自衛隊員たちは門番の一人に案内されて、屋敷の敷地を進んでいた。イスラムの教えでは
「旅人に対する厚遇」というのが有るから、門番に旅の商人として連れて行って貰えば、
見咎められたりする面倒が無くなる、と事務官が提案したのである。
「しかし見た目はあまり良くないな。イメージとは随分違う」
芝尾は屋敷を見て、思わずそう漏らした。しかしすぐに事務官から突っ込みが入る。
「この時期の建築様式は、まだインド様式と混交していませんからねえ。外装は
二の次で、内部空間の充実に力を注ぐのが基本なんですよ」
「そういう物なのか?なら内装は凄いという事だな」
「特に応接間は、全力を注いでいますからね。豪華絢爛と言うところですよ」
「それは期待できそうだ。旅人へのもてなしも含めて」
こんな話をしている間に、芝尾たちは屋敷の応接間へと通された。
芝尾たちの目の前に広がったのは、壮麗で美しい空間だった。壁という壁、いや
天井や床に至る全てに、色とりどりのタイルが敷き詰めてある。繰り返しや
同形の模様が連続し、色彩的数学的美しさを見せつけている。
窓からは中庭が見え、流れる水と草花が目に飛び込んでくる。市中では目にする
ことが出来ない程、まとまった緑がそこにはあった。日本の箱庭とは大分
趣が違うものの、砂や海の単調さに慣れた目には鮮やかである。
全員が驚いてその場に立っていると、奥の方から髭の男が声を掛けてきた。
彼は白いターバンを巻き、宝石箱のようにきらびやかな服を着て座っていた。
「東方からの旅人よ、良くおいでなさった。遠慮せずにくつろいで貰いたい」
髭の男はだれがどう見ても、この屋敷の主人シャーリーフだった。
「ご歓迎感謝いたします。では、我々も席に着かせていただきます」
シャーリーフの言葉に事務官が答え、全員が席に着いていった。
*************************************************************
宴席はすぐに盛り上がった。事務官が大嵐から抜けてたどり着いたと言うと、
その話にシャーリーフが飛びついたからだ。遠く外国から嵐の海を抜け、
正に波瀾万丈といった航海をしてきた話、敵と間違えられて矢を射かけられた
話などには、彼は特に食いつきがよかった。
「それで?そのあとどうなったのだ?」シャーリーフは何十回も質問をした。
事務官がすこし戸惑うほどに、話の様々なことを聞いてきたのだ。
もちろん事務官が戸惑っているのは、話のつじつまを合わせられずに混乱
し始めているからだ。幾ら何でも、マストやら帆の話を突っ込まれても
どうにもならない。
事務官はその手の質問を受けると、海自隊員から聞いた帆走艦の知識や、いままで
見た映画などの知識を使ってひたすらでっち上げを行った。しかしそれも限界に
達し始めていた。
その時ちょうど望田が助け船をだした。「山村君、そろそろアレをお見せしても
良いころなんじゃないかな?」
事務官は望田に呼ばれて、シャーリーフとの会話に一瞬間を空けた。そして
その隙に何とか質問責めを抜け出し、話題を転換した。
「今までは航海の話をしましたが、今度は我々の持ってきた品の話をしましょう」
山村事務官はそう言うと、シャーリーフに箱を持っていった。
そこでシャーリーフの顔が、あからさまに表情を変えた。今までは
興奮気味に話を聞いていたのに、急に白けた顔つきになってしまった。
無理もない。普通なら豪華な箱や珍しい箱を期待するところに、無地の茶色い
段ボール箱がでんと置かれたのである。(まあ珍しさは最高だといえるが)
流石にシャーリーフも沈黙し、引きつったような顔になって箱を開けた。
しかしそれからの反応は、門番二人と同じようであったが。
彼が最初に目にしたのは、数字らしき物が乗った円盤だった。薄い円盤の真ん中から
細い棒が生えており、それが数字の上をぐるぐると横に回っていた。
シャーリーフはそれを掴むと、先程以上に勢いづいて質問を始めた。
「これは一体何の道具なんだ?勝手に動いているぞ。こんな円盤のどこに仕掛けが?」
「これは時計です。勝手に動く仕掛けは、その後ろの小さな箱に入っています」
それを聞いたシャーリーフは、ますます興奮と驚きに包まれた。
「凄い!このように小さな所にジンを入れられるとは!凄い技術だ!」
シャーリーフのその言葉に、今度は山村が思わず質問した。
「すいませんシャーリーフ様、門番や役人も言っていたのですが、その
