自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

08 第8話:ハードミッション(前編)

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だれでも歓迎! 編集
2004年5月18日19時47分 福岡市中央区六本松 九州大学近辺のアパート
 きれいな学生街として整備されている界隈からかなり入り込んだところに、男の求めるアパートはあった。その古びたたたずまいを見て、男は思わず顔しかめた。アパートの連絡事項を伝える掲示板に目をやった。
「断固自衛隊派遣阻止!憲法9条死守!」
  独特の文体で書かれたチラシが張られている。男にとってその内容はどうでもよかったが、このチラシがここが、彼の探していた場所であることを証明してい た。初夏のこの時期に黒いスーツに身を固め、黒い髪の毛をオールバックにしてサングラスをかけた男は、さびた階段を昇って、「田中」と書かれた表札のある ドアを叩いた。ドアの向こうでざわめいていた声がぴたっとやんだ。そしてしばらくすると、ドアチェーンをかけたまま、ドアが少し開かれた。
「はい・・・・、あ、・・・社長ですね・・・。セクトの担当から聞いています。どうぞ・・・」
 ドアを開けた男は彼を室内に招き入れた。ドアから顔を出して周囲を警戒してからドアを閉める。室内には10名近い人間がいた。みんな男性だ。タバコの煙が充満していて、男はまた顔をしかめた。
「社長。これが、「同志」のリーダーたちです。彼らとぼくでざっと、50名のメンバーを動かします・・・」
  男は室内に集まる連中を見やった。年齢は20代半ばから30代。色の落ちたジーンズや妙な色の革ジャンを着込んでいる。彼が今まで見てきた福岡の若者のス タンダードとは言えないようだ。室内も雑然としている。妙な形の印刷機。何に使うのか、物干し竿のような棒。本棚にはぎっしりと、マルクスだのレーニンの 研究書が詰まっている。
「これでまず、おまえらもメンバーも身なりを整えろ。今風の若者の格好にな・・・」
 男はそう言って1万円札の束をいくつか連中に投げた。それを見て連中は目の色を変えた。男はそれを見下すような、それ以上に家畜でも見るような目で見ている。この国の連中は老若男女、これで態度が変わる。
「身なりを整えたら、バイト先を見つけてやる・・・。必要な品物もここに全部届ける。」
 それだけ言って男はドアを開けた。先ほど、彼を案内した若者が彼の横をすり抜けて周囲を確認した。
「では、計画通りに。いろいろとお世話になりました。ドボレク社長」
  スーツの男、アジェンダ帝国魔道大臣ドボレク、今は市内で闇金融を経営する東亜興産の社長であるドボレクは無言でアパートを立ち去った。彼の持つ様々な魔 法を使えば、ケチな闇金業者くらいはすぐに乗っ取ることができた。この国ではとかく、金がモノを言う。その金を楽して手に入れるにはこの商売を始めるのが 一番だった。そこで仕入れた情報網を使って、テロリスト、もしくはそれに近い連中と接触するのも、簡単なことだった。後は、そいつらに金を好きなだけばら まき、彼らの思想に賛成したような態度をとれば。必要な情報を流してしまえば、金と彼らの思想を理解してくれた後ろ盾ができたと勝手に思いこんだ彼らが、 これまた勝手に行動を起こしてくれる。今回の計画もむしろ、彼らの方からの提案だった。ドボレクとしては彼らの希望するアジェンダ亡命を承知するだけでよ かったのだ。こんな楽な仕事はない、とドボレクは思った

