第57話 飛翔の時
1483年(1943年)2月1日 午前8時 バルランド王国ヴィルフレイング
南西太平軍司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将(昨年の11月に昇進した)は、自分の執務室で客人を待っていた。
「全く、バルランドの馬鹿貴族共は・・・・・何が絶好の機会だ。」
アイゼンハワー中将は、紙に書かれた内容を読みながら、そう呟いた。その時、ドアがノックされた。
「おう!」
アイゼンハワーは張りのある声音で、ドアの向こう側に声を返した。
ドアが開かれ、若い将校が現れた。
「司令官。キンメル提督とキング提督がお見えになりました。」
「ああ、通してくれ。」
アイゼンハワーはそう言うと、客人を通した。通路から、カーキ色の軍服を来た2人の提督が現れた。
1人は柔和な表情を浮かべる馴染みの提督、ハズバンド・キンメル大将だ。
別のもう1人は初めて対面する提督である、アーネスト・キング大将だ。
「これはキンメル提督にキング提督。よくおいで下さいました。さあ、かけて下さい。」
アイゼンハワーは2人をソファーに座らせ、自分は反対側のソファーに座った。
「お久しぶりです、キンメル提督。キング提督は、今回は私と初対面ですな。」
「まあ、そうですな。とにかく、ご苦労様です。」
キングは、少しばかり感情のこもった口調でアイゼンハワーに返事する。
「どうも、ここ最近はバルランド軍上層部から、しきりに攻勢を持ちかけられているようですな。」
キンメルが早速、本題に入った。
「そうですな。今年1月中旬から、バルランド軍の対シホールアンル討伐軍司令官がインゲルテント将軍に代わってから、
3度ほど攻勢に移ろうと言われましたよ。」
「南西太平洋軍は、確か9月になってから反攻作戦を行う予定であると、私は聞いているのですが、現時点で兵力は
どのぐらい集まっておりますか?」
キングの質問に、アイゼンハワーは淀みなく答えた。
「元々いる第1軍の第1軍団と第3軍団。それに加わった第4軍の第5軍団、第6軍団並びに第5軍の第7軍団の半数が
ヴィルフレイング、あるいはカレアントの戦線に待機しています。現時点で、総計14個師団、総兵力にして約26万の
大兵力です。海兵隊も含めれば30万近くになります。しかし、我々は、予定ではこの3個軍の他に、あと1個軍を
増やしてから攻勢に移りたいのです。要するに、今の状態では兵力が足りないのです。」
「あと1個軍と、それに後方支援部隊が加わりますな。そうしましたら、実戦部隊の総数は40万余り。後方支援部隊も
プラスすれば全体で50~60万近くは必要ですな。確かに、これだけの兵力を集めるにはまだ時間がかかりますな。」
「戦力を編成しているのは、南西太平洋軍だけではありません。対マオンド用の部隊も同時に編成中です。大西洋方面では
60万もの兵員が準備される予定であり、準備は予定期日に向けて着々と進んでいます。ですが、問題はここなのです。」
アイゼンハワー大将はそう言うと、やや表情を曇らせた。
「南大陸連合軍の中心戦力であるバルランド軍ですが、そのバルランド軍の司令官であるインゲルテント大将が、我が国の
作戦方針にどうも納得されていないようなのです。」
「納得されていない・・・・ですと?」
キングが怪訝な表情を浮かべる。
「はい。これは、つい最近うちの作戦参謀がバルランド軍の参謀から聞いた話なのですが、インゲルテント大将はシホール
アンル軍が鳴りを潜めている今だからこそ、攻勢に転ずるべきであると公言して憚らないようなのです。確かに、総兵力では
我が合衆国軍も含めてシホールアンルと同等ですが、かの将軍は一刻も早く敵に攻勢を仕掛けて、待ちの状態から早く抜け
出したいと考えているのです。最近は、レーフェイル方面に向ける軍を転用すれば、早く軍は集まるだろうと、周りに言って
いるようです。全く、困った物だ。」
「攻勢論を唱えているのはインゲルテント将軍のみですか?」
キングはさりげない口調で質問した。
インゲルテントのみならば、一将軍の勝手な理論として用意に押さえ込める。キングはそう思ったが・・・・
「それならば、我々も楽でありましたが・・・・攻勢論には数人の大臣や、幾人かの高級将校が賛成しているようです。」
「どうも、バルランドの貴族様方は我々が立てた大勝利に、有頂天になっているようですな。」
キンメルが苦笑しながらそう言った。
「あるいは、我々だけに戦果を独り占めされたくないから、主導権は我にありと主張したい、という事もあり得る。」
キングもやれやれと言わんばかりに、あきれたような口調で言う。
「では将軍。もしバルランド側が直接、我々に攻勢の参加を促したらどうします?」
「・・・・大統領も命令されるのなら、やれ、と言われればいつでもやりましょう。しかし、はっきり言いますと、戦力が揃い切る
9月までは行動を起こしたくありません。現在の兵力でやっても勝てはするでしょうが、こちらの犠牲も大きくなります。
南大陸軍も、わが合衆国軍も。」
「敵は今、どのような状況なのです?」
キンメルがすかさず聞いた。
「少なくとも、去年の4月に戦った敵ではありませんな。スパイからの情報によりますと、シホールアンル軍は四足歩行の
新しいゴーレムや、野砲を増強し続けているようです。それに加え、敵の施設には、前線、後方を問わず魔道銃や高性能の
