「むむむむむ……!」

手に持った地図を俺は見つめる。穴が開くんじゃないかとばかりにじっと見つめる。透けて向こうが見えてくるんじゃないかとばかりに睨み付ける。
だがどれだけ睨み付けようと書かれている内容は変わらない。
当然のことだ。地図に書かれた七個のバッテンは黙ってしかめ面の俺を見返してくる。
俺は仕方なく地図を机の上におろす。代わりに今度は名簿を手にとった。

「……はぁ」

いくつもの消された名前と一番下に新しく書きたされた名前。今度はうなり声じゃなくてため息が出た。
まったくやってられないぜ、このままいったらお先真っ暗じゃねーか。

「放送に備えて家ん中に隠れたのはまだわかる。内容をメモしないとやべぇからな、禁止エリアと死者発表は俺にとっちゃ死活問題だぜ。けどよォ……」

はぁ、と続きはため息で打ち消された。だってよぉ、肝心の放送の中身がこれだぜ? がっくり来るってのもわかるだろう。
一日の疲れがどっとわき、俺はそのままドサリと椅子に腰掛ける。背もたれに体重をかけそのまま天井を見上げる。
ほんとやってられないぜ……荒木のやつは俺に個人的な恨みでもあるのかね?
帽子を深く被りなおすと俺は目をつぶる。実際結構疲れてる。

夜は億奏の野郎にバレないように神経をすり減らしっぱなし、朝になって移動したはいいが会うやつ皆死体、死体、死体。
いや、いくら俺がそういうのに慣れてると言っても死体を見て喜ぶなんて趣味なんてねーしな。
ああ、そういえばダービーの所に行った時も危なかったな。とっさに承太郎のふりができた俺は天才だと思ったね。
それから潜水艦に引きこもって、あんまりのんびりしすぎるのもなんだしと露伴の格好をして飛びたしてきて……

「のんびりしすぎたかねェ……」

反省とも後悔とも言えない言葉を吐くと俺は机の上の二枚の紙を取る。
俺にとって今回の放送はひでぇもんだった。正直言って本気でヤバいかもしれない。

「今回の放送でやべぇのは残りの人数の少なさ、ダービー島の閉鎖、禁止エリアの数と位置。まったくやってくれるぜ、荒木の野郎」

残り人数が減ったのは一見良さそうに見える。なんせ優勝を目指してんだからな、俺は。
でも冷静に考えればそれだけ人が少なくなるってことは他人に関する情報が一極集中してくるってわけだ。
この人数の少なさにやばいと感じたやつらが徒党を組めば、まずするのは情報交換だ。誰がいいやつで、誰が危ねーやつなのか、とかな。

これがマズイ。俺にとっちゃこれが非常にマズイんだ。
ただでさえボロが出かねない俺の変身能力。相手方が持ってる情報が多ければ多いほど当然ばれる可能性は上がる。

「なんもない時でさえ胃が痛いっていうのに……これじゃ化けられねーじゃねーか」

続いてダービー島の閉鎖。チケットを取り上げられた今の俺には一見関係ないように思える。
だけどこれだってよく考えれば一大事。荒木の野郎が本腰入れて参加者を突っつき始めたって考えられねーか、これ。
このタイミングでのダービー島の閉鎖と禁止エリアの集中は露骨すぎるぜ。
もしかしたら俺のほかにもダービーん所を避難所みたいに使ってたやつがいたのかもしんねェな。

とにかくこの状況で潜水艦にまた潜り直すのは考えものだ。荒木が本腰入れてきたって考えると『待ち』に入るのはどうも危ねー。
引きこもっていたら急に潜水艦が爆破! それがないとは言いきれねェんだもんなァ。