2004年5月19日10時28分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
  第1独立偵察小隊は相変わらずだった。ガシリアから帰国したドローテアは、定位置のソファーで新聞を読み、その後ろにはバルクマンが控えている。その向か いでは村山がノートパソコンでネットをしながらビール。その秘書の美雪は、ディスプレイ越しにバルクマンを見てうっとりしつつ、事務作業。尾上二曹はド ローテアの写真を彼のパソコンの壁紙にすることに成功してご満悦だった。重岡は、何か重要な用事で呼び出されて留守だった。そこへ、内線電話が鳴った。
「はい、第1独立偵察小隊・・・」
 美雪が電話に出て応対する。最初はにこやかだった彼女の表情がだんだんと険しくなっていく。思わず、保留ボタンを押してドローテアを振り返った。
「ドロちゃん、なんか正門に変なアメリカ人が来てるって・・・、心当たりある?」
 美雪の言葉に、紅茶を口に運ぼうとしていたドローテアの動作が止まった。ひきつった顔でバルクマンを見る。彼もまた、困った顔で主人を見返すほかなかった。
「ドローテア様、まさか・・・」
「バルクマン、これ以上言ってくれるな・・・」
 このやりとりで面識のある人物と勝手に判断した美雪は、電話に出て正門の警務隊に彼を通すように言った。めんどくさい業務を抱え込む気はなかったのだ。
「もうすぐ来るって。なに?向こうで捕まえたドロちゃんの彼氏とか?」
  事情を知らない美雪の言葉を聞いて、村山がちらっとドローテアを見やった。きっと怒りで顔を真っ赤にしていると思ったが、予想は外れていた。確かに、顔は 真っ赤だが怒った様子ではない。その彼女のリアクションに彼は少し不満を感じた。そして次の瞬間、どうして自分が不満を感じているのかわからなくなった。
 村山がその疑問を自分で解決する前に、「客人」はプレハブのドアを開けていた。
「おお!我が太陽!そして、私の心を奪った美しき盗賊!ドローテア、自衛隊の制服姿の君も私の心臓を止めてしまうほどの美しさだ!」
  美雪は思わずその台詞に鳥肌が立った。そんなことを言うドローテアの知っているアメリカ人はこの世でただ1人しかいなかった。後ろに2名の海兵隊を率い た、合衆国海兵隊ガルシア大尉であった。迷彩服姿の部下とは違い、アルマーニのスーツに身を包んで、膝をついてドローテアを賞賛している。
「が、が、ガルシア大尉か・・・。その節は我が領民が世話になった・・・」

 珍しくしどろもどろするドローテアに気がついて尾上が、彼女とガルシアを交互に見ている。
「世話なんてとんでもない。君の愛する人々は、私の愛する人々だ。お、そうだ。今日は君にプレゼントがあったんだ。この週末、ヴェート王が来日される。そのパーティに私もうかがうんだ。きっと君も来ることになるだろう。そのための衣装を持ってきたんだ。ホプキンス曹長!」
「サー!イエス!サー!」
 ガルシアの後ろに控えた海兵隊員は乗り付けたハマーから次々と、豪華な箱を降ろしてドローテアの前にある応接机に置いていく。どんどん積み重なる箱は優に10箱を数えた。唖然とする一同を後目にガルシアはドローテアの手を取って言った。
「私が心の底から恋に落ちる女性のために、ニューヨークやイタリアから仕入れていた衣装だ。我が想い人ドローテア、パーティでの君のすばらしい姿を期待しているよ。曹長!」
「サー!イエス!サー!」
 曹長は最後に、少し小さな白い箱をガルシアに渡した。彼はその蓋を開けた。中身は豪華なバラの花束だった。恭しく跪くとドローテアに差し出した。
「あまりにベタすぎるんだけど・・・」
 思わずつぶやく美雪を無視して、とまどうドローテアにそれを渡すと、さわやかな笑顔を浮かべたガルシアは部下と共にハマーに乗り込んだ。
「ではドローテア!パーティで会おう!その後、最上階のバーでいっしょに愛を語ろう!」
 これまたベタベタな言葉を残してガルシアは去った。彼の残した箱が気になった美雪がその一つを開けてみてびっくりした。
「ドロちゃん、これ!全部めちゃくちゃ高いドレスばっかりだよ!」
 彼女の言うとおり、箱の中身は全部、アカデミー賞でハリウッド女優の着そうな豪華なドレスばかりだった。
「これはいささか露出がすぎるのでは・・・」
 その中の一つを見たバルクマンが本当に困ったような顔をして言った。それに気がついた美雪がこれまた困っているドローテアに提案した。
「ドロちゃんさあ、これあたしに貸してよ。そしたら、こっちのパーティのマナーとか教えるから」
「いいのか?小娘?」
 絶対、バルクマンの気を引くためプラス、高いドレスを着てみたいだけだと村山は思ったが、当のドローテアが彼女の手を取って感謝しているのを見てつっこむのを止めた。重岡が今は出かけているが、きっとこの用事で出かけているであろうことも村山には易々と想像できた。