高射砲が配備されており、我が陸軍航空隊の被害も無視できぬ物になっています。」
現在、アメリカ軍は、地上部隊は相変わらず待機状態にあるものの、航空戦だけは続けていた。
陸軍航空隊は、第3航空軍の他に、去年12月から新編成の第5航空軍をカレアント南部、又はミスリアル西部に投入して、
シホールアンル側の占領地に対してB-17、B-25、26。A-20などの爆撃機で敵の補給線や前線などを爆撃している。
だが、シホールアンル側は防空能力を開戦直後に比べて、格段に向上させていた。
1月一杯で、第3、第5航空軍が被った被害は、B-17が43機、B-25が57機、B-26が38機、A-20が24機。
戦闘機はP-40が59機、P-39が53機、P-38が37機となっている。
実に300機以上の航空機を喪失したのである。
実際に現地で撃墜された数は、これの半数以下か、やや上回る程度であり、残りは事故や基地で修理不能と判断されたものである。
この被害に対して、戦果はワイバーン279機撃墜と、純粋に撃墜された数と比べればまだシホールアンル側のほうが被害が大きい。
だが、ここ最近はシホールアンル側のワイバーン部隊も対アメリカ機戦法を確立しており、ワイバーンの撃墜数は月毎に落ち続け、
逆に米戦闘機や爆撃機の被害は上がり続けている。
「今では、北カレアント上空は航空隊の墓場とまで言われており、パイロット達の士気は落ち気味になっています。ですが、悪い事
ばかりではありません。ここ最近は、海軍が実施している機動部隊の不定期攻撃の影響で、敵の前線部隊に送られる物資が減りつつ
あると、スパイから報告がありました。」
「なるほど、キンメルの同僚も頑張っているようだな。」
キングは、キンメルの横顔を見つめながら微笑んだ。
キンメルの太平洋艦隊の指揮下にある南太平洋部隊は、先月末から南大陸の北側にある沿岸地域に攻撃を仕掛けている。
攻撃を行っているのは、ハルゼーが率いる第3艦隊の空母郡で、ハルゼーの直率する第38任務部隊は東海岸を、
レイ・ノイス少将の直率する第37任務部隊は西海岸を担当している。
西海岸では1月25日にヴェリンス領中部の根拠地に82機。1月28日にはさらに北のエンデルドに120機を差し向けた。
シホールアンル側の反撃で、レキシントンが飛行甲板に爆弾2発を受けた。
しかし、幸いにも当たり所は良く、応急修理で飛行甲板の穴を塞いだため、後方に避退する事はなかった。
逆に、シホールアンル側は対空砲火と、ワイルドキャットの反撃で攻撃して来た98騎ワイバーンのうち、37騎を喪失した。
東海岸では、1月20日にカレアントの港町ポーラインを64機で攻撃。
1月25日はカレアントを93機で攻撃し、更に1月29日には、あろうことか北大陸の入り口に近い国であるレイキ王国の
シホールアンル軍根拠地に3波218機の攻撃隊を差し向け、さりげないダメージに留めるどころか、在泊していた輸送船、
哨戒艇、小型スループ船、合わせて29隻全てを片っ端から撃沈し、同港に集積していた物資の5割を焼いて壊滅状態に陥れた。
怒り狂ったシホールアンル側は、偵察ワイバーンが偶然見つけたハルゼー部隊に230騎のワイバーンを差し向けた。
だが、攻撃隊が予想海域に着いた頃には、ハルゼー部隊は既に消えていた。
この一連の空襲に呼応して行われた潜水艦部隊の攻撃は、今日までに14隻の輸送船を撃沈した。
これが影響して、南大陸の各地にある集積所の物資は、以前よりも集積量が少なくなっていた。
「この事は、インゲルテント将軍にも伝わっていますかな?」
「恐らく伝わっているでしょう。いずれにしろ、私としては9月まではなるべく、行動を起こしたくありません。」
アイゼンハワーはそう呟きながら、壁に掛けられているカレンダーに目をやった。
日めくりのカレンダーは2月1日となっている。
カレンダーの日付が2月3日になる日、アイゼンハワーはこの執務室にはいない。
彼はキンメルとキングと共に、幕僚を引き連れてバルランド王国の首都、オールレイングに向かう。
「私は、南大陸軍の将軍達、特に、バルランド側の将軍達にいっそ捻じ込んでやる覚悟でいます。現状のままでは、いかに
強力な火器を備えた我が軍としても25万の兵力しかない。せめて、9月まで待ってもらうように進言します。」
「その事に関しては、我々海軍も同様です。」
キングが頷きながら言った。
「9月までには新鋭の正規空母が5隻、軽空母が5隻配備されます。これらが揃えば、敵のより後方に矢を放つことが出来ます。
3日の会議では、私とキンメルも出席しますから、南大陸の将軍達と、存分に話し合いましょう。」
「お二人の気持ちに感謝いたします。あなた方がいれば、大変心強い。」
アイゼンハワーはそう言うと、キングと、キンメルと固い握手を交わした。
その後、彼らは幕僚も交えて3日に行われる会議で何を話していくかを、3時間ほど話し合ってから決めていった。
1483年(1943年)2月2日 午前10時 シホールアンル帝国アルジア・マユ
上空は見事に晴れ渡っていた。
気温は思いのほか低いが、天から降り注ぐ陽光は、冬の寒さを和らげていた。
その晴れた空を、シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは満足気な表情で眺めていた。
「飛空挺もやっぱ捨てたもんじゃなかったなぁ。スイスイと飛んでいきやがる。おい、ギレイル。さっき上空をすっ飛んでいった
