ぼくは呼び出しを食らった社長室で固まっていた。いや、唖然としていたという方が正しいかもしれない。
「と言うわけだから立花君、よろしくな。」
社長はいつもの口癖を言った。うちの社長がこれを言うと話は終わりと言うことを意味していた。とぼとぼと社長室を後にして事務所に戻る。事務の女性や打ち合わせをする営業課の人々が目をそらす。
「立花か・・・・」
デスクで大川さんがため息をついた。彼はうちの会社に入って4年目。転職組だ。どうやら彼も選抜されてしまったようだ。事務方の女性がばさっと書類の束をぼくのデスクに置いた。
「引継だけはしっかりとね。」
「はい・・・・」
山のような顧客情報を前にしてぼくは大きくため息をついた。
5日後、ぼくと大川さんは自衛隊の船の上だった。「おおすみ」とか言う輸送艦だそうだが、たいした興味はない。ただ単に、我々の乗る車の運搬がたまたま「おおすみ」だったというだけだ。
「しかし、なんで俺たちなんだよ・・・・」
ぼくの横で大川さんがため息をつきながら言った。そんなことぼくに言われても困る。自分でもこの状況を受け入れられないのだから。ぼくはもともと福岡の小 さなガス会社のサラリーマンだ。担当は顧客管理。言葉はかっこいいが、要するに営業兼、取り立て屋だ。大川さんは保安課。技術部門だ。そして我々の行き先 はアルドラ王国。首都はアルドラータというらしい。人口は約20万。福岡県で言えば久留米市の人口に近い。
「政府の振興事業とか言ってますけどねぇ」
ぼくも大川さんに負けじとぼやいた。そう。これは政府のお達しなのだ。話は2ヶ月ほど前にさかのぼる。
電波に満ちた世界から日本が隔離されて数日後、自衛隊の哨戒機が未知の大陸を発見。その大陸の人々と交渉を持った。それがアルドラ王国だった。アルドラは 典型的な中世に近い国家だったが、幸か不幸かその領内で石油が見つかってしまった。日本にとって石油は生命線に等しい。当然、政府側はその採掘権をほし がったが、元来なんの価値もない燃える水を真っ先にほしがった日本政府の足元を見たのだろう。アルドラ側は交換条件に日本独自の技術を求めた。当然、防衛 に関わる軍事技術などは提供は不可能。そうなると、一般人でも使う電化製品の一部や水道、ガス製品に白羽の矢が立てられた。ボールペンや携帯電話。ラジ オ、ガスコンロなどだ。
電気は海底ケーブルを使ってとりあえず供給できたが、問題は王国側も興味を持ったガスだった。一瞬にして火をともし、モ ノを暖めるガスは王国の興味を引いたのだろう。多少専門的だが、都市ガスは巨大なタンクから埋設管を通って各家庭に提供される。何のインフラもないアルド ラでそれを導入するにはコストがかかりすぎた。そこで矢面に立ったのが我々LPG業者だった。LPガスはボンベを置いて最低限の配管設備で供給可能。不測 の災害にも最小限の修復で復旧可能なのが選ばれた最大の理由らしい。うちの社長はどういうルートを使ったのか、その第一陣に我が社を潜り込ませることに成 功して、ぼくと大川さんが選ばれたわけだ。
「まもなく到着します!」
ぼくたち以外にも同じ境遇の同業の連中に海上自衛官が告げた。彼らは同業でも今のところライバルではない。なんたって、ガスの仕入れ先は同じ。設備その他は日本政府持ちな上に、各業者で施工する先も決まっている。いわば「同志」であると言えた。
「立花!1300だ!」
到着から4日後、ぼくと大川さんはアルドラータにある王宮の配管工事に取りかかっていた。何しろお城の配管だ。埋設はほとんどできない。小高い丘の上にあ るお城でなんといっても地面はほとんどレンガ。アルドラータはこの王宮を見上げる形で展開する港湾都市だった。建国当初は周辺の蛮族との戦が多くて、おの ずと王の住む城は高台に造られたらしい。だが、ここ300年。王国は戦乱もなく、騎士も貴族ものんびりとしている。そうは言っても城は城。ドリルでてっと り早く埋設してガスの配管を通りたいところだが、オッケーが降りない。
「1300です」
ぼくは窓にとっかかってメジャーを使う大川さんに1300ミリで切った配管を渡した。地面を掘れないということは、広大な王宮の壁に沿って配管をはわせることになる。通りかかった甲冑の騎士がぼくたちの仕事を珍しそうに見ている。
「いったい何をしているのだ?町中でこのような光景を見かけるが・・・」
騎士の質問に大川さんはため息をつく。これで何度目かわからない。
「あと2,3日待ってください。お城で瞬時にお湯が使えるようになりますから」
