第60話 新戦力参入
1483年(1943年)4月1日 午前11時 シホールアンル帝国アルブランパ
第24竜母機動艦隊の旗艦であるモルクドの艦上で、リリスティ・モルクンレル中将は入港して来た新鋭艦に見入っていた。
「司令官、ホロウレイグが入港しました。」
魔道将校が彼女に報告して来た。
「ええ、今見てるわ。」
リリスティは淡々とした口調でそう返事した。
彼女が、今注目している竜母ホロウレイグは、シホールアンル帝国が建造した最新鋭の大型正規竜母である。
全長は127グレル(254メートル)、全幅14.8グレル(29.6メートル)、基準排水量は17000ラッグ
(24000トン)ほどで、搭載ワイバーン96騎と、これまでの竜母と比べて大型化している。
その大きさで、速度は16リンルという高速性能を誇る。
外見は、これまでの竜母と比べて、やや大型化した右舷に配置された艦橋が艦自体の姿と相まって精悍さを
一層際立たせており、まさに、シホールアンル竜母の集大成とも言えた。
米空母にやや近い艦影を持つその竜母は、旗艦モルクドの右舷に停止した。
「艦長を呼んで。話がしたいわ。」
リリスティは、竜母部隊の新たなメンバーと顔合わせする為に、旗艦に呼びつけるように命じた。
10分後、モルクドの作戦室に待っていたリリスティはドアがノックされる音を聞いた。
「入って!」
その声が聞こえたのか、ドアが開かれた。
室内に入って来た人物を見るや、リリスティは息を呑んだ。
「竜母ホロウレイグ艦長、クリンレ・エルファルフ大佐、只今参りました。」
紫色の髪を持つその男性は、凛とした声でリリスティにそう告げた。
体格は普通そうに見えるが、良く見るとがっしりとしている。
顔つきは若く、双子の兄であるルイクスのように端整で、女性が見れば愛嬌のある顔付きだ。
ただ、ルイクスの左頬には痛々しい傷跡があり、それがいかにも前線指揮官同様の雰囲気を醸し出していた。
「ご苦労、エルファルフ艦長。さあ、座って。」
彼女は、敬礼するエルファルフ艦長に答礼した後、席に座るように勧めた。エルファルフ大佐は恐縮そうに席に座った。
「お久しぶりね、クリンレ。」
「こちらこそ。まさか、リリスティ姉さんに会えるとは思ってもいませんでした。」
途端に、2人は破顔して言い合った。
クリンレとリリスティは、互いにシホールアンルでも有数の名門貴族であり、過去の皇帝の何人かはエルファルフ家と
モルクンレル家から出されている。
よくよく、貴族とは互いにいがみ合っているイメージが強いが、エルファルフ家とモルクンレル家は他の貴族とは違い、
互いに交流を深めたりして信頼し合っている。
オールフェスの実家でもあるリリスレイ家とも交流は深く、この3家の子供達は、休日の日に集まるとよく遊び回っていた。
「昔はよく遊んだねぇ。オールフェスも交えて森に探検に言った時は一番面白かったわ。覚えてる?」
「まあ、覚えてはいますけど・・・・」
クリンレは引きつった笑みを浮かべて、目線でこれ以上は言わないでくれと訴えた。
「あら、その眼つきからして、まだ根に持ってるのかな?」
「どちらかといえば・・・・根に持っているか・・・いや、持ってないか・・・・」
答えに窮したクリンレはう~んとしきりに唸って答えを導こうとするが、なかなか見つからない。
それを見たリリスティは思わず吹き出してしまった。
「もう、相変わらず相手と話するのが苦手のようね。それでよくあの新鋭竜母を任されるようになったね。」
「え?あ、いや!別にそういうつもりじゃありませんよ。ただ、答えがなかなか出ないもので・・・ハハハハ。」
クリンレはばつの悪い笑みを浮かべた。
「でも、久しぶりにあなたと会うよね。何年ぶりかしら。」
「かれこれ10年以上経ちますね。」
「年はいくつになったの?」
「3月で30歳になりました。」
「30歳か・・・・人間嫌でも成長するものねぇ。」
「何はともあれ、姉さんとこうして会えるのは嬉しいですよ。去年の10月に、兄貴がリリスティが負傷した!
なんて騒いだ物ですから、どれほどの傷を負ったのか心配でした。」
「まー、あれは正直死ぬかと思ったわ。いや、一回心臓止まったからちょっと死んだかな。」
リリスティはさらりと言った。
「相変わらず、自分の事も他人事のように言いますね。ある意味、姉さんの強みでもあるでしょうが。」
内心、リリスティに舌を巻きながら、クリンレはそう言う。
「しかし、ようやく私達の艦隊にも新戦力が来たわ。来月には、2番艦のランフックと小型竜母のリネェングバイも
来るから、ようやく元通りになる。」
「そういえば、アメリカ海軍も、今年辺りから新しい艦を前線に投入すると言っていましたけど、私は去年の11月以来、
ずっとホロウレイグに付き合ってばかりで外の情報が分からなかったのですが、姉さんは何か知っていますか?」
「何か知っているかと言われても、詳しい事は私も知らないね。ここ最近は、スパイの送ってくる情報が断片的に
しか入らないの。肝心の敵艦の性能や、弱点になりそうな所は全くないわね。まあ、名前だけなら知ってるわ。」
「名前ですか・・・・どんな名前の艦なのです?」
「確か、新型の正規空母の名前はエセックスと聞いてる。何でも、ヨークタウン級と同等の性能を持つ艦で、これが
何隻が配備されるみたい。」
「正確には何隻ほどなんですか?」
クリンレは間を置かずに質問した。
「それが分かれば、苦労しないんだけど・・・・・情報部では4隻程度か、5隻って言ってるわね。でもね、クリンレ、
あたしとしては正規空母よりも気になる艦があるの。」
途端に、リリスティの表情から笑みが消えた。
「アメリカ海軍にも、モルクドやホロウレイグのような大型空母と、ライル・エグのような小型空母があるのは知ってるよね?」
「ええ、知ってますよ。」
「たしかね、前に何度か、スパイの情報を聞いたのよ。最初の情報では、小型空母1隻がヴィルフレイングに在泊ってあったの。
でもね、その2週間後には小型空母3隻が在泊。その1ヵ月後には小型空母が4隻、その2週間後には6隻在泊とあったの。」
「な、何かやたらに増えていないですか?それに誤認もありえるんじゃ。」
「あたしもそう思ったのよ。でもね、先月20日の報告には8隻の小型空母が、飛空挺を下ろしているという報告がここにも
届いたの。私が言いたい意味は分かる?」
「・・・・・まさか、姉さん。そんな事が有り得るはずが・・・・」
「でも、しっかり報告にはあったわ。話半分でも4隻。最低でも4隻の小型空母がヴィルフレイングにいるのよ?
