第90話 地上の暴君 大空の韋駄天
1483年(1943年)11月3日 午前8時 シホールアンル帝国ドグルンド
シホールアンル帝国の最南端にあるドグルンドは、昔から寂れた辺境の町であった。
人口は4000人程度しかおらず、誰が見ても辺鄙な田舎町である。
そんな町に見慣れぬ工場が出来たのは、今から3年前だ。
シホールアンル帝国は、この町に幾つもの巨大な建造物を作り上げた。
全長200グレル、幅50グレルの工場が都合6つほど出来上がり、その向上は高さ20グレルほどの囲いに覆われて、
外から中が見えぬように工夫されていた。
そしてつい半年前、巨大な6つの建造物のうち、3つから奇怪な物が産み出された。
この日、第311特殊機動旅団の視察に来ていた、シホールアンル陸軍総司令官ウインリヒ・ギレイル元帥は、
旅団の所有する乗り物に乗って草原を疾走していた。
「どうでしょうか?総司令官閣下。」
「素晴らしい物だ。こいつさえあれば、あの忌々しいアメリカ軍戦車なぞ蟻同様に蹴散らせるな。」
第311特殊機動旅団の司令官であるルバド・イルズド准将に、ギレイル元帥は興奮した口調で答えた。
ギレイル元帥は、“艦橋”から草原を眺めていた。
「速度は今、どれぐらい出ているかね?」
「今は最大速度の21レリンクに達しています。」
「・・・・・百聞、一見にしかずとはこの事だな。これぞ、我がシホールアンルの誇りと言えるな。」
彼はそう言って、“艦橋”の下を眺める。草原の緑が物凄い勢いで後ろに流れていく。
視線を前に移すと、2基の連装砲塔が仰角をやや上向けて、前方を睨んでいる。
「この陸上装甲艦レドルムンガならば、のこのこと進軍してくるアメリカ軍を撃退してご覧に入れます。
何しろ、アメリカ軍の巡洋艦にも対応できる兵装を備えておりますからな。」
イルズド准将は自信に満ちた表情で、ギレイル元帥に言った。
第311特殊機動旅団は、今年の2月に編成された部隊である。
この旅団の目玉は、なんと言ってもこの陸上装甲艦である。
全長83グレル(166メートル)、全幅8.2グレル(16.4メートル)重量は約5220ラッグ(7830トン)。
武装は5.3ネルリ連装砲4基に、舷側に配備されている4ネルリ単装両用砲18門、そして対空魔道銃38丁。
陸上兵器としては、度肝を抜くような超兵器である。
この化け物とも言うべき超兵器は、特殊な魔法石を動力に据えているためか、陸地ならば地面を這っている筈のこの陸上装甲艦は、
驚くべき事に陸地からやや浮かんだ状態で大地を駆け抜ける事が出来る。
レドルムンガ級の使っている魔法石は、ウェンステル領で仕入れた特殊な魔法石で、この魔法石は魔力を加える事によって
ちょっとした浮遊効果を持つ事が知られていた。
そのため、この効果を応用した兵器を作ろうと計画していたシホールアンル側は、奪取したルベンゲーブの魔法鉱山から、
3隻分は動ける分の魔法石を確保できた。
本来であれば、6隻分を確保する予定であったが、4から6番艦用に用意されていた魔法石は、6月28日に襲来した
アメリカ軍爆撃機部隊の空襲で、全て焼き討ちにされていた。
このため、6隻が完成する予定であった陸上装甲艦は、3隻のみが完成となり、残り3隻は解体の後、資材を別の部署に回すことになった。
それはともかく、こうして3隻の陸上装甲艦は完成した。
この陸上装甲艦は、他にも特筆すべき事がある。
「右上方にワイバーン4機!突進してきます!」
見張りが上ずった声で、艦橋に報告してくる。陸上装甲艦の乗員は、全員が陸軍の所属となっているが、元々は海軍所属の将兵である。
陸上装甲艦の構造は、海軍が建造してきた従来の巡洋艦と似たような構造のため、3隻の陸上装甲艦には、乗員の半分以上が元巡洋艦乗りで占められている。
そのため、陸上装甲艦の扱いも今ではすっかり慣れていた。
「さて、ここからが見物ですぞ。」
イルズド准将は、ギレイル元帥に微笑みかけた。
「見ものか・・・・・しかし、こうも荒っぽい訓練を視察するのは、生まれて初めてだな。」
ギレイル元帥は緊張した口調で返事した。
「実際に、“ワイバーンの爆撃を受ける”とはな」
実を言うと、レドルムンガに接近しつつある4機のワイバーンは、全騎が爆弾を搭載している。
腹に抱えている爆弾は、シホールアンル軍標準とも言える150リギル爆弾である。
レドルムンガは、回避運動も無しにこの150リギル爆弾を、全て受けようと言うのだ。
今行われる訓練は、つい最近取り付けたばかりのあるモノが、本当に耐えられるか確かめる目的で行われている。
そのあるモノの実地試験は、既に何度もやって異常なしという結果が得られている。
あとは、実際に装備してみて、本当に作動するかどうかを確かめるのみである。
「確かに荒っぽいですな。ですがご安心を。このレドルムンガは150リギル爆弾数発浴びただけでは、簡単に参りませんよ。」
「それは・・・・あれがしっかり作動してからかね?それとも・・・・・・」
「作動しなくても、この艦の装甲が被害を軽減してくれます。」
イルズド准将は、安心させるような柔らかい口調で、ギレイル元帥に言った。
「ワイバーン、急降下開始!」
ついに、4機のワイバーンが高空からレドルムンガに向けて急降下を開始した。
4機のワイバーンは、味方であるはずのレドルムンガが、まるで本当の敵と言わんばかりに真一文字に突っ込んで来る。
やがて、最初の1番騎が低空で爆弾を投下した。
「1番騎爆弾投下!直撃コースです!!」
見張りが絶叫する。落ちてくる爆弾は紛れも無い本物である。しかも、この爆弾は艦橋に向かっている。
あれが作動しなければ、艦長のみならず、旅団司令官や陸軍総司令官が一挙に死亡という、最悪の惨事となるであろう。
爆弾が炸裂した。ドーン!という耳を劈くような轟音が、草原に鳴り響いた。
そして同時に、艦橋部分から赤紫色の閃光が発せられていた。
ギレイル元帥は思わず耳を塞ぎ、そして目を閉じていた。
2番騎、3番騎、そして4番騎が容赦なく爆弾を投下する。
竜騎士達の腕前は良く、レドルムンガの中央部から後部にかけて、3発の爆弾は満遍なく命中する。
艦全体が爆炎と、その瞬間に発せられる不思議な閃光、そして、黒煙に包まれる。
相次ぐ轟音に、耳を塞いでいたギレイル元帥は、恐る恐る目を開いた。
「・・・・旅団長、無事だったか。」
「ええ。この通り、ピンピンしております。」
目の前には、快活そうな笑みを浮かべるイルズド准将が立っていた。
イルズド准将の額に、一瞬汗みたいな物が滲んでいるように見えたが、ギレイル元帥はそれに気付く事無く、艦橋の内部を見回した。
艦橋内部は、無傷である。
「旅団長、艦に損傷なし。魔法防御は通常通り作動しております。」
「ようし、まずは合格だな。」
「爆弾のうち、最初の1発は艦橋の真上に落ちてきたようです。魔法防御が作動していなければ、ここに居た全員が吹っ飛んでいましたな。」
「いやはや、魔法防御様々だな。」
イルズド准将はそう言うと、愉快そうに笑った。
