第225話 第3海兵師団VS第5親衛石甲師団
1485年(1945年)1月28日 午後1時30分 レスタン領ハタリフィク
レスタン領軍集団司令官であるルィキム・エルグマド大将は、司令部内にある作戦室で、部下の幕僚達と共に戦況地図を眺めていた。
「閣下。各部隊は、敵の攻撃を受けつつも、前線より6ゼルド後方の第3予備陣地に向けて後退中です。」
「うむ。今の所、計画通り、という事か。」
エルグマドは、単調な声音で言いながら、指先をレーミア湾上に向けた。
「レーミア湾には、敵の戦艦部隊が居座っておる。敵の前進部隊を撃退するには、まず、遅滞戦術を行いながら、部隊の主力を
第3予備陣地に退かせるしかない。そのためには……」
エルグマドは、一瞬だけ、悲痛な表情を現すが、すぐに元の無表情に戻る。
「各部隊から抽出した後衛部隊の奮戦が、今後、我が軍が効果的に防戦を行えるか否かに繋がるのだが……魔道参謀、どうなっておる?」
「ハッ。各隊とも、奮闘しておりますが……敵部隊は後衛部隊に襲い掛かるや、圧倒的な火力と機動力でもってたちまちのうちに戦線を
突破するため、後衛部隊も思うように敵を阻止できていません。後退中の部隊を幾らか前線に回して、本格的に防戦を行って初めて、
敵部隊の前進を食い止めている有様です。」
質問を受けた魔道参謀のフーシュタル中佐が、幾分、苦しげに聞こえる口ぶりでエルグマドに報告する。
「各隊の損害は?」
「第47軍は、第41軍団の指揮下の2個師団が戦闘力を3割低下。1個機動砲兵旅団は戦力を6割も低下させています。
第42軍団指揮下の2個師団は、それぞれ、戦闘力を3割、または3割5分に低下させており、随伴の1個機動砲兵旅団は、連戦で
戦力を5割以上失っています。第47軍は、今日の昼までに、半壊に近い状態に陥ったと判断するべきでしょう。」
「……恐ろしい損害だが、敵の強力な攻撃を受け続けても、尚、半分以上残ったのだから良しとするべきかもしれんな。」
「しかし閣下、問題は第42軍です。」
フーシュタル中佐が戒めるかのような口ぶりでエルグマドに言う。
「第42軍は、敵が上陸して来た当初から今日まで、常に最前線で戦い続けています。23日には、消耗した第22軍団が後退しており、
第42軍は実質的に1個軍団規模の戦力しか有しておりません。その第42軍も、基幹戦力の2個師団が既に戦力の4割9分を失い、
随伴していた機動砲兵旅団は、後退した部隊から幾ばくかの野砲や、石甲部隊を与えられたにもかかわらず、戦力は戦闘開始前の3割以下に
落ち込んでいます。第42軍は、戦闘に必要な物資を比較的、多く保有していた事もあり、敵の前進部隊に対して効果的に迎撃を行う事が
出来ましたが、それすらも、沖合の米戦艦によって粉砕され、少ない戦力が更に減少しています。私としましては第42軍が、第2親衛石甲軍より
派遣された第1親衛軍団の支援を受けられているとはいえ、敵の攻勢を支え切れているのは、ある意味、奇跡に等しい事だと考えています。」
「魔道参謀の言われる通りですが、私としましては、敵側の支援部隊が海上の敵艦隊しか居ないため、我が軍は敵の攻勢に対して、ある程度有効な
迎撃を行えている物と見ています。通常なら、敵は沖合の艦隊に加えて、上空に無数の支援機を飛ばして攻撃を行いますからな。」
作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐が付け加えた。
「とはいえ、敵戦艦の射程範囲内ではまともな迎撃が出来ん。前線部隊には、後衛部隊が頑張っている間に、何としてでも第3予備陣地に辿り着いて
貰わねばならん。」
主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が言う。
「今の所、敵は前線から2ゼルド前後離れた場所で停止している。その間、他の部隊も順調に後退出来るはずだ。夕方までには、各師団共に、主力を
第3予備陣地に布陣できるだろう。作戦参謀、今の内に、第3予備陣地までの間に敷いた、定期警戒線の部隊にも後退を命じた方が良いと思うのだが……
どうかね?」
「主任参謀長、今の時点では、それは危険だと思います。各師団共に、上陸作戦前にあった18000から20000前後の兵員は3割から4割。
場合によっては半数程を消耗している所もありますが、それでも、警戒線に布陣させた部隊は、後退中の部隊が通過するまで待機させるべきです。」
「しかしだな。前線から予備陣地までの3つの警戒線には2個中隊ずつが布陣しておる。各師団とも、ある意味ではこの“温存”していた部隊を
欲しがっておるのだ。この部隊が加われば、各師団は2個大隊程の、ほぼ無傷の部隊を戦列に加える事が出来る。敵が進出を止めている以上、
すぐにでも警戒部隊の待機を解き、後退中の部隊と加わって第3予備陣地に移動するべきである、と思うが。」
「敵が、短時間で前進を再開する事も考えられるぞ?」
横からエルグマドが言って来た。
「確かに、各師団とも、温存していた2個大隊は喉から手が出るほど欲しいだろう。この各2個大隊は新式の携行魔道銃こそ持っていないとは言え、
疲弊した部隊と違って、これから、まだまだ戦える部隊だ。だが、わしはこの警戒部隊を動かす事は危険だと思っておる。」
「し、しかし閣下!各師団共に、戦力が著しく低下しております。敵が進出を止めたのは、我が軍が構築した抵抗線で少なからぬ損害を出し、
戦力の再編を行う為でありませんか?第47軍、第42軍の各抵抗拠点でも、少なからぬ戦車と敵車両を撃破したとの報告が入っています。」
「同時に、敵は戦車多数を含む大部隊が拠点を蹂躙して戦線を突破、たちまち後方に雪崩れ込んで行った、という報告もあちこちから入っておる。」
エルグマドは戒めるかのような口ぶりで、レイフスコに言う。
「敵が近々、前進を再開する事は明らかだ。敵の前進を鈍らせる為にも、警戒部隊は各警戒線に待機させる。」
「……では閣下。仮に敵が前進を再開したとして……携行型魔道銃を持たぬ警戒部隊はどうなります?野砲の阻止砲撃のみでは、津波のように
押し寄せて来る敵機械化軍団の前に心許ない事が、午前中の戦闘で確認されています。きっちりと砲の数を揃え、歩兵達には最新式の携行型魔道銃
まで配備されていたにもかかわらず、です。閣下、確かに、敵が前進を再開するかもしれませんが、同時にまた、すぐには前進を再開しない事も
考えられます。ここは、予備陣地の兵力を集中する為にも、後退中の部隊と共に、警戒部隊も後方に下げるべきではありませんか?」
「ふむ……つまり、主任参謀長は、このわしに賭けをせよ、というのかな。」
エルグマドはさりげない口調で言う。しかし、レイフスコには威圧したかのように聞こえたのか、顔が固まった。
「……実の所を言うと、そうなります。ですが、判断されるのは閣下であります。私は私なりの考えを示しただけです。」
「そうか。」
エルグマドは、相槌を打ちながら顔を頷かせた。
「君の言う事も一理あるな。敵機械化軍団に大打撃を与え、撃退するには、予備陣地に集結させる兵力を増やす事だ。そこの所は理解できる。
だが……わしとしては、君の言う事には賛成できん。」
エルグマドは、きっぱりと言い放った。
「もし、敵が前進を再開した場合、警戒部隊も居なくなった陣地を、敵は何の苦もなく通過して行く、そうなれば、敵は後退中の味方部隊を、
背後から思う存分襲う事が出来る。現に、午前中の戦闘では、第47軍のある大隊が敵の機械化部隊に追いつかれた末に全滅しているではないか。
敵が更に級進撃を重ねた場合、被害は更に重なるだろう。そうならんためにも、わしは警戒部隊の後退を認める事はできん。」
「では……閣下は、警戒部隊に、敵前進部隊と最後まで戦え、と言われるのですか?」
レイフスコの言葉を聞いたエルグマドは、大きく頷いた。
「各師団が揃えていた2個大隊は犠牲になうだろうが、敵に追いつかれれば、被害は2個大隊だけでは済まん。師団丸ごと消える可能性がある。
いや……最悪の場合、防衛戦の中核戦力たる軍までもが、敵機械化軍団の波に押し潰されるかも知れんな。」
エルグマドは、単調な声音でレイフスコに答えた。
唐突に、会議室に魔道士官が入室し、一枚の紙を魔道参謀に手渡した。
(……何かあったな)
エルグマドは、すっかり見慣れた一連の流れに対して、心中で呟く。
「閣下。後退中の第47軍司令部より通信です。敵部隊、再び前進を開始せり。敵部隊の先鋒は第1警戒線より1000グレル(2キロ)まで接近している模様。」
同日 午後1時35分
第3海兵師団第3海兵戦車連隊は、同行している第3海兵連隊と共に敵の抵抗を排除しながら前進を続け、午後1時20分には、攻勢発起地点より
5キロ東に位置する第1目標である寒村、リククダリアを占領していた。
リククダリアの占領は午後12時を予定されていたが、第3海兵師団の前進部隊は敵の猛烈な抵抗を受けながら(敵の自爆攻撃すらあった)前進を
続けていたため、第1目標の到達には思いのほか時間が経っていた。
それと同じ頃、第3海兵師団と並ぶように、その南7キロの位置から攻撃を開始したカレアント軍第1機械化騎兵師団もまた、シホールアンル軍の
激烈な抵抗に遭い、進撃速度を鈍らせていたが、午後12時には攻勢発起地点より6キロ東の村ルドロゴに到達し、更に前進を続けている。
この他に、第6海兵師団とカレアント軍第2機械化騎兵師団が、第3海兵師団、第1機械化騎兵師団の担当戦区より南の位置で攻撃を行っていたが、
第6海兵師団は午後12時の時点で5キロ、第2機械化騎兵師団も同じく5キロしか前進していなかった。
攻勢に参加している各師団とも、今後も敵の抵抗が激しい事を見込んで、後発部隊との合流や、戦力の再編を行った後、再び前進しようとしていた。
しかし、それを是と思わない者も居た。
第3海兵戦車連隊指揮官である、ヨアヒム・パイパー中佐は、仏頂面を浮かべながら、しきりに前方と、腕時計に視線を移していた。
「それで……師団司令部からは、第21連隊が到着するまで待て、と?」
「いえ、それだけではありません。」
連隊指揮戦車の無線手である中国系アメリカ人のマロ・ベネット軍曹が答える。
「師団司令部は、側面援護の第1、第2海兵師団の到達後、前進を再開しろ言っとります。」
「第1、第2海兵師団だと!?連中はまだ攻勢発起地点から1キロも前進していないじゃないか!」
パイパーは呆れたように言った。
「じゃあ、俺達は、敵部隊の主力が、防備の整った野戦陣地に逃げ込むまで、のんびりと待てって事か!」
パイパーは憤慨しながら、無線手に言う。
「それは……師団司令部に問い合わせてみないと……繋ぎますか?」
ベネット軍曹が聞いて来るが、パイパーは首を振った。
「いや、もういい。」
彼はそう答えた後、自らの手元に置かれている戦力を即座に思い出す。
第3海兵戦車連隊は、敵の第1防御陣地との戦闘で9両のパーシングを撃破されている。
これで、第3海兵戦車連隊に残された戦車の数は、105両に減ってしまったが、パイパーは、この戦力でもまだ行けると確信している。
また、第3戦車連隊と共に行動している第3海兵連隊も、陣地の占領に2個中隊を割いただけで、戦力の大半が健在であり、第3海兵連隊
指揮官であるジェームズ・スチュアート大佐は師団司令部に対して、
「早急に前進し、後退する敵部隊を追撃、殲滅すべし」
という意見具申を送っている。
だが、第3海兵師団司令部は、進撃停止を命じた午後1時20分から今まで、前進部隊に対して現地点に待機せよ、という命令を
繰り返し送るばかりであった。
(師団司令部の考えも分からないでは無い。敵の抵抗はかなり激しく、俺の部隊も、新たに9両の戦車を失った。だが、敵は今、部隊の大半が
後退している。敵はどこぞからから集めて来た、兵員輸送用のキリラルブスを大量に使って、後衛部隊を除いた将兵を迅速に移動させていた。
こうしている間にも、敵は着々と、後方の予備陣地に近付きつつある。時間は……無いな)
パイパーは、心中で呟くと、意を決したかのように、大きく頷いた。
「無線手!スチュアート大佐に無線を繋いでくれ。」
「アイ・サー。」
無線手が、第3海兵連隊指揮官を呼び出す。程無くして、無線手がパイパーに話しかけてきた。
「連隊長、スチュアート大佐と繋がりました。」
「御苦労ベネット。こっちに繋いでくれ」
パイパーは礼を言ってから、耳元のレシーバーに入って来る声に聞き入った。
「こちらスチュアートだ。聞こえるか?」
「パイパーです。唐突で申し訳ありません。」
「いや、構わんよ。それよりも、話とは何かね?」
「ハッ。我々は今、師団司令部の命令で待機している訳ですが、小官としましては、このまま待ち続けていたのでは、後退した敵部隊の
主力をみすみす見逃してしまうのでは?と思うのです。そこでですが、この際、我々だけでも前進を再開してはどうかと思うのですが……
大佐はどう思われますか?」
「……君の言う通りだな。」
スチュアート大佐が答える。
「俺の見た所、敵は野砲部隊による抵抗や、小銃を配備した歩兵部隊によってこちらを迎撃して来るが、いつもならのそのそ出て来る
キリラルブスが居ない。居るとしても、兵員輸送に特化した移動用キリラルブスが、ケツをまくって逃げて行っただけだ。君は、こう
考えているんだろう?『兵員輸送用キリラルブスしか居ないのなら、側面を衝かれる心配は無い。今の内に追撃して、後退中の敵部隊を
叩くべきだ、』と。」
「はい。そうであります。」
パイパーは、きっぱりと答えた。
「師団司令部は、天候不順のため航空支援が行えないため、前進部隊が、温存していた敵部隊の逆襲に遭って大損害を受ける事を恐れて
いるのでしょう。その考えは、正しい。ですが、航空支援を行えないのは敵も同じです。それに、戦場は時間を追うごとに、その様相を変えて
いきます。私は敵がまともにキリラルブス部隊を投入できない今こそ、後退中の敵部隊を叩きのめす、絶好の機会であると思います。この
敵部隊を殲滅出来れば、後方の敵陣地も戦力を失い、防備が薄くなります。そうなれば、我々はさほど労せずに、陣地を突破できる筈です。」
「うむ。同感だ。」
無線越しのスチュアートは、快活の良い声音で相槌を打つ。
「いいだろう!今すぐ前進しよう!師団司令部には、私が報告しておく。」
「ありがとうございます。あと、私から1つ提案いたします。」
「うん?提案というのは何だね?」
スチュアートの問いに、パイパーは一呼吸置いてから答えた。
「師団司令部からの命令は、これからの前進に有用でないと思える物は全て無視した方が宜しいでしょう。どうも、師団司令部の連中は、
電撃戦と言う物をさほど、理解していないようですからな。」
「ハッハッハ!なるほど!」
スチュアートは豪快に笑った。
「流石はノール攻防戦の英雄だ。今の提案、しかと受け入れさせて頂こう。」
「ハッ。光栄であります。」
「……では、前進しよう。隊形は先と同じく、パンツァーカイルで行く。一緒にシホット共の臭いケツを蹴飛ばしに行こうじゃないか。」
「わかりました。すぐに前進を命じます。」
パイパーはそう返答した後、スチュアート大佐との会話を終え、すぐに各大隊へ命令を伝えた。
「こちらパイパー!これより前進を再開する!各隊、準備を整えろ!」
彼が連隊の各隊に指示を飛ばしてから僅か30秒後に、次々と返事が返ってきた。
「こちらサードタイガー、準備よし!」
「レッドパンサー準備完了です!」
「こちらホワイトキューベン、各中隊とも準備完了!どこまでも行けますぜ!」
パイパーは、先の戦闘で指揮下の戦車を失っているにもかかわらず、士気が旺盛である事に大きな満足感を得ていた。
「こちら連隊長。連隊はこれより、後退中の敵部隊を追撃する。前進再開!」
パイパーの命令が下るや、待機していた第3海兵戦車連隊の各戦車大隊は、一斉に行動を起こし始めた。
護衛の戦車連隊が移動した事に習って、機械化歩兵大隊である第3海兵連隊も移動を開始する。
第3海兵師団の1個戦車連隊並びに、1個海兵連隊は、再び30キロ以上のスピードで前進を始めた。
同日 午後7時00分 レスタン領ロイクマ
第5親衛石甲師団は、午後6時30分、第2親衛軍団司令部より、第3予備陣地を突破したアメリカ軍部隊の迎撃を命じられ、待機地点で
あった寒村から、第3予備陣地が構築されていたロイクマ地方へ急行していた。
第509連隊第3大隊に属しているウィーニ・エペライド軍曹は、中隊の他のキリラルブスと共に、隊伍を組んでキリラルブスを移動させていた。
彼女は、キリラルブスが持つ独特な振動に体を揺さぶられながら、ハッチから身を乗り出して、薄暗くなった空を見上げていた。
「………寒いなぁ。」
彼女は、ぽつりと呟きながら、右の掌を広げて、しとしとと降り注ぐ雪を乗せる。
防寒用の手袋に包まれた掌に、幾つもの雪の粒が落ち、やがては溶けていく。
雪の冷たさは、手袋の薄い皮の上からも充分に伝わって来た。
「台長!」
車内から彼女を呼ぶ声が聞こえる。ウィーニはそれに気が付き、体をキリラルブスの中に引っ込めた。
「どうしたの?」
「中隊長車から最新の戦況報告が入りました!第3予備陣地の敵部隊は、第47軍と第42軍の各師団を分断した後、尚も前進を続けているようです。
敵部隊の先頭は、第3予備陣地から1ゼルド近くも進出しているようです!」
「1ゼルド近くか……第47軍と第42軍は全滅したの?」
「いえ、第47軍、42軍共に、戦力を残していますが、敵の急進撃で2個師団が壊滅状態に陥ったようです。」
「……わかった。」
ウィーニは感情のこもらぬ口調で返した後、台長席に座ったまま外の様子をぼーっと見つめ続けた。
最初の異変は、午後2時前に起こった。
第47軍は、それまで順調に後退を続けて来たが、唐突に進出を停止した敵部隊は、これまた、唐突に前進を再開した。
連合軍はまず、第32歩兵師団に襲い掛かった。
第32歩兵師団は、第3予備陣地までの警戒線をあと1箇所超える所まで迫っていた。
だが、その頃になって、2つの警戒線が相次いで突破された事を受け、後退中であった部隊の中から、2個大隊を引き抜いて迎撃に当たらせた。
この迎撃には、第2親衛石甲軍から救援としてやって来た1個石甲大隊も加わっていたのだが、敵部隊はこの迎撃部隊を、1時間の戦闘で撃破し、
一気呵成に第3予備陣地に襲い掛かった。
異変は南の方でも起こり、同じく進出を止めていたカレアント軍機械化部隊が、アメリカ軍部隊に習うかのように急進撃を開始。
警戒線に配置されていた後衛部隊は瞬く間に撃破され、あっという間に戦線を突破された。
午後3時頃には、後続の連合軍部隊が続々と到着し、今や第3予備陣地には連合国軍のほぼ全軍が殺到し、防衛戦を突き破らんばかりに猛攻を
加え続けた。
そして、午後5時10分。アメリカ軍の一部隊が遂に第3予備陣地を突破。アメリカ軍部隊は、その僅かな隙間を瞬く間に押し広げ、午後6時には
2個師団相当の敵機械化部隊が予備陣地を各所で寸断し、戦線後方に進出しつつあった。
この2個師団は、攻勢を受けている戦区の北部地区だけの数であり、南部地区では、第42軍の残余部隊と、第2親衛軍から派遣された第1親衛軍団が
敵の猛攻を抑えていた。
もし、この2個師団が第1親衛軍団の背後に回れば、第1親衛軍団に属する2個師団並びに、2個旅団は包囲されてしまう。
それを防ぐため、第2親衛軍団は、主力である2個石甲師団を投入して火消しに努めようとしていた。
午後7時30分を回った頃には、周囲は完全に真っ暗になった。
ウィーニは、南に2ゼルド程離れた戦域でひっきりなしに明滅する閃光と、銃声と思しき連発音が響いて来るのを、しかと耳にしていた。
「台長!第4親衛師団が敵の機甲師団と激突したようです!前線はかなりの激戦の模様!」
「……第4親衛師団が戦っている相手は何?アメリカ軍?」
「いえ……敵はカレアント軍のようで、多数のシャーマン戦車を始めとする戦車部隊で攻撃して来ているようです!」
ウィーニはその言葉を聞いた時、脳裏に昔の思い出がよぎった。
(この戦争が開始され、戦線が南大陸に移った後も、あたし達はカレアントを、獣人が作り上げた野蛮な国だと教えられてきた。装備の劣る
カレアントの蛮族なぞ、2か月で滅ぼせる、と、あたしは上官から聞いていた。それから考えると……)
ウィーニは台長席から身を乗り出し、顔を、彼我の発砲炎で明滅する戦場に向ける。
(私達は間違った事を教えられたのかもしれない。知識も教養も無いカレアントの蛮族達は、最新式の武器を与えられても使いこなせず、
使い慣れた古い武器しか使わない、と。その結果がコレ……か。)
ウィーニは内心、自嘲気味になりながら頭を横に振った。
昔から教えられてきた言葉……南大陸の蛮族達は大したことは無い。
あいつらにシホールアンルの武器を与えても、勝つのはシホールアンル軍だ……という、明らかに見下した言葉の数々。
それがどうか?
