第75話 東海岸の怪事件
1943年(1483年)7月16日 午前9時 バージニア州ノーフォーク
夏真っ盛りのノーフォークは、この日も太陽が熱くぎらついていた。
ここはバージニア州にあるノーフォーク軍港である。
ノーフォークは、軍港の他にも、海軍工廠が隣接しており、造船所のドッグではアイオワ級戦艦やエセックス級空母などの
新鋭艦が急ピッチで作られている。
戦時中ながらも、活気を見せるノーフォークだが、その一方で新たな問題に頭を悩ませる者もいた。
ノーフォーク海軍基地内にある大西洋艦隊司令部。
この建物内にある会議室で、大西洋艦隊の司令部幕僚や、各艦隊の司令官、参謀が集まっていた。
「おはよう諸君。」
大西洋艦隊司令長官である、リチャード・インガソル大将が口を開いた。
インガソル大将の表情は、どこか固かった。
「ここ最近、東海岸沖で連続して起こっている怪事件の事は、既に知っているだろう。」
インガソルの言葉に、誰もが頷く。
東海岸では、6月から不思議な怪事件が続発していた。
発端は、アムチトカ島沖海戦が終わった後の6月1日の事であった。
その日、ニューヨークの漁業組合に属するトロール船2隻が、漁に出たまま行方不明となった。
海軍航空隊のカタリナ飛行艇や、沿岸警備隊の艦船が捜索に当たったが、手がかりは何ひとつ見つからなかった。
捜索が打ち切られた翌日の、6月5日。
漁業組合から魚の漁獲量が一気に激減したとの報告が入った。
漁獲量が減った海域は、ニューヨーク沖やノーフォーク沖、それにロングアイランド沖であり、その地区の漁業組合や
会社から魚が取れなくなったとの連絡が相次いで送られてきている。
6月7日には、ニューヨークから出港した1隻のトロール船が、凶暴な化け物に襲撃されたと報告が入った。
トロール船はなんとか逃げ帰ったものの、船は化け物の襲撃によって激しく損傷しており、修理には2ヶ月ほどかかると言われている。
その船の船長からは、10メートル以上はあろうかという大きな牙を生やした白い化け物が、突然船に体当たりをしてきたという。
トロール船はすぐにエンジンを全開にして逃げたため、その化け物に沈められる事は無かったようだ。
6月15日には、リバティ型輸送船1隻が、西海岸に回航される途中でいきなり爆発を起こした。
この輸送船は、急遽ノーフォークに入港したが、後の調べによると、左舷側中央部に直径4メートルほどの穴が開いていた事が判明している。
そして6月20~7月1日に起きた事件は実に衝撃的であった。
6月20日には、ノーフォーク沖40マイルの地点で哨戒中の沿岸警備隊の艦艇が、突然SOSを発した後に消息を絶った。
海軍や沿岸警備隊は直ちに捜索を行ったが、24日まで行っても証拠は全く見つからなかった。
26日には、ニューヨーク沖で訓練中だった、キトカン・ベイ級護衛空母のアラゾン・ベイとバゼット・シーが、突如何かの攻撃を受けた。
アラゾン・ベイは左舷2箇所に魚雷のような物を受けてあっという間に停止し、バゼット・シーも右舷後部1箇所に同じの攻撃を受けた。
結果、アラゾン・ベイは3時間後に沈没し、辛うじて生き残って、ニューヨークに帰還したバゼット・シーも大破の判定を受け、
修理に最低2ヶ月はかかると判断された。
極め付きは7月1日に起きた事件である。
この日、ノーフォーク沖20マイルの海域で訓練を行っていた巡洋戦艦アラスカの見張り員が、右舷から何かが向かって来るのを捉えた。
アラスカの艦長はすぐさま緊急操舵を命じて、向かって来た、4つの何かの光を回避した。
アラスカの艦長はあろうことか、向かって来た光の方角に主砲を向けさせるや、砲撃を行った。
14インチ砲の交互撃ち方4回、斉射を2回行った。
その後、アラスカは出動してきた駆逐艦12隻と共に周辺海域を捜索した。
「アラスカの艦長の機転で、我々はこの怪事件を起こした張本人を突き止める事が出来た。」
そう言って、インガソルは立ち上がると、背後にあった壁に大きな写真を貼り付けた。
写真には、見たことも無いような化け物が2匹、所々欠損しているが、原型を保った形で写っていた。
「これが、怪事件を起こした犯人だ。この化け物は、小さいのと、大きいの。2種類いる事が判明している。この2匹は、
アラスカの14インチ砲で仕留めた者を情報部が撮影したものだ。詳しい事は情報参謀が説明する。」
インガソルは情報参謀のヴィックス・アイレル中佐に顔を向けた。
頷いたアイレル中佐は席から立ち上がった。
「この大小2匹の生き物に関しては、ロスアラモスにいるグリンゲル魔道士や、バルランドの留学生に同伴していた魔道士から情報を
手に入れました。入手した情報によると、マオンドはシホールアンルへ偵察用生物兵器の開発技術を供与していたと言う事が分かりました。」
情報参謀は、写真が掲げられている壁の前に歩み寄った。
「この、2種類の生物兵器ですが、シホールアンル軍は既に北大陸統一戦時から似たような物を大規模に実戦投入していたようです。
シホールアンル軍は、この生物兵器と似たような兵器、通称レンフェラルを投入して敵国の港や船団を見晴らせていたようです。
レンフェラルにはこの生物兵器と同様に、大小2種類おり、小型は偵察専門、大型は偵察、攻撃兼用と振り分けられ、大小幾つかが
集まってチームを作り、情報収集や敵艦船の攻撃を行っていたようです。」
「つまり、この写真に写っている2匹の化け物も、レンフェラルとやらと似た様な事をやっていた。と言う事になるのかね?」
第26任務部隊司令官である、ジェイムス・サマービル中将が質問してきた。
「はい。そうなります。ただ、魔道士達は少々気になる事を言っております。」
「気になる事?」
アイレル中佐の言葉に、サマービル中将は怪訝な表情を浮かべた。
「写真のこの2匹。魔道士達はこの小さい生き物に対して言っていました。『この小さい方は、シホールアンル軍は攻撃専用にしていない』と。
6月7日に、トロール船が化け物に襲われたものの、なんとか帰港した事は覚えていますでしょう。その時、トロール船に襲ったのが、
この小さい方なのです。」
「シホールアンル軍は小さい方を攻撃専用にしていないと言っていたが、それはどういう事かな?」
今度は、第23任務部隊司令官のレイ・ノイス少将が質問する。その質問に、アイレル中佐はよどみなく答えた。
「それは、シホールアンル軍の使う生物兵器本来の性質にあると思われます。レンフェラルは、元々この世界の海を回遊する大型海洋生物で、
