アストラーダは自分にとってわけのわからない理屈を並べられまくった上に、ぼくに人殺し呼ばわりされ、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
「タチバナ!貴様、自分の言っていることがわかってるのか?」
わかってるもなにも、実際ぼくは彼に殺されかけて、ほんの少し前も殺されようとしていたじゃないか・・・。ほとんど逆切れ状態のアストラーダにぼくはちょっとずつ後ろにさがりながら反論する。
「だって、ぼくを降参しようが何しようが殺すって言ったじゃないか!」
「む・・・・。それは事実だが・・・・、しかし貴様も禁断の呪文を唱えようとしたじゃないか!」
ぼくの言葉にアストラーダは再反論を試みるが、完全にぼくと川村の術中にはまってしまっている。あっさりぼくを殺す意志があったことを認めてしまった。さらに川村も加わって、ベタベタの茶番は続く。
「禁断の呪文だって?立花君、いったいどういうことだ?」
「は、はい!アストラーダがぼくを殺すというので苦し紛れに嘘を言ったんです!この伝票にはこの部屋のガスの使用量しか書かれていません!」
ぼくはマルチハンディを高らかに見せながら叫んだ。ここでようやく種明かしだ。事態を理解できないアストラーダやマガンダ、神聖騎士団はぽかんとしている。妙な沈黙が広間を包んだ。が、ガスのことを多少勉強している人物がこの沈黙を破った。
「ぷっっっ・・・・・」
敵味方含めて一斉に視線が注がれた。思わず吹きだしてしまった人物は他ならぬ、玉座に座るマキシム6世だった。敵対的に退位させようとしていた王様に、先ほどの失態を思いっきり笑われたアストラーダはそれこそ、額に血管を浮き出すくらいに怒りを露わにしていた。
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・」
部下に指示を出すことも忘れて怒りまくる騎士団長を放置してぼくはそっと玉座に近づいた。
「国王陛下・・・・。あのお・・・そこに立ってる川村にご助勢を要請してください。」
「あいや、タチバナ殿。これ以上のご助勢は無用。わしもまだまだ戦えますぞ」
そう言って王は侍従から剣を受け取った。やる気満々なようだ・・・。
「ああ、いや。だからそうじゃなくってですね・・・・」
ここで日本の集団的自衛権とかを説明している暇はない。王の動きを察知して神聖騎士団が戦闘態勢を取り始めている。
「国王陛下!我らと一戦交えると言われるか!?」
ブチ切れモードのアストラーダがやる気満々で叫んだ。まずい!この王様、このままじゃテンションに任せて1人でも騎士団に戦いを挑みかねない。その時だった。
「あああ・・・・国王陛下・・・・」
緊張に耐えきれなくなった若い侍女が1人、貧血を起こして倒れた。今にも剣を抜こうとしていた国王が慌てて彼女に駆け寄った。
「しっかりしろ、ルチア!」
王のうろたえっぷりから見て、どうやら彼の身の回りを世話している忠実な侍女らしく、彼女を抱きかかえて慌てている。
「国王陛下・・・・、ずっと気が張りつめて・・・・苦しゅうございます・・・・」
「よい!よいからしばし休め!」
息も絶え絶えの侍女に優しく言う国王を見て、ぼくは起死回生のアイデアを思いついて早速実行に移した。素早く王のそばに駆け寄って耳打ちした。
「あの自衛隊の中に医者がいます。ええと・・・・なんて名前だったかな・・・?確か・・・・」
「なんという名前なのだ・・・?早く!タチバナ殿」
見事に芝居に引っかかってくれて焦る国王をさらに焦らせるためにぼくも猿芝居を続ける。
「待ってください・・・・。あまりせかすと思い出すものも思い出さないですよ・・・ええと・・・・」