2004年5月21日15時21分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉の厨房
 北九州随一のホテルの厨房はフル稼働だった。今日は結婚式が2件。翌日は異世界の王様が来て県知事や議員、財界人とパーティを開くそうだ。このために、ホテルでは大勢のバイトを臨時で雇っていた。
「おい!新人!しっかり皿は洗えよ!」
「はい!」
  国立大の学生と聞いてちょっと使えないかも知れないと思っていた料理長は、彼らバイトが意外によく働くのを見て安心していた。学生バイトは、厨房の他にも 警備、ホールでも50名ほど雇ったらしいが、バイトすらもなかなか見つからない昨今でよくこれだけの有能な人材を見つけたモノだと感心していた。
「料理長!ホールのメインディッシュ!あがります!」
「よっしゃ!バイト軍団!粗相のないようにお出ししろ!」
 料理長の号令で、新入りのバイトは「おっす!」と威勢のいい声を出すと、てきぱきとそれぞれの仕事を始めた。これで翌日の大舞台も何とかなるだろう。料理長も、今までにないプレッシャーがちょっとゆるむのを感じた。

2004年5月22日15時12分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
  着慣れないスーツに身を包んだ村山は少し窮屈だった。結局、パーティには村山、重岡、美雪が出席することになり、重岡の娘も一緒に行くことになった。ス ペースワールドの戦闘で感動的な救出劇の主役になった重岡親子の出席は浅川知事たっての希望だった。選挙対策なのは見え見えだったが、重岡に断る手段はな かった。当の美咲は、バルクマンとお出かけできるということでご機嫌なことこの上ないのが幸いだった。
「待たせたな・・」
 少しとまどいながら。ドローテアがガルシア大尉から送られた衣装を着てみんなの前に姿をあらわした。気付けを手伝った美雪もちゃっかりと、そのうちの1着を拝借している。ドローテアの衣装や私物はアジェンダの竜騎士に襲われた船団と共に海の底だったのだ。
「ドローテア様、最高です・・・・・」
  留守番の尾上がほとんど神様でも見るような顔で彼女を見ている。村山もそれを見て思わず口笛でも吹きそうになった。自慢の金髪をアップにして真っ赤なイブ ニングドレスに身を包むドローテアはまさに、アカデミー賞に参加する女優のようだった。当の本人は履いたこともないヒールに少々とまどっている。それを同 じく、露出の高い美雪がカバーしてやっている。
「では、行って来る。尾上、留守番頼んだぞ」
 タキシード姿の重岡の言葉を半分無視して、尾上はデジカメでドローテアを撮影しまくっていた。餌さえやっておけば、尾上もちゃんと仕事をすると最近割り切り始めた重岡はため息をつくと、バルクマンに甘える娘を見た。
「バルにいちゃん、パーティって面白い?」
「ええ、美咲殿。きっと気に入りますよ」
 軽く咳払いして、父の威厳をアピールしつつ重岡はドローテアに報告した。
「では、ドローテア様。参りましょう」
 尾上のデジカメで記念撮影を終えた一同はパーティの会場であるリーガロイヤルホテルに向かった。

