2004年6月19日14時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
県の予算で購入されたプラズマテレビで選挙に関するニュースが流れていた。
「ううん・・・やっぱり厳しいみたいだな」
重岡竜明二尉が腕組みをしたままつぶやいた。それを無関心そうにデスクに座った尾上二曹がちらっと見ると、再び視線をパソコンに戻した。応接セットでは相変わらず村山がパソコンを触りながらビールを昼間から飲んでいる。
「やっぱ、あのテロ事件は厳しいだろうな」
言われるまでもなかった。先日のリーガロイヤルのテロ事件では自衛官、県警、在日米軍で10名の犠牲者を出した。その上、だめ押しのような米軍のミサイル攻撃で屋上は大破。個々の戦闘でもホテルは大被害を被った。
「まあ、別に俺は浅川でも誰でもいいんだけどな」
ぶっきらぼうに村山が言った。
「我々はよくない。いろいろあるけど、浅川先生の方が「まし」なんだよ」
重岡の言葉は、自衛官全員の言葉の代弁でもあった。
2004年6月19日18時54分 北九州市小倉北区鍛冶町 割烹「すめらぎ」
若手の市議会議員である田所修平に呼び出されて、大神官ドローテア・ミランスはこの店の離れにいた。従者のバルクマンは入院中で、まもなく退院する予定だった。田所の要請で彼女は普通のスーツ姿だった。
「すみませんなぁ。ドローテア様」
笑いながら、茶髪にメガネの議員が入ってきた。彼は早速席に着くと、酒を持ってこさせて、彼女に勧めた。
「いやあ、先日はいろいろとお世話になりました」
本題をなかなか言い出さない田所に少し、いらいらしたドローテアは杯を一気に飲み干した。それを見越した田所は、座布団からすっと動くとドローテアに土下座した。
「ぼくの目的は、浅川さんの再選だけです。是非、ご協力いただきたいのです」
「ほお・・・。浅川の再選とはな・・・」
真剣だが、まだ何か隠しているような表情の田所にドローテアは酒を勧めた。それを受けた若い議員は降参した、といった感じでため息をついた。
「新聞でご存じでしょう?浅川先生の対立候補を。彼女が当選すると、ドローテア様が持つこの国でのお立場も危うくなります・・・」
田所の言葉に、ドローテアもテーブルに置かれた資料をみやった。
「ふむ、土井田高子。社会革新ネットワークとかいうグループからの立候補だな。なになに・・・、憲法9条の遵守。自衛隊のガシリア撤退。アジェンダとガシリアの対等和平の実現・・・・。彼女が最近勢力を伸ばしている件であろうことはわかっている」
ドローテアもまた、選挙には大きな関心を持っていた。無能とは言え、浅川は少なくとも彼女の主張を受け入れてくれていた。それが全然正反対の思想を持つ指導者になることは望ましくない。だが、彼女は外国人。選挙に対してあからさまなテコ入れはできない。
「それについては考えています。ドローテア様の従者、バルクマン様です」
「彼はまもなく退院するが、無理な運動はさせられないぞ」
そう言うドローテアに田所はさらに酒を勧めながら、すっと近寄ると彼女に耳打ちした。
「彼はこの世界でも女性受けする顔をしていらっしゃいます。ぼくに考えがあります」
市議会議員からの杯を受けながら話を聞いたドローテアは彼の考えがちょっと楽しみになった。
「ほお、バルクマンは本国でもなかなか女性にもてている。面白そうだな・・・」
2004年6月21日11時01分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
入院以来、バルクマンにつきっきりだった美雪がプレハブのドアを開けた。元気な騎士を見て、冷静を装いながらも、忠実な部下の帰りを待っていたドローテアは思わずソファーから飛びあがった。
「バルクマン!もうよいのか?」
心配そうに尋ねる大神官にバルクマンは笑顔で答える。
「はい、ドローテア様。美雪さんにいろいろお世話になったおかげで、すっかり」
入院前は「田村殿」だった彼の呼び方が、いつの間にか「美雪さん」になったことを一同は見逃さなかった。特に敏感に食いついたのはドローテアと村山だった。
「おっ?何かあったのか?」
「バルクマン、まさか、小娘に手を出したのか?」
主人のとんでもない言葉に、彼は大慌てで否定した。
「ま、まさか!ただ、彼女の希望に添ってそう呼ばせていただいているだけです!」
その返答に大神官はいささか面白くなさそうな顔をしていつものソファーに座った。ため息をつくと気を取り直して忠実な騎士に尋ねた。
「ところで、退院早々すまなかったな。首尾はどうだった?」
その質問にもイケメン騎士はいささか困ったような顔をしている。困っている彼に代わって美雪が満面の笑みでドローテアに答える。
「ドロちゃん、見てみる?ビデオ?」
「でかした小娘!見てみよう!」
その言葉にドローテアはソファーから飛び跳ねるように立ち上がった。美雪の持っているテープを見て、バルクマンはさらに困った顔をしている。そんな彼にお 構いなしに2人はうれしそうに、ビデオデッキにテープを入れた。事情がわからない重岡、村山、尾上はきょとんとして彼女たちの行動を見るばかりだ。すぐ に、テープが再生されて、プラズマテレビの大画面に雪の草原が映った。
「な、なんだこりゃ?」