去年の報告にはこんな報告は全く無かった。小型空母の存在が確認されるようになったのは、今年1月からよ。
あたしの勘では、あの小型空母は短期間に建造された可能性が高いわね。」
「短期間・・・・・」
「オールフェスは、また失敗しちゃったかもね。」
リリスティの一言は、クリンレの心に大きく響いた。
「でも、まだ先は分からないわ。シホールアンルにはまだまだ戦力があるもの。」
「ところで、前線の様子はどうなんでしょうか?」
クリンレはリリスティに聞いた。すると、リリスティは不機嫌そうな表情になった。
「ここ最近は、アメリカ海軍の空母部隊が、南大陸の北部どころか、北大陸の南端部まで荒らし回ってるわ。先月なんか、東海岸だけでも不定期に3回も空襲を受けたわ。いずれも被害は深刻じゃなかったけど、カレアントにいる地上軍の補給はここ数ヶ月で細くなった。全く、あたし達がいないから、あいつらは調子に乗ってるのよ!」
リリスティにしては珍しく、腹立たしげにそう吐き捨てた。
「でも、2週間前にカレアントを襲おうとした敵の機動部隊に陸軍のワイバーン隊が攻撃を仕掛け、ヨークタウン級空母1隻を大破させましたよ。」
「沈まないと駄目。撃沈して初めて戦果が挙がったと言えるわ。大破なんて、あたしからしたら戦果無しと同じよ。でも、来月からは少し変えていくよ。クリンレ、あんたのホロウレイグが来てくれてあたし達も戦力が増えたわ。これからはあんたにも期待してるからね。」
リリスティは凄みのある笑みを浮かべた。クリンレは頷いてから答えた。
「お任せを。不肖エルファルフ、シホールアンル最大の竜母艦長として、あなたの期待に答えましょう。」
「うん、頼りにしてるわ。これで、あとランフックとリネェングバイが来れば、アメリカ人に目に物を見せてやるわ。」
リリスティの自身ありげな顔を見た時、クリンレは彼女が何か企んでいるなと思った。
1483年(1943年)4月1日 午後2時 バルランド王国ヴィルフレイング
「見えました。ヴィルフレイングです。」
正規空母エセックス艦長のドナルド・ダンカン大佐は、副長の言葉を聞くなり、無言で頷いた。
彼は双眼鏡でヴィルフレイングの港を眺めた。
「ついに来たか。未知なる異世界に。」
ダンカン大佐は、やや緊張した面持ちでそう呟いた。
「艦長、そう気負わんでもいいぞ。」
傍にいた、第39任務部隊司令官であるエリオット・バックスマスター少将が彼の肩を叩きながら言った。
「確かに未知の異世界だが、そう悪い所でもないぞ。何よりも珍しい物がいっぱいある。まっ、気楽にやって行こう。」
「流石は司令官ですな。やはりヨークタウンに乗っていた時に慣れましたか?」
「そうだなあ。俺も最初は君と同じような気持ちだったが、自然に慣れてしまってな。正直言って、こうしてまた来る
事になったのは嬉しい事だよ。船も新しいし、責任は重くなったが、むしろやる気が出てくるな。」
彼はどこか気楽な口調でそう言った。
バックスマスター少将は、開戦前から正規空母ヨークタウンの艦長として、大西洋、太平洋で活躍して来た歴戦の空母乗りである。
彼は、12月末にヨークタウンから下艦した後、少将に昇進し、新鋭空母エセックスと、軽空母インディペンデンスを中心とする
第39任務部隊司令官に任命された。
TF39の陣容は、エセックスとインディペンデンスを主力とし、これを新鋭軽巡であるモントピーリアとオークランド、
フレッチャー級駆逐艦12隻が護衛している。
いずれも昨年か、今年に竣工したばかりの新鋭艦であり、これからTF39は、部隊としては初の実戦に臨むことになる。
TF39がヴィルフレイングに入港したのは、午後2時30分であった。
「ここがヴィルフレイングですか・・・・サンディエゴが丸ごと引っ越したみたいですな。」
初めて目にするヴィルフレイングに、ダンカン艦長は拍子抜けするような口調でそう言った。
彼は、ヴィルフレイングが元々、人の余り済まない寒村と聞いていたが、ヴィルフレイングが発展しているとまでは
聞いていなかった。
ダンカン大佐は、少しは発展しただろうとしか思っていなかったが、彼の目から見たヴィルフレイングはアメリカ本土の
軍港と同じように見えていた。
広大なヴィルフレイング港の南側には、ボーグ級、サンガモン級といった護衛空母が6、7隻ほど停泊しており、
飛行甲板に載せているF6F戦闘機やP-47戦闘機をクレーンで下ろしている。
港の中央側には多数の輸送船が桟橋に付けられ、船から軍用車両が降ろされていた。
北側に目を向けると、そこには太平洋艦隊の艦艇郡が停泊していた。
艦艇郡の中には、一際巨大な建造物が浮かんでいた。
アメリカが開発したABSDと呼ばれる浮きドックであり、この浮きドックは大破の被害を受けた艦でも、前線で
修理出来る能力を有している。
現にドックの中では、3月16日のカレアント沖の戦闘で損傷した、空母ヨークタウンが修理を受けている。
「懐かしい奴がドックの世話になっているな。」
バックスマスター少将は、かつて艦長を勤めたヨークタウンを双眼鏡で見つめていた。
「話によると、シホールアンル側のワイバーンによって爆弾7発を浴びたようです。でも、被害の大部分が
格納甲板より上の部分に集中したこと、乗組員の的確なダメージコントロールによって被害の拡大が防げたようです。」
「その話は聞いたよ。しかし、あと2ヶ月近くは、あの“ベッド”から出れないようだ。こうなると、TF38は
ビッグEとホーネットの2隻のみだな。」
「TF39よりは、まだ飛行機が多いからいいですよ。こっちはエセックスの110機にインディペンデンスの45機、
計155機しかありません。」
「だが、こっちには新鋭機のF6Fがある。それに、パイロットはどの母艦航空隊よりも多くF6Fに乗っている。
だからさほど心配する事は無い。」
「それに、9月からはカーチスのヘルダイバーが、11月からはブリュースターのハイライダーが加わります。
航空機も、どんどん新しくなりますな。」
「軍艦も、飛行機も進歩する物さ。こいつらを生かしきれるか否かは、乗っている人間にかかっている。俺達も