2004年5月22日16時01分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉2階フロント
「岩村君、田島君、警備体勢は万全かね?」
 タキシード姿の丸山が、田島三佐と岩村本部長に再度確認している。17時からのパーティには続々と出席者が集まりつつある。議員、財界人、県庁や自衛隊、県警の幹部たちだった。
「はっ、小倉駅の北口は通行止めで自衛隊の装甲車が、国道も機動隊でびっしり固めてあります。」
「上空には県警のヘリと自衛隊のヘリが合同で警戒しております。警備本部もJRの協力で小倉駅に設置して、我々はそちらで対応いたします。」
 両名の報告を聞く限り、そして窓から周囲を見る限りは警備は完璧のように思えた。丸山は安心して会場に向かった。
「では、外部からの侵入は徹底的に押さえてくれ。頼むぞ!」
 エスカレーターで4階の会場に行く丸山を見送って田島がため息をついた。岩村もそれにならった。
「まったく、浅川先生も大胆なことをなさるもんですな」
「同感です。選挙のパフォーマンスも兼ねているとは言え、戦争も終わっていないこの時期にガシリア国王を招くとは・・・・。」
 田島も岩村も、言われた通りにできることはしている。県警はSATも待機させている。だが、この数週間で、この世界では何が起こるかわからないこともまた実感しているのだ。2人の胃がうずくには十分すぎる状態だった。

2004年5月22日16時48分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
  4階の大広間には、演台には大きな日の丸と、ガシリア国旗が飾られていた。壁際は一面、白いテーブルクロスでおおわれたテーブルに所狭しと料理が並んで、 すでに到着している県議会議員、市議会議員、財界の重鎮、自衛隊や県庁の幹部、ガシリアの高官が入り交じってウエルカムドリンクを手に談笑している。その 中に、ひときわ大勢の警護に守られた初老のヴェート王を見つけたドローテアは一目散に彼に歩み寄った。
「おお!ドローテア。ブラムス大公からそなたの活躍は聞いたぞ!」
 会場の一角にもうけられた王の席の周りは50名に及ぶ騎士にびっしりと守られている。ドローテアはその騎士団が、ブラムス大公の親衛騎士団ではないことに気がつきつつも、王の前で跪いた。
「私や、ドローテア様のまねをしてください」
 バルクマンに耳打ちされ、重岡、村山、美雪もそれに習う。それを見たヴェート王はご機嫌で一同を見渡した。跪くバルクマンの横には彼のマントをつかんで美咲がちょこっと立って初めて見る王を見つめている。
「重岡殿、村山殿、その秘書の田村殿・・・。ドローテアやバルクマンに協力してくれているそうだな。礼を言うぞ。これからも、彼女らをくれぐれも頼む」
「は、は、は、はい・・・。もったいないお言葉です」
 重岡が緊張しながらどうにか言うと、王はくすっと笑った。
「ドローテア、今回はダンカン公が兵を出して余を守ってくれることになった。そなたの無事な顔も見ることができた。今日はよいから、この国の仲間と存分に楽しむがよい。」
 これは王なりの精一杯のねぎらいの言葉だと村山も気がついた。王は、バルクマンにくっついている小さな女の子に気がついて微笑みかけた。気がついた重岡が大慌てで美咲をバルクマンから引き離そうとした。
「よいよい!重岡殿。ガシリアの騎士と日本の子供が交流するのも両国のためになるだろう」
「パパ!このおじさん、誰?偉い人?」
「あ、み、美咲殿・・・」
 美咲の無邪気な言葉にさすがのバルクマンもうろたえている。それを見てますますヴェート王も気をよくしたらしい。声を出して笑うと、美咲の頭をなでた。