思わず村山が画面を見て言った。美雪は得 意げな顔で彼に向き直ると、「静かに」と口の前で人差し指をつきだした。画面は、雪の草原を歩く1人の男を遠景から映している。白いコートにマフラーを巻 いた男は軽やかに草原を歩いている。そのバックから聞こえてきたのは、重岡や尾上も聞き覚えのあるピアノ演奏だった。
「お、おい・・・・。この曲って「冬のソ○タ」の・・・・」
「まあ、最後まで見てよ」
口を開いた重岡を美雪は制止する。画面では、コートの男を少しずつアップにしている。背の高い、すらっとしたいい男だ。一同はその男の髪の毛が金髪であることに気がついて思わず「あっ!」と声をあげた。画面の中の男にカメラが急速にズームされる。
「こ、これって・・・・」
尾上の言葉はあまりの事に途中で続かなくなった。雪景色の中で軽やかに歩くのはバルクマンだった。降ってくる雪を微笑を浮かべながら見上げている。ほとんど、某外国ドラマのパクリに近い情景だ。
「この国の行方を決める大事な選挙があります・・・」
画面のバルクマンがアップになる。ほほえみを浮かべた彼は画面の向こうに語りかける。
「行きましょう、投票所へ。あなたの一票がこの世界を変えるのです・・・・」
微笑むバルクマンは雪原をバックに雪だるまを抱えて呼びかけた。その直後、画面が変わった。画面には、「福岡県選挙管理委員会」のテロップが大きく写し出された。
「ぷははははははは!!!なんだよ、これ!」
あまりのことに笑いをこらえきれなくなった村山がソファーで腹をよじって笑った。重岡はかろうじてそれをこらえると、ドローテアに問いかけた。
「しかし、いったいどうして投票を呼びかける公共広告にバルクマン君が?」
その質問にドローテアはテープを取り出して得意げに言う。
「外国人である我々が浅川を表立って応援はできない。だが、公共広告という形で投票を呼びかけることはできる。重岡殿も知っているであろう?対立候補である土井田の主張は。私も投票日までは浅川の行くところに「偶然」現れることになっている。」
その答えに重岡はなにも言うことができなかった。それに代わって村山が彼女に答える。とても面白そうだ。
「そいつはうまいことを考えたな。バルクマンは見ての通りイケメンだ。これで自動的におばさん層を味方に付ける。そんで、ドローテアが「偶然」、遊説中の浅川と出会って無言で握手すれば、若い男も味方に付く。女性票と若者票、2大浮動票を浅川に入れさせる作戦だな」
村山の解説にバルクマンがそれでも困ったように言う。
「とはいえ、私のような者がこんな全国放送に出てもいいものでしょうか・・・?少々気が引けます」
「いいではないか。バルクマン、そなたも我が領地ではかなり女性にもてているではないか。この際、この国で人気者になっても苦労もなかろう」
無情な主人の言葉に哀れなイケメン騎士はぐうの音も出なかった。村山はそれを見届けて、最近購入した冷蔵庫から缶ビールのケースを出して、応接机に置いた。
「ともあれ、バルクマンの快気祝いだ!」
2004年6月25日11時12分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
重岡二尉は駐屯地の門でにこやかな笑顔を浮かべていた。その後ろの尾上も同じように微笑らしきモノを浮かべている。彼らの正面には近所の幼稚園児と、それよりも数の多いマスコミがカメラを構えているのだ。
これも選挙対策の一環だった。マスコミを動員した幼稚園の自衛隊見学。自衛隊がガシリアの騎士と協力して日本の治安を守っていることのアピールだった。その広告塔は今度もバルクマンだった。
「ようこそ、徳力幼稚園のみなさん・・・・」
「こんにちはぁ!」
一斉にフラッシュがたかれる。重岡は笑顔を少しひきつらせながら、以後の説明を、案内役の尾上に任せた。彼もまた、緊張気味で園児の前に歩み出る。
「そ、それではぼく、尾上二曹がみなさんと駐屯地をご案内します」
彼の言葉に一斉に園児から不満の声があがる。
「えええ?なんでぇ?この人ヲタクだもん!やだ!」
「絶対いや!誘拐される!」
口々に発せられる子供の抗議に尾上は半泣きで重岡に振り返る。しかたなく、彼は後ろに控える甲冑の騎士に案内役を頼んだ。バルクマンは最近少しずつ慣れてきた笑顔を出して子供たちに言った。
「ええ・・・では、私がみなさんを案内しましょう。危ないところに近寄っちゃだめですよ」
「はーい!」
元気のいい返事と共に園児たちはバルクマンの周りに駆け寄った。みんな彼のマントを引っ張ったり、剣の鞘をつついたり、中には彼の背中によじ登ろうとする園児までいた。例のコマーシャルの効果は抜群だった。彼らを引率するはずの若い保母も彼を見てうっとりしている。
「ああ、バル様を生で見れるなんて、この仕事やっててよかったぁ」
あのコマーシャルは予想以上の反響だった。たちまち、インターネットではバルクマンのファンサイトが作られ、テレビでもバルクマンを紹介するワイドショー が相次いだ。イケメンで忠実な騎士。現代日本ではなかなかいない男性像に思いっきり当てはまる彼は、今やバルクマンではなく、「バル様」と呼ばれて女性の 大喝采を浴びていたのだ。
「じゃ、じゃあ。これから駐屯地を見て回りましょうね!さあ、私についてきてください!」
