自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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  あの酒場での一件以来、ぼくの王宮詣では少しばかり楽しいものになった。リナロと天下御免でさぼれるのだ。リナロの動きに関しては、国王マキシム6世に組 みするスピノーラ公の影響もあってかなり自由が利くようだ。逆にそれで疑われないか心配だったが、この国の侍女は貴族に気に入られるとそういう無茶なシフ トも組めると聞いて、一応は安心した。
「最近、侍従の突き上げがすごいのよ。早く結果を出せってさ・・・」
 王宮ではさすがに密談はできないので、最近は彼女を軽トラックでいつもの丘に連れだしてから、缶ビール片手に作戦会議が恒例となっていた。
「そいつは困ったな。それにある程度、あのおっさんたちに嘘でもいいから情報をやらないと連中も動かないだろうしなぁ」
  人為的な大規模事故の発生作戦は、王宮の人間すべてに安全講習を行うことで不可能になった。もしも、それを実行してしまうと、実行犯がすぐに特定されてし まうからだ。そうなっては、王の権威を失墜させるどころか、マガンダ、アストラーダの失脚を招く結果になることは明白だ。とすれば、奴らがリナロを通じて 奥の手を探ってくることは容易に想像できた。
「困ったなあじゃないわよ。わたしもうんざりしてんだから」
 軽トラックの荷台に並んで座っ たリナロは笑いながら缶ビールをあおった。ヒールみたいな革の靴で荷台に積んだ20キロボンベをコンコンと蹴っている。20キロボンベはホントは起立させ なきゃいけないんだが、不整地の多いこの国の道路で、しっかりとボンベを立てるようなロープの結び方はいささか面倒だ。結局、荷台に寝かせて運ぶことにな る。
「そうだな・・・・、だったら」
 ぼくはいつも持っている鞄から冊子を取り出してリナロに渡した。当然、彼女に日本語は読めない。

「なにこれ?タチバナ、ちょっと読んでみてよ」
 日本語で会話はできるが文字はまったく別物って理屈はぼくにはわからない。だが、アルドラ文字はフェニキア文字、ひいてはローマ文字、英語に似ているということで解読作業は進んでいる。しかし、アルドラ人が日本語をってなると相当に難しいようだ。
「えっとね・・・。LPガスを安全にお使いいただくために。福岡県LPガス協会・・・。この冊子は液化石油ガス管理法に基づいた・・・・」
 これは新規にLPガスをご利用いただくお客に配布する周知文書だ。物理的なLPガスの成分からガス漏れ時の対処法。ガス器具購入の際の注意点まで書いてある15ページほどのモノだ。
「ああ、これなら。城の賢者を総動員しても解読には2年はかかりそうね」
 リナロは安全講習を聞いているので内容をだいたい理解している。面白そうにそれを受け取って笑った。確かに、アルドラ正教会が誇る屈指の賢者が神妙な面もちでこれを解読する場面を想像すると笑いが出てくる。
「でも、あまり情勢は穏やかじゃないわ。アストラーダは王に半ば公然とあなた達の設備の廃棄を訴えてるわ。保守派の貴族や騎士、魔導師の支持があるからけっこう強気みたいよ」
  ぼくはこの彼女の言葉をあんまり重要視していなかった。所詮、王は王。なんだかんだいって最後は王が決めるんだ。外野の文句はなあなあで聞き流されるだろ う、と。この国の政治を自分の国の政治と同じモノと思ってしまったのかもしれない。その付けは2週間後、思い知らされることになる。

 ぼくは王宮の門で衛兵とにらみ合っていた。というより、正確にはぼくは困った顔をして、衛兵も困り果てているのがホントのところだ。
「立花さん、マジで困るんですよ。アストラーダ様のご命令でいかなる者も王宮に入れるなって」
 今までは無敵だったフリーパスがこの日ばかりは使えないというのだ。しかも神聖騎士団の命令でだ。これだけでもきな臭さ炸裂だが、衛兵も公務員。規則をねじ曲げるわけにはいかないのだ。ぼくは顔なじみになってしまった衛兵の肩を叩いた。
「まあ、しょうがないわな。」
「すいませんねぇ」
 そう言葉を交わしてトラックに乗って駐屯地に戻った。川村に報告しなければ。

