第47話 リルネ岬沖の決闘(中編)
1482年 10月24日 午後0時
アメリカ軍攻撃隊は、高度4000メートルで北西に向かっていた。
敵機動部隊までもう少しの距離まで到達した時、突如、敵の戦闘ワイバーンの群れと遭遇した。
そのワイバーン群の後方には、いくつもの航跡が海上に刻まれている。
「敵ワイバーン群接近!護衛戦闘機は敵のワイバーンを阻止しろ!」
攻撃隊指揮官のウェイド・マクラスキー少佐は戦闘機隊にすぐさま命じた。
戦闘機隊を束ねるのは、1ヶ月前、サラトガからヨークタウンの戦闘機隊長に任命されたジョン・サッチ少佐である。
「OK!任せておけ。」
サッチ少佐はマクラスキーに気合の入った声で返事すると、ヨークタウン、エンタープライズ、レンジャー、
ワスプの戦闘機隊を引き連れて敵に向かって行った。
ホーネットの戦闘機隊は敵が彼らの妨害を突破した時のために、攻撃隊の至近に展開させておく。
70機のF4Fは、猛速で戦闘ワイバーンの群れに向かっていく。
「いいか!絶対にペアと離れるな!正面攻撃が終わった後は訓練通りにやれ!」
サッチ少佐はそう言って無線機のマイクを置き、敵のワイバーンを睨みすえる。
互いに同高度、500キロ以上のスピードで飛んでいるから、その姿は徐々に大きくなって来る。
サッチ少佐は正面のワイバーンに狙いをつけた。
ワイバーンまでの距離が700を切った所で機銃を撃った。
両翼から4丁の12.7ミリ機銃が射撃を開始し、曳光弾がワイバーンを包み込んだ。
ワイバーンも光弾を撃った。その直後、ワイバーンが赤い光を発した後、体から何かを噴出していた。
サッチ少佐はそれを確認しただけで、ワイバーンと通り過ぎる。
F4Fとワイバーンは最初、真正面からぶつかり合った。互いに被撃墜機を出しながらも空中戦開始の儀式は終わった。
ワイバーンの編隊を飛びぬけた後、サッチ少佐はペアに声をかけた。
「タイラー中尉、生きてるか?」
「隊長、生きてます。」
「よし。これから訓練でやった奴をやる。君は離れていろ。」
「了解!」
サッチ少佐の指示に従い、ペアのタイラー中尉は周囲を警戒しながら、サッチ少佐機から後方に離れていく。
タイラー中尉がある程度の距離まで離れ、サッチ少佐は機体をしばらく、真っ直ぐ飛行させる。
10秒ほどで、1騎のワイバーンが突進してきた。
サッチは増速してそのワイバーンから逃げようとする。ワイバーンはそのままサッチ少佐機を追撃にかかった。
F4Fのスピードは最大で517キロ、一方のワイバーンは255レリンク(510キロ)のスピードが出せる。
速度性能ではF4Fがわずかに速いだけだ。
そのワイバーンは、サッチ機から距離700メートルの位置のまま追いつけないでいる。
ワイバーンは遠くから光弾を放って来たが、サッチ少佐は機体を巧みに動かして光弾をかわす。
右に、左にロールを繰り返しながら避けるF4Fに、竜騎士はむきになって更に光弾を乱射させた。
その時、後ろから強烈な殺気を感じた。と思った直後、竜騎士はワイバーンもろとも無数の12.7ミリ機銃弾に貫かれた。
何が起きたのか理解できぬまま、ワイバーンと竜騎士はそのまま海面に落ちていった
「隊長!1騎撃墜しました!」
「上出来だ!やっぱりこの戦法は使えるぞ!タイラー、もう一度離れろ!」
サッチ少佐は近寄って来たタイラー中尉を再び後方に引き離した。
彼らは再度、ワイバーンとF4Fが戦う空戦域のど真ん中に突っ込んだ。
ワイバーンが奔流のごとく吐き出される機銃弾にズタズタに引き裂かれる。
かと思えば、いつの間にか後ろに回られたF4Fがワイバーンの光弾をしこたま食らい、火を吐いて海面に直行する。
互いに組んづ解れづの空中戦を演じているが、よく見てみると、落ちていくのはF4Fよりワイバーンの方が多い。
「本格的に取り入れたのは今日が初めてだが、こいつは予想以上だ。」
そう言って、サッチ少佐はニヤリと笑みを浮かべる。
「隊長!4時方向に敵機です!」
「来たか!」
サッチ少佐はそう呟いて、再び愛機を最大速力まで増速させようとした。
しかし、狙われたのはサッチ少佐ではなかった。
「自分の後方にワイバーンがいます!回避します!」
「そっちに行きやがったか!」
狙撃役のタイラー中尉がワイバーンに狙われたようだ。
サッチ少佐は急いで機体のスピードを上げ、大きく左旋回した。
タイラー中尉はサッチ機の後方1000メートルで引っ掛かる敵を待ち構えていたが、ワイバーンが
タイラー機に襲い掛かって来た。
タイラー中尉は必死に愛機を操る。右ロールで敵の光弾を避ける。
しきりに首を後ろに向けながら、操縦桿を右に、左にと、機体を小刻みに動かして光弾をかわすが、
唐突にガンガン!と機体に振動が走った。
「クソ!ツイてねえ!」
タイラー中尉は叫びながら、機体を急降下させる。しかし、ワイバーンもなかなかの手練であった。
タイラー機が急降下に移ったと見るや、その進路の前方に光弾の弾幕を張った。
緑色の光弾が胴体や右主翼に刺さった。
「あいつ、腕が良い!」
タイラーは背筋が凍り付くような感覚に見舞われつつも、機体の急降下を続けさせる。
だが、ワイバーンはまだ充分に離れ切っていない。あと2、3撃は確実に食らう。
彼が死を覚悟した時、サッチ機が急降下するワイバーンに向けて、横合いから12.7ミリ弾を放った。
12.7ミリ弾は命中しなかったが、ワイバーンは急にタイラー機の追跡を止めて反転上昇し、そのまま離れて行った。
タイラー機は急降下をやめて水平飛行に入り、速度を落としたところでサッチ少佐が右横に並んだ。
「タイラー中尉!無事か!?」
「ええ。なんとか。隊長、ありがとうございます!」
無線機からタイラー中尉の声が流れて来た。彼に向かって元気に手を振っている。
どうやら、彼は無事のようだ。
「機体の調子はどうだ?」
「幸い、軽傷のようです。空戦には支障ありません。」
「ようし。それならもう一戦やるぞ。こっちよりワイバーンは多く落とされているようだが、敵さんも数が多い。
敵をもっと減らして、攻撃隊が敵艦隊に取り付けやすくするんだ。」
「分かりました!」
一通り会話が終わると、2機のF4Fは再び互いに距離を開けながら、空戦域に戻っていった。
竜母クァーラルドの戦闘ワイバーン飛行隊長であるデワルク・ジュング少佐は自分の目を疑った。
空戦開始から既に10分が過ぎたが、落ちていくワイバーンは、敵のグラマンより多い。
ここ最近、ワイバーンの飛行性能が上がったため、グラマンと互角の戦いが出来るようになった。
だが、目の前の空戦では、ワイバーンが5騎落とされている間、グラマンは1、2騎程度しか落とされていない。
「どうしてだ?俺達は互角に戦い合える筈なのに・・・・これではまるで、初戦の時と同じでは無いか!?」
彼は、クァーラルドに乗る前はチョルモールに乗艦していた。
そこで、彼は始めて、グラマンと交戦している。
あの時、ワイバーン隊は敵の高速性能、急降下性能に翻弄され、苦い敗北を喫した。
それからと言うもの、ワイバーン隊はグラマンに対し優勢を取れなかった。
ようやくまともな戦いが出来るようになったのは、8月のジェリンファ沖海戦からである。
ワイバーンも新しくなり、乗っている竜騎士も精鋭揃いだ。
ジュング少佐は味方のワイバーンが、グラマンを蹴散らし、後方にいる攻撃機に襲いかかれるだろうと思っていた。
だが、グラマンはこちらとほぼ同数で立ち向かっていた。
ここまでは予想範囲内であったが、まさか、味方のワイバーンがバタバタと撃ち落されるまでは考えていなかった。
「どうしてだ・・・・・・どうして、このような事に!?」
ジュング少佐はとにかく、原因を探ろうとした。
ふと、彼はアメリカ軍戦闘機の奇妙な行動を目にした。
2機のグラマンがいる。だが、その2機は、互いから離れている。
距離は1000メートルほど離れており、なぜかゆっくりとだが、互いに蛇行しながら飛んでいる。
「編隊・・・・・にしては離れ過ぎだ。アメリカ人共は相互支援が出来んのか?」
ジュング少佐はそう思ったが、唐突に先頭のグラマンに、横合いからワイバーンが突っかかって来た。
ワイバーンの突っ込みは見事な物であったが、グラマンもまた、鮮やかな機動で光弾を避けた。
「互いに上手いな。」
彼は素直に双方を褒める。褒められたワイバーンは先頭機の後ろに張り付いて光弾を1連射、2連射と浴びせる。
この時、異変が起こった。
後ろに離れていた2番機が突如、増速したのだ。そのごつい鼻面は、先頭機を狙うワイバーンに指向されていた。
「危ない!そのグラマンから離れろ!」
ジュング少佐はそのワイバーンに喚いたが、時既に遅し。
グラマンの火箭が、ワイバーンに向けて注がれる。
慌てたワイバーンは避けようとするが、機銃弾を全身に満遍なく受けてしまい、竜騎士、ワイバーン共に
ボロ布のようになりながら墜落していった。
彼は知らなかったが、この日、アメリカ軍制空隊は初めてサッチウィーブを大々的に使用した。
サッチウィーブ。それは、ジョン・サッチ少佐が編み出した、対ワイバーン用の戦法である。
この戦法はまず、2機1組になる事から始まる。
2機が1組になると、誘導役と狙撃役に分かれる。狙撃役は誘導役の後方に離れて行き、誘導役は敵が食いつくのを待つ。
そして、ワイバーンが誘導役に食いついた時に、狙撃役は急進して敵のワイバーンを狙い打ちにする。
これがサッチウィーブである。
シホールアンル側のワイバーンも相互支援を行う場合はあるが、シホールアンル側は主に単騎格闘戦法を好む傾向がある。
サッチ少佐は、5月のグンリーラ島沖海戦で得たヒントと、南大陸側から得た情報を元にこの戦法を編み出したのだ。
この戦法を行う時は、必ず2機1組。格闘戦は行わない。仕掛ける場合は必ず一撃離脱に徹する事。
互いに離れる距離は最低でも1000メートル、最大でも2000メートルまでにする等、様々な取り決めが行われた。
アメリカ側は、各母艦航空隊に入念な訓練を行わせた後、この海戦に臨んだのだ。
かくして、サッチウィーブの成果は現れ始めていた。
ジュング少佐はその後、2機のF4Fを撃墜したものの、空戦開始から20分で、38騎のワイバーンが撃墜され、
アメリカ側は14機のF4Fを失っていた。
制空隊はワイバーンの大半を引き受けていたが、10騎ほどのワイバーンが制空隊の防御を突っ切って攻撃隊に殺到した。
これには攻撃隊についていたF4Fが迎撃したが、それでも3騎のワイバーンが攻撃隊に襲い掛かった。
狙われたのはホーネットのアベンジャー隊で、あっという間に3機が撃墜された。
追撃してきたF4Fが小癪なワイバーンを追い回し、2騎を撃墜したが、1騎はまたもやホーネット隊に突っ込み、
今度はドーントレス1機を撃ち落して逃げていった。
しかし、残りの攻撃機は無傷であり、順調に敵機動部隊へと向かっていた。
そして午後0時20分、ついに眼前にシホールアンル艦隊が現れた。
シホールアンル艦隊は、2つの輪形陣を組んでおり、1つめの輪形陣は竜母2隻、2つめの輪形陣は竜母3隻を基幹としている。
その周囲には戦艦、巡洋艦、駆逐艦が展開しており、堂々たる陣形を組み上げている。