レドルムンガに装備されているあるモノ。それは、高精度な魔法防御である。
魔法防御は、古くから使用されてきたものである。
ある物は、塗料に防御力強化の魔法を埋め込み、それを盾に塗って強力な盾にした。
また、ある物は、魔法石に魔力を加え、それを盾にはめて防御を強化した。
最近では、ワイバーンに防御用の魔法石を埋め込んでワイバーンの防御強化を図っているが、従来の魔法石では
アメリカ軍戦闘機の12.7ミリ機銃弾を満足に防げていなかった。
レドルムンガに搭載された防御用魔法石は、従来の魔法石と比べて遥かに優秀な防御力を有していた。
アメリカ式に言うならば、フットボール大ほどの赤色の魔法石を、艦首や中央部、そして後部に合計6つ埋め込み、強力な防御域を艦の周囲に貼り付ける。
防御域は、攻撃を受けるたびに魔力が減るため、艦の深部には魔法石の効用限度を示した計測器が設置されている。
計測器は十段階表示に設定され、目盛りが上の赤い部分を指していれば充分に魔力が残っており、目盛りが下の青い部分に来れば、
魔力は切れ、艦の周囲に張り巡らされる筈の防御域が無くなった事を教えてくれる。
この防御用の魔法石も、機関部の魔法石同様、ウェンステルから仕入れたものだ。
「計測班。魔力の残存状況知らせ。」
艦長は伝声管で、計測班を呼び出した。
「こちら計測班、魔力の残量は99.5です。」
「ほう、それだけしか減っていないのか。」
「はい。この魔法石はかなりの優れものですよ。150リギル爆弾4発の直撃を受けてこれだけなんですから、
実戦では敵の重砲弾幕に耐えられるかもしれません。」
「そのようだな。」
ギレイル元帥は、艦長と計測班のやり取りを聞きながら、改めてこのレドルムンガが凄い兵器であると思った。
「ウェンステルを手に入れなければ、このような強力な兵器は作れなかっただろうな。これも、皇帝陛下の政策のお陰だ。」
「おっしゃる通りです。」
イルズド准将が微笑みながら、相槌を打つ。
「こうなると、この性能を早く実戦で試したい物ですな。」
「君の希望は近いうちに叶うかも知れんぞ。」
ギレイル元帥は、一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに平静な表情に戻る。
「南大陸では、前線軍が順調に後退を続けておる。今の調子で行けば、12月までには全軍が南大陸から撤退できるだろう。」
「と、言うと。早いうちにアメリカ軍が北大陸にやって来るという事ですね。」
「その通りだ。南大陸と違って、北大陸は充分に補給線が確保でき、地の利もわが方にある。アメリカ軍は侮れない敵だが、
戦術次第では勝てぬ相手ではない。敵が北大陸にやって来た時は、君の率いる旅団にも、存分に暴れまわってもらうぞ。」
「はっ、ご期待に添うよう、努力いたします。」
イルズド准将は恭しく頭を下げた。
「右後方より僚艦が接近します!」
見張りが艦橋に報告してくる。レドルムンガの右舷後方から、2隻の同じ形をした陸上装甲艦が迫ってくる。
台形状の頑丈そうな船体に頼もしさを感じさせる主砲。海軍の巡洋艦に似ているが、どことなく背の低い艦橋。
この2隻の僚艦は、レドルムンガ級陸上装甲艦の2、3番艦であるバログドガ、アソルケバである。
やがて、2隻の僚艦は、レドルムンガの右真横に並んだ。
200グレル間隔で、草原を疾駆するこの地上の怪物艦隊は、まさに地上最強という名に相応しい陣容である。
「実に素晴らしい。1隻だけでも凄いが、3隻も集まると、もはやどんな強敵でも楽に蹴散らしてくれそうな気がするな。」
「ただし、戦艦を相手にする事は勘弁願いますぞ。」
イルズド准将の何気ない冗談に、艦橋で爆笑が沸いた。
その後、3隻の陸上装甲艦は夕方まで編隊行動訓練をやった後、旅団の本拠地であるドグルンドに戻っていった。
1483年(1943年)11月7日 午後7時 カレアント公国首都カレアルク
首都カレアルクは、再び活気に満ちていた。
それまで、シホールアンル軍に占領されていたカレアルクは、占領軍将兵にとって静かな町であった。
だが、1ヶ月近く前に10月13日、カレアルクは連合軍によって解放され、カレアント公国はなんとか首都を取り戻す事が出来た。
今や、占領地から故郷である首都に戻って来た人々はかなりの数になる。
市場では、長い間聞かれなかった覇気の良い声が聞こえ、繁華街では客引き達が、道行く人々や、休暇のためにぶらついている
連合軍将兵達を引っ掛けようとしていた。
再び、元の元気さを取り戻しつつあるカレアルク。その首都のとある一角では、珍しい催しが開かれていた。
「ん~?こいつは何だ?」
カレアント陸軍に所属しているとある兵士は、その看板見るなり首を捻った。
看板が掲げられている店の前には、アメリカ軍の兵士が2人立っている。
「ヘイ、兄ちゃん。あんたも映画見ていかないかね?見るのは無料だぜ?」
1人の黒い肌をしたアメリカ兵が、馴れ馴れしそうな口調で誘って来た。
「ただの記録映画だが、見る価値はあるぜ。なにせ、あの名監督が撮った記録映画なんだからね。」
「記録映画?なんだそれ?」
「まあ見れば分かるよ。ささ、入って入って。」
兵士はアメリカ兵の言われるがままに店の中に入っていく。入る前に、兵士はもう1度看板を見た。
看板の上にあるタイトルには、英語で「THE BATTLE OF SECOND BAZZET SEA」、
彼の読める言語では、「第2次バゼット海海戦」と書かれていた。
中に入ってみると、そこには今まで見た事もない光景が広がっていた。
「これって・・・・噂の映画館と言う奴か?」
兵士は、以前アメリカ軍との交流のある同僚に映画館という物の話を聞いた事がある。
同僚の話によると、映画館と言う物は、映像を映し出す大きな布を前方に据え、後ろから映像を布に映し出す
映写機と言うへんてこな機械があって、そこから動く絵が映し出されると言う事だ。
その話を聞いた彼は半信半疑だったが、今、彼は映画という物を見ていた。
驚くべき事に、色付である。
「すごいな・・・・色付の動く絵とは・・・・・・」
「おい、アンちゃん。こっちに座りなよ。」
ふと、すぐ目の前の席に座っていたアメリカ兵が、手招きして空いている席に座るように言ってきた。
そのアメリカ兵の肌は、見せの前に居たアメリカ兵同様、黒かった。
「はっ、どうも。」
彼はそのアメリカ兵の誘いに乗って、席に座った。
画面には、アメリカ軍の飛行機が、空母と呼ばれる軍艦から発艦していく光景が映し出されている。
「この変てこな物は、映画って奴ですか?」
「おお、そうだ。兄ちゃん映画初めてかい?」
ややコワモテそうなアメリカ兵が逆に聞いてくる。
「ええ。そうです。」
「そうかい。なら今日が初体験だな。おめでとう。」
コワモテのアメリカ兵はそう言って、小さい声で笑った。
「「空母ヨークタウンから敵シホールアンル軍艦隊に向けて艦載機が発艦していく。艦載機乗り達は、これから死地にへと向かう。
目標は、敵竜母だ。」」