「化けてもダメ、化けなくてもダメ。一体どうしろって言うんだよ……」

考えれば考えるほど手詰まりのように思えてくる。こうなったらもうぼやくしかない。
ボインゴよ、今度こそ兄ちゃんはダメかもしんねえ。

「でもそんなこと言ってもよォ……やるしかねぇんだな、これが」

急に立ち上がったせいか、音を立ててイスが倒れた。俺は構わず荷物をまとめる。
地図と名簿をしまい込み、机の上に置いてあった食べかけの夕飯をたいらげる。最後にペットボトルで喉を潤すと俺は力強く拳を握った。
同時に俺の顔がグニャリグニャリと形を変えていく。

「色々辛いこともあるけど兄ちゃんは頑張ってるぞ、ボインゴ」

高慢な漫画家への変身が終わると俺は民家を飛び出し、路上に出る。
結局俺にできることと言ったら顔を変化させるだけだ。ならそれでなんとかするしかねぇだろ。
いざとなったらスタンド攻撃だ! なんて叫んで誤魔化すしかない。
いや、最悪泣いて謝って集団の中に入れてもらうしかねぇ。

とにかくだ、とにかく俺は死ぬわけにはいかねぇ。弟のためにも俺は生きて帰えんなきゃならねェ。
そうだ……死んでたまるか! ここまできたらやるしかない! やってやる……ブッちぎってやるッ!
よし……なんだか急にいけそうな気がしてきたぞ! 今の俺だったら何千と飛んでくる矢の中でも平然と歩―――

「露伴さん!」
「うおおおおお!!」

真後ろから突然かけられた声に俺はびっくり仰天。文字通り飛び上がった俺は思わず変な叫び声を漏らしてしまった。
反射的に振り返る。日が暮れて真っ暗になった市街地、そんな中にいたのは……

「……?」
「良かった……露伴さんも無事だったんですね」

とんでもなく目付きが鋭い一人のガキがいた。






日はもう沈んでしまった。真っ暗な住宅街はに蛍光灯がぽつりぽつりと等間隔に置かれている。
そんな暗闇の中で互いの表情はよくわからない。
二人が目指す先は西、中央にそびえ立つコロッセオ。あれだけ目立つ目印だ、他の参加者が集まっているだろうというのが二人の考えだった。
二人は小さい声ではあるが話しながら歩いている。いま話しているのは早人だった。

「でもその時僕はわかったんです。ウェザーさんは死んでしまった。ウェザーさんは僕の知らないどこかで死んだ」

オインゴはあえて立ち止まって情報交換をするようなことはしなかった。
オインゴは露伴と早人の関係を知らない。どれぐらい親しいのか、どれぐらい長い付き合いなのか。
逃げることができない状態で変身を続ける恐ろしさをオインゴは身をもって知っている。
だからこそ、いつでも逃げれるような状況を作った。
いざとなったら走って逃げよう。相手は子供、その上怪我もしてるんだ、おいつけられるわけがない。
そう思い、オインゴは移動しながら情報交換を続ける。早人の言葉に適度に相槌をうちながら、全神経を耳に集中させる。

「そこから先は正直言ってあんまり覚えてないんです。ただ探し回りました。町中を走って転んで倒れて……とにかく必死だったんです」
「それはまたなんで?」
「ウェザーさんの仇を討つため……ウェザーさんを殺したやつを殺すため」

闇夜に紛れて何者かが襲ってこないかと周りに向けていた視線を早人に向ける。
露伴に化けていたことも忘れオインゴは思わず表情を変えてしまった。
ブッとんでるぜ、率直にそう思った。

(仇討ちだァ? 馬鹿か、こいつは。億恭の話だとこいつはスタンド使いでもないはずだ。
 こんなちっちぇガキがスタンドもなく武器もなく誰かを殺ろうなんてクレイジーすぎる。
 しかも殺した相手もわからねぇ、生きているかどうか、そんなことすらもわかんねぇんだ。
 これはもはや頭がおかしいだなんてレベルじゃねーぜ……)