子供に囲まれたバルクマンはいささかとまどいながらも、園児たちを連れて駐屯地を案内し始めた。
2004年6月25日13時43分 北九州市小倉北区室町 リバーウォーク北九州前
「あさかわ!あさかわ!あさかわ!浅川渡でございます!」
大音響でならされるスピーカーにドローテアは少し嫌気がさしていた。いつもの自衛隊の制服でなく、リクルートスーツみたいな服装で、物陰に隠れているの だ。そのそばには、よれよれのスーツを着た村山がいる。彼にとってはこの格好はいつもの仕事着であるので大して気にならない。
「なあ、村山殿。これが選挙なのか?」
「そうさ、規模の大小はあるが毎回こんなもんだな」
彼の返答は、より大きくされた音量でかき消された。主役である浅川が大型再開発ビル前に停車した街宣車の上に姿を現したのだ。
「北 九州市民のみなさま!先日のテロ事件で亡くなった10名のみなさまに、まずはご冥福を申し上げます。私といたしましては、今回のテロに屈することなく、暫 定政権の舵取り役をさせていただいた経験を活かし、これからの日本、ガシリア両国の平和と安定を引き続き求めていく所存であります!」
大音量のマイクに少しずつ人々が集まってくる。それを見越した運動員から物陰に隠れるドローテアに合図が送られた。
「さあ、ドローテア。仕事だ」
村山の言葉に彼女もおずおずと前に進み出る。それを見越した浅川が芝居かかった様子でマイクで人々に叫んだ。
「おお!偶然、ガシリア王国大神官であられる、ドローテア・ミランス様がおこしになっております!」
人々の注目を浴びながら、ドローテアが街宣車に登った。それを見た若者から大歓声があがった。
「いいぞ!金髪の大神官様!」
「がんばれ!」
人々の歓声に笑顔だが無言で答えるドローテア。声を出しては選挙違反になってしまう。にこやかに、笑顔で浅川と握手する。観衆のテンションは最高潮に高まった。彼女の手を握ったまま、浅川はマイクで聴衆に訴えた。
「このような、ガシリアと友好的な関係を築いてきたこの浅川に、今一度、この国の舵取りをお任せいただきたいと存じます!どうか!この浅川!不肖、浅川渡に、今一度!勉強の機会を与えてください!」
聴衆から大きな拍手が起こった。浅川は笑顔で彼らに答える。その浅川に手を握られたままのドローテアもとりあえず、笑顔で人々に答える。そんな彼女に浅川がそっと耳打ちした。
「こんな感じで頼みます。次は南区の体育館です・・・」
2004年6月25日 20時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
ぐったりとしたドローテアが戻ってきたのは20時もすぎた頃だった。彼女はどっかりとソファーに座ると、これまた疲れた顔のバルクマンから缶ビールを受け取って一気に半分ほど飲み干した。
「つ、疲れた・・・。さすがに、笑顔で何軒もあの男と握手するのは堪える・・・」
ぼやきながらビールをあおろうとするドローテアに待ちかまえていた人物が声をかけた。市議会議員の田所だった。彼はおかわりの缶ビールを彼女に差し出しながら言った。
「お疲れさまでした。ドローテア様とバルクマン様の効果で世論もかなり変わると思います。いやあ、感謝してますよ」
そんな議員に村山が同じく缶ビールを口にしながら言った。
「田所さん、そろそろホントのところを話してもらいたいな。ドローテアとバルクマンを引っぱり出したのは浮動票の確保だけが目的でもないだろう」
「いや、村山さんは鋭い。実は、もう1つ。あるんです。これはむしろ、村山さん、あなたの仕事かもね」
茶髪の議員は缶ビールをぐいっと飲み干すと、自分で持ってきたクーラーを開けて次の缶ビールを取り出しながら、言葉を続けた。
「対立候補の土井田高子が、今時時代遅れな左派ってのは有名です。だが、そんな彼女が浅川先生とまともに選挙戦ができるような資金があるんです。東亜コーポレーションとかいう会社が主な資金源らしいんですが、これがまたよくわからない会社でして・・」
その会社に村山は聞き覚えがあった。たしか、リーガロイヤルホテル占拠事件を起こしたテロリストのメンバーが言っていた。東亜興産・・・。
「田所さん、あんたまさか、その東亜コーポレーションがドボレクの会社と知っていて、おとりとしてドローテアを使ったんじゃないだろうな?」
思わず、村山は田所の胸ぐらをつかんだ。東亜コーポレーションがドボレクの会社なら、浅川の応援に顔を出したドローテアを放ってはおかないだろう。怒りにまかせて議員の首を締め上げる村山に思わずドローテアが止めに入った。
「村 山殿、その件についてはすでに話がついている。東亜コーポレーションはすでに公安が監視している。その上で、私が動くことで奴らが動けばすぐに検挙する体 勢を整えている。そうなれば、自動的に土井田は落選。浅川が暫定政府首班になるわけだ。そうなった方が、我々としてもメリットがあるのだ。わかってくれ」
その言葉に村山も田所を締める手をゆるめた。だが、彼らにはまだ聞くべき事が残っている。
「それはわかった。だったら、ドボレクが自分から出てくればどうすんだ?」
「その時は、私自身が戦うまでだ。万一のために重岡殿は今回は無関係ということにして、バルクマンも別行動をとることにしている。」
