自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

05 第5話:父の威厳

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 2004年4月28日11時10分 北九州市小倉北区城内 北九州市役所応接室
 「いやあ!先日のご活躍!テレビで見ておりましたぞ!」
 県知事の浅川渡が上機嫌で言った。ガシリア王国大神官ドローテア・ミランスは微笑、この世界で言うところの営業スマイルを浮かべて彼の言葉に応じた。後ろに控えるバルクマンも同じように営業スマイルを浮かべている。
「この国の危機に未然に対応できて私としてもうれしい限りだ」
「ご謙遜を!丸山君、田島君、これからも大神官様のお役目のサポート、しっかりたのむよ!」
 そう言われた丸山連隊長と田島三佐は、揉み手をせんばかりの勢いで浅川とドローテアに答える。
「はい!ミランス様、何かございましたら、この丸山全力でご協力させていただきます!」
「同じく、田島も!なんなりとお申し出ください!」
 この3人、特に丸山、田島の対応はすっかり変わっていた。彼女が生放送で大演説をぶった後、自衛隊の公開されている電話番号にはすさまじい数の電話がかかってきた。丸山たちもそしてドローテア自身もそれが苦情と抗議であろうと予測していたのだが、違っていた。
「こんな事態に陥って手をさしのべてくれる隣人を助けるべきだ」
「なぜ、暫定政府は彼女の苦悩をわかろうとしないのか?」
「自衛隊はもっとしっかりしろ!」
「あの人の部下になれるなら入隊試験受けます・・・」
  批判や抗議もあるにはあったが、一番多かったのはなんと言っても4番目であった。これが、尾上二曹のようなヲタク連中ばっかりかと思いきや、意外と若い女 性が多かったのも影響した。選挙を控えた浅川は一気にドローテアの味方に付き、丸山、田島も遅れじとそれに続いた。その結果、彼女はこうしてたびたび政治 的な場に顔を出すことになった。

2004年4月28日11時22分 北九州市小倉北区美萩野 国道322号線
 彼女を送迎する車も変わった。自衛隊の無骨な高機動車からたちまち、県庁から高級セダンが送り込まれ彼女の足になった。
「まったく、あの連中め。ものの見事に態度を変えおった。」
 ドローテアは後部座席で苦笑した。バルクマンもまったく同感だった。しかし、それはこの国での彼女の立場を良いモノにしていることも事実だったので、それについて彼らを人前でなじることもしなかった。
「どうにか、この国での足場が固まりましたな。これで本腰を入れてドボレクを追うことができるというものです」
「うむ、それに。めどがつけば一度帰国せねばなるまい。ヴェート王も心配されているだろうし、領地も気にかかる」
 確かに、本国にはドローテアの遭難、生存までしか情報が伝えられていないだろう。彼女が着実に任務をこなしつつあることを報告する必要もあったし、彼女を庇護してくれる王を安心させてあげたいとも思った。
「ごもっともですが、この国はこれからしばらく祝日になるそうです。動けるのはそれが終わってからですな」
 バルクマンの言葉にドローテアは笑って肩をすくめた。ふと、彼女は窓を開けた。信号待ちで止まった車から喧噪あふれる町並みが見えた。
「あ!ガイジンのおねえさんだ!」
 歩道を歩く子供が笑いながら手を振るのが見えた。母親だろう、気まずそうに会釈して子供を引っ張っている。彼女は優しく笑うと子供に手を振ってやった。
「ドローテア様も変わられましたな。大神官家を継がれるまではあのような物言いには激怒されていたのに・・・」
 おかしそうにバルクマンが笑った。彼女は少し気恥ずかしそうに車窓を見ながら答える。
「私も成長しているのだ・・・・。それに、本国にも、そしてこの国にも守らねばならない人々がいるしな」