しびれを切らしたマキシム6世は侍女を抱きかかえたまま、悲壮な表情で広間に響きわたる大声で叫んだ。
「助けてください!誰か、助けてください!」
彼にしては医者を呼んだつもりなんだろうが、残念ながら川村が引き連れてきた自衛官の中に医者はいない。王宮各所にいる神聖騎士団を自衛隊が排除するに は、国王の支援要請が必要だ。申し訳ないけど、こっちも死にたくない。異世界の中心で愛を叫んでいただいた国王には悪いが・・・・。それにしても、マキシ ム6世国王陛下、あなた映画見たでしょう?って突っ込みたくなるくらいに、某純愛映画にかぶったアクションだった。ともあれ、川村や自衛隊には既成事実が できあがったのは間違いない。
「同盟国の元首から支援要請が出た!状況開始!」
川村が無線に叫んだ。それを確認してぼくは天井のリナロ に目で「そこにいろ」と合図すると、いまだに日本アカデミー賞クラスの悲壮さを漂わせる国王や側近を窓際に退避させた。またまた、わけのわからない猿芝居 を見せられていたアストラーダは川村の号令で自衛官が横に広がるのを見て、いよいよ戦闘を始める気配を感じ取ったようだ。
「国王の前に、貴様ら邪教徒を血祭りにあげてやるわ!」
騎士団長の号令以下、騎士たちも自衛隊から10メートルほど離れて対峙した。この時点で決着はついているんだが・・・。川村はその余裕からなのか、騎士団に宣言した。
「我が自衛隊はこれより、同盟国元首の支援要請に基づいてあなたたちに武力行使を行う用意があります。即刻、武装解除してください」
散々引っ張っておいてこの言葉。アストラーダは真っ赤な顔を今度は赤黒くしている。そろそろ頭の血管が切れそうで逆にこっちが心配になってくる。リナロの お母さんのような結核はどうにかなっても、今の技術では三大疾病はどうにもならない。アストラーダには疾病特約のついた生命保険をおすすめしてあげたいく らいだった。
「き、き、き、き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!!我が神聖騎士団に降伏せよとは!!」
完全に切れているアストラーダにも川村は冷静だった。ちょうど聞こえてきた外からの音を聞いて、彼はますます余裕の表情を浮かべた。
「正確には最後に残った、あなたがた親衛騎士団に対してですがね・・・・」
どーんという音と同時に軽い地響きがぼくたちを襲った。方角からして正門の方からだ。ぼくと同じ事を考えたのだろう。一触即発の自衛隊と神聖騎士団そっちのけで幹部と口論していた顔見知りの衛兵が窓から門を見て唖然とした。
「あ・・・・・あ・・・・・」
彼が忠実に職務を遂行していた大きな木の門は、川村の号令で突入してきた89式装甲戦闘車によって見事に大穴が開けられて、そこからわらわらと完全武装の 自衛隊が侵入してきている。さらに、中庭には戦闘ヘリのAH-1がホバリングして、中庭に出てきた親衛騎士団の弓兵隊の矢を軽々と跳ね返していた。
「こちら春日1。これより発砲する」
ヘリは隊列を組む弓兵隊の前方に30ミリを撃ち込んだ。自分の背丈ほど跳ね上がった土煙に弓兵隊は文字通り腰を抜かしてしまった。そこへ、正門から突入し た自衛隊がやってきて戦意喪失状態の騎士団を次々と武装解除していった。中庭のガス設備に被害がないといいんだが・・・・。
「ぬぬぬ・・・・」
追いつめられたアストラーダは本日何回目かわからない芝居がかったうなり声を出した。もはや情勢は軍事素人のぼくが見てもはっきりしていた。自衛隊のヘリ や小銃の威嚇ですっかり戦意を失った神聖騎士団は、スピノーラ公の兵士や自衛隊に次々と降伏しているのが見てわかる。たった数分で銃声はやんでしまった。