知識も教養も無い筈の“蛮族達”は、アメリカ製の兵器を与えられた瞬間、これまでの差を縮めんとばかりに戦い、今では、この北大陸奥深くに
大軍で持って攻め入っているではないか!
「……今思うと、呆れてしまうけど……それでも、シホールアンルはあたしが生まれた国である事に代わりは無い。今はただ、戦うしかないね。」
ウィーニは、気だるげな口調で言いながら、再び、体をキリラルブスの中に沈みこませ、台長席のハッチを閉めた。
「台長!中隊本部より通信です!間もなく、戦域に到達する、各台、戦闘に備えよ!」
「了解。」
ウィーニは、小声で即答した後、車長席に設けられた小さな監視窓に目を向ける。
監視窓の向こうには、同じ中隊のキリラルブスが隊伍を組んで進んでいる。
唐突に、中隊のキリラルブスがスピードを上げ始めた。
「台長、小隊長より通信。速力20レリンク(40キロ)に増速。」
「了解。増速する。」
キリラルブスの操縦手も兼ねるウィーニは、頭の中で増速を命じる。
簡易魔法で、キリラルブスに張り巡らされた魔術回路がウィーニの指示を受け取り、すぐさま増速していく。
ひっきりなしに動く4本の脚から、更に強い振動が伝わって来る。
今ではこの振動にすっかり慣れているが、キリラルブスに乗り始めた頃は、この振動に酷く悩まされた物である。
ウィーニの第1中隊は、前進中の大隊指揮台の後を追うように、だだっ広い草原を駆け抜けていく。
それから5分ほど走った後、第1中隊は右に大きく曲がり始めた。
この時、第509石甲連隊に属している3個キリラルブス大隊は、前進して来たアメリカ軍戦車部隊を迎え撃つため、左右に展開している。
左翼は第1大隊が配され、中央は第2大隊、右翼は第3大隊が受け持つ事になった。
各大隊48台。第509連隊全体で、計144台のキリラルブスが、大きく左右に別れて、敵を迎え撃とうしている。
敵を待ち構えているのは第509連隊だけではない。第509連隊と同じく、138台のキリラルブス(16台が故障で戦線に出られなくなった)を有する第510連隊も、予備部隊として509連隊の背後に展開している。
509連隊が消耗した後も、510連隊を投入すれば敵戦車部隊は大打撃を受けるであろう。
また、510連隊が危機に晒されても、後方に展開している512石甲機動砲兵連隊が掩護の砲撃を行う予定だ。
午後7時15分。後方に展開した石甲機動砲兵連隊から照明弾が放たれた。
照明弾が炸裂し、草原が赤紫色の光に照らし出される。
光の下に、無数の蠢く物があった。
「台長!中隊長より通信!敵戦車部隊発見!敵の数は多数!」
「遂に……か。」
通信手から報告を伝えられたウィーニは、小声で呟いた後、自らの気を引き締めた。
「中隊長より更に通信!各隊、前進せよ!」
「了解!」
ウィーニは鋭く答えた後、味方のキリラルブスに習うように、自らのキリラルブスに移動を命じた。
それまで停止していたキリラルブスの体がやにわに動き出し、猛スピードで敵戦車部隊との距離を詰めていく。
第509石甲連隊は、いわゆる鶴翼の陣を形成しながら、敵との距離を詰めようとしていた。
対する敵戦車部隊は、楔形の隊形を維持したまま前進を続けている。
その時、敵戦車部隊がいきなり、前進を止めた。
「中隊長より通信!敵戦車部隊が停止した模様!」
「え?敵が停止した?」
ウィーニは怪訝な表情を浮かべながら、通信手に聞き返した。
通信手の返事を聞く前に、ウィーニは小さな監視窓から、強烈な青白い光が差し込んだ事に気が付く。
「あれは……照明弾?」
彼女は、不安げな口調で呟いた後、不意に悪寒を感じた。
(何……この、嫌な胸騒ぎは?)
ウィーニは、心中にどす黒い不安感が広がりつつある事に気付いた。
「台長!中隊長が停止せよと命じています!」
通信手が切迫した声音で彼女に知らせて来る。
長い間、闇の狩人として過ごしてきたウィーニは、根拠が無かったにもかかわらず、中隊長の言う通りにすれば大丈夫であると、胸の内で
確信していた。
「停止!!」
彼女は小さく叫びながら、自ら操縦するキリラルブスを停止させた。
この時、彼女は監視窓の向こう側の空に、一瞬ながら、何かの影が飛んでいる事に気が付いた。
「……飛空挺?」
彼女は、ぽつりと呟いた。その直後、前方で幾つもの爆発が湧き起こった。
彼は、前方に見える目標を凝視しながら、投下スイッチにかけた指に圧力をかける。
風防ガラスにビュウビュウと音を立てながら、雪混じりに冷たい風が当たる。
彼は、その時が来た事を確信した。
「爆弾投下!」
気合の混じった一声が発せられ、投下スイッチを押す。
機体の両翼の付け根に取り付けられていた500ポンド爆弾が懸架装置から外れ、2発の爆弾が照明弾に照らされた、敵キリラルブス群目掛けて落ちていく。
その直後、キリラルブス群のど真ん中で派手な爆炎が噴き上がった。
「司令!敵部隊の真ん中に爆弾が炸裂しました!効果ありですよ!」
第212夜間戦闘航空団の司令を務めるエヴレイ・ゼルレイト准将は、愛機であるP-61Bヴラックウィドウの操縦桿を握りながら、知らされて来た報告を
聞いて小さく頷いた。
「思い知ったかシホールアンル軍!夜の住人が誰であるか、たっぷりと思い知らせてやる!」
ゼルレイトは獰猛な笑みを浮かべながら、声高に言い放った。
彼が指揮している航空団は、元々は第6航空軍の所属であったが、今年の1月に第5航空軍に転属となり、1月の中旬からは第5航空軍の
所属部隊として行動していた。
ゼルレイトの航空団は、1月下旬以降からの天候不順に伴い、他の夜間戦闘飛行団が夜間作戦を相次いで中止するのに習って、しばらくの間は、
夜間は作戦飛行を行わない事を決めた。
だが、本日午後3時頃、状況は大きく変わった。
ゼルレイトは、唐突に第5航空軍司令部に呼び出されるや、航空軍司令より夜戦を行うであろう、海兵隊とカレアント陸軍の航空支援を行えないかと言われた。
ゼルレイトは、いきなりの質問に戸惑ったが、その後、すぐに出来ると答えた。
第212夜間戦闘航空団は、主に夜間の航空作戦を行う夜戦専門の部隊であるが、彼らはこれまでに幾度か、雨天時の航空作戦もこなした事があった。
それ以前に、雨天時の航空戦を決行したのは212航空団以外にも記録されている。
しかし、雨天時の航空戦は視界が非常に悪く、かつ、大編隊での航空攻撃は大惨事につながる恐れがあるため、どこの航空軍でもあまり多くはやっていなかった。
ましてや、今回は雪が降りしきる中での航空作戦である。
この悪天候下で作戦を行える部隊は、連合軍部隊には全くと言っていいほど存在しなかった。
だが、212夜間戦闘航空団だけは別であった。
元々、レスタン王国時代の飛竜騎士出身のパイロットが多い212航空団は技量優秀であり、ヴァンパイアの特徴でもある驚異的な暗視力でもって夜間の
戦闘を満足に行える事が出来る。
昨年の8月から今年1月まで、計7回、雨天時の作戦を経験しているが、7回中、5回は任務を達成している。
夜間の航空戦闘の専門家とも言える212航空団に、近接航空支援の要請が来るのは、ある意味当然の事言える。
ゼルレイトは頷き、航空軍司令から命令を受け取った後、自らの航空隊が配属されている基地に急いで電話を繋ぎ、作戦準備に取り掛かった。
この攻撃に参加した部隊は、ゼルレイトの直率する第910夜間戦闘航空群と911夜間戦闘航空群、そして、地上攻撃の専門部隊である
第961夜間爆撃航空群である。
この3個航空群からP-61B32機、A-26B18機が第1次攻撃隊として午後6時10分頃に出撃し、その30分後には、新たにP-61B18機と
A-26B18機が第2次攻撃隊として発進。海兵隊戦車部隊の航空支援を行った。
ゼルレイトの直率する910NFG(夜間戦闘航空群)は、僅か数分の間に、16機全てが、抱えて来た2発の爆弾を投下した。
910NFGに狙われたキリラルブス部隊は、第5親衛石甲師団第509石甲連隊に属している第3大隊であった。
爆弾がキリラルブスの至近で炸裂し、夥しい破片がキリラルブスの石の装甲に突き刺さる。
破片の大部分はその頑丈な装甲に弾かれた物の、一部の破片は、薄い下部の装甲部を突き破り、内部の兵員を殺傷した。
直撃弾を受けたキリラルブスは、爆発と同時に地面にへたり込み、それから永遠に起き上がる事は無かった。
911NFGは、左翼に展開している第1大隊を襲撃し、少なからぬ数のキリラルブスを爆弾で吹き飛ばしたばかりか、機銃掃射を行って1台、また1台と、
行動不能に陥れていく。
敵の石甲連隊の至近に対空部隊が居たのであろう、あちこちから対空砲火が放たれるが、視界の悪い夜間……しかも、降雪下という悪条件にも関わらず、
まるで、晴天の空を飛んでいるかのような動きで、縦横に飛び回る32機のヴラックウィドウは、1機も欠ける事無く飛び続けている。
A-26で編成された961NBG(夜間爆撃航空群)所属の飛行隊は、910NFGと911NFGが攻撃している部隊の後方に展開している、連隊規模の
キリラルブスを見つけるや、血に飢えた野獣の如き勢いで、そのキリラルブス部隊に迫った。
961NBG所属の第644飛行隊指揮官フラキス・ワキア少佐は、眼前に浮かび上がる、整然と並んだキリラルブス群をぎろりと睨みつけた。
「見つけたぞ、侵略者共!」
ワキア少佐は不敵な笑みを浮かべつつ、機首の爆撃手に声をかけた。
「敵との距離は!?」
「現在1000メートル!爆弾投下距離まであと600です!」
ワキアはその知らせを聞いた後、唐突に、機体の右横で高射砲弾が炸裂するのが見えた。
「敵の対空部隊が俺達を見つけたようだな。」
ワキアは呟いたが、その口調は、対空砲火なぞどうでもいいと言っているかのようだ。
彼の乗るインベーダー目掛けて、高射砲弾のみならず、魔道銃までもが撃ち放たれたが、低高度を550キロ以上の猛速で突っ切って行くA-26は、1発も
被弾する事無く、標的との間合いを急速に詰めていく。
「機長!爆弾投下します!」
「よし、やれ!」
ワキアは爆撃手に命じる。その直後、彼の愛機の胴体から、1発の500ポンド爆弾と、1発のナパーム弾が投下された。
爆弾は、第510石甲連隊の第2大隊目掛けて猛速で落下し、ちょうど、待機していたキリラルブス群のど真ん中に着弾した。
爆弾が炸裂し、夜目にも鮮やかな爆炎と共に大量の土砂が噴き上がった。
この爆発で1台のキリラルブスが爆砕されたが、その直後には、ナパーム弾が地面に落下し、500ポンド爆弾爆発とは違った、恐ろしい光景を
キリラルブス隊に見せ付けた。
2発目の爆弾と思しき物が落下するや、紅蓮の炎が勢いよく後方に広がり、着弾地点からやや後方にいた4台のキリラルブスが高熱の炎に包まれた。
ワキア少佐の攻撃に習うかのように、残りのA-26も次々と爆弾を投下して行く。
第510連隊第2大隊は、この爆撃だけで8台のキリラルブスが破壊されるか、損傷したが、961NBGの攻撃はこれだけではなかった。
爆弾投下を終えたA-26は、更に攻撃を続行した。
961NBGの攻撃隊は、500ポンド爆弾とナパーム弾の他にも、主翼に6発の5インチロケット弾を装備していた。
爆弾投下を終えた機体は、反転するや、別の石甲大隊にロケット弾攻撃を仕掛けた。
5インチロケット弾は、その場で停止していたキリラルブス群の中で次々と爆発し、あるロケット弾はキリラルブスの薄い上面装甲部に命中し、
乗員もろとも爆砕した。
別のロケット弾は、1台のキリラルブスの後ろ右脚に直撃した。
脚部に被弾したキリラルブスは、途端にバランスを崩し、地面に擱坐してしまった。
傍若無人に暴れ回るインベーダー隊に対して、シホールアンル側も黙って見ていた訳では無く、既存のキリラルブスを改造し、連装式旋回魔道銃を
積んだ対空キリラルブスが必死に対空砲火を放つ。
第5親衛石甲師団は、元は国の宝とも言われた魔法騎士師団を元に編成された石甲部隊であり、師団の将兵は大多数が魔道士だ。対空キリラルブスの
射手には、視界の悪い夜間でも、自ら修得した暗視系の魔法を発動させて視界を広げ、効果的に対空戦闘を行える筈であった。
だが、敵軽爆撃機の動きは、夜間を飛んでいると思えぬ物であり、しかも、相当実戦慣れしているのだろう、機体を小刻みに動かしながら見事な
機動を行っている。
猛速で飛び回るインベーダーの前に、魔道銃の射手達も効果的な対空射撃を行えないでいた。
悪戦苦闘を続ける事しばらく。遂に、1機のインベーダーが魔道銃の光弾をもろに受けた。
敵機の右主翼に光弾を浴びせ、命中個所から夥しい破片が飛び散ったと思いきや、そこから真っ赤な炎が噴き出した。
「ざまあ見ろ!アメリカ人共!!」
敵機撃墜の戦果を上げた射手は、被弾炎上し、高度を下げていくアメリカ軍機に罵声を浴び得た。
だが、その直後、意外な事が起こった。
なんと、被弾したインベーダーは、もはやこれまでと見たのか、いきなり、対空キリラルブスに機首を向けたのだ。
「!?」
射手は驚愕のあまり目を見開いた。
(くそ、死なば諸共と言う訳か!)
射手はその場から離れる事無く、右主翼から火を噴きながら、急速に向かって来るインベーダーに向けて射撃を続けた。
旋回機銃の射撃ペダルをより強く踏み込み、連装式の魔道銃が勢いよく光弾を吐き出す。
七色の光弾は、インベーダーの胴体や主翼に吸い込まれ、遂には左主翼からも火を噴いたが、インベーダーはいくら光弾を撃ち込まれようが、
スピードを緩めることなく、対空キリラルブスに向かって来た。
「駄目だ!逃げるぞ!」
射手は敵機を落とす事を諦め、装填手や、他の部下達にそう叫んだ。
部下達が真っ先に逃げ出したのを確認した射手は、自らも逃げようと、射手席から腰を上げようとした瞬間、インベーダーからまさかの機銃掃射が放たれて来た。
機銃の曳光弾が自らの腹に突き刺さり、体は射手席に縫いつけられた。
「げぶっ!?」
射手は、12.7ミリ弾の直撃によって致命傷を受け、口から大量の血を吐き出した。
インベーダーの機首がぐんっと迫って来た。
もはや、距離は限り無く縮まっており、射手は、敵機の操縦手の顔を見る事が出来た。
インベーダーが追突する瞬前、射手は再び、驚愕の表情を浮かべた。
(あ……あの目は……レスタン人!?)
