リナロが危ない。大急ぎでぼくは軽トラックに戻った。戻ったからって何ができるか考えついたわけでもない。まさか、こいつでリナロの家に暴力団の出入りがごとく突入なんてできるはずもない。
「ええい!ちくしょう!」
半分やけくそになってアクセルを全開にふかしてトラックをリナロが追いつめられている窓のすぐそばに横付けした。聞いたこともないエンジン音に、彼女に迫る神聖騎士たちがたじろいでいるように見えた。
「リナロ!荷台に飛び移れ!」
ぼくの言葉を聞くが早いかリナロは素早く窓を飛び越えて、荷台に飛び乗った。それをバックミラーで確認したぼくは急いでアクセルを踏んだ。
「タチバナ!早く!」
彼女に言われるまでもなかった。リナロの家から出てきた騎士たちは走ってぼくたちを追ってくる。だが狭い上に、アスファルトでない道路だ。そんなにスピードが出せない。事故を起こせばたちまち捕まって殺される。しかもどういうわけかアクセルが重いことこの上ない。
「あっ!しまった!」
バックミラーで迫ってくる抜き身の剣を持った騎士たちを見ながら、重大なことに気がついた。荷台にはリナロの他に50キロボンベが3本。積まれていたのを 忘れていた。50キロボンベにはおよそ40キロのガスが入っている。熱膨張で安全弁を破壊しないようにそれ以上は入れることができない。そしてボンベ自体 の重量はおよそ38キロ。合計80キロ近い。それが3本も荷台に載っていては、当然アクセルも重い。
「タチバナ!何トロトロしてんのよ!」
川沿いの道路に出て加速しようとするが不整地の道路の上、300キロ近い荷物があると急加速は難しい。追っ手は徒歩の騎士に加えて乗馬した騎士も2,3名 加わっている。このままでは追いつかれてしまう。こうなりゃ最後の手段だ。ボンベを走りながら降ろして車の重量を軽くするしかない。
「リナロ!荷台のタラップを開けるんだ。後ろのヤツだ!」
ぼくは窓から顔を出して大声で叫んだ。リナロはぼくの作業を見ているので、見よう見まねでトラックの後ろにあるストッパーをいじっている。すぐに、最後尾のタラップが倒れた。
「捕まってろ!」
ぼくはリナロがしっかりと荷台に捕まったのを確認すると、ギアを一気にローに落として半クラを入れながら、アクセルをベタベタに踏み込んだ。ミッション車を運転した人ならわかるだろう。恐ろしい勢いでがっくんとなった後、トラックは急にスピードを上げた。
「あ!ボンベが!」
リナロが叫んだ。思惑通りだ。3本のガスが満タンに充填された50キロボンベはごろごろと勢いをつけて道路に向かって転がっていく。本当なら、バルブ部分 に金属製のキャップをつけて、荷台に固定しなきゃいけないんだが・・・。大川さんに見つかったら大目玉の手抜きが幸いした。
「うお!!」
今にも馬上から荷台に飛び移ろうとしていた騎士が転がるボンベをさけきれずに落馬した。それに続いていた徒歩の連中も追いついてきている。が、彼らも驚きの声をあげている。
「わぁぁぁ!!!」
どうやらむき出しのバルブが地面に強く衝突して安全弁が壊れたようだ。1本のボンベからものすごい勢いで高圧ガスが吹きだした。
「なんだ、このにおいは!」
「悪魔の吐息だ!」
ガスの吹きだす音とにおいで馬は逃げだし、騎士たちは剣を抜いたままパニックに陥った。本国でこんな事が起これば、間違いなく我が社は営業停止だろう。安全講習会でしか聞いたことのない重大事故事例を目の当たりにして思わずぼくは軽トラを停止させて見とれてしまった。
「くそ!ひるむな!」
剣を振り回して他の騎士を鼓舞しようとしたリーダー格だったが、その振り回す剣が別の騎士の剣とぶつかってしまった。次の瞬間・・・・。
どっかん!