「名前は何という?」
 一国の王様と理解できない美咲はきょとんとしている。娘を慌てて引っ込めようとする重岡に、王は優しく目配せして、その必要がないことを伝えた。美咲は真顔でそれに答えた。
「しげおか みさき!」
 跪くバルクマンにくっついたまま、美咲が王に答えた。王はドローテアをサポートする自衛官の名前と目の前の子供の名前が一致することに気がついて、うれしそうに微笑んだ。
「怖がらせて悪かったのぉ。余はバルクマンの上司のドローテアの、それまた上司で王様なんだ。バルクマンは好きか?」
「大好き!バルにいちゃんはかっこいいけど、プレステが下手だから、美咲が教えてるの。それに、お手紙あげたのに、お返事がなかなか来ない・・・。王様ならバルにいちゃんに、早くお返事出してって言って!」
 歯に絹着せない美咲の訴えに、さすがのドローテアも真っ青になって王に向き直った。
「も、申し訳ございません・・」
 だが、王は微笑を浮かべたままだった。その様子に会場のゲストもぞくぞくと彼らの周りに集まってきた。ヴェート王は美咲の頭をなでながら言った。県や自衛隊の幹部がカメラを向ける。絶好の宣伝材料になるだろう。
「よいよい。ドローテア、バルクマン。これまでのそなたたちの功績は余も知っておる。なお一層励んで欲しい。バルクマン、手紙の返事は早く書いてあげなさい。そして、美咲殿」
「は、ははっ!」
 平身低頭するバルクマン。そして、名前を呼ばれた美咲は・・・
「なに?おじちゃん?」
 王様を「おじちゃん」呼ばわりする我が子の空気を読めない言葉に父親の重岡はほとんど気絶しそうだった。横に一緒に控える村山もさすがにフォローしきれないといった感じで顔をひきつらせている。
「美咲殿、バルクマンはちょっと照れ屋さんなのだ。お手紙の返事はもうちょっと待ってあげて、今日は思いっきり、バルクマンと遊んであげなさい・・・」
 意外なまでの王の言葉に、バルクマンが驚いたように王を見た。だがヴェート王は、
「ドローテア、そなたのやり方が正しいようだ」
 というと、満面の笑みで別の議員に向き直った。これは王の癖で、家臣にすべてを一任するときの言動であることがわかっていた。それを踏まえて無言で彼女は恭しく一礼すると王の元を辞した。
「おじちゃん、ばいばい!」
 何も知らない美咲の言葉に、王は優しく微笑んで、議員の奇異の目を気にせずに彼女に手を振った。ヴェート王が懐の深い王であることがわかってほっとした村山が重岡にそっと耳打ちした。
「王が大人物で助かったな」
「ああ、死ぬほど緊張したよ」
  父親の苦悩をよそに、美咲はバルクマンに手を引かれて無邪気に会場をうろうろしている。村山は、王の「そなたのやり方」とは、彼女の日本人移民に対する厚 遇政策のことと推測していた。彼も王として突如現れた謎の国に対して警戒していたのだろう。だが、ドローテアの政策が両国にとって最も有効な政策であると わかったということだろう。また一段と彼女は株を上げたわけだ。

2004年5月22日17時12分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 やがて、浅川知事の乾杯とヴェート王の挨拶で会場は多いに盛り上がり、小倉祇園太鼓とガシリアの軍楽隊の演奏が場を和ませた。合衆国海兵隊のガルシア大尉は会場を、ドローテアを探して視線をうろうろさせた。やがて、子供を肩車した騎士のそばに彼女を見つけて駆け寄った。
「ドローテア、今日の君は沖縄の珊瑚礁よりも美しい。前も言ったが、愛に国境はない。ドローテア!私の愛は海よりも深く、太陽よりも暑い!この場で私の愛に応えてくれないだろうか!」
 イブニングドレスのドローテアに感極まったのだろう。ガルシアの言葉は周囲の人々の視線を集めた。それに気がついたドローテアは思わず村山の手を取った。
「村山殿、ここは逃げた方がいい」
「了解!」
 村山はすっと、彼女を会場の外に連れ出すと、すばやくエレベーターを呼んでそれに乗り込んだ。そしてこれまた素早く「閉」を押してドアを閉めた。
「あ、あ、ドローテア!待ってくれ!」
 慌てたガルシアが追ってくるが、それよりも早く扉が閉まり始めた。
「バルクマン!後は任せたぞ!」
 空気を読んだバルクマンが美咲を抱えたまま笑顔でうなずく。状況がわからない重岡と美雪はきょとんとして2人の乗るエレベーターを見つめるばかりだった。村山はとりあえず、29階のボタンを押した。
「とにかく、ガルシアから逃げよう」
「そうだな。とにかく、たのむ」
 何気ない行動だが、なぜか心強い行動に思える村山の行動に、ドローテアは従わずにいられなかった。

