自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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『WROLD ALL』(仮題)



子供のころ、私は幸せでした。
都市の城壁の外の、農村部に住む農民階級の小さな家庭の4番目の子供として生まれて、
あまり恵まれてはいなかったし、小さいし女の子だったのであまり働くこともできないので、
家族からは厄介者扱いされていましたが、それでも毎日家の仕事の合間に村の子供たちと
遊んでいるときは、ずっと永遠に幸せが続くのだと思っていました。
冷たい水を汲みに行くのも、重たい薪を運ぶのも、自分よりもさらに小さな弟や妹たちの面倒を見るのも、
友達と春の野原や、夏の小川や、秋の木陰や、冬の白い丘で無邪気に笑ってはしゃいでいられる時のためにあると思えば、
そんなに辛くは無いのでした。

その頃の私は、世界は光と善意に満ち溢れていて、時々荒らしの来る月や霜の害がある年が来る以外は、
苦しいことも悲しいことも無くて、穏やかな日々が続いていくのだとばかり考えていました。

それが唐突にそうでなくなったのは、私が11歳の誕生日を過ぎた頃だったと思います。
私が見えているもの、感じているもの、触れることができるもの…皆も同じように、そうだと思っていたものが、
そうではなかったのだと、思い知らされた時は、変な言い方かもしれませんが頭が真っ白になって、そして
目の前が真っ黒になって、自分の体が、周りの景色が、灰色になってしまったような感じがしました。

事の発端は、些細なきっかけに過ぎませんでした。
あるとき私はふと、それが出来るのではないか、と思ってみたのです。
前から私には、それが見えていました。 でも、他の皆には見えないものだと言うことには全然気がつかなかったのです。
道端の石ころや、テーブルの上の木で出来た食器や、自分の靴やスカートのすそが、それらの集まりで出来ているのを、
小さい頃の私はそれがどんなに重要な意味を表しているのか、まったく知る由も無かったのです。
そしてそれを、自分の意思で触って、感じて、動かせるのだと気がついたときは、自分でも物凄く…牛の口から大きな蛙が
飛び出た時みたいにびっくりしました。
やってみよう、と思ったときは本当にそれが出来るなんて思いもしませんでした。
本当に、ほんの軽い気持ちだったんです。
でも私は、それを実際に、思ったことを寸分たがわず実行してしまったのです。
私は本当に本当にびっくりして、皆に見せに行きました。 そして皆の前で、それをもう一度やって見せたのです。
私の手の中で、それを形作っている小さな小さなものが、私自身の意思で自由に動き回るのを、皆は見ることが出来ませんでしたが、
みんなはそれが、確かに形をまげてぐにゃりとへし折れるように曲がったのを確かに見ましたし、驚かなかった子はいませんでした。
女の子の中には、驚きすぎて泣き出してしまった子もいたぐらいです。

私は得意になって、それを、大人たちにも…一番最初に両親へ見せに喜び勇んで走って行きました。

最初、私は何を言われたのかよく理解できませんでした。
多分、悪魔、とか何か、それを意味する言葉を言われたのだろうと思います。
呪われた、という言葉も聴いたように思いました。 でも、その時はその言葉を知らなかったので、今思えばそんな言葉を言われた
ような気がするだけで、本当はもっとひどい意味の言葉を言われたのかもしれません。
ただ、両親が憎しみと蔑みと、畏れに満ちた表情を私に向けていたことだけははっきりと覚えています。
私はそのときの両親の顔を、一生忘れることが出来ません。

幾らもたたないうちに、皆は私と遊ばなくなりました。
皆は「魔女と遊んではいけない、呪いが染るから」と言われたのだそうです。
両親も兄弟も、私を避けるようになりました。
もともと小さな家で、下のほうの子供だった私には家の中に自分の場所というのは無かったようなものだったのに、さらに家の隅に、
最後には物置小屋か馬小屋に追いやられて眠るようになりました。
どうしてそんな仕打ちを受けるようになったのか、最初はその理由がまったくわかりませんでした。
でも、村の中でそういう風に疎外される日が続いていくうちに、なんとなくその理由がわかってきました。
今は、どうして両親が私を憎むようになったのか、友達だった子達が私に近づかなくなったのか、理解しています。
でもその頃は、私はとても理不尽な仕打ちを受けたように思えて、どうして?と思いつつ毎晩藁の上で泣きながら眠ったのでした。