 駐屯地の正門にさしかかってぼくは我が目を疑った。朝、出発するまでは金網に鉄条網くらいしかなかった駐屯地の周囲がびっしりと土嚢で固められて、その後ろには完全武装の自衛隊がうろうろしているのだ。
「おおい!早く戻ってこい!」
 門にいた顔見知りの自衛官がぼくに大声で合図する。有刺鉄線を巻き付けた車止めをどけてぼくの軽トラを誘導してくれた。ぼくは駐車場に車を止めて正門まで走った。
「いったい何があったんですか?」
 そう尋ねるぼくに幾重にも積まれた土嚢の陣地から大川さんが声をかけた。
「おい!立花!これかぶってろ」
 そういってぼくに投げられたのは「福岡県LPガス協会緊急出動要員」と書かれたヘルメットだ。見れば、大川さんもしっかりかぶっているし、その横にいる川村も「テッパチ」と呼ばれる自衛隊のメットを着用している。どうやら事態はただならぬ雰囲気のようだ。
「おまえが出発した後、とんでもない連絡が入ったんだ」
 大川さんはぼくを門から少し離れた陣地に引っ張り込みながら叫んだ。周囲は徒歩の自衛官だけでなく、後方には90式戦車や89式装甲戦闘車が待機しているようで小うるさいエンジン音が辺り一面に響いていたのだ。
「クーデターだよ。神聖騎士団とかいう連中が王宮と王都の一部を占拠したそうだ。こっちにも向かってるらしい。」
 ぼくは大川さんの言葉に愕然とした。ついにしびれを切らした保守派が実力行使に出たのだ。そしてこの駐屯地にもアルドラ王国の精鋭、神聖騎士団が向かっているのだ。
「きました!」
 門に待機する自衛官が大声で叫んだ。川村がスーツにヘルメットの姿でぼくたちのすぐそばから双眼鏡で状況を見ている。
「へえ、けっこういるな・・・。7,800くらいか」
 のんきな声を出す川村に大川さんがびびりながら思わず叫んだ。
「早いところ攻撃してしまいましょう!」
 それにはぼくも同感だったが、川村がぼくたちに答えた返答は背筋が凍るに等しいものだった。
「そんなことできない。ここの自衛隊は邦人保護。つまり、君たちの安全確保のためにいるのだ」
「んな、あほな!」
 思わず大川さんがつっこみの叫びをあげるが、川村は気にしていないようだ。そうしている間にも神聖騎士団は乗馬した隊列の前面に弓兵隊を前進させた。迷うことなく、彼らは矢をつがえて斜めに構えている。

「ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 スピーカーで呼びかける幹部の声を無視して100メートルほどに迫った騎士団は矢を一斉にはなった。
「うお!」
「うわ!」
 曲射された矢は土嚢や地面に次々と突き刺さった。幸い、正門正面に展開する60名ほどの自衛官に負傷者はいなかったようだ。神聖騎士団=今や敵と言っても過言ではないだろう、は迷うことなく第二の矢を準備している。
「川村さん!反撃許可を!」
 そばにいた三等陸尉が叫んだ。
「だめだ。警告の後、威嚇射撃」
 彼の言葉を聞いて絶望的なため息をついた三尉は命令を実行した。
「繰り返します!ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 この言葉に返ってきたのは雨のような矢だった。またしても、誰も負傷者は出なかったが土嚢の積まれた陣地に身を隠すぼくたちや自衛官の周りにはあちこちに矢が刺さっている。それを見た川村がちょっと考えてから大川さんに声をかけた。
「この状況を打破するためにちょっと協力してくれるかな?もちろん、ボーナスは出す」
 妻子持ちの大川さんは川村の気前の良さを知ってる。二つ返事で了承した。
「ありがとう」
 そう言うが早いか、川村はポケットからカッターナイフを取り出すと、横に伏せている大川さんの手を持った。
「我慢しろ!」
 次の瞬間、川村は大川さんの右手にカッターの刃を走らせた。ごく薄皮だけを切っただけなのだろう。大川さんは目をまん丸にして彼の行動を見るだけだった。とたんに、腕から1センチほどの幅で血が流れた。