音付きの映像に加えて、ナレーションも入っている。
ナレーションが流れている間、カメラは次々と発艦していく艦載機を、1機1機見送っていく。
場面が変わった。
今度は、空母甲板上で乗員達が慌しく配置に付いていく様子が映し出されている。
ある者は20ミリ機銃座に、ある者は5インチ単装砲座に取り付いていく。
「「艦載機が発艦してしばらく経つと、ヨークタウンのレーダーが敵大編隊を探知した。シホールアンル竜母から飛び立ったワイバーンが、
ついに来たのだ。ここにして、空母対竜母の全面対決が始まったのである」」
場面がまた変わった。
場面は空の様子を映し出している。編隊を組んでいるF4Fが、順番に翼を翻して何かに向かっていく。
ガンカメラに移ったワイバーンが、背後から銃撃を受ける。
銃弾はワイバーンに当たる事無く、ワイバーンがガンカメラの視界から出て行く。
「「敵ワイバーン編隊に、護衛の戦闘機隊が襲い掛かる。敵ワイバーン編隊もこれに突っ掛かっていく。まさに史上空前の大空戦だ。」」
ナレーションが流れ、映像にはワイバーンに背後を取られるF4Fや、正面攻撃の後にあっという間に視界から消えるワイバーンが移る。
「「だが、戦闘機隊の防戦にもかかわらず、敵ワイバーンは迫ってきた。今や、大量のワイバーンが艦隊に押し寄せてきた。」」
場面がヨークタウン艦上に変わり、28ミリ4連装機銃や高角砲等の全火器が左舷側を向いている様子が映し出された。
「「敵ワイバーン編隊はついに輪形陣に殺到してきた。だが、空母部隊はただ玉ってやられるだけの存在ではない。
敵が向かってくるならば、当然反撃だ!」」
いきなり機銃座が一斉に火を噴く。場面が変わって、ヨークタウンの左舷側に映し出される空母レンジャーや護衛艦の姿が映った。
艦隊上空には、多量の高角砲弾が炸裂し、濃密な弾幕が形成されている様が見て取れた。
次々と炸裂する黒煙の中に、落ちていく影がある。
「「濃密な対空弾幕が形成され、ワイバーンは次々と撃ち落されていく。このままならば、敵ワイバーン隊が攻撃に移る前に落とせるはずだ。
誰もがそう思ったことであろう。だが、流石は勇敢なワイバーン隊だけあって、やはり難敵であった」」
しばらく対空戦闘の場面が続く中、カメラの視線が遠くで攻撃を集中される巡洋艦に向けられる。
巡洋艦は必死に回頭を繰り返しながら反撃するが、やがて相次ぐ被弾によって大爆発を起こした。
次いで隣の空母にもワイバーンの魔の手が迫る。
空母に向かって急降下するワイバーンの周囲に高射砲弾が頻繁に炸裂する。
ワイバーンがあっという間に砕け散る様子や、体の一部が欠損した状態で落ちて行く様子も映し出される。
映画の中とはいえ、その激しい戦闘の様子に、自分がまるでその場に居るかのような感覚に囚われる。
空母レンジャーの奮戦空しく、ワイバーンによる相次ぐ被弾によってレンジャーは被弾炎上してしまった。
「「僚艦が次々と被害を受ける中、敵はついにヨークタウンに迫って来た。」」
対空砲火がこれまで以上に激しく映し出される。
後部甲板を映し出していたカメラは、艦尾部分が巨艦に似合わぬ速さで回っていく様子を捉えていた。
いきなり猛烈な振動がカメラを急激にブレさせた。
「「敵弾、ついにヨークタウンを捉える!艦長の操艦も空しく、敵弾は次々とヨークタウンの内懐に食い込んでいく!」」
更に2度、3度と、激しい衝撃がヨークタウンの艦体を振動させ、カメラが激しくブレている。
特に3発目は、カメラの視線の中で被弾し、爆発して炎上する場面がハッキリ映し出されており、その瞬間は見てる者の多くが驚きの声を上げた。
「「やはり敵ワイバーンは侮れなかった。都合3発の被弾を許したヨークタウンの艦体が、火災に炙られていく」」
そこから場面が変わって、今度は空母から発艦した航空隊が敵竜母部隊を攻撃する様子が映し出されていた。
この場面も、ナレーション付で放映されており、ドーントレスが逃げ惑う敵空母に向けて急降下爆撃を行う様子や、アベンジャーが捉えた
敵竜母の舷側に魚雷命中の水柱が吹き上がる様子など、アメリカ軍攻撃隊の活躍ぶりがよく捉えられていた。
「「攻撃は成功であった。我が攻撃隊は、敵竜母2隻撃沈という戦果を上げた。続く第2次攻撃隊は竜母1隻撃沈、1隻大破という大戦果を上げ、
ここにしてシホールアンル竜母部隊は壊滅した」」
場面は損傷した空母ヨークタウンに変わる。
「「しかし、我々が受けた被害も、決して少なくなかった。我々は空母レンジャーを失い、ホーネットが戦線離脱、残ったヨークタウン、ワスプ、
エンタープライズも全て損傷すると言う痛手を被った。」」
ヨークタウンの甲板上で、兵員が木材を運んで、損傷箇所を修理している兵に渡していく。
映像は、飛行甲板上で開けられた穴が、徐々に修理されていく様子が映し出されている。
場面は変わり、攻撃隊の艦載機が空母に帰還してきた。
「「だが、我々はこの史上最大の洋上航空決戦に勝利した。その勝利をもたらしたのは、他ならぬ、この空の勇者達である」」
ナレーションが流れ、画面には帰還してきたパイロットが、仲間と共に笑顔で談笑したり、艦長と思しき人物がパイロット達の
労をねぎらったりしている映像が流れた。
勇壮な音楽の後、画面は真っ暗になって、英文字と共にナレーションが流れた。
「「こうして、竜母対空母の決戦は、我が合衆国の勝利に終わった。次の目標は、ミスリアル強行上陸を企む敵輸送船団だ。」」
ここでまたもや場面が変わる。今度は、暗い夜の海に盛んに点滅する閃光が映し出されている。この映像は、戦艦サウスダコタに乗り組んだ
別の撮影班が、戦死覚悟で捉えた夜戦の映像である。
映像の中には、何度も発射される16インチ砲の斉射や、敵砲弾が直撃した時の激しい振動。そして、敵戦艦が被弾炎上していく様子、
最後には輸送船団に殴り込みを掛けている場面も克明に記録されていた。
「「この日の夜間に行われた水上決戦では、我が水上艦部隊は激戦の末、敵輸送船団の撃退に成功した。ここにして、
戦争のターニングポイントとなった第2次バゼット海海戦は終わりを告げた」」
その後、米艦艇に救出される捕虜や、シホールアンル軍撤退後のミスリアル王国の映像が流れた後、勇壮な曲と共にエンドロールが流れた。
「ふぅ~、さすがはジョン・フォード監督だ。いい絵を取ったなぁ。」
隣のアメリカ兵が、圧倒されたような表情を浮かべながらそう言った。
「ジョン・フォードって、誰ですか?」
「有名な映画監督さ。この記録映画を作ったのは、そのフォードっていう人なんだ。アメリカではかなり有名な名監督だぜ。」
「はぁ。そうなんですか。しかし、アメリカは凄いですね。軍事だけでなく、このような娯楽にも、こんなに力を入れるなんて。」
カレアント兵は、やや興奮したような口調でアメリカ兵に言う。
「そうかい?俺はそれほどでもねえと思うんだけどな。なにせ、映画館なんかそこらにあったしなあ。兄ちゃん、もしかして、アメリカに興味持ったかい?」
「はい。かなり。」