ヘマをしないように気を付けんといかんぞ。」
「そうですな。」
ダンカン艦長は気を引き締めるような気持ちでそう返事した。
エセックスは北側埠頭の割り当てられた区域にまで到達し、そこで停止した。
その場所は、空母エンタープライズから右舷200メートルの所にあった。
「司令官、見て下さい。ビッグEの連中、ずっとこっちを見ていますよ。」
「エセックスは新しい空母だからな。連中は入ってきたばかりの新人が使えるのか見極めているのだろうよ。
それに、こいつが新しい艦だから必然的に目立ってしまうという部分もあるのだろう。」
「いずれにしろ、先輩方に認められるような戦いをしなくちゃいけませんな。」
「ああ全くだ、ミスターダンカン。勝負はこれからだぞ。」
バックスマスター少将は、意気込んだ表情でダンカン艦長にそう言った。
午後3時20分 南太平洋部隊司令部の窓から、チェスター・ニミッツ中将は軍港に停泊している新入りの艦。
エンタープライズに寄り添うように停泊している新鋭空母のエセックスと、インディペンデンスを見つめていた。
その時、ドアがノックされた。
「入れ。」
ニミッツはドアに向かって言った。
すると、ドアが開かれて、TF39司令官に任命された、バックスマスター少将が入って来た。
「第39任務部隊司令官、エリオット・バックスマスター少将。只今を持って南太平洋部隊配属になりました。」
バックスマスター少将は見事な敬礼をしながら、そう申告した。
「ご苦労、バックスマスター少将。さあ掛けたまえ。」
ニミッツは答礼したあと、バックスマスターをソファーに座らせた。
「お久しぶりであります、司令官。」
「本当に久しぶりだな。かれこれ5ヶ月近くになるかね。」
「ええ、そうなりますな。」
「君も立派になったものだな。前までは1空母の艦長だったが、今では立派な機動部隊指揮官となって新鋭空母を
引っ張って来た。空母事情がさほど良いとは言えぬ現在、君のTF39は頼りになるよ。」
「恐縮であります。」
「まあ、そう固くならんでも良い。所で、初めて乗る新鋭艦はどうだね?」
「一言で申して、強力です。着艦誘導灯や舷側エレベーター、新型レーダー等の最新装備は勿論のこと、艦自体も
ヨークタウン級より有用性のある物となっています。特に防御に関しては、ヨークタウン級並みか、それ以上に
打たれ強くなっているようです。」
「ほほう、なかなかの良艦のようだな、エセックスは。」
「エセックスは合衆国海軍の空母建造の集大成とも言うべき艦ですよ。このエセックス級や、インディペンデンス級等の
新鋭艦が揃えば、シホールアンル海軍とは互角以上に戦えるでしょう。」
「パイロット達の訓練はどうかね?」
「概ね、順調に進んでいます。特に着艦誘導灯の導入のお陰で、夜間飛行の訓練がやりやすくなった事が大きいです。
今の所、パイロット達の錬度は相当向上しております。」
「なるほど。それなら、TF39を編入させた甲斐があったな。」
ニミッツは満足気に頷いた。
「今は本国やアリューシャン列島で、竣工したイントレピッドやフランクリン、プリンストンの訓練も順調に行って
いるようだから、9月までに加わるバンカーヒルとランドルフ、ベローウッドとタラハシー等も加われば、東西両海岸での
妨害活動もより盛んに行えるな。」
「はっ。ようやく、我々も主導権を握りつつありますな。そういえば、聞きたい事があるのですが。」
バックスマスター少将は、最も気がかりな事をニミッツに聞いた。
「私のTF39は、いつ頃実戦に参加するのでしょうか?」
「思ったよりも早いぞ。君の機動部隊には15日付けでヴィルフレイングから出港し、西海岸へ回り、バゼット半島を
経由してエンデルドを叩いてもらう。西海岸地区は、ノイスのTF37がウェンステルの山岳地帯近くの敵補給基地と、
その南にあるルベンゲーブと呼ばれる地域の魔法石精錬工場を叩いた。ハルゼーのようにやり過ぎた攻撃はしていないが、
敵にはかなりの衝撃を与えたかもしれん。」
「魔法石精錬工場ですか・・・・・どうせなら、その工場を潰してしまえばよろしいのではありませんか?」
「あいにくだが、我が機動部隊は、現状では嫌がらせ程度の攻撃しか出来ん。それに、魔法石工場は意外に
規模が大きく、艦載機の反復攻撃を加えなければ破壊できない。かといって、いつまでも陸地の近くをうろちょろ
していたら、敵のワイバーンが殺到して来るからな。TF38はたまたま、運が悪かっただけだが、敵も馬鹿ではない。
きっと待ち構えているに違いない。とは言っても、この獲物は我々の手から離れたがね。」
ニミッツは、苦笑しながらそう言った。
「我々の手から離れた、ですと?では、誰にやらせるのですか?」
スパイでは無理でしょうと言いかけたが、その前にニミッツが返事した。
「陸軍さんだ。陸軍はここ最近、新鋭爆撃機のB-24を使って何かをやろうとしているらしい。目標は知らされて
いないが、恐らくウェンステル南部の魔法石精錬工場が狙いかも知れん。」
「どうして分かるのです?」
「B-24の行動半径だ。ウェンステル領は、ミスリアル北西部から直線距離で1200キロほどだ。これに対し、
B-24は3トンの爆弾を積んで3000キロ以上を飛行できる。この長大な後続性能を持つB-24によって、
その魔法石精錬工場を爆撃する可能性がある。とは言っても、これは可能性の1つに過ぎんが。」
「そうですか・・・・・」
「いずれにしろ、敵の拠点は、遅かれ早かれ、虱潰しに叩かれていくだろう。」
ニミッツはそう言うなり、ソファーから立ち上がって、窓の傍に歩み寄った。
「なあバックスマスター。一度、あの船見せてもらえんかね?エセックスという船はどういう作りになっているのか、
直に見てみたいのだが。」
「いいですよ。近いうちにご案内しましょう。」
バックスマスター少将はそう言って、ニミッツの要望を受け入れた。
4月16日 バルランド王国クラルトレラ 午前8時
バルランド王国中部にあるクラルトレラは、広大な草原地帯である。