だがいい情報源であることは確かであった。辛抱強く前後の話、周りの状況を聞き出していくオインゴ。
早人の話が終わる頃には死んだ参加者を含むと実に10人以上の参加者の情報が手に入った。
もっとも中には役にたたない断片的なものもある。だがそれだってうまく使えば他の参加者からの信頼を得る武器になるのだ。
まさに今、オインゴがやっているように。

「……僕の話はこれぐらいです」
「そうか、ずいぶんと苦労したんだね。まったく……君には同情するよ」

夜の町に二人の足音だけがこだまする。
オインゴはかける言葉がみつからない、と言った振る舞いをしつつも、頭の中では別のことを考えていた。
情報を得た今、早人をこれからどうするか。オインゴは考える。

このまま走って逃げるという選択肢もある。露伴の悪評を振り撒くことにもなるし、それはそれでメリットがある。
その一方でこのまま早人と一緒にいる、という選択肢もありだ。
二人いれば誰か他の参加者と会ったときに信頼を得やすい。仮にゲームにのった者に見つかっても早人を囮に使うこともできる。これはこれで魅力的に思えた。

(けどよォ……)

オインゴはその一方でどこかに不安を覚えていた。
早人はもしかして自分の変装を見抜いているのではないか。何か自分に隠している『とっておき』があるのではないか。
自分の体がどうなろうとも仇をとってやるという執念。そんな気持ちをオインゴは理解できない。
理解できないから底が知れない。底が知れないから何をしでかすかわからない。
オインゴは早人が持つ『可能性』に恐怖した。早人が持つどす黒くも確固たる『意志』を驚異に思った。

(……まぁ悩んでも仕方ねぇ。とりあえずの信頼は得たんだ、このまま同行してみるか。
 問題は本人に会っちまった時だが……それを考えてたら何もできねぇしな。さすがにそれぐらいのリスクは負うべきだろ。
 とにかくこのガキに出会えた幸運を生かないと俺に明日はない。これがラストチャンス、次があるだなんて甘っちょろい考えじゃダメだ)

そこまで考えるとチラリと早人へ目線を向ける。足に怪我を負った早人が遅れていたのだ。
いつの間にかできてしまった間を縮めようと、オインゴはその場に立ち止まった。




その瞬間、ゾワリと全身の毛が逆立ったかのような感覚に襲われた。
身体中の毛穴が開き、汗が一気に吹き出してくる。
オインゴはこの感覚を知っている。
自分が仕えているDIO、彼が持つ絶対的な力と殺気、暴力の匂いと死の香り。
体が思うように動かない。ブリキ仕掛けの人形を無理矢理動かすように自分の体を動かし、なんとか振り向いた。

だが誰もいない。
蛍光灯の周りを虫たちが飛び回っているだけ。
人一人いない静かな住宅街は何も変わらず、ただオインゴたちを無表情に見返してくる。

「露伴さん……」

だが違う、気のせいであることなんてあり得ない。隣に並び立った早人がオインゴの腕にしがみつく。
早人も感じ取っているのだ。この圧迫感を、隠しきれない威圧感を。
闇夜に目を凝らしオインゴは周りを警戒する。だが敵を見つけたとしてもどうすればいい?
自分は化けるだけのスタンド使い。隣にいるのはわけがわからないブッとんでるガキ。
正直言ってどうしようもない、お手上げだ。

(死ぬのか? 弟に、ボインゴに会えず、俺はここで、死んでしまうのか?)

膝が震える、喉がカラカラだ。絶望と恐怖にオインゴは押し潰されそうになる。
自分は何もできない。ただここで死を待つだけなのではないか。それでも死にたくない。生きて弟の元に帰りたい。
無意識のうちにオインゴはしがみついてきた早人を庇う。
今まで弟に対してしてきたように、兄として守ってやる存在を庇うように。
二人は震えながらお互いを支え合っていた。

実際にそうしていたのはわずかな時間だろう。けれども二人にとっては果てしなく長い時間がたったように思えた。
唐突に二人の見ている前で遠くの街灯がプツリと音を立てて消える。
そして次にまた一つ、そしてまた一つ。電気がきれる音に紛れて足音が近づいてくることも二人はわかった。
だが動けない。蛇に睨まれた蛙のように二人は竦み上がった。どうしようもない圧倒的な存在を前に二人は無力だった。