時には集団で凶暴な海洋生物を襲うと言う、一見かなり凶暴な一面性もあるようですが、本来の性質はとても大人しいそうです。それに、
レンフェラルは知性があり、海洋生物の中では一番生物兵器に仕立て易い生き物のようです。そのため、元々船舶に対して攻撃力の余り無い
レンフェラルでも、刷り込まれた魔道式が発する攻勢魔法で重巡並みの大型艦は優に撃沈できるようです。」
「問題は、このレンフェラルとやらはシホールアンル軍のもの、と言う事だ。マオンドはレンフェラルとは別の海洋生物を使用しているのだろう?」
「はい。特に厄介なのは、敵マオンドが、レンフェラルより気性が荒く、かつ、攻撃的な海洋生物を生物兵器仕立て上げた可能性が高い事です。
魔道士にこの写真を見せた所、この生物はベグゲギュスという物で、主にレーフェイル大陸方面に生息していた物のようです。実を言うと、
魔道士が言うにはベグゲギュスは、公式には6年前にマオンドによって撲滅させられていたはずなのです。」
「すると情報参謀。」
ノイス少将は鋭い目付きでアイレル中佐を見つめた。
「マオンドは、この東海岸に絶滅したはずのベグゲギュスを使って偵察と通商破壊に出たと言う事になるが。解せんのはなぜ絶滅したはずの
海洋生物を使って、このような事をするかなのだが。」
「考えられる点はある。」
それまで話を聞いていたインガソル大将が口を開いた。
「マオンドはシホールアンルの同盟国だ。その同盟国の敵は我々アメリカだ。マオンドは既に2度も、我々大西洋艦隊によって散々な目に
遭っている。恐らく、敵はいつ我が合衆国が攻めてくるかと戦々恐々していたであろう。だが、彼らはアメリカ本土には近付ける兵器を
持っていなかった。そこで、密かに養殖されていたあのベグゲギュスに白羽の刃が立った。去年のリンクショック作戦で、レーフェイル大陸を
襲ってから既に1年が経っている。レーフェイルは、シホールアンルよりは劣るようだが、魔法技術に関してはなかなかの国のようだ。
その彼らが、このアメリカを見張るためにベグゲギュスを繁殖し、生物兵器に仕立て上げた。」
インガソルは一旦言葉を切って、会議室にいる一同を見渡す。
誰もが、彼の話に納得したような表情を浮かべている。
「マオンドは俺達にも手痛い被害を与えてやりたいと思っているだろう。そのために、レンフェラルより凶暴な海洋生物を生物兵器に
仕立て上げてもおかしくは無い。故に、我が大西洋艦隊は、このマオンドから派遣された刺客を、東海岸沖から一掃する。」
インガソルはそう言うと、今度は作戦参謀に目配せした。
作戦参謀のロバート・ケラウェイ大佐は頷くと、説明を始めた。
「今回、マオンド軍の敵海洋生物掃討作戦に関しましては、大西洋艦隊に所属する稼動駆逐艦、巡洋艦、空母を多数用いて行う予定であります。
現在、大西洋艦隊には3隻の正規空母と1隻の軽空母、それに6隻の護衛空母に巡洋艦、駆逐艦多数が在籍しています。我が大西洋艦隊が
相手取る敵の海洋生物は、軍民問わず、手当たり次第に襲撃しています。」
ケラウェイ中佐は席から立ち上がると、背後の壁にある東海岸沖の地図を指示棒で叩いた。
「出没地点は、ノーフォーク沖、ニューヨーク沖に集中していますが、13日にはフロリダ沖でも漁船2隻が謎のSOSを発して以来
行方不明になっています。14日には同じフロリダ沖から護衛駆逐艦が海洋生物と思わしき生物を追いましたが、仕留める事はできませんでした。
敵の海洋生物は東海岸全域に出没している状態です。我が大西洋艦隊は、この東海岸一帯に駆逐艦や護衛空母部隊を中心にハンターキラーグループを
編成し、東海岸一帯に配備すると共に、航空基地の哨戒機を増強して空からの監視も強化します。」
「機動部隊の正規空母も使うのかね?」
ノイス少将の問いに、ケラウェイ大佐は答えた。
「はい。使います。」
「相手はどこに潜んでいるか分からない生き物だ。探す時は人手の多いほうが良いだろう。使える物はこの作戦で全て使う。」
「長官のおっしゃる通りです。それに、正規空母は護衛空母よりも多くの航空機が搭載できますので、洋上哨戒に関しては護衛空母以上の
哨戒密度が確保出来ます。また、戦艦部隊には西海岸向けの船団を護衛する任務に付いて貰います。無論、援護につける護衛駆逐艦も
相当数配備する予定です。」
「なるほど、かなり大掛かりな作戦だな。それでだが、敵海洋生物に対する対処法はどのようなものかな?」
サマービルがすかさず質問する。
「対処法としては、現段階では2つあります。これまでの調べによりますと、敵海洋生物は、攻撃時には潜水艦と同様に深度10~5メートル
ほどに上がるようです。その際、上空の航空機から攻撃を行うか、洋上で海面から突き出す背ビレを見つけて、その位置に駆逐艦を向かわせて
爆雷で叩き沈めるかです。」
「その生き物はどれぐらいの速度で海を走るんだね?」
「これは、護衛駆逐艦エヴァーツからの報告で判明した事ですが、敵海洋生物は15~18ノット程度で海中を進んでいるようです。
又、敵が海中にいる際はスクリュー音と似たような音を発するので、アクティブソナーを使用すれば捕捉は可能との事です。」
「ふむ。よく分かった。つまり対処は可能、と言う事だな?」
「その通りであります。」
ケラウェイ大佐は自信のこもった口調でそう答えた。
「これで諸君らもよく分かっただろう。状況はあまり良いとは言えない。最近は東海岸の各漁業会社も漁の制限で大打撃を被っている。
それに、住民達もこの海洋生物に不安を抱いている。我々は、この掃討作戦で住民の不安も払拭せねばならない。地味ではあるが、
大事な任務である事に変わりは無い。諸君らも、心して任務に当たれ。」
1943年(1483年)7月17日 午後1時 マオンド共和国領ユークニア島
その日、マオンド共和国海軍総司令官であるバグメタ・ラムイオ元帥は、レーフェイル大陸から西南西に離れた所にあるユークニア島を訪れていた。
「綺麗な島だな。ユークニアは。」
ラムイオ元帥は、出迎えに現れた第72軍司令官のギャン・チルムク中将に感想を言った。
「閣下もそう思われますか。」
「勿論だとも。緑に囲まれた島、周りは綺麗な海。おまけに気候も悪くない。私はね。このような島で老後を過ごしたいと思っておるのだよ。」
「その気持ち、よく分かりますぞ。」
「この島の将兵はどうしておるかね?ここはのんびりした気候だから、だらけているのではなかろうな?」
