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054 第46話 リルネ岬沖の決闘(前編)

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第46話 リルネ岬沖の決闘(前編)

1482年 10月24日 午前5時 リルネ岬沖南南西150マイル地点

上空の闇は、水平線から染まりつつあるオレンジ色の陽光によって、徐々に払拭されようとしていた。
未だに暗い空模様には雲が少なく、夜が明ければ、見事な晴れ模様が上空に現れるだろう。
その薄暗い中を、第16任務部隊は24ノットのスピードで航行していた。
司令官のウィリアム・ハルゼー中将は、艦橋の張り出し通路に出て、索敵隊の発艦準備を見守っていた。

「第1索敵隊は5時20分までには発艦準備を終えます。本艦からはドーントレス6機が索敵に出ます。」

傍らにいた参謀長のブローニング大佐がハルゼーに言って来た。

「TF16だけで12機、TF15、17も含めれば計28機か。」

ハルゼーはぶすりとした表情で返事する。

「第2索敵隊も含めれば、48機が出撃します。この策敵機で濃密な索敵網を形成出来ますから、
敵機動部隊は間違いなく見つかるでしょう。」
「そうだな。敵も母艦5隻を投入してくるようだから、索敵役のワイバーンをわんさか飛ばすかも知れんな。
こっちが見つかる可能性も高いな。だが、」

ハルゼーの口元が歪む。

「正面切っての殴り合いとなるなら面白い。こっちの母艦が全て沈む前に、敵の竜母を綺麗さっぱり消し去って
やろうじゃないか。ワイバーンが来たとしても、直衛機と艦隊の対空砲火で盛大に歓迎してやろう。」
「そうですな。開戦以来、我が機動部隊のパイロットもそうですが、対空砲火も強化されています。
これなら、敵のワイバーンに大損害を与えられそうです。」

「うむ。シホットのワイバーン如きに俺の空母は沈めさせんぞ。」

と、ハルゼーは獰猛な笑みを浮かべながらブローニングに言った。
その会話を聞きながら、ラウスは周りの僚艦を、ぼーっとした表情で見渡す。
エンタープライズの左舷前方には、高い艦橋が特徴である重巡のペンサコラがいる。
艦首右舷前方には戦艦のノースカロライナが同じスピードで航行し、左舷真横には軽巡のブルックリン、
左舷後方にはフェニックスがいる。
空母を守る艦は、この4艦の他に、右舷側にノーザンプトン、ヴィンセンス、アトランタがホーネットの右舷前方、
真横、後方に位置し、来るべきワイバーンの襲撃に備えている。
艦隊全体が、決戦前の緊張した空気に包まれている。
外見はただ呆けているように見えるラウスも、内心ではこれから始まるであろう大規模な海戦に胸を躍らせぬはずが無かった。
(アメリカを召還して早1年か。時の流れは早いものだなぁ)
ラウスはふと、これまでの出来事を思い出していた。
この大規模な召喚作戦を打ち明けられた時、彼はどこの御伽噺の話だと思った。
命令のまま術式を作り、そして皆と協力して呼び出した国。
それが、このエンタープライズを作ったアメリカ合衆国だ。
その国は、自分達から見たらどれもこれも常識外れの物しか持っていなかった。
アメリカがこの世界に呼び出されて早1年。
数々の激戦を潜り抜けたアメリカは、今、この戦争の行方を左右するであろう、決戦に挑もうとしている。

「考え事かね?」

唐突に、野太い声が聞こえて来た。声がした方向に振り向くと、見慣れた顔が彼を見ていた。

「いつも眠たそうな君が、今日は珍しく真剣だな。」
「ハルゼー提督、自分はいつも真剣っすよ。」
「そうか!俺はてっきり寝る方を真剣にしているかと思っていたが。」
「あっ、ちょっと。今のは聞き捨てなりませんな。」

顔を膨らまして怒るラウスに、ハルゼーはがっはっはと高笑いして宥めた。

「なあに。ジョークだよ、ジョーク。君が伝達役として頑張っているのは分かってる。おまけに必要な
敵の情報は教えてくれるし、俺の家庭教師までこなすのだから、君は充分に優秀だと思うぞ。」
「は、はあ。どうもっす。」

思わず、ラウスは照れ笑いを浮かべる。

「しかし。今度の戦いはこっちの飛行機の数が多いから有利に戦いを進められるとは思うのだが、あいつらも
空母5隻という極上の得物に全力で向かってくるだろう。」
「それだけではありません。奴らは後方に数百隻以上の護送船団を伴っています。第19任務部隊の潜水艦ガトーからの
報告によりますと、敵護送船団は本日午前1時頃には、ノーベンエル岬沖北北西400マイルの地点を時速12ノットで
航行しているとあります。既に別の潜水艦2隻が攻撃すると無電を打っておりますが、潜水艦トリガーが午前4時の
定時連絡に報告を送っていません。」
「消息不明・・・・か。無事を祈りたい物だが。」

ハルゼーは声を曇らせながら、トリガーの安否を気遣う。

「いずれにせよ、敵の大船団を叩く前に、敵機動部隊を捕捉せねばならんな。」

その時、飛行長がマレー大佐に報告して来た。

「艦長、偵察隊の発艦準備終わりました!」

艦長は呟くと、時計を見た。時間は5時20分を回っていた。

「艦首を風上に立てる。取り舵一杯!」

マレー大佐の号令の下、エンタープライズが40秒ほど間を置いて、左に回頭した。
ホーネットや他の寮艦もエンタープライズに合わせて一斉に回頭する。
やがて、エンタープライズの飛行甲板から、最初のドーントレスが飛び立って行った。

10月24日 午前8時30分 リルネ岬沖北西200マイル地点

リリスティ・モルクンレル中将率いる第24竜母機動艦隊は、午前6時に14騎のワイバーンを索敵に
出し、その30分後には12騎のワイバーンを出した。
それから3時間近く経った。
リリスティは、旗艦クァーラルドの艦橋で、長官席に座って報告を待っている。
彼女はいつも冷静か、明るい表情で皆と話すのだが、この日は特別に苛立っていた。

「・・・・・遅い・・・・・遅い・・・・・」

しーんと静まり返る艦橋上に、リリスティのうめくような声が響く。
彼女としては小さい声で言っているつもりなのだが、その声は周りからハッキリ聞き取れるほど大きく、明瞭だった。
彼女は、苛立っている時には努めて、小さい声で文句を言うのだが、実際に出る声はこのように、
明瞭なために度々喧嘩の原因となる。
今ではそれも無くなっている筈なのだが、今日の苛立ちはいつも以上のようだ。

「航空参謀!」

彼女の凛とした声が幕僚達の肩を震わせた。

「はっ!」
「第1索敵隊は今どこの海域にいるの?」
「この時間ですと、あと30分ほどで反転地点に到達するでしょう。第2索敵隊はあと1時間ほどで
反転地点に到達予定です。」
「そう。」