起伏の少ないこの草原地帯は、昔から行商人の交通路として使用されており、今でも草原を行く人や商人達の隊列が散見される。
そのクラルトレラにある豪勢な建物に、ミルセ・ギゴルトは休日を過ごしていた。
休日は5日ほど与えられ、彼はこの5日を、クラルトレラの別荘でのんびり過ごそうと考えていた。
別荘に来て1日目は、のんびりと過ごせた。
しかし、2日目からは、厄介なお客さんがやってきて騒音を撒き散らし続けた。
2日目こそは、ギゴルトは凄いと思いながら、それらに見入っていたが、3日目、4日目にはただのやかましいだけの存在となった。
そして5日目の朝、ギゴルトは不機嫌そうな表情でワインを啜っていた。
「旦那様、ご気分がすぐれぬのでしょうか?」
彼の表情を見て不安になったメイド長が、ギゴルトに聞いてきた。彼はフンと鼻を鳴らす。
「気分は悪くない。ただ、機嫌が悪いのだ。ここ最近はやかまし屋共がわしの屋敷の近くを飛び回る物だから、
せっかくの休日が台無しだよ。」
ギゴルトは腹立ち紛れにそう言った。ふと、何かの音が聞こえて来た。それが何であるか、彼には分かっていた。
「噂をすれば、例のやかまし屋共が来よった。全く、飽きぬ奴らだ!」
ギゴルトはグラスを置き、2階のベランダに出てみた。
すると、彼の苛立ちの原因は、超低空で草原の上を飛行していた。
発動機が4つも装備され、ごつい胴体に尾翼が2つもあると言う不思議な大型機だが、低空での運動性能は良いらしく、
こうして機体を地面にこすりそうな低空で飛行を続けている。
胴体に掛かれている星のマークからして、紛れも無い、アメリカ軍の大型爆撃機である。
しかし、彼が見た事のあるB-17という爆撃機ではない。
ギゴルトはまだ知らなかったが、この爆撃機はB-24リベレーターと呼ばれる物で、最近になって南大陸に派遣された物だ。
その新型爆撃機は2、3機ずつの小編隊を組んだまま、かなりの低高度で草原を横切っていく。
総計で40機以上のB-24が、轟音を上げながらギゴルトの別荘付近を飛び抜けていった。
「全く、なんて迷惑な奴らだ!人がのんびり過ごそうと思っておる時に!」
怒ったギゴルトは、そのまま屋敷の中に引っ込んで行った。
「貴族様の屋敷を通過しました。機長、間も無く投下ポイントです。」
B-24爆撃機の副操縦士であるレスト・ガントナー少尉は、横で同じく、操縦桿を握る機長のラシャルド・ベリヤ中尉にそう言った。
全体的に太った体系で、ソ連の高官と似たような名前、似たような格好、それにロシア系アメリカ人でもあるため、彼は
チェーカーというあだ名を頂戴している。
「よし、爆弾倉開け!」
ベリヤ中尉はそう命じ、B-24の胴体爆弾倉が開かれる。
中には、模擬爆弾4発が搭載されており、それを、間も無く見えて来る標的に向けて投下する。
高度は、驚くべき事に高度40メートルという、8000メートルの高みまで上れる4発重爆からすれば、まさに地を這うような低さである。
この40メートルという低高度を、ベリヤ中尉は200マイルの速度で飛行し、それを40分前から維持し続けている。
やがて、標的が見えて来た。標的のある箇所には、既に先頭隊が投下した模擬弾が炸裂し、白煙に覆われている。
「高度を上げる!」
ベリヤ中尉はそう言うと、操縦桿をやや上に上げる。
機首が上向き、高度がぐんぐん上がっていく。ベリヤ中尉は高度が80メートルに上がった所で上昇を止めた。
高度80メートル程度で、速度を200マイルから280マイルに上げて、目標に向けて一気に突っ込んだ。
ベリヤ中尉の後方には、彼の機に習うように、5機のB-24がほぼ同速度で投下地点に向かいつつある。
さほど間を置かずに、彼の機は投下地点に到達した。
「爆弾投下!」
爆撃手がそう叫びながら、投下スイッチを押した。B-24の胴体から4発の模擬弾がバラバラと目標区域に向けて
投下され、それらが地面に突き刺さると、火花が飛び散るように炸裂して、夥しい白煙を出した。
「機長、命中です。」
「命中か、分かった。さて、後は離脱するだけだ。」
ベリヤ中尉はそう言うと、機体を旋回させて、ヴィルフレイングにへと向かわせた。
「今日はあと2回ほど、ここに来そうですね。」
ガントナー少尉はそういった後、前々から気になっていた事をベリヤ中尉に言ってみた。
「しかし機長。自分にはどうも分からんのですが、どうして重爆隊の自分らが、このような訓練を繰り返しているのでしょうか?」
「う~ん、俺にもよく分からんが。恐らく、上の人達はこのB-24を、どっかの要所攻撃が、地上部隊の支援に当たらせようと
しているのだろう。高度100メートル以下の雑巾掛けを繰り返しているのだから、恐らく後者のほうが強いのかも知れん。」
「しかし、自分らの機体は高高度から爆弾を投下する目的で作られた物ですよ。このでかぶつが低空攻撃に向いてますかね?」
「爆弾搭載量は、合衆国軍のどの機体よりも一番だからな。大方、爆弾を大量にばら撒いて、シホット共を一気に叩き潰す胎なんだろう。
とは言っても、目的も知らされてねえから、判断に苦しむな。」
ベリヤ中尉は首をひねりながらそう言った。
「まっ、俺達のやる事は、まずこの訓練を目一杯やって、自分の物にするだけだ。今はそれに集中だよ。」
「そうですな。ここんところ、うちの飛行隊長はやかましいですからな。さっさと腕を上げて、飛行隊長を黙らせてやりましょうぜ。」
「勿論さ。」
2人はそう言ってから、再び口を閉じて、機体の操縦に意識を集中した。
彼らと同様に、他のB-24のパイロット達もまた、上層部の意図を知らぬまま、ひたすら猛訓練に励んでいった。
1483年(1943年)4月1日 午前11時 シホールアンル帝国アルブランパ
第24竜母機動艦隊の旗艦であるモルクドの艦上で、リリスティ・モルクンレル中将は入港して来た新鋭艦に見入っていた。
「司令官、ホロウレイグが入港しました。」
魔道将校が彼女に報告して来た。
「ええ、今見てるわ。」
リリスティは淡々とした口調でそう返事した。
