自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

129 第99話 七人の潜入者

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第99話 七人の潜入者

1483年(1943年)12月28日 午前8時 バルランド王国ヴィルフレイング

その日、エリラ・ファルマント軍曹は慌てて宿舎から飛び出した。

「ああ、もう!あたしって馬鹿だわ!」

エリラは、顔に焦りの色を滲ませながら、素早く軍服を身に着けていく。
走りながら服をつけると言う作業は、なかなかに難しい物だが、彼女は慣れた手付きで服を着け終わった。

「おーい!気を付けて行けよ!」

エリラが乱暴に開けたドアの向こうから、上半身裸の男がエリラを見送る。
彼女のボーイフレンドであるリンゲ・レイノルズだ。

「わかったわー!じゃあ、今度の休日にねー!!」

エリラは後ろのリンゲに返事しながら、目的の場所に向けて猛ダッシュして行った。
彼女は、午前8時10分には、ヴィルフレイング港の南にある南太平洋部隊司令部で打ち合わせをする予定である。
本来ならば、エリラは7時40分までにはリンゲの泊まっていた宿舎から出て居なければならなかったが、どういう訳か、
起床した時には時計の針は午前7時50分を指していた。
慌てた彼女は、昨夜の疲れを引きずりつつも大急ぎで朝風呂に浸かり、5分ほどで終わった後、ハイスピードで準備を終えた。

南太平洋部隊司令部に到着したのは、午前8時12分であった。
彼女は全力疾走で司令部1階にある部屋の前に辿り着いた。
(ふぅ~、ちょうどこの司令部に向かっていたジープを掴まえる事が出来たわ)
エリラは心で思いながら、ドアを開けた。

「おはようございます!エリラ・ファルマント軍曹、ただいま到着しました!」

彼女の挨拶に、部屋で待機していた者達が一斉に振り向いた。

「馬鹿!遅刻する奴があるか!」

既に来ていたラドム・バンナム中尉が怒った表情で彼女を叱る。

「あれほど遅刻をするなと言ったのに!この遅刻魔が!」
「す、すいません・・・・・」
「まあいい。とにかく座れ。」

バンナム中尉は、呆れた表情を浮かべながら、空いている席に向けて顎をしゃくった。
エリラは申し訳なさそうに、集まった者達にすいません、すいませんと言いながら席に座った。

「さて、これで全員集まりましたな。」

エリラが席に座ると、黒服の男が待っていたかのように口を開いた。

「私は、セルゲイ・ウォストルフと申します。ここにいる者達は、私がOSSで編成、指揮している工作員です。
工作員のリーダーは、私のすぐ右斜めにいます、アロルド・ヴィクター中尉です。」
「ヴィクターです。よろしく。」

角刈りでごつい体格をした黒髪の男が、エリラとバンナム中尉に向けて一礼する。
セルゲイ・ウォストルフは体格はやや痩せ型であるが、身長は190センチと高い。
掘りが深い顔立ちをしており、性格は温厚そうだ。
彼は元々、ソビエト大使館に勤務していた内務人民委員、通称NKVD所属の連絡官である。
NKVDで情報関係の仕事を多くこなしていた彼は、転移から3ヵ月後にOSSからスカウトされ、そのままOSSの局員に採用された。
OSSで訓練を受けた後、ウォストルフは1943年2月に南大陸へ派遣された。
彼はそこで、陸軍出身のアロルド・ヴィクター中尉が束ねる工作部隊を指揮する事になった。
ウォストルフの指揮する工作部隊は、ヴィクター中尉を始めに、ヴェリンス、ウェンステル人の志願者6人で編成され、
シホールアンル地上軍に関する情報収集や後方撹乱に従事した。

ウォストルフ自身も2度ほど、この部隊と行動と共にしており、9月に起きた11月攻勢作戦では、シホールアンル軍補給部隊の襲撃に従事し、
大きな戦果を収めている。
エリラから見て、修羅場を幾度も潜り抜けたヴィクター中尉らは、どの顔も一癖も二癖もあるような面構えの者ばかりだ。
(あたしも何度か危ない任務をやって来たけど、彼らも結構実戦慣れしているわね)
彼女は一通り工作員達を見て、そう判断した。