彼女はため息混じりにそう呟いた。

「分かったわ。ありがとう。」

リリスティは航空参謀を下がらせる。
本当であれば、この時間には既に敵を見つけて、攻撃隊を発艦させている筈なのだ。
第1索敵隊は西から南西海域。第2索敵隊は南西海域から南東海域を捜索している。
索敵線は事前に計画された物で、見落としが無いように決められている。
だが、アメリカ機動部隊はまだ見つからない。

「早く見つからないかな。」

リリスティは焦りの混じった声音で呟いた。
彼女としては、早く敵を見つけて勝負を決めたいと思っている。
前回はこちらが先手を打ったとは言え、正規空母2隻を大破させたのみで、上層部に戦果充分と判断され、
撤退命令が出た。そのため、あの時は不完全試合だった。
だが、今度は正面きっての殴り合いである。
あの時味わった屈辱的な思いを、アメリカ空母を叩き沈めてうさを晴らし、敵にも、そして味方にも
シホールアンル竜母部隊の戦いと言うものを思い知らせてやる。
彼女はこの戦いに臨む前からずっと、そう思っていた。


だが、索敵隊の情報が入る前に、艦隊の上空で恐れていた事態が起こった。

「第2部隊の上空にアメリカ軍機!触接されました!」

魔道将校からもたらされた報告に、リリスティの顔は悔しげに歪んだ。

「早く落としなさい!敵機動部隊に報告されるわ!」

彼女はすぐにそう命じた。
しかし、アメリカ軍機はワイバーンの攻撃をなんとかかわしながら、雲に隠れた後、どこぞに逃げて行った。

「なんて事・・・・・・敵に先手を取られる前に、第2索敵隊が敵を見つければ・・・・」

彼女は悔しげな口調でそう祈ると同時に、前回の海戦でも行った艦隊の進路変針を行った。
一旦、西南に向かった艦隊だが、その30分後の午前9時30分
第1部隊の輪形陣上空に、1機の米軍機が現れた。

「アメリカ軍機接近!我が第1部隊の左上方です!」

その報告を聞いて、彼女は望遠鏡で、遠くのアメリカ軍機を見た時、彼女は愕然となった。

「チッ・・・・アメリカ軍もやるものね。」

彼女は憎らしげにそう呟いた。1度ならず、2度までも艦隊が発見されたとなると、後は防戦しかない。
しかし、運はまだリリスティ達を見放していなかった。

「司令官!」

突如、魔道将校が顔に笑みを浮かべながら紙を持って来た。

「第2索敵隊から報告です。我、敵機動部隊を発見せり。位置は艦隊の南南東200ゼルド。敵勢力は
空母2、戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦多数。他にも、敵はこの艦隊の西側の海域に同規模の機動部隊を伴う。
敵は北に向かいつつあり。」

参謀長がリリスティの顔を見つめた。

「司令官、アメリカ機動部隊です!」

彼女の決断は早かった。

「全攻撃隊出撃。アメリカ機動部隊を殲滅する!それから、」

彼女は魔道将校に振り向いた。

「第22竜母機動艦隊に連絡。敵見ゆ、直ちに攻撃隊を送られたし、以上。」

魔道将校は内容を紙に書き写すと、すぐに艦橋を飛び出していった。
この時、2騎のワイバーンに攻撃されたアメリカ軍機は、必死に逃げ惑っていたが、努力叶わず撃墜されてしまった。
リリスティはその一部始終を見た後、飛行甲板が見渡せる位置に移動した。
飛行甲板には、既に戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン18騎が並べられている。
今回、第24竜母起動艦隊には、第1部隊のクァーラルド、モルクドがそれぞれ戦闘ワイバーン34騎、攻撃ワイバーン32騎。
小型竜母ライル・エグが戦闘ワイバーン23騎、攻撃ワイバーン14騎。
第2部隊のギルガメル、イリアレンズはそれぞれ戦闘ワイバーン32騎、攻撃ワイバーン32騎を積んでいる。
そのうち、攻撃隊に参加するのは、第1部隊が戦闘ワイバーン40騎、攻撃ワイバーン52騎。
第2部隊が戦闘ワイバーン32騎、攻撃ワイバーン46騎。
計170騎ものワイバーンがアメリカ機動部隊へと向かう。
残る戦闘ワイバーンは83騎であり、これで襲撃してくるであろうアメリカ軍攻撃隊を迎え撃つ。
甲板士官が両手に持った旗を勢いよく振り下ろすと、竜騎士の乗ったワイバーンが飛行甲板を少しばかり滑走してから飛び立つ。
滑走距離は、メートルに直せばわずか30メートル程度。
そのたった30メートルで、風を掴んだワイバーンは、左右の翼を悠然と羽ばたかせて大空に舞い上がる。
残りのワイバーンも次々と発艦していく。流石は歴戦の猛者揃いだけあって、無様に発艦を失敗するワイバーンは1羽も居ない。
米攻撃隊の発艦に比べれば、神業ともいえる短い時間で発艦した攻撃隊は、170騎の大編隊を組んで艦隊上空をフライパスする。
飛空挺のようなエンジンの爆音は無いものの、100騎以上のワイバーン群が悠然と空を飛ぶ様は、誰しもが胸を躍らせる。
やがて、艦隊将兵の声援に送られながら、攻撃隊は南東の方角に消えていった。

「さあ、思う存分暴れてきな。あたし達の力を、アメリカ人達に見せ付けるんだ。」

リリスティは火が灯ったような双眸で、ずっと南東の方角を見つめていた。

10月24日 午前9時35分 リルネ岬沖南南西130マイル地点

「頑張れよー!シホット共のケツを蹴り飛ばして来い!!」

ハルゼー中将は、発艦して行くアベンジャーにガッツポーズをしながら見送る。
右舷側を航行する空母ホーネットも艦載機を発艦させており、上空には発艦済みのドーントレス、
ワイルドキャットが編隊を組みつつある。
飛行甲板の両側には、手空き要員が口笛を吹き、別の者は指でピースサインを作って発艦していくアベンジャーを見送った。
シホールアンル機動部隊が発見されたのは、午前8時20分を回ってからであった。
ホーネットから発艦したドーントレスが機動部隊より北北西320マイルの海域でシホールアンル機動部隊を発見した。
最初、ブローニング大佐は攻撃隊を出すのはもう少し距離が縮まってからにしてはどうかと提案したが、

「敵も遅かれ早かれ、こっちを見つける。モタモタしているとこっちが先に噛みつかれるぞ!」

と言って、攻撃隊を発艦させる事にした。
そして、艦載機を3分の2ほど送り出した時、シホールアンル側のワイバーンがTF16まで8マイルの距離に接近していた。
10分後に撃墜したが、これでアメリカ側も敵に発見された事になった。
発艦開始から30分が経ち、米攻撃隊は敵機動部隊に向かって行った。

「さて、これから忙しくなるぞ。あと1時間かそこらでシホット共がやって来る。
そいつらを迎撃して、こっちの空母を守らにゃならんぞ。」
「以前より、対空砲火は強化されたとは言え、同じ状態で挑んだ前回の海戦では、レキシントン、ヨークタウン共に
被弾していますからなあ。敵に殴りこまれたら、いささかしんどいですぞ。」