射手が心中でそう叫んだ時、対空キリラルブスは被弾したインベーダーの体当たりを受け、インベーダー共々、爆発炎上した。
アメリカ軍機の空襲は、僅か10分ほどで終わったが、第5親衛石甲師団が被った被害は甚大であった。
「第1中隊、稼働キリラルブスが9台に低下した模様!第2中隊は中隊長が戦死し、稼働キリラルブスは12台。第3中隊は被害が少なく、
稼働キリラルブスは14台のようです。」
「たった1回の空襲で13台もやられるとは……」
被害報告を聞いたウィーニは、通信手の報告を聞いた後、米軍機の空襲の威力に半ば驚いていた。
「第1大隊も被害が大きい様です。なんでも、10台以上がやられたとか……でも、うちらの連隊はまだマシなようで、後方の510連隊は、
インベーダーの爆撃で1個石甲大隊が壊滅状態に陥ったとの情報も入っています。」
「本当かよ……これから、アメリカ軍戦車との戦闘に入ろうとしていると言う時に!」
射手のフィルス・バンダル伍長が悔しげに言った。
「あ…台長!中隊長から通信です!各隊、戦闘を開始せよ!」
「………了解。」
ウィーニは、複雑な表情を浮かべつつも、命令通りに動く事にした。
第509連隊の鶴翼隊形は何とか保たれており、指揮下の3個大隊は命令通り、米軍戦車部の包囲を試みる形で突進を開始した。
ウィーニも属している第1中隊は、戦力が半分近く減ったにも関わらず、全速力で突進して行く。
後方の砲兵連隊から照明弾が打ち上げられ、それが敵戦車部隊の上空で炸裂する。
赤紫色の光が再び地面を照らし出し、そこにあった敵戦車部隊の姿を闇夜の淵から浮かび上がらせる。
「敵戦車はシャーマン戦車!」
台長席の上にある監視窓から敵戦車の姿を確認したウィーニは、内部の部下達に敵の正体を伝える。
照明弾に照らし出された敵戦車部隊は、履帯をきしませながら、楔形隊形のままキリラルブス群との距離を詰めつつある。
敵部隊の側面を衝こうとしていた第1中隊は、シャーマン戦車の左斜め前方、または正面から向かい合う形となっていた。
唐突に、第1中隊指揮台が停止した。
「停止する!」
ウィーニは、先程とは打って変わった明瞭な声音で叫びながら、キリラルブスを停止しさせた。
キリラルブスは、やや前屈みになる形で停止した後、姿勢を水平に戻す。
「目標、11時方向のシャーマン戦車、距離500グレル!(1000メートル)」
バンダルは、ウィーニの声を聞きながら、目標と思しきシャーマン戦車に狙いを付ける。
キリラルブスの砲身は、左右の旋回角度が14度、仰角は21度、俯角はマイナス7度まで下げる事が出来る。
バンダルは、目標の戦車が砲塔を向けながら急停止するのを見逃さなかった。
「射撃用意よし!」
「撃て!」
ウィーニの一声が聞いた瞬間、バンダルは照準器の向こう側に居るシャーマン戦車目掛けて砲弾を放った。
50口径2.8ネルリ砲(73ミリ)は、650グレル(1300メートル)の距離からでも、シャーマン戦車の正面装甲部を撃ち抜ける。
バンダルの放った2.8ネルリ弾は、シャーマン戦車の左側面に命中した。
シャーマン戦車の車体に火花が散り、うっすらと煙が上がる。
シャーマン戦車に現れた変化は、最初はそれだけであったが、バンダルは、その時点で勝利を確信していた。
バンダルの放った砲弾を受けたシャーマン戦車は、一見、大した傷を負っていないように思われたが、敵戦車は、第1中隊に砲身を向けたまま、全く動かなくなった。
「
最初の射撃で敵戦車1台撃破とは、やるね。」
後ろからウィーニが声をかけて来た。それに、バンダルは照準器を見据えたまま礼を言った。
「へへ、訓練通りにやれば、誰でも出来ますよ。でも、お褒めの言葉、喜んで頂戴します。」
バンダルの放った砲弾は、シャーマン戦車に命中した後、車内で炸裂せず、内部で跳ねまわった。
不幸中の幸いと言うべきか、はたまた、悪魔の仕業と言うべきか。
砲弾が炸裂しなかったため、内部に詰められていた76ミリ砲弾の誘爆を起こさなかったが、その代わり、5名の戦車兵は跳ね回った砲弾によって、体が原形を
留めぬまでに破壊され、車内には乗員達の真っ赤な血と肉片でグロテスクに彩られていた。
「目標変更!12時方向の敵戦車!」
バンダルはウィーニの言われるがままに、次の目標に砲身を向ける。
彼は、停止し、砲塔を向けているシャーマン戦車に照準を合わせた。
「装填よし!」
後ろから声が狩る。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
ウィーニの命令がかかった瞬間、バンダルは砲弾を発射させる。
今度の射撃は、シャーマン戦車を捉えるには至らず、敵戦車のやや正面に着弾した。
「外したか!」
バンダルは小さく叫びながら、照準を修正する。その時、シャーマン戦車も砲を撃って来た。
敵戦車はウィーニらのキリラルブスを狙ったのであろう、砲弾が彼らの乗るキリラルブスのすぐ目の前に着弾し、破片が頑丈な石の体を叩いた。
「バンダル……落ち着いて狙って。そうすれば当たるよ。」
ウィーニから冷静な声音でアドバイスが送られて来る。バンダルは、照準器を覗き込みながら了解と呟き、照準を修正した。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
バンダルは2.8ネルリ砲弾を撃ち放つ。今度は、見事に砲弾が命中し、シャーマン戦車は車体後部から爆炎を噴き上げていた。
「やった!命中したぞ!」
バンダルは喜びの余り、右の拳を打ち振るった。
「!」
その時、ウィーニは、敵戦車部隊が再び前進した事を自らの目で確認した。
「敵戦車、前進再開!」
ウィーニがそう叫んだ時、唐突に、後方から監視窓に、淡い赤色の光が差し込んで来る。
直後、強烈な爆発音が鳴り響いた。
「第2小隊長台被弾した模様!」
通信手が吐き出したその言葉に、ウィーニは無反応のまま、次の指示を待った。
「台長!中隊長から命令!敵部隊へ突進し、距離を詰めよ!」
「了解!」
ウィーニは命令を受け取ると、すぐに魔術回路を通して、自ら操るキリラルブスに前進せよと命令を送った。
ウィーニのキリラルブスが移動を開始する前に、中隊長の直率する小隊が我先にとばかりに前進を開始し、全速力でシャーマン戦車群に向かって行く。
一足遅れて、ウィーニが操るキリラルブスも前進を開始した。
アメリカ軍戦車部隊は、依然として楔形隊形を維持したまま前進を続けている。
シャーマン戦車は、目に見えるだけでも、6台程が擱坐し、うち4台は激しく燃えていた。
第1中隊は先の空襲と、先程の交戦で半数近い戦力を失った物の、敵戦車を6台破壊したのだ。
そのうち2両はウィーニが指揮するキリラルブスの戦果だ。先の空襲の報復としてはまずまずの戦果と言える。
第1中隊が前進を再開する中、第2中隊、第3中隊再び前進を開始し、次第に距離を詰めていく。
シャーマン戦車との距離が300グレルに達した所で、第1中隊は急停止した。
「目標、1時のキリラルブス!」
彼女は次の目標をバンダルに示した。
バンダルは、すぐさま目標を見つけ、照準を合わせる。
「照準よし!射撃準備よし!」
「撃て!」
そのやり取りをへて、キリラルブスの50口径2.8ネルリ砲が轟然と火を噴いた。
砲弾は、敵戦車のキャタピラに命中し、爆炎と共に夥しい破片が舞い上がった。
「よし、命中!」
「バンダル!敵戦車はまだ生きている、砲をこっちに向けようとしているわ!とどめを刺せ!」
ウィーニはすぐさま、追い討ちをかけるように命じる。
「装填よし!」
装填手がバンダルに知らせる。
「射撃準備よし!」
「発射!」
ウィーニは気合を入れるかのように命じた。バンダルが再び砲弾を放つ。
砲弾は、シャーマン戦車の砲塔基部に命中した。
その直後、砲弾が敵戦車内部の砲弾を誘爆させたのか、シャーマン戦車の砲塔が爆発と共に、宙に吹き飛んだ。
第1中隊は新たに4両のシャーマン戦車を擱坐させた。
長砲身砲の威力は絶大であり、側面はおろか、正面装甲ですら難無く貫き、行動不能に陥れていく様子は、第1中隊の将兵達に絶対の自信を与えつつあった。
第1中隊と同じように、第2中隊と第3中隊もシャーマン戦車相手に戦いを挑み、犠牲を出しながらも、着々と戦果を重ねつつある。
第509連隊第3大隊は、敵戦車部隊に対して互角以上の戦いを繰り広げ、第1大隊もまた、敵の戦車部隊に損害を与え続けていたが、全く空襲を受けず、
戦力を温存して居たままの、中央の第2大隊は、シャーマン戦車に対して苦戦を強いられていた。
だが、交戦開始から20分が経過した頃には、敵戦車部隊の前進は完全に抑えられ、第509連隊は逆に、敵戦車部隊を押し始めていた。
「む……敵戦車が後退し始めている!」
それは、ウィーニ達のキリラルブスが、都合4台目のキリラルブスを撃破した時……第509連隊全体で、35両目となる戦果を上げた時に起こった異変だった。
第509連隊は、この時点で22台のキリラルブスを失っていたが、シャーマン戦車の大群は、第509連隊の猛攻によって楔形陣形を完全に崩されていた。
「流石のアメリカ軍も、こんなに押されていたら敵わないと思い始めたか。」
ウィーニは、いつものように、感情のこもらない口調でそう呟いた。
「台長!中隊長より命令です!これより、敵部隊を追撃する!」
「……追撃……ねぇ。中隊はもう、半分も残っていないのに、大丈夫なのかぁ。」
ウィーニは言いながら、中隊の戦力は5台に減った事を思い出した。交戦前、9台はいた第1中隊は、今ではたったの5台に減っていた。
第1中隊は、敵に最も近い位置にいる為、敵に攻撃を集中され、損耗率は連隊の中でも最も高い物となっていた。
しかし、第1中隊長は(元は、ウィーニと同じ闇の代行人である。)敵が後退して行く事に上気したのか、追撃を命じて来たのである。
「通信手、あたしが直接話しかけてみる。」
ウィーニは通信手にそう言ってから、通信魔法を起動して第1中隊長を呼び出した。
「中隊長、聞こえますか?」
「……エペライド軍曹か。どうした?」
「中隊長、追撃の件ですが、もう少しお待ちになってはどうですか?」
「待つだと?いや、それは出来んよ!」
中隊長は、ウィーニの提案を一蹴した。
「エペライド軍曹。“現代戦”は迅速に動き、敵を出来る限り叩く事が最も良いやり方だ。今の内に敵を徹底的に追い詰め、大出血を強要すべきだ!」
「しかし、アメリカ軍はシャーマン戦車よりも強力なパーシングという、新鋭戦車を多数保有しています。追撃中にパーシングと出会ったら、中隊は
全滅する恐れが……」
「軍曹!第3大隊長も追撃を許可している、大丈夫だ!」
第1中隊長はそう返した後、すぐにウィーニとの会話を打ち切った。
敵のシャーマン戦車は、砲塔を後ろに向けながら急速に後退して行く。
第1中隊長の直率する小隊は、それを逃がさぬとばかりに急発進し、猛然と追い掛けていく。
ウィーニは首を後ろに振った。
監視窓には、後方から味方のキリラルブス多数が前進している様子が見える。
第3大隊は全力で、敵の追撃にかかったようだ。
「クッ……仕方ない。前進する!」
ウィーニは諦めたかのように言ってから、キリラルブスを前進させる。ウィーニの後に付いて来た第3小隊の唯一の生き残りである、1台のキリラルブスも
その後に続いた。
だが、その前進も、ほんの僅かしかできなかった。
前進し始めてから10秒後、前方でアメリカ軍の物と思しき青白い照明弾が煌めいた。
「……!」
ウィーニは、監視窓から差し込んで来るその光に一瞬だけ、目を眩まされたが、すぐに視力が戻った。
「え……あれは……まさか」
その時、ウィーニは、後退して行くシャーマン戦車と代わるように、戦場に姿を現した敵の増援と思しき新手を、直に確認する事が出来た。
敵戦車の姿は見え辛いが、その形だけはわかる。
この時点で、彼女が長年培ってきた、暗殺者としての警戒反応が、頭の中でこれ以上無い程になり響いていた。
外観は、シャーマン戦車がやや丈高い不格好な形に対して、新たな敵戦車は、シャーマン戦車と同じく、丈高い物の、全体的にかなりバランスが取れていた。
それに加えて、シャーマン戦車よりも大きな砲塔には、これまた、シャーマン戦車よりも長い砲身が付いていた。
距離は、目測で700グレル程であろうか。射程内ではあるが、視界の悪い夜間だ。必中を狙うには、最悪でも500グレルまでは近付きたい所だ。
だが、先を行く第1中隊長のキリラルブスは、すぐに停止したかと思うと、いきなり砲を打ち放った。
第1中隊長のキリラルブスに習うかのように、残り2台のキリラルブスも砲を放った。
やや間を置いて、敵戦車の至近に1発の砲弾が着弾した。
どういう訳か、地面に着弾した砲弾は、その1発だけであった。
「……通信手!中隊長に、すぐに逃げろと言って!」
「…え?台長、それはどういう事です?」
通信手は、怪訝な表情を浮かべながらウィーニに問う。だが、ウィーニは、その問いには答えなかった。
「いいから早く!」
いつもは無表情かつ、声に感情が無い彼女が珍しく、声を荒げて無線手を促した。
その気迫に押された通信手は、慌てて中隊長に、一時後退するように提案した。
しかし、それは無駄であった。
敵戦車は、第1中隊長のキリラルブスと、それに率いられる2台のキリラルブスを発見するや、10両前後が一斉に停止し、砲を向けて射撃を行った。
それは、あっという間の出来事であった。
3台のキリラルブスの周囲に次々と爆発が起こり、キリラルブスが隠れて見えなくなる。
その中に、砲弾の誘爆と思しき火柱が2つ上がった。
周囲の煙が薄くなると、砲撃を受けた3台のキリラルブスが見えた。
「ああ……中隊長が……!」
ウィーニは、目の前の現実が半ば信じられなかった。
3台中、2台のキリラルブスは原形を留めぬまでに爆砕され、周囲にはそれぞれ、4本の脚がひび割れ、または大きく欠けた状態で残っているだけであった。
残った1台は脚部を薙ぎ払われただけで済んだようだが、それも地面に擱坐している。
ウィーニが今、相対している敵戦車こそ、アメリカ軍が送り込んだ最新鋭戦車、M26パーシングであった。
「一旦後退する!後ろの味方と合流するよ!」
ウィーニは素早く決断すると、キリラルブスの向きを変え、その場から後退していった。
第3海兵戦車連隊は、後退して来た第1海兵師団所属の第1戦車大隊と、第2海兵師団所属の第2戦車大隊と入れ替わるように、戦場に突入して来た。
「連隊長!第31大隊が敵のキリラルブスと交戦を開始!既に3台を破壊した模様です!」
「了解!敵さんに、パーシングの威力を見せ付けてやるぞ!」
パイパーは、無線手のベネット軍曹にそう答えた。
彼の指揮戦車は、第33大隊第1中隊と共に前進を続けている。
第3海兵戦車連隊は、いつも通りのパンツァーカイル陣形を形成したまま、敵の石甲部隊と激突しようとしていた。
「連隊長!2時方向よりキリラルブス多数!先行する第1大隊を側面から襲おうとしています。」
「そうはさせるか!第33大隊!先行部隊を狙う敵を叩け!第1大隊、第2大隊、側面から敵が接近しつつある、停止しろ!」
パイパーはすかさず、第33大隊長に指示を飛ばした。
「こちらホワイトキューベン、了解!」
第3大隊指揮官から返事が来た後、第3大隊指揮下の3個戦車中隊は、順繰りに停止していく。
パイパーの言葉を聞いた他の戦車大隊の指揮官も、すぐに部下の戦車中隊に命令を送り、第3海兵戦車連隊に属する全てのパーシング戦車が、
隊形を維持したまま草原のど真ん中に立ち止まった。
「砲手!2時方向のキリラルブスを狙うぞ!」
「了解です!」
砲手が張りのある声音で返しながら、照準を合わせていく。
目標のキリラルブスは、依然として前進しているため、砲手はキリラルブスのやや手前を狙う。
上空にはひっきりなしに照明弾が上がっているため、容易に照準を合わせる事が出来た。
「照準よし!」
「撃て!」
パイパーの号令と同時に、砲手は砲弾を撃ち放った。
76ミリ砲の射撃よりも凄まじい衝撃が車内に伝わり、砲口のマズルブレーキからオレンジ色の発砲炎が噴き出す。
砲弾は、惜しくも目標の後ろ側に外れてしまった。
「外れたぞ!もう少し前を狙え!」
「了解です!」
パイパーと砲手が短いやり取りをしている間、装填手は、熱した薬莢を吐きだした備砲に、抱えていた90ミリ砲弾を手早く突っ込む。
90ミリ砲弾は、76ミリ砲弾よりも形も大きく、重量も増えているのだが、訓練で鍛えられた装填手は何の苦も感じる事無く、スムーズな
動きで砲弾の装填を終えた。
「装填よし!」
「照準よし!」
「撃て!」
パイパーの指揮戦車が再び咆哮する。今度の射弾は、見事、キリラルブスの横っ腹に命中した。
90ミリ砲弾を受けたキリラルブスは、搭載弾薬の誘爆を起こしたのか、大爆発を起こしながら、胴体が真っ二つに割れた。
「まずは1台……」
パイパーは小声で呟きながら、次の獲物を探す。
彼と行動を共にしていた第33大隊の各中隊も、次々と備砲を放つ。
第33大隊は、高速で移動中のキリラルブスを砲撃しているため、大多数の戦車がなかなか命中弾を得られなかったが、それでも1台、
また1台とキリラルブスを仕留めていく。
キリラルブスは、第33大隊に横合いから攻撃を仕掛けられても見向きすらせず、ひたすら先行する第31大隊に向かって行く。
先頭のキリラルブスが、第31大隊まであと800メートル程まで近付いた時、急に停止するや、残りのキリラルブスも次々と停止し、備砲を放った。
第31大隊の戦車も、横合いからキリラルブスの攻撃を受けた事に気付き、何台かが備砲を向けて応戦する。
「こちら第1中隊長車、シホット共の砲弾でキャタピラが切られた!」
「中隊長車を掩護しろ!モタモタするな!」
「畜生!敵弾を受けたせいで砲塔が回らん!!」
「目標、3時方向のキリラルブス!撃て!」
「ファック!こっちが固いもんだから、意地になって撃ちまくってやがるぞ!」
第31大隊の各戦車から、叱咤と罵声、被害報告が次々と入って来る。
だが、戦闘は第31大隊に有利な形で進みつつあった。
キリラルブスは、第31大隊の右側面から仕掛け、距離800メートルほどからパーシング目掛けて砲弾を放つ。
あるパーシングは、履帯部分に砲弾を受け、たちまち行動不能となる。別の戦車は砲塔基部に砲弾を食らい、砲が旋回不能に陥って実質的に
戦闘不能となった。
キリラルブス群の砲撃は驚くほど正確であり、外れ弾を意味する地表の爆発はあまり起こらなかった。
だが、それは皮肉にも、パーシングの頑丈さを、より誇示にする結果にもなった。
キリラルブスの砲弾は、確かにパーシングの砲塔部分や車体を捉えている。
これがシャーマン戦車なら確実に撃破しているのだが、パーシングはその分厚い装甲によって、殆どの砲弾を弾き飛ばすか、あるいは爆発させても、
砲弾の爆発エネルギーは表面部分だけに留まり、車体内部には全くと言っていいほど被害を与えていなかった。
パイパーは知らなかったが、第31大隊を襲ったキリラルブスは、第509連隊第1大隊であった。第1大隊は29台のキリラルブスを有しており、
それらは、迎撃のため、砲身を向けて来た13両のパーシングを真っ先に狙った。
キリラルブスの射手は、元々は特務戦技兵や、魔法騎士団の中で技量優秀の兵ばかりを集めただけあって、射撃のセンスは抜群であった。
彼らは、自らの射撃の腕を披露するかのように、敵の自慢である主砲塔を狙い撃ちにした。