一つ、更に一つ。近づいてくる人物の顔が見えない内に、まるで図られたかのように光が消えていく。
そしてとうとう二人の目の前で最後の光が消え、辺りは真っ暗になった。

「人間と人間でないものの違いとは一体何か? 考えてみればこれは興味深い問題だ……。
 言い換えてみると……そうだな、人間が人間であることを証明するのは一体何なのだろうか?」

雲間から月の光が男を照らし出す。二人は息を飲んだ。
腕を伸ばせば触れる距離に立つ男、その姿は美しかった。
神々しいとも言えるしなやかな肉体、人の上に立つものが出すカリスマ的な迫力。
恐怖を忘れて二人は見つめる。男はそのまま話を続けた。

「人間……なぜ人間はこうも栄えたのか? なぜ人間は進化したのか? 人間とほかの動物の違いはなんだ? なぜ人間より優れた我々は滅んでしまったのか?」

二人の前に立つ男、エシディシの目線は二人に向いていない。
遠く月をにらみつけ、今しがた自分が出した問題に答えを出そうと考え込んでいる。
はたして彼は二人に気付いているのか、気づいていながら無視しているのか。
二人にはわからない。
ただ二人にできることは、目の前の男がなにもせずに通りすぎてくれるよう願うことだけだった。

「カーズが一族を皆殺しにした。ふむ、確かにそれもあるだろう。直接的な原因はそうだ、カーズにあるのだろうな。
 だが果たして本当にそれだけか? カーズが全て悪いのか? あの太陽を克服しようとした、黄金のような『夢』を持った天才が?」

体全体を使い男は熱弁をふるう。たった二人の観客に身振り手振りを交えエシディシは叫ぶ。
呪われた一族の終わりを二人は黙って聞くしかできない。エシディシの話は続く。

「いいや、違う! 我々は恐れていたのだ! カーズの持つ夢が全てを食らいつくしてしまうのではないか、さらなる力は争いを生むだけではないか、と。
 そう、我々は立ち向かう(stand up)ことをしなかっただけだ! カーズが可能性に賭けて立ち向かうならば、我々一族も同様に立ち向かうべきであった。
 全ての生命を貪り尽くすのでは? その恐怖に立ち向かうべきだった。さらなる争いを生むのでは? その現実に立ち向かうべきだった。
 人間がしてきたように、だ。 」

力強く話していたエシディシの声がやがて落ち付いてくる。最後の『人間』という言葉を強調するとともに彼は頭を垂れた。
その姿は死んだ一族を悼むように見える。人間に敬意を表しているように見える。
月明かりの中、住宅街の一角で静かに目をつむる大男。何とも言えない不思議な光景であった。

「だからこそ、俺は敬意を表するッ! 如何なる巨大な力を前にも屈しない人間たちに! 自分が死ぬ、そうわかっていても立ち向かってくる人間に!」

三人の傍をかけぬけるように風が吹いた。雰囲気が変わる。
黙っていた二人は本能的に身を縮める。今初めてエシディシの目線が二人に向いた。
演説を行ったときに見せた輝くような眼ではなく、養豚場のブタを見るような冷たい目だった。
自分たちは実験動物だ、二人は本能的に悟った。
そして今から自分たちにとって碌なことは起きない、と。

エシディシが軽く腕をふるう。
なんでもない動作だった。まるで優しく壁面をなでるように傍らに立った電柱に拳をぶつける。
それだけでひびが走った。拳を中心に電柱が軋みをあげて崩れ落ち、二人のそばに轟音を立てて倒れこんだ。

ゴォォオン……という音とともに砂埃が舞う。オインゴの額を汗がツゥ……と伝い、水滴となって顎より地面に落ちた。
勝てない。いや、そもそも戦う、なんて考えが馬鹿げてる。
こいつは、この男は化け物だ。