「マザーグース、マザーグース。こちらレランデット1。敵機動部隊を視認した!これより攻撃に移る。」
攻撃隊指揮官であるウェイド・マクラスキー少佐は母艦に報告した後、攻撃隊の各機に指示を下した。
「こちら攻撃隊指揮官だ。これより敵艦隊を攻撃する!TF16は右の竜母2隻を中心とする艦隊。
TF15、17は左の竜母3隻を中心とする艦隊を狙え。全機、突入せよ!」
マクラスキー少佐が無線機越しに指示を下すと、編隊は大きく別れた。
「こちらはホーネット隊指揮官のウォルドロンだ。マクラスキー、君らはどの艦をやる?」
無線機にホーネット隊指揮官の声が流れる。
「俺達は前の敵空母を狙う。」
「じゃあ俺達は後ろの奴を狙おう。グッドラック。」
その声を最後に、無線通信は終わった。
ドーントレス隊は高度を5000メートルまでに上げる。その一方で、アベンジャー隊は高度を下げて行く。
決められた高度まで下がり切ると、二手に分かれて敵の輪形陣の左右から進入を開始する。
エンタープライズ隊のドーントレス20機は、高度5000メートルまで上がった所で、輪形陣の左から進入を開始した。
上空は所々雲が出ているが、この海域は雲が余り無い。
天気はとても良く、澄んだ青空が上空に広がっているが、その青空に高射砲弾が炸裂して、マクラスキー隊を脅かす。
高射砲の炸裂煙は周囲に沸き起こっている。
時折、近い距離でドン!と砲弾が炸裂し、機体が大きく揺れる。
高射砲の射撃はなかなか激しい。
「あちらこちらに高射砲弾が炸裂してます。前の海戦と比べると、少し密度が濃いですな。」
「敵も必死なんだろう。ウチの艦隊が放つ高射砲弾幕は凄いからな。それに倣ってシホールアンル側も
対空砲を増やしたのかも知れん。」
言葉が終わると同時に、ボォン!という爆発音が鳴って、機体にカァン!と破片が突き当たる。
進めば進むほど、対空砲火の密度は上がっていく。
巡洋艦の上空に来る頃には、前面が高射砲弾炸裂の煙で埋まっている。
いきなり、後方からオレンジ色の煙が湧き上がった。
「2小隊2番機被弾!」
後部座席のファレル兵曹が報告して来た。
そのドーントレスは、機体の右横で高射砲弾の破片を受けた。
破片をもろに受けた機体は、右主翼から火を噴き出し、やがて機首を下にして墜落していった。
続いて、第2中隊でも被撃墜機が出る。
「頑丈なドーントレスでも、被撃墜機が出る事はさけられんか・・・!」
マクラスキーは相次ぐ仲間の散華に歯噛みしながら、降下地点に向けて機体を進め続ける。
周囲には間断なく高射砲弾が炸裂し、爆風や破片がドーントレスの機体を小突き回す。
更に1機のドーントレスが犠牲になった。そのドーントレスのコクピット前面で高射砲弾が炸裂して
破片が2人のパイロットを薙ぎ払う。
パイロットを粉砕され、コクピット部分を真っ赤に染めたドーントレスが錐揉みになって墜落していく時、
マクラスキー機は敵空母の左舷上方に来ていた。
「ようし、突っ込むぞ!」
自らに気合を入れるかのように叫ぶと、彼は機体を左にくるりと回転させ、機種を敵母艦に合わせた。
急降下を始めたドーントレスは、エンジンを絞り、両翼から無数の穴が開いたハニカムフラップを立ち上げ、速力を抑える。
すると、上空に凶鳥の叫びのような甲高い音が鳴り始めた。
その音は、ドーントレスが敵に向かう時発する雄叫びでもあった。
「4600・・・・4400・・・・4200・・・・」
ファレル兵曹が高度計を読み上げる。
高度が下がるにつれて敵艦隊から放たれる対空砲火が熾烈さを増す。
機体がガタガタ震え、爆撃コースから離れそうになる愛機を、マクラスキーは慣れた手つきで、
しかし、懸命に力を込めて爆撃コースから離れまいとする。
右に回頭し始める竜母に、機体を動かして照準を定める。
高度が2000を切ると、敵竜母からカラフルな光弾が飛んで来た。
機体の左を、右を、上を、光弾が掠め去っていく。
ふとすると、全てが自分に命中するのでは無いかと思われるが、マクラスキー少佐は恐怖感を露にする事無く、
逆にそれがどうしたとばかりに敵艦を睨み付ける。
「1400・・・・1200・・・・1000・・・・」
投下高度は、600メートルだが。この調子で行けば爆弾は当たるかどうか微妙だ。
もう少し高度が下がれば、狙いも正確になって爆弾を叩き付けられるかもしれない。
しかし、猛烈な対空砲火と、そうでなくとも70度の急角度で低高度まで突っ込んだら、引き起こす際に
機体を海面に叩きつけてしまう可能性がある。
だが、マクラスキーは躊躇わなかった。
「400まで行くぞ!」
彼はガタガタと震える愛機を懸命に抑えながらファレルに叫んだ。
一瞬、後ろで息を呑む音が聞こえたように思えた。だが、ファレルは恐れた様子を見せず、高度計を読み続ける。
「800・・・・600」
その時、機体にガリガリ!という鉄を引っかくような振動が伝わる。
しかし、致命傷を免れたのだろう、愛機はエンジンが止まる事も無ければ、主翼から盛大に火を噴くことも無い。
照準器に、敵竜母の飛行甲板が溢れるように写っていた。
「まだまだぁ!」
マクラスキー少佐は吼えるように言い放つと、ファレル兵曹が待望の降下高度を読み上げた。
「400!」
その刹那、マクラスキーは投下レバーを握った。
「投下ぁ!」
気合と共にレバーが引かれ、ドーントレスの胴体から1000ポンド爆弾が放たれた。
懸架装置にプロペラの回転圏外にまで誘導された爆弾は、パッと懸架装置から離れる。
その間、マクラスキー少佐は思い切り操縦桿を引いていた。
急降下から水平飛行に移る際の強烈なGが体を押し潰そうとするが、マクラスキー少佐はその圧迫感に耐えながら
懸命に愛機を水平飛行に移行させようとする。
必死の努力が実り、愛機が高度100付近で水平になろうとした時、
「隊長!命中です!敵艦のど真ん中に爆弾が命中しました!」
ファレル兵曹が自機の成果を、絶叫じみた声でマクラスキーに報告していた。
「よし!後は対空砲火の射程外に逃げるだけだ!」
マクラスキー少佐は額に滲んだ汗を拭いながら、愛機を輪形陣の外に誘導して行った。
エンタープライズ隊が狙った竜母は、第2部隊の旗艦である竜母イリアレンズであった。
ドーントレスの放った爆弾は、急回頭するイリアレンズのど真ん中に突き刺さった。
爆弾は飛行甲板を叩き割って格納庫に達し、そこで爆発した。
爆発の衝撃で格納庫の側壁が海面に吹き飛び、閉鎖甲板であった格納庫が、米空母のような開放式格納庫に
強引に“改造”されてしまった。
2番機の爆弾はイリアレンズの左舷側に至近弾となり、3番機は投弾前に叩き落された。
4番機の爆弾は飛行甲板の前部に突き刺さり、格納庫で炸裂し、そこにいた6騎のワイバーンを粉々に打ち砕いた。
5番機、6番機の爆弾は後部甲板に命中し、これは格納庫を貫通して深部である第3甲板に達し、そこで炸裂した。
爆発エネルギーは保管されていた魔法石を1つ残らず叩き潰し、あるいはヒビを入れてただの石クズに変えてしまう。
ドーントレスが降下する度に、イリアレンズは1000ポンド爆弾を叩き込まれ、着実に蝕まれていく。
1発の爆弾は艦後部の第2魔法動力室に達した。
そこには直径5メートル、長さ3メートルほどの緑の魔法石が2つ並べられ、そこに男女12人の魔道士が
作業を行っていたが、1000ポンド爆弾は2つのうち、1つの魔法石を叩き割ってから信管を作動させ、
爆発エネルギーが魔道士達の悲鳴を発する間もなく室内を席巻した。
イリアレンズもただやられている訳ではない。
増設した魔道銃を含む、46丁の魔道銃をドーントレスに浴びせかけ、3機のドーントレスを叩き落す。
だが、その報復は何十倍にも増して叩き返され、最後のドーントレスが去った時には、イリアレンズは
11発の1000ポンド爆弾を叩き付けられ、大火災を起こしていた。
しかし、イリアレンズは完全には死んだ訳ではなく、依然8リンルの速度で海上を走り続ける。
黒煙を濛々と吐き、満身創痍となった感のあるイリアレンズの戦いは、まだ終わっていなかった。
ドーントレスが去った直後、イリアレンズの左右には16機のアベンジャーが、10メートルの低高度で接近して来た。
護衛艦が魔道銃、高射砲を撃ちまくり、小癪なアメリカ雷撃機を落とそうとする。
しかし、アメリカ軍機はなかなか落ちない。
とあるアベンジャーには、確かに光弾が命中しているはずなのに、そのアベンジャーは破片は散らせど、落ちる気配が無い。
逆に護衛艦に向けて機銃掃射を行う始末だ。唐突に、1機のアベンジャーがコクピットを真っ赤に染めたかと思うと、海面に突っ込む。
バウンドしたアベンジャーの機体は、次の瞬間、大爆発を起こして砕け散った。
搭載していた魚雷が爆発したのだ。
その後、護衛艦は2機を撃墜したが、残りはイリアレンズに左右から肉薄して行った。
濛々たる黒煙を噴きながらも、魔道銃を撃ちまくりながら必死に左回頭を行って、アベンジャーの狙いを外そうとする。
だが、歴戦の手練に率いられたアベンジャー隊は執拗にイリアレンズを追い回す。
そして、アベンジャー隊がイリアレンズの真横に魚雷を投下した。
機関の一部が破壊され、動きが鈍くなったイリアレンズだが、しかし、懸命に右回頭を行って魚雷を外しにかかる。
その行動は功を奏し、アベンジャーの魚雷は2本、3本と次々と外れる。
が、逃げ場の無い夾叉雷撃の前には、その努力も無に返した。
イリアレンズの右舷側後部に2本の水柱が吹き上がる。
2本の魚雷を食らった艦体が、下から蹴り上げられたかのように海面から少しばかり浮き上がる。
その次に、左舷艦首部から1本の水柱が立ち上がる。その一撃で、イリアレンズが一瞬止まった。
それも一瞬で、再び前進し始めた時、2本の魚雷が左舷中央部に相次いで命中した。
止めともいえる一撃に、イリアレンズは完全に停止。
その10秒後、突如イリアレンズは後部から大爆発を起こし、艦体が後部からズブズブと沈み始めた。
それから20分後には、700名の乗員を道連れに、海面から姿を消す事になる。
イリアレンズがエンタープライズ隊の猛功の前に力尽きた時、ギルガメルはイリアレンズより少しましな戦いをしていた。
ギルガメルはホーネット隊の爆撃を次々とかわし、逆に3機を撃墜してなかなか命中弾を与えなかったが、
最後に爆弾3発を前、中、後部に満遍なく受けた。
その次に、夾叉雷撃によって左に1本、右に2本を受けた。
右に受けた魚雷の内、1本は不発であり、突き刺さっただけに終わったが、それでも艦体に与えたダメージは凄まじく、
ギルガメルはわずか8リンルの最高速度しか出せず、事実上大破の状態に追い込まれた。
「アメリカ軍機、約80機以上!我が第1部隊に向かって来ます!」
第2部隊の竜母が、エンタープライズ隊、ホーネット隊によって断末魔の状態にある中、第1部隊にもアメリカ軍機はやって来た。
「ついに来たわね。」
リリスティ・モルクンレル中将は、接近しつつあるアメリカ軍機を見て息を呑んだ。
前回のバゼット海海戦で、第1部隊はアメリカ軍機の空襲を受けたが、今日は前回の戦いよりも数が多い。
果たして、攻撃を凌ぎ切れるだろうか?