なるほど。コマーシャルでバルクマンに注目させ、ドローテアは地回り。ドボレクとて両者をいっぺんには襲撃できないだろう。もしも、ドボレクが絡んでい て、彼自らお出ましして退治されるなり捕まれば浅川の点数は鰻登り。もしも、今回の件にドボレクが絡んでいなくても、2人のパフォーマンスで浅川の優位は 確実になる。うまい手を考えついたモノだ。
「わかった。田所さん、俺もそうなれば協力するが、俺としてはそんな絵を描いたあんたの本心が知りたいな」
村山のストレートな言葉に、若い議員は降参したと言わないばかりのため息をついた。
「い いでしょう。ぼくはアメリカに留学して危機管理を学びました。その分野を学んだら、日本の危うさは一発でわかります。ぼくは国のために、せっかく学んだ知 識を活かしたかった。だが、ぼくの家は政治とは何の関わりもない。だから、一から始めたんです。市議会で当選して実績と人脈を作り、次は県議会、そして国 会。市議会なんて、そのための布石にすぎなかった。でも、九州がこの世界に来てから。国会もなくなった。その時に、ぼくは考え直しました。野心を捨ててこ の国、この地域のためにできることをしようと。ポストや名声はその後からついてくるモノじゃないですか・・・。そう思っていた矢先にテレビで目にしたの が、ドローテア様の言葉でした。ぼくはショックを受けましたよ・・・」
彼の言うのはあの、芦屋でのドローテアの怒りの演説であった。
「市 議会、県議会を踏み台にして国政に乗り出すなんて、ぼくの野心や野望がちっぽけに感じましてね。そうしているうちに、ガシリアに渡った兄からさらに、ド ローテア様の活躍を聞きました。それで決心して、先日のテロ事件の現場に赴いて、みなさんのお手伝いをさせていただいたわけです。今のぼくは議員バッジは つけていますが、こんなものに執着はしていません。日本とガシリアのために、力を尽くしたい。ただそれだけでなんです・・・・」
一気に話し終わった田所は自嘲気味に缶ビールを口にした。
「軽蔑したでしょ?野心むき出しの議員なんて」
「いや、そうは思わないな・・・」
村山が不意に言った。それを聞いて田所は意外だという表情を浮かべた。
「あんたの言うことはおそらく本当だ。そして、それをドローテアも信じたんだろ?だったら、俺も信じるよ。願わくば、もうちょっと偉くなって、浅川や丸山を押さえて欲しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます!」
田所と村山は固く握手した。それを見るドローテアとバルクマンは互いに顔を見合わせて安心したように肩をすくめた。
「バルクマン、そなたの言うとおりだった。最初から村山殿と田所殿を引き合わせるべきだったな」
「はい。まあ、結果がよければそれでよしとしましょう・・・」
一通り意志の疎通の終わった一同だったが、2本目の缶ビールを飲み干した村山が田所に向き直った。
「で、俺の仕事ってのは?」
「ええ、ドローテア様、バルクマン様には公安と県警ががっちりガードしています。東亜コーポレーションも公安の監視下にあります。村山さん、あなたには土井田陣営に入り込んで欲しいのです」
議員の意外な言葉に村山も興味を示した。
「東 亜コーポレーションに関しては公安が全力で洗っていますので、ドボレクの会社かどうかはすぐにわかるでしょう。でも、土井田とのつながりを証明できないこ とには一挙に殲滅というわけにはいきません。土井田と東亜コーポレーション、そしてドボレクがつながったら、公安と自衛隊で一気に彼らを殲滅。マスコミに 情報を公開して土井田にも致命傷を与えるわけです」
田所の提案は村山の心をふるわせた。久しぶりに探偵としての大仕事だった。だが、彼は田所に一言付け加えることを忘れなかった。
「だ がな、田所さん。ドボレクは選挙なんかこれっぽっちも重要視していない。あわよくば楽して日本とガシリアの関係が冷えてくれればラッキー程度の認識だろ う。この前のテロもそうだ。浅川と王が死ねば、当然両国の関係は冷え込む。そのために金を学生どもにばらまいて、ダンカン公をそそのかしただけだ。失敗し たところでヤツ自身は痛くもかゆくもないわけだからな」
「つまり、選挙に関係なくドローテア様が狙われる可能性も高い、ということですね。わかりました。十分に注意しましょう。」
打ち合わせがすんだところで、重岡が寂しそうな顔をしている。ドローテアがそれに気がついた。
「どうした?重岡殿」
「で、自分は一体何をすれば・・・・?」
置いてきぼりを食らったような気持ちに襲われた重岡は恐る恐る尋ねた。
「もちろん、東亜コーポレーションの手入れの指揮を執ってもらいます。」
田所の言葉に、彼はぱっと明るくなった。
2004年6月27日 13時21分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所前
かつては大きなデパートの建っていたメインストリートにはぽっかりと空き地ができている。その空き地に2階建てのプレハブが建ち、残った敷地には多くの車と街宣車が止まっている。
「ここって確か、公有地だったんじゃねーのか・・・」
さりげなく、携帯のカメラで村山はその様子を撮影した。それをスーツのポケットにしまうと軽く深呼吸した。さて、いよいよ仕事の時間だ。村山は歩き出した。