吹きだして騎士の周りに散らばっていたガスが火に変わった。一瞬、騎士たちの周囲が炎に包まれて、ボンベからは火炎放射器のように炎が吹きだした。
「な、な、な、何が起こったの?」
荷台で腰を抜かすリナロだったが、ぼくは意外と冷静だった。停車させた軽トラックの運転席から降りて様子を確認した。
「あ~。火花に引火したんだ・・・」
騎士の持つ剣と剣がぶつかった拍子にできた火花にガスが引火したのだ。空気中で燃焼濃度まで高まったガスはちょっとの火花でも引火する。みなさんも、万が一、ガス漏れの際は換気扇など電化製品は使わずに窓を開けるなどして自然換気してください。
(作者注・ちなみにバルブはこの程度では破損することはまれです。ストーリーを面白くするための演出です。安心してLPガスをご利用ください)
「あちちち!!」
「ひいいい!」
神聖騎士団の独特の黒マントに燃え移った火を消すために騎士たちが次々と川に飛び込んでいく。重い甲冑を着たまま数メートル下の川に飛び込んだのだ。火を消してぼくたちの追跡を再開しようとしたが、切り立った崖のような土手をあがれないのだ。
「お、おのれぇ!!」
安全弁が破損したボンベのガスも出尽くして火が消えても、騎士たちはまだ土手の下でじたばたやっている。思わず、ぼくとリナロは無言で顔を合わせた。
「ぷっっっ!」
どちらからともなく、吹きだしてしまった。当のあやうく焼死を免れた騎士たちは少々気の毒だが、ドリフもびっくりの爆破コントを生で見たおもしろさは我慢できなかった。
「まあ、とにかく無事でよかったよ」
少し落ち着いてぼくはリナロに声をかけた。彼女も落ち着いたようでまじめな視線をぼくに向けた。
「アストラーダは親衛騎士団を引き連れて王宮に入ったようだわ。スピノーラ公の私兵が王宮にはいるけど、どれだけがんばれるかわからない。自衛隊はどうなってるの?」
その質問にはぼくも答えに窮したが、うそはつけない。
「自衛隊は武力行使を禁じられている。ぼくたち日本の民間人を保護するときにだけしか武器が使えないんだ。そういう決まりらしい。」
この答えにリナロは失望の色を隠せないでいた。そりゃそうだろう。ぼく自身だってそうだろうし、現場の自衛官も同じ気持ちだろう。だが、ばからしいとは言 え、法律は法律だ。それでも、リナロが失望したのはほんの一瞬だけだった。すぐに何か決心したようでぼくの腕をつかんだ。
「だったらわたしたちだけで、王宮に行きましょう!」
「え???」
「スピノーラ公の部隊もいるし、国王陛下をお助けできる異世界人はあなただけしかいないのよ!」
こうまで頼られちゃあ、断ることもできない。ぼくは無言で助手席を彼女に勧めた。
数百人は収容できる大広間。その奥にある玉座にマキシム6世は静かに鎮座していた。だが、その周囲は神聖騎士団に完全に包囲されている。
「王宮各所で抵抗を続けるスピノーラの部隊も少数ですぞ。陛下、あなたの退位宣言ですべては丸く収まるのですぞ。」
神聖騎士団長のアストラーダは王の前で敬礼もしないで、玉座の周りをうろうろしながら言った。王の周りには恐怖の色を浮かべる数名の侍女や侍従しかいない。あとはすべて黒マントの神聖騎士団だけだった。つまり、王はもはや、敵の手中に落ちていると言っても過言ではない。
「リナロ、いくらなんでもこりゃ無理だ。数が多すぎる」
ぼくとリナロは玉座のほとんど真上、ガスエアコンを設置したときに見つけた狭い天井裏に潜んでいた。無理矢理作った点検抗から下の様子をうかがっているの だ。王宮には顔見知りの衛兵をだまくらかして潜入に成功したが、普通に廊下は歩けない。結果、ガスの配管に沿って進み、最終的にこの天井裏を伝って王のい るところまでたどりついたのだ。
「そなたはタチバナ殿の話を聞いておらぬ。あれは悪魔の魔法などではない」
