自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

115 第91話 国王の決意

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第91話 国王の決意

1483年(1943年)11月18日 午前8時 カリフォルニア州サンディエゴ

その日、ウォルデン・エインスウォース少将は病室で朝刊を読んでいた。

「シホールアンル軍、カレアント公国から完全撤退か。カレアントを失ったとなると、シホットの南大陸侵攻軍もそろそろ終わりだな。」

エインスウォースはそう言ってから新聞を折りたたんだ。彼は視線を窓に向けた。
窓からは、サンディエゴ軍港に停泊している艦艇群が一望できる。
エインスウォースはその中の1隻に視線を止め、次いで双眼鏡でその艦を注視した。

「ブルックリンの修理も、早々と終わったな。あんな状態からよく修理できた物だ。」

エインスウォースはどこかしんみりとした口調でそう呟いた。
ブルックリンは、彼が1ヶ月前まで指揮していた、第61任務部隊第3任務群の旗艦であった軽巡洋艦である。
そのブルックリンは、1ヶ月前のマルヒナス沖海戦でシホールアンル海軍の巡洋艦と対決し、6インチ砲塔の全てと左舷側に多大な損傷を受けた。
判定の結果、ブルックリンは大破とされ、本国に戻って修理を行った。
それから丸1ヶ月経った今日、傷付きながらも修羅場を潜り抜けたブルックリンは、エインスウォースの前に健在な姿を見せた。
よく見てみると、ブルックリンの細部が変わっている。
ブルックリンは、舷側に5インチ単装砲が片側4基ずつ、両舷に8門を搭載していた。
しかし、今見るブルックリンは、ヘレナやセント・ルイスのように、5インチ連装両用砲が片側2基ずつに纏められている。
元々5インチ砲を装備していた箇所には、新たに40ミリ機銃や20ミリ機銃が配置され、ブルックリンの対空火力が以前よりも
強力になっている事がわかった。
改装作業はまだ終わっていないのであろう。艦の所々に工員らしき人物が張り付いているのが見えた。

「船の修理は早々と終わりつつあるようだが、俺の体の修理は、まだかかりそうだな。」

エインスウォースは持っていた双眼鏡を下げてそう呟いた。

その時、ドアがノックされた。

「どうぞ!」

エインスウォースはドアの向こう側に張りのある声音でそう言う。
ドアが開かれると、カーキ色の軍服を着た海軍軍人が入ってきた。

「やあ、ミスター・メリル。」

エインスウォースは、その海軍軍人の顔を見るなり頬をほころばせた。

「エインスウォースさん。だいぶ調子がよさそうですな。これ、お土産です。」

名前を呼ばれた海軍軍人、アーロン・S・メリル少将は微笑みながら、左手に持っていた果物の入ったバスケットを見せた。
11月になってから、負傷したエインスウォースに代わって、新たにTG61.3の指揮官に任命されている。

「ほう、こいつは豪勢なものだ。」
「つまらないものですが、後で食べてください。」
「ああ。ゆっくりいただくとするよ。どれ、そっちに座れよ。」

エインスウォースはメリルに、ベッドの右隣にあった椅子に座るようにすすめる。
メリルは頷くと、椅子を手繰り寄せてから座った。

「どうだね?艦隊の様子は?」
「今の所、再編はほぼ終わりつつあります。12月までにはブルックリンとフィラデルフィア、12月の10日までには
フェニックスが艦隊に加わります。それに加え、軽巡洋艦のビロクシーがTG61.3に配備されます。」
「ビロクシーの配備はボイスの穴埋めだな。」
「ええ、そうです。」
「クリーブランド級はブルックリン級並みの速射性能があるから、戦力としては期待できるな。」

エインスウォース少将はやや満足気な表情で言った。
マルヒナス沖海戦で、TG61.3は主戦力の一角であった軽巡ボイスを喪失している。
そのボイスの穴埋めとして、新たに最新鋭軽巡のビロクシーが配備された。
クリーブランド級軽巡は、既に実戦投入から1年余りが経過しているが、配備数はここ1年で8隻を数えている。
このうち7隻は、既に実戦に投入されており、対空戦闘、そして水上戦闘でも期待にそぐわぬ戦果を挙げている。
1ヶ月前のマルヒナス沖海戦でも、エインスウォース部隊の別働隊として参加した2隻のクリーブランド級軽巡が、敵の新型巡洋艦と
交戦しており、コロンビアとサンアントニオが大中破されたが、敵巡洋艦1隻撃沈、1隻大破(実際は中破程度)という戦果を挙げた。
その実績あるクリーブランド級軽巡が、TG61.3に配備される。