「ほう、そうかい。一度は自分の国だけじゃなく、他の国を見てみるのもいいかもしれんな。」
アメリカ兵は腕を組みながら、頷いた。
「さて、俺はおいとまするかね。おっ、ここで会ったのも何かの縁だ。互いに自己紹介しようじゃないか。俺はジェイク・トムキンス曹長、
戦闘機乗りをやってる。最近このカレアントに配属されたばかりでね。」
「そうなんですか。自分はグルアロス・ファルマント伍長です。陸軍で情報関係の仕事をしています。」
「今度、会ったら飲みにいかないかい?」
「え?いきなりですか?」
「躊躇する必要ないさ。お互い同じ連合軍なんだぜ。頭に猫みたいな耳が生えていようが、俺みたいに色が黒いだろうが、関係ないさ。」
トムキンス曹長はざっくばらんな口調で言って来た。どうやら、あまり気取らない性格のようだ。
「では、機会があれば。」
「おう、またいつかな。」
ファルマント伍長とトムキンス曹長は、互いに微笑みながら握手を交わした。
第2次バゼット海海戦の記録映画は、ジョン・フォード監督の手によって編集、製作された。
フォード監督は、海戦前に報道班員として空母ヨークタウンに乗り組み、部下のクルー達と共にこの歴史的大海戦の様子をフィルムに
収めていた。このリアルな記録映画は、上映時間が1時間ほどで、1943年8月にアメリカで公開され、大ヒットとなった。
そして11月頃から南大陸でも放送が開始され、多くの南大陸住民が、銀幕の中で繰り広げられるミスリアル王国の存亡を掛けた一大海空戦
に見入っていた。
1483年(1943年)11月7日 午前9時 ヴィルフレイング沖南東60マイル沖
「敵機発見!3時方向!」
唐突に、無線機から緊迫した声が流れてくる。
空母エンタープライズ戦闘機隊第2中隊に属しているリンゲ・レイノルズ少尉は、同僚の声にはっとなって、3時方向に視線を移す。
そこには、1機の機影が見えていた。
リンゲは、他の3機の戦闘機と共にTG58.1の輪形陣右側の8マイル沖合いを哨戒中であった。
偵察機は、艦隊から約10マイルの所まで迫っている。
「敵機距離1000メートル!」
「第3小隊、行け!捕まえろ!」
第2中隊長であるカーチス大尉から指示が飛ぶ。
「了解!」
第3小隊長がそれに答え、リンゲ機を含む4機のF6Fが偵察機に向かっていく。
偵察機も気が付いたのか、反転して逃走を図った。
「逃がすな、追え!」
第3小隊長機から怒りの含んだ指示が飛ぶ。
(ああ、先輩。頭に血が上ってやがる)
リンゲは内心苦笑しながらも、他の機と共に増速する。
機首のプラットアンドホイットニーR2800-10Wエンジンが2000馬力の出力を叩き出し、自身がたたき出す時速600キロ以上の
スピードで、逃げ惑う不遜な偵察機を追い詰めようとする。
並みの偵察機ならば、すぐに追い付かれ、機銃弾によって蜂の巣にされているであろう。
だが、
「ああ、畜生!追いつけん!!」
小隊長機が、苛立ち紛れに喚く。目の前の偵察機に全く追いつけない。いや、それどころかぐんぐん離されていく。
そう間を置かずに、目の前の偵察機は遠く彼方に消え去っていった。
「訓練終了!すぐに母艦へ戻れ!」
「・・・・了解。」
小隊長機は、その一言だけ言って無線機を切った。
「これで3回目だな。あの偵察機に逃げられたのは。」
リンゲはやれやれと言った表情で呟いた。
TG58.1は、いつもの通りの編成で輪形陣を組み上げている。
TG58.1の主力は、開戦以来の精鋭正規空母であるヨークタウン3姉妹と、軽空母フェイトで編成されている。
今日、TG58.1は、同じ艦隊の任務群であるTG58.2と共に、敵味方に別れて索敵訓練を行っていた。
判定の結果、午前7時から9時までに、TG58.1は3回索敵機に捉えられていた。
しかも、3回とも偵察機に逃げられていた。
それに対し、TG58.1はTG58.2を2回発見したが、偵察機はいずれも撃墜判定が下されている。
明らかにTG58.1の負け試合であった。
24ノットの速力で航行するエンタープライズの甲板に、リンゲのF6Fは降り立った。
ダァンという衝撃と共に車輪が甲板に触れる。その直後、急制動がかかって機体のスピードは瞬時に減殺された。
リンゲは甲板誘導員の指示に従って、機体を飛行甲板の前部にまで持って行く。
第1エレベーターに機体を乗せた後、翼を折りたたんだ。エレベーターが下ろされ、リンゲの機体は格納甲板に収容された。
20分後、愛機から降りて来たリンゲは、訓練後のブリーフィングを終えて飛行甲板に出た。
この時、ちょうど1機の機体が、後部エレベーターから飛行甲板に上げられた。
「ふぅ、さっきはあいつのせいで散々な目に遭ったな。」
リンゲは苦笑しながら、エレベーターに乗っている機体を眺めた。
ヘルダイバーのように折り畳まれた翼、その翼の下から覗いている機体は、アメリカの飛行機にしては異様に細く感じられる。
全体的にほっそりしている感があるが、それがこの機特有の優美さを出しており、トライカラーに塗装された事によって、より美しさが醸し出している。
機首のエンジンは大きい。以前、この機体のパイロットから聞いた話では、F6Fとほぼ同じエンジンを搭載しているようだ。
「F6Fと同じエンジンで、あんなに速い速度が出せるとはなぁ。ブリュースターの連中も凄い飛行機を作ったもんだ。」
今朝の索敵訓練で、リンゲ達のF6Fをあっさりと振り切ったのは、TG58.2から発艦したこのS1Aハイライダーである。
11月から母艦航空隊に配備されたハイライダーは、エンタープライズも属するヨークタウン級やレキシントン級空母に2個小隊8機、
エセックス級に3個小隊12機、インディペンデンス級に1個小隊4機ずつが配備されている。
今日行われた索敵訓練は、従来の艦爆や艦攻で索敵を行った場合と、ハイライダーで索敵を行った場合の生存性の比較も兼ねられている。
ドーントレスやアベンジャーで索敵したTG58.1は、一応敵艦隊発見の報告を打っているが、その後、“未帰還”となっている。
だが、TG58.2はハイライダーを使用したお陰で、3度の偵察に成功し、その後、持ち前の韋駄天振りを発揮してF6Fを寄せ付けず、
撃墜判定を取らせなかった。
このように、艦隊に配備されつつある新鋭機ハイライダーは、その活躍ぶりから、早くも母艦パイロット達に頼れる仲間として受け入れられつつある。
「敵に回ると恐ろしいものだが、味方に回るとこれほど頼もしい偵察機は、そうそう居ないだろう。」
リンゲは、どこか頼もしそうな表情でハイライダーを眺めた。
折り畳んだ翼を展開したハイライダーは、ゆっくりとプロペラを回し始めた。
発艦前の暖機運転を始めたのだろう。やがて、ハイライダーの機首にある空冷18気筒2000馬力エンジンが猛々しく吼え始めた。
「今度はこっちがハイライダーを使う番か・・・・TG58.2の奴らに俺達が味わった屈辱を与えてもらいたいぜ。」
リンゲは悪戯小僧が浮かべるような笑みをしながら、ハイライダーに向かって親しみを含めた口調でそう言った。