飛空挺だが、下手するとワイバーンよりスピードが出てるぞ。」
オールフェスの言葉に、ウインリヒ・ギレイル元帥は微笑みながら返事した。彼の笑みは少しぎこちなかった。
「確かに。あの飛空挺は対飛行物体用に作られた飛空挺ですので、攻撃飛空挺よりは格段に運動性能、速度性能が向上する
であろう聞いております。」
「速度は最大でどれぐらい出るかな?」
「速度に関しては、正確には分かりかねますな。今、速度性能を確かめている最中なので、もうそろそろ結果が分かるかと。」
ギレイル元帥がそういった後、程無くして飛空挺の開発研究者の主任のカイベル・ハドがオールフェスの元にやって来た。
「陛下、ただいま飛空挺の速度テストの結果が出ました。搭乗員からの報告によりますと、試作機は最大速度309レリンクを出したようです。」
「309レリンクだって!こいつは凄いじゃないか!!」
オールフェスは驚いた表情でそう叫んだ。
彼はせいぜい290レリンクは出せるかなとは思っていたのだ。だが、結果は予想を大きく上回る309レリンクという高速度を弾き出した。
「この飛空挺なら、アメリカ軍機と充分に渡り合えるぜ。」
オールフェスは興奮を抑え切れぬ口調で、ハド主任に言った。
「いや、テストはまだこれからです。この後に運動性能を測るテストや、上昇限度を測るテストがあります。これらがどれぐらい優れて
いるかで、アメリカ機と戦えるかどうか判断します。」
レガルギ・ジャルビ少佐は、飛空挺の操縦席の中で下界を見下ろしていた。
「こちら試作機。運動性能はワイバーンよりは悪いが、それでもアメリカ機よりは同等か勝っている。特に突っ込みが利くから
アメリカ軍機の一撃離脱に対応できるかもしれんぞ。」
彼は、たった今終わった、運動性能テストの結果報告を地上の指揮所に伝えた。
魔道士ではない彼は、魔法を使う変わりに、赤い網状の箱に向かって言葉を言う。その箱から返事が返ってきた。
「わかりました。次は上昇限度テストに移ってください。空気タンクとマスクは正常に動いていますか?」
「ああ、バッチリだ!」
「それでは、テスト開始です。」
地上から指示が入ると、ジャルビは発動機の出力を最大にし、機体を上昇させ始めた。
高度が1500グレル(3000メートル)から2000、2500、3000と上がっていく。
3500グレルまで、飛空挺は速力を落とす事無く上昇を続ける。スピードは307、6レリンクを維持していた。
そして、そのまま4000グレルまでを一気に駆け上った。
「ただ今高度4000グレル!すごい、まだ行けるぞ。指揮所へ、とりあえず、いける所まで行っていいんだな?」
「無理しない範囲でお願いしますよ。大事な飛空挺ですからね。」
「分かった!」
そういっている間にも、飛空挺はぐんぐん上昇していく。4300グレルを越えた頃から、発動機の出力が落ちてきた。
4500グレルに到達した時はスピードは落ちていたが、それでも298レリンクはあった。
(すごい、ワイバーンですら飛べなかった高高度を、コイツはあっさりと駆け上りやがった。)
ジャルビ少佐は、興奮で機体の寒さも吹っ飛んだ。ワイバーンの上昇限度は3700グレルまでが精一杯である。
以前の飛空挺では3200グレルまでしか上がれなかった。
だが、この飛空挺は以前の飛空挺より遥かに高い上昇性能を持っていた。
そして、この飛空挺は、今も300レリンクに近いスピードで上昇を続けている。
気が付けば、飛空挺は5900グレル近くまで上昇していた。
ここからは流石の発動機も出力の低下が顕著になり始め、速度は260レリンクしか出せなくなっている。
(そろそろ限界か)
そう思ったジャルビ少佐は、上昇をやめて水平飛行に移った。
現在の高度は5870グレル。機体の操縦席は、高空の低い外気にあてられて寒くなっている。
ジャルビ少佐は、飛空挺搭乗員が必ずつける、厚手の飛行服に身に纏い、寒さ対策は一応行っているが、それでも体に寒気が伝わった。
操縦席の風防ガラスから下界を覗いてみる。下界は、地図でも見ているかのように川の位置や、山の配置までが一目で分かった。
おまけに高度が高いため、遠くの雲海までもが見える。
高高度に達しているため、機体内部の気圧は下がっていた。彼は空気マスクに手を触れる。
「空気マスクを入れといて正解だったな。こいつが無ければ、今頃どうなっていたか。」
彼はそう呟きながら、速度計を見てみる。
スピードは現在の高度だと260レリンクが限界である。
「指揮所へ、試作機より。現在高度5870グレル、速度は260レリンク。素晴らしい上昇性能だ!4000グレルまでは
スピードも大して衰えずにぐんぐん上がって行ったぞ。」
「こちら指揮所、了解。本当に5000グレル以上まで上ったのか?」
先程とは違う人物が応答した。開発部主任のハドだ。
「主任!本当ですよ。いやあ、この飛空挺は見事な物です。流石に5000グレルまであがると、発動機の出力が低下して
全速力は出せませんが、それでも260レリンク程ならなんとか出せます。こいつなら、アメリカのグラマンやコルセアと
ほぼ対等に渡り合えることが出来ます!」
「そうか。そいつは良かった。一通り性能テストも終わった。試験は終了だ、降りて来い。」
「はい、わかりました!」
ジャルビ少佐はそう答えると、飛空挺を徐々に下降させ始めた。
飛空挺は、発動機特有の轟音を鳴らせながら、鮮やかな着陸を見せた。