「ボイスの喪失は痛かったが、その代わり、頼りになるルーキーが来たという訳だ。」
「はい。ビロクシーの艦長と先日会ったのですが、艦長はボイスの仇を取ってやると鼻息を荒くしていましたよ。」
「ハハハ、そいつはまた頼もしい物だ。まあ、確かに長砲身6インチ砲の威力はなかなかな物だからな。艦を預かる
艦長にとっても頼もしい主砲だろう。艦長が鼻息を荒くするのも無理はあるまい。」

エインスウォースはそう言いながら、ベッドの右隣のテーブルに置かれたバスケットからオレンジを取り出した。
オレンジの皮は柔らかく、とても剥きやすかった。

「しかし、早く退院したいものだね。」
「何月頃まで入院なのですか?」
「早くて12月中旬までさ。マルヒナス沖海戦の時に腰を折ってな。その回復にまだ時間が掛かるんだ。全く、情けない限りさ。」

エインスウォースは自嘲気味に言った。

「いえ、そんな事はありませんよ。確かに、戦略面では負けたかもしれませんが、純粋な戦いでは我々の勝利ですよ。
エインスウォースさんの采配で、敵巡洋艦2隻に駆逐艦4隻を撃沈出来たのですから、それほど気負う事はありません。」
「だが、負けは負けさ。俺は合衆国海軍の顔に泥を塗ってしまったんだ。こうして、病院のベッドでじっとしている事は、
目的を果たせなかった俺の、当然の結果だよ。」
「・・・・・・・」

メリルは、しばらく何も言えなかった。

エインスウォースは明らかに、あの海戦で敗れた事に対して、自分の作戦指導がまずかったと確信していた。
あの海戦で輸送船団を取り逃がさなければ、シホールアンル軍の部隊にもっと打撃を与えられたのではないか?
そして、陸軍部隊の戦をもっとやりやすく出来たのではないか?
エインスウォースは常日頃から、そう思っていた。
更に、情報部の友人から聞いた話によると、シホールアンル軍はあの海戦の勝利を全国民に知らしめ、広報誌には
アメリカ海軍も無敵にあらず。戦えば負ける海軍であると、広く喧伝しているようだ。
(あの海戦で負けた結果、敵国民の士気をも煽り立ててしまった・・・・!)
エインスウォースは、それからというものの、悶々とした日々を送っていたのである。
だが、メリルのやんわりとした言葉は、エインスウォースの抱いていた悩みを、少しばかり和らげていた。

「ですが、敵は後退し続けています。むしろ、あのカンフル剤投与のような輸送作戦の成功で、シホールアンル軍は
より長い時間、苦痛を味わう事になったのですよ。現に、負けているのはシホールアンルです。それに、打撃を与えた
敵巡洋艦はほとんどが、敵機動部隊の随伴が可能な巡洋艦のようです。その巡洋艦を2隻撃沈した事は、敵機動部隊が
保有する防空力に少なからぬ打撃を与えた事でしょう。決して、無意味な結果、と言う事ではないのですよ。」
「・・・・・そうか。そう言ってくれると、あの海戦で散った戦友達も、なんとか浮かばれるだろう。」

オレンジを剥き終わった。皮を剥いた果実は、とても旨そうな色をしていた。
エインスウォースはオレンジを半分割ってから、その半分をメリルに渡した。

「なかなか旨そうなオレンジだ。半分君にやるよ。」
「はっ、どうもありがとうございます。」

エインスウォースはオレンジをメリルに半分渡してから、自分のオレンジを食べた。
一口分ほど果実を剥いてから、それを口に放り込んだ。
カリフォルニアオレンジ特有の甘みと、少しばかり感じる酸っぱさが口の中に広がった。

「旨い。やはりオレンジといえば、カリフォルニアオレンジに限るな。」

エインスウォースはオレンジを食べながらメリルに言った。メリルもまた、オレンジに舌鼓を打っている。

「確かに旨いですな。」
「これどこで買ったんだね?」
「これですか?この果物は、病院から東に1マイルの所にある露天で買った物です。オレンジは気前のよい婆さんがサービスしてくれたんですよ。」
「その気前の良い婆さんに感謝だな。」