ぼくのフォローも騎士には通用にない。これもまた何度目のリアクションかわからない。彼は高らかに笑った。
「そのような魔法みたいなことができるわけがない!せいぜい楽しみにしておるぞ!」
騎士は笑いながら立ち去った。この国の人々にはガスで一瞬にしてお湯が出るなんて想像にもできないのだろう。だが、技術屋の大川さんは未だにこの国の人々のリアクションを気にくわないようだった。
「立花!こっちはめどがついた。さっき完成させた侍女の給湯器のテストしてこい!」
半分八つ当たりだったが、テストも大切だ。ぼくは広い広い王宮の地図を片手に、昨日完成させた設備の点検に向かった。
本来はこのような広いところには決まった場所に50kgボンベを多く設置するかバルクと呼ばれる巨大なタンクを置くのが常道だが、あまりにこの王宮は広い。 結果、各所にボンベを設置して短距離の配管を引く形となった。そうしないと災害時や配管の破損時に破損場所の特定や復旧に時間がかかる。ましてや、当面は ぼくと大川さんだけでやりくりしないといけない。
「えっと・・・。侍女待機部屋NO1か・・・」
敵が侵入したときのために迷路のように 作ってある設計も災いして工事は難航した。ぼくが目指しているのは、王族の身の回りの世話をする侍女が待機する部屋の一角に設置された給湯設備だ。24時 間交代で勤務する彼女たちのために、シャワーとコンロを設置したのだ。城の1階にある部屋にたどり着き、窓から中庭に出てボンベを確認する。中世の城の壁 に据え付けられた給湯器にちょっと違和感を覚えるが、気にせずに配管を確認してボンベのバルブを開いた。
「オッケー、と・・・」
窓を乗 り越え、シャワー室に入った。すでに内装は終わり、タイルが敷かれたシャワー室になっている。ぼくは点検のために壁のパネルの電源を入れてお湯を出してみ た。しばらく正常にお湯が供給されているのを確認して窓を越えてボンベに走った。ボンベのすぐそばに設置されたメーターの具合を確かめた。4,5分待った が以上表示がでないことを確認して、ぼくはシャワーを止めようと室内に戻った。
「やれやれ、あとは給湯室のコンロだけ・・と・・・」
そう言って伝票に記入しようとしたときだった。背後からの恐ろしい圧力に屈してぼくはシャワー室の床に押し倒された。
「と言うわけだから立花君、よろしくな。」
社長はいつもの口癖を言った。うちの社長がこれを言うと話は終わりと言うことを意味していた。とぼとぼと社長室を後にして事務所に戻る。事務の女性や打ち合わせをする営業課の人々が目をそらす。
「立花か・・・・」
デスクで大川さんがため息をついた。彼はうちの会社に入って4年目。転職組だ。どうやら彼も選抜されてしまったようだ。事務方の女性がばさっと書類の束をぼくのデスクに置いた。
「引継だけはしっかりとね。」
「はい・・・・」
山のような顧客情報を前にしてぼくは大きくため息をついた。
5日後、ぼくと大川さんは自衛隊の船の上だった。「おおすみ」とか言う輸送艦だそうだが、たいした興味はない。ただ単に、我々の乗る車の運搬がたまたま「おおすみ」だったというだけだ。
「しかし、なんで俺たちなんだよ・・・・」
ぼくの横で大川さんがため息をつきながら言った。そんなことぼくに言われても困る。自分でもこの状況を受け入れられないのだから。ぼくはもともと福岡の小 さなガス会社のサラリーマンだ。担当は顧客管理。言葉はかっこいいが、要するに営業兼、取り立て屋だ。大川さんは保安課。技術部門だ。そして我々の行き先 はアルドラ王国。首都はアルドラータというらしい。人口は約20万。福岡県で言えば久留米市の人口に近い。
「政府の振興事業とか言ってますけどねぇ」
ぼくも大川さんに負けじとぼやいた。そう。これは政府のお達しなのだ。話は2ヶ月ほど前にさかのぼる。
電波に満ちた世界から日本が隔離されて数日後、自衛隊の哨戒機が未知の大陸を発見。その大陸の人々と交渉を持った。それがアルドラ王国だった。アルドラは 典型的な中世に近い国家だったが、幸か不幸かその領内で石油が見つかってしまった。日本にとって石油は生命線に等しい。当然、政府側はその採掘権をほし がったが、元来なんの価値もない燃える水を真っ先にほしがった日本政府の足元を見たのだろう。アルドラ側は交換条件に日本独自の技術を求めた。当然、防衛 に関わる軍事技術などは提供は不可能。そうなると、一般人でも使う電化製品の一部や水道、ガス製品に白羽の矢が立てられた。ボールペンや携帯電話。ラジ オ、ガスコンロなどだ。