「アロルド、彼女が君達の“変身薬”を作ってくれるエリラ・ファルマント軍曹だ。」
「あ、初めまして。」
「ほう・・・・君が変身薬を作ってくれる魔法使いさんか。」

ヴィクター中尉は、物珍しそうな表情で、エリラをまじまじと見つめた。

「魔法使い、にしては、意外といい体しているな。お前さんも、裏方仕事をしてるのかね?」
「わかりますか?」
「わかるとも。」

ヴィクター中尉はニヤリと笑った。

「普通の女にしては、なかなかの体つきだ。恐らく、荒くれ男の3、4人は軽く片付けちまうだろう。バンナム中尉。あなた方は特殊部隊ですね?」
「はい。カレアント陸軍の特殊戦専門の部隊に所属しています。」

バンナム中尉は頷いた。

「やはり。」
「同じ者同士、と言う訳ですな。」
「そう言う事ですね。セルゲイ、君もなかなかいい奴を選ぶじゃないか。」

ヴィクター中尉はウォストルフに言った。

「たまたまさ。」

ウォストルフは肩を竦める。

「OSS本部には優秀な奴を頼むって言ったんだ。まあ、見つかるまで少し時間掛かったがね。」
「ファルマント軍曹。君はこれまでに敵を殺した事はあるかい?」
「ええ。何度もあります。」

エリラは、一瞬だけ冷ややかな表情を浮かべて答えた。

「深手を負って死に掛けた事もありますが、何とか乗り越えました。」
「ふむ。場数は結構踏んでいるようだな。そこらの一般兵よりかは優秀だな。」
「遅刻してくる人が優秀と言えるかねぇ。」

いきなり、小馬鹿にしたような声が聞こえた。

「おいおい、イルメ。そんな事言うなよ。」

ヴィクター中尉は苦笑しながら、腕を組んで座っている女性に注意する。

「だってさ、待ち合わせに遅刻したんだよ?それで優秀とは、あたしとしてはどうかと思うね。」
「何よ。いきなり喧嘩腰な口調で言わなくてもいいじゃない。」

エリラはむっとした表情で、イルメと呼ばれる女性に言い返す。

「まあまあ。落ち着いてくれ。イルメは口はきついが、根はいい奴なんだ。彼女の言葉はあれで挨拶代わりみたいなもんだ。」
「挨拶にしてはきつすぎると思うんですけど・・・・・」

エリラは内心で、イルメの事を批判しながらも、話を進めた。

「まあそれはともかく。今回、近いうちに実行されるであろう北大陸潜入作戦に、私も同行させてもらう事になりました。
皆さんと会うのは今日が初めてですが、足を引っ張らないよう努力します。」
「意外と控えめな挨拶だな。」

ヴィクター中尉が感心したような口調で言う。

「ええ。こいつは元々内気な性格でしてね。あまり自分を飾ろうとしないんですよ。まあ最近は彼氏が出来たんで、
少々態度がでかいですが。」
「先輩、余計な事付け加えないで下さい!」