リリスティは、内心そんな不安が沸き起こった。こちらも精鋭だが、相手も精鋭である。
アメリカ軍機が攻撃に移る直前に送られて来た魔法通信では、第1部隊の攻撃隊はヨークタウン級空母2隻に
命中弾を与え、1隻は大火災を起こして傾斜し、もう1隻も甲板から多量の黒煙を噴いていたという。
ヘルクレンス少将の第22竜母機動艦隊も、100騎のワイバーンで別のアメリカ機動部隊を攻撃し、
レンジャー級空母1隻を撃沈確実、1隻を大破させ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破の損害を与えた。
この報告を聞いたリリスティは直ちに、全艦隊に向けて魔法通信で報告し、艦隊将兵の士気は天を衝かんばかりに上がった。
そして、彼らはあと少しで手に出来る勝利を得ようと、全将兵はそれぞれの持ち場で任務をこなしている。
「凌ぎ切れば、後はこちらのもの。残った竜母とワイバーンで、残るアメリカ空母を沈めてくれる。」
彼女は、やや余裕めいた笑みを浮かべ、それをすぐに打ち消す。
今、彼女が出来る事は、この航空戦の推移を見守るだけだ。艦の事は艦長に任せるしかない。
「アメリカ軍編隊、分離します!」
見張りの声が艦橋に届く。80機以上いたアメリカ軍機が、いくつかの編隊に分かれる。
一部の編隊は、左右に分離した後、低空飛行しながら輪形陣の側方に向かって突進している。
高空の敵編隊、ドーントレスと思われる敵機も、輪形陣の右側に回りこむようにして旋回している。
その高空の敵機に向けて、各艦の高射砲が射撃を開始した。
既に高空の敵は、一部が輪形陣の右側から進入を開始している。その敵機群の狙いはこのクァーラルドであった。
彼女らは知らなかったが、この時、クァーラルドを狙っていたのは空母レンジャーの攻撃隊である。
レンジャーのドーントレス16機は、高射砲弾の炸裂に小突き回されながらも、高度5000メートルの高みから
クァーラルドの上空に向かいつつあった。
クァーラルドからは、粒のようなドーントレスが、単横陣の隊形で上空に覆い被さるように接近する様が見て取れた。
そのうちの1機が唐突に爆発を起こす。
「よし、まずは1機!」
リリスティは、最初の戦果にわずかながら愁眉を開いた。
このまま2機、3機と連続で叩き落される事を期待したが、激しい対空砲火にもかかわらず、ドーントレスの編隊は
なかなか落ちる様子を見せない。
時折、よろける機もあるのだが、すぐに体勢を立て直して編隊に続行する。
「チィッ、アメリカ軍機は頑丈だとは聞いているけど、こうして落ちない姿を見ると、私達が馬鹿に
されているような気がする!」
リリスティは、落ちる様子を見せないアメリカ軍機に向けてそう言い放った。
ドーントレスに向けられたリリスティの鋭い視線が、高い攻撃能力を持っていれば、ドーントレスは1機残らず落ちただろう。
それほど、彼女の双眸は鋭かった。だが、実際はそのような事が起こるはずが無い。
ようやく、別の1機が白煙を引きながら真っ逆さまになって落ちて行くが、残りは臆した様子も無く、傍若無人に突き進んで来る。
やがて、クァーラルドの右舷上空に到達したドーントレスは、1機、また1機と、つるべ落としのように次々と翼を翻しながら、
クァーラルドに向けて急降下を開始した。
上空に、甲高い音が聞こえ始めた。
最初は対空砲火の喧騒に消されがちな、小さな音なのだが、ドーントレスが高度を下げて来るにつれて、
悪魔の鳴き声のような甲高い音は上空に響き渡る。
「ドーントレスの奴、悪趣味な音を撒き散らして!!」
耳を塞ぎたい気持ちを抑えて、リリスティは憎らしげに呟く。
クァーラルドに取り付けられている魔道銃、高射砲はこれまで以上に激しく撃ちまくっている。
ドーントレスの2番機が高射砲弾に機首の真正面から直撃され、その刹那に一塊の火の玉と化した。
5番機が魔道銃から吐き出された光弾を集中されて火を噴く。その2秒後には機体が空中分解を起こした。
目を覆うような対空砲火にも臆さず、ドーントレス群は急降下でクァーラルドに迫りつつある。
「面舵一杯!」
艦長が大声で指示を下す。
クァーラルドは30秒ほどの間を置いて、指示通り艦首を右に回し始めた。
その時には、ドーントレスは投下高度ギリギリまで迫っていた。
魔道銃、高射砲の猛射を潜り抜けた1番機がクァーラルドの右舷上方、高度500メートルで爆弾を投下した。
甲高い轟音が少しばかり鳴り止み、代わりにグオオーン!という発動機の唸りが左舷方向へ駆け抜けていく。
その1秒後、クァーラルドの左舷側に水柱が立ち上がった。至近弾となった爆弾は、水中爆発の衝撃波でクァーラルドの艦底を叩いた。
やや突き上げるような衝撃が伝わるが、クァーラルド自体は損傷を負っていない。
2機目のドーントレスが胴体から1000ポンド爆弾を投げ落とす。
今度は左舷側艦首付近に落下し、水柱が吹き上がる。
3発目も同様に左舷側海面に落下するのみである。だが、4発目の爆弾はクァーラルドを逃がさなかった。
爆弾はクァーラルドの後部に命中し、飛行甲板を突き破ると格納庫に達し、そこで爆発した。
ズドーン!という強烈な爆発音が鳴り、地震のような衝撃がクァーラルドを揺さぶった。
続いて、5発目の爆弾がクァーラルドの飛行甲板中央部に叩き込まれる。
連続して起こる被弾の衝撃に、クァーラルドの艦体は大きく揺れ動き、乗員の半数以上を壁に叩きつけ、床に這わす。
クァーラルドは相次ぐ被弾に屈する事無く、回頭を続けるが、レンジャー隊は容赦しなかった。
更に3発目、4発目、5発目と、クァーラルドは次々に被弾する。
6発目が突き刺さった時、一瞬艦橋の外が真っ白な閃光に覆われた。
「艦橋の近くに」
リリスティが驚愕の表情で放った言葉は最後まで言えなかった。
突然、雷鳴を耳のすぐ側で聞かされたかのような轟音が鳴り、次に何かがけたたましい音を上げて砕け散った。
彼女は左頬と左横腹に激痛を感じた瞬間、衝撃で後ろの壁に叩きつけられた。
「・・・・・あ・・・・はっ!?」
背中と腹が無理矢理くっついたような圧迫感に、リリスティは目を丸く開き、声にならない悲鳴を上げる。
次に目を開けた時、クァーラルドの艦長がリリスティの肩を揺さぶっていた。
「司令官、大丈夫ですか!?」
艦長は額を真っ赤に染めながら、強張った表情で彼女を呼んでいた。
リリスティは大丈夫と言おうとしたが、左頬と左横腹が焼けるように痛んだ。
痛みに顔をしかめそうになるが、彼女はそれを抑える。
「え、ええ。大丈夫。」
彼女は頷いてから立ち上がった。
艦橋の内部は、スリットガラスが全て砕け散り、そこから黒煙が中に入り込んできている。
内部は酷く傷付いていて、8人ほどの艦橋職員、幕僚が倒れている。
そのうち、4名が動かなかった。戦死したのか、彼女と同じように気絶しているのかは判然としない。
クァーラルドは酷くやられたようだが、それでも、艦は13リンル以上のスピードで海上を突っ走っている。
船としての機能はまだ生きているなと、彼女は確信した。
「どのぐらいやられたの?」
リリスティは傷の痛みを堪えながら、艦長に被害状況を聞いた。その時、
「左舷側方より雷撃機来ます!」
「右舷側方よりアメリカ軍機!低空で接近してきます!」
更なる刺客が迫っている事を、見張りが報告して来た。
空母レンジャーのアベンジャー隊を率いるウィル・パーキンス少佐は、目の前の竜母を見つめながら、
機銃手のヘンリー・リッティングトン兵曹に声をかけた。
「ヘンリー!後ろの奴らは全機ついて来ているか!?」
「残り6機、全機ついて来ています!」
「ようし。敵は大物だ。気合を入れていくぞ!」
パーキンス少佐は眦を決しながら、愛機を輪形陣の内部に進めた。
「隊長!TF16の連中が空母1隻を撃沈しました!」
真ん中の電信員席に座るアレク・ヴェラーレル少尉が、TF16の戦果を報告した。
「そうか!TF16の連中がやったか!なら、俺達も負けてられんぞ!」
パーキンス少佐は、味方が挙げた大戦果に浮き立つような高揚感を感じながら、機体を高度10メートルほどの低空に下げていく。
彼を含む7機のアベンジャーは、ほぼ横一線に並びながら駆逐艦の上空をフライパスした。
シホールアンル艦が必死に魔道銃と高射砲を撃ってくる。
周囲にカラフルな光弾が海面を縫い、高射砲弾の破片が海面を泡立たせる。
目の前の敵竜母1番艦は、飛行甲板から濛々たる黒煙を上げている。
ドーントレス隊の1000ポンド爆弾が、敵艦の甲板を抉ったのであろう。
黒煙が噴出している破孔からは、時折オレンジ色の炎が見え隠れしている。
傍目から見て、この竜母が今後の戦闘に使えない事は明らかである。
(だが、船としての機能はまだ生きてやがる)
パーキンス少佐はそう確信した。火災炎を上げる竜母は、27ノット以上のスピードで海上を驀進している。
どうやら、ドーントレス隊の爆弾は、機関部などの艦深部にはダメージを与えていないのだろう。
ここで逃がせば、後方で修理されて再び前線に出て、味方に害を成すかもしれない。
「ならば、俺達の魚雷で仕留めるまで!」
パーキンス少佐は目の前の竜母を睨みつけながら、機体を徐々に敵に近づけていく。
中央部に近付くにつれて、対空砲火は苛烈さを増し、護衛艦や目の前の竜母が放つ光弾で、目の前が思ったように見えない。
ガツン!という衝撃が機体を揺さぶった。
一瞬ひやりとするが、
「胴体に被弾!しかし、損傷は軽微です!」
ヴェラーレル少尉が報告して来た。思ったよりも深く傷ついていないので、パーキンス少佐はやや愁眉を開いた。
巡洋艦の防御ラインを突破し、ついに敵の右後方から竜母を眺められる位置にまで近付いた。
距離は1500メートルほどだ。
「800で投下するぞ!」
パーキンス少佐は必中を期すため、1000メートル以内の距離で魚雷を投下する事にした。
雷撃は、投下距離が短いほど、命中しやすくなる。
しかし、敵もただで沈められるほど馬鹿ではない。敵艦は常に対空砲火を放ってくるため、投下距離が短い分、
敵の対空火器も命中しやすくなり、自機が撃墜される確率は高くなる。
その危険に、パーキンス少佐はあえて挑んだ。
カラフルな光弾がアベンジャーの周囲を通り過ぎ、至近で高射砲弾が炸裂するが、アベンジャー隊は止まらない。
距離が1200切ろうとした時、唐突にガガァン!という強い衝撃に揺さぶられた。
今度の衝撃はかなり強かった。
(今度こそやられたか!)