「さあ、どうしましょう?逆にあなたたちが追いつめられましたが・・・」
状況を見た川村がアストラーダに事実上の最後の降伏勧告を行った。それは彼自身よくわかっているだろう。彼の周囲の騎士がどよめいた。
「団長・・・・」
「どうしますか?」
うろたえる部下を鼓舞するように団長は再び剣を高々と頭上に持ち上げて叫んだ。
「引かぬ!こびぬ!悔いぬ!これが神聖騎士団だ!」
なんかどっかの漫画で見たことあるような台詞を叫んで、アストラーダを先頭に騎士団がいきなり突撃を開始した。すでに反撃体勢を整えている自衛隊からすればこれをくい止めるのは朝飯前だった。単発で2発。走ってくる騎士団に銃弾が撃ち込まれた。
「うわっっ!」
「ぐわっっ!」
先頭を走る騎士たちの足に弾丸が命中して前にのめり込むように倒れる。後続の連中もそれに躓いて次々と倒れ込んだ。見事に騎士団の突入をくい止めたところで、抜き身の剣を持ったスピノーラ公が数十名の部下と共に広間に駆け込んできた。
「こ、これは・・・」
スピノーラ公は広間に転がる神聖騎士団を見て驚きの声をあげた。国王が彼の姿を見て笑顔を浮かべた。
「おお!スピノーラ。無事であったか」
忠実な公は王に跪いて報告を始めた。
「もはやこれまで、というときに異世界のみなさまの助勢をいただきました。そこで大急ぎで陛下のところに駆けつけたのです」
やはり川村のあのタイミングは絶妙だったようだ。ほっと胸をなでおろしていると天井からぼくを呼ぶ声が聞こえた。あっ、忘れてた。
「タチバナ!わたしを早く下におろしてよ!」
天井裏にいるリナロの存在をすっかり忘れてた。自衛隊に声をかけて彼女をおろしてもらった。
「なんなのよ!あんたのさっきの猿芝居?」
「しょうがないだろ・・・・」
いきなりのだめ出しにちょっと凹みながらぼくが答えた。そこへ、おそれ多くもマキシム6世がやってきた。思わず、見よう見まねで敬礼する。
「ああ、よいよい。タチバナ殿。お世話になった」
王は寛大にも笑いながらぼくの嘘ばっかりの猿芝居を許してくれた。これはさすがにほっとした。倒れた侍女も駆けつけた衛生科の隊員に点滴を打たれて顔色をよくし始めている。
「さて、アストラーダ・・・」
オキニの侍女が無事なことに安心した国王は厳しい表情で、アストラーダに向き直った。さっきまでこの王国で随一の武力を誇った騎士団長はスピノーラ公の兵に囲まれ、取り押さえられていた。負傷した騎士は衛生科によって担架で次々と運び出されている。
「くそ!これで我が神聖騎士団もおしまいだ!」
悔し紛れに団長が叫んだ。結局こいつも偉そうな理屈を並べていたが、自分の組織の保身で王様を排除しようとしていたのだ。
「引っ立て!」
王の命令で後ろ手に縛り上げられたアストラーダとマガンダが連行された。そこで王はとりあえず控えているぼくと、自衛官に助けられて天井から降りてきたリナロに顔を向けた。
「さて、タチバナ殿。リナロ・・・・」
「すいません、こんな騒ぎになったのもぼくのせいです。お城からガス設備は撤去します」
もう自分の仕事のせいでこんな騒ぎが起こるのはごめんだった。だが王は優しくぼくに微笑んだ。
「気にされるでない。あの連中はわしの改革路線をよく思っていなかっただけだ。たまたま、そなたたちのガス設備が口実になっただけだ・・・、これ!窓を閉めよ!」
侍従や侍女が広間の窓をつぎつぎと閉めていく。それを見届けた王は玉座にどっかりと座って、手すりの下からリモコンを取り出した。
「ぴぴっ」
電子音と共に涼しい冷気が広間に充満していった。その場に居合わせた川村や自衛隊も不思議そうに周囲を見回している。王が持っているのはガスエアコンのスイッチだった。