バンナム中尉の一言に、エリラは怒ったような口調で戒めた。

「ふ~ん・・・・じゃあ、今朝の遅刻の原因は彼氏と付き合ったせいなのかな?」

イルメの言葉を聞いたエリラは、いきなり顔を赤らめた。

「な!そりゃあもち、じゃなくて。なんでそんな事になるんですか!」
「おい、イルメ。あまりいじめるんじゃないよ。」

ヴィクター中尉が、やや呆れた表情でイルメに注意する。

「あっと、ごめんね。ちょっと言い過ぎたかな。」

イルメはわざとらしい口調で謝った。
(こいつは!)
エリラは内心で、この性格ひねくれ女をぶん殴ってやろうかと思った。
その心とは対照的に、

「まあ、別にいいですよ。こういう事は慣れていますから。」

妙に爽やかな表情で返事した。

「さて、ここで自分達も自己紹介と行こうか。」

ヴィクター中尉は、工作員達を一人一人紹介していった。
まず最初に紹介されたのは、さきほどからエリラをいじっているイルメである。
名前はイルメ・ラトハウグといい、年齢は21歳。出身地は南部ウェンステルである。
身長はエリラより少し高い。。顔立ちは端整で、目はやや吊り上がってきつめに見えるが、それほど悪い印象は受けない。
(エリラは既に悪い印象を抱いている)
髪は赤毛で、ポニーテール状に纏めている。恐らく、長さは腰の辺りまであるだろう。
全体的なスタイルは、胸を除けばよく纏まっている。むしろ、女性にしてはがっしりとしている感じだ。
次に紹介されたのは、イルメの隣に座っている男である。
名前はロウク・ウイラ、年は28歳で、出身地はウェンステル北部のようだ。
身長はやや低めで、体つきは痩せているが、どこか理知的な顔立ちをしている。
ウェンステルから脱出する前は、現地で狩人をやっていたようで、ウェンステルの山岳地帯はほぼ全て行き尽くしたと言っている。
ロウクの隣に座っているがっしりとした体つきの男は、ライバ・ハルムットと言い、年齢は27歳。出身地はヴェリンスである。
身長は大きく、優に2メートル近くはあろう。体格もまた筋骨隆々と言う言葉が合うほどがっしりとしており、どんな敵に会っても
一撃でねじ伏せそうな印象がある。
それでいて、顔立ちはどこか優しげであり、性格も豪胆そうに見えながら、実は繊細さを兼ね備えた武人でもある。
元々は、ヴェリンス陸軍の小隊長であり、ヴェリンスから脱出するまでシホールアンル軍と戦っていたようだ。
チームでは一番のタフガイとして頼られている。
その次に紹介されたのは、ハムク・ナサンドと言い、年は今年で27歳を迎えたばかり。
体格はやや痩せており、常に陰険そうな顔つきをしている。口数も少なく、必要最低限の事しか喋らない。
出身はヴェリンスで、奇遇な事にライバと同じ旅団に所属しており、彼もまた小隊長としてシホールアンル軍との戦闘を経験している。
一見、ライバとハムクは全く合わないように見えるが、不思議にも彼ら2人はウマが合い、困った時には時折、いいアイデアを出してくれると言う。
次に紹介されたのは、イルメと対面するように座っているホウト・ルコングと言う名の男である。身長は普通ぐらいで、エリラと同じである。
(エリラは身長168センチ)
年は21歳で、顔立ちは掘りが深いが、全体的に端整と言える。
何よりも、ホウトはかなり陽気であり、自己紹介の最中にもエリラに対して冗談を言うなど、かなり明るい男である。
出身地はウェンステル南部で、元々は砂漠の行商人をやっていたようだ。それが、シホールアンル軍との戦争で彼は徴兵され、
その後ウェンステルから脱出したと言う。

最後に紹介された男は、ルーク・ラウフォンと言い、出身地はヴェリンスである。
年齢は20歳で、エリラとほぼ同じである。顔立ちは一見無愛想に見えるが、性格は控えめながらも、それでいてあっさりとしている。
元々、ヴェリンスに居た頃は獣医として勉学に励んでおり、シホールアンル軍が侵攻してきた際には、彼は衛生兵として志願入隊している。
動物に関する知識が豊富な事から、彼は仲間内で「獣医さん」という渾名を頂戴している。
(少人数ながら、結構個性のある人ばっかだわ)
それぞれの自己紹介が終わった後、メリマはそう思った。

「まあこんな面々だが、よろしく頼むよ。新入りさん。」

ヴィクター中尉は微笑みながらエリラに言って来た。

「では、これから本題に入ろう。これから説明する事は、全て他言無用だ。」

ウォストルフは、作戦の詳細を説明し始めた。

「我々は、来年の1月8日に、太平洋艦隊の潜水艦に搭乗して、一路ウェンステル北部に潜入する。君達の任務は、シホールアンル側が
探しているであろう、ある人物の保護、そして後送だ。」
「ある人物、ですか。その人物と言うのはシホールアンル側の政治犯なのかな?」
「政治犯・・・・のようなものだが、実際は違うようだ。私が聞いた所によると、その人物は、シホールアンル側によって魔法実験を行われた。」
「魔法実験って、まさか生身の体に!?」