そう言った後、メリルとエインスウォースは互いに笑い合った。

「こうしてみると、海軍病院での生活も悪くないもんだ。」
「ん?それはどうしてです?」

メリルの問いに、エインスウォースは悪戯小僧が浮かべるような笑みを滲ませた。

「見舞い人から差し入れを要求できるからさ。」
「こりゃまた、オイシイ物ですな。」

そう言うと、再び笑い合った。

「まあそれはともかく。TG61.3を頼むぞ。」
「ええ、分かっております。」

メリルは、自身ありげな表情でそう言った。

「TG61.3の雪辱は必ず晴らします。例え、化け物みたいな兵器と戦うとなっても、自慢のブルックリンジャブで沈めてやりますよ。」
「ああ、頼んだぞ。」

エインスウォースはニヤリと笑みを浮かべると、右手を差し出した。
メリルはその手を握った。力強く握り返してきたエインスウォースの手からは、俺の艦隊で存分に暴れ回ってくれという思いが感じられた。
メリルとしては、やや虚勢を張ったつもりで言ったのだが、それが現実になった時、メリルは自分を呪ったのであった。

1483年(1943年)11月20日 午後7時 バルランド王国首都オールレイング

バルランド国王、アルマンツ・ヴォイゼは、この日の夕刻、王国宮殿に閣僚達を集め、緊急の会議を行った。
玉座に座ったヴォイゼは、集まった閣僚達の顔を眺め回した。

「諸君、忙しい所、急に呼び出してすまない。」

ヴォイゼは、柔和そうな顔をうつむかせてから話を切り出した。

「昨日、私はアメリカ合衆国の親善大使と会談を行った。親善大使からの話によると、アメリカは近々、この南大陸連合の首脳を集めて、
首脳レベルの会談を行いたいと言ってきた。」

すかさず、内務大臣のガヘル・プラルザーが聞いてきた。

「陛下。それはアメリカ政府の意向なのですか?」
「そのようだ。アメリカ政府の考えでは、今年中には会談を行いたいと言っている。」
「今年中ですか・・・・・少々急過ぎますな。」

財務大臣のミルセ・ギゴルトが尖った口調で言う。

「第一、シホールアンル軍はカレアント公国から叩き出されたとはいえ、未だにウェンステルやレンクといった占領地に留まる可能性も
あるのですぞ。南大陸のシホールアンル軍が今月中に出て行くなら話は別ですが、南大陸の戦火が収まらぬうちに話し合いをするのは、
時期尚早かと思われます。」
「いや、そうでも無いかもしれないぞ。」

ギゴルトの隣に座っていた外務大臣のルグド・ドルランが言った。
年齢はヴォイゼよりも10歳上であるが、それでも若々しく、腕の良い官僚として知られている。

「アメリカがこの世界に現れて2年余りになるが、わが連合国はアメリカに対して首脳レベルの話し合いをした事がない。会談が
出来なかったのは、今が戦時という事も有り得るだろうが、今後の方針を決めるためにも、首脳レベルの話し合いをするのは良い事であると思うぞ。」
「外務大臣の言われる事も最もだが、私は少し納得しかねるな。」

プラルザーがつっぱねるような口調で言う。

「財務大臣が言われていたが、未だに南大陸にはシホールアンル軍が噛み付いている。それに、会談を行うにしてもどこでやるのだね?」
「シホールアンル軍の事に関しては心配ないようだ。」

ヴォイゼが口を挟んだ。

「アメリカのダレス大使が言うには、現在シホールアンル軍の大半が南大陸から脱出しつつあるようだ。この調子で行けば、
早くても来月初旬、最悪でも今年中には南大陸から出て行ってくれるそうだ。」
「シホールアンル軍はそこまで後退しているのですか?」
「ああ。この事についてはファリンベが説明してくれる。」