 2004年4月28日11時43分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
  あの初出動とドローテアの生中継以後、第一独立偵察小隊の本部も様変わりした。次々と新しい設備が持ち込まれたのだ。最新のパソコンに、コピー機、なぜか プラズマテレビまで。デスクも応接セットも何もかも新品が持ち込まれ、専属で使用できる車両まで配備された。ここのメンバーとは別に県警からも連絡員が出 向し、ドボレクと関係がありそうな事象を事細かに報告してくるようになった。そして、その隣にはドローテアが自費で建築していた彼女の宿舎が、県の予算で 作られ完成していた。りっぱなログハウスだった。彼女が雑誌でたまたま見かけたデザインだそうだが、よくもまあ、こんな短期間に完成させたもんだと村山は 感心していた。
「尾上!何度言ったらわかるんだ!パソコンの壁紙に美少女キャラを使うのはよせ!いつ外部の方が来てもいいように、ぴしっとしろ!美雪君!連休前だからってメールばっかりしてないで、この前の報告書早めに出してくれよ!」
 重岡の罵声が広くない室内に響きわたっている。ここ数日こんな調子だ。彼の罵声はもはや定位置になった応接ソファーで優雅に缶ビールを飲む村山にも向けられた。
「村山!昼間からビールはやめろ!ったく・・・」
 ぶつぶつ言いながら自分のデスクに座った重岡をしげしげと見ながら美雪にそっと忍び寄って聞いてみた。
「いったい何があったんだ?」
「さあ、ここ何日かこんな感じなんですよね・・・・。奥さんにとうとう逃げられたのかな?」
 その真相は室内に入ってきた人物から語られた。
「娘に邪険にされているんだろう?」
 その言葉を聞いて反射的に尾上が立ち上がって直立不動で敬礼する。美雪も満面の笑みを浮かべて出迎える。「政治的なサービス」から帰ってきたドローテアとバルクマンだった。

「な、なんでそれを・・・?」
 青ざめる重岡を見てドローテアは笑った。
「今朝、電話で言っておったではないか?「パパは左遷されたわけじゃないんだ」とな」
 そう。重岡の娘は夫婦の会話を聞いてしまっていたのだ。そして母親の父親に対する態度で敏感に気がついていたのだ。
「笑い事ではないですよ!このままじゃ、父親の権威が地に落ちてしまう・・・・」
 本気で頭を抱える重岡を見てドローテアは少し気の毒な気がした。彼女は早くに戦争で両親を亡くしている。生存する父親が頼りないのでは娘も傷つくだろう。少し考えて彼女は村山に耳打ちした。
「そりゃいい考えだ!」
 村山の賛成を確かめて、ドローテアは本気でうろたえる重岡にある提案をした。
「どうだろう、重岡殿。明日からしばらく休日だ。その間、バルクマンを貸そう。常に、バルクマンをそなたの警護につけておけば、娘も父親が左遷されたとは思わないのではないか?」
 いい考えだった。異世界の騎士に四六時中護衛される人間が左遷されるはずがないと考えるのは不自然ではない。その提案に重岡の顔がぱっと明るくなった。
「え?いいんですか?」
 重岡の言葉にドローテアは笑顔でうなずいた。バルクマンも黙って一礼した。
「ありがとうございます!恩に着ます!」
 半分涙目になって重岡が言った。みんなが和やかになる中でただ1人、無表情な人物を見つけてドローテアはいじわるな笑みを浮かべた。
「残念であったな。バルクマンは忙しいようだ」
 連休を利用してバルクマンとの距離を一気に短縮しようともくろんでいた美雪の計画はいとも簡単に粉砕された。美雪も満面の笑み、目元が多少ぴくついているが、で彼女に答える。
「そうね。残念だけど、しかたないわね・・・・」
 この後の美雪が発するであろう罵詈雑言を聞く羽目になる村山は、思わず缶ビールを飲み干した。

 2004年4月29日19時13分 北九州市小倉南区徳力 重岡邸
 重岡の妻、祐子は台所に立ちながらも少し落ち着かなかった。娘の美咲は昨日からおおはしゃぎでごきげんだったが、大人の彼女にしてはそうもいかなかった。
「奥様、何かお手伝いいたしましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。おかまいなく・・・」
 無理もない。マンションにいるのは重岡の家族と、異世界の騎士なのだ。長身で金髪、イケメンな騎士。しかも、重岡の護衛についているということを聞いて美咲は大喜びだった。
「パパはやっぱり左遷されたんじゃなかったんだね!」
「ははは!当たり前だろ!」
 来年は小学校に入る娘を抱きしめようとするが、娘はすっと父親の腕をすり抜けて室内にも関わらず、甲冑にサーベルという格好のバルクマンに飛びついた。肩すかしを食らったような顔をする重岡を差し置いて美咲はバルクマンにおねだりする。
「バルにいちゃん!肩車して!」
「バルにいちゃん?」
 重岡は娘の言葉に思わずリビングで飲んでいたビールを吹き出しそうになった。仮にも異世界の由緒ある家柄の騎士にそのように言えるのは子供の特権と言えた。バルクマンも調子に乗って美咲のリクエストに応えてしまっている。
「よーし!どうだ?美咲殿」
「すご~い!天井についちゃった!パパに肩車してもらっても天井には届かないのに!」
 重岡は飲んでいたビールを一気に飲み干した。いかん。このままでは逆効果だ。父親の威厳がますます落ちてしまう。対策を考えようと冷蔵庫の缶ビールに手を伸ばそうとした重岡に、祐子がそっと近づいた。
「あなた、あのバルクマンさん。夕食は鍋でいいの?こっちの料理は口に合うかしら?」
「え・・・・、水炊きでいいんじゃないのか・・・?」
 妻からの想定外の質問に重岡は思わずバルクマンに振り返った。当の由緒ある騎士は美咲とプレステ2に興じている。
「バルにいちゃん、へたくそ~」
「くそぉ。美咲殿もなかなかやるなぁ」
 格闘ゲームに熱中する異世界の騎士の妙ちきりんな光景に重岡も祐子もしばし見とれてしまった。