腕の良い兵士は、それを戦場で充分に活かし、敵を薙ぎ倒して行く。
しかし、それは時として、過ちを生む事もある。彼らの過ちは、その時に起きていた。
砲塔を狙った2.8ネルリ弾は、全てが114ミリの分厚い装甲を突き破れなかった。
一部の射手は、主砲塔ではなく、履帯部分や車体に狙いを付けて砲撃を行い、それが、最初の射撃で2両のパーシングを行動、または戦闘不能にするという
戦果に繋がった。
この時、第1大隊のキリラルブス乗り達は、大きく動揺した。
なにしろ、必殺の一撃があっさりと弾かれてしまったのである。
「何をしている!次だ!早く次の弾を撃て!」
あるキリラルブスの台長(キリラルブス乗りには車長と呼ぶ者も居る)は早口で射手を促し、装填手が砲弾を込めたのを確認してから、再び砲撃を放つ。
だが、今度の射弾も、敵戦車の分厚い装甲によって弾かれる。
その時、敵戦車が第1射を放って来た。
90ミリ砲弾は、キリラルブスのやや傾斜した正面装甲をあっさりと突き破り、内部で炸裂する。
4名の搭乗員はたちどころに爆砕され、更に搭載弾薬が誘爆を起こし、キリラルブス自体もまた派手に吹き飛んだ。
この一撃で3台のキリラルブスが撃破され、4つ脚のゴーレムはその場に躯を晒した。
「くそ!ならば……車体部分はどうだ!?」
仲間のキリラルブスが撃破される光景を目の当たりにした各台長は、砲塔部分ではなく、車体部分を狙えと命じた。
生き残ったキリラルブスのうち、まず10台がパーシングの車体側面、または履帯部分を狙って砲撃する。
新たに、1両のパーシングが敵弾によってキャタピラを切断され、行動不能に陥る。それに加えて、6両が被弾する。
だが、それでも、パーシングを撃破する事は出来なかった。
お返しとばかりに、パーシングが主砲を放つ。新たに5台のキリラルブスが爆砕されるか、脚部を吹き飛ばされて擱坐した。
第1大隊のキリラルブスと、第31大隊のパーシングは更に砲火を交えるのだが、第1大隊の攻撃は敵に利かず、逆に、パーシングが砲を放つたびに、
キリラルブスは次々と撃破されていく。
「ええい!距離を詰めろ!至近距離から砲弾をぶち込むんだ!」
業を煮やした第1大隊長は部下達にそう命じるや、自ら先頭に立って、猛速で突進した。
第1大隊は、第31戦車大隊のみならず、パイパーの直率する第33戦車大隊からも砲撃を受けていたため、29台あったキリラルブスは、
僅か12台に減っていたが、大隊長はその事を気にせず、第31大隊めがけて突進した。
第31大隊の戦車も、10台が向きを変え、シホールアンル側の挑戦を受けて立った。
正面に向き終わったパーシングが、突進してくるキリラルブスに砲を放つ。
10両のパーシングは、最初の射撃を全て外す。
しかし、第2射目で1台のキリラルブスを撃破した。
続く第3射目で新たに2台撃破したが、敵キリラルブスは退く様子を見せず、僅か100メートルほどの所まで接近してから停止し、パーシングの
大きな正面目掛けて次々と備砲を放った。
大隊長車の放った砲弾は、パーシングの正面装甲部に命中し、派手に爆炎を上げた。
「やった!爆発したぞ!こんな近距離から砲弾を食らえば、あの太っちょ野郎も流石にくたばるだろう!!」
大隊長はがははと笑いながら、敵戦車の撃破を確信した。
だが、その直後……彼は信じられない光景を目の当たりにする。
敵戦車を覆っていた黒煙はすぐに晴れ、眼前には、先と全く変わらぬ威容を見せるパーシングが居た。
「……!」
大隊長の笑みが凍りついた時、パーシングの砲口から発砲炎が噴き出す。その直後、激しい衝撃が伝わり、大隊長は意識がぷっつりと途切れた。
ウィーニは、後続の第2中隊と第3中隊に合流した後、再びパーシング戦車目掛けて突進、停止を繰り返しながら砲火を交えていたが、彼女の目から見ても、
キリラルブス隊の苦戦は明らかであった。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
何度繰り返したか分からぬ流れを経て、彼女のキリラルブスは、100グレル向こうに居るパーシングに向けて、2.8ネルリ砲弾を放つ。
だが、その射弾も、パーシング戦車の分厚い装甲の前に弾き飛ばされた。
「クッ…!」
彼女は悔しさに顔を滲ませながら、咄嗟にキリラルブスを移動させる。
今の位置から右斜め方向に前進したキリラルブスは、その直後に敵の砲撃を受けたが、発射後、すぐに移動した事が幸いして敵弾を受ける事は無かった。
ふと、彼女のキリラルブスの前を、2台のキリラルブスが全速力で駆けて行くのが見えた。
彼女はしばしの間、その2台のキリラルブスの動きを見つめる。
「……あの動きなら、敵戦車に近付けるかも。」
不意にそう呟いた彼女は、その2台のキリラルブスの後を追う事に決めた。
「……?台長、一体何を?」
通信手が聞いて来たが、ウィーニはそれを無視して、ジクザグに動きながら、パーシングに迫っていく2台のキリラルブスに続いた。
彼女は、キリラルブスの動きをこまめに変えながら前進させていく。
パーシング戦車の砲弾が至近で着弾する。爆発の衝撃が彼女のキリラルブスを揺さぶるが、損傷は受けずに済んだ。
「……なるほど、後ろに回り込もうってわけね。」
ウィーニは面白げに呟いた。
目の前を行く2台のキリラルブスは、1両のパーシングの後ろに回り込もうとしていた。
敵は依然として楔形隊形を維持しているが、敵戦車は他の味方の応戦に忙殺されているのと、射線上に味方戦車が重なるためか、あまり撃ち返して来ない。
応戦しているのは、2台のキリラルブスに狙われた1両のパーシング戦車だけだ。
先頭の1台が、遂にパーシングの背後に回り込む。2台目も背後に回り込むか、と思われたが、その瞬間、別のパーシングの砲弾を食らい、爆砕された。
だが、その犠牲は無駄ではなかった。
1台目のキリラルブスは敵戦車の背後に回り、急停止した。
即座に体を向けた後、僅か10グレル程の距離から砲を発射した。
この時、初めてパーシングが損害らしい損害を受けた。後ろから至近距離で高初速の砲弾を受けた敵戦車は、後部付近から紅蓮の炎を噴き出した。
「やった!味方がパーシングを撃破したぞ!」
その様子をじっと見つめていた射手のバンダルは、飛び上がらんばかりに喜んだ。
ウィーニはその声を聞きながら、先のキリラルブスが撃破したパーシングとは別のパーシングに向けて、自ら操るキリラルブスを接近させていく。
彼女は的確に操作を続け、遂に、目標のパーシングの後ろに回り込む事が出来た。
ウィーニはキリラルブスを旋回させ、砲をパーシングの後部に向けた。
「照準よし!射撃よし!」
「発射!!」
彼女は裂帛の勢いで命令を発した。
キリラルブスの砲が火を噴き、10グレルも離れていない位置にいるパーシングの後部付近に砲弾が命中した。
その直後、敵戦車は先程撃破されたパーシングよりも、派手な爆発を起こした。
撃破を確信したウィーニは、すぐにキリラルブスを操作し、現場から立ち去ろうとする。
ウィーニは頭の中でキリラルブスをジクザグに操作する。
後方から敵の砲弾が迫り、すぐ後ろや、側面で爆発が起こる。
至近弾が炸裂する度に、ウィーニの乗るキリラルブスは激しく揺さぶられ、時折、砲弾穴に足を取られ掛けるが、ウィーニは懸命に操作を続け、
味方を殺された米軍戦車の報復を避け続ける。
敵戦車部隊との距離は急速に開きつつあったが、ウィーニは初めて、計り知れない恐怖感を感じていた。
(なんて事……これが、アメリカ軍との戦い……いや、“本物の戦場”という奴か……!)
彼女は、胸の内で独白しながら、必死にキリラルブスを操り続けた。
敵部隊から1000グレルほど離れた時、通信手から2つの報せが伝えられた。
「台長!第1大隊長が戦死した模様です!それから、後方の第510連隊が前線に到達、敵戦車部隊と交戦を開始した模様です!」
午前0時30分 レスタン領ロイクマ
戦闘が終結してから30分が経ち、パイパーはようやく、車長席のハッチを開け、上半身を外界に晒す事が出来た。
「……こりゃまた……凄い光景だ。」
パイパーは、ため息を吐きながらそう呟く。雪が降っているため、彼の口からは濃い白い息が吐き出された。
先程まで、彼の戦車は敵の大部隊と戦闘を繰り広げていた。
パイパーの指揮戦車と、生き残りの戦車の前方には、多数の火災炎が立ち上っていた。
30メートルほど前方には、90ミリ砲弾を食らって真っ二つになったキリラルブスが、濛々たる黒煙を上げながら炎上している。
そのすぐ後ろには、不運にも撃破され、煙を噴き上げるパーシングがある。
戦車の側では、脱出した乗員が衛生兵の手当てを受けていた。
目を別の方向に向ける。
そこには、多数の破壊された輸送用の物と思しきキリラルブスと、無数とも思える歩兵の死体が見える。
戦死者の死体の中には、海兵隊員と思しき者も多く見受けられ、その多くは、構築された塹壕の周囲に散乱していた。
「む……あれは……」
この時、パイパーは、後方から走り寄って来るM3ハーフトラックに気付いた。
ハーフトラックはパイパーの指揮戦車の右側に停止した。
荷台の上から、誰かがパイパーに向かって手を振って来た。
「おいパイパー!生きていたか!」
「スチュアート大佐。」
パイパーはそう返事してから、指揮戦車から降りる。
彼は、ハーフトラックから降りて来たスチュアート大佐と固い握手をかわした。
「何度か危ない目に遭いましたが、なんとか……」
「損害の方はどうかね?」
「なかなか酷いです。交戦開始前は、105台はあった稼働戦車が、今じゃ79台に減っています。定数の半分程度ですよ。」
「……君にばかり無理を押し付けた形になってしまったな。」
スチュアート大佐は申し訳なさそうに言った。
「いえ……損傷戦車の半数は、修理すれば戻ります。それよりも、大佐の連隊も相当な被害を受けているようですが……」
「ああ、たっぷりさ。お陰で、2個中隊相当の兵力が、連隊の編成から消えたよ。」
スチュアート大佐は顔を曇らせながら、周囲を見渡した。
「第1海兵師団と第2海兵師団の損害はまだ分からんが……あちらさんも今日1日で結構な損害を受けている。特に、師団直属の戦車大隊は
半壊状態のようだな。」
「シャーマンじゃ仕方ありません。それに、敵のキリラルブスは高確率で砲弾を当てて来ました。75ミリ砲弾に匹敵する砲弾を受けては、
シャーマンジャンボでもない限り、大損害を受けるのも仕方ありません。やはり、我々が先行すれば良かったですかね。」
パイパーはスチュアート大佐に言いながら、自らが下した判断に後悔の念を抱いていた。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、スチュアート大佐の第3海兵連隊と共に、午後1時30分から再び前進を開始し、午後5時までには
敵の主要防御線があるロイクマまで、あと3キロにまで迫った。
パイパーはここで、師団司令部より前進停止命令を受けた。
彼はこの命令を無視しようかと考えたが、師団司令部より送られた敵信情報が彼を躊躇させた。
師団司令部は、敵が本格的な装甲部隊を防御線に配備している様子を事細かに伝えており、敵部隊は、約200台以上のキリラルブスを伴う事がわかった。
パイパーは、このまま前進するかどうか決めかねていたが、師団司令部から送られて来た更なる命令電を受信した事から、彼はそのまま、停止命令に従う事にした。
第3海兵師団司令部は、パイパーに第1海兵師団と第2海兵師団に属している2個戦車大隊と共に前線を突破せよと伝えていた。
パイパーの戦車連隊は、この時までに105台に減っており、総戦力で2倍以上の差を誇る敵装甲部隊と戦うには荷が重過ぎた。
彼は、第1、第2海兵師団の戦車大隊が到達するまで、一時前進をストップし、増援の2個戦車大隊が来るまで待機に入った。
午後5時30分には、第1戦車大隊と第2戦車大隊の80両のシャーマン戦車が到着し、いよいよ前進再開の時が近づいて来た。
そこで、パイパーは第1、第2戦車大隊の指揮官達と話し合い、防御力、攻撃力共に優れている第3海兵戦車連隊が先行し、第1、第2戦車大隊はその後ろから
続行して来てはどうかと提案した。
だが、第1、第2戦車大隊の指揮官は、この提案に難色を示し、機動力の劣る重戦車部隊が敵に包囲されれば分断され、各個撃破の憂き目に遭うと発言し、
機動力の勝る第1、第2戦車大隊に先鋒を務めさせ手はどうか、と、逆に提案された。
パイパーはこの提案を一蹴しようかと考えたが、重戦車であるパーシングは、不整地では確かに遅く、目一杯スピードを上げても30キロ台が限度である。
それに対して、第1、第2戦車大隊のシャーマン戦車は、なりこそパーシングよりも世代が古いが、型式はM4シリーズでは最新型のA3E8
(後にイージーエイトと呼ばれる)であり、機動力もこれまでのM4シリーズと比べ、格段に向上していた。
また、この時には、第5艦隊司令部から陸軍航空隊に要請した、夜間の近接航空支援が実施されるという報せも入っており、第1、第2戦車大隊の指揮官は、
空襲で戦力が減少した敵石甲部隊なら、M4シャーマンでも戦える筈だ、と、強く主張していた。
パイパーはやむなく、第1、第2戦車大隊指揮官の案を受け入れ、第3海兵戦車連隊は後方で掩護する形となった。
だが、戦闘は第1、第2戦車大隊指揮官が予想していた物とは異なり、先行のシャーマン戦車群は、手錬のキリラルブス群の猛攻の前に、終始押されていた。
第1、第2戦車大隊、反撃で20台以上のキリラルブスを撃破したが、逆に37台の戦車を撃破され、第1戦車大隊長は戦車上戦死するという事態にまで至った。
パイパーは、第1、第2戦車大隊が形勢不利と見るや、すぐさま第3海兵戦車連隊を前線に押し出す一方、第1、第2戦車大隊の生き残りに一度退くように命じ、
戦況の挽回をはかった。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、敵のキリラルブス相手に獅子奮迅の働きを見せたが、敵も新手のキリラルブスを投入してパイパー戦隊の前進を阻もうとした。
また、敵は後方の石甲機動砲兵連隊から支援砲撃を行い、前進中の戦車部隊を苦しめた。
敵の砲兵隊は、後からついて来た砲兵隊によって制圧されたが、その後も戦闘は激しさを増し、最終的には、双方とも機械化歩兵、または石甲化歩兵を投入しての
激しい攻防戦が展開された。
午後0時。第3海兵戦車連隊は、第1、第2戦車大隊の生き残りと共にキリラルブスの反撃を退け、敵が構築した塹壕線の突破に成功。
続行し、あとから戦闘に加わった第3海兵連隊も、第21海兵連隊と共同で敵の石甲化歩兵部隊を撃退し、敗走させた。
この時点で、第3海兵師団は敵の主要防御線……第3予備陣地の後方5キロ地点にまで進出を終えていた。
午後0時10分頃になると、カレアント軍第1機械化騎兵師団も前線の突破に成功し、北部戦線で迎撃に当たっていた敵部隊も、第3海兵師団が後方に回り込む事を
恐れ、軍団単位で後退を始めた。
第3海兵師団の損害は無視できぬ物があったが、彼らが得た成果は大きかった。
だが、パイパーは、心中では第1、第2戦車大隊を先行させた事を悔いていた。
もし、第3戦車連隊が先行していれば、第1、第2戦車大隊は戦力の半分近くも失う事にはならず、第1戦車大隊の指揮官も戦死する事は、無かったのではないか……
「パイパー。君の気持も分からんではない。だが、過ぎた事を悔いても仕方がない。それに、君達が先行していたら、大損害を被っていたのは君らかも知れん。ここは戦場だ。
味方に犠牲が出る事は覚悟しなければならない。」
「は……確かに。」
「戦友たちの死は悲しい物だが……それと引き換えに、我々は敵を敗走させる事が出来た。パイパー、私達は、彼らの死を無駄にする事無く、務めを果たす事が
出来たんだ。そう気を落とす事もあるまい。」
「……そうですな。」
パイパーはスチュアート大佐の言葉に納得し、深く頷いた。
午前1時 レスタン領フルクヴォ
ウィーニは、ロイクマから東3ゼルドの場所にある臨時の終結地点に到達した後、他の隊の生き残りと共に30分程待機していた。
「……集まったのは、たったのこれだけ?」
ウィーニは、自分の目に映った光景が信じられなかった。
出撃前、144台はあった第509石甲連隊のキリラルブスは、今では68台しかなかった。
その68台のキリラルブスも、体のあちこちが爆炎で煤け、破片で細々とした傷が付いている。
それは、共に脱出して来た第510連隊も同じであった。
「台長、510連隊の生き残りは、3個大隊合わせて70台しか無い様です。」
「70台……第5親衛石甲師団の主力である2個石甲連隊が……たった数時間で壊滅って……」
ウィーニは、脳裏に、あの悪魔的な性能を持つ戦車の姿を思い浮かべる。
パーシングと呼ばれるその戦車は、驚異的な防御力で味方の砲弾を悉く弾き飛ばし、圧倒的な火力で持って、味方のキリラルブスを吹き飛ばした。
彼女は、偶然にも1台のパーシングを撃破していたが、所属していた第1中隊は、16台中14台が撃破され、生き残りは彼女のキリラルブスも含めて、
僅か2台という有様であった。
第5親衛石甲師団は、この2個石甲連隊に加えて、最後の塹壕線に第511魔法石甲騎士連隊を布陣し、第512石甲機動砲兵連隊にも掩護射撃を行わせ、
砲兵連隊は満足に砲弾を撃たぬ内に敵の砲兵隊に制圧され、防戦に努めた歩兵部隊やキリラルブス隊の奮闘も、勢いに乗るアメリカ軍部隊の進撃を止める
事はかなわず、遂に押し切られてしまった。
結局、第5親衛石甲師団は担当戦区から叩き出され、師団の戦闘キリラルブスは半数以下に、第511連隊も1個大隊に壊滅的打撃を受け、戦闘力が大幅に低下した。
不幸中の幸いとして、第512石甲機動砲兵連隊は一応健在であり、各種支援部隊もほぼ無傷で残っているため、師団としての戦闘能力は、
辛うじて残っている。
とはいえ、第5親衛石甲師団が、この数時間で多数の戦力を失った事は確かであった。
「パーシングさえいなければ、俺達は勝つ事が出来たんですが……」
中から、失望を滲ませた声が響いて来る。
声の主は、射手のバンダル伍長だ。
「台長、俺達って……アメリカ人達に勝つ事が出来るんでしょうか……パーシングという化け物を、大量に投入して来るあいつらに……」
「……どうなんだろうね………」
ウィーニは、ただ、小声でそう言うしか出来なかった。
「……これが、本当の戦争………あたしが本国でやっていた任務は、こんな物に比べれば、なんとも小さく、くだらない物なんだろうか……」
彼女はそう呟きながら、敗戦という現実の前に、酷く打ちのめされている自分が居る事に気付く。
同時に、個人の魔法技術や、圧倒的な格闘術、そして、洗練された暗殺術を駆使した闇の仕事で世の中を変える時代は、もはや終わりを告げたという現実を、
痛いほどに感じ取っていた。
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SS投下終了です。長い間間隔が開いてしまい、申し訳ありませんでしたm( __ __ )m
955 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 20:57:42 ID:Xlst5aOg0
戦車は「台」ではなく「両」だと思うが間違えたのかな?