一瞬、パーキンス少佐の脳裏に、自機が海面に突っ込み、水柱を吹き上げる様子が浮かんだ。
だが、機体は主翼から火を噴くことも、エンジンが以上を来たす事も無い。
「・・・・・一応、致命傷は避けられたか。」
彼はそう言ってから、おもむろに右主翼を見た時、その先端部分がささくれ立っていた。
だが、不思議とアベンジャーは飛行を続けている。
彼の言った通り、損傷は致命傷とならずに済んだのだ。
「あと少し傷が大きけりゃ、今頃・・・・・」
ヴェラーレル少尉が声を震わせながら呟く。後一歩で、この未知の海で散華していたのだ。
恐ろしくないはずが無い。
「安心しろ!グラマン鉄工所の機体は、シホット共のひょろひょろ弾なんぞに簡単に落とされはせん!
今のがいい証拠じゃないか!」
パーキンス少佐は2人を元気付けるように、大声で叫んだ。
その2秒後、唐突に2番機が主翼から火を噴いた。
彼はハッとなるが、2番機に顔を振り返ることは無い。彼は前を見続ける。
2番機はそのまま滑り込むようにして、海面に突っ込んだ。
犠牲を出しながらも、アベンジャー隊と敵竜母の距離は、徐々に狭まりつつある。
そして、
「距離800!」
「魚雷投下!」
ヴェラーレル少尉の報告と共に、パーキンス少佐は魚雷を投下した。
胴体から放出された魚雷が、海面下に落下し、少しばかり沈下する。
やがて、魚雷は自らの動力で動き出し、敵艦の艦腹を目指して突進して行った。
パーキンス少佐が魚雷を投下した事を確認すると、残りのアベンジャーも一斉に魚雷を投下した。
「前方に味方機!」
ヴェラーレルが、前方から向かって来る機影を見つけた。それは、先ほど分離した残りのアベンジャー隊である。
パーキンス少佐は全速力で敵竜母の甲板スレスレを掠めた。
そして反対側からやって来たアベンジャーとすれ違う。
敵艦の左舷に抜けて少し間が経った時、右舷側に水柱が立ち上がった。
「敵艦の右舷に水柱1!いや、もう1本、更に1本上がりました!」
リッティングトン兵曹が上ずった声音で2人に報告して来た。
3本のMk-13魚雷は、敵竜母の右舷中央部と後部に突き刺さり、高々と水柱を立ち上げる。
激痛に身悶える竜母に、左舷側から新たに1本、2本、3本と前、中、後部に魚雷が命中し、申し合わせたかのごとく、
順番に3本の水柱が立ち上がった。
「更に3本の魚雷が命中!隊長、やりました!」
「ブラボー!これでレンジャーの仇は取ったぞ!」
パーキンス少佐は、その報告に破顔して歓声を上げた。
ドーン!という重々しい爆発音と共に、左舷に水柱が立ち上がった。
「うわあぁ!?」
リリスティは激しい衝撃に耐えることが出来ず、床に転倒してしまった。
クァーラルドは新たに命中した魚雷の炸裂に、海面から飛び上がった。
それから、クァーラルドは力尽きたのか、ガクッと速度を落とし、100メートルほどゆっくり進んだ後、
海上で停止してしまった。
被雷から10分後、艦橋に副長が上がってきた。副長の顔は煤で真っ黒だった。
「艦長。左右浸水は止まりません。それに、艦内での火災が酷く、遠からぬうちに火は弾薬庫にまで延焼します。」
「なんとか・・・・・なんとか、できないものか?」
艦長は、どこか懇願するような口調で、副長に聞いた。だが、
「このままでは、無為に乗員を犠牲にするだけです。前回の海戦よりも被害が大きすぎて、許容範囲を超えております。」
「いや、乗員総出で消火活動にあたれば何とかなるかもしれない。」
「・・・・もう・・・無理よ。」
唐突に、凛とした、それでいて苦しげな口調が響いた。
その声は、リリスティであった。
彼女は左頬を血で染め、左横腹を右手で押さえている。その美しい長髪は乱れており、気品を幾らか損なわせている。
それでも、彼女の口調は落ち着いていた。
「確かに、このクァーラルドは大切だけど、こうも酷く傷付けられては助からない。ここでクァーラルドが沈んでも、
船はまた作る事が出来る。でも、船の扱いに慣れた乗員は、失っても作れない。だから、船から乗員を降ろすべきよ。」
「・・・・・司令官。」
「今のうちに命じた方がいい。命令が早い分、多くの命が救われるよ。」
リリスティの言葉に、艦長は肩を震わせた。
少しばかりの沈黙の後、艦長は命じた。
「分かりました司令官。総員退艦を命じます。司令官は、寮艦にお移り下さい。」
「ええ・・・・分かった、う」
彼女は言葉を言い切らない内に激しく咳き込んだ。その時、彼女は思わず血を吐いた。
「司令官!?」
幕僚達が慌てた口調でリリスティを呼ぶ。
「あ、あたしの事はいい!それよりも、各部隊に伝える事がある・・・わ。」
いきなり、右の横腹が。いや、横腹だけではない、体の内部からも激痛が走った。
(破片が体の中、それも、奥に入ってる)
先ほどの吐血からして恐らく、内臓が傷付いているのかもしれない。
一瞬、痛みの余り目眩がしたが、リリスティは痛みに耐えつつ、途切れ途切れの言葉で、艦隊の各部隊に今後の方針を伝えた。
それが終わると、彼女は力尽き、意識を失ってしまった。
第2部隊のクァーラルドがレンジャー隊に襲われている間、残りの竜母、ゼルアレ、ライル・エグも
ヨークタウン隊、ワスプ隊の艦載機に襲われた。
ゼルアレは艦長が巧みな操艦ぶりを発揮し、ヨークタウン隊の爆撃、雷撃を次々とかわしたが、
爆弾3発、魚雷2本を受けて速度が10リンルにまで低下した。
ライル・エグは爆弾4発、魚雷1本を受けて叩きのめされたが、ゼルアレ、ライル・エグ共に大破止まりであり、
一応沈没は免れそうであった。
午後1時 第16任務部隊旗艦空母エンタープライズ
エンタープライズは、先のシホールアンル側の攻撃で爆弾3発を受けていた。
そのうち、2発が飛行甲板に命中した。
火災は15分ほどで消し止められ、今は飛行甲板の応急修理を急ピッチで行っている。
「2時間か・・・・・微妙な所だな、艦長。」
ハルゼー中将は、エンタープライズの艦長であるマレー大佐に険しい表情で言った。
「修理班の班長はそう申しておりました。本当なら長くて3時間はかかる予定でしたが、前部左舷側砲塔の
修理を棚上げにしたお陰で、なんとか2時間に短縮出来ました。」
マレー大佐はそう答えるが、ハルゼーとしてはもっと短い時間に修理を終えてもらいたかった。
機動部隊の南西方面には、未知の敵機動部隊がいる。
TF17はその機動部隊に襲われて、レンジャーを火達磨にされ、ヨークタウンを傷付けられた。
その敵に対して、TF15のワスプとサウスダコタが、ドーントレス4機とキングフィッシャー2機を上げて索敵当たっている。
だが、ハルゼーとしてはこの数字は少ないように見える。せめて、10機程度は欲しいと思っている。
「司令官、TF17のレンジャーがたった今、駆逐艦によって雷撃処分されました。残りの乗員はクインシーと
ランズダウン、グリーブスに収容されました。」
ブローニング参謀長が、勤めて冷静な口調で報告して来た。
「ヨークタウンはどうなっている?」
ハルゼー中将は、ブローニング参謀長に気になっている事を聞いてみた。
「ヨークタウンは火災が鎮火し、現在飛行甲板の応急修理を行っています。速ければ、2時間ほどで終わるようです。」
「そうか。ボーイズ達が戻って来るまでにはギリギリで間に合いそうだな。」
そこへ、通信参謀が艦橋にやって来た。
「司令官!攻撃隊より攻撃成功との連絡が入りました!」
「おお!やったか!」
ハルゼーは、先まで浮かべていた憂色を吹き飛ばして、笑顔で叫んだ。
「戦果は、敵竜母2隻撃沈、3隻大破。敵ワイバーン46騎撃墜です。攻撃隊の被害は調査中です。」
「竜母2隻撃沈、3隻大破か。こっちはレンジャーが沈み、ホーネットが大破。ビッグEとヨークタウンは中破だが、
応急修理で復活できる。第1ラウンドは我々の勝利だな!」
彼は満足気な口調でそう叫んだ。
「これで正面の敵は全て叩きました。ですが、まだ敵には竜母2隻が残っています。これを叩かねば、敵は第2、第3波の
攻撃隊を送り込んでくる可能性があります。」
「ああ。それは分かっている。今、ノイス部隊が策敵機を飛ばしている。攻撃隊が戻ったら、格納庫で残っている分も
含めて第2次攻撃隊を編成し、後方の敵を見つけ次第叩くぞ!」
ハルゼーや幕僚達が、今後の方針を決めている最中、ラウスは片隅で考え事をしていた。
(とりあえず、正面の敵はこれで叩きのめされた。ハルゼーのおっさんは後ろの竜母部隊を叩くと言っている。でも・・・・)
ラウスは頭の中に、バゼット半島と、シホールアンル輸送船団の位置を描いていく。
朝の索敵で見つけたのは、あくまで敵の前衛部隊だ。
その後方にいる輸送船団は、6時間以上前の潜水艦の報告以来、情報が入っていない。
今行われている戦いは、この海域の制空権を握るために行われているが、本来の主目標である輸送船団はノーベンエル岬沖より
300マイル程度しか離れていない。
もし、別の竜母部隊を攻撃している時に、敵輸送船団が変針したら・・・・・
ラウスはハルゼーに声をかけてみた。
「あの~。ハルゼー提督。」
「ん?どうした?」
ハルゼーは微笑みながら彼の側に近寄った。
「輸送船団はどうするのでしょうか?」
「輸送船団だと?」
「ええ。もしですよ。仮にこっちが南西の敵部隊を叩いている間、敵部隊の司令官が、竜母部隊の大損害を受けた事に
ショックを受け、慌てて輸送船団を上陸地点に向かわせたら、その時はどうするのでしょうか。」
一瞬、艦橋内に重い空気が漂った。
(・・・・まずい質問しちまったかな?)