電気は海底ケーブルを使ってとりあえず供給できたが、問題は王国側も興味を持ったガスだった。一瞬にして火をともし、モ ノを暖めるガスは王国の興味を引いたのだろう。多少専門的だが、都市ガスは巨大なタンクから埋設管を通って各家庭に提供される。何のインフラもないアルド ラでそれを導入するにはコストがかかりすぎた。そこで矢面に立ったのが我々LPG業者だった。LPガスはボンベを置いて最低限の配管設備で供給可能。不測 の災害にも最小限の修復で復旧可能なのが選ばれた最大の理由らしい。うちの社長はどういうルートを使ったのか、その第一陣に我が社を潜り込ませることに成 功して、ぼくと大川さんが選ばれたわけだ。
「まもなく到着します!」
ぼくたち以外にも同じ境遇の同業の連中に海上自衛官が告げた。彼らは同業でも今のところライバルではない。なんたって、ガスの仕入れ先は同じ。設備その他は日本政府持ちな上に、各業者で施工する先も決まっている。いわば「同志」であると言えた。
「立花!1300だ!」
到着から4日後、ぼくと大川さんはアルドラータにある王宮の配管工事に取りかかっていた。何しろお城の配管だ。埋設はほとんどできない。小高い丘の上にあ るお城でなんといっても地面はほとんどレンガ。アルドラータはこの王宮を見上げる形で展開する港湾都市だった。建国当初は周辺の蛮族との戦が多くて、おの ずと王の住む城は高台に造られたらしい。だが、ここ300年。王国は戦乱もなく、騎士も貴族ものんびりとしている。そうは言っても城は城。ドリルでてっと り早く埋設してガスの配管を通りたいところだが、オッケーが降りない。
「1300です」
ぼくは窓にとっかかってメジャーを使う大川さんに1300ミリで切った配管を渡した。地面を掘れないということは、広大な王宮の壁に沿って配管をはわせることになる。通りかかった甲冑の騎士がぼくたちの仕事を珍しそうに見ている。
「いったい何をしているのだ?町中でこのような光景を見かけるが・・・」
騎士の質問に大川さんはため息をつく。これで何度目かわからない。
「あと2,3日待ってください。お城で瞬時にお湯が使えるようになりますから」
ぼくのフォローも騎士には通用にない。これもまた何度目のリアクションかわからない。彼は高らかに笑った。
「そのような魔法みたいなことができるわけがない!せいぜい楽しみにしておるぞ!」
騎士は笑いながら立ち去った。この国の人々にはガスで一瞬にしてお湯が出るなんて想像にもできないのだろう。だが、技術屋の大川さんは未だにこの国の人々のリアクションを気にくわないようだった。
「立花!こっちはめどがついた。さっき完成させた侍女の給湯器のテストしてこい!」
半分八つ当たりだったが、テストも大切だ。ぼくは広い広い王宮の地図を片手に、昨日完成させた設備の点検に向かった。
本来はこのような広いところには決まった場所に50kgボンベを多く設置するかバルクと呼ばれる巨大なタンクを置くのが常道だが、あまりにこの王宮は広い。 結果、各所にボンベを設置して短距離の配管を引く形となった。そうしないと災害時や配管の破損時に破損場所の特定や復旧に時間がかかる。ましてや、当面は ぼくと大川さんだけでやりくりしないといけない。
「えっと・・・。侍女待機部屋NO1か・・・」
敵が侵入したときのために迷路のように 作ってある設計も災いして工事は難航した。ぼくが目指しているのは、王族の身の回りの世話をする侍女が待機する部屋の一角に設置された給湯設備だ。24時 間交代で勤務する彼女たちのために、シャワーとコンロを設置したのだ。城の1階にある部屋にたどり着き、窓から中庭に出てボンベを確認する。中世の城の壁 に据え付けられた給湯器にちょっと違和感を覚えるが、気にせずに配管を確認してボンベのバルブを開いた。
「オッケー、と・・・」
窓を乗 り越え、シャワー室に入った。すでに内装は終わり、タイルが敷かれたシャワー室になっている。ぼくは点検のために壁のパネルの電源を入れてお湯を出してみ た。しばらく正常にお湯が供給されているのを確認して窓を越えてボンベに走った。ボンベのすぐそばに設置されたメーターの具合を確かめた。4,5分待った が以上表示がでないことを確認して、ぼくはシャワーを止めようと室内に戻った。
「やれやれ、あとは給湯室のコンロだけ・・と・・・」
そう言って伝票に記入しようとしたときだった。背後からの恐ろしい圧力に屈してぼくはシャワー室の床に押し倒された。