956 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/07/27(水) 21:25:45 ID:h8ytV.eo0
ぐは、申し訳ありません。訂正ミスですorz
あと、他の所にもちょくちょくミスが……申し訳ないですorz
957 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 22:02:22 ID:qJ6WMSIk0
>>955
正確にはどちらかに統一されているわけではないですね>読み方
戦車に関しては「台」でも「両」でも合っているようです。
多分キリラルブスの数え方と混ざっているだけだと思われます。
ttp://www.benricho.org/kazu/sa.html#se
みんなの知識~戦車の数え方
1485年(1945年)1月28日 午後1時30分 レスタン領ハタリフィク
レスタン領軍集団司令官であるルィキム・エルグマド大将は、司令部内にある作戦室で、部下の幕僚達と共に戦況地図を眺めていた。
「閣下。各部隊は、敵の攻撃を受けつつも、前線より6ゼルド後方の第3予備陣地に向けて後退中です。」
「うむ。今の所、計画通り、という事か。」
エルグマドは、単調な声音で言いながら、指先をレーミア湾上に向けた。
「レーミア湾には、敵の戦艦部隊が居座っておる。敵の前進部隊を撃退するには、まず、遅滞戦術を行いながら、部隊の主力を
第3予備陣地に退かせるしかない。そのためには……」
エルグマドは、一瞬だけ、悲痛な表情を現すが、すぐに元の無表情に戻る。
「各部隊から抽出した後衛部隊の奮戦が、今後、我が軍が効果的に防戦を行えるか否かに繋がるのだが……魔道参謀、どうなっておる?」
「ハッ。各隊とも、奮闘しておりますが……敵部隊は後衛部隊に襲い掛かるや、圧倒的な火力と機動力でもってたちまちのうちに戦線を
突破するため、後衛部隊も思うように敵を阻止できていません。後退中の部隊を幾らか前線に回して、本格的に防戦を行って初めて、
敵部隊の前進を食い止めている有様です。」
質問を受けた魔道参謀のフーシュタル中佐が、幾分、苦しげに聞こえる口ぶりでエルグマドに報告する。
「各隊の損害は?」
「第47軍は、第41軍団の指揮下の2個師団が戦闘力を3割低下。1個機動砲兵旅団は戦力を6割も低下させています。
第42軍団指揮下の2個師団は、それぞれ、戦闘力を3割、または3割5分に低下させており、随伴の1個機動砲兵旅団は、連戦で
戦力を5割以上失っています。第47軍は、今日の昼までに、半壊に近い状態に陥ったと判断するべきでしょう。」
「……恐ろしい損害だが、敵の強力な攻撃を受け続けても、尚、半分以上残ったのだから良しとするべきかもしれんな。」
「しかし閣下、問題は第42軍です。」
フーシュタル中佐が戒めるかのような口ぶりでエルグマドに言う。
「第42軍は、敵が上陸して来た当初から今日まで、常に最前線で戦い続けています。23日には、消耗した第22軍団が後退しており、
第42軍は実質的に1個軍団規模の戦力しか有しておりません。その第42軍も、基幹戦力の2個師団が既に戦力の4割9分を失い、
随伴していた機動砲兵旅団は、後退した部隊から幾ばくかの野砲や、石甲部隊を与えられたにもかかわらず、戦力は戦闘開始前の3割以下に
落ち込んでいます。第42軍は、戦闘に必要な物資を比較的、多く保有していた事もあり、敵の前進部隊に対して効果的に迎撃を行う事が
出来ましたが、それすらも、沖合の米戦艦によって粉砕され、少ない戦力が更に減少しています。私としましては第42軍が、第2親衛石甲軍より
派遣された第1親衛軍団の支援を受けられているとはいえ、敵の攻勢を支え切れているのは、ある意味、奇跡に等しい事だと考えています。」
「魔道参謀の言われる通りですが、私としましては、敵側の支援部隊が海上の敵艦隊しか居ないため、我が軍は敵の攻勢に対して、ある程度有効な
迎撃を行えている物と見ています。通常なら、敵は沖合の艦隊に加えて、上空に無数の支援機を飛ばして攻撃を行いますからな。」
作戦参謀のヒートス・ファイロク大佐が付け加えた。
「とはいえ、敵戦艦の射程範囲内ではまともな迎撃が出来ん。前線部隊には、後衛部隊が頑張っている間に、何としてでも第3予備陣地に辿り着いて
貰わねばならん。」
主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が言う。
「今の所、敵は前線から2ゼルド前後離れた場所で停止している。その間、他の部隊も順調に後退出来るはずだ。夕方までには、各師団共に、主力を
第3予備陣地に布陣できるだろう。作戦参謀、今の内に、第3予備陣地までの間に敷いた、定期警戒線の部隊にも後退を命じた方が良いと思うのだが……
どうかね?」
「主任参謀長、今の時点では、それは危険だと思います。各師団共に、上陸作戦前にあった18000から20000前後の兵員は3割から4割。
場合によっては半数程を消耗している所もありますが、それでも、警戒線に布陣させた部隊は、後退中の部隊が通過するまで待機させるべきです。」
「しかしだな。前線から予備陣地までの3つの警戒線には2個中隊ずつが布陣しておる。各師団とも、ある意味ではこの“温存”していた部隊を
欲しがっておるのだ。この部隊が加われば、各師団は2個大隊程の、ほぼ無傷の部隊を戦列に加える事が出来る。敵が進出を止めている以上、
すぐにでも警戒部隊の待機を解き、後退中の部隊と加わって第3予備陣地に移動するべきである、と思うが。」
「敵が、短時間で前進を再開する事も考えられるぞ?」
横からエルグマドが言って来た。
「確かに、各師団とも、温存していた2個大隊は喉から手が出るほど欲しいだろう。この各2個大隊は新式の携行魔道銃こそ持っていないとは言え、
疲弊した部隊と違って、これから、まだまだ戦える部隊だ。だが、わしはこの警戒部隊を動かす事は危険だと思っておる。」
「し、しかし閣下!各師団共に、戦力が著しく低下しております。敵が進出を止めたのは、我が軍が構築した抵抗線で少なからぬ損害を出し、
戦力の再編を行う為でありませんか?第47軍、第42軍の各抵抗拠点でも、少なからぬ戦車と敵車両を撃破したとの報告が入っています。」
「同時に、敵は戦車多数を含む大部隊が拠点を蹂躙して戦線を突破、たちまち後方に雪崩れ込んで行った、という報告もあちこちから入っておる。」
エルグマドは戒めるかのような口ぶりで、レイフスコに言う。
「敵が近々、前進を再開する事は明らかだ。敵の前進を鈍らせる為にも、警戒部隊は各警戒線に待機させる。」
「……では閣下。仮に敵が前進を再開したとして……携行型魔道銃を持たぬ警戒部隊はどうなります?野砲の阻止砲撃のみでは、津波のように
押し寄せて来る敵機械化軍団の前に心許ない事が、午前中の戦闘で確認されています。きっちりと砲の数を揃え、歩兵達には最新式の携行型魔道銃
まで配備されていたにもかかわらず、です。閣下、確かに、敵が前進を再開するかもしれませんが、同時にまた、すぐには前進を再開しない事も
考えられます。ここは、予備陣地の兵力を集中する為にも、後退中の部隊と共に、警戒部隊も後方に下げるべきではありませんか?」
「ふむ……つまり、主任参謀長は、このわしに賭けをせよ、というのかな。」
エルグマドはさりげない口調で言う。しかし、レイフスコには威圧したかのように聞こえたのか、顔が固まった。
「……実の所を言うと、そうなります。ですが、判断されるのは閣下であります。私は私なりの考えを示しただけです。」
「そうか。」
エルグマドは、相槌を打ちながら顔を頷かせた。
「君の言う事も一理あるな。敵機械化軍団に大打撃を与え、撃退するには、予備陣地に集結させる兵力を増やす事だ。そこの所は理解できる。
だが……わしとしては、君の言う事には賛成できん。」
エルグマドは、きっぱりと言い放った。
「もし、敵が前進を再開した場合、警戒部隊も居なくなった陣地を、敵は何の苦もなく通過して行く、そうなれば、敵は後退中の味方部隊を、
背後から思う存分襲う事が出来る。現に、午前中の戦闘では、第47軍のある大隊が敵の機械化部隊に追いつかれた末に全滅しているではないか。
敵が更に級進撃を重ねた場合、被害は更に重なるだろう。そうならんためにも、わしは警戒部隊の後退を認める事はできん。」
「では……閣下は、警戒部隊に、敵前進部隊と最後まで戦え、と言われるのですか?」
レイフスコの言葉を聞いたエルグマドは、大きく頷いた。
「各師団が揃えていた2個大隊は犠牲になうだろうが、敵に追いつかれれば、被害は2個大隊だけでは済まん。師団丸ごと消える可能性がある。
いや……最悪の場合、防衛戦の中核戦力たる軍までもが、敵機械化軍団の波に押し潰されるかも知れんな。」
エルグマドは、単調な声音でレイフスコに答えた。
唐突に、会議室に魔道士官が入室し、一枚の紙を魔道参謀に手渡した。
(……何かあったな)
エルグマドは、すっかり見慣れた一連の流れに対して、心中で呟く。
「閣下。後退中の第47軍司令部より通信です。敵部隊、再び前進を開始せり。敵部隊の先鋒は第1警戒線より1000グレル(2キロ)まで接近している模様。」
同日 午後1時35分
第3海兵師団第3海兵戦車連隊は、同行している第3海兵連隊と共に敵の抵抗を排除しながら前進を続け、午後1時20分には、攻勢発起地点より
5キロ東に位置する第1目標である寒村、リククダリアを占領していた。
リククダリアの占領は午後12時を予定されていたが、第3海兵師団の前進部隊は敵の猛烈な抵抗を受けながら(敵の自爆攻撃すらあった)前進を
続けていたため、第1目標の到達には思いのほか時間が経っていた。
それと同じ頃、第3海兵師団と並ぶように、その南7キロの位置から攻撃を開始したカレアント軍第1機械化騎兵師団もまた、シホールアンル軍の
激烈な抵抗に遭い、進撃速度を鈍らせていたが、午後12時には攻勢発起地点より6キロ東の村ルドロゴに到達し、更に前進を続けている。
この他に、第6海兵師団とカレアント軍第2機械化騎兵師団が、第3海兵師団、第1機械化騎兵師団の担当戦区より南の位置で攻撃を行っていたが、
第6海兵師団は午後12時の時点で5キロ、第2機械化騎兵師団も同じく5キロしか前進していなかった。
攻勢に参加している各師団とも、今後も敵の抵抗が激しい事を見込んで、後発部隊との合流や、戦力の再編を行った後、再び前進しようとしていた。
しかし、それを是と思わない者も居た。
第3海兵戦車連隊指揮官である、ヨアヒム・パイパー中佐は、仏頂面を浮かべながら、しきりに前方と、腕時計に視線を移していた。
「それで……師団司令部からは、第21連隊が到着するまで待て、と?」
「いえ、それだけではありません。」
連隊指揮戦車の無線手である中国系アメリカ人のマロ・ベネット軍曹が答える。
「師団司令部は、側面援護の第1、第2海兵師団の到達後、前進を再開しろ言っとります。」
「第1、第2海兵師団だと!?連中はまだ攻勢発起地点から1キロも前進していないじゃないか!」
パイパーは呆れたように言った。
「じゃあ、俺達は、敵部隊の主力が、防備の整った野戦陣地に逃げ込むまで、のんびりと待てって事か!」
パイパーは憤慨しながら、無線手に言う。
「それは……師団司令部に問い合わせてみないと……繋ぎますか?」
ベネット軍曹が聞いて来るが、パイパーは首を振った。
「いや、もういい。」
彼はそう答えた後、自らの手元に置かれている戦力を即座に思い出す。
第3海兵戦車連隊は、敵の第1防御陣地との戦闘で9両のパーシングを撃破されている。
これで、第3海兵戦車連隊に残された戦車の数は、105両に減ってしまったが、パイパーは、この戦力でもまだ行けると確信している。
また、第3戦車連隊と共に行動している第3海兵連隊も、陣地の占領に2個中隊を割いただけで、戦力の大半が健在であり、第3海兵連隊
指揮官であるジェームズ・スチュアート大佐は師団司令部に対して、
「早急に前進し、後退する敵部隊を追撃、殲滅すべし」
という意見具申を送っている。
だが、第3海兵師団司令部は、進撃停止を命じた午後1時20分から今まで、前進部隊に対して現地点に待機せよ、という命令を
繰り返し送るばかりであった。
(師団司令部の考えも分からないでは無い。敵の抵抗はかなり激しく、俺の部隊も、新たに9両の戦車を失った。だが、敵は今、部隊の大半が
後退している。敵はどこぞからから集めて来た、兵員輸送用のキリラルブスを大量に使って、後衛部隊を除いた将兵を迅速に移動させていた。
こうしている間にも、敵は着々と、後方の予備陣地に近付きつつある。時間は……無いな)
パイパーは、心中で呟くと、意を決したかのように、大きく頷いた。
「無線手!スチュアート大佐に無線を繋いでくれ。」
「アイ・サー。」
無線手が、第3海兵連隊指揮官を呼び出す。程無くして、無線手がパイパーに話しかけてきた。
「連隊長、スチュアート大佐と繋がりました。」
「御苦労ベネット。こっちに繋いでくれ」
パイパーは礼を言ってから、耳元のレシーバーに入って来る声に聞き入った。
「こちらスチュアートだ。聞こえるか?」
「パイパーです。唐突で申し訳ありません。」
「いや、構わんよ。それよりも、話とは何かね?」
「ハッ。我々は今、師団司令部の命令で待機している訳ですが、小官としましては、このまま待ち続けていたのでは、後退した敵部隊の
主力をみすみす見逃してしまうのでは?と思うのです。そこでですが、この際、我々だけでも前進を再開してはどうかと思うのですが……
大佐はどう思われますか?」
「……君の言う通りだな。」
スチュアート大佐が答える。
「俺の見た所、敵は野砲部隊による抵抗や、小銃を配備した歩兵部隊によってこちらを迎撃して来るが、いつもならのそのそ出て来る
キリラルブスが居ない。居るとしても、兵員輸送に特化した移動用キリラルブスが、ケツをまくって逃げて行っただけだ。君は、こう
考えているんだろう?『兵員輸送用キリラルブスしか居ないのなら、側面を衝かれる心配は無い。今の内に追撃して、後退中の敵部隊を
叩くべきだ、』と。」
「はい。そうであります。」
パイパーは、きっぱりと答えた。
「師団司令部は、天候不順のため航空支援が行えないため、前進部隊が、温存していた敵部隊の逆襲に遭って大損害を受ける事を恐れて
いるのでしょう。その考えは、正しい。ですが、航空支援を行えないのは敵も同じです。それに、戦場は時間を追うごとに、その様相を変えて
いきます。私は敵がまともにキリラルブス部隊を投入できない今こそ、後退中の敵部隊を叩きのめす、絶好の機会であると思います。この
敵部隊を殲滅出来れば、後方の敵陣地も戦力を失い、防備が薄くなります。そうなれば、我々はさほど労せずに、陣地を突破できる筈です。」
「うむ。同感だ。」
無線越しのスチュアートは、快活の良い声音で相槌を打つ。
「いいだろう!今すぐ前進しよう!師団司令部には、私が報告しておく。」
「ありがとうございます。あと、私から1つ提案いたします。」
「うん?提案というのは何だね?」
スチュアートの問いに、パイパーは一呼吸置いてから答えた。
「師団司令部からの命令は、これからの前進に有用でないと思える物は全て無視した方が宜しいでしょう。どうも、師団司令部の連中は、
電撃戦と言う物をさほど、理解していないようですからな。」
「ハッハッハ!なるほど!」
スチュアートは豪快に笑った。
「流石はノール攻防戦の英雄だ。今の提案、しかと受け入れさせて頂こう。」
「ハッ。光栄であります。」
「……では、前進しよう。隊形は先と同じく、パンツァーカイルで行く。一緒にシホット共の臭いケツを蹴飛ばしに行こうじゃないか。」
「わかりました。すぐに前進を命じます。」
パイパーはそう返答した後、スチュアート大佐との会話を終え、すぐに各大隊へ命令を伝えた。
「こちらパイパー!これより前進を再開する!各隊、準備を整えろ!」
彼が連隊の各隊に指示を飛ばしてから僅か30秒後に、次々と返事が返ってきた。
「こちらサードタイガー、準備よし!」
「レッドパンサー準備完了です!」
「こちらホワイトキューベン、各中隊とも準備完了!どこまでも行けますぜ!」
パイパーは、先の戦闘で指揮下の戦車を失っているにもかかわらず、士気が旺盛である事に大きな満足感を得ていた。
「こちら連隊長。連隊はこれより、後退中の敵部隊を追撃する。前進再開!」
パイパーの命令が下るや、待機していた第3海兵戦車連隊の各戦車大隊は、一斉に行動を起こし始めた。
護衛の戦車連隊が移動した事に習って、機械化歩兵大隊である第3海兵連隊も移動を開始する。
第3海兵師団の1個戦車連隊並びに、1個海兵連隊は、再び30キロ以上のスピードで前進を始めた。
同日 午後7時00分 レスタン領ロイクマ
第5親衛石甲師団は、午後6時30分、第2親衛軍団司令部より、第3予備陣地を突破したアメリカ軍部隊の迎撃を命じられ、待機地点で
あった寒村から、第3予備陣地が構築されていたロイクマ地方へ急行していた。
第509連隊第3大隊に属しているウィーニ・エペライド軍曹は、中隊の他のキリラルブスと共に、隊伍を組んでキリラルブスを移動させていた。
彼女は、キリラルブスが持つ独特な振動に体を揺さぶられながら、ハッチから身を乗り出して、薄暗くなった空を見上げていた。
「………寒いなぁ。」
彼女は、ぽつりと呟きながら、右の掌を広げて、しとしとと降り注ぐ雪を乗せる。
防寒用の手袋に包まれた掌に、幾つもの雪の粒が落ち、やがては溶けていく。
雪の冷たさは、手袋の薄い皮の上からも充分に伝わって来た。
「台長!」
車内から彼女を呼ぶ声が聞こえる。ウィーニはそれに気が付き、体をキリラルブスの中に引っ込めた。
「どうしたの?」
「中隊長車から最新の戦況報告が入りました!第3予備陣地の敵部隊は、第47軍と第42軍の各師団を分断した後、尚も前進を続けているようです。
敵部隊の先頭は、第3予備陣地から1ゼルド近くも進出しているようです!」
「1ゼルド近くか……第47軍と第42軍は全滅したの?」
「いえ、第47軍、42軍共に、戦力を残していますが、敵の急進撃で2個師団が壊滅状態に陥ったようです。」
「……わかった。」
ウィーニは感情のこもらぬ口調で返した後、台長席に座ったまま外の様子をぼーっと見つめ続けた。
最初の異変は、午後2時前に起こった。
第47軍は、それまで順調に後退を続けて来たが、唐突に進出を停止した敵部隊は、これまた、唐突に前進を再開した。
連合軍はまず、第32歩兵師団に襲い掛かった。
第32歩兵師団は、第3予備陣地までの警戒線をあと1箇所超える所まで迫っていた。
だが、その頃になって、2つの警戒線が相次いで突破された事を受け、後退中であった部隊の中から、2個大隊を引き抜いて迎撃に当たらせた。
この迎撃には、第2親衛石甲軍から救援としてやって来た1個石甲大隊も加わっていたのだが、敵部隊はこの迎撃部隊を、1時間の戦闘で撃破し、
一気呵成に第3予備陣地に襲い掛かった。
異変は南の方でも起こり、同じく進出を止めていたカレアント軍機械化部隊が、アメリカ軍部隊に習うかのように急進撃を開始。
警戒線に配置されていた後衛部隊は瞬く間に撃破され、あっという間に戦線を突破された。
午後3時頃には、後続の連合軍部隊が続々と到着し、今や第3予備陣地には連合国軍のほぼ全軍が殺到し、防衛戦を突き破らんばかりに猛攻を
加え続けた。
そして、午後5時10分。アメリカ軍の一部隊が遂に第3予備陣地を突破。アメリカ軍部隊は、その僅かな隙間を瞬く間に押し広げ、午後6時には
2個師団相当の敵機械化部隊が予備陣地を各所で寸断し、戦線後方に進出しつつあった。
この2個師団は、攻勢を受けている戦区の北部地区だけの数であり、南部地区では、第42軍の残余部隊と、第2親衛軍から派遣された第1親衛軍団が
敵の猛攻を抑えていた。
もし、この2個師団が第1親衛軍団の背後に回れば、第1親衛軍団に属する2個師団並びに、2個旅団は包囲されてしまう。
それを防ぐため、第2親衛軍団は、主力である2個石甲師団を投入して火消しに努めようとしていた。
午後7時30分を回った頃には、周囲は完全に真っ暗になった。
ウィーニは、南に2ゼルド程離れた戦域でひっきりなしに明滅する閃光と、銃声と思しき連発音が響いて来るのを、しかと耳にしていた。
「台長!第4親衛師団が敵の機甲師団と激突したようです!前線はかなりの激戦の模様!」
「……第4親衛師団が戦っている相手は何?アメリカ軍?」
「いえ……敵はカレアント軍のようで、多数のシャーマン戦車を始めとする戦車部隊で攻撃して来ているようです!」
ウィーニはその言葉を聞いた時、脳裏に昔の思い出がよぎった。
(この戦争が開始され、戦線が南大陸に移った後も、あたし達はカレアントを、獣人が作り上げた野蛮な国だと教えられてきた。装備の劣る
カレアントの蛮族なぞ、2か月で滅ぼせる、と、あたしは上官から聞いていた。それから考えると……)
ウィーニは台長席から身を乗り出し、顔を、彼我の発砲炎で明滅する戦場に向ける。
(私達は間違った事を教えられたのかもしれない。知識も教養も無いカレアントの蛮族達は、最新式の武器を与えられても使いこなせず、
使い慣れた古い武器しか使わない、と。その結果がコレ……か。)
ウィーニは内心、自嘲気味になりながら頭を横に振った。
昔から教えられてきた言葉……南大陸の蛮族達は大したことは無い。
あいつらにシホールアンルの武器を与えても、勝つのはシホールアンル軍だ……という、明らかに見下した言葉の数々。
それがどうか?