1483年(1943年)11月3日 午前8時 シホールアンル帝国ドグルンド
シホールアンル帝国の最南端にあるドグルンドは、昔から寂れた辺境の町であった。
人口は4000人程度しかおらず、誰が見ても辺鄙な田舎町である。
そんな町に見慣れぬ工場が出来たのは、今から3年前だ。
シホールアンル帝国は、この町に幾つもの巨大な建造物を作り上げた。
全長200グレル、幅50グレルの工場が都合6つほど出来上がり、その向上は高さ20グレルほどの囲いに覆われて、
外から中が見えぬように工夫されていた。
そしてつい半年前、巨大な6つの建造物のうち、3つから奇怪な物が産み出された。
この日、第311特殊機動旅団の視察に来ていた、シホールアンル陸軍総司令官ウインリヒ・ギレイル元帥は、
旅団の所有する乗り物に乗って草原を疾走していた。
「どうでしょうか?総司令官閣下。」
「素晴らしい物だ。こいつさえあれば、あの忌々しいアメリカ軍戦車なぞ蟻同様に蹴散らせるな。」
第311特殊機動旅団の司令官であるルバド・イルズド准将に、ギレイル元帥は興奮した口調で答えた。
ギレイル元帥は、“艦橋”から草原を眺めていた。
「速度は今、どれぐらい出ているかね?」
「今は最大速度の21レリンクに達しています。」
「・・・・・百聞、一見にしかずとはこの事だな。これぞ、我がシホールアンルの誇りと言えるな。」
彼はそう言って、“艦橋”の下を眺める。草原の緑が物凄い勢いで後ろに流れていく。
視線を前に移すと、2基の連装砲塔が仰角をやや上向けて、前方を睨んでいる。
「この陸上装甲艦レドルムンガならば、のこのこと進軍してくるアメリカ軍を撃退してご覧に入れます。
何しろ、アメリカ軍の巡洋艦にも対応できる兵装を備えておりますからな。」
イルズド准将は自信に満ちた表情で、ギレイル元帥に言った。
第311特殊機動旅団は、今年の2月に編成された部隊である。
この旅団の目玉は、なんと言ってもこの陸上装甲艦である。
全長83グレル(166メートル)、全幅8.2グレル(16.4メートル)重量は約5220ラッグ(7830トン)。
武装は5.3ネルリ連装砲4基に、舷側に配備されている4ネルリ単装両用砲18門、そして対空魔道銃38丁。
陸上兵器としては、度肝を抜くような超兵器である。
この化け物とも言うべき超兵器は、特殊な魔法石を動力に据えているためか、陸地ならば地面を這っている筈のこの陸上装甲艦は、
驚くべき事に陸地からやや浮かんだ状態で大地を駆け抜ける事が出来る。
レドルムンガ級の使っている魔法石は、ウェンステル領で仕入れた特殊な魔法石で、この魔法石は魔力を加える事によって
ちょっとした浮遊効果を持つ事が知られていた。
そのため、この効果を応用した兵器を作ろうと計画していたシホールアンル側は、奪取したルベンゲーブの魔法鉱山から、
3隻分は動ける分の魔法石を確保できた。
本来であれば、6隻分を確保する予定であったが、4から6番艦用に用意されていた魔法石は、6月28日に襲来した
アメリカ軍爆撃機部隊の空襲で、全て焼き討ちにされていた。
このため、6隻が完成する予定であった陸上装甲艦は、3隻のみが完成となり、残り3隻は解体の後、資材を別の部署に回すことになった。
それはともかく、こうして3隻の陸上装甲艦は完成した。
この陸上装甲艦は、他にも特筆すべき事がある。
「右上方にワイバーン4機!突進してきます!」
見張りが上ずった声で、艦橋に報告してくる。陸上装甲艦の乗員は、全員が陸軍の所属となっているが、元々は海軍所属の将兵である。
陸上装甲艦の構造は、海軍が建造してきた従来の巡洋艦と似たような構造のため、3隻の陸上装甲艦には、乗員の半分以上が元巡洋艦乗りで占められている。
そのため、陸上装甲艦の扱いも今ではすっかり慣れていた。
「さて、ここからが見物ですぞ。」
イルズド准将は、ギレイル元帥に微笑みかけた。
「見ものか・・・・・しかし、こうも荒っぽい訓練を視察するのは、生まれて初めてだな。」
ギレイル元帥は緊張した口調で返事した。
「実際に、“ワイバーンの爆撃を受ける”とはな」
実を言うと、レドルムンガに接近しつつある4機のワイバーンは、全騎が爆弾を搭載している。
腹に抱えている爆弾は、シホールアンル軍標準とも言える150リギル爆弾である。
レドルムンガは、回避運動も無しにこの150リギル爆弾を、全て受けようと言うのだ。
今行われる訓練は、つい最近取り付けたばかりのあるモノが、本当に耐えられるか確かめる目的で行われている。
そのあるモノの実地試験は、既に何度もやって異常なしという結果が得られている。
あとは、実際に装備してみて、本当に作動するかどうかを確かめるのみである。
「確かに荒っぽいですな。ですがご安心を。このレドルムンガは150リギル爆弾数発浴びただけでは、簡単に参りませんよ。」
「それは・・・・あれがしっかり作動してからかね?それとも・・・・・・」
「作動しなくても、この艦の装甲が被害を軽減してくれます。」
イルズド准将は、安心させるような柔らかい口調で、ギレイル元帥に言った。
「ワイバーン、急降下開始!」
ついに、4機のワイバーンが高空からレドルムンガに向けて急降下を開始した。
4機のワイバーンは、味方であるはずのレドルムンガが、まるで本当の敵と言わんばかりに真一文字に突っ込んで来る。
やがて、最初の1番騎が低空で爆弾を投下した。
「1番騎爆弾投下!直撃コースです!!」
見張りが絶叫する。落ちてくる爆弾は紛れも無い本物である。しかも、この爆弾は艦橋に向かっている。
あれが作動しなければ、艦長のみならず、旅団司令官や陸軍総司令官が一挙に死亡という、最悪の惨事となるであろう。
爆弾が炸裂した。ドーン!という耳を劈くような轟音が、草原に鳴り響いた。
そして同時に、艦橋部分から赤紫色の閃光が発せられていた。
ギレイル元帥は思わず耳を塞ぎ、そして目を閉じていた。
2番騎、3番騎、そして4番騎が容赦なく爆弾を投下する。
竜騎士達の腕前は良く、レドルムンガの中央部から後部にかけて、3発の爆弾は満遍なく命中する。
艦全体が爆炎と、その瞬間に発せられる不思議な閃光、そして、黒煙に包まれる。
相次ぐ轟音に、耳を塞いでいたギレイル元帥は、恐る恐る目を開いた。
「・・・・旅団長、無事だったか。」
「ええ。この通り、ピンピンしております。」
目の前には、快活そうな笑みを浮かべるイルズド准将が立っていた。
イルズド准将の額に、一瞬汗みたいな物が滲んでいるように見えたが、ギレイル元帥はそれに気付く事無く、艦橋の内部を見回した。
艦橋内部は、無傷である。
「旅団長、艦に損傷なし。魔法防御は通常通り作動しております。」
「ようし、まずは合格だな。」
「爆弾のうち、最初の1発は艦橋の真上に落ちてきたようです。魔法防御が作動していなければ、ここに居た全員が吹っ飛んでいましたな。」
「いやはや、魔法防御様々だな。」
イルズド准将はそう言うと、愉快そうに笑った。