ブローニング大佐が不安そうな表情で言うが、ハルゼー中将はむしろ、活き活きとした表情で返事した。

「なあに、そん時ぁこのTF16に囮にして他を救うさ。来年からはエセックス級やインディペンデンス級軽空母が
艦隊にどしどし入って来る。敵を全て叩きのめす代償に、エンタープライズとホーネットが沈んでも、充分にお釣りが来る。
要は、シホット共に、自分達は一生、俺達相手では満足行く戦いが出来ないと、思い知らせてやればいい。」

そう言って、ハルゼーはニヤリと笑った。彼の双眸は、今まで以上に熱く燃え滾っていた。

「まっ、TF16が壊滅する時は、敵が全滅する時だがね。」


午前10時20分 リルネ岬沖北西50マイル沖

アメリカ機動部隊から発艦した攻撃隊は、母艦ごとの梯団を組みながら、時速220マイルの巡航速度で、敵に向かっていた。
機動部隊から敵艦隊までは距離にして約320マイル。今、行きの行程を半分消化したところだ。
攻撃隊は、TF16からF4F48機、SBD40機 TBF32機。
TF17からF4F36機 SBD36機 TBF28機。
TF15からF4F12機 SBD14機 TBF14機。
そのうち、TF16、17からF4F2機とSBD1機、TBF3機がエンジン不調のため引き返した。
結果、計254機の大編隊が、待ち構えているであろうシホールアンル機動部隊に向かいつつある。
その道中、

「ん?」

攻撃隊指揮官であるウェイド・マクラスキー少佐は、前方にある何かを見た。
最初は気にならなかったが、やがて、それはある物体の形となった。
遠くで固まっている無数の粒。その粒は、大きくなるにつれて両側を上下させている事が分かった。
空を埋め尽くさんばかりのワイバーンの大編隊であった。

「「隊長!右前方に敵ワイバーンです!」」

部下の切迫した声が無線機に流れた。

「「すげえ数だ。100、いや、200はいるかもしれんぞ。」」
「「奴らも、俺達の母艦を叩き潰そうとしてるんだ。」」
「「帰ったらビッグEがなくなってるって事は、死んでも想像したくねえぜ。」」

マクラスキー少佐は部下達のどよめきを気にもせずに、全機に指示を下した。

「全機に告ぐ。下手に敵に手を出そうとするな。奴さんがこちらに向かって来ねえ時はこっちも静かに通り過ぎよう。
ただし、敵が向かって来た時は応戦していい。いいか、絶対にこっちから手を出すな。」

彼は攻撃隊の全機に対して、念を押すと、無線機を置いた。
そのまま張り詰めた空気が流れていく。
互いの編隊は、一触即発の空気を孕んだまま、互いの目標へと向かいつつある。

アメリカ軍機の大編隊が何事も無く去っていった時、攻撃隊指揮官であるベンク・ルクーロ中佐はほっと胸を撫で下ろした。

「隊長、今のアメリカ軍の編隊、すごい数でしたね。」

部下の竜騎士が、魔法通信で彼に聞いてきた。

「ああ。こっちと同じか、それ以上はあるんじゃないかな。奴らも本気なのだろう。」

部下の女性竜騎士がしばらく黙り込む。この竜騎士も、彼と同様に長い間、前線で戦ってきた猛者だ。
性格は明るいが、腕は確かであり、ジェリンファ沖海戦では小型空母に、バゼット海海戦ではレキシントン級空母に
爆弾を浴びせている。
その腕っ節と破天荒振りからして、第2のリリスティと噂されるが、その女性竜騎士も、今回のような決戦では緊張するのだろう。

「行きの行程の半分は終わった。さて、後の半分が終わったら俺達の出番だ。今のうちに気晴らしに好きな事でも考えてろ。」
「「了解!」」

魔法通信越しに、部下達の気合の入った声が聞こえた。
(大丈夫だ。士気は高いぞ。)
ルクーロ少佐は、彼らの士気の高さに満足した。
(首を洗って待ってろよ。アメリカ軍)

10月24日 午前11時10分 リルネ岬沖南南西110マイル沖

空母エンタープライズのレーダーに、北北西から迫る大編隊を捉えた。

「敵大編隊接近!敵編隊はおよそ150~200!方位は335度。距離は約70マイル。時速250マイルで接近中!」
「迎撃戦闘機を飛ばせ!敵を出来るだけ食い止めるんだ!」

号令一下、直ちに発進可能なF4Fが各母艦から上げられる。
最終的に、発艦したF4Fは90機に及び、敵編隊に向かって進んでいった。
F4F群は、高度5000メートルから敵に突っ込んで行った。
敵の戦闘ワイバーンが、待ってましたとばかりにF4Fと対峙し、互いに機銃弾や光弾を浴びせる。
たちまち、彼我入り乱れる大乱戦となった。
戦闘ワイバーンが、猟奇殺人者に襲われたかのように全身から血を噴出して墜落する。
翼を叩き折られたF4Fが、悲鳴のような音を上げながら、錐揉み状態で海面に突っ込む。
犠牲は攻撃ワイバーンにも及ぶが、攻撃ワイバーンはF4Fの妨害に屈す事無く機動部隊へと向かっていく。
そして、シホールアンル側の攻撃隊は、米機動部隊を発見した。
狙われたのは、TF16であった。

「敵ワイバーン群多数、戦闘機の防御ラインを突破!」

CICからレーダー員の声が艦橋のスピーカーに響いた。
ハルゼーは、艦隊の左舷方向から近付いて来る敵編隊を双眼鏡で眺める。
「ううむ。100機近いF4Fを投入しても、敵にある程度の護衛が付いていれば完全阻止は難しいな。
しかし、向かって来るシホット共の多い事。」

ハルゼーは双眼鏡下ろすと、苦い表情でそう呟いた。
TF16に向かいつつあるワイバーンは、見た限りで60騎以上はいる。
対空砲火で半数を叩き落しても、15、6機のワイバーンがエンタープライズとホーネットに向かって来る。
唐突に敵のワイバーン編隊が別れた。
半数ずつに別れたワイバーン編隊のうちの1つが、猛速で輪形陣の右側に移動していく。
ラウスは、貸し与えられた双眼鏡で、その機敏な動きを見ていた。

「あいつら、手練ですね。動きが速い。」
「そうだろうな。」

ラウスの言葉にブローニング大佐が反応した。

「空母でもそうだが、洋上の母艦から飛び立ち、目的地に到達するまでには難しい航法やある程度の操縦技術
が必要になる。特に難しいのは着艦だろう。あれが満足に出来るようになれば、後の事はすんなり行く。」
「つまり、母艦に乗る奴はどいつもこいつも手練、ということですね。」
「そうだ。ラウス君。」