彼女が、今注目している竜母ホロウレイグは、シホールアンル帝国が建造した最新鋭の大型正規竜母である。
全長は127グレル(254メートル)、全幅14.8グレル(29.6メートル)、基準排水量は17000ラッグ
(24000トン)ほどで、搭載ワイバーン96騎と、これまでの竜母と比べて大型化している。
その大きさで、速度は16リンルという高速性能を誇る。
外見は、これまでの竜母と比べて、やや大型化した右舷に配置された艦橋が艦自体の姿と相まって精悍さを
一層際立たせており、まさに、シホールアンル竜母の集大成とも言えた。
米空母にやや近い艦影を持つその竜母は、旗艦モルクドの右舷に停止した。
「艦長を呼んで。話がしたいわ。」
リリスティは、竜母部隊の新たなメンバーと顔合わせする為に、旗艦に呼びつけるように命じた。
10分後、モルクドの作戦室に待っていたリリスティはドアがノックされる音を聞いた。
「入って!」
その声が聞こえたのか、ドアが開かれた。
室内に入って来た人物を見るや、リリスティは息を呑んだ。
「竜母ホロウレイグ艦長、クリンレ・エルファルフ大佐、只今参りました。」
紫色の髪を持つその男性は、凛とした声でリリスティにそう告げた。
体格は普通そうに見えるが、良く見るとがっしりとしている。
顔つきは若く、双子の兄であるルイクスのように端整で、女性が見れば愛嬌のある顔付きだ。
ただ、ルイクスの左頬には痛々しい傷跡があり、それがいかにも前線指揮官同様の雰囲気を醸し出していた。
「ご苦労、エルファルフ艦長。さあ、座って。」
彼女は、敬礼するエルファルフ艦長に答礼した後、席に座るように勧めた。エルファルフ大佐は恐縮そうに席に座った。
「お久しぶりね、クリンレ。」
「こちらこそ。まさか、リリスティ姉さんに会えるとは思ってもいませんでした。」
途端に、2人は破顔して言い合った。
クリンレとリリスティは、互いにシホールアンルでも有数の名門貴族であり、過去の皇帝の何人かはエルファルフ家と
モルクンレル家から出されている。
よくよく、貴族とは互いにいがみ合っているイメージが強いが、エルファルフ家とモルクンレル家は他の貴族とは違い、
互いに交流を深めたりして信頼し合っている。
オールフェスの実家でもあるリリスレイ家とも交流は深く、この3家の子供達は、休日の日に集まるとよく遊び回っていた。
「昔はよく遊んだねぇ。オールフェスも交えて森に探検に言った時は一番面白かったわ。覚えてる?」
「まあ、覚えてはいますけど・・・・」
クリンレは引きつった笑みを浮かべて、目線でこれ以上は言わないでくれと訴えた。
「あら、その眼つきからして、まだ根に持ってるのかな?」
「どちらかといえば・・・・根に持っているか・・・いや、持ってないか・・・・」
答えに窮したクリンレはう~んとしきりに唸って答えを導こうとするが、なかなか見つからない。
それを見たリリスティは思わず吹き出してしまった。
「もう、相変わらず相手と話するのが苦手のようね。それでよくあの新鋭竜母を任されるようになったね。」
「え?あ、いや!別にそういうつもりじゃありませんよ。ただ、答えがなかなか出ないもので・・・ハハハハ。」
クリンレはばつの悪い笑みを浮かべた。
「でも、久しぶりにあなたと会うよね。何年ぶりかしら。」
「かれこれ10年以上経ちますね。」
「年はいくつになったの?」
「3月で30歳になりました。」
「30歳か・・・・人間嫌でも成長するものねぇ。」
「何はともあれ、姉さんとこうして会えるのは嬉しいですよ。去年の10月に、兄貴がリリスティが負傷した!
なんて騒いだ物ですから、どれほどの傷を負ったのか心配でした。」
「まー、あれは正直死ぬかと思ったわ。いや、一回心臓止まったからちょっと死んだかな。」
リリスティはさらりと言った。
「相変わらず、自分の事も他人事のように言いますね。ある意味、姉さんの強みでもあるでしょうが。」
内心、リリスティに舌を巻きながら、クリンレはそう言う。
「しかし、ようやく私達の艦隊にも新戦力が来たわ。来月には、2番艦のランフックと小型竜母のリネェングバイも
来るから、ようやく元通りになる。」
「そういえば、アメリカ海軍も、今年辺りから新しい艦を前線に投入すると言っていましたけど、私は去年の11月以来、
ずっとホロウレイグに付き合ってばかりで外の情報が分からなかったのですが、姉さんは何か知っていますか?」
「何か知っているかと言われても、詳しい事は私も知らないね。ここ最近は、スパイの送ってくる情報が断片的に
しか入らないの。肝心の敵艦の性能や、弱点になりそうな所は全くないわね。まあ、名前だけなら知ってるわ。」
「名前ですか・・・・どんな名前の艦なのです?」
「確か、新型の正規空母の名前はエセックスと聞いてる。何でも、ヨークタウン級と同等の性能を持つ艦で、これが
何隻が配備されるみたい。」
「正確には何隻ほどなんですか?」
クリンレは間を置かずに質問した。
「それが分かれば、苦労しないんだけど・・・・・情報部では4隻程度か、5隻って言ってるわね。でもね、クリンレ、
あたしとしては正規空母よりも気になる艦があるの。」
途端に、リリスティの表情から笑みが消えた。
「アメリカ海軍にも、モルクドやホロウレイグのような大型空母と、ライル・エグのような小型空母があるのは知ってるよね?」
「ええ、知ってますよ。」
「たしかね、前に何度か、スパイの情報を聞いたのよ。最初の情報では、小型空母1隻がヴィルフレイングに在泊ってあったの。
でもね、その2週間後には小型空母3隻が在泊。その1ヵ月後には小型空母が4隻、その2週間後には6隻在泊とあったの。」
「な、何かやたらに増えていないですか?それに誤認もありえるんじゃ。」
「あたしもそう思ったのよ。でもね、先月20日の報告には8隻の小型空母が、飛空挺を下ろしているという報告がここにも
届いたの。私が言いたい意味は分かる?」
「・・・・・まさか、姉さん。そんな事が有り得るはずが・・・・」
「でも、しっかり報告にはあったわ。話半分でも4隻。最低でも4隻の小型空母がヴィルフレイングにいるのよ?