エリラは驚愕したような口調で聞いた。

「そうだ。その結果、保護対象はとんでもない超兵器として使用できる可能性を秘めているようだ。上層部は、もしこの保護対象が
シホールアンル側に拉致されれば、今後はこの保護対象を元に超兵器を量産され、以降の戦局に大きな影響を与えかねないと判断している。」
「そこで、その保護対象を俺達が連れて来る、と言う訳か。」
「その通りだ。」
「保護対象の名前はわからないのでしょうか?」

話を聞いていたライバが口を開いた。

「残念ながら、名前は判明していない。ミスリアルの情報機関から渡された情報には、その保護対象は、自らを赦されざる魔の鍵、
と名乗ったそうだ。」
「赦されざる魔の鍵・・・・どうも不吉な呼び名ですな。」
「魔の鍵ねぇ。その保護対象さん、自分にそう言ってカッコ付けてるんじゃないの。」
「さあ、そればかりは直接会って話さないと、わからないね。」

イルメの小馬鹿にしたような感想に、ホウトが苦笑しながら相槌をうつ。

「ウォストルフさん。その保護対象の情報は、他にないんですかい?」

ライバの野太い声がウォストルフに向けて発せられる。
怒鳴ったらかなり怖そうな声だわ、とエリラは一瞬思った。

「目立った情報は余り無かったが、その代わり、こんな物を借りてきた。」

ウォストルフは、置いていた革の鞄から一枚の紙を取り出した。
まず、ヴィクター中尉がそれを見、次に他のメンバーが紙に書かれた似顔絵を見た。
最後にエリラが似顔絵を見た。

「これが、保護対象。女の子なんですね。」
「何か、友達にはしたくないような子ね。あたしはこんな根暗そうな子は嫌いだね。」
「いきなり嫌いだ、と言うのはどうかと思うが、暗そうだなっていう部分には僕も賛成だな。」

イルメとルークがそれぞれ感想を漏らした。

「君達もそう思うかね。」

ウォストルフが苦笑する。彼もまた、このメンバーが抱いた物と同じ事を思ったのであろう。

「ミスリアル側は、限りなく本人に近いと言っている。この暗そうなお嬢さんを探すのが、君達の任務だ。」
「ウォストルフさん。自分達がこうやって探すとなると、当然シホールアンル軍もこの女を探しているんですよね?」
「そうなるな。」

ウォストルフは頷いた。

「シホット共も、血眼になって探している。現地のスパイからの情報では、似顔絵を持って、このような根暗そうな女は
見なかったか?と聞いて来た2人組の男女が居たとの報告も入っている。」
「敵さんも、徐々に手がかりを見つけつつあるようだな。」
「問題は、保護対象の情報が少ない事ですよ。」

ライバは念を押すような口調で言って来た。

「今あるのは、保護対象が北ウェンステルに居るらしいとの情報だけ。北ウェンステルのどこにいるのかは、全くわかりません。
保護対象は、当然追われている身ですから、ウェンステル中を逃げ回っている可能性がある。ウェンステル北部はさほど大きい
地域ではありませんが、それでも相当な広さです。西側には峻険な山岳地帯もあります。このような地域で、少人数だけ投入して
探す、というのは、現状からして少し難しいと思います。」
「確かに、難しいな。」

残りのメンバー全員が、険しい表情を浮かべて頷く。
だが、ロウクだけは何かを思い出したのか、はっとなった表情で口を開く。

「いや、北部ウェンステルに居るとなれば、逃亡ルートは限られる。」
「何だって?」

ライバは怪訝な表情を浮かべて聞いて来た。

「本当に限られるのか?北部ウェンステルは意外と広いんだぞ?」

「ああ。確かに広いよ。北部ウェンステルは広いし、不思議な土地だからな。南には砂漠があるし、少し内陸に進めば草原があり、
西には峻険な山岳地帯がある。だが、山岳地帯には、東側に比べて人はあまり多く住んでいない。山岳地帯の多い西側は、何かと不便でな。
平の土地が続いている中部や東側のほうが物も取り易い、行き来もやり易いから、ウェンステル人は好んで中部や東部地区に住まいを構えている。」
「北部じゃそうだったみたいね。」

イルメが口を挟む。

「南部じゃ、山岳地帯はあれど、北部ほどでもなかったから人口密度は全体的に平均だったわ。そう言うあんたは確か、西側の出身だったわね。」
「ああ。子供の頃から猟器具片手に、親に連れまわされたよ。」
「君の言いたい事が分かったぞ。」