ハルゼーが振り返って、ラウスに言った。

「だから、俺は普段の訓練の時にボーイズを厳しく鍛えてるんだ。このような時に生き残れるように。」

やがて、左右に展開したワイバーン隊が輪形陣に突入し始めた。

「左舷側よりワイバーン群30、突入開始しました!」
「右舷側からワイバーン40以上、接近します!」

敵ワイバーン群の狙いは、エンタープライズとホーネットであった。
敵の先頭が駆逐艦の至近に達する前に、高角砲が射撃を開始した。
それまで、澄んだような青に染まった空に、高角砲弾が炸裂し始めた。ワイバーン群の周囲に多数の黒い花が咲き始める。
敵ワイバーン群は、400キロ以上のスピードで高度3000付近から迫って来る。全騎が急降下爆撃を行うようだ。
巡洋艦、戦艦も5インチ両用砲を撃ち始め、敵編隊の周囲に一層多くの高角砲弾が注がれる。
早くもワイバーンが1騎、2騎と落ち始めた。
輪形陣の左右に、濃密な弾幕が張られ、ワイバーンは次々と叩き落されているが、高射砲弾の炸裂は、前へ前へと移動している。
各艦とも、5インチ両用砲を激しく撃ちまくる。
特に、ホーネットの右舷後方を守る軽巡アトランタは、向けられる5インチ砲14門をガンガン撃ちまくり、
ホーネットを狙おうとしているワイバーン群を次々と撃ち落していた。

「弾幕の密度は・・・・・悪くないが。」

ハルゼーは対空戦闘を見守りながら口を開いた。

「シホット共は進んで来る。高角砲弾がただ炸裂するのみじゃ、敵の戦力を思ったように減殺できんな。」
「砲弾は時限式ですからな。噂のVT信管が実用化されれば、少しは改善されるでしょうが。」

ブローニング大佐がそう言った時、左舷側上空で一際大きな爆発があった。
この時、高角砲弾が1騎のワイバーンのすぐ下で炸裂した。
その破片はワイバーンや竜騎士を引き裂いたが、爆弾にも命中してこれを誘爆させた。
戦友の壮絶な散華に、しかし、他のワイバーンは決して諦めていない。
いくら叩かれようが、引き裂かれようが、ワイバーン群は米空母に近寄ってくる。
そして、ついにワイバーンは米空母に襲い掛かった。
最初に襲われた空母はホーネットであった。

「敵ワイバーン、ホーネットに急降下!」

見張りの声が聞こえた時、ハルゼーらはハッとなってホーネットを見た。
エンタープライズと同じ姿の妹の上に、幾つもの小さい影。
シホールアンル軍のワイバーンが1騎ずつ、釣瓶落としのように急降下を開始した。
ホーネットに迫ったワイバーンは30騎余り。それらに対して、寮艦や、ホーネット自身も対空砲火を撃ちまくる。
多量の高角砲弾が炸裂し、火のシャワーが吹き上げられている中を、ワイバーン群はドーントレス顔負けの
急角度で突っ込んで行く。
唐突に3番機が左の翼を機銃弾に吹き飛ばされた。
3番騎は断面から何かの液体を撒き散らしながら、バランスを崩して落ちていく。
続いて5番騎、7番騎が相次いで撃墜される。
ワイバーン群は1騎、また1騎と、櫛の歯が欠けるかのように次々と撃墜される。
対空軽巡のアトランタのみならず、重巡のノーザンプトンやヴィンセンス、ノースカロライナ、姉のエンタープライズまでもが、
向けられるだけの砲や機銃をワイバーン群に向けて狂ったように撃ちまくった。

しかし、ワイバーン群も味方がいくらやられようと知った事ではないとばかりに、急降下を続ける。
1番騎が高度600メートルで腹から爆弾を放出した。それと同時に、ホーネットの艦首が右に振られる。
ホーネットの左舷側中央部の海面に高々と水柱が立ち上がった。
続いて2番騎の爆弾も空しく水柱を吹き上げたに留まる。
ホーネットの艦長は、パイロット出身のマーク・ミッチャー大佐だが、最初に指揮する回避運動にしては悪くない。
このままかわし続けるか。
ホーネットの奮戦を見守る誰もがそう思ったが、その思いは唐突に打ち砕かれた。
ホーネットの飛行甲板中央部に閃光が走った直後、火炎と共に夥しい黒煙と破片が吹き上がった。
この爆弾は、ホーネットの中央部、第2エレベーターに命中して貫通、そのまま格納甲板に達して炸裂した。
炸裂の瞬間、第2エレベーターが僅かばかり浮き上がり、爆弾の入った穴は爆風によって更に押し広げられ、
直径は5メートルにも達した。
彼女はこの戦争始まって以来、初めて敵弾を味わったのである。
ホーネットの受難は、まだ始まったばかりであった。
シホールアンル側のワイバーンは、次々と急降下してはホーネットに爆弾を叩き付けていく。
3発目の爆弾は右舷後部側に至近弾となり、20ミリ機銃3丁が破壊され、機銃員2名が海中に投げ出された。
4発目が飛行甲板前部に命中して格納甲板で炸裂、そこで駐機していたF4F3機が炸裂の影響で木っ端微塵に吹き飛び、
夥しい破片を格納甲板前部にばら撒いた。
5発目の爆弾はホーネットの飛行甲板右舷側に命中し、爆弾が甲板を貫通して海中に突き刺さる寸前に爆発した。
この炸裂は、空中で爆発した榴弾と同様な作用を生み、爆炎と爆風が舷側機銃員を火達磨に変えたり、四肢をちぎり飛ばす。
飛行甲板の端が繋ぎ目からまくれ上がり、無数の破片が薄いハンガーを突き破って格納甲板に踊り込み、そこにいた運の悪い
整備兵6名を殺傷した。
ハルゼーは悪夢を見ているかのようだった。
今しがた、3発目の命中弾を喫したホーネットの飛行甲板に、更に2つの命中弾炸裂の閃光が煌く。
黒煙を噴き出す甲板の前部と後部から新たな黒煙が吹き上がり、より一層濃い煙となって後方になびいていく。

「くそったれ!ホーネットがやられたか!!」

ハルゼーは半ば信じられない気持ちだった。しかし、ホーネットへの被弾は更に続く。

ホーネットや他の護衛艦の放つ対空砲火は、決して飾りではない。
現に、ホーネットに襲い掛かろうとしていたワイバーン群の周囲には無数の高角砲弾が炸裂し、機銃弾が雨あられと注がれている。
それに絡め取られて落ちていくワイバーンは、1騎や2騎といった少数ではない。
しかし、それでも、残りのワイバーンはエンタープライズの妹を容赦なく叩きのめした。
ホーネットを襲おうとした最後のワイバーンが撃墜された時、ホーネットは9発の命中弾を受けていた。

「ホーネット被弾!行き足鈍ります!」

見張りの悲痛な声が艦橋に届いてくる。
ホーネットは、飛行甲板前部から後部にかけて濛々たる黒煙を噴き出し、更には28ノットの速度を維持できないのか、
艦隊から落伍しつつあった。
艦橋は無事なのであろう、ホーネットから発光信号が届けられた。
しかし、その頃には、エンタープライズも敵ワイバーンに狙われていた。