県の予算で購入されたプラズマテレビで選挙に関するニュースが流れていた。
「ううん・・・やっぱり厳しいみたいだな」
重岡竜明二尉が腕組みをしたままつぶやいた。それを無関心そうにデスクに座った尾上二曹がちらっと見ると、再び視線をパソコンに戻した。応接セットでは相変わらず村山がパソコンを触りながらビールを昼間から飲んでいる。
「やっぱ、あのテロ事件は厳しいだろうな」
言われるまでもなかった。先日のリーガロイヤルのテロ事件では自衛官、県警、在日米軍で10名の犠牲者を出した。その上、だめ押しのような米軍のミサイル攻撃で屋上は大破。個々の戦闘でもホテルは大被害を被った。
「まあ、別に俺は浅川でも誰でもいいんだけどな」
ぶっきらぼうに村山が言った。
「我々はよくない。いろいろあるけど、浅川先生の方が「まし」なんだよ」
重岡の言葉は、自衛官全員の言葉の代弁でもあった。
2004年6月19日18時54分 北九州市小倉北区鍛冶町 割烹「すめらぎ」
若手の市議会議員である田所修平に呼び出されて、大神官ドローテア・ミランスはこの店の離れにいた。従者のバルクマンは入院中で、まもなく退院する予定だった。田所の要請で彼女は普通のスーツ姿だった。
「すみませんなぁ。ドローテア様」
笑いながら、茶髪にメガネの議員が入ってきた。彼は早速席に着くと、酒を持ってこさせて、彼女に勧めた。
「いやあ、先日はいろいろとお世話になりました」
本題をなかなか言い出さない田所に少し、いらいらしたドローテアは杯を一気に飲み干した。それを見越した田所は、座布団からすっと動くとドローテアに土下座した。
「ぼくの目的は、浅川さんの再選だけです。是非、ご協力いただきたいのです」
「ほお・・・。浅川の再選とはな・・・」
真剣だが、まだ何か隠しているような表情の田所にドローテアは酒を勧めた。それを受けた若い議員は降参した、といった感じでため息をついた。
「新聞でご存じでしょう?浅川先生の対立候補を。彼女が当選すると、ドローテア様が持つこの国でのお立場も危うくなります・・・」
田所の言葉に、ドローテアもテーブルに置かれた資料をみやった。
「ふむ、土井田高子。社会革新ネットワークとかいうグループからの立候補だな。なになに・・・、憲法9条の遵守。自衛隊のガシリア撤退。アジェンダとガシリアの対等和平の実現・・・・。彼女が最近勢力を伸ばしている件であろうことはわかっている」
ドローテアもまた、選挙には大きな関心を持っていた。無能とは言え、浅川は少なくとも彼女の主張を受け入れてくれていた。それが全然正反対の思想を持つ指導者になることは望ましくない。だが、彼女は外国人。選挙に対してあからさまなテコ入れはできない。
「それについては考えています。ドローテア様の従者、バルクマン様です」
「彼はまもなく退院するが、無理な運動はさせられないぞ」
そう言うドローテアに田所はさらに酒を勧めながら、すっと近寄ると彼女に耳打ちした。
「彼はこの世界でも女性受けする顔をしていらっしゃいます。ぼくに考えがあります」
市議会議員からの杯を受けながら話を聞いたドローテアは彼の考えがちょっと楽しみになった。
「ほお、バルクマンは本国でもなかなか女性にもてている。面白そうだな・・・」
2004年6月21日11時01分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
入院以来、バルクマンにつきっきりだった美雪がプレハブのドアを開けた。元気な騎士を見て、冷静を装いながらも、忠実な部下の帰りを待っていたドローテアは思わずソファーから飛びあがった。
「バルクマン!もうよいのか?」
心配そうに尋ねる大神官にバルクマンは笑顔で答える。
「はい、ドローテア様。美雪さんにいろいろお世話になったおかげで、すっかり」
入院前は「田村殿」だった彼の呼び方が、いつの間にか「美雪さん」になったことを一同は見逃さなかった。特に敏感に食いついたのはドローテアと村山だった。
「おっ?何かあったのか?」
「バルクマン、まさか、小娘に手を出したのか?」
主人のとんでもない言葉に、彼は大慌てで否定した。
「ま、まさか!ただ、彼女の希望に添ってそう呼ばせていただいているだけです!」
その返答に大神官はいささか面白くなさそうな顔をしていつものソファーに座った。ため息をつくと気を取り直して忠実な騎士に尋ねた。
「ところで、退院早々すまなかったな。首尾はどうだった?」
その質問にもイケメン騎士はいささか困ったような顔をしている。困っている彼に代わって美雪が満面の笑みでドローテアに答える。
「ドロちゃん、見てみる?ビデオ?」
「でかした小娘!見てみよう!」
その言葉にドローテアはソファーから飛び跳ねるように立ち上がった。美雪の持っているテープを見て、バルクマンはさらに困った顔をしている。そんな彼にお 構いなしに2人はうれしそうに、ビデオデッキにテープを入れた。事情がわからない重岡、村山、尾上はきょとんとして彼女たちの行動を見るばかりだ。すぐ に、テープが再生されて、プラズマテレビの大画面に雪の草原が映った。
「な、なんだこりゃ?」