逃げようという気持ちさえ湧いてこなかった。
ただ俺は死ぬんだな、という諦めの感情が湧きあがった。決定的だった、どうしようもなく。
後悔はなかった。弟の顔を思い出しながらオインゴは死にゆく自分の運命を受け入れた。

エシディシがそっと手を伸ばしてくる。オインゴの顔を握りつぶそうとその手が迫ってくる。
だが何もできない、何もしない。オインゴは眼をつぶった。
どうしようもなく、どうしようもなかった。

「さっきの問題……答えは何なの?」

そんな時目を堅くつぶったオインゴの耳に声が飛び込んでくる。とてつもなく場違いに思えた。
うっすらと目を開くと視界いっぱいにエシディシの掌が映っていた。だがエシディシの目線はこちらに向いていない。
オインゴの隣に立つ早人はいつのまにかオインゴから離れ、エシディシをにらみつけていた。

エシディシがうっすらと笑う。
依然オインゴの顔を握りつぶそうとしたまま早人に言葉を返す。

「さっきの問題というと?」
「人間と動物の違いは? っていう問題のことだよ。人間が人間であることの証明は? とも言ってた、あれ。
 結局答えないから……少し気になったんだ…………」
「そうだな……逆に俺はそれが知りたくてこうしている。この答えでは駄目か?」
「駄目だね。少なくとも僕からしたらお前は考えるのをやめてるように思える。
 脅迫に近い形で答えを出そうなんて形がそもそも間違ってるんだ。本当に答えが知りたいなら……僕だったらそんなことはしない」

なんだか雲行きが怪しくなってきた。オインゴは今度こそしっかりと目を開き早人のほうを向く。
怪物を前に一歩も引かない早人。実験結果を楽しそうに分析するエシディシ。
オインゴを蚊帳の外にし二人の話は続く。早人が挑むような口調で言葉を口にする。

「あんたは人間を知りたいと思いながら人間を殺してる。すっごい矛盾だ。僕はそれが気になる。
 もしかしたらあんたは人間を恐れてるんじゃないか……? 敬意を表するだとか人間の底力が知りたいだとか言ってるけどあんたは心の底でどっか不安を抱えてるんじゃないか?」
「ククク……このエシディシ、かれこれ10000年ほど生きてるがこれほど俺をなめきった小僧は貴様が初めてだ……
 そもそも俺は『人間か動物かどうか』なんぞどうでもいいのだ。ただ人間の底力、それだけは認めているがなァ」
「……」
「だがこの俺が人間を恐れる? 人間が俺を超える? 下らんなァ…下らんなァアアーーーーッ!
 いいか、小僧ッ! 頂点に立つのは俺だッ! このエシディシだッ! もはや太陽も克服した! スタンドも手に入れたッ!
 力、スピード、戦闘技術! 不死身、不老不死、スタンドパワー! そんな俺が食糧以下の人間を恐れることなどなかろうがァーーーーーッ!!」
「いいや、違うね。少なくとも僕は知ってる。あんたを跡形もなく粉みじんにできるスタンド使いを僕は一人知ってる」
「何?」
「俺も一人ほど心当たりがあるね……」

オインゴは恐怖も変身していることも忘れそう付け加えた。
今の今まで死ぬ覚悟をしていたのがうそのようだ。隣に立つ早人が頼もしい。
エシディシに向かって満面の笑みを浮かべてやる。正直ひきつらずにやれたかどうか、自信はないが。
それでもオインゴは口を開いた。隣に立つ早人もエシディシに向かって啖呵を切る。

「その方はまぎれもなく地上最強だ……。あんたと違って恐怖だの尊敬だのそんな感情すら抱かない。
 ぶっちぎり自分がトップだと信じてるお方だ。少なくともあんたとは引けを取らない……。
 いや、それ以上だと俺は思ってるぜ」
「そいつはものすごく『人間らしい』やつだよ……平穏な生活を第一にして植物のような生き方を望んでる。
 能力はあるくせにそれを他人に見せようなんてことはしない。それを見せるときはあいつが誰かを『殺した』後だからね」