去年の報告にはこんな報告は全く無かった。小型空母の存在が確認されるようになったのは、今年1月からよ。
あたしの勘では、あの小型空母は短期間に建造された可能性が高いわね。」
「短期間・・・・・」
「オールフェスは、また失敗しちゃったかもね。」
リリスティの一言は、クリンレの心に大きく響いた。
「でも、まだ先は分からないわ。シホールアンルにはまだまだ戦力があるもの。」
「ところで、前線の様子はどうなんでしょうか?」
クリンレはリリスティに聞いた。すると、リリスティは不機嫌そうな表情になった。
「ここ最近は、アメリカ海軍の空母部隊が、南大陸の北部どころか、北大陸の南端部まで荒らし回ってるわ。先月なんか、東海岸だけでも不定期に3回も空襲を受けたわ。いずれも被害は深刻じゃなかったけど、カレアントにいる地上軍の補給はここ数ヶ月で細くなった。全く、あたし達がいないから、あいつらは調子に乗ってるのよ!」
リリスティにしては珍しく、腹立たしげにそう吐き捨てた。
「でも、2週間前にカレアントを襲おうとした敵の機動部隊に陸軍のワイバーン隊が攻撃を仕掛け、ヨークタウン級空母1隻を大破させましたよ。」
「沈まないと駄目。撃沈して初めて戦果が挙がったと言えるわ。大破なんて、あたしからしたら戦果無しと同じよ。でも、来月からは少し変えていくよ。クリンレ、あんたのホロウレイグが来てくれてあたし達も戦力が増えたわ。これからはあんたにも期待してるからね。」
リリスティは凄みのある笑みを浮かべた。クリンレは頷いてから答えた。
「お任せを。不肖エルファルフ、シホールアンル最大の竜母艦長として、あなたの期待に答えましょう。」
「うん、頼りにしてるわ。これで、あとランフックとリネェングバイが来れば、アメリカ人に目に物を見せてやるわ。」
リリスティの自身ありげな顔を見た時、クリンレは彼女が何か企んでいるなと思った。
1483年(1943年)4月1日 午後2時 バルランド王国ヴィルフレイング
「見えました。ヴィルフレイングです。」
正規空母エセックス艦長のドナルド・ダンカン大佐は、副長の言葉を聞くなり、無言で頷いた。
彼は双眼鏡でヴィルフレイングの港を眺めた。
「ついに来たか。未知なる異世界に。」
ダンカン大佐は、やや緊張した面持ちでそう呟いた。
「艦長、そう気負わんでもいいぞ。」
傍にいた、第39任務部隊司令官であるエリオット・バックスマスター少将が彼の肩を叩きながら言った。
「確かに未知の異世界だが、そう悪い所でもないぞ。何よりも珍しい物がいっぱいある。まっ、気楽にやって行こう。」
「流石は司令官ですな。やはりヨークタウンに乗っていた時に慣れましたか?」
「そうだなあ。俺も最初は君と同じような気持ちだったが、自然に慣れてしまってな。正直言って、こうしてまた来る
事になったのは嬉しい事だよ。船も新しいし、責任は重くなったが、むしろやる気が出てくるな。」
彼はどこか気楽な口調でそう言った。
バックスマスター少将は、開戦前から正規空母ヨークタウンの艦長として、大西洋、太平洋で活躍して来た歴戦の空母乗りである。
彼は、12月末にヨークタウンから下艦した後、少将に昇進し、新鋭空母エセックスと、軽空母インディペンデンスを中心とする
第39任務部隊司令官に任命された。
TF39の陣容は、エセックスとインディペンデンスを主力とし、これを新鋭軽巡であるモントピーリアとオークランド、
フレッチャー級駆逐艦12隻が護衛している。
いずれも昨年か、今年に竣工したばかりの新鋭艦であり、これからTF39は、部隊としては初の実戦に臨むことになる。
TF39がヴィルフレイングに入港したのは、午後2時30分であった。
「ここがヴィルフレイングですか・・・・サンディエゴが丸ごと引っ越したみたいですな。」
初めて目にするヴィルフレイングに、ダンカン艦長は拍子抜けするような口調でそう言った。
彼は、ヴィルフレイングが元々、人の余り済まない寒村と聞いていたが、ヴィルフレイングが発展しているとまでは
聞いていなかった。
ダンカン大佐は、少しは発展しただろうとしか思っていなかったが、彼の目から見たヴィルフレイングはアメリカ本土の
軍港と同じように見えていた。
広大なヴィルフレイング港の南側には、ボーグ級、サンガモン級といった護衛空母が6、7隻ほど停泊しており、
飛行甲板に載せているF6F戦闘機やP-47戦闘機をクレーンで下ろしている。
港の中央側には多数の輸送船が桟橋に付けられ、船から軍用車両が降ろされていた。
北側に目を向けると、そこには太平洋艦隊の艦艇郡が停泊していた。
艦艇郡の中には、一際巨大な建造物が浮かんでいた。
アメリカが開発したABSDと呼ばれる浮きドックであり、この浮きドックは大破の被害を受けた艦でも、前線で
修理出来る能力を有している。
現にドックの中では、3月16日のカレアント沖の戦闘で損傷した、空母ヨークタウンが修理を受けている。
「懐かしい奴がドックの世話になっているな。」
バックスマスター少将は、かつて艦長を勤めたヨークタウンを双眼鏡で見つめていた。
「話によると、シホールアンル側のワイバーンによって爆弾7発を浴びたようです。でも、被害の大部分が
格納甲板より上の部分に集中したこと、乗組員の的確なダメージコントロールによって被害の拡大が防げたようです。」
「その話は聞いたよ。しかし、あと2ヶ月近くは、あの“ベッド”から出れないようだ。こうなると、TF38は
ビッグEとホーネットの2隻のみだな。」
「TF39よりは、まだ飛行機が多いからいいですよ。こっちはエセックスの110機にインディペンデンスの45機、
計155機しかありません。」
「だが、こっちには新鋭機のF6Fがある。それに、パイロットはどの母艦航空隊よりも多くF6Fに乗っている。
だからさほど心配する事は無い。」
「それに、9月からはカーチスのヘルダイバーが、11月からはブリュースターのハイライダーが加わります。