 2004年4月28日23時29分 北九州市小倉南区北方 焼鳥「大ちゃん」
  この日来店した異色の面々に常連の学生たちはさぞや驚いたことであろう。テレビで有名な大神官に、先日その大神官にぶん殴られた男。そして今風の女の子 に、いかにもヲタクの男。どう考えてもあり得ない取り合わせで来店した4人は座敷を陣取って黙々と飲み食いしている。ただ1名を除いて。
「いやあ、ドローテア様と飲みに来れるなんて、今日死んでも自分は悔いはありません!」
 来店して数時間、酒の勢いも手伝ってだろう。尾上はドローテアに対する賛辞を述べっぱなしだった。さすがに、みんながうんざりしかけていた。そこで、美雪が口を開いた。
「ところでさあ、尾上二曹って彼女いるの?」
 それは半分愚問だろうと思いながら村山も、彼の反応を待った。尾上は急にしどろもどろしだした。これだけで答えは明らかだった。だが、美雪の追い打ちは止まらなかった。
「まさか、彼女いない歴=年齢ってやつ?」
「あ、う、いや・・・・じ、自分は・・・・」
 さんざん彼の演説を聞かされた鬱憤を晴らすように美雪は鋭い質問を投げかけた。
「じゃあさ、ドロちゃんが「付き合って」って言ったらどうすんの?」
「ドロちゃんだと!」
 思わずドローテアはロックグラスをどん!と置いた。とはいえ、自分も彼女を「小娘」呼ばわりしている手前ドローテアも強くは反論できなかった。そして当の尾上はというと、わなわなと震えてうつむいている。
「じ、自分は・・・・自分は・・・・」
 興味津々の美雪と村山、怖々としているドローテアの視線を浴びた尾上は不意に立ち上がると、いきなり座敷から飛び降りて直立不動の姿勢をとった。
「自分は、ドローテア様のお気持ちに答えることはできません!失礼します!」
 そう言うと靴を履いてあっという間に店を飛び出した。尾上の脳内で「仮定」の話がいつの間にか「現実」の話になっているのだ。しかも、その告白にうろたえながら走り出すあたり。よくある恋愛シュミレーションそのまんまだった。
「なんなんだ、あいつ?」
 村山の言葉は美雪もドローテアも同感だった。だが、周囲は違っていた。学生客はあぜんとして、口々に尾上の捨て台詞だけから事の成り行きを推察していた。
「あの大神官の告白を断ったんだ・・・」
「つーか、大神官の好みの男って・・・」
「意外だな・・・。ガシリアじゃあんなのがイケてんのか・・・」
 周囲から漏れ聞こえる声にドローテアは色を失った。この誤解は彼女の名誉に関わる問題だ。
「ご、誤解だ!私はあの男に愛なぞは告白しておらぬ!」
 大慌てで否定するがそれはより誤解を招くだけだった。思わず立ち上がったドローテアを美雪が座らせた。
「まあ、ドロちゃん・・・。こういうことは甘んじて受け止める。人の噂も七十五日っていうんだから!」
「小娘!たまにはいいことをいうではないか!」
  村山はほっとした。自分に降り注ぐ美雪の愚痴がなくなったばかりか、懸案事項だった美雪とドローテアが一応の和解を見たことにだ。しかし、その過程には、 彼の横に置かれた焼酎の空き瓶が7本を数えなければならなかったことを考えると、女同士の確執の深さを思い知るばかりだった。