思わず村山が画面を見て言った。美雪は得 意げな顔で彼に向き直ると、「静かに」と口の前で人差し指をつきだした。画面は、雪の草原を歩く1人の男を遠景から映している。白いコートにマフラーを巻 いた男は軽やかに草原を歩いている。そのバックから聞こえてきたのは、重岡や尾上も聞き覚えのあるピアノ演奏だった。
「お、おい・・・・。この曲って「冬のソ○タ」の・・・・」
「まあ、最後まで見てよ」
口を開いた重岡を美雪は制止する。画面では、コートの男を少しずつアップにしている。背の高い、すらっとしたいい男だ。一同はその男の髪の毛が金髪であることに気がついて思わず「あっ!」と声をあげた。画面の中の男にカメラが急速にズームされる。
「こ、これって・・・・」
尾上の言葉はあまりの事に途中で続かなくなった。雪景色の中で軽やかに歩くのはバルクマンだった。降ってくる雪を微笑を浮かべながら見上げている。ほとんど、某外国ドラマのパクリに近い情景だ。
「この国の行方を決める大事な選挙があります・・・」
画面のバルクマンがアップになる。ほほえみを浮かべた彼は画面の向こうに語りかける。
「行きましょう、投票所へ。あなたの一票がこの世界を変えるのです・・・・」
微笑むバルクマンは雪原をバックに雪だるまを抱えて呼びかけた。その直後、画面が変わった。画面には、「福岡県選挙管理委員会」のテロップが大きく写し出された。
「ぷははははははは!!!なんだよ、これ!」
あまりのことに笑いをこらえきれなくなった村山がソファーで腹をよじって笑った。重岡はかろうじてそれをこらえると、ドローテアに問いかけた。
「しかし、いったいどうして投票を呼びかける公共広告にバルクマン君が?」
その質問にドローテアはテープを取り出して得意げに言う。
「外国人である我々が浅川を表立って応援はできない。だが、公共広告という形で投票を呼びかけることはできる。重岡殿も知っているであろう?対立候補である土井田の主張は。私も投票日までは浅川の行くところに「偶然」現れることになっている。」
その答えに重岡はなにも言うことができなかった。それに代わって村山が彼女に答える。とても面白そうだ。
「そいつはうまいことを考えたな。バルクマンは見ての通りイケメンだ。これで自動的におばさん層を味方に付ける。そんで、ドローテアが「偶然」、遊説中の浅川と出会って無言で握手すれば、若い男も味方に付く。女性票と若者票、2大浮動票を浅川に入れさせる作戦だな」
村山の解説にバルクマンがそれでも困ったように言う。
「とはいえ、私のような者がこんな全国放送に出てもいいものでしょうか・・・?少々気が引けます」
「いいではないか。バルクマン、そなたも我が領地ではかなり女性にもてているではないか。この際、この国で人気者になっても苦労もなかろう」
無情な主人の言葉に哀れなイケメン騎士はぐうの音も出なかった。村山はそれを見届けて、最近購入した冷蔵庫から缶ビールのケースを出して、応接机に置いた。
「ともあれ、バルクマンの快気祝いだ!」
2004年6月25日11時12分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
重岡二尉は駐屯地の門でにこやかな笑顔を浮かべていた。その後ろの尾上も同じように微笑らしきモノを浮かべている。彼らの正面には近所の幼稚園児と、それよりも数の多いマスコミがカメラを構えているのだ。
これも選挙対策の一環だった。マスコミを動員した幼稚園の自衛隊見学。自衛隊がガシリアの騎士と協力して日本の治安を守っていることのアピールだった。その広告塔は今度もバルクマンだった。
「ようこそ、徳力幼稚園のみなさん・・・・」
「こんにちはぁ!」
一斉にフラッシュがたかれる。重岡は笑顔を少しひきつらせながら、以後の説明を、案内役の尾上に任せた。彼もまた、緊張気味で園児の前に歩み出る。
「そ、それではぼく、尾上二曹がみなさんと駐屯地をご案内します」
彼の言葉に一斉に園児から不満の声があがる。
「えええ?なんでぇ?この人ヲタクだもん!やだ!」
「絶対いや!誘拐される!」
口々に発せられる子供の抗議に尾上は半泣きで重岡に振り返る。しかたなく、彼は後ろに控える甲冑の騎士に案内役を頼んだ。バルクマンは最近少しずつ慣れてきた笑顔を出して子供たちに言った。
「ええ・・・では、私がみなさんを案内しましょう。危ないところに近寄っちゃだめですよ」
「はーい!」
元気のいい返事と共に園児たちはバルクマンの周りに駆け寄った。みんな彼のマントを引っ張ったり、剣の鞘をつついたり、中には彼の背中によじ登ろうとする園児までいた。例のコマーシャルの効果は抜群だった。彼らを引率するはずの若い保母も彼を見てうっとりしている。
「ああ、バル様を生で見れるなんて、この仕事やっててよかったぁ」
あのコマーシャルは予想以上の反響だった。たちまち、インターネットではバルクマンのファンサイトが作られ、テレビでもバルクマンを紹介するワイドショー が相次いだ。イケメンで忠実な騎士。現代日本ではなかなかいない男性像に思いっきり当てはまる彼は、今やバルクマンではなく、「バル様」と呼ばれて女性の 大喝采を浴びていたのだ。
「じゃ、じゃあ。これから駐屯地を見て回りましょうね!さあ、私についてきてください!」
子供に囲まれたバルクマンはいささかとまどいながらも、園児たちを連れて駐屯地を案内し始めた。