航空機も、どんどん新しくなりますな。」
「軍艦も、飛行機も進歩する物さ。こいつらを生かしきれるか否かは、乗っている人間にかかっている。俺達も
ヘマをしないように気を付けんといかんぞ。」
「そうですな。」
ダンカン艦長は気を引き締めるような気持ちでそう返事した。
エセックスは北側埠頭の割り当てられた区域にまで到達し、そこで停止した。
その場所は、空母エンタープライズから右舷200メートルの所にあった。
「司令官、見て下さい。ビッグEの連中、ずっとこっちを見ていますよ。」
「エセックスは新しい空母だからな。連中は入ってきたばかりの新人が使えるのか見極めているのだろうよ。
それに、こいつが新しい艦だから必然的に目立ってしまうという部分もあるのだろう。」
「いずれにしろ、先輩方に認められるような戦いをしなくちゃいけませんな。」
「ああ全くだ、ミスターダンカン。勝負はこれからだぞ。」
バックスマスター少将は、意気込んだ表情でダンカン艦長にそう言った。
午後3時20分 南太平洋部隊司令部の窓から、チェスター・ニミッツ中将は軍港に停泊している新入りの艦。
エンタープライズに寄り添うように停泊している新鋭空母のエセックスと、インディペンデンスを見つめていた。
その時、ドアがノックされた。
「入れ。」
ニミッツはドアに向かって言った。
すると、ドアが開かれて、TF39司令官に任命された、バックスマスター少将が入って来た。
「第39任務部隊司令官、エリオット・バックスマスター少将。只今を持って南太平洋部隊配属になりました。」
バックスマスター少将は見事な敬礼をしながら、そう申告した。
「ご苦労、バックスマスター少将。さあ掛けたまえ。」
ニミッツは答礼したあと、バックスマスターをソファーに座らせた。
「お久しぶりであります、司令官。」
「本当に久しぶりだな。かれこれ5ヶ月近くになるかね。」
「ええ、そうなりますな。」
「君も立派になったものだな。前までは1空母の艦長だったが、今では立派な機動部隊指揮官となって新鋭空母を
引っ張って来た。空母事情がさほど良いとは言えぬ現在、君のTF39は頼りになるよ。」
「恐縮であります。」
「まあ、そう固くならんでも良い。所で、初めて乗る新鋭艦はどうだね?」
「一言で申して、強力です。着艦誘導灯や舷側エレベーター、新型レーダー等の最新装備は勿論のこと、艦自体も
ヨークタウン級より有用性のある物となっています。特に防御に関しては、ヨークタウン級並みか、それ以上に
打たれ強くなっているようです。」
「ほほう、なかなかの良艦のようだな、エセックスは。」
「エセックスは合衆国海軍の空母建造の集大成とも言うべき艦ですよ。このエセックス級や、インディペンデンス級等の
新鋭艦が揃えば、シホールアンル海軍とは互角以上に戦えるでしょう。」
「パイロット達の訓練はどうかね?」
「概ね、順調に進んでいます。特に着艦誘導灯の導入のお陰で、夜間飛行の訓練がやりやすくなった事が大きいです。
今の所、パイロット達の錬度は相当向上しております。」
「なるほど。それなら、TF39を編入させた甲斐があったな。」
ニミッツは満足気に頷いた。
「今は本国やアリューシャン列島で、竣工したイントレピッドやフランクリン、プリンストンの訓練も順調に行って
いるようだから、9月までに加わるバンカーヒルとランドルフ、ベローウッドとタラハシー等も加われば、東西両海岸での
妨害活動もより盛んに行えるな。」
「はっ。ようやく、我々も主導権を握りつつありますな。そういえば、聞きたい事があるのですが。」
バックスマスター少将は、最も気がかりな事をニミッツに聞いた。
「私のTF39は、いつ頃実戦に参加するのでしょうか?」
「思ったよりも早いぞ。君の機動部隊には15日付けでヴィルフレイングから出港し、西海岸へ回り、バゼット半島を
経由してエンデルドを叩いてもらう。西海岸地区は、ノイスのTF37がウェンステルの山岳地帯近くの敵補給基地と、
その南にあるルベンゲーブと呼ばれる地域の魔法石精錬工場を叩いた。ハルゼーのようにやり過ぎた攻撃はしていないが、
敵にはかなりの衝撃を与えたかもしれん。」
「魔法石精錬工場ですか・・・・・どうせなら、その工場を潰してしまえばよろしいのではありませんか?」
「あいにくだが、我が機動部隊は、現状では嫌がらせ程度の攻撃しか出来ん。それに、魔法石工場は意外に
規模が大きく、艦載機の反復攻撃を加えなければ破壊できない。かといって、いつまでも陸地の近くをうろちょろ
していたら、敵のワイバーンが殺到して来るからな。TF38はたまたま、運が悪かっただけだが、敵も馬鹿ではない。
きっと待ち構えているに違いない。とは言っても、この獲物は我々の手から離れたがね。」
ニミッツは、苦笑しながらそう言った。
「我々の手から離れた、ですと?では、誰にやらせるのですか?」
スパイでは無理でしょうと言いかけたが、その前にニミッツが返事した。
「陸軍さんだ。陸軍はここ最近、新鋭爆撃機のB-24を使って何かをやろうとしているらしい。目標は知らされて
いないが、恐らくウェンステル南部の魔法石精錬工場が狙いかも知れん。」
「どうして分かるのです?」
「B-24の行動半径だ。ウェンステル領は、ミスリアル北西部から直線距離で1200キロほどだ。これに対し、
B-24は3トンの爆弾を積んで3000キロ以上を飛行できる。この長大な後続性能を持つB-24によって、
その魔法石精錬工場を爆撃する可能性がある。とは言っても、これは可能性の1つに過ぎんが。」
「そうですか・・・・・」
「いずれにしろ、敵の拠点は、遅かれ早かれ、虱潰しに叩かれていくだろう。」
ニミッツはそう言うなり、ソファーから立ち上がって、窓の傍に歩み寄った。
「なあバックスマスター。一度、あの船見せてもらえんかね?エセックスという船はどういう作りになっているのか、