 2004年5月3日10時29分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
  重岡は園内のカフェテラスで一息ついていた。美咲はバルクマンが来て以来はしゃぎっぱなしだった。そうだろう、仕事で疲れて帰ってきてあまり相手にしてく れない上に、その仕事で左遷疑惑のある父親よりも、めいいっぱい遊んでくれる見たこともない騎士の方が子供心をつかむというモノだ。
「バルにいちゃん!次はこれ!」
 美咲を肩車した甲冑の騎士は当然、ゴールデンウィークの人出でにぎわうスペースワールドで人目を引くことこの上なかった。人々の視線で、バルクマンを独占していることを自覚して美咲もますますはしゃいでいる。
「あなた・・・。ホントにいいの?あの人を連れ回して?」
 祐子の突然の質問に重岡はコーヒーを気管に流し込みそうになった。
「ホントはあの人、あなたのボディガードでもないんでしょ?本当にボディガードだったらあそこまで美咲と一緒になって遊ぶモノですか!」
 鋭い妻の質問に重岡は思わず言葉に窮した。しかし、どうにかコーヒーを飲むことで余裕を取り戻す時間を稼いで妻に言った。
「たしかに、専属のボディガードじゃないが、ぼくの指揮下にある人間であることは確かだよ」
「ふうん・・・」
 疑わしげな妻の返答に重岡はいささかむっとしたが、娘がバルクマンと心底楽しそうに遊ぶのを見て顔をほころばせた。まあ、娘の喜ぶ顔が見れただけでもいいか、と思えるようになった。
「ほら、美咲。バルクマン君にも少しは休ませてあげなさい」
 そう言われて美咲がバルクマンの手を引いて彼のところに歩いて来るのを見ていた重岡の視線に、とんでもないものが映った。
「おお!重岡殿ではないか!」
 ドローテアはじめ独立偵察小隊の面々だった。なんでこんなところにいるんだ。重岡の直感的な疑問は尾上の姿を見て衝撃に変わった。彼は完全武装だったのだ。村山も迷彩服に9ミリ機関拳銃を持って歩いてくる。丸腰の美雪もバルクマンを見つけると駆け寄ってきた。
「いったい何が起こったんです?」
 ドローテアに質問する重岡の声は、聞いたこともないサイレンの音でかき消された。
「ただいま、八幡東、戸畑、若松区に避難勧告が発令されております。市民のみなさまは最寄りの公共の建物。もしくは屋内に避難してください。繰り返します・・・・」
 サイレンに続いたアナウンスに重岡はきょとんとした。それを見た村山がだるそうに説明してやった。
「ドローテアがドボレクの召還魔法を察知したんだ。察知できるくらいとなると、まとまった数の敵がくることになる。それで出現が予想される地点に避難勧告を出したんだ。退避命令になるとパニックになるからな」
 村山の言葉が終わるが早いか、尾上が重岡の制服と装備を手渡した。
「トイレで着替えてください!時間がありません」

同時刻 北九州市八幡東区 JR枝光駅前
  田島は普通科中隊を駅周辺に配置した。住宅地は県警の機動隊がカバーしている。ドローテアの探知では敵はこの近辺に召還される可能性が大だが、その規模や 編成は不明だった。国道には増援の87式自走高射機関砲が、佐世保からは在日米軍のイージス艦が洞海湾に向かっている。春日の航空自衛隊も出動準備を終え ているし、芦屋基地の高射砲群も支援体制は万全だった。
「田島君!早く、ドローテア様と合流するんだ!」
 ジープに乗った丸山が大声をあげながら田島を迎えに来た。田島は現場を中隊長に任せて丸山のジープに飛び乗った。周囲ではパトカーがアナウンスを続けている。
「なお、付近に避難場所がない方は最終手段として乗用車に乗り込んでください。けっして屋外には出ないでください」
 賢明なアナウンスだろうと田島は思った。ドローテアの説明し、見せてくれた魔法を考えると密閉された自動車の中とは比較的安全な気がしたのだ。
「田島君」
 丸山の問いかけに田島は我に返った。
「君は数名連れてあそこから様子をうかがうんだ。場合によってはヘリに連絡して指示しろ」
 丸山がそう言って示したのは、スペースワールドでも屈指の高さを誇るジェットコースター「タイタン」の線路だった。
「あそこですか?上空のヘリが見張っているのでは?」
「万が一のこともある。射撃のできる隊員を連れて行け!」
 丸山も覚悟を決めていた。ドローテアの予言通り、芦屋の女性は敵だった。そして今回の彼女の「探知」。市民に損害が出ることを考えれば、彼女の指示に従った方がましだった。