レドルムンガに装備されているあるモノ。それは、高精度な魔法防御である。
魔法防御は、古くから使用されてきたものである。
ある物は、塗料に防御力強化の魔法を埋め込み、それを盾に塗って強力な盾にした。
また、ある物は、魔法石に魔力を加え、それを盾にはめて防御を強化した。
最近では、ワイバーンに防御用の魔法石を埋め込んでワイバーンの防御強化を図っているが、従来の魔法石では
アメリカ軍戦闘機の12.7ミリ機銃弾を満足に防げていなかった。
レドルムンガに搭載された防御用魔法石は、従来の魔法石と比べて遥かに優秀な防御力を有していた。
アメリカ式に言うならば、フットボール大ほどの赤色の魔法石を、艦首や中央部、そして後部に合計6つ埋め込み、強力な防御域を艦の周囲に貼り付ける。
防御域は、攻撃を受けるたびに魔力が減るため、艦の深部には魔法石の効用限度を示した計測器が設置されている。
計測器は十段階表示に設定され、目盛りが上の赤い部分を指していれば充分に魔力が残っており、目盛りが下の青い部分に来れば、
魔力は切れ、艦の周囲に張り巡らされる筈の防御域が無くなった事を教えてくれる。
この防御用の魔法石も、機関部の魔法石同様、ウェンステルから仕入れたものだ。
「計測班。魔力の残存状況知らせ。」
艦長は伝声管で、計測班を呼び出した。
「こちら計測班、魔力の残量は99.5です。」
「ほう、それだけしか減っていないのか。」
「はい。この魔法石はかなりの優れものですよ。150リギル爆弾4発の直撃を受けてこれだけなんですから、
実戦では敵の重砲弾幕に耐えられるかもしれません。」
「そのようだな。」
ギレイル元帥は、艦長と計測班のやり取りを聞きながら、改めてこのレドルムンガが凄い兵器であると思った。
「ウェンステルを手に入れなければ、このような強力な兵器は作れなかっただろうな。これも、皇帝陛下の政策のお陰だ。」
「おっしゃる通りです。」
イルズド准将が微笑みながら、相槌を打つ。
「こうなると、この性能を早く実戦で試したい物ですな。」
「君の希望は近いうちに叶うかも知れんぞ。」
ギレイル元帥は、一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに平静な表情に戻る。
「南大陸では、前線軍が順調に後退を続けておる。今の調子で行けば、12月までには全軍が南大陸から撤退できるだろう。」
「と、言うと。早いうちにアメリカ軍が北大陸にやって来るという事ですね。」
「その通りだ。南大陸と違って、北大陸は充分に補給線が確保でき、地の利もわが方にある。アメリカ軍は侮れない敵だが、
戦術次第では勝てぬ相手ではない。敵が北大陸にやって来た時は、君の率いる旅団にも、存分に暴れまわってもらうぞ。」
「はっ、ご期待に添うよう、努力いたします。」
イルズド准将は恭しく頭を下げた。
「右後方より僚艦が接近します!」
見張りが艦橋に報告してくる。レドルムンガの右舷後方から、2隻の同じ形をした陸上装甲艦が迫ってくる。
台形状の頑丈そうな船体に頼もしさを感じさせる主砲。海軍の巡洋艦に似ているが、どことなく背の低い艦橋。
この2隻の僚艦は、レドルムンガ級陸上装甲艦の2、3番艦であるバログドガ、アソルケバである。
やがて、2隻の僚艦は、レドルムンガの右真横に並んだ。
200グレル間隔で、草原を疾駆するこの地上の怪物艦隊は、まさに地上最強という名に相応しい陣容である。
「実に素晴らしい。1隻だけでも凄いが、3隻も集まると、もはやどんな強敵でも楽に蹴散らしてくれそうな気がするな。」
「ただし、戦艦を相手にする事は勘弁願いますぞ。」
イルズド准将の何気ない冗談に、艦橋で爆笑が沸いた。
その後、3隻の陸上装甲艦は夕方まで編隊行動訓練をやった後、旅団の本拠地であるドグルンドに戻っていった。
1483年(1943年)11月7日 午後7時 カレアント公国首都カレアルク
首都カレアルクは、再び活気に満ちていた。
それまで、シホールアンル軍に占領されていたカレアルクは、占領軍将兵にとって静かな町であった。
だが、1ヶ月近く前に10月13日、カレアルクは連合軍によって解放され、カレアント公国はなんとか首都を取り戻す事が出来た。
今や、占領地から故郷である首都に戻って来た人々はかなりの数になる。
市場では、長い間聞かれなかった覇気の良い声が聞こえ、繁華街では客引き達が、道行く人々や、休暇のためにぶらついている
連合軍将兵達を引っ掛けようとしていた。
再び、元の元気さを取り戻しつつあるカレアルク。その首都のとある一角では、珍しい催しが開かれていた。
「ん~?こいつは何だ?」
カレアント陸軍に所属しているとある兵士は、その看板見るなり首を捻った。
看板が掲げられている店の前には、アメリカ軍の兵士が2人立っている。
「ヘイ、兄ちゃん。あんたも映画見ていかないかね?見るのは無料だぜ?」
1人の黒い肌をしたアメリカ兵が、馴れ馴れしそうな口調で誘って来た。
「ただの記録映画だが、見る価値はあるぜ。なにせ、あの名監督が撮った記録映画なんだからね。」
「記録映画?なんだそれ?」
「まあ見れば分かるよ。ささ、入って入って。」
兵士はアメリカ兵の言われるがままに店の中に入っていく。入る前に、兵士はもう1度看板を見た。
看板の上にあるタイトルには、英語で「THE BATTLE OF SECOND BAZZET SEA」、
彼の読める言語では、「第2次バゼット海海戦」と書かれていた。
中に入ってみると、そこには今まで見た事もない光景が広がっていた。
「これって・・・・噂の映画館と言う奴か?」
兵士は、以前アメリカ軍との交流のある同僚に映画館という物の話を聞いた事がある。
同僚の話によると、映画館と言う物は、映像を映し出す大きな布を前方に据え、後ろから映像を布に映し出す
映写機と言うへんてこな機械があって、そこから動く絵が映し出されると言う事だ。
その話を聞いた彼は半信半疑だったが、今、彼は映画という物を見ていた。
驚くべき事に、色付である。
「すごいな・・・・色付の動く絵とは・・・・・・」
「おい、アンちゃん。こっちに座りなよ。」
ふと、すぐ目の前の席に座っていたアメリカ兵が、手招きして空いている席に座るように言ってきた。
そのアメリカ兵の肌は、見せの前に居たアメリカ兵同様、黒かった。
「はっ、どうも。」
彼はそのアメリカ兵の誘いに乗って、席に座った。
画面には、アメリカ軍の飛行機が、空母と呼ばれる軍艦から発艦していく光景が映し出されている。
「この変てこな物は、映画って奴ですか?」
「おお、そうだ。兄ちゃん映画初めてかい?」
ややコワモテそうなアメリカ兵が逆に聞いてくる。
「ええ。そうです。」
「そうかい。なら今日が初体験だな。おめでとう。」
コワモテのアメリカ兵はそう言って、小さい声で笑った。
「「空母ヨークタウンから敵シホールアンル軍艦隊に向けて艦載機が発艦していく。艦載機乗り達は、これから死地にへと向かう。
目標は、敵竜母だ。」」