「その点についてはご安心下さい。駐屯部隊の将兵には定期的に猛訓練を行わせており、決して気を抜く事ができぬようにしています。」
「ふむ。それは素晴らしい事だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷いた。
ここユークニア島には、陸軍第72軍の3個師団と、2個空中騎士団、それに海軍の根拠地隊が駐屯している。
これらを統括指揮しているのが、第72軍司令官であるチルムク中将だ。
今回、ラムイオ元帥がユークニア島にやって来たのは、この島に配備されているある部隊を視察するためである。
ラムイオ元帥はチルムク中将と別れた後、目的の場所に向かった。
港から20分ほど馬車で移動した後、ラムイオ元帥一同は馬車ごと洞窟の中に入っていった。
「ほう・・・・・この洞窟の中が、基地なのか。」
ラムイオ元帥は感嘆したような口調で馬車の外を眺めていた。
洞窟の中には、所々に光源魔法を発する魔法石が置かれていてさほど暗くは無い。
やがて、基地の入り口に達した馬車隊は前進をストップした。
ラムイオ元帥は馬車から降りると、指揮官らしき男が彼を出迎えた。
「閣下、よくおいで下さいました。私は第61特戦隊指揮官のハニジ・リゴア大佐です。」
「ほう、君が指揮官か。海洋生物の活躍は本国でも聞いておるぞ。」
「恐縮であります。」
「早速だが、中を見せてくれんかね?」
「はっ。では、こちらへ。」
リゴア大佐はラムイオ元帥を施設の中に案内した。
最初に案内されたのは、ベグゲギュスの飼育施設である。
内部は入り江のようになっており、手すりが設置された岩の向こうには、ベグゲギュスが泳いでいた。
「ここは、偵察に用いるベグゲギュス飼育室で、発着場でもあります。ここには30頭のベグゲギュスがおり、そのうち小型が14頭、
大型が16頭となっております。」
「かなり広い所だな。」
「ここは元々洞窟だったのですが、5年前から改装してベグゲギュスの研究施設に仕立て上げたのです。ここと同様の発着場は、ここの他にも6つあります。」
「これとほぼ同じ大きさの物が6つか。」
「いえ、ほぼ大きさの物は4つで、あとの2つはより大きくなっております。この2つには、この発着場の2倍の数を収容できます。」
「ほほう。こいつは凄い。」
ラムイオ元帥は目を輝かせながらそう言った。
「すると、この洞窟基地には200頭以上のベグゲギュスがいると言う事か。研究用の40頭からよくここまで増やせた物だ。」
「ベグゲギュスは、比較的繁殖性の高い生物です。レンフェラルは1回の繁殖で2頭しか子を産みませんが、ベグゲギュスは4頭も産みます。
それに、幼体から成体に成長する期間も、レンフェラルが2年に対してベグゲギュスはその半分の1年です。このため、僅か1年半でどうにか
ここまで揃える事が出来たのです。」
「そうなのか。しかし、ベグゲギュスはレンフェラルより劣るようだが、魔道式を埋め込む時、苦労はしなかったかね?」
「苦労はしましたが、今思えば大した苦労ではありませんでした。確かに、ベグゲギュスは、レンフェラルと比べて劣ります。ですが、
ベグゲギュスは速度も、生物としてはあまり遅くはありません。知能に関してはレンフェラルにかないませんが、それでも並みの海洋生物よりは
かなり頭が良いですよ。気性が荒いというのが問題ですが、その分攻撃性が高く、敵に対する攻撃ではむしろプラスになると見込まれています。」
「なるほど・・・・ちなみに、この生物兵器はどこから海に出るのだね?」
「この入り江には、海中を少し潜った所に外海に繋がる穴があります。その穴からベグゲギュスは出入りしています。」
「ほう。海と繋がっているのか。食料は何を与えているのだね?」
「魚です。この海域には豊富に魚がおりますので、ベグゲギュスは腹が減ると、この近海に狩に出かけて、腹が満たされればまたここに戻って来ます。」
「問題は起きていないかね?例えば、いきなりベグゲギュスが暴れ出して脱走してしまうとか。」
「そのような事はありません。事前に魔道式を埋め込んでありますから、我々に対しては従順です。兵の中には大人しくて可愛い奴だという者もいますよ。」
「なるほど。頼もしい物だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷くと、入り江内に視線を移した。
小さく切り立った崖の下には、何頭ものベグゲギュスが水中を行ったり来たりしている。
ベグゲギュスは、吊り上がった目に剥き出しになった牙と、突き出た荒削りの背ビレが特徴であり、傍目から見れば目を合わせただけで
敵を殺しそうな雰囲気がある。
しかし、ラムイオ元帥はむしろそのおぞましさが、ベグゲギュスに対する頼もしさに変わっていた。
「報告を読ませてもらったが、6月からアメリカ本土沖で徐々に戦果を出しているようだな。特に敵の空母2隻に攻撃を仕掛け、
1隻を撃沈、1隻を大破させたのは見事であった。」
「昨日も、輸送船1隻を撃沈したと、ベグゲギュスから魔法通信が入っています。戦果は刻々と挙がっています。」
「本当なら、我が海軍の艦艇が出向いて敵を血祭りにしたいところだ。最近からはやっと、新造の戦艦や竜母等が完成し、
艦隊に配備されているのだが・・・・あの海域は敵の内庭だ。我々がのこのこ出かけて言っても撃退されるだけだ。
思うように作戦行動が出来ない所に、ベグゲギュスの活躍は本当に励みになる。」
ラムイオ元帥は施設を見渡しながら誇らしげに言う。
「300人の魔道士をここに投入しただけはあったな。本国での魔法研究も、最近は満足の行く実験結果を出し続けている。」
「もしや、例の兵器ですね?」
「そうだ。」
リゴア大佐の質問に、ラムイオ元帥は毒気のある笑みを浮かべた。
「エンテックの鳥人間共は実に良い実験材料だった。飛行型キメラが完成すれば、あのアメリカ軍機にも互角渡り合えるし、敵艦隊の攻撃にも使える。」
「しかし、例の実験ではかなりのハーピィ族が犠牲になっているようですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ。鳥人間の400人ちょっとが死んだだけだ。予備はいくらでもおるんだから、実験はまだまだ続けられる。」
「そうですな。レーフェイルは着実に変わりつつありますな。」
「その通り。反乱者の掃除も大分片付いてきているから、アメリカさえ倒れれば後は心配しないで良いな。とは言っても、