2004年6月25日13時43分 北九州市小倉北区室町 リバーウォーク北九州前
「あさかわ!あさかわ!あさかわ!浅川渡でございます!」
大音響でならされるスピーカーにドローテアは少し嫌気がさしていた。いつもの自衛隊の制服でなく、リクルートスーツみたいな服装で、物陰に隠れているの だ。そのそばには、よれよれのスーツを着た村山がいる。彼にとってはこの格好はいつもの仕事着であるので大して気にならない。
「なあ、村山殿。これが選挙なのか?」
「そうさ、規模の大小はあるが毎回こんなもんだな」
彼の返答は、より大きくされた音量でかき消された。主役である浅川が大型再開発ビル前に停車した街宣車の上に姿を現したのだ。
「北 九州市民のみなさま!先日のテロ事件で亡くなった10名のみなさまに、まずはご冥福を申し上げます。私といたしましては、今回のテロに屈することなく、暫 定政権の舵取り役をさせていただいた経験を活かし、これからの日本、ガシリア両国の平和と安定を引き続き求めていく所存であります!」
大音量のマイクに少しずつ人々が集まってくる。それを見越した運動員から物陰に隠れるドローテアに合図が送られた。
「さあ、ドローテア。仕事だ」
村山の言葉に彼女もおずおずと前に進み出る。それを見越した浅川が芝居かかった様子でマイクで人々に叫んだ。
「おお!偶然、ガシリア王国大神官であられる、ドローテア・ミランス様がおこしになっております!」
人々の注目を浴びながら、ドローテアが街宣車に登った。それを見た若者から大歓声があがった。
「いいぞ!金髪の大神官様!」
「がんばれ!」
人々の歓声に笑顔だが無言で答えるドローテア。声を出しては選挙違反になってしまう。にこやかに、笑顔で浅川と握手する。観衆のテンションは最高潮に高まった。彼女の手を握ったまま、浅川はマイクで聴衆に訴えた。
「このような、ガシリアと友好的な関係を築いてきたこの浅川に、今一度、この国の舵取りをお任せいただきたいと存じます!どうか!この浅川!不肖、浅川渡に、今一度!勉強の機会を与えてください!」
聴衆から大きな拍手が起こった。浅川は笑顔で彼らに答える。その浅川に手を握られたままのドローテアもとりあえず、笑顔で人々に答える。そんな彼女に浅川がそっと耳打ちした。
「こんな感じで頼みます。次は南区の体育館です・・・」
2004年6月25日 20時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
ぐったりとしたドローテアが戻ってきたのは20時もすぎた頃だった。彼女はどっかりとソファーに座ると、これまた疲れた顔のバルクマンから缶ビールを受け取って一気に半分ほど飲み干した。
「つ、疲れた・・・。さすがに、笑顔で何軒もあの男と握手するのは堪える・・・」
ぼやきながらビールをあおろうとするドローテアに待ちかまえていた人物が声をかけた。市議会議員の田所だった。彼はおかわりの缶ビールを彼女に差し出しながら言った。
「お疲れさまでした。ドローテア様とバルクマン様の効果で世論もかなり変わると思います。いやあ、感謝してますよ」
そんな議員に村山が同じく缶ビールを口にしながら言った。
「田所さん、そろそろホントのところを話してもらいたいな。ドローテアとバルクマンを引っぱり出したのは浮動票の確保だけが目的でもないだろう」
「いや、村山さんは鋭い。実は、もう1つ。あるんです。これはむしろ、村山さん、あなたの仕事かもね」
茶髪の議員は缶ビールをぐいっと飲み干すと、自分で持ってきたクーラーを開けて次の缶ビールを取り出しながら、言葉を続けた。
「対立候補の土井田高子が、今時時代遅れな左派ってのは有名です。だが、そんな彼女が浅川先生とまともに選挙戦ができるような資金があるんです。東亜コーポレーションとかいう会社が主な資金源らしいんですが、これがまたよくわからない会社でして・・」
その会社に村山は聞き覚えがあった。たしか、リーガロイヤルホテル占拠事件を起こしたテロリストのメンバーが言っていた。東亜興産・・・。
「田所さん、あんたまさか、その東亜コーポレーションがドボレクの会社と知っていて、おとりとしてドローテアを使ったんじゃないだろうな?」
思わず、村山は田所の胸ぐらをつかんだ。東亜コーポレーションがドボレクの会社なら、浅川の応援に顔を出したドローテアを放ってはおかないだろう。怒りにまかせて議員の首を締め上げる村山に思わずドローテアが止めに入った。
「村 山殿、その件についてはすでに話がついている。東亜コーポレーションはすでに公安が監視している。その上で、私が動くことで奴らが動けばすぐに検挙する体 勢を整えている。そうなれば、自動的に土井田は落選。浅川が暫定政府首班になるわけだ。そうなった方が、我々としてもメリットがあるのだ。わかってくれ」
その言葉に村山も田所を締める手をゆるめた。だが、彼らにはまだ聞くべき事が残っている。
「それはわかった。だったら、ドボレクが自分から出てくればどうすんだ?」
「その時は、私自身が戦うまでだ。万一のために重岡殿は今回は無関係ということにして、バルクマンも別行動をとることにしている。」