「敵ワイバーン、左舷上方より急降下!」

その報告を聞いたマレー大佐はかっと目を見開いて、すかさず指示を下す。

「取り舵!」

彼は迫り来るワイバーン群を睨みつけながら、操舵室に命じる。
ワイバーンがぐんぐん高度を下げながら、エンタープライズに迫って来る。
ワイバーンは航空機と違って、自分の翼で飛ぶ生き物であるから音があまり無い。
ほぼ無音のまま襲い掛かって来るワイバーンの事を、アメリカ側はサイレントアサシンと呼んで畏怖している。
そのアサシン達が、翼を震わせながらエンタープライズに迫って来る。
マレー大佐はワイバーンをじっと見つめながら、タイミングを計っていた。
そして、ワイバーンの姿が一定の大きさになった時、

「取り舵一杯!」

彼は大音声で命じた。

すると、10秒ほどの間を置いてエンタープライズの艦首が左に振られ始めた。
19800トンの巨艦にしては軽快な巡洋艦並みのしなやかさで、ぐんぐん回頭していく。
その時、ワイバーンの1番騎が爆弾を投下した。
その直後、1番騎に機銃弾が集中され、あっという間に全身を満遍なく撃ち抜かれる。
爆弾がエンタープライズの右舷側100メートルの海面に突き刺さるや、轟音と共に火薬混じりの水柱を吹き上げた。
エンタープライズの急回頭によって照準を外されたワイバーンは、それに後一歩のところで気付かずに爆弾を投下した。
エンタープライズの右舷側海面に2本、3本、4本、5本と、20騎近い数のワイバーンの爆弾が次々と落下しては、
イルミネーションの如く順番良く水柱が吹き上がった。

「よし!いいぞ艦長!手練はやはり違うな!」

マレー大佐の鮮やかな操艦ぶりに、ハルゼーは褒めの言葉を送った。
ハルゼーが豪快に笑う中、唐突にエンタープライズの後部から激しい振動が伝わった。

「いかん、やられたか!?」

マレー大佐はぎょっとなって後部に眼をやった。後部右舷側海面に至近弾の水柱が立ち上がっている。
かなり近いところで爆弾が落下したため、炸裂時の衝撃波が艦隊を叩いたのだ。

「右舷後部第3機銃群、機銃2丁破損、戦死2名!」

被害報告が届けられるが、損害は思ったより少ない。
(まだだ、敵ワイバーンはまだいるぞ!)
彼は気を引き締めてから、再びワイバーン群に目を向ける。
残り10騎余りとなったワイバーン群がエンタープライズに急降下して来る。
そのワイバーンに寮艦と、エンタープライズの対空砲火が迎え撃つ。
5インチ高角砲弾が炸裂し、40ミリ機銃、28ミリ、20ミリ、12.7ミリ機銃弾がワイバーン群に十字砲火を浴びせる。
唐突に1騎のワイバーンが高角砲弾によってバラバラに砕け散る。

別のワイバーンが御者共々、突き上げられた40ミリ弾に撃たれてミンチとなる。

「舵戻せ!面舵一杯!」

マレー大佐が次の指示を下す。
操舵員がマレー大佐の指示を復唱しながら、舵を回す。
先ほどは、少しだけ舵を切った後に回頭を行ったから利きは良かったのだが、今度はそのまま面舵一杯だ。
先とは違って家事が利き始めるまでに30~40秒の時間を要する。
その間にも、ワイバーンは投下高度に達しつつある。
エンタープライズの舵がやっと利き始め、艦首が回り始めた時、ワイバーンの1番騎が150リギル爆弾を投下した。
爆弾は回頭しつつある艦首の左舷側海面に至近弾となった。
艦首が束の間、下からアッパーカットを浴びせられたかのようにやや突き上げられる。
2、3、4番騎の爆弾もエンタープライズの右舷側に落下して水柱を吹き上げた。
吹き上げられた海水が飛行甲板に叩きつけられ、甲板の右舷側が水浸しとなる。
8発目をかわした所で、誰もが全て避けきれると確信した。その直後、左舷側前部の高角砲座が突然爆発を起こした。
9番騎の投下した爆弾は、左舷側前部にある5インチ高角砲座に命中すると、そこで爆発を起こした。
150リギル爆弾の炸裂は高角砲弾の誘爆を招き、2つあった5インチ砲のうち1つが根本から叩き折られ、
もう1本がアメ細工のようにぐにゃりと捻じ曲げられた。
その砲座で高角砲弾を打ちまくっていた兵は全員が戦死してしまった。

「左舷第1砲座に命中!砲員は全員戦死の模様!」

マレー大佐がその報告に顔を歪めようとした瞬間、ドガァーン!という爆発音が鳴り響き、エンタープライズの艦体が
激しく揺さぶられた。
続いて甲板右舷側前部に爆弾が命中した。命中して1秒後に爆炎と夥しい破片が宙に吹き上げられた。
炎は黒煙に変わり、艦橋の視界が徐々に悪くなり始めた。

「結局、ホーネットもエンタープライズもやられちまったと言う訳か・・・・!」

ハルゼーは、予想していた事とは言え、TF16の2隻の空母が被弾炎上させられた事に無性に腹が立ってきた。

「おのれ!シホット共め!俺の空母を傷付けやがったな!だが今に見てろ。俺が向かわせた攻撃隊が、
貴様らの竜母を1隻残らず叩き潰しているだろう!俺の味わった屈辱をたっぷり味わうがいい!」

彼は周りの視線も気にせず、飛び去っていくワイバーンに向かって喚き散らした。

「司令官!TF17より緊急信です!」

突如、通信参謀が艦橋に入って来た。
ハルゼーは不機嫌そうな表情を浮かべたまま通信参謀の持って来た紙をひったくった。

「・・・・・・なんて事だ・・・・シホット共・・!」


午前11時30分 第17任務部隊

ハルゼー部隊が攻撃を受けている頃、フレッチャー中将率いる第17任務部隊はそのハルゼー部隊の西側
10マイルほどの距離を航行していたが、空母ヨークタウンの艦橋で、艦長のバックマスター大佐は青ざめた。
「なぜ敵編隊が南西側から現れた!?」

ヨークタウン艦長バックマスター大佐は、CICからの報告が信じられなかった。

「本当に敵なのだな!?」
「そうです。南西の方角、60マイルの距離に80ないし100騎の敵編隊がこちらに向かいつつあります。
この方角には、味方空母部隊はいません。TF15の位置は我が部隊より南東側です。」

「そうか。分かった。」

バックマスター大佐は受話器を置いた。
彼の青ざめた表情を見て、フレッチャーは敵が来ているなと確信した。

「艦長、敵編隊だな?」
「そうです。レーダーが南西側より接近しつつある未確認編隊を捉えました。明らかに敵の竜母から発艦したワイバーンでしょう。」
「司令官、どうやら敵は奇策を用いたようですな。」

参謀長のグリン・ガース大佐が複雑な表情を浮かべながらフレッチャーに言って来た。

「敵はこちら側が、竜母2隻が大破して、しばらく作戦に参加できぬと前の海戦時に思わせたのでしょう。
攻撃隊の戦果報告は小型竜母1隻撃沈、竜母2隻とありましたが、実際はそれほど深い傷を負っていなかった。
一度は損傷した竜母を本国に戻しましたが、敵側はこちらが竜母2隻に深い傷を負っていると思い込ませ、
我が機動部隊の目の前に“残存部隊”を出現させて、堂々たる決戦を挑んで来た。」
「だが、裏を返せば別の敵艦隊が我が部隊の後方に回り込んで、タイミングを見計らって攻撃隊を出した、か。」