『ジン』と言うのは一体何なのですか?」
山村の発言に、興奮気味だったシャーリーフも一瞬止まった。
「ああ、ジンとは要するに精霊や魔神のような、神から力を授かった
ものの事だ。我々はジンと呼ぶが、貴国では何というのかな?」
山村は話についていけず、茫洋となった。彼は思った。話の論点が微妙に
ずれている。いや、合っているようでどこかが決定的に噛み合っていないのだ。
その噛み合っていない点とは・・・
「ジンとか精霊とか、そんな物がいるんですか?というか、それは別にジンで
動いている訳ではないんですが」
山村が思ったところを述べた途端、シャーリーフもまた茫洋となった。
「ジンではない?ならばこれは、一体何で動いているというのだ」
「からくりです。小さいから信じられないのかもしれませんが、その裏にある
小さな箱がその時計を動かしているんです」
山村は自分で口に出しながら、少しばかり思い直した。要するに動力源が理解
出来なかったから、魔法とか何かで説明付けようとしたんだろう。それならば
これまでのつじつまも合う。
山村はそう考えて一人納得した。しかしシャーリーフは納得の行かない様子で
時計をじっと眺め、また奇妙な発言をした。
「やはり納得できない。これにジンが入っていないか、確かめて良いかね?」
「別に確かめても良いですが、分解用の道具が今ありませんので」
納得が行くまでやらせれば、きっと納得してくれるだろう。しかし分解は
できないから踏み壊すしか無いな。まったく血税が勿体ない。
と山村は思ったが、シャーリーフは想像の斜め上を行く行動を取った。
「分解道具など要らない。魔神を使えばすぐに片付く」そう言うとシャーリーフは、
おもむろに額のターバン止めの宝石をさすりだした。
山村はその行動を、半ば呆れる思いで見つめていた。どうせ何かのまじないだろうが、
そんな事に何の意味が有るのだろうか?魔神や精霊など、いるはずも無いのに。
「いでよ、宝石の精!」
山村はその言葉を聞いて、危うく笑いそうになった。そして彼の表情は、そのまま
半笑いでひきつけを起こしたようになった。
宝石から突然大量の白煙がわきだし、シャーリーフを覆い尽くした。そして煙の
内側に、いままで居なかった人間の影が現れたのだった。
「旅人に対する厚遇」というのが有るから、門番に旅の商人として連れて行って貰えば、
見咎められたりする面倒が無くなる、と事務官が提案したのである。
「しかし見た目はあまり良くないな。イメージとは随分違う」
芝尾は屋敷を見て、思わずそう漏らした。しかしすぐに事務官から突っ込みが入る。
「この時期の建築様式は、まだインド様式と混交していませんからねえ。外装は
二の次で、内部空間の充実に力を注ぐのが基本なんですよ」
「そういう物なのか?なら内装は凄いという事だな」
「特に応接間は、全力を注いでいますからね。豪華絢爛と言うところですよ」
「それは期待できそうだ。旅人へのもてなしも含めて」
こんな話をしている間に、芝尾たちは屋敷の応接間へと通された。
芝尾たちの目の前に広がったのは、壮麗で美しい空間だった。壁という壁、いや
天井や床に至る全てに、色とりどりのタイルが敷き詰めてある。繰り返しや
同形の模様が連続し、色彩的数学的美しさを見せつけている。
窓からは中庭が見え、流れる水と草花が目に飛び込んでくる。市中では目にする
ことが出来ない程、まとまった緑がそこにはあった。日本の箱庭とは大分
趣が違うものの、砂や海の単調さに慣れた目には鮮やかである。
全員が驚いてその場に立っていると、奥の方から髭の男が声を掛けてきた。
彼は白いターバンを巻き、宝石箱のようにきらびやかな服を着て座っていた。
「東方からの旅人よ、良くおいでなさった。遠慮せずにくつろいで貰いたい」
髭の男はだれがどう見ても、この屋敷の主人シャーリーフだった。
「ご歓迎感謝いたします。では、我々も席に着かせていただきます」
シャーリーフの言葉に事務官が答え、全員が席に着いていった。
*************************************************************
宴席はすぐに盛り上がった。事務官が大嵐から抜けてたどり着いたと言うと、
その話にシャーリーフが飛びついたからだ。遠く外国から嵐の海を抜け、
正に波瀾万丈といった航海をしてきた話、敵と間違えられて矢を射かけられた
話などには、彼は特に食いつきがよかった。