なるほど。コマーシャルでバルクマンに注目させ、ドローテアは地回り。ドボレクとて両者をいっぺんには襲撃できないだろう。もしも、ドボレクが絡んでい て、彼自らお出ましして退治されるなり捕まれば浅川の点数は鰻登り。もしも、今回の件にドボレクが絡んでいなくても、2人のパフォーマンスで浅川の優位は 確実になる。うまい手を考えついたモノだ。
「わかった。田所さん、俺もそうなれば協力するが、俺としてはそんな絵を描いたあんたの本心が知りたいな」
村山のストレートな言葉に、若い議員は降参したと言わないばかりのため息をついた。
「い いでしょう。ぼくはアメリカに留学して危機管理を学びました。その分野を学んだら、日本の危うさは一発でわかります。ぼくは国のために、せっかく学んだ知 識を活かしたかった。だが、ぼくの家は政治とは何の関わりもない。だから、一から始めたんです。市議会で当選して実績と人脈を作り、次は県議会、そして国 会。市議会なんて、そのための布石にすぎなかった。でも、九州がこの世界に来てから。国会もなくなった。その時に、ぼくは考え直しました。野心を捨ててこ の国、この地域のためにできることをしようと。ポストや名声はその後からついてくるモノじゃないですか・・・。そう思っていた矢先にテレビで目にしたの が、ドローテア様の言葉でした。ぼくはショックを受けましたよ・・・」
彼の言うのはあの、芦屋でのドローテアの怒りの演説であった。
「市 議会、県議会を踏み台にして国政に乗り出すなんて、ぼくの野心や野望がちっぽけに感じましてね。そうしているうちに、ガシリアに渡った兄からさらに、ド ローテア様の活躍を聞きました。それで決心して、先日のテロ事件の現場に赴いて、みなさんのお手伝いをさせていただいたわけです。今のぼくは議員バッジは つけていますが、こんなものに執着はしていません。日本とガシリアのために、力を尽くしたい。ただそれだけでなんです・・・・」
一気に話し終わった田所は自嘲気味に缶ビールを口にした。
「軽蔑したでしょ?野心むき出しの議員なんて」
「いや、そうは思わないな・・・」
村山が不意に言った。それを聞いて田所は意外だという表情を浮かべた。
「あんたの言うことはおそらく本当だ。そして、それをドローテアも信じたんだろ?だったら、俺も信じるよ。願わくば、もうちょっと偉くなって、浅川や丸山を押さえて欲しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます!」
田所と村山は固く握手した。それを見るドローテアとバルクマンは互いに顔を見合わせて安心したように肩をすくめた。
「バルクマン、そなたの言うとおりだった。最初から村山殿と田所殿を引き合わせるべきだったな」
「はい。まあ、結果がよければそれでよしとしましょう・・・」
一通り意志の疎通の終わった一同だったが、2本目の缶ビールを飲み干した村山が田所に向き直った。
「で、俺の仕事ってのは?」
「ええ、ドローテア様、バルクマン様には公安と県警ががっちりガードしています。東亜コーポレーションも公安の監視下にあります。村山さん、あなたには土井田陣営に入り込んで欲しいのです」
議員の意外な言葉に村山も興味を示した。
「東 亜コーポレーションに関しては公安が全力で洗っていますので、ドボレクの会社かどうかはすぐにわかるでしょう。でも、土井田とのつながりを証明できないこ とには一挙に殲滅というわけにはいきません。土井田と東亜コーポレーション、そしてドボレクがつながったら、公安と自衛隊で一気に彼らを殲滅。マスコミに 情報を公開して土井田にも致命傷を与えるわけです」
田所の提案は村山の心をふるわせた。久しぶりに探偵としての大仕事だった。だが、彼は田所に一言付け加えることを忘れなかった。
「だ がな、田所さん。ドボレクは選挙なんかこれっぽっちも重要視していない。あわよくば楽して日本とガシリアの関係が冷えてくれればラッキー程度の認識だろ う。この前のテロもそうだ。浅川と王が死ねば、当然両国の関係は冷え込む。そのために金を学生どもにばらまいて、ダンカン公をそそのかしただけだ。失敗し たところでヤツ自身は痛くもかゆくもないわけだからな」
「つまり、選挙に関係なくドローテア様が狙われる可能性も高い、ということですね。わかりました。十分に注意しましょう。」
打ち合わせがすんだところで、重岡が寂しそうな顔をしている。ドローテアがそれに気がついた。
「どうした?重岡殿」
「で、自分は一体何をすれば・・・・?」
置いてきぼりを食らったような気持ちに襲われた重岡は恐る恐る尋ねた。
「もちろん、東亜コーポレーションの手入れの指揮を執ってもらいます。」
田所の言葉に、彼はぱっと明るくなった。
2004年6月27日 13時21分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所前
かつては大きなデパートの建っていたメインストリートにはぽっかりと空き地ができている。その空き地に2階建てのプレハブが建ち、残った敷地には多くの車と街宣車が止まっている。
「ここって確か、公有地だったんじゃねーのか・・・」
さりげなく、携帯のカメラで村山はその様子を撮影した。それをスーツのポケットにしまうと軽く深呼吸した。さて、いよいよ仕事の時間だ。村山は歩き出した。