ヴォイゼはファリンベに視線を向けた。頷いたファリンベが席を立って、現在の戦況を説明した。

「現在、わが連合軍はカレアント公国からシホールアンル地上軍の駆逐に成功し、敵部隊をヴェリンス、またはレンク公国方面に
追い詰めています。戦線の後方では、散発的に敵のゲリラ襲撃などが行われていますが、これはさほど問題にはならないでしょう。
判明しているスパイ情報を集計、分析した結果、シホールアンル軍はいまだに後退を続けており、最後尾部隊はヴェリンス南部からも
急速に撤退しつつあるとの情報もあります。この調子で行けば、敵シホールアンル軍は、早くても12月初旬までには、全軍が北大陸へ
脱出するという結論が出ております。」
「敵がこうも撤退を重ねる原因は、補給物資の欠乏故、継戦能力が低下したためであると、以前総司令官から聞いたが・・・・
どんな強力な軍でも、やはり戦う源である補給がなければ負ける・・・・か。」

ヴォイゼが噛み締めるような口調で言った。

「アメリカが登場する前までは、シホールアンル軍の分厚い補給網などはいくら断ち切ろうとしても断ち切れなかったという
話がちらほら出ていたが・・・・・それをやってのけるアメリカは、やはり凄い物だ。」

「持つべき物を持つ国は、どんな事をしても目的を果たせる・・・・そういう事なのでしょう。」

ファリンベ元帥もまた、複雑な表情を浮かべてそう言った。

「総司令官と陛下はどうもアメリカを過大評価しているようですな。」

ギゴルトが、どこか棘のあるような口調で2人に言った。

「確かにアメリカは凄い。ですが、我がバルランドは南大陸連合の盟主国です。なのに、どの戦線でも主役はアメリカ軍に取られてばかり。
しかし、それで良いのですか?」
「その通りです。元々は助っ人としてこの世界に呼んだのですぞ。その助っ人がでしゃばり過ぎては、飼い主である我々の立つ瀬がありません!」

プラルザーもまた、とんでもない事を口にした。
その言葉に、ヴォイゼやファリンベは驚いた。

「財務大臣なんと言う事を言われるか!」

外務大臣のドルランが言葉を荒げた。

「何を言われるかだと?私は私が思ったことを言っているまでだ。この会議では、閣僚は自分が思った事をまず言ってみるというのが原則である。
私は何も、文句を言っているのではない。」

それに対し、ドルランは顔をやや赤くしてから返論する。

「いや、充分に文句だぞ。本来ならば、この戦争を無視しても良いはずのアメリカは、自ら積極的にこの戦争に参加してきた。彼らアメリカが
身を粉にして働いてくれたお陰で、我々はようやく、南大陸を奪い返す所まで来たのだぞ。その恩人とも言うべきアメリカに対して、先の言葉は
明らかに言い過ぎではないのか?」
「私もアメリカの活躍ぶりには感謝に思っている。だが、今後の事も考えて、アメリカ軍ばかりに手柄を立てさせるのはどうなのか?
と思って言ったのだ。」

プラルザーも負けじと返事した。

「もし戦争に勝利しても、アメリカ軍ばかりに戦果をあげ続ければ、我々バルランド、いや、南大陸連合はアメリカに対して何も出来なくなる。
彼らが領土を割譲しろと言われても、我々は断る事が出来ないのかもしれないのだぞ。そうならぬためにも、我が連合国もある程度の戦果を
あげねばならん!」
「そうです!連合国軍はアメリカ軍だけではない!」

ギゴルトも声高にそう言ってきた。

「なるほど。財務大臣と内務大臣の言う事はわかった。」

ここで、ヴォイゼが口を開く。彼が喋ったのを見て、騒然となりかけた室内は静まり返った。

「確かに、わがバルランド軍にも、もっと活躍してもらいたい。その事は、私も同じだよ。だが、できんのだ。武器の装備は、
兵の携行物や部隊ごとにある大砲においても、全ての面でシホールアンル軍に劣っている。このような劣悪な装備の中で、
あたら軍を進めてもシホールアンル軍を喜ばせるだけだ。確かに9月から始まった反攻作戦で、我がバルランド軍や他の連合国軍も
よく戦い、シホールアンル軍を退けてきた。だが、それもアメリカ軍が援護してくれたお陰だ。それが無ければ、我々はこうも早々と
進撃できなかっただろう。」
「・・・・・・・・・」