 2004年5月3日10時34分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
 警察と自衛隊のヘリが周辺を飛び回ってアナウンスを流し続けている。
「北九州市八幡東区、戸畑区、若松区に避難勧告が発令されています。市民のみなさんは、避難所に指定されている学校、公民館に避難してください。付近に避難所のない場合、時間的に避難できない場合は屋内か車内に入って、けっして外出しないでください。繰り返します・・・」
 ヘリの音に怯える美咲はバルクマンにしがみついてしまっている。そこへ、ようやくトイレで着替えを済ませた重岡が戻ってきた。
「尾上、状況は?」
「はい。10時過ぎにドローテア様が敵の召還魔法をキャッチ。10分後には連隊を通じて県に連絡。15分後に避難勧告が決定しました。連隊は中隊ごとに各区に分散して警戒に当たっております!」
 重岡は尾上の報告を聞いてうなずいた。ベストではないが悪くない対応だと思えた。もっと増援が欲しいところだが、わずか1時間足らずでこの体制が整うのは容易ではない。避難勧告の出された周辺も警察ががっちりガードしているとのことだ。
「美咲、バルクマン君はこれからお仕事だ。離れなさい」
 重岡の言葉にもヘリに怯えた美咲は離れようとしない。バルクマンも困惑している。
「美咲!いいかげんにしなさい!」
 言うことを聞かない娘を重岡は無理矢理バルクマンから引き離して祐子に渡した。
「あなた・・・」
 困惑する祐子にも重岡はいつになく厳しく言った。
「早く車の中か鉄筋のビルの中に入るんだ。早くしないか!」
「は、はい・・・」
 それを見ていたドローテアが感心したように村山に言った。
「なかなか重岡殿もやるではないか・・・」
「来ます!」
 バルクマンの声が響いた。彼は太陽を指さしていた。
「バトローワです!」
「なんだそれは?」
「悪魔の化身と言われている魔獣です!空を飛び、のべつまくなしに殺しまくるどう猛な連中です!」
  バルクマンの言葉を聞いて重岡は彼が指さす方を手をかざしながら見やった。太陽を背にして背中にコウモリの羽をつけたような化け物が数百。羽の生えた悪 魔。すぐそう思った。殺すことが目的の魔獣、恐ろしい連中を送り込んでくるもんだ。次々と降下を開始しているのが見えた。

同時刻 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
「来ます!かなりの数です!指示を!」
 田島はタイタンのプラットホームから敵の接近を確認した。連隊長の指示を無線で仰ぐ。丸山も彼の真下にいるようだ。
「こっちからでは敵が見えない!状況を知らせろ!」
 丸山と数名の幹部は上空からの攻撃に備えて乗降口のスタッフルームに退避していた。田島は双眼鏡で様子を見ながら連隊長に報告した。羽の生えた黒い身体。醜い顔。怪しく伸びた爪。いかにも魔獣という感じだった。
「相当な数です。見たこともない生物ですが手に剣や槍、弓を持っております!・・・わぁ!」
 田島のすぐ近くに矢が飛んできた。思わず田島と無線を抱えた隊員は止まっているコースターに飛び込んでそれをやりすごした。
「攻撃を受けております!指示を!」
 田島の報告に丸山も決断した。そばにあったパネルを気合いを入れて叩いた。がたん、という音がしたが丸山初め、テンションのあがった隊員は誰も気がつかない。
「第1,第2中隊。発砲を許可する!自走高射砲も射撃開始せよ!」
「こちら、花見台!射撃を開始する!」
 87式自走高射機関砲も轟音をあげて射撃を開始した。この世界で言う「悪魔」に似た生物は数体ごとに撃墜されていく。それを見た魔獣はばらばらに散開して矢を放ち始めた。
「敵に対する効果を確認。攻撃を続けてください!」
 田島がバトローワの撃墜されるのを確認して報告する。銃弾が効く相手であるということが確認できただけでも、部隊の士気はあがるだろう。
「あ、あれ・・・。三佐殿ぉ!」
 田島と一緒に、バトローワの弓矢を逃れてコースターに飛び込んだ隊員が叫んだ。その理由が田島もわかっていた。コースターがゆっくりと動き出しているのだ。無情にもコースターはすでにプラットホームを出て登りのレールにまで到達している。
「本部!本部!コースターを止めてください!」
「今はそれどころではない!少し待機しろ!」
 非常な返答に隊員が泣きそうな顔を田島に向けた。コースターは頂上に向けてゆっくりと進んでいる。その先はもちろん。日本屈指の落下速度を誇る急傾斜だった。
「ベ、ベルトをしめるんだ!早く!」
 田島と隊員は大慌てで座席に座ってベルトを締めた。もはや戦闘どころではない。2人が安全を確保したところでコースターは頂上に達した。
「がたがたがたがたがた・・・・・・ごおおおおおおおおおおお!」
 建設当初は日本一と言われた急傾斜が作る強烈な風圧が田島と隊員を襲った。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 2人の絶叫はサイレンと、ヘリのローター、銃声でかき消された。