フレッチャーは深くため息をついた。

「迎撃隊は今どうなっている?」
「艦隊の北20マイル付近で敵のワイバーンと交戦中です。」
「そうか、分かった。」

フレッチャーは頭が痛くなるのを抑えて、TF17の全艦に対空戦闘用意を命じた。


それからあまり間を置かずに、敵のワイバーン隊は姿を現した。
迎撃隊のうち、10機ほどがこのワイバーン隊と渡り合ったが、阻止はおろか、攻撃ワイバーンにすら近付けなかった。

ワイバーン隊は、戦闘ワイバーンと分離した後、攻撃ワイバーンが高度3000メートル付近と、高度1000メートル付近に
分かれ、4つほどの梯団を組みながらTF17に向かって来た。
最初の梯団、高度3000メートルからのワイバーンが輪形陣に近づいた時、対空砲火が放たれた。
空母レンジャーの艦橋前に配置されている28ミリ4連装機銃2基のうち、2番機銃座の射手を務めるレニング・エルバート兵曹は、
高角砲弾を浴びながらも輪形陣に迫りつつあるワイバーン群を緊張の面持ちで見つめていた。

「畜生・・・・来たぜ。シホット共が来やがったぜ!」

後ろで機銃弾の装填手を務めるイルバ・ラングス1等水兵が震える声でそう言った。

「おい坊主。強がるのはいいが、お前緊張しているぞ。今のうちに深呼吸をしておけ。」
「えっ?あ、はい!」

ラングス1等水兵は彼が言った通り、3度ほど深呼吸して気を落ち着けようとする。
完全にではないが、少し緊張が収まった。

「先輩は怖くないんですか?さっきから妙に落ち着いていますが。」
「ラングス。俺がそう見えるのか。まあ、ハッキリ言うと怖いな。だが、それも戦闘が始まる前だけだ。
戦闘になれば自分の仕事に専念するから、怖いのなんて吹っ飛んじまうよ。」

エルバート兵曹は振り返ると、ラングス1等水兵の肩を叩いた。

「だから、お前もしっかり、他の奴と一緒に弾を装填してくれよ。」

そう言って、彼は再び左舷に振り向いた。
ワイバーンの第1梯団は、数を減らしながらも輪形陣中央へと向かいつつある。
そのワイバーン群に対して、レンジャーが搭載する高角砲や巡洋艦群の対空砲火が間断無く放たれる。
その中でも、レンジャーの左舷真横を航行する対空軽巡のサンファンは他の艦よりも激しく高角砲を撃ちまくる。
5インチ連装両用砲8基のうち、向けられる7基14門の砲撃はまさに火の嵐だ。

その証拠に、ワイバーンが次々と叩き落されている。

「すげえな。火山が噴火しながら移動しているみたいだ。」

エルバート兵曹はサンファンの奮戦に舌を巻いたが、その時、第1梯団の動きに異変が起こった。
突然、先頭のワイバーンが急降下を始めた。それを皮切りに、残存11騎にまで減ったワイバーン群が次々に急降下を始めた。
レンジャーを狙うにしては急降下に移るタイミングが速い。

「あいつら、海に突っ込むつもりですかい!?」

別の水兵が頓狂な声を上げて、ワイバーン群の奇怪な行動に目を見張る。

「・・・・いや、奴らの狙いはレンジャーじゃない。それに、海でもない。」

エルバート兵曹は、先頭のワイバーンがサンファンを狙っている事に気が付いた。

「サンファンだ!あいつらはサンファンを狙っている!!」

ワイバーンの先頭にサンファンの5インチ砲16門に28ミリ機銃、20ミリ機銃が注がれる。
レンジャーではなく、自艦が脅威に晒されたと知ったサンファンの艦長は、全力射撃を命じて小癪なワイバーンを追い払おうとする。
先頭のワイバーンが顔面を機銃弾に吹き飛ばされて射殺される。
2番騎が後ろから高角砲弾炸裂のあおりを受ける。
その直後、無数の破片が竜騎士やワイバーンの背面をズタズタに引き裂いた。

「射撃始め!」

機銃座指揮官から射撃の合図が伝わり、ワイバーン群に向けられていた28ミリ4連装機銃が火を噴いた。
ドドドドドド!というリズミカルな音を立てて、4本の銃身が間断なくスライドする。

エルバート兵曹の機銃座のみならず、他の28ミリ機銃や20ミリ機銃が、サンファンに襲い掛かる敵ワイバーンを撃ちまくる。
サンファンやレンジャー等の寮艦の援護射撃で新たに4騎を撃墜したにもかかわらず、残りはサンファンまで
高度400付近まで突っ込むと、爆弾を投下して来た。
サンファンは左に急回頭して、まず1発目の爆弾をかわした。サンファンの右舷側海面に水柱が吹き上がる。
続いて2発目がサンファンの右舷側後部海面に突き刺さって、これも無為に海水を吹き上げただけに留まる。
3発目、4発目と、次々に爆弾はサンファンを捉えきれずに海水を吹き上げさせる。

「いいぞ!その調子だ!」

思わず、レンジャーやヘレナ、クインシーの甲板上から声援が上がった。
が、サンファンの奮戦もそこまでであった。
いきなり後部第5高角砲から爆発が起こった。5発目の爆弾が第5高角砲座を直撃したのだ。
爆弾炸裂によって連装両用砲は中の砲弾、装薬までもが誘爆を起こし、砲塔自体が木っ端微塵に吹き飛んだ。
その影響で、4番高角砲にも夥しい断片が突き刺さり、4番高角砲も使用不能と言う由々しき事態に陥った。
これだけならば、サンファンは中破の判定を受けたのみに留まったであろう。
しかし、続く6発目の爆弾が、サンファンの運命を大きく変えてしまった。
6発目の爆弾は、第4高角砲のすぐ至近の左舷側甲板に命中した。
命中した爆弾は甲板を叩き割り、艦内に踊り込む。そして、両用砲弾庫にまで達した爆弾はそこでエネルギーを解放した。
次の瞬間、サンファンの4番高角砲の根元から強烈な閃光が発せられた。
サンファンを見ていた誰もが、目を手で覆って強烈な光から目を守る。
遮った視界には何も移らなくなったが、代わりに耳が強烈な爆発音を捉えた。
エルバート兵曹が目元から手を退けた時、サンファンは後部甲板から大火災を起こしていた。
ついさっきまで、階段式に並んでいた3つの連装砲があった部分は、今や大穴が開いており、
そこから紅蓮の炎と、多量の黒煙が吹き出ていた。
そして、サンファンは後部を幾分沈み込ませながら、力尽きたように艦隊から落伍していった。

「あ・・・・ああ・・・・サンファンが・・・・サンファンが!!」

ラングス1等水兵が、サンファンの惨状を見て全身を震わせるが、

「馬鹿野郎!しっかりしねえか!」

エルバート兵曹が彼の胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「今は戦闘中だ!余計な感傷は今はいらん!泣くのは敵が去ってからだ。分かったか!?」