王の反論は的確だった。だが、怒りに満ちた神の騎士はそれを聞き入れる様子もなかった。
「あ れが悪魔の所行でなくてなんなのですか?我が国の魔導師は長い長い修行を経て、呪文を朗詠することでファイアー系の魔法を修得しますが、奴らの持ち込んだ 魔道具は一瞬で見たこともないような不気味な青い火を作り出す!たちまちのうちに冷たい水をお湯に変えてしまう!そのような、我が国の伝承にもない不気味 なモノに理解を示すとは・・・・王は悪魔に心を奪われてしまったに違いない!」
あー、こいつ配管工事施工前の事前説明も何も聞いてない な・・・。もう、ガス=悪魔の所行って固定観念だけだ。アストラーダの後ろに控える、黒マントにフードの男が彼の言う魔導師なのだろう。数名いる。聞くと ころによれば、神聖騎士団の魔導師になるには相当な修行が必要だそうだ。まあ、彼らからしてみれば自分の人生を賭けて修行した魔法が、どこぞの兄ちゃんに 簡単に再現されてしまうのは気にくわないし、そうなれば相対的に神聖騎士団の地位も低下する。
「長い間戦争がないとそれはそれで火種を抱えるもんなんだな」
実際にアルドラ王国が戦乱のまっただ中だったら、ガスと魔法の違いなんて一発で証明されるんだろうが、連中にはそのイマジネーションが不足しているよう だ。ガスをこの世界の戦争に使うのは少々困難が伴う。魔法みたいに呪文を唱えてスーパーマリオみたくファイアーボールなんて飛ばせないし、雷も落とせな い。ましてや、瞬時に傷もいやせないし、アルドラ王国の古文書にあるように、ゴーレムとか言う石の化け物を動かすなんてできるはずもない。
「タチバナ、早く王様を助けましょ」
リナロにせっつかされてぼくは軽トラックにあった発煙筒をとりだした。これで文字通り、アストラーダを煙に巻いて王様を連れ出すのだ。ぼくは発煙筒を点火して、真下でイライラしながら歩くアストラーダにそれを投げつけた。
「な、なにごとだ!」
予想通り、室内で発煙筒の煙が充満し始めて騎士団が混乱している。ぼくはそれを見計らって点検抗から下に降りる準備を始めた。発煙筒は4本。リナロが煙が 消えないように放り込む間に、軽トラにあったロープを伝って王様を屋根裏に登らせて助け出すのだ。だが、発煙筒は思ったよりも早く燃え尽きようとしてい る。予想よりも早く煙がだんだん晴れてくる。ぼくはそれを見て急いで下に降りようとした。
「リナロ、頼むぞ!・・・・うわっっ」
ロープを垂らして降りるはずが、足を滑らせてぼくはそのまま玉座の王様とアストラーダの中間地点に落下した。したたかに尻を打ってしまって少しの間起きあがれないでいた。
「ぬっ、貴様は異世界の邪教徒!」
煙の晴れた室内でアストラーダのそばにいたマガンダ侍従が敵意に満ちた声をあげた。マキシム6世も玉座に座ったままきょとんとしてぼくを見ている。
「お?タチバナどの?」
すっかり煙が晴れた室内を見回すと、自分の置かれた状況がとてもよく、いや。わかりすぎるくらいよくわかった。アストラーダ率いる神聖騎士団が30名ほ ど、王とぼくを完全に取り囲んでいるのだ。しかも、マガンダのおっさんのせいでぼくの身分もばらされてしまった。当然、アストラーダは怖い顔をして剣を抜 いた。
「貴様がすべての元凶だ!神聖な王宮に悪魔の魔法などを持ち込みおって!!」
「う、うわぁぁぁ!!」
剣を振り上げたアストラーダに対して丸腰のぼくができるのは手で身体をかばうことだけだった。その効果は剣の前には皆無とわかっていてもだ。だが、5秒たっても10秒たっても彼の剣がぼくに振り下ろされないことに気がついて、そっと彼を見てみた。
「ぬぬぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
神聖騎士団の視線はぼくのそばに落ちている、とあるモノに向けられていた。ぼくが肩に掛けていた検針用のマルチハンディだ。