ラウスは後悔した。だが、
「そうか。敵の司令官が、輸送船団を早々と上陸地点に向かわせる事もあり得るな。」
彼らは再び、険しい表情で、その不測の事態が起きた場合を考え始めた。
「ラウス君の言う通り、輸送船団が竜母部隊の庇護を受けられぬと判断した場合、強襲軍の上陸を早める事は
充分に有り得ますな。」
「こっちには無傷の空母が1隻残っているからな。それに襲われぬ内に事を済ます、と言う事か。
ミスリアル軍の大半は東部に移動している。防備の薄い西部に纏まった軍が上陸すれば、ミスリアルは
大打撃を被るな。そうなっては、敵の思う壺だ。」
「そうならぬ為には、早めに後顧の憂いを絶ち、残った航空機で敵船団を叩かねばなりませんな。」
ブローニング参謀長の言葉に、幕僚達は頷く。
「と、すると。時間は余り無いな。こりゃ攻撃隊に速く戻ってもらわんと、取り返しの付かん事態になるぞ。
後方のシホットに構っている間に日が暮れたら、艦載機の出番は明日までお預けと言う事になる・・・・・
畜生、何か妙案は無いものか・・・・」
ハルゼーは今後の方針を考えながら、艦橋の張り出し通路に移動した。
海は心地よい風が吹いていて、焦り立つ心を癒してくれる。
後方に目を向けると、未だに火災の鎮火しないホーネットが遠くを航行している。
ミッチャー艦長の報告では、延焼はなんとか食い止めており、あと1時間ほどで鎮火に向かうと言われている。
(ホーネットはこの海戦が終わったら、本国のドックで入院させねばならんな。)
ハルゼーはそう考えながら、艦首側の海域に顔を向けた。
エンタープライズの前方には、戦艦ノースカロライナが航行していた。
先の防空戦では、ノースカロライナは20門の5インチ砲を乱射して、寮艦と共によく戦ってくれた。
彼はノースカロライナの姿をしばらく見つめていた。
ふと、ある考えが彼の頭の中に浮かんだ。
1482年 10月24日 午後0時
アメリカ軍攻撃隊は、高度4000メートルで北西に向かっていた。
敵機動部隊までもう少しの距離まで到達した時、突如、敵の戦闘ワイバーンの群れと遭遇した。
そのワイバーン群の後方には、いくつもの航跡が海上に刻まれている。
「敵ワイバーン群接近!護衛戦闘機は敵のワイバーンを阻止しろ!」
攻撃隊指揮官のウェイド・マクラスキー少佐は戦闘機隊にすぐさま命じた。
戦闘機隊を束ねるのは、1ヶ月前、サラトガからヨークタウンの戦闘機隊長に任命されたジョン・サッチ少佐である。
「OK!任せておけ。」
サッチ少佐はマクラスキーに気合の入った声で返事すると、ヨークタウン、エンタープライズ、レンジャー、
ワスプの戦闘機隊を引き連れて敵に向かって行った。
ホーネットの戦闘機隊は敵が彼らの妨害を突破した時のために、攻撃隊の至近に展開させておく。
70機のF4Fは、猛速で戦闘ワイバーンの群れに向かっていく。
「いいか!絶対にペアと離れるな!正面攻撃が終わった後は訓練通りにやれ!」
サッチ少佐はそう言って無線機のマイクを置き、敵のワイバーンを睨みすえる。
互いに同高度、500キロ以上のスピードで飛んでいるから、その姿は徐々に大きくなって来る。
サッチ少佐は正面のワイバーンに狙いをつけた。
ワイバーンまでの距離が700を切った所で機銃を撃った。
両翼から4丁の12.7ミリ機銃が射撃を開始し、曳光弾がワイバーンを包み込んだ。
ワイバーンも光弾を撃った。その直後、ワイバーンが赤い光を発した後、体から何かを噴出していた。
サッチ少佐はそれを確認しただけで、ワイバーンと通り過ぎる。
F4Fとワイバーンは最初、真正面からぶつかり合った。互いに被撃墜機を出しながらも空中戦開始の儀式は終わった。
ワイバーンの編隊を飛びぬけた後、サッチ少佐はペアに声をかけた。
「タイラー中尉、生きてるか?」
「隊長、生きてます。」
「よし。これから訓練でやった奴をやる。君は離れていろ。」
「了解!」
サッチ少佐の指示に従い、ペアのタイラー中尉は周囲を警戒しながら、サッチ少佐機から後方に離れていく。
タイラー中尉がある程度の距離まで離れ、サッチ少佐は機体をしばらく、真っ直ぐ飛行させる。
10秒ほどで、1騎のワイバーンが突進してきた。
サッチは増速してそのワイバーンから逃げようとする。ワイバーンはそのままサッチ少佐機を追撃にかかった。
F4Fのスピードは最大で517キロ、一方のワイバーンは255レリンク(510キロ)のスピードが出せる。
速度性能ではF4Fがわずかに速いだけだ。
そのワイバーンは、サッチ機から距離700メートルの位置のまま追いつけないでいる。
ワイバーンは遠くから光弾を放って来たが、サッチ少佐は機体を巧みに動かして光弾をかわす。
右に、左にロールを繰り返しながら避けるF4Fに、竜騎士はむきになって更に光弾を乱射させた。
その時、後ろから強烈な殺気を感じた。と思った直後、竜騎士はワイバーンもろとも無数の12.7ミリ機銃弾に貫かれた。
何が起きたのか理解できぬまま、ワイバーンと竜騎士はそのまま海面に落ちていった
「隊長!1騎撃墜しました!」
「上出来だ!やっぱりこの戦法は使えるぞ!タイラー、もう一度離れろ!」
サッチ少佐は近寄って来たタイラー中尉を再び後方に引き離した。
彼らは再度、ワイバーンとF4Fが戦う空戦域のど真ん中に突っ込んだ。
ワイバーンが奔流のごとく吐き出される機銃弾にズタズタに引き裂かれる。
かと思えば、いつの間にか後ろに回られたF4Fがワイバーンの光弾をしこたま食らい、火を吐いて海面に直行する。
互いに組んづ解れづの空中戦を演じているが、よく見てみると、落ちていくのはF4Fよりワイバーンの方が多い。
「本格的に取り入れたのは今日が初めてだが、こいつは予想以上だ。」
そう言って、サッチ少佐はニヤリと笑みを浮かべる。
「隊長!4時方向に敵機です!」
「来たか!」
サッチ少佐はそう呟いて、再び愛機を最大速力まで増速させようとした。
しかし、狙われたのはサッチ少佐ではなかった。
「自分の後方にワイバーンがいます!回避します!」
「そっちに行きやがったか!」
狙撃役のタイラー中尉がワイバーンに狙われたようだ。
サッチ少佐は急いで機体のスピードを上げ、大きく左旋回した。
タイラー中尉はサッチ機の後方1000メートルで引っ掛かる敵を待ち構えていたが、ワイバーンが
タイラー機に襲い掛かって来た。
タイラー中尉は必死に愛機を操る。右ロールで敵の光弾を避ける。
しきりに首を後ろに向けながら、操縦桿を右に、左にと、機体を小刻みに動かして光弾をかわすが、
唐突にガンガン!と機体に振動が走った。
「クソ!ツイてねえ!」
タイラー中尉は叫びながら、機体を急降下させる。しかし、ワイバーンもなかなかの手練であった。
タイラー機が急降下に移ったと見るや、その進路の前方に光弾の弾幕を張った。
緑色の光弾が胴体や右主翼に刺さった。
「あいつ、腕が良い!」
タイラーは背筋が凍り付くような感覚に見舞われつつも、機体の急降下を続けさせる。
だが、ワイバーンはまだ充分に離れ切っていない。あと2、3撃は確実に食らう。
彼が死を覚悟した時、サッチ機が急降下するワイバーンに向けて、横合いから12.7ミリ弾を放った。
12.7ミリ弾は命中しなかったが、ワイバーンは急にタイラー機の追跡を止めて反転上昇し、そのまま離れて行った。
タイラー機は急降下をやめて水平飛行に入り、速度を落としたところでサッチ少佐が右横に並んだ。
「タイラー中尉!無事か!?」
「ええ。なんとか。隊長、ありがとうございます!」
無線機からタイラー中尉の声が流れて来た。彼に向かって元気に手を振っている。
どうやら、彼は無事のようだ。
「機体の調子はどうだ?」
「幸い、軽傷のようです。空戦には支障ありません。」
「ようし。それならもう一戦やるぞ。こっちよりワイバーンは多く落とされているようだが、敵さんも数が多い。
敵をもっと減らして、攻撃隊が敵艦隊に取り付けやすくするんだ。」
「分かりました!」
一通り会話が終わると、2機のF4Fは再び互いに距離を開けながら、空戦域に戻っていった。
竜母クァーラルドの戦闘ワイバーン飛行隊長であるデワルク・ジュング少佐は自分の目を疑った。
空戦開始から既に10分が過ぎたが、落ちていくワイバーンは、敵のグラマンより多い。
ここ最近、ワイバーンの飛行性能が上がったため、グラマンと互角の戦いが出来るようになった。
だが、目の前の空戦では、ワイバーンが5騎落とされている間、グラマンは1、2騎程度しか落とされていない。
「どうしてだ?俺達は互角に戦い合える筈なのに・・・・これではまるで、初戦の時と同じでは無いか!?」
彼は、クァーラルドに乗る前はチョルモールに乗艦していた。
そこで、彼は始めて、グラマンと交戦している。
あの時、ワイバーン隊は敵の高速性能、急降下性能に翻弄され、苦い敗北を喫した。
それからと言うもの、ワイバーン隊はグラマンに対し優勢を取れなかった。
ようやくまともな戦いが出来るようになったのは、8月のジェリンファ沖海戦からである。
ワイバーンも新しくなり、乗っている竜騎士も精鋭揃いだ。
ジュング少佐は味方のワイバーンが、グラマンを蹴散らし、後方にいる攻撃機に襲いかかれるだろうと思っていた。
だが、グラマンはこちらとほぼ同数で立ち向かっていた。
ここまでは予想範囲内であったが、まさか、味方のワイバーンがバタバタと撃ち落されるまでは考えていなかった。
「どうしてだ・・・・・・どうして、このような事に!?」
ジュング少佐はとにかく、原因を探ろうとした。
ふと、彼はアメリカ軍戦闘機の奇妙な行動を目にした。
2機のグラマンがいる。だが、その2機は、互いから離れている。
距離は1000メートルほど離れており、なぜかゆっくりとだが、互いに蛇行しながら飛んでいる。
「編隊・・・・・にしては離れ過ぎだ。アメリカ人共は相互支援が出来んのか?」
ジュング少佐はそう思ったが、唐突に先頭のグラマンに、横合いからワイバーンが突っかかって来た。
ワイバーンの突っ込みは見事な物であったが、グラマンもまた、鮮やかな機動で光弾を避けた。
「互いに上手いな。」
彼は素直に双方を褒める。褒められたワイバーンは先頭機の後ろに張り付いて光弾を1連射、2連射と浴びせる。
この時、異変が起こった。
後ろに離れていた2番機が突如、増速したのだ。そのごつい鼻面は、先頭機を狙うワイバーンに指向されていた。
「危ない!そのグラマンから離れろ!」
ジュング少佐はそのワイバーンに喚いたが、時既に遅し。
グラマンの火箭が、ワイバーンに向けて注がれる。
慌てたワイバーンは避けようとするが、機銃弾を全身に満遍なく受けてしまい、竜騎士、ワイバーン共に
ボロ布のようになりながら墜落していった。
彼は知らなかったが、この日、アメリカ軍制空隊は初めてサッチウィーブを大々的に使用した。
サッチウィーブ。それは、ジョン・サッチ少佐が編み出した、対ワイバーン用の戦法である。
この戦法はまず、2機1組になる事から始まる。
2機が1組になると、誘導役と狙撃役に分かれる。狙撃役は誘導役の後方に離れて行き、誘導役は敵が食いつくのを待つ。
そして、ワイバーンが誘導役に食いついた時に、狙撃役は急進して敵のワイバーンを狙い打ちにする。
これがサッチウィーブである。
シホールアンル側のワイバーンも相互支援を行う場合はあるが、シホールアンル側は主に単騎格闘戦法を好む傾向がある。
サッチ少佐は、5月のグンリーラ島沖海戦で得たヒントと、南大陸側から得た情報を元にこの戦法を編み出したのだ。
この戦法を行う時は、必ず2機1組。格闘戦は行わない。仕掛ける場合は必ず一撃離脱に徹する事。
互いに離れる距離は最低でも1000メートル、最大でも2000メートルまでにする等、様々な取り決めが行われた。
アメリカ側は、各母艦航空隊に入念な訓練を行わせた後、この海戦に臨んだのだ。
かくして、サッチウィーブの成果は現れ始めていた。
ジュング少佐はその後、2機のF4Fを撃墜したものの、空戦開始から20分で、38騎のワイバーンが撃墜され、
アメリカ側は14機のF4Fを失っていた。