知識も教養も無い筈の“蛮族達”は、アメリカ製の兵器を与えられた瞬間、これまでの差を縮めんとばかりに戦い、今では、この北大陸奥深くに
大軍で持って攻め入っているではないか!
「……今思うと、呆れてしまうけど……それでも、シホールアンルはあたしが生まれた国である事に代わりは無い。今はただ、戦うしかないね。」
ウィーニは、気だるげな口調で言いながら、再び、体をキリラルブスの中に沈みこませ、台長席のハッチを閉めた。
「台長!中隊本部より通信です!間もなく、戦域に到達する、各台、戦闘に備えよ!」
「了解。」
ウィーニは、小声で即答した後、車長席に設けられた小さな監視窓に目を向ける。
監視窓の向こうには、同じ中隊のキリラルブスが隊伍を組んで進んでいる。
唐突に、中隊のキリラルブスがスピードを上げ始めた。
「台長、小隊長より通信。速力20レリンク(40キロ)に増速。」
「了解。増速する。」
キリラルブスの操縦手も兼ねるウィーニは、頭の中で増速を命じる。
簡易魔法で、キリラルブスに張り巡らされた魔術回路がウィーニの指示を受け取り、すぐさま増速していく。
ひっきりなしに動く4本の脚から、更に強い振動が伝わって来る。
今ではこの振動にすっかり慣れているが、キリラルブスに乗り始めた頃は、この振動に酷く悩まされた物である。
ウィーニの第1中隊は、前進中の大隊指揮台の後を追うように、だだっ広い草原を駆け抜けていく。
それから5分ほど走った後、第1中隊は右に大きく曲がり始めた。
この時、第509石甲連隊に属している3個キリラルブス大隊は、前進して来たアメリカ軍戦車部隊を迎え撃つため、左右に展開している。
左翼は第1大隊が配され、中央は第2大隊、右翼は第3大隊が受け持つ事になった。
各大隊48台。第509連隊全体で、計144台のキリラルブスが、大きく左右に別れて、敵を迎え撃とうしている。
敵を待ち構えているのは第509連隊だけではない。第509連隊と同じく、138台のキリラルブス(16台が故障で戦線に出られなくなった)を有する第510連隊も、予備部隊として509連隊の背後に展開している。
509連隊が消耗した後も、510連隊を投入すれば敵戦車部隊は大打撃を受けるであろう。
また、510連隊が危機に晒されても、後方に展開している512石甲機動砲兵連隊が掩護の砲撃を行う予定だ。
午後7時15分。後方に展開した石甲機動砲兵連隊から照明弾が放たれた。
照明弾が炸裂し、草原が赤紫色の光に照らし出される。
光の下に、無数の蠢く物があった。
「台長!中隊長より通信!敵戦車部隊発見!敵の数は多数!」
「遂に……か。」
通信手から報告を伝えられたウィーニは、小声で呟いた後、自らの気を引き締めた。
「中隊長より更に通信!各隊、前進せよ!」
「了解!」
ウィーニは鋭く答えた後、味方のキリラルブスに習うように、自らのキリラルブスに移動を命じた。
それまで停止していたキリラルブスの体がやにわに動き出し、猛スピードで敵戦車部隊との距離を詰めていく。
第509石甲連隊は、いわゆる鶴翼の陣を形成しながら、敵との距離を詰めようとしていた。
対する敵戦車部隊は、楔形の隊形を維持したまま前進を続けている。
その時、敵戦車部隊がいきなり、前進を止めた。
「中隊長より通信!敵戦車部隊が停止した模様!」
「え?敵が停止した?」
ウィーニは怪訝な表情を浮かべながら、通信手に聞き返した。
通信手の返事を聞く前に、ウィーニは小さな監視窓から、強烈な青白い光が差し込んだ事に気が付く。
「あれは……照明弾?」
彼女は、不安げな口調で呟いた後、不意に悪寒を感じた。
(何……この、嫌な胸騒ぎは?)
ウィーニは、心中にどす黒い不安感が広がりつつある事に気付いた。
「台長!中隊長が停止せよと命じています!」
通信手が切迫した声音で彼女に知らせて来る。
長い間、闇の狩人として過ごしてきたウィーニは、根拠が無かったにもかかわらず、中隊長の言う通りにすれば大丈夫であると、胸の内で
確信していた。
「停止!!」
彼女は小さく叫びながら、自ら操縦するキリラルブスを停止させた。
この時、彼女は監視窓の向こう側の空に、一瞬ながら、何かの影が飛んでいる事に気が付いた。
「……飛空挺?」
彼女は、ぽつりと呟いた。その直後、前方で幾つもの爆発が湧き起こった。
彼は、前方に見える目標を凝視しながら、投下スイッチにかけた指に圧力をかける。
風防ガラスにビュウビュウと音を立てながら、雪混じりに冷たい風が当たる。
彼は、その時が来た事を確信した。
「爆弾投下!」
気合の混じった一声が発せられ、投下スイッチを押す。
機体の両翼の付け根に取り付けられていた500ポンド爆弾が懸架装置から外れ、2発の爆弾が照明弾に照らされた、敵キリラルブス群目掛けて落ちていく。
その直後、キリラルブス群のど真ん中で派手な爆炎が噴き上がった。
「司令!敵部隊の真ん中に爆弾が炸裂しました!効果ありですよ!」
第212夜間戦闘航空団の司令を務めるエヴレイ・ゼルレイト准将は、愛機であるP-61Bヴラックウィドウの操縦桿を握りながら、知らされて来た報告を
聞いて小さく頷いた。
「思い知ったかシホールアンル軍!夜の住人が誰であるか、たっぷりと思い知らせてやる!」
ゼルレイトは獰猛な笑みを浮かべながら、声高に言い放った。
彼が指揮している航空団は、元々は第6航空軍の所属であったが、今年の1月に第5航空軍に転属となり、1月の中旬からは第5航空軍の
所属部隊として行動していた。
ゼルレイトの航空団は、1月下旬以降からの天候不順に伴い、他の夜間戦闘飛行団が夜間作戦を相次いで中止するのに習って、しばらくの間は、
夜間は作戦飛行を行わない事を決めた。
だが、本日午後3時頃、状況は大きく変わった。
ゼルレイトは、唐突に第5航空軍司令部に呼び出されるや、航空軍司令より夜戦を行うであろう、海兵隊とカレアント陸軍の航空支援を行えないかと言われた。
ゼルレイトは、いきなりの質問に戸惑ったが、その後、すぐに出来ると答えた。
第212夜間戦闘航空団は、主に夜間の航空作戦を行う夜戦専門の部隊であるが、彼らはこれまでに幾度か、雨天時の航空作戦もこなした事があった。
それ以前に、雨天時の航空戦を決行したのは212航空団以外にも記録されている。
しかし、雨天時の航空戦は視界が非常に悪く、かつ、大編隊での航空攻撃は大惨事につながる恐れがあるため、どこの航空軍でもあまり多くはやっていなかった。
ましてや、今回は雪が降りしきる中での航空作戦である。
この悪天候下で作戦を行える部隊は、連合軍部隊には全くと言っていいほど存在しなかった。
だが、212夜間戦闘航空団だけは別であった。
元々、レスタン王国時代の飛竜騎士出身のパイロットが多い212航空団は技量優秀であり、ヴァンパイアの特徴でもある驚異的な暗視力でもって夜間の
戦闘を満足に行える事が出来る。
昨年の8月から今年1月まで、計7回、雨天時の作戦を経験しているが、7回中、5回は任務を達成している。
夜間の航空戦闘の専門家とも言える212航空団に、近接航空支援の要請が来るのは、ある意味当然の事言える。
ゼルレイトは頷き、航空軍司令から命令を受け取った後、自らの航空隊が配属されている基地に急いで電話を繋ぎ、作戦準備に取り掛かった。
この攻撃に参加した部隊は、ゼルレイトの直率する第910夜間戦闘航空群と911夜間戦闘航空群、そして、地上攻撃の専門部隊である
第961夜間爆撃航空群である。
この3個航空群からP-61B32機、A-26B18機が第1次攻撃隊として午後6時10分頃に出撃し、その30分後には、新たにP-61B18機と
A-26B18機が第2次攻撃隊として発進。海兵隊戦車部隊の航空支援を行った。
ゼルレイトの直率する910NFG(夜間戦闘航空群)は、僅か数分の間に、16機全てが、抱えて来た2発の爆弾を投下した。
910NFGに狙われたキリラルブス部隊は、第5親衛石甲師団第509石甲連隊に属している第3大隊であった。
爆弾がキリラルブスの至近で炸裂し、夥しい破片がキリラルブスの石の装甲に突き刺さる。
破片の大部分はその頑丈な装甲に弾かれた物の、一部の破片は、薄い下部の装甲部を突き破り、内部の兵員を殺傷した。
直撃弾を受けたキリラルブスは、爆発と同時に地面にへたり込み、それから永遠に起き上がる事は無かった。
911NFGは、左翼に展開している第1大隊を襲撃し、少なからぬ数のキリラルブスを爆弾で吹き飛ばしたばかりか、機銃掃射を行って1台、また1台と、
行動不能に陥れていく。
敵の石甲連隊の至近に対空部隊が居たのであろう、あちこちから対空砲火が放たれるが、視界の悪い夜間……しかも、降雪下という悪条件にも関わらず、
まるで、晴天の空を飛んでいるかのような動きで、縦横に飛び回る32機のヴラックウィドウは、1機も欠ける事無く飛び続けている。
A-26で編成された961NBG(夜間爆撃航空群)所属の飛行隊は、910NFGと911NFGが攻撃している部隊の後方に展開している、連隊規模の
キリラルブスを見つけるや、血に飢えた野獣の如き勢いで、そのキリラルブス部隊に迫った。
961NBG所属の第644飛行隊指揮官フラキス・ワキア少佐は、眼前に浮かび上がる、整然と並んだキリラルブス群をぎろりと睨みつけた。
「見つけたぞ、侵略者共!」
ワキア少佐は不敵な笑みを浮かべつつ、機首の爆撃手に声をかけた。
「敵との距離は!?」
「現在1000メートル!爆弾投下距離まであと600です!」
ワキアはその知らせを聞いた後、唐突に、機体の右横で高射砲弾が炸裂するのが見えた。
「敵の対空部隊が俺達を見つけたようだな。」
ワキアは呟いたが、その口調は、対空砲火なぞどうでもいいと言っているかのようだ。
彼の乗るインベーダー目掛けて、高射砲弾のみならず、魔道銃までもが撃ち放たれたが、低高度を550キロ以上の猛速で突っ切って行くA-26は、1発も
被弾する事無く、標的との間合いを急速に詰めていく。
「機長!爆弾投下します!」
「よし、やれ!」
ワキアは爆撃手に命じる。その直後、彼の愛機の胴体から、1発の500ポンド爆弾と、1発のナパーム弾が投下された。
爆弾は、第510石甲連隊の第2大隊目掛けて猛速で落下し、ちょうど、待機していたキリラルブス群のど真ん中に着弾した。
爆弾が炸裂し、夜目にも鮮やかな爆炎と共に大量の土砂が噴き上がった。
この爆発で1台のキリラルブスが爆砕されたが、その直後には、ナパーム弾が地面に落下し、500ポンド爆弾爆発とは違った、恐ろしい光景を
キリラルブス隊に見せ付けた。
2発目の爆弾と思しき物が落下するや、紅蓮の炎が勢いよく後方に広がり、着弾地点からやや後方にいた4台のキリラルブスが高熱の炎に包まれた。
ワキア少佐の攻撃に習うかのように、残りのA-26も次々と爆弾を投下して行く。
第510連隊第2大隊は、この爆撃だけで8台のキリラルブスが破壊されるか、損傷したが、961NBGの攻撃はこれだけではなかった。
爆弾投下を終えたA-26は、更に攻撃を続行した。
961NBGの攻撃隊は、500ポンド爆弾とナパーム弾の他にも、主翼に6発の5インチロケット弾を装備していた。
爆弾投下を終えた機体は、反転するや、別の石甲大隊にロケット弾攻撃を仕掛けた。
5インチロケット弾は、その場で停止していたキリラルブス群の中で次々と爆発し、あるロケット弾はキリラルブスの薄い上面装甲部に命中し、
乗員もろとも爆砕した。
別のロケット弾は、1台のキリラルブスの後ろ右脚に直撃した。
脚部に被弾したキリラルブスは、途端にバランスを崩し、地面に擱坐してしまった。
傍若無人に暴れ回るインベーダー隊に対して、シホールアンル側も黙って見ていた訳では無く、既存のキリラルブスを改造し、連装式旋回魔道銃を
積んだ対空キリラルブスが必死に対空砲火を放つ。
第5親衛石甲師団は、元は国の宝とも言われた魔法騎士師団を元に編成された石甲部隊であり、師団の将兵は大多数が魔道士だ。対空キリラルブスの
射手には、視界の悪い夜間でも、自ら修得した暗視系の魔法を発動させて視界を広げ、効果的に対空戦闘を行える筈であった。
だが、敵軽爆撃機の動きは、夜間を飛んでいると思えぬ物であり、しかも、相当実戦慣れしているのだろう、機体を小刻みに動かしながら見事な
機動を行っている。
猛速で飛び回るインベーダーの前に、魔道銃の射手達も効果的な対空射撃を行えないでいた。
悪戦苦闘を続ける事しばらく。遂に、1機のインベーダーが魔道銃の光弾をもろに受けた。
敵機の右主翼に光弾を浴びせ、命中個所から夥しい破片が飛び散ったと思いきや、そこから真っ赤な炎が噴き出した。
「ざまあ見ろ!アメリカ人共!!」
敵機撃墜の戦果を上げた射手は、被弾炎上し、高度を下げていくアメリカ軍機に罵声を浴び得た。
だが、その直後、意外な事が起こった。
なんと、被弾したインベーダーは、もはやこれまでと見たのか、いきなり、対空キリラルブスに機首を向けたのだ。
「!?」
射手は驚愕のあまり目を見開いた。
(くそ、死なば諸共と言う訳か!)
射手はその場から離れる事無く、右主翼から火を噴きながら、急速に向かって来るインベーダーに向けて射撃を続けた。
旋回機銃の射撃ペダルをより強く踏み込み、連装式の魔道銃が勢いよく光弾を吐き出す。
七色の光弾は、インベーダーの胴体や主翼に吸い込まれ、遂には左主翼からも火を噴いたが、インベーダーはいくら光弾を撃ち込まれようが、
スピードを緩めることなく、対空キリラルブスに向かって来た。
「駄目だ!逃げるぞ!」
射手は敵機を落とす事を諦め、装填手や、他の部下達にそう叫んだ。
部下達が真っ先に逃げ出したのを確認した射手は、自らも逃げようと、射手席から腰を上げようとした瞬間、インベーダーからまさかの機銃掃射が放たれて来た。
機銃の曳光弾が自らの腹に突き刺さり、体は射手席に縫いつけられた。
「げぶっ!?」
射手は、12.7ミリ弾の直撃によって致命傷を受け、口から大量の血を吐き出した。
インベーダーの機首がぐんっと迫って来た。
もはや、距離は限り無く縮まっており、射手は、敵機の操縦手の顔を見る事が出来た。
インベーダーが追突する瞬前、射手は再び、驚愕の表情を浮かべた。
(あ……あの目は……レスタン人!?)