シホールアンルの言う通りアメリカは相当手強いから、完全に屈服させる事は出来ないかもしれない。だが、戦備を蓄えているのはアメリカだけではない。」
ラムイオ元帥はニヤリと笑いながら、リゴル大佐の肩を叩いた。
「このマオンドも、ベグゲギュスのような生物兵器を開発したり、他に新しい戦力を配備している。やりようによっては
あの忌々しいアメリカにきつい一撃を加えられるだろう。」
ラムイオ元帥は自信に満ちた口調でリゴル大佐に言った。
「おっと、話がずれてしまったな。それはともかく。この施設をもっと案内してくれんかね?」
「喜んでご案内いたします。それでは、こちらにどうぞ。」
リゴル大佐は、先と変わらぬ微笑を浮かべたまま、ラムイオ元帥に施設の案内を続けた。
1943年(1483年)7月18日 午前7時 バージニア州ノーフォーク
「ワスプ出港します!」
艦橋内に、見張りの声が響いてきた。
正規空母ゲティスバーグ艦長のクリフトン・スプレイグ大佐は、左舷方向をゆっくりと前進していくワスプに目を向ける。
エセックス級空母の最新鋭艦であるゲティスバーグと比べると、どことなく小振りな空母だ。
だが、ワスプは開戦以来、最初の修理期間を除いては常に第一線で活躍して来た歴戦の空母である。
それに比べると、ゲティスバーグはまだ実戦を経験していない新兵と同じだ。
「先輩が出港していくな。よし、こっちも出るぞ。前進微速!」
「前進微速!アイ・サー!」
スプレイグ艦長の命令が復唱された後、ゲティスバーグの機関が一層大きな唸り上げる。
やがて、27000トンの巨体がゆっくりと動き始めた。
港に出るまではのろのろと這い進んでいたゲティスバーグだが、港外に出た後は16ノットのスピードで僚艦を追った。
「しかし艦長。シーサーペントもどきの化け物に、護衛空母ならともかく、このピカピカのゲティバーグやワスプまで出すとは、ちと尋常じゃ無いですな。」
スプレイグ艦長の横に立っていた副長が言ってきた。
「確かに東海岸沖が、マイリーのふざけた行動によって容易ならぬ事態に陥った事は承知しております。しかし、対潜作戦は護衛空母や
駆逐艦だけでも充分対応できるはずです。それなのに、本艦やワスプ、イラストリアス等も引っ張り出すのは、どうも・・・」
副長はごつい顔に皺を寄せて唸った。
「まあ、君の言う事も分かるな。だがな、上層部はあの化け物共を追い出すのに本気らしい。なにせ、目と鼻の先で民間の船や海軍の艦船が
沈められているんだ。それに、東海岸の住民も不安に思っているようだ。それを払拭するには、徹底した対応が必要というわけだ。だがな」
スプレイグ艦長はやや声を潜ませる。
「護衛空母部隊の他に、正規空母群も出るのには他に訳がある。マイリー共も、最近は竜母を3隻ほど艦隊に編入している。この事は聞いているな?」
「ええ。」
「その竜母部隊が、化け物退治に当たっている哨戒部隊に不意打ちを仕掛けないとも限らない。シホットに竜母の扱いの上手い提督がいるのは知っているだろう?」
「知ってます。自分は彼女のファンですよ。」
「敵の提督のファンになるなよ。まあ、それはともかく。マイリー共もなかなか侮れん海軍力を持っている。その中にシホットガールのような頭の切れる奴が
いてもおかしくない。そいつに率いられた竜母部隊に対抗するため、TF23とTF26も加わる事になったんだ。」
「と言う事は。機動部隊同士の戦闘もあり得ると言う事ですな?」
副長は僅かながらも目を輝かせた。
「さあ、そこまでは知らんね。出てくる事は、正直言って無いかもな。だが、この世界の奴らは常識が通用せん。上層部は、
敵の常識破りの行動に備えて俺達も出したんだ。」
「となると、我々は保険と言う事ですか。」
「そう言う事。とは言っても、俺達も哨戒部隊として参加するんだ。いくら地味な任務とはいえ、気は抜けんぞ。副長。」
「その通りですな。まあ、新米のゲティスバーグには、腕慣らしにちょうど良い任務ですよ。」
そう言うと、副長は微笑を浮かべた。
ゲティスバーグの所属するTG23.1は隊列を組んだ後、ノースカロライナ沖80マイル地点に向かった。
この日から、ニューヨーク及びノーフォークから出港した各哨戒部隊は、東海岸沖の割当区域に進出して行った。
大西洋艦隊編成表 東海岸掃討作戦時 (潜水艦部隊は省略)
第22任務部隊(船団護衛部隊) 司令官グレン・ドレーメル中将
第22.1任務群(司令官ルイス・チャンドラー少将)
戦艦ニューメキシコ アイダホ
巡洋艦トレント マーブルヘッド
駆逐艦16隻
第22.2任務群(司令官ニック・リンクハルト少将)
戦艦ミシシッピー
巡洋艦ラーレイ
駆逐艦18隻
第22.3任務群(司令官レニー・ブラウン少将)
戦艦テキサス ニューヨーク
巡洋艦ローリー
駆逐艦18隻
第23任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官レイ・ノイス少将
第23.1任務群(レイ・ノイス少将直率)
正規空母ワスプ ゲティスバーグ (F6F84機 SBD36機 TBF66機)
重巡洋艦ウィチタ 軽巡洋艦セント・ルイス
駆逐艦16隻
第23.2任務群(トルク・ランバート少将)
護衛空母ブロック・アイランド ナッソー (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第23.3任務群(パイル・ゼメリカ少将)
護衛空母クロアタン ブレトン (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第26任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官ジェイムス・サマービル中将
第26.1任務群(船団護衛群)(サマービル中将直率)
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ 巡洋戦艦レナウン
重巡洋艦カンバーランド ドーセットシャー
護衛駆逐艦16隻
第26.2任務群(海洋生物捜索郡)(ヘンリー・ハーウッド少将)
正規空母イラストリアス 軽空母ハーミズ (F6F48機 SBD12機 TBF42機)
軽巡洋艦ケニア ナイジェリア
駆逐艦16隻
第26.3任務群(海洋生物捜索郡)(ロル・レイノルズ少将)
護衛空母キルアン・ベイ キトカン・ベイ (F4F24機 TBF40機)