「気をつけてください・・・・。魔法の朗詠書かもしれませぬ」
魔導師がアストラーダにそっと耳打ちする。それを聞いて周囲の騎士たちも2,3歩後ろにさがった。よく見てみると、マルチハンディからは「ががが・・・ぴー」という音と一緒に、何かの拍子でタッチパネルにさわったせいだろう。検針伝票が印刷されていたのだ。
「ええい!ちくしょう!」
半分やけくそになってアクセルを全開にふかしてトラックをリナロが追いつめられている窓のすぐそばに横付けした。聞いたこともないエンジン音に、彼女に迫る神聖騎士たちがたじろいでいるように見えた。
「リナロ!荷台に飛び移れ!」
ぼくの言葉を聞くが早いかリナロは素早く窓を飛び越えて、荷台に飛び乗った。それをバックミラーで確認したぼくは急いでアクセルを踏んだ。
「タチバナ!早く!」
彼女に言われるまでもなかった。リナロの家から出てきた騎士たちは走ってぼくたちを追ってくる。だが狭い上に、アスファルトでない道路だ。そんなにスピードが出せない。事故を起こせばたちまち捕まって殺される。しかもどういうわけかアクセルが重いことこの上ない。
「あっ!しまった!」
バックミラーで迫ってくる抜き身の剣を持った騎士たちを見ながら、重大なことに気がついた。荷台にはリナロの他に50キロボンベが3本。積まれていたのを 忘れていた。50キロボンベにはおよそ40キロのガスが入っている。熱膨張で安全弁を破壊しないようにそれ以上は入れることができない。そしてボンベ自体 の重量はおよそ38キロ。合計80キロ近い。それが3本も荷台に載っていては、当然アクセルも重い。
「タチバナ!何トロトロしてんのよ!」
川沿いの道路に出て加速しようとするが不整地の道路の上、300キロ近い荷物があると急加速は難しい。追っ手は徒歩の騎士に加えて乗馬した騎士も2,3名 加わっている。このままでは追いつかれてしまう。こうなりゃ最後の手段だ。ボンベを走りながら降ろして車の重量を軽くするしかない。
「リナロ!荷台のタラップを開けるんだ。後ろのヤツだ!」
ぼくは窓から顔を出して大声で叫んだ。リナロはぼくの作業を見ているので、見よう見まねでトラックの後ろにあるストッパーをいじっている。すぐに、最後尾のタラップが倒れた。
「捕まってろ!」
ぼくはリナロがしっかりと荷台に捕まったのを確認すると、ギアを一気にローに落として半クラを入れながら、アクセルをベタベタに踏み込んだ。ミッション車を運転した人ならわかるだろう。恐ろしい勢いでがっくんとなった後、トラックは急にスピードを上げた。
「あ!ボンベが!」
リナロが叫んだ。思惑通りだ。3本のガスが満タンに充填された50キロボンベはごろごろと勢いをつけて道路に向かって転がっていく。本当なら、バルブ部分 に金属製のキャップをつけて、荷台に固定しなきゃいけないんだが・・・。大川さんに見つかったら大目玉の手抜きが幸いした。
「うお!!」
今にも馬上から荷台に飛び移ろうとしていた騎士が転がるボンベをさけきれずに落馬した。それに続いていた徒歩の連中も追いついてきている。が、彼らも驚きの声をあげている。
「わぁぁぁ!!!」
どうやらむき出しのバルブが地面に強く衝突して安全弁が壊れたようだ。1本のボンベからものすごい勢いで高圧ガスが吹きだした。
「なんだ、このにおいは!」
「悪魔の吐息だ!」
ガスの吹きだす音とにおいで馬は逃げだし、騎士たちは剣を抜いたままパニックに陥った。本国でこんな事が起これば、間違いなく我が社は営業停止だろう。安全講習会でしか聞いたことのない重大事故事例を目の当たりにして思わずぼくは軽トラを停止させて見とれてしまった。
「くそ!ひるむな!」
剣を振り回して他の騎士を鼓舞しようとしたリーダー格だったが、その振り回す剣が別の騎士の剣とぶつかってしまった。次の瞬間・・・・。
どっかん!