そのまま駐機場まで来ると、その場で停止した。
ジャルビ少佐は、機体から出ると、真っ先に指揮所に向かった。
指揮所にはハドの他に、開発部長のクナルク・アーベレ陸軍少将や、開発部の幹部達が集まっていた。
「試験飛行終わりました。」
ジャルビ少佐は直立不動の体勢でそう言うと、指揮所の皆が大きな拍手をした。
「よくやってくれた!これで、飛空挺が使えると言う事も、陛下や将軍達にも分かったはずだ。とりあえず、おめでとう!」
アーベレ少将は感極まった表情で彼と固い握手を交わした。
次に、ジャルビ少佐はハドを向き合う。
「ジャルビ、よく頑張った。君のお陰で試験飛行は成功だよ。」
「はい。隊長、じゃなくて、主任。あの飛空挺は最高です。300レリンクを超えるスピード、高度5000グレルまで
駆け上る高空性能、前の飛空挺よりも卓越した機動、どれを取ってもすばらしい物です。あの発動機と機体は相性がピッタリですよ。」
「そうか。出力が当初より低い発動機ではあるんだが、純度の良い魔法石を使った事と、機体の設計の結果、飛空挺は高い
性能を示したのだろう。魔法石の純度が悪かったり、設計が異なっていたら、あの凄い結果を示せたかどうか・・・・・」
その時、指揮所に皇帝を始めとする一行が現れた。
すかさず、全員が直立不動の体制を取り、軍人は一斉に敬礼をする。
「飛空挺開発部の諸君。先の試験飛行は真に見事だった。現在の主力であるワイバーンを凌ぐその性能は、俺も正直驚かされた。
特に、高度5000グレルまで上昇したと聞いた時、俺は飛空挺の開発を続けて正解だと思った。今はまだ試作機がやっと
飛んだばかりであり、あの飛空挺には色々な問題や不具合が出ているだろう。だが、その問題を解決すれば、あの飛空挺は
真の戦闘機に変わるだろう。今後、君達の作った飛空挺は、ワイバーンと同格の主力兵器として前線で幅広く使われるだろう。
それはともかく、今日はご苦労だった。」
皇帝陛下はそう言うと、指揮所にいる20名全員と握手を交わし、その後、アルジア・マユを去って行った。
その日の夕方。ジャルビ少佐は、今日操縦した飛空挺の側に立っていた。
流線型の機体に尖った機首。一目で見ると、なかなか美しいと思える。
事実、陸軍総司令官のギレイル元帥は、駐機していたこの飛空挺を見て、思わず美しいと言ってしまったほどである。
「ここにいたか。」
唐突に声がした。後ろを振り返ると、そこにはハドがいた。
「主任。」
「すっかりこいつに惚れ込んでしまったようだな。」
「はあ、ばれてしまいましたか。」
ジャルビ少佐は顔を赤くして、頭をかいた。
「先ほどの研究会で、こいつもまだまだ不具合がある事が他の研究者にも伝わりましたな。」
「そうだな。特に、機体内部の気温や気圧が、外気と近くなるという問題は難しいな。あれでは、
機体は高高度まで上れても、操縦する奴はかなり大変だろう。」
「ええ。実際そうでした。あの時はあまり感じなかったのですが、どうも体がやけに震えていました。
恐らく、寒さで体が震えていたのでしょう。」
「まっ、飛空挺はまだ新兵器だからな。新兵器には初期の不具合が付き物だ。これらの不具合を研究した事も
踏まえて、今月の20日には2号機が完成する。それと同時に1号機も改良して見るつもりだ。いずれにしろ、
手っ取り早くこの機体を熟成させんとな。」
「前線では、コルセアやライトニングといった機体は勿論、グラマンやウォーホーク等にも苦戦しているようですからね。
早く前線に出て、調子に乗るアメリカ人共を驚かせてやりたいものです。」
「そうだな。」
ハドはため息混じりにそう呟いた。
「ワイバーンの次の改良型が、纏まって前線に配備されるのは今年の7月。速度は280レリンクと大幅に上がっているが、
アメリカは300レリンク以上を出せるコルセアやライトニングを増強しているから、苦戦は免れんだろう。
とにかく、今は自分達の役割を早く成し遂げるのみだ。」
「確かに。」
ジャルビ少佐は深く頷いた。
2人は機体を見つめた。近いうちに、この飛空挺の量産機が大空を舞い上がるだろう。
その時こそ、アメリカ人達を恐怖に陥れる時であると、彼らは確信していた。
新鋭飛空挺ケルフェラク飛行性能(2月13日第6回飛行試験終了時)
全長5.26グレル(10.52メートル)
全幅5.71グレル(11.42メートル)
全高2.15グレル(3.72メートル)
武装 魔道銃4丁
エンジン 出力1800馬力相当
最高速度309レリンク(618キロ)
航続距離628ゼルド(1974キロ)
重量2.2ラッグ(4400キロ)
実用上昇限度6018グレル(12036メートル)
シホールアンル帝国は、前作の攻撃飛空挺の失敗を下に対ワイバーン用に使用できる飛空挺
の開発を目指し、完成したのが本機である。
これまでの戦訓や新技術を取り入れた本機は、ワイバーンを凌ぐ速度性能と高空性能を、
2月2日の初の試験飛行で、オールフェス・リリスレイ皇帝を始めとする来賓の目の前で示し、
その翌日の3日に正式採用された。
今現在、本機は試験飛行時に生じた不具合を改良しながら試験飛行を続けている途中だが、
早くも前線での活躍を期待されている。
今後、アメリカ軍機や南大陸軍ワイバーンに対して重大な脅威になる事は確実と思われている。
尚、このケルフェラクを改良した戦闘攻撃飛空挺の開発も同時に行われており、この試験機は
2月後半に試験飛行を開始する予定である。