「それで?そのあとどうなったのだ?」シャーリーフは何十回も質問をした。
事務官がすこし戸惑うほどに、話の様々なことを聞いてきたのだ。
もちろん事務官が戸惑っているのは、話のつじつまを合わせられずに混乱
し始めているからだ。幾ら何でも、マストやら帆の話を突っ込まれても
どうにもならない。
事務官はその手の質問を受けると、海自隊員から聞いた帆走艦の知識や、いままで
見た映画などの知識を使ってひたすらでっち上げを行った。しかしそれも限界に
達し始めていた。
その時ちょうど望田が助け船をだした。「山村君、そろそろアレをお見せしても
良いころなんじゃないかな?」
事務官は望田に呼ばれて、シャーリーフとの会話に一瞬間を空けた。そして
その隙に何とか質問責めを抜け出し、話題を転換した。
「今までは航海の話をしましたが、今度は我々の持ってきた品の話をしましょう」
山村事務官はそう言うと、シャーリーフに箱を持っていった。
そこでシャーリーフの顔が、あからさまに表情を変えた。今までは
興奮気味に話を聞いていたのに、急に白けた顔つきになってしまった。
無理もない。普通なら豪華な箱や珍しい箱を期待するところに、無地の茶色い
段ボール箱がでんと置かれたのである。(まあ珍しさは最高だといえるが)
流石にシャーリーフも沈黙し、引きつったような顔になって箱を開けた。
しかしそれからの反応は、門番二人と同じようであったが。
彼が最初に目にしたのは、数字らしき物が乗った円盤だった。薄い円盤の真ん中から
細い棒が生えており、それが数字の上をぐるぐると横に回っていた。
シャーリーフはそれを掴むと、先程以上に勢いづいて質問を始めた。
「これは一体何の道具なんだ?勝手に動いているぞ。こんな円盤のどこに仕掛けが?」
「これは時計です。勝手に動く仕掛けは、その後ろの小さな箱に入っています」
それを聞いたシャーリーフは、ますます興奮と驚きに包まれた。
「凄い!このように小さな所にジンを入れられるとは!凄い技術だ!」
シャーリーフのその言葉に、今度は山村が思わず質問した。
「すいませんシャーリーフ様、門番や役人も言っていたのですが、その
『ジン』と言うのは一体何なのですか?」
山村の発言に、興奮気味だったシャーリーフも一瞬止まった。
「ああ、ジンとは要するに精霊や魔神のような、神から力を授かった
ものの事だ。我々はジンと呼ぶが、貴国では何というのかな?」
山村は話についていけず、茫洋となった。彼は思った。話の論点が微妙に
ずれている。いや、合っているようでどこかが決定的に噛み合っていないのだ。
その噛み合っていない点とは・・・
「ジンとか精霊とか、そんな物がいるんですか?というか、それは別にジンで
動いている訳ではないんですが」
山村が思ったところを述べた途端、シャーリーフもまた茫洋となった。
「ジンではない?ならばこれは、一体何で動いているというのだ」
「からくりです。小さいから信じられないのかもしれませんが、その裏にある
小さな箱がその時計を動かしているんです」
山村は自分で口に出しながら、少しばかり思い直した。要するに動力源が理解
出来なかったから、魔法とか何かで説明付けようとしたんだろう。それならば
これまでのつじつまも合う。
山村はそう考えて一人納得した。しかしシャーリーフは納得の行かない様子で
時計をじっと眺め、また奇妙な発言をした。
「やはり納得できない。これにジンが入っていないか、確かめて良いかね?」
「別に確かめても良いですが、分解用の道具が今ありませんので」
納得が行くまでやらせれば、きっと納得してくれるだろう。しかし分解は
できないから踏み壊すしか無いな。まったく血税が勿体ない。
と山村は思ったが、シャーリーフは想像の斜め上を行く行動を取った。
「分解道具など要らない。魔神を使えばすぐに片付く」そう言うとシャーリーフは、
おもむろに額のターバン止めの宝石をさすりだした。
山村はその行動を、半ば呆れる思いで見つめていた。どうせ何かのまじないだろうが、
そんな事に何の意味が有るのだろうか?魔神や精霊など、いるはずも無いのに。
「いでよ、宝石の精!」
山村はその言葉を聞いて、危うく笑いそうになった。そして彼の表情は、そのまま
半笑いでひきつけを起こしたようになった。
宝石から突然大量の白煙がわきだし、シャーリーフを覆い尽くした。そして煙の
内側に、いままで居なかった人間の影が現れたのだった。