護衛駆逐艦18隻
1943年(1483年)7月16日 午前9時 バージニア州ノーフォーク
夏真っ盛りのノーフォークは、この日も太陽が熱くぎらついていた。
ここはバージニア州にあるノーフォーク軍港である。
ノーフォークは、軍港の他にも、海軍工廠が隣接しており、造船所のドッグではアイオワ級戦艦やエセックス級空母などの
新鋭艦が急ピッチで作られている。
戦時中ながらも、活気を見せるノーフォークだが、その一方で新たな問題に頭を悩ませる者もいた。
ノーフォーク海軍基地内にある大西洋艦隊司令部。
この建物内にある会議室で、大西洋艦隊の司令部幕僚や、各艦隊の司令官、参謀が集まっていた。
「おはよう諸君。」
大西洋艦隊司令長官である、リチャード・インガソル大将が口を開いた。
インガソル大将の表情は、どこか固かった。
「ここ最近、東海岸沖で連続して起こっている怪事件の事は、既に知っているだろう。」
インガソルの言葉に、誰もが頷く。
東海岸では、6月から不思議な怪事件が続発していた。
発端は、アムチトカ島沖海戦が終わった後の6月1日の事であった。
その日、ニューヨークの漁業組合に属するトロール船2隻が、漁に出たまま行方不明となった。
海軍航空隊のカタリナ飛行艇や、沿岸警備隊の艦船が捜索に当たったが、手がかりは何ひとつ見つからなかった。
捜索が打ち切られた翌日の、6月5日。
漁業組合から魚の漁獲量が一気に激減したとの報告が入った。
漁獲量が減った海域は、ニューヨーク沖やノーフォーク沖、それにロングアイランド沖であり、その地区の漁業組合や
会社から魚が取れなくなったとの連絡が相次いで送られてきている。
6月7日には、ニューヨークから出港した1隻のトロール船が、凶暴な化け物に襲撃されたと報告が入った。
トロール船はなんとか逃げ帰ったものの、船は化け物の襲撃によって激しく損傷しており、修理には2ヶ月ほどかかると言われている。
その船の船長からは、10メートル以上はあろうかという大きな牙を生やした白い化け物が、突然船に体当たりをしてきたという。
トロール船はすぐにエンジンを全開にして逃げたため、その化け物に沈められる事は無かったようだ。
6月15日には、リバティ型輸送船1隻が、西海岸に回航される途中でいきなり爆発を起こした。
この輸送船は、急遽ノーフォークに入港したが、後の調べによると、左舷側中央部に直径4メートルほどの穴が開いていた事が判明している。
そして6月20~7月1日に起きた事件は実に衝撃的であった。
6月20日には、ノーフォーク沖40マイルの地点で哨戒中の沿岸警備隊の艦艇が、突然SOSを発した後に消息を絶った。
海軍や沿岸警備隊は直ちに捜索を行ったが、24日まで行っても証拠は全く見つからなかった。
26日には、ニューヨーク沖で訓練中だった、キトカン・ベイ級護衛空母のアラゾン・ベイとバゼット・シーが、突如何かの攻撃を受けた。
アラゾン・ベイは左舷2箇所に魚雷のような物を受けてあっという間に停止し、バゼット・シーも右舷後部1箇所に同じの攻撃を受けた。
結果、アラゾン・ベイは3時間後に沈没し、辛うじて生き残って、ニューヨークに帰還したバゼット・シーも大破の判定を受け、
修理に最低2ヶ月はかかると判断された。
極め付きは7月1日に起きた事件である。
この日、ノーフォーク沖20マイルの海域で訓練を行っていた巡洋戦艦アラスカの見張り員が、右舷から何かが向かって来るのを捉えた。
アラスカの艦長はすぐさま緊急操舵を命じて、向かって来た、4つの何かの光を回避した。
アラスカの艦長はあろうことか、向かって来た光の方角に主砲を向けさせるや、砲撃を行った。
14インチ砲の交互撃ち方4回、斉射を2回行った。
その後、アラスカは出動してきた駆逐艦12隻と共に周辺海域を捜索した。
「アラスカの艦長の機転で、我々はこの怪事件を起こした張本人を突き止める事が出来た。」
そう言って、インガソルは立ち上がると、背後にあった壁に大きな写真を貼り付けた。
写真には、見たことも無いような化け物が2匹、所々欠損しているが、原型を保った形で写っていた。
「これが、怪事件を起こした犯人だ。この化け物は、小さいのと、大きいの。2種類いる事が判明している。この2匹は、
アラスカの14インチ砲で仕留めた者を情報部が撮影したものだ。詳しい事は情報参謀が説明する。」
インガソルは情報参謀のヴィックス・アイレル中佐に顔を向けた。
頷いたアイレル中佐は席から立ち上がった。
「この大小2匹の生き物に関しては、ロスアラモスにいるグリンゲル魔道士や、バルランドの留学生に同伴していた魔道士から情報を
手に入れました。入手した情報によると、マオンドはシホールアンルへ偵察用生物兵器の開発技術を供与していたと言う事が分かりました。」
情報参謀は、写真が掲げられている壁の前に歩み寄った。
「この、2種類の生物兵器ですが、シホールアンル軍は既に北大陸統一戦時から似たような物を大規模に実戦投入していたようです。
シホールアンル軍は、この生物兵器と似たような兵器、通称レンフェラルを投入して敵国の港や船団を見晴らせていたようです。
レンフェラルにはこの生物兵器と同様に、大小2種類おり、小型は偵察専門、大型は偵察、攻撃兼用と振り分けられ、大小幾つかが
集まってチームを作り、情報収集や敵艦船の攻撃を行っていたようです。」
「つまり、この写真に写っている2匹の化け物も、レンフェラルとやらと似た様な事をやっていた。と言う事になるのかね?」
第26任務部隊司令官である、ジェイムス・サマービル中将が質問してきた。
「はい。そうなります。ただ、魔道士達は少々気になる事を言っております。」
「気になる事?」
アイレル中佐の言葉に、サマービル中将は怪訝な表情を浮かべた。
「写真のこの2匹。魔道士達はこの小さい生き物に対して言っていました。『この小さい方は、シホールアンル軍は攻撃専用にしていない』と。
6月7日に、トロール船が化け物に襲われたものの、なんとか帰港した事は覚えていますでしょう。その時、トロール船に襲ったのが、
この小さい方なのです。」
「シホールアンル軍は小さい方を攻撃専用にしていないと言っていたが、それはどういう事かな?」
今度は、第23任務部隊司令官のレイ・ノイス少将が質問する。その質問に、アイレル中佐はよどみなく答えた。
「それは、シホールアンル軍の使う生物兵器本来の性質にあると思われます。レンフェラルは、元々この世界の海を回遊する大型海洋生物で、