ライバは納得したような口調で言った。

「私達が探そうとしている保護対象は、シホールアンル側のお尋ね者だ。人口密度の多い土地には、その分シホールアンル側の駐留部隊も
多くなる可能性が高い。お尋ね者はそれを恐れて、まず人目の付きにくい場所を選ぶ。だとすれば、保護対象は、西側の山岳地帯周辺に
隠れている可能性がある。そうだろう?」
「ご名答。」

ライバの質問に、ロウクはニヤリと笑みを浮かべて答える。

「無論、山の麓にも人は住んでいる。西側の有名どころはルベンゲーブだな。だが、大きな町もルベンゲーブぐらいだ。
後は小さい町や村しかない。そして、駐留するシホールアンル軍も、自然に縮小されて来る。つまり、保護対象の行動範囲は、
西側の山岳地帯周辺に限定される、と言う訳だ。」
「そうなんですかぁ。流石は現地の人ですね。」

エリラは、鍵の行動範囲を的確に判断したロウクを感心した。

「だが、問題はまだあるぞ。」

ヴィクター中尉はそう言いながら、懐から地図を取り出した。

「これは、陸軍航空隊の奴らが作ってくれた地図だ。ロウクの言う西側の山岳地帯が、ここだ。」

ヴィクター中尉は北ウェンステルの西側を叩いた。

「ロウクは西側の山岳地帯に隠れている、と言っていた。しかし、この西側の山岳地帯は、南北に180マイル(288キロ)
も連なっている。地図ではこんなに短いが、実際には180マイル以上もある山岳地帯だ。最低で2000メートル、最大で
6000メートル級の山々が連なるこの周辺を、少人数で探すには相当な時間がかかる。ウォストルフ、これではシホット共に
先を越されてしまうぞ。」
「うーむ・・・・・こいつは困ったな。」

ウォストルフは困惑した顔つきになった。
(この作戦は、成功しても、失敗しても、今後の戦局に影響が出て来る。保護対象は、シホールアンルの手に渡れば連合国にとって
非常にまずい存在だ。かつての祖国が消え、このアメリカを新しい祖国と認めた俺としては、この作戦を何とか良い方向に持って行きたい。
だが・・・・・)
ウォストルフは、ヴィクター中尉が広げている地図を見る。
地図からすれば、わずか10センチにも満たぬ山岳地帯。しかし、実際には180マイル以上の長さに渡って連なる大山脈である。
この長大な山脈から、たった1人の女を捜さねばならないのだ。
(広大な砂漠の中から、1つの小さい針を探すようなものだ。)
ウォストルフはそう思いながら、次第に不安な気持ちになりつつあった。

「あの・・・・・リーダー。話を続けていいでしょうか?」
「ん?まだ続きがあるのか?」
「はい。」

ロウクは頷いた。

「ウェンステル西側に連なるこの山脈は、確かに大山脈です。恐らく、普通に探していれば、保護対象をシホールアンル側よりも先に
見つけるのは、ほぼ不可能と言えるでしょう。」

彼はそう言った後、窓に顔を向けた。
ヴィルフレイングは今、冬真っ盛りである。空は鉛色の雲に覆われている。雪は降っていないが、外はかなり冷え込んでいた。

「しかし、それは夏から秋にかけてのことです。今、季節は冬です。西側の山岳地帯では、高地であるが故に冷え込みが他の地域と
比べて差があります。それは、山に入っていくにつれて厳しくなります。今頃、山岳地帯の山々では雪が降っている事でしょう。
冬の時期に、山岳地帯で生活を営むものは少数派です。その少数派は、主にここに集まります。」

ロウクは、地図の一点を指でなでた。そこは、西側山岳地帯の南部に位置する場所である。
この近くには、あろう事かルベンゲーブ精錬工場があった。

「リンドスト-ユレインレーブ間の山岳地帯は、標高も低く、気温の低下も他と比べて激しくありません。それに加え、隠れるに
適した土地や洞窟が相当数あります。保護対象も我々と同じ、人です。もし、彼女が生き残る事にこだわっているのであれば、
このリンドストーユレインレーブ間に潜伏している可能性があります。」