1483年(1943年)2月1日 午前8時 バルランド王国ヴィルフレイング
南西太平軍司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将(昨年の11月に昇進した)は、自分の執務室で客人を待っていた。
「全く、バルランドの馬鹿貴族共は・・・・・何が絶好の機会だ。」
アイゼンハワー中将は、紙に書かれた内容を読みながら、そう呟いた。その時、ドアがノックされた。
「おう!」
アイゼンハワーは張りのある声音で、ドアの向こう側に声を返した。
ドアが開かれ、若い将校が現れた。
「司令官。キンメル提督とキング提督がお見えになりました。」
「ああ、通してくれ。」
アイゼンハワーはそう言うと、客人を通した。通路から、カーキ色の軍服を来た2人の提督が現れた。
1人は柔和な表情を浮かべる馴染みの提督、ハズバンド・キンメル大将だ。
別のもう1人は初めて対面する提督である、アーネスト・キング大将だ。
「これはキンメル提督にキング提督。よくおいで下さいました。さあ、かけて下さい。」
アイゼンハワーは2人をソファーに座らせ、自分は反対側のソファーに座った。
「お久しぶりです、キンメル提督。キング提督は、今回は私と初対面ですな。」
「まあ、そうですな。とにかく、ご苦労様です。」
キングは、少しばかり感情のこもった口調でアイゼンハワーに返事する。
「どうも、ここ最近はバルランド軍上層部から、しきりに攻勢を持ちかけられているようですな。」
キンメルが早速、本題に入った。
「そうですな。今年1月中旬から、バルランド軍の対シホールアンル討伐軍司令官がインゲルテント将軍に代わってから、
3度ほど攻勢に移ろうと言われましたよ。」
「南西太平洋軍は、確か9月になってから反攻作戦を行う予定であると、私は聞いているのですが、現時点で兵力は
どのぐらい集まっておりますか?」
キングの質問に、アイゼンハワーは淀みなく答えた。
「元々いる第1軍の第1軍団と第3軍団。それに加わった第4軍の第5軍団、第6軍団並びに第5軍の第7軍団の半数が
ヴィルフレイング、あるいはカレアントの戦線に待機しています。現時点で、総計14個師団、総兵力にして約26万の
大兵力です。海兵隊も含めれば30万近くになります。しかし、我々は、予定ではこの3個軍の他に、あと1個軍を
増やしてから攻勢に移りたいのです。要するに、今の状態では兵力が足りないのです。」
「あと1個軍と、それに後方支援部隊が加わりますな。そうしましたら、実戦部隊の総数は40万余り。後方支援部隊も
プラスすれば全体で50~60万近くは必要ですな。確かに、これだけの兵力を集めるにはまだ時間がかかりますな。」
「戦力を編成しているのは、南西太平洋軍だけではありません。対マオンド用の部隊も同時に編成中です。大西洋方面では
60万もの兵員が準備される予定であり、準備は予定期日に向けて着々と進んでいます。ですが、問題はここなのです。」
アイゼンハワー大将はそう言うと、やや表情を曇らせた。
「南大陸連合軍の中心戦力であるバルランド軍ですが、そのバルランド軍の司令官であるインゲルテント大将が、我が国の
作戦方針にどうも納得されていないようなのです。」
「納得されていない・・・・ですと?」
キングが怪訝な表情を浮かべる。
「はい。これは、つい最近うちの作戦参謀がバルランド軍の参謀から聞いた話なのですが、インゲルテント大将はシホール
アンル軍が鳴りを潜めている今だからこそ、攻勢に転ずるべきであると公言して憚らないようなのです。確かに、総兵力では
我が合衆国軍も含めてシホールアンルと同等ですが、かの将軍は一刻も早く敵に攻勢を仕掛けて、待ちの状態から早く抜け
出したいと考えているのです。最近は、レーフェイル方面に向ける軍を転用すれば、早く軍は集まるだろうと、周りに言って
いるようです。全く、困った物だ。」
「攻勢論を唱えているのはインゲルテント将軍のみですか?」
キングはさりげない口調で質問した。
インゲルテントのみならば、一将軍の勝手な理論として用意に押さえ込める。キングはそう思ったが・・・・
「それならば、我々も楽でありましたが・・・・攻勢論には数人の大臣や、幾人かの高級将校が賛成しているようです。」
「どうも、バルランドの貴族様方は我々が立てた大勝利に、有頂天になっているようですな。」
キンメルが苦笑しながらそう言った。
「あるいは、我々だけに戦果を独り占めされたくないから、主導権は我にありと主張したい、という事もあり得る。」
キングもやれやれと言わんばかりに、あきれたような口調で言う。
「では将軍。もしバルランド側が直接、我々に攻勢の参加を促したらどうします?」
「・・・・大統領も命令されるのなら、やれ、と言われればいつでもやりましょう。しかし、はっきり言いますと、戦力が揃い切る
9月までは行動を起こしたくありません。現在の兵力でやっても勝てはするでしょうが、こちらの犠牲も大きくなります。
南大陸軍も、わが合衆国軍も。」
「敵は今、どのような状況なのです?」
キンメルがすかさず聞いた。
「少なくとも、去年の4月に戦った敵ではありませんな。スパイからの情報によりますと、シホールアンル軍は四足歩行の
新しいゴーレムや、野砲を増強し続けているようです。それに加え、敵の施設には、前線、後方を問わず魔道銃や高性能の