エシディシは黙って二人を見ている。さっきとまでは打って変わってその顔には余裕が見てとれない。
青筋がピクピクしているのがわかった。だがなぜかそれが愉快に思える。
今度こそ心の底からオインゴは笑った。おかしかった。史上最強と言いながら必死で人間を駆逐するエシディシに親近感が持てた。
早人が叫ぶ。

「これからあんたは僕たちを殺す。でもあんたは自分が自分が思った通り強いものなんかじゃない。
 荒木の掌の上で転がされ、その中で必死で叫んでる井の中の蛙だ! 自分より強い存在なんかいない、そう言い張ってるくせに自分より強い存在はここにはいるんだ!」

エシディシが一歩だけ近づいてきた。オインゴの顔から手を離すとそのままその腕を振り上げた。

「お前は馬鹿丸出しだッ! あの世でお前が来るのを楽しみに待っててやるぞッ!」

早人の叫びが住宅街に響いた。そしてエシディシが腕を振る。
何かが砕けるような音がその後に続いて聞こえた気がした。
















たった今、ほんの少し前まで男と二人がいたところに視線を向ける。
電柱が丸丸一本折れ、地面には直径1メートル強のクレーター。
改めて考えるとゾッとする話だ。今になってもオインゴは自分が助かったことが信じられない。

荒れる息を整える。呼吸と鼓動が生きてることを実感させてくれた。
冷えた体、乾いた汗が急激に体温を奪っていく。このままいたら風邪をひいてしまう、そう思ってオインゴは立ち上がった。

さっき自分はこう思った。のんびりしすぎたかねェ、と。
だが一休みしないととてもじゃないが動けそうにない。休んだばかりだというのにひどく疲れたように思えた。

重い体を引きづり、近くの民家に倒れこむように入る。
また引き籠りか、自分よりちっさいガキが元気に走り回ってるっていうのに……。そう思うとひどく情けない。
だが仕方ないのだ。自分は自分、あいつはあいつだ。
それがオインゴなりの生き方なのだから。
オインゴはリビングに入ると窓越しに川尻早人が去って行った方向を見る。

短い付き合いだった。いずれ優勝を狙っている自分としては早人は殺すべき存在だ。
だというのにオインゴはなぜだが少しだけ死んでほしくないと思った。
少なくとも自分では殺したくないと思った。
そこまで考えて、オインゴはソファーに倒れこむ。目をつぶるとたちまち眠気に襲われた。

「ああ、そうか……」

何かに気付いたのか、オインゴはひとり呟く。
ゴロンと仰向けになるとちょうど窓から月が見えた。
きれいな満月だった。

「俺はお前に、ボインゴに、あいつみたいに立派になってほしいんだなァ……」

ちっぴりセンチメンタルな気分になるオインゴだった。





【F-4 中央の民家/1日目 夜】
【オインゴ】
[スタンド]:『クヌム神』
[時間軸]:JC21巻 ポルナレフからティッシュを受け取り、走り出した直後
[状態]:身体的疲労(小)、精神的疲労(小)
[装備]:首輪探知機、承太郎が徐倫に送ったロケット
[道具]:基本支給品×2(食糧をいくらか消費:残りはペットボトルの水1本、パン1個)
    青酸カリ、学ラン、ミキタカの胃腸薬、潜水艦
[思考・状況] 基本行動方針:積極的に優勝を目指すつもりはないが、変身能力を活かして生き残りたい。
0.疲れた……
1.ひとまず情報収集の為、他人と接触したい。
2.他人の顔を使って悪評を振り撒こうかなぁ~。できれば青酸カリで集団に不和を起こしたい。
3.潜水艦はある程度使うが、引きこもる事は危険なのでもうしない。