2004年5月22日17時46分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 とりあえず、ヴェート王に挨拶した丸山が、ホールにいる村山とドローテアを見送った重岡のところにやってきた。王の反応を見たのだろう。上機嫌だ。今までに彼に見せたことのない笑顔だった。
「重岡君!君のおかげでヴェート王はご機嫌だ。私は、警備本部に行くから、頼むぞ」
「はっ!」
 幹部を連れて丸山は小倉駅の警備本部に向かった。てっきりパーティに参加し続けると思っていたのだが、ヴェート王のご機嫌ぶりを見てこの上はいかなる警備上の失点もつけたくなくなったのだろう。このパーティの成功は、すなわち浅川の選挙に多いに影響するであろうから。
「あのおっさん、やっぱ苦手っぽい・・・。もう腹黒さ見え見えでさぁ」
 思わず美雪が重岡に言う。軽くため息をつくと、会場をうろうろするボーイからグラスを受け取った。会場にはホテルの用意した両国の友好を記念した巨大なケーキが運び込まれて参加者の目を奪っていた。
「あれ?バルクマンはどこ?」
 ケーキには目もくれずに美雪はバルクマンを探している。このパーティを機会に彼との距離を縮めたい美雪にとって、ドローテアが席を外したことは大いなるチャンスと言えた。
「ああ、彼なら美咲がクロークに忘れ物をしたとかで、3階に降りてるよ。」
 重岡とは別の理由でため息をつくと美雪はグラスのシャンパンを飲み干そうとした。だが、突然起こった轟音で思わずグラスを落としてしまった。
 たちまち周囲が煙で覆われる。参加者たちのどよめきが聞こえたが、状況がよくわからない。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱ!!」
 美雪にもすぐわかった。銃声が会場から響いている。重岡も何が起こったのか理解できていないようだった。
だが、それを確認するだけの時間は彼らには与えられなかった。
「動くな!」
 ガスマスクをかぶったボーイが2人に見たこともない銃を突きつけている。たちまち、重岡の懐から携帯電話を没収すると、彼らを会場に押しやった。会場内は混乱が収まり、十数名のボーイが中心に集めた参加者を囲んでいる。
「なんてことだ・・・。美雪君、見るんじゃない」
 数名の死体が転がっている。ほとんどが自衛官か在日米軍の関係者だった。きっと抵抗して射殺されたのだ。壁際ではヴェート王が席に座ったまま数名の騎士に拘束されている。
「ダンカン、そなたまでアジェンダに通じておったか・・・」
 慌てもしないで初老の王は傍らのダンカン公に言った。ダンカン公は王よりもやや老けた感じの男だった。彼の率いる騎士と、ボーイに扮したテロリストがこの会場を占拠したことがようやく重岡にも理解できた。
「そこに座れ・・・」
  テロリストが銃で床を示した。手を挙げたまま重岡と美雪はそこに座った。彼は周囲を見回した。県知事の浅川もヴェート王の近くで拘束されている。だが、ド ローテアと村山の姿はない。近くにいたスタッフや参加者、一般客が続々と連れて込まれているが、彼らの姿はない。それに美咲とバルクマンもだ。
「美咲・・・・」
 すぐ近くにいるであろう娘を助けることのできない父は歯ぎしりした。

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階クローク
 荷物を預けたクロークにやってきた美咲とバルクマンは彼女が忘れたというお財布をスタッフから受け取った。金髪の騎士と彼と手をつないだ日本人の女の子という取り合わせにスタッフも目をぱちくりさせている。
「しかし美咲殿、お財布は今日は必要ないんでは・・・?」
「いいの!持ってないと不安だから」
 子供らしい発想におもわず頬をほころばせるバルクマンにもあの爆発音と銃声が聞こえていた。美咲を抱き上げてクロークの向こうのスタッフに渡す。
「裏に隠れて!」
  そう言って自分もカウンターを飛び越えた。エスカレーターから銃を持ったボーイと抜き身の剣を持ったダンカン公の騎士が駆け下りてくるのが見えた。ドロー テアは村山と上の階にいるはずだ。うまく行けば逃げおおせるかもしれない。そのためには、バルクマンがバルクマンであるとばれるのはいいことではない。
「すまない。ここにある服を借りたいんですが・・・」
 カウンターにしゃがんだスタッフに言ってバルクマンは素早くスーツに着替えた。在日米軍の関係者に変装したつもりだった。彼の甲冑と剣はクロークの奥に隠した。
「おい!動くな!」
 ボーイがしゃがみ込むスタッフやバルクマンに銃を突きつけた。手を挙げてみんな外に出た。美咲はバルクマンにくっついて怖がっている。そんな美咲にバルクマンはにっこり笑って言葉をかけた。
「美咲殿、私から離れてはいけませんよ」
「うん・・」
 彼らは一般客と混じって3階のレストランのホールに追いやられていった。