吹きだして騎士の周りに散らばっていたガスが火に変わった。一瞬、騎士たちの周囲が炎に包まれて、ボンベからは火炎放射器のように炎が吹きだした。
「な、な、な、何が起こったの?」
荷台で腰を抜かすリナロだったが、ぼくは意外と冷静だった。停車させた軽トラックの運転席から降りて様子を確認した。
「あ~。火花に引火したんだ・・・」
騎士の持つ剣と剣がぶつかった拍子にできた火花にガスが引火したのだ。空気中で燃焼濃度まで高まったガスはちょっとの火花でも引火する。みなさんも、万が一、ガス漏れの際は換気扇など電化製品は使わずに窓を開けるなどして自然換気してください。
(作者注・ちなみにバルブはこの程度では破損することはまれです。ストーリーを面白くするための演出です。安心してLPガスをご利用ください)
「あちちち!!」
「ひいいい!」
神聖騎士団の独特の黒マントに燃え移った火を消すために騎士たちが次々と川に飛び込んでいく。重い甲冑を着たまま数メートル下の川に飛び込んだのだ。火を消してぼくたちの追跡を再開しようとしたが、切り立った崖のような土手をあがれないのだ。
「お、おのれぇ!!」
安全弁が破損したボンベのガスも出尽くして火が消えても、騎士たちはまだ土手の下でじたばたやっている。思わず、ぼくとリナロは無言で顔を合わせた。
「ぷっっっ!」
どちらからともなく、吹きだしてしまった。当のあやうく焼死を免れた騎士たちは少々気の毒だが、ドリフもびっくりの爆破コントを生で見たおもしろさは我慢できなかった。
「まあ、とにかく無事でよかったよ」
少し落ち着いてぼくはリナロに声をかけた。彼女も落ち着いたようでまじめな視線をぼくに向けた。
「アストラーダは親衛騎士団を引き連れて王宮に入ったようだわ。スピノーラ公の私兵が王宮にはいるけど、どれだけがんばれるかわからない。自衛隊はどうなってるの?」
その質問にはぼくも答えに窮したが、うそはつけない。
「自衛隊は武力行使を禁じられている。ぼくたち日本の民間人を保護するときにだけしか武器が使えないんだ。そういう決まりらしい。」
この答えにリナロは失望の色を隠せないでいた。そりゃそうだろう。ぼく自身だってそうだろうし、現場の自衛官も同じ気持ちだろう。だが、ばからしいとは言 え、法律は法律だ。それでも、リナロが失望したのはほんの一瞬だけだった。すぐに何か決心したようでぼくの腕をつかんだ。
「だったらわたしたちだけで、王宮に行きましょう!」
「え???」
「スピノーラ公の部隊もいるし、国王陛下をお助けできる異世界人はあなただけしかいないのよ!」
こうまで頼られちゃあ、断ることもできない。ぼくは無言で助手席を彼女に勧めた。
数百人は収容できる大広間。その奥にある玉座にマキシム6世は静かに鎮座していた。だが、その周囲は神聖騎士団に完全に包囲されている。
「王宮各所で抵抗を続けるスピノーラの部隊も少数ですぞ。陛下、あなたの退位宣言ですべては丸く収まるのですぞ。」
神聖騎士団長のアストラーダは王の前で敬礼もしないで、玉座の周りをうろうろしながら言った。王の周りには恐怖の色を浮かべる数名の侍女や侍従しかいない。あとはすべて黒マントの神聖騎士団だけだった。つまり、王はもはや、敵の手中に落ちていると言っても過言ではない。
「リナロ、いくらなんでもこりゃ無理だ。数が多すぎる」
ぼくとリナロは玉座のほとんど真上、ガスエアコンを設置したときに見つけた狭い天井裏に潜んでいた。無理矢理作った点検抗から下の様子をうかがっているの だ。王宮には顔見知りの衛兵をだまくらかして潜入に成功したが、普通に廊下は歩けない。結果、ガスの配管に沿って進み、最終的にこの天井裏を伝って王のい るところまでたどりついたのだ。
「そなたはタチバナ殿の話を聞いておらぬ。あれは悪魔の魔法などではない」
王の反論は的確だった。だが、怒りに満ちた神の騎士はそれを聞き入れる様子もなかった。