[備考]
※顔さえ知っていれば誰にでも変身できます。スタンドの制限は特にありません。
※承太郎、億泰、露伴、ウェストウッド、テレンス、シーザー、ジョージ、グェス、ホルマジオの顔は再現できます。
※エルメェス、マライア、ンドゥール、ツェペリ、康一、ワムウ、リサリサの死体を発見しました。
 しかし死体の状態が結構ひどいので顔や姿形をを完全に再現できるかどうかは不明です。
※億泰の味方、敵対人物の名前を知っています。








「ハァハァハァハァ…………!」

もつれる足で必死に走るも目的の人物は見えてこない。一度立ち止まると早人は流れ落ちる汗をぬぐった。
右足がひどく痛む。当然だろう、無理矢理くっつけたものなのだ。
縫いつけた辺りを軽く叩いてみるがあまり効果はない気がする。
気休め程度にはなるだろうが根本的な解決にはならない。それでも痛みはいくらかひいた気がする。

足の持ち主のことを少し思い出した早人だったが、呼吸が整ったのをきっかけにまた走り出す。
とにかく走らないければならない。でなければあの化け物には到底追いつけないだろう。

吉良吉影という利用相手を見つけるのはなかなか難しい。
植物のように平穏な生活を望む。彼はきっとここ、殺し合いの舞台でもそんな心情を大切にしているだろう。
だからこそ、このチャンスを逃すわけにはいかない。
エシディシという巨大な力、これを逃すわけにはいかないのだ。これを逃したら次はない。

具体的な策があるわけではない。ただあの時エシディシが自分を見逃したという幸運を逃したくない。
彼は言っていた、人間に興味があると。必死になって抗う人間が見たいと。

ならばそれは自分なのではないか? 今の自分ほど必死な人間はいないだろう。
いるかどうかもわからない相手に敵討ち。冷静に考えれば途方もなく馬鹿馬鹿しい。
だがそれでも、それだからこそ早人は必死でいられたのだ。

少し走ると十字路に出た。辺りを見渡すも大男の影は見当たらない。
見失ってしまったのかだろうか、ゆっくりと早人の中で失望が広がっていく。
膝の力が抜けた早人は思わずその場に崩れ落ちる。
地面を見つめていると腹の底から何かが込み上げてきた。
怒り、悔しさ、ふがいなさ。形容しがたい激情に身を任せ、地面に拳を叩きつける。

今の自分は無力だ。
スタンドもない、武器もない。それどころか満足に走ることもできない。

「くそ……くそォ…………!」

死ぬことは免れた。でもそれだけだ、死んだまま生きていたって何の意味があるのだろう?
込み上げる悔しさ、湧き上がる失望。
早人は拳を振り上げては叩きつける。何度も何度も、そうやって振り上げては叩き下ろす。
そんなことしても何も変わらない。そんなことをせずに自分にはすべきことがあるはず。
ただわかっていってもそうするほかなかった。拳が真っ赤に染まり始めてもその動きをやめなかった。

早人は呪った。
スタンド使いになれなかった自分を。力を手に入れることができなかった自分の運命を。
静まり返った町に叫び声が響く。その声は悲痛で、虚しいものだった。




だが早人は気づいていなかった。そんな早人を見つめる男が一人いることに気付かなかった。
二階建ての民家の屋根によじ登り、エシディシは一人息を吐く。
顎に手をやるとふむ、とぽつりと唸る。視線の先には早人がいた。

「荒木の掌の上……か」

あの時何で二人を殺さなかったのか。理由は単純だ、気が変わったのだ。
激情に身を任せて二人を殺すのは簡単だ。エシディシにとって虫をひねりつぶすより容易い作業だ。
だが腕を振りかぶった時、思い出した。激昂してトチ狂ったところでなんもおもしろくない。
それよりこの二人だ……こいつらは見込みがある。