ヴォイゼの言葉に、皆が黙り込んだ。彼の言葉が痛いほど理解できたからである。
バルランド軍の装備は、2年前のシホールアンル軍南大陸侵攻開始時からあまり変わっていない。
ワイバーン部隊の装備するワイバーンは、ようやく満足いくものが出来、実戦でシホールアンル側のワイバーン隊といい勝負をしているが、
陸軍や海軍の装備は敵と比べてもかなり劣る。
バルランド軍だけにかかわらず、他の南大陸諸国に関しても、軍の装備状況は同じ様子だ。
この状況を憂慮した各国は、新たな策を考え始めた。
その中でも、積極的な国はミスリアルとカレアントである。
ミスリアル王国は去年の末頃から、アメリカ式の装備を受け取る方針を決めており、今年の6月から、ミスリアル本国で
アメリカ軍事顧問団の指導の下、練成が始まっている。

この他にも、カレアント公国の首脳部もアメリカ製武器の購入を検討しており、立ち遅れている軍の近代化に励もうとしていた。

「私は、アメリカ側の意向を受け入れたいと思う。」

ヴォイゼは、既に決意していたのであろう。言葉の語調を強めて皆に言った。

「戦争の行方がシホールアンル有利とは言えなくなった今、これからの事を考えるには、首脳レベルでの話し合いも必要だろう。
それに、ルーズベルト大統領がどのようなお人であるかも知りたいからな。」
「話は、他の諸国に言っておるのですか?」

ドルランがヴォイゼに聞いてきた。それにヴォイゼは頷く。

「この事については、アメリカが各国に派遣した大使からその国の王へ直に話しているようだ。恐らく、今は他の国でも、私と同じように
皆を集めて会議を開いている頃だろう。」
「では、会談をする場所はどこに決めましょうか?」
「大使の話からすると、開催時期や会談の場所は、我々が会談の開催を了承するなら教えるようだ。」

その時、室内に宮殿付の侍従武官が現れた。入ってきたその侍従武官は魔道士であった。

「陛下、ミスリアル王国のヒューリック女王陛下から、緊急の魔法通信が届きました。」

それを聞いたヴォイゼは、別に驚く事もなかった。

「来たか。」

ヴォイゼは顔に微笑を浮かべてからそう呟いた。それから10分の間に、南大陸各国の首脳から、次々と魔法通信が届けられてきた。

1483年(1943年)11月23日 午後1時 ワシントンDC

アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、執務室の窓から外の様子を眺めていた。
空は曇っている。外の風景は冬が近いためか、どこか寒々しさを感じるようになってきている。
時折、冷気を含んだ風に舞い上げられる枯葉が、それを如実に現しているかのようだ。

「もうすぐで冬だな。」

ルーズベルトは、どこかのんびりとした口調で呟きながら、淹れたての紅茶をすすった。
コンコンと、執務室のドアが叩かれた。

「失礼します。」

ドアの外から声が聞こえた。ドアが音立てて開かれる。
執務室に、国務長官のコーデル・ハルが入室してきた。

「おお、待ちかねておったよ。」
「はっ。大統領閣下。」

ハルは執務机の前まで歩み寄って、そこで立ち止まった。

「南大陸諸国から、首脳会談の提案について返事が届きました。」
「ほう、どのような返事だね?」
「首脳会談の開催時期と場所を教えてもらいたいとの事です。」

ルーズベルトは、期待通りの言葉を聞いて満足した表情を浮かべた。

「そうか。やはり、南大陸各国の王達も、首脳会談を開きたいと思っていたのだな。」
「わがアメリカがこの世界に召喚されて早2年が経ちますからな。その間、我が合衆国は一度も他国と、首脳レベルの協議を行っていません。」

「早2年だが、されど2年だったな。丸2年間、私が他の国の首脳と話し合わなかったのは少々まずかったかもしれんな。
だが、ようやく話し合いができる。」

ルーズベルトは紅茶をまた一口すすった後、それを机に置いた。

「今度の首脳会談では、私は各国の首脳に、アメリカが考えている事を包み隠さず打ち明けると同時に、今後の戦争のやり方について
アドバイスするつもりだ。恐らく、南大陸各国首脳の中には、アメリカが戦後、よからぬ事を企んでいると思う者がいるかもしれん。
その誤解を解かねばならんな。」
「いわば、戦後のアメリカを左右する会談になる、という事ですね。」
「その通りだ。」