「早く扉を閉めるんだ!」
  スペースワールドのメイン施設であるスペースドームの扉を閉めさせた重岡は89式小銃を構えて上空を飛び回るバトローワを一連射で撃墜した。銃を持たない ドローテアはカフェテラスのテーブルに隠れている。それを村山が9ミリ機関拳銃で援護しているのが見えた。しっかり仕事をしているじゃないか。
「尾上!美雪君を避難させろ!」
 スコープ付きの89式でゲームのように敵を撃ちまくる尾上に重岡は叫んだ。美雪はスペースドームに避難しなかったのだ。銃撃に夢中になっている尾上に舌打ちして重岡自ら、ベンチに陰に隠れる美雪に駆け寄った。その間にもバトローワは矢を射かけてくる。
「美雪君!早くドームに逃げ込め!」
「でも、バルクマンが!」
「彼はドローテア様をお守りしている!さあ!」
 美雪を手をつかんで重岡は遮蔽物から飛び出した。上空を撃たれながらも旋回するバトローワはそれを見ると次々と矢を撃ってきた。
「尾上!援護しろ!」
 A級射手の尾上は次々とスコープに入るバトローワを一撃で撃ち倒した。そのおかげで重岡と美雪はドームの従業員通用口までたどり着いた。そのドアを重岡がノックする。
「さあ、入るんだ」
 そう言って重岡は走り出した。だが、十数メートル走ったところで背後の悲鳴を聞いて振り返った。その悲鳴の原因を見て、重岡自身も叫びたいくらいだった。
「パパ!怖いよ!」
 美咲がドアの開いた一瞬、父親の姿を見つけ、外に飛び出してしまったのだ。美咲は父親の姿を求めてさまよっている。いち早くその異変に気がついたドローテアがバルクマンに叫んだ。
「行け!」
 言うが早いかバルクマンが駆け出していた。走る彼の周囲に矢が刺さるがそれに気がつかないようにバルクマンは走った。が、あと少しのところで急降下してきたバトローワに及ばなかった。
「くそっっ!」
  美咲をさらったバトローワも計画的に彼女をさらったわけではなかった。ドボレクに「好きなだけ人を殺せるところがある」とそそのかされてのことだった。と ころが、召還されたところはとんでもない武器を持った連中が手ぐすね引いて待っていたのだ。とりあえず無防備な彼女を衝動的にさらったにすぎなかった。だ がその理屈は重岡たちには通用しない。

「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」
 散開して銃撃をしていた自衛隊員たちは重岡のうろたえた声に気がつき、次々と銃撃を止めて美咲をさらったバトローワを見た。その姿はむしろ、ガーゴイルと言うに等しい外見だったが、現場の隊員にそれを訂正するだけの余裕もあるはずがなかった。
「尾上二曹・・・」 
 ドローテアが静かに言った。尾上は無言で銃を構えた。バトローワはとりあえず成り行きでさらった美咲の処遇を迷っているようだ。ヘリで言えばホバリング状態で美咲を捕まえる敵を撃つチャンスは今しかない。
「重岡二尉。撃ちますよ」
 重岡に合図して、尾上は89式のスコープに向き直る。彼もまたドローテアの意図に気がつき無言でうなずいた。近くにいた隊員が毛布を持って待機する。軽く深呼吸して呼吸を整えて尾上は引き金を引いた。十メートル近く上空の静止した敵の頭を軽々と撃ち抜いた。
「がっ」
 醜いコウモリのような頭を撃ち抜かれたバトローワは捕まえた美咲を離した。それを見て重岡がダッシュをかけた。間に合うかどうかはわからないがとにかく重岡は走った。一瞬遅れて毛布をクッション代わりに広げる隊員も走る。
「パパぁ!」
「美咲ぃぃぃ!!」
 重岡のダッシュは今一歩届きそうにない。最後の祈りを込めて飛び出した彼の手足は無情にもアスファルトの地面でこすれた。痛みと絶望で思わず叫びそうになった重岡の目の前に、黒マントの男が飛び出した。
「おっ?」
 倒れ込んだ重岡が確認するまでもなかった。いち早く飛び出したバルクマンがみごと美咲を滑り込みながらのキャッチに成功していた。