射手が心中でそう叫んだ時、対空キリラルブスは被弾したインベーダーの体当たりを受け、インベーダー共々、爆発炎上した。
アメリカ軍機の空襲は、僅か10分ほどで終わったが、第5親衛石甲師団が被った被害は甚大であった。
「第1中隊、稼働キリラルブスが9台に低下した模様!第2中隊は中隊長が戦死し、稼働キリラルブスは12台。第3中隊は被害が少なく、
稼働キリラルブスは14台のようです。」
「たった1回の空襲で13台もやられるとは……」
被害報告を聞いたウィーニは、通信手の報告を聞いた後、米軍機の空襲の威力に半ば驚いていた。
「第1大隊も被害が大きい様です。なんでも、10台以上がやられたとか……でも、うちらの連隊はまだマシなようで、後方の510連隊は、
インベーダーの爆撃で1個石甲大隊が壊滅状態に陥ったとの情報も入っています。」
「本当かよ……これから、アメリカ軍戦車との戦闘に入ろうとしていると言う時に!」
射手のフィルス・バンダル伍長が悔しげに言った。
「あ…台長!中隊長から通信です!各隊、戦闘を開始せよ!」
「………了解。」
ウィーニは、複雑な表情を浮かべつつも、命令通りに動く事にした。
第509連隊の鶴翼隊形は何とか保たれており、指揮下の3個大隊は命令通り、米軍戦車部の包囲を試みる形で突進を開始した。
ウィーニも属している第1中隊は、戦力が半分近く減ったにも関わらず、全速力で突進して行く。
後方の砲兵連隊から照明弾が打ち上げられ、それが敵戦車部隊の上空で炸裂する。
赤紫色の光が再び地面を照らし出し、そこにあった敵戦車部隊の姿を闇夜の淵から浮かび上がらせる。
「敵戦車はシャーマン戦車!」
台長席の上にある監視窓から敵戦車の姿を確認したウィーニは、内部の部下達に敵の正体を伝える。
照明弾に照らし出された敵戦車部隊は、履帯をきしませながら、楔形隊形のままキリラルブス群との距離を詰めつつある。
敵部隊の側面を衝こうとしていた第1中隊は、シャーマン戦車の左斜め前方、または正面から向かい合う形となっていた。
唐突に、第1中隊指揮台が停止した。
「停止する!」
ウィーニは、先程とは打って変わった明瞭な声音で叫びながら、キリラルブスを停止しさせた。
キリラルブスは、やや前屈みになる形で停止した後、姿勢を水平に戻す。
「目標、11時方向のシャーマン戦車、距離500グレル!(1000メートル)」
バンダルは、ウィーニの声を聞きながら、目標と思しきシャーマン戦車に狙いを付ける。
キリラルブスの砲身は、左右の旋回角度が14度、仰角は21度、俯角はマイナス7度まで下げる事が出来る。
バンダルは、目標の戦車が砲塔を向けながら急停止するのを見逃さなかった。
「射撃用意よし!」
「撃て!」
ウィーニの一声が聞いた瞬間、バンダルは照準器の向こう側に居るシャーマン戦車目掛けて砲弾を放った。
50口径2.8ネルリ砲(73ミリ)は、650グレル(1300メートル)の距離からでも、シャーマン戦車の正面装甲部を撃ち抜ける。
バンダルの放った2.8ネルリ弾は、シャーマン戦車の左側面に命中した。
シャーマン戦車の車体に火花が散り、うっすらと煙が上がる。
シャーマン戦車に現れた変化は、最初はそれだけであったが、バンダルは、その時点で勝利を確信していた。
バンダルの放った砲弾を受けたシャーマン戦車は、一見、大した傷を負っていないように思われたが、敵戦車は、第1中隊に砲身を向けたまま、全く動かなくなった。
「
最初の射撃で敵戦車1台撃破とは、やるね。」
後ろからウィーニが声をかけて来た。それに、バンダルは照準器を見据えたまま礼を言った。
「へへ、訓練通りにやれば、誰でも出来ますよ。でも、お褒めの言葉、喜んで頂戴します。」
バンダルの放った砲弾は、シャーマン戦車に命中した後、車内で炸裂せず、内部で跳ねまわった。
不幸中の幸いと言うべきか、はたまた、悪魔の仕業と言うべきか。
砲弾が炸裂しなかったため、内部に詰められていた76ミリ砲弾の誘爆を起こさなかったが、その代わり、5名の戦車兵は跳ね回った砲弾によって、体が原形を
留めぬまでに破壊され、車内には乗員達の真っ赤な血と肉片でグロテスクに彩られていた。
「目標変更!12時方向の敵戦車!」
バンダルはウィーニの言われるがままに、次の目標に砲身を向ける。
彼は、停止し、砲塔を向けているシャーマン戦車に照準を合わせた。
「装填よし!」
後ろから声が狩る。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
ウィーニの命令がかかった瞬間、バンダルは砲弾を発射させる。
今度の射撃は、シャーマン戦車を捉えるには至らず、敵戦車のやや正面に着弾した。
「外したか!」
バンダルは小さく叫びながら、照準を修正する。その時、シャーマン戦車も砲を撃って来た。
敵戦車はウィーニらのキリラルブスを狙ったのであろう、砲弾が彼らの乗るキリラルブスのすぐ目の前に着弾し、破片が頑丈な石の体を叩いた。
「バンダル……落ち着いて狙って。そうすれば当たるよ。」
ウィーニから冷静な声音でアドバイスが送られて来る。バンダルは、照準器を覗き込みながら了解と呟き、照準を修正した。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
バンダルは2.8ネルリ砲弾を撃ち放つ。今度は、見事に砲弾が命中し、シャーマン戦車は車体後部から爆炎を噴き上げていた。
「やった!命中したぞ!」
バンダルは喜びの余り、右の拳を打ち振るった。
「!」
その時、ウィーニは、敵戦車部隊が再び前進した事を自らの目で確認した。
「敵戦車、前進再開!」
ウィーニがそう叫んだ時、唐突に、後方から監視窓に、淡い赤色の光が差し込んで来る。
直後、強烈な爆発音が鳴り響いた。
「第2小隊長台被弾した模様!」
通信手が吐き出したその言葉に、ウィーニは無反応のまま、次の指示を待った。
「台長!中隊長から命令!敵部隊へ突進し、距離を詰めよ!」
「了解!」
ウィーニは命令を受け取ると、すぐに魔術回路を通して、自ら操るキリラルブスに前進せよと命令を送った。
ウィーニのキリラルブスが移動を開始する前に、中隊長の直率する小隊が我先にとばかりに前進を開始し、全速力でシャーマン戦車群に向かって行く。
一足遅れて、ウィーニが操るキリラルブスも前進を開始した。
アメリカ軍戦車部隊は、依然として楔形隊形を維持したまま前進を続けている。
シャーマン戦車は、目に見えるだけでも、6台程が擱坐し、うち4台は激しく燃えていた。
第1中隊は先の空襲と、先程の交戦で半数近い戦力を失った物の、敵戦車を6台破壊したのだ。
そのうち2両はウィーニが指揮するキリラルブスの戦果だ。先の空襲の報復としてはまずまずの戦果と言える。
第1中隊が前進を再開する中、第2中隊、第3中隊再び前進を開始し、次第に距離を詰めていく。
シャーマン戦車との距離が300グレルに達した所で、第1中隊は急停止した。
「目標、1時のキリラルブス!」
彼女は次の目標をバンダルに示した。
バンダルは、すぐさま目標を見つけ、照準を合わせる。
「照準よし!射撃準備よし!」
「撃て!」
そのやり取りをへて、キリラルブスの50口径2.8ネルリ砲が轟然と火を噴いた。
砲弾は、敵戦車のキャタピラに命中し、爆炎と共に夥しい破片が舞い上がった。
「よし、命中!」
「バンダル!敵戦車はまだ生きている、砲をこっちに向けようとしているわ!とどめを刺せ!」
ウィーニはすぐさま、追い討ちをかけるように命じる。
「装填よし!」
装填手がバンダルに知らせる。
「射撃準備よし!」
「発射!」
ウィーニは気合を入れるかのように命じた。バンダルが再び砲弾を放つ。
砲弾は、シャーマン戦車の砲塔基部に命中した。
その直後、砲弾が敵戦車内部の砲弾を誘爆させたのか、シャーマン戦車の砲塔が爆発と共に、宙に吹き飛んだ。
第1中隊は新たに4両のシャーマン戦車を擱坐させた。
長砲身砲の威力は絶大であり、側面はおろか、正面装甲ですら難無く貫き、行動不能に陥れていく様子は、第1中隊の将兵達に絶対の自信を与えつつあった。
第1中隊と同じように、第2中隊と第3中隊もシャーマン戦車相手に戦いを挑み、犠牲を出しながらも、着々と戦果を重ねつつある。
第509連隊第3大隊は、敵戦車部隊に対して互角以上の戦いを繰り広げ、第1大隊もまた、敵の戦車部隊に損害を与え続けていたが、全く空襲を受けず、
戦力を温存して居たままの、中央の第2大隊は、シャーマン戦車に対して苦戦を強いられていた。
だが、交戦開始から20分が経過した頃には、敵戦車部隊の前進は完全に抑えられ、第509連隊は逆に、敵戦車部隊を押し始めていた。
「む……敵戦車が後退し始めている!」
それは、ウィーニ達のキリラルブスが、都合4台目のキリラルブスを撃破した時……第509連隊全体で、35両目となる戦果を上げた時に起こった異変だった。
第509連隊は、この時点で22台のキリラルブスを失っていたが、シャーマン戦車の大群は、第509連隊の猛攻によって楔形陣形を完全に崩されていた。
「流石のアメリカ軍も、こんなに押されていたら敵わないと思い始めたか。」
ウィーニは、いつものように、感情のこもらない口調でそう呟いた。
「台長!中隊長より命令です!これより、敵部隊を追撃する!」
「……追撃……ねぇ。中隊はもう、半分も残っていないのに、大丈夫なのかぁ。」
ウィーニは言いながら、中隊の戦力は5台に減った事を思い出した。交戦前、9台はいた第1中隊は、今ではたったの5台に減っていた。
第1中隊は、敵に最も近い位置にいる為、敵に攻撃を集中され、損耗率は連隊の中でも最も高い物となっていた。
しかし、第1中隊長は(元は、ウィーニと同じ闇の代行人である。)敵が後退して行く事に上気したのか、追撃を命じて来たのである。
「通信手、あたしが直接話しかけてみる。」
ウィーニは通信手にそう言ってから、通信魔法を起動して第1中隊長を呼び出した。
「中隊長、聞こえますか?」
「……エペライド軍曹か。どうした?」
「中隊長、追撃の件ですが、もう少しお待ちになってはどうですか?」
「待つだと?いや、それは出来んよ!」
中隊長は、ウィーニの提案を一蹴した。
「エペライド軍曹。“現代戦”は迅速に動き、敵を出来る限り叩く事が最も良いやり方だ。今の内に敵を徹底的に追い詰め、大出血を強要すべきだ!」
「しかし、アメリカ軍はシャーマン戦車よりも強力なパーシングという、新鋭戦車を多数保有しています。追撃中にパーシングと出会ったら、中隊は
全滅する恐れが……」
「軍曹!第3大隊長も追撃を許可している、大丈夫だ!」
第1中隊長はそう返した後、すぐにウィーニとの会話を打ち切った。
敵のシャーマン戦車は、砲塔を後ろに向けながら急速に後退して行く。
第1中隊長の直率する小隊は、それを逃がさぬとばかりに急発進し、猛然と追い掛けていく。
ウィーニは首を後ろに振った。
監視窓には、後方から味方のキリラルブス多数が前進している様子が見える。
第3大隊は全力で、敵の追撃にかかったようだ。
「クッ……仕方ない。前進する!」
ウィーニは諦めたかのように言ってから、キリラルブスを前進させる。ウィーニの後に付いて来た第3小隊の唯一の生き残りである、1台のキリラルブスも
その後に続いた。
だが、その前進も、ほんの僅かしかできなかった。
前進し始めてから10秒後、前方でアメリカ軍の物と思しき青白い照明弾が煌めいた。
「……!」
ウィーニは、監視窓から差し込んで来るその光に一瞬だけ、目を眩まされたが、すぐに視力が戻った。
「え……あれは……まさか」
その時、ウィーニは、後退して行くシャーマン戦車と代わるように、戦場に姿を現した敵の増援と思しき新手を、直に確認する事が出来た。
敵戦車の姿は見え辛いが、その形だけはわかる。
この時点で、彼女が長年培ってきた、暗殺者としての警戒反応が、頭の中でこれ以上無い程になり響いていた。
外観は、シャーマン戦車がやや丈高い不格好な形に対して、新たな敵戦車は、シャーマン戦車と同じく、丈高い物の、全体的にかなりバランスが取れていた。
それに加えて、シャーマン戦車よりも大きな砲塔には、これまた、シャーマン戦車よりも長い砲身が付いていた。
距離は、目測で700グレル程であろうか。射程内ではあるが、視界の悪い夜間だ。必中を狙うには、最悪でも500グレルまでは近付きたい所だ。
だが、先を行く第1中隊長のキリラルブスは、すぐに停止したかと思うと、いきなり砲を打ち放った。
第1中隊長のキリラルブスに習うかのように、残り2台のキリラルブスも砲を放った。
やや間を置いて、敵戦車の至近に1発の砲弾が着弾した。
どういう訳か、地面に着弾した砲弾は、その1発だけであった。
「……通信手!中隊長に、すぐに逃げろと言って!」
「…え?台長、それはどういう事です?」
通信手は、怪訝な表情を浮かべながらウィーニに問う。だが、ウィーニは、その問いには答えなかった。
「いいから早く!」
いつもは無表情かつ、声に感情が無い彼女が珍しく、声を荒げて無線手を促した。
その気迫に押された通信手は、慌てて中隊長に、一時後退するように提案した。
しかし、それは無駄であった。
敵戦車は、第1中隊長のキリラルブスと、それに率いられる2台のキリラルブスを発見するや、10両前後が一斉に停止し、砲を向けて射撃を行った。
それは、あっという間の出来事であった。
3台のキリラルブスの周囲に次々と爆発が起こり、キリラルブスが隠れて見えなくなる。
その中に、砲弾の誘爆と思しき火柱が2つ上がった。
周囲の煙が薄くなると、砲撃を受けた3台のキリラルブスが見えた。
「ああ……中隊長が……!」
ウィーニは、目の前の現実が半ば信じられなかった。
3台中、2台のキリラルブスは原形を留めぬまでに爆砕され、周囲にはそれぞれ、4本の脚がひび割れ、または大きく欠けた状態で残っているだけであった。
残った1台は脚部を薙ぎ払われただけで済んだようだが、それも地面に擱坐している。
ウィーニが今、相対している敵戦車こそ、アメリカ軍が送り込んだ最新鋭戦車、M26パーシングであった。
「一旦後退する!後ろの味方と合流するよ!」
ウィーニは素早く決断すると、キリラルブスの向きを変え、その場から後退していった。
第3海兵戦車連隊は、後退して来た第1海兵師団所属の第1戦車大隊と、第2海兵師団所属の第2戦車大隊と入れ替わるように、戦場に突入して来た。
「連隊長!第31大隊が敵のキリラルブスと交戦を開始!既に3台を破壊した模様です!」
「了解!敵さんに、パーシングの威力を見せ付けてやるぞ!」
パイパーは、無線手のベネット軍曹にそう答えた。
彼の指揮戦車は、第33大隊第1中隊と共に前進を続けている。
第3海兵戦車連隊は、いつも通りのパンツァーカイル陣形を形成したまま、敵の石甲部隊と激突しようとしていた。
「連隊長!2時方向よりキリラルブス多数!先行する第1大隊を側面から襲おうとしています。」
「そうはさせるか!第33大隊!先行部隊を狙う敵を叩け!第1大隊、第2大隊、側面から敵が接近しつつある、停止しろ!」
パイパーはすかさず、第33大隊長に指示を飛ばした。
「こちらホワイトキューベン、了解!」
第3大隊指揮官から返事が来た後、第3大隊指揮下の3個戦車中隊は、順繰りに停止していく。
パイパーの言葉を聞いた他の戦車大隊の指揮官も、すぐに部下の戦車中隊に命令を送り、第3海兵戦車連隊に属する全てのパーシング戦車が、
隊形を維持したまま草原のど真ん中に立ち止まった。
「砲手!2時方向のキリラルブスを狙うぞ!」
「了解です!」
砲手が張りのある声音で返しながら、照準を合わせていく。
目標のキリラルブスは、依然として前進しているため、砲手はキリラルブスのやや手前を狙う。
上空にはひっきりなしに照明弾が上がっているため、容易に照準を合わせる事が出来た。
「照準よし!」
「撃て!」
パイパーの号令と同時に、砲手は砲弾を撃ち放った。
76ミリ砲の射撃よりも凄まじい衝撃が車内に伝わり、砲口のマズルブレーキからオレンジ色の発砲炎が噴き出す。
砲弾は、惜しくも目標の後ろ側に外れてしまった。
「外れたぞ!もう少し前を狙え!」
「了解です!」
パイパーと砲手が短いやり取りをしている間、装填手は、熱した薬莢を吐きだした備砲に、抱えていた90ミリ砲弾を手早く突っ込む。
90ミリ砲弾は、76ミリ砲弾よりも形も大きく、重量も増えているのだが、訓練で鍛えられた装填手は何の苦も感じる事無く、スムーズな
動きで砲弾の装填を終えた。
「装填よし!」
「照準よし!」
「撃て!」
パイパーの指揮戦車が再び咆哮する。今度の射弾は、見事、キリラルブスの横っ腹に命中した。
90ミリ砲弾を受けたキリラルブスは、搭載弾薬の誘爆を起こしたのか、大爆発を起こしながら、胴体が真っ二つに割れた。
「まずは1台……」
パイパーは小声で呟きながら、次の獲物を探す。
彼と行動を共にしていた第33大隊の各中隊も、次々と備砲を放つ。
第33大隊は、高速で移動中のキリラルブスを砲撃しているため、大多数の戦車がなかなか命中弾を得られなかったが、それでも1台、
また1台とキリラルブスを仕留めていく。
キリラルブスは、第33大隊に横合いから攻撃を仕掛けられても見向きすらせず、ひたすら先行する第31大隊に向かって行く。
先頭のキリラルブスが、第31大隊まであと800メートル程まで近付いた時、急に停止するや、残りのキリラルブスも次々と停止し、備砲を放った。
第31大隊の戦車も、横合いからキリラルブスの攻撃を受けた事に気付き、何台かが備砲を向けて応戦する。
「こちら第1中隊長車、シホット共の砲弾でキャタピラが切られた!」
「中隊長車を掩護しろ!モタモタするな!」
「畜生!敵弾を受けたせいで砲塔が回らん!!」
「目標、3時方向のキリラルブス!撃て!」
「ファック!こっちが固いもんだから、意地になって撃ちまくってやがるぞ!」
第31大隊の各戦車から、叱咤と罵声、被害報告が次々と入って来る。
だが、戦闘は第31大隊に有利な形で進みつつあった。
キリラルブスは、第31大隊の右側面から仕掛け、距離800メートルほどからパーシング目掛けて砲弾を放つ。
あるパーシングは、履帯部分に砲弾を受け、たちまち行動不能となる。別の戦車は砲塔基部に砲弾を食らい、砲が旋回不能に陥って実質的に
戦闘不能となった。
キリラルブス群の砲撃は驚くほど正確であり、外れ弾を意味する地表の爆発はあまり起こらなかった。
だが、それは皮肉にも、パーシングの頑丈さを、より誇示にする結果にもなった。
キリラルブスの砲弾は、確かにパーシングの砲塔部分や車体を捉えている。
これがシャーマン戦車なら確実に撃破しているのだが、パーシングはその分厚い装甲によって、殆どの砲弾を弾き飛ばすか、あるいは爆発させても、
砲弾の爆発エネルギーは表面部分だけに留まり、車体内部には全くと言っていいほど被害を与えていなかった。
パイパーは知らなかったが、第31大隊を襲ったキリラルブスは、第509連隊第1大隊であった。第1大隊は29台のキリラルブスを有しており、
それらは、迎撃のため、砲身を向けて来た13両のパーシングを真っ先に狙った。
キリラルブスの射手は、元々は特務戦技兵や、魔法騎士団の中で技量優秀の兵ばかりを集めただけあって、射撃のセンスは抜群であった。
彼らは、自らの射撃の腕を披露するかのように、敵の自慢である主砲塔を狙い撃ちにした。
腕の良い兵士は、それを戦場で充分に活かし、敵を薙ぎ倒して行く。
しかし、それは時として、過ちを生む事もある。彼らの過ちは、その時に起きていた。
砲塔を狙った2.8ネルリ弾は、全てが114ミリの分厚い装甲を突き破れなかった。