ルーズベルトはわが意を得たりとばかりに、深く頷く。

「それと同時に、この会談はシホールアンルの行方も左右する物になるだろう。彼らは既に気付いているだろう、アメリカと戦えば、
どのような目に遭うのかを。」

ルーズベルトの目が異様な光を放った。

「今はまだ実戦に出ていないが、来年の初めにはB-29が太平洋戦線に配備される。それに加え、来年中旬には太平洋並びに大西洋戦線で
大規模な作戦が実施される予定だ。この作戦が成功すれば、主導権は完全にアメリカ、そして連合国が握る事になる。」
「ですが、作戦を実施する前に、シホールアンルやマオンドに対して和議を申し込む事は出来ないでしょうか?」
「和議・・・・か。」
「相手が応じる可能性は低いと思われますが、少なくとも、マオンドかシホールアンル、このどちらかでも講和を結べば、軍の被害は軽減されます。」

現在、アメリカ合衆国が、開戦から今日に至るまでに出した戦死傷者、捕虜は約68000人。
そのうち、戦死者、捕虜は20200人、負傷者は47800人だ。
アメリカ合衆国軍は、敵に対してはシホールアンル軍に約30万、マオンド軍に約5万相当の損害を与えていると推定している。
計25万以上の敵兵を戦死、または捕虜、あるいは負傷させており、敵に対して自分の被った損害より遥かに高い損害を与えている。
だが、自軍の損害も68000人ほど受けている。この数字は、決して低い数字とはいえない。

人命を大事にするアメリカとしては、これだけでも高い数字である。
戦争が続くとなれば、この高い死傷者数の上に、新たな数字か加わる事になる。
それを防ぐ為には、早めに敵を攻略するか、あるいは、講和という選択肢が残される。
だが、

「それは、無理だろうな。」

ルーズベルトは、ハルの提案を受け入れなかった。

「マオンドもシホールアンルも、負けが続いて頭に血が上っている。それに、以前にも説明したが、この世界にとって、戦争に負ける事は、
死ぬ事と同じだ。ひとたび負ければ、屈辱的な言葉を吐かれ、無理矢理頭を下げられ、挙句の果てに公開処刑。
そんな事がまかり通る世界だ。当然、彼らはアメリカもそうすると思い込んでいるはずだ。それを恐れる相手に話し合いをしようとしても、
かえって煽り立てる事になるだろう。」
「確かに・・・・特にマオンドは、話を聞くそぶりすら見せないでしょうな。」
「うむ。マオンドはシホールアンルと違って、本当に性質が悪いからな。レーフェイル侵攻部隊は、あらゆる面で苦労するかもしれん。」

そう言って、ルーズベルトはため息を吐いた。

「だが、相手に提案してみるのも良いかもしれないな。」
「提案ですか?」
「そうだ。今度の首脳会談で、連合国は敵対国に対して寛大に対応し、講和をする事が出来ると伝えるのだ。」
「しかし、閣下は無理であると。」
「首脳部は無理だろう。だが、もし敵の上層部、現在の体制に不満を抱いている者がいて、その者が我々の提案に興味を持つとしたら?」

ルーズベルトは得意気な表情で言った。

「提案するだけなら、別に良かろう。駄目で元々だ。それに、敵に対しても何らかの変化があるかもしれない。」
「なるほど。」
「その前に、南大陸首脳部を納得させねばならんがね。」

ルーズベルトは苦笑しながらそう言った。

「閣下、開催時期に関してはいつ頃がよろしいかと思われますか?」
「まあ・・・・私としても考えてはいるんだが。そうだな。あちら側の意向も考えねばならぬから、とりあえずは12月中旬にしておこう。
今は暫定的にな。正確な日時は後で決めよう」
「分かりました。では、場所はどうされますか?」
「とっておきの会場がある。」

ルーズベルトはそう言いながら、一枚の写真を手にとって眺めた。

「アイオワにしよう。ちょっと変わった会場だが、シホールアンルシンパのテロも考慮に入れれば、これほど安全な会場はないだろう。」

ルーズベルトは自信ありげな表情で、ハルに言った。
ハルは、ルーズベルトが置いた写真に視線を移した。
その写真には、今では合衆国、そして、世界最強の水上艦である1隻の巨艦が映っていた。
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