ヴィクター中尉は、すぐにリンドスト-ユレインレーブ間の距離を調べた。

「・・・・凄い、大分捜索範囲が縮まったぞ。」
「どれぐらいの距離だ?」

ウォストルフがすかさず聞いて来た。

「かなり大まかだが、多く見積もっても南北に40マイル(64キロ)だな。周辺も捜索するから、もうちょい増える。まあ、距離は
大分減ったとはいえ、この人数じゃ、それでもきついがね。」

ヴィクター中尉は、少し自嘲めいた口調で答えた。

「確かにな。しかし、これなら、シホールアンル側よりも保護対象を早く見つけられるかもしれん。」
「ああ。見つけられる可能性は大分高まったな。」

ヴィクター中尉は、少しばかり安堵した表情で、ウォストルフに答えた。

「後は、変身薬という物の確保ね。」

イルメがじろりと、エリラを見つめる。
(何よ、あの女。さっきからあたしの事を眼の敵にして・・・!)
エリラは、内心で不満を漏らしつつも説明を始めた。

「化身魔法については、あと2日ほどで完成します。この化身魔法は・・・」

エリラは、懐から試験管を取り出した。

「このような試験管に入れられた薬に入れられるように作られます。当初の予定では、1月2日に完成予定でしたが、色々支援を受けた結果、
今年の末までには完成する事になりました。」

彼女はそう言いながら、助っ人に駆けつけてくれたラウスに感謝していた。
この化身魔法は、以前、エリラが彼氏に対してやらかしてしまった性転換魔法が元になっている。
彼女はこの性転換魔法を元に化身魔法を開発したのである。
作業中は、バルランドから応援に駆けつけた(本当は上から極秘の命令で行かされた)ラウス・クレーゲル魔道士の支援や指導のお陰で、
エリラの魔法技術は徐々に向上していった。

「君の化身魔法とやらだが、どのぐらい変わるのかな?」
「今回はウェンステル人の特徴に合わせて化身魔法を開発したので、あなた方は通常よりはやや違う姿になります。例えば、こんな感じです。」

彼女は、作成中に書き上げたイラストを皆に渡した。
このイラストは、ラウスが連れて来た幾人かの手伝いを人体実験(!)しながら作成したものである。
イラストには、薬を飲む前の姿と、薬を飲んだ後の姿が書かれている。
体格的にはさほど変わりは無いが、顔立ちや外見はほとんど別人に変わっている。
「ちなみに、私はこのように、余分な物が付いてるんで、薬を飲んだ後は大体イルメさんのような姿になりますね。」

エリラは、自分の猫耳を指差しながら説明した。

「ふ~ん、こいつは便利だわ。これなら、敵にあたし達の素性が割れる事もない。あんたもやるわね。」

イルメが珍しく、エリラを評価した。

「いえ、それほどでも。」
「あんたも、これを使って彼氏が不倫しないか、影で監視できるわねぇ。」
「な・・・・!」

エリラは一瞬絶句した後、顔を赤くしながら席を立った。

「イルメさん!後でお手合わせ願います!」
「お、おい。エリラ!いきなり何を言うん」
「先輩は黙っててください!あたしはもう我慢できません!」

エリラは吼えるようにしてバンナム中尉に言った。
「馬鹿野朗!こんな事ぐらいで熱くなるな!ヴィクター中尉、すいません私の部下が・・・・って、何ニヤニヤしているんですか?」
「いや、ちょっとな。どうだイルメ?付き合うか?」

ヴィクター中尉は気にしていない。むしろ、面白くなってきたと言わんばかりの表情だ。

「ええ、受けて立つわ。見た所、彼女もかなり強そうね。勇猛の誉れ高いカレアント特殊部隊の実力、じっくり見せてもらうわ。」
「おお、イルメが楽しそうなツラしてるぞ。エリラ、イルメは強いぜ?なんせ、1人でシホールアンルの強兵をあっという間に
10人もぶちのめしたほどだからな。」