エルバート兵曹の剣幕に、ラングス1等水兵はっとなってから彼の顔をまじまじと見つめ、そして深く頷いた。

「よし、それでいい。」

エルバート兵曹はそう呟きながら、再び座席に座る。
既に、敵の第2梯団が駆逐艦の防御ラインを突破して、輪形陣の中央に向かいつつある。
第2梯団はレンジャーを狙わずに、重巡のクインシーに殺到した。
クインシーもまた、急回頭しながら敵の暖降下爆撃をかわし続けるが、3発の爆弾を受けてしまった。
致命傷を被ったサンファンと違い、クインシーは当たり所が良かったのか、黒煙を吐きながらも定位置に留まって、
早くも接近してきた第3梯団に向けて高角砲と機銃を撃ちまくる。
しかし、クインシーの対空火力は先と比べると、格段に少なくなっていた。
第3梯団の残存12騎は、薄くなった弾幕を突っ切ると、その矛先をレンジャーに向けて来た。

「敵ワイバーン、左舷上方より急降下!高度2500!」

機銃座指揮官の声が聞こえ、28ミリ機銃の銃身が、急降下して来るワイバーンに向けられた。
航空機よりも俊敏で、獰猛そうなワイバーンの姿がみるみるうちに大きくなって来る。
ワイバーンが28ミリ機銃の射程距離に入る間、エルバート兵曹は発砲を今か今かと待ち侘びた。
(クソ!緊張で足が震えてきた。早く撃たせてくれ!)
1秒が1分にも、10分にも感じられる。緊張で喉がカラカラに渇いてきた。

ひょっとすると、このまま干上がってそのままミイラになってしまうのでは、というふざけた考えが頭をよぎる。
彼が早く撃たせてくれと願って5秒後、射撃開始の合図が下された。
高度2000まで降下した敵ワイバーンに向けて28ミリ4連装機銃が吼える。
照準器に敵のワイバーンを合わせて発射するのだが、どうしてか、弾はなかなか当たらない。
曳光弾は確かに敵ワイバーンに向かっている筈なのだが、敵は平然と急降下を続ける。
唐突にレンジャーの艦首が左に振られる。
それに従って、照準器までもが敵ワイバーンを大きくはずれ、機銃弾は明後日の方角に飛んでいく。
旋回手がハンドルを回して狙いを修正する。
28ミリ機銃座の後ろでは、装填手が空になったカートリッジを取り出して、弾の入ったカートリッジを入れていく。

「当たれ!当たれ!当たれ!さっさと当たれ畜生が!」

エルバート兵曹は、なかなか命中しない事に苛立ちの声を上げながら、機銃を撃ち続けた。
先頭のワイバーンに曳光弾が向かって行った、と思った直後、右の翼が根元から叩き切られた。
そのワイバーンは錐揉みになってレンジャーの右舷に墜落した。
敵ワイバーン1騎撃墜の戦果に酔う暇も無く、2番騎に照準を合わせて機銃を撃ちまくる。
しかし、なかなか当たらない。

「パッと当たってくれりゃあ楽なんだが!」

エルバート兵曹は思わずそう漏らしたが、その声も周りの喧騒にかき消された。
2番騎がはっきり見分けられる高さまで降下した時、胴体から爆弾を投下した。
その爆弾は、レンジャーの飛行甲板後部、両舷に3本ずつ配置された煙突がある真ん中の場所に命中した。
爆弾は飛行甲板を叩き割ると、格納甲板、そして第4甲板の機関室にまで達した。
ダァーン!という爆発音と共にレンジャーの巨体が激しく振動する。
2発目、3発目はレンジャーの右舷に落下するが、4発目が前部、5発目が中央部に命中した。
そして、どの爆弾も第3甲板、第4甲板で炸裂し、艦内に甚大な損害を与えた。

レンジャーは、アメリカ海軍が始めて建造した開放式格納庫であり、ヨークタウン級、エセックス級といった
新世代の空母建造の土台となり、アメリカ海軍の空母建造に大きな功績を残している。
だが、一見立派に見えるレンジャーは、大きな問題を抱えていた。
それは、防御力が他の正規空母と比べて、極めて貧弱である事だ。
レンジャーは、ヨークタウン級やエセックス級のように格納甲板を防御甲板としておらず、格納甲板の層は極めて薄かった。
目立った防御を施されたのは舵機室と弾薬庫部分のみであり、心臓部とも言える機関部にはなんら防御が施されていなかった。
防御力は、改装を受ける前のワスプ以上に悪いのだ。
レンジャーは既に2回の実戦を経験しているが、いずれも敵地に対する一方的な空襲のみである。
大西洋方面よりも、激烈な海戦が繰り広げられる太平洋方面には、レンジャーは連れて行けないのでは?
との声が幾つも上がったが、未だに空母数が充分とは言えぬ事と、レンジャーエアグループの錬度が高い事が理由で、
ホーネット、ワスプと共に太平洋に回航されたのだが、その結果は悲惨な物になりつつあった。
3発の命中弾は、いずれも艦の深部を酷く痛めつけ、特に最初の命中弾は缶室1つを破壊して速度低下を招いてしまった。

「お、おい。速度が落ちてるぞ!?」

射撃中に、エルバート兵曹はレンジャーの速度が落ちていることに気が付いた。
この時、28ノットで航行していたレンジャーは、24ノットの最高速度しか出せなくなっていた。
そのレンジャーに、第3梯団の残りが次々と襲い掛かる。
被弾し、速度の落ちたレンジャーに、TF17旗艦ヨークタウンが高角砲、機銃を撃ちまくってワイバーンを阻止しようとする。
他の寮艦もレンジャーを支援するが、ワイバーン群はいくら落とされようがひるまない。
6発目の爆弾がレンジャーの左舷側に至近弾となり、それまで撃ちまくっていた20ミリ機銃を2丁潰し、
兵2人が降りかかってきた海水に艦上からはたき落とされた。
7発目が最初の命中箇所とさほど離れていない位置に叩きつけられる。この爆弾も初弾同様、機関部にまで達して炸裂する。
本来なら、53500馬力の出力で、レンジャーを29ノットのスピードで走らせる機関も爆弾の炸裂によって缶室が破壊され、
機械部にも夥しい破片が流れ込んで仲の兵員を殺傷する。
第4缶室で働いていたパース・トレイン兵曹は、突然の衝撃に転倒してしまった。
ダーン!という爆発音に鼓膜が麻痺し、前のめりに倒れたが、彼は受身を取ったお陰でかすり傷を負ったのみで済んだ。

「うわあ、またやられたなあ。」

最初の感想がその一言であった。
彼は起き上がってから缶室を見渡した。缶室に立ち込めている蒸気は先と比べて一層濃くなり、視界は極端に悪くなっている。

「チーフ!無事ですか!?」

いきなり、後ろから声をかけられた。彼は振り向くと、部下の水兵が右腕を抑えながら彼を見つめていた。
「ああ、無事だぞ。それより貴様、その右腕どうした?」
「さっきの衝撃で壁に叩きつけられましてね、その時器具の角に腕をぶつけてしまったんです。
どうやら、折れちまったみたいで。」
「何かで腕を釣っておけ、そのままにしておくよりはマシだろう。他の奴らは無事かな?」