高射砲が配備されており、我が陸軍航空隊の被害も無視できぬ物になっています。」
現在、アメリカ軍は、地上部隊は相変わらず待機状態にあるものの、航空戦だけは続けていた。
陸軍航空隊は、第3航空軍の他に、去年12月から新編成の第5航空軍をカレアント南部、又はミスリアル西部に投入して、
シホールアンル側の占領地に対してB-17、B-25、26。A-20などの爆撃機で敵の補給線や前線などを爆撃している。
だが、シホールアンル側は防空能力を開戦直後に比べて、格段に向上させていた。
1月一杯で、第3、第5航空軍が被った被害は、B-17が43機、B-25が57機、B-26が38機、A-20が24機。
戦闘機はP-40が59機、P-39が53機、P-38が37機となっている。
実に300機以上の航空機を喪失したのである。
実際に現地で撃墜された数は、これの半数以下か、やや上回る程度であり、残りは事故や基地で修理不能と判断されたものである。
この被害に対して、戦果はワイバーン279機撃墜と、純粋に撃墜された数と比べればまだシホールアンル側のほうが被害が大きい。
だが、ここ最近はシホールアンル側のワイバーン部隊も対アメリカ機戦法を確立しており、ワイバーンの撃墜数は月毎に落ち続け、
逆に米戦闘機や爆撃機の被害は上がり続けている。
「今では、北カレアント上空は航空隊の墓場とまで言われており、パイロット達の士気は落ち気味になっています。ですが、悪い事
ばかりではありません。ここ最近は、海軍が実施している機動部隊の不定期攻撃の影響で、敵の前線部隊に送られる物資が減りつつ
あると、スパイから報告がありました。」
「なるほど、キンメルの同僚も頑張っているようだな。」
キングは、キンメルの横顔を見つめながら微笑んだ。
キンメルの太平洋艦隊の指揮下にある南太平洋部隊は、先月末から南大陸の北側にある沿岸地域に攻撃を仕掛けている。
攻撃を行っているのは、ハルゼーが率いる第3艦隊の空母郡で、ハルゼーの直率する第38任務部隊は東海岸を、
レイ・ノイス少将の直率する第37任務部隊は西海岸を担当している。
西海岸では1月25日にヴェリンス領中部の根拠地に82機。1月28日にはさらに北のエンデルドに120機を差し向けた。
シホールアンル側の反撃で、レキシントンが飛行甲板に爆弾2発を受けた。
しかし、幸いにも当たり所は良く、応急修理で飛行甲板の穴を塞いだため、後方に避退する事はなかった。
逆に、シホールアンル側は対空砲火と、ワイルドキャットの反撃で攻撃して来た98騎ワイバーンのうち、37騎を喪失した。
東海岸では、1月20日にカレアントの港町ポーラインを64機で攻撃。
1月25日はカレアントを93機で攻撃し、更に1月29日には、あろうことか北大陸の入り口に近い国であるレイキ王国の
シホールアンル軍根拠地に3波218機の攻撃隊を差し向け、さりげないダメージに留めるどころか、在泊していた輸送船、
哨戒艇、小型スループ船、合わせて29隻全てを片っ端から撃沈し、同港に集積していた物資の5割を焼いて壊滅状態に陥れた。
怒り狂ったシホールアンル側は、偵察ワイバーンが偶然見つけたハルゼー部隊に230騎のワイバーンを差し向けた。
だが、攻撃隊が予想海域に着いた頃には、ハルゼー部隊は既に消えていた。
この一連の空襲に呼応して行われた潜水艦部隊の攻撃は、今日までに14隻の輸送船を撃沈した。
これが影響して、南大陸の各地にある集積所の物資は、以前よりも集積量が少なくなっていた。
「この事は、インゲルテント将軍にも伝わっていますかな?」
「恐らく伝わっているでしょう。いずれにしろ、私としては9月まではなるべく、行動を起こしたくありません。」
アイゼンハワーはそう呟きながら、壁に掛けられているカレンダーに目をやった。
日めくりのカレンダーは2月1日となっている。
カレンダーの日付が2月3日になる日、アイゼンハワーはこの執務室にはいない。
彼はキンメルとキングと共に、幕僚を引き連れてバルランド王国の首都、オールレイングに向かう。
「私は、南大陸軍の将軍達、特に、バルランド側の将軍達にいっそ捻じ込んでやる覚悟でいます。現状のままでは、いかに
強力な火器を備えた我が軍としても25万の兵力しかない。せめて、9月まで待ってもらうように進言します。」
「その事に関しては、我々海軍も同様です。」
キングが頷きながら言った。
「9月までには新鋭の正規空母が5隻、軽空母が5隻配備されます。これらが揃えば、敵のより後方に矢を放つことが出来ます。
3日の会議では、私とキンメルも出席しますから、南大陸の将軍達と、存分に話し合いましょう。」
「お二人の気持ちに感謝いたします。あなた方がいれば、大変心強い。」
アイゼンハワーはそう言うと、キングと、キンメルと固い握手を交わした。
その後、彼らは幕僚も交えて3日に行われる会議で何を話していくかを、3時間ほど話し合ってから決めていった。
1483年(1943年)2月2日 午前10時 シホールアンル帝国アルジア・マユ
上空は見事に晴れ渡っていた。
気温は思いのほか低いが、天から降り注ぐ陽光は、冬の寒さを和らげていた。
その晴れた空を、シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは満足気な表情で眺めていた。
「飛空挺もやっぱ捨てたもんじゃなかったなぁ。スイスイと飛んでいきやがる。おい、ギレイル。さっき上空をすっ飛んでいった