「久しぶりに剣を持って汗をかいてしまったわ!はははは!!」
心地よい冷風を浴びながら初老の王は楽しそうに笑った。
「タチバナ!貴様、自分の言っていることがわかってるのか?」
わかってるもなにも、実際ぼくは彼に殺されかけて、ほんの少し前も殺されようとしていたじゃないか・・・。ほとんど逆切れ状態のアストラーダにぼくはちょっとずつ後ろにさがりながら反論する。
「だって、ぼくを降参しようが何しようが殺すって言ったじゃないか!」
「む・・・・。それは事実だが・・・・、しかし貴様も禁断の呪文を唱えようとしたじゃないか!」
ぼくの言葉にアストラーダは再反論を試みるが、完全にぼくと川村の術中にはまってしまっている。あっさりぼくを殺す意志があったことを認めてしまった。さらに川村も加わって、ベタベタの茶番は続く。
「禁断の呪文だって?立花君、いったいどういうことだ?」
「は、はい!アストラーダがぼくを殺すというので苦し紛れに嘘を言ったんです!この伝票にはこの部屋のガスの使用量しか書かれていません!」
ぼくはマルチハンディを高らかに見せながら叫んだ。ここでようやく種明かしだ。事態を理解できないアストラーダやマガンダ、神聖騎士団はぽかんとしている。妙な沈黙が広間を包んだ。が、ガスのことを多少勉強している人物がこの沈黙を破った。
「ぷっっっ・・・・・」
敵味方含めて一斉に視線が注がれた。思わず吹きだしてしまった人物は他ならぬ、玉座に座るマキシム6世だった。敵対的に退位させようとしていた王様に、先ほどの失態を思いっきり笑われたアストラーダはそれこそ、額に血管を浮き出すくらいに怒りを露わにしていた。
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・」
部下に指示を出すことも忘れて怒りまくる騎士団長を放置してぼくはそっと玉座に近づいた。
「国王陛下・・・・。あのお・・・そこに立ってる川村にご助勢を要請してください。」
「あいや、タチバナ殿。これ以上のご助勢は無用。わしもまだまだ戦えますぞ」
そう言って王は侍従から剣を受け取った。やる気満々なようだ・・・。
「ああ、いや。だからそうじゃなくってですね・・・・」
ここで日本の集団的自衛権とかを説明している暇はない。王の動きを察知して神聖騎士団が戦闘態勢を取り始めている。
「国王陛下!我らと一戦交えると言われるか!?」
ブチ切れモードのアストラーダがやる気満々で叫んだ。まずい!この王様、このままじゃテンションに任せて1人でも騎士団に戦いを挑みかねない。その時だった。
「あああ・・・・国王陛下・・・・」
緊張に耐えきれなくなった若い侍女が1人、貧血を起こして倒れた。今にも剣を抜こうとしていた国王が慌てて彼女に駆け寄った。
「しっかりしろ、ルチア!」
王のうろたえっぷりから見て、どうやら彼の身の回りを世話している忠実な侍女らしく、彼女を抱きかかえて慌てている。
「国王陛下・・・・、ずっと気が張りつめて・・・・苦しゅうございます・・・・」
「よい!よいからしばし休め!」
息も絶え絶えの侍女に優しく言う国王を見て、ぼくは起死回生のアイデアを思いついて早速実行に移した。素早く王のそばに駆け寄って耳打ちした。
「あの自衛隊の中に医者がいます。ええと・・・・なんて名前だったかな・・・?確か・・・・」
「なんという名前なのだ・・・?早く!タチバナ殿」
見事に芝居に引っかかってくれて焦る国王をさらに焦らせるためにぼくも猿芝居を続ける。
「待ってください・・・・。あまりせかすと思い出すものも思い出さないですよ・・・ええと・・・・」
しびれを切らしたマキシム6世は侍女を抱きかかえたまま、悲壮な表情で広間に響きわたる大声で叫んだ。