彼は他の部下達が心配になって名前を呼んでみた。
部下達は全員が生きており、彼の傍にやって来た。
集まった部下のうち3人が手を抑えたり、足を引きずったりしていたが、命に関わるような怪我を負った者はいなかった。

「こりゃ交代要員を呼ばにゃならんな。」

彼がおどけた口調でそう言った時、通路を耐火服を来たダメージコントロール班が慌ただしく駆け抜けていった。
その中の1人がトレイン兵曹の缶室に入って来た。

「ああ、生き残りがいたか。」
「ああ。こっちの缶室は全員生きてるぜ。どこの缶室が吹っ飛んだ?」
「どうやら第1缶室と第3缶室が爆弾を食らったらしい。それにしても酷い視界だな。おまけに熱い。
あんた達もここから逃げたほうがいいぞ。通路のあちら側は火の海だぜ。」
彼はトレイン兵曹に通路の先を見せた。10人ほどのダメコン班員が火に消火剤を吹きかけている。
しかし、火は大量の消火剤を散布しない限り、収まりそうにも無い。

「チーフ!先の被弾でどっかのパイプがいかれたようです!缶の圧力が弱くなってます!」

部下の1人がトレイン兵曹に報告して来た。彼はその部下が見た圧力計を見てみた。
確かに、缶の圧力が弱くなりつつある。
このままでは、レンジャーはスピードを落とし続けるだろう。それに、彼らのいる缶室も温度が上昇し始めていた。

「これ以上この缶室にいたら危険だ!蒸し焼きになる前にここから逃げるぞ!」

トレイン兵曹はそう言って、部下達と共に缶室から逃げ始めた。
その間にも、敵ワイバーンの爆弾が2発、レンジャーの後部と前部に叩きつけられた。
9発目が機銃座の10メートル横に落下した時、爆発音が鳴り響いた。
咄嗟に床に伏せたエルバート兵曹は、硬い金属が壊れる音や爆風が流れ去っていく音、そして大地震のような振動を同時に味わった。
それからの記憶は酷く曖昧であった。
更に3回の強い振動を受けると、レンジャーが力尽きたように止まった。その次には乗員総出で消火活動に当たった。
そして、気が付く頃には、エルバート兵曹は救命筏に乗り込もうとしていた。
(なぜだ?なぜ俺は救命ボートに乗ろうとしている?)
漠然とそんな想いが沸き起こったが、上から他の兵が縄梯子から続々と降りて来るので、彼は慌ててボートに乗り込んだ。
筏には、ラングス1等水兵が既に乗っていた。ラングス1等水兵は、頭に包帯を巻いており、包帯に血が滲んで赤く染まっている。

「先輩、ここに座ってください。」
「ああ、ありがとう。」

エルバート兵曹は彼の傍に座った。座った時、背中がヒリヒリして痛い。

「あれ、他の連中はどうした?」

彼は何気なく聞いたが、ラングス1等水兵は顔をうつむかせて、しばし黙り込む。そして、意を決したように口を開いた。

「2番機銃座で生き残ったのは、自分と先輩だけですよ。」

エルバート兵曹は、頭の中が真っ白になった。

レンジャーは第3梯団、第4梯団からの爆撃を受け、実に爆弾9発を受けて、格納甲板や艦内各部に大火災が発生。
機関室は壊滅し、乗員総出で行われた消火活動も満足に出来なかった。
敵はレンジャーのみならず、ヨークタウンにも襲いかかった。
第4梯団の分派された、10騎のワイバーンに襲われたヨークタウンは、前部左舷よりの甲板に1発、第2エレベーターと
第3エレベーターの間に1発と、左舷側に1発、計3発を被弾した。
爆弾はいずれも格納甲板で炸裂し、F4F2機とアベンジャー3機を破壊した。

この時点で、戦況はアメリカ側にとって不利な物となっていた。


午後0時20分 第15任務部隊旗艦空母ワスプ

「司令官。戦況は予想以上に深刻のようです。」

参謀長のビリー・ギャリソン大佐は、司令官席に座るレイ・ノイス少将に向けてそう言った。
ノイス少将もゆっくり頷く。

「まさか、4隻の空母が被弾するとはな。」

アメリカ側が受けた被害は甚大であった。
TF16はホーネットが爆弾9発を受けて、後に燃料庫が誘爆を起こして大破確実となった。
現在、速度は14ノットしか出せず、火災が鎮火出来なければ処分も考えられているようだ。
エンタープライズは3発を受けて、現在航空機の着艦不能。
火災は鎮火しつつあるが、飛行甲板の応急修理が可能かどうかは分かっていない。
TF17の被害はTF16より深刻である。
TF17の主力であったヨークタウン、レンジャーのうち、レンジャーが爆弾9発を受けて大破炎上。
機関系統はほぼ壊滅し、航行不能となった。艦は大火災を起こしており、鎮火は難しかった。

レンジャーの艦長はこれ以上の犠牲は避けるために、弾薬庫、燃料庫が誘爆する前に総員退艦を命じ、
現在乗員の救助作業が行われている。
他にも、軽巡洋艦サンファンが大破炎上し、左舷に傾斜。これも手の施しようがないと判断されて総員退艦を命じられ、
僚艦が乗員を救助している。
ヨークタウンはエンタープライズ同様、鎮火次第甲板の応急修理に取り掛かるようだ。
重巡のクインシーは敵弾3発を受けて、第2砲塔が破壊され、20ミリ機銃3丁と28ミリ4連装機銃1基が破壊されたが、
航行には支障が無いようだ。
5隻の空母のうち、1隻が沈没確実、1隻が大破炎上。2隻が中波の損害を受けたのである。
そして、無傷の空母は、TF15のワスプ1艦のみ。

「攻撃隊からの報告は、未だに入って来ていません。もうそろそろ敵に取り付いても」

その時、無線機から聞き慣れた声が流れてきた。

「「こちらブランクリル1。敵機動部隊を発見した!これより攻撃に移る!」」

ノイスとギャリソンは顔を見合わせた。
ブランクリル1とは、ワスプのドーントレス隊指揮官のコードネームである。
この放送を聴いた艦内の将兵は、一斉に歓声を上げた。

「司令官!」
「ああ。ついに敵に取り付いたな。攻撃隊が、こちらが受けた被害を倍以上に叩き返してくれる事を期待しよう。」

ノイス少将はようやく、安堵したかのような表情で言う。

「参謀長。各TF旗艦に通信を送ろう。それから私達の背後に隠れている敵機動部隊を暴き出すぞ。」
「分かりました。では、どのような内容で送りますか?」

ギャリソンの質問に、ノイス少将は少しばかりの間、文案を考えた。

「こう送れ。ワスプは健在なり、これより敵機動部隊捜索を行う、全将兵の士気は未だに旺盛なり。」
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