時には集団で凶暴な海洋生物を襲うと言う、一見かなり凶暴な一面性もあるようですが、本来の性質はとても大人しいそうです。それに、
レンフェラルは知性があり、海洋生物の中では一番生物兵器に仕立て易い生き物のようです。そのため、元々船舶に対して攻撃力の余り無い
レンフェラルでも、刷り込まれた魔道式が発する攻勢魔法で重巡並みの大型艦は優に撃沈できるようです。」
「問題は、このレンフェラルとやらはシホールアンル軍のもの、と言う事だ。マオンドはレンフェラルとは別の海洋生物を使用しているのだろう?」
「はい。特に厄介なのは、敵マオンドが、レンフェラルより気性が荒く、かつ、攻撃的な海洋生物を生物兵器仕立て上げた可能性が高い事です。
魔道士にこの写真を見せた所、この生物はベグゲギュスという物で、主にレーフェイル大陸方面に生息していた物のようです。実を言うと、
魔道士が言うにはベグゲギュスは、公式には6年前にマオンドによって撲滅させられていたはずなのです。」
「すると情報参謀。」
ノイス少将は鋭い目付きでアイレル中佐を見つめた。
「マオンドは、この東海岸に絶滅したはずのベグゲギュスを使って偵察と通商破壊に出たと言う事になるが。解せんのはなぜ絶滅したはずの
海洋生物を使って、このような事をするかなのだが。」
「考えられる点はある。」
それまで話を聞いていたインガソル大将が口を開いた。
「マオンドはシホールアンルの同盟国だ。その同盟国の敵は我々アメリカだ。マオンドは既に2度も、我々大西洋艦隊によって散々な目に
遭っている。恐らく、敵はいつ我が合衆国が攻めてくるかと戦々恐々していたであろう。だが、彼らはアメリカ本土には近付ける兵器を
持っていなかった。そこで、密かに養殖されていたあのベグゲギュスに白羽の刃が立った。去年のリンクショック作戦で、レーフェイル大陸を
襲ってから既に1年が経っている。レーフェイルは、シホールアンルよりは劣るようだが、魔法技術に関してはなかなかの国のようだ。
その彼らが、このアメリカを見張るためにベグゲギュスを繁殖し、生物兵器に仕立て上げた。」
インガソルは一旦言葉を切って、会議室にいる一同を見渡す。
誰もが、彼の話に納得したような表情を浮かべている。
「マオンドは俺達にも手痛い被害を与えてやりたいと思っているだろう。そのために、レンフェラルより凶暴な海洋生物を生物兵器に
仕立て上げてもおかしくは無い。故に、我が大西洋艦隊は、このマオンドから派遣された刺客を、東海岸沖から一掃する。」
インガソルはそう言うと、今度は作戦参謀に目配せした。
作戦参謀のロバート・ケラウェイ大佐は頷くと、説明を始めた。
「今回、マオンド軍の敵海洋生物掃討作戦に関しましては、大西洋艦隊に所属する稼動駆逐艦、巡洋艦、空母を多数用いて行う予定であります。
現在、大西洋艦隊には3隻の正規空母と1隻の軽空母、それに6隻の護衛空母に巡洋艦、駆逐艦多数が在籍しています。我が大西洋艦隊が
相手取る敵の海洋生物は、軍民問わず、手当たり次第に襲撃しています。」
ケラウェイ中佐は席から立ち上がると、背後の壁にある東海岸沖の地図を指示棒で叩いた。
「出没地点は、ノーフォーク沖、ニューヨーク沖に集中していますが、13日にはフロリダ沖でも漁船2隻が謎のSOSを発して以来
行方不明になっています。14日には同じフロリダ沖から護衛駆逐艦が海洋生物と思わしき生物を追いましたが、仕留める事はできませんでした。
敵の海洋生物は東海岸全域に出没している状態です。我が大西洋艦隊は、この東海岸一帯に駆逐艦や護衛空母部隊を中心にハンターキラーグループを
編成し、東海岸一帯に配備すると共に、航空基地の哨戒機を増強して空からの監視も強化します。」
「機動部隊の正規空母も使うのかね?」
ノイス少将の問いに、ケラウェイ大佐は答えた。
「はい。使います。」
「相手はどこに潜んでいるか分からない生き物だ。探す時は人手の多いほうが良いだろう。使える物はこの作戦で全て使う。」
「長官のおっしゃる通りです。それに、正規空母は護衛空母よりも多くの航空機が搭載できますので、洋上哨戒に関しては護衛空母以上の
哨戒密度が確保出来ます。また、戦艦部隊には西海岸向けの船団を護衛する任務に付いて貰います。無論、援護につける護衛駆逐艦も
相当数配備する予定です。」
「なるほど、かなり大掛かりな作戦だな。それでだが、敵海洋生物に対する対処法はどのようなものかな?」
サマービルがすかさず質問する。
「対処法としては、現段階では2つあります。これまでの調べによりますと、敵海洋生物は、攻撃時には潜水艦と同様に深度10~5メートル
ほどに上がるようです。その際、上空の航空機から攻撃を行うか、洋上で海面から突き出す背ビレを見つけて、その位置に駆逐艦を向かわせて
爆雷で叩き沈めるかです。」
「その生き物はどれぐらいの速度で海を走るんだね?」
「これは、護衛駆逐艦エヴァーツからの報告で判明した事ですが、敵海洋生物は15~18ノット程度で海中を進んでいるようです。
又、敵が海中にいる際はスクリュー音と似たような音を発するので、アクティブソナーを使用すれば捕捉は可能との事です。」
「ふむ。よく分かった。つまり対処は可能、と言う事だな?」
「その通りであります。」
ケラウェイ大佐は自信のこもった口調でそう答えた。
「これで諸君らもよく分かっただろう。状況はあまり良いとは言えない。最近は東海岸の各漁業会社も漁の制限で大打撃を被っている。
それに、住民達もこの海洋生物に不安を抱いている。我々は、この掃討作戦で住民の不安も払拭せねばならない。地味ではあるが、
大事な任務である事に変わりは無い。諸君らも、心して任務に当たれ。」
1943年(1483年)7月17日 午後1時 マオンド共和国領ユークニア島
その日、マオンド共和国海軍総司令官であるバグメタ・ラムイオ元帥は、レーフェイル大陸から西南西に離れた所にあるユークニア島を訪れていた。
「綺麗な島だな。ユークニアは。」
ラムイオ元帥は、出迎えに現れた第72軍司令官のギャン・チルムク中将に感想を言った。
「閣下もそう思われますか。」
「勿論だとも。緑に囲まれた島、周りは綺麗な海。おまけに気候も悪くない。私はね。このような島で老後を過ごしたいと思っておるのだよ。」
「その気持ち、よく分かりますぞ。」
「この島の将兵はどうしておるかね?ここはのんびりした気候だから、だらけているのではなかろうな?」
