自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

022

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
艦上でパーティーが繰り広げられている頃、バスラの市内には何十人もの自衛官たちが
繰り出していた。彼らのその目的はもちろん、気晴らしである。
陸を歩くことでストレスを緩和し、さらには状況を徐々に理解させるという目的のもと、
順番ごとに隊員を上陸させ、英気を養わせているのである。

ただし一般に言う半舷上陸などとは違い、通訳が付いて買い物などを出来るだけという、
いわば制限付き休暇である。外交班からの引率役に自衛官たちが付いていく様は、
さながら修学旅行か慰安旅行のようであった。

「えーみなさん、本日は支給金による買い物が出来ます。節度を守って買い物を
楽しんでください。なお、事前通達の規則を守らないと大変危険でーす。以上!」

大声で全員に呼びかけているのは、リーダーの事務官の山村である。実際に街で
行動する場合には、言葉のみならず風俗・習慣も理解していなければならない。
そのために、彼のように現地の理解が深い者が引率の長なのだ。

しかし彼に対して、敬意を払う者はほとんど居なかった。注意事項を述べている
途中から、場が騒がしくなり始めたのだ。他の引率隊員が注意をするが、なかなか
ざわついたまま収まらない。

「よーし、今日は香料と酒と装飾品だ。酒保にもこればっかりはそう置いてねえしな」
「そんなもん買って女でも引っかけるのか?その前に口説き文句の一つも覚えろよ」

「揚げ菓子と揚げ肉とえーと、兎に角脂っこい物買い込むぞぅ」
「ここの陽気じゃそんなに持たないぞ。保存料無しの天然素材のみだからなー」

「皆さん静かにして下さい!各市場通りの移動時間は十分です!但し私の指示で
緊急に移動することがありますので、気を付けて下さーい!」

「うるせえ!女なんて言葉が無くてもどうにかなるものよ。目と目で充分だ!」
「そんな甘いこと言ってるから未だに彼女いる歴一年越えないんだよ!」
「注意事項は以上です。それでは出発しますよー!付いて来てください!」

出発前の集合は、この時点で既に混乱をきたしていた。自衛隊員は集団行動力が
高いはずなのだが、その統率力も今は発揮されていなかった。

しかしそれも無理はない。なにせこれは公式(という風に司令部が認めた)休暇で
ある上に、今回の案内役は事務官である。環境の激変で隊員達も士気が落ちて
来ているため、階級以外の秩序機構が働きづらくなっているのだ。

このように雑然とした状況の中で、ガス抜きの市街観光は始まった。

「なあ、俺達ひょっとしてはぐれたか?」
「ああ間違いなくはぐれた。もうほぼ完璧に」
「どこにも居ないな。背中くらいは見えても良いはずなんだが」

状況の混乱は、たいていの場合ろくでもないトラブルを引き起こす。
彼らの場合は正にそれであった。三人の隊員が市場通りの店内を見ている
内に、移動指示を聞き逃して取り残されたのである。

「どうする?ここで待つか、探すか。どっちにしろやばいけど」
「最悪なのは、言葉が一切通じないって事だ。まだ単語も満足に分からないしな」
「全く、英語グローバルの素晴らしさが良く分かるよ。ちくしょうめ」

中世の中東世界において、いや古代ローマの時代からブリテン島は「文明の外れの
ど田舎島」であり、当然この時代に七つの海の支配権も大植民地も無い。だから
英語など知っている者は、ごく一部の奴隷か欧州の者だけなのである。もっとも
彼らが話しているのは、現代では失われた古代英語などなのだが。

そう言ったわけで、自衛官の持つ英語の実践的能力は、ここでは役に立たなかった。
万が一怪しいと見られてしまっても、何も答えられないのだ。下手をすれば警察隊
すら呼ばれかねない。

そこで彼らが待つか動くかを考えていると、通りの手前から男の声が聞こえてきた。
それは通り全体に響く大声で、似たような調子の言葉が何度も繰り返されている。
ちょうどバナナのたたき売り、ガマの油売りのような『呼び込み』のそれに近く
韻を重視した、どこか興味を引く声だった。

「向こうから声がするぞ。何かあるのかな?」
「興行か見世物でもやってるんじゃないか。人だかりが出来てるし」
「とすると、他にも誰か居るかもな」

他の隊員を見かけなくなったのは、皆が何かを見に集まったからだと彼らは
判断し、とりあえず仲間のいそうな人だかりへと向かうことにした。
***************************************************
「皆さん付いて来てますか?点呼を始めまーす!」

三人が人だかりへ向かったその頃、隊員達の本集団は別の通りにいた。実は隊員の
ほとんどは、緊急移動の指示に従って前の通りを離れていたのだ。そして指示を
聞き逃した彼らだけが、置いて行かれたと言うわけだった。

点呼が始まると流石に素早く、隊員達はものの数分で全員の確認を3度行った。
そして確認を行った結果、数名の隊員がはぐれていたことが判明した。すぐに
所在を割り出すため、聞き込みが開始される。

「いないのは、三山さん、七尾さん、五木田さんの三人ですね?最後に三人を
見かけた人、どなたかいらっしゃいませんかー?」

引率の隊員たちが呼びかけてから、数十秒のざわめきがあったのちに
大声で返答があった。

「確か三山さんはさっきの通りで、どこかの店に入っていってましたー」
「あとの二人も一緒にいたから、多分同じ所だと思いますー」
「前の通りの店ですねー!分かりましたー!どうも」