ホウトが軽い口調でエリラに言って来た。

「そうなんですか。イルメさんが強いのなら、あたしもやりがいがありますね。では、この打ち合わせが終わった後、お願いしますね。」

エリラは戦士が浮かべるような気合の入った笑みを浮かべると、席に座った。

「全く、大事な作戦の打ち合わせ中に、決闘の申し込みをするとはな。」
「なあに、喧嘩をするほどなんとやらと言うじゃねえか。」

ヴィクター中尉は笑いながら、ウォストルフにそう言った。

「まっ、そう言うかもな。さて、打ち合わせを続けるとしようか。」

ウォストルフは気を取り直した後、打ち合わせを続ける事にした。

午前10時 南太平洋部隊司令部裏

「打ち合わせが無事に終わったのはいいんだが・・・・まさかこうして、決闘を見るとは思っても見なかったな。」

ラドム・バンナム中尉は、南太平洋部隊司令部裏にある、人目に付かぬ広場の隅に座っていた。
彼の他に、今日打ち合わせに参加したウォストルフや、ヴィクター中尉の率いる工作チームのメンバーもいる。
彼らの視線は、10メートル先にいる2人の女性に向けられている。
2人の女性のうち、1人は彼の部下であるエリラだ。
彼女は、動きやすさを重視するため、軍服の上着を取って、上は半袖の青い薄着のみ、下は長ズボンというスタイルだ。
相手は工作チームのメンバーであるイルメで、彼女もまた、薄い半袖にズボンと、動きやすい格好にしている。

「緊張しますね。」

エリラが不敵な笑いを浮かべながらイルメに言った。

「そう?」
「ええ。あなたは強いですから。」
「ふぅん。実は、あたしもちょっぴり緊張してるわ。」

「へぇ、気が合いますね。」
「ホントにね。」

イルメは微笑みながら返事する。
互いに拳を握り、姿勢を整える。2人の姿勢は異なっていたが、既に戦闘準備は出来ていた。
唐突に、イルメが素早い左前蹴りを繰り出してきた。それが、決闘の合図となった。

「早いな!」

バンナム中尉は、イルメの前蹴りが素早いと思った。まさに最初から本気の一撃である。
その一撃を、エリラは体を後ろ右斜めにずらし、そして右手で蹴りを受け流した。
直後、エリラの左フックがイルメの右わき腹に突き刺さろうとする。
しかし、その左フックがイルメの右手によって止められる。
すかさず、エリラは離れようとする。が、イルメは急に右の回し蹴りを放って来た。
素人から見れば、確実に当たると思ったはずだ。
しかし、エリラは顔を後ろに下げて、間一髪で鋭い回し蹴りを避けた。
そのまま後転して、一旦はイルメと距離を取る。
5メートルほど離れたエリラは、休む間も無く突進し、これまた素早い左の突きをイルメの顔面に叩き込む。
イルメはこれを右手で受け止めるが、すぐに2撃、3撃と突きが繰り出される。
エリラの打撃は素早いが、イルメの受けも素早い。一撃も有効打を与えぬと言わんばかりだ。
エリラが6撃目を打ち出した直後、イルメはエリラの顔目掛けて右の肘打ちを仕掛けた。
それが当たった、と思いきや、エリラは大きく姿勢を寝かせながら重い側頭蹴りをイルメの腹に放った。
イルメの体が吹っ飛んだ。いや、吹っ飛んだように見えた。
しかし、彼女は倒れる事は無く、数メートルほど後退しただけであった。

「ふぅ、いい蹴りね。受けなかったら派手に吹っ飛んでいたわ。」

イルメは、腹に当てた左腕を、右手でさすりながら言った。
左腕が赤くなっている。イルメは咄嗟にエリラの蹴りを、咄嗟に左腕で受けたのだ。
傍目から見れば、赤くなった左腕が実に痛々しい。

「そちらこそ、いい肘打ちをしてるわね。あそこでさっきの蹴りを放っていなかったら、今頃は相当なダメージを負っていたでしょうね。」

エリラは頬に汗を流しながら答える。よく見ると、額の左側からうっすらと血が流れている。
先の急な肘打ちは辛うじてかすったのみに終わらせたが、先端は皮膚を傷付けたのだろう。

「「本番はこれからよ!!」」

2人の戦士は、偶然に同じ言葉を叫びながら決闘を再開した。
決闘の最中、エリラとイルメは心底楽しそうな表情を浮かべていた。
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