制空隊はワイバーンの大半を引き受けていたが、10騎ほどのワイバーンが制空隊の防御を突っ切って攻撃隊に殺到した。
これには攻撃隊についていたF4Fが迎撃したが、それでも3騎のワイバーンが攻撃隊に襲い掛かった。
狙われたのはホーネットのアベンジャー隊で、あっという間に3機が撃墜された。
追撃してきたF4Fが小癪なワイバーンを追い回し、2騎を撃墜したが、1騎はまたもやホーネット隊に突っ込み、
今度はドーントレス1機を撃ち落して逃げていった。
しかし、残りの攻撃機は無傷であり、順調に敵機動部隊へと向かっていた。
そして午後0時20分、ついに眼前にシホールアンル艦隊が現れた。
シホールアンル艦隊は、2つの輪形陣を組んでおり、1つめの輪形陣は竜母2隻、2つめの輪形陣は竜母3隻を基幹としている。
その周囲には戦艦、巡洋艦、駆逐艦が展開しており、堂々たる陣形を組み上げている。
「マザーグース、マザーグース。こちらレランデット1。敵機動部隊を視認した!これより攻撃に移る。」
攻撃隊指揮官であるウェイド・マクラスキー少佐は母艦に報告した後、攻撃隊の各機に指示を下した。
「こちら攻撃隊指揮官だ。これより敵艦隊を攻撃する!TF16は右の竜母2隻を中心とする艦隊。
TF15、17は左の竜母3隻を中心とする艦隊を狙え。全機、突入せよ!」
マクラスキー少佐が無線機越しに指示を下すと、編隊は大きく別れた。
「こちらはホーネット隊指揮官のウォルドロンだ。マクラスキー、君らはどの艦をやる?」
無線機にホーネット隊指揮官の声が流れる。
「俺達は前の敵空母を狙う。」
「じゃあ俺達は後ろの奴を狙おう。グッドラック。」
その声を最後に、無線通信は終わった。
ドーントレス隊は高度を5000メートルまでに上げる。その一方で、アベンジャー隊は高度を下げて行く。
決められた高度まで下がり切ると、二手に分かれて敵の輪形陣の左右から進入を開始する。
エンタープライズ隊のドーントレス20機は、高度5000メートルまで上がった所で、輪形陣の左から進入を開始した。
上空は所々雲が出ているが、この海域は雲が余り無い。
天気はとても良く、澄んだ青空が上空に広がっているが、その青空に高射砲弾が炸裂して、マクラスキー隊を脅かす。
高射砲の炸裂煙は周囲に沸き起こっている。
時折、近い距離でドン!と砲弾が炸裂し、機体が大きく揺れる。
高射砲の射撃はなかなか激しい。
「あちらこちらに高射砲弾が炸裂してます。前の海戦と比べると、少し密度が濃いですな。」
「敵も必死なんだろう。ウチの艦隊が放つ高射砲弾幕は凄いからな。それに倣ってシホールアンル側も
対空砲を増やしたのかも知れん。」
言葉が終わると同時に、ボォン!という爆発音が鳴って、機体にカァン!と破片が突き当たる。
進めば進むほど、対空砲火の密度は上がっていく。
巡洋艦の上空に来る頃には、前面が高射砲弾炸裂の煙で埋まっている。
いきなり、後方からオレンジ色の煙が湧き上がった。
「2小隊2番機被弾!」
後部座席のファレル兵曹が報告して来た。
そのドーントレスは、機体の右横で高射砲弾の破片を受けた。
破片をもろに受けた機体は、右主翼から火を噴き出し、やがて機首を下にして墜落していった。
続いて、第2中隊でも被撃墜機が出る。
「頑丈なドーントレスでも、被撃墜機が出る事はさけられんか・・・!」
マクラスキーは相次ぐ仲間の散華に歯噛みしながら、降下地点に向けて機体を進め続ける。
周囲には間断なく高射砲弾が炸裂し、爆風や破片がドーントレスの機体を小突き回す。
更に1機のドーントレスが犠牲になった。そのドーントレスのコクピット前面で高射砲弾が炸裂して
破片が2人のパイロットを薙ぎ払う。
パイロットを粉砕され、コクピット部分を真っ赤に染めたドーントレスが錐揉みになって墜落していく時、
マクラスキー機は敵空母の左舷上方に来ていた。
「ようし、突っ込むぞ!」
自らに気合を入れるかのように叫ぶと、彼は機体を左にくるりと回転させ、機種を敵母艦に合わせた。
急降下を始めたドーントレスは、エンジンを絞り、両翼から無数の穴が開いたハニカムフラップを立ち上げ、速力を抑える。
すると、上空に凶鳥の叫びのような甲高い音が鳴り始めた。
その音は、ドーントレスが敵に向かう時発する雄叫びでもあった。
「4600・・・・4400・・・・4200・・・・」
ファレル兵曹が高度計を読み上げる。
高度が下がるにつれて敵艦隊から放たれる対空砲火が熾烈さを増す。
機体がガタガタ震え、爆撃コースから離れそうになる愛機を、マクラスキーは慣れた手つきで、
しかし、懸命に力を込めて爆撃コースから離れまいとする。
右に回頭し始める竜母に、機体を動かして照準を定める。
高度が2000を切ると、敵竜母からカラフルな光弾が飛んで来た。
機体の左を、右を、上を、光弾が掠め去っていく。
ふとすると、全てが自分に命中するのでは無いかと思われるが、マクラスキー少佐は恐怖感を露にする事無く、
逆にそれがどうしたとばかりに敵艦を睨み付ける。
「1400・・・・1200・・・・1000・・・・」
投下高度は、600メートルだが。この調子で行けば爆弾は当たるかどうか微妙だ。
もう少し高度が下がれば、狙いも正確になって爆弾を叩き付けられるかもしれない。
しかし、猛烈な対空砲火と、そうでなくとも70度の急角度で低高度まで突っ込んだら、引き起こす際に
機体を海面に叩きつけてしまう可能性がある。
だが、マクラスキーは躊躇わなかった。
「400まで行くぞ!」
彼はガタガタと震える愛機を懸命に抑えながらファレルに叫んだ。
一瞬、後ろで息を呑む音が聞こえたように思えた。だが、ファレルは恐れた様子を見せず、高度計を読み続ける。
「800・・・・600」
その時、機体にガリガリ!という鉄を引っかくような振動が伝わる。
しかし、致命傷を免れたのだろう、愛機はエンジンが止まる事も無ければ、主翼から盛大に火を噴くことも無い。
照準器に、敵竜母の飛行甲板が溢れるように写っていた。
「まだまだぁ!」
マクラスキー少佐は吼えるように言い放つと、ファレル兵曹が待望の降下高度を読み上げた。
「400!」
その刹那、マクラスキーは投下レバーを握った。
「投下ぁ!」
気合と共にレバーが引かれ、ドーントレスの胴体から1000ポンド爆弾が放たれた。
懸架装置にプロペラの回転圏外にまで誘導された爆弾は、パッと懸架装置から離れる。
その間、マクラスキー少佐は思い切り操縦桿を引いていた。
急降下から水平飛行に移る際の強烈なGが体を押し潰そうとするが、マクラスキー少佐はその圧迫感に耐えながら
懸命に愛機を水平飛行に移行させようとする。
必死の努力が実り、愛機が高度100付近で水平になろうとした時、
「隊長!命中です!敵艦のど真ん中に爆弾が命中しました!」
ファレル兵曹が自機の成果を、絶叫じみた声でマクラスキーに報告していた。
「よし!後は対空砲火の射程外に逃げるだけだ!」
マクラスキー少佐は額に滲んだ汗を拭いながら、愛機を輪形陣の外に誘導して行った。
エンタープライズ隊が狙った竜母は、第2部隊の旗艦である竜母イリアレンズであった。
ドーントレスの放った爆弾は、急回頭するイリアレンズのど真ん中に突き刺さった。
爆弾は飛行甲板を叩き割って格納庫に達し、そこで爆発した。
爆発の衝撃で格納庫の側壁が海面に吹き飛び、閉鎖甲板であった格納庫が、米空母のような開放式格納庫に
強引に“改造”されてしまった。
2番機の爆弾はイリアレンズの左舷側に至近弾となり、3番機は投弾前に叩き落された。
4番機の爆弾は飛行甲板の前部に突き刺さり、格納庫で炸裂し、そこにいた6騎のワイバーンを粉々に打ち砕いた。
5番機、6番機の爆弾は後部甲板に命中し、これは格納庫を貫通して深部である第3甲板に達し、そこで炸裂した。
爆発エネルギーは保管されていた魔法石を1つ残らず叩き潰し、あるいはヒビを入れてただの石クズに変えてしまう。
ドーントレスが降下する度に、イリアレンズは1000ポンド爆弾を叩き込まれ、着実に蝕まれていく。
1発の爆弾は艦後部の第2魔法動力室に達した。
そこには直径5メートル、長さ3メートルほどの緑の魔法石が2つ並べられ、そこに男女12人の魔道士が
作業を行っていたが、1000ポンド爆弾は2つのうち、1つの魔法石を叩き割ってから信管を作動させ、
爆発エネルギーが魔道士達の悲鳴を発する間もなく室内を席巻した。
イリアレンズもただやられている訳ではない。
増設した魔道銃を含む、46丁の魔道銃をドーントレスに浴びせかけ、3機のドーントレスを叩き落す。
だが、その報復は何十倍にも増して叩き返され、最後のドーントレスが去った時には、イリアレンズは
11発の1000ポンド爆弾を叩き付けられ、大火災を起こしていた。
しかし、イリアレンズは完全には死んだ訳ではなく、依然8リンルの速度で海上を走り続ける。
黒煙を濛々と吐き、満身創痍となった感のあるイリアレンズの戦いは、まだ終わっていなかった。
ドーントレスが去った直後、イリアレンズの左右には16機のアベンジャーが、10メートルの低高度で接近して来た。
護衛艦が魔道銃、高射砲を撃ちまくり、小癪なアメリカ雷撃機を落とそうとする。
しかし、アメリカ軍機はなかなか落ちない。
とあるアベンジャーには、確かに光弾が命中しているはずなのに、そのアベンジャーは破片は散らせど、落ちる気配が無い。
逆に護衛艦に向けて機銃掃射を行う始末だ。唐突に、1機のアベンジャーがコクピットを真っ赤に染めたかと思うと、海面に突っ込む。
バウンドしたアベンジャーの機体は、次の瞬間、大爆発を起こして砕け散った。
搭載していた魚雷が爆発したのだ。
その後、護衛艦は2機を撃墜したが、残りはイリアレンズに左右から肉薄して行った。
濛々たる黒煙を噴きながらも、魔道銃を撃ちまくりながら必死に左回頭を行って、アベンジャーの狙いを外そうとする。
だが、歴戦の手練に率いられたアベンジャー隊は執拗にイリアレンズを追い回す。
そして、アベンジャー隊がイリアレンズの真横に魚雷を投下した。
機関の一部が破壊され、動きが鈍くなったイリアレンズだが、しかし、懸命に右回頭を行って魚雷を外しにかかる。
その行動は功を奏し、アベンジャーの魚雷は2本、3本と次々と外れる。
が、逃げ場の無い夾叉雷撃の前には、その努力も無に返した。
イリアレンズの右舷側後部に2本の水柱が吹き上がる。
2本の魚雷を食らった艦体が、下から蹴り上げられたかのように海面から少しばかり浮き上がる。
その次に、左舷艦首部から1本の水柱が立ち上がる。その一撃で、イリアレンズが一瞬止まった。
それも一瞬で、再び前進し始めた時、2本の魚雷が左舷中央部に相次いで命中した。
止めともいえる一撃に、イリアレンズは完全に停止。
その10秒後、突如イリアレンズは後部から大爆発を起こし、艦体が後部からズブズブと沈み始めた。
それから20分後には、700名の乗員を道連れに、海面から姿を消す事になる。
イリアレンズがエンタープライズ隊の猛功の前に力尽きた時、ギルガメルはイリアレンズより少しましな戦いをしていた。
ギルガメルはホーネット隊の爆撃を次々とかわし、逆に3機を撃墜してなかなか命中弾を与えなかったが、
最後に爆弾3発を前、中、後部に満遍なく受けた。
その次に、夾叉雷撃によって左に1本、右に2本を受けた。
右に受けた魚雷の内、1本は不発であり、突き刺さっただけに終わったが、それでも艦体に与えたダメージは凄まじく、
ギルガメルはわずか8リンルの最高速度しか出せず、事実上大破の状態に追い込まれた。
「アメリカ軍機、約80機以上!我が第1部隊に向かって来ます!」
第2部隊の竜母が、エンタープライズ隊、ホーネット隊によって断末魔の状態にある中、第1部隊にもアメリカ軍機はやって来た。
「ついに来たわね。」
リリスティ・モルクンレル中将は、接近しつつあるアメリカ軍機を見て息を呑んだ。
前回のバゼット海海戦で、第1部隊はアメリカ軍機の空襲を受けたが、今日は前回の戦いよりも数が多い。
果たして、攻撃を凌ぎ切れるだろうか?