飛空挺だが、下手するとワイバーンよりスピードが出てるぞ。」
オールフェスの言葉に、ウインリヒ・ギレイル元帥は微笑みながら返事した。彼の笑みは少しぎこちなかった。
「確かに。あの飛空挺は対飛行物体用に作られた飛空挺ですので、攻撃飛空挺よりは格段に運動性能、速度性能が向上する
であろう聞いております。」
「速度は最大でどれぐらい出るかな?」
「速度に関しては、正確には分かりかねますな。今、速度性能を確かめている最中なので、もうそろそろ結果が分かるかと。」
ギレイル元帥がそういった後、程無くして飛空挺の開発研究者の主任のカイベル・ハドがオールフェスの元にやって来た。
「陛下、ただいま飛空挺の速度テストの結果が出ました。搭乗員からの報告によりますと、試作機は最大速度309レリンクを出したようです。」
「309レリンクだって!こいつは凄いじゃないか!!」
オールフェスは驚いた表情でそう叫んだ。
彼はせいぜい290レリンクは出せるかなとは思っていたのだ。だが、結果は予想を大きく上回る309レリンクという高速度を弾き出した。
「この飛空挺なら、アメリカ軍機と充分に渡り合えるぜ。」
オールフェスは興奮を抑え切れぬ口調で、ハド主任に言った。
「いや、テストはまだこれからです。この後に運動性能を測るテストや、上昇限度を測るテストがあります。これらがどれぐらい優れて
いるかで、アメリカ機と戦えるかどうか判断します。」
レガルギ・ジャルビ少佐は、飛空挺の操縦席の中で下界を見下ろしていた。
「こちら試作機。運動性能はワイバーンよりは悪いが、それでもアメリカ機よりは同等か勝っている。特に突っ込みが利くから
アメリカ軍機の一撃離脱に対応できるかもしれんぞ。」
彼は、たった今終わった、運動性能テストの結果報告を地上の指揮所に伝えた。
魔道士ではない彼は、魔法を使う変わりに、赤い網状の箱に向かって言葉を言う。その箱から返事が返ってきた。
「わかりました。次は上昇限度テストに移ってください。空気タンクとマスクは正常に動いていますか?」
「ああ、バッチリだ!」
「それでは、テスト開始です。」
地上から指示が入ると、ジャルビは発動機の出力を最大にし、機体を上昇させ始めた。
高度が1500グレル(3000メートル)から2000、2500、3000と上がっていく。
3500グレルまで、飛空挺は速力を落とす事無く上昇を続ける。スピードは307、6レリンクを維持していた。
そして、そのまま4000グレルまでを一気に駆け上った。
「ただ今高度4000グレル!すごい、まだ行けるぞ。指揮所へ、とりあえず、いける所まで行っていいんだな?」
「無理しない範囲でお願いしますよ。大事な飛空挺ですからね。」
「分かった!」
そういっている間にも、飛空挺はぐんぐん上昇していく。4300グレルを越えた頃から、発動機の出力が落ちてきた。
4500グレルに到達した時はスピードは落ちていたが、それでも298レリンクはあった。
(すごい、ワイバーンですら飛べなかった高高度を、コイツはあっさりと駆け上りやがった。)
ジャルビ少佐は、興奮で機体の寒さも吹っ飛んだ。ワイバーンの上昇限度は3700グレルまでが精一杯である。
以前の飛空挺では3200グレルまでしか上がれなかった。
だが、この飛空挺は以前の飛空挺より遥かに高い上昇性能を持っていた。
そして、この飛空挺は、今も300レリンクに近いスピードで上昇を続けている。
気が付けば、飛空挺は5900グレル近くまで上昇していた。
ここからは流石の発動機も出力の低下が顕著になり始め、速度は260レリンクしか出せなくなっている。
(そろそろ限界か)
そう思ったジャルビ少佐は、上昇をやめて水平飛行に移った。
現在の高度は5870グレル。機体の操縦席は、高空の低い外気にあてられて寒くなっている。
ジャルビ少佐は、飛空挺搭乗員が必ずつける、厚手の飛行服に身に纏い、寒さ対策は一応行っているが、それでも体に寒気が伝わった。
操縦席の風防ガラスから下界を覗いてみる。下界は、地図でも見ているかのように川の位置や、山の配置までが一目で分かった。
おまけに高度が高いため、遠くの雲海までもが見える。
高高度に達しているため、機体内部の気圧は下がっていた。彼は空気マスクに手を触れる。
「空気マスクを入れといて正解だったな。こいつが無ければ、今頃どうなっていたか。」
彼はそう呟きながら、速度計を見てみる。
スピードは現在の高度だと260レリンクが限界である。
「指揮所へ、試作機より。現在高度5870グレル、速度は260レリンク。素晴らしい上昇性能だ!4000グレルまでは
スピードも大して衰えずにぐんぐん上がって行ったぞ。」
「こちら指揮所、了解。本当に5000グレル以上まで上ったのか?」
先程とは違う人物が応答した。開発部主任のハドだ。
「主任!本当ですよ。いやあ、この飛空挺は見事な物です。流石に5000グレルまであがると、発動機の出力が低下して
全速力は出せませんが、それでも260レリンク程ならなんとか出せます。こいつなら、アメリカのグラマンやコルセアと
ほぼ対等に渡り合えることが出来ます!」
「そうか。そいつは良かった。一通り性能テストも終わった。試験は終了だ、降りて来い。」
「はい、わかりました!」
ジャルビ少佐はそう答えると、飛空挺を徐々に下降させ始めた。
飛空挺は、発動機特有の轟音を鳴らせながら、鮮やかな着陸を見せた。