直に見てみたいのだが。」
「いいですよ。近いうちにご案内しましょう。」
バックスマスター少将はそう言って、ニミッツの要望を受け入れた。
4月16日 バルランド王国クラルトレラ 午前8時
バルランド王国中部にあるクラルトレラは、広大な草原地帯である。
起伏の少ないこの草原地帯は、昔から行商人の交通路として使用されており、今でも草原を行く人や商人達の隊列が散見される。
そのクラルトレラにある豪勢な建物に、ミルセ・ギゴルトは休日を過ごしていた。
休日は5日ほど与えられ、彼はこの5日を、クラルトレラの別荘でのんびり過ごそうと考えていた。
別荘に来て1日目は、のんびりと過ごせた。
しかし、2日目からは、厄介なお客さんがやってきて騒音を撒き散らし続けた。
2日目こそは、ギゴルトは凄いと思いながら、それらに見入っていたが、3日目、4日目にはただのやかましいだけの存在となった。
そして5日目の朝、ギゴルトは不機嫌そうな表情でワインを啜っていた。
「旦那様、ご気分がすぐれぬのでしょうか?」
彼の表情を見て不安になったメイド長が、ギゴルトに聞いてきた。彼はフンと鼻を鳴らす。
「気分は悪くない。ただ、機嫌が悪いのだ。ここ最近はやかまし屋共がわしの屋敷の近くを飛び回る物だから、
せっかくの休日が台無しだよ。」
ギゴルトは腹立ち紛れにそう言った。ふと、何かの音が聞こえて来た。それが何であるか、彼には分かっていた。
「噂をすれば、例のやかまし屋共が来よった。全く、飽きぬ奴らだ!」
ギゴルトはグラスを置き、2階のベランダに出てみた。
すると、彼の苛立ちの原因は、超低空で草原の上を飛行していた。
発動機が4つも装備され、ごつい胴体に尾翼が2つもあると言う不思議な大型機だが、低空での運動性能は良いらしく、
こうして機体を地面にこすりそうな低空で飛行を続けている。
胴体に掛かれている星のマークからして、紛れも無い、アメリカ軍の大型爆撃機である。
しかし、彼が見た事のあるB-17という爆撃機ではない。
ギゴルトはまだ知らなかったが、この爆撃機はB-24リベレーターと呼ばれる物で、最近になって南大陸に派遣された物だ。
その新型爆撃機は2、3機ずつの小編隊を組んだまま、かなりの低高度で草原を横切っていく。
総計で40機以上のB-24が、轟音を上げながらギゴルトの別荘付近を飛び抜けていった。
「全く、なんて迷惑な奴らだ!人がのんびり過ごそうと思っておる時に!」
怒ったギゴルトは、そのまま屋敷の中に引っ込んで行った。
「貴族様の屋敷を通過しました。機長、間も無く投下ポイントです。」
B-24爆撃機の副操縦士であるレスト・ガントナー少尉は、横で同じく、操縦桿を握る機長のラシャルド・ベリヤ中尉にそう言った。
全体的に太った体系で、ソ連の高官と似たような名前、似たような格好、それにロシア系アメリカ人でもあるため、彼は
チェーカーというあだ名を頂戴している。
「よし、爆弾倉開け!」
ベリヤ中尉はそう命じ、B-24の胴体爆弾倉が開かれる。
中には、模擬爆弾4発が搭載されており、それを、間も無く見えて来る標的に向けて投下する。
高度は、驚くべき事に高度40メートルという、8000メートルの高みまで上れる4発重爆からすれば、まさに地を這うような低さである。
この40メートルという低高度を、ベリヤ中尉は200マイルの速度で飛行し、それを40分前から維持し続けている。
やがて、標的が見えて来た。標的のある箇所には、既に先頭隊が投下した模擬弾が炸裂し、白煙に覆われている。
「高度を上げる!」
ベリヤ中尉はそう言うと、操縦桿をやや上に上げる。
機首が上向き、高度がぐんぐん上がっていく。ベリヤ中尉は高度が80メートルに上がった所で上昇を止めた。
高度80メートル程度で、速度を200マイルから280マイルに上げて、目標に向けて一気に突っ込んだ。
ベリヤ中尉の後方には、彼の機に習うように、5機のB-24がほぼ同速度で投下地点に向かいつつある。
さほど間を置かずに、彼の機は投下地点に到達した。
「爆弾投下!」
爆撃手がそう叫びながら、投下スイッチを押した。B-24の胴体から4発の模擬弾がバラバラと目標区域に向けて
投下され、それらが地面に突き刺さると、火花が飛び散るように炸裂して、夥しい白煙を出した。
「機長、命中です。」
「命中か、分かった。さて、後は離脱するだけだ。」
ベリヤ中尉はそう言うと、機体を旋回させて、ヴィルフレイングにへと向かわせた。
「今日はあと2回ほど、ここに来そうですね。」
ガントナー少尉はそういった後、前々から気になっていた事をベリヤ中尉に言ってみた。
「しかし機長。自分にはどうも分からんのですが、どうして重爆隊の自分らが、このような訓練を繰り返しているのでしょうか?」
「う~ん、俺にもよく分からんが。恐らく、上の人達はこのB-24を、どっかの要所攻撃が、地上部隊の支援に当たらせようと
しているのだろう。高度100メートル以下の雑巾掛けを繰り返しているのだから、恐らく後者のほうが強いのかも知れん。」
「しかし、自分らの機体は高高度から爆弾を投下する目的で作られた物ですよ。このでかぶつが低空攻撃に向いてますかね?」
「爆弾搭載量は、合衆国軍のどの機体よりも一番だからな。大方、爆弾を大量にばら撒いて、シホット共を一気に叩き潰す胎なんだろう。
とは言っても、目的も知らされてねえから、判断に苦しむな。」
ベリヤ中尉は首をひねりながらそう言った。
「まっ、俺達のやる事は、まずこの訓練を目一杯やって、自分の物にするだけだ。今はそれに集中だよ。」
「そうですな。ここんところ、うちの飛行隊長はやかましいですからな。さっさと腕を上げて、飛行隊長を黙らせてやりましょうぜ。」
「勿論さ。」
2人はそう言ってから、再び口を閉じて、機体の操縦に意識を集中した。
彼らと同様に、他のB-24のパイロット達もまた、上層部の意図を知らぬまま、ひたすら猛訓練に励んでいった。