リリスティは、内心そんな不安が沸き起こった。こちらも精鋭だが、相手も精鋭である。
アメリカ軍機が攻撃に移る直前に送られて来た魔法通信では、第1部隊の攻撃隊はヨークタウン級空母2隻に
命中弾を与え、1隻は大火災を起こして傾斜し、もう1隻も甲板から多量の黒煙を噴いていたという。
ヘルクレンス少将の第22竜母機動艦隊も、100騎のワイバーンで別のアメリカ機動部隊を攻撃し、
レンジャー級空母1隻を撃沈確実、1隻を大破させ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破の損害を与えた。
この報告を聞いたリリスティは直ちに、全艦隊に向けて魔法通信で報告し、艦隊将兵の士気は天を衝かんばかりに上がった。
そして、彼らはあと少しで手に出来る勝利を得ようと、全将兵はそれぞれの持ち場で任務をこなしている。
「凌ぎ切れば、後はこちらのもの。残った竜母とワイバーンで、残るアメリカ空母を沈めてくれる。」
彼女は、やや余裕めいた笑みを浮かべ、それをすぐに打ち消す。
今、彼女が出来る事は、この航空戦の推移を見守るだけだ。艦の事は艦長に任せるしかない。
「アメリカ軍編隊、分離します!」
見張りの声が艦橋に届く。80機以上いたアメリカ軍機が、いくつかの編隊に分かれる。
一部の編隊は、左右に分離した後、低空飛行しながら輪形陣の側方に向かって突進している。
高空の敵編隊、ドーントレスと思われる敵機も、輪形陣の右側に回りこむようにして旋回している。
その高空の敵機に向けて、各艦の高射砲が射撃を開始した。
既に高空の敵は、一部が輪形陣の右側から進入を開始している。その敵機群の狙いはこのクァーラルドであった。
彼女らは知らなかったが、この時、クァーラルドを狙っていたのは空母レンジャーの攻撃隊である。
レンジャーのドーントレス16機は、高射砲弾の炸裂に小突き回されながらも、高度5000メートルの高みから
クァーラルドの上空に向かいつつあった。
クァーラルドからは、粒のようなドーントレスが、単横陣の隊形で上空に覆い被さるように接近する様が見て取れた。
そのうちの1機が唐突に爆発を起こす。
「よし、まずは1機!」
リリスティは、最初の戦果にわずかながら愁眉を開いた。
このまま2機、3機と連続で叩き落される事を期待したが、激しい対空砲火にもかかわらず、ドーントレスの編隊は
なかなか落ちる様子を見せない。
時折、よろける機もあるのだが、すぐに体勢を立て直して編隊に続行する。
「チィッ、アメリカ軍機は頑丈だとは聞いているけど、こうして落ちない姿を見ると、私達が馬鹿に
されているような気がする!」
リリスティは、落ちる様子を見せないアメリカ軍機に向けてそう言い放った。
ドーントレスに向けられたリリスティの鋭い視線が、高い攻撃能力を持っていれば、ドーントレスは1機残らず落ちただろう。
それほど、彼女の双眸は鋭かった。だが、実際はそのような事が起こるはずが無い。
ようやく、別の1機が白煙を引きながら真っ逆さまになって落ちて行くが、残りは臆した様子も無く、傍若無人に突き進んで来る。
やがて、クァーラルドの右舷上空に到達したドーントレスは、1機、また1機と、つるべ落としのように次々と翼を翻しながら、
クァーラルドに向けて急降下を開始した。
上空に、甲高い音が聞こえ始めた。
最初は対空砲火の喧騒に消されがちな、小さな音なのだが、ドーントレスが高度を下げて来るにつれて、
悪魔の鳴き声のような甲高い音は上空に響き渡る。
「ドーントレスの奴、悪趣味な音を撒き散らして!!」
耳を塞ぎたい気持ちを抑えて、リリスティは憎らしげに呟く。
クァーラルドに取り付けられている魔道銃、高射砲はこれまで以上に激しく撃ちまくっている。
ドーントレスの2番機が高射砲弾に機首の真正面から直撃され、その刹那に一塊の火の玉と化した。
5番機が魔道銃から吐き出された光弾を集中されて火を噴く。その2秒後には機体が空中分解を起こした。
目を覆うような対空砲火にも臆さず、ドーントレス群は急降下でクァーラルドに迫りつつある。
「面舵一杯!」
艦長が大声で指示を下す。
クァーラルドは30秒ほどの間を置いて、指示通り艦首を右に回し始めた。
その時には、ドーントレスは投下高度ギリギリまで迫っていた。
魔道銃、高射砲の猛射を潜り抜けた1番機がクァーラルドの右舷上方、高度500メートルで爆弾を投下した。
甲高い轟音が少しばかり鳴り止み、代わりにグオオーン!という発動機の唸りが左舷方向へ駆け抜けていく。
その1秒後、クァーラルドの左舷側に水柱が立ち上がった。至近弾となった爆弾は、水中爆発の衝撃波でクァーラルドの艦底を叩いた。
やや突き上げるような衝撃が伝わるが、クァーラルド自体は損傷を負っていない。
2機目のドーントレスが胴体から1000ポンド爆弾を投げ落とす。
今度は左舷側艦首付近に落下し、水柱が吹き上がる。
3発目も同様に左舷側海面に落下するのみである。だが、4発目の爆弾はクァーラルドを逃がさなかった。
爆弾はクァーラルドの後部に命中し、飛行甲板を突き破ると格納庫に達し、そこで爆発した。
ズドーン!という強烈な爆発音が鳴り、地震のような衝撃がクァーラルドを揺さぶった。
続いて、5発目の爆弾がクァーラルドの飛行甲板中央部に叩き込まれる。
連続して起こる被弾の衝撃に、クァーラルドの艦体は大きく揺れ動き、乗員の半数以上を壁に叩きつけ、床に這わす。
クァーラルドは相次ぐ被弾に屈する事無く、回頭を続けるが、レンジャー隊は容赦しなかった。
更に3発目、4発目、5発目と、クァーラルドは次々に被弾する。
6発目が突き刺さった時、一瞬艦橋の外が真っ白な閃光に覆われた。
「艦橋の近くに」
リリスティが驚愕の表情で放った言葉は最後まで言えなかった。
突然、雷鳴を耳のすぐ側で聞かされたかのような轟音が鳴り、次に何かがけたたましい音を上げて砕け散った。
彼女は左頬と左横腹に激痛を感じた瞬間、衝撃で後ろの壁に叩きつけられた。
「・・・・・あ・・・・はっ!?」
背中と腹が無理矢理くっついたような圧迫感に、リリスティは目を丸く開き、声にならない悲鳴を上げる。
次に目を開けた時、クァーラルドの艦長がリリスティの肩を揺さぶっていた。
「司令官、大丈夫ですか!?」
艦長は額を真っ赤に染めながら、強張った表情で彼女を呼んでいた。
リリスティは大丈夫と言おうとしたが、左頬と左横腹が焼けるように痛んだ。
痛みに顔をしかめそうになるが、彼女はそれを抑える。
「え、ええ。大丈夫。」
彼女は頷いてから立ち上がった。
艦橋の内部は、スリットガラスが全て砕け散り、そこから黒煙が中に入り込んできている。
内部は酷く傷付いていて、8人ほどの艦橋職員、幕僚が倒れている。
そのうち、4名が動かなかった。戦死したのか、彼女と同じように気絶しているのかは判然としない。
クァーラルドは酷くやられたようだが、それでも、艦は13リンル以上のスピードで海上を突っ走っている。
船としての機能はまだ生きているなと、彼女は確信した。
「どのぐらいやられたの?」
リリスティは傷の痛みを堪えながら、艦長に被害状況を聞いた。その時、
「左舷側方より雷撃機来ます!」
「右舷側方よりアメリカ軍機!低空で接近してきます!」
更なる刺客が迫っている事を、見張りが報告して来た。
空母レンジャーのアベンジャー隊を率いるウィル・パーキンス少佐は、目の前の竜母を見つめながら、
機銃手のヘンリー・リッティングトン兵曹に声をかけた。
「ヘンリー!後ろの奴らは全機ついて来ているか!?」
「残り6機、全機ついて来ています!」
「ようし。敵は大物だ。気合を入れていくぞ!」
パーキンス少佐は眦を決しながら、愛機を輪形陣の内部に進めた。
「隊長!TF16の連中が空母1隻を撃沈しました!」
真ん中の電信員席に座るアレク・ヴェラーレル少尉が、TF16の戦果を報告した。
「そうか!TF16の連中がやったか!なら、俺達も負けてられんぞ!」
パーキンス少佐は、味方が挙げた大戦果に浮き立つような高揚感を感じながら、機体を高度10メートルほどの低空に下げていく。
彼を含む7機のアベンジャーは、ほぼ横一線に並びながら駆逐艦の上空をフライパスした。
シホールアンル艦が必死に魔道銃と高射砲を撃ってくる。
周囲にカラフルな光弾が海面を縫い、高射砲弾の破片が海面を泡立たせる。
目の前の敵竜母1番艦は、飛行甲板から濛々たる黒煙を上げている。
ドーントレス隊の1000ポンド爆弾が、敵艦の甲板を抉ったのであろう。
黒煙が噴出している破孔からは、時折オレンジ色の炎が見え隠れしている。
傍目から見て、この竜母が今後の戦闘に使えない事は明らかである。
(だが、船としての機能はまだ生きてやがる)
パーキンス少佐はそう確信した。火災炎を上げる竜母は、27ノット以上のスピードで海上を驀進している。
どうやら、ドーントレス隊の爆弾は、機関部などの艦深部にはダメージを与えていないのだろう。
ここで逃がせば、後方で修理されて再び前線に出て、味方に害を成すかもしれない。
「ならば、俺達の魚雷で仕留めるまで!」
パーキンス少佐は目の前の竜母を睨みつけながら、機体を徐々に敵に近づけていく。
中央部に近付くにつれて、対空砲火は苛烈さを増し、護衛艦や目の前の竜母が放つ光弾で、目の前が思ったように見えない。
ガツン!という衝撃が機体を揺さぶった。
一瞬ひやりとするが、
「胴体に被弾!しかし、損傷は軽微です!」
ヴェラーレル少尉が報告して来た。思ったよりも深く傷ついていないので、パーキンス少佐はやや愁眉を開いた。
巡洋艦の防御ラインを突破し、ついに敵の右後方から竜母を眺められる位置にまで近付いた。
距離は1500メートルほどだ。
「800で投下するぞ!」
パーキンス少佐は必中を期すため、1000メートル以内の距離で魚雷を投下する事にした。
雷撃は、投下距離が短いほど、命中しやすくなる。
しかし、敵もただで沈められるほど馬鹿ではない。敵艦は常に対空砲火を放ってくるため、投下距離が短い分、
敵の対空火器も命中しやすくなり、自機が撃墜される確率は高くなる。
その危険に、パーキンス少佐はあえて挑んだ。
カラフルな光弾がアベンジャーの周囲を通り過ぎ、至近で高射砲弾が炸裂するが、アベンジャー隊は止まらない。
距離が1200切ろうとした時、唐突にガガァン!という強い衝撃に揺さぶられた。
今度の衝撃はかなり強かった。
(今度こそやられたか!)