音付きの映像に加えて、ナレーションも入っている。
ナレーションが流れている間、カメラは次々と発艦していく艦載機を、1機1機見送っていく。
場面が変わった。
今度は、空母甲板上で乗員達が慌しく配置に付いていく様子が映し出されている。
ある者は20ミリ機銃座に、ある者は5インチ単装砲座に取り付いていく。
「「艦載機が発艦してしばらく経つと、ヨークタウンのレーダーが敵大編隊を探知した。シホールアンル竜母から飛び立ったワイバーンが、
ついに来たのだ。ここにして、空母対竜母の全面対決が始まったのである」」
場面がまた変わった。
場面は空の様子を映し出している。編隊を組んでいるF4Fが、順番に翼を翻して何かに向かっていく。
ガンカメラに移ったワイバーンが、背後から銃撃を受ける。
銃弾はワイバーンに当たる事無く、ワイバーンがガンカメラの視界から出て行く。
「「敵ワイバーン編隊に、護衛の戦闘機隊が襲い掛かる。敵ワイバーン編隊もこれに突っ掛かっていく。まさに史上空前の大空戦だ。」」
ナレーションが流れ、映像にはワイバーンに背後を取られるF4Fや、正面攻撃の後にあっという間に視界から消えるワイバーンが移る。
「「だが、戦闘機隊の防戦にもかかわらず、敵ワイバーンは迫ってきた。今や、大量のワイバーンが艦隊に押し寄せてきた。」」
場面がヨークタウン艦上に変わり、28ミリ4連装機銃や高角砲等の全火器が左舷側を向いている様子が映し出された。
「「敵ワイバーン編隊はついに輪形陣に殺到してきた。だが、空母部隊はただ玉ってやられるだけの存在ではない。
敵が向かってくるならば、当然反撃だ!」」
いきなり機銃座が一斉に火を噴く。場面が変わって、ヨークタウンの左舷側に映し出される空母レンジャーや護衛艦の姿が映った。
艦隊上空には、多量の高角砲弾が炸裂し、濃密な弾幕が形成されている様が見て取れた。
次々と炸裂する黒煙の中に、落ちていく影がある。
「「濃密な対空弾幕が形成され、ワイバーンは次々と撃ち落されていく。このままならば、敵ワイバーン隊が攻撃に移る前に落とせるはずだ。
誰もがそう思ったことであろう。だが、流石は勇敢なワイバーン隊だけあって、やはり難敵であった」」
しばらく対空戦闘の場面が続く中、カメラの視線が遠くで攻撃を集中される巡洋艦に向けられる。
巡洋艦は必死に回頭を繰り返しながら反撃するが、やがて相次ぐ被弾によって大爆発を起こした。
次いで隣の空母にもワイバーンの魔の手が迫る。
空母に向かって急降下するワイバーンの周囲に高射砲弾が頻繁に炸裂する。
ワイバーンがあっという間に砕け散る様子や、体の一部が欠損した状態で落ちて行く様子も映し出される。
映画の中とはいえ、その激しい戦闘の様子に、自分がまるでその場に居るかのような感覚に囚われる。
空母レンジャーの奮戦空しく、ワイバーンによる相次ぐ被弾によってレンジャーは被弾炎上してしまった。
「「僚艦が次々と被害を受ける中、敵はついにヨークタウンに迫って来た。」」
対空砲火がこれまで以上に激しく映し出される。
後部甲板を映し出していたカメラは、艦尾部分が巨艦に似合わぬ速さで回っていく様子を捉えていた。
いきなり猛烈な振動がカメラを急激にブレさせた。
「「敵弾、ついにヨークタウンを捉える!艦長の操艦も空しく、敵弾は次々とヨークタウンの内懐に食い込んでいく!」」
更に2度、3度と、激しい衝撃がヨークタウンの艦体を振動させ、カメラが激しくブレている。
特に3発目は、カメラの視線の中で被弾し、爆発して炎上する場面がハッキリ映し出されており、その瞬間は見てる者の多くが驚きの声を上げた。
「「やはり敵ワイバーンは侮れなかった。都合3発の被弾を許したヨークタウンの艦体が、火災に炙られていく」」
そこから場面が変わって、今度は空母から発艦した航空隊が敵竜母部隊を攻撃する様子が映し出されていた。
この場面も、ナレーション付で放映されており、ドーントレスが逃げ惑う敵空母に向けて急降下爆撃を行う様子や、アベンジャーが捉えた
敵竜母の舷側に魚雷命中の水柱が吹き上がる様子など、アメリカ軍攻撃隊の活躍ぶりがよく捉えられていた。
「「攻撃は成功であった。我が攻撃隊は、敵竜母2隻撃沈という戦果を上げた。続く第2次攻撃隊は竜母1隻撃沈、1隻大破という大戦果を上げ、
ここにしてシホールアンル竜母部隊は壊滅した」」
場面は損傷した空母ヨークタウンに変わる。
「「しかし、我々が受けた被害も、決して少なくなかった。我々は空母レンジャーを失い、ホーネットが戦線離脱、残ったヨークタウン、ワスプ、
エンタープライズも全て損傷すると言う痛手を被った。」」
ヨークタウンの甲板上で、兵員が木材を運んで、損傷箇所を修理している兵に渡していく。
映像は、飛行甲板上で開けられた穴が、徐々に修理されていく様子が映し出されている。
場面は変わり、攻撃隊の艦載機が空母に帰還してきた。
「「だが、我々はこの史上最大の洋上航空決戦に勝利した。その勝利をもたらしたのは、他ならぬ、この空の勇者達である」」
ナレーションが流れ、画面には帰還してきたパイロットが、仲間と共に笑顔で談笑したり、艦長と思しき人物がパイロット達の
労をねぎらったりしている映像が流れた。
勇壮な音楽の後、画面は真っ暗になって、英文字と共にナレーションが流れた。
「「こうして、竜母対空母の決戦は、我が合衆国の勝利に終わった。次の目標は、ミスリアル強行上陸を企む敵輸送船団だ。」」
ここでまたもや場面が変わる。今度は、暗い夜の海に盛んに点滅する閃光が映し出されている。この映像は、戦艦サウスダコタに乗り組んだ
別の撮影班が、戦死覚悟で捉えた夜戦の映像である。
映像の中には、何度も発射される16インチ砲の斉射や、敵砲弾が直撃した時の激しい振動。そして、敵戦艦が被弾炎上していく様子、
最後には輸送船団に殴り込みを掛けている場面も克明に記録されていた。
「「この日の夜間に行われた水上決戦では、我が水上艦部隊は激戦の末、敵輸送船団の撃退に成功した。ここにして、
戦争のターニングポイントとなった第2次バゼット海海戦は終わりを告げた」」
その後、米艦艇に救出される捕虜や、シホールアンル軍撤退後のミスリアル王国の映像が流れた後、勇壮な曲と共にエンドロールが流れた。
「ふぅ~、さすがはジョン・フォード監督だ。いい絵を取ったなぁ。」
隣のアメリカ兵が、圧倒されたような表情を浮かべながらそう言った。
「ジョン・フォードって、誰ですか?」
「有名な映画監督さ。この記録映画を作ったのは、そのフォードっていう人なんだ。アメリカではかなり有名な名監督だぜ。」
「はぁ。そうなんですか。しかし、アメリカは凄いですね。軍事だけでなく、このような娯楽にも、こんなに力を入れるなんて。」
カレアント兵は、やや興奮したような口調でアメリカ兵に言う。
「そうかい?俺はそれほどでもねえと思うんだけどな。なにせ、映画館なんかそこらにあったしなあ。兄ちゃん、もしかして、アメリカに興味持ったかい?」
「はい。かなり。」