「やった!やったぞ!」
 あちこちに散開していた自衛官からも声があがった。一部生き残ったバトローワも国道に展開していた87式自走高射機関砲で撃ち落とされる。そして重岡も膝や肘をずたずたにすりむきながらもバルクマンと美咲のところへ走り出していた。
「パパぁ!」
 バルクマンの手から美咲が重岡に飛びついた。その瞬間、駆け寄っていた多くの隊員から歓声が上がった。避難していた建物から恐る恐る出てきた市民もこの状況を察して惜しみない拍手を送っている。
「パパ、ごめんなさい」
「いいんだよ、美咲!」
 男泣きに泣きながら娘を抱きしめる重岡を見ながらドローテアが美雪に何か耳打ちした。それを聞いて美雪も右手の親指をあげて笑顔で答えて、デジカメを取り出すと感動的な重岡親子の抱擁を撮影した。
「よし!残敵を捜索しろ!」
 自衛官は市民にもう少し屋内にいるように訴えながら、生き残ったバトローワが潜んでいないかチェックを始めた。バルクマンがそれを見るドローテアに近づいてきた。
「間一髪だったな」
「ええ。どうにか間に合いました・・・。しかし、ドローテア様・・・」
 バルクマンの言葉をドローテアは目で遮った。彼の言いたいことはわかっている。彼女は近くのベンチを見つけてそれに腰掛けるべく歩き出した。
「がああああ!!」
 その茂みから羽に銃弾を受けたバトローワが顔を出した。手傷を負ったためか、どう猛な声を出して明らかな敵意をドローテアに向けている。
「ドローテア様!お下がりください!」
 バルクマンが剣を抜いて大神官を守ろうとするが、大神官はそれよりも素早く剣を抜くとそれを魔獣の胸に深々と突き刺していた。そしてそれを抜きざまに怪物の首筋を斬りつけた。青っぽい体液を吹き出しながらバトローワはベンチを巻き込んで倒れた。
「ベンチが汚れてしまったわ・・・」
 女性自衛官の制服を来た大神官はそう言ってブレザーからポケットティッシュを出すと剣を拭いた。そして振り向きながらバルクマンに言った。
「そなたの言いたいことはわかっておる。なぜ、ドボレクは魔獣を小出しにしているか、ということであろう?」
 「燃えるゴミ」と書かれたゴミ箱にティッシュを投げ込んで、別のベンチに腰掛けながら彼女は続ける。
「自衛隊の戦闘能力を観察しているのか・・・。それとも、小出しにしか召還できないのか・・・。私は後者と考えている。だとすれば、その理由だ。何か別の戦略があるのだ」
「我々をこちらに引きつけて、ガシリア本国を奇襲すると・・」
 バルクマンの推測は突拍子もないように聞こえたが、彼女の中ではある程度理にかなっているようにも思えた。
「こ の国を新たな拠点とするならば、自衛隊との全面衝突は避けられぬ。全力を出した自衛隊に勝つことはドボレクでもほとんど不可能だ。それは今回のことでよく わかっただろう。だが、自衛隊にも弱点がある。ガシリアでは自衛隊は自らを縛る法律で戦うことはできない。我々の注意をこちらに引きつけておいてガシリア で大規模な攻撃を仕掛ける方が、ドボレクも有利なはずだ・・・」
「やはり、一度本国へ戻られるのがいいのかもしれませぬな」
 敵を一掃して平和を取り戻した空を自衛隊のヘリが飛び回るのをドローテアは無言で見つめていた。