「助けてください!誰か、助けてください!」
彼にしては医者を呼んだつもりなんだろうが、残念ながら川村が引き連れてきた自衛官の中に医者はいない。王宮各所にいる神聖騎士団を自衛隊が排除するに は、国王の支援要請が必要だ。申し訳ないけど、こっちも死にたくない。異世界の中心で愛を叫んでいただいた国王には悪いが・・・・。それにしても、マキシ ム6世国王陛下、あなた映画見たでしょう?って突っ込みたくなるくらいに、某純愛映画にかぶったアクションだった。ともあれ、川村や自衛隊には既成事実が できあがったのは間違いない。
「同盟国の元首から支援要請が出た!状況開始!」
川村が無線に叫んだ。それを確認してぼくは天井のリナロ に目で「そこにいろ」と合図すると、いまだに日本アカデミー賞クラスの悲壮さを漂わせる国王や側近を窓際に退避させた。またまた、わけのわからない猿芝居 を見せられていたアストラーダは川村の号令で自衛官が横に広がるのを見て、いよいよ戦闘を始める気配を感じ取ったようだ。
「国王の前に、貴様ら邪教徒を血祭りにあげてやるわ!」
騎士団長の号令以下、騎士たちも自衛隊から10メートルほど離れて対峙した。この時点で決着はついているんだが・・・。川村はその余裕からなのか、騎士団に宣言した。
「我が自衛隊はこれより、同盟国元首の支援要請に基づいてあなたたちに武力行使を行う用意があります。即刻、武装解除してください」
散々引っ張っておいてこの言葉。アストラーダは真っ赤な顔を今度は赤黒くしている。そろそろ頭の血管が切れそうで逆にこっちが心配になってくる。リナロの お母さんのような結核はどうにかなっても、今の技術では三大疾病はどうにもならない。アストラーダには疾病特約のついた生命保険をおすすめしてあげたいく らいだった。
「き、き、き、き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!!我が神聖騎士団に降伏せよとは!!」
完全に切れているアストラーダにも川村は冷静だった。ちょうど聞こえてきた外からの音を聞いて、彼はますます余裕の表情を浮かべた。
「正確には最後に残った、あなたがた親衛騎士団に対してですがね・・・・」
どーんという音と同時に軽い地響きがぼくたちを襲った。方角からして正門の方からだ。ぼくと同じ事を考えたのだろう。一触即発の自衛隊と神聖騎士団そっちのけで幹部と口論していた顔見知りの衛兵が窓から門を見て唖然とした。
「あ・・・・・あ・・・・・」
彼が忠実に職務を遂行していた大きな木の門は、川村の号令で突入してきた89式装甲戦闘車によって見事に大穴が開けられて、そこからわらわらと完全武装の 自衛隊が侵入してきている。さらに、中庭には戦闘ヘリのAH-1がホバリングして、中庭に出てきた親衛騎士団の弓兵隊の矢を軽々と跳ね返していた。
「こちら春日1。これより発砲する」
ヘリは隊列を組む弓兵隊の前方に30ミリを撃ち込んだ。自分の背丈ほど跳ね上がった土煙に弓兵隊は文字通り腰を抜かしてしまった。そこへ、正門から突入し た自衛隊がやってきて戦意喪失状態の騎士団を次々と武装解除していった。中庭のガス設備に被害がないといいんだが・・・・。
「ぬぬぬ・・・・」
追いつめられたアストラーダは本日何回目かわからない芝居がかったうなり声を出した。もはや情勢は軍事素人のぼくが見てもはっきりしていた。自衛隊のヘリ や小銃の威嚇ですっかり戦意を失った神聖騎士団は、スピノーラ公の兵士や自衛隊に次々と降伏しているのが見てわかる。たった数分で銃声はやんでしまった。
「さあ、どうしましょう?逆にあなたたちが追いつめられましたが・・・」