このエシディシ相手に見えを切った人間たち……死ぬ間際だったというのに彼らの目は死んでいなかった。
特にこの小僧はそうだった。あの男、ティッツァーノのように、どこまでもどす黒い目をしていた。

「俺に足りないのは……あれかもしれぬ」

緊張感、自分が死ぬかもしれぬという生き物の原点。
殺意、生き残るため相手を踏みにじるという行為。

波紋と一緒だ、とエシディシは唇をかみしめる。
宿敵波紋使いがその力を一点集中させた時、彼らは途方もない力を発揮した。

「結局貴様ら人間か……」

ゆっくりと腰をおろし屋根の上で胡坐をかく。
この後自分がどうするか、時間はたっぷりある。焦る必要もない、ゆっくり考え成長するのもいいだろう。
だというのにエシディシの目つきはどこまでも鋭い。
なにを考え、なにを見つめているのか。そしてこれから何を見ていくのか。
それはエシディシにもわからなかった。








【F-4 南部/1日目 夜】
【川尻早人】
[時間軸]:吉良吉影撃破後
[状態]:精神疲労(大)、身体疲労(中)、腹部と背中にダメージ大(応急手当済)、上半身ダメージ、右手人差し指欠損、
    漆黒の意思、殺意の炎
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2、鳩のレターセット、メサイアのDISC、ヴァニラの不明支給品×1(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木を倒したい。吉良吉影を殺す。殺し合いにはのらないけど、乗ってる参加者は仕方ない。
0.くそォ……
1.吉良吉影を脅し、ウェザーの仇をとるのを手伝わせる。とりあえず吉良を探す。
2.吉良吉影を殺す。邪魔をするような奴がいたらそいつも・・・
3.荒木の能力を解明したい
[備考]
※吉良吉影を最大限警戒、またエンポリオの情報によりディオ、プッチ神父も警戒しています。
※ゾンビ馬によって右足はくっついていますが、他人の足なので一日たてば取れてしまう可能性があります。
 歩いたり、走ったりすることはできるようです。
※ある程度ジョセフたちと情報交換しましたが、三人を完全に信用していないので吉良吉影について話していません。
 ジョセフも本人かどうか半信半疑なので仗助について話していません。
※第二回放送をほとんど聞いていません。「承太郎の名前が呼ばれた気がする」程度です。


【エシディシ】
[時間軸]:JC9巻、ジョセフの“糸の結界”を切断した瞬間
[状態]:人間の強さを認めた
[装備]:『イエローテンパランス』のスタンドDISC
[道具]:支給品一式×2、『ジョースター家とそのルーツ』リスト(JOJO3部~6部コミックスの最初に載ってるあれ)
    不明支給品0~2(確認済み)、岸辺露伴のサイン、少年ジャンプ(ピンクダークの少年、巻頭カラー)、ブラックモアの傘
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに優勝し、全生物の頂点にッ!
0.???
1.南で参加者を殺して回る
2.億泰には感謝せねばなるまい。
3.常識は捨てる必要があると認識
4.ドナテロ・ヴェルサスを殺す際にメッセージを伝える。ヴェルサスの『進化』(真価)に期待
[備考]
※時代を越えて参加者が集められていると考えています。
※スタンドが誰にでも見えると言う制限に気付きました 。彼らはその制限の秘密が首輪か会場そのものにあると推測しています
※『ジョースター家とそのルーツ』リストには顔写真は載ってません。
※『イエローテンパランス』の変装能力で他者の顔を模することができます
※頭部を強打されればDISCが外れるかもしれません。
※この後どこに向かうかは次の書き手にお任せします。
※イエローテンパランスはまだ完全にコントロールできてません。また具体的な疲労度などは後続の書き手さまにお任せします。



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キャラを追って読む

175:助けて! 上野クリニック! エシディシ 184:『因縁』同士は引かれ合う
171:Danse Macabre オインゴ 195:生きることって、闘うことでしょう?
176:七匹の子ヤギ 川尻早人 192:迷える奴隷 その①

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最終更新:2010年12月16日 11:31