同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階展望バー
 ガルシアをまいた村山とドローテアは29階のバーにいた。小倉の町を一望できる高級なバーだ。店内にはまだ時間が早いのか、客の姿はまばらでしかも自衛隊や警察関係、在日米軍の姿がほとんどだった。
「まったく、ガルシア大尉ってのには困り者だな・・・」
 一番奥の窓際に通された村山はとりあえず、ギネスビールを飲んで一息ついた。ドローテアも同じくギネスビールを飲んでため息をついた。
「ああもストレートに言われるとな・・・」
 じゃあストレートじゃないといいのかよ、と思わず村山がつっこみそうになったが、さすがにそれを口に出すのははばかられた。思わずタバコに火をつけて場をごまかす。自動ピアノの演奏と客の談笑する声だけがあたりに響いた。
「ああ、なんと言うことだ・・・」
 不意にドローテアが口に出した。村山がその声に振り返ると、入り口にガルシアの姿が見えた。スタッフに何か尋ねている。
「こっちだ・・・」
 村山はドローテアの手を取ると、店内を探し始めたガルシアと反対に壁に沿ってこっそりと入り口に向かって進み始めた。勘定をこっそり済ませて店外に出た。
「やばい!」
 店内を見回ったガルシアが歩いてくるのが見えた。エントランスでは隠れ場所がない。ふと、目に止まったバリアフリーのトイレに飛び込んだ。扉を少し開けて外の様子を眺めていると、店から出てきたガルシアが肩をすくめて階段を降りていくのが見えた。
「情熱的な野郎だ・・・」
「まったく・・・」
 2人はため息をついて笑った。ひとしきり笑ったところでドローテアは狭い空間に村山と2人きりということに気がついてうつむいた。村山が思わず彼女を抱きすくめた。ドローテアもあまりに素早い彼の行動に逃げることができなかった。
「今更なにを照れてんだい?」
 村山がそう言ったとき、さっき出た店からたて続けに銃声と悲鳴が聞こえた。彼の手の中でドローテアの身体が固くなるのがわかった。
「落ち着け・・・・。」
 そう言ってガルシアを覗いた隙間から店の様子をうかがった。彼は思わず我が目を疑った。さっきまでサービスを受けていたスタッフが数名、銃を構えて客や別のスタッフをを階下に追い立てていくのだ。
「こいつはしゃれになってねえぞ・・・」
 数名のスタッフたちは手に手にチェコ製のスコーピオンSMGが握っていた。こいつら、テロリストだ。スタッフの外見は20代。だが銃を扱う手つきは素人に近い。大した訓練はしていないようだ。だが、村山もドローテアも丸腰だ。
「こっちに来る・・・」
 一緒に覗いていたドローテアが声をあげた。2名のテロリストがトイレをチェックするために銃を構えて慎重に接近してくる。村山は狭いトイレを見回した。ふと、洋式便器の真上にある点検孔が目に入った。