私は家の仕事を手伝わなくてよくなった代わりに、もう友達と遊ぶことが出来なくなってしまいました。
春の野原や、夏の小川や、秋の木陰や、冬の白い丘で無邪気に笑ってはしゃいでいられたあの日々は、今では遠いどこかへ過ぎ去ってしまったのです。
私は、たった一人で村はずれの小さな丘の上で寝転んで空を見ていることが多くなりました。
他にすることも何も、一切無かったのです。 誰とも会わず、誰とも話さない日々は、時間がただ流れていくのがとても苦痛で、
そして寂しくて、私はこれから先、ずっとこの痛みや寂しさに一人で耐えていかなければ行けないのかと思うと、その度に涙が止まりませんでした。

そんな日々が幾日も続いたある日、唐突にたった一人だけ、友達が戻ってきてくれました。
その子は私より三つだけ年下の男の子で、なのに生意気で、負けず嫌いで、よく泣かされて、そしてやさしい子でした。
輝かしい、幸せに満ちた日々が戻ってきました。 友達は、その子一人だけになってしまったけれど、私たちは二人きりで、
以前のように笑ったりはしゃいだりする時を過ごすことが出来ました。

私はその子に、自分と遊んでいて怒られないの?と尋ねたことがありました。
その子は、私が魔女だとか呼ばれて、一緒に遊んではいけないと言われるのは間違っている、というような事を言いました。
同時に、魔女でも何でも、私は私なのだ…と言う意味のことを言ってくれました。
今から思えば、その子は小さいなりに随分としっかりした考えを持っていたのだな、と思います。
顔を半分以上真っ赤にして、大人たちや他の子達への憤懣を交えながら私に自分の考えを一生懸命に伝えようとする
その子の存在が、私にとってどれだけの励ましと支えになったかは計り知れません。
私は、その子のおかげで孤独にはならずにすんだのですから。

けれども、その子と共に過ごせた時間はあまりにも短いものでした。

修道会の司祭という人が私を迎えに来たのは、その子が戻ってきてくれた日から一週間たった頃でした。
その日は両親と他の大人たちが何かを話していました。 私がそれを聞いた分には、魔女や魔法を使える人間は、修道会に預けなければいけない決まりになっているのだそうです。
私は、そこで始めて、自分があの日見せた行為が「魔法」なのだということに気づかされました。
同時に、それは人々からとても忌み嫌われているものなのだと知りました。
けれども、修道会から来た司祭様は私に「それは違う」と言いました。

「魔法は、神様が人間におあたえくださった、神様の力の本の一部で、とても神聖なものなのだから、魔法を使える君は呪われてなんかいない。 むしろ、祝福されているんだよ。 だから胸を張っていなさい。 恥ずかしがることも、恐れることもしなくていい」

司祭様はそう言って、私の頭を優しくなでてくれました。
誰かの頭をなでてもらったのは、それが初めてだったので…両親すら、私にそんな風にはしてくれたことが無かったので、とても嬉しかったのを憶えています。

修道会の紋章が描かれた幌馬車に乗せられる時、友達だったあの子が泣いていました。
私が連れて行かれるのが、とても悲しかったのだろうと思います。
その時はその子の両親がそばにいたので、私はその子に別れの挨拶を告げることが出来ませんでした。
もしその日、別れが唐突に来ることが前の日にでもわかっていたのなら、私とその子は一日中を使ってたくさん思い出を作って、決して互いを忘れず、友達でいようと硬く約束を結ぶことが出来たのでしょう。
でも運命というのは、何もかも幸せなことばかりを運んではくれなかったのです。
そうして私とその子は、理不尽な見えない何かの力で再び引き裂かれてしまって、私は馬車の中で悲しくてずっと泣いていました。
でも、不思議なことに生まれ育った村を離れることや、両親や兄弟たちと別れることは少しも悲しくも寂しくは無かったのでした。

修道会についた私は、さっそく修士服に着替えさせられて、その日から魔法とこの世界の構成と、神学についての勉強と訓練が始まりました。
勉 強と訓練は水汲みや薪運びといった家の仕事よりもずっと辛いものでしたが、修道会には私と同じように連れてこられた子供たち(司祭様や司教様は「姉妹」と 呼びました)がいて、彼女らと話したり遊んだりすることの出来る時間はとても楽しくて、辛いことを忘れさせてくれました。
春の野原や、夏の小川や、秋の木陰や、冬の白い丘は、もう遠くなってしまいましたが、その代わりに修道会で過ごす新しい日々が始まって、私は姉妹たちと共に毎日を幸せに過ごしていました。


でもやはり、そんな日々は永遠に続くことはありませんでした。

それが起こったのは、私が19歳の誕生日を迎えた頃でした。
まだら色の服を着た異世界の兵士たちが、この世界に現れたのは。

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