そのまま駐機場まで来ると、その場で停止した。
ジャルビ少佐は、機体から出ると、真っ先に指揮所に向かった。
指揮所にはハドの他に、開発部長のクナルク・アーベレ陸軍少将や、開発部の幹部達が集まっていた。
「試験飛行終わりました。」
ジャルビ少佐は直立不動の体勢でそう言うと、指揮所の皆が大きな拍手をした。
「よくやってくれた!これで、飛空挺が使えると言う事も、陛下や将軍達にも分かったはずだ。とりあえず、おめでとう!」
アーベレ少将は感極まった表情で彼と固い握手を交わした。
次に、ジャルビ少佐はハドを向き合う。
「ジャルビ、よく頑張った。君のお陰で試験飛行は成功だよ。」
「はい。隊長、じゃなくて、主任。あの飛空挺は最高です。300レリンクを超えるスピード、高度5000グレルまで
駆け上る高空性能、前の飛空挺よりも卓越した機動、どれを取ってもすばらしい物です。あの発動機と機体は相性がピッタリですよ。」
「そうか。出力が当初より低い発動機ではあるんだが、純度の良い魔法石を使った事と、機体の設計の結果、飛空挺は高い
性能を示したのだろう。魔法石の純度が悪かったり、設計が異なっていたら、あの凄い結果を示せたかどうか・・・・・」
その時、指揮所に皇帝を始めとする一行が現れた。
すかさず、全員が直立不動の体制を取り、軍人は一斉に敬礼をする。
「飛空挺開発部の諸君。先の試験飛行は真に見事だった。現在の主力であるワイバーンを凌ぐその性能は、俺も正直驚かされた。
特に、高度5000グレルまで上昇したと聞いた時、俺は飛空挺の開発を続けて正解だと思った。今はまだ試作機がやっと
飛んだばかりであり、あの飛空挺には色々な問題や不具合が出ているだろう。だが、その問題を解決すれば、あの飛空挺は
真の戦闘機に変わるだろう。今後、君達の作った飛空挺は、ワイバーンと同格の主力兵器として前線で幅広く使われるだろう。
それはともかく、今日はご苦労だった。」
皇帝陛下はそう言うと、指揮所にいる20名全員と握手を交わし、その後、アルジア・マユを去って行った。
その日の夕方。ジャルビ少佐は、今日操縦した飛空挺の側に立っていた。
流線型の機体に尖った機首。一目で見ると、なかなか美しいと思える。
事実、陸軍総司令官のギレイル元帥は、駐機していたこの飛空挺を見て、思わず美しいと言ってしまったほどである。
「ここにいたか。」
唐突に声がした。後ろを振り返ると、そこにはハドがいた。
「主任。」
「すっかりこいつに惚れ込んでしまったようだな。」
「はあ、ばれてしまいましたか。」
ジャルビ少佐は顔を赤くして、頭をかいた。
「先ほどの研究会で、こいつもまだまだ不具合がある事が他の研究者にも伝わりましたな。」
「そうだな。特に、機体内部の気温や気圧が、外気と近くなるという問題は難しいな。あれでは、
機体は高高度まで上れても、操縦する奴はかなり大変だろう。」
「ええ。実際そうでした。あの時はあまり感じなかったのですが、どうも体がやけに震えていました。
恐らく、寒さで体が震えていたのでしょう。」
「まっ、飛空挺はまだ新兵器だからな。新兵器には初期の不具合が付き物だ。これらの不具合を研究した事も
踏まえて、今月の20日には2号機が完成する。それと同時に1号機も改良して見るつもりだ。いずれにしろ、
手っ取り早くこの機体を熟成させんとな。」
「前線では、コルセアやライトニングといった機体は勿論、グラマンやウォーホーク等にも苦戦しているようですからね。
早く前線に出て、調子に乗るアメリカ人共を驚かせてやりたいものです。」
「そうだな。」
ハドはため息混じりにそう呟いた。
「ワイバーンの次の改良型が、纏まって前線に配備されるのは今年の7月。速度は280レリンクと大幅に上がっているが、
アメリカは300レリンク以上を出せるコルセアやライトニングを増強しているから、苦戦は免れんだろう。
とにかく、今は自分達の役割を早く成し遂げるのみだ。」
「確かに。」
ジャルビ少佐は深く頷いた。
2人は機体を見つめた。近いうちに、この飛空挺の量産機が大空を舞い上がるだろう。
その時こそ、アメリカ人達を恐怖に陥れる時であると、彼らは確信していた。
新鋭飛空挺ケルフェラク飛行性能(2月13日第6回飛行試験終了時)
全長5.26グレル(10.52メートル)
全幅5.71グレル(11.42メートル)
全高2.15グレル(3.72メートル)
武装 魔道銃4丁
エンジン 出力1800馬力相当
最高速度309レリンク(618キロ)
航続距離628ゼルド(1974キロ)
重量2.2ラッグ(4400キロ)
実用上昇限度6018グレル(12036メートル)
シホールアンル帝国は、前作の攻撃飛空挺の失敗を下に対ワイバーン用に使用できる飛空挺
の開発を目指し、完成したのが本機である。
これまでの戦訓や新技術を取り入れた本機は、ワイバーンを凌ぐ速度性能と高空性能を、
2月2日の初の試験飛行で、オールフェス・リリスレイ皇帝を始めとする来賓の目の前で示し、
その翌日の3日に正式採用された。
今現在、本機は試験飛行時に生じた不具合を改良しながら試験飛行を続けている途中だが、
早くも前線での活躍を期待されている。
今後、アメリカ軍機や南大陸軍ワイバーンに対して重大な脅威になる事は確実と思われている。
尚、このケルフェラクを改良した戦闘攻撃飛空挺の開発も同時に行われており、この試験機は
2月後半に試験飛行を開始する予定である。