状況を見た川村がアストラーダに事実上の最後の降伏勧告を行った。それは彼自身よくわかっているだろう。彼の周囲の騎士がどよめいた。
「団長・・・・」
「どうしますか?」
うろたえる部下を鼓舞するように団長は再び剣を高々と頭上に持ち上げて叫んだ。
「引かぬ!こびぬ!悔いぬ!これが神聖騎士団だ!」
なんかどっかの漫画で見たことあるような台詞を叫んで、アストラーダを先頭に騎士団がいきなり突撃を開始した。すでに反撃体勢を整えている自衛隊からすればこれをくい止めるのは朝飯前だった。単発で2発。走ってくる騎士団に銃弾が撃ち込まれた。
「うわっっ!」
「ぐわっっ!」
先頭を走る騎士たちの足に弾丸が命中して前にのめり込むように倒れる。後続の連中もそれに躓いて次々と倒れ込んだ。見事に騎士団の突入をくい止めたところで、抜き身の剣を持ったスピノーラ公が数十名の部下と共に広間に駆け込んできた。
「こ、これは・・・」
スピノーラ公は広間に転がる神聖騎士団を見て驚きの声をあげた。国王が彼の姿を見て笑顔を浮かべた。
「おお!スピノーラ。無事であったか」
忠実な公は王に跪いて報告を始めた。
「もはやこれまで、というときに異世界のみなさまの助勢をいただきました。そこで大急ぎで陛下のところに駆けつけたのです」
やはり川村のあのタイミングは絶妙だったようだ。ほっと胸をなでおろしていると天井からぼくを呼ぶ声が聞こえた。あっ、忘れてた。
「タチバナ!わたしを早く下におろしてよ!」
天井裏にいるリナロの存在をすっかり忘れてた。自衛隊に声をかけて彼女をおろしてもらった。
「なんなのよ!あんたのさっきの猿芝居?」
「しょうがないだろ・・・・」
いきなりのだめ出しにちょっと凹みながらぼくが答えた。そこへ、おそれ多くもマキシム6世がやってきた。思わず、見よう見まねで敬礼する。
「ああ、よいよい。タチバナ殿。お世話になった」
王は寛大にも笑いながらぼくの嘘ばっかりの猿芝居を許してくれた。これはさすがにほっとした。倒れた侍女も駆けつけた衛生科の隊員に点滴を打たれて顔色をよくし始めている。
「さて、アストラーダ・・・」
オキニの侍女が無事なことに安心した国王は厳しい表情で、アストラーダに向き直った。さっきまでこの王国で随一の武力を誇った騎士団長はスピノーラ公の兵に囲まれ、取り押さえられていた。負傷した騎士は衛生科によって担架で次々と運び出されている。
「くそ!これで我が神聖騎士団もおしまいだ!」
悔し紛れに団長が叫んだ。結局こいつも偉そうな理屈を並べていたが、自分の組織の保身で王様を排除しようとしていたのだ。
「引っ立て!」
王の命令で後ろ手に縛り上げられたアストラーダとマガンダが連行された。そこで王はとりあえず控えているぼくと、自衛官に助けられて天井から降りてきたリナロに顔を向けた。
「さて、タチバナ殿。リナロ・・・・」
「すいません、こんな騒ぎになったのもぼくのせいです。お城からガス設備は撤去します」
もう自分の仕事のせいでこんな騒ぎが起こるのはごめんだった。だが王は優しくぼくに微笑んだ。
「気にされるでない。あの連中はわしの改革路線をよく思っていなかっただけだ。たまたま、そなたたちのガス設備が口実になっただけだ・・・、これ!窓を閉めよ!」
侍従や侍女が広間の窓をつぎつぎと閉めていく。それを見届けた王は玉座にどっかりと座って、手すりの下からリモコンを取り出した。
「ぴぴっ」
電子音と共に涼しい冷気が広間に充満していった。その場に居合わせた川村や自衛隊も不思議そうに周囲を見回している。王が持っているのはガスエアコンのスイッチだった。
「久しぶりに剣を持って汗をかいてしまったわ!はははは!!」
心地よい冷風を浴びながら初老の王は楽しそうに笑った。