「あ れが悪魔の所行でなくてなんなのですか?我が国の魔導師は長い長い修行を経て、呪文を朗詠することでファイアー系の魔法を修得しますが、奴らの持ち込んだ 魔道具は一瞬で見たこともないような不気味な青い火を作り出す!たちまちのうちに冷たい水をお湯に変えてしまう!そのような、我が国の伝承にもない不気味 なモノに理解を示すとは・・・・王は悪魔に心を奪われてしまったに違いない!」
あー、こいつ配管工事施工前の事前説明も何も聞いてない な・・・。もう、ガス=悪魔の所行って固定観念だけだ。アストラーダの後ろに控える、黒マントにフードの男が彼の言う魔導師なのだろう。数名いる。聞くと ころによれば、神聖騎士団の魔導師になるには相当な修行が必要だそうだ。まあ、彼らからしてみれば自分の人生を賭けて修行した魔法が、どこぞの兄ちゃんに 簡単に再現されてしまうのは気にくわないし、そうなれば相対的に神聖騎士団の地位も低下する。
「長い間戦争がないとそれはそれで火種を抱えるもんなんだな」
実際にアルドラ王国が戦乱のまっただ中だったら、ガスと魔法の違いなんて一発で証明されるんだろうが、連中にはそのイマジネーションが不足しているよう だ。ガスをこの世界の戦争に使うのは少々困難が伴う。魔法みたいに呪文を唱えてスーパーマリオみたくファイアーボールなんて飛ばせないし、雷も落とせな い。ましてや、瞬時に傷もいやせないし、アルドラ王国の古文書にあるように、ゴーレムとか言う石の化け物を動かすなんてできるはずもない。
「タチバナ、早く王様を助けましょ」
リナロにせっつかされてぼくは軽トラックにあった発煙筒をとりだした。これで文字通り、アストラーダを煙に巻いて王様を連れ出すのだ。ぼくは発煙筒を点火して、真下でイライラしながら歩くアストラーダにそれを投げつけた。
「な、なにごとだ!」
予想通り、室内で発煙筒の煙が充満し始めて騎士団が混乱している。ぼくはそれを見計らって点検抗から下に降りる準備を始めた。発煙筒は4本。リナロが煙が 消えないように放り込む間に、軽トラにあったロープを伝って王様を屋根裏に登らせて助け出すのだ。だが、発煙筒は思ったよりも早く燃え尽きようとしてい る。予想よりも早く煙がだんだん晴れてくる。ぼくはそれを見て急いで下に降りようとした。
「リナロ、頼むぞ!・・・・うわっっ」
ロープを垂らして降りるはずが、足を滑らせてぼくはそのまま玉座の王様とアストラーダの中間地点に落下した。したたかに尻を打ってしまって少しの間起きあがれないでいた。
「ぬっ、貴様は異世界の邪教徒!」
煙の晴れた室内でアストラーダのそばにいたマガンダ侍従が敵意に満ちた声をあげた。マキシム6世も玉座に座ったままきょとんとしてぼくを見ている。
「お?タチバナどの?」
すっかり煙が晴れた室内を見回すと、自分の置かれた状況がとてもよく、いや。わかりすぎるくらいよくわかった。アストラーダ率いる神聖騎士団が30名ほ ど、王とぼくを完全に取り囲んでいるのだ。しかも、マガンダのおっさんのせいでぼくの身分もばらされてしまった。当然、アストラーダは怖い顔をして剣を抜 いた。
「貴様がすべての元凶だ!神聖な王宮に悪魔の魔法などを持ち込みおって!!」
「う、うわぁぁぁ!!」
剣を振り上げたアストラーダに対して丸腰のぼくができるのは手で身体をかばうことだけだった。その効果は剣の前には皆無とわかっていてもだ。だが、5秒たっても10秒たっても彼の剣がぼくに振り下ろされないことに気がついて、そっと彼を見てみた。
「ぬぬぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
神聖騎士団の視線はぼくのそばに落ちている、とあるモノに向けられていた。ぼくが肩に掛けていた検針用のマルチハンディだ。
「気をつけてください・・・・。魔法の朗詠書かもしれませぬ」
魔導師がアストラーダにそっと耳打ちする。それを聞いて周囲の騎士たちも2,3歩後ろにさがった。よく見てみると、マルチハンディからは「ががが・・・ぴー」という音と一緒に、何かの拍子でタッチパネルにさわったせいだろう。検針伝票が印刷されていたのだ。