「その点についてはご安心下さい。駐屯部隊の将兵には定期的に猛訓練を行わせており、決して気を抜く事ができぬようにしています。」
「ふむ。それは素晴らしい事だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷いた。
ここユークニア島には、陸軍第72軍の3個師団と、2個空中騎士団、それに海軍の根拠地隊が駐屯している。
これらを統括指揮しているのが、第72軍司令官であるチルムク中将だ。
今回、ラムイオ元帥がユークニア島にやって来たのは、この島に配備されているある部隊を視察するためである。
ラムイオ元帥はチルムク中将と別れた後、目的の場所に向かった。
港から20分ほど馬車で移動した後、ラムイオ元帥一同は馬車ごと洞窟の中に入っていった。
「ほう・・・・・この洞窟の中が、基地なのか。」
ラムイオ元帥は感嘆したような口調で馬車の外を眺めていた。
洞窟の中には、所々に光源魔法を発する魔法石が置かれていてさほど暗くは無い。
やがて、基地の入り口に達した馬車隊は前進をストップした。
ラムイオ元帥は馬車から降りると、指揮官らしき男が彼を出迎えた。
「閣下、よくおいで下さいました。私は第61特戦隊指揮官のハニジ・リゴア大佐です。」
「ほう、君が指揮官か。海洋生物の活躍は本国でも聞いておるぞ。」
「恐縮であります。」
「早速だが、中を見せてくれんかね?」
「はっ。では、こちらへ。」
リゴア大佐はラムイオ元帥を施設の中に案内した。
最初に案内されたのは、ベグゲギュスの飼育施設である。
内部は入り江のようになっており、手すりが設置された岩の向こうには、ベグゲギュスが泳いでいた。
「ここは、偵察に用いるベグゲギュス飼育室で、発着場でもあります。ここには30頭のベグゲギュスがおり、そのうち小型が14頭、
大型が16頭となっております。」
「かなり広い所だな。」
「ここは元々洞窟だったのですが、5年前から改装してベグゲギュスの研究施設に仕立て上げたのです。ここと同様の発着場は、ここの他にも6つあります。」
「これとほぼ同じ大きさの物が6つか。」
「いえ、ほぼ大きさの物は4つで、あとの2つはより大きくなっております。この2つには、この発着場の2倍の数を収容できます。」
「ほほう。こいつは凄い。」
ラムイオ元帥は目を輝かせながらそう言った。
「すると、この洞窟基地には200頭以上のベグゲギュスがいると言う事か。研究用の40頭からよくここまで増やせた物だ。」
「ベグゲギュスは、比較的繁殖性の高い生物です。レンフェラルは1回の繁殖で2頭しか子を産みませんが、ベグゲギュスは4頭も産みます。
それに、幼体から成体に成長する期間も、レンフェラルが2年に対してベグゲギュスはその半分の1年です。このため、僅か1年半でどうにか
ここまで揃える事が出来たのです。」
「そうなのか。しかし、ベグゲギュスはレンフェラルより劣るようだが、魔道式を埋め込む時、苦労はしなかったかね?」
「苦労はしましたが、今思えば大した苦労ではありませんでした。確かに、ベグゲギュスは、レンフェラルと比べて劣ります。ですが、
ベグゲギュスは速度も、生物としてはあまり遅くはありません。知能に関してはレンフェラルにかないませんが、それでも並みの海洋生物よりは
かなり頭が良いですよ。気性が荒いというのが問題ですが、その分攻撃性が高く、敵に対する攻撃ではむしろプラスになると見込まれています。」
「なるほど・・・・ちなみに、この生物兵器はどこから海に出るのだね?」
「この入り江には、海中を少し潜った所に外海に繋がる穴があります。その穴からベグゲギュスは出入りしています。」
「ほう。海と繋がっているのか。食料は何を与えているのだね?」
「魚です。この海域には豊富に魚がおりますので、ベグゲギュスは腹が減ると、この近海に狩に出かけて、腹が満たされればまたここに戻って来ます。」
「問題は起きていないかね?例えば、いきなりベグゲギュスが暴れ出して脱走してしまうとか。」
「そのような事はありません。事前に魔道式を埋め込んでありますから、我々に対しては従順です。兵の中には大人しくて可愛い奴だという者もいますよ。」
「なるほど。頼もしい物だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷くと、入り江内に視線を移した。
小さく切り立った崖の下には、何頭ものベグゲギュスが水中を行ったり来たりしている。
ベグゲギュスは、吊り上がった目に剥き出しになった牙と、突き出た荒削りの背ビレが特徴であり、傍目から見れば目を合わせただけで
敵を殺しそうな雰囲気がある。
しかし、ラムイオ元帥はむしろそのおぞましさが、ベグゲギュスに対する頼もしさに変わっていた。
「報告を読ませてもらったが、6月からアメリカ本土沖で徐々に戦果を出しているようだな。特に敵の空母2隻に攻撃を仕掛け、
1隻を撃沈、1隻を大破させたのは見事であった。」
「昨日も、輸送船1隻を撃沈したと、ベグゲギュスから魔法通信が入っています。戦果は刻々と挙がっています。」
「本当なら、我が海軍の艦艇が出向いて敵を血祭りにしたいところだ。最近からはやっと、新造の戦艦や竜母等が完成し、
艦隊に配備されているのだが・・・・あの海域は敵の内庭だ。我々がのこのこ出かけて言っても撃退されるだけだ。
思うように作戦行動が出来ない所に、ベグゲギュスの活躍は本当に励みになる。」
ラムイオ元帥は施設を見渡しながら誇らしげに言う。
「300人の魔道士をここに投入しただけはあったな。本国での魔法研究も、最近は満足の行く実験結果を出し続けている。」
「もしや、例の兵器ですね?」
「そうだ。」
リゴア大佐の質問に、ラムイオ元帥は毒気のある笑みを浮かべた。
「エンテックの鳥人間共は実に良い実験材料だった。飛行型キメラが完成すれば、あのアメリカ軍機にも互角渡り合えるし、敵艦隊の攻撃にも使える。」
「しかし、例の実験ではかなりのハーピィ族が犠牲になっているようですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ。鳥人間の400人ちょっとが死んだだけだ。予備はいくらでもおるんだから、実験はまだまだ続けられる。」
「そうですな。レーフェイルは着実に変わりつつありますな。」
「その通り。反乱者の掃除も大分片付いてきているから、アメリカさえ倒れれば後は心配しないで良いな。とは言っても、