2004年5月22日17時58分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
 「本部!緊急報告!ホテルから数十名の民間人が保護を求めてきました。どうやら会場で爆発が起こった模様です!」
 本部で待機する丸山、田島、岩村は腰を抜かしそうになった。大慌てで岩村が無線にとりついた。
「で、ヴェート王と浅川知事の安否は?」
「わかりません。状況が混乱しています。ホテル内の警備班からも応答がありません!あっ銃声です!」
 あまりに生々しい報告を聞いて、岩村はその場で卒倒した。パイプイスごと仰向けに倒れ込んだ。それを引き継いで田島が無線についた。
「現場に近い装甲車を向かわせろ!」
 国道に展開していた県警の装甲車がすぐにホテル正面玄関に向かって進み始めた。正面玄関からは大勢の一般客が走り出して接近できない。
「本部!正面は逃げる一般客で通行できません!2階の南口から接近してください」
「田島君!」
 それを聞いて丸山は田島に素早く命令した。覚悟を決めた田島は拳銃を抜くと、近くにいた普通科小隊を集合させた。さらに、機動隊の一隊も動員して、小倉駅から続く空中回廊を通ってホテルの入り口に向かった。
「いつでも発砲できるようにしておけ!」
 ジェラルミンの盾を持った機動隊を先頭に普通科小隊がそれを支援する形で前進した。やがて、入り口近くで大勢の市民が逃げてくるのに遭遇した。田島は逃げてきたサラリーマン風の若者を捕まえた。
「いったい何があったんです?」
「わかりません。いきなり、銃を持ったホテルの従業員と警備員に1階と2階にいた連中は追い立てられました!」
 そう言って彼はそのまま駅方面へ逃げ出した。田島は舌打ちした。銃を持ったホテルの従業員だって?ホテルの1,2階にいた人々はすべて脱出したようで、しばらくすると周囲には人っ子一人いなくなった。
「よし、そのまますすめ・・・」
 田島はとにかく、ホテルに向かって前進を開始した。だが、いくらも進まないうちに近くにいた隊員が彼を呼んだ。
「あ、あれ、三佐殿・・・」
 そう言って隊員の指さす方を見た。田島は我が目を疑った。2人のホテルの白い制服を着た従業員が見覚えのある兵器を肩に持ってこっちを狙っている。

「あ、あ、あ、RPGだぁあああ!!退避!退避しろぉ!」
 彼の声よりも早く、機動隊と自衛隊は走って後退した。彼らがいたすぐそばに2発のロケット弾は着弾して大きな爆発を起こした。それと同時にホテルに通じるいくつかの空中回廊も爆破され、1階正面入り口以外からのホテルへの侵入は不可能になった。
 その正面入り口に向かっていた県警の装甲車にもRPGの攻撃は行われていた。幸い、最初の弾丸ははずれたが、次弾を装填する従業員を見て、中の警官たちは慌てて逃げだしていた。その直後、装甲車は完全に破壊された。
「本部!ホテルを占拠したのは数十名の臨時で雇ったバイトの学生たちと判明しました!」
 逃げ出したフロントの証言で犯人像が明らかになった本部に詰めかけた警察、自衛隊の面々は驚きを隠せなかった。なぜ、今更学生がこのようなことを・・・
「連隊長、福岡の国立大から約50名の学生がこのホテルでアルバイトをしていると連絡がありました。彼らはいわゆる、運動家で大学でも手を焼いていた連中だそうです・・・・」
 気がついた岩村が、県警からの報告を丸山に伝えた。丸山はテーブルに突っ伏した。なんということだ。学生運動の連中がよりにもよって、ガシリアの国王と県知事を人質に立てこもり事件を起こすなんて。そこへ、なんとか逃げのびていた在日米軍の将校の携帯が鳴った。
「ミスター丸山。我が海兵隊のガルシア大尉からです。テロリストはホテルのスタッフとガシリアの騎士だそうです。ヴェート王の護衛だったダンカン公の部下もこの占拠に加わっているようです」
「ど、どういうことです?」
 どういうことだと聞かれても、その将校もわかるはずがない。肩をすくめて答えるだけだ。
「わかりませんが、状況証拠だけなら、そちらの学生運動の連中とガシリアの裏切り者が手を組んでこの事件を起こしたんだろうという推測ができるだけです。」
 この言葉に丸山、岩村、這々の体で逃げ帰った田島がそろって頭を抱えた。こんな事件、過去に例がない。つまり、彼らには参考になる事例がないに等しかった。
「絶体絶命だ・・・」
 岩村が絶望したようにつぶやいた。
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