一部の射手は、主砲塔ではなく、履帯部分や車体に狙いを付けて砲撃を行い、それが、最初の射撃で2両のパーシングを行動、または戦闘不能にするという
戦果に繋がった。
この時、第1大隊のキリラルブス乗り達は、大きく動揺した。
なにしろ、必殺の一撃があっさりと弾かれてしまったのである。
「何をしている!次だ!早く次の弾を撃て!」
あるキリラルブスの台長(キリラルブス乗りには車長と呼ぶ者も居る)は早口で射手を促し、装填手が砲弾を込めたのを確認してから、再び砲撃を放つ。
だが、今度の射弾も、敵戦車の分厚い装甲によって弾かれる。
その時、敵戦車が第1射を放って来た。
90ミリ砲弾は、キリラルブスのやや傾斜した正面装甲をあっさりと突き破り、内部で炸裂する。
4名の搭乗員はたちどころに爆砕され、更に搭載弾薬が誘爆を起こし、キリラルブス自体もまた派手に吹き飛んだ。
この一撃で3台のキリラルブスが撃破され、4つ脚のゴーレムはその場に躯を晒した。
「くそ!ならば……車体部分はどうだ!?」
仲間のキリラルブスが撃破される光景を目の当たりにした各台長は、砲塔部分ではなく、車体部分を狙えと命じた。
生き残ったキリラルブスのうち、まず10台がパーシングの車体側面、または履帯部分を狙って砲撃する。
新たに、1両のパーシングが敵弾によってキャタピラを切断され、行動不能に陥る。それに加えて、6両が被弾する。
だが、それでも、パーシングを撃破する事は出来なかった。
お返しとばかりに、パーシングが主砲を放つ。新たに5台のキリラルブスが爆砕されるか、脚部を吹き飛ばされて擱坐した。
第1大隊のキリラルブスと、第31大隊のパーシングは更に砲火を交えるのだが、第1大隊の攻撃は敵に利かず、逆に、パーシングが砲を放つたびに、
キリラルブスは次々と撃破されていく。
「ええい!距離を詰めろ!至近距離から砲弾をぶち込むんだ!」
業を煮やした第1大隊長は部下達にそう命じるや、自ら先頭に立って、猛速で突進した。
第1大隊は、第31戦車大隊のみならず、パイパーの直率する第33戦車大隊からも砲撃を受けていたため、29台あったキリラルブスは、
僅か12台に減っていたが、大隊長はその事を気にせず、第31大隊めがけて突進した。
第31大隊の戦車も、10台が向きを変え、シホールアンル側の挑戦を受けて立った。
正面に向き終わったパーシングが、突進してくるキリラルブスに砲を放つ。
10両のパーシングは、最初の射撃を全て外す。
しかし、第2射目で1台のキリラルブスを撃破した。
続く第3射目で新たに2台撃破したが、敵キリラルブスは退く様子を見せず、僅か100メートルほどの所まで接近してから停止し、パーシングの
大きな正面目掛けて次々と備砲を放った。
大隊長車の放った砲弾は、パーシングの正面装甲部に命中し、派手に爆炎を上げた。
「やった!爆発したぞ!こんな近距離から砲弾を食らえば、あの太っちょ野郎も流石にくたばるだろう!!」
大隊長はがははと笑いながら、敵戦車の撃破を確信した。
だが、その直後……彼は信じられない光景を目の当たりにする。
敵戦車を覆っていた黒煙はすぐに晴れ、眼前には、先と全く変わらぬ威容を見せるパーシングが居た。
「……!」
大隊長の笑みが凍りついた時、パーシングの砲口から発砲炎が噴き出す。その直後、激しい衝撃が伝わり、大隊長は意識がぷっつりと途切れた。
ウィーニは、後続の第2中隊と第3中隊に合流した後、再びパーシング戦車目掛けて突進、停止を繰り返しながら砲火を交えていたが、彼女の目から見ても、
キリラルブス隊の苦戦は明らかであった。
「射撃準備よし!」
「撃て!」
何度繰り返したか分からぬ流れを経て、彼女のキリラルブスは、100グレル向こうに居るパーシングに向けて、2.8ネルリ砲弾を放つ。
だが、その射弾も、パーシング戦車の分厚い装甲の前に弾き飛ばされた。
「クッ…!」
彼女は悔しさに顔を滲ませながら、咄嗟にキリラルブスを移動させる。
今の位置から右斜め方向に前進したキリラルブスは、その直後に敵の砲撃を受けたが、発射後、すぐに移動した事が幸いして敵弾を受ける事は無かった。
ふと、彼女のキリラルブスの前を、2台のキリラルブスが全速力で駆けて行くのが見えた。
彼女はしばしの間、その2台のキリラルブスの動きを見つめる。
「……あの動きなら、敵戦車に近付けるかも。」
不意にそう呟いた彼女は、その2台のキリラルブスの後を追う事に決めた。
「……?台長、一体何を?」
通信手が聞いて来たが、ウィーニはそれを無視して、ジクザグに動きながら、パーシングに迫っていく2台のキリラルブスに続いた。
彼女は、キリラルブスの動きをこまめに変えながら前進させていく。
パーシング戦車の砲弾が至近で着弾する。爆発の衝撃が彼女のキリラルブスを揺さぶるが、損傷は受けずに済んだ。
「……なるほど、後ろに回り込もうってわけね。」
ウィーニは面白げに呟いた。
目の前を行く2台のキリラルブスは、1両のパーシングの後ろに回り込もうとしていた。
敵は依然として楔形隊形を維持しているが、敵戦車は他の味方の応戦に忙殺されているのと、射線上に味方戦車が重なるためか、あまり撃ち返して来ない。
応戦しているのは、2台のキリラルブスに狙われた1両のパーシング戦車だけだ。
先頭の1台が、遂にパーシングの背後に回り込む。2台目も背後に回り込むか、と思われたが、その瞬間、別のパーシングの砲弾を食らい、爆砕された。
だが、その犠牲は無駄ではなかった。
1台目のキリラルブスは敵戦車の背後に回り、急停止した。
即座に体を向けた後、僅か10グレル程の距離から砲を発射した。
この時、初めてパーシングが損害らしい損害を受けた。後ろから至近距離で高初速の砲弾を受けた敵戦車は、後部付近から紅蓮の炎を噴き出した。
「やった!味方がパーシングを撃破したぞ!」
その様子をじっと見つめていた射手のバンダルは、飛び上がらんばかりに喜んだ。
ウィーニはその声を聞きながら、先のキリラルブスが撃破したパーシングとは別のパーシングに向けて、自ら操るキリラルブスを接近させていく。
彼女は的確に操作を続け、遂に、目標のパーシングの後ろに回り込む事が出来た。
ウィーニはキリラルブスを旋回させ、砲をパーシングの後部に向けた。
「照準よし!射撃よし!」
「発射!!」
彼女は裂帛の勢いで命令を発した。
キリラルブスの砲が火を噴き、10グレルも離れていない位置にいるパーシングの後部付近に砲弾が命中した。
その直後、敵戦車は先程撃破されたパーシングよりも、派手な爆発を起こした。
撃破を確信したウィーニは、すぐにキリラルブスを操作し、現場から立ち去ろうとする。
ウィーニは頭の中でキリラルブスをジクザグに操作する。
後方から敵の砲弾が迫り、すぐ後ろや、側面で爆発が起こる。
至近弾が炸裂する度に、ウィーニの乗るキリラルブスは激しく揺さぶられ、時折、砲弾穴に足を取られ掛けるが、ウィーニは懸命に操作を続け、
味方を殺された米軍戦車の報復を避け続ける。
敵戦車部隊との距離は急速に開きつつあったが、ウィーニは初めて、計り知れない恐怖感を感じていた。
(なんて事……これが、アメリカ軍との戦い……いや、“本物の戦場”という奴か……!)
彼女は、胸の内で独白しながら、必死にキリラルブスを操り続けた。
敵部隊から1000グレルほど離れた時、通信手から2つの報せが伝えられた。
「台長!第1大隊長が戦死した模様です!それから、後方の第510連隊が前線に到達、敵戦車部隊と交戦を開始した模様です!」
午前0時30分 レスタン領ロイクマ
戦闘が終結してから30分が経ち、パイパーはようやく、車長席のハッチを開け、上半身を外界に晒す事が出来た。
「……こりゃまた……凄い光景だ。」
パイパーは、ため息を吐きながらそう呟く。雪が降っているため、彼の口からは濃い白い息が吐き出された。
先程まで、彼の戦車は敵の大部隊と戦闘を繰り広げていた。
パイパーの指揮戦車と、生き残りの戦車の前方には、多数の火災炎が立ち上っていた。
30メートルほど前方には、90ミリ砲弾を食らって真っ二つになったキリラルブスが、濛々たる黒煙を上げながら炎上している。
そのすぐ後ろには、不運にも撃破され、煙を噴き上げるパーシングがある。
戦車の側では、脱出した乗員が衛生兵の手当てを受けていた。
目を別の方向に向ける。
そこには、多数の破壊された輸送用の物と思しきキリラルブスと、無数とも思える歩兵の死体が見える。
戦死者の死体の中には、海兵隊員と思しき者も多く見受けられ、その多くは、構築された塹壕の周囲に散乱していた。
「む……あれは……」
この時、パイパーは、後方から走り寄って来るM3ハーフトラックに気付いた。
ハーフトラックはパイパーの指揮戦車の右側に停止した。
荷台の上から、誰かがパイパーに向かって手を振って来た。
「おいパイパー!生きていたか!」
「スチュアート大佐。」
パイパーはそう返事してから、指揮戦車から降りる。
彼は、ハーフトラックから降りて来たスチュアート大佐と固い握手をかわした。
「何度か危ない目に遭いましたが、なんとか……」
「損害の方はどうかね?」
「なかなか酷いです。交戦開始前は、105台はあった稼働戦車が、今じゃ79台に減っています。定数の半分程度ですよ。」
「……君にばかり無理を押し付けた形になってしまったな。」
スチュアート大佐は申し訳なさそうに言った。
「いえ……損傷戦車の半数は、修理すれば戻ります。それよりも、大佐の連隊も相当な被害を受けているようですが……」
「ああ、たっぷりさ。お陰で、2個中隊相当の兵力が、連隊の編成から消えたよ。」
スチュアート大佐は顔を曇らせながら、周囲を見渡した。
「第1海兵師団と第2海兵師団の損害はまだ分からんが……あちらさんも今日1日で結構な損害を受けている。特に、師団直属の戦車大隊は
半壊状態のようだな。」
「シャーマンじゃ仕方ありません。それに、敵のキリラルブスは高確率で砲弾を当てて来ました。75ミリ砲弾に匹敵する砲弾を受けては、
シャーマンジャンボでもない限り、大損害を受けるのも仕方ありません。やはり、我々が先行すれば良かったですかね。」
パイパーはスチュアート大佐に言いながら、自らが下した判断に後悔の念を抱いていた。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、スチュアート大佐の第3海兵連隊と共に、午後1時30分から再び前進を開始し、午後5時までには
敵の主要防御線があるロイクマまで、あと3キロにまで迫った。
パイパーはここで、師団司令部より前進停止命令を受けた。
彼はこの命令を無視しようかと考えたが、師団司令部より送られた敵信情報が彼を躊躇させた。
師団司令部は、敵が本格的な装甲部隊を防御線に配備している様子を事細かに伝えており、敵部隊は、約200台以上のキリラルブスを伴う事がわかった。
パイパーは、このまま前進するかどうか決めかねていたが、師団司令部から送られて来た更なる命令電を受信した事から、彼はそのまま、停止命令に従う事にした。
第3海兵師団司令部は、パイパーに第1海兵師団と第2海兵師団に属している2個戦車大隊と共に前線を突破せよと伝えていた。
パイパーの戦車連隊は、この時までに105台に減っており、総戦力で2倍以上の差を誇る敵装甲部隊と戦うには荷が重過ぎた。
彼は、第1、第2海兵師団の戦車大隊が到達するまで、一時前進をストップし、増援の2個戦車大隊が来るまで待機に入った。
午後5時30分には、第1戦車大隊と第2戦車大隊の80両のシャーマン戦車が到着し、いよいよ前進再開の時が近づいて来た。
そこで、パイパーは第1、第2戦車大隊の指揮官達と話し合い、防御力、攻撃力共に優れている第3海兵戦車連隊が先行し、第1、第2戦車大隊はその後ろから
続行して来てはどうかと提案した。
だが、第1、第2戦車大隊の指揮官は、この提案に難色を示し、機動力の劣る重戦車部隊が敵に包囲されれば分断され、各個撃破の憂き目に遭うと発言し、
機動力の勝る第1、第2戦車大隊に先鋒を務めさせ手はどうか、と、逆に提案された。
パイパーはこの提案を一蹴しようかと考えたが、重戦車であるパーシングは、不整地では確かに遅く、目一杯スピードを上げても30キロ台が限度である。
それに対して、第1、第2戦車大隊のシャーマン戦車は、なりこそパーシングよりも世代が古いが、型式はM4シリーズでは最新型のA3E8
(後にイージーエイトと呼ばれる)であり、機動力もこれまでのM4シリーズと比べ、格段に向上していた。
また、この時には、第5艦隊司令部から陸軍航空隊に要請した、夜間の近接航空支援が実施されるという報せも入っており、第1、第2戦車大隊の指揮官は、
空襲で戦力が減少した敵石甲部隊なら、M4シャーマンでも戦える筈だ、と、強く主張していた。
パイパーはやむなく、第1、第2戦車大隊指揮官の案を受け入れ、第3海兵戦車連隊は後方で掩護する形となった。
だが、戦闘は第1、第2戦車大隊指揮官が予想していた物とは異なり、先行のシャーマン戦車群は、手錬のキリラルブス群の猛攻の前に、終始押されていた。
第1、第2戦車大隊、反撃で20台以上のキリラルブスを撃破したが、逆に37台の戦車を撃破され、第1戦車大隊長は戦車上戦死するという事態にまで至った。
パイパーは、第1、第2戦車大隊が形勢不利と見るや、すぐさま第3海兵戦車連隊を前線に押し出す一方、第1、第2戦車大隊の生き残りに一度退くように命じ、
戦況の挽回をはかった。
パイパーの指揮する第3海兵戦車連隊は、敵のキリラルブス相手に獅子奮迅の働きを見せたが、敵も新手のキリラルブスを投入してパイパー戦隊の前進を阻もうとした。
また、敵は後方の石甲機動砲兵連隊から支援砲撃を行い、前進中の戦車部隊を苦しめた。
敵の砲兵隊は、後からついて来た砲兵隊によって制圧されたが、その後も戦闘は激しさを増し、最終的には、双方とも機械化歩兵、または石甲化歩兵を投入しての
激しい攻防戦が展開された。
午後0時。第3海兵戦車連隊は、第1、第2戦車大隊の生き残りと共にキリラルブスの反撃を退け、敵が構築した塹壕線の突破に成功。
続行し、あとから戦闘に加わった第3海兵連隊も、第21海兵連隊と共同で敵の石甲化歩兵部隊を撃退し、敗走させた。
この時点で、第3海兵師団は敵の主要防御線……第3予備陣地の後方5キロ地点にまで進出を終えていた。
午後0時10分頃になると、カレアント軍第1機械化騎兵師団も前線の突破に成功し、北部戦線で迎撃に当たっていた敵部隊も、第3海兵師団が後方に回り込む事を
恐れ、軍団単位で後退を始めた。
第3海兵師団の損害は無視できぬ物があったが、彼らが得た成果は大きかった。
だが、パイパーは、心中では第1、第2戦車大隊を先行させた事を悔いていた。
もし、第3戦車連隊が先行していれば、第1、第2戦車大隊は戦力の半分近くも失う事にはならず、第1戦車大隊の指揮官も戦死する事は、無かったのではないか……
「パイパー。君の気持も分からんではない。だが、過ぎた事を悔いても仕方がない。それに、君達が先行していたら、大損害を被っていたのは君らかも知れん。ここは戦場だ。
味方に犠牲が出る事は覚悟しなければならない。」
「は……確かに。」
「戦友たちの死は悲しい物だが……それと引き換えに、我々は敵を敗走させる事が出来た。パイパー、私達は、彼らの死を無駄にする事無く、務めを果たす事が
出来たんだ。そう気を落とす事もあるまい。」
「……そうですな。」
パイパーはスチュアート大佐の言葉に納得し、深く頷いた。
午前1時 レスタン領フルクヴォ
ウィーニは、ロイクマから東3ゼルドの場所にある臨時の終結地点に到達した後、他の隊の生き残りと共に30分程待機していた。
「……集まったのは、たったのこれだけ?」
ウィーニは、自分の目に映った光景が信じられなかった。
出撃前、144台はあった第509石甲連隊のキリラルブスは、今では68台しかなかった。
その68台のキリラルブスも、体のあちこちが爆炎で煤け、破片で細々とした傷が付いている。
それは、共に脱出して来た第510連隊も同じであった。
「台長、510連隊の生き残りは、3個大隊合わせて70台しか無い様です。」
「70台……第5親衛石甲師団の主力である2個石甲連隊が……たった数時間で壊滅って……」
ウィーニは、脳裏に、あの悪魔的な性能を持つ戦車の姿を思い浮かべる。
パーシングと呼ばれるその戦車は、驚異的な防御力で味方の砲弾を悉く弾き飛ばし、圧倒的な火力で持って、味方のキリラルブスを吹き飛ばした。
彼女は、偶然にも1台のパーシングを撃破していたが、所属していた第1中隊は、16台中14台が撃破され、生き残りは彼女のキリラルブスも含めて、
僅か2台という有様であった。
第5親衛石甲師団は、この2個石甲連隊に加えて、最後の塹壕線に第511魔法石甲騎士連隊を布陣し、第512石甲機動砲兵連隊にも掩護射撃を行わせ、
砲兵連隊は満足に砲弾を撃たぬ内に敵の砲兵隊に制圧され、防戦に努めた歩兵部隊やキリラルブス隊の奮闘も、勢いに乗るアメリカ軍部隊の進撃を止める
事はかなわず、遂に押し切られてしまった。
結局、第5親衛石甲師団は担当戦区から叩き出され、師団の戦闘キリラルブスは半数以下に、第511連隊も1個大隊に壊滅的打撃を受け、戦闘力が大幅に低下した。
不幸中の幸いとして、第512石甲機動砲兵連隊は一応健在であり、各種支援部隊もほぼ無傷で残っているため、師団としての戦闘能力は、
辛うじて残っている。
とはいえ、第5親衛石甲師団が、この数時間で多数の戦力を失った事は確かであった。
「パーシングさえいなければ、俺達は勝つ事が出来たんですが……」
中から、失望を滲ませた声が響いて来る。
声の主は、射手のバンダル伍長だ。
「台長、俺達って……アメリカ人達に勝つ事が出来るんでしょうか……パーシングという化け物を、大量に投入して来るあいつらに……」
「……どうなんだろうね………」
ウィーニは、ただ、小声でそう言うしか出来なかった。
「……これが、本当の戦争………あたしが本国でやっていた任務は、こんな物に比べれば、なんとも小さく、くだらない物なんだろうか……」
彼女はそう呟きながら、敗戦という現実の前に、酷く打ちのめされている自分が居る事に気付く。
同時に、個人の魔法技術や、圧倒的な格闘術、そして、洗練された暗殺術を駆使した闇の仕事で世の中を変える時代は、もはや終わりを告げたという現実を、
痛いほどに感じ取っていた。
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SS投下終了です。長い間間隔が開いてしまい、申し訳ありませんでしたm( __ __ )m
955 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 20:57:42 ID:Xlst5aOg0
戦車は「台」ではなく「両」だと思うが間違えたのかな?
956 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/07/27(水) 21:25:45 ID:h8ytV.eo0
ぐは、申し訳ありません。訂正ミスですorz
あと、他の所にもちょくちょくミスが……申し訳ないですorz
957 :名無し三等陸士@F世界:2011/07/27(水) 22:02:22 ID:qJ6WMSIk0
>>955
正確にはどちらかに統一されているわけではないですね>読み方
戦車に関しては「台」でも「両」でも合っているようです。
多分キリラルブスの数え方と混ざっているだけだと思われます。
ttp://www.benricho.org/kazu/sa.html#se
みんなの知識~戦車の数え方