「ほう、そうかい。一度は自分の国だけじゃなく、他の国を見てみるのもいいかもしれんな。」
アメリカ兵は腕を組みながら、頷いた。
「さて、俺はおいとまするかね。おっ、ここで会ったのも何かの縁だ。互いに自己紹介しようじゃないか。俺はジェイク・トムキンス曹長、
戦闘機乗りをやってる。最近このカレアントに配属されたばかりでね。」
「そうなんですか。自分はグルアロス・ファルマント伍長です。陸軍で情報関係の仕事をしています。」
「今度、会ったら飲みにいかないかい?」
「え?いきなりですか?」
「躊躇する必要ないさ。お互い同じ連合軍なんだぜ。頭に猫みたいな耳が生えていようが、俺みたいに色が黒いだろうが、関係ないさ。」
トムキンス曹長はざっくばらんな口調で言って来た。どうやら、あまり気取らない性格のようだ。
「では、機会があれば。」
「おう、またいつかな。」
ファルマント伍長とトムキンス曹長は、互いに微笑みながら握手を交わした。
第2次バゼット海海戦の記録映画は、ジョン・フォード監督の手によって編集、製作された。
フォード監督は、海戦前に報道班員として空母ヨークタウンに乗り組み、部下のクルー達と共にこの歴史的大海戦の様子をフィルムに
収めていた。このリアルな記録映画は、上映時間が1時間ほどで、1943年8月にアメリカで公開され、大ヒットとなった。
そして11月頃から南大陸でも放送が開始され、多くの南大陸住民が、銀幕の中で繰り広げられるミスリアル王国の存亡を掛けた一大海空戦
に見入っていた。
1483年(1943年)11月7日 午前9時 ヴィルフレイング沖南東60マイル沖
「敵機発見!3時方向!」
唐突に、無線機から緊迫した声が流れてくる。
空母エンタープライズ戦闘機隊第2中隊に属しているリンゲ・レイノルズ少尉は、同僚の声にはっとなって、3時方向に視線を移す。
そこには、1機の機影が見えていた。
リンゲは、他の3機の戦闘機と共にTG58.1の輪形陣右側の8マイル沖合いを哨戒中であった。
偵察機は、艦隊から約10マイルの所まで迫っている。
「敵機距離1000メートル!」
「第3小隊、行け!捕まえろ!」
第2中隊長であるカーチス大尉から指示が飛ぶ。
「了解!」
第3小隊長がそれに答え、リンゲ機を含む4機のF6Fが偵察機に向かっていく。
偵察機も気が付いたのか、反転して逃走を図った。
「逃がすな、追え!」
第3小隊長機から怒りの含んだ指示が飛ぶ。
(ああ、先輩。頭に血が上ってやがる)
リンゲは内心苦笑しながらも、他の機と共に増速する。
機首のプラットアンドホイットニーR2800-10Wエンジンが2000馬力の出力を叩き出し、自身がたたき出す時速600キロ以上の
スピードで、逃げ惑う不遜な偵察機を追い詰めようとする。
並みの偵察機ならば、すぐに追い付かれ、機銃弾によって蜂の巣にされているであろう。
だが、
「ああ、畜生!追いつけん!!」
小隊長機が、苛立ち紛れに喚く。目の前の偵察機に全く追いつけない。いや、それどころかぐんぐん離されていく。
そう間を置かずに、目の前の偵察機は遠く彼方に消え去っていった。
「訓練終了!すぐに母艦へ戻れ!」
「・・・・了解。」
小隊長機は、その一言だけ言って無線機を切った。
「これで3回目だな。あの偵察機に逃げられたのは。」
リンゲはやれやれと言った表情で呟いた。
TG58.1は、いつもの通りの編成で輪形陣を組み上げている。
TG58.1の主力は、開戦以来の精鋭正規空母であるヨークタウン3姉妹と、軽空母フェイトで編成されている。
今日、TG58.1は、同じ艦隊の任務群であるTG58.2と共に、敵味方に別れて索敵訓練を行っていた。
判定の結果、午前7時から9時までに、TG58.1は3回索敵機に捉えられていた。
しかも、3回とも偵察機に逃げられていた。
それに対し、TG58.1はTG58.2を2回発見したが、偵察機はいずれも撃墜判定が下されている。
明らかにTG58.1の負け試合であった。
24ノットの速力で航行するエンタープライズの甲板に、リンゲのF6Fは降り立った。
ダァンという衝撃と共に車輪が甲板に触れる。その直後、急制動がかかって機体のスピードは瞬時に減殺された。
リンゲは甲板誘導員の指示に従って、機体を飛行甲板の前部にまで持って行く。
第1エレベーターに機体を乗せた後、翼を折りたたんだ。エレベーターが下ろされ、リンゲの機体は格納甲板に収容された。
20分後、愛機から降りて来たリンゲは、訓練後のブリーフィングを終えて飛行甲板に出た。
この時、ちょうど1機の機体が、後部エレベーターから飛行甲板に上げられた。
「ふぅ、さっきはあいつのせいで散々な目に遭ったな。」
リンゲは苦笑しながら、エレベーターに乗っている機体を眺めた。
ヘルダイバーのように折り畳まれた翼、その翼の下から覗いている機体は、アメリカの飛行機にしては異様に細く感じられる。
全体的にほっそりしている感があるが、それがこの機特有の優美さを出しており、トライカラーに塗装された事によって、より美しさが醸し出している。
機首のエンジンは大きい。以前、この機体のパイロットから聞いた話では、F6Fとほぼ同じエンジンを搭載しているようだ。
「F6Fと同じエンジンで、あんなに速い速度が出せるとはなぁ。ブリュースターの連中も凄い飛行機を作ったもんだ。」
今朝の索敵訓練で、リンゲ達のF6Fをあっさりと振り切ったのは、TG58.2から発艦したこのS1Aハイライダーである。
11月から母艦航空隊に配備されたハイライダーは、エンタープライズも属するヨークタウン級やレキシントン級空母に2個小隊8機、
エセックス級に3個小隊12機、インディペンデンス級に1個小隊4機ずつが配備されている。
今日行われた索敵訓練は、従来の艦爆や艦攻で索敵を行った場合と、ハイライダーで索敵を行った場合の生存性の比較も兼ねられている。
ドーントレスやアベンジャーで索敵したTG58.1は、一応敵艦隊発見の報告を打っているが、その後、“未帰還”となっている。
だが、TG58.2はハイライダーを使用したお陰で、3度の偵察に成功し、その後、持ち前の韋駄天振りを発揮してF6Fを寄せ付けず、
撃墜判定を取らせなかった。
このように、艦隊に配備されつつある新鋭機ハイライダーは、その活躍ぶりから、早くも母艦パイロット達に頼れる仲間として受け入れられつつある。
「敵に回ると恐ろしいものだが、味方に回るとこれほど頼もしい偵察機は、そうそう居ないだろう。」
リンゲは、どこか頼もしそうな表情でハイライダーを眺めた。
折り畳んだ翼を展開したハイライダーは、ゆっくりとプロペラを回し始めた。
発艦前の暖機運転を始めたのだろう。やがて、ハイライダーの機首にある空冷18気筒2000馬力エンジンが猛々しく吼え始めた。
「今度はこっちがハイライダーを使う番か・・・・TG58.2の奴らに俺達が味わった屈辱を与えてもらいたいぜ。」
リンゲは悪戯小僧が浮かべるような笑みをしながら、ハイライダーに向かって親しみを含めた口調でそう言った。