シホールアンルの言う通りアメリカは相当手強いから、完全に屈服させる事は出来ないかもしれない。だが、戦備を蓄えているのはアメリカだけではない。」
ラムイオ元帥はニヤリと笑いながら、リゴル大佐の肩を叩いた。
「このマオンドも、ベグゲギュスのような生物兵器を開発したり、他に新しい戦力を配備している。やりようによっては
あの忌々しいアメリカにきつい一撃を加えられるだろう。」
ラムイオ元帥は自信に満ちた口調でリゴル大佐に言った。
「おっと、話がずれてしまったな。それはともかく。この施設をもっと案内してくれんかね?」
「喜んでご案内いたします。それでは、こちらにどうぞ。」
リゴル大佐は、先と変わらぬ微笑を浮かべたまま、ラムイオ元帥に施設の案内を続けた。
1943年(1483年)7月18日 午前7時 バージニア州ノーフォーク
「ワスプ出港します!」
艦橋内に、見張りの声が響いてきた。
正規空母ゲティスバーグ艦長のクリフトン・スプレイグ大佐は、左舷方向をゆっくりと前進していくワスプに目を向ける。
エセックス級空母の最新鋭艦であるゲティスバーグと比べると、どことなく小振りな空母だ。
だが、ワスプは開戦以来、最初の修理期間を除いては常に第一線で活躍して来た歴戦の空母である。
それに比べると、ゲティスバーグはまだ実戦を経験していない新兵と同じだ。
「先輩が出港していくな。よし、こっちも出るぞ。前進微速!」
「前進微速!アイ・サー!」
スプレイグ艦長の命令が復唱された後、ゲティスバーグの機関が一層大きな唸り上げる。
やがて、27000トンの巨体がゆっくりと動き始めた。
港に出るまではのろのろと這い進んでいたゲティスバーグだが、港外に出た後は16ノットのスピードで僚艦を追った。
「しかし艦長。シーサーペントもどきの化け物に、護衛空母ならともかく、このピカピカのゲティバーグやワスプまで出すとは、ちと尋常じゃ無いですな。」
スプレイグ艦長の横に立っていた副長が言ってきた。
「確かに東海岸沖が、マイリーのふざけた行動によって容易ならぬ事態に陥った事は承知しております。しかし、対潜作戦は護衛空母や
駆逐艦だけでも充分対応できるはずです。それなのに、本艦やワスプ、イラストリアス等も引っ張り出すのは、どうも・・・」
副長はごつい顔に皺を寄せて唸った。
「まあ、君の言う事も分かるな。だがな、上層部はあの化け物共を追い出すのに本気らしい。なにせ、目と鼻の先で民間の船や海軍の艦船が
沈められているんだ。それに、東海岸の住民も不安に思っているようだ。それを払拭するには、徹底した対応が必要というわけだ。だがな」
スプレイグ艦長はやや声を潜ませる。
「護衛空母部隊の他に、正規空母群も出るのには他に訳がある。マイリー共も、最近は竜母を3隻ほど艦隊に編入している。この事は聞いているな?」
「ええ。」
「その竜母部隊が、化け物退治に当たっている哨戒部隊に不意打ちを仕掛けないとも限らない。シホットに竜母の扱いの上手い提督がいるのは知っているだろう?」
「知ってます。自分は彼女のファンですよ。」
「敵の提督のファンになるなよ。まあ、それはともかく。マイリー共もなかなか侮れん海軍力を持っている。その中にシホットガールのような頭の切れる奴が
いてもおかしくない。そいつに率いられた竜母部隊に対抗するため、TF23とTF26も加わる事になったんだ。」
「と言う事は。機動部隊同士の戦闘もあり得ると言う事ですな?」
副長は僅かながらも目を輝かせた。
「さあ、そこまでは知らんね。出てくる事は、正直言って無いかもな。だが、この世界の奴らは常識が通用せん。上層部は、
敵の常識破りの行動に備えて俺達も出したんだ。」
「となると、我々は保険と言う事ですか。」
「そう言う事。とは言っても、俺達も哨戒部隊として参加するんだ。いくら地味な任務とはいえ、気は抜けんぞ。副長。」
「その通りですな。まあ、新米のゲティスバーグには、腕慣らしにちょうど良い任務ですよ。」
そう言うと、副長は微笑を浮かべた。
ゲティスバーグの所属するTG23.1は隊列を組んだ後、ノースカロライナ沖80マイル地点に向かった。
この日から、ニューヨーク及びノーフォークから出港した各哨戒部隊は、東海岸沖の割当区域に進出して行った。
大西洋艦隊編成表 東海岸掃討作戦時 (潜水艦部隊は省略)
第22任務部隊(船団護衛部隊) 司令官グレン・ドレーメル中将
第22.1任務群(司令官ルイス・チャンドラー少将)
戦艦ニューメキシコ アイダホ
巡洋艦トレント マーブルヘッド
駆逐艦16隻
第22.2任務群(司令官ニック・リンクハルト少将)
戦艦ミシシッピー
巡洋艦ラーレイ
駆逐艦18隻
第22.3任務群(司令官レニー・ブラウン少将)
戦艦テキサス ニューヨーク
巡洋艦ローリー
駆逐艦18隻
第23任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官レイ・ノイス少将
第23.1任務群(レイ・ノイス少将直率)
正規空母ワスプ ゲティスバーグ (F6F84機 SBD36機 TBF66機)
重巡洋艦ウィチタ 軽巡洋艦セント・ルイス
駆逐艦16隻
第23.2任務群(トルク・ランバート少将)
護衛空母ブロック・アイランド ナッソー (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第23.3任務群(パイル・ゼメリカ少将)
護衛空母クロアタン ブレトン (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第26任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官ジェイムス・サマービル中将
第26.1任務群(船団護衛群)(サマービル中将直率)
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ 巡洋戦艦レナウン
重巡洋艦カンバーランド ドーセットシャー
護衛駆逐艦16隻
第26.2任務群(海洋生物捜索郡)(ヘンリー・ハーウッド少将)
正規空母イラストリアス 軽空母ハーミズ (F6F48機 SBD12機 TBF42機)
軽巡洋艦ケニア ナイジェリア
駆逐艦16隻
第26.3任務群(海洋生物捜索郡)(ロル・レイノルズ少将)
護衛空母キルアン・ベイ キトカン・ベイ (F4F24機 TBF40機)
護衛駆逐艦18隻