトス中佐の意見を聞く事にした。

「今回は、敵の地上軍を叩きますが、敵地上軍にはワイバーンの護衛が付いているとお聞きします。
ラウス魔道師、そうですな?」
「そうです。南大陸連合軍のワイバーン部隊は、何度か敵地上軍に対して空襲を仕掛けていますが、
敵のワイバーン部隊の警戒が厚く、容易に攻撃が出来ない状態です。」
「だから今回、F4Fを増やしたのだが。」
「私から言いますと、せめてあと30機ほどは欲しかったところです。
我々艦載機は、味方の艦爆や艦功を護衛しながら敵陣に向かいますが、もし敵のワイバーン部隊が50機、60機と
殺到してくれば、F4F40機では全て防ぎきれません。敵ワイバーンは南大陸連合軍との戦闘で消耗しているとは
思いますが、それでも多数のワイバーンは健在と見て間違いありません。」
「では航空参謀。君はどのような作戦を取ろうと思うのだね?」

ハルゼーの問いに、タナトス中佐は一呼吸置いてから、考えを打ち明けた。

「第1次攻撃隊の編成を、F4Fのみに変えるのです。」

その時、作戦室がにわかに騒がしくなった。

「第1次攻撃隊の編成はF4Fを5~60機ほどに編成して、敵のワイバーン部隊と派手にやり合って、
敵側を消耗させた所に、時間差で第2次攻撃隊を敵の地上部隊にぶつけるのです。勿論第2次攻撃隊に護衛はつけます。」
「で、艦隊上空の護衛はどうなるのだね?」

ブローニング大佐は口調を少し荒げて聞いた。

「今回、戦闘機の増員を受けたとは言え、艦隊全体で106機のワイルドキャットしかいない。
仮に第1次攻撃隊を60機ほどのワイルドキャットで固め、第2次攻撃隊にも付けるとしたら、せいぜい20機
ほどの護衛しか付けられないではないか!これでは敵のワイバーンが襲ってきた時に艦隊防空は疎かになるんじゃないかね。」

ブローニング大佐の言葉に、タナトス中佐の顔色が変わった。
痛いところを突かれたといわんばかりの表情だ。

「航空参謀、その意見は確かにいいぞ。」

ハルゼー中将は大きく頷きながら言う。

「確かに、戦闘機のみで編成した攻撃隊で、敵の迎撃隊を片っ端から落としたり、傷付けたりすれば
第2次攻撃隊は攻撃がやりやすくなる。しかし、私はとしてはこの案は受け入れる事は出来ん。何故だかわかるかね?」
「・・・・・戦闘機の数が足りないから、ですな。」
「そうだ。君はさっき、戦闘機の数が足りないから、第1次攻撃隊を戦闘機のみの編成にしようと言った。
そこまではいい。だが、それも戦闘機の数が足りないと、出来ない相談だ。確かに攻撃隊は貴重だ。
だが、そのパイロット達の家たる空母も、貴重なものだ。その家が、艦隊防空が薄くなった時に燃えたり、
沈んだりしていたらどうする?」

その言葉に、タナトス中佐は自分を恥じていた。

「申し訳ありません。自分が軽率でありました。」
「いや、謝ることは無い。俺としては面白いと思ったんだが、今回は戦闘機の数がちょっと足りん。
せめてもう少し、戦闘機がある時か、空母が余分にある時なら、君の戦法を試してみよう。
航空参謀、いい意見をありがとうよ。この作戦が終わったら皆で検討してみよう。」
「はっ、ありがとうございます。」

次いで、ハルゼー中将はラウスのほうに向いた。

「ラウス、俺からの頼みなんだが。聞いてくれるかね?」
「ええ。」

ラウスは二つ返事で答えた。

「君は魔法通信が使えるそうだが、バルランド軍からホロウレングの敵軍に関する情報、特にワイバーンの情報を知りたい。」

ラウスはやや考え込んだが、それもすぐに終わって、

「出来る限りのことはして見ます。睡眠時間を1時間ほど削って頑張ってみますよ。」

彼はあっさり引き受けた。
以後、何日かはラウスの部屋から「めんどくさい」と思わしき言葉の唸り声が、部屋の前を通った将兵の耳に何度か聞かれた。

12月4日 午前7時 北大陸ベンツレア軍港

ベンツレア軍港は、ガルクレルフより北400キロの所にある。
泊地として理想的な港で、軍港としても使われている。
まだ夜が明けたばかりのベンツレア港で、錨を巻き上げる音が、港中に木霊し始めた。
港には、大小20隻以上の艦が停泊しており、艦上では、乗員達が出撃のための最後の支度に取り掛かっている。
第6艦隊司令官である、ウルバ・ポンクレル中将は、艦橋上で出航の時を待っていた。

「なあ主任参謀、今回の作戦、とても楽すぎるとは思わないかね?」

彼は主任参謀のファルン・ジャルラ少将に言う。

「レースベルン公国沿岸の艦砲射撃ですか。どうせなら、敵の軍艦を叩きたいものです。」
「敵の軍艦?」

ポンクレル中将は鼻をフンと鳴らした。

「南大陸の軍艦は、どれもこれも我々の船より劣るではないか。あんな物軍艦とは呼ばんよ。
それよりも、アメリカ海軍とやらと手合わせしてみたいな。」

彼はそれを期待するかのように呟いた。

「そのアメリカ海軍はしばらく出てきません。アメリカとやらが本格的に出てくるまでは、土堀に従事するしかないでしょう。」
「今回のレースベルンの土堀だが、南大陸にはワイバーンがまだ残っているらしい。
上層部はヘルクレンスの機動部隊をつけると言ってきた。まあ、ワイバーン如きの爆弾やブレスでは、
このジュンレーザ級戦艦はビクともせんが、竜母部隊の戦いぶりを観戦しながらの土堀も悪くない。」

彼は作戦が楽しみだ、と言って席から立ち上がった。
本来、出撃は12月7日であったが、準備等が思いのほか早く終わったため、出撃が3日繰り上げられ、
4日に出撃する事が決まった。
ポルンク中将の旗艦は、ジュンレーザ級戦艦と呼ばれる物である。
このジュンレーザ級は、13ネルリ(33.4センチ)砲を連装で前部に2門、後部に2門装備している。
対空火器として、高射砲12門に魔道銃32丁を装備している。
艦橋はルオグレイ級巡洋艦と同様、高い艦橋ではなく、どちらかと言うと大きめの箱型艦橋である。
米海軍の戦艦で似ているのを探せば、ニューメキシコ級辺りだろう。
基準排水量は15000ラッグ(30000トン)
全長は101レルグ(202メートル)で、スピードは12.5リンル出せる。

比較的新しいオールクレイ級戦艦には及ばないが、それでもシホールアンル海軍の歴戦の戦艦である。
第6艦隊の戦艦は、ジュンレーザの他に、ヴェサリウス、クレングラ、ポアック、ヒーレリラの5隻がいる。
これを護衛するのは巡洋艦4隻と、駆逐艦15隻である。

支援部隊に、ルエカ・ヘルクレンス少将の第22機動艦隊の12隻が加わる。
南大陸連合軍に対しては、まさに万全の体制であると言えよう。

「前衛駆逐艦が出港を開始しました。」

見張りの声が艦橋に聞こえてきた。

「さて、これから長い航海の始まりだ。レースベルンの沿岸を耕しに行くぞ。」

ポンクレル中将の言葉に、艦橋内の幕僚や要員が笑い声をあげた。
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