一瞬、パーキンス少佐の脳裏に、自機が海面に突っ込み、水柱を吹き上げる様子が浮かんだ。
だが、機体は主翼から火を噴くことも、エンジンが以上を来たす事も無い。
「・・・・・一応、致命傷は避けられたか。」
彼はそう言ってから、おもむろに右主翼を見た時、その先端部分がささくれ立っていた。
だが、不思議とアベンジャーは飛行を続けている。
彼の言った通り、損傷は致命傷とならずに済んだのだ。
「あと少し傷が大きけりゃ、今頃・・・・・」
ヴェラーレル少尉が声を震わせながら呟く。後一歩で、この未知の海で散華していたのだ。
恐ろしくないはずが無い。
「安心しろ!グラマン鉄工所の機体は、シホット共のひょろひょろ弾なんぞに簡単に落とされはせん!
今のがいい証拠じゃないか!」
パーキンス少佐は2人を元気付けるように、大声で叫んだ。
その2秒後、唐突に2番機が主翼から火を噴いた。
彼はハッとなるが、2番機に顔を振り返ることは無い。彼は前を見続ける。
2番機はそのまま滑り込むようにして、海面に突っ込んだ。
犠牲を出しながらも、アベンジャー隊と敵竜母の距離は、徐々に狭まりつつある。
そして、
「距離800!」
「魚雷投下!」
ヴェラーレル少尉の報告と共に、パーキンス少佐は魚雷を投下した。
胴体から放出された魚雷が、海面下に落下し、少しばかり沈下する。
やがて、魚雷は自らの動力で動き出し、敵艦の艦腹を目指して突進して行った。
パーキンス少佐が魚雷を投下した事を確認すると、残りのアベンジャーも一斉に魚雷を投下した。
「前方に味方機!」
ヴェラーレルが、前方から向かって来る機影を見つけた。それは、先ほど分離した残りのアベンジャー隊である。
パーキンス少佐は全速力で敵竜母の甲板スレスレを掠めた。
そして反対側からやって来たアベンジャーとすれ違う。
敵艦の左舷に抜けて少し間が経った時、右舷側に水柱が立ち上がった。
「敵艦の右舷に水柱1!いや、もう1本、更に1本上がりました!」
リッティングトン兵曹が上ずった声音で2人に報告して来た。
3本のMk-13魚雷は、敵竜母の右舷中央部と後部に突き刺さり、高々と水柱を立ち上げる。
激痛に身悶える竜母に、左舷側から新たに1本、2本、3本と前、中、後部に魚雷が命中し、申し合わせたかのごとく、
順番に3本の水柱が立ち上がった。
「更に3本の魚雷が命中!隊長、やりました!」
「ブラボー!これでレンジャーの仇は取ったぞ!」
パーキンス少佐は、その報告に破顔して歓声を上げた。
ドーン!という重々しい爆発音と共に、左舷に水柱が立ち上がった。
「うわあぁ!?」
リリスティは激しい衝撃に耐えることが出来ず、床に転倒してしまった。
クァーラルドは新たに命中した魚雷の炸裂に、海面から飛び上がった。
それから、クァーラルドは力尽きたのか、ガクッと速度を落とし、100メートルほどゆっくり進んだ後、
海上で停止してしまった。
被雷から10分後、艦橋に副長が上がってきた。副長の顔は煤で真っ黒だった。
「艦長。左右浸水は止まりません。それに、艦内での火災が酷く、遠からぬうちに火は弾薬庫にまで延焼します。」
「なんとか・・・・・なんとか、できないものか?」
艦長は、どこか懇願するような口調で、副長に聞いた。だが、
「このままでは、無為に乗員を犠牲にするだけです。前回の海戦よりも被害が大きすぎて、許容範囲を超えております。」
「いや、乗員総出で消火活動にあたれば何とかなるかもしれない。」
「・・・・もう・・・無理よ。」
唐突に、凛とした、それでいて苦しげな口調が響いた。
その声は、リリスティであった。
彼女は左頬を血で染め、左横腹を右手で押さえている。その美しい長髪は乱れており、気品を幾らか損なわせている。
それでも、彼女の口調は落ち着いていた。
「確かに、このクァーラルドは大切だけど、こうも酷く傷付けられては助からない。ここでクァーラルドが沈んでも、
船はまた作る事が出来る。でも、船の扱いに慣れた乗員は、失っても作れない。だから、船から乗員を降ろすべきよ。」
「・・・・・司令官。」
「今のうちに命じた方がいい。命令が早い分、多くの命が救われるよ。」
リリスティの言葉に、艦長は肩を震わせた。
少しばかりの沈黙の後、艦長は命じた。
「分かりました司令官。総員退艦を命じます。司令官は、寮艦にお移り下さい。」
「ええ・・・・分かった、う」
彼女は言葉を言い切らない内に激しく咳き込んだ。その時、彼女は思わず血を吐いた。
「司令官!?」
幕僚達が慌てた口調でリリスティを呼ぶ。
「あ、あたしの事はいい!それよりも、各部隊に伝える事がある・・・わ。」
いきなり、右の横腹が。いや、横腹だけではない、体の内部からも激痛が走った。
(破片が体の中、それも、奥に入ってる)
先ほどの吐血からして恐らく、内臓が傷付いているのかもしれない。
一瞬、痛みの余り目眩がしたが、リリスティは痛みに耐えつつ、途切れ途切れの言葉で、艦隊の各部隊に今後の方針を伝えた。
それが終わると、彼女は力尽き、意識を失ってしまった。
第2部隊のクァーラルドがレンジャー隊に襲われている間、残りの竜母、ゼルアレ、ライル・エグも
ヨークタウン隊、ワスプ隊の艦載機に襲われた。
ゼルアレは艦長が巧みな操艦ぶりを発揮し、ヨークタウン隊の爆撃、雷撃を次々とかわしたが、
爆弾3発、魚雷2本を受けて速度が10リンルにまで低下した。
ライル・エグは爆弾4発、魚雷1本を受けて叩きのめされたが、ゼルアレ、ライル・エグ共に大破止まりであり、
一応沈没は免れそうであった。
午後1時 第16任務部隊旗艦空母エンタープライズ
エンタープライズは、先のシホールアンル側の攻撃で爆弾3発を受けていた。
そのうち、2発が飛行甲板に命中した。
火災は15分ほどで消し止められ、今は飛行甲板の応急修理を急ピッチで行っている。
「2時間か・・・・・微妙な所だな、艦長。」
ハルゼー中将は、エンタープライズの艦長であるマレー大佐に険しい表情で言った。
「修理班の班長はそう申しておりました。本当なら長くて3時間はかかる予定でしたが、前部左舷側砲塔の
修理を棚上げにしたお陰で、なんとか2時間に短縮出来ました。」
マレー大佐はそう答えるが、ハルゼーとしてはもっと短い時間に修理を終えてもらいたかった。
機動部隊の南西方面には、未知の敵機動部隊がいる。
TF17はその機動部隊に襲われて、レンジャーを火達磨にされ、ヨークタウンを傷付けられた。
その敵に対して、TF15のワスプとサウスダコタが、ドーントレス4機とキングフィッシャー2機を上げて索敵当たっている。
だが、ハルゼーとしてはこの数字は少ないように見える。せめて、10機程度は欲しいと思っている。
「司令官、TF17のレンジャーがたった今、駆逐艦によって雷撃処分されました。残りの乗員はクインシーと
ランズダウン、グリーブスに収容されました。」
ブローニング参謀長が、勤めて冷静な口調で報告して来た。
「ヨークタウンはどうなっている?」
ハルゼー中将は、ブローニング参謀長に気になっている事を聞いてみた。
「ヨークタウンは火災が鎮火し、現在飛行甲板の応急修理を行っています。速ければ、2時間ほどで終わるようです。」
「そうか。ボーイズ達が戻って来るまでにはギリギリで間に合いそうだな。」
そこへ、通信参謀が艦橋にやって来た。
「司令官!攻撃隊より攻撃成功との連絡が入りました!」
「おお!やったか!」
ハルゼーは、先まで浮かべていた憂色を吹き飛ばして、笑顔で叫んだ。
「戦果は、敵竜母2隻撃沈、3隻大破。敵ワイバーン46騎撃墜です。攻撃隊の被害は調査中です。」
「竜母2隻撃沈、3隻大破か。こっちはレンジャーが沈み、ホーネットが大破。ビッグEとヨークタウンは中破だが、
応急修理で復活できる。第1ラウンドは我々の勝利だな!」
彼は満足気な口調でそう叫んだ。
「これで正面の敵は全て叩きました。ですが、まだ敵には竜母2隻が残っています。これを叩かねば、敵は第2、第3波の
攻撃隊を送り込んでくる可能性があります。」
「ああ。それは分かっている。今、ノイス部隊が策敵機を飛ばしている。攻撃隊が戻ったら、格納庫で残っている分も
含めて第2次攻撃隊を編成し、後方の敵を見つけ次第叩くぞ!」
ハルゼーや幕僚達が、今後の方針を決めている最中、ラウスは片隅で考え事をしていた。
(とりあえず、正面の敵はこれで叩きのめされた。ハルゼーのおっさんは後ろの竜母部隊を叩くと言っている。でも・・・・)
ラウスは頭の中に、バゼット半島と、シホールアンル輸送船団の位置を描いていく。
朝の索敵で見つけたのは、あくまで敵の前衛部隊だ。
その後方にいる輸送船団は、6時間以上前の潜水艦の報告以来、情報が入っていない。
今行われている戦いは、この海域の制空権を握るために行われているが、本来の主目標である輸送船団はノーベンエル岬沖より
300マイル程度しか離れていない。
もし、別の竜母部隊を攻撃している時に、敵輸送船団が変針したら・・・・・
ラウスはハルゼーに声をかけてみた。
「あの~。ハルゼー提督。」
「ん?どうした?」
ハルゼーは微笑みながら彼の側に近寄った。
「輸送船団はどうするのでしょうか?」
「輸送船団だと?」
「ええ。もしですよ。仮にこっちが南西の敵部隊を叩いている間、敵部隊の司令官が、竜母部隊の大損害を受けた事に
ショックを受け、慌てて輸送船団を上陸地点に向かわせたら、その時はどうするのでしょうか。」
一瞬、艦橋内に重い空気が漂った。
(・・・・まずい質問しちまったかな?)
ラウスは後悔した。だが、
「そうか。敵の司令官が、輸送船団を早々と上陸地点に向かわせる事もあり得るな。」
彼らは再び、険しい表情で、その不測の事態が起きた場合を考え始めた。
「ラウス君の言う通り、輸送船団が竜母部隊の庇護を受けられぬと判断した場合、強襲軍の上陸を早める事は
充分に有り得ますな。」
「こっちには無傷の空母が1隻残っているからな。それに襲われぬ内に事を済ます、と言う事か。
ミスリアル軍の大半は東部に移動している。防備の薄い西部に纏まった軍が上陸すれば、ミスリアルは
大打撃を被るな。そうなっては、敵の思う壺だ。」
「そうならぬ為には、早めに後顧の憂いを絶ち、残った航空機で敵船団を叩かねばなりませんな。」
ブローニング参謀長の言葉に、幕僚達は頷く。
「と、すると。時間は余り無いな。こりゃ攻撃隊に速く戻ってもらわんと、取り返しの付かん事態になるぞ。
後方のシホットに構っている間に日が暮れたら、艦載機の出番は明日までお預けと言う事になる・・・・・
畜生、何か妙案は無いものか・・・・」
ハルゼーは今後の方針を考えながら、艦橋の張り出し通路に移動した。
海は心地よい風が吹いていて、焦り立つ心を癒してくれる。
後方に目を向けると、未だに火災の鎮火しないホーネットが遠くを航行している。
ミッチャー艦長の報告では、延焼はなんとか食い止めており、あと1時間ほどで鎮火に向かうと言われている。
(ホーネットはこの海戦が終わったら、本国のドックで入院させねばならんな。)
ハルゼーはそう考えながら、艦首側の海域に顔を向けた。
エンタープライズの前方には、戦艦ノースカロライナが航行していた。
先の防空戦では、ノースカロライナは20門の5インチ砲を乱射して、寮艦と共によく戦ってくれた。
彼はノースカロライナの姿をしばらく見つめていた。
ふと、ある考えが彼の頭の中に浮かんだ。