「な、な、な、なにしてんですか?」
 びっくりして大声を出す大川さんを無視して川村は先ほどの三等陸尉に叫んでいた。
「三尉!在留邦人に負傷者が出た!再度警告の後、発砲を許可する!」
「川村さん!まさか?」
 バンドエードを傷に貼りながら大川さんが信じられないって表情で彼を見ていた。ぼくも同じような表情だっただろう。当の川村は不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。ちょっと戦闘状態でハイテンションになっているみたいだ。
「再度警告します!ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 この警告も無視して親衛騎士団は100メートルほど先で今度は騎馬に乗った甲冑の騎士団を前面に出していた。突入する気のようだ。
「目標100メートル前方!3連射!撃ち方用意!!」
 三尉の命令を聞いて反射的に伏せていた自衛官が89式小銃を構えた。それを気にすることもなく、神聖騎士団は突撃を開始した。
「撃ち方始めぇぇぇえ!!!」
  突撃と同時に自衛隊は3連射を横隊で突入してくる騎士団に食らわせた。その効果たるや、素人のぼくや大川さんでも一目瞭然だった。数十名が目に見えない弾 丸で倒れ、馬も多くが傷を負ってその場にしゃがみ込んだ。だが、さすがは神聖騎士団。第2の隊列を整えようとしている。
「これ以上死者を出すな。玖珠4,玖珠5。前進して包囲せよ!」
 駐屯地を囲む金網を破って90式戦車と74式戦車、89式装甲戦闘車が速力を活かして一気に神聖騎士団を包囲し始めた。威嚇で空に2,3発撃ちながら、1分もたたないうちに生き残った騎士団は完全に包囲された。

「た、助けてくれ!」
  生き残った騎士団は次々と武器を投げて降伏の意志を表した。着剣した自衛官が彼らをどんどん引き立てていく。しかし、ここの自衛隊は日本人に危害が加えら れないと銃の一発も撃てないとは驚きだった。引き立てられる捕虜の中にぼくは王宮でたびたびすれ違っていた騎士を見つけた。
「貴様・・・・」
 むこうも気がついたようで敵意に満ちた目をぼくに向けている。彼は根拠のない不敵な笑みを浮かべながらぼくに言った。
「青い火の邪教徒か・・・。城の侍女をたぶらかしたようだが、やつも今頃神の罰が加えられているだろうな。」
 数秒の間を置いて彼の言う言葉の意味がわかった。リナロのことだ。やっぱりバレバレだったんだ。彼女は今日は非番だというから家にいるはずだ。
「川村さん!リナロが危ない!自衛隊をお願いします!」
 幹部と打ち合わせをしていた川村に振り返ってぼくは叫ぶが、彼の返答は冷たいモノだった。
「すまんが、現状では無理だ。さっきも言ったとおり、ここの自衛隊の任務はアルドラ王国に駐在する邦人の保護だけだ。」
 予想通りの返事を聞いてぼくは「くそ!」と叫びながら自分の軽トラに走っていた。自分で何をしようとしているのか。そしてそれがどんなに危険な行為かは理解していたが、今はリナロの家に行くことだけを考えていた。
「おおい!立花!」
 びっくりした大川さんが慌てて声をかけるが、それを無視してぼくは軽トラのアクセルをめいっぱい踏んで駐屯地を飛び出した。

 駐屯地から街に向かう街道を走りながら、ぼくは何か役に立つモノを探していた。荷台には充填された20キロボンベが2本。運転席にはモンキーレンチと検針用のマルチハンディだけだった。つまり、役に立ちそうなモノは車には何もないってことだ。
「ああ、どうしよう・・・」
  思わず勢いで飛び出した自分を恨んだが、今更どうにもならない。それにリナロを救えるのは今のところ、ぼくだけしかいない。残念ながら自衛隊は現状では、 駐屯地の外で武力行使はできない。とはいえ、丸腰のぼくに何ができるというのだろう?自問自答の答えを待つことなく、前方に見たくないモノが見えてきた。
「止まれ!神聖騎士団の名において停止しろ!」
 街道にさっきまではなかった検問所があるのをみつけた。そこにいるのは独特の黒マントに身を包んだ神聖騎士団だった。「神聖騎士団の名において」とはきっとこの世界では神の言葉に等しいんだろうが、そんなこと異世界人のぼくには関係ない。
「どけ!どけ!」
 パッシングして、クラクションを思い切り鳴らし、勢いでワイパーまで動かしながら検問所に突入した。彼らの検問は馬車を想定したお粗末な造りだ。慌ててトラックを回避する騎士団を後目にまんまと突破することができた。
「ここか・・・・」
 市内に入ってすぐにリナロの家は見つかった。侍女や下級役人の住む区画にぽつんと、うちの会社のボンベを見つけたのだ。少し手前で軽トラックを降りてボンベ越しに窓からリナロの家を覗いてみた。
「おとなしくしろ!」
 だが時はすでに遅かった。例の黒マントに抜き身の剣を持った神聖騎士団がリナロをぼくがいる窓際に彼女をまさに追いつめているところだったのだ。
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