 2004年5月3日14時43分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
 戦闘が終結し、撃墜されたバトローワの回収と生き残りの捜索を続ける警務隊はスペースワールドの職員と共にタイタンのプラットホームに登っていた。ここで田島三佐と隊員1名が行方不明になったと聞いている。
「三佐、田島三佐・・・!無事ですか?」
 銃を構え、呼びかけながら慎重に周囲を捜索する警務隊員の目の前に「ぷしゅー!」という音と共にコースターが飛び込んできた。慌てて隊員が89式を構える。彼らに同行する職員もインカムで電源を切るように下で待機する職員に命じた。
 動きが完全に止まったコースターに隊員が恐る恐る歩み寄る。
「わあああ!!」
 そこからいきなり現れた人物に隊員は思わず発砲しそうになった。だが、その姿は迷彩服を着た人間であると判断して、かろうじて発砲はされることはなかった。
「た、田島三佐ではないですか?」
 ふらふらしながらコースターから降りてきた2名。そのうち1名は田島だった。顔面蒼白で歩行もおぼつかない。もう1名の隊員はシートにぐったりとして完全にのびてしまっている。
「担架だ!担架!」
 戦闘開始から3時間以上、延々と日本最大級のジェットコースターを味わった田島と隊員はようやく収容された。

 2004年5月6日9時22分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 連休が開けて第一独立偵察小隊の本部にも活気が戻っていた。ドローテアはバルクマンを従えてソファーで新聞を優雅に読んでいる。彼女が読む新聞の一面にはでかでかと、男泣きの重岡と、彼が抱きしめる愛娘が写っていた。
「自衛隊、素早い対応 奇跡的な狙撃で幹部の娘を救出」
  ドローテアの耳打ちで美雪がマスコミにいる大学の先輩を動かして書かせた特ダネだった。その向かいでは村山が連休中に買ったノートパソコンを使ってネット をしながら迎え酒のビールを飲む。美雪は時々、バルクマンを見てうっとりしながら淡々と事務作業。尾上は「美少女キャラを壁紙に使うな」という重岡の命令 に従って今度は、ドローテアの写真を壁紙にするべくパソコンにかじりついている。
「おはよう!」
 そこへ重岡が入ってきた。入って来るなり、つかつかとソファーに腰掛けるドローテアの後ろに控えるバルクマンのところに歩み寄る。一同の視線が彼に集中する。
「重岡様、おはようございます」
 普通にあいさつするバルクマンに、重岡はいささか躊躇していたが、やがて決心したように懐から一枚の封書を取り出して彼に差し出した。
「バルクマン君、受け取ってくれないか?」
 その封書をドローテアも、村山も尾上も美雪もまじまじと見つめた。封書はピンク色の封筒でハートのシールで閉じられている。
「し、重岡殿・・・・・」
 あっけに取られたドローテアが思わず口に出した。その声で重岡はみんなの視線に気がついた。みんな、彼と彼がバルクマンに差し出した封書を交互に見つめている。その視線の意図に気がついた重岡は大慌てで言った。
「違う!違うんだ!」
「重岡様、私はあいにく、そっちの趣味はありませんので・・・」
 気まずそうに言うバルクマンに重岡は慌ててその封書に書かれた文字を見せた。それをのぞき込んだ美雪が声に出してそれを読む。
「バルにいちゃんへ。 しげおか みさき・・・・?」
 サインペンでたどたどしく書かれている文字を見てバルクマンはほっとしてそれを受け取った。そして手紙を見ると安堵の笑みを浮かべて、それをドローテアに渡した。
「なに? バルにいちゃん。この間は助けてくれてありがとう。パパもかっこよかったけどバルにいちゃんもかっこよかったです。またプレステで遊ぼうね おへんじ待ってます しげおか みさき」
 手紙を口に出して読んだドローテアは驚いて重岡を見た。彼は複雑な表情を浮かべている。一応、父親の威厳は取り戻したが、娘がすっかりバルクマンになついてしまったことはいささかおもしろくないようだった。
「はははは!バルクマンも隅に置けぬのお!」
「それでは困ります!」
 高らかに笑うドローテアに重岡と美雪が同時に抗議の声をあげた。当のバルクマンは美咲に出す返事で早くも悩み始めている。よっぽど愉快だったのか、ソファーに座る村山の隣にドローテアは笑いながら座って彼の飲みかけの缶ビールを一気に飲み干した。
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