このようなやり取りの後、引率のリーダーたる山村はすぐに判断を下した。

「これから僕が一人で、三人の捜索に向かう。ここに待機して出来る限り動かず
待っていること。もし30分待っても帰らなかったら船へ帰還する事。トラブルが
発生したらひたすら謝ること。以上」

山村はたったこれだけ告げると、急いで前の通りへの道に走って行ってしまった。
***************************************************
「はっ、はっ。まったく、えらい事だ。早く、探し出さないと」

山村は息を途切れさせながら、汗みずくになって歩いていた。全力疾走を数秒前に
やらかしたため、ほとんど普通の歩きに近い速さで動いている。その為に
多少のグチを喋る事が出来たのだった。

えらい事という単語を口にしながら、彼はこの後の展開を想像していた。現状で
最悪の展開とは、街のごろつきに囲まれる事ではない。女性に何かしでかせば、
強い信仰に支持された死刑が待っているが、悪党は金と権力で誤魔化せる。
しかしこの時彼の脳裏に有ったのは、もう一つ最低のビジョンであった。

「三人か・・・場合によっては口止めがいるんだよなあ。酒とタバコと、あとは
何かで優遇して黙らせるか。許可が下りればいいんだけど」

そんな事をつぶやきながら、彼は三人がいると思われる、いや確実にいると
予想できる人だかりの元へと近付いていった。
*************************************************
山村が探しに向かう少し前、三人は人だかりの中をかき分けて、奥へと入り
込んでいた。全く見世物らしい雰囲気で、人だかりは老若男女に貴賤を
問わないような、雑多な人の集まりだった。

「通してくださーい。通ります。失礼」

彼らは取り敢えず日本語で謝りながら、人波をかき分けて進んでいく。もちろん
意味など通じてはいないが、耳慣れない異国語に驚いて皆引いてしまうから、
ある程度の効果はあった。

彼らの狙いは仲間の隊員を捜す事だったが、それがどこにいるかは分からない。
ならばとにかく接触するかもしれないと、前へ前へと進み出て見る事にしたのだ。
しかし誰にも会わないまま、彼らは虚しく最前列付近へたどり着いてしまった。

「おい、誰かに会ったか?三山」
「いや?誰もいなかった。五木田は?」
「こっちもダメだ。日本語すら聞こえないし、居ないのかもな」

顔を見合わせながら落胆した後、彼らは取り敢えず見世物を見ていく事に決めた。
人波をかき分けたのにすぐ出ていくのも気まずいし、単純な興味もあった。
面白おかしい芸、不可思議な魔術、爽快な軽業に珍妙な動物たち。彼らの期待した
見世物とは、要するにそういう物であった。

しかしその予想とは裏腹に、怪しい布がけの檻も無ければ、麻縄のような小道具さえ
運ばれて来なかった。代わりに人波の前のスペースには、木で出来たお立ち台のような
ものと、腰を紐で繋がれ、手首に枷をはめられた幾種類もの「人」が運ばれて来た。
*********************************************************
山村がたった一人で探しに出た理由は、何種類もあった。まず一つには、数十人いる
隊員の大半は、ろくに喋れない素人ばかりだからだ。彼らを駆り出しても二重三重に
トラブルが増えるだけで、余計に探しにくくなるのは分かっていた。

第二には、その素人を統率する人員が足りない事だった。自分一人抜けただけでも
危険なのに、それ以上人を抜いては万一の時に対処できなくなる。

そして最後にして最悪の理由は、彼らがこの時代の様々なことを受け入れきれない
だろうからだ。人によっては精神の平衡が狂うかも知れない。ならば頭でだけでも
理解している自分が、それに対処すべきなのだと山村は思っていた。

「な、なんだ?一体何が始まったんだ?」

薄々感づいていながらも、三山の脳はその事を考えないようにしていた。目の前に
平然と広がる光景が、全くその理解と常識に反していたからだ。

壇上に裸の男が上がると、自分の周りにいる男達が声を張り上げる。金銀で着飾った
偉丈夫から、欲で濁った目の不気味な男まで、皆一様に似た言葉を発している。
そこへ更に手振りが主催者らしき相手と交わされ、歓声と悲鳴が同時に木霊する。

そして、最後に大声を張り上げた男に、裸の男の腰紐が手渡される。そして主催者は
その代わりに、貨幣が詰まっているらしい袋を受け取っている。

「こりゃあ、人身売買だな。というかこの時代なら奴隷か」

七尾は諦観したような声で、状況を明確に断言した。彼らの目の前で自然に行われて
いるその行為は、どう考えても奴隷の売買なのだった。

「さっきの男、ありゃあホモだな。目がどう見てもソレモンだった」

顔が女性的な五木田は、即座にそれを見抜いていた。彼自身もまたソレモン、
つまり衆道趣味者、男色家に尻を狙われた経験があるからだ。

息も絶え絶えな山村の声が彼らの耳に届いたのは、ちょうどその直後だった。

タグ:

SL 001-059
+ タグ編集
  • タグ:
  • SL 001-059
ウィキ募集バナー